説明

重合防止剤の回収方法

【課題】プロピレンの空気酸化によるアクリル酸の製造にあたり、原料の空気酸化を行う製造工程で得られたアクリル酸のガスから、粗アクリル酸を得る分離工程及び粗アクリル酸を精製する精製工程において、重合防止剤を用いてアクリル酸の重合を防ぎつつ、使用した重合防止剤を安定して回収するとともに、その回収した重合防止剤をアクリル酸の分離工程、精製工程に循環させる際に、重合防止剤に同伴する不純物によって製品品質が悪化することを防いで、上記不純物と分離した重合防止剤の回収を行う。
【解決手段】重合防止剤として非水溶性の重合防止剤を使用した上で、前記精製工程で得られる缶出液、晶析残渣、又は、それらを加熱することにより含有するアクリル酸二量体をアクリル酸として回収した後の回収残渣に対して、水及び非水溶性溶媒を添加して抽出を行い、前記非水溶性溶媒の層を分離して、その非水溶性溶媒の層から非水溶性の重合防止剤を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、プロピレン等の空気酸化で得られるアクリル酸の分離工程及び精製工程で使用される非水溶性の重合防止剤の回収方法、及びこの方法を含むアクリル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル酸の製造に当たっては、通常、プロピレンやアクロレイン等を原料として用い、固体触媒による接触気相酸化を行うことにより、アクリル酸を含有した反応ガスを得る。このアクリル酸を含有する反応ガスを水や有機溶媒により捕集してアクリル酸溶液とした後、抽出、蒸留、晶析の少なくとも一つを行う一連の分離及び精製工程により、生成したアクリル酸から精製アクリル酸を得る。
【0003】
一般に、生成したアクリル酸が重合を起こすことを防止するために、上記の分離工程及び精製工程の少なくとも一箇所にて、重合防止剤を添加する。使用する重合防止剤としては、例えば、ハイドロキノンやp−メトキシフェノールなどのフェノール類、フェノチアジンなどのヘテロ原子を含む芳香族化合物、ジアルキルジチオカルバミン酸銅や酢酸銅などの銅化合物、アクリル酸マンガンなどのマンガン化合物等が挙げられる。これらの化合物の沸点はいずれもアクリル酸よりも高いので、重合防止剤は、精製工程で蒸留を行う場合には、生成したアクリル酸中に含まれる他の沸点の高い不純物と共に缶出液中に濃縮され、精製工程で晶析を行う場合には、他の不純物とともに晶析残渣中に濃縮される。
【0004】
通常、これらの缶出液や残渣などの重合防止剤及び不純物を含有した溶液は、その溶液中に含まれるアクリル酸の二量体を熱分解してアクリル酸を回収するため、加熱処理される。熱分解により生成したアクリル酸は、蒸発により分離されて、精製工程に循環される。また、加熱処理により生じた回収残渣は、焼却処理などにより廃棄されるため、これに含まれる重合防止剤も同時に廃棄されてしまっていた。しかし、アクリル酸の製造にかかる経済的負担軽減のためには、重合防止剤を廃棄するのではなく回収、再利用することが望ましい。
【0005】
上記の重合防止剤を再利用する方法としては、例えば以下のような方法が知られている。特許文献1には、アクリル酸精製蒸留塔の缶出液の一部を、精製工程にそのまま循環するか、又は、缶出液を蒸発器に導き、留分をアクリル酸の精製工程に循環する方法が記載されている。また、循環前に缶出液を低圧、高温下で蒸発させ、その揮発成分のみを精製工程に循環させる方法も記載されている。
【0006】
特許文献2には、アクリル酸の二量体を熱分解した後の回収残渣に対して、水を用いて抽出を行って、極性の高い重合防止剤であるハイドロキノンを水溶液中に回収し、得られた水溶液をアクリル酸の捕集工程等に循環する方法が記載されている。
【0007】
特許文献3には、アクリル酸の蒸留で生じる缶出液に対して、酢酸イソプロピルや酢酸メチル、メチルイソブチルケトンなどの有機溶媒を用いて抽出を行い、重合防止剤を回収する方法が記載されている。これは、抽出の対象となる缶出液を高粘度化した後、有機溶媒により抽出を行うことで、水を用いた抽出の場合に起こりえるエマルジョンの発生を回避している。すなわち、抽出対象となる液中のポリマーをより高分子化させることで、重合防止剤回収時における同伴を低減している。
【0008】
特許文献4には、アクリル酸の二量体を熱分解した後の回収残渣に対して、水による抽出を行って重合防止剤を水溶液中に回収し、この水溶液中に含まれる不純物である揮発性物質などを除去した後で、アクリル酸の製造工程に循環する方法が記載されている。水による抽出に際して操作条件を限定することで、重合防止剤の回収率を低下させることとひきかえに、アクリル酸ポリマーなどの同伴を低く抑えつつ、操作性を向上させている。また、抽出後の水溶液に対し、混在する不純物の除去操作を追加することで、回収した重合防止剤を再利用することに伴う、精製系内への不純物の蓄積を低減する旨が記載されている。
【0009】
また、これらのアクリル酸の製造における方法とは異なるが、非特許文献1には、アクリル酸とアルコールとを反応させてエステルを製造する工程において、アクリル酸エステルの精製塔缶出液をエステル製造工程にそのまま循環させる方法が記載されている。
【0010】
【特許文献1】特開昭51−91208号公報
【特許文献2】特開昭54−52038号公報
【特許文献3】特開2002−161067号公報
【特許文献4】特開2003−221357号公報
【0011】
【非特許文献1】Ullmann’s Encyclopedia of Chemical Industry 第5版(1985) Vol A1 P.168
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1乃至3、及び非特許文献1では重合防止剤の回収のみが検討されており、重合防止剤とともに回収される不純物の取り扱いについては考慮されていなかった。このうち、特許文献1及び非特許文献1に記載の方法のように、精製蒸留塔の缶出液を精製工程に循環させる方法では、蒸留精製によって留分の製品から分離された重質系の不純物まで、再び精製系に循環することになり、精製系内で重質系不純物が濃縮してしまい、製品品質の悪化を引き起こすことがあった。
【0013】
