透過性亢進の予防および治療方法
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための、7〜17隣接アミノ酸からなり、ヘキサマーTX1EX2X3E(ここで、X1、X2、およびX3はあらゆる天然もしくは非天然のアミノ酸であり得る)を含むペプチドであって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチドについて記載する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内皮細胞および上皮細胞の透過性亢進を予防および治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内皮細胞および上皮細胞は、人体および動物体のすべての組織および器官において重要な機能を有する。
【0003】
内皮は内皮細胞の薄層からなる。内皮細胞の層は、とりわけ、静脈や毛細血管などの血管の内部表面、および血液と血管の外壁の間のバリアー(関門)を形成する。内皮細胞は、大血管から最も小さい毛細血管までの全血管系の内側を被う。上皮細胞は、ヒトおよび動物器官のすべての内部および外部体表面を被う単層または多層の細胞層を形成する。上皮細胞は、互いに近接して、細胞接着に富む。上皮細胞は、外側、外部または内腔に向かう頂側、および基底側に区別することができる。さらに、上皮細胞は、閉鎖帯 (密着結合)、接着帯 (接着結合)、およびデスモソーム (接着斑)からなる接着複合体(結合複合体)を有し、これは一方で物理化学的バリアーを示し、他方で隣り合った上皮細胞を相互に連結させる。
【0004】
すべての動物およびヒト器官および細胞小器官の生理学的機能のために、特に拘束性(restricting)細胞および細胞層の完全性がきわめて重要である。例えば、内皮細胞の損傷または血管内皮の損傷がそれぞれあれば、液体が血管から漏れだし、全生命体の生命力に対する重大な障害をもたらし得る。
【0005】
例えば、上皮細胞の損傷または器官の上皮の損傷があれば、液体が器官から漏れ出すか、または液体が浸透し、器官の機能に重大な被害を与える。
【0006】
内皮および上皮の損傷は、いわゆる透過性亢進、すなわち、血管から生体器官および組織中への液体の無制御な通過を引き起こすことがある。
【0007】
機械的原因に加えて、感染または毒素の衝撃が透過性亢進をもたらし得る。細菌毒素は、グラム陽性細菌が放出する、コレステロールと結合するポア(膜孔)形成分子である。毒素の作用により、最初に膜孔が細胞膜に形成され、次いで大きな膜孔が形成される。すなわち、細胞層は、液体およびその中に含まれる物質に対して透過性になる。
【0008】
既知の毒素には、特にListeria monocytogenes由来のリステリオリシンやStreptococcus pneumoniae由来のニューモリシンがある。これら毒素は、細胞中に反応性酸素分子の形成をもたらすことができる。次に、毒素によって生じた該反応性酸素分子は、とくに細胞のバリアー機能を障害することにより内皮および上皮に損傷をもたらす。
【0009】
内皮細胞層および上皮細胞層のバリアー機能を保持するために、細胞はタンパク質繊維を介して相互に連結する。そのようなタンパク質線維の成分は例えばミオシン軽鎖である。しかしながら、ミオシン軽鎖のリン酸化により、細胞および細胞-細胞接合部にストレスが生じ、細胞間ギャップが形成され、液体が無制御に浸透し、漏出しうる。
【0010】
上皮細胞および内皮細胞のバリアー機能の制御におけるさらなる成分は、プロテインキナーゼCである。プロテインキナーゼCについては種々のアイソザイム(例えば、プロテインキナーゼαおよびζ)が知られている。これらプロテインキナーゼCアイソザイムは、反応性酸素分子、過酸化水素、細菌毒素、例えばニューモリシンおよびリステリオリシン、および親水性コロナウイルスタンパク質により活性化される。活性化プロテインキナーゼCは、さらに上皮細胞のナトリウムおよび液体輸送に関与する上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現の減少をもたらす。すなわち、活性化プロテインキナーゼCは、本質的に透過性亢進の発現に関与する。
【0011】
肺における透過性亢進の発現のさらなる原因には、例えばウイルス、例えばインフルエンザウイルス、重症急性呼吸器症候群関連コロナウイルス(SARS-CoV)、または呼吸器合胞体(RS)ウイルスがあり、これらは内皮および上皮の透過性亢進、ならびに異型肺炎を生じうる。プロテインキナーゼCアイソフォームの活性化によりSARS-CoVタンパク質は、上皮ナトリウムチャンネルのサイズおよび活性の減少をもたらし、透過性亢進の発現を促進する。肺のこれらのウイルス性疾患ではしばしば用いられるβ-2アドレナリン作動薬は効果がないこともわかっている。
【0012】
すなわち、全体で、細菌毒素は内皮細胞および上皮細胞における反応性酸素分子レベルの増加をもたらすことがわかっている。これは細胞-細胞相互作用の障害と透過性亢進の発現をもたらすミオシン軽鎖のリン酸化をもたらす。
【0013】
細菌毒素、反応性酸素分子、およびウイルスタンパク質は、プロテインキナーゼCアイソザイムの活性化をもたらす。次に、プロテインキナーゼCの活性化は、上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現の減少および該活性の阻害をもたらす。これらメカニズムも内皮および上皮の透過性亢進の発現をもたらす。
【0014】
肺組織の透過性亢進は、肺の種々の疾患、例えば急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、肺炎の必須要素である。現在、内皮および上皮の透過性亢進を治療するための標準的療法はない。
【0015】
US 2003/0185791 A1、EP 2 009 023 A1、WO 2006/013183 A1、EP 1 264 559 A1、およびMarquardt et al. (J. Pept. Sci. 13 (2007): 803-810)は浮腫を治療するためのTNF由来ペプチドを開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、本発明の目的は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進の予防がその治療に本質的役割を果たす疾患(具体的には、肺疾患、例えば急性肺損傷、ARDS、またはウイルス性肺疾患)を予防または治療することができる手段および方法を提供することである。
【0017】
具体的には、本発明は、内皮および上皮の透過性亢進を予防および治療し、急性肺損傷および肺炎の結果を予防および治療するための生物学的に有効な分子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
したがって、本発明は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTX1EX2X3Eを含むペプチド(ここで、X1、X2、およびX3はあらゆる天然もしくは非天然のアミノ酸であり得る)であって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチドに関する。
【0019】
好ましくは、本発明は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTPEGAE (配列番号4)を含むペプチドであって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチドに関する。
【0020】
本発明のある特に好ましい態様は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための医薬を製造するための、
- QRETPEGAEAKPWY (配列番号5)
- PKDTPEGAELKPWY (配列番号6)
- CGQRETPEGAEAKPWYC (配列番号1)、および
- CGPKDTPEGAELKPWYC (配列番号7)
からなる群から選ばれる連続アミノ酸、および
その少なくとも7アミノ酸の断片であってヘキサマーTPEGAEを含む断片
の配列からなる環化ペプチドに関する。
【0021】
本発明のペプチドは、好ましくは、肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、または細菌またはウイルス性肺疾患、特にListeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、インフルエンザウイルス、SARS、またはRSVの感染症を治療しまたはその発生を予防するのに用いる。本発明に従って治療または予防することができる肺炎の原因は、肺炎の原因とは無関係であり、炎症が急性であるか慢性であるかにも無関係である。したがって、本発明によれば、細菌、ウイルス、マイコプラズマ、原虫、虫、または真菌によって生じる肺炎、ならびに毒素性に(例えば毒性物質の吸入により)または免疫学的に生じた肺炎、もしくは放射線(例えばX線、癌患者の放射線療法)によって生じたような肺炎が好ましい。特に、毒性物質の吸入または放射線によって生じた肺炎については、本発明の予防的局面は、寝たきりのヒト、特に高齢者、または免疫不全のヒト、例えばHIV患者もしくは移植患者にとって特に必須である。特に、本発明によれば、損傷がX線でまだ認識されない時に、肺炎に対処し、予防することができる。
【0022】
原発性肺炎の病原体は、ほとんどが肺炎球菌、ブドウ球菌、Haemophilus influenzae、マイコプラズマ、クラミジア、レジオネラ(Legionella pneumophila)、およびウイルス、例えば、インフルエンザウイルス、アデノウイルス、およびパラインフルエンザウイルスである。二次肺炎の病原体は、ヘルペスウイルス(CMV、HSV)、真菌、Pneumocystis jirovecii、原虫(トキソプラズマ症)、および嫌気性細菌に移行する。特にこれらの病原体によって生じる肺炎が、本発明では特に好ましくは、それぞれ治療可能または(特に二次肺炎に関して)予防可能である。
【0023】
本発明のペプチドは、例えば欧州特許EP 1 264 599 B1から知られており、当該分野において液体の蓄積(肺水腫)の治療、および特に該液体蓄積物の再吸収(ここで、水腫の液体は肺組織の肺胞から毛細血管にもどる。すなわち、肺胞から排出される。)が示唆された。
【0024】
まったく驚くべきことに、本発明によれば、これらペプチドは毛細血管の内皮を介した肺の上皮への逆の液体の流れにも影響を与えるが、反対に水腫を治療するには、液体の輸送には、本発明の、開放された完全に活性なポンピングメカニズムが必要であり、該液体の肺胞内への通過が止まる(すなわち、最初の場所への流入を予防する)ことがわかった。
【0025】
したがって、本発明のペプチドによるEP 1 264 599 B1に記載の水腫の再吸収の活性化は、内皮層および上皮層の損傷に基づき、本発明の透過性亢進の減少と全く異なるメカニズム(反対方向および制御的に作動する)に基づくようであり、該液体の肺胞への移動を避けることにより水腫を予防する。したがって、EP 1 264 599 B1の水腫の治療(疾患の経過の後期でのみ適応される)の他に、本発明によれば、全く新規で驚くべき適応が本発明のペプチドについて開かれる。
【0026】
したがって、本発明は、EP 1264599B1に記載の本発明に従って用いるペプチドが、毒素の効果、反応性酸素分子、プロテインキナーゼCの活性化、ミオシン軽鎖のリン酸化、および上皮ナトリウムチャンネルの発現に影響を及ぼす本発明に関する研究の過程でみいだされた環境に基づく。これはこれらペプチドに関する既存の知識に基づいては予期されなかった。
【0027】
本発明の特にきわめて好ましいペプチドはアミノ酸配列CGQRETPEGAEAKPWYCからなり、C残基 (1位および17位の)を介して環化する。
【0028】
本発明のペプチドの環化は、N末端およびC末端の2つのC残基のジスルフィド架橋による直接環化によるか、または両システインを介してペプチドを担体物質とカップリングすることにより達成することができる。すなわち、本発明のペプチド中の該システイン残基は、好ましくは該分子の始まりおよび終わりをもたらす。該ペプチドの環化をもたらす他の官能基を用いることもでき、例えばアミノ基はアミンまたはアルコールによるアミドまたはエステル環の閉鎖をもたらす(そのために、例えばアミノ酸のアスパラギン酸とグルタミン酸を好ましくはセリン、トレオニン、チロシン、アスパラギン、グルタミン、またはリジンと分子内環化することができる)。したがって、本発明のさらに好ましいペプチドには、例えば、CGQKETPEGAEAKPWYC (配列番号8)、CGQRETPEGAEARPWYC (配列番号9)、CGQRETPEGAEAKPC (配列番号10)、CQRETPEGAEAKPWYC (配列番号11)、またはCGQRETPEGAEAKFWYC (配列番号12)がある。
【0029】
担体物質として、あらゆる一般的な医薬的に許容される物質を用い、例えば、システインのSH基と共有結合を形成することができ、一般的担体タンパク質、例えばキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、破傷風毒素などが特に適している。隣り合った二機能性残基を該担体に提供することもできる(例えばアミン基またはアルコール基の他の酸基)。これに関連して、「環化」は、分子内閉環および担体の統合を含み(それから、結合したペプチドが突き出る(該ペプチドのN末端およびC末端が担体に結合している))、そのような方法で環化したペプチドは環状三次元構造を示し、それぞれ安定している。
【0030】
本発明のペプチドは、好ましくは反応性酸素分子または細菌毒素によって生じた透過性亢進から上皮細胞および内皮細胞を保護するために用いることができる。
【0031】
本発明のペプチドは、ミオシン軽鎖のリン酸化の阻害、プロテインキナーゼCの活性化の阻害、または上皮ナトリウムチャンネルの発現増加に用いることもできる。
【0032】
