説明

金属の腐食診断方法

【課題】 電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷状態を、感度よく、しかも信頼性が高く診断する方法を提供する。
【解決手段】 上記課題は、電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷を診断する方法において、金属被覆に発生した損傷の位置および面積を測定し、伝導体の電気抵抗率を測定し、これらの情報を元に電気的解析モデルを作成し、アノード電極および金属表面の電位ならびに電流密度の解析を行うことを特徴とする金属の腐食診断方法によって解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広くは電気防食された金属の腐食診断方法に関し、特に、電気抵抗率が大きく異なる土壌、コンクリート、モルタルなどに囲まれ電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷を診断する金属の腐食診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気防食が適用される環境として、周囲が電気を通す媒体(淡水や海水、水溶液、土壌、コンクリート、モルタルなど)であることが必要である。電気防食には、外部電源を用いて電圧や電流を制御しながら防食電流を流す外部電源方式と、防食対象とする金属よりも電位が卑な金属を電気的に接触させて電気を流す犠牲陽極方式の2種類がある。
【0003】
電気防食状態を診断するためには、防食対象の金属の電位や流入する電流密度が基準(例えば、電位が−850mV vs.CSE(飽和硫酸銅電極)より卑、電流密度が10μA/cm以上など)を満足する必要があり、電位が基準よりも貴になったり、電流密度が不足したりした場合には金属が腐食することが考えられる。
【0004】
電気防食された金属は、防食電流を低減させるために防食被覆で覆われることがある。防食電流は金属が露出した部分に集中して流れる特性があり、一方、防食被覆には、初期欠陥以外に、経年劣化により部分的に剥離することがある。そのため、防食電流を過度に流すことによって発生した水酸化物イオンや水素の気泡により被覆が剥離する陰極剥離という現象により被覆が損傷を受けることがあった。
【0005】
特に、場所により電気抵抗率が大きく異なる土壌やコンクリート、モルタルなどの伝導体に囲まれた金属について、これら伝導体中の被覆された金属の欠陥部が腐食しているか否かを確認することが困難であり、伝導体の外観からは損傷の位置や大きさを判別することができなかった。
【0006】
電位の解析方法については、有限要素法(FEM)、境界要素法(BEM),差分法などの手法を用いてアノード電極とカソード電極(防食対象の金属)の電位解析が行われており、外部電源を用いた電位解析については、アノード電極の電位を防食対象となる鉄より卑にして解析した結果が非特許文献1に開示されている。これらの電位解析は、アノード電極の最適配置など、将来建設する場合の設計に応用されていた。
【0007】
埋設されていた鋼管の被覆損傷の診断方法として、埋設鋼管に信号を流し、コイルで磁界を測定する磁界法と、損傷に流入する電流により形成される地表面電位勾配を測定する電位差法がある。しかし、これらは、金属被覆の損傷位置や損傷面積の情報であるため、対象となる金属の腐食状態を診断することができなかった。従来、金属被覆に損傷があることがわかれば、当初の設計と現状を比較して電気防食状態に影響があるか否かを判断したり、実際に金属を伝導体から取り出して露出させ、金属に腐食が生じているか否かを調査したりして、異常のあった場所近傍にセンサを設置し、センサの値から損傷部分の腐食状態を推定せざるを得なかった。
【0008】
この他、腐食診断を行う方法としては、対象となる箇所の近傍に照合電極を設置し、対象となる金属のインスタントOFF電位(通電を一時的に遮断した直後の電位)を測定し、OFF電位が防食条件(−850mV vs.CSE)より卑であった場合や、通電時の電位(ON電位)と通電を遮断した時の電位(OFF電位)との差がある一定以上の値であった場合から腐食状態を判断することができる。しかし、実際のビルやコンクリート橋、埋設鋼構造物ではアノード電極と防食対象となる金属と切り離すことが難しく、対象となる金属の腐食状態の診断が困難であった。そのため、防食対象となる金属と同種の金属の小片を対象物と電気的に接続させ、その小片との接続を一時的に遮断することで小片のインスタントOFF電位を測定したり、小片のON電位とOFF電位との差を計測したりすることにより実際の対象物の腐食状態を診断していた。
【0009】
