説明

酵素活性の高感度測定方法

【課題】溶液中の酵素活性を高感度、迅速且つ容易に測定する手段を提供する。
【解決手段】光導波路の表面を疎水処理することにより酵素活性を高感度、迅速且つ容易に測定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中の酵素活性を高感度且つ迅速に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素は一般的に高価であり、微量にしか得られないことが多い。酵素活性の測定には、通常石英セルを用いた透過法やマイクロプレートリーダー等が良く用いられている。しかし、これらの測定方法では、感度が乏しいため希薄溶液中の酵素活性を測定することは困難である。このため、酵素が極微量にしか存在しない希薄溶液中でも、酵素活性を高感度に測定可能な技術が望まれている。
【0003】
特許文献1はスラブ光導波路分光ケミカルセンサに関する文献である。当該特許文献1には分子認識能を有する化学物質からなる単分子膜を担持または固定したスラブ光導波路に関する記述があり、溶液中の有機分子を検出することが記載されている。しかしながら、この方法では特定の有機分子に対する選択性を高めることができる一方で、好適な単分子膜や当該単分子膜を担持または固定したスラブ光導波路を設計することに手間を要する。また、特許文献1には、試料中に存在する種々の分子を非選択的に吸着・濃縮させる方法については開示されていない。
【0004】
通常、酵素活性の測定は溶液中にそれぞれ生体から単離した酵素とその基質とを混在させた系で行われる。この場合、溶液中の成分は酵素、基質、さらに該酵素と基質とが反応することにより生じる酵素反応生成物からなる単純な構成である。このため、酵素が極微量にしか存在しない希薄溶液中の酵素活性の測定においては選択性は重要ではなく、これらをいかに濃縮し測定できるかが重要である。
【0005】
上記従来技術を背景として、酵素が極微量にしか存在しない希薄溶液中であっても高感度に且つ簡便に測定できる酵素活性の測定方法が求められている。
【特許文献1】特開2007−101471号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、酵素が微量でも高感度、簡便且つ迅速に測定できる酵素活性の測定方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、光導波路の表面を疎水処理することにより、酵素が極微量にしか存在しない希薄溶液中であっても、酵素と基質とが反応することにより生じる酵素反応生成物を光導波路に容易に吸着・濃縮させることができることを見出した。そして、本発明者らは、疎水処理された表面を有する光導波路を使用することにより、従来法と比較して高感度、簡便且つ迅速に酵素活性を測定できることを見出した。本発明は上記知見に基づきさらに検討を重ねた結果完成されたものであり、下記に掲げるものである。
項1.酵素と基質を反応させることにより生じる酵素反応生成物を検出することにより該酵素の活性を測定する方法であって、疎水処理された表面を有する光導波路を用いて酵素反応生成物を検出する工程を含む、酵素活性の測定方法。
項2.疎水処理された表面を有する光導波路の水接触角が60°以上である、項1に記載した酵素活性の測定方法。
項3.疎水処理がシランカップリング剤を用いて行われる、項1または2に記載した酵素活性の測定方法。
項4.シランカップリング剤がオクチルトリクロロシランまたはオクタデシルトリクロロシランである、項3に記載した酵素活性の測定方法。
項5.光導波路が石英またはガラスである、項1〜4のいずれかに記載した酵素活性の測定方法。
項6.光導波路がスラブ光導波路である、項1〜5のいずれかに記載した酵素活性の測定方法。
項7.酵素反応生成物が吸収スペクトルにより測定可能である項1〜6に記載した酵素活性の測定方法。
