説明

酸化物超電導導体の製造方法

【課題】超電導特性が良好な酸化物超電導導体を、良好な生産性(製造速度)で製造できる酸化物超電導導体の製造方法の提供。
【解決手段】レーザ光をターゲット27の表面に照射して、このターゲットの構成粒子を叩き出し若しくは蒸発させ、この構成粒子を基材25上に堆積させて酸化物超電導層を形成することにより酸化物超電導導体を製造する方法であって、前記基材を、加熱手段34により加熱しながら前記構成粒子の堆積領域35を通過させて、前記堆積領域内の前記基材の表面上に前記構成粒子を堆積レート40〜100nm/秒で堆積させた後、前記堆積領域を通過後の前記基材の冷却速度を10〜100℃/秒とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−x:REはY、Gdなどの希土類元素)は、液体窒素温度(77K)よりも高い臨界温度を有しており、超電導デバイス、超電導変圧器、超伝導限流器、超電導モータ又はマグネット等の超電導機器への応用が期待されている。
RE−123系酸化物超電導体を導電体として使用するためには、テープ状基材などの長尺基材上に、結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を形成する必要がある。これは、この種の希土類酸化物系超電導体の結晶が、その結晶軸のa軸方向とb軸方向には電気を流しやすいが、c軸方向には電気を流し難いという電気的異方性を有しており、長尺基材上に酸化物超電導層を形成する場合、電気を流す方向にa軸あるいはb軸を配向させ、c軸をその他の方向に配向させる必要があるためである。
ところが、一般には、金属テープ自体が多結晶体でその結晶構造も酸化物超電導体と大きく異なるために、金属テープ上に直接、結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を形成することは難しい。そこで、金属テープからなる基材の上に、結晶配向性の優れた多結晶中間薄膜を形成し、この多結晶中間薄膜上に酸化物超電導体の薄膜を形成する手法が検討されている。
【0003】
金属テープ上に多結晶中間薄膜が形成された基材上に、RE123系酸化物超電導体を成膜して酸化物超電導層を形成する方法の一つにパルスレーザ蒸着法(PLD法)がある。このPLD法は、高臨界電流特性を有する酸化物超電導層を形成することができることから製造プロセスとして将来有望な手法と考えられている。PLD法による酸化物超電導層の形成では、成膜条件によって形成される酸化物超電導層の特性が大きく変化することから、高特性が得られる条件で長時間安定成膜ができ、かつ高速で成膜できることが酸化物超電導線材の量産化への鍵となっている。
【0004】
PLD法により長尺の基材上に酸化物超電導層を形成して、長尺の酸化物超電導線材とする方法として、該基材を成膜領域へと送り出す送出リールと、成膜領域にて成膜された基材を巻き取る巻取リールとの間に長尺の基材を搬送し、送出リールと巻取リールとの間に配されたターゲットからの構成粒子を該基材上に連続的に成膜する技術が知られている。また、本出願人は、レーザ光をターゲットに照射して生じる蒸着粒子の噴流であるプルーム内に、長尺の基材を複数回通過させることにより、この通過毎に長尺の基材上に蒸着粒子を堆積させ、該基材に堆積する蒸着粒子の収率を向上させて成膜工程を短縮する方法を先に提案している(特許文献1参照)。
【0005】
また、PLD法により酸化物超電導層を長時間安定成膜する手法として、レーザ光を走査し、ターゲットの異なる位置にレーザ光を照射して、ターゲットの磨耗を均一にする試みがなされている(特許文献2参照)。磨耗が均一になることで、長時間使用しても安定的にプルームを発生させることができる。
さらに、PLD法による酸化物超電導層の成膜において、ターゲットからの蒸着粒子を堆積レート5〜15nm/秒で基材上へ成膜を行うことにより、臨界電流密度が約3MA/cmの特性を有する酸化物超電導層が得られることが開示されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−263227号公報
【特許文献2】特開2001−316802号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】低温工学、第43巻、第4号、第150頁〜第157頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的に高品質(高い結晶配向性)の結晶を成長させるためには、結晶成長の駆動力を小さくして長時間かけてじっくりと成長させることが必要となる。気相法による結晶成長の場合は、結晶成長の駆動力として過飽和度が重要である。気相法の一種であるPLD法では、この過飽和度が基材への蒸着粒子の堆積レートに直結するため、高い超電導特性を有する酸化物超電導層を成膜するためには、堆積レートを遅くして過飽和度を低下させる必要があった。そのため、従来のPLD法による酸化物超電導層の形成時は、基材への蒸着粒子の堆積レートを遅く設定して成膜していた。
しかし、基材への蒸着粒子の堆積レートを遅くするということは必然的に酸化物超電導層の成膜に長時間を要することを意味し、酸化物超電導線材の生産性が低く(製造速度が遅く)なってしまう。非特許文献1に記載の技術では、良好な特性の酸化物超電導層を形成することができるものの、蒸着粒子の堆積レートが5〜15nm/秒と遅いため、この技術を酸化物超電導線材の量産化に応用することは困難であるという問題がある。