説明

酵素電極調製方法

本発明は、マイクロカプセル化によってケイ酸塩ゾルゲルに固定されたコレステロール・オキシダーゼ(ChOx)をコーティングすることにより酵素電極を調製する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素電極調製方法に関する。本発明はまた主として、固定化されたコレステロール・オキシダーゼ(ChOx)とメディエーターをマイクロカプセル化してケイ酸塩ゾルゲルにコーティングすることによる酵素電極の調製方法を提供する。
【0002】
発明の背景
コレステロールとその脂肪酸エステルは、神経及び脳細胞の成分であり、胆汁酸やステロイド・ホルモンなど、他の生体物質の前駆物質であるから、人間にとって重要な化合物である(P. Y. Yeagle, コレステロールの生物学、 CRC Press: 生物学と医学におけるその機能と代謝:Plenum: New York 1972)。血液中のコレステロール測定は、心臓疾患の診断で臨床的に重要である。過度の飲食による血液中のコレステロールとその脂肪酸エステルの蓄積は致命的なものになる可能性があるからである(D. Noble, Anal. Chem., 1993, 65, 1037A-41A)。血清値の正常範囲は、総コレステロールで3 乃至6 mMであるが、高脂血症の場合はこのレベルが10 mMにまで上昇する。したがって、コレステロールを測定するための便利で迅速な方法を開発することが望ましい。
【0003】
カーボン・ペースト内に酵素を安定化して固定したり、ガラス状カーボン電極の表面に共有結合で結合したり、又はポリマー・フィルム内に固定したりして酵素電極を調製するためにいろいろな方法が当業者によって用いられてきた。近年、ゾルゲル・マトリックス内に酵素活性を保持して酵素を固定することが新しいバイオセンサーの開発の有力な手段になっている。Avnir et al.は、有機化合物を重合前駆物質と共に導入することによって有機化合物を無機サポートに固定する方法を開示している(J. Phys. Chem. 88 (1984), 5969)。ゾルゲル処理された物質は、導電性、光学、機械的、及び電気光学的用途のためのセラミック・フィルムの開発における利用で知られている(Brinker, C.J. and Scherer, G.W., ゾルゲル科学(Sol-Gel Science), Academic Press, New Tork, (1989); Klein, L.C., Annu. Rev. Mat. Sci., 23 (1993) 437)。 Braun et al.は、アルカリホスファターゼがゾルゲル・マトリックス内で固定されたときにその活性を保持すると報告している(Mter. Lett., 10 (1990) 1)。ゾルゲル・マトリックス内のグルコース・オキシダーゼなど、酵素固定化の分野における開示がある(Yamanaka et al.,Chem. Mater. 4 (1992) 495; Shtelzer et al., Biochem. Biotechnol., 19 (1994) 293; Narang et al, Anal. Chem., 66 (1994) 3139)。
【0004】
Audebert and SanchezはTMOS及び異なる粒子サイズの市販コロイド状シリカによる二段階ゾルゲル調製法を用いたフェロセンで媒介されたゾルゲル・バイオセンサーの構成を報告している(Chem. Mater. 5 (1993) 911)。この参照文献によると、80%を超えるグルコース・オキシダーゼがゲル内でその活性を保持し、電極のFaradic応答はこの活性に基づく理論的計算と一致している。Lev et alはゾルゲルで得られる複合シリカ-カーボン電極の利用を開示し、シリカ・マトリックスの多孔性と剛性及びグラファイトの導電性という両方の利点を主張している(Anal. Chem., 66 (1994) 1747)。この開示では、グルコース・オキシダーゼがまずカーボン粉末の表面に吸着され、次にガラス状カーボン電極でのゾルゲル・フィルムの調製に用いられる。Kurokawa et al. も、製造されたグルコース・オキシダーゼをドープしたゾルゲル複合物がセルロースやチタン・プロポキシドなどの複合ファイバーから作られる同様な方法を報告している(Biotechnol. Bioeng., 42 (1993) 394; Biotechnology 7 (1993) 5)。
