説明

車両制御装置、自動車およびタイヤ横力推定方法

【課題】車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定すること。
【解決手段】自動車1は、前後輪の振る舞いを外乱によって駆動される一次遅れ系として表した状態方程式を用いて、その状態方程式に基づくカルマンフィルタによって状態推定を行うことにより、前後輪の横力を推定する。したがって、タイヤの振る舞いに対して成立する状態方程式の解としてタイヤ横力を得ることができるため、従来に比して、推定誤差がより少ないタイヤ横力の推定を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の状態解析あるいは制御を行う車両制御装置、自動車および車両のタイヤ横力推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両のタイヤに発生する横力を推定し、その推定値を用いて車両挙動を解析する技術が知られている。
このような技術は、タイヤ横力を推定し、タイヤの接地状態と車両モデルとを基に車両挙動を解析するといった形態で用いられ、車両がスリップするか否かについての安定状態判定や、制駆動力あるいは操舵による車両の安定化制御等に適用されている。
【0003】
例えば、特開平9−240458号公報には、実ヨーレートγを含む車両の状態量に基づき前後輪の横力Fyf、Fyrを推定することにより車体のスリップ角(車両横滑り角)βhおよびヨーレートγhを推定しヨーレートをフィードバックする車両モデルに基づくオブザーバブロック34を有し、車両の横滑り状態量として少なくとも車体のスリップ角βhを演算する車両の横滑り状態量検出装置が記載されており、この装置において、車体のスリップ角推定用のフィードバックゲインKbおよび車両のヨーレート推定用のフィードバックゲインKgを、車両の状態量に基づく車両の基準ヨーレートγtと実ヨーレートとの偏差に基づき演算される車輪横力の飽和度合Saに応じて変更することが記載されている。
【特許文献1】特開平9−240458号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載された技術においては、タイヤ横力の推定値から車体スリップ角およびヨーレートを推定する上記車両モデルを用いた結果、車体スリップ角を実際の方向とは反対方向に推定する場合や、外乱となるタイヤの横力の推定値が現実に考え得る力の10倍以上となる場合があった。このような状況は、車両状態量からタイヤ横力を推定する際の推定精度が十分でなく、また、その結果、車両横滑り角の推定精度も十分でなくなることに起因して発生したものであると考えられる。
このように、従来の技術においては、車両のタイヤに発生する横力の推定精度が十分なものではなかった。
本発明の課題は、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するため、本発明に係る車両制御装置は、車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得手段と、車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記物理量取得手段によって取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定手段とを備えることを特徴としている。
【0006】
また、本発明に係る自動車は、サスペンションを介して車体に取り付けられた車輪と、操舵操作が入力されるステアリングホイールと、車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得手段と、車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記物理量取得手段によって取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定手段とを備えることを特徴としている。
【0007】
また、本発明に係るタイヤ横力推定方法は、車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得ステップと、車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定ステップとを含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る車両制御装置によれば、前後輪のタイヤ横力が白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定され、タイヤ横力推定手段がその状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力が推定される。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【0009】