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、超電導特性が良好な酸化物超電導導体を、良好な生産性(製造速度)で製造できる酸化物超電導導体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、レーザ光をターゲットの表面に照射して、このターゲットの構成粒子を叩き出し若しくは蒸発させ、この構成粒子を基材上に堆積させて酸化物超電導層を形成することにより酸化物超電導導体を製造する方法であって、前記基材を、加熱手段により加熱しながら前記構成粒子の堆積領域を通過させて、前記堆積領域内の前記基材の表面上に前記構成粒子を堆積レート40〜100nm/秒で堆積させた後、前記堆積領域を通過後の前記基材の冷却速度を10〜100℃/秒とすることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、前記基材を、前記構成粒子の堆積領域を複数回通過させて、該堆積領域を通過毎に前記基材上に前記構成粒子を堆積させるとともに、該堆積領域を通過毎にこの堆積領域を通過後の前記基材の冷却速度を10〜100℃/秒として酸化物超電導層を形成することが好ましい。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、前記基材を、前記堆積領域を通過直後に前記冷却速度で冷却することも好ましい。
また、本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、前記基材の移動方向を転向させる転向部材を少なくとも一対、対向配置するとともに、これらの転向部材間に前記基材が複数の隣接するレーンを構成するように前記基材を巻回し、該転向部材間にて複数のレーンを構成した状態の前記基材の表面に対向するように前記ターゲット配し、前記基材を前記転向部材間を周回させることにより前記ターゲットの構成粒子の堆積領域を複数回通過させることがより好ましい。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、前記堆積領域内の前記基材表面と、前記ターゲットとの距離を80〜110mmとすることも好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、堆積領域(成膜領域)を通過後の基材の冷却速度を10〜100℃/秒とすることにより、成膜レートを40〜100nm/秒まで高く設定しても、成膜される酸化物超電導層の結晶配向性および超電導特性を高く保ちつつ、高い生産性(速い製造速度)を実現できる。従って、本発明によれば、良好な特性の酸化物超電導導体を高い生産性で製造することができる。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、前記堆積領域を通過直後に基材を冷却速度10〜100℃/秒で冷却することにより、中間層と酸化物超電導層との界面反応を防ぎ、良好な結晶配向性の酸化物超電導層を成膜することができ、良好な超電導特性の酸化物超電導導体を製造することができる。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、ターゲットの構成粒子の堆積領域(成膜領域)に位置する基材とターゲットとの距離dを80〜110mmの範囲に設定することにより、該基材の表面にターゲットの構成粒子の噴流が十分に届き、成膜される酸化物超電導層の膜厚が不均一化しないため、成膜される酸化物超電導層の特性が低下することを抑制することができる。従って、より高い超電導特性の酸化物超電導導体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の酸化物超電導導体の製造方法で使用されるレーザ成膜装置の一例を示す構成説明図である。
【図2】図1に示すレーザ成膜装置の要部を示す概略斜視図である。
【図3】本発明の製造方法により得られる酸化物超電導導体の一例を示す概略斜視図である。
【図4】実施例における試料No.4およびNo.7の酸化物超電導層のX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明の酸化物超電導導体の製造方法で使用されるレーザ蒸着装置の一例を示す構成説明図であり、図2は図1に示すレーザ蒸着装置の要部を示す概略斜視図である。なお、以下に示す本実施形態では、図3に示す構成の酸化物超電導導体10を製造する場合を例示して説明する。
【0014】
図3は、本実施形態の酸化物超電導導体の製造方法により得られる酸化物超電導導体10の一例を示す概略斜視図である。
図3に示す酸化物超電導導体10は、長尺のテープ基材11上に、中間層12及び酸化物超電導層13がこの順に積層されて構成されている。
【0015】
長尺のテープ基材11は、耐熱性の金属や合金からなるものが好ましく、ニッケル(Ni)合金又は銅(Cu)合金からなるものがより好ましい。中でも、市販品であればハステロイ(商品名、ヘインズ社製)が好適であり、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。
テープ基材11の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmであることが好ましく、20〜200μmであることがより好ましい。下限値以上とすることで強度が一層向上し、上限値以下とすることでオーバーオールの臨界電流密度を一層向上させることができる。
【0016】
中間層12は、酸化物超電導層13の結晶配向性を制御し、テープ基材11中の金属元素の酸化物超電導層13への拡散を防止するものであり、また、テープ基材11と酸化物超電導層13との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能する。中間層12の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物が例示できる。中間層12は、単層でも良いし、複数層でも良い。複数層である場合には、最外層(最も酸化物超電導層13に近い層)が少なくとも結晶配向性を有していることが好ましい。
【0017】
中間層12とテープ基材11との間には、ベッド層が介在されていてもよい。ベッド層は、耐熱性が高い材料からなり、界面反応性を低減し、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、必要に応じて配され、例えば、イットリア(Y)、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。このベッド層の厚さは例えば10〜200nmである。
