説明

超音波診断装置

【課題】 測定対象物の変形の周期と撮像周期を同期させることで、境界画像を撮像時刻に依存せずに安定して表示すること。
【解決手段】 対象物に変形を与える振動源を用いて、振動源の振動の周期と撮像の周期を同期させる。この時、振動源の振動周期に対して、0°、90°、180°、270°で撮像を行い、0°と180°から動きを推定、90°と270°から動きを推定することで、位相が90°ずれた二つの動き分布を求めることで、撮像視野内の動き分布が0点を持たないようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波断層像を表示する超音波診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の一般的な超音波診断装置は、被検体に超音波を送波及び受波する超音波送受波手段と、この超音波送受波手段からの反射エコー信号を用いて運動組織を含む被検体内の断層像データを所定周期で繰り返して得る断層走査手段と、この断層走査手段によって得た時系列の断層像データを表示する画像表示手段とを有している。そして、被検体内部の生体組織の構造のうち、音の伝播方向に沿った音響インピーダンスが変化する界面における、不連続度合いを輝度に変換した情報をBモード像として表示していた。
【0003】
これに対して、被検体の体表面から外力を加え、この外力が生体内部で減衰するカーブを仮定し、この仮定された減衰カーブから各点における圧力と変位を求めて歪みを計測し、この歪みデータを基に弾性画像を推定する方法が提案されている。このような歪み画像によれば、生体組織の硬さや柔らかさを計測して表示することができる。特に、腫瘍などの周囲組織と素性の異なる組織においては、縦波音速は周囲組織との違いが小さくても、ずり波音速の違いが大きい場合がある。このような場合には、音響インピーダンスの変化としては、画像に表れず、Bモード像の上では区別がつかないが、ずり波音速が異なることにより弾性率が異なり、弾性率の違いを反映した歪み画像上で区別がつくことがある。
【0004】
上記の背景技術を踏まえた上で、本発明に最も関連の深い背景技術に関して、以下で説明を行う。これは、特許文献1に示す腫瘍と正常組織の境界をイメージングする撮像方法である。この手法によれば、腫瘍と正常組織の間で音響インピーダンスや弾性率が変わらない場合にも検出できる。
【0005】
特許文献1に示す手法は、具体的にはフレーム間での動きベクトル分布を求め、動きベクトル分布の一様性が乱れるところを検出し、その位置に対象物の境界があると判定する手法である。動きベクトルを求めるために、基準画像を複数の体動計測領域に分割する。複数に分割するのは、大きな領域のまま相互相関をとると、変形によって相関が悪くなった場合に、動きを正確に見積もることができなくなるからである。そのため、計測領域内での動きが一様とみなせるくらい体動計測領域は小さいほうが好ましい。しかしあまり小さくすると、画像の特徴がなくなり、あらゆる場所と相関が取れるようになってしまう。一般的にはスペックルサイズ(超音波ビームのサイズ)より大きい範囲でなるべく小さくすることが好ましい。基準フレームNと隣接フレームN+iの間で相関を取る場合は、フレームNの画像とフレームN+iの画像それぞれの上に体動計測領域を設定する。フレームNの超音波断層像上に設定された体動計測領域とフレームN+iの超音波断層像上に設定された体動計測領域の間での相互相関(もしくは、最小二乗法などのパターンマッチング法)により、フレームNの画像上の体動計測領域と最もマッチングするフレームN+iの画像上の体動計測領域を求め、二つの体動計測領域の中心座標の差を動きベクトルとする。体動計測領域をスキャンして、同様の操作を繰り返すことにより動きベクトル分布を求めることができる。
【0006】
次に、動きベクトルの一様性が乱れるところを検出し、その位置に対象物の境界があると判定する。一様性の乱れを検出する方法としては、ベクトル量のまま判定するのは難しいので、ベクトルからスカラーに変換する操作が必要となる。スカラーに変換する操作の一例としては、動きベクトルの水平成分Vx、垂直成分Vy、に対して、ベクトルの回転、dVy/dx-dVx/dyを求め、これを画像化する。スカラーに変換する操作としては他にも、歪テンソルや動きベクトルを求める際のパターンマッチングの一致度や、一致度の異方性などのパラメータもある。このようにして、算出した境界線を、従来の方法で求めたBモード断層像や、歪み画像、超音波血流像に重畳して表示する。
