遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、燃料電池車両、遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法
【課題】セパレータと電極間で発生する接触抵抗が低く、耐食性に優れており、かつ低コストの遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック及び燃料電池車両を提供する。
【解決手段】オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、基層の上に連続して形成された第1の層(第1の窒化層)と、この第1の層の上に連続して形成された第2の層(第2の窒化層)13Aとを備え、第2の層13Aは第2の層13Aの表面部から突出した析出物を有し、第2の層13Aの表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物13CとCr主体の六方晶のCrN13Bとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜13Dを有する。
【解決手段】オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、基層の上に連続して形成された第1の層(第1の窒化層)と、この第1の層の上に連続して形成された第2の層(第2の窒化層)13Aとを備え、第2の層13Aは第2の層13Aの表面部から突出した析出物を有し、第2の層13Aの表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物13CとCr主体の六方晶のCrN13Bとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜13Dを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、燃料電池車両、遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境保護の観点から、燃料電池を自動車の内燃機関に代えて作動するモーターの電源として利用し、このモーターにより自動車を駆動することが検討されている。この燃料電池は、資源の枯渇問題を有する化石燃料を使う必要がないため排気ガス等を発生することがない。また、燃料電池は騒音がほとんど発生せず、更にはエネルギーの回収効率も他のエネルギー機関と比べて高くすることが可能である等の優れた特徴を有している。
【0003】
燃料電池は、使用される電解質の種類に応じて、固体高分子電解質型、リン酸型、溶融炭酸塩型及び固体酸化物型等がある。そのうちの一つである固体高分子電解質型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、電解質として分子中にプロトン交換基を有する高分子電解質膜を使用して、高分子電解質膜を飽和に含水させるとプロトン伝導性電解質として機能することを利用した電池である。固体高分子電解質型燃料電池は比較的低温で作動し、かつ発電効率が高い。更には、固体高分子電解質型燃料電池は他の付帯設備と共に小型で軽量であるため、電気自動車搭載用を始めとする各種の用途が見込まれている。
【0004】
上記固体高分子電解質型燃料電池は燃料電池スタックを有する。燃料電池スタックは、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルを複数個積層して両端部をエンドフランジで挟み、締結ボルトにより加圧保持されて一体に構成される。単セルは、高分子電解質膜とその両側に接合されるアノード(水素極)とカソード(酸素極)により構成される。
【0005】
図14は、燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。図14に示すように、単セル200は、固体高分子電解質膜201の両側に酸素極202及び水素極203を接合して一体化した膜電極接合体を有する。酸素極202及び水素極203は、反応膜204及びガス拡散層205(GDL:gas diffusion layer)を備えた2層構造であり、反応膜204は固体高分子電解質膜201に接触している。酸素極202及び水素極203の両側には、積層のために酸素極側セパレータ206及び水素極側セパレータ207が各々設置されている。そして、酸素極側セパレータ206及び水素極側セパレータ207により、酸素ガス流路、水素ガス流路及び冷却水流路が形成されている。
【0006】
上記構成の単セル200は、固体高分子電解質膜201の両側に酸素極202、水素極203を配置して、通常、ホットプレス法により一体に接合して膜電極接合体を形成し、次に膜電極接合体の両側にセパレータ206、207を配置して製造する。上記単セル200から構成される燃料電池では、水素極203側に、水素、二酸化炭素、窒素、水蒸気の混合ガスを供給し、酸素極202側に空気及び水蒸気を供給すると、主に、固体高分子電解質膜201と反応膜204との間の接触面において電気化学反応が起こる。以下、より具体的な反応について説明する。
【0007】
上記構成の単セル200において、酸素ガス流路及び水素ガス流路に酸素ガス及び水素ガスが各々供給されると、酸素ガス及び水素ガスが各ガス拡散層205を介して反応膜204側に供給され、各反応膜204において以下に示す反応が起こる。
【0008】
水素極側:H2 →2H+ +2e- ・・・式(1)
酸素極側:(1/2)O2+2H+ + 2e-→H2O ・・・式(2)
水素極203側に水素ガスが供給されると、式(1)の反応が進行して、H+ とe-とが生成する。H+は、水和状態で固体高分子電解質膜201内を移動して酸素極202側に流れ、e- は負荷208を通って水素極203から酸素極202に流れる。酸素極202側では、H+とe-と供給された酸素ガスとにより、式(2)の反応が進行して、電力が生成する。
【0009】
上述したように、燃料電池用セパレータは各単セル間を電気的に接続する機能を有するため、電気伝導性が良く、かつガス拡散層等の構成材料との接触抵抗が低いことが要求される。また、固体高分子型電解質膜は、スルホン酸基を多数有する高分子から形成されており、湿潤状態においてスルホン酸基をプロトン交換として用いるため、プロトン伝導性を有する。固体高分子型電解質膜は強酸性であるため、燃料電池用セパレータにはpH2〜4程度の硫酸酸性に対する耐食性が要求される。さらに、燃料電池に供給される各ガスの温度は80〜90[℃]と高温であり、また、水素極ではH+が生じるだけでなく、酸素や空気等が通過する酸素極は、標準水素極電位に対して自然電位から最大で1[VvsSHE]程度の電位が負荷される酸化性環境下にある。このため、酸素極及び水素極と同様に、燃料電池用セパレータには強酸性雰囲気下で耐え得る耐食性が要求される。なお、ここで要求される耐食性とは、燃料電池用セパレータが強酸性の酸化環境下においても電気伝導性能を維持できる耐久性を意味する。つまり、カチオンが加湿水又は式(2)の反応により生成した水に溶け出すことにより、カチオンが本来プロトンの通り道となるべきスルホン酸基と結合してスルホン酸基を占有し、電解質膜の発電特性を劣化させる環境で、耐食性を測定する必要がある。
【0010】
また、燃料電池では、単位セル当りの理論的な電圧は1.23[V]となるが、反応分極、ガス拡散分極、抵抗分極により実際に取り出せる電圧が降下し、取り出す電流が大きくなるほど電圧は降下する。また、自動車用用途では、単位体積・重量当りの出力密度を大きくしたいことから、定置用より高電流密度側、例えば、電流密度1[A/cm2]で使用される。電流密度が1[A/cm2]の時には、セパレータと電極間の接触抵抗が40[mΩ・cm2]以下であれば接触抵抗による効率低下がおさえられると考えられている。
【0011】
そこで、燃料電池用セパレータとして、電気伝導性が良く耐食性に優れたステンレス鋼又は工業用純チタン等のチタン材を使用する試みがされている。ステンレス鋼は、その表面にクロムを主金属元素とした酸化物、水酸化物又はこれらの水和物等の緻密な不動態皮膜が形成されている。チタンも同様に、その表面に酸化チタン、水酸化チタン又はこれらの水和物等の緻密な不動態皮膜が形成されている。このため、ステンレス鋼やチタンは耐食性が良好である。
【0012】
しかし、上記した不動態皮膜は、通常ガス拡散層として用いられるカーボンペーパとの間で接触抵抗を生じる。燃料電池内の抵抗分極による過電圧は、定置型用途ではコージェネレーション等により排熱を回収できるため、トータルとしての熱効率が向上する。一方、自動車用用途では、接触抵抗に基づく発熱ロスは冷却水を通してラジエータから外部に捨てるしかないため、接触抵抗が大きくなると発電効率の低下に繋がる。また、発電効率低下は発熱が大きくなることと等価であり、より大きな冷却系を装備する必要性が生じるため、接触抵抗の増大は解決すべき重要な課題となっている。
【0013】
そこで、ステンレス鋼をプレス成形した後、電極との接触面に直接金めっき層を形成した燃料電池用セパレータが提案されている(特許文献1参照)。また、ステンレス鋼を成形して燃料電池用セパレータの形状に加工した後、電極との接触により接触抵抗を生じる面の不動態皮膜を除去して、貴金属又は貴金属合金を付着させた燃料電池用セパレータが提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平10−228914号公報(第2頁、第2図)
【特許文献2】特開2001−6713号公報(第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、ステンレス鋼をセパレータ基材に用いる場合、導電性と接触抵抗は相反する性質であるために、耐食性と導電性の両立は難しい。また、ステンレス鋼の表面に貴金属等をコーティングする場合には、製造時の手間がかかるだけでなく、コストが増大する可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明に係る遷移金属窒化物は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、この遷移金属窒化物は、基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層と、この第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層とを備え、第2の層は第2の層の表面部から突出した析出物を有し、第2の層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜を有する第2の層の表面部から突出した析出物を有することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る燃料電池用セパレータは、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材から形成された基層と、この基層の直接上に形成された本発明に係る遷移金属窒化物の窒化層を備えることを特徴とする。
【0017】
本発明に係る遷移金属窒化物の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、第2の層を形成した後に、第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、この基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、この第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、第2の層を形成した後に、第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。
【0019】
本発明に係る燃料電池スタックは、本発明に係る燃料電池用セパレータを用いたことを特徴とする。
【0020】
本発明に係る燃料電池車両は、本発明に係る燃料電池スタックを動力源として備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、強酸雰囲気においても導電性の機能を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好である遷移金属窒化物を提供することができる。
【0022】
本発明によれば、燃料電池環境下の硫酸酸性環境においてもセパレータと電極間で発生する接触抵抗が低く、耐食性にも優れており、かつ製造コストの低い燃料電池用セパレータを提供することができる。
【0023】
本発明によれば、相反する導電性と耐食性を兼ね備える遷移金属窒化物の窒化層をステンレス鋼表面に形成することが可能となる。
【0024】
本発明によれば、導電性と耐食性に優れた燃料電池用セパレータを製造することが可能となる。
【0025】
本発明によれば、高性能で、かつ小型化及び低コスト化した燃料電池スタックを提供することができる。
【0026】
本発明によれば、小型化及び低コスト化した燃料電池スタックを搭載することにより、走行距離の長距離化を実現できると共にスタイリングの自由度を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係る遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、燃料電池車両、遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法について、固体高分子型燃料電池に適用した例を挙げて説明する。
【0028】
(遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ及び燃料電池スタック)
図1は、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータ3を用いて構成した燃料電池スタック1の外観を示す斜視図である。図2は、図1に示す燃料電池スタック1の詳細な構成を模式的に示す燃料電池スタック1の展開図である。
【0029】
図2に示すように、燃料電池スタック1は、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セル2と燃料電池用セパレータ3とを交互に複数個積層して構成される。各単セル2は、固体高分子型電解質膜の両面に各々酸化剤極を有するガス拡散層と燃料極を有するガス拡散層とを形成して膜電極接合体とし、膜電極接合体の両側に燃料電池用セパレータ3を配置して、燃料電池用セパレータ3内部に酸化剤ガス流路と燃料ガス流路とを各々画成する。固体高分子型電解質膜としては、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体膜(ナフィオン1128(登録商標)、デュポン株式会社)等を使用することができる。単セル2と燃料電池用セパレータ3とを積層した後、両端部にエンドフランジ4を配置して、外周部を締結ボルト5により締結して燃料電池スタック1を構成する。また、燃料電池スタック1には、各単セル2に水素ガス等の水素を含有する燃料ガスを供給するための水素供給ラインと、酸化剤ガスとして空気を供給する空気供給ラインと、冷却水を供給する冷却水供給ラインが設けられている。
【0030】
図2に示した燃料電池用セパレータ3の詳細を説明する。図3(a)は、燃料電池用セパレータ3の模式的斜視図、図3(b)は、燃料電池用セパレータ3の要部をわかりやすく強調したIIIb-IIIb線断面図、図3(c)は、燃料電池用セパレータ3の要部をわかりやすく強調したIIIc-IIIc線断面図である。図4(a)は、図3(c)の要部の拡大模式図、図4(b)は燃料電池用セパレータ3の第2の窒化層11cの模式的断面図である。図3に示すように、燃料電池用セパレータ3は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材10を原料とし、基材10の表面窒化処理部としての表面部10aを窒化することにより得られ、基材10の表面部10aの深さ方向に形成されている窒化層11と、窒化されていない未窒化層である基層12からなる。燃料電池用セパレータ3には、プレス成形により断面矩形状の燃料又は酸化剤の溝状の流路13が形成されている。流路13と流路13との間には、流路13と流路13とで画成された平板部14を備え、流路13及び平板部14の外面に沿って窒化層11が延在する。平板部14は、燃料電池用セパレータ3と単セル2とを交互に積層した際に隣接する固体高分子膜上のガス拡散層に接触する。
【0031】
基層12は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選択される少なくとも一種以上の元素を含有するオーステナイト系ステンレス鋼から形成される。オーステナイト系ステンレス鋼は面心立方格子の結晶構造をとる。
【0032】
窒化層11は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物を含むものであり、MN型、M4N型及びM2−3N型の結晶構造を含む。Mは、Cr、Fe、Ni及びMoの群から選択される遷移金属元素を示す。図3(c)及び図4に示すように、窒化層11は、基層12の上に形成された第1の窒化層(第1の層)11bと、第1の窒化層11bの上に連続して形成され、窒化層11の表面部11aを含む窒化層11の最表面である第2の窒化層(第2の層)11cとを備える。窒化層11の表面部11aは、窒化により基材10の表面部10aに窒素が固溶したものである。
【0033】
第1の窒化層11bは、基材10によって形成された基層12の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造11b1を有する。ナノレベルの積層結晶構造11b1は、M4N型及びM2-3N型の結晶構造が積層された構造を含む。
【0034】
第2の窒化層11cは、第1の窒化層11bの上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材10の表面窒化処理部としての基材10の表面部10aから深さ方向に連続して形成されている。窒化層11の表面部11aは、Cr及び窒素が濃化した組織であり、MN型、M4N型及びM2−3N型の結晶構造を含む。
【0035】
図4(b)に示すように、窒化層11の表面部11aは、表面部11aから不規則に突出した複数の微小な析出物11ai(i=1〜n)を有する。例えば、析出物11a1は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh1だけ突出している。析出物11a2は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh2だけ突出している。析出物11a3は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh3だけ突出している。窒化層11の表面部11aに対する析出物11a1、11a2、11a3の最大の高さh1、h2、h3となっている。これらの析出物11aiは、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜11oを有する。析出物11aiの表面のCr酸化膜11oは、後述するように、窒化層11を形成した後に、形成した窒化層11の表面部11aを酸により酸化処理することにより得られるものである。
【0036】
セパレータ表面に単に窒化層を設けるだけでは、例えば、接触抵抗が低く導電性に優れるものでは、鉄イオン溶出量が多く耐食性が悪化する傾向にあったり、逆に、鉄イオン溶出量が少なく、耐食性に優れるものでは、接触抵抗が高く、導電性に劣る傾向にある。このため、燃料電池スタックの大幅小型、軽量化に対応し得るには、燃料電池用セパレータの耐食性と導電性の向上を図る必要があり、導電性と接触抵抗は相反する特性を両立させ、性能を優れたものとするために、窒化層の改良は解決すべき重要な課題となっている。
【0037】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータ3では、窒化層11が上記した構造を有していることにより、燃料電池の水素極のような強酸性の酸化環境下においても、窒化層11を構成する遷移金属窒化物が燃料電池用セパレータ3からの金属イオンの溶出を低く抑え、耐食性に優れたものとする。この場合、燃料電池用セパレータ3は電気伝導性能を維持する耐久性に優れ、耐食性と導電性とが両立し、かつ製造コストが低く抑えられる。これに加えて、この遷移金属窒化物によって、燃料電池の空気を導入する酸素極のような強酸性雰囲気下においても燃料電池用セパレータ3を電気伝導性能を維持する耐久性に優れたものとし、燃料電池用セパレータ3は導電性に優れるようになる。この上、強酸性の酸化環境下においても燃料電池用セパレータ3からの金属イオンの溶出が低く抑えられ、耐食性と導電性とが両立し、かつ製造コストが低く抑えられる。このように、燃料電池用セパレータとして必要な導電性、セパレータ使用環境下における導電性の性質を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好であると共に、隣接するガス拡散電極等の構成材料との接触抵抗が低く、燃料電池の発電性能の良い燃料電池用セパレータを提供することができる。
【0038】
また、第2の窒化層11cの表面部11aが複数の微小な析出物11aiを有するため、燃料電池用セパレータ3とサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物11aiが入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータ3とカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑え、導電性に優れるようになる。
【0039】
このような窒素濃度及びCr濃度が高く、表面に複数の微小な析出物を有する窒化層は、特にCr濃度の高いオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材をプラズマ窒化することにより容易に得られるものである。また、析出物表面のCr酸化膜は、この窒化層を酸により酸化処理することで容易に得られるものである。
【0040】
次に、各結晶構造の詳細を示す。図5(a)はM4N型結晶構造を示す模式図、図5(b)はM2〜3N型の六方晶の結晶構造である。オーステナイト系ステンレス鋼は面心立方格子の結晶構造をとる。この面心立方格子の結晶構造をとる基材10の表面部10aを窒化すると、図5(a)に示すM4N型結晶構造となる。つまり、窒化処理により面心立方格子内に侵入する窒素原子22が、遷移金属原子(M)24(又は21)から形成される面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に配置されてM4N型結晶構造20となる。ここで、M4N型のMは、Fe、Cr、Ni、Moの中から選ばれた遷移金属原子24(又は21)を表し、Nは窒素原子22を表す。窒素原子22はM4N型結晶構造20の単位胞中心の八面体空隙の1/4を占有する。すなわち、M4N型結晶構造20は、遷移金属原子21の面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が侵入した侵入型固溶体であり、立方晶の空間格子で表すと、窒素原子22は各単位胞の格子座標(1/2,1/2,1/2)に位置する。また、このM4N型結晶構造20では、Fe、Cr、Ni、Moの中から選ばれた遷移金属原子24(又は21)はFeを主体としているが、FeがCr、Ni、Moなどの他の遷移金属原子と一部置換した合金でも良い。
