説明

量子通信システム

【課題】光ファイバ通信に適した1.5μmまたは1.3μm波長帯において識別不可能な光子を用いて量子もつれ状態を生成可能な量子通信システムおよび光周波数変換装置を提供する。
【解決手段】2つのノード1、2と、中継ノード3とを備え、中継ノード3は、光子検出したときに、前記古典通信回線を介して検出時刻情報を前記2つのノード1、2に送信して、2つの量子相関状態生成装置との間に量子もつれ状態を生成することにより前記2つのノード1、2間にリンクを形成する量子通信システム。光周波数変換装置は、光周波数fpのポンプ光レーザからの出力光と量子相関状態生成装置から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp及びfsの光を入力すると、光周波数fcの光を発生する2次の非線形光学媒質と、光周波数fcの光を透過して出力する光フィルタとを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子中継技術に基づく量子通信システムを実現するための、遠隔の2ノードに配置された物質の量子状態間に量子もつれ状態を生成する量子通信システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、暗号通信を行うための暗号鍵を遠隔の2者間で共有する「量子鍵配送(quantum key distribution:QKD)」の研究が盛んに行われている。一般的なQKDでは、送信者は単一光子(または単一光子レベルの微弱コヒーレント光)にランダム変調を施し、光伝送路を介して受信者に送付することにより、送信者と受信者との間でランダムなビット情報を共有する。特に、光ファイバ上のQKDシステムは近年飛躍的な進展を遂げ、現在では200km以上の光ファイバ上でのQKDが報告されている。しかし、光子の単純な伝送によるQKDは、光伝送路の損失による鍵生成率の低下を避けることができないため、1000kmを超える長距離のQKDシステムを実現することは困難であった。
【0003】
この距離限界を打破することを目的として、「量子中継(quantum repeater)」の概念がBriegelらにより1998年に提案された(非特許文献1)。量子中継の概念図を図1に示す。まず、長さLの伝送路を、nを自然数として2nのリンクに分割する。以下、この各リンクを基本リンク、nをネスティングレベルと呼ぶことにする。図1はn=2の場合である。
【0004】
各基本リンクの両端のノードには、量子状態を保存することのできる「量子メモリ」が配置されており、両メモリに保存されている2つの量子状態は量子もつれ状態となっている。
【0005】
次に、隣接する基本リンクを2個づつペアとする。そして、ペアを組む両リンクに保持されている一組の量子もつれ状態に対して「量子もつれ交換」という操作を行う(非特許文献2)。具体的には、各ペア中の隣接ノード(図1ではノード1Bとノード2A、ノード3Bとノード4A)中の量子状態に対し、ベル状態測定(Bell state measurement:BSM)と呼ばれる2粒子の射影測定を行い、その結果を両端のノード(ノード1Aとノード2B、ノード3Aとノード4B)に古典通信路を介して送付する。両端のノードにおいて、保存している量子状態に対し、BSMの結果に基づいて適切なユニタリ変換を施すことにより、これら両端のノード間に量子もつれ状態を生成することができる。これを、ネスティングレベル1での操作と呼ぶ。
【0006】
同様の操作をネスティングレベルnまで繰り返す。その結果、最終的に長さLの伝送路の両端のノード(ノード1Aとノード4B)の間に量子もつれ状態を生成することができる。生成された量子もつれ状態を用いて、例えば非特許文献3において提案された量子もつれを用いたQKDプロトコルを適用することにより、暗号鍵を両端のノード間で共有することができる。
【0007】
本方式を光子を用いたシステムに適用すると、光子の伝送距離を基本リンクの両端に量子もつれを生成するためのL/2n程度にとどめることができるため、長距離の光子伝送に伴う鍵生成率の低下を抑えることが可能となる。
【0008】
量子中継を実現するためには、基本リンクにおける量子メモリ間の量子もつれ状態の生成を実現することが重要である。それを現実的な系で実現するために図2に示す方式が提案されている(非特許文献4)。ノード10及びノード20は、それぞれ2つの低エネルギー状態|g>、|s>と一つの励起状態|e>を有する原子集団を備える。あらかじめ、原子集団は基底状態|g>にする。この原子集団に、|g>と|e>のエネルギー差からやや外れた光周波数を持つポンプ光を照射する。
【0009】
これにより、基底状態|g>にあった原子集団のうちの一つの原子の状態が、ラマン遷移により確率的に状態|s>に移り、同時にストークス光子を1個発生する。これにより、原子集団中のどれか一つの原子が|s>状態にあり、かつストークス光子が発生するという量子相関のある状態を確率的に生成することができる。この量子相関状態を、以下では光子−原子相関状態と呼ぶことにする。
【0010】
各原子集団から、1ペアの光子−原子相関状態を生成する確率をp/2とする。このとき、それぞれの原子集団において生成される量子状態は次式で表される。
【0011】
【数1】

