説明

近赤外光を吸収するポリシラン薄膜及びその製造方法

【課題】大掛かりな設備を必要とせずに、様々な近赤外光を吸収するポリシラン薄膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】基板上に下記の一般式で表される架橋ポリシラン薄膜を形成した後、加熱処理することにより該架橋ポリシラン薄膜の吸収スペクトルを変化させて、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜とする。
【化1】


(式中、Rは、縮合多環芳香族基を表し、Rは、アリール基又は縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表す。また、x及びyは、整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池等に好適に用いられるポリシラン薄膜及びその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アモルファスシリコン膜やポリシリコン膜を使用した太陽電池が普及しつつある。このような近赤外光を吸収するアモルファスシリコン膜やポリシリコン膜の形成方法としては、水素化珪素ガスを用いた熱化学的気相成長(Chemical Vapor Deposition(CVD))法、プラズマCVD法、光CVD法、蒸着法、スパッタ法等が利用されている。特にプラズマCVD法においては、高周波発生装置等、複雑で高価な装置が必要となるだけでなく、高価な高真空装置が必要である。
一方、上述したようなCVD法とは別に、高価な装置を必要としない塗布法によるシリコン膜の形成が検討されている。このようなシリコン膜の形成方法の一例として、液体状の水素化珪素を基体上に塗布した後昇温し、昇温過程を含む熱履歴を経させることにより塗布膜内で分解反応させるシリコン膜の形成方法が報告されている(特許文献1参照)。また、基体上に、単結晶シリコンを粉砕したシリコン微粒子と液体状の水素化珪素を混合してなる組成物を塗布し、得られた塗膜を加熱してポリシリコン膜を形成する方法も報告されている(特許文献2参照)。また、水素化ポリシラン修飾シリコン微粒子が分散された液を基板上に塗布し、塗布膜を形成した後、塗布膜が形成された状態の基板に熱処理または光照射を行うことで、シリコン膜を形成する方法も報告されている。(特許文献3参照)
【特許文献1】特許第3517934号公報
【特許文献2】特開2005−332913号公報
【特許文献3】特開2007−277038号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、特許文献1に記載されたシリコン膜の形成方法では、液体状の水素化珪素の取り扱いに複雑な装置が必要になる難点を有するほか、シリコン膜の膜厚の制御が困難である。また、特許文献2に記載されたシリコン膜の形成方法では、単結晶シリコンを粉砕した微粒子を用いることで、微粒子表面の酸化膜を除去する作業が煩雑であり、欠陥のない均一な連続膜とすることが難しい。また、液体状の水素化珪素とシリコン微粒子とを混合してシリコン膜を形成しているため、成膜時にシリコン微粒子と水素化珪素の界面に欠陥が生じ易い、という問題がある。また、特許文献3に記載されたシリコン膜の形成方法では、ポリシランをシリコン微粒子に修飾させる必要があり、バンドギャップを連続的に変えられない。
【0004】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、大掛かりな設備を必要とせずに、様々な近赤外光を吸収するポリシラン薄膜及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の架橋ポリシランを含む液を塗布した塗布膜を加熱することで、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜を作製することが可能となるという知見を得た。
本発明は、これら知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
[1]下記の一般式で表される架橋ポリシラン薄膜が加熱処理され、近赤外光を吸収する薄膜とされていることを特徴とする近赤外光吸収性ポリシラン薄膜。
【化1】

(式中、Rは、縮合多環芳香族基を表し、Rは、アリール基又は縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表す。また、x及びyは、整数を表す。)
[2]前記加熱処理の温度及び/又は時間により、バンドギャップが制御されていることを特徴とする[1]の近赤外吸収性ポリシラン薄膜。
[3]基板上に下記の一般式で表される架橋ポリシラン薄膜を形成した後、加熱処理することにより該架橋ポリシラン薄膜の吸収スペクトルを変化させて、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜とすることを特徴とする近赤外吸収性ポリシラン薄膜の製造方法。
【化1】

(式中、Rは、縮合多環芳香族基を表し、Rは、アリール基又は縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表す。また、x及びyは、整数を表す。)
[4]前記加熱処理の温度及び/又は時間を調整することにより、前記架橋ポリシラン薄膜のバンドギャップを制御することを特徴とする[3]に記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、塗布膜を加熱処理するだけで近赤外光を吸収するポリシラン薄膜を作製でき、さらに、加熱温度の時間を変えることで、近赤外光を吸収するポリシラン膜のバンドギャップを連続的に再現性よく変えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明について、更に詳細に説明する。
本発明に用いる架橋ポリシランは、下記の一般式で表される。
【化1】