【0018】
さらに、テープ基材11とベッド層との間に、テープ基材11の構成元素拡散を防止する目的で拡散防止層が介在された構造としても良い。拡散防止層は、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)、あるいは希土類金属酸化物等から構成され、その厚さは例えば10〜400nmである。
【0019】
また中間層12は、前記金属酸化物層の上に、さらにキャップ層が積層された複数層構造でも良い。キャップ層は、酸化物超電導層13の配向性を制御する機能を有するとともに、酸化物超電導層13を構成する元素の中間層12への拡散や、酸化物超電導層13積層時に使用するガスと中間層12との反応を抑制する機能等を有するものである。そして、前記金属酸化物層により配向性が制御される。
【0020】
キャップ層は、前記金属酸化物層の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層は、前記金属酸化物層よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層の材質がCeOである場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
【0021】
中間層12の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、0.1〜5μmである。
中間層12が、前記金属酸化物層の上にキャップ層が積層された複数層構造である場合には、キャップ層の厚さは、通常は、0.1〜1.5μmである。
【0022】
中間層12は、酸化物薄膜を形成する公知の方法で積層でき、特に、IBAD(イオンビームアシスト蒸着)法で形成された前記金属酸化物層は、結晶配向性が高く、酸化物超電導層13やキャップ層の結晶配向性を制御する効果が高い点で好ましい。
【0023】
このように、良好な配向性を有する中間層12上に酸化物超電導層13を形成すると、酸化物超電導層13も中間層12の配向性に整合するように結晶化する。よって良好な配向性を有する中間層12上に形成された酸化物超電導層13は、結晶配向性に乱れが殆どなく、酸化物超電導層13を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、テープ基材11の厚さ方向に電気を流しにくいc軸が配向し、テープ基材11の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが配向している。従って得られた酸化物超電導層13は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、テープ基材11の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度が得られる。
【0024】
酸化物超電導層13を構成する超電導体としては、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−x:REはY、La、Nd、Sm、Eu、Gd等の希土類元素)が挙げられ、Y123(YBaCu7−x)又はGd123(GdBaCu7−x)等が好ましいものとして挙げられるが、その他の酸化物超電導体、例えば、(Bi,Pb)CaSrCuなる組成などに代表される臨界温度の高い酸化物超電導体からなるものも適用できる。酸化物超電導層の厚みは0.5〜5μm程度で、かつ均一な厚みとなっている。また、酸化物超電導層の膜質は均一となっており、酸化物超電導層の結晶のc軸とa軸とb軸も中間層12またはキャップ層の結晶に整合するようにエピタキシャル成長して結晶化しており、結晶配向性が優れたものとなっている。
【0025】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法の実施に使用されるレーザ蒸着装置20は、レーザ光Lによってターゲット27から叩き出され若しくは蒸発した構成粒子の噴流(プルーム29)を基材25上に堆積させ、この構成粒子による薄膜を基材25上に形成する、レーザ蒸着法による成膜装置である。なお、以下の説明において、ターゲット27の構成粒子の堆積領域35とは、レーザ光Lの照射によりターゲット27から叩き出され若しくは蒸発した構成粒子(蒸着粒子)の噴流であるプルーム29が形成された領域を意味する。
【0026】
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20は、テープ状の長尺の基材25を巻回するリールなどの巻回部材を複数個同軸的に配列してなり、離間して対向配置された基材25の移動方向を転向する一対の転向部材群23、24と、転向部材群23の外側に配置された基材25を送り出すための送出リール21と、転向部材群24の外側に配置された基材25を巻き取るための巻取リール22と、転向部材群23、24の巻回により複数列とされた長尺の基材25を支持する基板ホルダ26と、基板ホルダ26に内蔵された基材25を加熱するための加熱手段34と、転向部材郡23、24間を走行する基材25と対向配置されたターゲット27と、ターゲット27にレーザ光Lを照射するレーザ光発光手段28とを備えて構成されている。転向部材群23、24、送出リール21及び巻取リール22を駆動装置(図示略)により互いに同期して駆動させることにより、送出リール21から送り出された長尺の基材25が転向部材群23、24を周回し、巻取リール22に巻き取られるようになっている。
【0027】
