説明

金属の成形方法および成形用金型

【課題】金属の成形方法および成形用金型において、20K以上のガラス遷移領域を有するZr基合金の非晶質合金を成形する場合に成形用金型の劣化を抑制し成形用金型の耐久性を向上することができるようにする。
【解決手段】溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜6を有する金型3を用いて、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金となるZr基合金の金属材料の溶湯を、金型3内に充填することにより金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して固化させ非晶質合金の成形品を形成することを特徴とする金属の成形方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の成形方法および成形用金型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、20K以上のガラス遷移領域を有し金属ガラスとも称される非晶質合金の金属材料の溶湯を成形用金型に充填し、この金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却することにより成形を行う金属の成形方法が知られている。このような金属ガラスとなる金属材料は一般に融点が高いため、溶湯も高温となる。例えば、Zr基合金を用いた成形では、Zr基合金の組成にもよるが、溶湯の温度は約1000℃以上にする必要がある。
このような成形に用いる成形用金型は、熱衝撃を繰り返し受けるため、熱による劣化が進みやすい。
また、金属ガラスは、転写性が良好であるため、成形用金型に密着しやすく、離型性が悪くなる場合がある。この結果、金属ガラスが成形用金型に焼き付いたり、張り付いたりする場合がある。
このように、成形用金型の保護、離型性の向上のため、成形用金型において溶湯と接触する表面には種々の薄膜がコーティングされることが多い。例えば、特許文献1には、種々の金属ガラスによってフェルールを成形するための中子部材において、離型性を向上するため、TiN、CrN、Si、BN等をコーティングしたり、Al、Cu、Pb、Zn、MoS等の被膜を形成したりする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−1130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような従来の金属の成形方法には、以下のような問題があった。
特許文献1に記載の技術は、交換が容易かつ安価であるため低寿命でもよい中子部材の離型性を改善する技術であり、いずれのコーティング膜も成形の繰り返しによって劣化が進んでいくことは避けられない。このため、高価な金型本体の寿命をさらに向上できるコーティング技術が強く求められている。
また、特許文献1には、金属ガラスのうち、Zr基合金に特に好適となるコーティング技術については何ら開示されていない。
【0005】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、20K以上のガラス遷移領域を有するZr基合金の非晶質合金を成形する場合に成形用金型の劣化を抑制し成形用金型の耐久性を向上することができる金属の成形方法および成形用金型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の金属の成形方法は、溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi(チタン)単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜層を有する成形用金型を用いて、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金となるZr(ジルコニウム)基合金の金属材料の溶湯を、前記成形用金型内に充填することにより前記金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して固化させ前記非晶質合金の成形品を形成する方法とする。
【0007】
また、本発明においては、前記薄膜層は、少なくとも表面が、前記Zr基合金の金属材料が結晶化する場合の結晶構造と異なる結晶構造またはアモルファス構造になっていることが好ましい。
【0008】
また、本発明においては、前記Ti化合物は、TiN、TiAlN、TiO、TiC、およびTiAlSiCONのうちから選ばれた1以上の化合物から構成されることが好ましい。
【0009】