【0005】
コレステロール・オキシダーゼとホースラディッシュ・ペルオキシダーゼのゾルゲル・フィルムにおける同時固定が、例えば、Analytica Chimica Acta Vol. 414, 23 pp. 2000に開示されている。この開示の方法は、コレステロールとホースラディッシュ・ペルオキシダーゼをテトラ・オルト・ケイ酸塩から得られるゾルゲル・フィルムで固定化するための物理的吸着、物理的にトラップされたサンドイッチ及びマイクロ封入法の利用を含む。コレステロールの定量(estimation)に関する応答時間は100分を超える。物理的にトラップされた酵素サンドイッチ・ゾルゲル・フィルムで、電流計測によって50秒という応答時間が観測された。さらに、酵素電極は、わずか8週間しか安定でないと報告されている。
【0006】
この分野で用いられているバイオセンサーは安定性と短い貯蔵寿命の点でいくつか問題がある。化学的センシングの研究者で使用されるバイオ認識エレメントの固定化方法はいくつか報告されている(R. F. Tylor, タンパク質固定の基本と応用: Marcel Dicker, New York (1976) Chapter 8, 263-303、及びH. H. Weetal, 固定された酵素:抗原、抗体、及びペプチドの調製と特性評価: Marcel Dicker, New York (1975) Chapter 6, 263-303)。文献で報告されている方法は、一般に次のカテゴリーのいずれかに分類できる:(1)物理的吸着、(2)共有結合付着、又は(3)トラップ捕獲、このうちで物理的吸着が最も単純な固定化方法である。
【0007】
これらの固定化の方法には、バイオ認識エレメント(例えば、タンパク質、及び酵素)の大きなサイズに関連した問題など、いくつかの問題が生ずる。物理的吸着は、ある範囲のバイオ認識エレメントの方位と見かけの結合(biding)親和度を生ずる。さらに、物理的吸着は一般に標的分析物に完全に応答しないバイオ認識エレメントの集団を生ずる。固定化された分子種は完全に標的分析物に応答しなくなる。固定化された分子種は、しばしば、共有結合でないためにセンシング・インターフェースから溶け出す/離脱する。共有スキームは一般に安定で一様な(バイオ認識方位の中間(interim))インターフェースを生じ、酵素の溶け出しは最小になる。残念ながら、共有結合による付着は一つ以上の化学的変換を伴うことがあり、時間がかかりがちで、コストも高くなる。
【0008】
米国特許第 6,342,364号明細書は、サンプルを一度送るだけで低密度リポタンパク質中のコレステロールを電気化学的に測定するセンサーを提供している。このセンサーは、電気的に絶縁性のベースプレートに取付けられた、少なくとも作業電極とカウンター電極を含む電極システム;ベースプレートに電極システムと共に形成される酵素層;及び電極システムへのサンプル溶液供給路で酵素層の前に配置される試薬層;を有する。酵素層は、少なくともオキシドレダクターゼとエレクトロン・メディエーターを含む。試薬層は低密度リポタンパク質以外のリポタンパク質でオキシドレダクターゼとの反応性を抑制する試薬、例えば低密度リポタンパク質以外のリポタンパク質に付着して水溶性の錯体を形成する試薬、を含む。しかし、このセンサーの貯蔵寿命は低すぎる。
【0009】
米国特許第 6,214,612号明細書は、コレステロールの定量測定のための、電極システムと反応試薬システムを含むコレステロール・センサーを開示している。電極システムはカーボン電極などの測定電極とカウンター電極を含み、反応試薬システムはコレステロール・デヒドロゲナーゼ、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド、及び酸化されたエレクトロン・メディエーターを含む。エレクトロン・メディエーターは、フェリシアニド、1,2-ナフトキノン-4-スルホネート、2,6-ジクロロフェノール インドフェノール、ジメチルベンゾキノン、1-メトキシ-5-メチルフェナジニウム スルフェート、メチレンブルー、ガロシアニン、チオニン、フェナジン・メトスルフェート、及びMeldola’sブルー、などを含む。