説明

金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを含有する抗菌剤およびその製造方法

【課題】大腸菌などの原核生物に対する抗菌効果とともに、カビや酵母などの真核生物に対しても抗菌効果を有する人体に無害な抗菌剤を提供することを課題とする。
【解決手段】多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させてなる抗菌剤により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質担体に金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させてなる抗菌剤、該抗菌剤の製造方法ならびに該抗菌剤を用いる抗菌処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、家電製品(冷蔵庫、洗濯機、浄水器、加湿器、掃除用ごみフィルターなど)、台所用品(まな板など)、バス・トイレタリー用品(便器、生理用ナプキン、歯ブラシなど)、文具用品(鉛筆、定規など)、家具・装飾品(タンス、机、カーペット、カーテンなど)などの生活用品の分野;紙・パルプ用スライムコントロール剤、木材防腐分野や水処理・分離分野などの産業分野;繊維製品(白衣、カーテンなど)、建材(壁材など)、医療用器具(プラスチック器具など)などの医療分野などで多く用いられている抗菌性化合物は、無機系(銀、銅、亜鉛系、酸化チタン系)と有機系(合成系、天然系)とに大別される。
【0003】
ここでいう「抗菌」とは、広義には「滅菌」(全ての微生物を殺滅)、「殺菌」(一部分の微生物を殺滅)、「消毒」、「除菌」、「制菌」(微生物の増殖阻止)、「静菌」(微生物の増殖抑制)、「防かび」「防腐」という意味を含む用語である。
【0004】
有機系抗菌性化合物としては、幅広い抗菌スペクトル、ならびに優れた即効性および殺菌性の点から、農薬や医薬品の流れを汲む有機系化合物が用いられてきた。しかしながら、有機系抗菌性化合物は人や環境に対する安全性が懸念されていることから、近年、銀、銅、亜鉛などの抗菌性を有する金属を含有する化合物や、酸化チタンなどの光触媒のような無機系抗菌性化合物が多く用いられるようになっている。このような無機系抗菌性化合物は、その優れた耐熱性とあいまって、用いられる抗菌性化合物の主流となってきている。
【0005】
このような無機系抗菌性化合物のうち、金属含有化合物に含まれる金属の細菌の増殖抑制能力に着目すると、銀イオンと水銀イオンが特に活性が高く、亜鉛イオン、銅イオン、カドミウムイオンがこれに続く。より具体的には、銀の抗菌活性は銅の抗菌活性の200倍、亜鉛の抗菌活性の1,000倍であることから、銀含有の無機系抗菌性化合物が多く用いられている。
【0006】
特に銀は抗菌活性の高さ故、上記のような種々の用途に広く用いられている。しかし、カビに代表される真核生物の中には、栄養が充分に補給されている環境下では銀の抗菌効果が充分で無い場合がほとんどである。カビなどの真核微生物の抗菌剤としては、塩素系洗剤のような人体にとっても有害な溶液が未だに用いられることが多い。
【0007】
特許文献1は、内部に銀イオンプレートを備えた電解タンクに水を流す際に、該銀イオンプレートに電気を流して銀イオンを含有する殺菌水を得る殺菌水製造装置を開示している。特許文献1に開示される装置を実際に水道水に繋ぐ場合には、水道水中の塩素(Cl)イオンによる影響を検討することが必要である。つまり、2.0ppmのAgイオン含有殺菌水を得ようとすると、電解タンク中に塩化銀からなる沈殿を生じ、必要としているAgイオン濃度と実際に得られるAgイオン濃度に齟齬を生じる。
【0008】
また、特許文献1の装置では、2.0ppmのAgイオン含有殺菌水を得るのに300mAもの高い消費電力を要し、経済的にも負担を強いられる。さらに、この装置で製造された銀イオン含有殺菌水は、細菌などの原核微生物に対する抗菌効果を有すると考えられるが、カビ、酵母などの真核微生物に対する効果は充分ではないと考えられる。
【0009】