項8.基質が、酵素の作用によって基質とは異なる吸収スペクトルを呈する酵素反応生成物を生じさせるものである、項1〜7に記載した酵素活性の測定方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、光導波路の表面を疎水処理することで、酵素反応生成物を光導波路の表面に効率良く吸着・濃縮させることができ、これにより白色光等の光源を使用することにより酵素反応生成物の吸収スペクトルを従来の透過法と比較して高感度、簡便且つ迅速に検出・測定することができる。また、本発明によれば、例えばスラブ光導波路の場合にはその厚みを薄くする、試料との接触面積を増加させるなど、光導波路の形状等を変更することにより、酵素反応生成物を高感度、簡便且つ迅速に検出・測定することができる。また、このような本発明によれば、試料中の酵素濃度が低くとも、その活性を高感度、簡便且つ迅速に検出・測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について説明する。
1.光導波路
本発明において使用される光導波路の材質は限定されない。当該材質としてはガラス、石英、プラスチック、サファイヤ、フッ素化ポリイミド、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、シリコーン樹脂等が例示され、好ましくはガラス、石英、プラスチック、サファイヤ、さらに好ましくはガラス、石英である。
【0010】
また、本発明において使用される光導波路の形状も限定されない。当該形状としては、板状・フィルム状、ファイバー状、アレイ状が例示され、好ましくは板状・フィルム状、ファイバー状、さらに好ましくは板状・フィルム状である。例えば、板状・フィルム状の光導波路は、スラブ光導波路(以下、slab optical wave guide; 以下、SOWGと称することもある)としても呼ばれる。
【0011】
例えば、本発明において板状・フィルム状の所謂スラブ光導波路を使用する場合、その厚みは限定されないが、厚すぎると酵素活性の測定感度が低下し、薄すぎると破損しやすくなる。そこで、当該厚みは1μm〜1mmであり、好ましくは2μm〜500μm、さらに好ましくは10μm〜50μmである。
2.光導波路表面の疎水処理
本発明において光導波路の表面を疎水処理する方法は、目的とする酵素反応生成物が効率良く吸着・濃縮できるように光導波路の表面を疎水化できる限り限定されず、主に酵素、基質、及び酵素反応生成物の性質、特に酵素反応生成物の性質により適宜選択できる。光導波路の表面を疎水処理する方法としては、含浸法、ディップコーティング法、スピンコーティング法、スパッタリング法、プラズマ重合法等の手法が例示される。光導波路を高分子で作製した場合、その末端基に疎水性の官能基を導入することで、その表面を疎水化することもできる。また、例えば本発明の一実施形態について説明すると、光導波路の表面を公知のシランカップリング剤で処理する方法が例示でき、これはシランカップリング剤を含む溶液に光導波路を含浸させるなど、公知の方法に従い行うことができる。
【0012】
疎水処理に使用する化合物は、酵素、基質、及び酵素反応生成物の性質、特に酵素反応生成物の性質により適宜選択でき、光導波路の表面を疎水化可能なもので、光導波路としての機能を損なわないものであれば限定されない。該化合物としては、例えば、疎水性ポリマーや、光導波路の表面の疎水化が可能なシランカップリング剤が挙げられる。
【0013】
例えば、疎水性ポリマーとしてはポリスチレン、ポリメチルヘキサデシルシロキサン、ポリビニルカルバゾール、ポリスルホン、ポリメチルメタクリレート、ポリテトラヒドロフルフリルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート、スチレン−ブタジエン系エラストマー、ポリウレタン系ポリマー、ポリブチレンカーボネート、ポリエチレンカーボネート、ポリ乳酸、乳酸−グリコール酸共重合体、ポリヒドロキシ酪酸、ポリカプロラクトン、ポリチエンアジペート、ポリブチレンアジペートなどが例示できる。
【0014】
光導波路の表面の疎水化が可能なシランカップリング剤としては、オクタデシルトリクロロシラン、オクチルトリクロロシラン、テトラメトキシシラン、オクタデシルトリメトキシシラン等、を例示できる。
【0015】
該化合物として光導波路の表面の疎水化が可能なシランカップリング剤を使用することが好ましく、さらに例えばオクタデシルトリクロロシラン、オクチルトリクロロシランを使用することが好ましい。
【0016】
これらは1種を単独で用いてもよく、複数を組み合わせて用いてもよい。
【0017】
