説明

遠心油圧キャンセラ

【課題】遠心油圧キャンセラ3によってクラッチシリンダ1内の潤滑油を効率よく撹拌可能とし、自動変速機の始動時の貧潤滑を防止する。
【解決手段】ピストン2を油圧室A側へ付勢するリターンスプリング4を支持すると共に、ピストン2との間に油圧室Aの遠心油圧と対抗する遠心油圧を発生させる平衡油室Bを画成する遠心油圧キャンセラ3であって、撹拌羽根33が取り付けられている。このため、遠心油圧キャンセラ3自体の外周形状に依存することなく、回転によって撹拌羽根33がクラッチシリンダ1内の潤滑油を効率よく撹拌することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の自動変速機の油圧クラッチ装置に用いられる遠心油圧キャンセラに関する。
【背景技術】
【0002】
図3は、従来の遠心油圧キャンセラを用いた油圧クラッチ装置の概略構成を、軸心Oを通る平面で切断して示す片側断面図、図4は、図3におけるIV線位置で軸心Oと直交する平面により切断した四半断面図である。
【0003】
まず図3に示される油圧クラッチ装置において、参照符号1は、不図示の駆動軸と共に回転する環状のクラッチシリンダ、参照符号2は、クラッチシリンダ1内に軸方向移動可能に配置され、このクラッチシリンダ1との間に油圧室Aを画成するシール一体型ピストン(以下、単にピストンという)、参照符号30は、内径がクラッチシリンダ1の内筒部に係止されて、ピストン2から見て油圧室Aと反対側の空間に平衡油室Bを画成する遠心油圧キャンセラ、参照符号4は、ピストン2と遠心油圧キャンセラ30の間(平衡油室B)に適宜圧縮状態に介装されたリターンスプリング、参照符号5は多板クラッチである。
【0004】
ピストン2は、金属プレス成形品であるピストン本体21と、その内外周に一体的に成形されて、クラッチシリンダ1の外筒部及び内筒部と摺動可能に密接されたシールリップ22,23とで構成される。遠心油圧キャンセラ30は、ボンデッドキャンセラシールなどとも呼ばれるものであって、金属プレス成形品であるキャンセラ本体301と、その外周縁に一体的に成形されてピストン本体21の外周筒部の内周面と摺動可能に密接されるシールリップ302とで構成される。また、クラッチシリンダ1の内筒部には、油圧室Aに制御油圧を導入するための導圧ポートCと、平衡油室Bに作動油を供給するキャンセルポートDが開設されている。
【0005】
リターンスプリング4は油圧室Aの容積を減少させる方向へピストン2を常時付勢するものであって、図4に示されるように円周方向所定間隔で複数配置されている。
【0006】
多板クラッチ5は、クラッチシリンダ1の外筒部に軸方向移動可能な状態で円周方向に係止された複数のドライブプレート51と、不図示の従動軸側に設けられたクラッチハブ53に軸方向移動可能な状態で円周方向に係止された複数のドリブンプレート52が軸方向交互に配置された構造を有する。
【0007】
以上のような構成を備える油圧クラッチ装置は、導圧ポートCを介して油圧室Aへ油圧を印加し、あるいはこの油圧を開放することによって、ピストン2がクラッチシリンダ1内を軸方向に変位し、これによって多板クラッチ5のドライブプレート51とドリブンプレート52を摩擦係合させたり摩擦係合を解除させたりしてクラッチ断続動作を行うものである。
【0008】
上述のクラッチ断続動作において、クラッチシリンダ1及びピストン2は、駆動軸と共に軸心Oの周りに回転しているので、油圧室A内に導入された作動油は遠心力によって外周側へ押し付けられる。したがって油圧室A内には遠心油圧が発生し、この遠心油圧はリターンスプリング4によるピストン2の復帰動作を妨げるように作用する。しかしながら、ピストン2と遠心油圧キャンセラ30の間の平衡油室Bに充満している作動油にも同様に遠心油圧が発生しているため、ピストン2の軸方向両側で遠心油圧がほぼ均衡し、ピストン2の復帰動作によるクラッチの切断を円滑に行うことができるようになっている。なお、遠心油圧キャンセラ30としては、下記の特許文献1に記載のものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−254438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ここで、遠心油圧キャンセラ30には、図3及び図4に示されるように、キャンセラ本体301におけるスプリング保持部301aの外周形状を、複数のリターンスプリング4の配置に合わせて複数の円筒状膨出面を円周方向所定間隔で形成した形状をなすものがある。このようにすることで、各リターンスプリング4が安定して保持されるからである。そしてこのようなスプリング保持部301aの形状による副次的な作用として、クラッチシリンダ1内の潤滑油を撹拌し、自動変速機の始動時に貧潤滑となりやすいピストン2のシールリップ22及び遠心油圧キャンセラ30のシールリップ302や多板クラッチ5などに潤滑油を効率よく供給できる利点がある。