本発明に係る自動車によれば、ステアリングホイールへの操舵入力により発生した車輪のタイヤ横力が、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定され、タイヤ横力推定手段がその状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力が推定される。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【0010】
本発明に係るタイヤ横力推定方法によれば、前後輪のタイヤ横力を白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、その状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力を推定する。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図を参照して本発明を適用した自動車の実施の形態を説明する。
(第1実施形態)
(構成)
図1は、本発明に係る自動車1の構成を示す図である。
図1において、自動車1は、ステアリングホイール10と、ステアリングシャフト20と、操舵角センサ30と、ピニオン40と、ラック50と、タイロッド60a,60bと、左右の前輪70a,70bと、車速センサ80と、ヨーレートセンサ90と、横加速度センサ100と、車両走行状態推定装置110とを備えている。
【0012】
ステアリングホイール10には、運転者によって操舵入力が行われ、ステアリングホイール10に入力された操舵操作は、ステアリングシャフト20を介して、ラックアンドピニオン機構を構成するピニオン40に伝達される。このとき、ステアリングシャフト20に設置された操舵角センサ30が、操舵角度を検出し、検出した操舵角度を車両走行状態推定装置110に出力する。
【0013】
また、ピニオン40に伝達された操舵操作は、ラックアンドピニオン機構におけるラック50に伝達され、車幅方向の往復運動に変換される。
ラック50の先端には、左右の前輪70a,70bのナックルアームにつながるタイロッド60a,60bが連結されており、ラック50による車幅方向の往復運動は、タイロッド60a,60bを介して、左右の前輪70a,70bに伝達される。これにより、ステアリングホイール10に入力された操舵操作は、左右の前輪70a,70bにおける転舵動作として出力される。
【0014】
また、図1におけるヨーレートセンサ90は、自動車1に発生するヨーレートを検出し、検出したヨーレートを車両走行状態推定装置110に出力する。さらに、横加速度センサ100は、自動車1における横加速度を検出し、検出した横加速度を車両走行状態推定装置110に出力する。
車両走行状態推定装置110には、操舵角センサ30から操舵角が入力され、ヨーレートセンサ90からヨーレートが検出され、横加速度センサ100から横加速度が入力される。そして、車両走行状態推定装置110は、後述するタイヤ横力推定処理を実行し、入力された操舵角、ヨーレートおよび横加速度から車両の走行状態(ここでは主としてタイヤ横力)を推定する。
【0015】
また、車両走行状態推定装置110は、自動車1における車両状態量から既存の算出方法を用いて、車両横滑り角βを算出する。
なお、自動車1においては、ヨーレートおよび横加速度のゼロ点について補正が行われる。
ヨーレートは停止中の値をゼロ点とする。横加速度は、ヨーレート=0の時の横加速度をゼロ点とするが、路面カントなどの影響を受けることから、ハンドル角速度が所定閾値以下で、ヨーレート=0の時の横加速度を統計的にヒストグラム化し、その平均値(あるいは中央値、最頻値)をゼロ点とする。
【0016】
(車両走行状態推定方法)
次に、車両走行状態推定装置110における車両走行状態推定方法について説明する。
なお、以下の説明において、記号は以下のように定義されている。
:前輪横力(左右2輪分)
:後輪横力(左右2輪分)
β:車両横滑り角
β:前輪スリップ角
β:後輪スリップ角
γ:ヨーレート
V:車速
θ:操舵角
δ:前輪舵角
:前輪コーナリングパワー
:後輪コーナリングパワー
:車両重心点から前輪軸までの距離
:車両重心点から後輪軸までの距離
τ:前輪横力が外乱に駆動される時定数
τ:後輪横力が外乱に駆動される時定数
:前輪の外乱
:後輪の外乱
α:横加速度
:ヨー慣性モーメント