特許文献1のような銀イオンの抗菌作用を利用した殺菌水製造装置や加湿器などの商品は既に知られているが、充分な抗菌作用を発揮しつつ、銀イオンを用いる抗菌技術の持つ人体への安全性の高さを兼ね備えた技術の創出は依然として見当たらない。
【特許文献1】特開2001−62458号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
大腸菌などの原核生物に対する抗菌効果とともに、カビや酵母などの真核生物に対しても抗菌効果を有する人体に無害な金属含有抗菌剤を提供することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させてなる抗菌剤である。
また、本発明は、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させる上記の抗菌剤の製造方法でもある。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、微生物、特にカビに代表される真核微生物への抗菌効果を高めることができる。本発明による抗菌剤は、抗菌することが望まれる箇所に直接滴下する以外に、噴霧することも可能である。また、該抗菌剤の製造方法において、金属イオンを安定した濃度で発生させることができるので、それぞれの目的、菌種に応じた金属イオン含有液を無駄なく効率的に生成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の抗菌剤は、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させてなるものである。
上記の金属は、抗菌作用を呈する金属であれば特に限定されず、銀、銅、亜鉛、カドミウム、水銀などの金属が挙げられる。中でも、銀、銅および亜鉛から選択される1種以上が好ましい。
上記の金属の化合物としては、抗菌作用を呈する金属の有機および無機の塩が挙げられ、例えば酢酸、乳酸、蟻酸、安息香酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸、ベンゼンスルホン酸などの有機酸との塩、塩酸、硫酸、硝酸、ヨウ化水素酸、フッ化水素酸、燐酸、スルホン酸などの無機酸との塩が挙げられる。
【0014】
上記の多孔質担体としては、Al2O3、TiO2、ZrO2、Nb2O5、SnO2、HfO2、AlPO4などの遷移金属酸化物、SiO2、SiO2-Al2O3、SiO2-TiO2、SiO2-V2O5、SiO2-BO2、SiO2-Fe2O3などのシリケート類、アミロース分子を架橋したポリマー、ポリアルキレンオキサイド系吸水性樹脂、ポリビニルアルコール/ポリアクリル酸系の複合ポリマー、ポリアクリルアミドなどの高分子やそのゲル、炭素系材料、珪藻土、ホタテ貝殻、キチン、キトサンなどの生体由来材料からなる担体を用いることができる。多孔質担体としては、その内部に金属イオンまたは化合物および溶菌酵素を含有しても安定でありかつ比較的長い時間、保水効果を保つことができる点で、セラミックス、高分子もしくは生体由来材料またはそれらの複合体からなる多孔質担体を用いるのが好ましい。
【0015】
上記の多孔質担体は、平均粒径1〜1000μm程度のものが好ましく、平均孔径は0.01〜500μm程度が好ましい。噴霧用としては、平均粒径1〜50μm程度、平均孔径は0.01〜5nm程度が好ましい。上記の多孔質担体の形状としては、粒状、繊維状、またはハニカム状のいずれであってもよい。
【0016】
上記の多孔質担体としての高分子のうち高吸水性ポリマーは、イオン性基を有する電解質ポリマー、または多くの-OH基を持つ親水性ポリマーを僅かに架橋することによって得られるものを好適に用いることができる。高吸水性ポリマーの1つ、ポリビニルアルコール/ポリアクリル酸系ポリマーにおいては、ポリビニルアルコール水溶液の中にポリアクリル酸がアイランド状に存在しており三次元の網目構造を作っている。カルボン酸ナトリウム基(-COO-Na+)からなる親水基を有するこのポリマーは、網目構造の中に金属イオン含有液が入ってくると、Na+が解離して水中に移動し、分子鎖にはCOO-が残る。この残ったCOO-同士が反発するため、網目構造は広げられて、さらに多くの水が入ってくることとなる。一方、COO-同士はNa+を引っ張り合うため、これによって金属イオンは親水基に捉えられ、ポリマー内に担持されることとなる。