ジアフォラーゼ、コレステロール・エステラーゼ、及び表面活性剤も存在してもよい。上記の電極システムは絶縁性のベースプレート上にあり、ベースプレートはサンプル供給チャンネルである溝を有する被覆部材を有し、この溝はベースプレートの端から電極システムまで延びる。乾燥形態の試薬システムと親水性ポリマーの層を含む反応層がベースプレート又は被覆部材に、又は電極システムと被覆部材の上に、サンプル供給チャンネルにさらされるように設けられる。動作時に、コレステロール・デヒドロゲナーゼによるコレステロールの酸化と合わせてエレクトロン・メディエーターは還元され、エレクトロン・メディエーターを電気化学的に再酸化するために必要な電流は、サンプル中に存在するコレステロールの量と正比例する。しかし、このセンサーは貯蔵寿命が低く、メディエーターと酵素が両方とも溶け出す可能性がある。
【0010】
米国特許第 6,071,392号明細書は、電気的に絶縁性のベースプレートに形成された測定電極とカウンター電極を有する電極システム、電極システムを覆う電極コーティング層、及び電極コーティング層に又はその近くに形成された反応試薬層を含むコレステロール・センサーを開示しており、このセンサーでは、反応試薬層は少なくともコレステロール酸化を触媒する酵素、コレステロール・エステルの加水分解活性を有する酵素、及び表面活性剤を含み、電極コーティング層は水溶性セルロース誘導体及びサッカライドから成る群から選択された一つを含み、前記センサーに供給されたサンプル溶液に前記電極コーティング層が溶解したときにサンプル溶液に十分な粘度を付与して前記表面活性剤が前記電極システムに侵入することを阻止できるような濃度で含まれる。この特許のセンサーは、電極システムに侵入する表面活性剤による電極の劣化でセンサーの応答が低下することをなくすことが目的である。応答時間は低いと述べられているが、酵素が溶け出す可能性があるために貯蔵寿命はやはり高くない。
【0011】
米国特許第 6,117,289号明細書は、少なくとも測定電極とカウンター電極から成り電気的に絶縁性のベースプレートに配置された電極システム、及び電極システム上又はその近くに形成された反応層を含むコレステロール・センサーを開示している。反応層は、コレステロール・エステルをコレステロールに変換するコレステロール・エステラーゼ、及びコレステロール・オキシダーゼ及び表面活性剤を含む。応答時間は9分に達していた。さらに、表面活性剤の存在は電極の劣化を生ずる。
【0012】
電気化学的に重合される導電性ポリマーも最近の20年間にかなりの注目を集めている。導電性の酸化(ドープされた)状態と絶縁性の還元(ドープされない)状態の間でスイッチできるこの材料の著しい能力が多くの応用の基礎になっている。例えば、ポリコンジュゲーテッド(polyconjugated)導電性ポリマーが、モノマーの電気化学的酸化によってセンサー電極上に直接かつ容易にデポジットできること、電荷のデポジションによる厚さの制御、及び酸化還元導電性、及びセンサーに応用できるポリマーの高分子電解質特性、などの有利な特性のためにバイオセンサー用途に提案されている。
【0013】
したがって、コレステロールを従来の方法でかつ迅速に測定できるバイオセンサーの開発がきわめて望ましい。
【0014】
発明の目的
本発明の主な目的は水性媒質中のコレステロールの定量に使用できる新しいゾルゲル・ベース酵素電極を提供することである。
【0015】
本発明の別の目的は、溶液中のコレステロールの正確かつ迅速な定量を可能にする新しい酵素電極を調製する方法を提供することである。
【0016】
本発明のさらに別の目的は、酵素的に安定な、コスト−効果の高い、高感度の酵素電極を提供することである。
【0017】
本発明のさらに別の目的は、30秒という短い時間内にコレステロールの正確な測定を可能にする酵素電極を提供することである。
【0018】
本発明のさらに別の目的は、少なくとも5回再使用できる新しいゾルゲル・ベースの酵素電極を提供することである。
【0019】
発明の要約
したがって、本発明は、水性媒質中のコレステロールの定量に使用できる酵素電極に関し、前記電極は:
i. 導電性のベースプレート、
ii. その上にデポジットされたゾルゲル誘導物質のフィルム、を含み、
