説明

車体制振制御装置

【課題】ピッチング振動の抑制を上下バウンス振動の抑制に優先させて、ピッチング振動の抑制不足による乗り心地の悪化を、多大な工数に頼ることなく防止し得るようになす。
【解決手段】演算部51でアクセル開度APOおよびブレーキペダル踏力BPFから要求制駆動トルクTwを演算し、算出部52で車輪速Vwの変化から前後方向外乱(ΔFf,ΔFr)を算出する。推定部53はTwの変化に伴う車体振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)と、外乱に伴う車体振動とを推定する。演算部54は、当該推定したTwの変化に伴う車体振動および外乱に伴う車体振動をそれぞれ抑制するための制振用制駆動トルク補正量を求め、算出部56は、これらトルク補正量と、設定部55からの抑制優先度とから、この優先度を満足しつつ車体振動を抑制するための制振用制駆動トルク補正量指令(dTw)を求めて、車両の制駆動力を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体の振動(ピッチング振動および上下バウンス振動)を車輪制駆動力の補正制御により抑制するようにした車体制振制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車体制振制御装置としては従来、例えば特許文献1に記載されているごときものが知られている。
この車体制振制御技術は、制駆動トルクおよび車輪速から、サスペンション装置のバネ上質量である車体の振動を推定して、この車体振動を抑制するための制駆動力補正量を求め、この補正量だけ車輪の制駆動トルクを補正して車体の制振を行うことを趣旨とするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−247157号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車体振動のうちピッチング振動と上下バウンス振動とは相関していて、相互に独立して抑制することができない。
そして、車体振動のうちピッチング振動は、運転者の目線移動を大きくする傾向にあり、それ故に車両の乗り心地や運転者の疲労に大きく影響する。
かといって上下バウンス振動もないがしろにするすることはできず、ピッチング振動と上下バウンス振動とは、所定の優先度合いで抑制する必要がある。
【0005】
しかし、上記提案技術のような従来の車体制振制御にあっては、かかる要求を考慮することなく単に、ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための制駆動力補正量を求め、この補正量だけ車輪の制駆動トルクを補正するというだけのものであるため、
ピッチング振動と上下バウンス振動とを所定の優先度合いで抑制することができず、ピッチング振動の抑制不足により、運転者の目線移動が大きくなって乗り心地の悪化や、運転者の疲労が大きくなるという問題を生ずる。
【0006】
この問題解決のためピッチング振動および上下バウンス振動を各々最適に抑制しようとすると、多大なシミュレーションや度重なる実験などの工数が必要で、構成も複雑にならざるを得ないことから、いずれにしてもコスト高になって実際的でない。
【0007】
本発明は、ピッチング振動の抑制と上下バウンス振動の抑制との間に、上記の問題を解消し得るような優先度合いを持たせ、これによりピッチング振動の抑制不足により車両の乗り心地が悪化したり、運転者の疲労が大きくなることがないようにした車体制振制御装置を提供し、
もって、多大な工数に頼ることなく、また簡単な構成で安価に、乗り心地の改善と運転者の疲労軽減とを実現し得るようになすことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的のため、本発明による車体制振制御装置は、以下のごとくにこれを構成する。
先ず、本発明の前提となる車体制振制御装置を説明するに、これは、
サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体のピッチング振動および上下バウンス振動を車輪制駆動力の補正制御により抑制するものである。
【0009】
本発明は、かかる車体制振制御装置に対し、
前記上下バウンス振動の抑制よりも前記ピッチング振動の抑制を優先させるよう指令する優先度合い設定手段と、
該手段で指令された優先度合いを満足させつつ前記ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための制振用制駆動力補正量を求めて前記車輪制駆動力の補正制御に資する制振用制駆動力補正量演算手段とを設けて構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
上記した本発明の車体制振制御装置によれば、
上下バウンス振動の抑制よりもピッチング振動の抑制を優先させつつピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための制振用制駆動力補正量を求め、この補正量だけ車輪制駆動力を補正して、ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制する車体制振制御が行われることとなる。