【0008】
上記一般式において、Rは、ナフチル基、アントラセン基、フェナントレン基、ピレン基等の縮合多環芳香族基を表し、Rは、フェニル基等のアリール基、又は、ナフチル基、アントラセン基、フェナントレン基、ピレン基等の縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表し、x及びyは、整数を表す。すなわち、本発明の架橋ポリシランは、一次元シリコン系高分子の側鎖基に、アリール基又は縮合多環芳香族基とアルキル基が結合し、架橋点には、側鎖基として縮合多環芳香族基が結合しているものである。該アルキル基としては、特に限定されないが、入手のしやすさから、炭素数1〜12のものが好ましい。
【0009】
本発明の上記一般式で表される架橋ポリシランは、塗布膜を加熱処理するだけで、近赤外光吸収性ポリシラン薄膜とすることができるものである。さらに、加熱処理の温度及び時間を変更することで、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜のバンドギャップを連続的に、しかも再現性よく変えることができるものである。
本発明におけるこの作用効果は、架橋点の側鎖基が縮合多環芳香族基である架橋ポリシラン特有のものであって、架橋点の側鎖基が縮合多環芳香族基ではなく、例えば、フェニル基又はアルキル基である場合には、加熱処理しても、吸収スペクトルが減少するだけで、近赤外光側の吸収スペクトルの増加現象は見られない。
その理由は、加熱処理による近赤外光吸収ポリシラン薄膜の形成過程では架橋点でのケイ素−ケイ素結合の解離と結合の組み換えよる再結合が起こっていると考えることができる。加熱により結合の解離した状態、例えばケイ素イオンやケイ素ラジカルが、側鎖基の縮合多環芳香族基で安定化され、結合の組み換えが起こるのに対して、アルキル基やフェニル基では安定化されず結合の組み換えが起こる前に解離・分解してしまうと考えられる。
【0010】
本発明の架橋ポリシランは、公知のウルツカップリング反応により容易に製造される。
すなわち、例えば、
【化2】

