説明

遺伝子発現状態追跡装置

【課題】本発明は、単一の細胞及びその子孫細胞からなる同一遺伝子を有する細胞群の遺伝子の発現状態を複数世代にわたって正確に追跡することができる遺伝子発現状態追跡装置を提供することを目的とするものである。
【解決手段】遺伝子発現状態追跡装置は、捕捉された細胞の遺伝子発現状態を所定時間毎に撮影した撮影画像に基づいて遺伝子発現状態の時間的な変化を追跡する追跡処理装置1と、細胞のサイズよりも狭い間隔に形成された一対の対向する捕捉面を有する捕捉領域に細胞を捕捉して観察する細胞観察装置2と、捕捉面の間に培養液を流通させて細胞に養分を供給する供給制御装置3とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単一細胞の分裂から死まで複数世代にわたって系統的に遺伝子の発現状態を追跡する遺伝子発現状態追跡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年細胞を用いた実験を行う場合に細胞を生きたままの状態で長期間にわたって顕微鏡により観察できる実験装置が実用化されてきている。こうした実験装置を使用することで、細胞の成長や分裂といった過程をリアルタイムで観察することができる。そして、こうした細胞の変化の過程を撮影して追跡することで、細胞に生じる変化を詳細に分析することが可能となる。
【0003】
生物学の分野では、生物の細胞内に存在する遺伝子の働きに着目して細胞の成長や分裂といった過程を解明する研究が行われている。こうした研究分野の中で、同一のDNAを有する複数の細胞において細胞によって異なる性質を有する現象を解明するエピジェネティクスという領域に注目が集まっている。
【0004】
エピジェネティクスに関する研究領域では、個体を構成する細胞は、同一の遺伝子を有しているにもかかわらず、発生・分化の過程において細胞の遺伝子の発現が異なることで、それぞれ異なる器官や組織を構成するようになると考えられている。そして、こうした細胞の遺伝子の発現は親子の間で引き継がれていくことが知られている。
【0005】
本発明者である沖、眞野、畑中及び内田は、出芽酵母を用い、エピジェネティックな現象の1つとして知られているサイレンジング領域の形成及び維持に関して、分子レベルのメカニズム解明に向けて研究を行っており、出芽酵母のHMR−左側領域に存在するTy5−LTRをURA3遺伝子に置換すると、個々の細胞によって遺伝子の発現のオン・オフが切り替わる班入り位置効果(PEV;Position Effect Variegation)の表現型がみられ、リポーター遺伝子としてH2B−EGFPを用いてタイムラプス実験を行ったところ、分裂を繰り返すと蛍光が消失する細胞が確認され、蛍光が消失した細胞では分裂を繰り返すと蛍光が回復することを報告している(非特許文献1参照)。
【0006】
こうしたタイムラプス実験では、細胞の遺伝子の発現に関して、親−子−孫といった複数世代にわたって継続して実験を行うことになり、長時間にわたって分裂していく細胞をリアルタイムで観察する必要がある。また、細胞分裂により観察する細胞数が増加することから、観察者の負担が大きく、精度の高いデータを実験により十分に得ることが困難であった。
【0007】
そのため、培養する細胞を自動的に検出して細胞の経時的な変化を自動的に追跡する装置が提案されている。例えば、特許文献1では、細胞を撮影した画像から細胞に対応する領域を検出し、検出した領域の特性を示す領域パラメータと算出して識別子を付与し、各時点において領域パラメータ及び識別子と対応させて特性情報を生成し生成した特性情報を時系列に対応付けた履歴情報を生成する対象追跡装置が記載されている。また、特許文献2では、細胞に、発光タンパク質からなるレポーター遺伝子を導入するとともに細胞核に特異的に発現するマーカー遺伝子によって標識し、レポーター遺伝子及びマーカー遺伝子の発現に伴って発生するシグナルを検知し、マーカーシグナルに基づいて細胞の同定を行うとともにレポーターシグナルに基づいて遺伝子の発現を解析する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−209698号公報