また、本発明においては、前記成形用金型を回転させた状態として、前記成形用金型内に前記溶湯を導入し、遠心力により前記成形用金型内に充填して前記成形品を形成することが好ましい。
【0010】
本発明の成形用金型は、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金となるZr基合金の金属材料の溶湯を充填して、前記非晶質合金の成形品を形成する成形用金型であって、溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜層を有する構成とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金属の成形方法および成形用金型によれば、溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜層を有する成形用金型を用いるため、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金を成形する場合に、成形用金型の劣化を抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形システムの模式的なシステム構成図である。
【図2】本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形用金型の模式的な断面図である。
【図3】本発明の実施形態に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態に係る金属の成形方法について説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形システムの模式的なシステム構成図である。図2は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形用金型の模式的な断面図である。
【0014】
まず、本実施形態の金属の成形方法に用いる成形システムについて説明する。
本実施形態に用いる成形システム1は、遠心鋳造法により、溶湯Mを臨界冷却速度以上の冷却速度で急冷して固化させ、20K以上のガラス遷移領域を有するZr基合金の非晶質合金の成形品を形成するものである。
本明細書の「Zr基合金」とは、合金の組成(atm%)において、Zrの組成が最も大きい合金、すなわち合金の主成分がZrである合金を意味する。
【0015】
金属ガラスとは、非晶質合金のうち昇温時にガラス転移点が明瞭に観察されるもので、ガラス転移点から結晶化温度までの間の過冷却液体領域の温度幅、すなわちガラス遷移領域が20K以上ある合金のことである。
金属ガラスは、一定組成を有する金属の母材料を溶融して、母材料合金の溶湯を形成し、この溶湯を母材料合金の臨界冷却速度以上の冷却速度で母材料合金のガラス転移点以下に冷却して非晶質化することにより形成される。
Zr基合金の金属ガラスの具体例としては、例えば、組成(atm%)が、Zr65Al17.5Cu27.5、Zr55Al10Cu30Niなどの例を挙げることができる。これらの非晶質合金材料は、Zrを主成分とするため、成形転写性に優れ複雑形状の成形が容易である。また、ニッケル(Ni)を添加している例では耐薬品性にも優れる。
なお、上記に例示したZr基合金は、結晶化した場合にはいずれも体心立方構造(bcc)をとることが知られている。
この他のZr基合金の結晶構造は、具体的な組成によっても異なるが、主なものとしては、Zr結晶の六方最密構造(hpc)、ZrNi結晶の面心立方構造(fcc)を挙げることができる。
【0016】
成形システム1の概略構成は、図1に示すように、金型3(成形用金型)と、金型3を回転するモータ7と、内部を真空状態または不活性ガスが注入された低圧雰囲気に調整可能なチャンバー2と、高周波加熱コイル9と、高周波電源10と、ロータリポンプ12と、ターボポンプ13と、不活性ガス供給部11とを備える。
このうち、金型3および高周波加熱コイル9はチャンバー2の内部に配置され、モータ7、高周波電源10、不活性ガス供給部11、ロータリポンプ12、およびターボポンプ13は、チャンバー2の外部に配置されている。
なお、図示は省略するが、成形システム1は、従来の高周波加熱を用いた遠心鋳造法と同様に、高周波加熱コイル9の内側に形成される溶湯Mの温度測定手段、例えば、放射温度計等を備えている。
【0017】
金型3は、図2に示すように、金型ホルダ4の内部に、溶湯を冷却固化させて成形品を形成する金型本体5を着脱可能に収容した部材である。特に図示しないが、金型ホルダ4の平面視形状は円形とされている。
また金型3の底部の中心には、図1に示すように、チャンバー2の底部の外側にシール8を介して固定されたモータ7の回転軸7aの上端部が着脱可能に連結されている。これにより、モータ7を回転させることによって、金型3をその中心軸回りに回転できるようになっている。