特許文献1には、形状データに必要となる埋設管の形状、埋設深さ及び塗覆装欠陥部の位置や面積を、現場で、設計図面やレーダー計測、あるいは他の市販の装置を用いて把握することが開示されている。
【0010】
また、非特許文献2には、電気抵抗率が均一で、被覆の欠陥が円や半球である場合には、電気の流れる箇所の抵抗を積分することによって、欠陥から離れた部分の電位を計算できることが記載されている。電気抵抗率が均一な場合には地表面で測定した電位から欠陥の有無や欠陥の面積を推測することができるものの、土壌は各地点により電気抵抗率が異なるため、欠陥の周囲の抵抗(接地抵抗)を単純な積分により求めることが困難であった。
【0011】
非特許文献3には、土壌の電気抵抗率は数Ωcm〜10,000Ωcmの範囲であり、非常に差が大きく、正確な計算を行うためには土壌の電気抵抗率を把握しなければならないことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−207279号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】都市土木技研年報、p.149−156(1992)
【非特許文献2】防食技術、Vol.23、p.347−353(1974)
【非特許文献3】電食・土壌腐食ハンドブック、コロナ社、p.31(1977)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以上の点から現在電気防食が施された金属の腐食診断方法では、金属の電位が防食条件を満足しているか否か、その信頼性に乏しい。また、金属の位置や大きさ、金属を覆う被覆に生じた損傷位置や損傷面積の情報だけでは金属の腐食状態を診断することが困難であった。
本発明は、電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷状態を、感度よく、しかも信頼性が高く診断する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討の結果、金属を覆う被覆に生じた損傷位置や損傷面積を求める際に強制的に電気を流し、そこで得られた電位勾配から電気抵抗率も同時に測定し、被覆の損傷部位の電位や流入する電流密度を計算することによって金属の腐食状態を診断する方法を考案した。
【0016】
本発明は、従って、電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷を診断する方法において、金属被覆に発生した損傷の位置および面積を測定し、伝導体の電気抵抗率を測定し、これらの情報を元に電気的解析モデルを作成し、アノード電極および金属表面の電位ならびに電流密度の解析を行うことを特徴とする金属の腐食診断方法と、前記金属被覆に発生した損傷の位置および面積の情報を得る手段と、伝導体の電気抵抗率の情報を得る手段とを同時に満たす手段として、金属被覆に強制的にM系列信号または交流電流を流すことを特徴とする上記の金属の腐食診断方法と、前記金属被覆に発生した損傷の位置および面積の情報を得る手段として、金属被覆に電位法または磁界法を用いて電流を流すことを特徴とする上記の金属の腐食診断方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷状態を、感度よく、かつ信頼性が高く診断することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】金属の腐食診断方法のフローチャートである。
【図2】土壌抵抗率を連続的に測定する装置の概略構成を示す図である。
【図3】土壌抵抗連続測定装置の右側面図である。
【図4】図3の通電用車輪電極とその周辺の詳細を示した正面図、右側面図および平面図である。
【図5】実施例における解析対象とするパイプラインおよび電位の測定箇所を概略的に示した図である。
【図6】各測定位置の詳細を説明する図である。
【図7】実施例1における土壌抵抗率の測定結果を示した図である。
【図8】シミュレーション解析に使用した対象物の境界条件である炭素鋼の分極曲線を示した図である。
【図9】シミュレーション解析に使用したアノード電極の分極曲線を示した図である。
【図10】実施例1および比較例1における電源からの距離に対する電位について、実測値と計算値を比較した図である。
【図11】実施例2における土壌抵抗率の測定結果を示した図である。
【図12】実施例2および比較例2における地表面電位の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