iii. ステップb)の前記ゾルゲル誘導物質はマイクロカプセル化されたコレステロール・オキシダーゼとエレクトロン・メディエーターであり、
前記酵素電極は、カプセル化された酵素及びエレクトロン・メディエーターの溶け出しを何も示さず、応答時間は30秒であり、少なくとも5回再使用でき、貯蔵寿命は6ヶ月である。
【0020】
本発明の別の実施の形態では、導電性ベースプレートはインジウム錫酸化物がコーティングされたガラス・プレートと銀コーティングされた非導電性ポリマー表面から選択される。
【0021】
本発明のさらに別の実施の形態では、非導電性ポリマー表面はフィルムとシートから選択される。
【0022】
本発明のさらに別の実施の形態では、非導電性ポリマー表面は、ポリアクリルアミド、ポリ塩化ビニル、及びポリエチレンから成る群から選択される。
【0023】
本発明の別の実施の形態では、ゾル物質はシリカゾルである。
【0024】
本発明のさらに別の実施の形態では、シリカゾルはテトラエチル・オルト・ケイ酸塩とテトラメチル・オルト・ケイ酸塩から選択される。
【0025】
本発明の別の実施の形態では、エレクトロン・メディエーターはフェリシアン化カリウム、フェロセン、及びプルシアンブルーから選択される。
【0026】
本発明のさらに別の実施の形態では、酵素電極は感度が0.4ボルトである。
【0027】
本発明の別の実施の形態では、用いられるコレステロール・オキシダーゼの強度(strength)は表面積1×1 cm2あたり3〜5 IUである。
【0028】
本発明のさらに別の実施の形態では、酵素電極は6.5〜7.2の範囲のpHで動作する。
【0029】
本発明はまた、水性媒質中のコレステロールの定量で使用できる酵素電極を調製する方法に関し、この方法は以下のステップ:
a. 公知の方法によってケイ酸塩溶液を調製するステップ;
b. 3〜5 IUのコレステロール・オキシダーゼと約0.01 Mのメディエーターを含む0.05〜0.1 Mのリン酸バッファーをステップa)の前記ケイ酸塩溶液にゆっくりと加えて、酵素コレステロール・オキシダーゼとエレクトロン・メディエーターを固定化するステップ;
c. 得られた前記混合物を、濁度を観測することによって酵素とメディエーターが完全にカプセル化されるまで静置するステップ;
d. 得られた濁った混合物を導電性ベースプレートに通常の方法で拡げるステップ;
e. 導電性ベースプレートを拡げられた混合物と共に少なくとも1日、25〜30℃の範囲の温度で乾燥して所望の酵素電極を得るステップ;
を含む。
【0030】
本発明のある実施の形態では、用いられるケイ酸塩ゾルはテトラエチル・オルト・ケイ酸塩とテトラメチル・オルト・ケイ酸塩から選択される。
【0031】
本発明の別の実施の形態では、用いられるリン酸バッファーはpHが6.5〜7.2の範囲にある。
【0032】
本発明のさらに別の実施の形態では、酵素電極を調製する方法は単一ステップの方法である。
発明の詳細な説明
【0033】
この開示は本質的に、ゾルの調製及びコレステロール・オキシダーゼと合わせたバッファー溶液中のメディエーターのゾルへの同時添加の諸段階に関する。ゾルと固定された酵素の混合物は、酵素の完全なカプセル化が達成されるまで静置される。この段階は混合物における濁りの発生を観測して判定される。混合物が濁ったら、それは基板にデポジットして所望の電極を調製するのに使用できる。拡げられた混合物が約24時間という長い時間約25〜30℃の温度で乾燥されると、コレステロール感知性質を有する薄いフィルムが得られる。
【0034】
ゾルの調製は、好ましくは純水とHClでテトラエチル・ケイ酸塩を用いて行われる。しかし、テトラメチル・ケイ酸塩を用いても良い。ゾルの調製に用いられる水は、好ましくは純水であるが、さらに好ましくは15 Mオームよりも高い脱イオン水である。ゾルの調製は従来から当業者に公知のどんな手段によって行っても良い。例えば、ストックのゾルゲル溶液は、4.5 mlのテトラエチル・オルト・ケイ酸塩(TEOS)、1.4 mlのH2O、及び100 μlの0.1 M HClをガラスのバイアル中で混合して調製される。混合物はクリーンな溶液が得られるまで一定に攪拌された。この溶液が実験全体にわたって、必要に応じて希釈して用いられた。個々の鋳造液(casting solution)は0.5 mlのストック溶液と0〜0.2 mlの脱イオン水を混合して調製された。