【0041】
このM4N型結晶構造は、高密度の転位や双晶を伴い、硬さも1000[Hv]以上と高く、窒素が過飽和に固溶したfccまたはfct構造の窒化物であると考えられている(安丸、蒲池;日本金属学会誌,50,pp362−368,1986)。そして、表面に近いほど窒素濃度が高いことや、CrNが主成分とならないため、耐食性に有効なCrが減少せずに窒化後も耐食性が保たれる。また、このM4N型結晶構造20は、遷移金属原子M間(例えば、図5(a)中、Fe原子24と、それに隣り合うFe,Cr又はNi原子との間)の各金属結合23を保ったままそれら遷移金属原子Mの各一を窒素原子N22と強い共有結合25で結んでおり、これにより各遷移金属原子M24(又は21)の酸化に対する反応性が低下する。このため、M4N型結晶構造20を有する窒化層11は、pH2〜4の強酸性雰囲気においても耐食性に優れる。また、遷移金属原子M24(又は21)間の金属結合23により、導電性が保たれる。また、M4N型結晶構造20は、基層12と同じく面心立方格子の結晶構造をとる。このため、基層12と基層12の上に形成された窒化層11とは整合性が良く、基層12と窒化層11との間で電子の移動が容易になり、この窒化層11を有する燃料電池用セパレータ3は導電性に優れる。なお、図5(a)において、符号25aで示している結合も、遷移金属原子M24(又は21)と窒素原子N22との間の共有結合である。
【0042】
M4N型結晶構造20を形成するFe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子Mは、不規則に混合されていることが好ましい。各遷移金属の原子Mが不規則な位置に分散され、その遷移金属の成分の部分モル自由エネルギが低下して、遷移金属原子Mの活量が低く抑えられる。これに伴い、窒化層11中の各遷移金属原子M24(又は21)の、酸化に対する反応性を低くおさえることができる。そして、燃料電池内の酸化性環境下においても窒化層11は化学的安定性を有する。このため、燃料電池用セパレータ3と、対応するカーボンペーパ等の電極との間の接触抵抗を低く維持でき、燃料電池用セパレータ3の耐久性を高めることができる。また、電極との接触面となるセパレータ3上に、金めっき等により貴金属めっき層を形成することなく接触抵抗を低く維持できるため、低コスト化を実現することができる。
【0043】
また、面心立方格子を形成するFe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子M24(又は21)は、不規則に混合して、混合エントロピを増大させ各遷移金属の成分の部分モル自由エネルギを低下させるか、又は、各遷移金属原子M24(又は21)の活量をラウールの法則により推定されるより低くすることが好ましい。これにより、更にまた、各金属元素M24(又は21)の酸化に対する反応性を低下させることができ、化学的安定性が向上する。
【0044】
次に、図5(b)に示すM2〜3N型の六方晶の結晶構造26について説明する。この結晶構造は、先の面心立方(fcc)格子と共に、剛体球としての粒子(すなわち、図5(b)の遷移金属原子M27及び窒素原子N28)を最も密に充填したときに得られる結晶格子であり、最密六方又は六方最密(hcp)格子と呼ばれる。面心立方(fcc)格子と最密六方(hcp)格子の違いは、六方対称な稠密の原子面を、ABABの順に重ねるとhcp格子になり、ABCABCだとfcc格子になるに過ぎない。ここに、A、B、Cは原子の位置の関係を示す記号である。このように、fcc格子とhcp格子は、結晶構造的にも高い整合性を有するため、電子の移動がスムーズであり、導電性に寄与する等、相互に深い関係を有する。
【0045】
M2〜3N型の六方晶の結晶構造26は、以下のようにして形成される。M4N型結晶構造20の窒化物の固溶窒素が過飽和状態になると、M4N型よりもより高窒素なM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物が、M4N型結晶構造20の窒化物の積層欠陥上に析出するようになる。つまり、M4N型の結晶構造20をマトリクスとし、同じ結晶面内で数[nm]程度の間隔で積層欠陥が生じ、積層欠陥上に層間距離数[nm]程度のM2〜3N窒化物が層状に析出する。
【0046】
また、M4N型の結晶構造20をマトリクスとし、積層欠陥上に層間距離数[nm]程度のM2〜3N窒化物が層状に析出した窒化物の窒素量、すなわち、窒化層11の表面部11aから100[nm]深さ位置での窒素量が多くなればなるほど、化学的に安定し、遷移金属原子の反応性が低下する結果、硫酸環境下でも接触抵抗が低く抑えられ、導電性が維持される。
【0047】
M2〜3N型の六方晶の結晶構造26は、Crを主体としていることが好ましい。Crは、M4N型の結晶構造20及びM2〜3N型の六方晶の結晶構造26を構成する遷移金属原子M24(又は21)、27の一つであり、遷移金属元素であるFe、Cr、Ni及びMoの中では、窒素原子との親和力が一番高い元素である。このため、Fe、Cr、Ni及びMoを含むCr濃度の高いオーステナイト系ステンレス鋼を窒化することにより、Crは格子振動により表面部10aに濃化する。Crが基材10の表面部10aで濃化することにより、表面部10aの窒素濃度は高くなる。また、本発明の実施の形態では、窒化層11は、後述するようにプラズマ窒化により得られる。このプラズマ窒化のスパッター作用により、基材10の表面部10aに一番多く含有されるFe原子が、一旦表面部10aから飛ばされ、Crの濃化が促進される。このように、Crの濃化と窒化処理による窒素との結合により、基材10の表面部10aでは、最密六方格子の結晶構造を有するCrN及びCr2NのCr窒化物を形成するようになる。
【0048】
一方、Crは酸素との親和力も高い元素であり、Cr窒化物の表面に数十[nm]厚さ以下の導電性を有する不働態皮膜が形成しやすくなる。この不働態皮膜は、硫酸環境下での耐食性を向上させる効果がある。
【0049】
なお、第1の窒化層11bは、組成がMは66.6〜80.0[at%]、Nは20.0〜33.3[at%]の範囲にあり、第2の窒化層11cは、組成がMは50.0〜75.0[at%]、Nは25.0〜50.0[at%]の範囲にあることが好ましい。この場合には、金属原子と窒素原子の配位数が過不足なく結合する、つまり、安定結合状態となり、かつ高Cr及び高N濃度の窒化物となるため、化学的に安定になり、導電性と耐食性の両性能に優れるようになる。これに対し、金属原子と窒素原子の配位数に過不足が生じるようになると、化学的に不安定になることで、導電性と耐食性の両性能が悪化するようになる。
【0050】
また、第1の窒化層11bにおいて、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物は、組成がMは80[at%]、Nは20.0[at%]であり、六方晶のM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物は、組成がMは66.6〜75.0[at%]、Nは25.0〜33.3[at%]の範囲にあることが好ましい。
【0051】
第2の窒化層11cは、表面部11aから10[nm]以下の深さにおいて、組成がCrは10〜30[at%]、Nは20〜40[at%]の範囲にあり、Cr及びNが濃化された箇所を有することが好ましい。この場合には、M4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2−3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造をとるため、活量の低い組織となり、化学的に安定で導電性と耐食性の両性能に優れるようになる。これに対し、この範囲からはずれる場合には活量が高い組織となり、化学的に不安定となる。
【0052】
図4(b)に示すように、第2の窒化層11cが、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層11の表面部11aが、表面部11aから不規則に突出した複数の析出物11anを有する構造である場合、この析出物11anの量は、多ければ多い程GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる。このため、析出物11anの量は、面積率で5[%]以上であることが好ましく、10[%]以上であることがより好ましく、さらに20[%]以上であることがより好ましい。このような面積率とすることで、接触抵抗を低く抑えることができる。
【0053】
また、第2の窒化層の表面部から突出した突起状の析出物は、画像解析によって得られた表面から突出した突起状の析出物の等価円直径が小さいものより大きいものほど導電性に優れ、最低でも等価円直径で40[nm]以上が必要である。
【0054】
また、第2の窒化層11cの表面部11aを画像解析し、この解析により得られた結果から、析出物11anとGDLとの接触による導電性の効果を判断することもできる。この解析は、第2の窒化層11cの表面部11aの電子顕微鏡像を画像分析の手法により画像解析して析出物11anの大きさの分布を定量するものである。この解析より、第2の窒化層11cの表面部11aから突出した析出物11anは等価円直径が大きなものほど導電性に優れ、等価円直径で40[nm]以上であることが好ましい。また、等価円直径で40[nm]以上の析出物が表面部に均一に分散して存在している方が好ましく、面積100[μm2]あたりの等価円直径で40[nm]以上が、800[個]以上であることが好ましい。この場合には、第2の窒化層11cとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパ(GDL)との接触において、カーボン繊維のすき間に析出物11anが入り、第2の窒化層11cとカーボンペーパ(GDL)との接触面積(点)が増える。このように接触面積が増えることで、接触抵抗が低く抑えられ、導電性に優れるようになる。
【0055】
この場合はサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増えることで接触抵抗を低く抑え、導電性に優れるようになる。
【0056】
上記したように、析出物11anは、第2の窒化層11cの表面部11aに多数存在することが好ましく、かつ表面部11aに均一に分布していることが好ましい。GDLとの接触を均一にするためである。このように、多数で、かつ均一に分布している析出物11anを含む窒化層11は、窒化するオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が高いと得られる。具体的には、窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。このような基材を窒化した場合には、析出物11anは結晶粒界に偏析することなく、粒界、粒内にも均一に析出する。これは、Moの量を調整することにより、後述するプラズマ窒化において、Fe、Cr原子が結晶格子からスパッター作用により分離して基材表面に再付着して粒成長しやすくなるためである。
【0057】
なお、この析出物11anは、前述したようにFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであり、Cr系窒化物が表層に露出した箇所を有することにより、後述する大気開放下での酸による酸化処理で析出物の表面にCr酸化膜が形成されやすくなる。
【0058】
次に、窒化層の表面を酸により酸化処理して形成された酸化層について説明する。
【0059】
ステンレス鋼をプラズマ窒化し、窒化して得られた窒化層を大気開放下でpH2〜4の強酸性水溶液に浸漬して、窒化層の表面を酸により酸化処理する。この表面を電界放射型オージェ電子分光分析装置で元素マッピング分析を行った結果、酸化処理前の窒化層の表面はFe主体の組成であるのに対し、酸化処理後の表面は表面から突出した突起状の析出物の部分のみCr主体の組成に変化していることがわかった。また、窒化層の表面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)により断面観察すると、後述する図12(a) に示すように、酸化処理前の窒化層の表面の突起状の析出物は表層がFe主体のM4N型の結晶構造で、その内側がCrNの2重構造になっているのに対し、大気開放下での酸化処理後の窒化層の表面の突起状の析出物は表層のFe主体のM4N型の結晶構造が酸化処理により除去されたCrNのみの構造となっていることがわかった。
【0060】
酸化処理後の窒化層11の元素組成をXPS分析(X線光電子分光分析)により行った場合、XPS分析法による表面部11aから2〜3[nm]深さ領域での組成は、Feに対するCrの原子比(モル比)が1.5以上であることが好ましい。Feに対するCr比が大きいほど窒化層中のCr比が多いことを意味している。Feに対するCr比が高くなるほど、表面部11aには10[nm]以下の厚さの膜厚が薄いCr酸化膜が形成されている。このように、Feに対するCrの原子比が1.5以上の場合には、強酸酸性環境下においても導電性を有する不動態皮膜が形成されている。これは、酸化処理において、窒化層の最表面のFeとCrは同時に強酸性水溶液中で溶解し、Fe2+は溶液中に溶出するが、Cr3+は錯体の皮膜を形成して窒化層表面に残留し、Cr酸化膜を形成するようになるためである。
【0061】
Feに対するCr比が1.5を下回る場合には、窒化層中のFe比が増した状態であり、表面部11aにはCr酸化膜ではなく、Fe酸化膜が形成されている。このFe酸化膜は、酸化処理においてCr酸化膜が形成される場合と比較して膜厚が厚く成長する。このため、結果としてセパレータとして用いた場合には、抵抗が増大する。
【0062】
酸化処理後の窒化層11の元素組成をXPS分析により行った場合、XPS分析法による表面部11aから2〜3[nm]深さ領域での組成は、Oの含有率が30[mol%]以下であることが好ましい。この場合には、窒化層は酸化膜中を電子が移動できる膜厚であるため導電性を有する。また、表面部11aから2〜3[nm]深さにおける窒素(N)5.0[mol%]以上であることが好ましい。この場合には、窒化層11の最表面部11aは窒化物が大半を占めている状態であるため、この窒化層11は抵抗が低く、導電性を有する。
【0063】
なお、突起状析出物は少なくとも六方晶のCrNを含んでおり、このCrNが突起状析出物の表面に一部でも露出することにより、酸化処理でCr酸化膜が形成され易くなる。突起状析出物の構造が、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造のみから形成されるものであったり、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであってもCrNが表面に露出しない場合には、突起状析出物表面の酸化膜はFe酸化物となる。酸化膜がFe酸化物の場合には、強酸性雰囲気下で容易に破壊され、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造が溶解するようになる。このため、Feイオンの溶出量が多くなり、Feイオン溶出と同時に酸化膜も厚く形成されるようになるため、抵抗が増大する。
【0064】
実際の燃料電池セル内でのアノード極に近い脱気環境におけるpH2〜4の強酸性水溶液中では、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成する第2の層の表面部から突出した析出物において、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物は、CrN等のCr系の窒化物よりも耐酸化性に劣るため溶出し易い。そして、溶出する際に窒化物表面に酸化膜を形成し易くなり、導電性が悪化する。これに対し、CrN等のCr主体の窒化物は、Fe主体のM4N型よりも耐酸化性に優れるため、脱気環境のpH2〜4の強酸性水溶液中でも溶出し難くなるため、第2の層の表面部から突出した析出物として残存するが、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物が溶解した分だけ、浸漬前に比較して実際の接触面積(突起状高さ)が減少する。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の導電性が悪化する。
【0065】
第2の層の表面部から突出した析出物がFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造のみから成る場合は、形成する酸化膜がFe酸化物となり、脱気環境の強酸性雰囲気下で容易に破壊され、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造が溶解するようになる。このため、Feイオンの溶出量が多くなり、Feイオン溶出と同時に酸化膜も厚く形成されるようになるため、抵抗が増大する。
【0066】
これに対し、実際の燃料電池セル内でのカソード極に近い大気開放環境におけるpH2〜4の強酸性水溶液中では、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物、及びCrN等のCr主体の窒化物共に溶出し難く、突起状析出物は少なくとも六方晶のCrNを含んでおり、このCrNが突起状析出物の表面に一部でも露出することにより、酸化処理でCr酸化膜が形成され易くなるため、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑えるため、導電性に優れる。
【0067】
すなわち、基材をプラズマ窒化して形成された窒化層の酸による酸化処理として、大気開放下でpH2〜4の強酸性水溶液に窒化してできた窒化層を浸漬することで、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体である第2の層の表面部から突出した析出物を溶解することなく、その上、第2の層表面に化学的に安定なCr酸化膜を形成するようになる。つまり、遷移金属窒化物の酸による酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体で、第2の層の表面部から突出した析出物表層の少なくとも一部にCr主体の窒化物が露出することで、第2の窒化層表面に化学的に安定なCr酸化膜を形成することにより、実際の燃料電池セル内のアノード極およびカソード極両極に近い環境でも窒化層が溶出し難くくなる。また、耐酸化性に優れ、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体である第2の層の表面部から突出した析出物を溶解することないため、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑えるため、導電性に優れる。このようにして、窒化層の表面は大気開放下、及び脱気環境のいずれの強酸雰囲気においても安定となる。
【0068】
なお、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物の量は、多ければ多い程GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる効果がある。このため、析出物の量は最低でも面積率で測定視野の5[%]以上の析出面積が必要であり、好ましくは10[%]以上、さらに好ましくは20[%]以上の面積率が必要である。
【0069】
また、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した突起状の析出物は、画像解析によって得られた表面から突出した突起状の析出物の等価円直径が小さいものより大きいものほど導電性に優れ、最低でも等価円直径で40[nm]以上が必要である。そして、この等価円直径で40[nm]以上の表面から突出した析出物は、表面積に均一に分散して存在していることが好ましく、測定視野内の面積100[μm2]あたり800[個]以上であることで、GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる。
【0070】
以上説明してきたように、上記した構成を採用したことにより、本発明の実施の形態に係る遷移窒化物は、相反する導電性と耐食性を同時に兼ね備えるようになる。また、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータは燃料電池用セパレータとして必要な導電性、セパレータ使用環境下における導電性の機能を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好であると共に、隣接するガス拡散電極等の構成材料との接触抵抗が低く、燃料電池の発電性能の良い燃料電池用セパレータを得ることが可能となる。また、本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックは、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いたことにより、発電性能を損なうことなく高い発電効率を維持できると共に、小型化及び低コスト化を実現することが可能となる。
【0071】
(遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法)
次に、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法の実施の形態について説明する。
【0072】
本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層(第1の層)を形成し、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層(第2の層)を形成し、第2の窒化層を形成した後に、第2の窒化層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。この方法によれば、基材の表面全面に、かつ、表面から深さ方向に連続して形成された遷移金属窒化物が得られる。そして、この窒化物は、表面にCr酸化物を有し、導電性と耐食性を兼ね備える。
【0073】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータの製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層(第1の層)を形成し、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層(第2の層)を形成し、第2の窒化層を形成した後に、第2の窒化層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。本発明によれば、表面にCr酸化膜を有し、導電性と耐食性を兼ね備える遷移金属窒化物の窒化層をステンレス鋼表面に形成することが可能となる。プレス成形の後に窒化処理を行った場合には、窒化層にクラックなどの欠陥が生じない。このため、導電性と耐食性に富んだ燃料電池用セパレータが得られる。
【0074】