また、使用する化合物によって、疎水処理された後の光導波路の水接触角の値が異なる。また、光導波路の水接触角の値によって、酵素、基質及び酵素反応生成物の光導波路への吸着の有無ないし程度が異なる。また、酵素、基質及び酵素反応生成物の性質により、好ましい水接触角の値が異なる。このため、使用する化合物は、使用する酵素、基質及び酵素反応生成物の性質に適した水接触角を光導波路に形成させることを目的として適宜選択してもよい。
【0018】
前記のように、酵素、基質及び酵素反応生成物の性質により好ましい水接触角の値は異なるため、水接触角の値は酵素、基質及び酵素反応生成物の性質により適宜選択してもよい。このような疎水処理後の光導波路の水接触角は限定されないが、60°以上、好ましくは65〜160°、さらに好ましくは70〜150°が例示できる。このような範囲であれば、酵素反応生成物を光導波路の表面により良好に吸着、濃縮できるため、検出乃至測定感度の向上が可能となる。
【0019】
例えば、本発明の一実施形態について説明すると、酵素としてβ−グルクロニダーゼを用い、基質として5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニドを用いる場合には、疎水処理後の光導波路の水接触角を60°以上、好ましくは65〜160°、さらに好ましくは70〜150°とすることができる。このような水接触角とすることにより、酵素反応生成物を光導波路の表面に効率良く吸着・濃縮することができる。
【0020】
前記水接触角は以下のようにして測定することができる。
【0021】
水接触角は公知の方法であるθ/2法を用いて測定される。θ/2法とは液滴の左右端点と頂点を結ぶ直線の、固体表面に対する角度から接触角を求める方法である。例えば、本発明においてスラブ光導波路の水接触角を求める場合、2μlの純水をスラブ光導波路表面の異なる5ヶ所の場所に滴下し、それぞれ滴下した液滴の接触角を求める。同様の操作を異なる3枚のスラブ光導波路を用いておこない、得られた値の平均値からスラブ光導波路の接触角を求める。
3.酵素、基質及び酵素反応生成物
酵素反応では、酵素と基質とが反応することにより酵素反応生成物が得られる。本発明の酵素活性の測定方法において検出・測定しようとする酵素反応生成物は、前記に従い疎水処理された光導波路の表面に吸着・濃縮できるものであれば限定されない。
【0022】
本発明では吸収スペクトルを測定することにより酵素活性を検出・測定することができるため、本発明の対象とする酵素反応は、酵素と基質とが反応することにより、基質とは異なる吸収スペクトルを示す酵素反応生成物が生成されるものが例示される。そして、ここで得られる酵素反応生成物は、疎水処理された光導波路の表面に吸着・濃縮させることにより検出・測定されるため、検出・測定感度を高めるという点から、25℃程度でも水に溶けにくい物質であることが好ましい。
【0023】
酵素反応生成物としては、測定対象とする酵素の作用によって基質が直接変化したもの(これを、第1呈色化合物と称することもある)でもよい。また、酵素反応生成物としては、測定対象とする酵素及び基質と共に発色剤を共存させ、該酵素の作用によって基質が変化したもの(これを、呈色誘導化合物と称することもある)の作用によって、新たに発色された発色剤(これを、第2呈色化合物と称することもある)でもよい。
【0024】
このため、本発明で使用される基質としては、呈色物質が連結された化合物であって
、測定対象である酵素の作用により基質とは異なる吸収スペクトルを呈する第1呈色化合物を生成させる構造を有するものであってもよい。また、本発明で使用される基質としては、測定対象とする酵素の作用によって、第2呈色化合物を生成させるための呈色誘導化合物を生じさせる構造を有するものであってもよい。
【0025】
本発明で使用される酵素としては、前記第1呈色化合物または呈色誘導化合物を生じさせるものであれば限定されず、公知のものを適宜選択できる。
【0026】
前記第1呈色化合物として示される酵素反応生成物としては色素およびその重合体が例示される。この場合、酵素として加水分解酵素(β−グルクロニダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼなど)、基質としてグルクロニド、ガラクトース誘導体(糖と色素が結合した化合物であって、酵素の作用により発色するもの)などが例示される。これらの酵素及び基質は、公知のものから適宜選択できる。
【0027】
