説明

酸化防止剤、酸化防止剤の製造方法及び金属材の製造方法

【課題】加熱される金属素材の表面にスケールが生成されるのを従来よりも抑制できる酸化防止剤を提供する。
【解決手段】軟化点の異なる複数のガラスフリットと、600℃以下の融点を有する無機化合物とを含有する酸化防止剤。無機化合物は、主として600℃前後の低温域で軟化する。複数のガラスフリットは、主として600℃〜1300℃の温度域で軟化する。そのため、酸化防止剤は、広い温度域で金属素材表面を覆い、金属素材表面が酸化してスケールを生成するのを抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化防止剤、酸化防止剤の製造方法及び金属材の製造方法に関し、さらに詳しくは、加熱される金属素材の表面に塗布される、酸化防止剤、酸化防止剤の製造方法及び金属材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2007−314780号公報(特許文献1)は、熱間押出加工用潤滑剤組成物を開示し、国際公開WO2007/122972号公報(特許文献2)は、熱間塑性加工用潤滑剤組成物を開示する。これらの文献に開示された潤滑剤組成物は、軟化点の異なる複数のガラスフリットを含み、熱間塑性加工される素材表面に塗布される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−314780号公報
【特許文献2】国際公開WO2007/122972号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1及び2に開示された潤滑剤組成物は、加熱された素材表面に酸化物(以下、スケールという)が発生するのを、ある程度抑制する。しかしながら、これらの潤滑剤組成物を使用しても、加熱された素材表面に依然としてスケールが生成される。
【0005】
本発明の目的は、加熱される金属素材の表面にスケールが生成されるのを従来よりも抑制する酸化防止剤を提供することである。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0006】
本発明による酸化防止剤は、軟化点の異なる複数のガラスフリットと、600℃以下の融点を有する無機化合物とを含有する。本発明による酸化防止剤は、加熱される金属素材の表面に塗布される。
【0007】
本発明による酸化防止剤では、金属素材の温度が上昇するにしたがって、無機化合物、ガラスフリットが順に軟化し、軟化した無機化合物及びガラスフリットが金属素材の表面を覆う。そのため、本発明による酸化防止剤は、金属素材の表面にスケールが生成されるのを抑制する。
【0008】
好ましくは、無機化合物は、400℃〜600℃の融点を有する無機塩及び/又は酸化物である。また、好ましくは、無機化合物は、硼酸及び/又は酸化硼素である。
【0009】
好ましくは、複数のガラスフリットは、高温ガラスフリットと、中温ガラスフリットとを含有する。高温ガラスフリットの1200℃における粘度は、2×10〜10dPa・sである。中温ガラスフリットの700℃における粘度は、2×10〜10dPa・sである。
【0010】
この場合、高温ガラスフリット、中温ガラスフリット及び無機化合物は、それぞれ異なる温度域で軟化する。そのため、酸化防止剤は、従来よりも広い温度範囲において、金属素材表面を覆う。そのため、金属素材の表面にスケールが生成されにくい。本明細書における「粘度」とは、いわゆる「静粘度」を意味する。
【0011】
好ましくは、酸化防止剤はさらに、アルカリ金属塩を含有する。
【0012】
この場合、酸化防止剤の粘度の経時変化が抑制される。
【0013】
好ましくは、酸化防止剤はさらに、水に難溶な第2族金属塩を含有する。ここで、「水に難溶」とは、25℃の水に対する溶解度が1000ppm以下であることを意味する。
好ましくは、難溶性の第2族金属塩は、炭酸マグネシウム及び/又は炭酸カルシウムである。
この場合、酸化防止剤の粘度の経時変化が抑制される。
【0014】
本発明による酸化防止剤の製造方法は、軟化点の異なる複数のガラスフリットと、硼酸及び/又は酸化硼素と、水とを、粉砕装置により粉砕混合して混合組成物を生成する工程と、混合組成物に常温以下の水を混合して酸化防止剤を生成する工程とを備える。
【0015】
この場合、水に溶解した硼酸又は酸化硼素が結晶化しにくい。
【0016】
本発明による金属材の製造方法は、上述の酸化防止剤を金属素材の表面に塗布する工程と、潤滑剤組成物が塗布された金属素材を加熱する工程とを備える。ここでいう「加熱」は、金属素材を熱処理(焼き入れ、焼き戻し等)するための加熱や、金属素材を熱間加工するための加熱を含む。熱間加工はたとえば、熱間押出加工、熱間穿孔圧延、熱間圧延、熱間鍛造等である。
【0017】
この場合、加熱された金属素材の表面にスケールが生成しにくい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施の形態による酸化防止剤に含まれる成分の粘度と温度との関係を示す図である。
【図2】本実施の形態による酸化防止剤の製造方法の一例を示すフロー図である。
【図3】本実施の形態による金属材の製造方法の一例を示すフロー図である。
【図4】実施例1における供試材の断面画像を示す図である。
【図5】実施例2における供試材の断面画像を示す図である。
【図6】実施例3における供試材の粘度と酸化防止剤内の炭酸カリウムの含有量との関係を示す図である。
【図7】実施例4における供試材の粘度の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0020】
本発明者らは、特許文献1及び特許文献2に開示された潤滑剤組成物を用いても、加熱された金属素材の表面に若干のスケールが生成される原因を調査した。調査の結果、本発明者らは、以下の知見を得た。
【0021】