なお、窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。このような基材を窒化した場合には、図4(b)に示すように、第2の窒化層11cが、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層11の表面部11aには、表面部11aから突出した析出物11aiが不規則に突出した構造となる窒化層が得られる。
【0075】
次に、図6を参照して、遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法について説明する。図6は、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法に用いる窒化装置30の模式的側面図である。
【0076】
プラズマ窒化は、被処理物(ここではステンレス鋼)を陰極とし、直流電圧を印加してグロー放電、即ち、低温非平衡プラズマを発生させて、ガス成分の一部をイオン化し、非平衡プラズマ中のイオン化したガス成分を被処理物の表面に高速衝突させて窒化する方法である。
【0077】
窒化装置30は、バッチ式の窒化炉31と、窒化炉31に設置された真空式窒化処理容器31aを排気して真空圧にする真空ポンプ34と、真空式窒化処理容器31aに雰囲気ガスを供給するガス供給装置32と、真空式窒化処理容器31a内でプラズマを発生させるため高電圧にチャージされるプラズマ電極33a、33b及びこれらの電極33a、33bに周波数45[kHz]の高周波にパルス化された直流電圧を供給するパルスプラズマ電源33と、真空式窒化処理容器31a内の温度を検知する温度検出計37とを備える。窒化炉31は、上記真空式窒化処理容器31aを収容する断熱性の絶縁材からなる外側容器31bを備え、プラズマ観察窓31gを備える。真空式窒化処理容器31aは、その底部31cに、プラズマ電極33a、33bを高電位に保持するための絶縁体35を備える。プラズマ電極33a、33bは、その上にステンレス製の支架36が設けられている。この支架36は、プレス成形により燃料又は酸化剤の流路が形成され、セパレータの形状に加工したステンレス鋼44(以下、しばしば基材とも呼ぶ。)を支持する。ガス供給装置32は、ガス室38とガス供給管路39とを備え、ガス室38は所定数のガス導入用の開口(不図示)を有し、この開口は、それぞれガス供給弁(不図示)を備える水素ガス供給ライン(不図示)、窒素ガス供給ライン(不図示)、アルゴンガス供給ライン(不図示)に連通する。ガス供給装置32は、更に、ガス供給管路39の一端39aと連通するガス供給用の開口32aを有し、この開口32aにはガス供給弁(不図示)が設けられている。ガス供給管路39は、窒化炉31の外側容器31bの底部31dと真空式窒化処理容器31aの底部31cとを気密に貫通して真空式窒化処理容器31a内に延入し、垂直に立ち上がる立ち上がり部39bに至る。この立ち上がり部39bは、真空式窒化処理容器31a内にガスを噴出するための複数の開口39cが設けられている。真空式窒化処理容器31a内のガス圧は、真空式窒化処理容器31aの底部31cに設けられたガス圧センサ(不図示)により検知される。真空式窒化処理容器31aは、その外周に抵抗加熱式若しくは誘導加熱式のヒータ31jの導電線31kが巻回され、これにより加熱される。真空式窒化処理容器31aと外側容器31bとの間には空気流路40が画成される。外側容器31bの側壁31eには、外側容器31bの側壁31eに設けられた開口31fから空気流路40に流入した空気を送る送風機41が設けられている。空気流路40は空気が流出する開口40aを備える。真空ポンプ34は、真空式窒化処理容器31aの底部31cに設けられた開口31hと連通する排気管路45を介して排気を行う。温度検出計37は、真空式窒化処理容器31aと外側容器31bの底部31c、31d及びプラズマ電極33a、33bを貫通して信号線路37aを介して温度センサ37b(例えば熱伝対)に接続される。
【0078】
パルスプラズマ電源33はプロセス制御装置42から制御信号を受け、オン、オフされる。各ステンレス鋼44は、アース側(例えば、真空式窒化処理容器31aの内壁31i。)に対し、パルスプラズマ電源33から供給される電圧分の電位差を有する。ガス供給装置32、真空ポンプ34、温度検出計37及びガス圧センサもプロセス制御装置42によって制御され、このプロセス制御装置42は、パーソナルコンピュータ43により操作される。
【0079】
本発明の実施の形態で用いたプラズマ窒化についてより詳細に説明する。まず、窒化炉31内に被処理物であるステンレス鋼44を配置し、1[Torr](=133[Pa])以下の真空に炉内を排気する。次に、窒化炉31内に水素ガスとアルゴンガスの混合ガスを導入した後、数[Torr]〜十数[Torr](665[Pa]〜2128[Pa])の真空度で、ステンレス鋼44を陰極、真空式窒化処理容器31aの内壁31iを陽極として、電圧を印加する。この場合、陰極であるステンレス鋼44上にグロー放電が発生し、このグロー放電によりステンレス鋼44を加熱及び窒化する。
【0080】
本発明の実施の形態に係る製造方法として、第一の工程として、ステンレス鋼からなる基材44表面の不導態皮膜を除去するスパッタークリーニングを実施する。このスパッタークリーニングの際、導入ガスがイオン化した水素イオン、アルゴンイオンなどが試料表面に衝突することで、ステンレス鋼44表面のCrを主体とした酸化皮膜を除去することができる。
【0081】
第2の工程として、スパッタークリーニングの後、水素ガスと窒素ガスの混合ガスを窒化炉31内に導入し、電圧を印加して陰極である基材44上にグロー放電を発生させる。この際、イオン化した窒素が基材44表面に衝突、侵入及び拡散することにより、基材44表面にM4N型結晶構造を有する連続した窒化層が形成される。窒化層の形成と同時に、イオン化した水素と基材表面の酸素が反応する還元反応により、基材表面に形成された酸化膜が除去される。
【0082】
第1の工程及び第2の工程では、水素、アルゴン、窒素等の非常に高温なイオンが基材表面に衝突及び侵入し、基材表面の局部的な微小領域が強く加熱される。そして、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子がスパッター作用により分離し、蒸発する。ステンレス表面から分離蒸発したFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子は、基材表面近くのプラズマ中に存在する高度に活性化した窒素と結合し、その後基材表面に窒化物として析出する。
【0083】
この第1の工程及び第2の工程での処理温度が比較的低温、すなわち400[℃]以下の場合では、水素、アルゴン、窒素等のイオンが基材表面に衝突する際の衝突エネルギーが低いために、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子のスパッター作用による分離、蒸発は少ない。このため、窒化により形成された窒化層の表面は、平滑であり表面から突出した突起状の窒化物として析出する析出物の量が少量であるか、またはほとんど析出しない。これに対し、処理温度が400[℃]以上になると、水素、アルゴン、窒素等のイオンの基材表面への衝突エネルギーが高くなるため、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子のスパッター作用による分離、蒸発が多くなる。このために、基材表面に析出する突起状窒化物の窒化物の量が多くなる。なお、Fe、Cr、Moの金属原子の蒸発し易さを融点で比較すると、Feは1539[℃]、 Crは1900[℃]であるのに対し、Moは2622[℃]と高く、蒸発し難いことが判っている。
【0084】
窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。Moの含有量を増やすことにより、第2の窒化層が、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層の表面部には、表面部ら突出した析出物が不規則に突出した構造となる窒化層が得られる。
【0085】
Moの含有量をある程度増やすと、Mo自身は蒸発し難く、置換型で格子歪を大きくするため、fcc結晶格子を形成する。また、Moの添加には、Fe、Crを格子から分離しやすくする効果があるために、粒状の窒化物数が増える。さらに、Moの添加にはCr等の粒界偏析を減らす効果があるために、結晶粒界及び粒内に均一に所望の突起状の析出物が分散するようになる。なお、Mo添加の効果は、0.5[%]以上からより出現しやすく、また、3.0[%]を超えると結晶粒界にσ相が析出するようになるために耐食性が劣化するおそれがある。
【0086】
なお、このプラズマ窒化では、基材44表面での反応は平衡反応ではなく非平衡反応であり、その上、400[℃]以上500[℃]以下の温度で処理した場合に、基材44表面から深さ方向に高窒素濃度のM4N型結晶構造を含む遷移金属窒化物が迅速に得られ、この窒化物は導電性と耐食性に富む。
【0087】
これに対し、大気圧でかつ平衡反応により窒化が進行する窒化法、例えば、ガス窒化法などを用いた場合、基材表面の不導態皮膜を除去するのが難しく、かつ平衡反応のため、基材表面に、M4N型結晶構造を得るようにするには長時間を要し、かつ、所望の窒素濃度が得られ難くなる。このため、基材表面に酸化皮膜が存在するため導電性が悪化し、化学的安定性に欠けるため、この窒化法により得られた窒化物及び窒化層では強酸性雰囲気での導電性維持が困難となる。
【0088】
本発明の実施の形態では、電源としてパルスプラズマ電源を用いることが好ましい。プラズマ窒化法に用いる電源としては、直流電圧を印加し、この放電電流を電流検出器により検出し、所定の電流となるようサイリスタにより制御する直流波形を有する直流電源を用いるのが一般的である。この場合、グロー放電は連続的に継続され、基材温度を放射温度計により測定すると、基材温度は±30[℃]程度の範囲で変化する。これに対し、パルスプラズマ電源は、直流電圧とサイリスタによる高周波遮断回路から構成されており、この回路により直流電源波形は、グロー放電がオンとオフを繰り返すパルス波形となる。この場合、プラズマを放電させる時間とプラズマを遮断する時間を1〜1000[μsec]として放電、遮断を繰り返すパルスプラズマ電源を用いたプラズマ窒化を行うことで、基材温度を放射温度計により測定すると、基材温度の変化は±5[℃]程度の範囲になる。高窒素濃度を有する遷移金属窒化物を得るためには、基材温度の精密温度制御が要求されることから、基材温度の変化の小さいパルスプラズマ電源を用い、この電源は、1〜1000[μsec]の周期でプラズマの放電及び遮断を繰り返すことが可能であることが好ましい。
【0089】
さらに、窒化処理を基材の温度が400[℃]以上500[℃]以下で行うことが好ましい。ステンレス鋼の表面に高温で窒化処理を施すと、窒素が基材中のCrと結びつき、主としてCr窒化物が数[nm]レベルを超えるサブ[μm]厚さの層または塊として析出するために、窒化層の一部にCr欠乏層が生じることで燃料電池用セパレータの耐食性が低下する。これに対し、400[℃]以上500[℃]以下の温度で窒化処理を施すと、基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層と、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層とを備える遷移金属窒化物が得られる。
【0090】
なお、窒化温度が400[℃]を下回る場合には、第1の窒化層を得るためには長時間の処理を必要とするために生産性が悪化する。このため、窒化は400[℃]以上500[℃]以下の範囲で行うことが好ましい。
【0091】
また、CrとNが濃化した窒化物を得るためには、基材として用いるステンレス鋼のCr濃度が高いことが好ましく、特にCr濃度が25[%]以上であることが好ましい。Crは窒素との親和性が高いため、Cr濃度が高いステンレス鋼を用いることで、プラズマ窒化の際に基材の溝部等のプラズマの周り難い箇所でも他の部分と同様に窒化物が形成される。
【0092】
次に、プラズマ窒化後の酸による酸化処理について説明する。
【0093】
ステンレス鋼を含む基材をプラズマ窒化し、窒化して得られた窒化層を大気開放環境のpH2〜4の強酸性水溶液に浸漬して、窒化層の表面(第2の窒化層の表面)を酸により酸化処理する。酸素分圧の高い大気開放環境で浸漬すると、M4N型等のFe主体の遷移金属窒化物及びCrN等のCr主体の遷移金属窒化物は、強酸性水溶液であってもほとんど溶出しない。大気開放環境においても、pH2よりpH値が小さい強酸性水溶液(特に、pH1程度。)に浸漬すると、M4N型等のFe主体の遷移金属窒化物がCrN等のCr主体の遷移金属窒化物より優先して溶出して粒状の窒化物の一部を溶かし、粒状の窒化物の表面積が減少する。このため窒化層とGDLとの接触面積が減少し、導電性が悪化するようになる。一方、大気開放環境でもpH4よりpH値が大きい溶液に浸漬すると、粒状の窒化表面に緻密ではない自然酸化膜を形成するため、発電セル内環境にさらされたに自然酸化膜は破れ、それと同時に厚い酸化膜を形成するようになる。このため、導電性は悪化する。
【0094】
このように、大気開放環境でpH2〜4の強酸性水溶液で窒化層表面を酸化処理することにより、窒化後の窒化層表面が化学的に安定化する。そして、窒化後の初期の状態を維持することが可能となるため、耐食性に優れたものとなる。また、窒化層、特に突起状窒化物の表面積が減る事なく、GDLとの接触面積が確保されることで、さらに導電性と耐食性に富んだ燃料電池用セパレータが得られる。
【0095】
このように、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法によれば、耐食性及び導電性に優れた遷移金属窒化物を含む窒化層が形成された燃料電池用セパレータが得られる。また、簡便な操作により低コストの燃料電池用セパレータ製造することが可能となる。
【0096】
(燃料電池車両)
本実施形態では、燃料電池車両の一例として、上記方法により作製した燃料電池スタックを含む燃料電池を動力源として用いた燃料電池電気自動車を挙げて説明する。
【0097】
図7は、燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す図である。図7(a)は電気自動車の側面図、図7(b)は電気自動車の上面図である。図7(b)に示すように、車体51前方に、左右のフロントサイドメンバとフードリッジのほか、フロントサイドメンバを含む左右のフードリッジ同士を互いに連結するダッシュロア部材をそれぞれ組み合わせて溶接接合したエンジンコンパートメント部52を形成している。本発明の実施の形態に係る電気自動車では、エンジンコンパートメント部52内に燃料電池スタック1を搭載している。
【0098】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータを適用した発電性能の良い燃料電池スタックを自動車等の車両に搭載することにより、燃料電池電気自動車の燃費向上を図ることができる。また、本実施形態によれば、小型化した軽量の燃料電池スタックを車両に搭載することにより、車両重量を低減して省燃費化を図ることができ、走行距離の長距離化を図ることができる。さらに、本実施形態によれば、小型の燃料電池を移動体車両等に搭載することにより、車室内空間をより広く活用することができ、スタイリングの自由度を確保することができる。
【0099】
なお、燃料電池車両の一例として電気自動車を挙げたが、本発明は電気自動車等の車両に限定されるものではなく、電気エネルギーが要求される航空機その他の機関にも適用することが可能である。
【実施例】
【0100】
以下、実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7について説明する。各実施例は、本発明に係る燃料電池用セパレータの有効性を調べたもので、原材料に対して異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0101】
<試料の調製>
各実施例及び比較例では、基材として、表1に示した組成で調整した厚さ0.1[mm]、□100×100[mm]の真空焼鈍材を用いた。この基材をプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成しセパレータを得た。プレス成形により得られたセパレータを酸洗した後、両面にマイクロパルス直流電流グロー放電によるプラズマ窒化を施した。プラズマ窒化の条件は、窒化温度は300〜550[℃]、窒化時間60[分]、窒化時のガス混合比N2:H2=7:3、処理圧力3[Torr](=399[Pa])とした。なお、比較例1の試料はプラズマ窒化を行わなかった。比較例2は、プラズマ窒化の代わりにガス窒化を行った。比較例3では、Cr濃度が18[%] のオーステナイト系ステンレス鋼を用いた。比較例4では、300[℃]で窒化した。比較例5では、550[℃]で窒化した。比較例6では、酸による酸化処理の代わりに、pH4の脱気環境下での酸による溶解処理を行った。比較例7では、酸による酸化処理も酸による酸溶解処理もいずれも実施せず、プラズマ窒化後そのままを用いた。
【0102】
表1に、基材として用いたステンレス鋼のCr、Ni及びMo量、プラズマ窒化の有無、使用したプラズマ電源、窒化時の制御温度を示す。
【表1】
【0103】
得られた各試料を以下の方法を用いて評価した。
【0104】
<基層の結晶構造の同定>
基層の結晶構造の同定は、窒化によって改質した基材表面をX線回折測定を行うことにより同定した。装置は、マックサイエンス社製 X線回折装置(XRD)を用いた。測定は、線源はCuKα線、回折角20〜100[゜]、スキャン速度2[゜/min]の条件で行った。
【0105】
<窒化層の観察・最表面の窒化物の結晶構造同定、形態観察、窒化層厚さ、突起状窒化物の最大高さ計測>
上記方法によって得られた試料の窒化層について観察した。観察方法は、試料を収束イオンビーム装置(FIB)日立製作所製FB2000Aを用いてFIB―μサンプリング法を用いてTEM観察用表面付近の薄膜試料を作製して、電界放射型透過電子顕微鏡(日立製作所製HF−2000)を用いて200[kV]にて行った。
【0106】
<窒化層表面から突出した突起状窒化物元素マッピング>
試料表面を電界放射型オージェ電子分光分析装置(FE−AES(PHI製SAM−700))を用いて電子線電流値10[nA]、Arイオンスパッタ1[kV]でスパッタし、スパッタ時間1[分]後の試料の表面を観察した。
<窒化層の窒素量及び酸素量の測定>
窒化層の窒素量及び酸素量、つまり、窒化層の表面から深さ200[nm]までの範囲において、オージェ電子分光分析のデプスプロファイル計測により、窒化層の最表層における窒素量及び酸素量の測定を行った。最表面、つまり0[nm]深さ、2[nm] 深さ、5[nm] 深さ、10[nm] 深さ、50[nm] 深さ、100[nm] 深さにおけるFe、Ni、Cr、N及びOの量を表2に示す。測定には、走査型オージェ電子分光分析装置(PHI社製 MODEL4300)を用い、電子線加速電圧5[kV]、測定領域20[μm]×16[μm]、イオン銃加速電圧3[kV]、スパッタリングレート10[nm/min](SiO2換算値)の条件で行った。
【0107】
<接触抵抗の測定>
上記実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7で得られた試料を30[mm]×30[mm]の大きさに切り出して接触抵抗を測定した。装置は、アルバック理工製 圧力負荷接触電気抵抗測定装置 TRS-2000SS型を用いた。そして、図8(a)に示すように、電極61とサンプル62との間にカーボンペーパ63を介在させて、図8(b)に示すように、電極61a/カーボンペーパ63a/サンプル62/カーボンペーパ63b/電極61bの構成とした。そして、測定面圧1.0[MPa]にて1[A/cm2]の電流を流した際の電気抵抗を2回測定し、各電気抵抗の平均値を求めて接触抵抗とした。なお、接触抵抗値は、後述する耐食試験の前後で2回測定を行い、耐食試験後の接触抵抗は、燃料電池スタック内で燃料電池用セパレータが曝される環境を模擬して、耐食性を評価したものである。カーボンペーパは、カーボンブラックで担持した白金触媒を塗布したカーボンペーパ(東レ(株)製カーボンペーパ TGP-H-090 厚さ0.26[mm]、かさ密度0.49[g/cm3]、空隙率73[%]、厚さ方向体積抵抗率0.07[Ω・cm2])を用いた。電極は、直径φ20のCu製電極を用いた。
【0108】
<酸による酸化処理>
大気開放下において、pH4、80[℃]の硫酸水溶液中にサンプルを100[時間]浸漬した後、表面を洗浄後乾燥した。
【0109】
<画像解析>
試料表面の電子顕微鏡観察を行った。観察には、電界放射型走査電子顕微鏡(日立製作所 S−4000型)を用いた。試料を5[mm]角程度の大きさに切断し、表面をエタノールで洗浄した後に観察した。観察の倍率は1万倍とした。走査電子顕微鏡像は、2080画素×1650画素のデジタルデータとして得た。この視野は実際の寸法で12[μm]×7.5[μm]の範囲に相当する。
【0110】
この電子顕微鏡像に対して画像分析の手法により、突起状析出物の大きさの分布の定量を試みた。解析には画像解析ソフトウェア「A像くん」(旭化成エンジニアリング株式会社)を用いた。
【0111】
まず、画像のサイズをいったん半分の1040画素×825画素に縮小した。さらにこの縮小した画像から1039画素×764画素の範囲を適宜切り取った。これは元の電子顕微鏡像に含まれるスケールや注記などの文字を定量範囲から外すための操作である。
【0112】
1039画素×764画素の画像に対して「A像くん」の「粒子解析」の操作により、抽出される領域の「円相当径」と「面積」を出力した。解析におけるパラメータ設定は以下の通りである。円相当径とは名前の通りであるが、ある面積を有する図形に対し定義される量で、同じ面積を有する円の直径を意味する。
【0113】
<解析におけるパラメータ>
粒子の明度 明
2値化の方法 自動
範囲指定 なし
外縁補正 なし
穴埋め なし
小図形除去 500 nm2(これ以下の面積の粒子はカウントしない)
補正方法 収縮
収縮分離 回数100 小図形10 接触度1000
雑音除去フィルタ あり
シェーディング あり
シェーディングサイズ 20
結果表示 nm
画像解析により測定領域を2値化した像を得た。得られたデータは表計算ソフトウェアにより統計処理し、適宜の円相当径区分ごとに突起状析出物の数や、その区分の突起状析出物の面積総和を求めて考察した。
【0114】
<耐食性の評価(酸化処理後の耐食試験)>
燃料電池では、水素極側に比較して酸素極側に自然電位から最大で1[VvsSHE]程度の電位がかかる。また、固体高分子電解質膜は、分子中にスルホン酸基等のプロトン交換基を有する高分子電解質膜を飽和に含水させてプロトン伝導性を利用するものであり、強酸性を示す。このため、耐食性の評価は、電気化学的な手法である浸漬試験を用いて、一定時間保持後に溶液中に溶け出す金属イオン量を蛍光X線分析により測定し、金属イオン溶出量の値から耐食性の低下の度合いを評価した。
【0115】
具体的には、まず、酸化処理後の各試料の中央部を大きさ30[mm]×30[mm]に切り出したサンプルを準備し、準備したサンプルをpH4の硫酸水溶液中で、温度80[℃]、100[時間]浸漬した。その際の雰囲気を、アノード極環境を模擬してN2ガス脱気を、カソード極環境を模擬して大気開放状態とした。その後、硫酸水溶液中に溶け出したFe、Cr及びNiのイオン溶出量を蛍光X線分析により測定した。