m:車両質量
【0017】
前輪および後輪のタイヤスリップ角は、別途推定した車両横滑り角β、既知である車両重心点から前輪軸および後輪軸までの距離l,lr、ヨーレートセンサ90から入力されるヨーレートγ、車速センサ80から入力される車速V、操舵角センサ30から入力される操舵角θを基に算出される前輪舵角δを用いて、次式(1)によって求められる。ここで、各状態量はすべて絶対的な値であり、直進走行中の状態量を基準とする。
β=−β−l・γ/V+δ
β=−β−l・γ/V (1)
また、車両の状態方程式および出力方程式は、それぞれ次式(2)、(3)に示すように表される。
【0018】
【数1】

【0019】
なお、(2)、(3)式は、各行列を置換すると次式(4)のように書き換えられる。
【0020】
【数2】

【0021】
上記(2),(3)式あるいは(4)式は、前後輪の振る舞いを外乱によって駆動される一次遅れ系として表したものである。上式においては、想定する外乱の分散の大きさ、観測ノイズの大きさにより推定の応答性を変化させると共に、前後輪の振る舞いにおける推定しようとする周波数帯域を上記時定数の変更によりコントロールできるようにしたものである。
車両走行状態推定装置110においては、上記(2),(3)式あるいは(4)式を用いてカルマンフィルタが構成されており(図2参照)、ヨーレートγ、横加速度αから前輪横力F、後輪横力Fおよびヨーレートγを推定している。
【0022】
図2は、車両走行状態推定装置110の具体的構成を示すブロック図である。なお、図2におけるハット付きの文字は、推定値であることを表している。
図2に示すブロック構成により、オブザーバゲインKと、(2),(3)式におけるA,Cの行列を用い、前輪横力F、後輪横力Fおよびヨーレートγ(行列x)を状態フィードバックして、前輪横力F、後輪横力Fおよびヨーレートγ(行列x)、ヨーレートγと横加速度αの推定値(行列y)および車両横滑り角βの推定値が算出され、推定したヨーレートγと横加速度αの実測値との差分がフィードバックされることにより、逐次、これら推定値が更新される。
【0023】
このように算出された前後輪横力F,Fは、直接的なタイヤの振る舞いに基づく状態方程式から算出されるものであるため、従来に比して推定誤差がより少ないものとなっている。また、(4)式には車速が要素として含まれていないため、図2に示す構成においては、従来のオブザーバやコントローラで行われているような車速に応じた調整が不要である。
ここで、図2におけるオブザーバゲインKは、外乱の分散マトリクスをQ、観測ノイズの分散マトリクスをRとして、以下のRicatti方程式を解くことで求められる。
PA+AP−PC−1CP+Q=0 (5)
K=PC−1 (6)
なお、(5),(6)式におけるPは誤差共分散マトリクスである。
【0024】
(動作)
次に、動作を説明する。
自動車1は、運転者の操舵入力に応じて左右前輪70a,70bが転舵され、それに伴いヨーレートおよび横加速度が発生する。
そして、車両走行状態推定装置110は、タイヤ横力推定処理によって、走行状態におけるタイヤ横力の推定を行う。
【0025】
図3は、車両走行状態推定装置110が実行するタイヤ横力推定処理を示すフローチャートである。タイヤ横力推定処理は、イグニションオンと共に実行が開始される。
図3において、タイヤ横力推定処理が開始されると、車両走行状態推定装置110は、ヨーレートセンサ90からヨーレートの入力を受けると共に、横加速度センサ100から横加速度の入力を受ける(ステップS1)。
次に、車両走行状態推定装置110は、(2),(3)式に基づくカルマンフィルタによりフィードバック制御を行う(ステップS2)。
【0026】
そして、車両走行状態推定装置110は、フィードバック制御において逐次算出されるタイヤ横力F,Fおよびヨーレートγを出力する(ステップS3)。
ここで出力されたタイヤ横力の推定値は、後段の車両制御装置に渡され、車両の安定状態判定や安定化制御等に用いられる。
ステップS2の後、車両走行状態推定装置110は、ステップS1の処理に戻り、タイヤ横力推定処理を繰り返す。
【0027】
以上のように、本実施の形態に係る自動車1は、前後輪の振る舞いを外乱によって駆動される一次遅れ系として表した状態方程式を用いて、その状態方程式に基づくカルマンフィルタによって状態推定を行うことにより、前後輪の横力を推定する。
したがって、タイヤの振る舞いに対して成立する状態方程式の解としてタイヤ横力を得ることができるため、従来に比して、推定誤差がより少ないタイヤ横力の推定を行うことができる。
【0028】
図4は、本発明によってタイヤ横力を推定した結果を示す図である。
