説明

透過型電子顕微鏡用試料の調製方法

【課題】本発明は、高分子材料からなる基材上の検体から透過型電子顕微鏡観察用の試料を調製する場合において、基材である高分子材料が溶出しない処理方法で検体を処理して、試料を調製する方法を提供することを課題とする。すなわち、高分子材料が溶出しない方法による透過型電子顕微鏡観察用試料の調製方法を提供することを課題とする。
【解決手段】プロピレンオキサイド処理を含まない方法で基材上の検体を処理して試料を調製することによる。かかる処理方法により、基材である高分子材料が溶出しないで試料を調製することができる。エポキシ樹脂処理手順において、エタノールのエポキシ樹脂への置換効率を高めるために、各工程の処理時間を見直し、適切な処理時間を決定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上の検体を処理することによる試料の調製方法に関する。より詳しくは、基材上の生物組織検体若しくは培養細胞検体を処理することによる、透過型電子顕微鏡観察用試料の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物由来検体の透過型電子顕微鏡による観察は、組織学的、解剖学的および細胞学的観察を可能とし、例えば病状の正確な診断を行うことができるだけでなく、学術的に様々な知見を与えることができ、極めて重要なものである。透過型電子顕微鏡で観察する際に、これらの検体は各々適切なプロトコルにて処理され、観察用の試料が調製される。試料の調製方法は、プロセスの確実性や生体像の明瞭性を達成するものでなくてはならない。
【0003】
さらに近年、細胞の働きや形態を任意に加工することで、人工臓器やバイオセンサ、バイオリアクター、再生医療などに利用しようという試みが盛んに行われている。これらを達成するためには、細胞を培養するための培養用基材が必要となる。そして、培養用基材上で培養された細胞の形態についても注目されており、透過型電子顕微鏡での観察を要する場合も多い。
【0004】
生物組織若しくは培養細胞を透過型電子顕微鏡にて観察する場合、超薄片を得るために、最終的に検体を適切な剛性を持った樹脂で包埋する必要がある。基材上の検体を処理して透過型電子顕微鏡用試料として調製するための樹脂包埋前後のプロセスは、一般的には以下のように要約される。
【0005】
1)1%オスミウム酸溶液にて固定(4℃にて2時間);
2)蒸留水にて洗浄;
3)エタノールにて段階的に脱水(各15分);
4)プロピレンオキサイドにて段階的に置換(各30分);
5)エポキシ樹脂にて段階的に置換(各1時間);
6)樹脂硬化(1日);
7)超薄切片を作製;
8)切片を酢酸ウラニル飽和溶液にて染色(60℃にて50分間);
9)蒸留水にて洗浄;
10)Reynoldsのクエン酸鉛溶液にて染色(室温にて20分間);
11)蒸留水にて洗浄後、デシケーターにて乾燥。
【0006】
培養細胞等の顕微鏡観察を行う場合において、培養基材に用いられる種々の高分子材料(ポリスチレン、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリカーボネート、ポリアミドなど)は、樹脂置換操作で用いるプロピレンオキサイドに溶出するという問題があった。つまり、これらの材質からなる基材上の生物由来組織検体若しくは培養細胞検体などをプロピレンオキサイドで処理する手順を経て顕微鏡用試料を調製した場合は、組織若しくは細胞の本来の姿を観察することができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、高分子材料からなる基材上の検体から透過型電子顕微鏡観察用の試料を調製する場合において、基材である高分子材料が溶出しない処理方法で検体を処理して、試料を調製する方法を提供することを課題とする。すなわち、高分子材料が溶出しない方法による透過型電子顕微鏡観察用試料の調製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、プロピレンオキサイド処理を含まない方法で基材上の検体を処理して試料を調製することにより、基材である高分子材料が溶出しないことに着目し、本発明を完成した。詳しくは、エタノールとエポキシ樹脂の置換効率を高めるために、各手順での処理時間の見直しを行い、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.基材上の検体を以下の手順により処理する透過型電子顕微鏡用試料の調製方法:
1)オスミウム酸溶液にて固定;
2)蒸留水にて洗浄;
3)エタノールにて段階的に脱水;
4)エポキシ樹脂にて段階的に置換;
5)樹脂硬化;
6)超薄切片を作製;
7)切片を酢酸ウラニル飽和溶液にて染色;
8)蒸留水にて洗浄;
9)Reynoldsのクエン酸鉛溶液にて染色;
10)蒸留水にて洗浄後、乾燥。
