説明

車両用舵角推定装置

【課題】2輪の回転速度に基づいて、定常状態の判定を全操舵角で正確に行い得ると共に、定常状態でない場合においても、できる限り舵角の推定を行い得る車両用舵角推定装置を提供する。
【解決手段】車両の操舵系に操舵補助力を付与するモータのモータ回転角を検出するモータ回転角センサと、車両の左右輪の車輪回転速度を検出する車輪回転速度センサと、前記車輪回転速度センサからの車輪回転速度に基づいて前記操舵系の舵角を推定する舵角推定手段とを具備した車両用舵角推定装置において、前記舵角推定手段で推定された推定舵角を、前記モータ回転角を前記操舵系の減速比で除算した相対舵角と比較することによって、実際の舵角を推定して出力する舵角出力手段を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車輪回転速度と、車両の操舵系に操舵補助力を付与するモータの回転角を用いて車両の舵角(操舵角)を推定する車両用舵角推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来車両用舵角推定装置は多く提案されているが、多くの車両用舵角推定装置は実際の車両の幾何的関係のみから舵角を推定するものである。このため、誤差が生じ易いという問題がある。かかる問題点を解決した車両用舵角推定装置として、特開2005−98827号公報(特許文献1)に示されるものがある。即ち、車両の4輪それぞれに車輪回転速度センサを具備し、各車輪回転速度センサからの車輪回転速度に基づいて車両の操舵角を推定する車両用操舵角推定装置であって、前後左右2輪ずつの車輪回転速度の関係を比較することによって、4輪のスリップを検知するようにしている。
【特許文献1】特開2005−98827号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載のものでは、4輪の回転速度が全て必要であり、2輪(前輪又は後輪)の回転速度でしか得られない車種に対しては、対応できないという問題がある。
【0004】
本発明は上述のような事情よりなされたものであり、本発明の目的は、2輪の回転速度に基づいて、定常状態の判定を全操舵角で正確に行い得ると共に、定常状態でない場合においても、できる限り舵角(操舵角)の推定を行い得る車両用舵角推定装置を提供することにある。また、かかる車両用舵角推定装置を具備した高性能な電動パワーステアリング装置を提供することも目的である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、車両の操舵系に操舵補助力を付与するモータのモータ回転角を検出するモータ回転角センサと、車両の左右輪の車輪回転速度を検出する車輪回転速度センサと、前記車輪回転速度センサからの車輪回転速度に基づいて前記操舵系の舵角を推定する舵角推定手段とを具備した車両用舵角推定装置に関し、本発明の上記目的は、前記舵角推定手段で推定された推定舵角を、前記モータ回転角を前記操舵系の減速比で除算した相対舵角と比較することによって、実際の舵角を推定して出力する舵角出力手段を設けることにより達成される。
【0006】
また、本発明の上記目的は、前記舵角出力手段が、前記推定舵角の変化量と前記相対舵角の変化量との差1を求め、前記差1が所定値1以下である場合、前記推定舵角を前記車両の操舵角として出力することにより、或いは前記舵角出力手段が、前記モータのモータ角速度を前記操舵系の減速比で除算した舵角速度と、前記推定舵角から得られる推定舵角速度との差2を求め、前記差2が所定値2以下である場合、前記推定舵角を前記車両の操舵角として出力することにより、より効果的に達成される。
【0007】
上記車両用舵角推定装置を電動パワーステアリング装置に内蔵することにより、操舵フィーリングの良い操舵系を達成できる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の車両用舵角推定装置によれば、車輪回転速度から求めた推定舵角を操舵系のモータの回転角情報と比較することにより、車輪がスリップしていることを検知しているので、定常状態の各輪旋回半径の比を正確に反映した関係式を用い、従来方法に比べて正確に定常状態の判定を行うことができると共に、操舵角の誤推定を防ぎ、精度良く実舵角を推定することができる。
【0009】
上記車両用舵角推定装置を電動パワーステアリング装置に装着すれば、舵角検出手段がなくても舵角情報を得ることができ、操舵フィーリングの良い高性能な電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明では図1に示すように、4輪fl,fr,rl,rrの各旋回半径をRfl,Rfr,Rrl,Rrrとし、前輪fl,frの舵角をそれぞれα,αとし、車両の車軸距離をLとし、車幅(左右輪の中心間距離)をEとする。また、前輪車軸中央の旋回半径をRfとし、後輪車軸中央の旋回半径をRrとする。そして、各車輪fl,fr,rl,rrの車輪速(車輪角速度)として左前輪をωfl、右前輪をωfr、左後輪をωrl、右後輪をωrrとすると、車体中心の舵角α(図2参照)と各車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrは、以下のような関係を持つことが知られている。
【0011】
【数1】

【0012】
【数2】

上記数1又は数2のいずれかで、車輪速ωfl,ωfr,ωrl,ωrrから舵角αが一様に求められることになる。つまり、舵角αを推定することができる。また、左右それぞれの前後輪と、左右それぞれの舵角α,αは以下の関係を持つ。
【0013】
【数3】