図4においては、上段の図のように操舵角が入力された場合(ダブルレーンチェンジの場合)に、下段の図のように前後輪のタイヤ横力F,Fが表れることを示しており、下段の図に示される推定値は、6分力計で実測したタイヤ横力と高精度に一致している。
なお、本実施の形態において、車速センサ80、ヨーレートセンサ90、横加速度センサ100および車両走行状態推定装置110が車両制御装置を構成し、車速センサ80、ヨーレートセンサ90および横加速度センサ100が物理量取得手段を構成し、タイヤ横力推定処理を実行する車両走行状態推定装置110がタイヤ横力推定手段を構成する。
【0029】
(第1実施形態の効果)
(1)本発明に係る車両制御装置によれば、前後輪のタイヤ横力が外乱(白色雑音)によって駆動される一次系の状態量と想定され、タイヤ横力推定手段がその状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力が推定される。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【0030】
(2)前後輪のタイヤ横力について想定した状態量の状態方程式を用いて、その状態方程式に基づくカルマンフィルタによって状態推定を行うことにより、前後輪の横力を推定する。
したがって、タイヤの振る舞いに対して成立する状態方程式の解としてタイヤ横力を得ることができるため、従来に比して、推定誤差がより少ないタイヤ横力の推定を行うことができる。
【0031】
(3)本発明に係る自動車によれば、ステアリングホイールへの操舵入力により発生した車輪のタイヤ横力が、外乱(白色雑音)によって駆動される一次系の状態量と想定され、タイヤ横力推定手段がその状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力が推定される。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【0032】
(4)本発明に係るタイヤ横力推定方法によれば、前後輪のタイヤ横力を外乱(白色雑音)によって駆動される一次系の状態量と想定し、その状態量を車両のヨーレートおよび横加速度を基に解析することにより、前後輪の横力を推定する。
したがって、タイヤ横力を状態量として直接的に求めることができるため、車両のタイヤに発生する横力をより正確に推定することができる。
【0033】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について説明する。
本実施形態においては、第1実施形態におけるタイヤ横力推定結果を用いて、車両の安定状態の判定を行う場合について説明する。
(構成)
図5は、本実施形態に係る自動車1の構成を示す図である。
図5に示す構成は、図1に示す構成に対して、タイヤスリップ角推定装置120が備えられていること、および、車両走行状態推定装置110における処理が異なるものである。
【0034】
したがって、第1実施形態と同様の部分、即ち、タイヤ横力の推定に関する部分は第1実施形態を参照することとし、ここではタイヤスリップ角推定装置120および車両走行状態推定装置110を主として説明する。
タイヤスリップ角推定装置120は、ステアリングホイール10に対する操舵角から、車両モデルを基にタイヤスリップ角を推定し、推定したタイヤスリップ角を車両走行状態推定装置110に出力する。
なお、ここではタイヤスリップ角を操舵角から推定するものとして説明するが、自動車1の進行方向に対するタイヤの向きを測定することによりタイヤスリップ角を実測値として検出することもできる。
【0035】
車両走行状態推定装置110には、タイヤスリップ角推定装置120からタイヤスリップ角が入力される。そして、車両走行状態推定装置110は、第1実施形態の方法により推定した前後輪横力F,Fとタイヤスリップ角推定装置120から入力されたタイヤスリップ角とを基に、後述する安定状態判定処理を実行し、車両の安定状態の判定(車両がスリップするか否かの判定)を行う。
【0036】
(車両の安定状態判定方法)
次に、車両走行状態推定装置110における安定状態の判定方法について説明する。
車両走行状態推定装置110は、別途推定された車両横滑り角βを用いて、旋回車両の平衡状態を表す系の安定性に基づいて、車両の安定状態を判定する。
図6は、タイヤスリップ角とタイヤ横力との関係を示す図である。
図6に示す縦軸を、各輪の輪荷重によって正規化した横加速度で表すと、図7のようになる。
図7は、タイヤスリップ角と横加速度との関係を示す図である。
図7において、ある旋回状態の平衡状態で線形化すると、線形化されたコーナリングパワー(CP)K,Kとして、
【0037】
【数3】

が得られ、このK,Kの大きさは車両の安定性に大きな影響を与えることとなる。