すなわち、本発明のペプチドは、反応性酸素分子、細菌毒素、グラム陽性微生物、または肺ウイルス感染症によって生じる透過性亢進を治療するのに用いることができる。
【0033】
さらなる局面によれば、本発明は本発明のペプチド(または本発明の種々のペプチドの混合物)および医薬的担体を含む組成物に関する。本発明によれば、この医薬組成物は、上記の透過性亢進を予防および治療するために、具体的には、肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、またはウイルス性肺疾患、詳細には、Listeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、SARS、RSV、もしくはインフルエンザウイルス、特にインフルエンザ Aウイルスの感染症を予防および治療するために用いられる。用語「医薬組成物」は、本明細書に記載の状態を予防し、増強し、または治療する上記ペプチドを含むあらゆる組成物を表す。具体的には、用語「医薬組成物」は、上記ペプチドおよび医薬的に許容される担体もしくは賦形剤(両用語は互換性に用いることができる)を有する組成物を表す。当業者に知られている適切な担体もしくは賦形剤は、生理食塩水、リンゲル溶液、ブドウ糖溶液、ハンクス溶液、固定油、オレイン酸エチル、生理食塩水溶液中の5%ブドウ糖、等張性(isotonia)および化学安定性を改善する物質、緩衝液、および保存料である。さらなる適切な担体には、該組成物を投与される固体に有害である抗体自体の産生を誘導しないあらゆる担体、例えば、タンパク質、多糖、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、重合アミノ酸、およびアミノ酸コポリマーが含まれる。したがって、本発明のペプチドは直接共有結合を介してこれらの担体と環化することもできる。この医薬組成物は、(医薬として)当業者に知られたあらゆる適切な方法を用いて投与することができる。好ましい投与経路は非経口的であり、具体的には、吸入(エアロゾルを用いる)または静脈内投与による。非経口投与用には、本発明の医薬は、注射可能な単位剤形、例えば上記の医薬的に許容される賦形剤と組み合わせた溶液剤、サスペンジョン、またはエマルジョンなどに製剤化される。しかしながら、用量および投与の種類は、個体に依存する。一般的に、該薬剤は、本発明のペプチドが1μg/kg〜10μg/kg、より好ましくは10μg/kg〜5 mg/kg、最も好ましくは0.1〜2 mg/kgの用量で投与されるように投与する。好ましくは、該薬剤はボーラス用量で投与される。連続注入を用いることもできる。この場合は、該薬剤は5〜20μg/kg/分、より好ましくは7〜15μg/kg/分の用量で注入することができる。
【0034】
本発明によれば、本発明の特に好ましいペプチドは以下のアミノ酸配列を有する:配列番号1 (NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)。
【0035】
培養肺内皮細胞中の反応性酸素分子の濃度を測定すると、21%の正常酸素含有量(正常酸素ガス圧ガス混合物)下で該内皮細胞を培養したときの反応性酸素分子の形成は低値を示した。しかしながら、酸素を欠くと(酸素0.1%、低酸素ガス混合物)、反応性酸素分子の形成は3倍に増加する。しかしながら、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1を酸素欠乏下(酸素0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、驚くべきことに内皮細胞は反応性酸素分子を形成しない。
【0036】
さらなる実験により、細菌毒素のニューモリシンおよびリステリオリシンの添加前後および添加中に電気的細胞-基質インピーダンス分析によりヒト内皮細胞および上皮細胞の細胞層の電気抵抗を測定した。125 ng/mlおよび250 ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞に添加すると、透過性亢進の発現が始まることが実験により示された。この過程は、毒素濃度250 ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強された。62.5 ng/mlのニューモリシンの培養ヒト内皮細胞への添加は、透過性亢進の発現ももたらした。この過程は、毒素濃度125ng/mlのニューモリシンによりさらに増強された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を添加すると、特にニューモリシンおよびリステリオリシン誘導透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0037】
ヒト上皮細胞にも細菌毒素により透過性亢進を誘導することができることがさらなる実験により示された。すなわち、ヒト上皮細胞を1μg/mlのリステリオリシンとインキュベーションすると明確な透過性亢進をもたらす。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を添加すると透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0038】
125 ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の含有量が増加することがさらなる実験で示された。この効果は、毒素濃度250 ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強される。62.5 ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量も増加した。この効果は、毒素濃度125 ng/mlのニューモリシンでさらに増強された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を加えると、毒素リステリオリシンおよびニューモリシンにより生じるミオシン軽鎖のリン酸化を阻害することがわかった。
【0039】
毒素をマウスに気管内適用すると、マウス肺の透過性亢進が引き起こされることがさらなる実験でわかり、これはエバンスブルー色素が血管から肺組織に通過することにより確認された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μgのペプチド配列番号1の気管内適用により、毒素により生じる透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0040】
毒素、例えば250ngのニューモリシンを気管内適用することにより誘発されるマウス肺の透過性亢進を誘導することにより、気管支肺胞液中の白血球数が増加することがさらなる実験により示された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μgのペプチド配列番号1を気管内適用すると、透過性亢進の毒素性発現が阻害され、マウス肺中の気管支肺胞液中に存在する白血球は明らかに少ない。
【0041】
細菌毒素は、ヒト肺内皮細胞中の活性化プロテインキナーゼCαの含有量の実質的な増加をもたらすことがさらなる実験でわかった。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1を加えると、この毒素介在作用を阻害し、上皮ナトリウムチャンネルの発現の増加をもたらすことがわかった。驚くべきことに、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1をヒト上皮細胞に加えると、上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現が実質的に増加することもわかった。本発明を以下の実施例および図面によりさらに詳細に説明するが、これは本発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1A】アミノ酸配列、配列番号1を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図1B】アミノ酸配列、配列番号2を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図1C】アミノ酸配列、配列番号3を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図2A】それぞれペプチド配列番号1またはペプチド配列番号3を添加および無添加で、21%酸素 (正常酸素圧ガス混合物)または0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞の電子常磁性共鳴 (EPR)スペクトルを示す。
【図2B】ペプチド配列番号1を添加および無添加で21%酸素 (正常酸素圧ガス混合物)または0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で、またはペプチド配列番号3を添加および無添加で0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞中の反応性酸素分子 (スーパーオキシド)の相対含有量を示す。
【図3A】毒素リステリオリシンを無添加、ならびに125ng/mlのリステリオリシン (125ng/mlのLLO)の添加後、および500ng/mlのリステリオリシン (500ng/mlのLLO)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の推移を示す。
【図3B】毒素ニューモリシンを無添加、ならびに62.5ng/mlのニューモリシン(62.5ng/mlのPLY)の添加後、および250ng/mlのニューモリシン(250ng/mlのPLY)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の推移を示す。
【図3C】毒素ニューモリシン/ペプチド配列番号1を無添加(対照)ならびに125ng/mlのニューモリシン (125ng/mlのPLY)を添加後、および125ng/mlのニューモリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (125ng/mlのPLY/50μg/mlのペプチド配列番号1)を添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図3D】毒素リステリオリシン/ペプチド配列番号1 (対照)を無添加、および500ng/mlのリステリオリシン (500ng/mlのLLO)の添加後、および500ng/mlのリステリオリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (500ng/mlのLLO/50μg/mlのペプチド配列番号1)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図3E】毒素リステリオリシン/ペプチド配列番号1を無添加(対照)、並びに1μg/mlのリステリオリシン (1μg/mlのLLO)を添加後、および1μg/mlのリステリオリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (1μg/mlのLLO/50μg/mlのペプチド配列番号1)を添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図4A】毒素リステリオリシン (125ng/mlのLLO、250ng/mlのLLO、500ng/mlのLLO)の濃度に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4B】毒素ニューモリシン (62.5ng/mlのPLY、125ng/mlのPLY、250ng/mlのPLY)の濃度に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4C】50μg/mlのペプチド配列番号1、250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)、50μg/mlのペプチド配列番号1/250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)、50μg/mlのペプチド配列番号3/250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)の添加に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4D】50μg/mlのペプチド配列番号1、125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)、50μg/mlのペプチド配列番号1/125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)、50μg/mlのペプチド配列番号3/125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)の添加に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図5A】用量250ngのニューモリシン/マウス(250ngのPLY)および500ngのニューモリシン/マウス(500ngのPLY)の毒素ニューモリシンの気管内投与後5.5時間のマウス肺組織中のエバンスブルー色素の含有量を示す。
【図5B】250ngの毒素ニューモリシン/マウスの気管内投与後、および250ngの毒素ニューモリシンおよび50μgのペプチド配列番号1/マウスの気管内投与後5.5時間のマウス肺組織中のエバンスブルー色素の含有量を示す。
【図5C】250ngの毒素ニューモリシン/マウスの気管内投与後、および250ngの毒素ニューモリシンおよび50μg/マウスのペプチド配列番号1の気管内投与後5.5時間のマウス肺中の気管支肺胞液中の白血球の含有量を示す。