【0012】
上式において、sxは量子メモリの内部状態を|s>にする生成演算子、axはストークス光子の生成演算子、|0>は真空の量子状態であり、xはノード10またはノード20を表す添え字である。ここで、ポンプ光強度を十分小さくすることによりpを小さくし、両方の原子集団から同時に光子−原子相関状態を発生する確率が十分小さいとき、全系の状態は近似的に次式で示す量子もつれ状態になっている。
【0013】
【数2】

【0014】
発生したストークス光子は、光伝送路を伝搬した後に、中継ノードに送付される。ここでは、簡単のため両光子が光伝送路において経験する位相シフトは同じとする。このとき、式(1)の右辺カッコ内の2項の位相差は変化しないため、光子伝送後も式(1)の状態は保持されている。
【0015】
中継ノード30には、2入力2出力のビームスプリッタBSと、その出力に接続された2個の光子検出器D1、D2が配置されている。ノード10、ノード20から送付されたストークス光子は、ビームスプリッタBSのそれぞれ別のポートから入力される。ビームスプリッタBSの入力ポートを1、2、出力ポートをA、Bと呼ぶことにし、それぞれのモードにおける生成演算子をax(x=1、2、a、b)とする。原子集団1及び2から出力されるストークス光子が、光周波数、時間位置、偏波状態など、経路以外の全てのパラメータについて識別不可能であるとき、ビームスプリッタBSの入力と出力のモードにおける生成演算子の間には次式(2)、(3)の関係が成り立つ。
【0016】
【数3】

【0017】
【数4】

【0018】
これらを用いると、ビームスプリッタBS通過後の式(1)は次式(4)のようになる。
【0019】
【数5】

【0020】
中継ノード30では、いずれかの光子検出器D1または光子検出器D2が1個の光子を検出したとき、検出時刻情報をノード10及びノード20に送付する。例えばビームスプリッタBSの出力ポートAに接続された光子検出器D1において光子を検出した場合、式(4)により、ノード10とノード20の有する原子集団の量子状態の間に、次式(5)で示す量子もつれ状態が生成する。
【0021】
【数6】