長尺の基材25は、成膜面である中間層12側が外側となるように一対の転向部材群23、24に巻回されており、これらの転向部材群23、24を周回することにより、ターゲット27の構成粒子(蒸着粒子)の堆積領域35にて複数列レーンを構成するように配置されている。そのため、レーザ蒸着装置20は、レーザ光Lをターゲット27の表面に照射し、ターゲット27から叩き出され若しくは蒸発した構成粒子の噴流(プルーム29)を、ターゲット27に対向する領域(ターゲット27の構成粒子の堆積領域35)を走行する基材25の表面(中間層12の表面)に向けて、基材25上に蒸着粒子を堆積させることができる。また、長尺の基材25が堆積領域35にて複数列レーンを構成するように配置されていることにより、ターゲット27からの蒸着粒子を良好な収率で基材25上に堆積させることができ、ターゲット27を有効利用することができる。
【0028】
処理容器31には、真空排気装置32が接続され、この真空排気装置32により処理容器31内を所定の圧力に減圧するようになっている。
基材25、基材25の移動方向を転向させる転向部材群23、24、送出リール21、巻取リール22、ターゲット27および基板ホルダ26は、処理容器31内に収容され、処理容器31内の圧力が所定の圧力に減圧されている間は、長尺の基材25の長手方向の全体が処理容器31内の減圧下に置かれるようになっている。
【0029】
ターゲット27の構成粒子の堆積領域35を走行する複数の基材25を支持する基板ホルダ26内には、加熱手段34が配されている。そのため、基板ホルダ26に保持されて堆積領域35を通過中の基材25は、その成膜面(中間層12側)とは反対側の面(テープ基材11側)から、加熱手段34からの放熱により所定の温度に加熱された状態でターゲット27の構成粒子が堆積し、成膜される。堆積領域35を通過後の基材25は、加熱手段34が内蔵された基板ホルダ26から離れることにより、放熱して冷却される。
加熱手段34としては、熱を放散して堆積領域35内の基材25を加熱することができるものであれば特に限定されず、通電式の加熱ヒーター等が挙げられる。なお、本実施形態においては、基板ホルダ26内に加熱手段34を設けているが、本発明はこれに限定されず、堆積領域35を通過中の基材25を所定の温度に加熱することができ、基材25への酸化物超電導層13の成膜温度を所定の温度に保つことができれば、その設置位置は適宜変更可能である。
【0030】
ターゲット27は、形成しようとする酸化物超電導層13と同等または近似した組成、あるいは、成膜中に逃避しやすい成分を多く含有させた複合酸化物の焼結体あるいは酸化物超電導体などの板材からなっている。従って、酸化物超電導体のターゲットは、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−x:REはY、La、Nd、Sm、Eu、Gd等の希土類元素)またはそれらに類似した組成の材料を用いることができる。RE−123系酸化物として好ましいのは、Y123(YBaCu7−x)又はGd123(GdBaCu7−x)等であるが、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成などに代表される臨界温度の高い酸化物超電導層と同一の組成か、近似した組成のものを用いることが好ましい。
【0031】
ターゲット27にレーザ光Lを照射するレーザ光発光手段28としては、ターゲット27から構成粒子(蒸着粒子)を叩き出すことができるレーザ光Lを発生するものであれば、Ar−F(193nm)、Kr−F(248nm)、Xe−Cl(308nm)などのエキシマレーザ、YAGレーザ、CO2レーザなどのいずれのものを用いても良い。
処理容器31には、レーザ光発光手段28のレーザ光Lを取り込むための窓33が設けられている。本実施形態においては、レーザ光発光手段28は処理容器31の外側に設置されているが、処理容器31の内側に配置することも可能である。
また、レーザ光Lは、その照射位置を移動させる手段(図示略)により、レーザ光Lの照射位置をターゲット27の表面上で移動可能とされていることが好ましい。このようにレーザ光Lの照射位置をターゲット27の表面上で移動可能とすることにより、ターゲット27が局所的に削られて、ターゲット27の寿命が短くなることを防止することがきできる。また、ターゲット27の表面上でレーザ光Lの照射位置を移動可能とすることにより、ターゲット27からのプルーム29を複数発生させて、ターゲット27の構成粒子の堆積領域35を広くすることができる。
【0032】
ターゲット27はターゲットホルダ(図示略)により固定され、ターゲット移動機構(図示略)によって、平行な面に沿って移動可能に設けられている。さらに、ターゲット27は、ターゲット27の中心を軸として回転可能に設けられていることが好ましい。このように、ターゲット27を移動可能及び回転可能に設けるならば、長時間の成膜を継続して実施しても、ターゲット27の表面がほぼ均一に削られるので、ターゲット27表面の形状乱れによってプルーム29の大きさが変わる不具合を防止することができ、基材25の長手方向に均一な膜厚の酸化物超電導層13を形成することが可能となる。
【0033】
図1および図2に示す構成のレーザ蒸着装置20を用いて基材25の上(テープ基材11上の中間層12の上面)に酸化物超電導層13を成膜するには、ターゲット27を所定の位置に設置し、次いで、送出リール21に巻回されている長尺の基材25を引き出しながら、転向部材群23、24に成膜面(中間層12側)が外側となるように順次巻回し、その後、長尺の基材25の先端側を巻取リール22に巻き取り可能に取り付ける。
これによって、一対の転向部材群23、24に巻回された長尺の基材25が、これらの転向部材群23、24を周回し、ターゲット27に対向する位置に複数列並んで移動するようになる。その後、真空排気装置32を駆動し、少なくとも転向部材群23、24間を走行する基材25を覆うように設置された処理容器31内を減圧する。
この際、必要に応じて処理容器31内に酸素ガスを導入して容器内を酸素雰囲気としても良く、成膜時の処理容器31内の酸素分圧は70〜100Paに設定することが好ましい。成膜時の酸素分圧を前記範囲に設定することにより、成膜される酸化物超電導層13の結晶配向性が良好となり、超電導特性を向上させることができる。酸素分圧が前記範囲を外れる場合、成膜される酸化物超電導層13の膜質が不均一化して、超電導特性が低下する場合がある。
