説明

酸化物超電導線材の製造方法および酸化物超電導線材

【課題】低コストで結晶の緻密度や配向性の高い酸化物超電導体の薄膜を形成することが可能な酸化物超電導線材の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る酸化物超電導線材の製造方法は、酸化物超電導体からなる粉末を準備する工程(S10)と、粉末をエアロゾル化する工程(S30)と、エアロゾル化する工程により形成されたエアロゾルを、基板の主表面上に噴射する工程(S40)とを備える。上記粉末は酸化物超電導体を形成するための前駆体からなる粉末であってもよい。噴射する工程の後に、噴射する工程により形成される薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程(S50)をさらに備えており、変換する工程における薄膜の内部の温度が、薄膜の基板から離れた領域から基板に近づくにつれて高くなることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導線材の製造方法および酸化物超電導線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来用いられていた金属系超電導線材よりも高温での使用が可能である酸化物超電導線材の実用化に向けた動きが進められている。この酸化物超電導線材には、ビスマス(Bi)系の超電導線材や薄膜超電導線材が存在する。このうち薄膜超電導線材は、超電導体の薄膜を形成するための下地として用いるテープ状の基板の表面上に、従来公知の成膜技術によって、酸化物超電導体の薄膜を成膜することにより形成される。
【0003】
酸化物超電導体の薄膜を成膜する技術としては、たとえばスパッタリング法やレーザアブレーション法が用いられる。また酸化膜超電導体の薄膜を成膜する別の技術としては、たとえば有機酸塩熱分解法(MOD法)が用いられている。これは基板をたとえばMOD材料溶液に浸漬することにより、基板の表面上にMOD材料溶液を塗布し、膜状とした後、当該基板を焼成することで、MOD材料溶液中の有機酸成分を熱分解、揮発させ、残った部分を酸化物超電導体の薄膜として形成する方法である。スパッタリング法やレーザアブレーション法を用いれば、結晶の配向性が高い酸化物超電導体の薄膜を形成することができる。なおここで配向性が高いとは、酸化物超電導体の結晶における所定の方位がある方向に揃っている(ある方向に対する、酸化物超電導体の結晶における所定の方位のばらつきが十分小さくなっている)ことをいう。
【0004】
一方、たとえば酸化物エレクトロニクス材料を形成するために、以下のSynthesiology Vol.1 No.2(2008)(非特許文献1)やNEC技報 Vol.60 No.1/2007(非特許文献2)に開示される、エアロゾルデポジション法が用いられている。これは特にAl(アルミナ)の薄膜やPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)の薄膜を形成する方法として用いられているが、上述した酸化物超電導体の成膜にエアロゾルでポジション法を適用することはなされていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Synthesiology、2008年、第1巻、第2号
【非特許文献2】NEC技報、2007年、第60巻、第1号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
たとえば上述したスパッタリング法やレーザアブレーション法を用いる場合は処理を行なう装置内を高真空にする必要がある。このため高価な真空装置を導入する必要がある。
【0007】
また、上述したMOD法を用いれば、スパッタリング法やレーザアブレーション法に比べて安価で成膜することができる。しかしMOD法を用いた場合、基板の表面上に塗布したMOD材料溶液を熱処理する際に、当該材料溶液中の有機酸成分が揮発する。このため熱処理後に形成される薄膜中には、ガスの揮発に起因する多数の気孔が存在することになる。このため形成される酸化物超電導体の薄膜の品質が劣化することがある。
【0008】
本発明は、以上の問題に鑑みなされたものである。その目的は、低コストで結晶の緻密度や配向性の高い酸化物超電導体の薄膜を形成することが可能な酸化物超電導線材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一の局面に係る酸化物超電導線材の製造方法は、酸化物超電導体からなる粉末を準備する工程と、粉末をエアロゾル化する工程と、エアロゾル化する工程により形成されたエアロゾルを、基板の主表面上に噴射する工程とを備える。
【0010】
本発明の製造方法は、従来セラミックス材料などの薄膜の形成に用いられていたエアロゾルデポジション法を、酸化物超電導体からなる薄膜の形成に用いる。
焼結された酸化物超電導体からなる粉末を含むエアロゾルを基板の主表面上に噴射することにより、エアロゾルに含まれる当該粉末が基板の主表面上に付着し、これらが基板の主表面上に積層・集合する。この結果、基板の主表面上に酸化物超電導体からなる薄膜が形成される。エアロゾルデポジション法を用いる場合、スパッタリング法やレーザアブレーション法のような高真空は必要ないため、高価な真空装置を導入する必要はない。したがってエアロゾルデポジション法を用いれば、スパッタリング法やレーザアブレーション法に比べて安価で酸化物超電導体の薄膜を形成することができる。なおここで主表面とは、表面のうち最も面積の大きい主要な面をいう。
【0011】