また、特許文献1に記載の方法のうち、循環前に缶出液を蒸発させた揮発成分を循環させることで、不純物の蓄積を防ごうとしても、重合防止剤がハイドロキノンであるとうまくいかなかった。これは、アクリル酸の高沸点不純物として頻出するフルフラール、ベンズアルデヒド、無水マレイン酸、アクリル酸二量体などの沸点は、それぞれ、162℃、179℃、202℃、250℃であるのに対して、回収すべき重合防止剤であるハイドロキノンの沸点は285℃であることから、揮発させてハイドロキノンを回収しようとすると、同時にこれらの不純物も全て回収することになってしまい、結局不純物が蓄積されてしまうことになる。これを防ぐために別の重合防止剤を検討しようとしても、例えばアクリル酸の重合防止剤の中では低沸点であるp−メトキシフェノールでも245℃であり、この問題は解決しなかった。また、重合防止剤としてフェノチアジンを用いても、蒸気圧がハイドロキノンより小さいために問題は解決しなかった。一方で、銅やマンガンなどの金属錯体は、実質的に蒸気圧を有さないため、揮発によって重合防止剤を取り出すことはできなかった。
【0014】
さらに、特許文献2に記載の方法では、水による抽出を行ったとしても、アクリル酸中の不純物はアクリル酸ポリマーを含め、十分に水への溶解性を有する為、重合防止剤を選択的に回収することは出来なかった。
【0015】
一方、特許文献4に記載の方法では、水溶性の重合防止剤にしか適用できず、また、その回収形態が水溶液であるため、回収後の適用先が限定されるといった問題を有していた。
【0016】
また、特許文献3に記載の方法では、高分子以外の不純物の回収は考慮されておらず、重合防止剤を選択的に回収することは出来なかった。さらに、抽出操作時に二液相を形成させるために缶出液を高粘度化しているが、高粘度化した液体の取り扱いは、特に商業運転などの規模が大きい場合は難しく、所要設備や安定運転などの点から、経済性を悪化させる場合があった。
【0017】
そもそもアクリル酸は、水、酸やアルコールのような極性溶媒、脂肪族炭化水素などの非極性溶媒のいずれとも際限なく混合することができるため、そのままでは二液層を形成することはないという性質を有している。アクリル酸の精製工程で生じる缶出液又は晶析残渣は、アクリル酸のほかにアクリル酸重合物等の不溶解性物質を含んでいるが、アクリル酸のこのような性質のために二液層を形成し得ず、溶液を内包してタール状の堆積層を形成する。また、そのほかに溶解度以上の濃度である多種の化合物からなる不純物を含有していても、アクリル酸重合物等からなるタール状の堆積層に加わるために、それぞれの成分が析出することがない。このため、上記缶出液や上記晶析残渣の中から、有効成分を回収することは困難であった。これは、上記缶出液及び上記晶析残渣だけでなく、それらを加熱して含有するアクリル酸二量体を熱分解してアクリル酸を回収した後の回収残渣も同様である。
【0018】
単に回収対象とする物質の極性にのみ着眼すれば、抽出に用いる溶媒を、例えば水などの極性の高いものとするとより極性の高い物質が選択的に回収され、反対に、極性の低い溶媒を抽出に用いればより極性の低い物質が選択的に回収されると考えられる。しかし実際には、上記タール状堆積層は水に比べて有機溶媒との親和性が高い為、抽出に有機溶媒を用いた場合には、その有機溶媒中へのタール状堆積層を形成するアクリル酸重合物等の混入が避けられなかった。
【0019】
また、極性の違いにより重合防止剤と不純物を分離しようとするのであっても問題がある。ハイドロキノン等のフェノール系化合物は、重合防止剤としては極性が高いものに分類されるが、缶出液等に含まれる不純物と比較すると、フルフラールやベンズアルデヒド等のアルデヒドに比べると極性は高いが、アクリル酸二量体やマレイン酸に比べると極性は低く、よって、単純に極性の違いのみによる分離は困難と考えられた。
【0020】
そこでこの発明は、プロピレンの空気酸化によるアクリル酸の製造にあたり、原料の空気酸化を行う製造工程で得られたアクリル酸のガスから、粗アクリル酸を得る分離工程及び粗アクリル酸を精製する精製工程において、重合防止剤を用いてアクリル酸の重合を防ぎつつ、使用した重合防止剤を安定して回収するとともに、その回収した重合防止剤をアクリル酸の分離工程、精製工程に循環させる際に、重合防止剤に同伴する不純物によって製品品質が悪化することを防ぐように、重合防止剤の回収を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
この発明は、粗アクリル酸を得る分離工程及び粗アクリル酸を精製する精製工程で用いる重合防止剤として、非水溶性の重合防止剤を使用した上で、前記精製工程で得られる缶出液、晶析残渣、又は、それらを加熱することにより含有するアクリル酸二量体をアクリル酸として回収した後の回収残渣に対して、水及び非水溶性溶媒を添加して抽出を行い、前記非水溶性溶媒の層を分離して、その非水溶性溶媒の層から非水溶性の重合防止剤を回収することで、上記の課題を解決したのである。
【0022】
まず、重合防止剤として極性の高いハイドロキノンなどの水溶性化合物を用いても、不純物の中にはそのような水溶性化合物よりも極性が低いアルデヒド類がある一方で、アクリル酸二量体のような一般的な重合防止剤に用いる水溶性化合物よりも極性が高い物質も含まれているため、水でも非水溶性溶媒でも、抽出により不純物と分離することは困難である。しかし、フェノチアジンなどの重合防止剤として極性の低い非水溶性の化合物を用いれば、その化合物はほとんどの不純物よりも極性が低いため、非水溶性溶媒によって抽出が可能となり不純物と分離できる。
【0023】
ただし、多くの不純物を含む上記缶出液、上記晶析残渣、又は上記回収残渣(以下、これらをまとめて「残渣等」と表記する。)の重質液に対して、非水溶性の重合防止剤を抽出するために、単に非水溶性溶媒のみで抽出しようとしても、不純物のために非水溶性溶媒と重質液との間の界面が不明確になり、抽出はうまくいかない。この発明では、水と非水溶性溶媒とを合わせて用いることで、大半の不純物を含む重質液の層と非水溶性溶媒の層との間に不純物を含む水層が生じ、この不純物を含む水層と、非水溶性溶媒の層との間に明確な界面を生じさせて透明な非水溶性溶媒の層が得られるので、非水溶性溶媒の層に含まれる重合防止剤を、重質液の層に残る不純物と分離して回収することができる。
【0024】
上記の非水溶性溶媒としては、20℃における溶解度が0.1重量%以下であるものを用いると、界面を明確に生じさせることができるので、特に好ましい。具体的には、常温で液体であり沸点がアクリル酸より低い炭化水素を用いるとよい。
【0025】
また、上記残渣等に対して、用いる水の容量比は0.1〜1倍がよく、用いる上記非水溶性溶媒の容量比は、1/3〜4倍であるとよい。さらに、上記非水溶性溶媒の水に対する容量比は0.5〜20倍であるとよい。いずれも、抽出、分離を好適に行うことができる値である。
