説明

車輪用転がり軸受装置

【課題】密封性能を確保しつつ、低トルク化を図ることができる車輪用転がり軸受装置を提供する。
【解決手段】車輪用転がり軸受装置1は、車体側に固定されるとともに外輪軌道面3aを有する外輪部材3と、車輪が取り付けられるとともに内輪軌道面4aを有する内輪部材4と、外輪軌道面3aと内輪軌道面4aとの間に転動可能に配置された複数の転動体7と、外輪部材3に固定されているとともに内輪部材4に締め代を有して摺接することにより外輪部材3と内輪部材4との間に形成される環状空間を密封するシール部材12とを備えている。前記シール部材12は、外周部が外輪部材3に固定されているともに内周部が内輪部材4の外周面に締め代を有して摺接している円環状のシール部材12を有している。前記シール部材12は、使用時において下側に配置される部分の締め代を上側に配置される部分の締め代よりも小さくしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車輪を支持するための車輪用転がり軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車等の車輪を支持する車輪用転がり軸受装置は、車輪が跳ね上げる泥水等の異物が、軸受内部に浸入するのを防止するために、内外輪間を密閉する密封装置を備えている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1の密封装置は、固定軌道輪(外輪)に外周部が固定された円環状の芯金と、この芯金に固定された複数のシールリップを有するシール部材とを有している。シール部材は、各シールリップの先端が回転軌道輪(内輪)の外周面に押し付けられた状態で摺接することで、回転軌道輪と固定軌道輪との間に形成された環状空間の車輪側(車両アウタ側)開口を密封するようになっている。各シールリップは、回転軌道輪の外周面に対する密封性を高めるために、当該外周面に対して所定の締め代を有している。これにより、車両により跳ね上げられた泥水等は、図示しないホイールやサスペンション部品に当たり、固定軌道輪の上方からその外周面を伝って下方に流れることにより前記環状空間の車輪側開口に到達するが、この車輪側開口を密封するシールリップにより、軸受内部に泥水等が浸入するのを防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−150484号公報(図4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、自動車の低燃費化及びCO排出量低減化の観点から、車輪用転がり軸受装置に対しても低トルク化の要求が高まっている。そこで、車輪用転がり軸受装置の低トルク化を図るために、前記シール部材のシールリップの締め代を小さくしたり、シールリップの枚数を減らしたりすることが提案されているが、これらの場合は、いずれも密封性能が低下するという問題があった。
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、密封性能を確保しつつ、低トルク化を図ることができる車輪用転がり軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するための本発明の車輪用転がり軸受装置は、車体側に固定されるとともに固定軌道面を有する固定軌道輪と、車輪が取り付けられるとともに回転軌道面を有する回転軌道輪と、前記固定軌道面と回転軌道輪面との間に転動可能に配置された複数の転動体と、前記固定軌道輪に固定されているとともに前記回転軌道輪に締め代を有して摺接することにより、前記固定軌道輪と回転軌道輪との間に形成される環状空間を密封する円環状のシール部材とを備えた車輪用転がり軸受装置であって、前記シール部材は、使用時において下側に配置される部分の締め代を上側に配置される部分の締め代よりも小さくしていることを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、シール部材は、使用時において下側に配置される部分が小さい締め代を有して回転軌道輪に摺接しているため、回転軌道輪に対するシール部材の摺接抵抗を低減することができる。また、シール部材は、使用時において下側よりも高い密閉性が要求される上側に配置される部分が前記下側に配置される部分よりも大きい締め代を有して回転軌道輪に摺接するため、シール部材の前記上側に配置される部分から軸受内部に泥水等が浸入するのを防止することができる。これにより、密封性能を確保しつつ、低トルク化を達成することができる。
【0008】
また、前記固定軌道輪の固定軌道面側の周面には、前記シール部材を固定するためのシール溝が全周に亘って形成されており、前記シール溝の曲率中心が、前記回転軌道輪の軸心に対して偏心しているであることが好ましい。
この場合、固定軌道輪に形成されたシール溝を回転軌道輪の軸心に対して偏心させているため、シール部材の前記下側に配置される部分の締め代を容易に小さくすることができる。
【0009】
また、前記シール部材の前記回転軌道輪に摺接するシールリップの先端の曲率中心が、前記回転軌道輪の軸心に対して偏心していることが好ましい。
この場合、シール部材のシールリップの先端を回転軌道輪の軸心に対して偏心させているため、シール部材の前記下側に配置される部分の締め代を容易に小さくすることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の車輪用転がり軸受装置によれば、密封性能を確保しつつ、低トルク化を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る車輪用転がり軸受装置の断面図である。