(1)加熱温度が600℃よりも高い中温域及び高温域だけでなく、加熱温度が600℃以下の低温域においても、金属素材表面にスケールが生成される。以下、600℃以下の温度域を「低温域」と称する。
【0022】
(2)特許文献1及び特許文献2に開示された潤滑剤組成物は、軟化点の異なる複数のガラスフリットを含む。複数のガラスフリットは、中温域及び高温域において軟化し、金属表面を覆う。しかしながら、低温域では、これらのガラスフリットは軟化しにくい。そのため、低温域では、金属素材の表面が潤滑剤組成物により十分に保護されず、表面が部分的に露出する場合がある。露出した部分は外気と接触するため、酸化してスケールを生成しやすい。
【0023】
(3)600℃以下の融点を有する無機化合物は、低温域において軟化し、金属表面を覆う。そのため、低温域において、金属素材の表面にスケールが生成されるのを抑制できる。酸化防止剤が、軟化点の異なる複数のガラスフリットと、600℃以下の融点を有する無機化合物とを含有すれば、酸化防止剤は、低温域、中温域及び高温域の広い温度範囲において軟化し、金属素材表面を覆う。そのため、金属素材表面にスケールが生成されるのを抑制できる。
【0024】
(4)酸化防止剤が常温においてスラリーであって、軟化点の異なる複数のガラスフリットと、上述の無機化合物を含有する場合、常温における酸化防止剤の粘度が経時変化する場合がある。常温における酸化防止剤がアルカリ金属塩を含有すれば、酸化防止剤の粘度の経時変化が抑制される。
【0025】
(5)酸化防止剤が、水に難溶な第2族金属塩を含有すれば、酸化防止剤の粘度の長期的な経時変化が抑制される。ここで、第2族金属塩とは、周期律表における第2族の金属の塩である。また、「水に難溶」とは、25℃の水に対する溶解度が1000ppm以下であることを意味する。
【0026】
本実施の形態による酸化防止剤は、上述の知見に基づく。以下、酸化防止剤の詳細を説明する。
【0027】
[酸化防止剤の構成]
本実施の形態による酸化防止剤は、軟化点の異なる複数のガラスフリットと、600℃以下の融点を有する無機化合物とを含有する。以降、600℃以下の融点を有する無機化合物を「低温無機化合物」と称する。ガラスフリット及び低温無機化合物の詳細を説明する。
【0028】
[ガラスフリット]
複数のガラスフリットは、以下の方法で製造される。ガラスを構成する複数の周知の無機成分を混合する。混合された複数の無機成分を溶融し、溶融されたガラスを生成する。溶融されたガラスを水中又は空気中で急冷して固化する。固化されたガラスを、必要に応じて粉砕する。ガラスフリットは、以上の工程により製造される。
【0029】
ガラスフリットは、フレーク状又は粉末状である。上述のとおり、ガラスフリットは、複数の周知の無機成分を含有する。そのため、ガラスフリットの融点は明確に特定されない。ガラスフリット内の各無機成分が単独で加熱された場合、各無機成分は融点で液化する。しかしながら、ガラスフリットの場合、温度が上昇するにしたがい、ガラスフリット内の各無機成分が互いに異なる温度で液化し始める。そのため、温度の上昇にしたがい、ガラスフリットは徐々に軟化する。したがって、各無機成分を単体で酸化防止剤として使用する場合よりも、複数の無機成分を溶融して製造されたガラスフリットは、加熱される金属素材表面に安定的に粘着しやすい。ガラスフリットは金属素材表面をコーティングするのに適した粘度に調整できる。
【0030】
複数のガラスフリットは、高温ガラスフリットと、中温ガラスフリットとを含有する。高温ガラスフリットの軟化点は、中温ガラスフリットの軟化点よりも高い。以下、高温ガラスフリット及び中温ガラスフリットの詳細を説明する。
【0031】
[高温ガラスフリット]
高温ガラスフリットは、高い軟化点を有する。酸化防止剤は、複数の高温ガラスフリットにより、1000℃以上の高温域において、適正な粘度を有する。酸化防止剤は、1000℃以上の高温域において、金属素材の表面に濡れ拡がり、金属表面を覆うことができる。このとき、酸化防止剤は、金属素材の表面に粘着する。
【0032】
要するに、酸化防止剤は、高温ガラスフリットにより、高温域において、金属素材の表面が外気と接触するのを抑制する。そのため、酸化防止剤は、高温域において、金属素材表面にスケールが生成されるのを抑制できる。
【0033】
酸化防止剤が高温ガラスフリットを含有しなければ、高温域において、酸化防止剤の粘度が低くなり過ぎる。そのため、酸化防止剤は金属素材表面に安定して粘着しにくく、表面から流れ落ちやすくなる。酸化防止剤が流れ落ちれば、金属素材表面は部分的に露出する。露出された表面部分は外気に触れ、スケールを生成する。
【0034】
高温ガラスフリットの好ましい粘度は、1200℃において2×10〜10dPa・sである。1200℃における高温フリットの粘度が低すぎると、酸化防止剤は、高温域において金属素材表面に粘着しにくく、金属素材表面から流れ落ちやすい。一方、1200℃における高温フリットの粘度が高すぎれば、酸化防止剤は、高温域において、金属素材表面から剥がれやすくなる。1200℃における高温ガラスフリットの粘度が2×10〜10dPa・sであれば、1000℃〜1400℃の高温域において、高温ガラスフリットが軟化し、金属素材表面に粘着しやすくなる。そのため、高温域において、酸化防止剤が金属素材表面を覆いやすく、金属素材表面に安定的に粘着しやすい。1200℃における高温ガラスフリットの好ましい粘度の上限は10dPa・sであり、好ましい下限は10dPa・sである。
【0035】
高温ガラスフリットが球状及び粉末状である場合、好ましい粒径は25μm以下である。ここでいう粒径は、体積平均粒径D50である。体積平均粒径D50は以下の方法で求められる。粒度分布測定装置により、高温ガラスフリットの体積粒度分布を求める。得られた体積粒度分布を用いて、累積体積分布における小粒径側から累積体積が50%になる粒径を、体積平均粒径D50と定義する。
【0036】
粒径が25μm以下であれば、常温において、高温ガラスフリットが液体内に分散しやすい。