【0018】
金型ホルダ4の上面の中心部には、図2に示すように、後述する高周波加熱コイル9によって形成された溶湯Mを金型3の内部に導入する開口である溶湯導入口4aが形成されている。
溶湯導入口4aの下方には、金型ホルダ4の中心軸に沿って鉛直方向に延ばされてから金型ホルダ4の径方向に沿う水平方向に延ばされたL字状の穴部からなる溶湯受け部4bが設けられている。
溶湯受け部4bの径方向の端部には、金型本体5を着脱可能に収容する金型本体保持部4eが設けられている。
【0019】
金型本体5は、成形品の形状を転写する成形面5cに囲まれた穴部であるキャビティ5dを内部に備え、金型本体保持部4eに収容されたときに、溶湯受け部4bの径方向の先端部に面する金型本体側面5bにキャビティ5dと水平方向に連通する溶湯注入孔5aが設けられたブロック状部材である。
なお、図2は模式図のため、金型ホルダ4および金型本体5がそれぞれ一部材で構成しているように描いているが、キャビティ5d内で固化した成形品を脱型するため、複数の金型部材に分割できるようになっている。
【0020】
金型3の材質としては、溶湯Mをその金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却できる熱伝導率および熱容量を有する適宜の金属材料を採用することができる。例えば、SKD61、SUS420、超硬合金(WC)などの金属材料を採用することができる。他の金属材料としては、硬度と耐熱性に優れるステンレス鋼、金型鋼、工具鋼、耐熱鋼などを採用することができる。具体的には、クロム合金ステンレス工具鋼であるSTAVAX(登録商標)や温熱間鍛造型用鋼YXR33(商品名;日立金属(株)製)などの例を挙げることができる。
また、金型3において、溶湯Mが接触する可能性のある部位の少なくとも一部には、成形品の離型性を向上し金型3の表面を保護するための薄膜6(薄膜層)が成膜されている。薄膜6は溶湯Mが触れる型表面のうち、少なくとも型の劣化を回避したい部位に設ければよく、例えば、成形面全体、あるいは成形面のうち特に劣化しやすい部分に設けることができる。また、成形面以外の溶湯Mと接触する部位にも適宜設けることができる。本実施形態では、薄膜6は、金型ホルダ4では、溶湯受け部4bにおける受け部内壁面4c、および受け部底面4dに形成されている。また、金型本体5では、溶湯受け部4bに臨む金型本体側面5b、溶湯注入孔5a、および成形面5cに成膜されている。
【0021】
薄膜6を構成する材料としては、Ti単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体を採用することができる。
Ti化合物としては、TiN、TiAlN、TiO、TiC、およびTiAlSiCONのうちから選ばれた1以上の化合物から構成されることが好ましい。ただし、Ti化合物は、これらに限定されるものではなく、例えば、TiCNなどの他のTi化合物も好適である。
なお、TiNは高温で酸化されやすい性質があるが、後述するように本実施形態の成形方法では、Zr基合金の金属ガラスの鋳造は高真空またはArなどの不活性雰囲気で行うため、TiNも好適である。
【0022】
Ti元素は、Zr元素と同じ第4族元素であって化学的な性質が似ているため、Ti単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜6は、Zr基合金の成形ではZr基合金中のZrと反応性して劣化が進行しやすいと予想されるが、本発明者が種々実験したところ、このような予想に反し、種々の金属ガラスのうちでも特にZr基合金に対して離型性が良好となり、成形用金型の劣化が抑制されることを見出した。
【0023】
Zrは、Zr単体で結晶金属を構成するだけでなく、Cu、Ni、Sb(アンチモン)などと反応してZrCu、ZrNi、ZrSb、などの金属間化合物を形成する性質がある。また、他には、Mn(マンガン)、Cr(クロム)、Bi(ビスマス)、Fe(鉄)、Alなどとも同様に反応する。
一方、TiとZrにはそのような性質が少なく、互いに反応しないだけでなく、溶融したZrのZr原子がTi化合物の中に拡散していくような拡散現象も見られないことが判った。
このように、Zrは、上記Cu等の他の金属原子に比べてTiとの反応性が低いため、Zr基合金の溶湯Mにおいても、Ti単体やTi化合物との反応性が低くなると考えられる。
【0024】
また、本発明者は、同様の実験において成形用金型の保護膜として、薄膜6以外の構成も種々組み合わせたところ、金属ガラスとして成形された成形品の非晶質性の良否が、保護膜の結晶構造と密接に関係していることを見出した。