【特許文献2】特開2009−65848号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】日本遺伝学会第81回大会プログラム・予稿集,2009年9月16日,p.114,2E−05)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したエピジェネティックな現象を研究する場合、同一の遺伝子を有する細胞の遺伝子発現状態を確認する必要があることから、単一細胞及びその細胞から分裂した子孫となる細胞を正確に把握してこれら同一遺伝子を有する細胞群の遺伝子発現状態を複数世代にわたって継続して実験を行うことが重要となる。例えば、出芽酵母を用いて実験を行う場合、酵母から出芽する位置は不特定であるため、観察方向からみて隠れた位置で出芽すると親の酵母に子の酵母が隠れてしまい、正確な観察を行うことができない。特許文献1では、個々の細胞を識別して親子関係についても履歴情報として生成するようにしているものの、観察方向から細胞が重なった状態では正確な親子関係の情報を得にくく、隠れた細胞の遺伝子の発現の有無を正確に検知できないといった問題点がある。
【0011】
また、特許文献2では、発光タンパク質を用いて細胞の同定を行い、遺伝子の発現を解析するようにしているが、発光タンパク質の場合光が微弱なため長時間にわたって正確な測定が難しいといった難点がある。また、特許文献2では、蛍光タンパク質を用いた場合も記載されているが、EGFP(強化緑色蛍光タンパク質;Enhanced Green Fluorescent Protein)といった紫外線等の励起光による蛍光タンパク質の場合には、励起光照射による細胞へのダメージが大きいためダメージの回復に必要な照射間隔(40分程度)を取って実験を行う必要があり、そのため励起光照射しない間の細胞の分裂を捉えることが困難になって親子関係の情報を正確に得ることができない問題点がある。
【0012】
そこで、本発明は、単一の細胞及びその子孫細胞からなる同一遺伝子を有する細胞群の遺伝子の発現状態を複数世代にわたって正確に追跡することができる遺伝子発現状態追跡装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る遺伝子発現状態追跡装置は、細胞のサイズよりも狭い間隔に形成された一対の対向する捕捉面を有する捕捉領域に細胞を捕捉する捕捉手段と、前記捕捉面の間に培養液を流通させて細胞に養分を供給する供給手段と、光源からの光を前記捕捉面に照射させて前記捕捉面と交差する方向から前記捕捉領域に捕捉された細胞を撮影する撮影手段と、捕捉された細胞の遺伝子発現状態を前記撮影手段により撮影した撮影画像に基づいて遺伝子発現状態の時間的な変化を追跡する追跡処理手段とを備えていることを特徴とする。さらに、前記捕捉面の間隔は、複数の異なる間隔に設定されていることを特徴とする。さらに、前記光源は、励起光を照射する光量調整可能なLED光源を含むことを特徴とする。さらに、前記捕捉領域において細胞を移動させる流体を流通させる流通手段を備えていることを特徴とする。さらに、前記追跡処理手段は、細胞の遺伝子発現状態に応じて発光する蛍光を前記撮影手段により撮影した蛍光画像に基づいて遺伝子発現状態の時間的な変化を追跡することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、上記のような構成を備えることで、細胞をそのサイズよりも狭い間隔に設定された捕捉面の間に捕捉するようにしているので、細胞分裂していく場合に細胞は面状に重複しないように配置されて増殖するようになり、捕捉面と交差する方向から細胞を観察すれば、個々の細胞を重複することなく補足した状態で観察できるようになる。そのため、個々の細胞を容易に特定することができ、細胞を撮影しながら遺伝子の発現状態の時間的変化を観察することで遺伝子発現状態を正確に追跡することが可能となる。
【0015】
また、捕捉面の間隔を複数の異なる間隔に設定することで、間隔の広い捕捉領域で大きな細胞のみを捕捉して小さな細胞を除去することが可能となり、例えば、出芽酵母のように分裂を繰り返すことで大きくなる老化した細胞のみを捕捉して遺伝子発現状態を追跡することができるようになる。
【0016】
細胞分裂を伴う単細胞について遺伝子発現状態を追跡していく場合、細胞分裂により増加した細胞が観察領域に拡がり、観察領域が細胞で埋め尽くされるようになるため、1つの単細胞の死まで追跡することが困難であったが、特定の単細胞を捕捉面に捕捉しながら分裂した小さな細胞を適宜除去することで、特定の単細胞を死に至るまで遺伝子発現状態を追跡することが可能となる。そのため、補足した細胞の遺伝子発現状態の時間的変化を追跡することで、細胞の老化現象に関連する遺伝子発現状態を正確に追跡することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る遺伝子発現状態追跡装置に関する概略構成図である。