【0022】
ここで、|x、y>は原子集団1、2の状態を示しており、原子集団1の原子のx個、原子集団の原子のy個が|s>状態にあることを表す。
【0023】
以上のように、非特許文献4に記載された手法においては、互いに識別不可能な光子を発生する一組の光子−原子相関発生源を用い、その光子の単一光子干渉効果を利用して、量子中継に必要な基本リンクを生成している。同様の基本リンク生成は、原子集団だけでなく単一原子などの単一量子系を用いる手法も提案されている(非特許文献5)。さらに、独立の光子−原子相関発生源からの光子の二光子干渉効果を利用する方法も提案されている(非特許文献5、6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】H.J.Briegel,W.Dur,J.I.Cirac,and P.Zoller,“quantum repeaters: the role of imperfect local operation in quantum communication,”Phys.Rev.Lett.81,5932−5935(1998).
【非特許文献2】J.W.Pan,D.Bouwmeester,H.Weinfurter and A.Zeilinger,“Experimental entanglement swapping:entangling photons that never interacted,”Phys.Rev.Lett.80,3891−3894(1998).
【非特許文献3】C.H.Bennett,G.Brassard,and N.D.Mermin,“Quantum cryptography without Bell’s theorem,”Phys.Rev.Lett.68,557(1992).
【非特許文献4】L.−M.Duan,M.D.Lukin,J.I.Cirac,and P.Zoller,“Long−distance quantum communication with atomic ensembles and linear optics,”Nature414,413−418(2001).
【非特許文献5】C.Simon and W.T.M.Irvine,“Robust long−distance entanglement and loophole−free Bell test with ions and photon,”Phys.Rev.Lett.91,110405(2003).
【非特許文献6】Z.S.Yuan,Y.A.Chen,B.Zhao,S.Chen,J.Schmiedmayer, and J.W.Pan,“Experimental demonstration of a BDCZ quantum repeater node,”Nature454,1098−1101(2008).
【非特許文献7】C.W.Chou,H.de Riedmatten,D.Felinto,S.V.Polyakov,S.J.van Enk, and H.J.Kimble,“Measurementinduced entanglement for excitation stored in remote atomic ensembles,”Nature438,828−832(2005).
【非特許文献8】D.L.Moehring,P.Maunz,S.Olmschenk,K.C.Younge,D.N.Matsukevich,L.−M.Duan and C.Monroe,“Entanglement of single−atom quantum bits at a distance,”Nature449,68−71(2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
以上に述べた従来例では、いずれも独立した光子と物質との量子相関発生源を用い、それらから識別不可能な光子が出力される必要があった。このような発生源は、セシウム(Cs)原子集団(非特許文献7参照)、ルビジウム(Rb)原子集団(非特許文献6参照)、単一イッテルビウム(Yb)原子(非特許文献8参照)などを用いて実現されているが、いずれも出力される光子は可視域近辺の波長を有する光子であり、光ファイバ通信に適した1.5μmまたは1.3μm波長帯において識別不可能な光子を出力する量子相関状態生成源は報告されていない。そのため、前記の例において、ノード10、ノード20と中継ノード30間の伝送路として光ファイバを用いた場合、光子が光ファイバより大きな損失を被り、結果としてノード10とノード20の距離を大きくとることが難しいという課題があった。
【0026】