【0037】
上述のとおり、高温ガラスフリットは、周知の複数の無機成分を含有する。高温ガラスフリットはたとえば、60〜70質量%の二酸化珪素(SiO)と、5〜20質量%の酸化アルミニウム(Al)と、0〜20質量%の酸化カルシウム(CaO)とを含有する。CaOは選択的な化合物であり、含有されなくてもよい。高温ガラスフリットはさらに、酸化マグネシウム(MgO)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化カリウム(KO)のうち1種又は2種以上を含有する。高温ガラスフリットを構成する無機成分は、上述の例に限定されない。要するに、ガラスを構成する周知の無機成分により、高温ガラスフリットは製造できる。
【0038】
[中温ガラスフリット]
中温ガラスフリットは、高温ガラスフリットよりも低い軟化点を有する。酸化防止剤は、中温ガラスフリットにより、600℃〜1000℃の中温域において適正な粘度を有する。そのため、酸化防止剤は、高温域だけでなく、中温域においても、金属素材表面全体に濡れ広がり、表面を覆う。さらに、中温域において、酸化防止剤は、金属素材表面に安定して粘着する。そのため、中温域において、金属素材の表面は外気と接触するのを抑制され、スケールの生成が抑制される。
【0039】
酸化防止剤が中温ガラスフリットを含有しなければ、中温域における酸化防止剤が金属素材表面に粘着しにくくなる。そのため、中温域において酸化防止剤が金属素材表面から流れ落ち、又は剥がれ落ち、金属素材表面が部分的に露出する。露出された部分は外気と接触し、スケールを生成しやすい。
【0040】
中温ガラスフリットの好ましい粘度は、700℃において2×10〜10dPa・sである。中温ガラスフリットの粘度が低すぎれば、中温域において、酸化防止剤が金属素材表面に粘着しにくく、金属素材表面から垂れ落ちやすくなる。一方、中温ガラスフリットの粘度が高すぎれば、中温域において酸化防止剤が十分に軟化しない。そのため、酸化防止剤が金属素材表面から剥がれやすくなる。中温ガラスフリットの700℃における粘度が2×10〜10dPa・sであれば、600℃〜1000℃の中温域において、中温ガラスフリットが軟化し、金属素材表面に粘着しやすくなる。そのため、酸化防止剤が、中温域において、金属素材の表面を覆いやすくなる。700℃における中温ガラスフリットの好ましい粘度の上限は、10dPa・sであり、好ましい下限は10dPa・sである。
【0041】
中温ガラスフリットが球状及び粉末状である場合、中温ガラスフリットの好ましい粒径は25μm以下である。中温ガラスフリットの粒径の定義は、上述の高温ガラスフリットの粒径と同じである。つまり、中温ガラスフリットの粒径は、体積平均粒径D50である。粒径が25μm以下であれば、中温ガラスフリットが液体中で安定的に分散する。そのため、酸化防止剤が金属素材表面に塗布されたとき、中温ガラスフリットが金属素材表面全体に略均等に分散しやすい。
【0042】
中温ガラスフリットはたとえば、40〜60質量%のSiOと、0〜10質量%のAlと、20〜40質量%のBと、0〜10質量%のZnOと、5〜15質量%のNaOとを含有する。中温ガラスフリットはさらに、CaO及び/又はKOを含有してもよい。中温ガラスフリットを構成する無機成分は、上述の例に限定されない。ガラスを構成する周知の無機成分により、中温ガラスフリットは製造できる。
【0043】
[低温無機化合物]
本実施の形態による酸化防止剤はさらに、600℃以下の融点を有する無機化合物(低温無機化合物)を含有する。低温無機化合物は好ましくは、400℃〜600℃の融点を有する。酸化防止剤は、低温無機化合物により、600℃以下の低温域において、金属素材表面全体に濡れ拡がり、金属素材表面に粘着しやすい。つまり、低温無機化合物は、低温域において、金属素材表面が外気に接触するのを抑制し、低温域においてスケールが生成するのを抑制する。
【0044】
酸化防止剤が低温無機化合物を含有しなければ、低温域において、酸化防止剤が金属素材表面に十分に濡れ拡がらない。そのため、金属素材表面が部分的に外気と接触し、外気と接触した部分がスケールを生成する。
【0045】
好ましい低温無機化合物は、400℃〜600℃の融点を有する無機塩及び/又は酸化物である。600℃以下の融点を有する酸化物はたとえば、硼酸(HBO)や酸化硼素(B)である。硼酸を加熱すると、酸化硼素になる。酸化硼素の融点は約450℃である。600℃以下の融点を有する無機塩はたとえば、リン酸塩や、臭化タリウム(TlBr)やメタりん酸銀(AgOP)である。臭化タリウムの融点は約480℃であり、メタりん酸銀の融点は約480℃である。より好ましくは、低温無機化合物は、硼酸及び/又は酸化硼素である。
【0046】
[高温及び中温ガラスフリットの粘度と低温無機化合物の粘度との関係]
図1は、高温及び中温ガラスフリットの粘度と、低温無機化合物の粘度との関係を示す図である。図1は以下の方法により得られた。表1に示す高温ガラスフリットHT1及びHT2、中温ガラスフリットLT1及びLT2、低温無機化合物LLを準備した。
【表1】

【0047】
表1を参照して、低温無機化合物LLは、酸化硼素であった。各成分(HT1、HT2、LT1、LT2及びLL)を加熱して、各温度における粘度を測定した。粘度の測定には、周知の白金球引き上げ法を用いた。具体的には、溶融ガラス中に沈めた白金球を引き上げた。このときに白金球にかかる荷重及び引き上げ速度に基づいて、溶融ガラスの粘度を求めた。
【0048】
図1を参照して、図中の「●」は、高温ガラスフリットHT1の粘度を示す。「○」は、高温ガラスフリットHT2の粘度を示す。「□」は、中温ガラスフリットLT1の粘度を示す。「■」は、中温ガラスフリットLT2の粘度を示す。「△」は、低温無機化合物LLの粘度を示す。
【0049】