すなわち、保護膜の結晶構造がZr基合金の金属材料が結晶化する場合の結晶構造と同じであると、保護膜と接触した金属材料に結晶化が誘発され、成形品の表面の一部が結晶化してしまう。このため、非晶質合金としての金属ガラスの高硬度、耐腐食性といった特性が結晶化した部分では失われることになる。
そこで、薄膜6は、上記材料であって、少なくとも表面が、Zr基合金の金属材料が結晶化する場合の結晶構造と異なる結晶構造またはアモルファス構造になっていることが好ましい。
【0025】
例えば、Ti単体の結晶構造は、常温常圧で六方最密構造であるが、882℃以上で体心立方構造に変わる。
TiN、TiAlN、TiC、TiCN、およびTiAlSiCONの結晶構造は、面心立方構造をとることができる。
また、TiNの結晶構造は、正方晶系のε−TiNと立方晶系のδ−TiNとを、適宜成膜方法により選択できる。
TiOの結晶構造は、正方晶系のルチル型あるいはアナターゼ型を成膜条件によって選択できる。
また、いずれのTi化合物も、例えばスパッタリングなどによって薄膜6を形成することにより、アモルファス構造とすることが可能である。
【0026】
薄膜6の成膜方法は、薄膜6の材質や目標とする結晶構造に応じて適宜の成膜方法を採用することができる。例えば、化学気相成長(CVD)、物理気相成長(PVD)などを採用することができる。CVDによれば、成膜条件によって特定の結晶構造を実現できる。また、PVDによれば、アモルファス構造を実現できる。
薄膜6の膜厚は、材質に応じた耐久性を考慮して適宜厚さに設定することができる。例えば、0.5μm〜50μmとすることが好ましく、1μm〜6μmとすることがより好ましい。
このような膜厚範囲は、例えば、内視鏡先枠等の精密機械部品に要求される寸法許容誤差としての代表的な例である±0.03mm(30μm)に比べて充分薄くなっている。したがって、このような精密機械部品を成形する場合には、成形面5cを加工する際、薄膜6による形状変化を考慮することなく加工することができるため、金型本体5の製造が容易になる。
また、薄膜6の膜厚をこのように薄くできるため熱抵抗を低減することができる。このため、溶湯Mの冷却が阻害されにくくなり、金属ガラスの鋳造成形に特に好適である。
また、薄膜6の膜厚が厚くなりすぎると、熱膨張による膜応力の影響によって、耐久性が悪化するため、上記のように50μmを超えないことが好ましい。
一方、TiおよびTi化合物の系の薄膜は、硬度が高いために、基材の変形への追従性がやや悪いことや膜応力が大きくなることが想定される。従って、膜厚が薄すぎる場合には膜のクラックが発生しやすいことが懸念されるため、膜厚は0.5μmを下回らないことが好ましい。
【0027】
高周波加熱コイル9は、図1に示すように、遠心鋳造を行うための金属材料を電磁誘導加熱して溶湯Mを得るためのもので、例えば水などの冷媒を通す冷媒流路が内部に設けられた金属管によって形成されたコイルである。本実施形態では、溶湯Mを誘導浮遊させるため、上半部と下半部とでは巻き方向が反対とされ、巻き径がそれぞれ上端と下端とに向かうにつれて縮径された構造を備える。
また、高周波加熱コイル9の上端および下端からそれぞれ延ばされた金属管9a、9bは、チャンバー2の外部に導かれ、図示略の冷媒供給管路に接続されるとともに、高周波電源10と電気的に接続されている。
高周波加熱コイル9は、金型3の中心部の上方において、高周波加熱コイル9の下端側の開口の中心が金型3における溶湯導入口4aの中心を通る鉛直軸上に位置するように配置されている。
【0028】
ロータリポンプ12は、チャンバー2内の雰囲気を粗引きして、例えば、10Pa程度の真空度に減圧するための真空ポンプであり、吸引管路14を介してチャンバー2に連結されている。
ターボポンプ13は、チャンバー2をロータリポンプ12によって減圧した後、チャンバー2内の雰囲気を本引きして、例えば、1.0×10−2Pa〜1.0×10−4Pa程度の真空度に減圧するためのターボ分子ポンプからなる真空ポンプである。ターボポンプ13は、チャンバー2とロータリポンプ12との間に設けられた吸引管路15の中間部に設けられている。
【0029】
不活性ガス供給部11は、ターボポンプ13によってチャンバー2の真空度が高められた後に、例えば、アルゴン(Ar)、窒素(N)などの不活性ガスをチャンバー2内に供給するもので、ガス供給管路16を介して、チャンバー2に接続されている。
【0030】
次に、本実施形態の金属の成形方法について説明する。
図3は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【0031】
本実施形態の金属の成形方法は、薄膜6を溶湯Mと触れる表面の少なくとも一部に有する金型3を用いて溶湯Mを固化させて、金属ガラスの成形品を成形する方法である。