2.前記基材が培養用基材であり、検体が生物組織検体若しくは培養細胞検体である、請求項1に記載の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の試料の調製方法により、基材上の検体、具体的には培養用基材上の生物組織検体若しくは培養細胞検体を処理して透過型電子顕微鏡観察用試料を調製すると、基材の成分が溶出することなく、検体が本来の姿で観察可能となる。本発明の試料の調製方法は、例えば培養用基材に接着した細胞の観察を行う際に有効である。さらには細胞と基材の断面観察を行う際に特に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の基材上の検体を処理することによる試料の調製方法は、上記背景技術の欄で説明した1)〜11)で示される調製方法が基礎となるものである。本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の調製方法では、上記1)〜11)のうち、手順4)のプロピレンオキサイドにて段階的に置換の部分を除いた。そうすることで、基材の高分子材料がプロピレンオキサイドにより溶出することを防ぐことができるが、一方でエタノールとエポキシ樹脂との置換効率が落ち、最終的に超薄切削に耐えうる剛性を有する包埋樹脂を得ることが困難となる。そこで、エタノールとエポキシ樹脂との置換をより効果的に行うために、以下の手順4)の「エポキシ樹脂にて段階的に置換」の置換時間を各1時間から2時間以上、好ましくは2時間に延長し、また以下の手順5)の「樹脂硬化」時間を1日から3日以上に延長することで、超薄切削に耐えうる剛性を持った包埋樹脂を得ることができる。得られた包埋樹脂から作製した試料は、生体像の明瞭性が維持可能である。
【0012】
具体的には、以下の方法による。
1)オスミウム酸溶液にて固定;
2)蒸留水にて洗浄;
3)エタノールにて段階的に脱水;
4)エポキシ樹脂にて段階的に置換);
5)樹脂硬化;
6)超薄切片を作製;
7)切片を酢酸ウラニル飽和溶液にて染色;
8)蒸留水にて洗浄;
9)Reynoldsのクエン酸鉛溶液にて染色;
10)蒸留水にて洗浄後、乾燥。
【0013】
好ましくは、以下の方法による。
1)1%オスミウム酸溶液にて固定(4℃にて2時間);
2)蒸留水にて洗浄;
3)エタノールにて段階的に脱水(各15分);
4)エポキシ樹脂にて段階的に置換(各2時間〜4時間);
5)樹脂硬化(3日〜5日);
6)超薄切片を作製;
7)切片を酢酸ウラニル飽和溶液にて染色(60℃にて50分);
8)蒸留水にて洗浄;
9)Reynoldsのクエン酸鉛溶液にて染色(室温にて20分);
10)蒸留水にて洗浄後、デシケーターにて乾燥。
【0014】
なお、手順6)の「超薄切片の作製」が難しい場合は、手順5)の「樹脂硬化」時間をさらに延長しても良い。本発明における樹脂硬化時間は、好ましくは、3日以上5日以下であり、さらに好ましくは3日である。また、本発明における樹脂硬化処理は、室温放置若しくは加熱処理により行うことができる。また、樹脂置換後、残存エタノールを揮発させる目的で、手順5)と手順6)の間に、真空処理を行っても良い。
【0015】
本発明の試料の調製方法に適用される基材の形態は特に限定されない。例えば、培養皿や培養フラスコ、バイオリアクター、マイクロビーズ、マイクロカプセル、中空糸、再生医療用スキャホールド、多孔体、体内埋め込み型の医療用デバイス(マテリアル)が挙げられる。
本発明が適用される培養基材の材質は、ポリプロピレンオキサイドに溶出しうる材質であって、顕微鏡観察用の基材として使用可能な材質であれば何でも良い。例えば、ポリスチレン、ポリカプロラクトン、ポリアミド、ポリ乳酸、ポリ乳酸−グリコール酸共重合体、ポリカーボネートなどが挙げられる。
【0016】
本発明の試料の調製方法が適用される検体は特に限定されない。例えば、生物組織検体、培養細胞検体、例えば微生物や酵母などが挙げられる。また、これらの検体は、培養皿やフラスコ、バイオリアクター、再生医療用スキャホールド、体内埋め込み型の医療用デバイス(マテリアル)に接着した検体であっても良いし、外科的手術によって摘出したり、死体から摘出した検体であってもよい。
【実施例】
【0017】
以下実施例を示して説明するが、本実施例は発明の内容をより理解するためのものであって、本発明は本実施例に限定されるものではないことはいうまでもない。
【0018】
(実施例)
200nmピッチの凹構造を有するポリスチレン製の基材(図1、以下200nm構造体)をエチレンオキサイドガスにて滅菌した。ここに、L6細胞(ラット骨格筋芽細胞 Cell Line、ATCCより入手)を400cells/mmとなるように播種し、COインキュベータ内で培養した。培養液はDMEM(含1%ペニシリン/ストレプトマイシン、10%ウシ胎児血清)とした。細胞は培養4日後にホルマリン緩衝液にて固定した。