【0011】
しかしながら、従来の遠心油圧キャンセラ30において、スプリング保持部301aを図4に示されるように円筒状膨出面を円周方向所定間隔で形成した花形の形状としているのは、リターンスプリング4を安定して保持するためであり、クラッチシリンダ1内の潤滑油を撹拌するという積極的な技術思想はなかった。
【0012】
本発明は、以上のような点に鑑みてなされたものであって、その技術的課題は、遠心油圧キャンセラによってクラッチシリンダ内の潤滑油を効率よく撹拌可能とし、自動変速機の始動時の貧潤滑を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した技術的課題を有効に解決するための手段として、本発明に係る遠心油圧キャンセラは、ピストンを油圧室側へ付勢するリターンスプリングを支持すると共に、前記ピストンとの間に前記油圧室の遠心油圧と対抗する遠心油圧を発生させる平衡油室を画成する遠心油圧キャンセラであって、撹拌羽根が取り付けられたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る遠心油圧キャンセラによれば、外周部に撹拌羽根が取り付けられたことによって、遠心油圧キャンセラ自体の外周形状に依存することなく、回転によってクラッチシリンダ内の潤滑油を効率よく撹拌することができるため、自動変速機の始動時の貧潤滑を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る遠心油圧キャンセラを用いた油圧クラッチ装置の概略構成を、軸心Oを通る平面で切断して示す片側断面図である。
【図2】図1におけるII線位置を通り軸心Oと直交する平面により切断した四半断面図である。
【図3】従来の遠心油圧キャンセラを用いた油圧クラッチ装置の概略構成を、軸心Oを通る平面で切断して示す片側断面図である。
【図4】図3におけるIV線位置を通り軸心Oと直交する平面により切断した四半断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る遠心油圧キャンセラの好ましい実施の形態について、図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係る遠心油圧キャンセラを用いた油圧クラッチ装置の概略構成を、軸心Oを通る平面で切断して示す片側断面図、図2は、図1の遠心油圧キャンセラを図1におけるII線位置を通り軸心Oと直交する平面により切断した四半断面図である。
【0017】
図1に示される油圧クラッチ装置は、基本的には先に説明した図3と同様の構造を有するものである。すなわち図1において、参照符号1は、不図示の駆動軸側に取り付けられて、クラッチシリンダ、参照符号2は、前記作動空間内に軸方向移動可能に配置されてクラッチシリンダ1との間に油圧室Aを画成する環状のピストン、参照符号3は、このピストン2から見て油圧室Aと反対側に配置されると共に止め環13を介してクラッチシリンダ1の内筒部に支持され、ピストン2との間に平衡油室Bを画成する環状の遠心油圧キャンセラ、参照符号4は、ピストン2と遠心油圧キャンセラ3との間(平衡油室B)に圧縮状態に介装されたリターンスプリング、参照符号5は多板クラッチである。
【0018】
クラッチシリンダ1は、外周部材11と内周部材12の接合体であって、このうち外周部材11は、内向き鍔部11aと、その外周側の円錐壁部11bと、その外周端から外周側へ延びる円盤部11cと、さらにその外周端から前記円錐壁部11bと同心に折り返されるように形成された外筒部11dからなり、内周部材12は、外径端が外周部材11の内向き鍔部11aと密接状態で一体に接合された外向き鍔部12aと、その内周端から外周部材11の外筒部11dと同心に延びる内筒部12bとを備える。そして内周部材12の内筒部12bには、油圧室Aに作動油(ATF)による制御油圧を導入するための導圧ポートCと、平衡油室Bに作動油を供給するキャンセルポートDが開設されている。