溶湯Mを固化させる手段は、溶湯Mが金属ガラスとなるように、溶湯Mの金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して固化させることができれば特に限定されず、従来の金属ガラスの成形方法と同様な適宜の手段を採用することができる。
本実施形態では、成形システム1を用いて遠心鋳造法によって固化させる場合の例で説明する。
本実施形態の金属の成形方法は、図3に示すように、金型設置工程S1、真空置換工程S2、成形工程S3、および成形品取り出し工程S4を行う方法である。
【0032】
金型設置工程S1は、金型3をチャンバー2の内部に設置する工程である。本工程では、金型ホルダ4に金型本体5を収容して金型3を組み立て、大気開放したチャンバー2内で回転軸7aの上端部に固定する。
【0033】
次に、真空置換工程S2を行う。本工程は、金型3の置かれたチャンバー2内の雰囲気を真空置換する工程である。ここで真空置換するとは、チャンバー2内の雰囲気を排気して、圧力が0.1Pa以下、より好ましくは1.0×10−3Pa以下の高真空の雰囲気を形成する置換、または、同様の高真空の雰囲気を形成した後に不活性ガスを導入して不活性ガス雰囲気を形成することを意味する。
本実施形態では、まず、ロータリポンプ12によって、チャンバー2内の雰囲気を粗引きし、チャンバー2内の真空度が10Pa程度となるように減圧する。次に、この状態からさらにターボポンプ13を駆動して、本引きを行い、チャンバー2内の真空度を高める。本実施形態では、真空度が1.0×10−3Paとなるように減圧する。
このように真空置換を行うことにより、チャンバー2内に残留する酸素量がきわめて少なくなる。また、溶湯受け部4bやキャビティ5dは、チャンバー2と連通しているため、溶湯受け部4bやキャビティ5d内の酸素濃度も同様なレベルに低減される。
【0034】
次に、本実施形態では、不活性ガス供給部11から純度99.9999%のArガスをチャンバー2内に供給し、チャンバー2内に大気圧程度のArガス雰囲気を形成する。
このようにチャンバー2内に高真空の雰囲気を形成してから、さらに純度のArガス置換を行うことにより、単に大気圧に近い圧力を保った状態でArガスをチャンバー2内に供給してArガス置換を行う場合に比べて、チャンバー2内に残留する酸素濃度を格段に低減することができる。
【0035】
次に、成形工程S3を行う。本工程は、遠心鋳造法によって、金属ガラスの成形を行う工程である。
まず、高周波加熱コイル9の内側に成形に必要な量の金属材料を配置し、高周波加熱コイル9に冷媒を流して高周波加熱コイル9を冷却しつつ、高周波加熱コイル9に高周波電流を通電する。
これにより、高周波加熱コイル9の周囲に磁界が発生し、金属材料が誘導加熱され、溶湯Mが形成される。
高周波加熱コイル9は、上半部と下半部とでコイル巻き方向が反対であるため、上半部と下半部とでそれぞれ反対方向の磁界が発生し、溶湯Mは、これらの磁界から斥力を受けて、高周波加熱コイル9の内側に誘導浮遊される。
【0036】
一方、操作者は、溶湯Mが予め決められた成形開始温度に達する前に、予め決められた遠心鋳造を行う定常回転数に達するように、モータ7の回転を開始させておく。
次に操作者は、図示略の温度測定手段によって測定された溶湯Mの温度が成形開始温度に達した時点で、高周波加熱コイル9への高周波電流を遮断する。
これにより、高周波加熱コイル9による磁界が消失し、浮遊力を失った溶湯Mは自由落下する。
【0037】
溶湯Mは、高周波加熱コイル9の下端側のコイル内側を通り抜けて、鉛直下方の溶湯導入口4aから溶湯受け部4bの内部に落下する。
溶湯受け部4bに落下した溶湯Mは、遠心力によって径方向外側に付勢され溶湯受け部4b内を径方向外側に進んで、溶湯注入孔5aを通してキャビティ5d内に充填される。
この間、溶湯Mは、金型ホルダ4および金型本体5と接触して臨界冷却速度以上の冷却速度、例えば10K/s以上の冷却速度で冷却され、キャビティ5d内で成形面5cの形状に沿って固化する。
これにより、キャビティ5d内に、成形面5cの形状が転写された成形品が形成される。
以上で、成形工程S3が終了する。
【0038】
次に成形品取り出し工程S4を行う。本工程は、キャビティ5d内に形成された成形品を取り出す工程である。
まず、モータ7を停止し、チャンバー2を開放して金型3をチャンバー2の外部に取り出す。そして、金型3を分解するなどして、キャビティ5d内の成形品を脱型する。
本実施形態では、受け部内壁面4c、受け部底面4d、金型本体側面5b、溶湯注入孔5a、および成形面5cの表面には薄膜6が形成されているため、金型3への焼き付きなどが発生しにくい。このため、それぞれの位置で固化した金属片や成形品は容易に離型することができる。
以上で、成形システム1による遠心鋳造成形が終了する。