【0026】
この発明で回収可能である非水溶性の重合防止剤としては、フェノチアジンが挙げられる。フェノチアジンはほとんどの不純物よりも極性が低いため、極性の違いによって不純物と分離できる可能性が高い。
【0027】
なお、この発明は非水溶性の重合防止剤を回収するものであるから、粗アクリル酸を得る分離工程及び粗アクリル酸を精製する工程において、非水溶性の重合防止剤のみを用いることが、重合防止剤の回収効率の点で最も望ましい。しかし、重合防止剤の効力は、複数種の薬剤を組み合わせて用いることにより、より高まる場合もあることから、この発明においては回収の対象とされない水溶性の重合防止剤を、粗アクリル酸を得る分離工程及び粗アクリル酸を精製する工程において併用することも可能である。
【発明の効果】
【0028】
この発明により回収された重合防止剤は、不純物と明確に分離されているため、回収した重合防止剤をアクリル酸の分離工程や精製工程に循環させても、アクリル酸の製品品質が不純物によって悪化することを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、この発明について詳細に説明する。
この発明は、プロピレン又はアクロレインを気相酸化してアクリル酸のガスを得る製造工程と、アクリル酸のガスから粗アクリル酸を得る分離工程と、粗アクリル酸を精製する精製工程とを有するアクリル酸の製造にあたり、前記アクリル酸の重合を防ぐために上記分離工程及び上記精製工程の少なくとも一箇所で添加する重合防止剤を、前記精製工程で生じる缶出液又は晶析残渣から回収する方法である。これら缶出液や晶析残渣には、アクリル酸の多量体や副生物、不純物などとともに、上記の添加する重合防止剤を含むものである。
【0030】
この発明では、この上記缶出液又は上記晶析残渣から直接に重合防止剤を抽出してもよいし、上記缶出液又は上記晶析残渣を加熱して、それらが含有するアクリル酸の多量体を熱分解してアクリル酸として回収した後の回収残渣から重合防止剤を抽出してもよい。さらに、アクリル酸の多量体を得る前に薄膜式蒸発器などで濃縮した上で熱分解を行って回収残渣を得て、重合防止剤を抽出してもよい。これらの上記残渣等は、アクリル酸の重合物などの不純物を含み、タール状物質の堆積層を形成する。
【0031】
上記残渣等からの上記重合防止剤の回収にあたっては、水と非水溶性溶媒とを上記残渣等に添加する。この水と非水溶性溶媒とは順番に加えてもよいし、同時に加えてもよい。ただし、先に上記非水溶性溶媒を添加すると、上記残渣等に含まれる水溶性のポリマーなどがヘドロ状となって析出しやすくなる場合がある。このため、水を先に、上記非水溶性溶媒を後とするように順番に上記残渣等に加えるとより好ましい。水の方が上記残渣等に含まれるタール状の重質液と混じりやすく、水を先に添加することにより、高粘度である重質液の粘度が低下して混合しやすくなり、また、上記非水溶性溶媒を先に加えた場合と比べてヘドロの析出も少なくなる。
【0032】
上記のように、水及び上記非水溶性溶媒を加えて混合すると、液相は、下から、上記残渣の主成分からなるタール状層と、上記非水溶性溶媒の有機溶媒層との二層に分離するか、又は、上記タール状層、水層、上記有機溶媒層の三層に分離する。二層の場合は、上記タール状層に水のほとんどが含まれることになる。このうちの有機溶媒層中に、上記残渣等に含まれていた上記重合防止剤が抽出されて、ほとんどがタール状層に残る不純物と分離されるので、有機溶媒層のみを取り出すことで、不純物の含有量が少ない状態で重合防止剤を回収することができる。
【0033】
このため、最も軽い有機溶媒層を形成する上記非水溶性溶媒と、最も重いタール状層を形成するタール状物質が主成分であり、回収すべき重合防止剤を含有する上記残渣等とが、十分に接触して上記重合防止剤の抽出が行われるように、水及び上記非水溶性溶媒の添加後に十分な攪拌を行う必要がある。攪拌が不十分であると、単に上記残渣等に対して水で抽出を行った後、次いでその水溶液に対して上記非水溶性溶媒で抽出を行った状態に近いものとなり、上記重合防止剤がほとんど上記有機溶媒層に回収されなくなってしまう。
【0034】
上記の攪拌において、上記水及び上記非水溶性溶媒と混合する際の攪拌時間は、3分以上であると好ましい。3分未満であると、上記非水溶性溶媒と上記残渣等との接触時間が短すぎて、十分な抽出が出来なくなるおそれがある。一方で、30分以下であると好ましい。30分を超えると、攪拌に要する機器が大きくなり、また、ポリマーに由来すると考えられる液粘度の上昇が起こるおそれがあるためである。
【0035】
また、水の添加量が少ないと、そもそも液相が分離しないか、又は、分離したとしても、有機溶媒層に上記重質液を構成するタール状物質が混入することが避けられなくなってしまう。ここで、水を適量添加することで、上記非水溶性溶媒の層とそれ以外との界面がはっきりして、二層以上に分離させることができる。さらに、水が一定量以上あると、上記有機溶媒層と上記タール状層との間に水層を形成して三液層を形成するので、タール状物質の上記有機溶媒層への混入を抑制することができ、層間の分離がし易くなり、重合防止剤の回収率が高くなり、かつ、水とタール状層との間に集中しやすい不純物が除去しやすくなる。一方で、水が多い場合でも、上記残渣等と上記非水溶性溶媒とを、攪拌などによって十分接触させれば、抽出操作自体には問題は無い。しかし、上記水層も上記残渣等に含まれていた不純物の一部を含むことになり、廃液として処理しなければならないため、水が必要以上に多いことは、廃液処理の負担を増加させることになってしまう。また、回収を行う装置も大きくしなければならなくなってしまう。従って、添加する水の量は、液相が辛うじて三層に分離する程度であると好ましい。具体的には、上記残渣等に対して、容量比で0.1倍以上、等倍以下の水を添加すると液相が分離でき、特に、容量比で上記残渣等に対して0.3倍以上等倍以下となる水を添加すると、三液層を形成しやすく好ましい。
【0036】
さらに、上記非水溶性溶媒の、水に対する割合は、容量比で0.5倍以上であると好ましい。0.5倍未満であると、十分な重合防止剤の回収がなされない場合があるからである。一方で、20倍以下であると好ましい。その比率が大きくなりすぎると、形成される三層の層高が大きく異なるので、運転の制御が難しくなるからである。
【0037】