また、エアロゾルを基板の主表面に噴射することにより形成される薄膜は、たとえばMOD法により形成される薄膜に比べて緻密度が高い。したがってエアロゾルを基板の主表面に噴射することにより形成される当該薄膜を最終的に熱処理により焼結して得られる酸化物超電導体の薄膜は、MOD法により形成される薄膜を最終的に熱処理により焼結して得られる酸化物超電導体の薄膜に比べて緻密度が高い、高品質なものとなる。
【0012】
本発明の他の局面に係る酸化物超電導線材の製造方法は、酸化物超電導体を形成するための前駆体からなる粉末を準備する工程と、粉末をエアロゾル化する工程と、エアロゾル化する工程により形成されたエアロゾルを、基板の主表面上に噴射する工程とを備える。
【0013】
上述の他の局面に係る製造方法においては、酸化物超電導体の前駆体からなる粉末を準備する。具体的には、通常の本焼よりも低温で焼成(仮焼)して、酸化物超電導体としての組成に近似した組成となる程度に焼結された焼結体を準備する。このように酸化物超電導体を形成する材料としての粉末を仮焼することにより形成される焼結体をここでは前駆体という。このような前駆体を基板の主表面上に噴射すれば、後工程として前駆体を短時間焼成(本焼)することにより、(焼成済みの)酸化物超電導体の結晶からなる薄膜を形成することが可能な状態とすることができる。この方法を用いても、上述した焼結された(本焼がなされた)酸化物超電導体からなる粉末を基板の主表面上に噴射するエアロゾルデポジション法を用いた場合と同様に、スパッタリング法やレーザアブレーション法を用いた場合に比べて安価で酸化物超電導体の薄膜を形成することができる。また、MOD法を用いた場合に比べて、緻密で高品質な酸化物超電導体の薄膜を形成することができる。
【0014】
またこの方法においては、仮焼が行なわれた段階の前駆体の粉末を含むエアロゾルを基板の主表面上に噴射する。このため、当該粉末を準備する際の焼結工程を簡潔に済ますことを可能とする。このため、工程をより簡素化することができる。
【0015】
上記一の局面または他の局面に係る酸化物超電導線材の製造方法において、噴射する工程の後に、噴射する工程により形成される薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程をさらに備えており、変換する工程における薄膜の内部の温度が、薄膜の基板から離れた領域から基板に近づくにつれて高くなることが好ましい。また、この場合基板として、表面の結晶が配向している配向基板を用いることが好ましい。この場合、配向基板としては、無配向金属基板上に配向した中間層を作製した中間層配向型の基板や、ニッケル(Ni)や銅(Cu)などを強圧延したテープ材を熱処理することによって得られる、配向集合組織を利用した基板配向型の基板を用いることができる。
【0016】
噴射する工程により、焼結された酸化物超電導体の粉末、または酸化物超電導体を形成するための前駆体の粉末が基板の主表面上に集合する。この基板の主表面上に粉末が集合した集合体は、薄膜として形成される。この薄膜に対して熱処理(前駆体に対しては焼結(本焼))を行なうことにより、当該薄膜が基板の主表面上で焼結され結晶化される。つまり固定された酸化物超電導体の緻密膜(超電導層)となる。このとき超電導層となる前の薄膜の内部において、当該薄膜が形成される基板から離れた領域の温度よりも、基板に近い領域の温度が高くなるように加熱する。このようにすれば、薄膜の内部のうち、薄膜が基板と接触する部分(薄膜と基板との界面)において薄膜の温度が最も高くなる。この場合、最も薄膜の温度が高い基板との界面部において、薄膜の結晶化が最初に始まる。この領域では薄膜が基板の主表面に接触するように配置されている。このため、基板の主表面近傍の領域における結晶組織に配向するように、薄膜の組織が配向した状態で焼結され、配向性の高い酸化物超電導体の超電導層(焼結体)に変換される。
【0017】
さらに薄膜の内部において、基板の主表面に近い領域ほど高温であり、基板の主表面から遠い領域ほど低温となっていれば、基板の主表面上から、当該主表面に交差する(たとえば垂直な)方向に前駆体の薄膜は漸次焼結され、酸化物超電導体の焼結体に変換されていく。このとき、薄膜が基板と接触する界面近傍において、基板の主表面近傍の領域における結晶に配向するように焼結がなされていれば、上記のように漸次焼結される際においても、既に焼結された、基板に近い側の領域の結晶の配向に倣って同様に配向される。このため、当該薄膜の全体にわたり、同様に配向された(つまり配向性の高い)酸化物超電導体の焼結体としての薄膜を形成することができる。
【0018】
以上に述べた本発明の一の局面に係る製造方法または他の局面に係る製造方法を用いて形成された酸化物超電導線材は、たとえばMOD法を用いて形成された酸化物超電導体のように内部に多数の気孔を含むことのない、緻密化された高品質な酸化物超電導体の薄膜を備える。また酸化物超電導体の薄膜を形成する結晶が高度に配向された、高品質な酸化物超電導体の薄膜である。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る酸化物超電導線材の製造方法を用いれば、低コストで結晶の緻密度や配向性の高い酸化物超電導体の薄膜を形成することが可能な酸化物超電導線材を供給することができる。つまり本発明に係る酸化物超電導線材は、緻密度や配向性の高い高品質なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態1に係る酸化物超電導線材の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】本発明の実施の形態1に係る酸化物超電導線材の製造に用いる装置の概略図である。
【図3】エアロゾルデポジション法による成膜のメカニズムを示す概略図である。
【図4】エアロゾルポジション法を用いて形成された酸化物超電導線材の態様を示す概略図である。