【図2】培養プレートに関する模式図である。
【図3】培養プレートの捕捉部における細胞の捕捉動作に関する説明図である。
【図4】培養プレートの捕捉部における細胞の捕捉動作に関する説明図である。
【図5】細胞画像の解析処理に関するフローである。
【図6】撮影画像を時系列で配列して細胞が増殖する過程を示す説明図である。
【図7】細胞群の発現情報を表示する樹形図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る実施形態について詳しく説明する。
【0019】
図1は、本発明に係る遺伝子発現状態追跡装置に関する概略構成図である。遺伝子発現状態追跡装置は、細胞の遺伝子発現状態を追跡する追跡処理装置1及び細胞を生きた状態で観察する細胞観察装置2を備えており、細胞観察装置2で撮影された撮影画像が細胞画像解析装置1に入力されるようになっている。細胞観察装置2の観察用ステージには、培養プレート30が載置されており、供給制御装置3は、培養プレート30に培養液及び細胞を供給する。そして、追跡処理装置1は、供給制御装置3に制御信号を送信して培養液の供給制御を行う。
【0020】
追跡処理装置1は、処理部10、記憶部11、表示部12及び入力部13を備えている。こうしたブロック構成を備えた装置は、公知のコンピュータを用いて実現できる。例えば、処理部10に対応するCPU及びメモリ、記憶部11に対応するハードディスク、表示部12に対応する液晶表示パネル等のディスプレイ、入力部13に対応するキーボード及びマウス、といった公知のハードウェアをデータ伝送路により互いに接続したコンピュータを用いればよい。
【0021】
細胞観察装置2は、公知の倒立顕微鏡と同じ構造を備えており、観察用ステージ(図示せず)に載置した培養プレート30の上方に白色光を照射する光源20が配置され、培養プレート30の下方には対物レンズ21、結像レンズ22及び撮影ユニット23を備えている。光源20から照射された白色光は、培養プレート30を透過して対物レンズ21に入射し、結像レンズ22を介して撮影ユニット23の撮影面に細胞の像が結像するようになる。なお、倒立顕微鏡以外に、正立顕微鏡、レーザー顕微鏡、実体顕微鏡等の公知の顕微鏡を用いてもよい。
【0022】
撮影ユニット23は、CCD、CMOS等の固体撮像素子を撮影面に配列しており、撮影面に結像した細胞の像は固体撮像素子の光電変換によって撮影画像として出力される。出力された撮影画像は、追跡処理装置1に送信される。撮影ユニット23では、静止画像又はビデオ等の動画を撮影画像として取得するようになっている。
【0023】
対物レンズ21及び結像レンズ22の間には、ダイクロイックミラー25がセットされており、励起光を照射する光源24からの励起光がダイクロイックミラー25により反射して培養プレート30に照射するように設定されている。そして、励起光の照射により励起された細胞からの蛍光はダイクロイックミラー25を透過して結像レンズ22に入射するようになる。また、励起光ダイクロイックミラー25は、蛍光画像を撮影する際に対物レンズ21及び結像レンズ22の間にセットされ、それ以外はセット位置から退避位置に移動するようになっている。
【0024】
また、光源24として光量を調整可能なLED光源を用いることで、照射する励起光の光量を微調整することが可能となり、細胞の受けるダメージに対応して励起光の光量を調整して細胞をよりダメージの少ない条件下で観察することができるようになる。
【0025】
培養プレート30は、出芽酵母等の細胞のサイズよりも狭い間隔に形成された一対の対向する捕捉面の間に細胞を捕捉して観察できるようになっている。図2は、培養プレート30に関する模式図である。培養プレート30は、基板300の上面に、細胞の投入口301、培養液の供給口302及び培養液の排出口308が形成されており、投入口301から供給路304を介して捕捉部306が設けられている。投入口301から投入された細胞は、後述するように、供給路304を通り捕捉部306の捕捉面の間に捕捉されて滞留するようになる。
【0026】
供給口302は、複数種類の培養液等を供給できるように複数個設けられており、各供給口302は流入路305に連通している。流入路305と各供給口302との間には、それぞれ開閉弁303が設けられており、各開閉弁303を必要に応じて適宜開閉することで所望の培養液を供給することができる。
【0027】