【0019】
ピストン2はシール一体型ピストンであって、シールボンデッドピストンあるいはボンデッドピストンシールとも呼ばれ、金属プレス成形品である環状のピストン本体21と、その内外周に一体的に成形されて、クラッチシリンダ1の外筒部11dの内周面及び内筒部12bの外周面と摺動可能に密接されるゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料からなるシールリップ22,23とで構成される。
【0020】
ピストン本体21は、クラッチシリンダ1の円盤部11cと対向される円盤状の外周側受圧部21aと、クラッチシリンダ1の円錐壁部11bと対向される円錐状の中間受圧部21bと、クラッチシリンダ1の内向き鍔部11a及び内周部材12の外向き鍔部12aと対向される円盤状の内周側受圧部21cと、その内周側に形成された内周屈曲端部21dと、前記外周側受圧部21aの外径端から折り返されて、クラッチシリンダ1の外筒部11dと径方向に対向される外周筒部21eと、さらに、この外周筒部21eの先端に形成されたクラッチ押圧部21fとを備える。そして外周側のシールリップ22は、外周側受圧部21aと外周筒部21eの間の屈曲部の外周面に加硫成形され、内周側のシールリップ23は、内周屈曲端部21dに加硫成形されている。
【0021】
また、ピストン2(ピストン本体21)における内周側受圧部21cには、油圧室A側へ打ち出された複数の突起21gが円周方向等間隔で形成されている。この突起21gは、ピストン2がその上死点位置まで移動した時に油圧室Aが閉塞することのないように、クラッチシリンダ1における内周部材12の外向き鍔部12aと当接するものである。
【0022】
本発明に係る遠心油圧キャンセラ3はシール一体型プレートであって、ボンデッドキャンセラシールなどとも呼ばれ、金属プレス成形品である環状のキャンセラ本体31と、このキャンセラ本体31に一体成形により取り付けられたゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料からなるシールリップ32及び撹拌羽根33とで構成される。
【0023】
詳しくは、遠心油圧キャンセラ3のキャンセラ本体31は、内径端が止め環13を介してクラッチシリンダ1における内周部材12の内筒部12bに形成された環状溝12cに支持され、リターンスプリング4を担持する円盤状のスプリング受け部31aと、その外径端からピストン2側へ延びる中間筒部31bと、その端部から径方向に延びてピストン2の外周筒部の内周面に径方向に対向される鍔部31cを有する。そして、シールリップ32は鍔部31cの外径端部に一体的に加硫接着され、撹拌羽根33はスプリング受け部31aの外径部近傍から中間筒部31bの外周面にかけて一体的に加硫接着されている。
【0024】
遠心油圧キャンセラ3の撹拌羽根33は、図2に示されるように環状に連続し、外周面に凹部33aと凸部33bが円周方向交互に形成されたものであって、遠心油圧キャンセラ3がクラッチシリンダ1及びピストン2と共に回転している状態において、周囲の潤滑油を撹拌し、顕著な撹拌流を惹起する作用を有する。
【0025】
そしてこの撹拌羽根33は、シールリップ32と同材質のゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料からなるものであり、このため、キャンセラ本体31へのシールリップ32と撹拌羽根33の一体成形を同時に行うことができる。
【0026】
リターンスプリング4は油圧室Aの容積を減少させる方向へピストン2を常時付勢するものであって、コイルスプリングからなり、図4に示されるように円周方向所定間隔で複数配置されている。これらリターンスプリング4の軸方向一端とピストン2の間、及び軸方向他端と遠心油圧キャンセラ3のキャンセラ本体31のスプリング受け部31aとの間には、それぞれ金属板のプレス成形品からなる環状のホルダ41,42が介在しており、各リターンスプリング4は、このホルダ41,42に円周方向所定間隔で形成された円筒状突起41a,42aに軸方向両端が外挿されることによって位置決め保持されている。
【0027】