【0034】
ここで、ターゲット27の構成粒子の堆積領域(成膜領域)35に位置する基材25と、ターゲット27との距離dは、特に制限されるものではなく、適宜変更可能であるが、80〜110mmの範囲に設定することが好ましい。成膜領域35の基材25とターゲット27との距離を前記範囲に設定することにより、成膜される酸化物超電導層13の結晶配向性が良好となり、超電導特性を向上させることできる。成膜領域35の基材25とターゲット27との距離が110mmを超える場合、成膜される酸化物超電導層13の膜質が不均一化して、超電導特性が低下してしまう場合がある。また、成膜領域35の基材25とターゲット27との距離が80mm未満の場合、該基材25とターゲット27との距離が近すぎるため、ターゲット27の構成粒子の堆積領域(成膜領域)35が狭くなり、成膜される酸化物超電導層13の膜厚が不均一化したり、超電導特性が低下する場合がある。
【0035】
次に、ターゲット27にレーザ光Lを照射して成膜を開始するよりも前の適当な時に、加熱手段34に通電して、基板ホルダ26に保持されてターゲット27の構成粒子の堆積領域(成膜領域)35を走行する基材25を加熱し、一定温度に保温する。成膜時の基材25の表面温度は、適宜調整可能であり、例えば、780〜850℃とすることができる。
【0036】
続いて、送出リール21から長尺の基材25を送り出しつつ、レーザ光発光手段28からレーザ光Lを発生させ、レーザ光Lをターゲット27に照射する。この時、レーザ光Lの照射位置をターゲット27の表面上で移動させる走査を行いながらレーザ光Lをターゲット27に照射することが好ましい。また、ターゲット27は、ターゲット移動機構(図示略)によって、平行な面に沿って移動させることも好ましい。このように、ターゲット27におけるレーザ光Lの照射位置を移動させることにより、ターゲット27の表面全域から順次プルーム29を発生させてターゲット27の粒子を叩き出し若しくは蒸発させることができ、レーン状に複数配列した長尺の基材25の個々に可能な限り均一な酸化物超電導層13を成膜することができる。
【0037】
本実施形態においては、堆積領域(成膜領域)35を走行中の基材25の表面に、ターゲット27の構成粒子を堆積レート40〜100nm/秒で堆積させて成膜する。ここで、堆積レート(単位:nm/秒)とは、基材25の表面上にターゲット27の構成粒子が堆積する速度、すなわち、単位時間当たりの基材25表面上への該構成粒子の堆積膜厚を表す。成膜レートが100nm/秒を超える場合には、レーザ光Lによりターゲット27の表面から叩き出され若しくは蒸発する構成粒子が不均一になりやすく、基材25に成膜される酸化物超電導層13の結晶配向性および超電導特性が低下したり、膜厚が不均一となる場合がある。成膜レート40nm/秒未満で成膜する場合は、酸化物超電導層13の結晶配向性が良好となり、超電導特性も向上するが、成膜レートが低いため、所望の超電導特性を得るために必要な膜厚の酸化物超電導層13を成膜するには時間を要してしまう。本実施形態においては、成膜レート40〜100nm/秒で堆積させて成膜することにより、結晶配向性が良好な酸化物超電導層13を高い生産性(速い製造速度)で成膜することができる。従って、良好な超電導特性の酸化物超電導導体10を優れた生産性で製造することができる。
【0038】
ターゲット27の構成粒子の堆積レートの制御は、レーザ光Lの出力を調整したり、レーザ光Lの出力に合わせて、ターゲット27の表面におけるレーザ光Lの照射位置を移動させる走査速度や走査領域を調整することにより、又はターゲット27の表面に対して照射するレーザ光Lの入射角度を調整して、ターゲット27に照射されるレーザ光Lのスポットサイズおよびエネルギー密度を調整することにより行うことができる。
【0039】
堆積領域(成膜領域)35を通過後の基材25の温度は、冷却速度10〜100℃/秒で低下するように設定する。このような冷却速度とすることにより、基材25を構成するテープ基材11と中間層12と成膜された酸化物超電導層13とが、冷却速度10〜100℃/秒で冷却される。
堆積領域35を通過中の成膜中の基材25は、加熱手段34が内蔵された基板ホルダ26に保持されることにより、前記温度範囲、例えば800℃程度に加熱、保温されている。堆積領域35を通過後の基材25は、加熱手段35を内蔵した基板ホルダ26とは接触しない状態となるため、必然的に放熱してその温度が低下する。通常、成膜中の真空容器31内部及び転向部材群23、24の温度は100〜200℃程度であり、堆積領域35を通過後、転向部材群23を周回し、転向部材群23、24間を走行する基材25の温度は、雰囲気温度近辺である100〜200℃程度まで低下する。
【0040】
堆積領域(成膜領域)35を通過後の基材25の温度の低下速度(冷却速度)は、レーザ蒸着装置20の適所に設置された複数の温度センサ(図示略)等によりモニタリングすることができる。また、堆積領域(成膜領域)35を通過後の基材25の冷却速度(温度の低下速度)の制御は、処理容器31内の堆積領域35を除く部分の雰囲気の温度調整や、転向部材群23、24間の堆積領域35以外の部分の走行距離の調整、基材25の搬送速度の調整、及び転向部材群23、24の温度調整などにより行うことができるが、その制御方法は特に限定されない。一例として、成膜温度780〜850℃、真空容器31内部及び転向部材群23、24の温度が150℃〜200℃の場合、基材25の搬送速度を40m/hとすることにより、冷却速度を20℃/秒で成膜領域通過後の基材25を冷却することができ、基材25の搬送速度を100m/hとすることにより、冷却速度を50℃/秒で成膜領域通過後の基材25を冷却することができる。厚さ数十〜数百μmの基材25は、堆積領域35後を通過後に基板ホルダ26から離れると放熱により素早く冷却される。
【0041】