【0007】
境界の画像化は、腫瘍の性状に関して有益な情報を含む場合がある。一般に、腫瘍の悪性度によって、腫瘍と周囲の正常組織間の接着力が異なる場合があることが知られている。この結果、接着力が弱い場合は、境界を挟んで二つの組織は滑るように動くので、動きベクトル分布の不連続性が大きくなる。ベクトルの回転を画像化した場合、ベクトルの回転は境界に直交する方向に鋭いピークを持つことになる。一方、接着力が強い場合は、境界を挟んで二つの組織は一緒に動くので、動きベクトル分布の不連続性が小さくなる。ベクトルの回転を画像化した場合、ベクトルの回転は境界に直交する方向になだらかな変化をすることになる。この境界におけるベクトルの回転の空間的な変化を観察することで、境界を挟んだ二つの組織の接着や癒着の程度を調べることが出来る。
【0008】
フレーム間の動きに関しは、呼吸や拍動などの体動を用いても良いし、外部から人為的に加圧して変形することも出来る。
【0009】
本発明に関しては、上記の動きベクトルの一様性の乱れを検出して境界の位置や性状を画像化する手法に関して、改良を行ったものである。しかし、ここで本発明と比較することによって、本発明の特徴がより明確になる、関連する背景技術に関しても、ここで説明を行っておく。
【0010】
まず、動きベクトルの一様性の乱れを検出して境界の位置や性状を画像化する手法の関連技術として、非特許文献1に示す、静的な加圧を加え、shear strainの分布を画像化する撮像方法がある。静的な加圧はフレームレートに比べて十分に遅い周波数で、超音波探触子を被検体表面に押し付けることで、対象を変形させる。この時、前記の歪みに代わって、ずり波歪み(shear strain)を計測する。ずり波歪みは、1/2(dVy/dx+dVx/dy)で定義される物理量である。ずり波歪みを計測することで、すべり面を検出することが出来るので、特許文献1の手法と同様にずべり面を挟んだ二つの組織の癒着の程度を調べることが出来る。
【0011】
また、別の動きベクトルの一様性の乱れを検出して境界の位置や性状を画像化する手法の関連技術として、特許文献2に示す、放射圧を用いたエラストグラフィがある。超音波集束ビームを用いて被検体内部に放射圧を印加し、対象組織を変位させて、硬さの診断をする技術がある。このとき放射圧はパルス的に印加することで、短パルスのずり波を励起する。この技術では、集束ビームの進む方向に生じる組織の変位量を画像化したり、焦点での組織変位に伴って集束ビームの進む方向とは垂直な方向に生じるずり波の伝搬速度の推定からずり弾性率やヤング率といった弾性率を算出したりする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008-79792
【特許文献2】特表2008-534198
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J. Ophir et al., Ultrasonic Imag., vol.13, pp.111-134, 1991.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
体動や、超音波探触子を介して手動で対象物を圧迫することにより、対象物に変形を生じせしめ、境界を検出、画像化する手法においては、撮像のフレームレートと、変形の周波数を同期させることが難しい。体動には厳密な周期性が無く、事前に予測することは困難なため、装置を体動に合わせるのは難しいからである。手動での圧迫に関しても、やはり人のフリーハンドの動きには厳密な周期性が無いため、事前に予測することが難しいので、同期が難しい点では同じである。この結果、境界画像を撮像時刻に依存せずに安定して表示することが困難となってしまう。このことは、以下のように説明される。体動による変位xをx=sinωtと単純化した場合に、ωtが、180度の整数倍近辺では変位の時間変化が大きく、フレーム間でのデータの比較から変形を検出し易い。一方や、180度の整数倍+90度の近辺では変位の時間変化が小さく、フレーム間でのデータの比較から変形を検出するのが難しい。同期が取れないと、変形の検出が容易なωtとなる条件を選ぶことが難しいため、安定した検出と表示が困難となる。
【0015】
