説明

酸化物超電導導体用基材と該基材を備えた酸化物超電導導体およびそれらの製造方法

【課題】本発明は、超電導コイルなどに用いて好適な断面形状の酸化物超電導導体用基材とそれを用いた酸化物超電導導体及びそれらの製造方法の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、外周部の周方向の少なくとも一部に平面部を有し外周部の周方向の少なくとも他の部分に円周面部を有してなる柱状であり、前記平面部と円周面部が全長に渡り連続形成された長尺の基材と、該基材の外周面に前記平面部と円周面部の少なくとも一方を覆ってイオンビームアシスト成膜法により積層された結晶配向性の良好な中間層とを具備してなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円形状に類似する断面形状の基材の周面に配向性の良好な中間層を備えた酸化物超電導導体用基材と該基材を備えた酸化物超電導導体およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類系の酸化物超電導体(REBaCu7−X:REは希土類元素)は、液体窒素温度で超電導性を示すことから実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体として用いることが要望されている。中でも、Y系酸化物超電導体(YBaCu7−X)を用いた超電導線材は、外部磁界に対して強く、強磁界内でも高い電流密度を維持することができるため、超電導コイル用導体としての利用、あるいは電力供給用ケーブルとしての利用の他、超電導限流器用の導体などとしての研究開発が進められている。
これら研究開発用途のいずれにおいても、希土類系酸化物超電導導体の作製には、配向基材を使用する必要があり、配向基材を作製できる方法の一例として、イオンビームアシスト成膜法(IBAD法:Ion-Beam-Assisted Deposition)が知られている。
【0003】
希土類系酸化物超電導導体の一構造例として、テープ状の金属基材と、その上にベッド層や拡散防止層を介しIBAD法によって成膜された中間層と、その上に成膜されたキャップ層と酸化物超電導層とを具備した酸化物超電導線材が知られている(例えば、特許文献1参照)。
この種の希土類系酸化物超電導体は、配向基材上に2軸配向させることで高い超電導特性を示すことが知られており、希土類系酸化物超電導体の結晶配向度が高い程、臨界電流、臨界磁場、臨界温度等の超電導特性においてより優れたものが得られる。
【0004】
前述のIBAD法に従い、テープ状の金属基材上に中間層を形成し、その上に酸化物超電導層を積層してなる酸化物超電導導体の一例として図8に示す構造が知られている。
図8に示す酸化物超電導導体Tは、Ni系の耐熱合金テープからなる基材100の上に、Alからなる拡散防止層101と、Yからなるベッド層102と、IBAD法によるMgOあるいはGdZrからなる中間層103と、CeOからなるキャップ層104と、希土類系の酸化物超電導層105と、Agからなる安定化基層106と、Cuからなる安定化層107が積層された構造とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−71359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記構造の酸化物超電導導体Tを製造する場合、IBAD法により中間層103の結晶配向性を整えることは重要な技術であり、中間層103の結晶配向度の指標とされる面内方向結晶軸分散の半値幅(Δφ)の値を20゜以下にすることで、その上に成膜するキャップ層104を自己配向させてΔφの値を4〜10゜程度とすることができ、このキャップ層104上に酸化物超電導層105をエピタキシャル成膜することで優れた超電導特性を発揮する酸化物超電導導体Tを得ることが可能となる。
【0007】
ところで、酸化物超電導導体Tを電力、エネルギー関連の種々の電気機器用の導体として利用する試みがなされており、有力な開発用途として、超電導マグネット、超電導限流器、超電導変圧器、超電導発電機などが検討されている。また、これらの超電導機器に適用するための超電導コイルの構造においては、巻き胴に長尺の超電導導体を巻回した構造、あるいは、円盤状の基板に超電導巻線回路を形成した構造などが知られ、それぞれ研究開発が進められている。
これらの背景において図8に示すような酸化物超電導導体Tを巻き胴に巻回して超電導コイルを構成しようとした場合、基材100は薄型のテープ状であり、その上に各種の膜を成膜したとしても各膜の膜厚は数10nm〜1μm程度であるので、得られた酸化物超電導導体Tは全体として薄型のテープ形状に形成される。
【0008】
このため、この種の酸化物超電導導体Tを巻き胴に巻き付けるためには、テープ状の酸化物超電導導体Tの基材100側を巻き胴の周面に沿わせて巻き胴の下層側から上層側に順次巻き付けて積層する作業が必要となるが、薄型のテープ状の酸化物超電導導体Tである限り、巻き胴の周面に多層巻きすることは容易ではない問題がある。即ち、テープ状の酸化物超電導導体Tの場合、曲げることができる方向は制限されるので、巻き胴に整列巻きすることが難しく、テープ状である限り、自由な形状への加工は困難な問題がある。
また、薄型のテープ状の酸化物超電導導体Tであると、交流用超電導機器としての利用を想定した場合、交流損失の発生も問題となり易い傾向がある。例えば、交流用のために撚線構造や転移構造を採用しようとしてとも、薄型のテープ状の酸化物超電導導体Tを撚り合わることは難しく、仮に撚線化ができたとしてもそのピッチを小さくすることはできないので、交流損失低減のための撚線構造や転移構造を簡単には採用できない問題がある。
【0009】
前記酸化物超電導導体Tがテープ状であることの理由の1つについて考察すると、IBAD法により結晶配向性の良好な中間層を形成するためには、スパッタ法などの成膜法により基材100の成膜面上に中間層を構成する粒子の堆積を行っている間、成膜面の法線に対し斜め方向、例えば45゜あるいは55゜などの特定の方向から、入射角度を±10゜程度の狭い範囲に保ってアシストイオンビームを照射する必要があり、基材100の成膜面として平面が望ましく、長尺の超電導導体を製造するためには、テープ状の基材100を選択することが自然であることに起因している。
しかし、前述の超電導コイルへの応用、交流用途などを考慮すると、テープ状の酸化物超電導導体Tではなく、IBAD法を利用した結晶配向性の良好な中間層を備えた上で、巻き胴などへの巻き付けに好適な形状の酸化物超電導導体の提供が望まれている。また、交流損失低減の面から見て薄型のテープ状ではない形状であって、撚線構造や転移構造を採用可能な他の形状の酸化物超電導導体の提供が望まれている。