図1を参照して、低温無機化合物LLの粘度は、400℃〜800℃の温度範囲において、2×10〜10dPa・sとなり、600℃以下の温度範囲において、10dPa・s以上となった。中温ガラスフリットLT1及びLT2の粘度は、600℃〜1200℃の温度範囲において、2×10〜10dPa・sとなった。つまり、中温ガラスフリットLT1及びLT2の粘度は、700℃において2×10〜10dPa・sの範囲内であった。高温ガラスフリットHT1及びHT2の粘度は、1000℃〜1550℃の温度範囲において、2×10〜10dPa・sとなった。つまり、高温ガラス不ちっとHT1及びHT2の粘度は、1200℃において、2×10〜10dPa・sの範囲内であった。
【0050】
以上のとおり、温度の上昇に伴い、低温無機化合物、中温ガラスフリット、高温ガラスフリットの順に、粘度が低下し、軟化する。酸化防止剤は、高温ガラスフリット、中温ガラスフリット及び低温無機化合物を含有する。そのため、酸化防止剤は、広い温度域(400℃〜1550℃)において、金属素材表面に安定して粘着できる程度の粘度を得ることができる
【0051】
[酸化防止剤のその他の構成]
酸化防止剤は、上述のとおり、高温ガラスフリット、中温ガラスフリット及び低温無機化合物を含有する。酸化防止剤はさらに、水、懸濁剤、摩擦係数増加剤及び粘着剤の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0052】
[水]
水は、高温ガラスフリット、中温ガラスフリット及び低温無機化合物と混合され、スラリーを生成する。水を混合することにより、酸化防止剤はスラリーになる。そのため、加熱前の金属素材表面に酸化防止剤を略均一に塗布しやすい。
【0053】
[懸濁剤]
懸濁剤は、高温及び中温ガラスフリット等を溶液(水)中に略均一に分散する。懸濁剤はたとえば、ベントナイトやカオリン等の粘土類である。粘土類は、加熱されてもガスを発生しにくい。粘土類はさらに、焼失しない。したがって、粘土類は、ガラスフリット(高温及び中温ガラスフリット)が金属素材表面から脱落するのを抑制する。
【0054】
粘土類はたとえば、50〜60質量%のSiOと、10〜40質量%のAlとを含有し、さらに、他の微量成分として、Fe、CaO、MgO、NaO、KOからなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。
【0055】
粘土類の一例は、SiOを55質量%程度、Alを30質量%程度、Fe、CaO、MgO、NaO、KO等を含有する。粘土類の他の例は、SiOを60質量%程度、Alを15質量%程度、他の微量成分としてFe、CaO、MgO、NaO、KO等を含有する。
【0056】
上述のとおり、懸濁剤は、ガラスフリットを溶液中に略均一に分散する。そのため、加熱前の金属素材表面に酸化防止剤が塗布されたとき、ガラスフリットは金属素材表面上に略均一に分散する。さらに、懸濁剤は、塗布されたガラスフリットを金属素材表面に接着し、ガラスフリットが金属素材表面から脱落するのを抑制する。
【0057】
[増摩剤]
加熱された金属素材は、熱間加工される場合がある。この場合、金属素材は、圧延ロールにより圧延されて金属板や金属条になる。また、穿孔機のプラグや傾斜ロールにより穿孔圧延されて金属管になる。したがって、金属素材は圧延ロールや傾斜ロールに噛み込まれやすい方が好ましい。圧延ロールや傾斜ロール等の熱間加工用ロールに対する、金属素材の摩擦係数が大きければ、金属素材は熱間加工用ロールに噛み込まれやすい。
【0058】
したがって、酸化防止剤は、摩擦係数の増大を目的として、増摩剤を含有してもよい。増摩剤はたとえば、高融点を有する酸化物である。増摩剤はたとえば、アルミナやシリカである。酸化防止剤が塗布された金属素材がロールと接触するとき、アルミナやシリカ等の増摩剤がロールと接触する。このとき、ロールに対する金属素材の摩擦係数が高くなるため、金属素材がロールに噛み込まれやすくなる。
【0059】
[粘着剤]
酸化防止剤はさらに、金属素材表面との粘着力を向上するために、粘着剤を含有してもよい。粘着剤はたとえば、有機バインダである。有機バインダはたとえば、アクリル系樹脂である。
【0060】
酸化防止剤はさらに、アルカリ金属塩又は水に難溶な第2族金属塩を含有してもよい。これらの成分は、酸化防止剤の粘度の経時変化を抑制する。
【0061】
[アルカリ金属塩]
水を含む酸化防止剤は、常温では、上述のとおりスラリー(流動体)である。酸化防止剤が重量%で50%未満の水を含有する場合、常温において、酸化防止剤は、時間の経過とともにゲル化する場合がある。ゲル化すれば酸化防止剤の粘度が上昇する。また、ゲル塊が生成される場合がある。
【0062】
酸化防止剤の粘度の経時変化は抑制される方が好ましい。アルカリ金属塩は、ゲル化した酸化防止剤を解膠する。そのため、酸化防止剤は再び流動化し、粘度の上昇が抑制される。アルカリ金属塩はたとえば、炭酸カリウム(KCO)や、ヘキサメタリン酸ナトリウム等である。
【0063】
[水に難溶な第2族金属塩]
酸化防止剤が重量%で55%以上の水を含有する場合、常温において、酸化防止剤の粘度が、時間の経過とともに低下する場合がある。このような粘度の経時変化も抑制した方が好ましい。
【0064】
水に難溶な第2族金属塩は、酸化防止剤の粘度の低下を抑制する。ここで、第2族金属塩は、周期律表中の第2族元素に相当する金属であり、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムである。また、「水に難溶」とは、25℃の水に対する溶解度が1000ppm以下であることを意味する。好ましくは、水に難溶な第2族金属塩は、炭酸マグネシウム及び/又は炭酸カルシウムである。
【0065】
水に難溶な第2族金属塩は、製造後の酸化防止剤の粘度の低下を抑制する。以下の理由が推定される。水に難溶な第2族金属塩は、溶液(水)に徐々に溶解する。第2族金属塩が溶解すると、第2族金属イオンが生成される。第2族金属イオンは懸濁力を向上するため、酸化防止剤の粘度の経時変化が抑制される。
【0066】
[その他の成分]