さらにまた、上記非水溶性溶媒の、上記残渣等に対する容量比は、1/3倍以上であると好ましい。1/3倍未満であると、十分な重合防止剤の回収がなされない可能性があるからである。一方で、4倍以下であると好ましい。過度に溶媒の量を増やしても、重合防止剤の回収効率への寄与は小さいが、一連の回収に関わる機器が大きくなり、経済性を悪化させるとともに、装置負担を悪化させるから傾向がある。
【0038】
なお、上記タール状層の主成分はアクリル酸ポリマーであり、多数のカルボキシル基を有するために親水性が高く、上記非水溶性溶媒からなる上記有機溶媒層には混入しにくいが、僅かながら含まれる。この有機溶媒層に抽出した重合防止剤を回収し、再利用するにあたっては、その有機溶媒層をそのまま循環させるのではなく、出来るだけこのアクリル酸ポリマーを除去しておくことが好ましい。除去するにあたっては、マイクロフィルターにより濾別するのが最も簡便である。水溶液系ではアクリル酸ポリマーが高い粘着性を示すためにフィルターの目詰まりが起こりやすいが、非水溶性溶媒系では、この目詰まりは比較的起こりにくく、液相の層分離が十分になされていればよい。
【0039】
上記のように行う重合防止剤の回収において、上記水及び上記非水溶性溶媒と混合する際の温度は20℃以上であると好ましい。20℃未満であると、液粘度が高くなり、抽出の効率が低下するおそれがあるためである。一方で、50℃以下であると好ましい。50℃を超えると、各液層の相互溶解度が高くなり、2液層や1液層となってしまうおそれがあるためである。
【0040】
上記のように行う重合防止剤の回収において、用いる具体的な装置としては、例えば、攪拌翼を有した混合槽と静置分離槽との組み合わせや、スタティックミキサーによるラインミキシングと、静置分離槽との組み合わせなどが挙げられる。
【0041】
この発明で用いる上記非水溶性溶媒とは、水への溶解性が低いか、又は実質的に溶けない液体であって、上記重合防止剤を溶解可能であるものをいう。溶媒の極性が高くなると、溶媒と上記残渣等、溶媒と水、各々の相互溶解度が高まるため、抽出工程で水層や上記残渣等の中に取り込まれる溶媒の割合が増加する。このため、水層中や残渣等からなる層中の溶媒について、これを廃棄又は回収する場合のいずれにおいても、経済性の悪化は避けられない。また、溶媒極性の増加は、三液層の形成を困難にし、二液層や一液層が形成されやすくなる傾向がある。水への溶解性は、具体的には、20℃における上記非水溶性溶媒の水への溶解度が1.5重量%以下であるものであると好ましく、0.1重量%以下であると、三層に分離しやすくなるのでより好ましい。
【0042】
この非水溶性溶媒は、沸点がアクリル酸より低く、かつ、アクリル酸と共沸しないものであると、回収した重合防止剤ごと上記分離工程及び上記精製工程に導入しても、その上記非水溶性溶媒が製品アクリル酸に混入することを避けることができるので好ましい。このような非水溶性溶媒としては、常温で液体であり沸点がアクリル酸より低い脂肪族又は芳香族の炭化水素が挙げられる。これらの中でも、重合防止のための減圧操作を容易にするために、アクリル酸より低い範囲で沸点が出来るだけ高いものであると好ましく、また、大量に使用するため、汎用されている安価な化合物であるとより好ましい。具体的には、水への溶解度が0.1g以下であるトルエン、ヘキサン、ヘプタンなどが挙げられる。
【0043】
この発明で回収する重合防止剤は、出来るだけ極性が低いものであると好ましい。極性が高いと、上記残渣等中に含まれる種々の不純物のうち、フルフラールやベンズアルデヒドなどのアルデヒドよりは極性が高く、一方でアクリル酸二量体やマレイン酸などに比べると極性が低いという中途半端な状態になってしまい、極性によって分離できなくなるおそれが高くなるためである。このため、上記残渣等に含まれる不純物の大半よりも低極性であると好ましい。このような低極性の重合防止剤としては、例えば、フェノチアジンなどが挙げられる。なお、この発明の上記分離工程及び上記精製工程では、このような極性が低い重合防止剤だけでなく、その他の重合防止剤を併用しても良い。ただしそのような極性の高い重合防止剤は、この発明によってはほとんど回収できず、効率よく再利用できない。
【0044】
上記の手順により上記有機溶媒層として回収された重合防止剤は、上記非水溶性溶媒に溶解させたまま、上記分離工程及び上記精製工程に供給して再利用することが出来る。抽出の際に、上記タール状層に大半が残留する不純物と分離させているため、上記分離工程及び上記精製工程中に不純物が蓄積することを避けることができる。
【0045】
次に、この発明によって重合防止剤を抽出する対象である上記残渣等を排出するとともに精製アクリル酸を得る上記分離工程及び上記精製工程について説明する。
【0046】
上記分離工程は、(アクリル酸のガスを水で捕集してアクリル酸水溶液を得た後、共沸脱水蒸留で水分離をして粗アクリル酸を得る)第一分離工程と、(有機溶媒で上記アクリル酸水溶液からアクリル酸を抽出した後に溶媒分離塔で溶媒を分離して粗アクリル酸を得る)第二分離工程との二種類の工程のいずれかを選択して行うことができる。また、上記精製工程は、精製塔で減圧蒸留を行って精製アクリル酸とともに缶出液を得る第一精製工程と、晶析により精製アクリル酸を得るとともに晶析残渣を得る第二精製工程との二種類の工程のいずれかを選択して行うことができる。これらの分離工程及び精製工程について、図1及び図2を用いて説明する。なお、これらの工程の前に先立つ製造工程において、プロピレンやアクロレイン等の気相酸化を行うことで、不純物を含むアクリル酸含有ガスを得ている。
【0047】
図1に、第一分離工程及び第一精製工程を行う場合を示し、これらの工程について説明する。上記第一分離工程は、捕集塔にて前記アクリル酸のガスを水で捕集してアクリル酸水溶液を得る捕集工程、及び、共沸脱水蒸留塔にて供給する有機溶媒と前記アクリル酸水溶液の水とを共沸させることで前記アクリル酸水溶液を脱水した脱水アクリル酸として粗アクリル酸を得る共沸脱水工程とを含む。
【0048】
まず、製造工程で得られたアクリル酸含有ガスAを、捕集塔11の塔底に供給する。一方、捕集塔11の上部からは水Bを供給する。捕集塔11の下部では、供給されたアクリル酸含有ガスAを冷却するとともに、アクリル酸を水Bに吸収させて、アクリル酸水溶液とする捕集工程を行う。アクリル酸含有ガスAの冷却は、アクリル酸水溶液からなる塔底液Cを熱交換器12で冷却して一部を捕集塔11に循環させることで行う。また、塔底液Cの残りは、次の共沸脱水蒸留塔15に送られる。なお、アクリル酸含有ガスAに含まれるその他の成分のうち、水Bに吸収されないものは、塔頂部から排ガスDとして排出される。
【0049】