流入路305は、捕捉部306に連通するとともに、捕捉部306の両側に形成された一対の流出路307と連通している。そして、流出路307は、投入口301に連通している。流入路305に流入した培養液は、捕捉部306に流入して供給路304から投入口301に排出され、捕捉部306に流入しきれずにオーバーフローした培養液は、流出路307に流通して排出口308から排出されるようになる。そのため、捕捉部306に流入した培養液は、常時捕捉部306全体を満たしながら滞留することなく流通して投入口301から排出される。
【0028】
以上のように培養液を流通させることで、捕捉部306全体に満遍なく培養液が常時流通するようになり、捕捉部306の面積を拡大することができる。そのため、細胞分裂により捕捉部306内の細胞数が増加した場合でも観察を継続して行うことができるようになり、安定した環境条件のもとで細胞を幾世代にわたって追跡することが可能となる。
捕捉部306の観察領域となる捕捉面には、光源20からの光が交差する方向に入射して撮影ユニット23により捕捉された細胞が撮影されるようになっている。
【0029】
なお、観察可能な細胞としては、出芽酵母以外に、真核細胞、原核細胞のいずれでも可能で、培養可能な細胞であれば観察でき、特に限定されない。
【0030】
図3は、図2のA−A断面図で、捕捉部306における細胞の捕捉動作に関する説明図である。まず、投入口301から細胞Cが投入されると、細胞Cは流路304を通り、捕捉部306に到達する(図3(a))。捕捉部306は、PDMSのような変形可能なエラストマーで形成されており、基板300との間の間隔は細胞Cのサイズよりも小さくなるように設定されている。そして、捕捉部306及び基板300の対向する一対の捕捉面には、段差が形成されて異なる間隔に設定されている。捕捉面の投入口301に近い上流側は狭い間隔h1に形成され、その下流側は間隔h1よりも広い間隔h2に形成されている。そして、さらにその下流側は上流側と同じ間隔h1に形成されている。
【0031】
捕捉部306に到達した細胞Cは、間隔h1が細胞Cのサイズよりも小さいため基板300との間の隙間には入り込むことはない。次に、投入口301から所定の圧力で流体を供給することで、流体圧力により捕捉部306を変形させて基板300との間の間隔を拡げ、細胞Cのサイズよりも大きい間隔h1’及びh2’に設定する(図3(b))。間隔が拡げられることで、細胞Cが基板300と捕捉部306との間に送り込まれるようになる。細胞Cが送り込まれた後、投入口301に印加した流体圧力を解除して捕捉部306を元の状態に戻すことで、間隔h1及びh2に戻り、送り込まれた細胞Cは捕捉部306に捕捉された状態となる。なお、捕捉部306の間隔を拡げるために、捕捉部306の外部から加わる空気圧を変更するようにしてもよい。この場合には、捕捉部306へ加わる空気圧を投入口301からの流体圧力よりも低圧にすることで、図3(b)に示すように、捕捉部306の間隔を拡げることができる。
【0032】
流入路305に流通する培養液は、捕捉部306に流入するが、捕捉部306を変形させる圧力よりは小さい流体圧力で流通するため、捕捉された細胞Cに常時培養液が供給されるようになり、細胞Cは捕捉された状態で増殖するようになる。そして、捕捉部306での間隔が細胞Cのサイズよりも小さいため、細胞Cから増殖する細胞は捕捉部306の捕捉面に沿って面状に拡がっていく。そのため、捕捉面と交差した方向から見た場合、分裂した子細胞が親細胞と重複することなく面状に配列されていくようになり、細胞を複数世代にわたって確実に観察することが可能となる。
【0033】
出芽酵母のように分裂を繰り返すことでサイズが大きくなっていく細胞の場合、母細胞及びそれから分裂した娘細胞のサイズが異なってくるため、複数世代にわたって分裂を繰り返すとサイズの異なる細胞が観察領域に混在するようになる(図4(a))。そのため、母細胞がある程度サイズが大きくなった時点で再度捕捉部306を上述のように変形させて間隔を拡げ、投入口301から流体圧力を印加することで、細胞を強制的に移動させる(図4(b))。その際に、サイズの大きい細胞は、下流側が間隔h1と狭くなっているため間隔が広い間隔h2の領域に捕捉されるが、サイズの小さい細胞はそのまま流されて通過し除去されるようになる。
【0034】
こうして、サイズの大きい細胞だけを捕捉して観察を継続することができる(図4(c))。そのため、細胞分裂により細胞数が増加して観察領域が細胞で一杯になる前にサイズの小さい細胞を除去し老化したサイズの大きい細胞を残して観察を継続することが可能となり、細胞の死に至るまでの遺伝子の発現状態を追跡することができるようになる。