さらに成形を継続する場合には、脱型後の金型3を組み立てて、上記の各工程を繰り返す。
【0039】
薄膜6の結晶構造が、溶湯Mの金属材料が結晶化する場合の結晶構造と同じ場合、成形品の表面の一部に結晶化が誘発される場合があるが、表面の一部にとどまるため、バルク(かたまり)としては金属ガラスの性質を有する成形品が得られる。
成形品の使用用途によって、結晶化した部分を許容できない場合には、結晶化部分を切削加工などの2次加工を施すことによって除去すればよい。
ただし、薄膜6として、溶湯Mが結晶化するときの結晶構造と異なる結晶構造またはアモルファス構造のものを採用すれば、結晶化は誘発されず、このような2次加工は不要となる。例えば、Zr基合金が結晶化して体心立方構造となる場合に、これ以外の結晶構造、例えば、体心立方構造、ルチル形結晶構造、六方晶等や、アモルファス構造になっている薄膜6を採用することができる。
【0040】
次に、本実施形態の金属の成形方法を具体的な実施例に基づいて説明する。
[実施例1]
実施例1では、金型3の材質としてSKD61を採用した。薄膜6としては、プラズマCVDによりTiAlN膜を成膜した。
ただし、TiAlN膜は基材であるSKD61との密着性があまりよくないため、下地層としてTiN膜を設けた。TiAlN膜の膜厚は6μm、TiNは1μmとした。
薄膜6において、最表層となるTiAlN膜の結晶構造は、プラズマCVDの条件を適切に設定することで面心立方構造となるようにした。
このような金型3を用い、組成がZr65Al7.5Cu27.5のZr基合金を成形用の金属材料として、成形システム1により遠心鋳造を行った。
この結果、型への焼き付きの発生無く、鋳造を連続して実施することができた。
また、成形品の結晶性をXRD(X線回折装置)で分析したところ、結晶化は見られなかった。
【0041】
このように、Zrと反応性が低いTiによる化合物であるTiAlN膜を溶湯Mと接触する薄膜6の最表層に形成することにより、成形品の離型性が向上されるとともに、金型3の母材であるSKD61が保護され、焼き付きなどによって母材を損傷することなく連続して鋳造することができた。このため、本実施例のような成形方法によれば、金型3の耐久性を向上することができる。
また、本実施例では、Zr65Al7.5Cu27.5が結晶化する場合に体心立方構造になるのに対して、薄膜6の最表層のTiAlN膜が、面心立方構造であるため、体心立方構造のZrCuの結晶化を誘発しないという作用を備える。このため、成形品の結晶化が防止されたと考えられる。
【0042】
また、本実施例の薄膜6におけるTiAlN膜は、高硬度で緻密な保護膜であり、成膜対象の基材が柔らかい素材であると膜の剥離やクラックなどが発生しやすい。しかし本実施例では、金型3の母材として、十分に高い硬度を有する鋼材であるSKD61を採用しているため、このような基材の柔軟性に起因する薄膜6の経時劣化を抑制することができる。
【0043】
また、薄膜6に用いたTiAlN膜は、Tiを含んでいるためZr基合金の溶湯Mに対する濡れ性が小さいことが判明した。そして、この性質によって摩擦抵抗が小さくなり、鋳造時に溶湯Mとのすべり性が良好となるため、薄膜6での流動抵抗が小さくなることが分かった。
したがって、本実施例の構成は、遠心鋳造のような射出成形に比べると充填圧が低圧となる鋳造方法でも、金型3への充填性が良好となる。このため、薄肉部や複雑な形状を有する製品形状の成形品の成形方法として好適となっている。
【0044】
なお、本実施例では、一例として、TiAlN膜の膜厚を6μmとしたが、膜厚はさらに厚くすることも可能である。膜厚を増やせば、薄膜6の表面の劣化が進行しても損傷が下地に到達するまでにより多くの時間がかかるため、金型3の耐久ショット数を向上することができる。
【0045】
[実施例2]
実施例2では、金型3の材質としてSUS420を採用した。薄膜6としては、CVDによりTiO膜を製膜した。薄膜6の結晶構造は主としてルチル型構造となるようにした。TiO膜の膜厚は、1μmとした。
このような金型3を用い、組成がZr55Al10Cu30NiのZr基合金を成形用の金属材料として、成形システム1により遠心鋳造を行った。
この結果、型への焼き付きの発生無く、鋳造を連続して実施することができた。
また、成形品の結晶性をXRDで分析したところ、結晶化は見られなかった。
【0046】
このように、Zrと反応性が低いTiによる化合物であるTiO膜を溶湯Mと接触する薄膜6とすることにより、成形品の離型性が向上されるとともに、金型3の母材であるSUS420が保護され、焼き付きなどによって母材を損傷することなく連続して鋳造することができた。このため、本実施例のような成形方法によれば、金型3の耐久性を向上することができる。