【図2】図1のA部拡大断面図である。
【図3】図1のB−B断面図である。
【図4】図1のC部拡大断面図である。
【図5】本発明の第2の実施形態に係る車輪用転がり軸受装置の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ、本発明の車輪用転がり軸受装置の実施形態を詳細に説明する。
図1は、本発明の第1の実施形態に係る車輪用転がり軸受装置の断面図である。図1において、右側は車体側(車両インナ側)であり、右側は車輪側(車両アウタ側)である。
【0013】
車輪用転がり軸受装置1は、複列アンギュラ玉軸受タイプの転がり軸受2を備え、この転がり軸受2は、車体側に固定される外輪部材(固定軌道輪)3と、車輪が取り付けられる内輪部材(回転軌道輪)4と、2列に配置された複数の玉からなる転動体7と、この転動体7をそれぞれ周方向に沿って所定間隔で保持する保持器8とを備えている。
【0014】
外輪部材3の内周には、外輪軌道面(固定軌道面)3aが形成されている。一方、内輪部材4は、内軸5と内輪構成部材6とからなり、外輪軌道面3aに対向する内軸5及び内輪構成部材6の外周には内輪軌道面(回転軌道面)4aが形成され、転動体7が内輪軌道面4aと外輪軌道面3aとの間で転動するようになっている。
【0015】
内軸5の車輪側端部には、車輪取付用の環状のインロー部(嵌合部)5aが当該車輪側へ突出形成されている。内軸5の車輪側端部よりも車体側にはフランジ部5bが径方向外方に突設されており、このフランジ部5bには複数本のハブボルト20が圧入固定されている。インロー部5aの外周面には、ブレーキディスク31や車輪のホイール32が外嵌され、前記ハブボルト20及びナット21によって前記フランジ部5bに固定されている。
【0016】
内軸5の車体側には段部5cが形成されており、この段部5cに内輪構成部材6が外嵌されている。さらに、この内輪構成部材6は、段部5cの車体側の端部を径方向外向きに屈曲変形させたカシメ部5dによって内軸5に固定されている。
【0017】
外輪部材3の外周面にはフランジ部3bが形成されており、このフランジ部3bにはボルト孔3cが形成されている。そしてフランジ部3bには、車両の懸架装置(図示せず)に含まれる円環状のナックル30がボルト孔3cに螺合されたボルト33によって固定されている。
【0018】
また、転がり軸受2は、外輪部材3と内輪部材4との間に形成された環状空間を軸方向両側に配置された密封装置10を備えている。この密封装置10は、前記環状空間を密封するものであり、例えば車両により跳ね上げられた泥水等が、ホイール32や図示しないサスペンション部品に当たり、図1の矢印Pで示すように、ナックル30及び外輪部材3の外周面を伝って前記環状空間の車輪側開口から転がり軸受2内部へ浸入するのを防止している。
【0019】
図2は、前記環状空間の車輪側開口に配置された密封装置10を示す図1のA部拡大断面図である。この密封装置10は、外輪部材3に内嵌される断面略L字形の環状の芯金11と、この芯金11に固定されているシール部材12とで構成されている。
【0020】
芯金11は、金属(例えば、SPCC)製の環状部材であり、外輪部材3の内周に形成されたシール溝3dに固定される円筒部11aと、この円筒部11aの車輪側の端部から径方向内向きに屈曲した環状板部11bとから構成される。
【0021】
シール部材12は、合成ゴム等の弾性部材からなり、加硫による接着、焼き付け等により芯金11に固定されている。このシール部材12は、円筒部11aの車輪側の外周を覆う外周部12aと、環状板部11bの車輪側及び径方向内方を覆う本体部12bとを有している。これにより、シール部材12の外周部は、芯金11を介して外輪部材3に固定されている。
【0022】
また、シール部材12は、本体部12bの径方向中間部から車輪側の径方向斜め外向きにスカート状に延伸している第1サイドリップ12cと、本体部12bの内周側から車輪側の径方向斜め外向きにスカート状に延伸し、第1サイドリップ12cより径方向内側に位置する第2サイドリップ12dと、本体部12bの内周側から内軸5側で且つ車体側へ延伸しているラジアルリップ(シールリップ)12eとを備えている。
【0023】
第1及び第2サイドリップ12c,12dの先端は、車輪側を向いて内軸5の外周面5eに締め代を有して摺接している。また、シール部材12のラジアルリップ12eの先端は、車体側を向いて前記外周面5eに締め代(例えば0.2mm)を有して摺接している。
【0024】
図3は、図1のB−B断面図である。外輪部材3の外周面は、その曲率中心が内軸5の軸心Xと一致するように配置されている。また、外輪部材3のシール溝3dは、外輪部材3の内周の全周に亘って形成されており、その曲率中心Yは、内軸5の軸心Xに対して鉛直方向下側に偏心している。
【0025】
一方、シール部材12は、その外周の曲率中心と内周の曲率中心とが一致するように形成されている。そして、外周部がシール溝3dに固定されることにより、ラジアルリップ12eの先端の曲率中心は、シール溝3dの曲率中心Yと一致し、内軸5の軸心Xに対して鉛直方向下側に偏心した状態となる。これにより、シール部材12の図3のクロスハッチで示す部分が内軸5の外周面5eに対する締め代となり、シール部材12は、使用時において下側に配置される部分の締め代を、上側に配置される部分の締め代よりも小さくしている。なお、本明細書中の「上側」とは、転がり軸受装置を組み付けたとき、車輪の接地面の反対側のことをいい、「下側」とは車輪の接地面側のことをいう。