【図5】本発明の実施の形態2に係る酸化物超電導線材の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
(実施の形態1)
図1のフローチャートに示すように、本実施の形態1に係る酸化物超電導線材の製造方法として、まず酸化物超電導体の粉末を準備する工程(S10)が実施される。これは具体的には、酸化物超電導線材を構成する酸化物超電導体が緻密化された薄膜(超電導層)を形成するための材料として、酸化物超電導体の粉末を準備する工程である。
【0022】
酸化物の薄膜超電導線材を形成するために用いる酸化物超電導体の粉末としては、たとえばイットリウム系(REBaCuのREがY)の材料を用いることが好ましい。ただし上述した式のREにおいてY(イットリウム)の代わりにたとえばLa(ランタン)、Nd(ネオジム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユウロピウム)、Gd(ガドリニウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム)から選択される1種または2種以上の元素を用いてもよい。
【0023】
なお上述した式におけるO(酸素)は、当該材料を酸化物とするために酸素原子を混合したためである。しかし酸化物の代わりに炭酸塩の原料を混合し、REBaCu(REに当てはまる材質は上記と同じ)の化学式で表わされる材料を用いてもよい。
【0024】
上記の各材料元素が所望の比率となるように混合したものを熱処理により焼結する。ここで、上記原料粉末をほぼ完全に焼結するために、熱処理の温度は750℃以上950℃以下とすることが好ましい。このようにすれば、酸化物超電導体の焼結体が形成される。その後形成された焼結体を粉砕することにより、酸化物超電導体の粉末を形成することができる。
【0025】
次に図1に示すように基板を準備する工程(S20)が実施される。これは具体的には、酸化物超電導線材を形成する下地として使用する、テープ状(長尺形状)を有する基板を準備する工程である。
【0026】
基板としては、たとえばニッケルベース合金や銅などの金属からなる下地基板の表面にYSZ(イットリア安定化ジルコニア)、Y(イットリア)やCeO(酸化セリウム)などの中間層が形成されたものからなり、長手方向に交差する断面が矩形をなす長尺形状(テープ状)を用いることが好ましい。あるいは、後に形成される超電導層に要求される配向性の精度が多少低い場合は、上記中間層が形成されないニッケルベース合金や銅などの金属材料からなるものを基板として用いてもよい。この基板が延在方向に延在する長さは、たとえば100m以上であり、延在方向に交差する長さ(幅)は、たとえば10mm程度である。薄膜超電導線材に流れる(見かけ上の)電流密度を大きくするためには、基板の断面積が小さい方が好ましい。ただし、基板の断面積を小さくするために基板の厚み(上述した長さと幅との両方に交差する寸法)を薄くしすぎると、基板の強度が劣化する可能性がある。したがって、基板の厚みはたとえば0.1mm程度にすることが好ましい。
【0027】
基板の主表面上に直接酸化物超電導体の薄膜を形成すると、基板の主表面に沿った方向における結晶軸の配向性に劣る多結晶の薄膜が形成される。この場合、形成された薄膜超電導線材の臨界電流密度(Jc)を大きくすることが困難となる。そこで、基板と超電導層との間に中間層が配置されていることが好ましい。中間層は、形成する超電導層を高配向のものとするために、配向性の高い組織からなる層であることが好ましい。
【0028】
基板の一方の主表面上に中間層を形成する方法としては、たとえばIBAD法(イオンビームアシスト蒸着法)やPLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法を用いることができる。これらの方法を用いれば、中間層の結晶配向性を向上させることができる。このため、主表面上に形成する超電導層の結晶配向性を向上させることができる。また、中間層は1層であってもよいが、複数の層を積層した構成としてもよい。
【0029】
ここで中間層としては、たとえばGdZr(Gd(ガドリニウム)とZr(ジルコニウム)との酸化物)やCeO(酸化セリウム)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、Y(イットリア)などの材料を用いることが好ましい。
【0030】
次に図1に示すように、粉末をエアロゾル化する工程(S30)が実施される。これは具体的には、工程(S10)にて準備した酸化物超電導体の粉末をエアロゾルデポジション法を用いて基板の主表面上に供給するためにエアロゾル化する工程である。また図1に示すように、工程(S30)に続いて、エアロゾルを噴射する工程(S40)が実施される。これは具体的には、エアロゾル化された酸化物超電導体の粉末を噴射することにより、所望の基板の主表面上に供給する工程である。
【0031】
エアロゾルデポジション法とは、あらかじめ他の手法で準備された微粒子、超微粒子原料をガスと混合してエアロゾル化したものを、ノズルを通して基板に噴射して被膜を形成する成膜技術である。
【0032】
図2は、エアロゾルデポジション法を行なうために用いる装置の概略図である。図2を参照して、エアロゾルデポジション装置100は、実際に成膜が行なわれる成膜チャンバ1の内部に、可動ステージ2が配置されている。可動ステージ2の一方の主表面上に、成膜しようとする基板3が載置される。図2のエアロゾルデポジション装置100の場合、成膜チャンバ1の内部における下方から、成膜に用いるエアロゾル化された酸化物超電導体の粉末が噴射される。このため基板3のうち成膜したい主表面3aは成膜チャンバ1の内部における下方を向いている。
【0033】