【図6】ヒト内皮肺細胞と250ng/mlの毒素ニューモリシン (250ng/mlのPLY)、ならびに250ng/mlの毒素ニューモリシンおよび50μg/mlのペプチド配列番号1の混合物(250ng/mlのPLY/50μg/mlのペプチド配列番号1)とのインキュベーションに応じたプロテインキナーゼCαの全含有量に対する活性化プロテインキナーゼCαの含有量を示す。
【図7】50μg/mlのペプチド配列番号1を添加後および50μg/mlのペプチド配列番号3を添加後、ならびに無添加の細胞培養条件で比較したヒト肺上皮細胞における上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現を示す。ENaCに対するmRNAの含有量を「リアルタイムPCR」を用いて測定した。
【図8】ウイルス肺炎の被験動物の体重変化を示す(グループ1: 陰性対照 (PBS);グループ2:陽性対照 (インフルエンザA(経鼻));グループ3:インフルエンザA(経鼻)+10μgのペプチド配列番号1(気管内))。
【図9】これらグループ1〜3の被験動物の体温の変化を示す。
【図10】これらグループ1〜3の被験動物の生存率を示す。
【実施例1】
【0043】
実施例1A:アミノ酸配列、配列番号1のペプチドの合成
【0044】
アミノ酸配列、配列番号1のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した。
【0045】
次に、ペプチド配列番号1を、アミノ酸システイン(1位)およびシステイン(17位)の側鎖間のジスルフィド架橋の酸化的形成により環化した。
次に、該ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Aに示す結果を得た。ペプチド配列番号1の純度は95%以上であった。
実施例1B:アミノ酸配列、配列番号2のペプチドの合成
【0046】
配列番号2:
(NH2)Lys-Ser-Pro-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Glu(COOH)[ここで、アミド結合はリジンLYs(1)の側鎖のアミノ基とグルタミン酸Glu(19)のカルボキシル基の間に形成される。]。
【0047】
アミノ酸配列、配列番号2のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した:
【0048】
環化は、エプシロンアミノ基のリジン(1位)とガンマカルボキシル基のグルタミン酸(19位)を結合させてアミド結合を形成させることにより行った。これは、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DHC)によりグルタミン基のガンマカルボキシル基を活性エステルに移し、次いで、活性エステルがリジンのイプシロンアミノ基と自然に反応し、ペプチドに閉環を形成することにより達成される。
次に、ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Bに示す結果を得た。ペプチド配列番号2の純度は95%以上であった。
実施例1C:アミノ酸配列、配列番号3のペプチドの合成
【0049】
配列番号3:
(NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Ala-Pro-Ala-Gly-Ala-Ala-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)
(NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)
【0050】
アミノ酸配列、配列番号3のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した:
【0051】
次に、ペプチド配列番号3を、アミノ酸システイン(1位)とシステイン(17位)の側鎖間にジスルフィド架橋を酸化的に形成させることにより環化した。
次に、該ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Cに示す結果を得た。ペプチド配列番号3の純度は95%以上であった。
【0052】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)がペプチド配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例2】
【0053】
反応性酸素分子に対するペプチド配列番号1の影響
内皮細胞の細胞培養
内皮細胞の細胞培養は、それぞれ50μg/mlのペプチド配列番号1を添加および無添加で、または50μg/mlのペプチド配列番号3を添加および無添加で行った。
【0054】
反応性酸素分子を発生させるために、動脈内皮細胞を、0.1%酸素、5%一酸化炭素、および94.9%窒素の酸素欠乏ガス混合物(低酸素ガス混合物)中で培養した。対照実験のガス濃度は、21%酸素、5%一酸化炭素、および74%窒素(正常酸素圧ガス混合物)であった。
【0055】
酸素欠乏条件下で90分後、内皮細胞を21%酸素でさらに30分間培養した。次に、20 uM 1-ヒドロキシ-3-メトキシカルボニル-2,2,5,5-テトラメチルピロリジンHCl (CHM)、20μM DPBS、25μMデスフェリオキサミン、および5μMジエチルジチオカルバメート、および2μlのDMSOからなる20μlの溶液を細胞に加えた。
細胞のトリプシン処理
【0056】
細胞培養後、実験室において一般的な方法にてトリプシン溶液を加えて細胞を個別化した。内皮細胞を洗浄し、DPBS、および25μM デスフェリオキサミンおよび5μMジエチルジチオカルバメートからなる溶液35μl中に浮遊させた。
電子常磁性共鳴 (EPR)の測定
【0057】
電子常磁性共鳴 (EPR)(電子スピン共鳴ともいう)の測定は、常磁性物質の検討、例えば反応性酸素分子(酸素のラジカル)中の不対電子の検出に役立つ。
【0058】
そのために、先に処理した細胞を50μlの毛細管内に入れ、MiniScope MS200 ESR(Magnettech社(Berlin、Germany)を用い40 mWの超音波、3000mGの振幅変調、100 kHzの変調周波数にて試験した。
【0059】
図2Aおよび2Bに示すように、21%の正常酸素濃度(正常酸素圧ガス混合物)を用いると、反応性酸素分子の形成はわずかであった。酸素欠乏下(0.1%酸素、低酸素ガス混合物)では、反応性酸素分子の形成は3倍高い。しかしながら、ペプチド配列番号1を酸素欠乏下(酸素含有量0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、内皮細胞による反応性酸素分子の形成はみられない。
【0060】
ペプチド配列番号1とは反対に、ペプチド配列番号3を酸素欠乏下(酸素含有量0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、内皮細胞による反応性酸素分子の形成は阻害されない。
【0061】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)が配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例3】
【0062】
内皮細胞および上皮細胞における透過性亢進のペプチド配列番号1による阻害
材料
ヒト肺上皮細胞のタイプH441をATTC社から得た。
【0063】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞をLonza社から得た。
【0064】
細菌毒素リステリオリシン (LLO)およびニューモリシン (PLY)はUniversity of Giessenから得た。
細胞培養
【0065】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞は実験室において一般的な方法にて培養した。
【0066】
肺上皮細胞のタイプH441は、添加物2mM L-グルタミン、1.5g/lの炭酸ナトリウム、4.5g/lのグルコース、10mM HEPES緩衝液(pH7.4)、10%ウシ血清を含む市販のRPMI 1640培地中で実験室において一般的な方法にて培養した。ECIS実験は無血清培地中で行った。
透過性亢進
【0067】
透過性亢進、すなわち内皮細胞および上皮細胞の損傷を引き起こすために、ヒト肺上皮細胞およびヒト肺内皮細胞は、連続細胞層が形成されるまで実験室において一般的な方法にて培養し、次いでそれぞれ毒素リステリオリシンまたはニューモリシンを加えた。
経内皮抵抗の測定
【0068】
細菌毒素のニューモリシンおよびリステリオリシンをヒト内皮細胞に添加している間、および添加前後に、細胞層の電気抵抗(経内皮抵抗)を電気的細胞-基質インピーダンス分析により測定した。
【0069】
図3Aに示すように、125ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞を加えることにより電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。この効果はより高い量の500ng/mlのリステリオリシンでさらに顕著であった。
【0070】
図3Bに示すように、62.5ng/mlのニューモリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。この効果はより高い量の250ng/mlのニューモリシンでさらに顕著であった。
【0071】
図3Cに示すように、125ng/mlのニューモリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素ニューモリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【0072】
図3Dに示すように、500ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素リステリオリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【0073】
図3Eに示すように、1μg/mlのリステリオリシンを培養ヒト上皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素リステリオリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【実施例4】
【0074】
ペプチド配列番号1によるミオシン軽鎖のリン酸化の阻害
材料
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞をLonza社から得た。
【0075】
細菌毒素リステリオリシン (LLO)およびニューモリシン (PLY)はUniversity of Giessenから得た。
細胞培養
【0076】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞は実験室において一般的な方法にて培養した。
ミオシン軽鎖のリン酸化の測定
【0077】
ミオシン軽鎖のリン酸化およびペプチド配列番号1の該リン酸化に対する影響を測定するために、先に培養したヒト肺内皮細胞を1mMオルソバナデートを含むリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄した。細胞内容物を、20 mMトリス緩衝液(pH 7.4)、150 mM mol/lのNaCl、1 mM EDTA、1 mM EGTA、1% Triton X-100、2.5mM ピロリン酸ナトリウム、1mM β-グリセロホスフェート、1mMバナジウム酸ナトリウム、1μg/mlのロイペプチン、1mMフェニルメチルスルホニルフロリドの溶液で細胞をインキュベーションして溶解させた。さらに、細胞を超音波で消化した。細胞溶解物を遠心分離して可溶成分を得た。次に、可溶性細胞溶解物を実験室における通常の方法で変性ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動に適用し、該タンパク質をその質量に応じて分離した。次に、該タンパク質を、ニトロセルロース膜上に移した。タンパク質ブロットを、実験室における通常の方法で0.1% Tween 20および5%ドライミルク粉末の溶液で1時間処理した。次に、タンパク質ブロットを、ミオシン軽鎖またはリン酸化ミオシン軽鎖に対する抗体とインキュベーションした。
【0078】
ミオシン軽鎖またはリン酸化ミオシン軽鎖を可視化にするため、該抗体を、実験室における通常の方法で化学ルミネッセンスを用いて診断フィルム上に可視化した。シグナル強度を密度測定で測定し、リン酸化ミオシン軽鎖に対するミオシン軽鎖の比を測定した。
【0079】
図4Aに示すように、125ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。この効果は毒素濃度250ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強される。
【0080】
図4Bに示すように、62.5ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。この効果は毒素濃度125ng/mlのニューモリシンによりさらに増強される。
【0081】
図4Cに示すように、125ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。50μg/mlのペプチド配列番号1を添加してもリン酸化ミオシン軽鎖の含有量は影響を受けない。250ng/mlの毒素リステリオリシンによるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加は、50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。ペプチド配列番号3は、毒素リステリオリシンによってもたらされるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加に影響を与えない。
【0082】