【0010】
本願発明は、IBAD法による結晶配向性に優れた中間層を備えた上に、超電導コイルとしての適用や交流用途を想定した場合などにおいて、薄型のテープ状の酸化物超電導導体よりも取り扱い易く、巻き胴などに巻回する作業がし易く、また、交流損失の発生を抑制し易い構造の酸化物超電導導体を提供できる酸化物超電導導体用基材の提供を目的とする。
また、本願発明はそのような優れた酸化物超電導導体用基材を備えた酸化物超電導導体とそれらの製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の酸化物超電導導体用基材は、外周部の周方向の少なくとも一部分に平面部を有し外周部の周方向の少なくとも他の部分に円周面部を有する柱状であるとともに、前記平面部と円周面部が全長に渡り連続形成された長尺の基材と、該基材の外周面に前記平面部と円周面部の少なくとも一方を覆ってイオンビームアシスト成膜法により積層された結晶配向性の良好な中間層とを具備してなることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記イオンビームアシスト成膜法により積層された中間層の面内方向結晶軸分散の半値幅(Δφ)の値が16゜以下であることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記中間層が前記基材上に、ベッド層と拡散防止層の少なくとも1層を介し積層されてなることを特徴とする。
【0012】
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記基材の外周部がその周方向に平面部と円周面部を交互に配してなる横断面略多角形状に形成されてなることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体は、先に記載の酸化物超電導導体用基材の中間層上に、キャップ層と酸化物超電導層とが積層されてなることを特徴とする。
【0013】
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、外周部の周方向の少なくとも一部に平面部を有し外周部の周方向の少なくとも他の部分に円周面部を有する柱状であるとともに、前記平面部と円周面部が全長に渡り連続形成された長尺の基材と、該基材の外周面に前記平面部と円周面部の少なくとも一方を覆ってイオンビームアシスト成膜法により積層された結晶配向性の良好な中間層を具備してなる酸化物超電導導体用基材を製造するに際し、前記基材を一方のリールから繰り出し、他方のリールに巻き取る間に、中間層の構成粒子を堆積させて中間層を成膜する成膜領域を通過させ、前記基材が成膜領域を通過する間に、前記粒子の堆積と同時にアシストイオンビームを特定の方向から前記基材に対し照射するイオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成するとともに、前記イオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成する際、前記基材よりも細いスリット状の通過孔を備えたシールド板を用い、前記通過孔を前記リール間に繰り出されている基材の延在方向中心部に沿って配置し、前記リール間に繰り出されている基材の幅方向両側部分を覆い隠しながら前記中間層の構成粒子の堆積を行うとともに、前記イオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成する際、前記基材をその周回りに所定角度ずつ回転させながら前記シールド板の通過孔を介し中間層の構成粒子を堆積させる位置を基材の周方向に順次変更しつつ前記基材の平面部あるいは円周面部に成膜することを特徴とする。
【0014】
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記スリット状の通過孔を介し前記基材の円周面部に前記中間層の構成粒子を堆積させて成膜する際、前記スリット状の通過孔の幅方向端縁を前記基材の円周面部に投影させた位置において規定される前記円周面部の接線の傾斜角度を前記通過孔を含むシールド板の表面に対する傾斜角度として30゜以下に設定して成膜することを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記スリット状の通過孔の幅について、該通過孔を介し前記基材の円周面部に対し斜め方向から入射するアシストイオンビームの入射角度が、前記円周面部に対するアシストイオンビームの照射範囲内のいずれの位置であっても、前記特定のアシストイオンビームの入射角度に対し±10゜の範囲に収まるような幅に設定して成膜することにより中間層を形成することを特徴とする。
【0015】
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記中間層を前記基材上に、ベッド層と拡散防止層の少なくとも1層を介し積層することを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記基材として、その外周部にその周方向に平面部と円周面部を交互に配してなる横断面略多角形状の基材を用いることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、先のいずれか1項に記載の中間層上にキャップ層と酸化物超電導層を積層することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
外周部の少なくとも一部分に平面部を他の部分に円周面部を有する柱状の長尺の基材にイオンビームアシスト成膜法による結晶配向性の良好な中間層を備えるているので、中間層上に酸化物超電導層を形成することで、良好な超電導特性の酸化物超電導導体を得ることができるとともに、超電導コイルなどの用途のためにコイル加工する場合、テープ状の基材を用いた酸化物超電導導体に比較し、曲げ加工できる方向の自由度が向上しているので、コイル加工が容易になる効果がある。従って、本発明に係る基材を適用してなる酸化物超電導導体であるならば、超電導マグネット、超電導限流器、超電導変圧器、超電導発電機などに適用される超電導コイルの製造が容易となり、テープ状の酸化物超電導導体を用いた構造に比べて交流損失の低減も可能となる。
中間層の面内方向結晶軸分散の半値幅Δφの値を16゜以下とすることで、その上にキャップ層を介し酸化物超電導層を形成した構造とするならば、超電導特性の優れた酸化物超電導層を平面部上あるいは円周面部上に備えた構造の酸化物超電導導体を提供することができる。