【0011】
かように上下バウンス振動の抑制よりもピッチング振動の抑制を優先させたことにより、ピッチング振動の抑制不足を生ずることがなくなり、当該ピッチング振動の抑制不足により車両の乗り心地が悪化したり、運転者の疲労が大きくなるという前記の問題を解消することができる。
【0012】
しかも、ピッチング振動および上下バウンス振動間に抑制優先度を設定して上記の問題解決を実現するため、
多大な工数に頼ることなく、また簡単な構成で安価に、上記した乗り心地の改善と運転者の疲労軽減とを実現し得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例になる車体制振制御装置を車載状態で示す概略系統図である。
【図2】同実施例になる車体制振制御装置の概略系統を示す機能別ブロック線図である。
【図3】図1,2における制振制御コントローラを示す機能別ブロック線図である。
【図4】図2における駆動力制御部の機能別ブロック線図である。
【図5】アクセル開度APOと、運転者が要求している要求エンジントルクTe_aとの関係を例示する特性線図である。
【図6】図2における制動力制御部の機能別ブロック線図である。
【図7】ブレーキペダル踏力BPFと、運転者が要求している要求制動トルクTw_bとの関係を例示する特性線図である。
【図8】図2,3に示す制振制御コントローラが実行する制振制御プログラムを示すフローチャートである。
【図9】図8の車体制振制御で用いた車両の運動モデルを説明するための説明図である。
【図10】図3の優先度合い設定部で設定する、要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbの抑制優先度合いKt_pおよびKt_bと、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbの抑制優先度合いKs_pおよびKs_bに係わる優先度合いのマップ図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
<実施例の構成>
図1,2は、本発明の一実施例になる車体制振制御装置を示す概略系統図である。
図1において、1FL,1FRはそれぞれ左右前輪を示し、また1RL,1RRはそれぞれ左右後輪を示す。
左右前輪1FL,1FRはステアリングホイール2により転舵される操舵輪である。
また左右前輪1FL,1FRおよび左右後輪1RL,1RRはそれぞれ、図示せざるサスペンション装置により車体3に懸架され、この車体3は、サスペンション装置よりも上方に位置してバネ上質量を構成する。
【0015】
図1における車両は、動力源として図示せざるエンジンを搭載され、これにより、図示せざる自動変速機を介し左右前輪1FL,1FRを駆動して走行可能な前輪駆動車とする。
エンジンは、運転者が操作するアクセルペダル4の踏み込み量に応じて図2のエンジンコントローラ21を介し出力を加減されるが、それとは別に車体振動を抑制するために(車体制振制御用に)駆動力制御部5を介してエンジンコントローラ21により出力を補正し得るものとする。
【0016】
一方で図1における車両はブレーキペダル6を含む図示せざる液圧ブレーキシステムを具え、運転者が操作する当該ブレーキペダル6の踏力に応じて図2のブレーキコントローラ22を介し液圧ブレーキシステムにより車輪1FL,1FR,1RL,1RRを制動することで、車両の減速および停車が可能であるが、それとは別に車体振動を抑制するために(車体制振制御用に)制動力制御部7を介してブレーキコントローラ22により制動力を補正し得るものとする。
【0017】
駆動力制御部5は、上記車体振動抑制用の駆動力補正に際し図2に示すごとく、制振制御コントローラ8からの制振用駆動トルク補正量指令dTw*に応答し、これを実現するような制振用目標エンジントルクtTeを算出する。
そしてエンジンコントローラ21が、エンジントルクをこの制振用目標エンジントルクtTeに一致させるエンジン出力制御を行うことにより、上記の制振用駆動力補正を行う。
【0018】
制動力制御部7は、上記車体振動抑制用の制動力補正に際し図2に示すごとく、制振制御コントローラ8からの制振用制動トルク補正量指令dTw*に応答し、これを実現するような制振用目標制動トルクtTbを算出する。
そしてブレーキコントローラ22が、制動トルクをこの制振用目標制動トルクtTbに一致させるブレーキ液圧制御を行うことにより、上記の制振用制動力補正を行う。
【0019】
制振制御コントローラ8には、上記の制振用制駆動トルク補正量指令dTw*を求めるために、
左右前輪1FL,1FRおよび左右後輪1RL,1RRの車輪速Vwを個々に検出する車輪速センサ11からの信号と、
アクセル開度(アクセルペダル踏み込み量)APOを検出するアクセル開度センサ12からの信号と、
ブレーキペダル踏力BPFを検出するブレーキペダル踏力センサ13からの信号とを入力する。