【0035】
供給制御装置3は、培養プレート30の投入口、供給口及び排出口と連通する連通管で培養プレート30と接続されており、弁及びポンプ等を駆動して培養液の供給動作及び流体圧力制御動作を行う。
【0036】
処理部10は、供給制御装置3に対して制御信号を送信して供給制御を行う供給制御部101を備えている。供給制御部101は、入力部13から入力された設定データに基づいて供給制御装置3の弁及びポンプ等の作動部を駆動制御する制御信号を送信して捕捉部306に捕捉された細胞を安定した環境下で増殖できるように制御する。
【0037】
また、処理部10は、白色光を照射する光源20及び励起光を照射する光源24に制御信号を送信して照射制御する照射制御部102を備えている。照射制御部102では、光源20及び24の光量調整や照射タイミングの制御を行う。例えば、光源20による白色光が培養プレート30の捕捉部306を透過して捕捉された細胞の像を撮影ユニット23の撮影面に結像させて撮影画像を出力するとともに、光源20からの光を遮光して光源24からの励起光を捕捉された細胞に照射して蛍光画像を出力する。
【0038】
処理部10では、撮影ユニット23で撮影された撮影画像及び蛍光画像を撮影された時刻情報とともに記憶部11に保存する。そして、処理部10は、保存された撮影画像を処理して細胞領域を決定する画像処理部103、各撮影画像の細胞領域を対応付けて識別情報を付与する識別処理部104、保存された蛍光画像に基づいて遺伝子発現の有無に対応して細胞領域に発現情報を付与する発現処理部105、及び、細胞領域の識別情報及び発現情報に基づいて細胞の遺伝子発現の時間的な変化を表示する表示処理部106を備えている。
【0039】
画像処理部103は、複数の撮影画像の画像エッジ部分を補間及び/又は強調してエッジ画像を生成し、エッジ画像により分割された画像領域のうち背景領域を特定して細胞領域を決定する。また、識別処理部104は、撮影画像の細胞領域を直前の撮影画像の細胞領域と重ね合せて対応する細胞領域に同一の識別情報を付与するとともに、任意の撮影画像の複数の細胞領域が直前の撮影画像の1つの細胞領域と対応する場合であって直前の撮影画像の当該細胞領域の形状特性に基づいて分裂したと判定された場合に各細胞領域に同一の識別情報を付与する。また、発現処理部105は、撮影画像の撮影間隔よりも長い時間間隔で撮影された細胞の蛍光画像と当該蛍光画像に時間的に最も近い撮影画像の細胞領域とを重ね合わせて各細胞領域の蛍光特性に対応して発現情報を付与する。
【0040】
以上説明した処理部10の各部における機能を実現するためのプログラムが記憶部11に格納されており、処理部10では、必要に応じてプログラムを読み出して各部の機能を実現するようになっている。
【0041】
図5は、細胞の遺伝子発現状態を追跡する処理フローである。まず、細胞観察装置2から細胞の撮影画像及び蛍光画像を取得する(S100)。撮影画像及び蛍光画像は、撮影ユニット23で撮影して取得する。蛍光画像の撮影には、細胞に対して励起光を照射するので、細胞に励起光によるダメージが生じるため、そのダメージが最小限となるように光量の調整や撮影間隔の調整を行って蛍光画像を撮影するようにする。なお、撮影画像及び蛍光画像は、ビデオ等の動画で撮影した画像でもよく、動画から静止画像を得るようにしてもよい。
【0042】
次に、取得された撮影画像についてエッジ処理を行い、複数の画像領域に分割する(S101)。例えば、出芽酵母の撮影画像の場合、明度70以上の領域を抽出すればよい。。酵母の外周縁は、乱反射により内部に比べて明るく見えるため、酵母の外周縁が抽出されるようになる。明度の差だけでは酵母の輪郭を明確に抽出することが困難な場合には、酵母の外周縁を補間及び/又は強調するエッジ処理を行う。エッジ処理は、公知の画像処理を用いて行うことができる。例えば、電気回路シミュレーションに基づく公知の補間・強調処理(参考文献;吉田俊之 外2名:「電気回路シミュレーションに基づく画像エッジの補間・強調処理とその画像セグメンテーションへの応用」,電子情報通信学会論文誌,VOL.J85-A,No.10,p.1079-1090)が挙げられる。
【0043】