また例えば、前記第2呈色化合物として示される酵素反応生成物としてはベンジジン誘導体の酸化物が例示される。この場合、酵素として酸化還元酵素(ホースラディッシュペルオキシダーゼなど)、基質として過酸化水素、尿素過酸化水素などの過酸化水素源、発色剤としてベンジジン誘導体などが例示される。これらの酵素及び基質も、公知のものから適宜選択できる。
【0028】
さらに前記第1呈色化合物として示される酵素反応生成物としては5,5-ジブロモ-4,4-ジクロロインディゴが例示される。この場合、酵素としてβ−グルクロニダーゼ、基質として5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニド(X-gluc)が例示される。また、この場合、酵素としてβ-ガラクトシダーゼ、基質として5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(X-GAL)が例示される。
【0029】
また例えば、前記第1呈色化合物として示される酵酵素反応生成物としては5,5-ジブロモ-6,6-ジクロロインディゴが例示される。この場合、前記酵素としてβ-ガラクトシダーゼ、基質として5-ブロモ-6-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(MAGENTA-GAL)が例示される。
【0030】
また例えば、前記第1呈色化合物を生成させる酵素としてアルカリフォスファターゼ、この場合に使用される基質としてニトロ−ブルーテトラゾリウムクロリド/5-ブロモ−4−クロロ−3−インドリルフォスフェートトルイジン塩(nitro-blue tetrazolium chloride/5-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate toluidine salt (NBT/BCIP))が例示される。
【0031】
他にも酵素と基質の組み合わせの具体例を挙げるとすれば、前記呈色誘導化合物を生成させる酵素としてホースラディッシュペルオキシダーゼ、この場合に使用される基質として過酸化水素、尿素過酸化水素、発色剤として3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMBZ)、3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)または2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸)(ABTS)が例示される。
4.酵素活性の測定方法
前記酵素及び基質を反応させる条件は限定されず、公知の方法に従い、酵素及び基質を所望の温度で一定時間、溶液中で接触させることにより行うことができる。また、本発明の測定方法においては、得られた酵素反応生成物と光導波路を接触させることにより該光導波路に酵素反応生成物を吸着・濃縮させることができるが、この場合、酵素と基質を接触後直ちに光導波路に接触させてよい。また、酵素反応の終了後直ちに、得られた酵素反応生成物と光導波路とを接触させてもよく、また酵素と基質との反応を停止させた後に、得られた酵素反応生成物と光導波路とを接触させてもよい。酵素と基質との反応の停止は、本発明の効果を妨げない範囲で物理的または化学的に行うことができ、必要に応じて反応停止液等を用いてもよい。
【0032】
酵素反応生成物と光導波路との接触方法も限定されないが、例えば、酵素と基質との反応初期段階に得られた溶液、反応途中に得られた溶液、反応後に得られた溶液、あるいは反応を停止させた溶液に、疎水処理された表面を有する光導波路を含浸させることにより、これらを簡便に接触させることができる。また、これらの溶液を担持させた紙、ゲル、ガーゼなどの担体を、疎水処理された表面を有する光導波路にもたらすことにより、これらを簡便に接触させることができる。スラブ光導波路を用いる場合には光導波路が板状であるため、溶液の保持が容易である。上記の溶液をピペット等を用いて接触もしくは点着させることも可能である。この場合、溶液を直接接触させてもよいし、試料セルを設置して溶液をセルに導入してもよい。さらに流路を作製して、流路内に溶液を流すことにより接触させてもよい。
【0033】