【0017】
また、上記の多孔質担体のうち、例えばAl2O3やシリケート類などからなる担体の中に、更に繊維状のナノ構造体を作製してもよい。このナノ構造体は、基本的に繊維状であり、中が中空のチューブ形態でも、中が埋まったファイバー形態でも構わない。これら繊維状ナノ構造体の材料としては、カーボンナノチューブ、カーボンナノワイヤやカーボンファイバー等の炭素系材料、Au、Ag、Ni等の金属系材料、TiO2、Si等の材料が挙げられる。
【0018】
上記の繊維状のナノ構造体は、常法に従って製造することができる。例えば高温の炉内にアセチレンガスを流したり、メタン系のガスを含むプラズマを作製することで得られるカーボンナノファイバーは、その典型的な例である。
【0019】
上記の抗菌剤に担持される金属のイオンまたは化合物の量は、抗菌の対象とする微生物の種類や抗菌剤を適用する部位に応じて適宜選択できるが、多孔質担体1kg(乾燥重量)当たり金属単体に換算して0.01〜50mgの金属を担持するのが好ましく、より好ましくは多孔質担体1kg(乾燥重量)当たり金属単体に換算して0.1〜10mg、さらに好ましくは多孔質担体1kg(乾燥重量)当たり金属単体に換算して0.5〜1mgである。
【0020】
本発明の抗菌剤に用いられる溶菌酵素は、原核微生物および/または真核微生物の細胞壁または細胞膜を分解する作用を有する酵素のことである。本発明の抗菌剤に用いる溶菌酵素としては、人体に無害なものが好ましく、抗菌の対象とする微生物の種類に応じて適宜選択することができるが、リゾチーム、ザイモリエース、キチナーゼ、グルカナーゼなどを好適に用いることができる。
【0021】
リゾチームは、N-アセチルムラミン酸とN-アセチルグルコサミンの間のβ-1,4結合を分解するN-アセチルムラミダーゼ(EC 3.2.1.17)活性を有する酵素である。細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカン、キチンなどを加水分解することができる種類が知られている。また高能率な糖転移活性を持ち、2個のカルボキシル基 (Glu35、Asp52)を触媒基に持つことが知られている。リゾチームとしては、卵白リゾチーム、T4ファージ由来のリゾチームなどが市販で入手可能であるが、その起源は特に限定されない。
ザイモリエース(zymolyase)は、真菌類、特にカンジダ菌の細胞壁を分解することができる。ザイモリエースとしては、Arthrobacter luteus由来のものなどが市販で入手可能であるが、その起源は特に限定されない。
【0022】
カビに代表される真核細胞において、その細胞壁は200〜1000nm程度(またはそれ以上)であり、β-グルカンやキチンにより構成されており、この細胞壁の組成とその厚さが、金属イオンが細胞内に進入して抗菌効果を発揮することを妨げていると考えられる。本発明の抗菌剤は、上記の溶菌酵素により細胞壁にダメージを与えかつ金属イオンによる抗菌作用を作用させることができるので、原核微生物だけでなく真核微生物に対する効果的な抗菌作用を有することができる。
【0023】
リゾチームによる分解性は、キチンのアセチル基を70%脱アセチル化したキトサンやC-6位にカルボキシメチル基を導入したCMキチンで高いので、原核細胞の中でもペプチドグリカン層を持つ黄色ブドウ球菌のようなグラム陽性菌や、キチン質を持つカビなどの真核細胞の細胞壁を溶解することができる。
【0024】
上記の抗菌剤に担持される溶菌酵素の量は、多孔質担体1g(乾燥重量)当たり1×103〜108Uが好ましく、より好ましくは、多孔質担体1g(乾燥重量)当たり1×105〜1×107Uである。
【0025】