【0038】
なお、(7)式は、時間微分の形式で、より取り扱いやすい次式(8)のように書き直す。(8)式に従って実際に演算を行う場合、具体的な時間微分は各種方法によって行うことが可能である。例えば、単純に時系列に沿った差分値を取ることもでき、この場合には、なるべく長いサンプリングタイムを取り、変化量の分解能を高くすることが適切である。
【0039】
【数4】

【0040】
上記平衡状態における平衡点周りの運動方程式は、状態量を全て平衡点からの変化として、次式(9)のように記述できる。
【0041】
【数5】

【0042】
(9)式を状態方程式の形で表すと、次式(10)のように表される。
【0043】
【数6】

【0044】
(10)式に示す状態方程式は、ヨーレートγ、車両横滑り角βおよび前輪舵角δを入力とする図8のようなブロック図として表される。
図8は、(10)式の状態方程式に基づく具体的構成を示すブロック図である。
図8に示すブロック図において、この系が不安定となるのは、a12項が負となり、車両横滑り角βが発散して、回頭ヨーモーメントを生ずる場合に限られる。
したがって、a12項は、この系の安定性を示すインデックスと捉えることができる。
12項をインデックスとして用いる場合には、スタティックマージン相当の物理量であれば良いため、本実施形態においては、a12項の分子を用いて、ξ=l−lをインデックスとして用いることとする。
【0045】
このように設定されたインデックスξにおいて、車両横すべり角βが旋回内側に発生して(つまり後部を外に振り出して)旋回しているときを車両横すべり角β<0と符号付けすると、車両横滑り角β<0の時にξ>0であると、復元方向のヨーモーメントを発生するために、安定性は確保される。
一方、ξ<0の場合、車体横滑り角β<0のときには、回頭モーメントを発生するので、スピンを増大する方向になって、不安定となる。
【0046】
このことは、定常状態においてのみではなく、過渡状態においても成立するので、インデックスξの値を逐次計算することによって、安定、不安定の判断だけでなく、安定度、不安定度のインデックスとして用いることができる。また、このインデックスξには上述のように物理的な意義があるため、車両を設計、実験する上でも理解しやすい指標となっている。
また、不安定の度合いはインデックスξから判定でき、どちらの回転方向(アンダーステア側あるいはオーバーステア側)にスピンしようとしているかは、ヨーレートγまたは、車両横滑り角βの方向から判断できる。
【0047】
(動作)
次に、動作を説明する。
車両走行状態推定装置110は、第1実施形態におけるタイヤ横力推定処理を実行しており、さらに、推定されたタイヤ横力を用いて、本実施形態に係る安定状態判定処理を実行する。
図9は、車両走行状態推定装置110が実行する安定状態判定処理を示すフローチャートである。安定状態判定処理は、タイヤ横力推定処理と共に開始される。
【0048】
図9において、安定状態判定処理が開始されると、車両走行状態推定装置100は、タイヤ横力推定処理において推定された前後輪横力F,Fを用いて、安定状態を判定するためのインデックスξを算出する(ステップS101)。
次に、車両走行状態推定装置110は、算出したξを、安定状態判定のために設定された閾値(ここではξ=0)と比較する(ステップS102)。
【0049】
そして、車両走行状態推定装置110は、ステップS102における比較結果を基に、自動車1がアンダーステア(US)方向に不安定であるか否かの判定を行う(ステップS103)。このとき、車両走行状態推定装置110は、ヨーレートγあるいは車両横滑り角βを参照し、その回転方向からUS方向に不安定であるか否かを判定する。
ステップS103において、US方向に不安定でないと判定した場合、車両走行状態推定装置110は、ステップS102における比較結果を基に、自動車1がオーバーステア(OS)方向に不安定であるか否かの判定を行う(ステップS104)。このとき、車両走行状態推定装置110は、ステップS103と同様に、ヨーレートγあるいは車両横滑り角βを参照し、その回転方向からOS方向に不安定であるか否かを判定する。
【0050】
ステップS104において、OS方向に不安定でないと判定した場合、車両走行状態推定装置110は、ステップS101に戻り、安定状態判定処理を繰り返す。
一方、ステップS103において、US方向に不安定であると判定した場合、車両走行状態推定装置110は、US方向に不安定となっていることを示す信号(以下、「US不安定信号」という。)を出力し(ステップS105)、ステップS101に戻る。
【0051】