また、上記のような光子と物質との量子相関状態生成源を半導体量子ドットなどの固体素子を用いて実現することも検討されている。しかし、出力される光子の波長は各量子ドットの大きさなどに大きく依存するため、独立した量子ドットから出力される光子の波長は素子により大きく異なり、結果として識別不可能な光子を出力することが困難であるという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記の課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、量子通信システムであって、光子の発生時刻または偏波状態と、2つ以上のエネルギー準位を有する物質の量子状態との間に相関のある状態を生成して該光子を出力する第1の量子相関状態生成装置と、前記第1の量子相関状態生成装置から出力される光子を入力し、その光周波数が所定の周波数になるように変換して出力する第1の光周波数変換装置とを有する第1のノードと、光子の発生時刻または偏波状態と、2つ以上のエネルギー準位を有する物質の量子状態との間に相関のある状態を生成して該光子を出力する第2の量子相関状態生成装置と、前記第2の量子相関状態生成装置から出力される光子を入力し、その光周波数が前記所定の周波数になるように変換して出力する第2の光周波数変換装置とを有する第2のノードと、前記第1のノードおよび前記第2のノードの光周波数変換装置から出力された光子をそれぞれ伝送するための2つの光伝送路と、前記2つの光伝送路から光子が入力される2つの入力と2つの出力とを有するビームスプリッタと、前記ビームスプリッタの2つの出力に接続された光子検出器とを有する中継ノードと、前記第1のノードおよび前記第2のノードと前記中継ノードとを接続する古典通信回線とを備え、前記中継ノードは、前記光子検出器において光子検出したときに、前記古典通信回線を介して検出時刻情報を前記第1のノード及び第2のノードに送信して、第1の量子相関状態生成装置と第2の量子相関状態生成装置との間に量子もつれ状態を生成することにより前記第1のノードおよび前記第2のノード間にリンクを形成することを特徴とする。
【0028】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の量子通信システムにおいて、前記光周波数変換装置は、光周波数fpのレーザ光を出力するポンプ光レーザと、前記ポンプ光レーザからの出力光と前記量子相関状態生成装置から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp及びfsの光を入力すると、fc=fp−fsの関係を満たす光周波数fcの光を2次の非線形光学効果により発生する2次の非線形光学媒質と、前記2次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp及びfsの光を抑圧し、光周波数fcの光を透過して出力する光フィルタとを備えていることを特徴とする。
【0029】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の量子通信システムにおいて、前記ポンプ光レーザの光周波数fpと、前記非線形光学媒質から発生する光の光周波数fcとの間に、fc>fpの関係があることを特徴とする。
【0030】
請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の量子通信システムにおいて、前記光周波数変換装置は、光周波数fp1のレーザ光を出力する第1のポンプ光レーザと、光周波数fp2のレーザ光を出力する第2のポンプ光レーザと、前記第1のポンプ光レーザ及び第2のポンプ光レーザからの出力光と、前記量子相関状態生成装置から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp1、fp2及びfsの光を入力すると、fc=fp1−fp2+fsの関係を満たす光周波数fcの光を3次の非線形光学効果により発生する3次の非線形光学媒質と、前記3次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp1、fp2及びfsの光を抑圧し、光周波数fp1−fp2+fsの光を透過して出力する光フィルタとを備えていることを特徴とする。
【0031】
請求項5に記載の発明は、光周波数変換装置であって、光周波数fpのレーザ光を出力するポンプ光レーザと、前記ポンプ光レーザからの出力光と外部から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp及びfsの光を入力すると、fc=fp−fsの関係を満たす光周波数fcの光を2次の非線形光学効果により発生する2次の非線形光学媒質と、前記2次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp及びfsの光を抑圧し、光周波数fcの光を透過して出力する光フィルタとを備えることを特徴とする。
【0032】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の光周波数変換装置において、前記ポンプ光レーザの光周波数fpと、前記非線形光学媒質から発生する光の光周波数fcとの間に、fc>fpの関係があることを特徴とする。
【0033】