【0035】
次の重要なステップは、固定化されたコレステロール・オキシダーゼ酵素を含むゾルゲルの調製である。このステップの特別な点は、メディエーターを。酵素を含むバッファーと共にゾルに漸次加えて酵素のカプセル化と固定化を同時に行うことである。用いる酵素は濃度が表面積1平方センチメートルあたり3〜5 IUという範囲のコレステロール・オキシダーゼである。用いるメディエーターは、フェリシアン化カリウムが好ましい。コレステロール・オキシダーゼ(ChOx)の固定化には80μlのストック溶液が、3UのChOxを含む0.1 Mのリン酸バッファー(pH 7.0)で作られた0.01 Mフェリシアン化カリウム溶液20μlに加えられ、シリカ・ネットワークを形成する成長しつつある加水分解されたゲルに酵素とメディエーターとしてのフェリシアン化カリウムを同時にトラップする。酵素とメディエーターが成長するネットワーク内に完全にカプセル化されるまで溶液は放置された。
【0036】
固定化されマイクロカプセル化された酵素を含むゾルゲルが調製されたら、それは導電基板にフィルムとしてデポジットするのにいつでも使用することができる。導電基板は、インジウム錫酸化物(ITO)などの導電性フィルムをコーティングしたガラス・プレートであっても、ポリマー・フィルムやシートなどの他の基板であってもよい。これらは銀のフィルムをデポジットして、カプセル化された酵素を含むゾルゲルのフィルムをデポジットするための導電性表面として使用することができる。フィルムを鋳造する前に、インジウム錫酸化物(ITO)がコーティングされたガラス・プレートは最初にHNO3で約2時間処理され、その後Millipore waterで3回水洗された。最後に、ガラス・スライドはフィルム・コーティングの手法の前にn-プロパノールで洗浄された。フィルムは当業者に公知の従来のどんな手段で調製してもよく、好ましくは25〜30℃の範囲の温度で空気中に保持して乾燥させる。その後、ChOxがドープされたいろいろな厚さのフィルムがウオーター・ゾルゲル希釈スキームによってITOガラスに鋳造された。フィルムは25℃で乾燥され4℃で貯蔵された。
【0037】
標準コレステロール溶液は、3 mgのコレステロールを12.8 mlのプロパ-2-ノールに溶解して調製し、5.85 mlのTriton X-100表面活性剤と混合した。均一にした後、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0)によって量を100 mlまで増やし、35℃で恒温に保った。この標準溶液をさらに水で希釈していろいろなコレステロール溶液を作った。
【0038】
酵素をコーティングした基板の特性は、上で調製された標準コレステロール溶液を用いて電流計測応答研究によって測定される。電流計測法は当業者には周知である。この方法では、本質的に三電極セル形態(three electrode cell configuration)が用いられる。用いる電極は、作業電極、すなわち、本発明の酵素電極である。普通、酵素電極はITOコーティングサレタガラス上に作られた。第二の電極はAg/AgClの基準電極である。実際の測定ではpH 7.0のリン酸バッファー中で0.5〜10 mMの間で変化する強度のコレステロール溶液が上述した二つの電極と共に用いられた。酵素的に生成されたH2O2による電流が100秒毎に測定された。普通、何秒という応答時間が、コレステロール濃度に対して測定される。電流を生ずる反応は以下のスキームによる。
コレステロール + O2 → Δ-コレステン-3-オン + H2O2
H2O2 → O2 +2H+ + 2e-
【0039】
実験の結果は図1に示されている。コレステロールにグルコースやアスコルビン酸などの干渉物質を加えたときに酵素電極の応答に何か有害な影響がないかどうかをチェックするために、コレステロール溶液に干渉物質を混合して実験を繰り返した。これらの干渉物質は酵素電極に対する応答に何も影響を示さないことが分かった。
【0040】