【0020】
制振制御コントローラ8は、図3にブロック線図で示すように、要求制駆動トルク演算部51と、前後外乱算出部52と、車体振動推定部53と、制振用制駆動トルク補正量演算部54と、優先度合い設定部55と、制振用制駆動トルク補正量指令算出部56で構成する。
【0021】
要求制駆動トルク演算部51は後述するように、アクセル開度APOおよびブレーキペダル踏力BPFから、運転者が要求している車輪の要求制駆動トルクTwを演算する。
前後外乱算出部52は後で詳述するが、車輪速Vwに基づいて各車輪速の変化をモニタし、各車輪速の変化から前輪および後輪に働く前後方向外乱ΔFf,ΔFrを算出する。
車体振動推定部53は後述するように、演算部51で求めた要求制駆動トルクTwの変化および算出部52で求めた車輪への前後方向外乱ΔFf,ΔFrから、要求制駆動トルクTwの変化に伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)と、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)とを推定する。
【0022】
制振用制駆動トルク補正量演算部54は、推定部53で求めた、要求制駆動トルクTwの変化に伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)、および、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)をそれぞれ抑制するのに必要な制振用制駆動トルク補正量を後述するごとくに算出する。
優先度合い設定部55は本発明における優先度合い設定手段に相当し、後述するように、ピッチング振動θpの抑制と、上下バウンス振動xbの抑制との間における優先度合いを設定する。
制振用制駆動トルク補正量指令算出部56は後述するごとく、演算部54で求めた、要求制駆動トルクTwの変化に伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)を抑制するのに必要な制振用制駆動トルク補正量、および、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴う車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)を抑制するのに必要な制振用制駆動トルク補正量を基に、設定部55で定めた抑制優先度合いを満足させつつ車体3の振動(ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb)を抑制するための最終的な制振用制駆動トルク補正量指令dTw*を算出する。
従って制振用制駆動トルク補正量指令算出部56は、本発明における制振用制駆動力補正量演算手段に相当する。
【0023】
上記した要求制駆動トルク演算部51、前後外乱算出部52、車体振動推定部53、制振用制駆動トルク補正量演算部54、優先度合い設定部55、制振用制駆動トルク補正量指令算出部56から成る制振制御コントローラ8とで図2のように制振制御システムを構成する駆動力制御部5および制動力制御部7について以下に説明する。
【0024】
駆動力制御部5は図4に示すようなものとし、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が制動トルク補正量指令である場合は、制振用目標エンジントルクtTeを求めず、エンジンをエンジンコントローラ21による通常制御に任せ、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が駆動トルク補正量指令である場合にのみ、以下のごとくに制振用目標エンジントルクtTeを求めてエンジンコントローラ21に指令する。
【0025】
駆動力制御部5は制振用目標エンジントルクtTeの算出に際し、先ず要求エンジントルク算出部5aにおいてアクセル開度APOから、運転者が要求している要求エンジントルクTe_aを算出する。
この算出に当たっては、図5に例示するような予定のマップを基にアクセル開度APOから要求エンジントルクTe_aを検索して求める。
そして乗算器5bで、制振用駆動トルク補正量指令dTw*に自動変速機のギヤ比Katおよびディファレンシャルギヤギヤ比Kdifを乗じて制振用エンジントルク補正量dTe*を求め、
次に加算器5cで、上記要求エンジントルクTe_aと、制振用エンジントルク補正量dTe*とを合算して、制振用目標エンジントルクtTe=Te_a+dTe*を求め、これをエンジンコントローラ21に指令して、制振制御に供する。
【0026】
制動力制御部7は図6に示すようなものとし、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が駆動トルク補正量指令である場合は、制振用目標制動トルクtTbを求めず、液圧ブレーキシステムをブレーキコントローラ22による通常制御に任せ、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が制動トルク補正量指令である場合にのみ、以下のごとくに制振用目標制動トルクtTbを求めてブレーキコントローラ21に指令する。