図4Dに示すように、125ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。50μg/mlのペプチド配列番号1を添加してもリン酸化ミオシン軽鎖の量に影響を与えない。125ng/mlの毒素ニューモリシンによるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加は、50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。ペプチド配列番号3は、毒素ニューモリシンによってもたらされるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加に影響を与えない。
【0083】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)が配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例5】
【0084】
動物モデルにおける透過性亢進および急性肺損傷に対するペプチド配列番号1の影響
マウスにおける透過性亢進の誘発
実験用マウスを、肺の調製前にイソフルラン/酸素混合物およびケタミン/ロンパン混合物(1.33:1)100μl/マウスで気管内処置した。麻酔後、静脈カテーテルをマウスに埋め込んだ。次に、肺の透過性亢進を誘発するため、肺に25μlの液体を微細シリンジで噴霧した。該液体は、0.9%生理食塩水溶液または250ngの毒素ニューモリシン、もしくは250ng/mlのニューモリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1を含んでいた。
エバンスブルーによる透過性亢進の可視化
【0085】
毒素ニューモリシンを投与後5.5時間で0.9%生理食塩水溶液に溶解したエバンスブルー色素を100 mg/kgマウス体重でマウスの静脈内に適用した。30分後、血液を動物から心臓穿刺により採取した。次に、肺を除去し、1mlのEDTAリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄し、液体窒素で急速凍結した。次に、肺組織中のエバンスブルー色素量を測定するため、肺を冷リン酸緩衝液(緩衝液1ml/100mg肺組織)中でホモゲナイズし、ホルマリン溶液で18時間インキュベーションし、次いで遠心分離した(5,000 x g、30分間)。次に、液体の上清の吸光度を620 nmおよび740 nmで測定した。肺組織のエバンスブルー色素量は、ホルマリン溶液中に溶解したエバンスブルー色素を標準曲線に基づいて決定し、ヘモグロビン色素の量を差し引いた。毒素ニューモリシンにより誘発された透過性亢進による肺組織内の毛細血管からのエバンスブルー色素の排出を血清中の色素量と比較した。
【0086】
図5Aに示すように、用量250 ngおよび500 ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は透過性亢進をもたらし、これは、エバンスブルー色素を含む血液は肺毛細血管から肺組織内に通過し、肺組織中で確認することができることにより測定される。
【0087】
図5Bに示すように、用量250ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は透過性亢進をもたらし、これは、エバンスブルー色素を含む血液は肺毛細血管から肺組織内に通過し、肺組織中で確認することができることにより測定される。50μgのペプチド配列番号1の気管内適用により透過性亢進の毒素介在性発現が阻害される。
【0088】
図5Cに示すように、用量250 ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は、透過性亢進の発現によりマウスの気管支肺胞液中の白血球数の増加をもたらす。50μgのペプチド配列番号1を気管内適用すると、透過性亢進の毒素介在性発現が阻害され、マウス肺中の気管支肺胞液中の白血球数の明確な減少がみられる。
【実施例6】
【0089】
ペプチド配列番号1によるプロテインキナーゼCの活性化の阻害
材料
肺の毛細血管から単離されたヒト肺内皮細胞はLonza社から得た。細菌毒素ニューモリシン (PLY)はGiessen大学から得た。
細胞培養
【0090】
肺の毛細血管から単離されたヒト肺内皮細胞を実験室における通常の方法でインキュベーションした。細胞培養中に、毒素ニューモリシンを濃度250 ng/ml、または毒素ニューモリシン濃度250 ng/mlおよびペプチド配列番号1濃度50μg/mlを加えた。
活性化プロテインキナーゼCαの含有量の測定
【0091】
活性化プロテインキナーゼCαの含有量を、活性化プロテインキナーゼCα(ホスホ-トレオニン638プロテインキナーゼCα)に対する抗体を用いるELISA測定により測定した。同時に、プロテインキナーゼCαの全量を市販のELISAアッセイを用いて測定した。
【0092】
図6に示すように、毒素ニューモリシンの作用により、プロテインキナーゼCαの全濃度に比べて活性化プロテインキナーゼCα含有量の顕著な増加がみられる。ペプチド配列番号1を添加すると、プロテインキナーゼCαの活性化が阻害される。
【実施例7】
【0093】
上皮細胞における上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現のペプチド配列番号1による増加
材料
ヒト肺上皮細胞のタイプH441はATTC社から得た。
細胞培養
【0094】
肺上皮細胞のタイプH441を、添加剤2 mM L-グルタミン、1.5 g/lの炭酸ナトリウム、4.5 g/lのグルコース、10 mM HEPES緩衝液(pH 7.4)、10%ウシ血清を含む市販のRPMI 1640培地中で、実験室における通常の方法で培養した。
上皮ナトリウムチャンネルの発現の確認
【0095】
培養上皮細胞におけるナトリウムチャンネル(ENaC)の発現を、「リアルタイムPCR」により測定した。この実験は、細胞を用いて50 ug/mlのペプチド配列番号1を添加および無添加で、50μg/mlのペプチド配列番号3を添加後に行った。実験7に示すように、50 ug/mlのペプチド配列番号1を肺上皮細胞に加えると、ナトリウムチャンネルENaCの発現が3倍みられる。
50μg/mlのペプチド配列番号3を加えると、ナトリウムチャンネルENaCの発現の実質的な増加はみられない。
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)がペプチド配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例8】
【0096】
ウイルス肺感染症のマウスの疾患の経過に対するペプチド配列番号1の効果
以下の動物試験群について、ウイルス肺感染症に対するペプチド配列番号1の効果を試験した:
グループ1. 陰性対照 (経鼻PBS)。
グループ2. 陽性対照 (経鼻で約2,000単位のインフルエンザAウイルスを感染)。
グループ3. 試験グループ(経鼻で約2,000単位のインフルエンザAウイルスを感染および10μgのペプチド配列番号1を気管内投与)。
各群、BALB/cマウス6匹を使用した。
【0097】
以下の処置スキームに従った:
処置第0日:
グループ1:PBSを経鼻投与。
グループ2:インフルエンザAウイルスでマウスを経鼻感染。
グループ3:インフルエンザAウイルスでマウスを経鼻感染およびペプチド配列番号1を投与。
【0098】
処置第0、2、4、6、8日:
グループ1:PBSを気管内投与。
グループ2:PBSを気管内投与。
グループ3:ペプチド配列番号1を気管内投与。
【0099】
処置第0〜10日:
試験動物の体温、体重、および生存率を毎日観察。
【0100】
試験により、ウイルス肺感染の試験動物(グループ2)は、10日間以内に体重が約20%減少したことがわかった。
【0101】
それに対し、ペプチド配列番号1を投与すると試験動物の体重の減少はわずか約10%であった(グループ3)。
【0102】
結果を図8に示す。
【0103】
さらなる実験により、ウイルス肺感染の試験動物(グループ2)の体温は7日間後に37.5℃から33℃に低下したことがわかった。次いで体温は35℃に増加した。
【0104】
それに対し、ペプチド配列番号1を投与した試験動物(グループ3)では、7日間後に35℃に低下したのみであり、次に体温は再度37℃に増加した。
【0105】
結果を図9に示す。
【0106】
さらなる実験により、ウイルス肺感染後10日間でグループ2の試験動物の2/3が死亡した。
【0107】
それに対し、10日間後のペプチド配列番号1を投与した試験動物(グループ3)の死亡率は、わずか1/3であった。
【0108】
結果を図10に示す。
【0109】
全体で、ウイルス肺感染の試験動物の実験は、ペプチド配列番号1の投与は体重低下を減少させ、体温低下を減少させ、生存率の明確な増加をもたらすことを示す。
【実施例9】
【0110】
洗浄誘導大動物ARDSモデルにおけるペプチド配列番号1 (「AP301」)の適用
材料と方法
管轄動物保護委員会の承認を得て、2頭のブタ(25kg)に全身麻酔下で界面活性剤枯渇(surfactant depletion)(4回気管支肺胞洗浄、各30ml/kg体重)により肺損傷を誘導した。次に、1 mg/kg体重のAP301 (ペプチド配列番号1)を気管内適用した。動物1 (1)には全用量の深部気管注射を行い、動物2 (2)には、同用量の噴霧を30分間かけて行った。次に、5時間の換気期間を設けた。動脈酸素分圧(paO2)を、予め確認した大動脈内リアルタイム測定プローブ(FOXY、Ocean Optics、USA)を用いて記録した。肺活量測定および血行動態を恒久的に記録し、PiCCO技術を用いた測定を半時間間隔で行った。
結果
【0111】
薬剤の適用中に、望ましくない血行動態作用をみられなかった。治療効果を避けるために、換気装置を常に非保護範囲に保った(Pmax 40 mbar、1回換気量>10 ml/kg体重、PEEP <10mbar、周波数25〜35/min)。両動物は、約1.5時間に限定される酸素供給の連続的改善を示し、paO2の増加はそれぞれ最大162.8 mmHg (1)または224.6 mmHg (2)であった。これは、AP301の噴霧により、深部気管適用に比べて遅延したが、より顕著であった。ガス交換の改善と並行して、初期容量に比べて肺胞外肺水の15.8〜52.5%の減少が界面活性剤枯渇後に記録された。
【0112】
これらの結果は、本発明にしたがったARDSの治療に対する新たな薬理作用のアプローチがARDSの治療のための承認された大動物モデルにおいても有効であることを見事に示している。
配列のまとめ
【0113】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内皮細胞および上皮細胞の透過性亢進を予防および治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内皮細胞および上皮細胞は、人体および動物体のすべての組織および器官において重要な機能を有する。
【0003】
内皮は内皮細胞の薄層からなる。内皮細胞の層は、とりわけ、静脈や毛細血管などの血管の内部表面、および血液と血管の外壁の間のバリアー(関門)を形成する。内皮細胞は、大血管から最も小さい毛細血管までの全血管系の内側を被う。上皮細胞は、ヒトおよび動物器官のすべての内部および外部体表面を被う単層または多層の細胞層を形成する。上皮細胞は、互いに近接して、細胞接着に富む。上皮細胞は、外側、外部または内腔に向かう頂側、および基底側に区別することができる。さらに、上皮細胞は、閉鎖帯 (密着結合)、接着帯 (接着結合)、およびデスモソーム (接着斑)からなる接着複合体(結合複合体)を有し、これは一方で物理化学的バリアーを示し、他方で隣り合った上皮細胞を相互に連結させる。
【0004】
すべての動物およびヒト器官および細胞小器官の生理学的機能のために、特に拘束性(restricting)細胞および細胞層の完全性がきわめて重要である。例えば、内皮細胞の損傷または血管内皮の損傷がそれぞれあれば、液体が血管から漏れだし、全生命体の生命力に対する重大な障害をもたらし得る。
【0005】
例えば、上皮細胞の損傷または器官の上皮の損傷があれば、液体が器官から漏れ出すか、または液体が浸透し、器官の機能に重大な被害を与える。
【0006】
内皮および上皮の損傷は、いわゆる透過性亢進、すなわち、血管から生体器官および組織中への液体の無制御な通過を引き起こすことがある。
【0007】
機械的原因に加えて、感染または毒素の衝撃が透過性亢進をもたらし得る。細菌毒素は、グラム陽性細菌が放出する、コレステロールと結合するポア(膜孔)形成分子である。毒素の作用により、最初に膜孔が細胞膜に形成され、次いで大きな膜孔が形成される。すなわち、細胞層は、液体およびその中に含まれる物質に対して透過性になる。
【0008】
既知の毒素には、特にListeria monocytogenes由来のリステリオリシンやStreptococcus pneumoniae由来のニューモリシンがある。これら毒素は、細胞中に反応性酸素分子の形成をもたらすことができる。次に、毒素によって生じた該反応性酸素分子は、とくに細胞のバリアー機能を障害することにより内皮および上皮に損傷をもたらす。
【0009】
内皮細胞層および上皮細胞層のバリアー機能を保持するために、細胞はタンパク質繊維を介して相互に連結する。そのようなタンパク質線維の成分は例えばミオシン軽鎖である。しかしながら、ミオシン軽鎖のリン酸化により、細胞および細胞-細胞接合部にストレスが生じ、細胞間ギャップが形成され、液体が無制御に浸透し、漏出しうる。
【0010】
上皮細胞および内皮細胞のバリアー機能の制御におけるさらなる成分は、プロテインキナーゼCである。プロテインキナーゼCについては種々のアイソザイム(例えば、プロテインキナーゼαおよびζ)が知られている。これらプロテインキナーゼCアイソザイムは、反応性酸素分子、過酸化水素、細菌毒素、例えばニューモリシンおよびリステリオリシン、および親水性コロナウイルスタンパク質により活性化される。活性化プロテインキナーゼCは、さらに上皮細胞のナトリウムおよび液体輸送に関与する上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現の減少をもたらす。すなわち、活性化プロテインキナーゼCは、本質的に透過性亢進の発現に関与する。