請求項7に記載の発明は、光周波数変換装置であって、光周波数fp1のレーザ光を出力する第1のポンプ光レーザと、光周波数fp2のレーザ光を出力する第2のポンプ光レーザと、前記第1のポンプ光レーザ及び第2のポンプ光レーザからの出力光と外部から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp1、fp2及びfsの光を入力すると、fc=fp1−fp2+fsの関係を満たす光周波数fcの光を3次の非線形光学効果により発生する3次の非線形光学媒質と、前記3次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp1、fp2及びfsの光を抑圧し、光周波数fp1−fp2+fsの光を透過して出力する光フィルタとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、長距離の量子通信システムの構築が可能である。また、従来の手法に比べ、より簡易な技術を用いてこれらのシステムを実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】量子中継の概念を説明するための図である。
【図2】従来の量子通信システムを示す図である。
【図3】本発明の量子通信システムの一例を示す図である。
【図4】第1の実施形態の光周波数変換装置の構成を示す図である。
【図5】第2の実施形態の光周波数変換装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0037】
(第1の実施形態)
本発明の量子通信システムの一例を図3に示す。従来の例においては、光子と原子の内部状態の間に相関のある状態を光子−原子相関状態というが、ここではそれを一般化して、光子と物質の量子状態との間に相関のある状態を光子−物質相関状態ということにする。
【0038】
図3に示すように、本量子通信システムは、2つのノード1、2と、この2つのノード1、2の間に設けられた中継ノード3と、2つのノード1、2と中継ノード3を光接続する光伝送路L1、L2と、2つのノード1、2と中継ノード3を古典通信可能に接続する古典通信回線10、11とを備えて構成される。
【0039】
ノード1は、光周波数f1の光子を出力する光子−物質相関状態生成装置(量子相関状態生成装置)A1と、光周波数変換装置FC1とを備えている。同様に、ノード2は、光周波数f2の光子を出力する光子−物質相関状態生成装置(量子相関状態生成装置)A2と、光周波数変換装置FC2とを備えている。
【0040】
光子−物質相関状態生成装置A1、A2は、それぞれ2つの低エネルギー状態|g>、|s>と一つの励起状態|e>を有する物質を備えている。あらかじめ、物質のエネルギー状態は基底状態|g>にする。この物質に、|g>と|e>のエネルギー差からやや外れた光周波数を持つポンプ光を照射する。
【0041】
これにより、基底状態|g>にあった物質のうちの一つの原子の状態が、ラマン遷移により確率的に状態|s>に移り、同時にストークス光子P1(P2)を1個発生する。これにより、物質中のどれか一つの原子が|s>状態にあり、かつストークス光子P1(P2)が発生するという量子相関のある状態を確率的に生成することができる。この量子相関状態が、光子−物質相関状態である。ノード1とノード2で発生されるストークス光子P1、P2は互いに経路と光周波数f1、f2以外の全てのパラメータが識別不可能に調整される。ただし、P1、P2の周波数は違っていても、光周波数変換装置FC1、FC2により、「識別不可能に」することができる。
【0042】
光周波数変換装置FC1、FC2は、光子−物質相関状態生成装置A1、A2で発生した光子P1、P2を入力し、その光周波数f1、f2を同一の光周波数f3に変換して出力する。ここで、f3は使用する光伝送路L1、L2に適した値に設定できる。例えば、光伝送路L1、L2として光ファイバ伝送路を用いる場合、波長にして1.5μm(光周波数約200THz)近傍になるようにする。光周波数を変換された光子P1’、P2’は、光伝送路L1、L2を伝搬した後に、中継ノード3に送られる。ここでは、簡単のため両光子P1’、P2’が光伝送路L1、L2において経験する位相シフトは同じとする。このとき、式(1)の右辺カッコ内の2項の位相差は変化しないため、光子伝送後も式(1)の状態は保持されている。
【0043】
中継ノード3には、2入力2出力のビームスプリッタBSと、その出力に接続された2個の光子検出器D1、D2が配置されている。ノード1、ノード2から送付された周波数変換された光子P1’、P2’は、ビームスプリッタBSのそれぞれ別のポートから入力される。ビームスプリッタBSの入力1、2、出力a、bそれぞれのモードにおける生成演算子をax(x=1、2、a、b)とする。光子−物質相関状態生成装置A1、A2から出力される光子P1’、P2’が、光周波数、時間位置、偏波状態など、経路以外の全てのパラメータについて識別不可能であり、光伝送路L1、L2の位相シフト量は同じなので、ビームスプリッタBSの入力と出力のモードにおける生成演算子の間には次式(2)、(3)の関係が成り立つ。
【0044】
【数7】