上記の抗菌剤は、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させることにより製造することができる。抗菌剤の製造方法において、多孔質担体への抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物の担持および多孔質担体への溶菌酵素の担持は、同時に行われてもよいし、逐次的に行われてもよい。逐次的に行なわれる場合、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物を先に担持させてもよいし、多孔質担体に溶菌酵素を先に担持させてもよいが、溶菌酵素を細胞膜または細胞壁に先に作用させることができる点で、多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物を先に担持させ、その後、溶菌酵素を担持させることが好ましい。
【0026】
上記の製造方法において、多孔質担体への抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物の担持は、金属の化合物を適切な溶媒に溶解または分散させることにより行われてもよいし、金属の化合物を含有する液の電気分解により行われてもよい。
【0027】
金属の化合物を適切な溶媒に溶解させる場合、上述のような金属塩を適切な溶媒、例えば水道水または純水に溶解させることができる。
【0028】
金属の化合物を適切な溶媒に分散させる場合、金属の化合物としてイオン交換により金属を含むゼオライトを用いることができる。例えばAgイオン交換ゼオライトを用いる場合、水道水または純水中にAgイオン交換ゼオライトを分散し、室温で所定の時間、例えば3時間程度放置すると、500ppbを下回る程度のAgイオン含有液を得ることができる。しかしながら、該ゼオライトを分散させる時間を長くしても、Agイオンの濃度に大きな変化は無いので、より高い濃度のAgイオン含有液を得るのは困難である。
【0029】
金属として銀を用いる場合、基本的にAgはイオン化傾向が小さく、標準単極電位は+0.8Vであり、陽イオンになりにくい(電子を放出しにくい、酸化され難い)特長を持つので、金属Agを水中に入れていても容易に溶出しない。
【0030】
上記の多孔質担体への抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物の担持は、該金属の化合物を含有する液の電気分解により行われることが好ましい。具体的には、例えば銀イオンの担持は、銀のプレート2枚を適当な溶媒に浸漬させて電流1〜50mAおよび電圧1〜50Vを印加する電気分解により行うことができる。溶媒としては、塩素イオンを含まないものが好ましく、純水、イオン交換水などを挙げることができる。銀イオンを1.2mg/分程度溶出させる条件(電流20mA、電圧は可変)では、水1Lについて10秒間通電することにより、200ppb(200μg/L)のAgイオン含有液を得ることができる。
【0031】
上記の電気分解において、一定濃度の金属イオンを得るように電流および電圧を制御することが好ましい。例えば不純物を含まない純水、塩素イオンを含まないイオン交換水などの高抵抗の媒体、例えば抵抗値が0.0549μS/cm(18.2MΩcm)である媒体を用いて銀の電気分解を行う場合、電気分解開始直後は電流が流れにくいが、僅かに溶出した銀イオンや、電気分解により生じた電解質の濃度が増えると、ある時間を境に急激に電流が流れ出すこととなる。この段階で電流と電圧を制御することにより、再現性良く同じ濃度の銀イオン含有液を製造することができる。より具体的には、電気分解の開始直後は低電圧で電気分解を行い、所定の電流が得られるようになったら、電流を一定にするように電圧を制御することが好ましい。またこのときに、電極の極性を適宜反転させることもできる。
【0032】
上記の多孔質担体への抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物の担持は、さらに、上記の金属のイオンまたは化合物を含有する液に多孔質担体を浸漬させることにより行うことが好ましい。金属のイオンまたは化合物を含有する液への多孔質担体の浸漬は、室温で、0.1〜24時間、好ましくは1〜12時間行う。