【0116】
実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7における窒化により形成した窒化層の結晶構造、組織、形態、層状窒化物の層厚さ、表面から突出した突起状窒化物の最大高さ、突起状の構成、画像解析による表面より突出した突起状窒化物の単位面積あたりの面積率、及び等価円直径40[nm]以上の表面から突出した突起状窒化物の単位面積100[μm2]あたりの個数、X線光電子分光計測(XPS)による4[nm] 深さまでのFe、Cr、O、N量[mol%]、酸化処理後の耐食試験前後の接触抵抗、耐食試験前後の接触抵抗差、試験溶液中のFe、Ni及びCrイオン溶出量の測定結果を表2〜表4に各々示す。
【表2】
【表3】
【表4】
【0117】
比較例1の試料では窒化層が形成されていない上、表面に厚い不働態皮膜が形成されている。このため、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。イオン溶出については、基材表面に厚い不働態皮膜が形成されているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
【0118】
比較例2の試料では、窒化方法としてガス窒化を用いたものであり、大気圧での処理のため、窒化層表面に厚い酸化膜が形成された。この窒化層は、酸素濃度が高く、窒素濃度の低い窒化物を含むため、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。イオン溶出については、表面に厚い不働態皮膜が形成しているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
比較例3の試料では、SUS316Lを基材を用いた。この場合、基材のCr含有量が18[wt%]と低いために、突起状窒化物を含む第2の窒化層の組成はFeを主体とするM4N型の単相となる。第2の窒化層表面はFe酸化膜であり、Feに対するCr比が低くなる。そして、酸化膜中の酸素(O)含有率は高く、窒素(N)含有率は低い。また、突起状の窒化物の面積率も低い。このため、アノード条件では、Fe、Ni及びCrの金属イオン溶出量がやや増大し、耐食試験後の接触抵抗もやや増大した。カソード条件では、アノード条件に比較して溶液中の酸素分圧が高い状態であるため、表面に酸化膜が形成した。このため、アノード条件に比較してFe、Ni及びCrの金属イオン溶出量がやや増大し、耐食試験後の接触抵抗もやや増大した。
【0119】
比較例4の試料では、窒化温度が300[℃]と低いため、窒化時間60[分]では窒化層が形成されず、基材表面は基材組織そのままだった。このように、比較例4では試料の表面に厚い不働態皮膜が存在した。また、基材表面へのNイオンの衝突エネルギーが低いために、基材表面部に多くのN原子が打ち込み量が低く、基材の表面部でのスパッタリング効果が低くなった。このため、基材表面から分離したFe原子は量が少なく、基材表面に吸着する窒化鉄量も少なかったと考えられる。このように、窒化層の表面では窒素濃度が低くなり、更に窒化層表面は粒状の窒化物がほとんどみられない平滑な形状となった。このため、窒化層の表面積が小さく、GDLとの接触面積が少なくなり、結果として接触抵抗が増大した。また、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。表面に厚い不働態皮膜が形成されているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
【0120】
比較例5の試料では、窒化温度が550[℃]と高いため、表層に平均粒径が150[nm]を超える大きな突起状のCrNが形成した。このため、窒化層の一部にCr欠乏層が生じ、アノード条件での耐食試験中にFe、Ni及びCrイオンが溶出し、耐食性が悪化した。また、耐食試験中に生成した厚い酸化膜によって、試験後の接触抵抗は高い値を示した。また、カソード条件での耐食試験では、アノード条件に比較して溶液中の酸素分圧が高い状態であるため、特にCr欠乏層付近の表面に厚い酸化膜が形成された。このため、アノード条件に比較してイオン溶出はし難いものの、接触抵抗が増大した。
【0121】
これに対して、実施例1〜実施例6の各試料では、アノード条件及びカソード条件での耐食試験後の接触抵抗は低く、Fe、Ni及びCrイオン溶出量は少ない。これは、窒化後に酸により酸化処理することによって、Nとの親和力の高いCrが、格子振動によってより表面に濃化し、プラズマ窒化により基材の表面部で多くのN原子が打ち込まれたり侵入することでCrとN原子が結合し、基材の表面部において最密六方格子の結晶構造を有するCrN及びCr2NのCr窒化物を形成したためと考えられる。また、プラズマ窒化によって、基材表面へのNイオンが電圧によって加速衝突した結果、局部的に微小な面積で強く加熱される。また、同時に基材のFe、Cr及びMo等の金属原子がスパッタ(蒸発)する。従って、基材の表面部において一番多く含有するFe元素が、スパッタリング作用により、試料表面から分離し、この分離したFe原子は、試料表面近くのプラズマ中に高度に活性化した窒素と結合し、その後吸収することにより試料表面に窒化鉄として析出する。
【0122】
プラズマ窒化中の基材温度が比較的高温の425〜500[℃]の場合、基材表面へのNイオンが衝突エネルギーが高くなるために、基材表面部でのスパッタリング効果が高く、試料表面から分離したFe原子量が多く、表面に吸着する窒化鉄量も多くなる。このため、基材表面部に突起状の六方晶のM2-3N及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有する高窒素窒化物が析出する。
【0123】
また、Feに対するCr比であるCr/Feが高く、Oの含有率が30以下であり、Nの含有率が高いため、燃料電池セパレータ環境のように80〜90[℃]の高温かつ強酸性環境下においても、電子の移動が妨げられず、導電性が維持され、その上イオン溶出が抑制される。
【0124】
次に、図9に酸による処理の前後の試料表面の様子を表す走査型電子顕微鏡によるSEM像観察結果を示す。図9(a)は、450[℃]でプラズマ窒化のみを行った比較例7の表面である。図9(b)は、プラズマ窒化後、大気開放下において、pH4、80[℃]の硫酸水溶液中にサンプルを100[時間]浸漬した後、表面を洗浄後乾燥した酸による酸化処理を行った実施例2の表面である。図9(c)は、N2脱気したpH4、80[℃]の硫酸水溶液中に100[時間]浸漬後、表面を洗浄後乾燥した酸による酸溶解処理を行った比較例6の表面である。図9(a)において9Aで示す突起状窒化物は、図9(b)において9B、図9(c)において9Cで示すように、酸による酸化処理、酸による酸溶解どちらの処理を行っても、処理前と同じ個数が存在する。
【0125】
この突起状窒化物9A、9B、9Cの大きさの分布状況を調べた。図10に、突起状窒化物9A、9B、9Cについて、等価円直径の面積比で整理したグラフを示す。図10において、10Aは突起状窒化物9Aの分布を示し、10Bは突起状窒化物9Cの分布を示し、10Cは突起状窒化物9Bの分布を示す。図10に示すように、酸による酸化処理によって得られる突起状窒化物9Bの大きさは、処理前(9A)とほとんどおなじ分布を示す(10A、10C)。これに対し、酸による酸溶解処理によって得られる突起状窒化物9Cの大きさは、10Bに示すように、等価円直径が大きいものの比率が高いことが判った。
【0126】
この分布から、窒化後に酸による酸化処理後の表面、及び酸による酸溶解後の表面を面積率で比較したものを図11(a)、粒子数で比較したものを図11(b)に示す。図11(a)に示すように、突起状窒化物の面積率は、窒化後には面積率11Aであるのに対し、酸溶解処理後には面積率11Bと高くなり、酸化処理後の面積率11Cは窒化後の面積率11Aとほぼ同じである。また、図11(b)に示すように、突起状窒化物の粒子数は、窒化後には粒子数11Dであるのに対し、酸溶解処理後には粒子数11Eと高くなり、酸化処理後の粒子数11Fは窒化後の粒子数11Dとほぼ同じである。このように、酸による酸化処理によって、突起状窒化物の面積率及び粒子数は、窒化後(つまり酸化処理前)とほとんど変わらないのに対し、酸による溶解処理後は処理前と比較して面積率及び粒子数は大きくなった。これは、次に図12で示すように、突起状窒化物の一部が溶解し、更に、窒化物表面の酸化膜が厚くなることで等価円直径が大きくなったことを示している。また、酸による溶解と酸化の促進により、突起状窒化物の先端の等価円直径が大きくなったことで、観察できる粒子数が増えたことが判った。
【0127】
次に、図12に、窒化後の試料について、更に酸による酸化処理を行って得られた実施例2の表面と、酸による酸溶解処理で得られた比較例6の表面を観察した図を示す。図12(a)、(b)は、得られた試料について収束イオンビーム装置(FIB)を用いたFIB―μサンプリング法により薄膜試料を作製し、電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)による断面観察した結果である。図12(a)に示すように、酸による酸化処理後の窒化層表面の表面は、12Cで示すFe主体のM4N型の結晶構造の表面にCrN主体の突起状窒化物12B1が突出して析出しており、この12B1の上に更にFe主体のM4N型の結晶構造の層12Aが形成されている構造である。これに対し、図12(b)に示すように、酸による酸溶解処理後の窒化層表面の表面は、12Cで示すFe主体のM4N型の結晶構造の表面にCrN主体の突起状窒化物12B2が突出して析出しており、Fe主体のM4N型の結晶構造の層12Aが溶解してなくなった構造である。このように、プラズマ窒化により形成された窒化層の表面から突出した突起状窒化物は、表層がFe主体のM4N型結晶構造であり、その内側にCrNを有した2重構造になっており、酸による酸溶解処理後では、表層のFe主体のM4N型型は溶出し、内側のCrNのみが残存する。なお、図12(a)、(b)では観察できないが、各突起状窒化物の表面には酸化膜が形成されている。
【0128】
このように、酸による酸溶解処理後では、突起状窒化物の表層のFe主体のM4N型の結晶は溶出するため、突起状の窒化物の高さは小さくなり、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積が減少する。また、酸による酸溶解処理後では、突起状窒化物の表層のFe主体のM4N型の結晶は溶出してCrNが露出し、このCrNの表層には薄い酸化膜が形成される。このため、突起状窒化物の表面積は、表面に酸化膜が形成成長した分だけ増大する。また、酸による酸溶解処理により、窒化後の画像解析では検出されていない微小な窒化物を核として酸化物の生成成長が起こるため、結果として面積100[μm2]あたりの等価円直径で約40[nm]以上の突起状の窒化物の個数も増加する。
【0129】
次に、図13に突起状窒化物の構成を示す。図13(a)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bと、その上に形成されたFeを主体とするFe系窒化物13Cの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(b)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Feを主体とするFe系窒化物13Cと、その上に形成されたCrを主成分とするCr系窒化物13Bの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(c)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bと、これに接触して形成されたFeを主体とするFe系窒化物13Cの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(d)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bからなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(e)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Feを主体とするFe系窒化物13Cからなり、その表面がFeの酸化膜13Eで覆われている窒化物を示している。Cr系窒化物13Bは六方晶のCrNの結晶構造を有する。Fe系窒化物13CはFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する。
【0130】
実施例1〜実施例6では、突起状窒化物は、図13(a)〜(c)に示すように、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであることが判った。これに対し、比較例では、図13(d)、(e)に示す構成であった。実施例では、第2の窒化層の表面に形成された突起状窒化物の構成がFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成したものであり、窒化物の表面にCrが露出したものであることから、窒化物の表面にCrが露出した場合には、窒化物表面にCr酸化膜が形成されやすいことが考えられた。このCr酸化膜が化学的に安定であるため、耐食試験前後での接触抵抗が低く、イオンの溶出量が抑えられたと考えられた。
【0131】
なお、表2に示すように、実施例1〜6の各試料では、基層に隣り合う窒化層は、M4N型及びM2〜3N析出物が数10〜100[nm]の間隔で基材表面にM4Nマトリクスに積層した複合組織を形成していた。基材として使用したステンレス鋼の表面を窒化することにより、基材の表面の深さ方向に窒化層が形成され、窒化層の直下は窒化されていない未窒化層である基層となっていた。窒化層は窒化層の表面部と、第1の窒化層と基層に隣接して形成された第2の窒化層とからなり、第2の窒化層には層状の組織が繰り返された2相複合組織が観測され、M4N型の結晶構造のマトリクスと、このマトリクス中に形成された層状のM2〜3N型の結晶構造であることが判明した。
【0132】
このように、実施例1〜実施例6で強酸性環境下における電気化学的安定性に優れ、耐食性が良好であった理由は、窒化層が六方晶のM2N、M2-3N、MN型及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有する窒化物と、立方晶のM4N型と六方晶のM2-3N型から成るナノレベルの積層結晶構造を有する窒化物とからなり、立方晶の結晶構造を有する気層と連続して存在することで、基層と窒化物間の電子移動が容易で、導電性に優れているためと考えられる。また、窒化層の表面部には、六方晶のM2N、M2-3N、MN型及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有し、またCr量及びN量が多く、かつ、窒化物表面に薄くて安定な不働態皮膜が形成しており、酸素量も比較的多いために、燃料電池セパレータ環境のように、80〜90[℃]の高温かつ強酸性環境下においても、電子の移動が妨げられず、導電性が維持され、その上イオン溶出性に優れるようになると考えられる。また、立方晶のM4N型と六方晶のM2-3N型から成るナノレベルの積層結晶構造が、遷移金属原子間の金属結合を保ち、遷移金属原子と窒素原子との間で強い共有結合性を示すことによるためと考えられる。加えて、面心立方格子を構成する遷移金属原子が不規則に混合することにより、各遷移金属成分の部分モル自由エネルギが低下して活量を低く抑えることができたことによるものと考えられる。また、ナノレベルの微細な層状組織が2相平衡することにより自由エネルギーが低下して、活量を低く抑えることができ酸化に対する反応性が低くなり、化学的安定性を有するようになる。このため、特に強酸性雰囲気において酸化を抑制し耐食性に優れるようになると考えられる。また、最表層に数十ナノレベルの薄い酸化膜が形成されているため、導電性を悪化させることなく耐食性が向上すると考えられる。
【0133】
また、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物の量は、画像解析によって得られた面積率で測定視野の10[%]以上の析出面積となり、その上、等価円直径が45[nm]以上であり、表面積に均一に分散して測定視野内の面積100[μm2]あたり800[個]以上であることで、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れると考えられる。
【0134】
なお、燃料電池では、単位セル当りの理論的な電圧は1.23[V]となるが、反応分極、ガス拡散分極、抵抗分極により実際に取り出せる電圧が降下し、取り出す電流が大きくなるほど電圧は降下する。また、自動車用用途では、単位体積・重量当りの出力密度を大きくしたいことから、定置用より高電流密度側、例えば、電流密度1[A/cm2]で使用される。このため、電流密度が1[A/cm2]の時には、セパレータとカーボンペーパと間の接触抵抗が20[mΩ・cm2] 、つまり、図8(b)に示す装置での測定値が40[mΩ・cm2] 以下であれば接触抵抗による効率低下がおさえられると考えられる。本実施例1〜実施例6では、いずれも接触抵抗が30[mΩ・cm2] 以下であるため、単位セル当りの起電力が高く、発電性能に優れ、小型化かつ低コスト化した燃料電池スタックを形成することが可能となる。
【0135】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は、比較例と比較して低接触抵抗を示し、その上、イオン溶出量も少なく、耐食性に優れることから、低接触抵抗と耐食性の両方を同時に兼ね備えることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いて構成する燃料電池スタックの外観を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いて構成する燃料電池スタックの展開図である。
【図3】(a)燃料電池用セパレータの模式的な斜視図である。(b)燃料電池用セパレータのIIIb-IIIb線断面図である。(c)燃料電池用セパレータのIIIc-IIIc線断面図である。
【図4】(a)図3(c)の要部の拡大模式図である。(b)燃料電池用セパレータの第2の窒化層の模式的断面図である。
【図5】(a)M4N型結晶構造を示す模式図である。(b)M2〜3N型の六方晶の結晶構造である。
【図6】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータの製造方法に用いる窒化装置の模式的側面図である。
【図7】本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す図であり、(a)は電気自動車の側面図、(b)は電気自動車の上面図である。
【図8】(a)各実施例で得られた試料の接触抵抗の測定方法を説明する模式図である。(b)接触抵抗の測定に使用する装置を説明する模式図である。
【図9】(a)比較例7により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。(b)実施例2により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。(c)比較例6により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。
【図10】突起状窒化物の等価円直径と窒化物の面積率との関係を示すグラフである。
【図11】(a)窒化後、酸による酸化処理後及び酸による酸溶解後の窒化層表面を面積率で比較した図である。(b)窒化後、酸による酸化処理後及び酸による酸溶解後の窒化層表面を粒子数で比較した図である。
【図12】(a)実施例2で得られた試料をFE-TEMにより断面観察した結果である。(b)比較例6で得られた試料の酸による溶解処理後のFE-TEMにより断面観察した結果である。
【図13】(a)突起状窒化物の構成を示す図である。(b)突起状窒化物の構成を示す図である。(c)突起状窒化物の構成を示す図である。(d)突起状窒化物の構成を示す図である。(e)突起状窒化物の構成を示す図である。
【図14】燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0137】
1 燃料電池スタック
2 単セル
3 燃料電池用セパレータ
4 エンドフランジ
5 締結ボルト
11 窒化層
12 基層
20 M4N型結晶構造
21 遷移金属原子
22 窒素原子
【技術分野】
【0001】
この発明は、遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、燃料電池車両、遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境保護の観点から、燃料電池を自動車の内燃機関に代えて作動するモーターの電源として利用し、このモーターにより自動車を駆動することが検討されている。この燃料電池は、資源の枯渇問題を有する化石燃料を使う必要がないため排気ガス等を発生することがない。また、燃料電池は騒音がほとんど発生せず、更にはエネルギーの回収効率も他のエネルギー機関と比べて高くすることが可能である等の優れた特徴を有している。
【0003】
燃料電池は、使用される電解質の種類に応じて、固体高分子電解質型、リン酸型、溶融炭酸塩型及び固体酸化物型等がある。そのうちの一つである固体高分子電解質型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、電解質として分子中にプロトン交換基を有する高分子電解質膜を使用して、高分子電解質膜を飽和に含水させるとプロトン伝導性電解質として機能することを利用した電池である。固体高分子電解質型燃料電池は比較的低温で作動し、かつ発電効率が高い。更には、固体高分子電解質型燃料電池は他の付帯設備と共に小型で軽量であるため、電気自動車搭載用を始めとする各種の用途が見込まれている。
【0004】
上記固体高分子電解質型燃料電池は燃料電池スタックを有する。燃料電池スタックは、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルを複数個積層して両端部をエンドフランジで挟み、締結ボルトにより加圧保持されて一体に構成される。単セルは、高分子電解質膜とその両側に接合されるアノード(水素極)とカソード(酸素極)により構成される。
【0005】
図14は、燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。図14に示すように、単セル200は、固体高分子電解質膜201の両側に酸素極202及び水素極203を接合して一体化した膜電極接合体を有する。酸素極202及び水素極203は、反応膜204及びガス拡散層205(GDL:gas diffusion layer)を備えた2層構造であり、反応膜204は固体高分子電解質膜201に接触している。酸素極202及び水素極203の両側には、積層のために酸素極側セパレータ206及び水素極側セパレータ207が各々設置されている。そして、酸素極側セパレータ206及び水素極側セパレータ207により、酸素ガス流路、水素ガス流路及び冷却水流路が形成されている。