非特許文献1に示す、静的な加圧を加え、shear strainの分布を画像化する撮像方法における課題を説明する。静的な加圧の場合、加圧する探触子から見て対象物の反対側が固定端となっていないと、効果的な加圧を行うことが出来ない。測定対象が乳腺の場合は、肋骨によって測定対象の反対側が固定されているので、静的な加圧がうまくいくが、例えば膵臓、肝臓、腎臓などの場合は反対側が固定されているとは言い難いので、加圧が困難である。特にアーチファクトが生じないように、均一な加圧をすることが困難である。よって、対象物の超音波探触子と反対側の力学的条件に依存せずに加圧する方法の実現が望まれていた。
【0016】
次に、特許文献2に示す、パルス放射圧を用いたエラストグラフィの課題を説明する。放射圧を用いる場合、変位の大きさと、生体内での温度上昇の間にトレードオフがある。また、ずり波の計測は過渡的な現象であり、これに追随するために複数のラスターのエコー信号を一度に取得する必要があるので、取得すべき本数の分だけ受信回路の規模が大きくなり、装置の価格が高くなってしまう。また受信ビーム本数の拡大に伴い、送波ビームを広げるため、単に面積あたりの送波ビーム強度が低下するので、信号対雑音比が低下する。よって、回路規模を大きくせず、信号体雑音比の低下も招かずに変位の分布を撮像する方法の実現が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の目的を達成するため,本発明においては,対象物内からのエコー信号を送受信する超音波探触子と,対象物内に変位を生成するための振動源と,対象物からのエコー信号を受波し,対象物の変位の空間分布を計測する変位検出部とを備え,変位検出結果に基づいて対象物内の組織間の境界を検出、境界の性状を評価する境界性状評価部を有する構成の超音波診断装置を提供する。
【0018】
また,上記の目的を達成するため,本発明においては,対象物内に変位を生成するための振動源の振動と、変位検出を行うための断層像撮像の撮像レートの同期が可能となる構成の超音波診断装置を提供する。この時、振動源の振動の周期と撮像の周期を同期させ、振動周期に対して、0°、90°、180°、270°で撮像を行い、0°と180°から動きを推定、90°と270°から動きを推定することで、位相が90°ずれた二つの動き分布を求めることで、撮像視野内の動き分布が0点を持たないようにする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、変形の周期と撮像の周期の同期を取ることにより、境界画像を撮像時刻に依存せずに安定して表示することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の装置構成を示すブロック図
【図2】本発明での信号処理を示すフローチャート
【図3】本発明での動きベクトルの計算方法を説明する図
【図4】本発明での動きベクトルの計算方法を説明する図
【図5】撮像周期と振動周期の関係を説明する図
【図6】ラスター毎の変位分布
【図7】ラスター毎の変位分布
【図8】シーケンス中のラスター毎の変位分布
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下,本発明の実施例を図面に従い説明する。
図1は、本発明による超音波診断装置の構成例を示すブロック図である。図1を用いて、超音波診断装置における、画像化のための信号処理の流れを説明する。被検体の表面に設置された超音波探触子1に対して、送受切替スイッチ2を介して、制御部4の制御のもと送波ビームフォーマ3から送波電気パルスが送られる。このとき送波ビームフォーマは、所望の走査線上に超音波ビームが進むように、探触子1の各チャネル間の遅延時間が適した状態になるように制御している。この送波ビームフォーマ3からの電気信号は超音波探触子1において超音波信号に変換され、被検体内に超音波パルスが送波される。被検体内において散乱された超音波パルスは、一部がエコー信号として再び超音波探触子1によって受波され、そこで超音波信号から電気信号に変換される。超音波信号から変換された電気信号は、送受切替スイッチ2を介して受波ビームフォーマ5に供給され、そこで所望の走査線上の所望の深さからのエコー信号が選択的に増強された、ある走査線上のデータとなって、メモリ9に格納される。一度メモリに蓄積されたデータは、動きベクトル検出部10において、フレーム間での相関演算が行われ、動きベクトルが計算される。詳細は後で記述するが、本発明では振動源の振動の位相とフレームトリガのタイミングを幾つか変えて撮像を行う。