【0026】
図4は、シール部材12の前記下側に配置される部分を示す図1のC部拡大断面図である。外輪部材3のシール溝3dの曲率中心は、上述のように偏心しているため、使用時においてシール溝3dの下側に配置される部分の径方向の深さh2は、上側に配置される部分の径方向の深さh1よりも深く形成されている。これにより、シール部材12の前記下側に配置される部分であるラジアルリップ12eの先端は、内軸5の外周面5eに対して、前記上側に配置される部分の締め代よりも小さい締め代(例えば0.05mm)を有して摺接している。
【0027】
以上、本発明の実施形態に係る車輪用転がり軸受装置1によれば、シール部材12は、使用時において下側に配置される部分が小さい締め代を有して内輪部材4に摺接しているため、内輪部材4に対するシール部材12の摺接抵抗を低減することができる。また、シール部材12は、使用時において下側よりも高い密閉性が要求される上側に配置される部分が前記下側に配置される部分よりも大きい締め代を有して内輪部材4に摺接するため、シール部材12の前記上側に配置される部分から軸受内部に泥水等が浸入するのを防止することができる。これにより、密封性能を確保しつつ、低トルク化を達成することができる。
【0028】
また、外輪部材3に形成されたシール溝3dの曲率中心Yを、内軸5の軸心Xに対して偏心させているため、シール部材12の前記下側に配置される部分の締め代を容易に小さくすることができる。
【0029】
図5は、本発明の第2の実施形態に係る車輪用転がり軸受装置の拡大断面図である。本実施形態では、外輪部材3のシール溝3dの曲率中心Yは内軸5の軸心Xと一致しており、シール部材12のラジアルリップ12eの先端の曲率中心Zが、内軸5の軸心Xに対して鉛直方向下方に偏心している。これにより、シール部材12の図5のクロスハッチで示す部分が内軸5の外周面5eに対する締め代となり、シール部材12は、使用時において下側に配置される部分の締め代を、上側に配置される部分の締め代よりも小さくして、内軸5の外周面5eに摺接するようになっている。
【0030】
本実施形態の車輪用転がり軸受装置1によれば、シール部材12のラジアルリップ12eを内軸5の軸心Xに対して偏心させているため、シール部材12の前記下側に配置される部分の締め代を容易に小さくすることができる。
【0031】
なお、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく適宜変更して実施可能である。例えば、上記各実施形態では、外輪部材を固定軌道輪、内輪部材を回転軌道輪としているが、外輪部材を回転軌道輪、内輪部材を固定軌道輪としてもよい。この場合、シール部材の内周部を内輪部材に固定し、シール部材のラジアルリップを外輪部材の内周面に締め代を有して摺接させる。そして、第1の実施形態の場合は、シール溝の曲率中心を外輪部材の軸心に対して鉛直方向上側に偏心させればよい。また、第2の実施形態の場合は、ラジアルリップ先端の曲率中心を外輪部材の軸心に対して鉛直方向上側に偏心させればよい。
【0032】
さらに、本実施形態の車輪用転がり軸受装置は、図1に示される構造に限定されず、車輪用であれば他の構造にも適用することができる。
【符号の説明】
【0033】
1:車輪用転がり軸受装置、3:外輪部材(固定軌道輪)、3a:外輪軌道面(固定軌道面)、3d:シール溝、4:内輪部材(回転軌道輪)、4a:内輪軌道面(回転軌道面)、7:転動体、12:シール部材、12e:ラジアルリップ(シールリップ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体側に固定されるとともに固定軌道面を有する固定軌道輪と、
車輪が取り付けられるとともに回転軌道面を有する回転軌道輪と、
前記固定軌道面と回転軌道輪面との間に転動可能に配置された複数の転動体と、
前記固定軌道輪に固定されているとともに前記回転軌道輪に締め代を有して摺接することにより、前記固定軌道輪と回転軌道輪との間に形成される環状空間を密封する円環状のシール部材とを備えた車輪用転がり軸受装置であって、
前記シール部材は、使用時において下側に配置される部分の締め代を上側に配置される部分の締め代よりも小さくしていることを特徴とする車輪用転がり軸受装置。
【請求項2】
前記固定軌道輪の固定軌道面側の周面には、前記シール部材を固定するためのシール溝が全周に亘って形成されており、
前記シール溝の曲率中心が、前記回転軌道輪の軸心に対して偏心している請求項1に記載の車輪用転がり軸受装置。
【請求項3】
前記シール部材の前記回転軌道輪に摺接するシールリップの先端の曲率中心が、前記回転軌道輪の軸心に対して偏心している請求項1に記載の車輪用転がり軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−154367(P2012−154367A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11947(P2011−11947)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】