多板クラッチ5は、クラッチシリンダ1の外筒部の内周に軸方向移動可能な状態で円周方向に係止された複数のドライブプレート51と、不図示の従動軸側に設けられたクラッチハブ53に軸方向移動可能な状態で円周方向に係止された複数のドリブンプレート52が軸方向交互に配置された構造を有する。また、ピストン2のピストン本体21におけるクラッチ押圧部21fは、多板クラッチ5と軸方向に近接対向している。
【0028】
以上の構成を備える油圧クラッチ装置は、導圧ポートCを介して油圧室Aへ油圧を印加し、あるいはこの油圧を開放することによって、ピストン2がクラッチシリンダ1内を軸方向に変位し、多板クラッチ5を接続動作あるいは遮断動作させるものである。
【0029】
すなわち、作動油(ATF)の供給によって油圧室Aが加圧されると、ピストン2が各リターンスプリング4を圧縮させながら図1における下方へ変位し、このピストン2のクラッチ押圧部21fが多板クラッチ5を押圧して、ドライブプレート51とドリブンプレート52とを摩擦係合させる。このため多板クラッチ5が接続状態となって、不図示の駆動軸側からの駆動トルクが、クラッチシリンダ1、多板クラッチ5のドライブプレート51とドリブンプレート52及びクラッチハブ53を介して不図示の従動軸へ伝達される。
【0030】
また、この接続状態から油圧室Aの油圧を開放すると、圧縮されたリターンスプリング4の伸長によって、ピストン2が油圧室Aの容積を縮小させるように図1における上方へ変位し、多板クラッチ5への押圧を解除するので、この多板クラッチ5のドライブプレート51とドリブンプレート52の摩擦係合が解除され、駆動軸から従動軸への駆動トルクの伝達が遮断される。
【0031】
ここで、本発明に係る遠心油圧キャンセラ3は、クラッチシリンダ1及びピストン2と共に回転するため、キャンセラ本体31におけるスプリング受け部31aの外径部近傍から中間筒部31bの外周面にかけて一体的に加硫接着された撹拌羽根33が、その周囲に存在する潤滑油を撹拌する。そしてこの撹拌はキャンセラ本体31における中間筒部31bの外周面の形状によって副次的に発生するものではなく、撹拌羽根33によって積極的に惹起させるものである。このため、特に自動変速機の始動時に貧潤滑となりやすかったピストン2のシールリップ22及び遠心油圧キャンセラ3のシールリップ32の摺動部や多板クラッチ5などに潤滑油が供給されやすくなり、貧潤滑による作動不良や早期摩耗などが有効に防止される。
【0032】
また、撹拌羽根33は、キャンセラ本体31におけるスプリング受け部31aや中間筒部31bの外面形状とは無関係に成形され可能であるため、周囲のスペースなどを考慮して、顕著な撹拌流を生じさせるのに最適な形状とすることができる。言い換えれば、撹拌羽根33の形状に拘わらず、キャンセラ本体31におけるスプリング受け部31a及び中間筒部31bの外面形状、あるいは図示のようなホルダ41,42によって、リターンスプリング4の配置を自在に設定することができる。
【0033】
なお、上述した形態では、撹拌羽根33をゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料からなるものとしたが、それ以外の合成樹脂や、あるいは金属材料で製作することもできる。
【符号の説明】
【0034】
2 ピストン
3 遠心油圧キャンセラ
31 キャンセラ本体
32 シールリップ
33 撹拌羽根
4 リターンスプリング
A 油圧室
B 平衡油室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンを油圧室側へ付勢するリターンスプリングを支持すると共に、前記ピストンとの間に前記油圧室の遠心油圧と対抗する遠心油圧を発生させる平衡油室を画成する遠心油圧キャンセラであって、撹拌羽根が取り付けられたことを特徴とする遠心油圧キャンセラ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−1976(P2011−1976A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−143512(P2009−143512)
【出願日】平成21年6月16日(2009.6.16)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】