【0017】
外周部の少なくとも一部分に平面部を他の部分に円周面部を有する柱状の長尺の基材にイオンビームアシスト成膜法を適用し、通過孔を有するシールド板を利用して基材外周部の必要な領域のみに適正入射角度のアシストイオンビームを照射しつつ中間層の粒子堆積を行って結晶配向性の良好な中間層を形成するので、円周面部上であっても結晶配向性の良好な中間層を形成できる。よって、円周面部を備えた柱状の基材であっても結晶配向性に優れた中間層を有した酸化物超電導導体用基材を得ることができ、この基材の利用によって、超電導特性の優れた酸化物超電導導体を得ることができる。
前記基材の円周面部にイオンビームアシスト成膜法により結晶配向性の優れた中間層を形成するには、シールド板のスリット状の通過孔の幅が重要であり、通過孔の端縁を基材の円周面部に投影した位置を通過する接線の傾きを30゜以下とすることにより、通過孔を通過して円周面部に達するアシストイオンビームの入射角度を許容範囲内とすることができ、これにより結晶配向性の良好な中間層を円周面部に備えた酸化物超電導導体用基材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る酸化物超電導導体用基材の第1実施形態を備えた酸化物超電導導体の一例を示す構成図。
【図2】イオンビームアシストスパッタ法を実施するために用いる成膜装置の一例を示す斜視図。
【図3】図2に示す成膜装置に設けられるイオン源の一例構造を示す概略図。
【図4】図2に示す成膜装置を用いて第1実施形態の酸化物超電導導体用基材を製造する工程の一例を示す工程説明図。
【図5】図4に示す工程を実施する場合の要部拡大断面図。
【図6】本発明に係る酸化物超電導導体用基材の第2実施形態を備えた酸化物超電導導体の一例を示す構成図。
【図7】本発明に係る酸化物超電導導体用基材の第3実施形態を備えた酸化物超電導導体の一例を示す構成図。
【図8】IBAD法に基づいて得られる中間層を備えた酸化物超電導導体の従来構造の一例を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は本発明に係る第1実施形態の酸化物超電導導体用基材を備えた酸化物超電導導体の一例を模式的に示す部分断面図である。
この実施形態の酸化物超電導導体Aは、横断面略円形状の長尺の金属製基材1の外周面に、Alなどからなる拡散防止層2と、Yなどからなるベッド層3と、IBAD法による中間層4と、CeOなどからなるキャップ層5と、希土類系などの酸化物超電導層6と、Agなどからなる安定化基層7と、Cuなどからなる安定化層8とを順次積層して構成されている。本実施形態において、基材1上に拡散防止層2とベッド層3と中間層4を積層することによって酸化物超電導導体用基材9が構成されている。
なお、前記酸化物超電導導体用基材9の構成において、拡散防止層2とベッド層3は必須の構成ではなく、どちらか一方あるいは両方を略する構成とすることもできる。
【0020】
基材1は、横断面円形状の丸線の外周部の周方向の少なくとも一部に平面部1Aを有し、外周部の周方向の残りの部分を円周面部1Bとしてなる概略円形断面構造とされ、平面部1Aは基材1の全長に連続形成されている。
酸化物超電導導体用基材Aに適用できる基材1は、通常の超電導線材の基材として使用することができ、高強度かつ耐熱性であれば良く、長尺の超電導ケーブル用途、超電導コイル用途であることが好ましく、耐熱性の面から見て金属からなるものが好ましい。例えば、ステンレス鋼、銅合金あるいはニッケル合金等の各種耐熱金属材料、もしくはこれら各種金属材料上にセラミックスを配したもの、等が挙げられる。各種耐熱性の金属の中でも、ニッケル合金が好ましく、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。
【0021】
拡散防止層2は、基材1の構成元素拡散を防止する目的で形成されたもので、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」とも呼ぶ)、あるいは、GZO(GdZr)等から構成され、その厚さは例えば10〜400nmである。
拡散防止層2の厚さが10nm未満となると、基材1の構成元素の拡散を十分に防止できなくなる虞がある。一方、拡散防止層2の厚さが400nmを超えると、拡散防止層2の内部応力が増大し、これにより、他の層を含めて全体が基材2から剥離しやすくなる傾向がある。また、拡散防止層2の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すればよい。
【0022】
ベッド層3は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層3は、例えば、イットリア(Y)などの希土類酸化物であり、組成式(α2x(β(1−x)で示されるものが例示できる。より具体的には、Er、CeO、Dy、Er、Eu、Ho、La等を例示することができる。このベッド層3は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜200nmである。
【0023】
中間層4は、単層構造あるいは複層構造のいずれでも良く、その上に積層されるキャップ層5などの結晶配向性を制御するために2軸配向する物質から形成される。中間層4として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物などを選択することができる。
この中間層4をIBAD法により良好な結晶配向性(例えば結晶配向度16゜以下)で成膜するならば、その上に形成するキャップ層5の結晶配向性を良好な値(例えばキャップ層において結晶配向度5゜前後)とすることができ、これによりキャップ層5の上に成膜する酸化物超電導層6の結晶配向性を良好なものとして優れた超電導特性を発揮できる酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体Aを得るようにすることができる。
【0024】
中間層4の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良いが、通常は、5〜300nmの範囲とすることができる。
中間層4は、イオンビームアシストスパッタ法(IBAD法)で積層する。このIBAD法で形成された中間層4は、結晶配向性が高く、酸化物超電導層6やキャップ層5の結晶配向性を制御する効果が高い点で好ましい。IBAD法とは、先にも説明した如く成膜時に、下地の成膜面に対して所定の角度でイオンビームをアシスト照射することにより、目的の薄膜の結晶軸を配向させる方法である。通常は、アシストイオンビームとして、アルゴン(Ar)イオンビームを使用する。例えば、MgOあるいはGdZrからなる中間層4は、IBAD法における結晶配向度を表す指標である結晶軸分散の半値幅ΔΦ(FWHM:半値全幅)の値を小さくできるため、特に好適である。