金属の電気防食は、防食対象とする金属に対してアノード電極を設け、アノード電極から金属に防食電流を流すことによって行うものであり、本発明の電気防食場のシミュレーション解析について以下に説明する。
【0020】
図1に、本発明における金属の腐食診断方法のフローチャートを示す。
本法は、電気防食を施している金属の実際の位置や寸法、および金属を覆う被覆の損傷の位置や損傷の面積を測定する手段と数値解析等のシミュレーションを共に使用することにより、従来、困難であった防食対象となる金属の腐食状態を診断する方法である。
【0021】
まず、事前に対象となる防食被覆に関するデータや情報を図面などから得る。次に、得られた情報を元に、電気防食場に対応する数値解析モデルを作成する。さらに、現地で測定した正確なデータや情報を元に修正し、これらの情報を数値解析モデルの境界条件に反映させ、計算条件を入力する。計算条件入力後、モデル部位の解を求める解析を実行し、診断を行うのである。
【0022】
診断の際に、防食対象となる金属だけでなくセンサの電位やセンサに流れる電流密度も得ることができるため、センサの電位やセンサに流れる電流密度から解析で得られた解が妥当なものかどうかを検証することが可能である。なお、周囲が電気を通す媒体が土壌である場合の診断の一例を示すと、炭素鋼(電位:−850mV vs.CSE)より電位が卑になっているか否か、あるいは、10μA/cm以上の電流密度を流すことができるか否かである。
【0023】
ところで、本発明に用いる数値解析モデルは実際の対象物を反映していることが重要であり、実際の構造物の状態を反映させるためには、対象となる金属の位置や大きさ、伝導体の厚さ、金属の被覆の損傷位置や損傷面積、各地点の電気抵抗率を正確に把握しておかなければならない。現地にて対象物に電気信号を流し、その応答から被覆の損傷を調査する方法もあるが、防食電流によって生じる電位差は小さく、地中を流れる他の構造物を対象とした防食電流や防食以外の電流(迷走電流とも呼ぶ)の影響を受け易い。そのため、防食電流とは異なる電源から電流を流したり、直流電流とは異なるM系列信号や交流電流、パルス波、方形波などを用いたりすることが必要である。磁界法や電位差法により埋設された鋼管の被覆損傷を探査する際に、防食被覆に強制的にM系列信号または交流電流を流すことによって、被覆の損傷位置や損傷面積のみならず、流す電気により生じる二点間の電位差と二点間を流れる電流、電極の形状・大きさなどから電気抵抗率を同時に測定することができる。通常は、電極間に電圧を印加し、流れる電流から電気抵抗率を計算するのであるが、磁界法や電位差法を測定する際に用いる測定用の電源を用いることにより、電源を使用することなく電気抵抗率を測定することができる。M系列信号は擬似ランダム信号の一種であり、特有のパターンと周期を有しており、±のパルスがランダムに配列された人工的なノイズ信号である。これによって、高感度な信号検出ができ、微小な損傷検知が可能となる。
【0024】
本発明の腐食診断方法においては、まず、伝導体の電気抵抗率を測定する。伝導体は、電気防食が施されている金属を取囲んでいる媒体であり、例えば、淡水や海水、水溶液、土壌、コンクリート、モルタルなどである。ここでは、土壌抵抗率の測定を例に示すが、他の伝導体にも適用できることはもとよりである。
【0025】
土壌抵抗率の測定方法はいくつか知られており、それらを利用できる。例えば、地表面に4つの電極を直線状に等間隔に差し込んで土壌抵抗率を直接測る方法がある。これは、各電極が等間隔(D)になるように並べ、外側の2つの接地棒電極間に直流電流を流して電流量(I)を測定し、内側の硫酸銅電極間の電位差(E)を測定すれば、土壌抵抗率ρは、ρ[Ωcm]=628D[m]xE[V]/I[A]で表される。一方、直流に代えて交流でも測定でき、その場合、分極の影響を考慮する必要がないので4つの電極全てを接地棒とすることができる。また、長さ約1mの6角鉄柱の先端に絶縁物で絶縁された鉄電極を設け、リード線を角柱内に通して鉄柱と鉄電極間の電位差を測定できるようにし、この鉄柱を土壌中に突刺して土壌抵抗率を測定する方法もある(「電食・土壌腐食ハンドブック」、コロナ社、1977年発行、p194―195)
【0026】
これらの方法は、測定箇所毎に電極を土壌に差し込んで行うので、本発明の腐食診断方法には不便で、実用的ではない。
一方、本発明者は、土壌抵抗率を連続的に測定できる装置を新たに考案した。この装置の概略構成を図2に、装置の具体的な図面を図3に示す。ここで、簡略化のため、等間隔D[m]だけ離れた地点に、a電極〜d電極が設置されているとする。a電極とb電極との間に電流I[A]を流した場合、土壌抵抗率をρ[Ωm]とすれば、a電極から距離r[m]だけ離れた地点における電位Φ[V]は次式で表される。
【数1】