【0033】
本発明の抗菌剤の製造方法のある形態を図1に示す。金属として銀を用いる場合、電気分解によるAgイオン含有液の製造においては、例えば純Agの二枚のプレート2間に1〜50mAの電流がかかるように電流計3で確認しながら、定電圧電源4を用いて電圧(1〜50V程度)を与えることで、溶液中にAgイオンを溶出させることができる。このようなAgイオン含有液製造機構内に多孔質担体1を予め入れておくかまたは銀イオンを溶出させた後に入れることで、Agイオンを多孔質担体に担持させることができる。
【0034】
上記のように金属イオンを発生させる電気分解において、図4に示すような所定の時間電気分解を行うフィードバック機構10を用いて電気分解を制御することにより、再現性良く同じ濃度の銀イオン含有液を製造することもできる。
【0035】
本発明の抗菌剤の製造方法において、多孔質担体への溶菌酵素の担持は、溶菌酵素を含む溶液中に多孔質担体を浸漬させる方法、溶菌酵素を含む溶液を多孔質担体に塗布、滴下する方法などにより行うことができる。溶菌酵素を含む溶液としては、上記の溶菌酵素を純水、脱イオン水、生理食塩水などの適切な溶媒に溶解した溶液を用いることができる。溶菌酵素を含む溶液中に多孔質担体を浸漬させる場合、溶菌酵素の濃度は用いる多孔質担体の種類、担持させる溶菌酵素の量に応じて適宜選択することができる。
【0036】
本発明の抗菌剤の製造方法において、多孔質担体への溶菌酵素の担持は、多孔質担体に金属のイオンまたは化合物を担持させた後に行うことが好ましい。この場合、金属のイオンまたは化合物を担持させた後であって、溶菌酵素を担持させる前に多孔質担体にコーティングを施すことが好ましい。該コーティングは、溶菌酵素により分解される材料からなるものが好ましい。該材料としては、キチン、キトサンを挙げることができる。
【0037】
多孔質担体に例えばキチンでコーティングする場合、精製キチンを希塩酸、希硫酸、希酢酸などの酸溶液に溶解して粘性を有するキチン溶液を得て、このキチン溶液を多孔質担体に塗布し、乾燥させることによりコーティングを行うことができる。このような方法により、キチンフィルムでコーティングされた多孔質担体を得ることができる。上記の精製キチンは、甲殻類などの外骨格を希酸、次いでアルカリで処理し、水洗乾燥後に濃塩酸に溶解して再沈殿させたものであり、市販で入手可能である。
【0038】
図2に、本発明の抗菌剤の好ましい形態を示す。図1に示すようにして、多孔質担体にAgイオンを担持させる。次いで、Agイオンを担持した多孔質担体にキチン溶液を塗布することによりAgイオンを閉じ込める。その後、溶菌酵素8を多孔質担体1に担持させる。このようにして、多孔質担体内部側よりAgイオン/キチン膜/溶菌酵素からなる抗菌剤が得られる。このような抗菌剤を用いることにより、溶菌酵素でカビなどの真核細胞の細胞壁を溶解し、この作用と同時に、予めAgイオンを閉じ込めるために用いたキチン質からなる膜も消化するので、Agイオンが溶出してくることになる。細胞側から考えると、先ず溶菌酵素で細胞壁にダメージが与えられて、その後Agイオンが進入してくることになり、これまでには得られなかったカビなどの真核細胞に対する効果的な抗菌効果が発現されることになる。
【0039】
本発明の抗菌剤は、抗菌することが望まれる箇所にそのままで用いることができる。例えば、適当な容器中の媒体に上記の抗菌剤を投入することにより該媒体の抗菌処理を行うことができる。抗菌処理される媒体としては、例えば水、燐酸緩衝液、生理食塩水などが挙げられる。
【0040】
また、本発明の抗菌剤は、該抗菌剤を適切な媒体に懸濁して懸濁液とし、これを噴霧または滴下して用いることができる。一定面積に均一に塗布することが可能であり、より簡便である点で、噴霧装置を用いることがより好ましい。噴霧装置の噴霧圧力は特に制限されるものではなく、該抗菌剤を塗布する面積や容量に応じて適宜調節することができる。
上記の抗菌剤を懸濁する媒体としては、水、燐酸緩衝液が好ましい。
【0041】
上記の抗菌剤を噴霧できる噴霧装置の例を、図3に示す。図3に示すとおり、噴霧装置9に本発明の抗菌剤を入れ、該抗菌剤をスプレー状に噴霧することができる。