成膜しようとする酸化物超電導体の粉末は、エアロゾル発生器4の内部に原料微粒子5としてセットされる。工程(S30)においてはこの原料微粒子5を、高圧ガスボンベ6から高圧ガス流通管7を伝ってエアロゾル発生器4の内部に供給されるたとえばHe(ヘリウム)などのキャリアガスと混合する。このようにすれば原料微粒子5がエアロゾル化される。
【0034】
このようにしてエアロゾル化された原料微粒子5を、工程(S40)において、真空ポンプ8により内部が低真空状態となった成膜チャンバ1の内部の、特に基板3の主表面3a上に供給する。可動ステージ2の位置やエアロゾルの噴射方向に対する角度は、可動ステージ2に接続されたXYZθステージ9により調整される。このため可動ステージ2に載置された基板3の位置や角度が調整される。
【0035】
より具体的には図2に示すように、エアロゾル発生器4の内部において発生した、酸化物超電導体の粉末のエアロゾルを、エアロゾル流通管10を流通させて、成膜チャンバ1の内部に配置されたエアロゾル流通管10の末端部に取り付けられているノズル11から噴射させる。このとき、ノズル11の先端部が基板3の主表面3aに対向するように、可動ステージ2が適切な位置や角度に設定されていれば、基板3の主表面3a上に、ノズル11から噴射されるエアロゾルを供給することができる。このエアロゾルに含まれる粉末は、基板3の主表面3a上に集合することにより、主表面3aに交差する方向に一定の厚みを有する薄膜として形成される。また可動ステージ2により、テープ状の基板3を所望の速度で移動させることにより、基板3の主表面3a上に酸化物超電導体の粉末のエアロゾルからなる一様な薄膜が形成される。
【0036】
ここで、ノズル11から噴射されるエアロゾルの流速は、100m/s以上300m/s以下であることが好ましい。当該流速が100m/s以下であれば、基板3の主表面3a上に衝突するエアロゾル中に含まれる各酸化物超電導体の粒子が有する運動エネルギが不足する。このため、基板3の主表面3a上にエアロゾルが衝突する際に、エアロゾルに含まれる粉末粒子の微細化および緻密化がスムーズに行なわれなくなる。エアロゾル中の粉末粒子は、基板3の主表面3a上に供給される際に、その粒径が適度な範囲となるように微細化がなされ、かつ適度に緻密化される。
【0037】
ここで粉末粒子の粒径とは、レーザ回折・散乱法による粒子径分布測定方法を用いて測定した場合における、小粒径側から大粒径側に向けて当該粉末の体積を積算した累積体積が50%となる箇所における粉末断面の直径の値を意味する。上述した測定方法とは具体的には、粉末粒子に照射したレーザ光の散乱光の散乱強度分布を解析することにより、粉末粒子の直径を測定する方法である。
【0038】
また当該流速が300m/s以上となれば、基板3の主表面3a上にエアロゾルが衝突する際に、エアロゾル中の各酸化物超電導体の粒子が基板3上に形成した中間層を破壊したり、基板3を変形させたりする。なお、上述した範囲の中でも、ノズル11から噴射されるエアロゾルの流速は、150m/s以上250m/s以下であることがより好ましい。
【0039】
また、ノズル11から噴射されるエアロゾル中の酸化物超電導体を構成する粉末粒子の平均粒径は、0.5μm以上5μm以下であることが好ましい。ここで平均粒径とは、酸化物超電導体を構成する複数の粉末の粒径の平均値を意味する。
【0040】
上記粉末粒子の平均粒径が0.5μm以下であれば、基板3の主表面3a上に衝突するエアロゾル中に含まれる各酸化物超電導体の粒子が有する運動エネルギが不足する。このため、基板3の主表面3a上にエアロゾルが衝突する際に、エアロゾルに含まれる粉末粒子の粉砕がスムーズに行なわれなくなる。また上記粉末の平均粒径が5μm以上であれば、エアロゾルが主表面3a上に与える衝撃力が非常に大きくなり、主表面3aにダメージを与える可能性がある。なお、上述した範囲の中でも、上記粉末の平均粒径は0.1μm以上2μm以下であることがより好ましい。
【0041】
またエアロゾルを噴射する方向(角度)は、照射しようとする主表面3aに垂直な法線とのなす角度が30°以下であることが好ましい。つまりエアロゾルは、噴射される基板3の主表面3aに垂直に近い角度で噴射されることが好ましい。これは当該角度が30°を超えると、噴射されるエアロゾルが無秩序に散乱し、中間層を破壊するとともに、均一な薄膜を主表面3a上に形成することが困難になる可能性があるためである。
【0042】
上記のようにエアロゾルが主表面3aに衝突する際に、衝撃力により酸化物超電導体の粉末の粒径が小さくなる。しかし図2に示すように、必要に応じてエアロゾル流通管10には、たとえばその流路の途中に解砕機12や分級機13を備えていてもよい。解砕機12は、エアロゾル流通管10を流通するエアロゾル中の酸化物超電導体の粉末のうち、粉末の粒子同士が結合して大きな塊として凝固している部分を解きほぐすための装置である。また分級機13は、エアロゾル中に含まれる異形物や異物を取り除くための装置である。これらを備えておくことにより、たとえば図3に示すように、基板3の主表面3a上に供給されるエアロゾルに含まれる粉末14を、主表面3a上により均一な薄膜として形成することができる。なお図3においては基板3の主表面上に形成された中間層3bの主表面3a上に、エアロゾルに含まれる粉末14が供給されている。
【0043】
なお、工程(S40)を行なう際の成膜チャンバ1の内部の真空度は、たとえば10Pa以上10Pa以下であることが好ましい。これに対してスパッタリング法やレーザアブレーション法を用いて酸化物超電導体を成膜する場合は、たとえば10−4〜10−3Pa程度の高真空状態にする必要がある。したがってエアロゾルデポジション法において必要な真空度は、スパッタリング法やレーザアブレーション法において必要な真空度に比べて非常に低い。このため、エアロゾルデポジション法を用いれば、スパッタリング法やレーザアブレーション法を用いる場合に比べて安価な真空ポンプ8(たとえばロータリーポンプ)を用いて処理を行なうことができる。このためエアロゾルデポジション法を用いれば低コストで成膜処理を行なうことができる。