【0006】
上記構成の単セル200は、固体高分子電解質膜201の両側に酸素極202、水素極203を配置して、通常、ホットプレス法により一体に接合して膜電極接合体を形成し、次に膜電極接合体の両側にセパレータ206、207を配置して製造する。上記単セル200から構成される燃料電池では、水素極203側に、水素、二酸化炭素、窒素、水蒸気の混合ガスを供給し、酸素極202側に空気及び水蒸気を供給すると、主に、固体高分子電解質膜201と反応膜204との間の接触面において電気化学反応が起こる。以下、より具体的な反応について説明する。
【0007】
上記構成の単セル200において、酸素ガス流路及び水素ガス流路に酸素ガス及び水素ガスが各々供給されると、酸素ガス及び水素ガスが各ガス拡散層205を介して反応膜204側に供給され、各反応膜204において以下に示す反応が起こる。
【0008】
水素極側:H2 →2H+ +2e- ・・・式(1)
酸素極側:(1/2)O2+2H+ + 2e-→H2O ・・・式(2)
水素極203側に水素ガスが供給されると、式(1)の反応が進行して、H+ とe-とが生成する。H+は、水和状態で固体高分子電解質膜201内を移動して酸素極202側に流れ、e- は負荷208を通って水素極203から酸素極202に流れる。酸素極202側では、H+とe-と供給された酸素ガスとにより、式(2)の反応が進行して、電力が生成する。
【0009】
上述したように、燃料電池用セパレータは各単セル間を電気的に接続する機能を有するため、電気伝導性が良く、かつガス拡散層等の構成材料との接触抵抗が低いことが要求される。また、固体高分子型電解質膜は、スルホン酸基を多数有する高分子から形成されており、湿潤状態においてスルホン酸基をプロトン交換として用いるため、プロトン伝導性を有する。固体高分子型電解質膜は強酸性であるため、燃料電池用セパレータにはpH2〜4程度の硫酸酸性に対する耐食性が要求される。さらに、燃料電池に供給される各ガスの温度は80〜90[℃]と高温であり、また、水素極ではH+が生じるだけでなく、酸素や空気等が通過する酸素極は、標準水素極電位に対して自然電位から最大で1[VvsSHE]程度の電位が負荷される酸化性環境下にある。このため、酸素極及び水素極と同様に、燃料電池用セパレータには強酸性雰囲気下で耐え得る耐食性が要求される。なお、ここで要求される耐食性とは、燃料電池用セパレータが強酸性の酸化環境下においても電気伝導性能を維持できる耐久性を意味する。つまり、カチオンが加湿水又は式(2)の反応により生成した水に溶け出すことにより、カチオンが本来プロトンの通り道となるべきスルホン酸基と結合してスルホン酸基を占有し、電解質膜の発電特性を劣化させる環境で、耐食性を測定する必要がある。
【0010】
また、燃料電池では、単位セル当りの理論的な電圧は1.23[V]となるが、反応分極、ガス拡散分極、抵抗分極により実際に取り出せる電圧が降下し、取り出す電流が大きくなるほど電圧は降下する。また、自動車用用途では、単位体積・重量当りの出力密度を大きくしたいことから、定置用より高電流密度側、例えば、電流密度1[A/cm2]で使用される。電流密度が1[A/cm2]の時には、セパレータと電極間の接触抵抗が40[mΩ・cm2]以下であれば接触抵抗による効率低下がおさえられると考えられている。
【0011】
そこで、燃料電池用セパレータとして、電気伝導性が良く耐食性に優れたステンレス鋼又は工業用純チタン等のチタン材を使用する試みがされている。ステンレス鋼は、その表面にクロムを主金属元素とした酸化物、水酸化物又はこれらの水和物等の緻密な不動態皮膜が形成されている。チタンも同様に、その表面に酸化チタン、水酸化チタン又はこれらの水和物等の緻密な不動態皮膜が形成されている。このため、ステンレス鋼やチタンは耐食性が良好である。
【0012】
しかし、上記した不動態皮膜は、通常ガス拡散層として用いられるカーボンペーパとの間で接触抵抗を生じる。燃料電池内の抵抗分極による過電圧は、定置型用途ではコージェネレーション等により排熱を回収できるため、トータルとしての熱効率が向上する。一方、自動車用用途では、接触抵抗に基づく発熱ロスは冷却水を通してラジエータから外部に捨てるしかないため、接触抵抗が大きくなると発電効率の低下に繋がる。また、発電効率低下は発熱が大きくなることと等価であり、より大きな冷却系を装備する必要性が生じるため、接触抵抗の増大は解決すべき重要な課題となっている。
【0013】
そこで、ステンレス鋼をプレス成形した後、電極との接触面に直接金めっき層を形成した燃料電池用セパレータが提案されている(特許文献1参照)。また、ステンレス鋼を成形して燃料電池用セパレータの形状に加工した後、電極との接触により接触抵抗を生じる面の不動態皮膜を除去して、貴金属又は貴金属合金を付着させた燃料電池用セパレータが提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平10−228914号公報(第2頁、第2図)
【特許文献2】特開2001−6713号公報(第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、ステンレス鋼をセパレータ基材に用いる場合、導電性と接触抵抗は相反する性質であるために、耐食性と導電性の両立は難しい。また、ステンレス鋼の表面に貴金属等をコーティングする場合には、製造時の手間がかかるだけでなく、コストが増大する可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明に係る遷移金属窒化物は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、この遷移金属窒化物は、基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層と、この第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層とを備え、第2の層は第2の層の表面部から突出した析出物を有し、第2の層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜を有する第2の層の表面部から突出した析出物を有することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る燃料電池用セパレータは、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材から形成された基層と、この基層の直接上に形成された本発明に係る遷移金属窒化物の窒化層を備えることを特徴とする。
【0017】
本発明に係る遷移金属窒化物の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、第2の層を形成した後に、第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、この基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、この第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、第2の層を形成した後に、第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。
【0019】
本発明に係る燃料電池スタックは、本発明に係る燃料電池用セパレータを用いたことを特徴とする。
【0020】
本発明に係る燃料電池車両は、本発明に係る燃料電池スタックを動力源として備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、強酸雰囲気においても導電性の機能を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好である遷移金属窒化物を提供することができる。
【0022】
本発明によれば、燃料電池環境下の硫酸酸性環境においてもセパレータと電極間で発生する接触抵抗が低く、耐食性にも優れており、かつ製造コストの低い燃料電池用セパレータを提供することができる。
【0023】
本発明によれば、相反する導電性と耐食性を兼ね備える遷移金属窒化物の窒化層をステンレス鋼表面に形成することが可能となる。
【0024】
本発明によれば、導電性と耐食性に優れた燃料電池用セパレータを製造することが可能となる。
【0025】
本発明によれば、高性能で、かつ小型化及び低コスト化した燃料電池スタックを提供することができる。
【0026】
本発明によれば、小型化及び低コスト化した燃料電池スタックを搭載することにより、走行距離の長距離化を実現できると共にスタイリングの自由度を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係る遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、燃料電池車両、遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法について、固体高分子型燃料電池に適用した例を挙げて説明する。
【0028】
(遷移金属窒化物、燃料電池用セパレータ及び燃料電池スタック)
図1は、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータ3を用いて構成した燃料電池スタック1の外観を示す斜視図である。図2は、図1に示す燃料電池スタック1の詳細な構成を模式的に示す燃料電池スタック1の展開図である。
【0029】
図2に示すように、燃料電池スタック1は、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セル2と燃料電池用セパレータ3とを交互に複数個積層して構成される。各単セル2は、固体高分子型電解質膜の両面に各々酸化剤極を有するガス拡散層と燃料極を有するガス拡散層とを形成して膜電極接合体とし、膜電極接合体の両側に燃料電池用セパレータ3を配置して、燃料電池用セパレータ3内部に酸化剤ガス流路と燃料ガス流路とを各々画成する。固体高分子型電解質膜としては、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体膜(ナフィオン1128(登録商標)、デュポン株式会社)等を使用することができる。単セル2と燃料電池用セパレータ3とを積層した後、両端部にエンドフランジ4を配置して、外周部を締結ボルト5により締結して燃料電池スタック1を構成する。また、燃料電池スタック1には、各単セル2に水素ガス等の水素を含有する燃料ガスを供給するための水素供給ラインと、酸化剤ガスとして空気を供給する空気供給ラインと、冷却水を供給する冷却水供給ラインが設けられている。
【0030】
図2に示した燃料電池用セパレータ3の詳細を説明する。図3(a)は、燃料電池用セパレータ3の模式的斜視図、図3(b)は、燃料電池用セパレータ3の要部をわかりやすく強調したIIIb-IIIb線断面図、図3(c)は、燃料電池用セパレータ3の要部をわかりやすく強調したIIIc-IIIc線断面図である。図4(a)は、図3(c)の要部の拡大模式図、図4(b)は燃料電池用セパレータ3の第2の窒化層11cの模式的断面図である。図3に示すように、燃料電池用セパレータ3は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材10を原料とし、基材10の表面窒化処理部としての表面部10aを窒化することにより得られ、基材10の表面部10aの深さ方向に形成されている窒化層11と、窒化されていない未窒化層である基層12からなる。燃料電池用セパレータ3には、プレス成形により断面矩形状の燃料又は酸化剤の溝状の流路13が形成されている。流路13と流路13との間には、流路13と流路13とで画成された平板部14を備え、流路13及び平板部14の外面に沿って窒化層11が延在する。平板部14は、燃料電池用セパレータ3と単セル2とを交互に積層した際に隣接する固体高分子膜上のガス拡散層に接触する。
【0031】
基層12は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選択される少なくとも一種以上の元素を含有するオーステナイト系ステンレス鋼から形成される。オーステナイト系ステンレス鋼は面心立方格子の結晶構造をとる。
【0032】
窒化層11は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物を含むものであり、MN型、M4N型及びM2−3N型の結晶構造を含む。Mは、Cr、Fe、Ni及びMoの群から選択される遷移金属元素を示す。図3(c)及び図4に示すように、窒化層11は、基層12の上に形成された第1の窒化層(第1の層)11bと、第1の窒化層11bの上に連続して形成され、窒化層11の表面部11aを含む窒化層11の最表面である第2の窒化層(第2の層)11cとを備える。窒化層11の表面部11aは、窒化により基材10の表面部10aに窒素が固溶したものである。
【0033】
第1の窒化層11bは、基材10によって形成された基層12の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造11b1を有する。ナノレベルの積層結晶構造11b1は、M4N型及びM2-3N型の結晶構造が積層された構造を含む。
【0034】
第2の窒化層11cは、第1の窒化層11bの上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材10の表面窒化処理部としての基材10の表面部10aから深さ方向に連続して形成されている。窒化層11の表面部11aは、Cr及び窒素が濃化した組織であり、MN型、M4N型及びM2−3N型の結晶構造を含む。
【0035】
図4(b)に示すように、窒化層11の表面部11aは、表面部11aから不規則に突出した複数の微小な析出物11ai(i=1〜n)を有する。例えば、析出物11a1は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh1だけ突出している。析出物11a2は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh2だけ突出している。析出物11a3は、窒化層11の表面部11aから最大で高さh3だけ突出している。窒化層11の表面部11aに対する析出物11a1、11a2、11a3の最大の高さh1、h2、h3となっている。これらの析出物11aiは、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜11oを有する。析出物11aiの表面のCr酸化膜11oは、後述するように、窒化層11を形成した後に、形成した窒化層11の表面部11aを酸により酸化処理することにより得られるものである。
【0036】
セパレータ表面に単に窒化層を設けるだけでは、例えば、接触抵抗が低く導電性に優れるものでは、鉄イオン溶出量が多く耐食性が悪化する傾向にあったり、逆に、鉄イオン溶出量が少なく、耐食性に優れるものでは、接触抵抗が高く、導電性に劣る傾向にある。このため、燃料電池スタックの大幅小型、軽量化に対応し得るには、燃料電池用セパレータの耐食性と導電性の向上を図る必要があり、導電性と接触抵抗は相反する特性を両立させ、性能を優れたものとするために、窒化層の改良は解決すべき重要な課題となっている。
【0037】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータ3では、窒化層11が上記した構造を有していることにより、燃料電池の水素極のような強酸性の酸化環境下においても、窒化層11を構成する遷移金属窒化物が燃料電池用セパレータ3からの金属イオンの溶出を低く抑え、耐食性に優れたものとする。この場合、燃料電池用セパレータ3は電気伝導性能を維持する耐久性に優れ、耐食性と導電性とが両立し、かつ製造コストが低く抑えられる。これに加えて、この遷移金属窒化物によって、燃料電池の空気を導入する酸素極のような強酸性雰囲気下においても燃料電池用セパレータ3を電気伝導性能を維持する耐久性に優れたものとし、燃料電池用セパレータ3は導電性に優れるようになる。この上、強酸性の酸化環境下においても燃料電池用セパレータ3からの金属イオンの溶出が低く抑えられ、耐食性と導電性とが両立し、かつ製造コストが低く抑えられる。このように、燃料電池用セパレータとして必要な導電性、セパレータ使用環境下における導電性の性質を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好であると共に、隣接するガス拡散電極等の構成材料との接触抵抗が低く、燃料電池の発電性能の良い燃料電池用セパレータを提供することができる。
【0038】
また、第2の窒化層11cの表面部11aが複数の微小な析出物11aiを有するため、燃料電池用セパレータ3とサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物11aiが入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータ3とカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑え、導電性に優れるようになる。
【0039】
このような窒素濃度及びCr濃度が高く、表面に複数の微小な析出物を有する窒化層は、特にCr濃度の高いオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材をプラズマ窒化することにより容易に得られるものである。また、析出物表面のCr酸化膜は、この窒化層を酸により酸化処理することで容易に得られるものである。
【0040】
次に、各結晶構造の詳細を示す。図5(a)はM4N型結晶構造を示す模式図、図5(b)はM2〜3N型の六方晶の結晶構造である。オーステナイト系ステンレス鋼は面心立方格子の結晶構造をとる。この面心立方格子の結晶構造をとる基材10の表面部10aを窒化すると、図5(a)に示すM4N型結晶構造となる。つまり、窒化処理により面心立方格子内に侵入する窒素原子22が、遷移金属原子(M)24(又は21)から形成される面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に配置されてM4N型結晶構造20となる。ここで、M4N型のMは、Fe、Cr、Ni、Moの中から選ばれた遷移金属原子24(又は21)を表し、Nは窒素原子22を表す。窒素原子22はM4N型結晶構造20の単位胞中心の八面体空隙の1/4を占有する。すなわち、M4N型結晶構造20は、遷移金属原子21の面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が侵入した侵入型固溶体であり、立方晶の空間格子で表すと、窒素原子22は各単位胞の格子座標(1/2,1/2,1/2)に位置する。また、このM4N型結晶構造20では、Fe、Cr、Ni、Moの中から選ばれた遷移金属原子24(又は21)はFeを主体としているが、FeがCr、Ni、Moなどの他の遷移金属原子と一部置換した合金でも良い。
【0041】
このM4N型結晶構造は、高密度の転位や双晶を伴い、硬さも1000[Hv]以上と高く、窒素が過飽和に固溶したfccまたはfct構造の窒化物であると考えられている(安丸、蒲池;日本金属学会誌,50,pp362−368,1986)。そして、表面に近いほど窒素濃度が高いことや、CrNが主成分とならないため、耐食性に有効なCrが減少せずに窒化後も耐食性が保たれる。また、このM4N型結晶構造20は、遷移金属原子M間(例えば、図5(a)中、Fe原子24と、それに隣り合うFe,Cr又はNi原子との間)の各金属結合23を保ったままそれら遷移金属原子Mの各一を窒素原子N22と強い共有結合25で結んでおり、これにより各遷移金属原子M24(又は21)の酸化に対する反応性が低下する。このため、M4N型結晶構造20を有する窒化層11は、pH2〜4の強酸性雰囲気においても耐食性に優れる。また、遷移金属原子M24(又は21)間の金属結合23により、導電性が保たれる。また、M4N型結晶構造20は、基層12と同じく面心立方格子の結晶構造をとる。このため、基層12と基層12の上に形成された窒化層11とは整合性が良く、基層12と窒化層11との間で電子の移動が容易になり、この窒化層11を有する燃料電池用セパレータ3は導電性に優れる。なお、図5(a)において、符号25aで示している結合も、遷移金属原子M24(又は21)と窒素原子N22との間の共有結合である。
【0042】
M4N型結晶構造20を形成するFe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子Mは、不規則に混合されていることが好ましい。各遷移金属の原子Mが不規則な位置に分散され、その遷移金属の成分の部分モル自由エネルギが低下して、遷移金属原子Mの活量が低く抑えられる。これに伴い、窒化層11中の各遷移金属原子M24(又は21)の、酸化に対する反応性を低くおさえることができる。そして、燃料電池内の酸化性環境下においても窒化層11は化学的安定性を有する。このため、燃料電池用セパレータ3と、対応するカーボンペーパ等の電極との間の接触抵抗を低く維持でき、燃料電池用セパレータ3の耐久性を高めることができる。また、電極との接触面となるセパレータ3上に、金めっき等により貴金属めっき層を形成することなく接触抵抗を低く維持できるため、低コスト化を実現することができる。
【0043】
また、面心立方格子を形成するFe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子M24(又は21)は、不規則に混合して、混合エントロピを増大させ各遷移金属の成分の部分モル自由エネルギを低下させるか、又は、各遷移金属原子M24(又は21)の活量をラウールの法則により推定されるより低くすることが好ましい。これにより、更にまた、各金属元素M24(又は21)の酸化に対する反応性を低下させることができ、化学的安定性が向上する。
【0044】
次に、図5(b)に示すM2〜3N型の六方晶の結晶構造26について説明する。この結晶構造は、先の面心立方(fcc)格子と共に、剛体球としての粒子(すなわち、図5(b)の遷移金属原子M27及び窒素原子N28)を最も密に充填したときに得られる結晶格子であり、最密六方又は六方最密(hcp)格子と呼ばれる。面心立方(fcc)格子と最密六方(hcp)格子の違いは、六方対称な稠密の原子面を、ABABの順に重ねるとhcp格子になり、ABCABCだとfcc格子になるに過ぎない。ここに、A、B、Cは原子の位置の関係を示す記号である。このように、fcc格子とhcp格子は、結晶構造的にも高い整合性を有するため、電子の移動がスムーズであり、導電性に寄与する等、相互に深い関係を有する。
【0045】
M2〜3N型の六方晶の結晶構造26は、以下のようにして形成される。M4N型結晶構造20の窒化物の固溶窒素が過飽和状態になると、M4N型よりもより高窒素なM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物が、M4N型結晶構造20の窒化物の積層欠陥上に析出するようになる。つまり、M4N型の結晶構造20をマトリクスとし、同じ結晶面内で数[nm]程度の間隔で積層欠陥が生じ、積層欠陥上に層間距離数[nm]程度のM2〜3N窒化物が層状に析出する。
【0046】