【0019】
試料作製操作を以下に示す。
1)1%オスミウム酸溶液を用いて、4℃にて2時間細胞を固定した。
2)固定した細胞を蒸留水にて洗浄した。
3)細胞を50%、75%、90%、95%、100%、100%、100%エタノールにて各々15分間処理し、段階的に脱水した。
4)エタノールとエポキシ樹脂を置換するために、30%、50%、70%、100%、100%エポキシ樹脂にて各2時間処理し、段階的に置換した。
5)樹脂硬化のために、3日間室温放置した。
6)厚さ80〜100μmに断面方向に切削し、切片を得た。
7)得られた切片を酢酸ウラニル飽和溶液を用いて60℃にて50分間処理し、染色した。
8)染色した切片を蒸留水にて洗浄した。
9)さらに、Reynoldsのクエン酸鉛溶液を用いて室温にて20分間染色した。
10)染色した切片を蒸留水にて洗浄した後、デシケーター内にて1時間以上保管し、観察まで放置して乾燥した。
11)その後、Hitachi, H-800、加速電圧100kVにてTEM観察した。
【0020】
透過型電子顕微鏡による観察像を図2(A、B)に示した。図1の200nm構造体は原型を留めていた。細胞と構造体の接着点も明瞭に観察することができた。この結果から、細胞底面は構造体に追従した状態で接着しているのではなく、凸部に部分的に接着していることが確認された。
【0021】
(比較例)
実施例と同じ基材で、実施例と同様の方法にて細胞培養を行った。続いて以下の従来法にて試料を調製した。
【0022】
試料作製操作を以下に示す。
1)1%オスミウム酸溶液を用いて、4℃にて2時間細胞を固定した。
2)固定した細胞を蒸留水にて洗浄した。
3)細胞を50%、75%、90%、100%、100%、100%エタノールにて各々15分間処理し、段階的に脱水した。
4)50%、90%、100%、100%、100%プロピレンオキサイドにて各々30分間処理し、段階的に置換した。
5)プロピレンオキサイドとエポキシ樹脂を置換するために、50%、90%、100%、100%、100%エポキシ樹脂にて各1時間処理を行った。
6)樹脂硬化のために、3日間室温放置した。
7)厚さ80〜100nm断面方向に切削し、切片を得た。
8)得られた切片を酢酸ウラニル飽和溶液を用いて60℃にて50分間処理し、染色した。
9)染色した切片を蒸留水にて洗浄した。
10)さらに、Reynoldsのクエン酸鉛溶液を用いて室温にて20分間染色した。
11)染色した切片を蒸留水にて洗浄した後、デシケーター内にて1時間以上保管し、観察するまで放置して乾燥した。
12)その後、Hitachi, H-800、加速電圧100kVにてTEM観察した。
透過型電子顕微鏡による観察像を図3(A,B)に示した。200nm構造体は原型を留めていなかった。細胞と構造体の接着点も不明瞭であった。
【産業上の利用可能性】
【0023】
以上説明したように、本発明の調製方法を用いて、基材上の検体、詳しくは培養用基材上の生物組織検体若しくは培養細胞検体を処理して透過型電子顕微鏡観察用試料を調製すると、基材の成分が溶出することなく、基材上の検体が本来の姿で観察可能となる。本発明の試料の調製方法は、培養用基材に接着した細胞の観察を行う際に有効である。さらに細胞と基材の断面観察を行う際に特に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】200nm構造体を示す図である。
【図2A】実施例記載の方法にて作製した試料の観察像を示す図である。
【図2B】実施例記載の方法にて作製した試料の観察像を示す図である。
【図3A】従来法にて作製した試料の観察像を示す図である。
【図3B】従来法にて作製した試料の観察像を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上の検体を以下の手順により処理する透過型電子顕微鏡用試料の調製方法:
1)オスミウム酸溶液にて固定;
2)蒸留水にて洗浄;
3)エタノールにて段階的に脱水;
4)エポキシ樹脂にて段階的に置換;
5)樹脂硬化;
6)超薄切片を作製;
7)切片を酢酸ウラニル飽和溶液にて染色;
8)蒸留水にて洗浄;
9)Reynoldsのクエン酸鉛溶液にて染色;
10)蒸留水にて洗浄後、乾燥。
【請求項2】
前記基材が培養用基材であり、検体が生物組織検体若しくは培養細胞検体である、請求項1に記載の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【公開番号】特開2007−309872(P2007−309872A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−141289(P2006−141289)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】