【0027】
制動力制御部7は制振用目標制動トルクtTbの算出に際し、先ず要求制動トルク算出部7aにおいてブレーキペダル踏力BPFから、運転者が要求している要求制動トルクTw_bを算出する。
この算出に当たっては、図7に例示するような予定のマップを基にブレーキペダル踏力BPFから要求制動トルクTw_bを検索して求める。
そして加算器7bで、上記要求制動トルクTw_bと、制振用駆動トルク補正量指令dTw*とを合算して、制振用目標制動トルクtTb=Tw_b +dTw*を求め、これをブレーキコントローラ22に指令して、制振制御に供する。
【0028】
<車体制振制御>
図2,3に示した制振制御コントローラ8は、図8の制御プログラムを実行して車体振動を抑制する車体制振制御を遂行する。
図8は、10msecごとに繰り返し実行され、先ずステップS100において、センサ11で検出した車輪速Vw、センサ12で検出したアクセル開度APO、およびセンサ13で検出したブレーキペダル踏力BPFを含む車両走行状態を読み込む。
【0029】
次のステップS200(要求制駆動トルク演算部51)おいては、当該読み込んだ車両走行状態を基に、要求制駆動トルクTwを以下のようにして算出する。
先ず図5に例示する予定のエンジントルクマップを基にアクセル開度APOから、運転者が要求している要求エンジントルクTe_aを検索により求める。
そして、この要求エンジントルクTe_aを、ディファレンシャルギヤ比Kdif、および自動変速機のギヤ比Katに基づいて、次式の演算により駆動軸トルクに換算し、この換算値を要求駆動トルクTw_aとする。
Tw_a=Te_a/(Kdif・Kat)
【0030】
次に、図7に例示する予定のマップを基にブレーキペダル踏力BPFから、運転者が要求している要求制動トルクTw_bを検索し、この要求制動トルクTw_bおよび上記要求駆動トルクTw_aから次式の演算により要求制駆動トルクTwを算出する。
Tw=Tw_a−Tw_b
【0031】
次のステップS300(前後外乱算出部52)においては、車輪速Vw(左右前輪1FL,1FRの車輪速VwFL,VwFRおよび左右後輪1RL,1RRの車輪速VwRL,VwRR)から、後述の車両運動モデルへの入力となる前後外乱、つまり前輪の走行抵抗変動ΔFfおよび後輪の走行抵抗変動ΔFrを算出する。
これら走行抵抗変動ΔFfおよびΔFrの算出に当たっては、各車輪速VwFL,VwFR, VwRL,VwRRから実車速成分Vbodyを除去して各輪速度を算出し、各輪速度の前回値と今回値との差分をとる時間微分によって各輪加速度を算出し、各輪加速度にバネ下質量を乗じることで、前輪の走行抵抗変動ΔFfおよび後輪の走行抵抗変動ΔFrを算出する。
【0032】
ステップS400(車体振動推定部53)においては、車両運動モデルからバネ上振動(車体振動)を推定する。
この推定に当たっては、ステップS200で求めた要求制駆動トルクTw、およびステップS300で求めた前後輪の走行抵抗変動ΔFf,ΔFrを入力とし、後述の車両運動モデルを用いてバネ上振動(車体振動)の推定を行う。
【0033】
本実施例における車両運動モデルは図9に示すとおり、車体3に対して前後輪をそれぞれサスペンション装置により懸架された前後2輪モデルである。
すなわち本実施例における車両運動モデルは、車両に発生する駆動トルク変動ΔTw、路面状態変化、および制駆動力変化や、ステアリング操舵等に応じて前輪に発生する走行抵抗変動ΔFf、および後輪に発生する走行抵抗変動ΔFrをパラメータとし、
前後1輪に対応したサスペンション装置のバネ・ダンパ系とを有するサスペンションモデルと、車体重心位置の移動量を表現する車体バネ上モデルとから成り立っている。
【0034】
次に、車両に制駆動トルク変動が発生し、路面状態変化、制駆動力変化およびステアリング操舵の少なくとも一つがタイヤに加えられたことで走行抵抗変動が発生した場合につき、車両運動モデルを用いて車体振動を以下に説明する。
車体3に駆動トルク変動ΔTw、走行抵抗変動ΔFf,ΔFrの少なくとも一つが発生したとき、車体3はピッチ軸まわりに角度(ピッチ角)θpの回転が発生するとともに、重心位置に上下バウンス移動xbが発生する。
ここで駆動トルク変動ΔTwは、運転者のアクセル操作から算出された今回の駆動トルク変動ΔTwnと、駆動トルク変動の前回値ΔTwn-1との差分から演算する。
【0035】
図9に示すように、前輪側サスペンション装置のバネ定数をKsf、振動減衰定数をCsfとし、また後輪側サスペンション装置のバネ定数をKsr、振動減衰定数をCsrとし、
前輪側サスペンション装置のリンク長をLsf、リンク揺動中心高をhbfとし、また後輪側サスペンション装置のリンク長をLsr、リンク揺動中心高をhbrとし、
更に、車体3のピッチ方向慣性モーメントをIp、前軸およびピッチ軸間距離をLf、後軸およびピッチ軸間距離をLr、重心高をhcg、バネ上質量をMとすると、
車体上下バウンス振動の運動方程式は、次式のごときものとなり、
【数1】