これらの接触温度、接触時間等の接触条件も特に限定されない。例えば室温で接触させることもできる。また、これらの接触は、必要に応じて静置または攪拌しながら行うこともできる。当該接触により、光導波路に酵素反応生成物が吸着・濃縮されるが、この際、酵素反応生成物と共に酵素及び/または基質が吸着しても問題はない。
【0034】
本発明では、このようにして光導波路に吸着・濃縮させた酵素反応生成物を検出する工程を経て、酵素活性を測定することができる。
【0035】
酵素活性を測定する方法としては、光導波路に光を導入することにより行うことができる。光導波路への光の導入方法は限定されないが、液滴、シリコン片、カップリングプリズムなどを介して導入することが例示できる。該導入方法は、好ましくは液滴、シリコン片を介して導入することであり、さらに好ましくは液滴を介して導入することである。
【0036】
本発明の液滴を介した光の導入は、例えば特開2004−163257号公報に従い行うことができる。液滴を介した光の導入方法について、一実施態様を図1に例示する。図1は液滴を介したスラブ光導波路への光導入方法の例示である。疎水処理したスラブ光導波路11に接するように液滴12が配置され、液滴12内に光ファイバ13の先端13aが挿入される。光源から発射された光は、光ファイバ13により伝播し、光ファイバ13から液滴12を介して疎水処理したスラブ光導波路11内に導入される。
【0037】
また、液滴を介した光の導入方法について、別の一実施態様を図2に例示する。図2は液滴を介したスラブ光導波路への光導入方法の例示である。図2では、支持基板24上にシリコンゴムシート25が配置され、シリコンゴムシート25上に疎水処理したスラブ光導波路21が配置されている。該光導波路21は試料セル26中の試料が接するように配置される。そして、該光導波路21に接するように液滴22が配置されており、液滴22には、光源から発射された光を該光導波路21内に導入する光導入用光導波路23の先端23aが挿入される。光源から発射された光は、光導入用光導波路23により伝播し、光導入用光導波路23から液滴22を介して疎水処理したスラブ光導波路21内に導入される。このように光導波路内に導入された光は全反射を繰り返して光導波路の端部の光出射部27から出射され、出射された光は受光レンズを通じて検出器へ送られ、これにより光の強度が測定される。
【0038】
測定装置の一例を図3に示す。装置は、疎水処理したスラブ光導波路31、液滴32、支持基板34、シリコンゴムシート35、光源38から発射された光を疎水処理したスラブ光導波路31に導入する光導入用光導波路33、試料セル36からなり、光出射部37から出射した光を受光レンズ39を通じて検出器へ送り、光の強度を測定する。当該強度はレコーダにより記録される。光の強度の測定方法は常法により行うことができ、例えば、検出器としてCCD検出器を使用して、この際に検出された信号をコンピューターで処理し、吸収スペクトルを得ることにより酵素活性を測定できる。
【0039】
本発明において、液滴としては、グリセリン、高屈折率液、高濃度塩溶液、高濃度糖類溶液、水、油、液状有機物質、シリコンオイル、有機物質または無機物質の有機溶液あるいは水溶液等を例示できる。高屈折率液としては例えば、ジクロロメタン、ジブロモナフタレン等が挙げられ、高濃度塩溶液としては例えば、炭酸カリウム50質量%溶液、ヨウ化カリウム40質量%溶液等が挙げられ、高濃度糖類溶液としては例えば、50質量%ショ糖溶液等が挙げられ、油としては例えば、シリコンオイル、パラフィン油等が挙げられる。これらは単独で使用してもよく、適宜混合して使用することもできる。液滴の直径は限定されないが、0.05〜10mm、好ましくは0.1〜5mm、より好ましくは0.2〜3mmである。
【0040】
本発明において、液滴と光導波路との接触角は限定されないが、150°未満、好ましくは100°以下、さらに好ましくは80°以下である。ここで、接触角の下限は特に制限はないが、液滴を介して光導波路内へ光を導入する所望の範囲で適宜定めることができ、30°以上、好ましくは40°以上、より好ましくは50°以上である。
【0041】
本発明において、光源としては本発明の方法により酵素活性を測定できるものであれば限定されず、白熱灯、発光ダイオード、レーザー、ダイオードレーザーなどが例示できる。吸収スペクトルを測定する場合や色調の変化を見る場合には、白色光などを使用することが好ましい。また、本発明では紫外光を使用することができ、紫外域における測定が可能である。