酸化防止剤は、上述の成分に加えて、他の成分を含有してもよい。たとえば、酸化防止剤は、亜硝酸ソーダに代表される無機電解質を含有してもよい。
【0067】
[酸化防止剤中の各成分の好ましい含有量]
本実施の形態による酸化防止剤に含有される各成分の含有率は特に限定されない。酸化防止剤内において、高温ガラスフリット100重量部に対して、好ましい各成分の含有率は以下のとおりである。中温ガラスフリットの好ましい含有率は、4〜20重量部である。低温無機化合物の好ましい含有率は、4〜20重量部である。水の好ましい含有率は100重量部以上である。水の含有率を調整すれば、常温において、金属素材表面に略均一に塗布可能な程度に、酸化防止剤の粘度を調整できる。
【0068】
懸濁剤の好ましい含有率は、高温ガラスフリット100重量分に対して、2〜30重量部である。粘着剤の好ましい含有率は、1.0〜4.0重量部である。アルカリ金属塩及び水に難溶な第2族金属塩の好ましい含有率は、0.1〜1.5重量部である。
【0069】
酸化防止剤中の各成分が上述の好ましい含有率を満たせば、酸化防止剤の上述の効果は特に有効に発揮される。しかしながら、各成分が上述の好ましい含有率の範囲を超えても、酸化防止剤の効果はある程度得ることができる。
【0070】
[酸化防止剤の製造方法]
本実施の形態による酸化防止剤は、上述の各成分を混合することにより得られる。低温無機化合物が硼酸及び/又は酸化硼素である場合、好ましい酸化防止剤の製造方法は以下のとおりである。
【0071】
図2は、本実施の形態による酸化防止剤の製造方法の一例を示すフロー図である。図2を参照して、初めに、酸化防止剤に含有される複数の成分を準備する(S1)。たとえば、高温ガラスフリットと、中温ガラスフリットと、低温無機化合物である硼酸及び/又は酸化硼素と、水とを準備する。次に、粉砕装置を用いて、複数の成分を粉砕混合し、混合組成物を生成する(S2)。粉砕装置はたとえば、ボールミルやロッドミル、振動ミル、遊星ミル、タワーミル、アトライター、サンドミル等である。これらの粉砕装置は、円筒形の粉砕容器を備える。準備された複数の成分は、粉砕容器内に収納される。粉砕容器内にはさらに、ボールやロッドが収納される。粉砕容器が回転又は振動することにより、高温ガラスフリットや中温ガラスフリットが粉砕され、たとえば、25μm以下の粒径を有する粒子になる。
【0072】
混合粉砕時に粉砕容器に含有される水の量は、酸化防止剤が含有する予定の水の量よりも少なくする。たとえば、ステップS2で粉砕容器に収納される水の量は、酸化防止剤が含有する予定の水の量の半分程度にする。
【0073】
混合粉砕している間、粉砕容器は回転又は振動する。このとき、容器内の水の温度は上昇し、50〜80℃程度になる。硼酸及び/又は酸化硼素(以下、硼酸等という)の溶解度は、溶媒(水)の温度が上昇するほど高くなる。そのため、混合粉砕中に硼酸等は水に溶解する。
【0074】
以上の工程により製造された混合組成物は、スラリーである。しかしながら、混合粉砕を完了した後、混合組成物の温度は50〜80℃から常温に下がる。温度が下がったとき、硼酸等が結晶化して析出する場合がある。硼酸等が析出すれば、酸化防止剤を金属素材表面に塗布したときに、金属素材表面上に酸化硼素が不均一に分布される。そのため、硼酸等は結晶化しない方が好ましい。
【0075】
そこで、低温無機化合物が硼酸等である場合、混合組成物に、常温以下の水を混合する(S3)。好ましくは、25℃以下の水を加える。このとき、ステップS2で含有された水の量と、ステップS3で含有された水の量との総計が、酸化防止剤が含有する予定の水の量となるよう、ステップS2及びS3で含有する水の量を調整する。
【0076】
上述のとおり、粉砕混合後の混合組成物は常温よりも高い温度を有する。ステップS3で常温以下の水を混合組成物に混合すれば、硼酸等が結晶化しにくい。常温以下の水を混合組成物に加えると、混合組成物の温度が下がり、かつ、溶媒(水)の量も増加する。そのため、硼酸等が再結晶しにくいものと推定される。
【0077】
低温無機化合物が硼酸等でない他の化合物である場合、上述のステップS3は実施されなくてもよい。
【0078】
酸化防止剤の上述以外の他の成分(懸濁剤、増摩剤、粘着剤、炭酸カリウム、水に難溶な第2族金属塩等)は、必要に応じてステップS2で加える。
【0079】
以上の製造方法により、酸化防止剤が製造される。製造された酸化防止剤は、上述のとおり、幅広い温度範囲において(低温域〜高温域)、金属素材表面に濡れ広がり、かつ、安定して粘着する程度の粘度を有する。そのため、酸化防止剤は、加熱中の金属素材表面を覆うことができ、金属素材表面にスケールが生成されるのを抑制できる。
【0080】
[金属材の製造方法]
図3は、上述の酸化防止剤を利用した金属材の製造方法の一例を示すフロー図である。図3を参照して、初めに、本実施の形態による酸化防止剤を準備する(S11)。酸化防止剤は、上述の方法により製造される。
【0081】
続いて、酸化防止剤を、加熱前の金属素材の表面に塗布する(S12)。金属素材の種類は特に限定されない。金属素材はたとえば、鋼やチタン、チタン合金、その他の合金等からなる。鋼はたとえば、炭素鋼や、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、合金鋼等である。金属素材の形状は、インゴットやスラブ、ブルーム、ビレット、板材、棒材や線材に代表される条材、管等である。
【0082】
酸化防止剤の塗布方法は特に限定されない。作業者がはけを用いて金属素材表面に酸化防止剤を塗布してもよい。また、スプレー等により酸化防止剤を金属素材表面に塗布してもよい。酸化防止剤が貯められた浴槽を準備し、その浴槽に金属素材を浸漬してもよい(いわゆる「どぶ漬け」)。これらの塗布方法により、酸化防止剤が金属素材表面に塗布される。酸化防止剤を金属素材表面に塗布した後、酸化防止剤を乾燥してもよい。
【0083】