【0025】
キャップ層5は、前記中間層4の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層5は、前記金属酸化物層からなる中間層4よりも高い面内配向度が得られる。
キャップ層5の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層5の材質がCeOである場合、キャップ層5は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
【0026】
このCeOのキャップ層5は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるCeOのキャップ層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeOのキャップ層5の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、50〜5000nmの範囲、より好ましくは100〜5000nmの範囲とすることができる。
【0027】
酸化物超電導層6は公知のもので良く、具体的には、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のものを例示できる。この酸化物超電導層6として、Y123系(YBaCu7−X)又はGd123系(GdBaCu7−X)などを例示することができる。
酸化物超電導層6は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相成長法(CVD法)等の物理的蒸着法;熱塗布分解法(MOD法)等で積層することができ、なかでも生産性の観点から、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)、PLD法又はCVD法を用いることが好ましい。
このMOD法は、金属有機酸塩を塗布後熱分解させるもので、金属成分の有機化合物を均一に溶解した溶液を基材上に塗布した後、これを加熱して熱分解させることにより基材上に薄膜を形成する方法であり、真空プロセスを必要とせず、低コストで高速成膜が可能であるため長尺のテープ状酸化物超電導導体の製造に適している。
【0028】
前記酸化物超電導層6の上に積層されている安定化基層7はAgなどの良電導性かつ酸化物超電導層6と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる層として形成され、更にCuなどの良電導性金属材料の安定化層8を複合した積層構造とされている。前記安定化基層7はスパッタ法などの成膜法により形成することができ、安定化層8はメッキ法や箔の貼り付け法などにより形成することができる。
【0029】
図2は前述のIBAD法を実施するための成膜装置の一構造例を示す。
図2に示すイオンビームアシストスパッタ装置50は、長尺の基材1を配置する成膜領域Kに下向きに面するようにターゲット52がターゲットホルダ55に支持された状態で成膜室51に配置され、このターゲット52に対して斜め方向に対向するようにスパッタイオンソース源54が配置されるとともに、成膜領域Kに設置されている基材1の設置面の法線に対し所定の入射角度で(例えば入射角度θ=45゜など)斜め方向から対向するようにアシストイオンソース源53を配置し構成されている。
この例のイオンビームアシストスパッタ装置50は、真空チャンバが構成する成膜室51に各種機器が設けられる成膜装置であり、基材が長尺の基材1である場合、対向配置された第1のリール60から第2のリール61側に繰り出すように移動されて成膜領域Kを基材1が水平移動できるように構成されている。
この実施形態において適用されるイオンソース源53、54は、図3に示す如く容器56の内部に、引出電極57とフィラメント58を備え、容器56の外部にArガス等の導入管59を備えて構成され、容器56の先端からイオンをビーム状に平行に照射できるものである。
【0030】
本実施形態で用いるイオンビームアシストスパッタ装置50を構成する真空チャンバは、外部と成膜空間とを仕切る容器であり、気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧性を有するものとされる。この真空チャンバには、真空チャンバ内にキャリアガス及び反応ガスを導入するガス供給手段と、真空チャンバ内のガスを排気する排気手段が接続されているが、図2ではこれら供給手段と排気手段を略し、各装置の配置関係のみを示している。ここで用いるターゲット52とは、前述の中間層4を構成する材料に見合った組成のターゲットとすることができる。
【0031】
前記イオンビームアシストスパッタ装置50において、ターゲット52及びイオンソース源53と成膜空間Kとの間の位置に長方形状のシールド板62が前記リール60、61間に繰り出されている基材1を覆うように水平に配置されている。このシールド板62は、JIS規定SUS304(ステンレス鋼)などの金属製の長方形状の板材からなり、リール60、61の間の成膜空間Kをほぼカバーできる幅と長さに形成されており、その幅方向中央部には基材1よりも若干幅狭のスリット状の通過孔62aが形成されている。
【0032】
前記シールド板62の通過孔62aは、図5に示す如く、基材1を通過孔62aの下に水平に配置し、基材1の円周面部1Bの最上部1Cを通過孔62aの中央側に配置した状態とし、前記スリット状の通過孔62aの幅方向端縁62bを前記基材1の円周面部1Bに投影した位置において規定される前記円周面部1Bの接線Sの傾斜角度θ(前記シールド板62の表面に対する傾斜角度θ)が30゜以下、例えば5〜30゜の範囲になるように設定されている。また、この30゜以下の条件については、シールド板62の表面に対し、アシストイオンビームの入射角度θ2が45゜の場合の設定例の1つである。
ここで上述の傾斜角度θを30゜以下としたのは、イオンビームに対する基材表面の角度が適切な角度からずれた部分(領域)にイオンビームが当たるのを防ぐためでありる。
【0033】
また、前記スリット状の通過孔62aのより好ましい幅として、該通過孔62aを介し前記基材1の円周面部1Bに対し斜め方向から入射するアシストイオンビームが、前記円周面部1Bに対するアシストイオンビームの照射範囲内のいずれの位置であっても、前記特定のアシストイオンビームの入射角度に対し±15゜の範囲に収まるような幅に設定されていることが好ましい。