また、ステップS104において、OS方向に不安定であると判定した場合、車両走行状態推定装置110は、OS方向に不安定となっていることを示す信号(以下、「OS不安定信号」という。)を出力し(ステップS106)、ステップS101に戻る。
ステップS105,S106において出力されたUS不安定信号およびOS不安定信号は、後段の車両制御装置に渡され、ABS(Anti-lock Brake System)やTCS(Traction Control System)のトリガ等として使用される。
【0052】
ここで、本実施形態においては、インデックスξに対し、安定状態を判定するための閾値としてξ=0を設定するものとして説明したが、この閾値は、実験あるいはチューニング等によって、車両ごとに定まる車両特性の初期値に対して相対的に決定することができる。このとき、インデックスξの閾値は、OS方向とUS方向それぞれに対して個別に設定することができる。一般的に、車両特性の初期値は、ややUS傾向とされている場合が多く、その場合、OS方向の不安定を判定する閾値でも、OS状態に至る前のUS領域に設定することが可能である。このように設定すると、OS状態となった後に不安定状態を検出して安定化制御を行ったときに、制御遅れによって安定化が困難となる事態を防止することができる。
【0053】
以上のように、本実施の形態に係る自動車1は、前後輪の振る舞いを外乱によって駆動される一次遅れ系として表した状態方程式を用いて、その状態方程式に基づくカルマンフィルタによってフィードバック処理を行うことにより、前後輪の横力を推定し、その推定したタイヤ横力を用いて記述された状態方程式から把握される系の安定性を基に、自動車1の挙動における安定状態を判定する。
【0054】
したがって、実際のタイヤ横力の状態を適確に反映した安定性の指標に基づいて車両の安定状態を判定できるので、従来に比して、車両挙動の安定状態をより少ない判定誤差によって判定することができる。
また、タイヤ横力自体を推定して車両の安定状態を判定するため、一般に車両に働く力を積分することにより求められる車両横滑り角を推定して安定状態を判定する従来の技術に比べ、早期に車両の安定状態を判定することができる。
なお、本実施形態においては、車速センサ80、ヨーレートセンサ90、横加速度センサ100、車両走行状態推定装置110およびタイヤスリップ角推定装置120が車両制御装置を構成し、タイヤスリップ角推定装置120がタイヤスリップ角取得手段を構成し、安定状態判定処理を実行する車両走行状態推定装置110が安定状態判定手段を構成する。
【0055】
(第2実施形態の効果)
(1)タイヤスリップ角取得手段を備え、安定状態判定手段が、推定されたタイヤ横力と、取得されたタイヤスリップ角との関係に基づいて、車両挙動の安定状態を判定する。
したがって、実際のタイヤ横力の状態を適確に反映した判定基準によって車両挙動の安定状態を判定できるので、従来に比して判定誤差をより少なくすることができる。
(2)安定状態判定手段が、タイヤスリップ角の変化に対するタイヤ横力の変化勾配を線形化コーナリングパワーとし、その線形化コーナリングパワーを用いて表されるスタティックマージン相当の物理量の大きさを基に、車両挙動の安定状態を判定する。
したがって、実際のタイヤ横力の状態を適確に反映した安定性の指標に基づいて車両の安定状態を判定できるので、従来に比して、車両挙動の安定状態をより少ない判定誤差によって判定することができる。
【0056】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態について説明する。
本実施形態においては、第2実施形態における安定状態判定結果を用いて、車両の制駆動力制御を行う場合について説明する。
(構成)
図10は、本実施形態に係る自動車1の構成を示す図である。
図10に示す構成は、図5に示す構成に対して、制動力制御装置130が備えられている部分が異なるものである。
したがって、制動力制御装置130以外の部分については、第1実施形態および第2実施形態を参照することとし、ここでは制動力制御装置130を主として説明する。
【0057】
制動力制御装置130は、自動車1の車両挙動に基づいて、車両における各車輪の制動力を制御する制動力制御処理を実行する。具体的には、制動力制御装置130は、車両走行状態推定装置110からUS不安定信号およびOS不安定信号の入力を受け、US不安定信号が入力されている場合には、旋回内側の後輪に制動力を付加し、OS不安定信号が入力されている場合には、旋回外側の前輪に制動力を付加する。
このとき、制動力制御装置130は、より効果的に車両を安定化させるために、車輪がロックしない範囲で最大の制動力を上記各車輪に付加する。あるいは、ブレーキ圧力最大で上記各車輪に制動力を付加し、車輪がロックした時点でブレーキのリリースを繰り返すことも可能である。