これらの複数の動きベクトル画像は変位分布合成部12において合成される。このため、振動源15の振動の位相もトリガ制御部14によって制御される。変位分布合成部で計算された動きベクトルを元に、着目画像内における、動きから判定された臓器間、腫瘍と正常組織間の境界が境界検出部11において検出される。一方、受波ビームフォーマ5からのデータはBモード画像生成部6において、RF信号から包絡線信号に変換され、Log圧縮されたBモード画像に変換され、スキャンコンバータ7に送られる。スキャンコンバータ7上では、画像化された前記の境界情報と、Bモード画像とが重畳され、スキャンコンバージョンが行われる。スキャンコンバージョン後のデータは表示部8に送られ、表示部8に超音波断層像として表示される。
【0022】
本発明における、動きベクトル検出部10と境界検出部11、変位分布合成部12、振動源15、振動源のトリガ制御部14、及びこの結果をスキャンコンバータ7上でBモード画像に重畳する処理以外は、通常の超音波診断装置で実行されていることなので、ここでは詳しい説明は省略する。以下、動きベクトルの検出と、境界の検出に関して説明を行う。
【0023】
本実施例における処理の流れを、図2により説明する。まず動きベクトルを求めるために、フレーム画像を複数の体動計測領域に分割する(S11)。複数に分割するのは、大きな領域のまま相互相関をとると、変形によって相関が悪くなった場合に、動きを正確に見積もることができなくなるからである。そのため、計測領域内での動きが一様とみなせるくらい体動計測領域は小さいほうが好ましい。しかしあまり小さくすると、画像の特徴がなくなり、あらゆる場所と相関が取れるようになってしまう。一般的にはスペックルサイズ(超音波ビームのサイズ)より大きい範囲でなるべく小さくすることが好ましい。フレームNとフレームN+iの間で相関を取る場合は、図3に模式的に示すように、フレームNの画像とフレームN+iの画像それぞれの上に体動計測領域を設定する。図3(a)はフレームNの超音波断層像上に設定された一つの体動計測領域(点線で示した領域)を示す図であり、図3(b)はフレームN+iの超音波断層像上に設定された体動計測領域を示す図である。ここでiは対象物の動きの速さに応じて設定され、動きが速い場合はiを小さくし、動きが遅い領域を調べる場合はiとして大きい整数を選ぶ。
【0024】
次に、フレームNの超音波断層像上に設定された体動計測領域とフレームN+iの超音波断層像上に設定された体動計測領域の間での相互相関(もしくは、最小二乗法などのパターンマッチングに広く使われる方法であれば、他の方法でも良い)により動きベクトルを検出する(図2、S12)。動きベクトルは以下のように定義される。図3に示すように、フレームNにおいて設定した動きベクトル計測領域の中心点が(xN,yN)であり、フレームN+iにおける、フレームNの体動計測領域と最もマッチングする領域の中心点が(xN+i,yN+i)であるとすると、動きベクトルVはV(xN+i−xN,yN+i−yN)と表現される。動きの分布を調べるには図4に示すようにフレームNに複数の体動計測領域21〜26を設定すれば良い。対応するフレームN+i上の体動計測領域それぞれに関して同様の方法で動きベクトルを求め、動きの分布を求める。
【0025】
動きベクトルは画像内で細かく検出することが好ましいので、図4の模式図には体動計測領域をまばらにしか図示していないが、実際には、体動計測領域は互いに重なり合うように多数設定するのが好ましい。左上から右にi番目、下にj番目の体動計測領域を(i,j)と表記すると、この体動計測領域に対応する動きベクトルはVijN=(VxijN,VyijN)と表現できる。
【0026】
次に、動きベクトルの一様性が乱れるところを検出し、その位置に対象物の境界があると判定する(図2、S13)。一様性の乱れを検出する方法としては、ベクトル量のまま判定するのは難しいので、ベクトルからスカラーに変換する操作が必要となる。本実施例においては、動きベクトルの水平成分Vx、垂直成分Vyに対して、ベクトルの回転dVy/dx−dVx/dyなどにより、スカラー量を抽出し、これを画像化する。
【0027】
このようにして、算出した境界線を、従来の方法で求めたBモード断層像や、弾性率画像、超音波血流像に重畳して表示する(図2、S14)。
【0028】
