説明

遊離脂肪酸のエステル化方法、およびこれを用いた脂肪酸エステル燃料の製造方法

【課題】たとえば脂肪酸エステル燃料の製造において用いた場合、燃料品質の低下を招く脂肪酸塩の生成を抑制することができ、使用する塩基性触媒の使用量の削減および脂肪酸エステル燃料の製造効率の向上を可能なものにする、油脂組成物中の遊離脂肪酸のエステル化方法を提供する。
【解決手段】遊離脂肪酸を含有する油脂組成物と一価の低級アルコールとを、エステル化反応用固体触媒の存在下で、周波数15〜100kHzの超音波を照射しながら反応させる。上記一価の低級アルコールはメタノールおよびエタノールであることが望ましく、固体触媒は硫酸第二鉄であることが望ましい。また、遊離脂肪酸を含有する油脂組成物としては、代表的には、使用済みの食用油脂を用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用済みの食用油脂のような油脂組成物に含有される遊離脂肪酸をエステル化する方法、およびそのような油脂組成物と一価の低級アルコールから軽油代替燃料として用いられる脂肪酸エステル燃料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
使用済み油脂と一価の低級アルコールをトランスエステル化反応(エステル交換反応とも言う)させることで得られる脂肪酸エステルは、軽油代替燃料、すなわちディーゼル車の燃料として使用できる。この燃料はカーボンニュートラルな燃料であること、大気汚染の原因となる硫黄酸化物を排出しないなど優れた特性を有することから、近年、地球温暖化対策の一つとして実用化が積極的に進められている。
【0003】
上記脂肪酸エステルは、下記反応式(化1)に示すように通常、塩基性触媒の存在下に、油脂と一価の低級アルコールをトランスエステル化反応させることで製造される(特許文献1)。ここで塩基性触媒としては苛性ソーダ、苛性カリなどが用いられ、一価の低級アルコールとしてはメタノール、エタノールなどが用いられる。
【0004】
【化1】

【0005】
従来行われてきたこのような塩基性触媒を用いたトランスエステル化反応において、使用済みの油脂を用いる場合には、下記に示す反応式(化2)により、塩基性触媒の一部が使用済み油脂中に含まれる遊離脂肪酸と反応することで触媒としての機能を失ってしまうという本質的な問題点がある。そのため、多量の遊離脂肪酸を含む使用済み油脂を原料として用いる場合には、遊離脂肪酸との反応で消費される塩基性触媒の量を余分に加える必要がある。また、遊離脂肪酸と苛性ソーダや苛性カリとが反応して生成する脂肪酸塩(石鹸)は界面活性作用を示すため、生成した脂肪酸エステル燃料に残留して燃料品質を低下させる原因となる他、脂肪酸エステル燃料を水洗浄により精製する際には、脂肪酸エステル燃料中に水をエマルションとして取り込むために、水切れが悪くなるなど、製造プロセス上の問題も起こす。従来の方法ではこのような脂肪酸石鹸を除去する工程や設備が必要となることから、より効率的な脂肪酸エステル燃料の製造方法が求められている。
【0006】
【化2】