ただし、傾斜角度を小さくし過ぎるとシールド板の通過孔の幅が小さくなり過ぎ、基材1を回転させてその周方向に中間層を順次成膜する際の工程数が不要に増加することも加味すると、実用的な傾斜角度θの範囲は15〜20゜の範囲が好ましい。
【0034】
なお、図2に示すイオンビームアシストスパッタ装置50において、基材1を回転するための機構として、リール60、61の中心軸Cを軸支する機構に回転機構が組み込まれ、リール60、61とこれらの間に繰り出されている基材1をまとめて図2の矢印E、Eの方向に回転できる構成とされている。回転機構の一例として、リール60、61の中心軸Cの両端を軸支するC字型やY字型の軸支部材を同期回転するように構成すれば、リール60、61間に繰り出されている基材1をその周回りに回転することができる。
【0035】
図2に示す構造のイオンビームアシストスパッタ装置50を用いることでIBAD法を実施し、基材1の外周面に目的の中間層4を成膜することができる。
IBAD法により中間層4を成膜する場合、図2に示すターゲット52、イオンソース源53、54及び基材1を収容している真空チャンバには、Arガスや酸素ガスなどのソースガスを導入できるように構成されており、内部を例えば目的の真空度に調整した上でAr:O=9:1などの混合ガス雰囲気(ソースガス雰囲気)に調整できるように構成されている。
本実施形態で用いる真空チャンバでは、真空ポンプを用いた減圧雰囲気に、例えば背圧でもって、0.008Pa〜0.00008Paの範囲の所望の真空度に調節できるようになっている。この範囲の真空度には、真空ポンプによる減圧に要する時間を適宜調整することで到達することができる。
【0036】
そして、基材1のベッド層3上に中間層4を成膜するには、真空ポンプにより減圧する際の成膜雰囲気の背圧を目的の値に設定した後、前記ソースガスを導入し、スパッタイオン源54からターゲット52にイオンビームを照射してターゲット粒子の叩き出しや放出を行い、ベッド層3上に中間層4の粒子堆積を行うと同時に、ベッド層3の成膜面に対し斜め45゜方向からアシストイオン源53からのイオンビーム照射を行いつつ成膜するイオンビームアシストスパッタ法を実施する。イオンビームアシストスパッタ法を実施する際の成膜温度は常温で差し支えない。
【0037】
イオンビームアシストスパッタ法を実施して基材1の外周部の全面に中間層4を形成するためには、図4(A)に示す如く基材1の幅方向両端側をシールド板62で覆い隠しながら中間層の構成粒子堆積を行うと、ターゲット52から飛来するとともに通過孔62aの部分を通過したスパッタ粒子のみが例えば斜め方向45゜からのアシストイオンビームの照射を受けながら堆積されて通過孔62aの下側領域の円周面部1Bにのみ中間層4が成膜される。ここで、前述の傾斜角度θを30゜以下としているので、斜め方向45゜の入射角度で照射されるアシストイオンビームは通過孔62aの下側に位置する基材1の円周面部1Bに対し適正な許容範囲の入射角度で入射される結果、通過孔62aの下側の円周面部1Bに成膜される中間層4の結晶配向性が整った状態となり、目的の結晶配向性の中間層4を円周面部1Bに形成できる。
【0038】
目的の膜厚の中間層4を基材1の円周面部1B上に成膜したならば、図4(A)に示す状態から基材1を図4(B)に示す如く所定角度右回りに回転させて所定時間保持すると、基材1の円周面部1B上の他の位置に通過孔62aを介し粒子が堆積されて先に形成した中間層4に隣接する位置に中間層4を形成できる。この粒子堆積処理を図4(B)〜図4(E)に示す如く所定角度毎に行うと、基材1の円周面部1Bの外周部にその周方向に沿って順次中間層4を形成できるので、更に粒子堆積と基材1の回転操作を順次行うことで基材1の円周面部1Bと平面部1Aを含めた全周に対し中間層4を形成できる。なお、図4(A)〜(E)には基材1の円周面部1Bに対し最初に成膜した領域を矢印Fで示しており、図4(A)〜(E)において基材1を回転した際の回転角度が分かり易いように表示している。
【0039】
基材1の外周部に形成した平面部1Aについては、図4(A)〜(E)に示す如く所定角度基材1を回転する場合の回転角度の目印として利用できる。本実施形態では、平面部1Aについても通過孔62aの下に位置させた状態で中間層4を成膜する面とする。なお、平面部1A上への中間層4の堆積を略して基材1の円周面部1Bの全周面にのみ中間層4の堆積を行うようにしても良い。
基材1の全周面に中間層4を形成したならば、シールド板62の下方に位置させて中間層4を成膜した部分の基材1をリール61側に移動させてリール60側から中間層未形成の基材1を繰り出し、中間層未形成の基材1をシールド板62の通過孔62aの下に位置させた後、再度、図4(A)〜(E)に示す如く基材1を回転させながらその全周面に中間層4を成膜する操作を行う。この基材1の回転操作とリール60側からリール61側への基材1の繰り出し操作を繰り返し行うことにより、基材1の全長にわたりその全周に中間層4を成膜することができる。
【0040】
基材1の全長および全周面に中間層4を形成したならば、基材1の中間層4の上に上述したPLD法あるいはスパッタ法などに従い、キャップ層5を成膜する。キャップ層5を基材1の全周面に形成する場合、PLD法で成膜する場合は、その成膜装置内に、スパッタリング法で成膜する場合はその成膜装置内に、上述したリール60、61と同等の機構を組み込み、基材1を回転させながら順次成膜し、基材1を長さ方向に一方のリールから他方のリール側に繰り出して基材1の中間層4上にキャップ層5を成膜すればよい。
このキャップ層5は上述の材料からなる層として成膜すると、自己配向効果により中間層4の結晶配向性よりも更に良好な結晶配向性を示すようになり、例えば、Δφの値において5゜程度の良好な結晶配向性を得ることができる。
【0041】
その後、基材1のキャップ層5上に酸化物超電導層6を形成する。ここで図1に示す構造のように、良好な配向性を有するキャップ層5上に酸化物超電導層6を形成すると、このキャップ層5上に積層される酸化物超電導層6もキャップ層5の配向性に整合するように結晶化する。酸化物超電導層6の成膜時においてもキャップ層5の成膜と同様に、成膜装置内に設けた一方のリールから他方のリール側に基材1を繰り出し、回転させながら成膜することで基材1の全周に酸化物超電導層6を成膜できる。
前記キャップ層5上に形成された酸化物超電導層6は、結晶配向性に乱れが殆どなく、この酸化物超電導層6を構成する結晶粒の1つ1つにおいては、基材1の径方向に電気を流しにくいc軸が配向し、基材1の長さ方向にa軸どうしあるいはb軸どうしが2軸配向している。従って得られた酸化物超電導層6は、結晶粒界における量子的結合性に優れ、結晶粒界における超電導特性の劣化が殆どないので、基材1の長さ方向に電気を流し易くなり、十分に高い臨界電流密度を示す外径円形断面構造の酸化物超電導導体Aが得られる。