次に、本発明の特徴である、振動の周期Tvと、撮像周期Tfの関係に関して説明を行う。まず一つの場合として、図5(a)に示すようなTv>Tfの場合に、フレーム内で同位相の変位を使う場合である。このときのフレーム内での変位分布は図6に示すようになる。Tv>4Tfとすることで、フレーム内での変位の位相が揃い、かつ互いに位相が反転している二つのフレームを選ぶことが可能となる。(例えば図5(a)のフレームNの各ラスター(R1,R2,,,RM)での組織の変位は、ほぼ同位相である。同様にフレームN+3でも、ほぼ同位相である。)典型的な条件として、ずり波音速が1m/s、撮像周期1/50s、撮像視野幅10cmの場合を考える。撮像視野内で変位の位相が均一になるには、ずり波の波長は40cm(撮像視野幅の4倍)は必要となるので、Tv=0.4s(周波数に換算すると2.5Hz)となる。この場合、加振源の振動に起因する変位以外に、体動に起因する動きも無視出来なくなり、振動と撮像の同期を取ることが難しくなる。また動き検出は、フレームに沿った動きには追随するが、フレームに直交する方向の動きには対応できない。何故ならフレームに沿った動きは変形が基本的には平行移動として表せるので、変形は少ない。一方、フレームに直交した動きは、必ず変形をもたらすため、原理的にパターンマッチングなどの方法では動きを調べることが出来ない。フレーム間の時間が長くなると、フレームに直交方法の動きが無視出来なくなるため、原理的に動きを検出することが困難になってしまう。
【0029】
二つめの場合として、図5(b)に示すようなTv<Tfの場合がある。この場合は図7に示すように、ラスター毎に変位の分布を調べると、周期的に変位が0となるラスターが存在するため、変位分布が縞々になってしまう。(図7の例では、ラスター番号が2,4,6,8の場合)そこで、図8に示すように、振動をcos(ωt+φ)と表した時のφ=0°、90°、180°、270°に相当する位相の4つの画像を撮像する。具体的には、フレームトリガのタイミングと振動源に振動を与えるトリガの時間差を調整して、上記4つの位相における撮像を行う。そうすると、0°と180°、90°と270°で相関を取ることにより、cosとsinの位相関係にある二つの変位分布を求めることが出来る。これはcos(ωt+90°)はsin(ωt)であるからである。sinとcosの二組の変位分布を求めれば、sinの二乗とcosの二乗の和は常に1、つまりsinとcosの位相によらず一定であるので、位相に依存しない変位分布を計測することが可能となる。この処理を別の説明の仕方をすると以下のようになる。0°と180°のフレームから求める信号と、90°と270°のフレームから求めた信号は図8に示すように90°ずれている。このことは、複素信号の実部と虚部に対応していることになる。よって、先に述べた二乗和処理は、実部と虚部から絶対値を求める処理に相当している。この方式の場合、Tfは通常の撮像レートと一緒であるので、全体の撮像時間は約4/50s、つまり0.08sとなり、体動の影響を小さくすることが出来る。音速不均一な部分が有っても波長が変わるだけで、sinとcosの二組のデータが取れていることに変わりは無く、フレーム内全体での変位分布の撮像が可能である。なお、体動が小さく、信号対雑音比を向上する余力がある場合には、位相間隔を90°より細かく、60°や45°とすることも有効である。
【0030】
次に、振動源に関して説明を行う。振動源としては、例えば偏心モータを使うことが出来る。これは小型モータの軸に、軸対称からずらした状態で錘を固定したモータである。このように軸からずらした状態、すなわち偏心した状態で錘をつけることで、モータの回転周期の振動を起こすことが出来る。錘の最大回転半径で振動の振幅を制御することも容易である。偏心モータを使うことで、被検体表面への法線方向に垂直な方向、つまり被検体表面に沿って、ずり波を引き起こすことが出来る。偏心モータは超音波探触子の内部(例えば、振動子の裏面側)に入れれば、操作者は超音波探触子のみを手でつかめば撮像が可能となる。また、ずり波を起こす場所を自由に変えたい場合は、偏心モータを超音波探触子と分離した部品とすることも有効な方法である。
【0031】
これまで説明を行った手法により、動きベクトルの分布が得られたら、次に動きベクトル場の回転ベクトルを計算する。接着や癒着、浸潤が小さい境界面は、回転ベクトルが大きく鋭い境界となって画像化され、接着や癒着、浸潤が大きい境界面は、回転ベクトルが小さくなだらかな境界となって画像化されるので、境界の性状を区別することが可能となる。
【0032】