【0042】
本発明において、前記支持基板は、光導波路自身に充分な強度がある場合には特に必要がないが、いわゆるクラッドの働きをするため、使用することが好ましい。支持基板としては、ガラス、石英、プラスチック、サファイヤ、フッ素化ポリイミド、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、シリコーン樹脂などが使用できる。支持基板を使用する場合は、支持基板の厚さは10mm以下が好ましく、0.1〜2mmがより好ましい。大きさに特に制限はないが例えば、外形が長さ5〜200mm、幅1〜30mm、好ましくは外形が長さ30〜75mm、幅10〜25mmのものを使用することができる。
【0043】
本発明において、前記シリコンゴムシートは、光導波路が直接支持基板又はその他の物に密着して光が損失してしまうのを防止する役割を果たす。また、同時に、光導波路が滑って位置が変動しないように固定する役割も果たす。
【0044】
本発明において、前記試料セルはガラス、石英、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、シリコンゴムなどを使用することができる。厚さは特に制限はないが例えば1〜10mm程度である。試料セルの大きさは、小さいほど試料が少なくて済むので好ましいが、小さすぎるとセルの作製が困難になる。したがって大きさに特に制限はないが例えば、外形が長さ約30mm、幅約10mm、高さ約2mmで、内法が長さ約20mm、幅約5mm、深さ約2mmのものを使用することができる。ただし、内法の深さについては0.1mm以上が好ましい。
5.酵素活性測定装置
本発明の測定方法では、疎水処理された表面を有する光導波路を用いて酵素反応生成物を検出・測定できる酵素活性測定装置が使用される。当該酵素活性測定装置としては従来公知の装置が使用でき、図3に記載する装置が例示される。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の特徴をさらに明らかにするために実施例を具体的に記載するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
1.試料と酵素活性測定装置
本発明において、モデル酵素としてβ−グルクロニダーゼを用い、基質は5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニド(X-gluc)を用いた。また、本発明において、モデル光導波路としてガラス製スラブ光導波路(slab optical wave guide; SOWG)を用いた。酵素活性測定装置として図3に示す装置を用いた。
2.光導波路の表面修飾
各種シランカップリング剤(ODS;オクタデシルトリクロロシラン、OTS;オクチルトリクロロシラン、APS;3-アミノプロピルトリエトキシシラン)をトルエンを溶媒として1 %となるように調製した。各種シランカップリング剤を1 %含むトルエン溶液に洗浄したスラブ光導波路を室温で1分間含浸し、表面修飾をおこなった。ここで、疎水化可能なシランカップリング剤としてODSを使用した例を実施例1、OTSを使用した例を実施例2とする。疎水化に適さない、すなわち疎水化可能ではないシランカップリング剤としてAPSを使用した例を比較例1とする。また、スラブ光導波路を表面修飾していない例を比較例2とする。
【0046】
上記実施例1及び2ならびに比較例1、2において、表面修飾を行ったスラブ光導波路を純水とエタノールで洗浄し、乾燥させたのち、接触角を測定した。各々の接触角を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
3.吸収スペクトルの測定
実施例1及び2、ならびに比較例1及び2にグリセリンを滴下し、このグリセリン滴に光源から光を導く光ファイバを挿入し、スラブ光導波路内に光を導入した。試料を保持するために内法が縦20 mm × 横5 mm × 高さ2 mmのシリコンゴム製試料セルをスラブ光導波路上に密着させた。スラブ光導波路内を伝播した光は端面の光出射部から出射し、受光レンズにより集光されたのち、CCD検出器に導かれた。この際に検出された信号をコンピューターで処理することで、吸収スペクトルを得た。
【0049】