【0042】
本発明の抗菌剤を製造して、噴霧装置により噴霧できる装置の例を図5に示す。多孔質担体は、多孔質担体導入口11から金属イオン担持槽5に導入されるが、これは金属イオン含有液の作製前に投入してもよいし、作製後に投入してもよい。12は純水、イオン交換水または水道水などの溶媒の導入口である。溶媒を所定の量だけ投入した後、コック13で止まるようになっている。所定の濃度の金属イオン含有液が作製され、それを多孔質担体1に担持させた後、バルブ14を開いて溶菌酵素担持槽15へ多孔質担体を移動させる。その際、余分な金属イオン含有液は、ドレインコック16から除去することができる。溶菌酵素担持槽15では、溶菌酵素8を導入して多孔質担体に溶菌酵素を担持させるか、または溶菌酵素8を導入する前に、キチン溶液17を金属イオン担持多孔質担体に塗布して乾燥して得られた多孔質担体に溶菌酵素8を導入して、溶菌酵素を担持させることができる。このように作製された本発明の抗菌剤は、噴霧装置への輸送コック18を経て噴霧装置9へ移動し、特定の場所へ噴霧されることとなる。
【実施例】
【0043】
比較例1
図1に示すような300mlの容器5に水道水を300ml入れ、シリコンチューブで1cmの間隔を空けた純Agのプレートを2枚差し込む。この純銀からなる電極間に50Vの電界をかけ20mAの電流を得ることで、10秒後に200ppbの濃度のAgイオンが水道水中に電界溶出した銀イオン含有液を得た。Agイオン濃度の測定は、日立社製の原子吸光度測定器Z−5010で評価した。
【0044】
ここへ多孔質担体としてその主成分の85%以上がSiO2からなる珪藻土セラミックス(昭和化学工業製)を1g入れた。この珪藻土セラミックスの粒径は10μm、平均孔径は1μm程度である。表面の汚染物質を除去する目的で、Xe2誘電体バリア放電エキシマランプ装置を用い、中心波長146nmの紫外光を放射照度10mW/cm2で1時間照射して予めクリーニングしたものを用いた。
【0045】
室温で60分後、Agイオンを担持した珪藻土セラミックスを取り出し、106CFU/mLの黄色ブドウ球菌を含む液体に、銀の量が200μg/Lとなる量で珪藻土セラミックスを混合し、室温で6時間放置した。黄色ブドウ球菌の菌数をコロニー計測法により測定したところ、104CFU/mLまで菌数が低下していた。
対照として、Agイオンを発生させない以外は上記と同じ条件にして製造したAgイオンを担持しない珪藻土セラミックスを用いて抗菌性を評価したところ、室温で6時間処理した後の菌数は、初期菌数濃度と全く同一の106CFU/mLであった。
【0046】
比較例2
比較例1の黄色ブドウ球菌に替えて、真核生物としてクロカワカビを用いて評価を行った。実施例1のようにして作成された200ppbのAgイオン含有液に浸漬させた珪藻土セラミックスを用い、初期菌数105CFU/mLのクロカワカビを含有する液体に対する抗菌性を試験したところ、室温で6時間処理しても明確な抗菌効果は得られなかった。
【0047】
そこで、Agイオンの電気分解条件において、純水中に純銀のプレートを2枚差し込み、15Vで10分間電気分解することにより、2500ppbの濃度のAgイオン含有液を製造した。この濃度のAgイオン含有液に、比較例1で用いたのと同じ珪藻土セラミックスを室温で60分間浸漬させて得られた抗菌剤を用いて、クロカワカビの抗菌試験を行った。初期菌数105CFU/mLのクロカワカビを含有する液に、2500ppbのAgイオン含有液に浸漬させた珪藻土セラミックスを、銀の量が2500μg/Lとなる量で銀イオンを担持した珪藻土セラミックスを混合して室温で放置したところ、24時間後に菌数が103CFU/mLまで低下していた。
【0048】
【表1】

【0049】
実施例1
図2に示すような多孔質担体にAgイオンと溶菌酵素とを担持させてなる抗菌剤を、次のようにして製造した。まず、多孔質多孔質担体として高吸水性ポリマーであるポリビニルアルコール/ポリアクリル酸系ポリマーを用い、Agイオンを含有させる。Agイオン含有液は、比較例2と同様にして、電気分解条件において純水を15Vで10分間電気分解することで、2500ppbの濃度のAgイオン含有液を製造した。このAgイオン含有液に高吸水性ポリマー100g(乾燥重量)を室温で60分間浸漬させた後、液体中から引き上げた。