上記の捕集塔11では、アクリル酸が重合することを防止するため、重合防止剤E、E’を供給する。この重合防止剤E、E’は、捕集塔11内の液組成に合わせて、水溶液として供給する。したがって、ここで用いる重合防止剤は水溶性である必要がある。供給にあたっては、上記の水Bの供給ラインや、塔底液Cの循環ラインの液中に追加するように供給する。なお、以降の工程で用いる重合防止剤は、水溶性であると明記したもの以外は、少なくとも非水溶性の重合防止剤を含み、水溶性の重合防止剤を含んでいてもよい。
【0050】
上記の塔底液Cは共沸脱水蒸留塔15の中程に導入して、共沸脱水工程を行う。ここでは、系内を循環する有機溶媒により、選択的に水及び有機溶媒との共沸物Gを塔頂から流出させ、アクリル酸水溶液である塔底液Cの脱水を行い、塔底から脱水された脱水アクリル酸である粗アクリル酸Jが得られる。粗アクリル酸Jは、一部を熱交換器16で冷却して共沸脱水蒸留塔15内に循環させ、残りは次の精製塔21へ送る。共沸物Gは、熱交換器17で冷却した後、デカンター18で静置する。静置することで、水と有機溶媒とが分離するので、主に有機溶媒からなる上層の液Iは、共沸脱水蒸留塔15に循環させ、主に水からなる下層の液Hは外部に排出する。なお、この下層の液Hには、アクリル酸よりも沸点の低い酢酸などの不純物も含まれる。また、上層の液Iは、共沸脱水蒸留塔15に供給される。
【0051】
なお、この共沸脱水蒸留塔15では、アクリル酸の重合を抑制する為に、減圧することで、蒸留を行う操作温度を低下させている。さらに、重合防止剤K、K’、K”を供給することで重合防止効果を高めている。ここで重合防止剤は、有機溶媒の溶液として用いたり(図中Kに相当する。)、アクリル酸水溶液に混合したり(図中K’に相当する。)、共沸脱水蒸留塔15に循環される粗アクリル酸Jに溶解させたり(図中K”に相当する。)することで供給する方法が挙げられる。なお、ここで用いる重合防止剤K、K’、K”には、回収した重合防止剤を用いることができる。また、図中K’のアクリル酸水溶液は、水溶液であるが、アクリル酸を含むので非水溶性の重合防止剤と混合してよい。
【0052】
また、図示しないが、脱水アクリル酸中に含まれる、アクリル酸よりも沸点が低い酢酸や、有機溶媒の分離の為に、軽沸分離塔を用いてもよい。この場合、軽沸分離塔の塔頂より分離された液乃至ガスは、共沸脱水蒸留塔15に循環され、軽沸分離塔の塔底より粗アクリル酸が得られる。
【0053】
ここまでが第一分離工程であり、得られた粗アクリル酸Jは、第一精製工程となる精製塔21へ送られる。精製塔21では、重合防止剤Lを供給しつつ、粗アクリル酸Jの減圧蒸留を行い、塔頂部から精製アクリル酸ガスMを得る。この精製アクリル酸ガスMを熱交換器24で冷却して精製アクリル酸Nを得、還流ドラム25で分けた一部を精製塔21へ循環させ、残りの精製アクリル酸Nを製品として得る。ここで、熱交換器24での冷却前に重合防止剤L’を供給し、還流ドラム25で分けた一部を循環させる還流液にも重合防止剤L”を供給する。これら重合防止剤L、L’、L”のいずれか、あるいは全てが非水溶性の重合防止剤である。
【0054】
一方、精製塔21の塔底からは、缶出液Oが得られる。この缶出液Oには、アクリル酸二量体、フルフラール、ベンズアルデヒド、無水マレイン酸、アクリル酸のオリゴマーやポリマーなどの重質系不純物が、未回収のアクリル酸や、ここまでに使用された重合防止剤と共に含まれている。このうちの一部は、熱交換器22で冷却して精製塔21内に戻す。缶出液Oの残りには、重合防止剤が含まれており、この缶出液Oに対してこの発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことができる。
【0055】
また、上記の缶出液Oに対して直接にこの発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うのではなく、一旦、缶出液Oを薄膜式蒸発器23に供給して、重質分の濃縮を行ってもよい。軽質分Pは精製塔21に戻し、濃縮された重質分Qを熱分解回収装置27に供給する。熱分解回収装置27では、重質分Qに含まれるアクリル酸二量体を熱分解して回収アクリル酸Rとして、精製塔21に循環させて精製アクリル酸Nとして回収する。熱分解回収装置27で回収後に残る回収残渣Sには、缶出液Oに含まれていた重合防止剤が含まれており、この回収残渣Sに対して、この発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことが出来る。
【0056】
また別の手順として、上記缶出液Oを、薄膜式蒸発器23に通さず、直接に熱分解回収装置27に供給しても、同様に得られる回収残渣Sに対して、この発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことができる。
【0057】
このような図1の工程から回収された重合防止剤は、共沸脱水蒸留塔15で用いる重合防止剤K、K’、K”として用いることができる他、軽沸分離塔を用いる場合には、この軽沸分離塔に供給して用いてもよい。
【0058】
次に、図2に、第二分離工程及び第二精製工程を行う場合を示し、これらの工程について説明する。上記第二分離工程は、捕集塔にて前記アクリル酸のガスを水で捕集してアクリル酸水溶液を得る捕集工程、溶媒抽出塔にて前記アクリル酸水溶液に有機溶媒を添加してアクリル酸を抽出することでアクリル酸有機溶液を得る溶媒抽出工程、及び、溶媒分離塔にて前記アクリル酸有機溶液を減圧蒸留して有機溶媒と分離した分離アクリル酸として粗アクリル酸を得る溶媒分離工程を含む。
【0059】
まず、製造工程で得られたアクリル酸含有ガスAAを、捕集塔31の塔底に供給する捕集工程を行う。この捕集塔31で行う内容は上記第一分離工程の捕集塔11で行われる工程と同じである。すなわち、捕集塔31の上部からは水ABを供給し、捕集塔31の下部では、供給されたアクリル酸含有ガスAAを冷却するとともに、アクリル酸を水ABに吸収させて、アクリル酸水溶液とする。また、塔底液ACを熱交換器32で冷却して一部を捕集塔31に循環させ、塔底液ACの残りは、次の抽出塔34に送る。さらに、アクリル酸含有ガスAAに含まれるその他の成分のうち、水ABに吸収されないものは、塔頂部から排ガスADとして排出する。
【0060】
上記の捕集塔31では、アクリル酸が重合することを防止するため、重合防止剤AE、
AE’を供給する。この重合防止剤AE、AE’は、捕集塔31内の液組成に合わせて、水溶液として供給する。したがって、ここで用いる重合防止剤は水溶性である必要がある。供給にあたっては、上記の水ABの供給ラインや、塔底液ACの循環ラインの液中に追加するように供給する。