【0014】
【数4】

図2に示すような前輪車軸中央の舵角αと、左前輪の舵角α、右前輪の舵角αとの関係は車種により決まってくる。仮に以下の数5及び数6のような関係を持つとすれば、前記数1〜数4は共通の舵角αと車両の車軸距離L、車幅E(左右輪の中心間距離)とで成立することになる。なお、k1は舵角と内輪舵角の比であり、k2は舵角と外輪舵角の比である。
(数5)
左折のとき、 α=k1・α
α=k2・α
(数6)
右折のとき、 α=k2・α
α=k1・α

本発明では、車輪回転速度から求めた推定舵角を操舵系のモータの回転角情報と比較することにより、車輪がスリップしていることを検知するが、前輪(2輪)の回転速度しか検出できない車種を先ず例に挙げて説明する。
【0015】
図3に示すような一般的な電動パワーステアリング装置では、ハンドル1の操舵系に操舵補助力を付与するモータ2に、モータ回転角を検出するモータ回転角センサ3が取り付けられており、また、ハンドル1のステアリングシャフト4には操舵トルクを検出するためのトルクセンサ5が取り付けられている。モータ回転角センサ3からのモータ回転角とトルクセンサ5からの操舵トルクはコントロールユニット(ECU)6に入力され、コントロールユニット6は操舵トルクに基づいて操舵補助指令値を演算してモータ2を駆動制御する。これにより、モータ2は減速機構7を経て操舵系に操舵補助力を付与する。
【0016】
本発明では、モータ回転角センサ3で検出されたモータ回転角がコントロールユニット6に入力されており、コントロールユニット6内の舵角出力手段はモータ回転角からステアリングシャフト4の回転角を算出するが、モータ回転角とステアリングシャフト4の回転角は減速機構7を介しているため、モータ回転角を減速比で除算することでモータ回転角変化量を算出することができる。従って、コントロールユニット6内の舵角出力手段で算出されるステアリングシャフト回転角は絶対舵角ではなく、相対変化量となる。本発明では、この算出されたステアリングシャフト回転角と、上記数1で推定された推定舵角とを比較する。
【0017】
この場合、モータ回転角から算出したステアリングシャフト回転角は、変化量は正しいが、絶対角度としては実際の舵角に対してオフセットを有している。従って、推定舵角と比較する角度は絶対値ではなく、ある共通の時点からの変化量としなければならない。その回転角の変化量の差Δθが所定値Δθthを超えたときは、車輪がスリップなどした状態で舵角が推定されるので、推定舵角は信用できないと判断し、推定舵角を実際の舵角として出力しないようにする。そして、回転角の変化量の差Δθが所定値Δθthより小さく、かつ一定時間継続したときに、推定舵角を信用できると判断し、推定舵角を実際の舵角として出力する。
【0018】
図4に具体的なフローチャートを示して、上記本発明の実施形態1の動作を説明する。
【0019】
先ずイニシャライズとして計時カウンタ(Cnt)を“0”にクリアし(ステップS1)、車輪回転速度センサからの前車輪速度ωfl及びωfrと、モータ回転角センサからのモータ回転角θを読込み(ステップS2)、数1に従って推定舵角θest=αfrontを推定する(ステップS3)。推定舵角θestを求めた後、計時カウンタで計数した時間Cntが“0”であるか否かを判定し(ステップS4)、“0”であれば、モータ回転角θを初期モータ回転角θm0とし、推定舵角θestを初期推定舵角θest0としてから上記ステップS2にリターンする(ステップS5)。初期モータ回転角θm0及び初期推定舵角θest0は、それぞれ推定開始時の初期値である。
【0020】
上記ステップS4において時間Cntが“0”でない場合には、舵角推定手段は、モータ回転角θから初期モータ回転角θm0を減算し、その減算値(=θ−θm0)を操舵系の減速比で除算し、その除算して得られる値から、推定舵角θestから初期推定舵角θest0を減算した値の絶対値である回転角の変化量Δθを求める(ステップS10)。即ち、下記数7を実施して、回転角の変化量Δθを算出する。
(数7)
Δθ=|(θ−θm0)/減速比−(θest−θest0)|