また、車体ピッチング振動の運動方程式は、
【数2】

で表すことができる。
【0036】
これら二つの運動方程式を、
【数3】

と置いて、状態方程式に変換すると
【数4】

と表現することができる。
ここで、それぞれの要素は
【数5】

である。
【0037】
更に、上記の状態方程式を入力信号によりフィードフォワード(F/F)項と、フィードバック(F/B)とに分割すると、
駆動トルクを入力とするフィードフォワード(F/F)項は、
【数6】

と表すことができ、
また前後輪の走行外乱を入力とするフィードバック(F/B)項は、
【数7】

と表すことができる。
このxを求めることにより、制駆動トルク変動ΔTwおよび前後方向外乱ΔFf,ΔFrによる車体バネ上(車体)の上下バウンス振動(d/dt)xbおよびピッチング振動(d/dt)θpを推定することができる。
【0038】
次のステップS500(制振用制駆動トルク補正量演算部54)においては、ステップS400で上記のごとくに算出した車体振動(d/dt)xbおよび(d/dt)θpを抑制するための制振用制駆動トルク補正量dTw*を算出する。
つまりステップS500においては、ステップS200でアクセル開度APOおよびブレーキペダル踏力BPFに基づき決定した、要求制駆動トルクTwの変動成分ΔTw、および前後輪の前後方向外乱ΔFf,ΔFrに基づく、それぞれの次式
【数8】

で表されるバネ上(車体)振動から、要求制駆動トルクTwへフィードバックする制振用駆動トルク補正量dTw*を算出する。
【0039】
このときフィードバックゲインは、上下バウンス振動(d/dt)xbおよびピッチング振動(d/dt)θpが少なくなるように決定する。
例えば、フィードバック項において上下バウンス振動(d/dt)xbが少なくなるフィードバックゲインを算出するに際しては、重み行列を
【数9】