【0045】
【数8】

【0046】
これらを用いると、ビームスプリッタBS通過後の式(1)は次式(4)のようになる。
【0047】
【数9】

【0048】
中継ノード3では、いずれかの光子検出器D1または光子検出器D2が1個の光子を検出したとき、検出時刻情報をノード1及びノード2に送付する。例えばビームスプリッタBSの出力aからの経路Aに接続された光子検出器D1において光子を検出した場合、検出した時刻の情報を古典通信回線10、11を経由してノード1およびノード2に送ると、式(4)により、ノード1、2に配置された物質の量子状態の間に、次式(5)で示す量子もつれ状態が生成する。
【0049】
【数10】

【0050】
ここで、|x、y>は各ノードの光子−物質相関状態生成装置A1、A2の物質の状態を示しており、物質の原子のx個、物質の原子のy個が|s>状態にあることを表す。
【0051】
以上のように、本実施形態の量子通信システムでは、一組の光子−物質相関状態生成装置A1、A2により光子を発生させ、光周波数変換装置FC1、FC2によりその光子を所望の周波数に変換させると共に、両光子の周波数を識別不可能となるようにし、周波数変換された光子の単一光子干渉効果を利用して、量子中継に必要な基本リンクを生成している。本発明の量子通信システムでは、この基本リンクを生成する際に、光周波数変換装置FC1、FC2として図4に示す非線形光学物質を有する光周波数変換装置を用いることにより、一組の光子−物質相関状態生成装置A1、A2で発生させた2光子をそれぞれ正確に光周波数f3に変換することができるため、所望の周波数領域において識別不可能な光子を発生させて基本リンクを構成することができる。
【0052】
ここで図4を用いて本発明の量子通信システムに適用可能な光周波数変換装置についてさらに詳細に説明する。図4において、光周波数変換装置は、ポンプ光レーザと、光合波器21と、2次の非線形光学媒質22と、フィルタ23とを備えて構成される。
【0053】
図4の光周波数変換装置において、ポンプ光レーザからの光周波数fpのポンプ光と、光周波数f1の光子が入力されると、これら光が光合波器21により合波され、2次の非線形光学媒質22に入力される。このとき、該非線形媒質中では以下に述べる光周波数変換が起こる。
【0054】
3=f1−fpとし、光周波数fp、f1、f3における非線形媒質中の波数をkp、k1、k3とすると、波数の間には次式(6)に示す位相整合条件が満たされているとする。
1=kp+k3(6)
ポンプ光は十分強いとし、a1、a1をそれぞれ光周波数f1の光子の消滅演算子と生成演算子とし、a3、a3をそれぞれ光周波数f3の光子の消滅演算子と生成演算子とすると、媒質中の波長変換過程の相互作用ハミルトニアンは次式(7)で表される。
【0055】
【数11】

【0056】
ここで、χはポンプ光の振幅に比例する係数である。式(7)を用いたハイゼンベルグの運動方程式により、次のモード結合方程式(8)、(9)が得られる。
【0057】
【数12】

【0058】
【数13】

【0059】
この式より次式(10)、(11)で示す解を得る。
1(t)=a1(0)cosχt−a3(0)sinχt(10)
3(t)=a3(0)cosχt+a1(0)sinχt(11)
ここで、tは媒質中の非線形相互作用の時間、a1(0)、a3(0)は媒質入り口における消滅演算子である。式(10)、(11)は、光周波数f1の光子を入力すると、χt=π/2となるポンプ光強度のときに、原理的には100%の確率で光周波数変換が可能となることを示している。
【0060】
上記の過程の後に2次の非線形光学媒質22から出力された光は、上記f3の光を透過し、fp、fsを含むその他の光周波数成分を抑圧する光フィルタ23を通過させる。これにより、光周波数f1の光子の量子状態を光周波数f3の光子のそれに変換することができる。
【0061】
ところで、上の例において、fp>f3の場合、上記の波長変換過程に加え、パラメトリック下方変換過程も起こる可能性がある。本過程の相互作用ハミルトニアンは次式(12)で表される。
【0062】
【数14】