【0007】
トランスエステル化反応は通常、回分式反応器を用いて常圧下、常温あるいは加熱しながら行われているが、上記の問題に対処すべく、たとえば、反応を促進するために超音波を照射しながらトランスエステル化反応を行い、不純物である脂肪酸石鹸等の発生量を抑制する方法(特許文献2)や、超臨界状態において反応させることにより触媒を添加することなく(したがって触媒や脂肪酸塩等の除去を必要とせず)高収率で脂肪酸エステルを製造する方法(特許文献3)なども検討されている。
【0008】
また、トランスエステル化反応の前に、使用済み油脂と一価の低級アルコールの混合物に硫酸を加えることにより、使用済み油脂中に存在する遊離脂肪酸を一価の低級アルコールとエステル化してから、続いて塩基性触媒を加えてトランスエステル化反応を行うという方法もある(非特許文献1)。この方法によれば、遊離脂肪酸を効率的に脂肪酸エステルに転換でき、脂肪酸塩の生成を抑制することが可能となるが、用いた硫酸によりトランスエステル化反応に用いる塩基性触媒が消費されてしまうため、やはり塩基性触媒を余分に用いなければならず、また硫酸による装置腐食の問題も起こりうるなど、改善すべき点は多い。
【特許文献1】特表2001−524553号公報
【特許文献2】特開2004−156022号公報
【特許文献3】特開2000−143586号公報
【非特許文献1】Shashikant Vilas Ghadge, Hifjur Raheman: Biodiesel production from mahua oil having high free fatty acids. Biomass & Bioenergy, Vol. 28, (2005) 601-605.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の技術的課題は、たとえば脂肪酸エステル燃料の製造において用いた場合、燃料品質の低下を招く脂肪酸塩の生成を抑制することができ、使用する塩基性触媒の使用量の削減および脂肪酸エステル燃料の製造効率の向上を可能なものにする、つまり、脂肪酸エステル燃料の合理的な製造プロセスを構築する上で有用な反応工程となり得る、油脂組成物中の遊離脂肪酸のエステル化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、従来技術の問題点を解決すべく鋭意検討した結果、使用済み油脂のように遊離脂肪酸を含有する油脂組成物と一価の低級アルコールとの混合物に固体触媒の存在下で超音波を照射することによって、その中に存在する遊離脂肪酸を効率的にエステル化できること、したがって、その後に塩基性触媒の存在下にトランスエステル化反応を行えば、不純物の少ない高品質の脂肪酸エステル燃料を効率よく製造することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
特に、超音波を使用せずに固体触媒を単独で用いた場合には、反応が固液界面で進行するため、硫酸等の均一系触媒を用いた場合に比べて反応が非常に遅くなることが欠点となるところ、本発明では固体触媒と超音波の照射を併用することにより、固体触媒を用いても十分な反応速度が得られるようになっている。
【0012】
すなわち、本発明による遊離脂肪酸のエステル化方法は、遊離脂肪酸を含有する油脂組
成物と一価の低級アルコールとを、エステル化反応用固体触媒の存在下で、周波数15〜100kHzの超音波を照射しながら反応させることを特徴とする。
【0013】
上記のエステル化方法において、一価の低級アルコールはメタノールおよびエタノールであることが望ましく、固体触媒は硫酸第二鉄であることが望ましい。また、遊離脂肪酸を含有する油脂組成物としては、代表的には、使用済みの食用油脂を用いることができる。
【0014】
さらに本発明によれば、そのようなエステル化方法に従って遊離脂肪酸のエステル化反応を行った後に、塩基性触媒の存在下で、上記反応後の油脂組成物と一価の低級アルコールとをトランスエステル化反応させる工程を有する、優れた態様の脂肪酸エステル燃料の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、触媒として固体触媒を用い、所定の周波数の超音波を照射して、油脂組成物中の遊離脂肪酸のエステル化反応を行うが、この固体触媒は、硫酸等の酸触媒と異なり、エステル化反応後に濾過等により反応混合物から簡単に分離することが可能であり、しかも装置の腐食等の問題を引き起こすこともない。
【0016】
したがって、脂肪酸エステル燃料の製造工程において上記反応の後に行われるトランスエステル化反応の際に、塩基性触媒が遊離脂肪酸やそのエステル化のために用いた触媒との反応により消費されることがなく、塩基性触媒の使用量を大幅に削減できるとともに、得られる脂肪酸エステル燃料の品質を効率的に向上させることができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明をさらに具体的に説明する。
本発明で言う油脂とは植物性および動物性油の総称であり、主成分は脂肪酸トリグリセリドである。油脂の例としては、大豆油、菜種油、パーム油、オリーブ油、胡麻油、コーン油、紅花油、ひまわり油、こめ油、綿実油などの植物性油や牛脂、豚油、魚油等の動物性油がある。本発明の製造方法において、これらの油脂は単独で用いても良いし、混合して用いても良い。
【0018】
また、遊離脂肪酸は、上記油脂(脂肪酸トリグリセリド等)の一部のエステル結合が加水分解反応により解裂して生成、遊離した脂肪酸を指す。このような遊離脂肪酸としては、ラウリン酸(C11H23COOH)、ミリスチン酸(C13H27COOH)、パルミチン酸(C15H31COOH)、ステアリン酸(C17H35COOH)、オレイン酸(C17H33COOH)、リノール酸(C17H31COOH)、リノレン酸(C17H29COOH)などが挙げられる。
【0019】
本発明における遊離脂肪酸を含有する油脂組成物としては、たとえば、揚げ物や炒め物などの調理をした後に発生する、油脂と遊離脂肪酸(および通常は遊離脂肪酸と同時に生成する水)とを含む使用済みの食用油脂(廃食用油)が挙げられるが、特にこれに限定されるものではない。また、本発明で用いる油脂組成物は、本発明の効果が阻害されない範囲であれば、油脂や遊離脂肪酸以外の物質をさらに含有していてもよく、また、必要に応じて、不純物を除去する処理(ろ過、精製等)を本発明のエステル化方法を適用する前にあらかじめ行っておいてもよい。