【0042】
図1に示す構造の酸化物超電導導体Aであるならば、円形断面に近い基材1の外周面に酸化物超電導層6を有し、酸化物超電導導体Aの全体として円形断面に類似する導体形状とされるので、従来のテープ状の酸化物超電導導体と異なり、曲げ加工の自由度が高いので、巻き胴に巻回して超電導コイルを構成する場合の作業性が向上する。また、巻き胴に巻回する場合、巻き胴周面側に平面部1Aを向けるように巻き付けることで巻き付け方向の目安とすることができる。更に、断面略円形状の基材1の外周面に酸化物超電導層6を備えた導体構造であるならば、酸化物超電導導体Aを巻き胴に巻回して超電導コイルとした場合に交流損失の抑制に寄与する。
なお、外周面全部に酸化物超電導層6を有する構造であるならば、超電導コイルとした場合、磁場の方向性による影響を受け難い特徴がある。即ち、超電導コイルが発生させた磁場のベクトル成分が酸化物超電導層6に対して直角向きとなる領域では、その領域の超電導特性が磁場の影響で劣化するおそれを有するが、基材1の外周面の全体に酸化物超電導層6が形成されていると、基材1の周方向の一部の領域で磁場の影響を受けてその領域の超電導特性が部分的に劣化することが生じても、基材1の周方向の他の領域の酸化物超電導層6が超電導特性を維持するので、酸化物超電導導体Aの全体として見た場合に超電導特性劣化を少なくすることができる。
この点において、仮に、基材1の外周面の一部分のみに沿って帯状の酸化物超電導層を有した構造の酸化物超電導導体を用いて超電導コイルを形成した場合、超電導コイルが磁場を発生させると、長尺の酸化物超電導導体の長さ方向のいずれかの部位における酸化物超電導層全体が特性劣化するおそれがあり、これが原因となって超電導特性劣化につながるおそれがある。従って上述の構成の酸化物超電導導体Aであるならば、コイル化した場合の特性劣化を抑制できる効果がある。
【0043】
図6は本発明に係る第2実施形態の酸化物超電導導体用基材を備えた酸化物超電導導体の一例を模式的に示す部分断面図である。
この実施形態の酸化物超電導導体Bは、横断面略4角形状の長尺の金属製基材11の外周面に、拡散防止層12と、ベッド層13と、IBAD法による中間層14と、キャップ層15と、酸化物超電導層16と、安定化基層17と、安定化層18とを順次積層して構成されている。本実施形態において、基材11上に拡散防止層12とベッド層13と中間層14を積層することによって酸化物超電導導体用基材19が構成されている。
前記金属基材11は、その周方向に平面部11Aと円周面部11Bとが交互に4つ配置されてなる略4角形状とされている。よって、酸化物超電導導体Bは全体として略4角形状に形成されている。
【0044】
この実施形態の酸化物超電導導体Bにあっても、先の第1実施形態の酸化物超電導導体Aと同様に通過孔62aを有するシールド板62を用いて円周面部11Bの部分に酸化物超電導層16を成膜できる。なお、円周面部11Bの部分について成膜する場合は、シールド板62の通過孔62aの幅を円周面部11Bの幅より若干狭く形成しておき、円周面部11Bに成膜している場合にその両側の平面部11A上に成膜がなされないようにすることが好ましい。
更に、平面部11Aの部分について成膜する場合は、シールド板62の通過孔62aの幅を平面部11Aの幅より若干狭く形成しておき、平面部11Aに成膜している場合に隣接する円周面部11B上に成膜がなされないようにすることがより好ましい。また、シールド板62の通過孔62aの幅については、先の第1実施形態の場合と同様に、アシストイオンビームが通過孔62aを介して円周面部11Bのいずれの位置に入射されても許容範囲のイオンビームの入射角となるように設定する点については同様である。
【0045】
図6に示す断面構造の酸化物超電導導体Bにあっても、第1実施形態の酸化物超電導導体Aと同様の作用効果を得ることができる。
【0046】
図7は本発明に係る第3実施形態の酸化物超電導導体用基材を備えた酸化物超電導導体の一例を模式的に示す部分断面図である。
この実施形態の酸化物超電導導体Cは、横断面略4角形状でかつその各周面が全長に渡り所定のピッチで螺旋状に旋回された柱状の長尺の金属製基材11の外周面に、拡散防止層22と、ベッド層23と、IBAD法による中間層24と、キャップ層25と、酸化物超電導層26と、安定化基層27と、安定化層28とを順次積層し構成されている。本実施形態において、基材21上に拡散防止層22とベッド層23と中間層24を積層することによって酸化物超電導導体用基材29が構成されている。
前記金属製の基材21は、その周方向に平面部21Aと円周面部21Bとが交互に4つずつ配置されてなる略4角形状とされ、それら4つの平面部21Aと円周面部21Bとが基材21の全長に渡り所定のピッチで螺旋状に形成されている。
図7に示す断面構造の酸化物超電導導体Cにあっても、第1実施形態の酸化物超電導導体Aと同様の作用効果を得ることができる。
【0047】
この実施形態の酸化物超電導導体Cを製造するには、平面部21Aが基材21の長さ方向に所定のピッチで螺旋状に旋回するように形成されているので、成膜装置の成膜領域に配置するシールド板に設ける通過孔62cについて基材21の所定長さの平面部21Aに対応した幅と長さの形状とする。ここでの通過孔62cの所定長さと幅とは、基材21の所定の長さ範囲の平面部21に対し、アシストイオンビームの入射角度の許容範囲が先の実施形態の場合と同様に確保される所定長さを意味し、その他の部分はシールド板が覆い隠すことができる構成としてシールド板を構成する。
【0048】
このシールド板の通過孔62cを基材21の所定長さ範囲の平面部21Aに対向させた状態で基材21をその周回りに少しずつ回転させながら基材21の長手方向に一方のリールから他方のリールに基材21を移動させつつ成膜することで、基材21の長さ方向に所定のピッチで螺旋状に配置される1つの連続した平面部21Aに対し中間層24を成膜できるので、残り3つの平面部21Aに対し順次成膜してゆくことで、基材21の全長に渡り螺旋状に配置された、4つの平面部21Aに対しそれぞれ中間層24を成膜できる。
図7に一例としてシールド板の通過孔62cの輪郭を2点鎖線にて示すが、この通過孔62cに沿って粒子が堆積される範囲を基材21の長さ方向に基材21を所定角度ずつ回転させながら移動させることで、螺旋状の所定ピッチの平面部21Aに対応した中間層24の成膜ができる。
【0049】
なお、基材21の円周面部21Bに沿って所定ピッチの螺旋状の範囲に成膜するには、図7の2点鎖線で囲む通過孔62dを備えたシールド板を用いて基材21の長さ方向に基材21を移動させながら所定角度ずつ回転させることで、螺旋状の所定ピッチの円周面部21Bに対応した中間層24の成膜ができる。