【0063】
ここで、
【0064】
【数15】

【0065】
は光周波数f’3の光子の生成演算子であり、fp、f3と次式(13)の関係がある。
fp=f3+f’3(13)
式(12)で示される過程は周波数f3及びf’3において自然放出により光子を発生するため、式(7)の波長変換過程においては周波数f3における雑音として観測される。
【0066】
上記の雑音は、fp<f3となるようポンプ光周波数を設定することにより抑圧することが可能である。
【0067】
また、ポンプ光が非線形媒質中で自然放出ラマン散乱過程を引き起こすことにより雑音光子が発生する可能性がある。自然放出ラマン散乱過程は、ポンプ光周波数より低い周波数側で効率よく起こる。よって、fp<f3とすることにより、光周波数f3における自然放出ラマン散乱過程による雑音光子発生を抑圧することが可能である。
【0068】
以上に述べた図4に示す光周波数変換装置を用いることにより、例えば光子−物質量子相関状態生成装置A1、A2から出力された光子P1、P2の光周波数を、光ファイバ伝送に適した光周波数に変換することができる。また、ポンプ光の光周波数を適切に制御することにより、2つの独立した光子−物質量子相関状態生成装置からの光子P1’、P2’の光周波数を同一の周波数に変換することができる。
【0069】
(第2の実施形態)
本実施形態は、第1の実施形態の量子通信システムにおいて、2次の非線形光学媒質を有する光周波数変換装置に代えて、3次の非線形光学媒質を有する光周波数変換装置を用いる態様である。
【0070】
本実施形態の量子通信システムに適用可能な光周波数変換装置の一例を図5に示す。図5において、本実施形態の光周波数変換装置は、ポンプ光レーザと、光合波器31と、3次の非線形光学媒質32と、フィルタ33とを備えて構成される。
【0071】
図5の光周波数変換装置において、光周波数fp1、fp2の2つのポンプ光と、光周波数f1の光子Pf1とが光合波器31により合波され、3次の非線形光学媒質32に入力される。このとき、該非線形媒質中では以下に述べる光周波数変換が起こる。
【0072】
3=f1+fp1−fp2とし、光周波数fp1、fp2、f1、f3における非線形媒質中の波数をkp1、kp2、k1、k3とすると、波数の間には次式(14)に示す位相整合条件が満たされているとする。
kp1+k1=kp2+k3 (14)
このとき、ポンプ光が十分強いとすると、式(7)から式(11)に示す変換過程が3次の非線形光学媒質でも生成可能である。
【0073】
上記の過程の後に3次の非線形光学媒質32から出力された光Pf3は、上記f3の光を透過し、fp、fsを含むその他の光周波数成分を抑圧する光フィルタ33を通過させる。これにより、3次の非線形光学媒質を用いることによっても光周波数f1の光子の量子状態を光周波数f3の光子のそれに変換することが可能となる。
【0074】
以上の実施形態では、一組の光子−物質相関状態生成装置A1、A2において、物質を用い互いに識別不可能な光子を発生させる態様を例に挙げて説明したが、非特許文献5に示すように単一原子などの単一量子系を用いてもよい。
【0075】
また、以上の実施形態では、単一光子干渉効果を利用して、量子中継に必要な基本リンクを生成する態様を例に挙げて説明したが、非特許文献5、6に示すように、独立の光子−物質相関発生源からの光子の二光子干渉効果を利用する方法でもよい。
【符号の説明】
【0076】
1、2 ノード
A1、A2 光子−物質相関状態生成装置(量子相関状態生成装置)
FC1、FC2 光周波数変換装置
3 中継ノード
L1、L2 光伝送路
10、11 古典通信回線
21、31 光合波器
22 2次の非線形光学媒質
32 3次の非線形光学媒質
23、33 フィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光子の発生時刻または偏波状態と、2つ以上のエネルギー準位を有する物質の量子状態との間に相関のある状態を生成して該光子を出力する第1の量子相関状態生成装置と、前記第1の量子相関状態生成装置から出力される光子を入力し、その光周波数が所定の周波数になるように変換して出力する第1の光周波数変換装置とを有する第1のノードと、
光子の発生時刻または偏波状態と、2つ以上のエネルギー準位を有する物質の量子状態との間に相関のある状態を生成して該光子を出力する第2の量子相関状態生成装置と、前記第2の量子相関状態生成装置から出力される光子を入力し、その光周波数が前記所定の周波数になるように変換して出力する第2の光周波数変換装置とを有する第2のノードと、
前記第1のノードおよび前記第2のノードの光周波数変換装置から出力された光子をそれぞれ伝送するための2つの光伝送路と、