【0011】
肺における透過性亢進の発現のさらなる原因には、例えばウイルス、例えばインフルエンザウイルス、重症急性呼吸器症候群関連コロナウイルス(SARS-CoV)、または呼吸器合胞体(RS)ウイルスがあり、これらは内皮および上皮の透過性亢進、ならびに異型肺炎を生じうる。プロテインキナーゼCアイソフォームの活性化によりSARS-CoVタンパク質は、上皮ナトリウムチャンネルのサイズおよび活性の減少をもたらし、透過性亢進の発現を促進する。肺のこれらのウイルス性疾患ではしばしば用いられるβ-2アドレナリン作動薬は効果がないこともわかっている。
【0012】
すなわち、全体で、細菌毒素は内皮細胞および上皮細胞における反応性酸素分子レベルの増加をもたらすことがわかっている。これは細胞-細胞相互作用の障害と透過性亢進の発現をもたらすミオシン軽鎖のリン酸化をもたらす。
【0013】
細菌毒素、反応性酸素分子、およびウイルスタンパク質は、プロテインキナーゼCアイソザイムの活性化をもたらす。次に、プロテインキナーゼCの活性化は、上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現の減少および該活性の阻害をもたらす。これらメカニズムも内皮および上皮の透過性亢進の発現をもたらす。
【0014】
肺組織の透過性亢進は、肺の種々の疾患、例えば急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、肺炎の必須要素である。現在、内皮および上皮の透過性亢進を治療するための標準的療法はない。
【0015】
US 2003/0185791 A1、EP 2 009 023 A1、WO 2006/013183 A1、EP 1 264 559 A1、およびMarquardt et al. (J. Pept. Sci. 13 (2007): 803-810)は浮腫を治療するためのTNF由来ペプチドを開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、本発明の目的は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進の予防がその治療に本質的役割を果たす疾患(具体的には、肺疾患、例えば急性肺損傷、ARDS、またはウイルス性肺疾患)を予防または治療することができる手段および方法を提供することである。
【0017】
具体的には、本発明は、内皮および上皮の透過性亢進を予防および治療し、急性肺損傷および肺炎の結果を予防および治療するための生物学的に有効な分子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
したがって、本発明は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTX1EX2X3Eを含むペプチド(ここで、X1、X2、およびX3はあらゆる天然もしくは非天然のアミノ酸であり得る)であって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチドに関する。
【0019】
好ましくは、本発明は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTPEGAE (配列番号4)を含むペプチドであって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチドに関する。
【0020】
本発明のある特に好ましい態様は、上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための医薬を製造するための、
- QRETPEGAEAKPWY (配列番号5)
- PKDTPEGAELKPWY (配列番号6)
- CGQRETPEGAEAKPWYC (配列番号1)、および
- CGPKDTPEGAELKPWYC (配列番号7)
からなる群から選ばれる連続アミノ酸、および
その少なくとも7アミノ酸の断片であってヘキサマーTPEGAEを含む断片
の配列からなる環化ペプチドに関する。
【0021】
本発明のペプチドは、好ましくは、肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、または細菌またはウイルス性肺疾患、特にListeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、インフルエンザウイルス、SARS、またはRSVの感染症を治療しまたはその発生を予防するのに用いる。本発明に従って治療または予防することができる肺炎の原因は、肺炎の原因とは無関係であり、炎症が急性であるか慢性であるかにも無関係である。したがって、本発明によれば、細菌、ウイルス、マイコプラズマ、原虫、虫、または真菌によって生じる肺炎、ならびに毒素性に(例えば毒性物質の吸入により)または免疫学的に生じた肺炎、もしくは放射線(例えばX線、癌患者の放射線療法)によって生じたような肺炎が好ましい。特に、毒性物質の吸入または放射線によって生じた肺炎については、本発明の予防的局面は、寝たきりのヒト、特に高齢者、または免疫不全のヒト、例えばHIV患者もしくは移植患者にとって特に必須である。特に、本発明によれば、損傷がX線でまだ認識されない時に、肺炎に対処し、予防することができる。
【0022】
原発性肺炎の病原体は、ほとんどが肺炎球菌、ブドウ球菌、Haemophilus influenzae、マイコプラズマ、クラミジア、レジオネラ(Legionella pneumophila)、およびウイルス、例えば、インフルエンザウイルス、アデノウイルス、およびパラインフルエンザウイルスである。二次肺炎の病原体は、ヘルペスウイルス(CMV、HSV)、真菌、Pneumocystis jirovecii、原虫(トキソプラズマ症)、および嫌気性細菌に移行する。特にこれらの病原体によって生じる肺炎が、本発明では特に好ましくは、それぞれ治療可能または(特に二次肺炎に関して)予防可能である。
【0023】
本発明のペプチドは、例えば欧州特許EP 1 264 599 B1から知られており、当該分野において液体の蓄積(肺水腫)の治療、および特に該液体蓄積物の再吸収(ここで、水腫の液体は肺組織の肺胞から毛細血管にもどる。すなわち、肺胞から排出される。)が示唆された。
【0024】
まったく驚くべきことに、本発明によれば、これらペプチドは毛細血管の内皮を介した肺の上皮への逆の液体の流れにも影響を与えるが、反対に水腫を治療するには、液体の輸送には、本発明の、開放された完全に活性なポンピングメカニズムが必要であり、該液体の肺胞内への通過が止まる(すなわち、最初の場所への流入を予防する)ことがわかった。
【0025】
したがって、本発明のペプチドによるEP 1 264 599 B1に記載の水腫の再吸収の活性化は、内皮層および上皮層の損傷に基づき、本発明の透過性亢進の減少と全く異なるメカニズム(反対方向および制御的に作動する)に基づくようであり、該液体の肺胞への移動を避けることにより水腫を予防する。したがって、EP 1 264 599 B1の水腫の治療(疾患の経過の後期でのみ適応される)の他に、本発明によれば、全く新規で驚くべき適応が本発明のペプチドについて開かれる。
【0026】
したがって、本発明は、EP 1264599B1に記載の本発明に従って用いるペプチドが、毒素の効果、反応性酸素分子、プロテインキナーゼCの活性化、ミオシン軽鎖のリン酸化、および上皮ナトリウムチャンネルの発現に影響を及ぼす本発明に関する研究の過程でみいだされた環境に基づく。これはこれらペプチドに関する既存の知識に基づいては予期されなかった。
【0027】
本発明の特にきわめて好ましいペプチドはアミノ酸配列CGQRETPEGAEAKPWYCからなり、C残基 (1位および17位の)を介して環化する。
【0028】
本発明のペプチドの環化は、N末端およびC末端の2つのC残基のジスルフィド架橋による直接環化によるか、または両システインを介してペプチドを担体物質とカップリングすることにより達成することができる。すなわち、本発明のペプチド中の該システイン残基は、好ましくは該分子の始まりおよび終わりをもたらす。該ペプチドの環化をもたらす他の官能基を用いることもでき、例えばアミノ基はアミンまたはアルコールによるアミドまたはエステル環の閉鎖をもたらす(そのために、例えばアミノ酸のアスパラギン酸とグルタミン酸を好ましくはセリン、トレオニン、チロシン、アスパラギン、グルタミン、またはリジンと分子内環化することができる)。したがって、本発明のさらに好ましいペプチドには、例えば、CGQKETPEGAEAKPWYC (配列番号8)、CGQRETPEGAEARPWYC (配列番号9)、CGQRETPEGAEAKPC (配列番号10)、CQRETPEGAEAKPWYC (配列番号11)、またはCGQRETPEGAEAKFWYC (配列番号12)がある。
【0029】
担体物質として、あらゆる一般的な医薬的に許容される物質を用い、例えば、システインのSH基と共有結合を形成することができ、一般的担体タンパク質、例えばキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、破傷風毒素などが特に適している。隣り合った二機能性残基を該担体に提供することもできる(例えばアミン基またはアルコール基の他の酸基)。これに関連して、「環化」は、分子内閉環および担体の統合を含み(それから、結合したペプチドが突き出る(該ペプチドのN末端およびC末端が担体に結合している))、そのような方法で環化したペプチドは環状三次元構造を示し、それぞれ安定している。
【0030】
本発明のペプチドは、好ましくは反応性酸素分子または細菌毒素によって生じた透過性亢進から上皮細胞および内皮細胞を保護するために用いることができる。
【0031】
本発明のペプチドは、ミオシン軽鎖のリン酸化の阻害、プロテインキナーゼCの活性化の阻害、または上皮ナトリウムチャンネルの発現増加に用いることもできる。
【0032】
すなわち、本発明のペプチドは、反応性酸素分子、細菌毒素、グラム陽性微生物、または肺ウイルス感染症によって生じる透過性亢進を治療するのに用いることができる。
【0033】
さらなる局面によれば、本発明は本発明のペプチド(または本発明の種々のペプチドの混合物)および医薬的担体を含む組成物に関する。本発明によれば、この医薬組成物は、上記の透過性亢進を予防および治療するために、具体的には、肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、またはウイルス性肺疾患、詳細には、Listeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、SARS、RSV、もしくはインフルエンザウイルス、特にインフルエンザ Aウイルスの感染症を予防および治療するために用いられる。用語「医薬組成物」は、本明細書に記載の状態を予防し、増強し、または治療する上記ペプチドを含むあらゆる組成物を表す。具体的には、用語「医薬組成物」は、上記ペプチドおよび医薬的に許容される担体もしくは賦形剤(両用語は互換性に用いることができる)を有する組成物を表す。当業者に知られている適切な担体もしくは賦形剤は、生理食塩水、リンゲル溶液、ブドウ糖溶液、ハンクス溶液、固定油、オレイン酸エチル、生理食塩水溶液中の5%ブドウ糖、等張性(isotonia)および化学安定性を改善する物質、緩衝液、および保存料である。さらなる適切な担体には、該組成物を投与される固体に有害である抗体自体の産生を誘導しないあらゆる担体、例えば、タンパク質、多糖、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、重合アミノ酸、およびアミノ酸コポリマーが含まれる。したがって、本発明のペプチドは直接共有結合を介してこれらの担体と環化することもできる。この医薬組成物は、(医薬として)当業者に知られたあらゆる適切な方法を用いて投与することができる。好ましい投与経路は非経口的であり、具体的には、吸入(エアロゾルを用いる)または静脈内投与による。非経口投与用には、本発明の医薬は、注射可能な単位剤形、例えば上記の医薬的に許容される賦形剤と組み合わせた溶液剤、サスペンジョン、またはエマルジョンなどに製剤化される。しかしながら、用量および投与の種類は、個体に依存する。一般的に、該薬剤は、本発明のペプチドが1μg/kg〜10μg/kg、より好ましくは10μg/kg〜5 mg/kg、最も好ましくは0.1〜2 mg/kgの用量で投与されるように投与する。好ましくは、該薬剤はボーラス用量で投与される。連続注入を用いることもできる。この場合は、該薬剤は5〜20μg/kg/分、より好ましくは7〜15μg/kg/分の用量で注入することができる。
【0034】
本発明によれば、本発明の特に好ましいペプチドは以下のアミノ酸配列を有する:配列番号1 (NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)。
【0035】
培養肺内皮細胞中の反応性酸素分子の濃度を測定すると、21%の正常酸素含有量(正常酸素ガス圧ガス混合物)下で該内皮細胞を培養したときの反応性酸素分子の形成は低値を示した。しかしながら、酸素を欠くと(酸素0.1%、低酸素ガス混合物)、反応性酸素分子の形成は3倍に増加する。しかしながら、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1を酸素欠乏下(酸素0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、驚くべきことに内皮細胞は反応性酸素分子を形成しない。
【0036】