【0020】
本発明で用いる一価の低級アルコールとしては、炭素数1〜4のアルコールが挙げられるが、その中でもメタノール、エタノールが好ましい。これらの一価の低級アルコールは、単独で用いても良いし、混合して用いても良い。なお、本発明では、固体触媒の存在下に行われる遊離脂肪酸とのエステル化反応の後に、塩基性触媒の存在下に行われるトラン
スエステル化反応を続けて行うことができ、それぞれの反応に用いられる一価の低級アルコールを特に区別する必要はない。
【0021】
本発明におけるエステル化反応用固体触媒としては、反応混合物に溶解しない物質で、かつエステル化反応を促進できる触媒であればいずれを用いてもよいが、固体酸性を有する金属酸化物、遷移金属塩などが好ましい。固体酸性を有する金属酸化物の例としては、ゼオライト、メソポーラスシリカ、シリカアルミナ、粘土鉱物等が挙げられる。また、遷移金属塩としては、鉄、コバルト、ニッケル、銅などの硝酸塩、硫酸塩、塩化物などが挙げられ、中でも鉄塩の無水物および水和物が好ましく、特に硫酸鉄が好ましい。
【0022】
本発明では、エステル化反応を促進する目的で、周波数が15kHz〜100kHzの超音波を用いる。ここで言う超音波は特定周波数の疎密波であり、照射により反応液中に気泡(キャビティー)を生成する。このキャビティーは超音波の周期とともに伸縮を繰り返し、周波数に依存した一定の大きさになると圧壊(崩壊)する。この圧壊に伴い、キャビティー内部は局所的に高温・高圧な反応場を形成すると同時に、液体に対して激しい流れ(衝撃流)を起こし液体を激しく撹拌する。この反応場と衝撃流の生成と液体への寄与の大きさは、超音波の周波数により決定される。
【0023】
本発明における超音波の周波数は、15kHz〜100kHzが望ましい。15kHz以下の周波数では、液体の撹拌が低下するために反応促進効果が低く、100kHz以上の周波数では、超音波による反応場が反応物や生成物の分解に働いてしまうなどの問題点がある。なお、超音波の照射に用いる超音波振動子は、反応装置の外部に取り付けても良いし、反応器内部に(たとえば壁面から)取り付けても良い。
【0024】
上述のような固体触媒および超音波を用いた遊離脂肪酸のエステル化反応工程は、回分式でも良いし、流通式でも良いが、プロセスの大型化や効率化を考えると、流通式が望ましい。反応温度、反応圧力は特に制限されないが、装置コストの面から反応圧力は大気圧が望ましく、また反応温度は、一般的には常温〜200℃、好ましくは常温〜用いられる一価の低級アルコールの沸点(たとえばメタノールであれば約70℃)の範囲で調整すればよい。
【0025】
その他、固体触媒の添加量や、超音波の照射強度および照射時間などの諸条件は、製造工程の実施態様や、用いる固体触媒の種類、使用済み油脂中に含まれる遊離脂肪酸の量などに応じて、適宜調整することが可能である。たとえば固体触媒の添加量は、油脂組成物に対して、通常は0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜5重量%である。
【0026】
さらに、上述のような本発明のエステル化方法を利用して脂肪酸エステル燃料を製造する場合に、エステル化反応工程後に行われる、塩基性触媒の存在下におけるトランスエステル化反応についても、公知の反応条件や実施態様を応用することが可能である。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の具体例について説明する。
(実施例1)
100mlのガラス製反応器に紅花油30.00g、ラウリン酸(遊離脂肪酸)0.90g、メタノール6.51g、および硫酸第二鉄(Fe2(SO4)3)0.90gを加えた後、
50kHzの超音波振動子をセットした水温が25℃の恒温水槽に入れて固定した。このとき反応器は超音波振動子の真上に固定し、振動子上面と反応器下面の距離は、反応器内に超音波が最も効率的に照射されるように適宜調節した。固定後、超音波振動子の電源を入れて超音波を照射しながら120分間反応させた。超音波の出力は200Wに設定した。反応の進行は、開始後、30分、60分および120分後に反応容器から少量のサンプル
を採取し、ガスクロマトグラフ質量分析装置によりラウリン酸エステルの生成量を求めることで確認した。結果を表1に示す。
【0028】
(比較例1)
実施例1において、超音波照射にかえて機械式攪拌器で反応溶液を攪拌しながら同様に実験を行った。このとき攪拌器の回転数は1000rpmであった。結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1の結果より、機械式撹拌の場合に比べて、超音波を照射しながらエステル化反応を行った場合には、エステル化率が大幅に向上していることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離脂肪酸を含有する油脂組成物と一価の低級アルコールとを、エステル化反応用固体触媒の存在下で、周波数15〜100kHzの超音波を照射しながら反応させることを特徴とする、遊離脂肪酸のエステル化方法。
【請求項2】
前記一価の低級アルコールがメタノールおよび/またはエタノールであることを特徴とする、請求項1に記載の遊離脂肪酸のエステル化方法。
【請求項3】
前記固体触媒が硫酸第二鉄であることを特徴とする、請求項1または2に記載の遊離脂肪酸のエステル化方法。
【請求項4】
前記遊離脂肪酸を含有する油脂組成物が使用済みの食用油脂であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のエステル化方法。
【請求項5】
請求項1〜4に記載のいずれかの方法により遊離脂肪酸のエステル化反応を行った後に、塩基性触媒の存在下で、上記反応後の油脂組成物と一価の低級アルコールとをトランスエステル化反応させる工程を有することを特徴とする、脂肪酸エステル燃料の製造方法。

【公開番号】特開2009−138098(P2009−138098A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−315753(P2007−315753)
【出願日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】