【0050】
なおまた、本実施形態の酸化物超電導導体Cにおいては、円周面部21Bに中間層24を形成することなく、平面部21Aに沿ってのみ中間層24を形成し、その中間層24の上のみキャップ層25と酸化物超電導層26と安定化基層27と安定化層28を構成しても良い。その場合、円周面部21Bには酸化物超電導層26が形成されないので、基材21の周面には4本の酸化物超電導層26が所定のピッチで螺旋状に形成された撚線構造の酸化物超電導導体を得ることができる。
この例の酸化物超電導導体であるならば、酸化物超電導層を基材21の外周面に撚線構造(螺旋構造)として設けることができるので、撚線状あるいは転移構造の酸化物超電導導体を得ることができる。この構造の酸化物超電導導体であるならば、交流損失を抑制できる酸化物超電導導体を得ることができる効果がある。
【0051】
以上、本発明に係る酸化物超電導導体用基材A、B、Cの各実施形態について説明したが、これらの実施形態において、超電導導体を構成する各部は一例であって、本発明の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更することができる。
例えば、基材の断面形状は、先の形態の形状に限らず、断面楕円形状の少なくとも1カ所に平面部を設けた略楕円形状の基材、多角形状の基材の角部に円周面部を設けた略多角形状の基材などに本発明を適用できるのは勿論である。
【実施例】
【0052】
以下に、本発明の具体的実施例について説明するが、本願発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
直径10mmの円形断面を有し、外周面に幅2mmの平面部をその全長20mに有する長尺のハステロイC276(米国ヘインズ社商品名)からなる図1に示す略円形断面形状の基材上に、スパッタ法によりAlの拡散防止層(厚さ150nm)とYのベッド層(厚さ20nm)をスパッタ法により積層した。基材の全外周面に拡散防止層とベッド層を形成するには、これらの層を形成する際に用いたスパッタ装置の内部において基材を回転させながら成膜することで全周面に成膜した。
この積層体に対して図2に示す成膜装置を用いてイオンビームアシストスパッタ法によりMgOの中間層を形成した。
イオンビームアシストスパッタ法を実施するにあたり、前記基材を一方のリール部材に巻き付け、基材の他方端を他方のリール部材に巻き掛け、両方のリール間に基材を繰り出し図2に示す構成の成膜装置の成膜空間に配置した。
【0053】
基材の幅よりも小さい幅5mmのスリット状の通過孔を有するステンレス鋼(SUS304)製の幅300mmの長方形板状のシールド板を基材に沿って配置し、リール部材間に繰り出した基材の幅方向両端側を覆い隠すようにした。この状態において両方のリール間に位置する基材をMgOのターゲットに対し露出させ、この状態でイオンビームアシストスパッタ法を実施してMgO中間層の成膜を行った。
前記シールド板の通過孔において、その幅方向端縁部をその下方の基材の円周面部に投影した位置における円周面部に対する接線の傾斜角度θは15゜である。
【0054】
イオンビームアシストスパッタ法の実施に当たり、図2に示す構成の成膜装置を用い、アシストイオンビームの入射方向をシールド板表面の法線に対し45゜傾斜した方向にセットし、成膜温度を30℃(室温)、成膜雰囲気のソースガスはArガス:Oガス=9:1の混合ガスを使用し、MgOのターゲットを用いてイオンビームアシストスパッタ法を実施した。アシストイオンビームの加速電圧を1400V、電流密度を90μA/cmに設定し、成膜雰囲気の背圧を0.00008Paに設定して成膜した。
【0055】
イオンビームアシストスパッタ法を実施し、基材上にMgO中間層を厚さ約20nm成膜後、図2に示す如く対になるリールとリール間に繰り出した基材を共に15゜ずつ回転させて24回成膜することにより、基材の全周面にMgO中間層を厚さ約20nm成膜後、対になるリール間に成膜を施していない基材を繰り出し、再度全周に成膜するという操作を基材の全長に渡り順次繰り返して基材の全長に渡りMgO中間層を厚さ約20nm成膜した。
【0056】
次に、アシストイオンビームの照射を停止してイオンビームスパッタ法に切り替え、成膜温度300℃で膜厚約400nmのエピタキシャルMgO層(Epi-MgO)を基材の長さ方向一端側に積層した。この膜厚約400nmのエピタキシャルMgO層はX線測定を行ってIBAD−MgO中間層の結晶配向度を調べるために成膜するものである。厚さ20nmのMgO中間層では膜自体が薄すぎてX線測定が困難か、あるいは不可能なために、エピタキシャルMgO層を成膜後に成膜部分の基材を切り出し、基材の周方向4箇所においてX線測定によりMgO(220)正極点測定を行い、結晶配向性の指標である結晶軸分散の半値幅Δφの平均値を求めたところ、Δφ=8゜の優れた値を示した。
【0057】
なお、IBAD法により形成した厚さ20nmのMgO中間層の配向性に倣うようにエピタキシャルMgO層が配向するので、エピタキシャルMgO層のΔφが優れることはその下地のIBAD法によるMgO層も同等に優れた配向性であることを意味する。この測定結果から、IBAD法により断面円形状の基材上に成膜したMgO層は良好な結晶配向性を示すことが判明した。
【0058】
前記基材のほぼ全長に成膜したIBAD−MgO層の上に、パルスレーザー蒸着法(PLD法)により800℃で膜厚500nmのCeOのキャップ層を成膜した。このキャップ層の成膜についてもレーザー蒸着装置内部で基材を回転させて基材の全周に成膜した。このキャップ層の基材周面4カ所においてΔφを測定したところ、平均Δφは5゜となり、良好な配向性を示した。
次いでこのキャップ層上にパルスレーザー蒸着法により膜厚1.0μmのRE123系の酸化物超電導層を成膜し、さらに、この酸化物超電導層上に厚さ10μmのAg(安定化層)をスパッタにより成膜し、次いで0.1mm厚の銅層(安定化層)を積層して酸化物超電導導体を作製した。なお、酸化物超電導層の成膜は、GdBaCu(GdBCO)の粉末を焼結させたターゲットを使用し、温度800℃、圧力80Pa、レーザ出力180W、酸素80%雰囲気下にて行った。この酸化物超電導層の成膜についてもレーザー蒸着装置内部で基材を回転させて基材の全周に成膜した。
【0059】
得られた酸化物超電導導体を液体窒素に浸漬して超電導特性を測定したところ、臨界電流は100Aを示した。これにより、横断面円形状に近い基材の外周部の全面に良好な結晶配向性を有する超電導特性の優れた酸化物超電導層を備えた酸化物超電導線材を得ることができた。