前記2つの光伝送路から光子が入力される2つの入力と2つの出力とを有するビームスプリッタと、前記ビームスプリッタの2つの出力に接続された光子検出器とを有する中継ノードと、
前記第1のノードおよび前記第2のノードと前記中継ノードとを接続する古典通信回線とを備え、
前記中継ノードは、前記光子検出器において光子検出したときに、前記古典通信回線を介して検出時刻情報を前記第1のノード及び第2のノードに送信して、第1の量子相関状態生成装置と第2の量子相関状態生成装置との間に量子もつれ状態を生成することにより前記第1のノードおよび前記第2のノード間にリンクを形成することを特徴とする量子通信システム。
【請求項2】
前記光周波数変換装置は、光周波数fpのレーザ光を出力するポンプ光レーザと、前記ポンプ光レーザからの出力光と前記量子相関状態生成装置から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp及びfsの光を入力すると、fc=fp−fsの関係を満たす光周波数fcの光を2次の非線形光学効果により発生する2次の非線形光学媒質と、前記2次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp及びfsの光を抑圧し、光周波数fcの光を透過して出力する光フィルタとを備えていることを特徴とする請求項1に記載の量子通信システム。
【請求項3】
前記ポンプ光レーザの光周波数fpと、前記非線形光学媒質から発生する光の光周波数fcとの間に、fc>fpの関係があることを特徴とする請求項2に記載の量子通信システム。
【請求項4】
前記光周波数変換装置は、光周波数fp1のレーザ光を出力する第1のポンプ光レーザと、光周波数fp2のレーザ光を出力する第2のポンプ光レーザと、前記第1のポンプ光レーザ及び第2のポンプ光レーザからの出力光と、前記量子相関状態生成装置から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、光周波数fp1、fp2及びfsの光を入力すると、fc=fp1−fp2+fsの関係を満たす光周波数fcの光を3次の非線形光学効果により発生する3次の非線形光学媒質と、前記3次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp1、fp2及びfsの光を抑圧し、光周波数fp1−fp2+fsの光を透過して出力する光フィルタとを備えていることを特徴とする請求項1に記載の量子通信システム。
【請求項5】
光周波数fpのレーザ光を出力するポンプ光レーザと、
前記ポンプ光レーザからの出力光と外部から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、
光周波数fp及びfsの光を入力すると、fc=fp−fsの関係を満たす光周波数fcの光を2次の非線形光学効果により発生する2次の非線形光学媒質と、
前記2次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp及びfsの光を抑圧し、光周波数fcの光を透過して出力する光フィルタとを備えることを特徴とする光周波数変換装置。
【請求項6】
前記ポンプ光レーザの光周波数fpと、前記非線形光学媒質から発生する光の光周波数fcとの間に、fc>fpの関係があることを特徴とする請求項5に記載の光周波数変換装置。
【請求項7】
光周波数fp1のレーザ光を出力する第1のポンプ光レーザと、
光周波数fp2のレーザ光を出力する第2のポンプ光レーザと、
前記第1のポンプ光レーザ及び第2のポンプ光レーザからの出力光と外部から入力される光周波数fsの光子とを合波して一つの経路に出力する光合波器と、
光周波数fp1、fp2及びfsの光を入力すると、fc=fp1−fp2+fsの関係を満たす光周波数fcの光を3次の非線形光学効果により発生する3次の非線形光学媒質と、
前記3次の非線形光学媒質の出力のうち光周波数fp1、fp2及びfsの光を抑圧し、光周波数fp1−fp2+fsの光を透過して出力する光フィルタとを備えることを特徴とする光周波数変換装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−4956(P2012−4956A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−139592(P2010−139592)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度 独立行政法人科学技術振興機構「時間位置もつれ光子対を用いた量子通信実験」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】