のように選び、
【数10】

で表されるJを最小にする制御入力を算出すればよい。
【0040】
その解は、リカッチ代数方程式
【数11】

の正定対称解pを元に、
【数12】

で与えられる。
ここでFxb_FBは、フィードフォワード項における上下バウンス振動(d/dt)xbに関するフィードバックゲイン行列である。
【0041】
フィードバック項におけるピッチング振動(d/dt)θp、およびフィードフォワード項における(d/dt)xb , (d/dt)θpが少なくなるフィードバックゲイン(それぞれFthp_FB,Fxb_FF, Fthp_FF)も同様に算出できる。
フィードバック項における(d/dt)θpの振動が少なくなるようなフィードバックゲインFthp_FBは、重み行列を
【数13】

として、
【数14】

により算出する。
【0042】
同様に、フィードフォワード項における(d/dt)xbが少なくなるようなフィードバックゲインFxb_FFは重み行列を
【数15】

として、
【数16】

により算出する。
【0043】
また、フィードフォワード項における(d/dt)xbおよび(d/dt)θpが少なくなるようなフィードバックゲインFthp_FFも、重み行列を
【数17】

として、
【数18】

により算出する。
上記は最適レギュレータの手法であるが、極配置など他の手法により設計しても良い。
【0044】
次のステップS600(優先度合い設定部55)においては、ステップS400(制振用制駆動トルク補正量演算部54)で要求制駆動トルクTwを基に推定した、要求制駆動トルク変動ΔTwによって発生するピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbと、同じくステップS400(制振用制駆動トルク補正量演算部54)で車輪速Vwを基に推定した前後方向外乱ΔFf,ΔFrによって発生するピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbに、各々図10に示すような抑制優先度合いを設定する。
従ってステップS600は、本発明における優先度合い設定手段に相当する。
【0045】
つまり、要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbについては、ピッチング振動θpの抑制優先度合いKt_pを0.4、上下バウンス振動xbの抑制優先度合いKt_bを-0.2とし、
前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbについては、ピッチング振動θpの抑制優先度合いKs_pを0.6、上下バウンス振動xbの抑制優先度合いKs_bを-0.3とする。
抑制優先度合いは、正値が振動を抑制する方向を意味し、正値が大きくなるほど振動抑制の優先度が高くなり、負値が振動を過振させる方向を意味し、絶対値が大きくなるほど過振の程度が大きくなる。
【0046】
従ってステップS600(優先度合い設定部55)は、図10から明らかなように、要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbについても、また前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbについても、 上下バウンス振動xbの抑制よりピッチング振動θpの抑制を優先させるよう指令する。
またステップS600(優先度合い設定部55)は、かようにピッチング振動θpの抑制を優先させるにしても、図10から明らかなように、要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpの抑制優先度よりも、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpの抑制優先度の方を高くする。
【0047】
次のステップS700(制振用制駆動トルク補正量指令算出部56)においては、ステップS500(制振用制駆動トルク補正量演算部54)で算出した制振用制駆動トルク補正量と、ステップS600(優先度合い設定部55)で設定した優先度合いとに基づき、当該優先度合いを満足させつつ、要求制駆動トルクTwから推定した要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb、並びに、車輪速Vwから推定した前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbを抑制するための制振用制駆動トルク補正量指令dTw*を次式により演算する。
従ってステップS700は、本発明における制振用制駆動力補正量演算手段に相当する。
【数19】