【0058】
(動作)
図11は、制動力制御装置130が実行する制動力制御処理を示すフローチャートである。制動力制御処理は、タイヤ横力推定処理および安定状態判定処理と共に開始される。
図11において、制動力制御処理が開始されると、制動力制御装置130は、車両走行状態推定装置110からUS不安定信号あるいはOS不安定信号のいずれかが入力されたか否かの判定を行う(ステップS201)。
ステップS201において、US不安定信号あるいはOS不安定信号のいずれも入力されていないと判定した場合、制動力制御装置130は、ステップS201に移行し、US不安定信号あるいはOS不安定信号のいずれかが入力されたと判定した場合、入力された信号がUS不安定信号であるかあるいはOS不安定信号であるかの判定を行う(ステップS202)。
【0059】
そして、ステップS202において、入力された信号がUS不安定信号であると判定した場合、制動力制御装置130は、旋回内側の後輪に制動力を付加し、制動力によりOS方向のヨーモーメントを発生させる(ステップS203)。
一方、ステップS202において、入力された信号がOS不安定信号であると判定した場合、制動力制御装置130は、旋回外側の前輪に制動力を付加し、制動力によりUS方向のヨーモーメントを発生させる(ステップS204)。
ステップS203およびステップS204の後、制動力制御装置130は、制動力制御処理を繰り返す。
【0060】
以上のように、本実施の形態に係る自動車1は、前後輪の振る舞いを外乱によって駆動される一次遅れ系として表した状態方程式を用いて、その状態方程式に基づくカルマンフィルタによってフィードバック処理を行うことにより、前後輪の横力を推定し、その推定したタイヤ横力を用いて記述された状態方程式から把握される系の安定性を基に、自動車1の挙動における安定状態を判定する。そして、その判定結果に応じて、車両に発生している不安定挙動のヨーレートを打ち消す方向の制動力制御を行う。
【0061】
したがって、車両における実際の安定状態を適確に判定して制動力制御を行うことができるため、車両が不安定状態となっている場合に安定化制御が行われないことや、車両が安定状態である場合に不要な安定化制御が行われることを防ぐことができる。
なお、本実施形態において、車速センサ80、ヨーレートセンサ90、横加速度センサ100、車両走行状態推定装置110、タイヤスリップ角推定装置120および制動力制御装置130が車両制御装置を構成し、制動力制御装置130が制駆動力制御手段を構成する。
【0062】
(第3実施形態の効果)
(1)制駆動力制御手段が、安定状態判定手段の判定結果に基づいて、発生しているヨーレートを打ち消す方向に車両の制駆動力制御を行うので、車両における実際の安定状態を適確に判定して制動力制御を行うことができるため、車両が不安定状態となっている場合に安定化制御が行われないことや、車両が安定状態である場合に不要な安定化制御が行われることを防ぐことができる。
【0063】
(応用例)
本発明は、タイヤスリップ角あるいはタイヤ横力が大きい領域でより効果が大きいものである。
そのため、第1〜第3実施形態において、自動車1が車両の規範モデルを持つこととし、規範モデルから算出されるヨーレートと実ヨーレートとの差が所定閾値より大きくなった場合に、上記実施形態に基づく動作を行わせる動作許可部をさらに備えることが可能である。また、動作制御部は、上記のようにヨーレートに基づいて動作を許可することの他、タイヤスリップ角あるいはタイヤ横力を直接監視し、上記実施形態に基づく動作を許可することが可能である。
図12は、動作許可部140を備える自動車1の構成例を示す図である。
このような構成により、本発明の効果がより大きい領域で本発明を用いることができ、システムに対する信頼性を高めることができる。
なお、本応用例において、動作許可部が動作許可手段を構成する。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明に係る自動車1の構成を示す図である。
【図2】車両走行状態推定装置110の具体的構成を示すブロック図である。
【図3】車両走行状態推定装置110が実行するタイヤ横力推定処理を示すフローチャートである。
【図4】本発明によってタイヤ横力を推定した結果を示す図である。
【図5】本実施形態に係る自動車1の構成を示す図である。
【図6】タイヤスリップ角とタイヤ横力との関係を示す図である。
【図7】タイヤスリップ角と横加速度との関係を示す図である。
【図8】(10)式の状態方程式に基づく具体的構成を示すブロック図である。
【図9】車両走行状態推定装置110が実行する安定状態判定処理を示すフローチャートである。