試料セルに酵素及び基質を含まない10 mMリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を200 μl導入し、この状態で検出される信号を本測定におけるベースラインとした。次にPBSを取り除いたのち、混合直後の酵素−基質混合溶液(β-グルクロニダーゼ;2.1 units/ml、X-gluc;9.6 μM)を試料セルに200 μl導入し、吸収スペクトルを測定した。
4.結果
得られた吸収スペクトルの測定結果を図4に示す。本実験の結果から、表面修飾をおこない疎水処理したスラブ光導波路(実施例1及び2)が未修飾のスラブ光導波路(比較例2)と比較してβ-グルクロニダーゼ活性をより高感度に検出できることがわかった。また、表面の疎水化が可能なシランカップリング剤を使用したスラブ光導波路(実施例1及び2)は、表面の疎水化に適さないシランカップリング剤を使用したスラブ光導波路(比較例1)と比較してβ-グルクロニダーゼ活性をより高感度に検出できることがわかった。これはスラブ光導波路の表面を疎水性にすることによりβ-グルクロニダーゼの作用で発色したX-glucと該表面との親和性が向上し、発色したX-glucがスラブ光導波路の表面により吸着しやすくなったものと考えられる。また、このように吸着による濃縮効果が酵素活性測定の高感度化に極めて効果的であることがわかった。
【0050】
吸収スペクトルピーク強度の経時変化を図5に示す。未修飾のスラブ光導波路(比較例2)と比較して表面の疎水化が可能なシランカップリング剤を使用して疎水処理したスラブ光導波路(実施例1及び2)の方がより短時間でピーク強度が上昇することがわかった。また、表面の疎水化に適さないシランカップリング剤を使用したスラブ光導波路(比較例1)と比較して、表面の疎水化が可能なシランカップリング剤を使用して疎水処理したスラブ光導波路(実施例1及び2)の方がより短時間でピーク強度が上昇することがわかった。すなわち、スラブ光導波路を疎水化可能な化合物で疎水処理することにより酵素活性をより迅速に検出できることがわかった。
5.従来法との比較
希薄な酵素−基質混合溶液(β-グルクロニダーゼ;0.21 units/ml、X-gluc;0.96 μM)を用いて、本願発明の方法と従来法との比較を行った。本願発明の方法においては、上記実施例1として示した、ODSにより疎水処理したスラブ光導波路を使用した。試料を保持するために内法が縦30 mm × 横5 mm × 高さ2 mmのシリコンゴム製試料セルを用いた。試料セルに酵素及び基質を含まないPBSを300 μl導入し、この状態で検出される信号を本測定におけるベースラインとした。次にPBSを取り除いたのち、混合直後の酵素−基質混合溶液を試料セルに300 μl導入し、吸収スペクトルを測定した。従来法として、以下の手順に従って酵素活性を測定した。
【0051】
等量(それぞれ500 μl)のβ-グルクロニダーゼとX-gluc溶液を最終濃度がそれぞれ(0.21 units/ml、0.96 μM)となるよう混合し、酵素反応を開始させた。溶液を混合後、3分後と20分後の吸収スペクトルを日本分光(株)製紫外可視分光光度計(JASCO V-550)を用いて測定した。
【0052】
得られた結果を、以下の図6及び図7に示す。図6はβ-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後3分後の吸収スペクトルを比較した結果である。従来の透過法(b)では明瞭な吸収スペクトルが得られなかったが、ODS-SOWGを用いた本願発明の方法(a)では明瞭な吸収スペクトルが得られた。このように本願発明の方法では、従来法では検出不可能な反応初期段階においても吸収スペクトルの検出による酵素活性の測定が可能であった。また、図7はβ-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後20分後の吸収スペクトルを比較した結果である。従来の透過法(b)で得られた吸収スペクトルと比較して、本願発明の方法で得られた吸収スペクトルの強度は大幅に増大している。図8は吸収スペクトルのピーク強度を比較した結果である。本願発明の方法では透過法と比較して約18倍もの強度が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、光導波路の表面を疎水処理することにより、酵素及び基質の希薄溶液中であっても、酵素と基質とが反応することにより生じる酵素反応生成物を光導波路に容易に吸着・濃縮させることができ、酵素活性を高感度、迅速且つ簡便に測定することができる。また、本発明によれば、測定セルを使用することなく吸収スペクトルを測定できるため、その酵素活性を簡便に測定することができる。例えば、得られる吸収スペクトルは、別途蛍光色素等のラベル化剤を用いることなく測定可能であり、すなわち酵素反応生成物由来の吸収スペクトルを直接測定することができるため、その酵素活性を安価かつより正確に測定することができる。