【0044】
またエアロゾルデポジション法においては、基板3の主表面3a上にエアロゾルを供給するにあたり、対象物を加熱する必要がなく、室温にて処理を行なうことができる。したがって、加熱工程を排除することによる工程の短縮化、および低コスト化を図ることができる。
【0045】
続いて図1に示すように、薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程(S50)が実施される。これは具体的には、工程(S40)にて基板3の主表面3a上に形成された粉末の集合体である薄膜に対して熱処理を施し、酸化物超電導体が緻密に焼結された薄膜である超電導層を形成する工程である。
【0046】
具体的には、工程(S40)によりたとえば図4に示すように基板3の一方の主表面上の中間層3b上に形成された薄膜3cを加熱する。加熱方法としては任意の方法を用いることができる。このようにすれば、薄膜3cを構成する(エアロゾル中に含まれていた)酸化物超電導体の粉末が焼結され、複数の当該粉末粒子同士が結合されて一体の薄膜3cとしての超電導層となる。工程(S40)におけるエアロゾルの噴射時の衝撃力により、エアロゾルに含まれていた(薄膜3cを構成する)酸化物超電導体の粉末は固化(衝撃固化)されている。しかしこれをさらに固化および緻密化させて薄膜酸化物超電導線材として完成させるために、工程(S50)の処理を行なう。
【0047】
このときに加熱される薄膜3cの温度は750℃以上800℃以下であることが好ましい。750℃以下であれば薄膜3cを構成する酸化物超電導体の粉末粒子同士を焼結により十分に結合させることが困難となる。また800℃以上であれば、酸化物超電導体が過度に焼結し、均一で高品質な超電導層を形成することが困難となる。
【0048】
たとえばMOD法を用いた場合、MOD材料溶液中の溶媒成分が熱処理において揮発する。このためMOD法を用いた場合、熱処理により最終的に形成される薄膜(超電導層)は、大きな容積を有する溶媒成分が揮発することにより、気孔の多い薄膜となる。これに対して本実施の形態1のようにエアロゾルデポジション法を用いて形成された超電導層は、エアロゾル中に含まれる酸化物超電導体の粉末以外の物質はキャリアガスのみである。上述したようにエアロゾルが主表面3a上に噴射により叩きつけられるときの衝撃力により、エアロゾルに含まれる粉末粒子が主表面3aに叩きつけられて薄膜3cが形成される。そのため、形成された薄膜3c中には基本的にほとんど気孔(キャリアガスが含まれる気泡)は形成されない。したがってエアロゾルデポジション法を用いた場合は、MOD法を用いた場合に比べて、焼結により最終的に形成される超電導層中に含まれる気孔の数を少なくし、またたとえ気孔が存在したとしても、当該気孔のサイズを小さくすることができる。つまりエアロゾルデポジション法を用いて形成される酸化物超電導体の超電導層は、MOD法を用いて形成される酸化物超電導体の超電導層に比べて緻密である。すなわちエアロゾルデポジション法を用いれば、形成される超電導層をより高品質のものとすることができる。
【0049】
ところで本実施の形態1では、工程(S50)において図4に示す薄膜3cに対して熱処理を行なう際に、薄膜3cの内部の温度に勾配を設けることがより好ましい。具体的には、工程(S50)を行なう際には図4に示す薄膜3cの基板3に対向する1対の主表面のうち、基板3に近い側にある基板側主表面3dの温度が、基板3から離れた側にある背面側主表面3eの温度よりも高いことが好ましい。より具体的には、薄膜3cの内部において、背面側主表面3eから基板側主表面3dに近づくにつれて高温になるように加熱されることが好ましい。
【0050】
つまり薄膜3cの内部のうち、基板3に最も近い基板側主表面3dにおいて最も高温となり、基板3から最も遠い背面側主表面3eにおいて最も低温となるように温度制御することが好ましい。このようにすれば、薄膜3cの内部のうち最も高温である基板側主表面3dにおいて酸化物超電導体の結晶が最初に粒成長(結晶成長)する。このとき基板側主表面3dは図4において中間層3bと接触している。このため基板側主表面3dは中間層3bの基板側主表面3dと接触する最表面近傍の領域を構成する結晶構造の配向性に倣った配向性を有するものとなるように結晶成長する。つまり中間層3bの特に基板側主表面3dと接触する最表面近傍の領域の結晶粒が高配向となるように並んでいれば、それと同様に基板側主表面3d近傍の酸化物超電導体が結晶化された結晶粒も高配向に配置される。
【0051】
さらに基板側主表面3d側から、薄膜3cの主表面に交差する方向に(たとえば薄膜3cの主表面に垂直な方向に)、背面側主表面3eに向かうにつれて内部の温度が低くなるように温度勾配が存在すれば、薄膜3cは基板側主表面3dから背面側主表面3eに向かって漸次、既に結晶化された基板側主表面3d側の領域の結晶粒の配向性に倣って焼結され、結晶化される。
【0052】
このようにすれば、基板3(中間層3b)の表面を構成する結晶が高い配向性を有するように配置されていれば、薄膜3cの内部は基板3(中間層3b)と同様に結晶粒が高い配向性を有するように焼結される。したがって、形成される超電導層の内部の結晶の配向性を高めることができる。つまり当該超電導層をさらに高品質のものとすることができる。
【0053】