従って、c電極とd電極との間の電位差ΔΦは、(1)式を用いれば、
【数2】

となる。
【0027】
(2)式より、c電極とd電極の間の電位差は、a電極を中心とする土壌抵抗の積分の差と電流との積で表され、流れる電流と測定されたc電極とd電極との間の電位差を入力することにより、土壌抵抗率(ρ)を求めることができる。なお、a電極の形状は積分値に寄与しないため、a電極の形状を無視することができ、a電極は、車輪などの回転電極を用いてもよい。このa電極としては、導電性ゴムなどが最適であり、実際の測定では散水などを行うことによって、電極の接地抵抗を低減させれば測定精度が向上する。
【0028】
さらに、各電極には、周囲の環境が変化しても電位が常に一定に保たれる電極(参照電極)を使用することもできる。参照電極として、飽和カロメル電極、飽和塩化銀電極、飽和硫酸銅電極などが用いられる。通常、土壌環境やコンクリートなどには飽和硫酸銅電極を用いることが多い。
図3において、送受信台車10には4個の駆動輪11(11aおよび11bを図示し、反対側の2個の駆動輪は省略)および通電電源部12が装備されており、この駆動輪11は送受信台車10に搭載されたモータにより駆動される。送受信台車10のハンドル14にはデータ表示部20が取り付けられ、送受信台車10の座席15の下部には水タンク21が、また、座席15の後部には電流電位計測・演算部22が取り付けられている。さらに、送受信台車10の前後には通電用車輪電極23aと23bが間隔Dの3倍の距離となるように装備され、通電電源部12から通電用車輪電極23aと23bの間に交替直流あるいは交流を通電する。この通電用車輪電極23a、23bを支持している基台24a、24bは、水平方向の軸に対して回動自在となるように送受信台車10に支持されており、通電用車輪電極23a、23bを必要に応じて路面から上昇させた位置に保持できるようにしている。また、通電用車輪電極23a、23bは基台24a、24bに対してその垂直方向に回動自在に支持されている。さらに、送受信台車10の下部には計測用車輪電極23cと23dが間隔Dとなるように装備され、計測用車輪電極23cと23dにより地表面電位差を計測する。この計測用車輪電極23c、23dは、通電用車輪電極23a、23bと同様に水平方向の軸に対して回動自在となるように送受信台車10に支持されている。
図4(A)(B)(C)は、通電用車輪電極23a、23bとその周辺の詳細を示した正面図、右側面図および平面図(基台のカバーを外した状態)である。通電用車輪電極23a、23bはその外周が導電性ゴム25で覆われており、上部には散水ヘッダ26が配置されている。この散水ヘッダ26は水タンク21にパイプ27を介して連結されており、通電用車輪電極23a、23bの軸方向に伸びた管状部材からなり、複数個の吐出孔26aが通電用車輪電極23a、23bの軸方向に分布して設けられている。そして、吐出孔26aは水タンク21からの水を通電用車輪電極23a、23bの外周部に吐出して湿潤させる。また、パイプ27には流量を調整するための止水コック28が設けられている。
計測用車輪電極23c、23dは、通電用車輪電極23a、23bと同様に構成されており、計測用車輪電極23c、23dで計測された地表面電位差は、電流電位計測・演算部22にて、通電電流と同じ周期の成分のみの電位差ΔVを抽出する。通電電流Iも電流電位計測・演算部22にて逐次計測される。計測される地表面電位差ΔVは、(2)式を用いれば、
【数3】