さらなる実験により、細菌毒素のニューモリシンおよびリステリオリシンの添加前後および添加中に電気的細胞-基質インピーダンス分析によりヒト内皮細胞および上皮細胞の細胞層の電気抵抗を測定した。125 ng/mlおよび250 ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞に添加すると、透過性亢進の発現が始まることが実験により示された。この過程は、毒素濃度250 ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強された。62.5 ng/mlのニューモリシンの培養ヒト内皮細胞への添加は、透過性亢進の発現ももたらした。この過程は、毒素濃度125ng/mlのニューモリシンによりさらに増強された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を添加すると、特にニューモリシンおよびリステリオリシン誘導透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0037】
ヒト上皮細胞にも細菌毒素により透過性亢進を誘導することができることがさらなる実験により示された。すなわち、ヒト上皮細胞を1μg/mlのリステリオリシンとインキュベーションすると明確な透過性亢進をもたらす。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を添加すると透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0038】
125 ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の含有量が増加することがさらなる実験で示された。この効果は、毒素濃度250 ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強される。62.5 ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量も増加した。この効果は、毒素濃度125 ng/mlのニューモリシンでさらに増強された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μg/mlのペプチド配列番号1を加えると、毒素リステリオリシンおよびニューモリシンにより生じるミオシン軽鎖のリン酸化を阻害することがわかった。
【0039】
毒素をマウスに気管内適用すると、マウス肺の透過性亢進が引き起こされることがさらなる実験でわかり、これはエバンスブルー色素が血管から肺組織に通過することにより確認された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μgのペプチド配列番号1の気管内適用により、毒素により生じる透過性亢進が阻害されることがわかった。
【0040】
毒素、例えば250ngのニューモリシンを気管内適用することにより誘発されるマウス肺の透過性亢進を誘導することにより、気管支肺胞液中の白血球数が増加することがさらなる実験により示された。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特に50μgのペプチド配列番号1を気管内適用すると、透過性亢進の毒素性発現が阻害され、マウス肺中の気管支肺胞液中に存在する白血球は明らかに少ない。
【0041】
細菌毒素は、ヒト肺内皮細胞中の活性化プロテインキナーゼCαの含有量の実質的な増加をもたらすことがさらなる実験でわかった。しかしながら、驚くべきことに、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1を加えると、この毒素介在作用を阻害し、上皮ナトリウムチャンネルの発現の増加をもたらすことがわかった。驚くべきことに、本発明のペプチド、特にペプチド配列番号1をヒト上皮細胞に加えると、上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現が実質的に増加することもわかった。本発明を以下の実施例および図面によりさらに詳細に説明するが、これは本発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1A】アミノ酸配列、配列番号1を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図1B】アミノ酸配列、配列番号2を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図1C】アミノ酸配列、配列番号3を有するタンパク質のHPLCクロマトグラムを示す。単位:Y軸「吸収(mAU)」;X軸「時間(分)」。
【図2A】それぞれペプチド配列番号1またはペプチド配列番号3を添加および無添加で、21%酸素 (正常酸素圧ガス混合物)または0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞の電子常磁性共鳴 (EPR)スペクトルを示す。
【図2B】ペプチド配列番号1を添加および無添加で21%酸素 (正常酸素圧ガス混合物)または0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で、またはペプチド配列番号3を添加および無添加で0.1%酸素 (低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞中の反応性酸素分子 (スーパーオキシド)の相対含有量を示す。
【図3A】毒素リステリオリシンを無添加、ならびに125ng/mlのリステリオリシン (125ng/mlのLLO)の添加後、および500ng/mlのリステリオリシン (500ng/mlのLLO)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の推移を示す。
【図3B】毒素ニューモリシンを無添加、ならびに62.5ng/mlのニューモリシン(62.5ng/mlのPLY)の添加後、および250ng/mlのニューモリシン(250ng/mlのPLY)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の推移を示す。
【図3C】毒素ニューモリシン/ペプチド配列番号1を無添加(対照)ならびに125ng/mlのニューモリシン (125ng/mlのPLY)を添加後、および125ng/mlのニューモリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (125ng/mlのPLY/50μg/mlのペプチド配列番号1)を添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図3D】毒素リステリオリシン/ペプチド配列番号1 (対照)を無添加、および500ng/mlのリステリオリシン (500ng/mlのLLO)の添加後、および500ng/mlのリステリオリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (500ng/mlのLLO/50μg/mlのペプチド配列番号1)の添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図3E】毒素リステリオリシン/ペプチド配列番号1を無添加(対照)、並びに1μg/mlのリステリオリシン (1μg/mlのLLO)を添加後、および1μg/mlのリステリオリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1 (1μg/mlのLLO/50μg/mlのペプチド配列番号1)を添加後のヒト肺上皮細胞の電気抵抗の経過を示す。
【図4A】毒素リステリオリシン (125ng/mlのLLO、250ng/mlのLLO、500ng/mlのLLO)の濃度に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4B】毒素ニューモリシン (62.5ng/mlのPLY、125ng/mlのPLY、250ng/mlのPLY)の濃度に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4C】50μg/mlのペプチド配列番号1、250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)、50μg/mlのペプチド配列番号1/250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)、50μg/mlのペプチド配列番号3/250ng/mlの毒素リステリオリシン (LLO)の添加に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図4D】50μg/mlのペプチド配列番号1、125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)、50μg/mlのペプチド配列番号1/125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)、50μg/mlのペプチド配列番号3/125ng/mlの毒素ニューモリシン (PLY)の添加に応じたヒト肺内皮細胞中のリン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量を示す。
【図5A】用量250ngのニューモリシン/マウス(250ngのPLY)および500ngのニューモリシン/マウス(500ngのPLY)の毒素ニューモリシンの気管内投与後5.5時間のマウス肺組織中のエバンスブルー色素の含有量を示す。
【図5B】250ngの毒素ニューモリシン/マウスの気管内投与後、および250ngの毒素ニューモリシンおよび50μgのペプチド配列番号1/マウスの気管内投与後5.5時間のマウス肺組織中のエバンスブルー色素の含有量を示す。
【図5C】250ngの毒素ニューモリシン/マウスの気管内投与後、および250ngの毒素ニューモリシンおよび50μg/マウスのペプチド配列番号1の気管内投与後5.5時間のマウス肺中の気管支肺胞液中の白血球の含有量を示す。
【図6】ヒト内皮肺細胞と250ng/mlの毒素ニューモリシン (250ng/mlのPLY)、ならびに250ng/mlの毒素ニューモリシンおよび50μg/mlのペプチド配列番号1の混合物(250ng/mlのPLY/50μg/mlのペプチド配列番号1)とのインキュベーションに応じたプロテインキナーゼCαの全含有量に対する活性化プロテインキナーゼCαの含有量を示す。
【図7】50μg/mlのペプチド配列番号1を添加後および50μg/mlのペプチド配列番号3を添加後、ならびに無添加の細胞培養条件で比較したヒト肺上皮細胞における上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現を示す。ENaCに対するmRNAの含有量を「リアルタイムPCR」を用いて測定した。
【図8】ウイルス肺炎の被験動物の体重変化を示す(グループ1: 陰性対照 (PBS);グループ2:陽性対照 (インフルエンザA(経鼻));グループ3:インフルエンザA(経鼻)+10μgのペプチド配列番号1(気管内))。
【図9】これらグループ1〜3の被験動物の体温の変化を示す。
【図10】これらグループ1〜3の被験動物の生存率を示す。
【実施例1】
【0043】
実施例1A:アミノ酸配列、配列番号1のペプチドの合成
【0044】
アミノ酸配列、配列番号1のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した。
【0045】
次に、ペプチド配列番号1を、アミノ酸システイン(1位)およびシステイン(17位)の側鎖間のジスルフィド架橋の酸化的形成により環化した。
次に、該ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Aに示す結果を得た。ペプチド配列番号1の純度は95%以上であった。
実施例1B:アミノ酸配列、配列番号2のペプチドの合成
【0046】
配列番号2:
(NH2)Lys-Ser-Pro-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Glu(COOH)[ここで、アミド結合はリジンLYs(1)の側鎖のアミノ基とグルタミン酸Glu(19)のカルボキシル基の間に形成される。]。
【0047】
アミノ酸配列、配列番号2のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した:
【0048】
環化は、エプシロンアミノ基のリジン(1位)とガンマカルボキシル基のグルタミン酸(19位)を結合させてアミド結合を形成させることにより行った。これは、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DHC)によりグルタミン基のガンマカルボキシル基を活性エステルに移し、次いで、活性エステルがリジンのイプシロンアミノ基と自然に反応し、ペプチドに閉環を形成することにより達成される。
次に、ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Bに示す結果を得た。ペプチド配列番号2の純度は95%以上であった。
実施例1C:アミノ酸配列、配列番号3のペプチドの合成
【0049】
配列番号3:
(NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Ala-Pro-Ala-Gly-Ala-Ala-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)
(NH2)Cys-Gly-Gln-Arg-Glu-Thr-Pro-Glu-Gly-Ala-Glu-Ala-Lys-Pro-Trp-Tyr-Cys(COOH)
【0050】
アミノ酸配列、配列番号3のペプチドを、以下の工程に従ってFmoc固相合成を用いて全自動で合成した:
【0051】
次に、ペプチド配列番号3を、アミノ酸システイン(1位)とシステイン(17位)の側鎖間にジスルフィド架橋を酸化的に形成させることにより環化した。
次に、該ペプチドを逆相HPLCを用いて試験し、図1Cに示す結果を得た。ペプチド配列番号3の純度は95%以上であった。
【0052】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)がペプチド配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例2】