続いて、酸化防止剤が塗布された金属素材を加熱する(S13)。このとき、酸化防止剤は軟化して、金属素材表面を覆う。上述のとおり、400℃程度の低温から1400℃程度の高温までの広い温度範囲において、酸化防止剤は金属素材表面に安定的に粘着する。そのため、加熱される金属素材表面にスケールが生成しにくい。
【0084】
[金属素材を熱処理する場合]
金属素材を熱処理する場合、熱処理温度は1000℃以下の場合がある。たとえば、ステンレス鋼の焼き入れ温度は900℃〜1000℃程度である。また、焼き戻し温度は500℃〜650℃程度である。金属素材を熱処理する場合、金属素材を熱処理炉に収納し、金属素材を熱処理温度に加熱する。このとき、炉内の温度は時間の経過に伴って段階的に上昇する。炉内温度は制御装置により制御され、所定のヒートパターンに応じて段階的に上昇する。
【0085】
炉内温度及び金属素材の温度が低温域である場合、酸化防止剤の低温無機化合物が主として軟化し、金属素材表面を覆う。炉内温度及び金属素材の温度が中温域になると、低温無機化合物が溶融し、その粘度が低下する。しかしながら、中温ガラスフリットが軟化し始める。そのため、中温ガラスフリットが、低温無機化合物に代えて、金属素材表面を覆う。炉内温度が1000℃近傍になると、高温ガラスフリットも軟化しはじめ、酸化防止剤として有効に機能しはじめる。
【0086】
以上のとおり、金属素材を1000℃以下の温度で熱処理する場合、主として低温無機化合物及び中温ガラスフリットが金属素材表面を覆い、スケールの生成を抑制する。要するに、本実施の形態による酸化防止剤は、低温域から金属素材表面を覆うことができる。そのため、スケールが生成されにくい。
【0087】
[金属素材を熱間加工する場合]
金属素材を熱間加工して、鋼材や条鋼、鋼管等の金属材を製造する場合、金属素材は種々の温度域に加熱される。
【0088】
たとえば、マンネスマン製管法により、鋼素材(丸ビレット)を穿孔圧延して鋼管を製造する場合、鋼素材は、加熱炉又は均熱炉により、1100〜1300℃に加熱される。一方、鋼素材を押出加工して鋼管を製造するユジーン製管法では、鋼素材は加熱炉又は均熱炉により、800℃〜1000℃に加熱される。加熱炉又は均熱炉により加熱された鋼素材はさらに、高周波加熱により短時間で1200℃まで加熱される場合もある。さらに、チタンやチタン合金からなる素材を熱間加工して所定の形状(板、条または管)のチタン材を製造する場合、チタン及びチタン合金の素材の加熱温度は鋼素材の加熱温度よりも高くなる。
【0089】
このように、金属素材の種類及び製造方法に応じて、加熱温度は異なる。しかしながら、本実施の形態による酸化防止材は、種々の加熱温度に対応できる。
【0090】
加熱炉は一般的に、装入口(金属素材の入口)から抽出口(金属素材の出口)に向かって複数の領域(ゾーン)に区切られる。そして、各ゾーンの炉内温度は、挿入口から抽出口に向かって徐々に高くなるように設定される。たとえば、装入口に最も近いゾーンの加熱温度は400℃〜600℃程度に設定され、抽出口に最も近いゾーンの加熱温度は、金属素材の目標温度(たとえば、1200℃〜1300℃)に設定される。加熱炉に装入された金属素材は、各ゾーンに順番に搬送される。このとき、金属素材の温度は段階的に上昇する。
【0091】
金属素材が均熱炉で加熱される場合、均熱炉の炉温は、熱処理炉と同様に、時間の経過とともに段階的に上昇し、目標温度で所定時間維持される。したがって、均熱炉に装入された金属素材の温度も、時間の経過とともに段階的に上昇する。
【0092】
加熱炉及び均熱炉内の金属素材は、初めに400℃〜600℃程度の低温で加熱される。このとき、酸化防止剤のうち、主として低温無機化合物が軟化し、金属素材表面を覆う。次に、金属素材が中温(600℃〜1000℃程度)で加熱されると、主として中温ガラスフリットが軟化し、金属素材表面を覆う。そして、金属素材が高温(1000℃以上)で加熱されると、主として高温ガラスフリットが軟化し、金属素材表面を覆う。
【0093】
要するに、本実施の形態による酸化防止剤は、低温域から高温域に至る広い温度範囲で金属素材表面に安定的に粘着し、金属素材表面を覆う。そのため、異なる加熱温度を有する種々の製造工程において、加熱により金属素材表面にスケールが発生するのを抑制できる。
【0094】
たとえば、ロールを用いて熱間加工する場合、金属素材にスケールが生成されれば、金属素材とともにスケールもロールに噛み込まれる場合がある。この場合、ロールにより金属素材表面にスケールが押し込まれ、表面に凹凸の疵が発生する場合がある。本実施の形態による酸化防止剤はスケールの生成を抑制する。したがって、熱間加工時にスケールに起因した疵の発生が抑制される。
【0095】
図3に戻って、熱処理工程を実施中である場合(S14でYES)、加熱後、所定の熱処理工程を経て、熱処理を終了する。一方、熱間加工工程を実施中である場合(S14でNO)、金属素材を熱間加工する(S15)。熱間加工により、金属素材は所望の金属材(管材、板材、条材等)に製造される。
【0096】
酸化防止剤が増摩剤を含有する場合、酸化防止剤は、圧延機のロールに対する金属素材のスリップを抑制する。たとえば、酸化防止剤が、増摩材としてアルミナ粒子を含有する場合、加熱された金属素材の表面には、アルミナ粒子が粘着している。アルミナ粒子が粘着された金属素材はロール圧延機に搬送される。金属素材の先端がロールと接触したとき、金属素材表面のアルミナ粒子がロールと接触する。このとき、アルミナ粒子により、ロールに対する金属素材の摩擦係数が増加するため、金属素材がロールに噛み込まれ易くなる。
【実施例1】
【0097】
マンネスマン製管法を想定し、種々の酸化防止剤が塗布された供試材を加熱した。そして、加熱後の供試材の表面を調査した。
【0098】
[調査方法]
表2に示すマーク1〜マーク4の供試材を複数本準備した。各供試材は20mm×20mm×15mmの形状を有した。
【表2】

【0099】