従来技術で開示されているコレステロール測定の欠点を解消するために、生体分子がゾルゲルで固定化され、貯蔵寿命が改善された。これは、(i)いろいろな酵素をゾルゲル・マトリックスでカプセル化して光学的に透明なガラスにすることができる、(ii)このマトリックスで酵素は非常に安定である、(iii)これらの酵素はゾルゲル・ガラスで特徴的な可逆的反応を行う、(iv)ゾルゲル・ガラスで起こる分光学的変化は光学的な分光測定で容易に定量化できる、といったことによる。ゾルゲル法は、加熱する必要がほとんど全くないという利点がある。基板との化学結合では、分子の活性が擾乱されるから、これらの酵素分子は無機マトリックスに化学的に結合するというよりも、共有結合ネットワークにトラップされる。乾燥したガラスの細かい孔の(<10 nm)ネットワークは、可視光を散乱させず、小さな分子が電極表面へ拡散することができる。テトラエチル・オルト・ケイ酸塩(TEOS)誘導ゾルゲルなどの多孔質の無機キセロゲルは、物理的剛性、水溶液における無視できるほどの膨潤、化学的な不活性、及び耐熱性をあわせ持つので電気化学的バイオセンサーにとって特に魅力的なマトリックスである。これらのバイオセンサーは原理的に感度と迅速な応答時間を有し、また酵素活性に対する有害な影響という問題も免れている。
【0041】
従来の酵素電極と比べたときに見られるもう一つの著しい利点は、酵素とメディエーターの溶け出しがゼロであるということである。本発明の電極はまた、応答時間が30秒と短く、再使用できる。また、電極の貯蔵寿命は長く、25〜30℃という周囲温度で約6ヶ月である。
【0042】
本発明の進歩性は、酵素コレステロール・オキシダーゼ(ChOx)とエレクトロン・メディエーターをケイ酸塩ゾルゲルにマイクロカプセル化法によって固定し、上記マイクロカプセル化された酵素とメディエーターのゾルゲル・フィルムを導電性のインジウム錫酸化物(ITO)がコーティングされたガラス・プレートにデポジットして溶液中のコレステロールを測定するために使用できる酵素電極を調製することにある。
【0043】
以下の実施例は説明のために示されるものであり、本発明の範囲をいかなる意味でも制限するように構成してはならない。
実施例1:酵素活性の測定
【0044】
プロパン-2-olに溶解された6 mMコレステロールの溶液0.05 cm3と体積3 cm3の0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0)を混合し、35℃の恒温槽に保管した。ChOxを固定したゾルゲル・フィルムをコーティングしたITOガラス・プレートを浸し2分間インキュベートし、プレートを取り出し溶液の吸収率を240 nmでダブルビーム分光計によって測定して酵素反応によって生じたコレステロールを決定した。見かけの酵素活性(Ucm3)が、酵素を固定したゾルゲル・ガラス・プレートのインキュベーションの前後の吸収率の差に基づいて以下の手順で評価された。
【化1】

【0045】
ここで、Aはインキュベーションの前後の吸収率の差、Vは全体積(3.05 cm3)、εはコレステロールのミリモル消光係数(12.2)、tは反応時間(分)そしてsはゾルゲル・フィルムの表面積(cm3)である。1単位の酵素活性(Ucm3)とは毎分1μlモルのコレステロールを産生する活性と定義される。酵素活性の測定は、酵素(ChOx/HRP)固定ゾルゲル・フィルムで行われた。控訴固定ゾルゲル・フィルムからの酵素(ChOx/HRP)の溶け出しは何も観測されなかった。
【0046】
実施例2
コレステロール・オキシダーゼ固定ゾルゲルITO(ChOx/ゾルゲル/ITO)電極を用いた干渉物質を含むコレステロールの電気化学的定量
【0047】
サイクリック電圧計測(Voltametry)研究
コレステロールがChOx固定TEOS誘導ゾルゲル・フィルムを含む酵素電極と接触すると次のような酵素反応及び電気化学的反応が起こる。
コレステロール + O2 → Δ-コレステン-3-オン + H2O2
H2O2 → O2 +2H+ + 2e-
【0048】