成膜領域(堆積領域)35を通過後の基材25の温度を低下させることにより、基材25の表面(中間層12の表面)に成膜された酸化物超電導層13の特性を良好にすることができる。すなわち、成膜領域(堆積領域)35を通過する際の基材25の温度は、酸化物超電導層13の成膜に適した温度となっているが、成膜温度は例えば800℃程度と非常に高い温度とする必要がある。このような温度で成膜することにより、結晶配向性の良好な酸化物超電導層13が成膜されるが、成膜後も高温で加熱を続けると、基材25の中間層12と酸化物超電導層13との界面反応が進行してしまい、結果的に特性の低い膜になってしまう。本実施形態においては、成膜領域(堆積領域)35を通過後の基材25の温度を冷却速度10℃/秒以上で低下させることにより、中間層12と酸化物超電導層13との界面反応を防ぎ、良好な特性の酸化物超電導導体10とすることができる。また、冷却速度100℃/秒を超えて堆積領域35通過後の基材25を冷却すると、成膜される酸化物超電導層の結晶配向性が所望のc軸配向ではなくa軸配向になる場合がある。そのため、結晶配向性の良好な酸化物超電導層13を成膜するためには、成膜領域35を通過後の基材25を冷却速度10〜100℃/秒で冷却する必要がある。
【0042】
成膜領域35を通過後の基材25を冷却する際、成膜温度(例えば、800℃程度)から真空容器内部温度(雰囲気温度;例えば、150〜200℃)まで、冷却速度10〜100℃/秒で冷却してもよいが、基材25の温度が雰囲気温度に近づくにつれて、冷却速度が遅くなる傾向がある。本発明者の検討の結果、酸化物超電導層13が成膜された基材25は、500℃以下の温度であれば、中間層12と酸化物超電導層13との界面反応が起こらないことを確認している。そのため、本実施形態においては、成膜領域35を通過後の基材25の温度を、成膜温度から500℃まで低下する際の冷却速度が10〜100℃/秒であれば、結晶配向性が良好な酸化物超電導層13を成膜することができる。
【0043】
また、基材25を、成膜領域35を通過直後に冷却することが好ましい。後述の実施例に示す如く、成膜領域35を通過後の基材25を、800℃で5秒間保持して成膜したところ、中間層12と酸化物超電導層13との界面反応が起こり、酸化物超電導特性が低下した。そのため、成膜領域35を通過直後に基材25の冷却が開始されるように加熱手段34を内蔵した基板ホルダ26の位置を設定する必要がある。具体的には、成膜領域35を通過して5秒未満の間に、冷却が開始されるようにすることが好ましい。
【0044】
堆積領域(成膜領域)35を通過後の基材25の温度を10〜100℃/秒の速度で低下させることにより、前記のように成膜レートを40〜100nm/秒まで高く設定しても、成膜される酸化物超電導層13の結晶配向性が良好となり、超電導特性を向上させることができる。
従来、パルスレーザ蒸着法により、長尺の基材上に酸化物超電導層を成膜する場合、良好な超電導特性の酸化物超電導層を得るためには、結晶配向性を向上させる必要があり、基材上への構成粒子の堆積レートを抑え、基材上で酸化物超電導体をじっくりと時間をかけて結晶成長させて成膜する必要があった。従って、基材上への構成粒子の堆積レートを抑えているため成膜速度が遅く、必然的に酸化物超電導層の成膜工程には長時間を要し、酸化物超電導導体の量産化が難しいという問題があった。
本実施形態の酸化物超電導導体の製造方法においては、後述する実施例に示す如く、堆積領域(成膜領域)35を通過後の基材25の温度を10〜100℃/秒の速度で低下させることにより、堆積レートを40〜100nm/秒に設定した場合に、成膜される酸化物超電導層13の結晶配向性および超電導特性を高く保ちつつ、高い生産性(速い製造速度)を実現できる。
【0045】
ターゲット27から叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子は、その放射方向の断面積が拡大したプルーム29となり、複数列並んで移動している長尺の基材25の表面に蒸着粒子を堆積させることができ、長尺の基材25がこれらの転向部材群22、23を周回する間に、堆積領域35を複数回通過することにより酸化物超電導層15が繰り返し成膜され、必要な厚さに積層される。本実施形態では、長尺の基材25が堆積領域35にて複数列レーンを構成するように配置されていることにより、ターゲット27からの蒸着粒子を良好な収率で基材25上に堆積させることができ、ターゲット27を有効利用することができる。
酸化物超電導層15の成膜後、得られた酸化物超電導導体10は巻取リール21に巻き取られる。
以上の工程により、基材25(テープ基材11上の中間層12の上面)に、酸化物超電導層13を成膜し、酸化物超電導導体10を製造することができる。
【0046】
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、堆積領域(成膜領域)を通過後の基材の温度を10〜100℃/秒の速度で低下させることにより、成膜レートを40〜100nm/秒まで高く設定しても、成膜される酸化物超電導層の結晶配向性および超電導特性を高く保ちつつ、高い生産性(速い製造速度;速い基材の搬送速度)を実現できる。従って、本発明によれば、良好な特性の酸化物超電導導体を高い生産性で製造することができる。
また、本発明の酸化物超電導導体の製造方法において、ターゲットの構成粒子の堆積領域(成膜領域)に位置する基材とターゲットとの距離dを80〜110mmの範囲に設定することにより、該基材の表面にターゲットの構成粒子の噴流が十分に届き、成膜される酸化物超電導層の膜厚が不均一化しないため、成膜される酸化物超電導層の特性が低下することを抑制することができる。従って、より高い超電導特性の酸化物超電導導体を製造することができる。
【0047】