【0050】
次に、得られたAgイオン担持多孔質担体にキチン溶液を塗布する。キチン溶液は、キチン試薬(生化学工業社製)10mgを0.8mol/Lの希酢酸溶液100mLに溶解して調製した。この粘性を持つキチン溶液を、メスピペットを用いてAgイオン担持多孔質担体に塗布し、80℃で60分間乾燥させてキチンフィルム7でコーティングされた多孔質担体を得た。さらに、溶菌酵素として14.4kU/μLのリゾチーム溶液(Ready-Lyse (商標) Lysozyme Solution、AR Brown社製溶液)を50mM Tris-HCl, pH7.5, 0.1M NaCl, 0.1mM EDTA, 1mM DTT 0.1% TritonX-100を含む50%グリセロールからなるバッファー15mLにリゾチーム30kU/mLとなるように混合し、キチンコーティングされた多孔質担体を室温で60分間浸漬(pH7.0)させた。この一連の処理により、Agイオン含有液、キチン膜、リゾチーム溶液が多孔質担体に担持された抗菌剤が製造できた。
【0051】
比較例2と同様にして、この抗菌剤のクロカワカビに対する抗菌性の評価を行った。初期菌数105CFU/mLのクロカワカビを含有する液体に、この抗菌剤を銀の量が50μg/Lとなる量で混合して、室温で6時間経過後に菌数を測定したところ、103CFU/mLまで低下していた。
【0052】
【表2】

【0053】
図3に示すような噴霧装置9として、容量200mLの霧吹き容器に、上記の抗菌剤1gを100mLの水道水に懸濁して入れた。この抗菌剤1mLを、栄養分のない寒天培地(直径90mmのシャーレ)上に接種された105CFU/mLのクロカワカビに吹き付けた後、37℃で培養したところ、8時間後に102CFU/mLまで菌数が減少していた。
【0054】
実施例2
図4に示すような電気分解によるAgイオン含有液の製造において、一定濃度のAgイオン含有液を得る目的で回路に流れる電圧/電流を制御することで一定の濃度のAgイオン含有液が生成されるシステムを利用すると、安定なAgイオン含有液が簡便に作製された。
【0055】
300mlのメスフラスコ内に水道水を300ml入れ、シリコンチューブで1cmの間隔を空けた純Agのプレートを2本差し込む。純水はMiliQ水を利用した。この水の電気抵抗値は0.0549μS/cm (18.2MΩcm)であった。電気分解開始直後は10Vで1mA程度しか電流は流れないが、数分間電気分解を行うと、純水中にも電界質が増え、例えば5分後では27.2mAの電流が流れた。そこでフィードバック回路を導入して、当初10Vで電気分解を開始し、5mAの電流が流れたら電圧を落とし、常に一定電流が流れるようにした。こうすることで、5mAの電流がどの程度の時間流れたかにより、Agイオン濃度を決定することができるようになった。Agイオン濃度の測定は、日立製原子吸光度Z−5010で評価した。この設定では5分で1200ppb、10分で2000ppbのAgイオン水が得られた。もちろん、電圧、電流の設定値を変えることで、作製するAgイオン含有液の濃度、作製に要する時間は制御できる。
【0056】
実施例3
図5に示すような装置を用いて、先ず純水300mLを金属イオン担持容器に導入し、電気分解することにより50ppbの銀イオン含有液を得た。多孔質担体として、珪藻土セラミックス内に吸水性ポリマーを担持したものを多孔質担体として利用した。この多孔質担体は、昭和化学工業株式会社より入手した。この多孔質担体1gを、電気分解の後に金属イオン担持容器に導入し、室温で60分間放置した。得られたAgイオン担持多孔質担体を溶菌酵素担持容器へ移し、余分な金属イオン含有液はドレインコックから除去した。その後、実施例1で用いたのと同じキチン溶液を塗布した後、さらに、溶菌酵素溶液として、14.4kU/μLのリゾチーム溶液を10mL滴下した。30分後、過剰のリゾチーム溶液を除去した。