で表される架橋ポリシランの場合、メチルフェニルジクロロシランと架橋剤であるナフチルトリクロロシランを任意の割合で混合して、ウルツカップリング反応により合成することにより製造することができ、架橋剤の量を制御することによって、二次元的な架橋点含量を変化させることができる。
【0011】
製造された架橋ポリシランは、溶媒に溶かして溶液とし、高速で回転させながら塗布するスピンコート法などの方法により、基板上に塗布する。塗布の際の溶媒としては、汎用溶媒が用いられるが、中でも、トルエンやテトラヒドロフランが好ましく用いられる。
また、本発明に用いる基板としては、加熱処理の温度において耐熱性を有するものであれば、特に限定されるものでなく、当該分野で一般的に用いられているものを使用することができ、例えば、石英ガラス等の透明基板以外にも、酸化シリコン等の絶縁体基板、酸化インジウム−酸化錫(ITO)等の導体基板などを用いることができる。
【0012】
本発明において、基板上に形成された架橋ポリシラン膜の加熱手段は特に限定されないが、真空下で行うのが好ましい。また、加熱処理の温度及び時間を変更することで、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜のバンドギャップを連続的に、しかも再現性よく変えることができるものであるが、近赤外吸収性の薄膜を得るためには、400℃以上、好ましくは500℃以上で、1〜36時間、好ましくは6〜12時間行うことが好ましい。
【実施例】
【0013】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
(実施例1)
メチルナフチルジクロロシランと、架橋剤であるナフチルトリクロロシランを用いて、架橋点にナフチル基が導入されたポリメチルナフチルシランを得た。得られたポリシランの架橋点含量は50%であった。なお、架橋点含量50%とは、ポリシラン主鎖のSi原子100個内の50個で、他のポリシラン主鎖と架橋していることを表している。およその重合度は、x=y=40であった。
得られた架橋ポリシランをトルエンに溶かし、スピンコート法により石英基板上に薄膜を形成した。
得られた薄膜を真空下、種々の加熱温度で、30分加熱した後、室温まで冷却して大気下で紫外−近赤外吸収スペクトルを測定した。
図1に、得られた吸収スペクトルを示す。
図から、加熱温度が高くなるにつれて、吸収の減少とともに4.2eVの吸収の幅が広くなり、低エネルギー側に裾を引き始めることがわかる。この結果は、架橋点にナフチル基が導入された架橋ポリメチルナフチルシラン薄膜を加熱することにより、バンドギャップが減少していることを示唆している。
【0014】
(実施例2)
次に、実施例1で用いた50%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜の加熱温度を500℃に固定して、加熱時間を変えて加熱した後の吸収スペクトル変化について調べた。
その結果を図2に示す。図から明らかなように、加熱時間の増加とともに、5.5eVの吸収ピークの減少とともに、吸収の幅が広がり、低エネルギー側に裾を引き始める。この吸収スペクトル変化は、ポリシラン薄膜の色が加熱時間の増加とともに無色透明から褐色透明に変化することでも確認できる。これは、加熱時間の増加とともにバンドギャップが減少していることを示唆している。
【0015】
(実施例3)
実施例1の50%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜に代えて、20%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜を用い、500℃での加熱時間の違いによる吸収スペクトル変化を調べた。
その結果を図3に示す。50%架橋のポリシラン薄膜と同じスペクトル変化を示したが、5.5eVの吸収ピークの減少の割合は大きかった。
【0016】
(実施例4)
加熱温度の効果を検討するために、実施例3における加熱温度を450℃に下げて、加熱時間の違いによる吸収スペクトル変化を調べた。
その結果を図4に示す。加熱温度が500℃の時と同様に、加熱時間の増加とともに、5.5eVの吸収ピークの減少とともに、吸収の幅が広がり、低エネルギー側に裾を引き始める。しかし、裾の広がり方が少ない。これらの結果は、バンドギャップを制御するためには、一定の加熱温度が必要であることを示している。
【0017】
(比較例1)
実施例1の架橋点にナフチル基が導入されたポリシラン薄膜に代えて、架橋点がないポリメチルナフチルシラン薄膜を用いた以外は、実施例1と同様にして、基板上に形成されたポリシラン薄膜を加熱処理して、紫外−近赤外吸収スペクトルを測定した。
その結果、架橋点がないポリメチルナフチルシラン薄膜の加熱温度を変えて加熱しても吸収スペクトルが減少するだけであった。この結果から、架橋点が加熱効果に影響を及ぼしていることが分かった。
【0018】
(比較例2)
実施例1の架橋点にナフチル基が導入されたポリシラン薄膜に代えて、架橋点にフェニル基が導入されたポリメチルフェニルシラン薄膜、又は架橋点にアルキル基が導入されたポリジヘキシルシラン薄膜を用いた以外は、実施例1と同様にして、基板上に形成された架橋ポリシラン薄膜を加熱処理して、紫外−近赤外吸収スペクトルを測定した。
その結果、架橋点含量によらず、架橋点にフェニル基、又はアルキル基が導入された架橋ポリシラン薄膜の加熱温度を変えて加熱しても吸収スペクトルが減少するだけであった。また、架橋点含量が100%(二次元的なポリシラン)のポリフェニルシリレン薄膜、又はポリアルキルシリレン薄膜を加熱しても、同様の結果であった。
これらの結果から、架橋点の側鎖基が加熱効果に影響を及ぼしていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の架橋ポリシランは、塗布膜を加熱処理するだけで、近赤外光吸収性ポリシラン薄膜とすることができるものであり、さらに、加熱処理の温度及び時間を変更することで、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜のバンドギャップを連続的に、しかも再現性よく変えることができるものであるため、太陽電池、電界発光(Electroluminescence(EL))やセンサー等を初めとした種々の機能性材料としての利用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】架橋点にナフチル基が導入された50%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜の、加熱温度を変更して30分間加熱した際の吸収スペクトルの変化を示す図。
【図2】架橋点にナフチル基が導入された50%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜の、500℃での加熱時間の違いによる吸収スペクトルの変化を示す図。
【図3】架橋点にナフチル基が導入された20%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜の、500℃での加熱時間の違いによる吸収スペクトルの変化を示す図。
【図4】架橋点にナフチル基が導入された20%架橋のポリメチルナフチルシラン薄膜の、450℃での加熱時間の違いによる吸収スペクトルの変化を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式で表される架橋ポリシラン薄膜が加熱処理され、近赤外光を吸収する薄膜とされていることを特徴とする近赤外吸収性ポリシラン薄膜。
【化1】

(式中、Rは、縮合多環芳香族基を表し、Rは、アリール基又は縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表す。また、x及びyは、整数を表す。)
【請求項2】
前記加熱処理の温度及び/又は時間により、バンドギャップが制御されていることを特徴とする請求項1に記載の近赤外吸収性ポリシラン薄膜。
【請求項3】
基板上に下記の一般式で表される架橋ポリシラン薄膜を形成した後、加熱処理することにより該架橋ポリシラン薄膜の吸収スペクトルを変化させて、近赤外光を吸収するポリシラン薄膜とすることを特徴とする近赤外吸収性ポリシラン膜の製造方法。
【化1】

(式中、Rは、縮合多環芳香族基を表し、Rは、アリール基又は縮合多環芳香族基のいずれかを表し、Rは、アルキル基を表す。また、x及びyは、整数を表す。)
【請求項4】
前記加熱処理の温度及び/又は時間を調整することにより、前記架橋ポリシラン薄膜のバンドギャップを制御することを特徴とする請求項3に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−106101(P2010−106101A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−277853(P2008−277853)
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「革新的太陽光発電技術研究開発(革新型太陽電池国際研究拠点整備事業)高度秩序構造を有する薄膜多接合太陽電池の研究開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】