【図10】本実施形態に係る自動車1の構成を示す図である。
【図11】制動力制御装置130が実行する制動力制御処理を示すフローチャートである。
【図12】動作許可部140を備える自動車1の構成例を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
1 自動車、10 ステアリングホイール、20 ステアリングシャフト、30 操舵角センサ、40 ピニオン、50 ラック、60a,60b タイロッド、70a,70b 前輪、80 車速センサ、90 ヨーレートセンサ、100 横加速度センサ、110 車両走行状態推定装置、120 タイヤスリップ角推定装置、130 制動力制御装置、140 動作許可部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得手段と、
車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記物理量取得手段によって取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定手段と、
を備えることを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記タイヤ横力推定手段は、タイヤ横力について想定した前記状態量の状態方程式を基に構成したカルマンフィルタを有し、前記物理量取得手段によって取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に該カルマンフィルタを適用することにより、前後輪のタイヤ横力を推定することを特徴とする請求項1記載の車両制御装置。
【請求項3】
前後輪のタイヤスリップ角を取得するタイヤスリップ角取得手段と、
前記タイヤ横力推定手段によって推定されたタイヤ横力と、前記タイヤスリップ角取得手段によって取得されたタイヤスリップ角との関係に基づいて、車両挙動の安定状態を判定する安定状態判定手段と、
をさらに備えることを特徴とする請求項1または2記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記安定状態判定手段は、前記タイヤスリップ角の変化に対する前記タイヤ横力の変化勾配を線形化コーナリングパワーとし、その線形化コーナリングパワーを用いて表されるスタティックマージン相当の物理量の大きさを基に、車両挙動の安定状態を判定することを特徴とする請求項3記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記安定状態判定手段の判定結果に基づいて、発生しているヨーレートを打ち消す方向に車両の制駆動力制御を行う制駆動力制御手段をさらに備えることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の車両制御装置。
【請求項6】
タイヤスリップ角あるいはタイヤ横力が設定された閾値より大きくなる領域でのみ、前記タイヤ横力推定、安定状態判定あるいは制駆動力制御を実行させる動作許可手段をさらに備えることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の車両制御装置。
【請求項7】
サスペンションを介して車体に取り付けられた車輪と、
操舵操作が入力されるステアリングホイールと、
車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得手段と、
車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記物理量取得手段によって取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定手段と、
を備えることを特徴とする自動車。
【請求項8】
車両におけるヨーレートおよび横加速度相当の物理量を取得する物理量取得ステップと、
車両前後輪のタイヤ横力を、白色雑音によって駆動される一次系の状態量と想定し、前記取得されたヨーレートおよび横加速度相当の物理量に基づいて前記状態量を解析することにより、前後輪のタイヤ横力を推定するタイヤ横力推定ステップと、
を含むことを特徴とするタイヤ横力推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−49884(P2008−49884A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229112(P2006−229112)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】