次に、エッジ処理により得られたエッジ画像に基づいて複数の画像領域に分割して細胞領域を決定する(S102)。決定方法としては、例えば、10画素以上1000画素以下の複数の分割された画像領域を抽出し、抽出された複数の画像領域に対応するエッジ画像で囲まれた領域について細胞の境界部分(乱反射により明るい部分)を除いて細胞領域を決定すればよい。なお、画像領域では、細胞領域の間に背景領域が見えている場合も含まれているため、背景領域を除く処理を必要に応じて行う。背景領域の特定には、背景となる壁面に予め模様等の表示を行い、その表示がある画像領域を背景領域と特定して除くようにすればよい。
【0044】
次に、各撮影画像において得られた細胞領域に対して直前の撮影画像の細胞領域との対応関係をみて細胞領域の追跡処理を行う(S103)。追跡処理では、各撮影画像について撮影タイミングが直前となる撮影画像との間で両者の細胞領域を重ね合わせて最も重なり合う細胞領域に同一の識別ラベルを付与する。
【0045】
撮影画像の撮影間隔が短い場合(例;30秒)、ほとんどの細胞領域は直前の細胞領域と重なり合うようになり、同一の識別ラベルが付与される。直前の撮影画像の細胞領域に対して複数の細胞領域が重なり合う場合には、最も面積の大きい細胞領域が重なり合うものとして直前の細胞領域と同一の識別ラベルを付与する。
【0046】
出芽酵母の細胞分裂が生じた場合にも直前の細胞領域に対して複数の細胞領域が重なり合うようになることから、細胞分裂を考慮して識別ラベルを付与する必要がある。そのため、細胞分裂により複数の細胞領域が重なり合うようになったか判定して細胞分裂の場合には重なり合う細胞領域に同一の識別ラベルを付与する分裂処理を行う(S104)。
【0047】
細胞分裂の判定は、細胞領域の形状特性に基づいて行う。細胞領域の形状特性を示すパラメータとしては、円形度、細胞領域を囲む境界線の曲率分布、フーリエ又はウェーブレット記述子等の変換領域における係数分布、凸包との面積差又は面積比といったものが挙げられる。そして、こうした形状パラメータを細胞領域の形状から算出して所定の閾値と比較して判定すればよい。
【0048】
例えば、円形度は、真円の場合に最大値が1となり、真円から形が変化するに従い値が小さくなる。酵母のような細胞では通常楕円形であるため、円形度は0.9程度となるが、出芽した状態では細胞領域C2のようなヒョウタン形となるため、円形度は0.8程度に低下する。したがって、円形度を0.85に設定すれば、細胞分裂中の細胞であるか否か正確に判定することができる。直前の細胞領域と複数の細胞領域が重なり合う場合には、直前の細胞領域の円形度を算出し、円形度が0.85以下の場合には細胞分裂により複数の細胞領域が重なり合うようになったと判定して、重なり合う細胞領域に対してすべて同じ識別ラベルを付与する。
【0049】
以上のように各撮影画像の細胞領域の間を対応付ける識別ラベルを付与し、同一識別ラベルの細胞領域を追跡することで、細胞領域の経時変化をみることができるとともに細胞分裂により親子関係にある細胞領域についても経時変化をみることができ、複数世代にわたって細胞の変化を追跡することができるようになる。
【0050】
次に、蛍光画像に基づいて細胞領域に対応付けて発現情報を付与する発現処理を行う(S105)。まず、蛍光画像と同期して撮影した撮影画像の細胞領域を読出して蛍光画像と重ね合わせる。そして、細胞領域の内部における蛍光画像の蛍光特性に応じた発現情報を付与する。
【0051】
発現情報としては、例えば、色の属性(色相、彩度、明度)が挙げられる。1つの遺伝子の発現状態の指標としては明度が所定値以上であるか否かにより付与したり、所定の色の有無により付与すればよい。また、複数の遺伝子の発現状態の指標としてはそれぞれの発現状態に対応する複数色が所定値以上の明度であるか否かで付与すればよい。
【0052】
色の属性以外にも、蛍光色に関するヒストグラム、ヒストグラムから抽出される平均値、モード値、分散等の統計量、蛍光色に関する空間分布といったデータに基づき所定の閾値と比較して発現情報を付与するようにしてもよい。
【0053】
以上のような処理により、各撮影画像の細胞領域にそれぞれ識別ラベルが付与されて関連付けられ、蛍光画像と同期した撮影画像の細胞領域には発現情報が付与されるので、細胞領域の経時変化に対応して発現情報がどのように変化したのかを正確に把握することができるようになる。
【0054】
次に、識別ラベル及び発現情報に基づいて遺伝子発現状態を表示する表示処理を行う(S106)。図6は、撮影画像を時系列で配列して細胞が増殖する過程を示す説明図である。撮影画像には同一の識別ラベルを付与した細胞領域を黒色で表示して重ね合わせており、親子関係にある細胞群の時間的変化を表示している。また、黒色で表示した細胞領域の発現情報についても別のカラー表示で重ね合わせることで、親子関係にある同一の遺伝子を有する細胞群について遺伝子発現状態の経時的変化を表示することができる。