また、本実施例では、Zr55Al10Cu30Niが結晶化する場合に、ZrNi結晶の面心立方構造になるのに対して、薄膜6のTiO膜が、正方晶系のルチル型構造であるため、面心立方構造のZrNiの結晶化を誘発しないという作用を備える。このため、成形品の結晶化が防止されたと考えられる。
【0047】
また、本実施例の薄膜6におけるTiO膜は、高硬度で緻密な保護膜であり、成膜対象の基材が柔らかい素材であると膜の剥離やクラックなどが発生しやすい。しかし本実施例では、金型3の母材として、十分に高い硬度を有する鋼材であるSUS420を採用しているため、このような基材の柔軟性に起因する薄膜6の経時劣化を抑制することができる。
【0048】
また、薄膜6に用いたTiO膜は、Tiを含んでいるためZr基合金の溶湯Mに対する濡れ性が小さいことは、上記実施例1のTiAlN膜と同様である。したがって、本実施例でも、遠心鋳造のような射出成形に比べると充填圧が低圧となる鋳造方法でも、金型3への充填性が良好となり、薄肉部や複雑な形状を有する製品形状の成形品の成形方法として好適となっている。
【0049】
[実施例3〜5]
次に、下記表1に基づいて、上記実施例1、2以外の実施例3〜5の結果と、比較例1〜3の結果について簡単に説明する。
【0050】
【表1】

【0051】
表1において、「薄膜層」の材質は、薄膜6(比較例の場合は保護膜)の最表層の材質を示す。
また、「bcc」は体心立方構造、「fcc」は面心立方構造を表す。また、「ルチル型」は、ルチル型結晶構造、「アモルファス」はアモルファス構造の略である。
また「型耐久性」における評価は、金型3の寿命を良好な成形品を成形可能なショット数で評価した。「◎」は500ショット以上可能、「○」は100ショット以上500ショット未満、「△」は50ショット以上100ショット未満、「×」は50ショット未満を表す。
「非晶質性」における評価は、XRDを用いて行い、「◎」は非晶質性良好、「○」は実用可能レベル、「△」はごく表面に結晶化領域あり、「−」評価対象外、をそれぞれ表す。非晶質性の評価において、「◎」、「○」、「△」は、金属ガラスと認められる程度に非晶質化されていることを表す。全体的に結晶化しているため金属ガラスとは認められないレベルは、これらの実施例、比較例には見られなかった。
なお、比較例3は、型耐久性が著しく悪いため非晶質性は評価していない。
【0052】
実施例3は、実施例1の金型3を用いて、実施例2のZr基合金を成形した場合の例である。
実施例4は、TiNをスパッタリングした薄膜層(膜厚5μm)を最表層に有する薄膜6を成膜した金型3を用いて、実施例1のZr基合金を成形した場合の例である。TiNは、スパッタリングによりアモルファス構造になっている。
実施例5は、CVDによってTi単体とTiNとの混合膜からなる薄膜層(膜厚5μm)を最表層に有する薄膜6を成膜した金型3を用いて、実施例1のZr基合金を成形した場合の例である。TiNは体心立方構造であり、Ti単体は、Zr基合金の成形時に体心立方構造になっている。
なお、いずれも金型3の材質は、SKD61である。
【0053】
比較例1は、金型3と同形状の金型にAlNをスパッタリングして保護膜の最表層(膜厚5μm)を形成し、実施例2のZr基合金を成形した場合の例である。AlNは、六方晶になっている。
比較例2は、プラズマCVDを用いて、金型3と同形状の金型にSiCによる保護膜の最表層(膜厚5μm)を形成し、実施例2のZr基合金を成形した場合の例である。SiCは、面心立方構造になっている。
なお、いずれも金型3の材質は、SKD61である。
比較例3は、金型3と同形状のSKD61製の金型を用い、成形面に保護膜を設けることなく、表面窒化処理のみを施して、実施例2のZr基合金を成形した場合の例である。
【0054】
表1に示すように、実施例1〜5では、型耐久性の評価が◎になったのに対して、比較例1〜3の評価は、それぞれ、×、△、×となり、薄膜6の最表層にTi単体またはTi化合物を含むことによって、耐久性が向上できていることが分かる。
また、非晶質性の評価に関しては、実施例1〜4では◎、比較例1、2では○であるのに対して、実施例5では△であった。これは、実施例1〜3、比較例1、2では、薄膜6または保護膜の最表層の材質が、成形に用いる金属材料の結晶化時の結晶構造に対して異なる結晶構造を有しているのに対し、実施例5の薄膜6が、成形に用いる金属材料の結晶化時の結晶構造と同じ体心立方構造を有しているためと考えられる。また、実施例4の結果によれば、薄膜6の最表層が、結晶構造を有しないアモルファス構造であっても、異なる結晶構造を有する場合と同様の効果を備えることが分かる。
【0055】