以上に述べたように薄膜3cの内部に温度分布を持たせるために、工程(S50)の熱処理においては、たとえば基板3の、薄膜3cと対向する主表面と反対側の主表面側に加熱源をセットし、基板3がセットされた雰囲気内において、薄膜3cの基板側主表面3dの温度が背面側主表面3eの温度よりも高くなるように温度制御することが好ましい。また、このとき薄膜3cの背面側主表面3eに接触するようにガス(冷却ガス)を流通させて、背面側主表面3eを冷却することにより薄膜3c内の温度勾配を確実に形成するようにしてもよい。
【0054】
なお工程(S50)の熱処理時における薄膜3cの内部の温度分布は、薄膜3cおよび基板3の主表面に交差する(垂直な)方向に関して、背面側主表面3eから基板側主表面3dに向かうにつれて温度が単調に上昇する分布となっていることがより好ましい。しかし薄膜3cの内部の一部の領域において、たとえば背面側主表面3eから基板側主表面3dに向かうことにより温度が低下する領域や、温度がほぼ一定である領域が存在してもよい。薄膜3cの内部の一部に上記のように温度分布が逆転した領域が存在したとしても、基板側主表面3d近傍が最も高温となっていれば、薄膜3c全体としての結晶の配向性には大きな影響を及ぼさない。
【0055】
以上の工程が実施されることにより、酸化物超電導体が超電導層として焼結された薄膜3cを有する、図4に示す酸化物超電導線材50が形成される。酸化物超電導線材50は、特に超電導層(薄膜3c)を構成する酸化物超電導体が緻密化されており、かつ酸化物超電導体を構成する結晶粒が高い配向性を有するように配置されている。このため、当該超電導層を流れる臨界電流密度(Jc)の値を大きくすることができる。つまり当該超電導層を含む酸化物超電導線材50の品質を高めることができる。
【0056】
(実施の形態2)
本発明の実施の形態2における酸化物超電導線材の製造方法は、図5のフローチャートに示すように、まず酸化物超電導体の前駆体の粉末を準備する工程(S10)を実施する。実施の形態1においては、超電導層の薄膜を形成するために準備する粉末は、熱処理による焼結が完了した酸化物超電導体である。しかし実施の形態2においては、上記熱処理による焼結が行なわれているが不完全である、酸化物超電導体を形成するための前駆体の粉末を準備する。
【0057】
具体的には、実施の形態1の工程(S10)と同様に、各材料元素が所望の比率となるように混合したものを熱処理により焼結する。ただし熱処理を行なう温度を実施の形態1の工程(S10)における温度よりも低くすることにより、酸化物超電導体の粉末を形成するための本焼の前段階である仮焼の状態に留める。このために熱処理の温度をたとえば500℃以上700℃以下とすることが好ましい。なお500℃以下であれば、材料粉末と混合させたバインダを揮発させることが困難となる。また700℃以上とすれば、実施の形態1の工程(S10)と同様に、材料粉末がほぼ完全に焼結される。このため酸化物超電導体を形成するための前駆体としての粉末を構成することが困難となる。
【0058】
以上の工程(S10)において形成される、仮焼がなされた材料粉末(前駆体の粉末)は、本焼がなされた実施の形態1の工程(S10)において形成される酸化物超電導体の粉末に比べて、粉末粒子の平均粒径を小さくしてもよい。具体的には当該平均粒径は0.1μm以上2μm以下であることが好ましい。
【0059】
ただし図5に示すように、実施の形態2においても実施の形態1と同様に、後に当該前駆体をエアロゾル化したものを基板の主表面上に供給して薄膜を形成した上で再度熱処理(焼結)を行なう。このため、エアロゾル化を行なう前の段階で、工程(S10)にて準備される当該材料粉末が完全に焼結されている必要はない。工程(S10)においては材料粉末を完全に焼結させず、後工程における(基板3上に薄膜として形成した後の)熱処理において、当該材料粉末からなる薄膜を焼結により緻密化するだけで所望の超電導層を形成することが可能となる程度に焼結(仮焼)すればよい。したがって実施の形態2のように、材料粉末を準備する工程(S10)においては後工程を行なうための最低限の焼結に留めて酸化物超電導体の前駆体を形成することが好ましい。このようにすれば、工程(S10)における処理を簡素化し、最終的に酸化物超電導線材の製造コストを削減することができる。
【0060】
図5に示すように、本実施の形態2の基板を準備する工程(S20)から薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程(S50)については、大筋において実施の形態1の工程(S20)から工程(S50)に順ずる。つまり実施の形態2においてもエアロゾルデポジション法を用いて酸化物超電導体からなる超電導層の成膜処理が行なわれる。
【0061】
ただし上述したように、酸化物超電導体の前駆体からなる粉末粒子の平均粒径は、酸化物超電導体がほぼ完全に焼結された粉末粒子の平均粒径に比べて小さい。このため実施の形態2の工程(S40)においては、当該前駆体からなる粉末粒子のエアロゾルを基板3の主表面3a上(図3参照)に噴射する際には、実施の形態1の工程(S40)におけるエアロゾルの照射速度よりも高速にすることが好ましい。このようにすれば、実施の形態1の工程(S40)と同様の工程において基板3の主表面3a上に衝突するエアロゾル中に含まれる粒子が有する運動エネルギーが不足することを抑制することができる。具体的には当該噴射速度は150m/s以上400m/s以下であることが好ましい。なおこのなかでも、180m/s以上300m/s以下であることが特に好ましい。
【0062】