【0048】
最後のステップS800においては、ステップS700で上式により算出した制振用制駆動トルク補正量指令dTw*を、図2の駆動力制御部5および制動力制御部7に出力する。
駆動力制御部5は図4につき前述したように、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が駆動トルク補正量指令である場合、算出部5aでアクセル開度APOから要求エンジントルクTe_aを算出し、乗算器5bで、制振用駆動トルク補正量指令dTw*に自動変速機のギヤ比Katおよびディファレンシャルギヤギヤ比Kdifを乗じて制振用エンジントルク補正量dTe*を求め、加算器5cで、要求エンジントルクTe_aと、制振用エンジントルク補正量dTe*とを合算して制振用目標エンジントルクtTeを求め、これをエンジンコントローラ21に指令する。
【0049】
制動力制御部7は図6につき前述したように、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が制動トルク補正量指令である場合、先ず要求制動トルク算出部7aにおいてブレーキペダル踏力BPFから要求制動トルクTw_bを算出し、加算器7bで、要求制動トルクTw_bと、制振用制動トルク補正量指令dTw*とを合算して制振用目標制動トルクtTbを求め、これをブレーキコントローラ22に指令する。
【0050】
制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が駆動トルク補正量指令である場合、エンジンコントローラ21が駆動力制御部5からの制振用目標エンジントルクtTeを受けて、エンジントルクをこの制振用目標エンジントルクtTeに一致させることにより、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が実現され、
また制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が制動トルク補正量指令である場合、ブレーキコントローラ22が制動力制御部7からの制振用目標制動トルクtTbを受けて、車輪制動力をこの制振用目標制動トルクtTbに一致させることにより、制振用制駆動トルク補正量指令dTw*が実現される。
【0051】
以上により、ステップS400(制振用制駆動トルク補正量演算部54)で要求制駆動トルクTwから推定した要求制駆動トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xb、並びに、同じくステップS400(制振用制駆動トルク補正量演算部54)で車輪速Vwから推定した前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbを、ステップS600(優先度合い設定部55)で設定した優先度合いの通りに抑制することができる。
【0052】
<実施例の効果>
本実施例になる車体制振制御装置によれば、上記したエンジントルク制御または制動トルク制御により制振用制駆動トルク補正量指令dTw*を実現して車体3のピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xbを抑制するに際し、
図8のステップS600(図3の優先度合い設定部55)において図10に示すごとく、上下バウンス振動xbの抑制優先度合いKt_b,Ks_bよりもピッチング振動θpの抑制優先度合いKt_p,Ks_pを高くして、ピッチング振動θpが上下バウンス振動よりも優先して抑制されるよう構成したため、
ピッチング振動θpの抑制不足を生ずることがなくなり、当該ピッチング振動の抑制不足で運転者の視線移動が大きくなって車両の乗り心地が悪化したり、運転者の疲労が大きくなるという問題を解消することができる。
【0053】
しかも、ピッチング振動θpおよび上下バウンス振動xp間に抑制の優先度を設定して上記の問題解決を実現するため、
多くのシミュレーションや度重なる実験などの多大な工数に頼ることなく、また簡単な構成で安価に、上記問題解決の実現が可能である。
【0054】
また上記の通り上下バウンス振動xbの抑制よりピッチング振動θpの抑制を優先させる優先度合いの設定に際し、図8のステップS600(図3の優先度合い設定部55)が図10に示すごとく、
要求制駆動トルクTwに基づき推定したトルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpの抑制優先度合いKt_pよりも、車輪速Vwを基に推定した前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpの抑制優先度合いKs_pの方を高くするため、以下の効果をも奏し得る。
【0055】
つまり上記のような優先度合いの設定によれば、トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpを、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpほどに抑制しないこととなる。
ここでトルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpは、運転者のアクセルペダル4による加減速操作に起因したトルク変動に伴うピッチング振動をも含み、トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpを前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpと同じように強く抑制したのでは、運転者が加減速操作時に予期している大きさの車体ピッチング挙動を発生させなくしてしまい、この車体ピッチング挙動から運転者が加減速操作相当の加減速感を感じ得なくなる。