また、M4N型の結晶構造20をマトリクスとし、積層欠陥上に層間距離数[nm]程度のM2〜3N窒化物が層状に析出した窒化物の窒素量、すなわち、窒化層11の表面部11aから100[nm]深さ位置での窒素量が多くなればなるほど、化学的に安定し、遷移金属原子の反応性が低下する結果、硫酸環境下でも接触抵抗が低く抑えられ、導電性が維持される。
【0047】
M2〜3N型の六方晶の結晶構造26は、Crを主体としていることが好ましい。Crは、M4N型の結晶構造20及びM2〜3N型の六方晶の結晶構造26を構成する遷移金属原子M24(又は21)、27の一つであり、遷移金属元素であるFe、Cr、Ni及びMoの中では、窒素原子との親和力が一番高い元素である。このため、Fe、Cr、Ni及びMoを含むCr濃度の高いオーステナイト系ステンレス鋼を窒化することにより、Crは格子振動により表面部10aに濃化する。Crが基材10の表面部10aで濃化することにより、表面部10aの窒素濃度は高くなる。また、本発明の実施の形態では、窒化層11は、後述するようにプラズマ窒化により得られる。このプラズマ窒化のスパッター作用により、基材10の表面部10aに一番多く含有されるFe原子が、一旦表面部10aから飛ばされ、Crの濃化が促進される。このように、Crの濃化と窒化処理による窒素との結合により、基材10の表面部10aでは、最密六方格子の結晶構造を有するCrN及びCr2NのCr窒化物を形成するようになる。
【0048】
一方、Crは酸素との親和力も高い元素であり、Cr窒化物の表面に数十[nm]厚さ以下の導電性を有する不働態皮膜が形成しやすくなる。この不働態皮膜は、硫酸環境下での耐食性を向上させる効果がある。
【0049】
なお、第1の窒化層11bは、組成がMは66.6〜80.0[at%]、Nは20.0〜33.3[at%]の範囲にあり、第2の窒化層11cは、組成がMは50.0〜75.0[at%]、Nは25.0〜50.0[at%]の範囲にあることが好ましい。この場合には、金属原子と窒素原子の配位数が過不足なく結合する、つまり、安定結合状態となり、かつ高Cr及び高N濃度の窒化物となるため、化学的に安定になり、導電性と耐食性の両性能に優れるようになる。これに対し、金属原子と窒素原子の配位数に過不足が生じるようになると、化学的に不安定になることで、導電性と耐食性の両性能が悪化するようになる。
【0050】
また、第1の窒化層11bにおいて、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物は、組成がMは80[at%]、Nは20.0[at%]であり、六方晶のM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物は、組成がMは66.6〜75.0[at%]、Nは25.0〜33.3[at%]の範囲にあることが好ましい。
【0051】
第2の窒化層11cは、表面部11aから10[nm]以下の深さにおいて、組成がCrは10〜30[at%]、Nは20〜40[at%]の範囲にあり、Cr及びNが濃化された箇所を有することが好ましい。この場合には、M4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2−3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造をとるため、活量の低い組織となり、化学的に安定で導電性と耐食性の両性能に優れるようになる。これに対し、この範囲からはずれる場合には活量が高い組織となり、化学的に不安定となる。
【0052】
図4(b)に示すように、第2の窒化層11cが、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層11の表面部11aが、表面部11aから不規則に突出した複数の析出物11anを有する構造である場合、この析出物11anの量は、多ければ多い程GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる。このため、析出物11anの量は、面積率で5[%]以上であることが好ましく、10[%]以上であることがより好ましく、さらに20[%]以上であることがより好ましい。このような面積率とすることで、接触抵抗を低く抑えることができる。
【0053】
また、第2の窒化層の表面部から突出した突起状の析出物は、画像解析によって得られた表面から突出した突起状の析出物の等価円直径が小さいものより大きいものほど導電性に優れ、最低でも等価円直径で40[nm]以上が必要である。
【0054】
また、第2の窒化層11cの表面部11aを画像解析し、この解析により得られた結果から、析出物11anとGDLとの接触による導電性の効果を判断することもできる。この解析は、第2の窒化層11cの表面部11aの電子顕微鏡像を画像分析の手法により画像解析して析出物11anの大きさの分布を定量するものである。この解析より、第2の窒化層11cの表面部11aから突出した析出物11anは等価円直径が大きなものほど導電性に優れ、等価円直径で40[nm]以上であることが好ましい。また、等価円直径で40[nm]以上の析出物が表面部に均一に分散して存在している方が好ましく、面積100[μm2]あたりの等価円直径で40[nm]以上が、800[個]以上であることが好ましい。この場合には、第2の窒化層11cとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパ(GDL)との接触において、カーボン繊維のすき間に析出物11anが入り、第2の窒化層11cとカーボンペーパ(GDL)との接触面積(点)が増える。このように接触面積が増えることで、接触抵抗が低く抑えられ、導電性に優れるようになる。
【0055】
この場合はサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増えることで接触抵抗を低く抑え、導電性に優れるようになる。
【0056】
上記したように、析出物11anは、第2の窒化層11cの表面部11aに多数存在することが好ましく、かつ表面部11aに均一に分布していることが好ましい。GDLとの接触を均一にするためである。このように、多数で、かつ均一に分布している析出物11anを含む窒化層11は、窒化するオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が高いと得られる。具体的には、窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。このような基材を窒化した場合には、析出物11anは結晶粒界に偏析することなく、粒界、粒内にも均一に析出する。これは、Moの量を調整することにより、後述するプラズマ窒化において、Fe、Cr原子が結晶格子からスパッター作用により分離して基材表面に再付着して粒成長しやすくなるためである。
【0057】
なお、この析出物11anは、前述したようにFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであり、Cr系窒化物が表層に露出した箇所を有することにより、後述する大気開放下での酸による酸化処理で析出物の表面にCr酸化膜が形成されやすくなる。
【0058】
次に、窒化層の表面を酸により酸化処理して形成された酸化層について説明する。
【0059】
ステンレス鋼をプラズマ窒化し、窒化して得られた窒化層を大気開放下でpH2〜4の強酸性水溶液に浸漬して、窒化層の表面を酸により酸化処理する。この表面を電界放射型オージェ電子分光分析装置で元素マッピング分析を行った結果、酸化処理前の窒化層の表面はFe主体の組成であるのに対し、酸化処理後の表面は表面から突出した突起状の析出物の部分のみCr主体の組成に変化していることがわかった。また、窒化層の表面を電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)により断面観察すると、後述する図12(a) に示すように、酸化処理前の窒化層の表面の突起状の析出物は表層がFe主体のM4N型の結晶構造で、その内側がCrNの2重構造になっているのに対し、大気開放下での酸化処理後の窒化層の表面の突起状の析出物は表層のFe主体のM4N型の結晶構造が酸化処理により除去されたCrNのみの構造となっていることがわかった。
【0060】
酸化処理後の窒化層11の元素組成をXPS分析(X線光電子分光分析)により行った場合、XPS分析法による表面部11aから2〜3[nm]深さ領域での組成は、Feに対するCrの原子比(モル比)が1.5以上であることが好ましい。Feに対するCr比が大きいほど窒化層中のCr比が多いことを意味している。Feに対するCr比が高くなるほど、表面部11aには10[nm]以下の厚さの膜厚が薄いCr酸化膜が形成されている。このように、Feに対するCrの原子比が1.5以上の場合には、強酸酸性環境下においても導電性を有する不動態皮膜が形成されている。これは、酸化処理において、窒化層の最表面のFeとCrは同時に強酸性水溶液中で溶解し、Fe2+は溶液中に溶出するが、Cr3+は錯体の皮膜を形成して窒化層表面に残留し、Cr酸化膜を形成するようになるためである。
【0061】
Feに対するCr比が1.5を下回る場合には、窒化層中のFe比が増した状態であり、表面部11aにはCr酸化膜ではなく、Fe酸化膜が形成されている。このFe酸化膜は、酸化処理においてCr酸化膜が形成される場合と比較して膜厚が厚く成長する。このため、結果としてセパレータとして用いた場合には、抵抗が増大する。
【0062】
酸化処理後の窒化層11の元素組成をXPS分析により行った場合、XPS分析法による表面部11aから2〜3[nm]深さ領域での組成は、Oの含有率が30[mol%]以下であることが好ましい。この場合には、窒化層は酸化膜中を電子が移動できる膜厚であるため導電性を有する。また、表面部11aから2〜3[nm]深さにおける窒素(N)5.0[mol%]以上であることが好ましい。この場合には、窒化層11の最表面部11aは窒化物が大半を占めている状態であるため、この窒化層11は抵抗が低く、導電性を有する。
【0063】
なお、突起状析出物は少なくとも六方晶のCrNを含んでおり、このCrNが突起状析出物の表面に一部でも露出することにより、酸化処理でCr酸化膜が形成され易くなる。突起状析出物の構造が、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造のみから形成されるものであったり、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであってもCrNが表面に露出しない場合には、突起状析出物表面の酸化膜はFe酸化物となる。酸化膜がFe酸化物の場合には、強酸性雰囲気下で容易に破壊され、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造が溶解するようになる。このため、Feイオンの溶出量が多くなり、Feイオン溶出と同時に酸化膜も厚く形成されるようになるため、抵抗が増大する。
【0064】
実際の燃料電池セル内でのアノード極に近い脱気環境におけるpH2〜4の強酸性水溶液中では、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成する第2の層の表面部から突出した析出物において、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物は、CrN等のCr系の窒化物よりも耐酸化性に劣るため溶出し易い。そして、溶出する際に窒化物表面に酸化膜を形成し易くなり、導電性が悪化する。これに対し、CrN等のCr主体の窒化物は、Fe主体のM4N型よりも耐酸化性に優れるため、脱気環境のpH2〜4の強酸性水溶液中でも溶出し難くなるため、第2の層の表面部から突出した析出物として残存するが、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物が溶解した分だけ、浸漬前に比較して実際の接触面積(突起状高さ)が減少する。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の導電性が悪化する。
【0065】
第2の層の表面部から突出した析出物がFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造のみから成る場合は、形成する酸化膜がFe酸化物となり、脱気環境の強酸性雰囲気下で容易に破壊され、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造が溶解するようになる。このため、Feイオンの溶出量が多くなり、Feイオン溶出と同時に酸化膜も厚く形成されるようになるため、抵抗が増大する。
【0066】
これに対し、実際の燃料電池セル内でのカソード極に近い大気開放環境におけるpH2〜4の強酸性水溶液中では、M4N型の結晶構造を含むFe主体の窒化物、及びCrN等のCr主体の窒化物共に溶出し難く、突起状析出物は少なくとも六方晶のCrNを含んでおり、このCrNが突起状析出物の表面に一部でも露出することにより、酸化処理でCr酸化膜が形成され易くなるため、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑えるため、導電性に優れる。
【0067】
すなわち、基材をプラズマ窒化して形成された窒化層の酸による酸化処理として、大気開放下でpH2〜4の強酸性水溶液に窒化してできた窒化層を浸漬することで、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体である第2の層の表面部から突出した析出物を溶解することなく、その上、第2の層表面に化学的に安定なCr酸化膜を形成するようになる。つまり、遷移金属窒化物の酸による酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体で、第2の層の表面部から突出した析出物表層の少なくとも一部にCr主体の窒化物が露出することで、第2の窒化層表面に化学的に安定なCr酸化膜を形成することにより、実際の燃料電池セル内のアノード極およびカソード極両極に近い環境でも窒化層が溶出し難くくなる。また、耐酸化性に優れ、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体である第2の層の表面部から突出した析出物を溶解することないため、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積(点)が増える。このため、燃料電池用セパレータとカーボンペーパとの間の接触抵抗を低く抑えるため、導電性に優れる。このようにして、窒化層の表面は大気開放下、及び脱気環境のいずれの強酸雰囲気においても安定となる。
【0068】
なお、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物の量は、多ければ多い程GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる効果がある。このため、析出物の量は最低でも面積率で測定視野の5[%]以上の析出面積が必要であり、好ましくは10[%]以上、さらに好ましくは20[%]以上の面積率が必要である。
【0069】
また、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した突起状の析出物は、画像解析によって得られた表面から突出した突起状の析出物の等価円直径が小さいものより大きいものほど導電性に優れ、最低でも等価円直径で40[nm]以上が必要である。そして、この等価円直径で40[nm]以上の表面から突出した析出物は、表面積に均一に分散して存在していることが好ましく、測定視野内の面積100[μm2]あたり800[個]以上であることで、GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れる。
【0070】
以上説明してきたように、上記した構成を採用したことにより、本発明の実施の形態に係る遷移窒化物は、相反する導電性と耐食性を同時に兼ね備えるようになる。また、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータは燃料電池用セパレータとして必要な導電性、セパレータ使用環境下における導電性の機能を維持する化学的安定性及び耐食性を兼ね備え、低コストで生産性が良好であると共に、隣接するガス拡散電極等の構成材料との接触抵抗が低く、燃料電池の発電性能の良い燃料電池用セパレータを得ることが可能となる。また、本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックは、本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いたことにより、発電性能を損なうことなく高い発電効率を維持できると共に、小型化及び低コスト化を実現することが可能となる。
【0071】
(遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法)
次に、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法及び燃料電池用セパレータの製造方法の実施の形態について説明する。
【0072】
本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2〜3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層(第1の層)を形成し、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層(第2の層)を形成し、第2の窒化層を形成した後に、第2の窒化層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。この方法によれば、基材の表面全面に、かつ、表面から深さ方向に連続して形成された遷移金属窒化物が得られる。そして、この窒化物は、表面にCr酸化物を有し、導電性と耐食性を兼ね備える。
【0073】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータの製造方法は、オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層(第1の層)を形成し、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層(第2の層)を形成し、第2の窒化層を形成した後に、第2の窒化層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする。本発明によれば、表面にCr酸化膜を有し、導電性と耐食性を兼ね備える遷移金属窒化物の窒化層をステンレス鋼表面に形成することが可能となる。プレス成形の後に窒化処理を行った場合には、窒化層にクラックなどの欠陥が生じない。このため、導電性と耐食性に富んだ燃料電池用セパレータが得られる。
【0074】
なお、窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。このような基材を窒化した場合には、図4(b)に示すように、第2の窒化層11cが、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層11の表面部11aには、表面部11aから突出した析出物11aiが不規則に突出した構造となる窒化層が得られる。
【0075】
次に、図6を参照して、遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法について説明する。図6は、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法に用いる窒化装置30の模式的側面図である。
【0076】
プラズマ窒化は、被処理物(ここではステンレス鋼)を陰極とし、直流電圧を印加してグロー放電、即ち、低温非平衡プラズマを発生させて、ガス成分の一部をイオン化し、非平衡プラズマ中のイオン化したガス成分を被処理物の表面に高速衝突させて窒化する方法である。
【0077】
窒化装置30は、バッチ式の窒化炉31と、窒化炉31に設置された真空式窒化処理容器31aを排気して真空圧にする真空ポンプ34と、真空式窒化処理容器31aに雰囲気ガスを供給するガス供給装置32と、真空式窒化処理容器31a内でプラズマを発生させるため高電圧にチャージされるプラズマ電極33a、33b及びこれらの電極33a、33bに周波数45[kHz]の高周波にパルス化された直流電圧を供給するパルスプラズマ電源33と、真空式窒化処理容器31a内の温度を検知する温度検出計37とを備える。窒化炉31は、上記真空式窒化処理容器31aを収容する断熱性の絶縁材からなる外側容器31bを備え、プラズマ観察窓31gを備える。真空式窒化処理容器31aは、その底部31cに、プラズマ電極33a、33bを高電位に保持するための絶縁体35を備える。プラズマ電極33a、33bは、その上にステンレス製の支架36が設けられている。この支架36は、プレス成形により燃料又は酸化剤の流路が形成され、セパレータの形状に加工したステンレス鋼44(以下、しばしば基材とも呼ぶ。)を支持する。ガス供給装置32は、ガス室38とガス供給管路39とを備え、ガス室38は所定数のガス導入用の開口(不図示)を有し、この開口は、それぞれガス供給弁(不図示)を備える水素ガス供給ライン(不図示)、窒素ガス供給ライン(不図示)、アルゴンガス供給ライン(不図示)に連通する。ガス供給装置32は、更に、ガス供給管路39の一端39aと連通するガス供給用の開口32aを有し、この開口32aにはガス供給弁(不図示)が設けられている。ガス供給管路39は、窒化炉31の外側容器31bの底部31dと真空式窒化処理容器31aの底部31cとを気密に貫通して真空式窒化処理容器31a内に延入し、垂直に立ち上がる立ち上がり部39bに至る。この立ち上がり部39bは、真空式窒化処理容器31a内にガスを噴出するための複数の開口39cが設けられている。真空式窒化処理容器31a内のガス圧は、真空式窒化処理容器31aの底部31cに設けられたガス圧センサ(不図示)により検知される。真空式窒化処理容器31aは、その外周に抵抗加熱式若しくは誘導加熱式のヒータ31jの導電線31kが巻回され、これにより加熱される。真空式窒化処理容器31aと外側容器31bとの間には空気流路40が画成される。外側容器31bの側壁31eには、外側容器31bの側壁31eに設けられた開口31fから空気流路40に流入した空気を送る送風機41が設けられている。空気流路40は空気が流出する開口40aを備える。真空ポンプ34は、真空式窒化処理容器31aの底部31cに設けられた開口31hと連通する排気管路45を介して排気を行う。温度検出計37は、真空式窒化処理容器31aと外側容器31bの底部31c、31d及びプラズマ電極33a、33bを貫通して信号線路37aを介して温度センサ37b(例えば熱伝対)に接続される。
【0078】
パルスプラズマ電源33はプロセス制御装置42から制御信号を受け、オン、オフされる。各ステンレス鋼44は、アース側(例えば、真空式窒化処理容器31aの内壁31i。)に対し、パルスプラズマ電源33から供給される電圧分の電位差を有する。ガス供給装置32、真空ポンプ34、温度検出計37及びガス圧センサもプロセス制御装置42によって制御され、このプロセス制御装置42は、パーソナルコンピュータ43により操作される。
【0079】