また実施の形態2の工程(S40)において形成される、酸化物超電導体を形成するための前駆体の粒子が基板3の主表面上において集合して形成された薄膜3c(図4参照)は、実施の形態1の工程(S40)において形成される同薄膜3cに比べて酸化物超電導体の材料粉末の焼結が不完全である。このため工程(S50)においてこの焼結が不完全である分を補填する焼結を行なうことが好ましい。また、実施の形態1の場合と同様に、薄膜3cの膜厚方向において温度勾配(基板3側を高温にし、基板3から離れるにつれて温度が低くなるような温度分布)を形成した状態で上記工程(S50)における焼結を行なうことにより、前駆体から、直接配向性の高い酸化物超電導体への変換を行うことができる。この結果、より配向性に優れた酸化物超電導体を得ることが可能になる。
【0063】
本発明の実施の形態2は、以上に述べた各点についてのみ、本発明の実施の形態1と異なる。すなわち、本発明の実施の形態2について、上述しなかった構成や条件、手順や効果などは、全て本発明の実施の形態1に順ずる。
【実施例1】
【0064】
実施例1においては、上述した実施の形態1の製造方法に従い、酸化物の薄膜超電導線材を形成する試験を行なった。具体的には、図1を参照して、酸化物超電導体の粉末を準備する工程(S10)として、Y(イットリウム)、Ba(バリウム)およびCu(銅)の3元素を、組成の比が1:2:3となるように、共沈法により調合したものを準備した。そして当該混合物の粉末を大気中にて熱処理することにより、酸素を導入して酸化物超電導体の粉末材料(YBaCuの酸化物)となるようにした。このときの熱処理の温度は900℃であり、加熱時間は60分であった。また、熱処理後粉砕されることにより形成された粉末材料の平均粒径は1μmであった。
【0065】
次に基板を準備する工程(S20)として、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板3の主表面上にCeO(酸化セリウム)からなる中間層3b(図3、図4参照)が形成された基板を準備した。当該基板は長尺形状であり、長手方向の長さが1m、幅が10mm、そして厚みが0.1mmのものである。
【0066】
そして粉末をエアロゾル化する工程(S30)として、図2に示すエアロゾルデポジション装置100のエアロゾル発生器4を用いて、上記酸化物超電導体の粉末材料をキャリアガスであるHeガスと混合させたものをエアロゾルとした。工程(S30)を行ないながら、エアロゾルを噴射する工程(S40)として、図2のノズル11から図3に示すようにエアロゾルに含まれる粉末14を基板3(の中間層3b)の主表面3a上に噴射した。このときの成膜チャンバ1の内部の圧力は3×10Paであり、基板3の温度は室温とした。またエアロゾルを主表面3a上に噴射する速度は200m/sとすることにより、基板3の主表面3a上でエアロゾルが衝撃固化されるようにした。
【0067】
この時点でエアロゾル中の酸化物超電導体の粉末により成膜された薄膜3c(図4参照)の平均粒径は20nm以下となり、酸化物超電導体のc軸面は基板3の主表面3aにほぼ平行な方向に揃っており、高い配向性を有するものとなった。また薄膜3cの厚みは2μmとした。
【0068】
この状態で薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程(S50)を行なった。具体的には、図4を参照して、薄膜3cにおける基板側主表面3d側(図4における基板3の下側)から加熱した。このとき、薄膜3cの背面側主表面3eについては、背面側主表面3e上に加熱されていない100ppmの酸素ガスを含有するアルゴンガスをフローした。これらは薄膜3cにおける基板側主表面3d側の温度を背面側主表面3e側の温度よりも高くなるように制御するためである。その後、基板3の下側からの加熱温度を徐々に上げることにより、薄膜3cにおいて基板側主表面3dから背面側主表面3eに向かうように漸次焼結による結晶化(結晶粒の成長)が行なわれるようにした。なお、基板3の下側からの加熱を行なう加熱源の最高温度は780℃とした。その後、100%酸素雰囲気の気流中で、加熱源を550℃に加熱した状態で1時間熱処理した。
【0069】
以上のようにして結晶化された薄膜3c(超電導層)は、その結晶粒がCeOからなる中間層3bを構成する結晶粒の配列する方向に沿った方向に、高い配向性を有するように配列された。また当該酸化物超電導線材50(図4参照)について、77Kの温度下で、超電導層に流れる臨界電流密度(Jc)を測定したところ、8MA/cmであった。
【実施例2】
【0070】
実施例2においては、上述した実施の形態2の製造方法に従い、酸化物の薄膜超電導線材を形成する試験を行なった。具体的には、図5を参照して、酸化物超電導体の前駆体の粉末を準備する工程(S10)として、Y(イットリウム)、Ba(バリウム)およびCu(銅)の3元素を、組成の比が1:2:3となるように、共沈法により調合したものを準備した。次に当該混合物の粉末を500℃に加熱することにより脱バインダ処理を行なった。脱バインダ処理を行なった混合物を大気中にて熱処理することにより、酸化物超電導体の前駆体(仮焼を行なったもの)を形成した。このようにして混合物がほぼ完全に焼結された酸化物超電導体の前駆体の粉末材料(YBaCuの酸化物)となるようにした。このときの熱処理の温度は900℃であり、加熱時間は30分であった。また、仮焼に際して、形成された粉末材料の平均粒径が0.8μmとなるように調整した。
【0071】
次に基板を準備する工程(S20)として、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板3の主表面上にCeO(酸化セリウム)からなる中間層3b(図3、図4参照)が形成された基板を準備した。当該基板は長尺形状であり、長手方向の長さが1m、幅が20mm、そして厚みが0.1mmのものである。
【0072】