【0061】
上記の塔底液ACを、抽出塔34の塔頂部へ供給する。また、後述する溶媒分離塔36で分離された有機溶媒AJの一部も供給する。この循環する有機溶媒により、溶媒抽出工程を行う。アクリル酸水溶液である塔底液ACに含まれるアクリル酸が、この供給された有機溶媒に抽出されることで、アクリル酸の有機溶媒溶液である塔出液AGが得られる。また、塔底部からは、アクリル酸水溶液であった水が不純物を含んだ状態で排水AHとして排出される。
【0062】
上記のアクリル酸の有機溶媒溶液である塔出液AGを、溶媒分離塔36に供給して、減圧蒸留する溶媒分離工程を行う。塔頂部からは、分離された有機溶媒ガスAIが得られ、塔底からは有機溶媒と分離した分離アクリル酸である粗アクリル酸ALが得られる。なお、減圧蒸留にあたって、アクリル酸を重合させないように、重合防止剤を供給する。塔出液AGとともに供給したり(図中AKに相当する。)、循環される有機溶媒AJとともに供給したり(図中AK’に相当する。)、塔底部で循環させる粗アクリル酸ALとともに供給したり(図中AK”に相当する。)して溶媒分離塔36内に供給される。なお、ここで使用する重合防止剤AK、AK’、AK”には、回収した重合防止剤を用いることができる。
【0063】
上記の溶媒分離塔36の塔頂部から得られる有機溶媒ガスAIは、熱交換器37で冷却して液体の有機溶媒AJとしたのち、還流ドラム38を通して、一部は溶媒分離塔36に戻し、残りは抽出塔34に供給する。一方、塔底部から得られる粗アクリル酸ALは、一部を熱交換器39で冷却して重合防止剤AK”とともに溶媒分離塔36に循環させ、残りを、第二精製工程に送る。ここまでが第二分離工程である。
【0064】
第二精製工程となる晶析装置では、通常の一般的な晶析プロセスを利用することができ、その工程で得られる純度の高いアクリル酸の重合を防止するために、重合防止剤を添加する。それに伴い、晶析工程で得られる残渣からこの発明にかかる重合防止剤の回収方法を行う。
【0065】
図2に示す実施形態ではまず、中間タンク41に粗アクリル酸ALが供給され、次いで、アクリル酸の凝固と融解のための加熱機能及び冷却機能を備えた晶析装置本体43に供給される。中間タンク41から晶析装置本体43へのアクリル酸供給を停止した後、晶析装置本体43によりアクリル酸の晶析操作を行うバッチ式の処理方法と、晶析装置本体43と中間タンク41の間で粗アクリル酸を循環させながら、晶析装置本体43で晶析操作を行う連続式の処理方法の何れかが行われる。
【0066】
バッチ式の処理方法においては、晶析装置本体43の内部で凝固しなかった、純度の低いアクリル酸がまず取り出される。次いで、晶析装置本体43内部で凝固したアクリル酸を加熱融解することにより、純度の高められたアクリル酸が取り出される。融解初期のものは、一部未凝固のアクリル酸を含んでいるので、それ以降の融解液に比べると純度は低い。これらはアクリル酸の純度に応じて、異なる複数の中間タンク45に送られる。
【0067】
複数回の晶析操作を行う事により、最も純度の高められたアクリル酸が、精製アクリル酸AQとして得られる。最も純度の低くなったアクリル酸は、薄膜式蒸発器42に送られる。中間の純度となるアクリル酸は、複数回の晶析操作において、同程度の純度のアクリル酸が晶析される際、これとともに処理される。例えば、五段階の晶析操作において、最後の晶析操作時の残液は、二〜四段階目の晶析操作の原液に加えられる。
【0068】
連続式の処理方法の場合は、晶析操作による残液が中間タンク41に残ることとなるので、次の晶析操作を行う前に、中間タンク41内の液は、中間タンク45の何れかに移送されることとなる。次いで、晶析装置本体43の内部で凝固した液を加熱融解させる操作以降は、バッチ式の処理と同じである。なお、複雑なリサイクルを簡略化する目的で、最も純度の低いアクリル酸以外が薄膜式蒸発器42に送られる場合もある。
【0069】
晶析されたアクリル酸中には、重合防止剤がほとんど含まれないため、その融解操作時における重合リスクは高く、重合防止剤の添加が必要となる。具体的には、中間タンク41への供給液AV、晶析装置本体43への供給液AV’、抜き出し液AV”、中間タンク41、45などに重合防止剤は添加される。一方、晶析後に残る晶析残渣APにはここまでに添加された重合防止剤が含まれており、この晶析残渣APに対して、この発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことができる。
【0070】
また、上記の晶析残渣APに対して直接に回収方法を行うのではなく、図2のように、薄膜式蒸発器42に供給して、留分ARを除去して溶媒分離塔36に戻し、重質分の濃縮を行った後、重質分ASをアクリル酸二量体の熱分解回収装置47に供給する。ここでアクリル酸二量体をアクリル酸に熱分解して、回収アクリル酸ATを得るとともに、回収残渣AUを得る。この回収残渣AUにも、重合防止剤が含まれており、この回収残渣AUに対して、この発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことができる。なお、回収アクリル酸ATは、図示しないが、抽出塔34や溶媒分離塔36に循環させる。
【0071】
また別の手順として、上記晶析残渣APを、薄膜式蒸発器42に通さず、直接に熱分解回収装置47に供給しても、同様に得られる回収残渣AUに対して、この発明にかかる重合防止剤の回収方法を行うことができる。
【0072】
このような図2の工程から回収された重合防止剤は、溶媒分離塔36で用いる重合防止剤AK、AK’、AK”として用いることが出来る。
【0073】
なお、上記の図1及び図2は第一分離工程と第一精製工程との組み合わせ、及び第二分離工程と第二精製工程との組み合わせで記述しているが、第一分離工程と第二精製工程との組み合わせ、第二分離工程と第一精製工程との組み合わせでもこの発明は適用可能である。なお、上記の説明のうち、第一精製工程と第二精製工程とでは薄膜式蒸発器23、42で得られる留分P、留分ARの供給先が異なるが、第一精製工程又は第二分離工程の少なくとも一方を行う場合には、これらの留分を精製塔21に戻してもよいし、溶媒分離塔36に戻してもよい。逆に、第一分離工程と第二精製工程との組み合わせである場合には、薄膜式蒸発器で得られる留分を、共沸脱水蒸留塔15に戻してもよい。
【実施例】
【0074】
<図1の工程>