以上、本発明の酸化物超電導導体の製造方法の一実施形態について説明したが、上記実施形態において、酸化物超電導導体の各部、酸化物超電導線材の製造方法およびそれに使用される装置は一例であって、本発明の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、上記実施形態では、基材をターゲットの構成粒子の堆積領域(成膜領域)を複数回通過させて、基材上に酸化物超電導層を成膜する例を示したが、本発明はこれに限定されない。基材を成膜領域を1回のみ通過させる構成としても良く、基材を成膜領域内を1回又は複数回通過させた後、基材の搬送方向を逆にして(送出リールおよび巻取リールの回転方向を逆にして)、基板を成膜領域内に再度通過させて成膜しても良い。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0049】
以下の実施例において、幅5mm、厚さ0.1mmのハステロイC276(米国ヘインズ社製商品名)製のテープ基材上に、スパッタ法によりAl(拡散防止層;膜厚150nm)とY(ベッド層;膜厚20nm)を順次成膜した上に、イオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)によりMgO(中間層;膜厚10nm)を形成した上に、PLD法によりCeO(キャップ層:膜厚500nm)を成膜したものを長尺の基材として用いた。
【0050】
(試料No.1〜7)
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20を用いて、パルスレーザ蒸着法(PLD法)により長尺の基材上に酸化物超電導層としてGdBaCu7−x(膜厚1.0μm)を、表1記載の堆積レート、レーザ出力、および成膜領域にそれぞれ設定して成膜した。
なお、その他の成膜条件は、以下の通りである。
レーン数5、成膜温度800℃、成膜領域通過後の基材の冷却速度50℃/秒、酸素分圧80Pa、基材−ターゲット間距離90mm、処理容器31内の温度150〜200℃、転向部材群23、24の温度150〜200℃。ここで、成膜領域を通過直後の基材は、加熱手段34が内蔵された基板ホルダ26より離れることにより、成膜温度800℃から500℃まで冷却速度50℃/秒で冷却されるようにした。また、堆積レートは、レーザ出力及び成膜領域の大きさを調整することにより変更した。
【0051】
得られた試料No.1〜7の各酸化物超電導導体について、臨界電流密度、酸化物超電導層の結晶配向(X線回折パターンより決定)、製造速度の評価を行った。結果を表1に併記した。なお、表1において、「実効製造速度」は膜厚1.0μm、臨界電流特性Icが300A/cm以上の酸化物超電導導体が得られる実際の製造速度(基材搬送速度÷成膜回数)の最高値を示す。例えば、基材を80m/hで搬送して成膜すると1回当たり膜厚0.5μmの酸化物超電導層が形成される場合、基材搬送速度80m/hで2回成膜すると膜厚1.0μmとなり、臨界電流密度Jcが3MA/cm以上であれば臨界電流特性Icも300A/cm以上となるので、実効製造速度は40m/hとなる。また、酸化物超電導層の膜厚を厚くしても膜質が悪く、臨界電流密度Jcが低ければ、臨界電流特性Icは300A/mに到達しない場合がある。そのような場合は、表1における試料No.7のように、実効製造速度を「−」として示した。
また、生産性は、実効製造速度が40m/h以上のものを「○」、実効製造速度が40m/h未満のものを「△」として判定した。さらに、試料No.4およびNo.7の酸化物超電導層のX線回折パターンを図4に示す。また、表1において、「成膜領域」とは1回の成膜により成膜される領域を基材長手方向の長さとして表したものであり、レーン数5のレーザ蒸着装置20により成膜された試料No.1〜7において、「成膜領域30cm」とは1レーンあたり6cmの長さの領域で成膜されたことを示す。
【0052】
【表1】

【0053】
図4に示すように、堆積レート60nm/秒で成膜した試料No.4の酸化物超電導層は、結晶配向がc軸配向であった。一方、堆積レート110nm/秒で成膜した試料No.6の酸化物超電導層は、結晶配向がc軸配向とa軸配向が混ざっていた。また、堆積レート120nm/秒で成膜した試料No.7の酸化物超電導層は、結晶配向性がa軸配向となっていた。
表1の結果より、堆積レート40〜100nm/秒で成膜することにより、高い臨界電流特性の酸化物超電導導体を良好な製造速度(生産性)で製造することができることが確認された。
【0054】
(試料No.8〜22)
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20を用いて、PLD法により長尺の基材上に酸化物超電導層としてGdBaCu(膜厚1.0μm)を、表2記載の堆積レート、レーザ出力、成膜領域、および基材冷却速度(成膜領域通過直後の基材の500℃までの冷却速度)にそれぞれ設定して成膜した。
その他の成膜条件は、以下の通りである。
レーン数5、成膜温度800℃、酸素分圧80Pa、基材−ターゲット間距離90mm、真空容器31内の温度150〜200℃、転向部材群23、24の温度150〜200℃。なお、表2において「成膜領域」および「実効製造速度」は表1と同じ意味を示し、堆積レートはレーザ出力及び成膜領域の大きさを調整することにより変更した。また、基材冷却速度は、基材の搬送速度を変更することにより、加熱手段34が内蔵された基板ホルダ35より基材が離れる速度を変更することにより調整した。一例として、基材冷却速度10℃/秒の試料No.9の基材搬送速度は、基材冷却速度5℃/秒の試料No.8の基材搬送速度の倍に設定した。
【0055】
【表2】

【0056】
表2の結果より、成膜領域通過直後の基材を冷却速度5℃/秒で冷却した試料No.8、No.13、No.18では、成膜領域通過後にゆっくりと冷却されるため、酸化物超電導層GdBaCuとキャップ層CeOとの界面反応が起こり、BaCeOが形成されていた。また、成膜領域通過直後の基材を冷却速度110℃/秒で冷却した試料No.12、No.17、No.22の酸化物超電導層は、結晶配向がa軸配向であった。