本発明の実施の形態で用いたプラズマ窒化についてより詳細に説明する。まず、窒化炉31内に被処理物であるステンレス鋼44を配置し、1[Torr](=133[Pa])以下の真空に炉内を排気する。次に、窒化炉31内に水素ガスとアルゴンガスの混合ガスを導入した後、数[Torr]〜十数[Torr](665[Pa]〜2128[Pa])の真空度で、ステンレス鋼44を陰極、真空式窒化処理容器31aの内壁31iを陽極として、電圧を印加する。この場合、陰極であるステンレス鋼44上にグロー放電が発生し、このグロー放電によりステンレス鋼44を加熱及び窒化する。
【0080】
本発明の実施の形態に係る製造方法として、第一の工程として、ステンレス鋼からなる基材44表面の不導態皮膜を除去するスパッタークリーニングを実施する。このスパッタークリーニングの際、導入ガスがイオン化した水素イオン、アルゴンイオンなどが試料表面に衝突することで、ステンレス鋼44表面のCrを主体とした酸化皮膜を除去することができる。
【0081】
第2の工程として、スパッタークリーニングの後、水素ガスと窒素ガスの混合ガスを窒化炉31内に導入し、電圧を印加して陰極である基材44上にグロー放電を発生させる。この際、イオン化した窒素が基材44表面に衝突、侵入及び拡散することにより、基材44表面にM4N型結晶構造を有する連続した窒化層が形成される。窒化層の形成と同時に、イオン化した水素と基材表面の酸素が反応する還元反応により、基材表面に形成された酸化膜が除去される。
【0082】
第1の工程及び第2の工程では、水素、アルゴン、窒素等の非常に高温なイオンが基材表面に衝突及び侵入し、基材表面の局部的な微小領域が強く加熱される。そして、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子がスパッター作用により分離し、蒸発する。ステンレス表面から分離蒸発したFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子は、基材表面近くのプラズマ中に存在する高度に活性化した窒素と結合し、その後基材表面に窒化物として析出する。
【0083】
この第1の工程及び第2の工程での処理温度が比較的低温、すなわち400[℃]以下の場合では、水素、アルゴン、窒素等のイオンが基材表面に衝突する際の衝突エネルギーが低いために、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子のスパッター作用による分離、蒸発は少ない。このため、窒化により形成された窒化層の表面は、平滑であり表面から突出した突起状の窒化物として析出する析出物の量が少量であるか、またはほとんど析出しない。これに対し、処理温度が400[℃]以上になると、水素、アルゴン、窒素等のイオンの基材表面への衝突エネルギーが高くなるため、基材中に含まれるFe、Cr、Mo等の合金元素の金属原子のスパッター作用による分離、蒸発が多くなる。このために、基材表面に析出する突起状窒化物の窒化物の量が多くなる。なお、Fe、Cr、Moの金属原子の蒸発し易さを融点で比較すると、Feは1539[℃]、 Crは1900[℃]であるのに対し、Moは2622[℃]と高く、蒸発し難いことが判っている。
【0084】
窒化するCr濃度が25[%]以上のオーステナイト系ステンレス鋼を含む基材のMo濃度が0.5[%]以上3.0[%]以下であることが好ましい。Moの含有量を増やすことにより、第2の窒化層が、主として六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造を含み、窒化層の表面部には、表面部ら突出した析出物が不規則に突出した構造となる窒化層が得られる。
【0085】
Moの含有量をある程度増やすと、Mo自身は蒸発し難く、置換型で格子歪を大きくするため、fcc結晶格子を形成する。また、Moの添加には、Fe、Crを格子から分離しやすくする効果があるために、粒状の窒化物数が増える。さらに、Moの添加にはCr等の粒界偏析を減らす効果があるために、結晶粒界及び粒内に均一に所望の突起状の析出物が分散するようになる。なお、Mo添加の効果は、0.5[%]以上からより出現しやすく、また、3.0[%]を超えると結晶粒界にσ相が析出するようになるために耐食性が劣化するおそれがある。
【0086】
なお、このプラズマ窒化では、基材44表面での反応は平衡反応ではなく非平衡反応であり、その上、400[℃]以上500[℃]以下の温度で処理した場合に、基材44表面から深さ方向に高窒素濃度のM4N型結晶構造を含む遷移金属窒化物が迅速に得られ、この窒化物は導電性と耐食性に富む。
【0087】
これに対し、大気圧でかつ平衡反応により窒化が進行する窒化法、例えば、ガス窒化法などを用いた場合、基材表面の不導態皮膜を除去するのが難しく、かつ平衡反応のため、基材表面に、M4N型結晶構造を得るようにするには長時間を要し、かつ、所望の窒素濃度が得られ難くなる。このため、基材表面に酸化皮膜が存在するため導電性が悪化し、化学的安定性に欠けるため、この窒化法により得られた窒化物及び窒化層では強酸性雰囲気での導電性維持が困難となる。
【0088】
本発明の実施の形態では、電源としてパルスプラズマ電源を用いることが好ましい。プラズマ窒化法に用いる電源としては、直流電圧を印加し、この放電電流を電流検出器により検出し、所定の電流となるようサイリスタにより制御する直流波形を有する直流電源を用いるのが一般的である。この場合、グロー放電は連続的に継続され、基材温度を放射温度計により測定すると、基材温度は±30[℃]程度の範囲で変化する。これに対し、パルスプラズマ電源は、直流電圧とサイリスタによる高周波遮断回路から構成されており、この回路により直流電源波形は、グロー放電がオンとオフを繰り返すパルス波形となる。この場合、プラズマを放電させる時間とプラズマを遮断する時間を1〜1000[μsec]として放電、遮断を繰り返すパルスプラズマ電源を用いたプラズマ窒化を行うことで、基材温度を放射温度計により測定すると、基材温度の変化は±5[℃]程度の範囲になる。高窒素濃度を有する遷移金属窒化物を得るためには、基材温度の精密温度制御が要求されることから、基材温度の変化の小さいパルスプラズマ電源を用い、この電源は、1〜1000[μsec]の周期でプラズマの放電及び遮断を繰り返すことが可能であることが好ましい。
【0089】
さらに、窒化処理を基材の温度が400[℃]以上500[℃]以下で行うことが好ましい。ステンレス鋼の表面に高温で窒化処理を施すと、窒素が基材中のCrと結びつき、主としてCr窒化物が数[nm]レベルを超えるサブ[μm]厚さの層または塊として析出するために、窒化層の一部にCr欠乏層が生じることで燃料電池用セパレータの耐食性が低下する。これに対し、400[℃]以上500[℃]以下の温度で窒化処理を施すと、基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の窒化層と、第1の窒化層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、基材の表面窒化処理部として基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の窒化層とを備える遷移金属窒化物が得られる。
【0090】
なお、窒化温度が400[℃]を下回る場合には、第1の窒化層を得るためには長時間の処理を必要とするために生産性が悪化する。このため、窒化は400[℃]以上500[℃]以下の範囲で行うことが好ましい。
【0091】
また、CrとNが濃化した窒化物を得るためには、基材として用いるステンレス鋼のCr濃度が高いことが好ましく、特にCr濃度が25[%]以上であることが好ましい。Crは窒素との親和性が高いため、Cr濃度が高いステンレス鋼を用いることで、プラズマ窒化の際に基材の溝部等のプラズマの周り難い箇所でも他の部分と同様に窒化物が形成される。
【0092】
次に、プラズマ窒化後の酸による酸化処理について説明する。
【0093】
ステンレス鋼を含む基材をプラズマ窒化し、窒化して得られた窒化層を大気開放環境のpH2〜4の強酸性水溶液に浸漬して、窒化層の表面(第2の窒化層の表面)を酸により酸化処理する。酸素分圧の高い大気開放環境で浸漬すると、M4N型等のFe主体の遷移金属窒化物及びCrN等のCr主体の遷移金属窒化物は、強酸性水溶液であってもほとんど溶出しない。大気開放環境においても、pH2よりpH値が小さい強酸性水溶液(特に、pH1程度。)に浸漬すると、M4N型等のFe主体の遷移金属窒化物がCrN等のCr主体の遷移金属窒化物より優先して溶出して粒状の窒化物の一部を溶かし、粒状の窒化物の表面積が減少する。このため窒化層とGDLとの接触面積が減少し、導電性が悪化するようになる。一方、大気開放環境でもpH4よりpH値が大きい溶液に浸漬すると、粒状の窒化表面に緻密ではない自然酸化膜を形成するため、発電セル内環境にさらされたに自然酸化膜は破れ、それと同時に厚い酸化膜を形成するようになる。このため、導電性は悪化する。
【0094】
このように、大気開放環境でpH2〜4の強酸性水溶液で窒化層表面を酸化処理することにより、窒化後の窒化層表面が化学的に安定化する。そして、窒化後の初期の状態を維持することが可能となるため、耐食性に優れたものとなる。また、窒化層、特に突起状窒化物の表面積が減る事なく、GDLとの接触面積が確保されることで、さらに導電性と耐食性に富んだ燃料電池用セパレータが得られる。
【0095】
このように、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物及び燃料電池用セパレータの製造方法によれば、耐食性及び導電性に優れた遷移金属窒化物を含む窒化層が形成された燃料電池用セパレータが得られる。また、簡便な操作により低コストの燃料電池用セパレータ製造することが可能となる。
【0096】
(燃料電池車両)
本実施形態では、燃料電池車両の一例として、上記方法により作製した燃料電池スタックを含む燃料電池を動力源として用いた燃料電池電気自動車を挙げて説明する。
【0097】
図7は、燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す図である。図7(a)は電気自動車の側面図、図7(b)は電気自動車の上面図である。図7(b)に示すように、車体51前方に、左右のフロントサイドメンバとフードリッジのほか、フロントサイドメンバを含む左右のフードリッジ同士を互いに連結するダッシュロア部材をそれぞれ組み合わせて溶接接合したエンジンコンパートメント部52を形成している。本発明の実施の形態に係る電気自動車では、エンジンコンパートメント部52内に燃料電池スタック1を搭載している。
【0098】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータを適用した発電性能の良い燃料電池スタックを自動車等の車両に搭載することにより、燃料電池電気自動車の燃費向上を図ることができる。また、本実施形態によれば、小型化した軽量の燃料電池スタックを車両に搭載することにより、車両重量を低減して省燃費化を図ることができ、走行距離の長距離化を図ることができる。さらに、本実施形態によれば、小型の燃料電池を移動体車両等に搭載することにより、車室内空間をより広く活用することができ、スタイリングの自由度を確保することができる。
【0099】
なお、燃料電池車両の一例として電気自動車を挙げたが、本発明は電気自動車等の車両に限定されるものではなく、電気エネルギーが要求される航空機その他の機関にも適用することが可能である。
【実施例】
【0100】
以下、実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7について説明する。各実施例は、本発明に係る燃料電池用セパレータの有効性を調べたもので、原材料に対して異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0101】
<試料の調製>
各実施例及び比較例では、基材として、表1に示した組成で調整した厚さ0.1[mm]、□100×100[mm]の真空焼鈍材を用いた。この基材をプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成しセパレータを得た。プレス成形により得られたセパレータを酸洗した後、両面にマイクロパルス直流電流グロー放電によるプラズマ窒化を施した。プラズマ窒化の条件は、窒化温度は300〜550[℃]、窒化時間60[分]、窒化時のガス混合比N2:H2=7:3、処理圧力3[Torr](=399[Pa])とした。なお、比較例1の試料はプラズマ窒化を行わなかった。比較例2は、プラズマ窒化の代わりにガス窒化を行った。比較例3では、Cr濃度が18[%] のオーステナイト系ステンレス鋼を用いた。比較例4では、300[℃]で窒化した。比較例5では、550[℃]で窒化した。比較例6では、酸による酸化処理の代わりに、pH4の脱気環境下での酸による溶解処理を行った。比較例7では、酸による酸化処理も酸による酸溶解処理もいずれも実施せず、プラズマ窒化後そのままを用いた。
【0102】
表1に、基材として用いたステンレス鋼のCr、Ni及びMo量、プラズマ窒化の有無、使用したプラズマ電源、窒化時の制御温度を示す。
【表1】
【0103】
得られた各試料を以下の方法を用いて評価した。
【0104】
<基層の結晶構造の同定>
基層の結晶構造の同定は、窒化によって改質した基材表面をX線回折測定を行うことにより同定した。装置は、マックサイエンス社製 X線回折装置(XRD)を用いた。測定は、線源はCuKα線、回折角20〜100[゜]、スキャン速度2[゜/min]の条件で行った。
【0105】
<窒化層の観察・最表面の窒化物の結晶構造同定、形態観察、窒化層厚さ、突起状窒化物の最大高さ計測>
上記方法によって得られた試料の窒化層について観察した。観察方法は、試料を収束イオンビーム装置(FIB)日立製作所製FB2000Aを用いてFIB―μサンプリング法を用いてTEM観察用表面付近の薄膜試料を作製して、電界放射型透過電子顕微鏡(日立製作所製HF−2000)を用いて200[kV]にて行った。
【0106】
<窒化層表面から突出した突起状窒化物元素マッピング>
試料表面を電界放射型オージェ電子分光分析装置(FE−AES(PHI製SAM−700))を用いて電子線電流値10[nA]、Arイオンスパッタ1[kV]でスパッタし、スパッタ時間1[分]後の試料の表面を観察した。
<窒化層の窒素量及び酸素量の測定>
窒化層の窒素量及び酸素量、つまり、窒化層の表面から深さ200[nm]までの範囲において、オージェ電子分光分析のデプスプロファイル計測により、窒化層の最表層における窒素量及び酸素量の測定を行った。最表面、つまり0[nm]深さ、2[nm] 深さ、5[nm] 深さ、10[nm] 深さ、50[nm] 深さ、100[nm] 深さにおけるFe、Ni、Cr、N及びOの量を表2に示す。測定には、走査型オージェ電子分光分析装置(PHI社製 MODEL4300)を用い、電子線加速電圧5[kV]、測定領域20[μm]×16[μm]、イオン銃加速電圧3[kV]、スパッタリングレート10[nm/min](SiO2換算値)の条件で行った。
【0107】
<接触抵抗の測定>
上記実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7で得られた試料を30[mm]×30[mm]の大きさに切り出して接触抵抗を測定した。装置は、アルバック理工製 圧力負荷接触電気抵抗測定装置 TRS-2000SS型を用いた。そして、図8(a)に示すように、電極61とサンプル62との間にカーボンペーパ63を介在させて、図8(b)に示すように、電極61a/カーボンペーパ63a/サンプル62/カーボンペーパ63b/電極61bの構成とした。そして、測定面圧1.0[MPa]にて1[A/cm2]の電流を流した際の電気抵抗を2回測定し、各電気抵抗の平均値を求めて接触抵抗とした。なお、接触抵抗値は、後述する耐食試験の前後で2回測定を行い、耐食試験後の接触抵抗は、燃料電池スタック内で燃料電池用セパレータが曝される環境を模擬して、耐食性を評価したものである。カーボンペーパは、カーボンブラックで担持した白金触媒を塗布したカーボンペーパ(東レ(株)製カーボンペーパ TGP-H-090 厚さ0.26[mm]、かさ密度0.49[g/cm3]、空隙率73[%]、厚さ方向体積抵抗率0.07[Ω・cm2])を用いた。電極は、直径φ20のCu製電極を用いた。
【0108】
<酸による酸化処理>
大気開放下において、pH4、80[℃]の硫酸水溶液中にサンプルを100[時間]浸漬した後、表面を洗浄後乾燥した。
【0109】
<画像解析>
試料表面の電子顕微鏡観察を行った。観察には、電界放射型走査電子顕微鏡(日立製作所 S−4000型)を用いた。試料を5[mm]角程度の大きさに切断し、表面をエタノールで洗浄した後に観察した。観察の倍率は1万倍とした。走査電子顕微鏡像は、2080画素×1650画素のデジタルデータとして得た。この視野は実際の寸法で12[μm]×7.5[μm]の範囲に相当する。
【0110】
この電子顕微鏡像に対して画像分析の手法により、突起状析出物の大きさの分布の定量を試みた。解析には画像解析ソフトウェア「A像くん」(旭化成エンジニアリング株式会社)を用いた。
【0111】
まず、画像のサイズをいったん半分の1040画素×825画素に縮小した。さらにこの縮小した画像から1039画素×764画素の範囲を適宜切り取った。これは元の電子顕微鏡像に含まれるスケールや注記などの文字を定量範囲から外すための操作である。
【0112】
1039画素×764画素の画像に対して「A像くん」の「粒子解析」の操作により、抽出される領域の「円相当径」と「面積」を出力した。解析におけるパラメータ設定は以下の通りである。円相当径とは名前の通りであるが、ある面積を有する図形に対し定義される量で、同じ面積を有する円の直径を意味する。
【0113】
<解析におけるパラメータ>
粒子の明度 明
2値化の方法 自動
範囲指定 なし
外縁補正 なし
穴埋め なし
小図形除去 500 nm2(これ以下の面積の粒子はカウントしない)
補正方法 収縮
収縮分離 回数100 小図形10 接触度1000
雑音除去フィルタ あり
シェーディング あり
シェーディングサイズ 20
結果表示 nm
画像解析により測定領域を2値化した像を得た。得られたデータは表計算ソフトウェアにより統計処理し、適宜の円相当径区分ごとに突起状析出物の数や、その区分の突起状析出物の面積総和を求めて考察した。
【0114】
<耐食性の評価(酸化処理後の耐食試験)>
燃料電池では、水素極側に比較して酸素極側に自然電位から最大で1[VvsSHE]程度の電位がかかる。また、固体高分子電解質膜は、分子中にスルホン酸基等のプロトン交換基を有する高分子電解質膜を飽和に含水させてプロトン伝導性を利用するものであり、強酸性を示す。このため、耐食性の評価は、電気化学的な手法である浸漬試験を用いて、一定時間保持後に溶液中に溶け出す金属イオン量を蛍光X線分析により測定し、金属イオン溶出量の値から耐食性の低下の度合いを評価した。
【0115】
具体的には、まず、酸化処理後の各試料の中央部を大きさ30[mm]×30[mm]に切り出したサンプルを準備し、準備したサンプルをpH4の硫酸水溶液中で、温度80[℃]、100[時間]浸漬した。その際の雰囲気を、アノード極環境を模擬してN2ガス脱気を、カソード極環境を模擬して大気開放状態とした。その後、硫酸水溶液中に溶け出したFe、Cr及びNiのイオン溶出量を蛍光X線分析により測定した。
【0116】
実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例7における窒化により形成した窒化層の結晶構造、組織、形態、層状窒化物の層厚さ、表面から突出した突起状窒化物の最大高さ、突起状の構成、画像解析による表面より突出した突起状窒化物の単位面積あたりの面積率、及び等価円直径40[nm]以上の表面から突出した突起状窒化物の単位面積100[μm2]あたりの個数、X線光電子分光計測(XPS)による4[nm] 深さまでのFe、Cr、O、N量[mol%]、酸化処理後の耐食試験前後の接触抵抗、耐食試験前後の接触抵抗差、試験溶液中のFe、Ni及びCrイオン溶出量の測定結果を表2〜表4に各々示す。
【表2】
【表3】
【表4】
【0117】
比較例1の試料では窒化層が形成されていない上、表面に厚い不働態皮膜が形成されている。このため、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。イオン溶出については、基材表面に厚い不働態皮膜が形成されているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
【0118】
比較例2の試料では、窒化方法としてガス窒化を用いたものであり、大気圧での処理のため、窒化層表面に厚い酸化膜が形成された。この窒化層は、酸素濃度が高く、窒素濃度の低い窒化物を含むため、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。イオン溶出については、表面に厚い不働態皮膜が形成しているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
比較例3の試料では、SUS316Lを基材を用いた。この場合、基材のCr含有量が18[wt%]と低いために、突起状窒化物を含む第2の窒化層の組成はFeを主体とするM4N型の単相となる。第2の窒化層表面はFe酸化膜であり、Feに対するCr比が低くなる。そして、酸化膜中の酸素(O)含有率は高く、窒素(N)含有率は低い。また、突起状の窒化物の面積率も低い。このため、アノード条件では、Fe、Ni及びCrの金属イオン溶出量がやや増大し、耐食試験後の接触抵抗もやや増大した。カソード条件では、アノード条件に比較して溶液中の酸素分圧が高い状態であるため、表面に酸化膜が形成した。このため、アノード条件に比較してFe、Ni及びCrの金属イオン溶出量がやや増大し、耐食試験後の接触抵抗もやや増大した。
【0119】
比較例4の試料では、窒化温度が300[℃]と低いため、窒化時間60[分]では窒化層が形成されず、基材表面は基材組織そのままだった。このように、比較例4では試料の表面に厚い不働態皮膜が存在した。また、基材表面へのNイオンの衝突エネルギーが低いために、基材表面部に多くのN原子が打ち込み量が低く、基材の表面部でのスパッタリング効果が低くなった。このため、基材表面から分離したFe原子は量が少なく、基材表面に吸着する窒化鉄量も少なかったと考えられる。このように、窒化層の表面では窒素濃度が低くなり、更に窒化層表面は粒状の窒化物がほとんどみられない平滑な形状となった。このため、窒化層の表面積が小さく、GDLとの接触面積が少なくなり、結果として接触抵抗が増大した。また、アノード条件及びカソード条件の耐食試験において、試験前及び試験後の接触抵抗は高い値を示した。表面に厚い不働態皮膜が形成されているために、アノード条件及びカソード条件のどちらにおいても、Fe、Ni及びCrイオンはほとんど溶出しなかった。
【0120】
比較例5の試料では、窒化温度が550[℃]と高いため、表層に平均粒径が150[nm]を超える大きな突起状のCrNが形成した。このため、窒化層の一部にCr欠乏層が生じ、アノード条件での耐食試験中にFe、Ni及びCrイオンが溶出し、耐食性が悪化した。また、耐食試験中に生成した厚い酸化膜によって、試験後の接触抵抗は高い値を示した。また、カソード条件での耐食試験では、アノード条件に比較して溶液中の酸素分圧が高い状態であるため、特にCr欠乏層付近の表面に厚い酸化膜が形成された。このため、アノード条件に比較してイオン溶出はし難いものの、接触抵抗が増大した。