表2を参照して、マーク1は炭素鋼であり、JIS規格のS45Cに相当する化学組成を有した。マーク2はフェライト系ステンレス鋼であり、Cr含有量は13%であった。マーク3はオーステナイト系ステンレス鋼であり、JIS規格のSUS304に相当する化学組成を有した。マーク4は2相ステンレス鋼であり、ASTM規格 UNS S39274に相当する化学組成を有した。
【0100】
さらに、表3に示す酸化防止剤を準備した。
【表3】

【0101】
表3を参照して、酸化防止剤A2は、本実施の形態による酸化防止剤の一例であった。
酸化防止剤A2は、表1に示す高温ガラスフリットHT2と、中温ガラスフリットLT2とを含有した。高温ガラスフリットHT2の1200℃における粘度は、2×10〜10dPa・sであった。中温ガラスフリットLT2の700℃における粘度は、2×10〜10dPa・sであった。酸化防止剤A2はさらに、低温無機化合物として硼酸を含有した。酸化防止剤A2中の高温ガラスフリットHT2の100重量部に対する各成分の含有率(重量部)は、表3に示すとおりであった。
【0102】
酸化防止剤A1は、高温ガラスフリットHT1と、中温ガラスフリットLT1とを含有した。高温ガラスフリットHT1の1200℃における粘度は、2×10〜10dPa・sの範囲内であった。中温ガラスフリットLT1の700℃における粘度は、2×10〜10dPa・sの範囲内であった。しかしながら、酸化防止剤A1は、低温無機化合物を含有しなかった。酸化防止剤A1中の高温ガラスフリットHT1の100重量部に対する他の成分の含有率(重量部)は、表3に示すとおりであった。
【0103】
各マークの供試材は3本準備された。3本中1本には、酸化防止剤が塗布されなかった。他の1本には、酸化防止剤A1が塗布され、残りの他の1本には、酸化防止剤A2が塗布された。
【0104】
各マークの3本の供試材を加熱炉に装入した。そして、表2に示す加熱温度及び加熱時間で供試材を加熱した。つまり、1200℃以上の温度で供試材を加熱した。このときの炉内雰囲気は、2質量%の酸素と、10質量%の二酸化炭素と、20質量%の水とを含有し、残部は窒素であった。加熱後、供試材を加熱炉から取り出し、供試材の断面を観察した。そして、供試材の表面にスケールが生成されたか否かを判断した。
【0105】
[調査結果]
調査結果を表2に示す。また、各供試材の断面写真画像(以下、断面画像という)を図4に示す。図4の各行には、各マーク1〜4の供試材の断面画像が配列される。図4の各列には、酸化防止剤を塗布していない供試材の断面画像、酸化防止剤A1が塗布された供試材の断面画像、酸化防止剤A2が塗布された供試材の断面画像がそれぞれ配列される。図4中の各断面画像において、下部の白色領域は供試材10である。上部の黒色領域はマクロ観察用の樹脂20である。白色領域10と黒色領域20とに挟まれた灰色の領域30は供試材に生成したスケールである。
【0106】
表2及び図4を参照して、各マーク1〜4において、酸化防止剤A2が塗布された供試材のスケール量が最も少なかった。具体的には、酸化防止剤が塗布されなかった供試材及び酸化防止剤A1が塗布された供試材では、マーク1〜マーク4のいずれにおいてもスケールが生成された。一方、酸化防止剤A2が塗布された供試材では、マーク1、マーク2及びマーク4において、スケールが観察されなかった。マーク3において、酸化防止剤A2が塗布された供試材にもスケールが生成された。しかしながら、マーク3における他の供試材(酸化防止剤塗布無し材、酸化防止剤A1塗布材)と比較して、スケール生成量は酸化防止剤A2が最も少なかった。
【実施例2】
【0107】
ユジーン製管法を想定し、種々の酸化防止剤が塗布された供試材を加熱した。そして、加熱後の供試材の表面を調査した。
【0108】
[調査方法]
2相ステンレス鋼からなる丸ビレットを2本準備した。2相ステンレス鋼は、ASTM規格 UNS S39274に相当する化学組成を有した。
【0109】
丸ビレットのうちの一本には、酸化防止剤A1を全面に塗布した。他方の丸ビレットには、酸化防止剤A2を全面に塗布した。酸化防止剤が塗布された丸ビレットを温風により乾燥した。
【0110】
乾燥後、酸化防止剤が塗布された丸ビレットを、加熱炉に装入した。そして、加熱温度1000℃で210分加熱した。このときの炉内雰囲気は、2質量%の酸素と、10質量%の二酸化炭素と、20質量%の水とを含有し、残部は窒素であった。加熱後の丸ビレットの表面近傍部分の断面を観察し、スケールの有無を調査した。
【0111】
[調査結果]
図5に加熱後の丸ビレットの表面近傍部分の断面画像を示す。図5(A)は、酸化防止剤A1が塗布された丸ビレットの断面画像であり、図5(B)は酸化防止剤A2が塗布された丸ビレットの断面画像である。断面画像中の下部に配置される白色領域は供試材(丸ビレット)10である。断面画像の上部に配置される黒色部分はマクロ観察用の樹脂20である。図5(A)に見られる灰色領域はスケール30である。
【0112】
図5(A)及び図5(B)を参照して、酸化防止剤A1が塗布された丸ビレットでは、スケール30が生成された。一方、酸化防止剤A2が塗布された丸ビレットでは、スケールが観察されなかった。
【実施例3】
【0113】
酸化防止剤にアルカリ金属塩を含有した場合の、酸化防止剤の粘土の経時変化を調査した。
【0114】
[調査方法]
上述の酸化防止剤A2を準備した。酸化防止剤A2は、47.8重量%の水を含有した。さらに、酸化防止剤A3及びA4を準備した。酸化防止剤A3は、酸化防止剤A2と同じ成分と、1重量%炭酸カリウム水溶液とを含有した。1重量%炭酸カリウム水溶液の酸化防止剤A3中の含有量は2重量%であった。
【0115】
酸化防止剤A4は、酸化防止剤A2と同じ成分と、1重量%炭酸カリウム水溶液とを含有した。1重量%炭酸カリウム水溶液の酸化防止剤A4中の含有量は4重量%であった。
【0116】
酸化防止剤A2〜A4の製造時の粘度と、製造から40日後の粘度とを、常温でそれぞれ測定した。酸化防止剤の粘度は、ASTM D−1084に基づいて、ザーンビスコシティカップを用いて測定した。