この結果より、堆積レート40〜100nm/秒で成膜する場合、成膜領域通過後の基材を冷却速度10〜100℃/秒で冷却することにより、高い臨界電流特性の酸化物超電導導体を良好な生産性(実効製造速度)で製造することができることが確認された。
【0057】
(試料No.23〜27)
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20を用いて、PLD法により長尺の基材上に酸化物超電導層としてGdBaCu(膜厚1.0μm)を、表3記載の基材−ターゲット間距離(成膜領域の基材とターゲットとの距離)にそれぞれ設定して成膜した。
なお、その他の成膜条件は、以下の通りである。
レーン数5、成膜温度800℃、テープ基材冷却速度50℃/秒、堆積レート60nm/秒、レーザ出力360W、成膜領域30cm。なお、表3において「実効製造速度」および「成膜領域」は表1と同じ意味を示す。また、堆積レートおよび基材冷却速度の調整方法は、上記試料No.1等と同じである。
【0058】
【表3】

【0059】
表3の結果より、基材−ターゲット間距離を80〜110mmとして成膜することにより、高い臨界電流特性の酸化物超電導導体を良好な製造速度(生産性)で製造することができることが確認された。
【0060】
(試料No.28〜32)
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20を用いて、PLD法により長尺の基材上に酸化物超電導層としてGdBaCu(膜厚1.0μm)を、表4記載の酸素分圧にそれぞれ設定して成膜した。
なお、その他の成膜条件は、以下の通りである。
レーン数5、成膜温度800℃、テープ基材冷却速度50℃/秒、基材−ターゲット間距離90mm、堆積レート60nm/秒、レーザ出力360W、成膜領域30cm。なお、表4において「実効製造速度」および「成膜領域」は表1と同じ意味を示す。また、堆積レートおよび基材冷却速度の調整方法は、上記試料No.1等と同じである。
【0061】
【表4】

【0062】
表4の結果より、酸素分圧を70〜100Paとして成膜することにより、高い臨界電流特性の酸化物超電導導体を良好な製造速度(生産性)で製造することができることが確認された。
【0063】
(検討例)
図1および図2に示すレーザ蒸着装置20を用いて、レーン数5、成膜温度800℃、堆積レート60nm/秒、酸素分圧80Pa、レーザ出力360W、成膜領域30cmとして、PLD法により長尺の基材上に酸化物超電導層としてGdBaCuを成膜した。成膜領域通過後に800℃で、5秒未満の時間保持し、その後、冷却速度50℃/秒で基材を冷却して成膜を行ったところ、得られた酸化物超電導導体の臨界電流密度は3.0MA/cm以上であり、良好な超電導特性を示した。また、成膜領域通過後に800℃で5秒間保持し、その後、冷却速度50℃/秒で基材を冷却して成膜を行ったところ、キャップ層CeOと酸化物超電導層GdBaCuとの界面反応が起こり、得られた酸化物超電導導体の臨界電流密度は0.1MA/cmであった。
【符号の説明】
【0064】
10…酸化物超電導導体、11…テープ基材、12…中間層、13…酸化物超電導層、20…レーザ蒸着装置、21…送出リール、22…巻取リール、23、24…巻回部材群、25…基材、26…基板ホルダ、27…ターゲット、28…レーザ光発光手段、29…プルーム、31…処理容器、32…真空排気装置、33…窓、34…加熱手段、35…ターゲットの構成粒子の堆積領域、L…レーザ光。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光をターゲットの表面に照射して、このターゲットの構成粒子を叩き出し若しくは蒸発させ、この構成粒子を基材上に堆積させて酸化物超電導層を形成することにより酸化物超電導導体を製造する方法であって、
前記基材を、加熱手段により加熱しながら前記構成粒子の堆積領域を通過させて、
前記堆積領域内の前記基材の表面上に前記構成粒子を堆積レート40〜100nm/秒で堆積させた後、
前記堆積領域を通過後の前記基材の冷却速度を10〜100℃/秒とすることを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項2】
前記基材を、前記構成粒子の堆積領域を複数回通過させて、該堆積領域を通過毎に前記基材上に前記構成粒子を堆積させるとともに、該堆積領域を通過毎にこの堆積領域を通過後の前記基材の冷却速度を10〜100℃/秒として酸化物超電導層を形成することを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項3】
前記基材を、前記堆積領域を通過直後に前記冷却速度で冷却することを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項4】
前記基材の移動方向を転向させる転向部材を少なくとも一対、対向配置するとともに、
これらの転向部材間に前記基材が複数の隣接するレーンを構成するように前記基材を巻回し、
該転向部材間にて複数のレーンを構成した状態の前記基材の表面に対向するように前記ターゲット配し、
前記基材を前記転向部材間を周回させることにより前記ターゲットの構成粒子の堆積領域を複数回通過させることを特徴とする請求項2または3に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
【請求項5】
前記堆積領域内の前記基材表面と、前記ターゲットとの距離を80〜110mmとすることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の酸化物超電導導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−74292(P2012−74292A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219083(P2010−219083)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】