H2O2の酸化電流は、電流計測バイオセンサーのセンサー応答として記録される。酵素が直接固定化されているため、時間や感度などのセンサー性質は固定された酵素を反映する。サイクリック電圧計測(voltammetry)実験は、いろいろな濃度(0.5 mMから10 mM)のコレステロールを含む0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0)中で酵素固定ゾルゲル・フィルムをITOガラス・プレートに付着させたものを作業電極として、Ag/AgCl基準電極とPt線をカウンター電極として用いて行われた。上記の実験が、干渉物質としての0.1 mMのアスコルビン酸と0.5 mMのグルコースの不在下と存在下で行われた。サイクリック電圧計測は750 mVの酸化ピークを示し、それはコレステロールの濃度が0.5 mMから10 mMまで増加すると共に陽極電流を増加させ続ける。この増加はITOコーティングされたガラス・プレートの表面でのH2O2の直接酸化に起因している。しかし、0.75Vの酸化ピークは、0.1 mMアスコルビン酸の存在下で陽極電流の増加と共に陽極的に(anodically)150 mV移動して0.9 V Vs Ag/AgClとなる。コレステロール溶液(1mM)中の0.5 mMグルコースの存在も陽極電流の増加を示すが、H2O2の酸化ポテンシャルには何も認められるほどの影響を示さない。したがって、コレステロール中の0.1 mMのアスコルビン酸及び0.5 mMのグルコースの存在はどちらも観測される陽極電流に顕著な影響を及ぼす。
【0049】
実施例3:電流計測応答研究
サイクリック電圧計測実験で用いられたと同様な三電極セル形態が、リン酸バッファー(pH 7.0)中のコレステロールの電流計測測定でも用いられた。作業電極(ITOガラス上のコレステロール・オキシダーゼChOx固定ゾルゲルから成る)が0.9 V vrsus Ag/AgClで分極され、コレステロール(0.5〜10 mM)に対する電流計測応答が酵素的に生成されるH2O2に対する電流計測校正を用いて測定された。電流はセルに異なる濃度のコレステロール溶液(2〜10 mM)を小出しした後100秒毎にモニターされた。10 mMで最大電流5.0μAが得られ、それより上では電流に認められるほどの変化は見られなかった。総コレステロールに対する応答時間は90 secであることが見出された。
【0050】
実施例4
電極としてコレステロール・オキシダーゼとフェリシアン化カリウム固定ゾルゲル・インジウム錫酸化物(ChOx/Fe3+/ゾルゲル/ITO)を用いてコレステロールを電気化学的に定量し、アスコルビン酸(0.1 mM)及びグルコース(0.5mM)などの干渉物質の影響を調べる。
【0051】
サイクリック電圧計測研究
サイクリック電圧計測実験は、いろいろな濃度のコレステロールを含む0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0)中で酵素コレステロール・オキシダーゼ及びフェリシアン化カリウム固定ゾルゲル・インジウム錫酸化物(ChOx/Fe3+/ゾルゲル/ITO)フィルムを作業電極として、Ag/AgCl基準電極とPt線をカウンター電極として用いて行われた。次の反応が起こる。
コレステロール + ChOx → コレステノン + ChOxred
ChOxred + Fe3+ (フェリシアナイド) → ChOx + Fe2+ (フェロシアナイド)
0.4 V
Fe2+ (フェロシアナイド) → Fe3+ (フェリシアナイド) + e-(電極で)
【0052】
酸化電流は、電流計測バイオセンサーのセンサー応答として記録される。酵素が直接固定化されているため、時間や感度などのセンサー性質は固定された酵素を反映する。実施例2で、メディエーターなしの酵素固定ゾルゲル・フィルムを電極として用いたときに0.9 V vs. Ag/AgClで観測された酸化ピークは、今度は陰極的に(cathdically)300mVずれて0.4 V versus Ag/AgClで観測され、それがコレステロール濃度の増加(2から10 mM)と共に増加する。コレステロール溶液中の0.1 mMのアスコルビン酸及び0.5 mMのグルコースの存在は酸化ポテンシャルに何も認められるほどの影響を示さない。
【0053】
実施例5:電流計測応答研究
サイクリック電圧計測実験で用いられたと同様な三電極セル形態が、リン酸バッファー(pH 7.0)中のコレステロールの電流計測測定でも用いられた。作業電極(ITOガラス上のコレステロール・オキシダーゼChOx固定ゾルゲルから成る)が0.4 V vrsus Ag/AgClで分極され、2 mMから10 mMまで変わる濃度のコレステロールに対する電流計測応答が測定された。電流はセルに異なる濃度のコレステロール溶液(2 mM〜10 mM)を加えた後100秒毎にモニターされた(図1)。6 mMコレステロール溶液(1 mL)で、0.4 Vに分極されたChOx/Fe3+/ゾルゲル/ITOで測定された陽極電流は、30秒で安定状態を生じ、コレステロール溶液に対するこの応答は5%以内で再現できた。コレステロール検出の下方限界は電流計測的には0.5 mMであることが見出された。