【0055】
また、親子関係にある細胞群の発現情報を抽出して樹形図で表示することもできる。図7は、細胞群の発現情報を複数世代にわたって系統的に表示する樹形図である。最上位の親細胞及び親細胞から細胞分裂により生まれた子細胞を○印で表示しており、子細胞は右側に枝分かれして示されている。そして、○印が灰色の丸印の場合には遺伝子が発現していることを示し、白丸の場合には遺伝子の発現が抑制されていることを示している。各細胞については上位から下位に行くに従い時間が経過しており、同じ細胞でも遺伝子の発現が切り替わること及び親子間で遺伝子の発現の切り替わりが生じていること等を明確に表示することができる。
【0056】
このように、細胞領域に付与された識別ラベル及び発現情報を用いることで、細胞の遺伝子の発現状態を複数世代にわたって正確に表示することができ、また識別ラベル及び発現情報に基づいて同一の遺伝子を有する細胞の増殖過程における遺伝子の発現状態を定量的に分析することも可能となる。
【0057】
また、特定の細胞に着目してその細胞が死に至るまでの遺伝子発現状態を追跡することも可能となり、老化現象と遺伝子の発現状態との関連性を分析することもできる。
【0058】
なお、上述した例では、追跡処理装置1は、細胞観察装置2を制御して直接撮影画像及び蛍光画像を取得するように構成されているが、追跡処理装置1単体で構成してもよい。その場合には、記録媒体に別途格納された撮影画像及び蛍光画像を装置にセットして記憶部11に画像データを保存するようにすればよく、またネットワークを介して外部装置から送信された撮影画像及び蛍光画像を取得するようにしてもよい。そして、処理部10における供給制御部101及び照射制御部102を省略することができる。また、撮影画像としてビデオ等の動画が得られる場合には、細胞の動きを把握して個体識別したり、細胞の内容物の映像から親子識別を行うようにすることもできる。
【符号の説明】
【0059】
1 追跡処理装置
2 観察装置
3 供給制御装置
10 処理部
11 記憶部
12 表示部
13 入力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞のサイズよりも狭い間隔に形成された一対の対向する捕捉面を有する捕捉領域に細胞を捕捉する捕捉手段と、前記捕捉面の間に培養液を流通させて細胞に養分を供給する供給手段と、光源からの光を前記捕捉面に照射させて前記捕捉面と交差する方向から前記捕捉領域に捕捉された細胞を撮影する撮影手段と、捕捉された細胞の遺伝子発現状態を前記撮影手段により撮影した撮影画像に基づいて遺伝子発現状態の時間的な変化を追跡する追跡処理手段とを備えていることを特徴とする遺伝子発現状態追跡装置。
【請求項2】
前記捕捉面の間隔は、複数の異なる間隔に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の遺伝子発現状態追跡装置。
【請求項3】
前記光源は、励起光を照射する光量調整可能なLED光源を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の遺伝子発現状態追跡装置。
【請求項4】
前記捕捉領域において細胞を移動させる流体を流通させる流通手段を備えていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の遺伝子発現状態追跡装置。
【請求項5】
前記追跡処理手段は、細胞の遺伝子発現状態に応じて発光する蛍光を前記撮影手段により撮影した蛍光画像に基づいて遺伝子発現状態の時間的な変化を追跡することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の遺伝子発現状態追跡装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−95603(P2012−95603A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246259(P2010−246259)
【出願日】平成22年11月2日(2010.11.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業個人型委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】