プロピレンを酸化して得たアクリル酸ガスを、図1に示す第一分離工程及び第一精製工程に供給し、缶出液を得た。第一分離工程及び第一精製工程において、重合防止剤として、ハイドロキノン、p−メトキシフェノール、フェノチアジンを使用した。なお、主にハイドロキノンは、捕集塔以降の工程に、フェノチアジンは脱水蒸留塔以降の工程に、p−メトキシフェノールは精製塔に供給され、必要に応じて適宜別工程にも使用した。
【0075】
得られた缶出液を薄膜式蒸発器で濃縮して、熱分解回収装置でアクリル酸二量体からアクリル酸を回収した後の回収残渣に対して、重合防止剤の回収作業を行った。
【0076】
上記回収残渣の組成は、ガスクロマトグラフィー((株)島津製作所製:GC−8A)で分析したところ、アクリル酸:15.1質量%、酢酸:0.05質量%、アクリル酸二量体:15.6質量%、アクリル酸三量体:7.3質量%、マレイン酸及び無水マレイン酸の合計:4.8質量%、安息香酸:1.1質量%、フルフラール:0.1質量%、ベンズアルデヒド:0.3質量%、その他の微量不純物及びガスクロマトグラフィーでは検出できない高沸点成分を含有し、また、重合防止剤として、ハイドロキノン:1.3質量%、p−メトキシフェノール:1.8質量%、フェノチアジン:1.2質量%を含有していた。この回収残渣の粘度は、振動式粘度計(山一電機(株)製:VM−10A)で測定したところ、20℃において1.6Pa秒であり、40℃において453mPa秒であった。
【0077】
(実施例1、トルエン:水=1:1での抽出)
回収残渣100mlを分液ロートにいれ、水50ml、非水溶性溶媒としてトルエン(和光純薬工業(株)製)50mlを加えて10秒間上下に激しく振盪することを5回繰り返した後、10分間静置して抽出を行った。なお、トルエンは水に実質的に、不溶である。操作時の液温は35〜40℃の間を維持させた。静置後、液相が三層に分離し、中間の水層と最下層のタール層との界面には浮遊物が確認されたが、最上層であるトルエン層と水層間の界面には浮遊物は確認されなかった。また、トルエン層は透明で清浄な外観であった。このトルエン層を取り出し、ガスクロマトグラフィーにて成分の分析を行った。それぞれの重合防止剤及び不純物の回収率を、元の回収残渣に含まれていたそれぞれの化合物の質量に対する、トルエン層から得られたそれぞれの化合物の質量の百分率で表1に示す。極性が低い重合防止剤であるフェノチアジンを、最も高い回収率で得ることができた。
【0078】
【表1】

【0079】
なお、表1中、「TOL」はトルエンを、「MIBK」はメチルイソブチルケトンを、「PZ」はフェノチアジンを、「HQ」はハイドロキノンを、「Ma(H)」はマレイン酸を、「Frfrl」はフルフラールを、「PhCHO」はベンズアルデヒドを示す。また、「Ma/PZ」はフェノチアジンの回収率に対するマレイン酸の回収率の比率を表した値であり、不純物であるマレイン酸と重合防止剤であるフェノチアジンをどの程度分離できたかを示す。この値が小さいほどフェノチアジンの良好な回収ができていることになる。
【0080】
また、取り出したトルエン層をメッシュサイズ1μmのフッ素樹脂加工された濾紙を用いて、自然濾過を試みたところ、液は速やかに濾紙を通過した。濾紙には茶褐色の着色が見られたが、濾紙上の残渣物は確認されなかった。
【0081】
(実施例2、トルエン:水=5:2での抽出)
実施例1において、抽出に用いる水を20mlに減らして、同様の操作を行った。水層は形成されず、液相は二層に分離した。上側のトルエン層について、同様にガスクロマトグラフィーにより分析したところ、表1のような回収率となった。極性が低い重合防止剤であるフェノチアジンを、最も高い回収率で得ることができた。
【0082】
トルエン層を実施例1と同じ濾紙を用いて自然濾過を試みたところ、液は速やかに濾紙を通過したが、濾紙には全体に茶褐色の着色が見られ、さらに、界面上の浮遊物に由来すると思われる小さな斑点状の染みが見られた。
【0083】
(比較例1、メチルイソブチルケトン:水=1:1での抽出)
実施例1において、トルエンの代わりの水不溶性溶媒としてメチルイソブチルケトン(シグマアルドリッチジャパン(株)製)を使用した以外は同様の抽出操作を行った。その結果を表1に示す。なお、メチルイソブチルケトンの水への溶解度は、20℃で1.8重量%であった。極性が低い重合防止剤であるフェノチアジンを最も高い回収率で得ることが出来たが、フェノチアジンに対するマレイン酸量が多くなってしまい、回収した重合防止剤の率が低くなってしまった。
【0084】
メチルイソブチルケトン層を同様に自然濾過を試みたところ、液は速やかに濾紙を通過した。濾紙には茶褐色の着色が見られたが、濾紙上には残渣物が確認されなかった。
【0085】
(比較例2、トルエンのみによる抽出)
実施例1において、水の代わりに同量のトルエンを追加して、トルエン100mlにより抽出を行う以外は同様の操作を行った。液相は二層に分離したが、トルエン層は不透明なものとなり、下方に色の異なる層は形成されたが、上方との界面は不明瞭であった。また、浮遊物は確認されなかった。不明瞭な界面付近を残し、上方のトルエン層のみを取り出して、同様にガスクロマトグラフィーにより分析した結果を表1に示す。フェノチアジンの回収率が下がり、ベンズアルデヒドの回収率の方が上回ってしまった。
【0086】
トルエン層を取り出して、実施例1と同様に自然濾過を試みたところ、目詰まりが確認された。得られた濾液は透明であった。濾過装置の出口側を減圧し、吸引濾過とすると、液は速やかに濾紙を通過し、濾紙上には粘着性の薄膜が確認された。従って、残渣中のタール状物質との分離が不十分であることがわかった。
【0087】
(比較例3、メチルイソブチルケトンのみによる抽出)
比較例2において、トルエンの代わりにメチルイソブチルケトン100mlを用いて同様の操作を行った。液相は層分離を起こさずに全体が不透明となり、一部を取り出すことができず、重合防止剤の回収は出来なかった。
【0088】
(比較例4、水のみによる抽出)
比較例2において、トルエンの代わりに水100mlを用いて同様の操作を行った。液相は二層に分離したが、水層には浮遊物が確認され、下方に色の違う層は形成されたが、上方との界面は不明瞭であった。不明瞭な界面付近を残し、上方の水層のみを取り出して、同様にガスクロマトグラフィーにより分析した結果を表1に示す。フェノチアジンをほとんど回収することができない結果となった。
【0089】
<図2の工程>