【0057】
得られた抗菌剤を50mLの水道水とともに噴霧装置へ移し、0.2MPaの圧力空気を用いてSi基板上に噴霧したところ、8cmφの範囲で珪藻土セラミックスの数が106個/cm2で均一に噴霧されている様子が走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察で明らかとなった。
【0058】
上記の抗菌剤の抗菌効果を調べる為、栄養分のない寒天培地(直径90mmのシャーレ)上に接種された105CFU/mLのクロカワカビに、この抗菌剤1mL(銀50μg/Lに相当)を吹き付けて37℃で培養したところ、7.5時間後に102CFU/mLまで菌数が減少していた。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明により、人体にとって安全性の高いAgイオンを応用した抗菌剤が開発され、さらに多孔質担体にAgイオンおよび溶菌酵素を担持させることで、特にカビに代表される真核生物への抗菌効果を、Agイオン濃度を高めることなく発揮することができる技術が開発される。このような抗菌剤は、直接塗布する以外に、噴霧することも可能であり、またAgイオンの濃度は常に制御された濃度で生成されて、それぞれの目的、菌種に応じたAgイオン水を無駄なく効率的に生成することが可能となり、人間や自然界にとってより安全な形での生活空間を提供することを可能とした装置・システムの提案が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】多孔質担体にAgイオン含有液を担持させる形態の模式図である。
【図2】Agイオン含有液、キチン膜、溶菌酵素を担持させた多孔質担体の模式図である。
【図3】本発明の抗菌剤を噴霧することができる噴霧装置の一形態の模式図である。
【図4】一定濃度のAgイオン含有液を製造するための仕組みを示す図である。
【図5】本発明の抗菌剤を製造して噴霧できる装置の概略図を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
1 多孔質担体
2 Agプレート
3 電流計
4 定電圧電源
5 金属担持容器(槽)
6 抗菌剤
7 キチンフィルム
8 溶菌酵素
9 噴霧装置
10 フィードバック機構
11 多孔質担体導入口
12 液体導入口
13 コック
14 バルブ
15 溶菌酵素担持容器(槽)
16 ドレインコック
17 キチン溶液
18 輸送コック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させてなることを特徴とする抗菌剤。
【請求項2】
多孔質担体が、セラミックス、高分子もしくは生体由来材料またはこれらの複合体からなる多孔質担体である請求項1に記載の抗菌剤。
【請求項3】
抗菌作用を呈する金属が、銀、銅および亜鉛から選択される1種以上の金属である請求項1または2に記載の抗菌剤。
【請求項4】
噴霧用に適用される請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗菌剤。
【請求項5】
多孔質担体に抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物と溶菌酵素とを担持させることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗菌剤の製造方法。
【請求項6】
多孔質担体への抗菌作用を呈する金属のイオンまたは化合物の担持が、該金属の化合物を含有する液の電気分解により行われる請求項5に記載の抗菌剤の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−131593(P2007−131593A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−327750(P2005−327750)
【出願日】平成17年11月11日(2005.11.11)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】