実施例の最後に、背景技術で説明した二つの技術と本発明の相違点に関して説明を行う。まず、非特許文献1に示す、静的な加圧を加え、shear strainの分布を画像化する撮像方法との相違点に関して説明する。静的な加圧の場合、加圧する探触子から見て対象物の反対側が固定端となっていないと、効果的な加圧を行うことが出来ない。測定対象が乳腺の場合は、肋骨によって測定対象の反対側が固定されているので、静的な加圧がうまくいくが、例えば膵臓、肝臓、腎臓などの場合は反対側が固定されているとは言い難いので、加圧が困難である。特にアーチファクトが生じないように、均一な加圧をすることが困難である。一方、本発明のように、振動源を用いる場合は、反対側が固定端であれ、自由端であれ、ずり波を起こすことは容易である。このように対象として選択出来る範囲が拡大するのが、本発明の特徴である。そしてこの振動源を用いる場合の課題である、画像内での位相不均一の解決するのが、振動体と撮像で同期をとり、90度異なる二つの位相での変位像を用いる本発明の方法である。
【0033】
次に、特許文献2に示す、放射圧を用いたエラストグラフィとの相違点に関して説明する。また、ずり波の計測には、パルス状のずり波の伝搬という過渡現象をとらえるため、複数のラスターのエコー信号を一度に取得する必要がある。これを行うには取得すべき本数の分だけ受信回路の規模が大きくなり、装置の価格が高くなってしまう。また受信ビーム本数の拡大に伴い、送波ビームを広げるため、単に面積あたりの送波ビーム強度が低下するので、信号対雑音比が低下する。一方、本発明では振動源によって引き起こされる変形は連続波のずり波として伝搬するので、繰り返し現象である。よって多少時間を掛けて撮像することが出来るので、過渡現象として計測する場合と異なり、従来の一度の送信で一つのラスターの受信を行う方法でも十分に間に合うので、回路規模の増大や信号体雑音比の低下が問題とならない。また、放射圧を用いる場合、変位の大きさと、生体内での温度上昇の間にトレードオフがあるが、本発明では放射圧生成のための強力な超音波の照射が不要となるので、温度上昇を気にする必要がない。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は,超音波送受信によって被検体内部の境界を検出し、境界を挟んだ二つの組織間の癒着や浸潤の様子を診断する超音波診断装置として有用である。
【符号の説明】
【0035】
1…超音波探触子,2…送受切替えスイッチ,4…制御系,5…受波ビームフォーマ、6…Bモード画像生成部、7…デジタルスキャンコンバータ,9…メモリ,10…動きベクトル検出部,11…境界検出部12…変位分布合成部,13…振動源,14…トリガ制御部,

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織に変位を与える振動源と、超音波送受波器と、超音波を被検体内に送受波するビームフォーマと、前記超音波送受波器とビームフォーマにより生体内の着目部位の変位を検出する信号処理部とを備え、
前記振動現の振動周期は、前記超音波を受信するタイミングに基づいて決定され、
前記信号処理部は、前記振動源によって生成した変位の空間的分布を調べる、超音波計測装置
【請求項2】
前記振動源の振動周期に対して、前記超音波を受信する周期が同期していることを特徴とする請求項1記載の超音波計測装置
【請求項3】
前記撮像の周期は前記振動源の振動周期に対して4倍であり、奇数番目の2つの撮像から前記変位の空間分布と、偶数番目の2つの撮像から前記変位の空間分布とを求め、前記二つの空間分布の二乗和から一つの変位の空間分布像を求めることを特徴とする請求項2記載の超音波計測装置
【請求項4】
前記変位の空間分布から、ベクトルの回転ベクトルを画像化することを特徴とする請求項3記載の超音波計測装置
【請求項5】
前記変位分布を、動きを調べる二つのフレームに設定した複数の体動計測領域間でのパターンマッチングにより求め、このパターンマッチングの一致度の異方性の空間分布を画像化することを特徴とする請求項3記載の超音波計測装置

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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【図8】
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