【0121】
これに対して、実施例1〜実施例6の各試料では、アノード条件及びカソード条件での耐食試験後の接触抵抗は低く、Fe、Ni及びCrイオン溶出量は少ない。これは、窒化後に酸により酸化処理することによって、Nとの親和力の高いCrが、格子振動によってより表面に濃化し、プラズマ窒化により基材の表面部で多くのN原子が打ち込まれたり侵入することでCrとN原子が結合し、基材の表面部において最密六方格子の結晶構造を有するCrN及びCr2NのCr窒化物を形成したためと考えられる。また、プラズマ窒化によって、基材表面へのNイオンが電圧によって加速衝突した結果、局部的に微小な面積で強く加熱される。また、同時に基材のFe、Cr及びMo等の金属原子がスパッタ(蒸発)する。従って、基材の表面部において一番多く含有するFe元素が、スパッタリング作用により、試料表面から分離し、この分離したFe原子は、試料表面近くのプラズマ中に高度に活性化した窒素と結合し、その後吸収することにより試料表面に窒化鉄として析出する。
【0122】
プラズマ窒化中の基材温度が比較的高温の425〜500[℃]の場合、基材表面へのNイオンが衝突エネルギーが高くなるために、基材表面部でのスパッタリング効果が高く、試料表面から分離したFe原子量が多く、表面に吸着する窒化鉄量も多くなる。このため、基材表面部に突起状の六方晶のM2-3N及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有する高窒素窒化物が析出する。
【0123】
また、Feに対するCr比であるCr/Feが高く、Oの含有率が30以下であり、Nの含有率が高いため、燃料電池セパレータ環境のように80〜90[℃]の高温かつ強酸性環境下においても、電子の移動が妨げられず、導電性が維持され、その上イオン溶出が抑制される。
【0124】
次に、図9に酸による処理の前後の試料表面の様子を表す走査型電子顕微鏡によるSEM像観察結果を示す。図9(a)は、450[℃]でプラズマ窒化のみを行った比較例7の表面である。図9(b)は、プラズマ窒化後、大気開放下において、pH4、80[℃]の硫酸水溶液中にサンプルを100[時間]浸漬した後、表面を洗浄後乾燥した酸による酸化処理を行った実施例2の表面である。図9(c)は、N2脱気したpH4、80[℃]の硫酸水溶液中に100[時間]浸漬後、表面を洗浄後乾燥した酸による酸溶解処理を行った比較例6の表面である。図9(a)において9Aで示す突起状窒化物は、図9(b)において9B、図9(c)において9Cで示すように、酸による酸化処理、酸による酸溶解どちらの処理を行っても、処理前と同じ個数が存在する。
【0125】
この突起状窒化物9A、9B、9Cの大きさの分布状況を調べた。図10に、突起状窒化物9A、9B、9Cについて、等価円直径の面積比で整理したグラフを示す。図10において、10Aは突起状窒化物9Aの分布を示し、10Bは突起状窒化物9Cの分布を示し、10Cは突起状窒化物9Bの分布を示す。図10に示すように、酸による酸化処理によって得られる突起状窒化物9Bの大きさは、処理前(9A)とほとんどおなじ分布を示す(10A、10C)。これに対し、酸による酸溶解処理によって得られる突起状窒化物9Cの大きさは、10Bに示すように、等価円直径が大きいものの比率が高いことが判った。
【0126】
この分布から、窒化後に酸による酸化処理後の表面、及び酸による酸溶解後の表面を面積率で比較したものを図11(a)、粒子数で比較したものを図11(b)に示す。図11(a)に示すように、突起状窒化物の面積率は、窒化後には面積率11Aであるのに対し、酸溶解処理後には面積率11Bと高くなり、酸化処理後の面積率11Cは窒化後の面積率11Aとほぼ同じである。また、図11(b)に示すように、突起状窒化物の粒子数は、窒化後には粒子数11Dであるのに対し、酸溶解処理後には粒子数11Eと高くなり、酸化処理後の粒子数11Fは窒化後の粒子数11Dとほぼ同じである。このように、酸による酸化処理によって、突起状窒化物の面積率及び粒子数は、窒化後(つまり酸化処理前)とほとんど変わらないのに対し、酸による溶解処理後は処理前と比較して面積率及び粒子数は大きくなった。これは、次に図12で示すように、突起状窒化物の一部が溶解し、更に、窒化物表面の酸化膜が厚くなることで等価円直径が大きくなったことを示している。また、酸による溶解と酸化の促進により、突起状窒化物の先端の等価円直径が大きくなったことで、観察できる粒子数が増えたことが判った。
【0127】
次に、図12に、窒化後の試料について、更に酸による酸化処理を行って得られた実施例2の表面と、酸による酸溶解処理で得られた比較例6の表面を観察した図を示す。図12(a)、(b)は、得られた試料について収束イオンビーム装置(FIB)を用いたFIB―μサンプリング法により薄膜試料を作製し、電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)による断面観察した結果である。図12(a)に示すように、酸による酸化処理後の窒化層表面の表面は、12Cで示すFe主体のM4N型の結晶構造の表面にCrN主体の突起状窒化物12B1が突出して析出しており、この12B1の上に更にFe主体のM4N型の結晶構造の層12Aが形成されている構造である。これに対し、図12(b)に示すように、酸による酸溶解処理後の窒化層表面の表面は、12Cで示すFe主体のM4N型の結晶構造の表面にCrN主体の突起状窒化物12B2が突出して析出しており、Fe主体のM4N型の結晶構造の層12Aが溶解してなくなった構造である。このように、プラズマ窒化により形成された窒化層の表面から突出した突起状窒化物は、表層がFe主体のM4N型結晶構造であり、その内側にCrNを有した2重構造になっており、酸による酸溶解処理後では、表層のFe主体のM4N型型は溶出し、内側のCrNのみが残存する。なお、図12(a)、(b)では観察できないが、各突起状窒化物の表面には酸化膜が形成されている。
【0128】
このように、酸による酸溶解処理後では、突起状窒化物の表層のFe主体のM4N型の結晶は溶出するため、突起状の窒化物の高さは小さくなり、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、実際の接触面積が減少する。また、酸による酸溶解処理後では、突起状窒化物の表層のFe主体のM4N型の結晶は溶出してCrNが露出し、このCrNの表層には薄い酸化膜が形成される。このため、突起状窒化物の表面積は、表面に酸化膜が形成成長した分だけ増大する。また、酸による酸溶解処理により、窒化後の画像解析では検出されていない微小な窒化物を核として酸化物の生成成長が起こるため、結果として面積100[μm2]あたりの等価円直径で約40[nm]以上の突起状の窒化物の個数も増加する。
【0129】
次に、図13に突起状窒化物の構成を示す。図13(a)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bと、その上に形成されたFeを主体とするFe系窒化物13Cの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(b)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Feを主体とするFe系窒化物13Cと、その上に形成されたCrを主成分とするCr系窒化物13Bの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(c)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bと、これに接触して形成されたFeを主体とするFe系窒化物13Cの2層からなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(d)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Crを主成分とするCr系窒化物13Bからなり、その表面がCrの酸化膜13Dで覆われている窒化物を示している。図13(e)は、窒化層(第2の窒化層)13Aの表面に、Feを主体とするFe系窒化物13Cからなり、その表面がFeの酸化膜13Eで覆われている窒化物を示している。Cr系窒化物13Bは六方晶のCrNの結晶構造を有する。Fe系窒化物13CはFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する。
【0130】
実施例1〜実施例6では、突起状窒化物は、図13(a)〜(c)に示すように、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成するものであることが判った。これに対し、比較例では、図13(d)、(e)に示す構成であった。実施例では、第2の窒化層の表面に形成された突起状窒化物の構成がFe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まって集合体を形成したものであり、窒化物の表面にCrが露出したものであることから、窒化物の表面にCrが露出した場合には、窒化物表面にCr酸化膜が形成されやすいことが考えられた。このCr酸化膜が化学的に安定であるため、耐食試験前後での接触抵抗が低く、イオンの溶出量が抑えられたと考えられた。
【0131】
なお、表2に示すように、実施例1〜6の各試料では、基層に隣り合う窒化層は、M4N型及びM2〜3N析出物が数10〜100[nm]の間隔で基材表面にM4Nマトリクスに積層した複合組織を形成していた。基材として使用したステンレス鋼の表面を窒化することにより、基材の表面の深さ方向に窒化層が形成され、窒化層の直下は窒化されていない未窒化層である基層となっていた。窒化層は窒化層の表面部と、第1の窒化層と基層に隣接して形成された第2の窒化層とからなり、第2の窒化層には層状の組織が繰り返された2相複合組織が観測され、M4N型の結晶構造のマトリクスと、このマトリクス中に形成された層状のM2〜3N型の結晶構造であることが判明した。
【0132】
このように、実施例1〜実施例6で強酸性環境下における電気化学的安定性に優れ、耐食性が良好であった理由は、窒化層が六方晶のM2N、M2-3N、MN型及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有する窒化物と、立方晶のM4N型と六方晶のM2-3N型から成るナノレベルの積層結晶構造を有する窒化物とからなり、立方晶の結晶構造を有する気層と連続して存在することで、基層と窒化物間の電子移動が容易で、導電性に優れているためと考えられる。また、窒化層の表面部には、六方晶のM2N、M2-3N、MN型及び立方晶のM4N型のいずれかの結晶構造を有し、またCr量及びN量が多く、かつ、窒化物表面に薄くて安定な不働態皮膜が形成しており、酸素量も比較的多いために、燃料電池セパレータ環境のように、80〜90[℃]の高温かつ強酸性環境下においても、電子の移動が妨げられず、導電性が維持され、その上イオン溶出性に優れるようになると考えられる。また、立方晶のM4N型と六方晶のM2-3N型から成るナノレベルの積層結晶構造が、遷移金属原子間の金属結合を保ち、遷移金属原子と窒素原子との間で強い共有結合性を示すことによるためと考えられる。加えて、面心立方格子を構成する遷移金属原子が不規則に混合することにより、各遷移金属成分の部分モル自由エネルギが低下して活量を低く抑えることができたことによるものと考えられる。また、ナノレベルの微細な層状組織が2相平衡することにより自由エネルギーが低下して、活量を低く抑えることができ酸化に対する反応性が低くなり、化学的安定性を有するようになる。このため、特に強酸性雰囲気において酸化を抑制し耐食性に優れるようになると考えられる。また、最表層に数十ナノレベルの薄い酸化膜が形成されているため、導電性を悪化させることなく耐食性が向上すると考えられる。
【0133】
また、大気開放下における酸化処理後の第2の窒化層の表面部から突出した析出物の量は、画像解析によって得られた面積率で測定視野の10[%]以上の析出面積となり、その上、等価円直径が45[nm]以上であり、表面積に均一に分散して測定視野内の面積100[μm2]あたり800[個]以上であることで、燃料電池用セパレータとサブミクロン単位のカーボン繊維からなるカーボンペーパとの接触において、カーボン繊維のすき間に析出物が入り、GDLとの接触面積が増えるために導電性に優れると考えられる。
【0134】
なお、燃料電池では、単位セル当りの理論的な電圧は1.23[V]となるが、反応分極、ガス拡散分極、抵抗分極により実際に取り出せる電圧が降下し、取り出す電流が大きくなるほど電圧は降下する。また、自動車用用途では、単位体積・重量当りの出力密度を大きくしたいことから、定置用より高電流密度側、例えば、電流密度1[A/cm2]で使用される。このため、電流密度が1[A/cm2]の時には、セパレータとカーボンペーパと間の接触抵抗が20[mΩ・cm2] 、つまり、図8(b)に示す装置での測定値が40[mΩ・cm2] 以下であれば接触抵抗による効率低下がおさえられると考えられる。本実施例1〜実施例6では、いずれも接触抵抗が30[mΩ・cm2] 以下であるため、単位セル当りの起電力が高く、発電性能に優れ、小型化かつ低コスト化した燃料電池スタックを形成することが可能となる。
【0135】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は、比較例と比較して低接触抵抗を示し、その上、イオン溶出量も少なく、耐食性に優れることから、低接触抵抗と耐食性の両方を同時に兼ね備えることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いて構成する燃料電池スタックの外観を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータを用いて構成する燃料電池スタックの展開図である。
【図3】(a)燃料電池用セパレータの模式的な斜視図である。(b)燃料電池用セパレータのIIIb-IIIb線断面図である。(c)燃料電池用セパレータのIIIc-IIIc線断面図である。
【図4】(a)図3(c)の要部の拡大模式図である。(b)燃料電池用セパレータの第2の窒化層の模式的断面図である。
【図5】(a)M4N型結晶構造を示す模式図である。(b)M2〜3N型の六方晶の結晶構造である。
【図6】本発明の実施の形態に係る燃料電池用セパレータの製造方法に用いる窒化装置の模式的側面図である。
【図7】本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す図であり、(a)は電気自動車の側面図、(b)は電気自動車の上面図である。
【図8】(a)各実施例で得られた試料の接触抵抗の測定方法を説明する模式図である。(b)接触抵抗の測定に使用する装置を説明する模式図である。
【図9】(a)比較例7により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。(b)実施例2により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。(c)比較例6により得られた試料の倍率100000倍のTEMによる断面組織写真である。
【図10】突起状窒化物の等価円直径と窒化物の面積率との関係を示すグラフである。
【図11】(a)窒化後、酸による酸化処理後及び酸による酸溶解後の窒化層表面を面積率で比較した図である。(b)窒化後、酸による酸化処理後及び酸による酸溶解後の窒化層表面を粒子数で比較した図である。
【図12】(a)実施例2で得られた試料をFE-TEMにより断面観察した結果である。(b)比較例6で得られた試料の酸による溶解処理後のFE-TEMにより断面観察した結果である。
【図13】(a)突起状窒化物の構成を示す図である。(b)突起状窒化物の構成を示す図である。(c)突起状窒化物の構成を示す図である。(d)突起状窒化物の構成を示す図である。(e)突起状窒化物の構成を示す図である。
【図14】燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0137】
1 燃料電池スタック
2 単セル
3 燃料電池用セパレータ
4 エンドフランジ
5 締結ボルト
11 窒化層
12 基層
20 M4N型結晶構造
21 遷移金属原子
22 窒素原子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、
前記遷移金属窒化物は、前記基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層と、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層とを備え、
前記第2の層は前記第2の層の表面部から突出した析出物を有し、前記第2の層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜を有することを特徴とする遷移金属窒化物。
【請求項2】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材から形成された基層と、
前記基層の直接上に形成された請求項1に係る遷移金属窒化物の窒化層を備えることを特徴とする燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、
前記基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、
前記第2の層を形成した後に、前記第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする遷移金属窒化物の製造方法。
【請求項4】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、前記基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、
前記第2の層を形成した後に、前記第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項5】
前記窒化は、プラズマ窒化法であることを特徴とする請求項4に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項6】
前記プラズマ窒化法は、プラズマを放電させる時間とプラズマを遮断する時間を1〜1000[μsec]として放電、遮断を繰り返すパルスプラズマ電源を用いることを特徴とする請求項5に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項7】
前記プラズマ窒化法は、前記基材の温度が400[℃]以上500[℃]以下の状態で行うことを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項8】
請求項2に係る燃料電池用セパレータを用いたことを特徴とする燃料電池スタック。
【請求項9】
請求項8に係る燃料電池スタックを動力源として備えることを特徴とする燃料電池車両。
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られる遷移金属窒化物であって、
前記遷移金属窒化物は、前記基材によって形成された基層の上に連続して形成され、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層と、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層とを備え、
前記第2の層は前記第2の層の表面部から突出した析出物を有し、前記第2の層の表面部から突出した析出物は、Fe主体の立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物とCr主体の六方晶のCrNとが複数集まった集合体を含み、かつ表面にCr酸化膜を有することを特徴とする遷移金属窒化物。
【請求項2】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材から形成された基層と、
前記基層の直接上に形成された請求項1に係る遷移金属窒化物の窒化層を備えることを特徴とする燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材を窒化して形成される遷移金属窒化物の製造方法であって、
前記基材表面に、立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、
前記第2の層を形成した後に、前記第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする遷移金属窒化物の製造方法。
【請求項4】
オーステナイト系ステンレス鋼を含む基材にプレス成形して燃料又は酸化剤の通路を形成するプレス成形し、プレス成形された基材を窒化して、前記基材表面に立方晶のM4N型の結晶構造を有する窒化物と六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物とを含むナノレベルの積層結晶構造を有する第1の層を形成し、
前記第1の層の上に連続して形成され、六方晶のCr2N、CrN並びにM2−3N型の結晶構造、及び立方晶のM4N型の結晶構造のうちの少なくとも1種の結晶構造を有する窒化物を含み、前記基材の表面窒化処理部として前記基材の表面から深さ方向に連続して形成された第2の層を形成し、
前記第2の層を形成した後に、前記第2の層の表面を酸により酸化処理することを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項5】
前記窒化は、プラズマ窒化法であることを特徴とする請求項4に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項6】
前記プラズマ窒化法は、プラズマを放電させる時間とプラズマを遮断する時間を1〜1000[μsec]として放電、遮断を繰り返すパルスプラズマ電源を用いることを特徴とする請求項5に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項7】
前記プラズマ窒化法は、前記基材の温度が400[℃]以上500[℃]以下の状態で行うことを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項8】
請求項2に係る燃料電池用セパレータを用いたことを特徴とする燃料電池スタック。
【請求項9】
請求項8に係る燃料電池スタックを動力源として備えることを特徴とする燃料電池車両。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図9】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図9】
【図12】
【公開番号】特開2009−293092(P2009−293092A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−149209(P2008−149209)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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