【0053】
反応性酸素分子に対するペプチド配列番号1の影響
内皮細胞の細胞培養
内皮細胞の細胞培養は、それぞれ50μg/mlのペプチド配列番号1を添加および無添加で、または50μg/mlのペプチド配列番号3を添加および無添加で行った。
【0054】
反応性酸素分子を発生させるために、動脈内皮細胞を、0.1%酸素、5%一酸化炭素、および94.9%窒素の酸素欠乏ガス混合物(低酸素ガス混合物)中で培養した。対照実験のガス濃度は、21%酸素、5%一酸化炭素、および74%窒素(正常酸素圧ガス混合物)であった。
【0055】
酸素欠乏条件下で90分後、内皮細胞を21%酸素でさらに30分間培養した。次に、20 uM 1-ヒドロキシ-3-メトキシカルボニル-2,2,5,5-テトラメチルピロリジンHCl (CHM)、20μM DPBS、25μMデスフェリオキサミン、および5μMジエチルジチオカルバメート、および2μlのDMSOからなる20μlの溶液を細胞に加えた。
細胞のトリプシン処理
【0056】
細胞培養後、実験室において一般的な方法にてトリプシン溶液を加えて細胞を個別化した。内皮細胞を洗浄し、DPBS、および25μM デスフェリオキサミンおよび5μMジエチルジチオカルバメートからなる溶液35μl中に浮遊させた。
電子常磁性共鳴 (EPR)の測定
【0057】
電子常磁性共鳴 (EPR)(電子スピン共鳴ともいう)の測定は、常磁性物質の検討、例えば反応性酸素分子(酸素のラジカル)中の不対電子の検出に役立つ。
【0058】
そのために、先に処理した細胞を50μlの毛細管内に入れ、MiniScope MS200 ESR(Magnettech社(Berlin、Germany)を用い40 mWの超音波、3000mGの振幅変調、100 kHzの変調周波数にて試験した。
【0059】
図2Aおよび2Bに示すように、21%の正常酸素濃度(正常酸素圧ガス混合物)を用いると、反応性酸素分子の形成はわずかであった。酸素欠乏下(0.1%酸素、低酸素ガス混合物)では、反応性酸素分子の形成は3倍高い。しかしながら、ペプチド配列番号1を酸素欠乏下(酸素含有量0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、内皮細胞による反応性酸素分子の形成はみられない。
【0060】
ペプチド配列番号1とは反対に、ペプチド配列番号3を酸素欠乏下(酸素含有量0.1%、低酸素ガス混合物)で培養した内皮細胞に加えると、内皮細胞による反応性酸素分子の形成は阻害されない。
【0061】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)が配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例3】
【0062】
内皮細胞および上皮細胞における透過性亢進のペプチド配列番号1による阻害
材料
ヒト肺上皮細胞のタイプH441をATTC社から得た。
【0063】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞をLonza社から得た。
【0064】
細菌毒素リステリオリシン (LLO)およびニューモリシン (PLY)はUniversity of Giessenから得た。
細胞培養
【0065】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞は実験室において一般的な方法にて培養した。
【0066】
肺上皮細胞のタイプH441は、添加物2mM L-グルタミン、1.5g/lの炭酸ナトリウム、4.5g/lのグルコース、10mM HEPES緩衝液(pH7.4)、10%ウシ血清を含む市販のRPMI 1640培地中で実験室において一般的な方法にて培養した。ECIS実験は無血清培地中で行った。
透過性亢進
【0067】
透過性亢進、すなわち内皮細胞および上皮細胞の損傷を引き起こすために、ヒト肺上皮細胞およびヒト肺内皮細胞は、連続細胞層が形成されるまで実験室において一般的な方法にて培養し、次いでそれぞれ毒素リステリオリシンまたはニューモリシンを加えた。
経内皮抵抗の測定
【0068】
細菌毒素のニューモリシンおよびリステリオリシンをヒト内皮細胞に添加している間、および添加前後に、細胞層の電気抵抗(経内皮抵抗)を電気的細胞-基質インピーダンス分析により測定した。
【0069】
図3Aに示すように、125ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞を加えることにより電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。この効果はより高い量の500ng/mlのリステリオリシンでさらに顕著であった。
【0070】
図3Bに示すように、62.5ng/mlのニューモリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。この効果はより高い量の250ng/mlのニューモリシンでさらに顕著であった。
【0071】
図3Cに示すように、125ng/mlのニューモリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素ニューモリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【0072】
図3Dに示すように、500ng/mlのリステリオリシンを培養ヒト内皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素リステリオリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【0073】
図3Eに示すように、1μg/mlのリステリオリシンを培養ヒト上皮細胞に加えると電気抵抗は低下する。透過性亢進が発現する。しかしながら、毒素リステリオリシンを加えることにより生じた透過性亢進は50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。
【実施例4】
【0074】
ペプチド配列番号1によるミオシン軽鎖のリン酸化の阻害
材料
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞をLonza社から得た。
【0075】
細菌毒素リステリオリシン (LLO)およびニューモリシン (PLY)はUniversity of Giessenから得た。
細胞培養
【0076】
肺の毛細血管から単離したヒト肺内皮細胞は実験室において一般的な方法にて培養した。
ミオシン軽鎖のリン酸化の測定
【0077】
ミオシン軽鎖のリン酸化およびペプチド配列番号1の該リン酸化に対する影響を測定するために、先に培養したヒト肺内皮細胞を1mMオルソバナデートを含むリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄した。細胞内容物を、20 mMトリス緩衝液(pH 7.4)、150 mM mol/lのNaCl、1 mM EDTA、1 mM EGTA、1% Triton X-100、2.5mM ピロリン酸ナトリウム、1mM β-グリセロホスフェート、1mMバナジウム酸ナトリウム、1μg/mlのロイペプチン、1mMフェニルメチルスルホニルフロリドの溶液で細胞をインキュベーションして溶解させた。さらに、細胞を超音波で消化した。細胞溶解物を遠心分離して可溶成分を得た。次に、可溶性細胞溶解物を実験室における通常の方法で変性ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動に適用し、該タンパク質をその質量に応じて分離した。次に、該タンパク質を、ニトロセルロース膜上に移した。タンパク質ブロットを、実験室における通常の方法で0.1% Tween 20および5%ドライミルク粉末の溶液で1時間処理した。次に、タンパク質ブロットを、ミオシン軽鎖またはリン酸化ミオシン軽鎖に対する抗体とインキュベーションした。
【0078】
ミオシン軽鎖またはリン酸化ミオシン軽鎖を可視化にするため、該抗体を、実験室における通常の方法で化学ルミネッセンスを用いて診断フィルム上に可視化した。シグナル強度を密度測定で測定し、リン酸化ミオシン軽鎖に対するミオシン軽鎖の比を測定した。
【0079】
図4Aに示すように、125ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。この効果は毒素濃度250ng/mlのリステリオリシンによりさらに増強される。
【0080】
図4Bに示すように、62.5ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。この効果は毒素濃度125ng/mlのニューモリシンによりさらに増強される。
【0081】
図4Cに示すように、125ng/mlの毒素リステリオリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。50μg/mlのペプチド配列番号1を添加してもリン酸化ミオシン軽鎖の含有量は影響を受けない。250ng/mlの毒素リステリオリシンによるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加は、50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。ペプチド配列番号3は、毒素リステリオリシンによってもたらされるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加に影響を与えない。
【0082】
図4Dに示すように、125ng/mlの毒素ニューモリシンをヒト内皮肺細胞に加えると、リン酸化ミオシン軽鎖の相対含有量は増加する。50μg/mlのペプチド配列番号1を添加してもリン酸化ミオシン軽鎖の量に影響を与えない。125ng/mlの毒素ニューモリシンによるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加は、50μg/mlのペプチド配列番号1の添加により阻害される。ペプチド配列番号3は、毒素ニューモリシンによってもたらされるリン酸化ミオシン軽鎖の量の増加に影響を与えない。
【0083】
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)が配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例5】
【0084】
動物モデルにおける透過性亢進および急性肺損傷に対するペプチド配列番号1の影響
マウスにおける透過性亢進の誘発
実験用マウスを、肺の調製前にイソフルラン/酸素混合物およびケタミン/ロンパン混合物(1.33:1)100μl/マウスで気管内処置した。麻酔後、静脈カテーテルをマウスに埋め込んだ。次に、肺の透過性亢進を誘発するため、肺に25μlの液体を微細シリンジで噴霧した。該液体は、0.9%生理食塩水溶液または250ngの毒素ニューモリシン、もしくは250ng/mlのニューモリシン/50μg/mlのペプチド配列番号1を含んでいた。
エバンスブルーによる透過性亢進の可視化
【0085】
毒素ニューモリシンを投与後5.5時間で0.9%生理食塩水溶液に溶解したエバンスブルー色素を100 mg/kgマウス体重でマウスの静脈内に適用した。30分後、血液を動物から心臓穿刺により採取した。次に、肺を除去し、1mlのEDTAリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄し、液体窒素で急速凍結した。次に、肺組織中のエバンスブルー色素量を測定するため、肺を冷リン酸緩衝液(緩衝液1ml/100mg肺組織)中でホモゲナイズし、ホルマリン溶液で18時間インキュベーションし、次いで遠心分離した(5,000 x g、30分間)。次に、液体の上清の吸光度を620 nmおよび740 nmで測定した。肺組織のエバンスブルー色素量は、ホルマリン溶液中に溶解したエバンスブルー色素を標準曲線に基づいて決定し、ヘモグロビン色素の量を差し引いた。毒素ニューモリシンにより誘発された透過性亢進による肺組織内の毛細血管からのエバンスブルー色素の排出を血清中の色素量と比較した。
【0086】
図5Aに示すように、用量250 ngおよび500 ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は透過性亢進をもたらし、これは、エバンスブルー色素を含む血液は肺毛細血管から肺組織内に通過し、肺組織中で確認することができることにより測定される。
【0087】
図5Bに示すように、用量250ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は透過性亢進をもたらし、これは、エバンスブルー色素を含む血液は肺毛細血管から肺組織内に通過し、肺組織中で確認することができることにより測定される。50μgのペプチド配列番号1の気管内適用により透過性亢進の毒素介在性発現が阻害される。
【0088】
図5Cに示すように、用量250 ng/マウスの毒素ニューモリシンの気管内適用は、透過性亢進の発現によりマウスの気管支肺胞液中の白血球数の増加をもたらす。50μgのペプチド配列番号1を気管内適用すると、透過性亢進の毒素介在性発現が阻害され、マウス肺中の気管支肺胞液中の白血球数の明確な減少がみられる。
【実施例6】
【0089】
ペプチド配列番号1によるプロテインキナーゼCの活性化の阻害
材料
肺の毛細血管から単離されたヒト肺内皮細胞はLonza社から得た。細菌毒素ニューモリシン (PLY)はGiessen大学から得た。
細胞培養
【0090】
肺の毛細血管から単離されたヒト肺内皮細胞を実験室における通常の方法でインキュベーションした。細胞培養中に、毒素ニューモリシンを濃度250 ng/ml、または毒素ニューモリシン濃度250 ng/mlおよびペプチド配列番号1濃度50μg/mlを加えた。
活性化プロテインキナーゼCαの含有量の測定
【0091】
活性化プロテインキナーゼCαの含有量を、活性化プロテインキナーゼCα(ホスホ-トレオニン638プロテインキナーゼCα)に対する抗体を用いるELISA測定により測定した。同時に、プロテインキナーゼCαの全量を市販のELISAアッセイを用いて測定した。