【0056】
これに対し本実施例では、要求制駆動トルクTwに基づき推定したトルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpの抑制優先度合いKt_pを、車輪速Vwを基に推定した前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpの抑制優先度合いKs_pほどに高くしないため、
トルク変動ΔTwに伴うピッチング振動θpが、前後方向外乱ΔFf,ΔFrに伴うピッチング振動θpほど抑制されることがなく、運転者が加減速操作時に予期している大きさの車体ピッチング挙動を発生させ得て、この車体ピッチング挙動から運転者が加減速操作相当の加減速感を感じ取ることができて、違和感がない。
【0057】
本実施例においては更に、上下バウンス振動xbの抑制よりピッチング振動θpの抑制を優先させる優先度合いの設定に際し、図8のステップS600(図3の優先度合い設定部55)が図10に示すごとく、ピッチング振動を正の抑制優先度合いKt_p,Ks_pにより抑制させると共に、上下バウンス振動を負の抑制優先度合い-Kt_b,-Ks_bにより増大させるようにして上記優先度の設定を行うため、
上下バウンス振動xbの抑制およびピッチング振動θpの抑制間における優先度合いの差を大きく設定し得て、上記の作用効果を一層顕著なものにすることができる。
【0058】
<その他の実施例>
上記した実施例においては、内燃機関などのエンジンを搭載した車両にあって、エンジントルク補正により車体振動を抑制する場合につき車体制振制御装置を説明したが、
モータなどの回転電機を動力源とする電気自動車やハイブリッド車両において、回転電機の駆動力を補正して車体振動を抑制する車体制振制御装置として構成してもよいのは言うまでもない。
【0059】
更に図示例では、制動力を制振用に加減するに際し液圧ブレーキシステムを制御する構成としたが、
電気自動車やハイブリッド車両などの電動車両においては、回転電機の回生制動力を制振用に加減してもよいこと勿論である。
【符号の説明】
【0060】
1FL,1FR 左右前輪
1RL,1RR 左右後輪
2 ステアリングホイール
3 車体(バネ上質量)
4 アクセルペダル
5 駆動力制御部
5a 要求エンジントルク算出部
5b 乗算器
5c 加算器
6 ブレーキペダル
7 制動力制御部
7a 要求制動トルク算出部
7b 加算器
8 制振制御コントローラ
11 車輪速センサ
12 アクセル開度センサ
13 ブレーキペダル踏力センサ
21 エンジンコントローラ
22 ブレーキコントローラ
51 要求制駆動トルク演算部
52 前後外乱算出部
53 車体振動推定部
54 制振用制駆動トルク補正量演算部
55 優先度合い設定部(優先度合い設定手段)
56 制振用制駆動トルク補正量指令算出部(制振用制駆動力補正量演算手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サスペンション装置を介して車輪を懸架された車両のバネ上質量である車体のピッチング振動および上下バウンス振動を車輪制駆動力の補正制御により抑制するための車体制振制御装置において、
前記上下バウンス振動の抑制よりも前記ピッチング振動の抑制を優先させるよう指令する優先度合い設定手段と、
該手段で指令された優先度合いを満足させつつ前記ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための制振用制駆動力補正量を求めて前記車輪制駆動力の補正制御に資する制振用制駆動力補正量演算手段とを具備してなることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車体制振制御装置において、
前記制振用制駆動力補正量演算手段は、前記優先度合いを満足させつつ、前記車輪制駆動力を基に推定した前記ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための第1の制振用制駆動力補正量と、前記優先度合いを満足させつつ、前記車輪の車輪速を基に推定した前記ピッチング振動および上下バウンス振動を抑制するための第2の制振用制駆動力補正量とを前記車輪制駆動力の補正制御に資するものであり、
前記優先度合い設定手段は、前記第2の制振用制駆動力補正量を演算するとき、前記第1の制振用制駆動力補正量を演算するときよりも、ピッチング振動の抑制優先度合いを更に高くするよう指令するものであることを特徴とする車体制振制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車体制振制御装置において、
前記優先度合い設定手段は、ピッチング振動を抑制させると共に、上下バウンス振動を増大させる指令を、前記優先度合い指令とするものであることを特徴とする車体制振制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−56378(P2012−56378A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−199541(P2010−199541)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】