【0054】
このように本発明によれば、酵素および該酵素の基質が微量であっても、その酵素活性を高感度、迅速且つ簡便に測定することができるため、基礎生物学における酵素活性の研究、創薬における薬剤のスクリーニング、医療における臨床検査などの分野において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の液滴を介した光の導入方法の模式図を示す。
【図2】本発明の液滴を介した光の導入方法の一実施例を示す模式図を示す。
【図3】本発明の光導波路を使用した分光測定装置の一実施例を示す模式図を示す。
【図4】スラブ光導波路の表面修飾の効果を示す(β-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後20分後の吸収スペクトル a; ODS-SOWG、b; OTS-SOWG、c; APS-SOWG、d; bare-SOWG)。
【図5】吸収スペクトルピーク強度の経時変化を示す(○; ODS-SOWG、●; OTS-SOWG、■; APS-SOWG、□; bare-SOWG)。
【図6】β-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後3分後の吸収スペクトルの比較結果を示す(a; ODS-SOWG、b; 透過法)。
【図7】β-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後20分後の吸収スペクトルの比較結果を示す(a; ODS-SOWG、b; 透過法)。
【図8】β-グルクロニダーゼ−X-gluc混合後20分後の吸収スペクトルピーク強度の比較結果を示す。
【符号の説明】
【0056】
11、21、31 疎水処理したスラブ光導波路
12、22、32 液滴
13、23、33 光導入用光導波路(光ファイバ)
13a、23a、33a 光導入用光導波路の先端
24、34 支持基板
25、35 シリコンゴムシート
26、36 試料セル
27、37 光出射部
38 光源
39 受光レンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素と基質を反応させることにより生じる酵素反応生成物を検出することにより該酵素の活性を測定する方法であって、疎水処理された表面を有する光導波路を用いて酵素反応生成物を検出する工程を含む、酵素活性の測定方法。
【請求項2】
疎水処理された表面を有する光導波路の水接触角が60°以上である、請求項1に記載した酵素活性の測定方法。
【請求項3】
疎水処理がシランカップリング剤を用いて行われる、請求項1または2に記載した酵素活性の測定方法。
【請求項4】
シランカップリング剤がオクチルトリクロロシランまたはオクタデシルトリクロロシランである、請求項3に記載した酵素活性の測定方法。
【請求項5】
光導波路が石英またはガラスである、請求項1〜4のいずれかに記載した酵素活性の測定方法。
【請求項6】
光導波路がスラブ光導波路である、請求項1〜5のいずれかに記載した酵素活性の測定方法。
【請求項7】
酵素反応生成物が吸収スペクトルにより測定可能である請求項1〜6に記載した酵素活性の測定方法。
【請求項8】
基質が、酵素の作用によって基質とは異なる吸収スペクトルを呈する酵素反応生成物を生じさせるものである、請求項1〜7に記載した酵素活性の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−153503(P2009−153503A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−338724(P2007−338724)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】