【0054】
本発明の主な利点は次のようなものである:
1. 本発明によって調製される酵素電極は酵素の溶け出しが無視できる程度である。
2. 調製された酵素電極は溶液中のコレステロールに対する速い応答を示す。
3. 調製された酵素電極は従来よりも長時間安定である。
4. 調製された酵素電極はコレステロールに対する感度がきわめて高い。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】コレステロール溶液の濃度の関数としての酵素電極の応答を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性媒質中のコレステロールの定量に有用な酵素電極を調製する方法であって、以下のステップ:
a. ケイ酸塩溶液を調製するステップ;
b. 3〜5 IUのコレステロール・オキシダーゼと約0.01 Mのエレクトロン・メディエーターを含む0.05〜0.1 Mのリン酸バッファーをステップa)の前記ケイ酸塩溶液にゆっくりと加えて、酵素コレステロール・オキシダーゼとエレクトロン・メディエーターを固定化するステップ;
c. 得られた前記混合物を、濁度を観測することによって酵素とメディエーターが完全にカプセル化されるまで静置するステップ;
d. 得られた濁った混合物を導電性ベースプレートに拡げるステップ;
e. 導電性ベースプレートを拡げられた混合物と共に少なくとも1日、25〜30℃の範囲の温度で乾燥して酵素電極を得るステップ;
を含む方法。
【請求項2】
用いられるケイ酸塩ゾルはテトラエチル・オルト・ケイ酸塩とテトラメチル・オルト・ケイ酸塩から選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
用いられるリン酸バッファーはpHが6.5〜7.2の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
導電性ベースプレートはインジウム錫酸化物がコーティングされたガラス・プレートと銀コーティングされた非導電性ポリマー表面から選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
該非導電性ポリマー表面が、フィルム及びシートから選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
該非導電性ポリマー表面が、ポリアクリルアミド、ポリ塩化ビニル、及びポリエチレンから成る群から選択されることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
該エレクトロン・メディエーターが、フェリシアン化カリウム、フェロセン、及びプルシアン・ブルーから選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
コレステロール・オキシダーゼの強度がゾルゲル表面積1×1 cm2あたり3〜5 IUの範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項9】
酵素電極を調製する方法が単一ステップの方法であることを特徴とする請求項1に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2006−512574(P2006−512574A)
【公表日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−563412(P2004−563412)
【出願日】平成14年12月31日(2002.12.31)
【国際出願番号】PCT/IB2002/005684
【国際公開番号】WO2004/058994
【国際公開日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【出願人】(595059872)カウンシル オブ サイエンティフィク アンド インダストリアル リサーチ (81)
【Fターム(参考)】