プロピレンを酸化して得たアクリル酸ガスを、図2に示す第二分離工程及び第二精製工程に供給し、晶析残渣を得た。第二分離工程及び第二精製工程において、重合防止剤として、ハイドロキノン、p−メトキシフェノール、フェノチアジンを使用した。なお、主にハイドロキノンは、捕集塔以降の工程に、フェノチアジンは溶媒分離塔以降の工程に、p−メトキシフェノールは晶析工程に供給され、必要に応じて適宜別工程にも使用した。
【0090】
得られた晶析残渣を、上記の実施例1の缶出液と同様に濃縮し、熱分解回収装置でアクリル酸を回収した後で得られた回収残渣に対して、重合防止剤の回収作業を行った。
【0091】
上記回収残渣の組成は、実施例1と同じガスクロマトグラフィーで分析したところ、アクリル酸:16.2質量%、酢酸:0.2質量%、アクリル酸二量体:12.0質量%、アクリル酸三量体:4.2質量%、マレイン酸及び無水マレイン酸の合計:1.4質量%、安息香酸:0.2質量%、ベンズアルデヒド:0.2質量%、その他の微量不純物及びガスクロマトグラフィーでは検出できない高沸点成分を含有し、また、重合防止剤として、ハイドロキノン:0.6質量%、p−メトキシフェノール:1.4質量%、フェノチアジン:1.8質量%を含有していた。この回収残渣の粘度は、振動式粘度計(山一電機(株)製:VM−10A)で測定したところ、20℃において908mPa秒であり、40℃において326mPa秒であった。
【0092】
(実施例3)
この回収残渣から、実施例1と同様の手順により、重合防止剤の回収を試みた。その結果を表1に示す。3液層に分離させることができ、極性が低い重合防止剤であるフェノチアジンを、最も高い回収率で得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】第一分離工程及び第一精製工程を行う場合の工程図
【図2】第二分離工程及び第二精製工程を行う場合の工程図
【符号の説明】
【0094】
11、31 捕集塔
12、16、17、22、24、32、37、39 熱交換器
15 共沸脱水蒸留塔
18 デカンター
21 精製塔
23、42 薄膜式蒸発器
25、38 還流ドラム
41、45 中間タンク
27、47 熱分解回収装置
34 抽出塔
36 溶媒分離塔
43 晶析装置本体
A、AA アクリル酸含有ガス
B、AB 水
C、AC 塔底液
D、AD 排ガス
E、E’、K、K’、K”、L、L’、L”、AE、AE’、AK、AK’、AK”、AV、AV’、AV” 重合防止剤
AJ 有機溶媒
G 共沸物
H 下層の液
I 上層の液
J、AL 粗アクリル酸
N、AQ 精製アクリル酸
O 缶出液
Q、AS 重質分
R、AT 回収アクリル酸
S、AU 回収残渣
AG 塔出液
AH 排水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロピレン又はアクロレインを気相酸化してアクリル酸のガスを得る製造工程と、
捕集塔にて前記アクリル酸のガスを水で捕集してアクリル酸水溶液を得る捕集工程、及び、共沸脱水蒸留塔にて供給する有機溶媒と前記アクリル酸水溶液の水とを共沸させることで前記アクリル酸水溶液を脱水した脱水アクリル酸として粗アクリル酸を得る共沸脱水工程を含む第一分離工程、
又は、捕集塔にて前記アクリル酸のガスを水で捕集してアクリル酸水溶液を得る捕集工程、溶媒抽出塔にて前記アクリル酸水溶液に有機溶媒を添加してアクリル酸を抽出することでアクリル酸有機溶液を得る溶媒抽出工程、及び、溶媒分離塔にて前記アクリル酸有機溶液を減圧蒸留して有機溶媒と分離した分離アクリル酸として粗アクリル酸を得る溶媒分離工程を含む第二分離工程の、いずれか一方の分離工程と、
精製塔にて前記粗アクリル酸を減圧蒸留して精製アクリル酸を得るとともに塔底から缶出液を得る減圧蒸留工程を含む第一精製工程、
又は、晶析装置にて前記粗アクリル酸に晶析操作を行って精製アクリル酸を得るとともに分離された晶析残渣を得る晶析工程を含む第二精製工程の、いずれか一方の精製工程とを有するアクリル酸の製造にあたり、
前記アクリル酸の重合を防ぐために、前記第一分離工程、前記第二分離工程、前記第一精製工程及び第二精製工程の少なくとも一箇所で添加する重合防止剤を、前記精製工程後の前記缶出液又は前記晶析残渣の中から回収する方法において、
前記重合防止剤として非水溶性の重合防止剤を使用し、
前記缶出液、前記晶析残渣、又は、それらを加熱して含有するアクリル酸二量体を熱分解してアクリル酸を回収した後の回収残渣に対して、水及び非水溶性溶媒により抽出を行い、前記非水溶性溶媒の層を分離することにより前記重合防止剤を回収する、重合防止剤の回収方法。
【請求項2】
上記非水溶性溶媒の、20℃における溶解度が0.1重量%以下である、請求項1に記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項3】
上記缶出液、上記晶析残渣、又は上記回収残渣に対し、容量比で0.1〜1倍の水を用いて抽出を行う、請求項1又は2に記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項4】
上記缶出液、上記晶析残渣、又は上記回収残渣に対し、容量比で1/3〜4倍の上記非水溶性溶媒を用いて抽出を行う、請求項1乃至3のいずれかに記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項5】
上記の抽出に用いる上記非水溶性溶媒の量が、上記抽出に用いる水の量に対して、容量比で0.5〜20倍である、請求項1乃至4のいずれかに記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項6】
上記非水溶性溶媒が常温で液体であり沸点がアクリル酸より低い炭化水素である、請求項1乃至5のいずれかに記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項7】
上記重合防止剤がフェノチアジンである、請求項1乃至6のいずれかに記載の重合防止剤の回収方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の重合防止剤の回収方法により、上記分離工程又は上記精製工程で使用した重合防止剤を回収することを特徴とする、アクリル酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−143826(P2009−143826A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−320801(P2007−320801)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】