【0117】
[調査結果]
図6に調査結果を示す。図6の横軸は1重量%炭酸カリウム水溶液の含有量を示す。縦軸は、粘度(dPa・s)を示す。図中の「○」印は製造時の粘度を示し、「■」印は40日経過後の粘度を示す。
【0118】
図6を参照して、炭酸カリウムの含有量が0%である酸化防止剤A2の製造時の粘度は1000dPa・sであった。しかしながら、40日経過後の酸化防止剤A2はゲル化し、粘度の測定ができなかった。
【0119】
一方、酸化防止剤A3及びA4は、40日経過後、酸化防止剤A2のようにゲル化しなかった。酸化防止剤A3及びA4の40日経過後の粘度は、製造時と比較して上昇した。しかしながら、酸化防止剤A3及びA4の粘度の経時変化は、酸化防止剤A2よりも抑制された。
【実施例4】
【0120】
酸化防止剤に、水に難溶な第2族金属塩を含有した場合の、酸化防止剤の粘度の経時変化を調査した。
【0121】
[調査方法]
酸化防止剤A5を準備した。酸化防止剤A5は、酸化防止剤A2と比較して、水を多く含有した。酸化防止剤A5のその他の成分は、酸化防止剤A2と同じであった。具体的には、酸化防止剤A5は、100重量部の高温ガラスフリットHT2と、8.2重量部の中温ガラスフリットLT2と、8.2重量部の硼酸と、15.8重量部の粘土類と、1.0重量部の有機バインダとを含有した。酸化防止剤A5はさらに、重量%で55%の水を含有した。
【0122】
さらに、酸化防止剤A6及びA7を準備した。酸化防止剤A6は、酸化防止剤A5と同じ成分と、炭酸マグネシウムとを含有した。酸化防止剤A6中の炭酸マグネシウムの含有量は0.4重量%であった。
【0123】
酸化防止剤A7は、酸化防止剤A5と同じ成分と、炭酸マグネシウムとを含有した。酸化防止剤A7中の炭酸マグネシウムの含有量は1.0重量%であった。
【0124】
酸化防止剤A5〜A7の粘度を経時的に常温で測定した。各酸化防止剤の粘度は、ASTM D−1084に基づいて、ザーンビスコシティカップを用いて測定した。
【0125】
[調査結果]
図7に調査結果を示す。図7の横軸は経過日数(日)を示す。縦軸は、粘度(dPa・s)を示す。図中の「◆」印は、酸化防止剤A5の粘度を示す。「■」印は、酸化防止剤A6の粘度を示す。「▲」印は、酸化防止剤A7の粘度を示す。
【0126】
図7を参照して、酸化防止剤A5の粘度は、製造直後から時間の経過に伴って徐々に低下した。一方、酸化防止剤A6及びA7の粘度は、製造直後は上昇したものの、その後はほぼ一定に推移した。つまり、酸化防止剤A6及びA7では、粘度の低下が抑制された。
【0127】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明による酸化防止剤は、加熱される金属素材に広く適用できる。特に、熱処理される金属素材や、熱間加工される金属素材に対して利用可能である。
【符号の説明】
【0129】
10 金属素材
20 マクロサンプル用樹脂
30 スケール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟化点の異なる複数のガラスフリットと、
600℃以下の融点を有する無機化合物とを含有し、加熱される金属素材の表面に塗布される、酸化防止剤。
【請求項2】
請求項1に記載の酸化防止剤であって、
前記無機化合物は、400℃〜600℃の融点を有する無機塩及び/又は酸化物である、酸化防止剤。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の酸化防止剤であって、
前記無機化合物は、硼酸及び/又は酸化硼素である、酸化防止剤。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の酸化防止剤であって、
前記複数のガラスフリットは、
1200℃における粘度が2×10〜10dPa・sである高温ガラスフリットと、
700℃における粘度が2×10〜10dPa・sである中温ガラスフリットとを含有する、酸化防止剤。
【請求項5】
請求項4に記載の酸化防止剤であって、
前記高温ガラスフリット100重量部に対して前記中温ガラスフリットを4〜20重量部含有し、前記無機化合物を4〜20重量部含有する、酸化防止剤。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の酸化防止剤であってさらに、
アルカリ金属塩を含有する、酸化防止剤。
【請求項7】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の酸化防止剤であってさらに、
難溶性の第2族金属塩を含有する、酸化防止剤。
【請求項8】
請求項7に記載の酸化防止剤であって、
前記難溶性の第2族金属塩は、炭酸マグネシウム及び/又は炭酸カルシウムである、酸化防止剤。
【請求項9】
請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の酸化防止剤であってさらに、
懸濁剤を含有する、酸化防止剤。
【請求項10】
軟化点の異なる複数のガラスフリットと、硼酸及び又は酸化硼素と、水とを、粉砕装置により粉砕混合して混合組成物を生成する工程と、
前記混合組成物に常温以下の水を混合して酸化防止剤を生成する工程とを備える、酸化防止剤の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の酸化防止剤を金属素材の表面に塗布する工程と、
前記酸化防止剤が塗布された前記金属素材を加熱する工程とを備える、金属材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−21121(P2012−21121A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162159(P2010−162159)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】