【0092】
図6に示すように、毒素ニューモリシンの作用により、プロテインキナーゼCαの全濃度に比べて活性化プロテインキナーゼCα含有量の顕著な増加がみられる。ペプチド配列番号1を添加すると、プロテインキナーゼCαの活性化が阻害される。
【実施例7】
【0093】
上皮細胞における上皮ナトリウムチャンネル(ENaC)の発現のペプチド配列番号1による増加
材料
ヒト肺上皮細胞のタイプH441はATTC社から得た。
細胞培養
【0094】
肺上皮細胞のタイプH441を、添加剤2 mM L-グルタミン、1.5 g/lの炭酸ナトリウム、4.5 g/lのグルコース、10 mM HEPES緩衝液(pH 7.4)、10%ウシ血清を含む市販のRPMI 1640培地中で、実験室における通常の方法で培養した。
上皮ナトリウムチャンネルの発現の確認
【0095】
培養上皮細胞におけるナトリウムチャンネル(ENaC)の発現を、「リアルタイムPCR」により測定した。この実験は、細胞を用いて50 ug/mlのペプチド配列番号1を添加および無添加で、50μg/mlのペプチド配列番号3を添加後に行った。実験7に示すように、50 ug/mlのペプチド配列番号1を肺上皮細胞に加えると、ナトリウムチャンネルENaCの発現が3倍みられる。
50μg/mlのペプチド配列番号3を加えると、ナトリウムチャンネルENaCの発現の実質的な増加はみられない。
ペプチド配列番号3とペプチド配列番号1の違いは、ペプチド配列番号1のアミノ酸Thr (6)、Glu (8)、およびGlu (11)がペプチド配列番号3ではAla (6)、Ala (8)、およびAla (11)に置き換わっていることである。
【実施例8】
【0096】
ウイルス肺感染症のマウスの疾患の経過に対するペプチド配列番号1の効果
以下の動物試験群について、ウイルス肺感染症に対するペプチド配列番号1の効果を試験した:
グループ1. 陰性対照 (経鼻PBS)。
グループ2. 陽性対照 (経鼻で約2,000単位のインフルエンザAウイルスを感染)。
グループ3. 試験グループ(経鼻で約2,000単位のインフルエンザAウイルスを感染および10μgのペプチド配列番号1を気管内投与)。
各群、BALB/cマウス6匹を使用した。
【0097】
以下の処置スキームに従った:
処置第0日:
グループ1:PBSを経鼻投与。
グループ2:インフルエンザAウイルスでマウスを経鼻感染。
グループ3:インフルエンザAウイルスでマウスを経鼻感染およびペプチド配列番号1を投与。
【0098】
処置第0、2、4、6、8日:
グループ1:PBSを気管内投与。
グループ2:PBSを気管内投与。
グループ3:ペプチド配列番号1を気管内投与。
【0099】
処置第0〜10日:
試験動物の体温、体重、および生存率を毎日観察。
【0100】
試験により、ウイルス肺感染の試験動物(グループ2)は、10日間以内に体重が約20%減少したことがわかった。
【0101】
それに対し、ペプチド配列番号1を投与すると試験動物の体重の減少はわずか約10%であった(グループ3)。
【0102】
結果を図8に示す。
【0103】
さらなる実験により、ウイルス肺感染の試験動物(グループ2)の体温は7日間後に37.5℃から33℃に低下したことがわかった。次いで体温は35℃に増加した。
【0104】
それに対し、ペプチド配列番号1を投与した試験動物(グループ3)では、7日間後に35℃に低下したのみであり、次に体温は再度37℃に増加した。
【0105】
結果を図9に示す。
【0106】
さらなる実験により、ウイルス肺感染後10日間でグループ2の試験動物の2/3が死亡した。
【0107】
それに対し、10日間後のペプチド配列番号1を投与した試験動物(グループ3)の死亡率は、わずか1/3であった。
【0108】
結果を図10に示す。
【0109】
全体で、ウイルス肺感染の試験動物の実験は、ペプチド配列番号1の投与は体重低下を減少させ、体温低下を減少させ、生存率の明確な増加をもたらすことを示す。
【実施例9】
【0110】
洗浄誘導大動物ARDSモデルにおけるペプチド配列番号1 (「AP301」)の適用
材料と方法
管轄動物保護委員会の承認を得て、2頭のブタ(25kg)に全身麻酔下で界面活性剤枯渇(surfactant depletion)(4回気管支肺胞洗浄、各30ml/kg体重)により肺損傷を誘導した。次に、1 mg/kg体重のAP301 (ペプチド配列番号1)を気管内適用した。動物1 (1)には全用量の深部気管注射を行い、動物2 (2)には、同用量の噴霧を30分間かけて行った。次に、5時間の換気期間を設けた。動脈酸素分圧(paO2)を、予め確認した大動脈内リアルタイム測定プローブ(FOXY、Ocean Optics、USA)を用いて記録した。肺活量測定および血行動態を恒久的に記録し、PiCCO技術を用いた測定を半時間間隔で行った。
結果
【0111】
薬剤の適用中に、望ましくない血行動態作用をみられなかった。治療効果を避けるために、換気装置を常に非保護範囲に保った(Pmax 40 mbar、1回換気量>10 ml/kg体重、PEEP <10mbar、周波数25〜35/min)。両動物は、約1.5時間に限定される酸素供給の連続的改善を示し、paO2の増加はそれぞれ最大162.8 mmHg (1)または224.6 mmHg (2)であった。これは、AP301の噴霧により、深部気管適用に比べて遅延したが、より顕著であった。ガス交換の改善と並行して、初期容量に比べて肺胞外肺水の15.8〜52.5%の減少が界面活性剤枯渇後に記録された。
【0112】
これらの結果は、本発明にしたがったARDSの治療に対する新たな薬理作用のアプローチがARDSの治療のための承認された大動物モデルにおいても有効であることを見事に示している。
配列のまとめ
【0113】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTX1EX2X3Eを含むペプチド(ここで、X1、X2、およびX3はあらゆる天然もしくは非天然のアミノ酸であり得る)であって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチド。
【請求項2】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTPEGAEを含むペプチドであって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチド。
【請求項3】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための医薬を製造するための、
- QRETPEGAEAKPWY
- PKDTPEGAELKPWY
- CGQRETPEGAEAKPWYC、および
- CGPKDTPEGAELKPWYC
からなる群から選ばれる連続アミノ酸、および
その少なくとも7アミノ酸であってヘキサマーTPEGAEを含む断片
の配列からなる環化ペプチド。
【請求項4】
肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ADRS)、または細菌またはウイルス性肺疾患、特に、Listeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、SARSウイルス、RSV、またはインフルエンザウイルスによる感染を治療するための請求項1〜3のいずれかに記載のペプチド。
【請求項5】
アミノ酸配列CGQRETPEGAEAKPWYCを含み、C残基を介して環化することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項6】
該C残基間のジスルフィド架橋を介して環化することを特徴とする請求項5記載のペプチド。
【請求項7】
上皮細胞および内皮細胞を反応性酸素分子によって引き起こされる透過性亢進から保護するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項8】
上皮細胞および内皮細胞を細菌毒素によって引き起こされる透過性亢進から保護するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項9】
ミオシン軽鎖のリン酸化を阻害するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項10】
プロテインキナーゼCの活性を阻害するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項11】
上皮ナトリウムチャンネルの発現を増加するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項12】
反応性酸素分子、細菌毒素、グラム陽性微生物、または肺ウイルス感染症によって引き起こされる透過性亢進を治療するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載のペプチドおよび医薬担体を含む医薬組成物。
【請求項1】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTX1EX2X3Eを含むペプチド(ここで、X1、X2、およびX3はあらゆる天然もしくは非天然のアミノ酸であり得る)であって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチド。
【請求項2】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための7〜17隣接アミノ酸からなる、ヘキサマーTPEGAEを含むペプチドであって、TNFレセプター結合活性を持たず、環化されているペプチド。
【請求項3】
上皮細胞および内皮細胞の透過性亢進を予防および治療するための医薬を製造するための、
- QRETPEGAEAKPWY
- PKDTPEGAELKPWY
- CGQRETPEGAEAKPWYC、および
- CGPKDTPEGAELKPWYC
からなる群から選ばれる連続アミノ酸、および
その少なくとも7アミノ酸であってヘキサマーTPEGAEを含む断片
の配列からなる環化ペプチド。
【請求項4】
肺炎、急性肺損傷、急性呼吸窮迫症候群 (ADRS)、または細菌またはウイルス性肺疾患、特に、Listeria monocytogenes、Streptococcus pneumoniae、SARSウイルス、RSV、またはインフルエンザウイルスによる感染を治療するための請求項1〜3のいずれかに記載のペプチド。
【請求項5】
アミノ酸配列CGQRETPEGAEAKPWYCを含み、C残基を介して環化することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項6】
該C残基間のジスルフィド架橋を介して環化することを特徴とする請求項5記載のペプチド。
【請求項7】
上皮細胞および内皮細胞を反応性酸素分子によって引き起こされる透過性亢進から保護するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項8】
上皮細胞および内皮細胞を細菌毒素によって引き起こされる透過性亢進から保護するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項9】
ミオシン軽鎖のリン酸化を阻害するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項10】
プロテインキナーゼCの活性を阻害するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項11】
上皮ナトリウムチャンネルの発現を増加するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項12】
反応性酸素分子、細菌毒素、グラム陽性微生物、または肺ウイルス感染症によって引き起こされる透過性亢進を治療するために用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチド。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載のペプチドおよび医薬担体を含む医薬組成物。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公表番号】特表2012−519188(P2012−519188A)
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−552279(P2011−552279)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【国際出願番号】PCT/AT2010/000056
【国際公開番号】WO2010/099556
【国際公開日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(511214668)アペプティコ・フォルシュング・ウント・エントヴィックルング・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (1)
【氏名又は名称原語表記】APEPTICO FORSCHUNG UND ENTWICKLUNG GMBH
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【国際出願番号】PCT/AT2010/000056
【国際公開番号】WO2010/099556
【国際公開日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(511214668)アペプティコ・フォルシュング・ウント・エントヴィックルング・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (1)
【氏名又は名称原語表記】APEPTICO FORSCHUNG UND ENTWICKLUNG GMBH
【Fターム(参考)】
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