次に、舵角出力手段は、算出された回転角の変化量Δθが予め設定されている所定値Δθth以下であるか否かを判定する(ステップS11)。そして、変化量Δθが所定値Δθthより大きい場合には、計時カウンタの時間を“0”にクリアして上記ステップS2にリターンする(ステップS12)。
【0021】
一方、上記ステップS11で回転角の変化量Δθが所定値Δθth以下の場合には、計時カウンタをインクリメント「+1」し(ステップS13)、時間Cntが所定時間Cを超えているか否かを判定し(ステップS14)、時間Cntが所定時間Cを超えていない場合には上記ステップS2にリターンする。そして、時間Cntが所定時間Cを超えている場合には、推定舵角θestを舵角θとして出力する(ステップS15)。
【0022】
本例では前車輪(2輪)の回転速度で舵角θを推定して出力しているが、後車輪(2輪)のみでも同じように舵角θを推定して出力することができる。
【0023】
次に、本発明の実施形態2を説明するが、前輪(2輪)の回転速度しか検出できない車種を例に挙げて説明する。
【0024】
本例の場合にはモータ回転角を微分してモータ角速度ωを算出する。モータ角速度ωを減速比で除算することにより舵角速度ωを求めることができる。また、数1で求められた推定舵角を微分することで、推定舵角速度ωを求めることができるが、実際の舵角出力手段では、前回値との差を計算することで微分と同等の効果を得ることができる。そして、舵角速度ωと推定舵角速度ωとの差Δωが所定値Δωthを超えたときは、車輪がスリップなどした状態で舵角が推定されるので、推定舵角を信用できないと判断し、推定舵角を舵角として出力しないようにする。舵角速度ωと推定舵角速度ωとの差Δωが所定値Δωthより小さく、かつ一定時間継続したときに、推定舵角を信用できると判断し、推定舵角を舵角として出力するようにする。
【0025】
上記動作を、図5のフローチャートを参照して説明する。
【0026】
先ずイニシャライズとして計時カウンタ(Cnt)を“0”にクリアし(ステップS20)、車輪回転速度センサからの前車輪速度ωfl及びωfrと、モータ回転角センサからのモータ回転角θを読込み(ステップS21)、舵角推定手段は、数1に従って推定舵角θest=αfrontを推定する(ステップS22)。推定舵角θestを求めた後、モータ回転角θからモータ回転角θの前回値を減算し、その減算値(=θ−θ前回値)を操舵系の減速比で除算し、その除算して得られる値から、推定舵角θestから推定舵角θestの前回値を減算した値の絶対値である回転速度の変化量Δωを求める(ステップS23)。即ち、下記数8を実施して、回転速度の変化量Δωを算出する。
(数8)
Δω=|(θ−θ前回値)/減速比−(θest−θest前回値)|

次に、舵角出力手段は、算出された回転速度の変化量Δωが予め設定されている所定値Δωth以下であるか否かを判定し(ステップS24)、回転速度の変化量Δωが所定値Δωthより大きい場合には、計時カウンタの時間を“0”にクリアして上記ステップS21にリターンする(ステップS25)。
【0027】
一方、上記ステップS24で回転速度の変化量Δωが所定値Δωth以下の場合には、計時カウンタをインクリメント「+1」し(ステップS26)、時間Cntが所定時間Cを超えているか否かを判定し(ステップS27)、時間Cntが所定時間Cを超えていない場合には上記ステップS21にリターンする。そして、時間Cntが所定時間Cを超えている場合には、推定舵角θestを舵角θとして出力する(ステップS28)。
【0028】
本例では前車輪(2輪)の回転速度で舵角θを推定しているが、後車輪(2輪)のみでも同じように舵角θを推定して出力することができる。また、回転角の微分によって回転速度を求めるようにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の車両用舵角推定装置は、定常状態の判定を全操舵角について正確に行うことができるので、自動車等の車両に最適に適用できる。また、定常状態でない場合でも、できる限り操舵角の推定を行うことができるので、車両装置に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の原理を説明するための図である。
【図2】舵角を説明するための図である。
【図3】一般的な電動パワーステアリング装置の一例を示す構成図である。
【図4】本発明の動作例(実施形態1)を示すフローチャートである。
【図5】本発明の動作例(実施形態2)を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0031】
1 ハンドル
2 モータ
3 モータ回転角センサ
4 ステアリングシャフト
5 トルクセンサ
6 コントロールユニット6
7 減速機構
fl、fr 前輪
rl、rr 後輪
L 車軸距離
E 車幅(左右輪の中心間距離)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操舵系に操舵補助力を付与するモータのモータ回転角を検出するモータ回転角センサと、車両の左右輪の車輪回転速度を検出する車輪回転速度センサと、前記車輪回転速度センサからの車輪回転速度に基づいて前記操舵系の舵角を推定する舵角推定手段とを具備した車両用舵角推定装置において、前記舵角推定手段で推定された推定舵角を、前記モータ回転角を前記操舵系の減速比で除算した相対舵角と比較することによって、実際の舵角を推定して出力する舵角出力手段を具備したことを特徴とする車両用舵角推定装置。
【請求項2】
前記舵角出力手段が、前記推定舵角の変化量と前記相対舵角の変化量との差1を求め、前記差1が所定値1以下である場合、前記推定舵角を前記車両の操舵角として出力する請求項1に記載の車両用舵角推定装置。
【請求項3】
前記舵角出力手段が、前記モータのモータ角速度を前記操舵系の減速比で除算した舵角速度と、前記推定舵角から得られる推定舵角速度との差2を求め、前記差2が所定値2以下である場合、前記推定舵角を前記車両の操舵角として出力する請求項1に記載の車両用舵角推定装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の車両用舵角推定装置を内蔵したことを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−213709(P2008−213709A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−55445(P2007−55445)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】