【0060】
次に、前記シールド板の通過孔において、その幅方向端縁部をその下方の基材の円周面部に投影した位置における円周面部に対する接線の傾斜角度θを35゜、25゜、20゜、15゜に設定してそれぞれ中間層を形成し酸化物超電導導体用基材を得るとともに、各基材に上記と同等のキャップ層、酸化物超電導層、安定化基層、安定化層を積層して酸化物超電導導体を作製し、各超電導導体の臨界電流値を測定した。その結果、傾斜角度θ=35゜の場合、臨界電流値60A、傾斜角度θ=25゜の場合、臨界電流値68A、傾斜角度θ=20゜の場合、臨界電流値74A、傾斜角度θ=15゜の場合、臨界電流値100Aを示した。
このことから、傾斜角度θを30゜以下とすることが望ましいが、15゜以下とすることがより好ましい範囲であると思われる。ただし、傾斜角度を小さくし過ぎるとシールド板の通過孔の幅が小さくなり過ぎるため、基材を回転させてその周方向に中間層を順次成膜する際の工程数が不要に増加するので、15〜20゜の範囲が実用的には好ましい。
【符号の説明】
【0061】
A、B…酸化物超電導導体、K…成膜領域、S…接線、θ…入射角、1、11…基材、1A…平面部、1B…円周面部、2、12…拡散防止層、3、13…ベッド層、4、14…中間層、5、15…キャップ層、6、16…酸化物超電導層、7、17…安定化基層、8、18…安定化層、50…成膜装置、51…成膜室、52…ターゲット、53、54…イオン源、60、61…リール、62…シールド板、62a…通過孔、62b…端縁。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周部の周方向の少なくとも一部分に平面部を有し外周部の周方向の少なくとも他の部分に円周面部を有する柱状であるとともに、前記平面部と円周面部が全長に渡り連続形成された長尺の基材と、該基材の外周面に前記平面部と円周面部の少なくとも一方を覆ってイオンビームアシスト成膜法により積層された結晶配向性の良好な中間層とを具備してなることを特徴とする酸化物超電導導体用基材。
【請求項2】
前記イオンビームアシスト成膜法により積層された中間層の面内方向結晶軸分散の半値幅(Δφ)の値が16゜以下であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項3】
前記中間層が前記基材上に、ベッド層と拡散防止層の少なくとも1層を介し積層されてなることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項4】
前記基材の外周部がその周方向に平面部と円周面部を交互に配してなる横断面略多角形状に形成されてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の中間層上に、キャップ層と酸化物超電導層とが積層されてなることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項6】
外周部の周方向の少なくとも一部に平面部を有し外周部の周方向の少なくとも他の部分に円周面部を有する柱状であるとともに、前記平面部と円周面部が全長に渡り連続形成された長尺の基材と、該基材の外周面に前記平面部と円周面部の少なくとも一方を覆ってイオンビームアシスト成膜法により積層された結晶配向性の良好な中間層を具備してなる酸化物超電導導体用基材を製造するに際し、
前記基材を一方のリールから繰り出し、他方のリールに巻き取る間に、中間層の構成粒子を堆積させて中間層を成膜する成膜領域を通過させ、前記基材が成膜領域を通過する間に、前記粒子の堆積と同時にアシストイオンビームを特定の方向から前記基材に対し照射するイオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成するとともに、
前記イオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成する際、前記基材よりも細いスリット状の通過孔を備えたシールド板を用い、前記通過孔を前記リール間に繰り出されている基材の延在方向中心部に沿って配置し、前記リール間に繰り出されている基材の幅方向両側部分を覆い隠しながら前記中間層の構成粒子の堆積を行うとともに、
前記イオンビームアシスト成膜法を実施して中間層を形成する際、前記基材をその周回りに所定角度ずつ回転させながら前記シールド板の通過孔を介し中間層の構成粒子を堆積させる位置を基材の周方向に順次変更しつつ前記基材の平面部あるいは円周面部に成膜することを特徴とする酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項7】
前記スリット状の通過孔を介し前記基材の円周面部に前記中間層の構成粒子を堆積させて成膜する際、前記スリット状の通過孔の幅方向端縁を前記基材の円周面部に投影させた位置において規定される前記円周面部の接線の傾斜角度を前記通過孔を含むシールド板の表面に対する傾斜角度として30゜以下に設定して成膜することを特徴とする請求項6に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項8】
前記スリット状の通過孔の幅について、該通過孔を介し前記基材の円周面部に対し斜め方向から入射するアシストイオンビームの入射角度が、前記円周面部に対するアシストイオンビームの照射範囲内のいずれの位置であっても、前記特定のアシストイオンビームの入射角度に対し±10゜の範囲に収まるような幅に設定して成膜することにより中間層を形成することを特徴とする請求項6または7に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項9】
前記中間層を前記基材上に、ベッド層と拡散防止層の少なくとも1層を介し積層することを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項10】
前記基材として、その外周部にその周方向に平面部と円周面部を交互に配してなる横断面略多角形状の基材を用いることを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項11】
請求項6〜10のいずれか1項に記載の中間層上にキャップ層と酸化物超電導層を積層することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−18870(P2012−18870A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156652(P2010−156652)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】