このように本実施形態の金属の成形方法および成形用金型によれば、成形用金型として薄膜6を有する金型3を用いるため、20K以上のガラス遷移領域を有するZr基合金の非晶質合金を成形する場合に成形用金型の劣化を抑制し成形用金型の耐久性を向上することができる。
【0056】
なお、上記の実施形態の説明では、金型設置工程S1と成形工程S3との間に、真空置換工程S2を設けた場合の例で説明した。しかし成形工程S3を開始する際のチャンバー2内の雰囲気は、溶湯Mの熱による溶湯M、薄膜6、および金型3の酸化によって、成形品、薄膜6、および金型3の劣化が起こらない程度の真空雰囲気または不活性ガス雰囲気が形成されていればよい。このため、溶湯M、薄膜6、および金型3の材質や成形温度によっては、より低い真空度(圧力が高い)の真空雰囲気や、大気圧もしくは低い真空度において不活性ガス置換を行った不活性ガス雰囲気とすることができる。
【0057】
また、上記の実施形態の説明では、遠心鋳造法を採用した場合の例で説明したが、遠心鋳造法に限定されるものではない。例えば、キャビティ5dの形状が簡素な場合など低圧でもキャビティ5d内に充填可能な場合には、重力鋳造法を採用することができる。
また、充填圧に対する薄膜6の寿命が許容できる場合には、射出成形法を採用することができる。
【0058】
また、上記の実施形態の説明では、溶湯Mの金属材料がZr基合金である場合の例で説明したが、溶湯Mの形成時にZr基合金が形成されればよいため、Zr基合金を形成する個々の金属材料の粒状体等を混合した材料を溶融して溶湯Mを形成してもよい。
【0059】
また、上記の実施形態の説明では、高周波加熱コイル9によって誘導浮遊加熱することにより溶湯Mを形成する場合の例で説明したが、誘導浮遊させることなく高周波加熱してもよいし、高周波加熱以外の加熱源によって溶湯Mを形成してもよい。
【0060】
また、上記実施形態に説明したすべての構成要素は、本発明の技術的思想の範囲で適宜組み合わせたり削除したりして実施することができる。
【符号の説明】
【0061】
1 成形システム
2 チャンバー
3 金型(成形用金型)
4 金型ホルダ
4b 溶湯受け部
4c 受け部内壁面
4d 受け部底面
5 金型本体
5a 溶湯注入孔
5b 金型本体側面
5c 成形面
5d キャビティ
6 薄膜(薄膜層)
9 高周波加熱コイル
M 溶湯
11 不活性ガス供給部
S1 金型設置工程
S2 真空置換工程
S3 成形工程
S4 成形品取り出し工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi(チタン)単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜層を有する成形用金型を用いて、
20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金となるZr(ジルコニウム)基合金の金属材料の溶湯を、前記成形用金型内に充填することにより前記金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却して固化させ前記非晶質合金の成形品を形成する
ことを特徴とする金属の成形方法。
【請求項2】
前記薄膜層は、少なくとも表面が、前記Zr基合金の金属材料が結晶化する場合の結晶構造と異なる結晶構造またはアモルファス構造になっている
ことを特徴とする請求項1に記載の金属の成形方法。
【請求項3】
前記Ti化合物は、TiN、TiAlN、TiO、TiC、およびTiAlSiCONのうちから選ばれた1以上の化合物から構成される
ことを特徴とする請求項1または2に記載の金属の成形方法。
【請求項4】
前記成形用金型を回転させた状態として、前記成形用金型内に前記溶湯を導入し、遠心力により前記成形用金型内に充填して前記成形品を形成する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の金属の成形方法。
【請求項5】
20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金となるZr(ジルコニウム)基合金の金属材料の溶湯を充填して、前記非晶質合金の成形品を形成する成形用金型であって、
溶湯と触れる表面の少なくとも一部にTi(チタン)単体、Ti化合物、またはTi単体とTi化合物との混合体からなる薄膜層を有する
ことを特徴とする成形用金型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−166207(P2012−166207A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27245(P2011−27245)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】