そして粉末をエアロゾル化する工程(S30)として、図2に示すエアロゾルデポジション装置100のエアロゾル発生器4を用いて、上記酸化物超電導体の前駆体の粉末材料をキャリアガスであるHeガスと混合させたものをエアロゾルとした。工程(S30)を行ないながら、エアロゾルを噴射する工程(S40)として、図2のノズル11から図3に示すようにエアロゾルに含まれる粉末14を基板3(の中間層3b)の主表面3a上に噴射した。このときの成膜チャンバ1の内部の圧力は7×10Paであり、基板3の温度は室温とした。またエアロゾルを主表面3a上に噴射する速度は500m/sとすることにより、基板3の主表面3a上でエアロゾルが衝撃固化されるようにした。この時点でエアロゾル中の酸化物超電導体の前駆体の粉末により成膜された薄膜3c(図4参照)の平均粒径は20nm以下となった。また薄膜3cの厚みは2μmとした。
【0073】
この状態で薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程(S50)を行なった。具体的には、図4を参照して、薄膜3cにおける基板側主表面3d側(図4における基板3の下側)から加熱した。このとき、薄膜3cの背面側主表面3eについては、背面側主表面3e上に加熱されていない100ppmの酸素ガスを含有するアルゴンガスをフローした。これらは薄膜3cにおける基板側主表面3d側の温度を背面側主表面3e側の温度よりも高くなるように制御するためである。その後、基板3の下側からの加熱温度を徐々に上げることにより、薄膜3cにおいて基板側主表面3dから背面側主表面3eに向かうように漸次焼結による結晶化(結晶粒の成長)が行なわれるようにした。なお、基板3の下側からの加熱を行なう加熱源の最高温度は750℃とした。
【0074】
以上のようにして結晶化された薄膜3c(超電導層)は、結晶粒がCeOからなる中間層3bを構成する結晶粒の配列する方向に沿った方向に、高い配向性を有するように配列された。また当該酸化物超電導線材50(図4参照)を77Kの温度下で使用し、超電導層に流れる臨界電流密度(Jc)を測定したところ、7MA/cmであった。
[比較例1]
比較例として、上記の実施例1および2の工程(S20)において準備した、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板3の主表面上にCeO(酸化セリウム)からなる中間層3b(図3、図4参照)が形成された基板を用いたサンプルを作製した。具体的にはMOD法を用いて、上記の実施例1および2の工程(S10)において準備した酸化物超電導体(の前駆体)と同様の組成比を有するYBaCuの溶液中に上記基板3を浸漬したものを熱処理した。このようにして、基板3の中間層3b上に厚みが2μmの酸化物超電導体の焼結された超電導層を含む酸化物の薄膜超電導線材が形成された。
【0075】
当該酸化物超電導線材を、実施例1および2と同様に77Kの温度下で使用することによる臨界電流密度(Jc)を測定したところ、4MA/cmであった。
【0076】
当該比較例1において形成された超電導層の内部には、溶液を焼結した際に溶媒成分が揮発したことによる気孔が多数発生した。このため超電導層を構成する酸化物超電導体の結晶の配向性が劣化した。これらの理由により、実施例1および2において形成された超電導層に比べて、臨界電流密度が劣ったものとなった。逆に言えば、実施例1および2において形成された超電導層は、結晶の配向性や緻密度が良好である、高品質な薄膜となった。
【0077】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、低コストで高品質な酸化物超電導線材を製造する技術として、特に優れている。
【符号の説明】
【0079】
1 成膜チャンバ、2 可動ステージ、3 基板、3a 主表面、3b 中間層、3c 薄膜、3d 基板側主表面、3e 背面側主表面、4 エアロゾル発生器、5 原料微粒子、6 高圧ガスボンベ、7 高圧ガス流通管、8 真空ポンプ、9 XYZθステージ、10 エアロゾル流通管、11 ノズル、12 解砕機、13 分級機、14 エアロゾルに含まれる粉末、50 酸化物超電導線材、100 エアロゾルデポジション装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物超電導体からなる粉末を準備する工程と、
前記粉末をエアロゾル化する工程と、
前記エアロゾル化する工程により形成されたエアロゾルを、基板の主表面上に噴射する工程とを備える、酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
酸化物超電導体を形成するための前駆体からなる粉末を準備する工程と、
前記粉末をエアロゾル化する工程と、
前記エアロゾル化する工程により形成されたエアロゾルを、基板の主表面上に噴射する工程とを備える、酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項3】
前記噴射する工程の後に、前記噴射する工程により形成される薄膜を酸化物超電導体の緻密膜に変換する工程をさらに備えており、
前記変換する工程における前記薄膜の内部の温度が、前記薄膜の前記基板から離れた領域から前記基板に近づくにつれて高くなる、請求項1または2に記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の酸化物超電導線材の製造方法を用いて形成された酸化物超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−71031(P2011−71031A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−222654(P2009−222654)
【出願日】平成21年9月28日(2009.9.28)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】