で与えられる。ここで、Kはアスファルトなどによる補正係数であり、走行探査前にあらかじめ導出することができる。
したがって、電流電位計測・演算部22にて次式より逐次土壌抵抗率ρを求め、データ表示部20に表示する。
【数4】

【0029】
金属の被覆に発生した損傷の位置と面積は、磁界法や電位差法により求めることができ、電位差法による欠陥の損傷面積を求める方法については、公知文献(製鉄研究、Vol.344、p.55−61(1989))に記載の(5)式を用いて、(7)式により計算することが可能である。
【数5】

(5)式において、塗覆装の厚さ(tc)≪損傷面積(S)と仮定すれば、
【数6】

(6)式をSについて解くと、
【数7】

ここで、
S:損傷面積
K:係数
Vp:管対地電位(欠陥直上の交流電圧)
ΔV:検出電位
【0030】
例えば、擬似ランダム信号処理方式であるMSマイケルで測定した場合、表1に示したようなデータが得られる。検出電位ΔV、管対地電位Vp、埋設深度dは測定可能な値であるため、(7)式を用いて損傷面積Sを計算することができる。なお、Kは管の埋設深度によって決まる係数であり、計算により求めると17.76であった。
【表1】

【0031】
一般に、電気防食場はその電位分布がラプラス場と見なせるため、数値解析モデルを用いて解析解を求める手段を用いる。なお、ラプラス場を、境界要素法、有限要素法、差分法等を用いて解析する方法が一般的である。この他、アノード電極と対象となる金属の間の抵抗を予め算出し、境界条件から解を得る方法もある。これらの手法では、現場の物理的状態を代表する解析モデルにおいて、その境界条件および初期条件を特定することによって、解を得ることができる。境界条件には金属の電位と電流密度の流出入の関係を表した分極曲線や電気化学的に妥当と考えられる境界条件を用いればよい。この分極曲線は非線形性であるため、ある電位幅で区切ることによって、その間を直線近似、多項式近似、あるいは対数近似をして境界条件として用いることができる。直線近似した場合の境界条件は、電位Φを、電流密度q、その傾きαおよび切片βを用いれば、Φ=aXq+βで表すことができる。
【0032】
本発明におけるシミュレーション解析にあたっては、通常、コンピュータが使用され、このコンピュータには、演算装置と記憶装置が備えられている。記憶装置には、境界条件となる分極曲線や数値解析モデルなどを記憶すると共に、解析結果も記憶する機能を備えている。
【0033】
数値解析モデルは、解析対象の電気防食場に対応して、場内に存在し物理的形状条件を満足し、かつモデル内にある各要素間の物理量(電位)がラプラス方程式を満たすように接続され構築されている。
【0034】
さらに、数値解析手段には、所謂、ソルバーがこれにあたり、解析手法として電気防食場の電気抵抗率を細かく設定することが可能な有限要素法が有利である。
【0035】
有限要素法を採用する場合、市販のソルバーであるABAQUS(Hibbit、Karlsson & Sorensen, Inc.製)等の公知のソルバーを採用し、このようなソルバーに関する要件、すなわち、アノード、被防食金属における境界条件として、これらの分極特性(金属の電位と電流密度との関係と示す特性)を取扱う必要がある。分極曲線は非常に強い非線形性を有するため、境界条件を取扱うことのできる数値解析手段を使用する。先に説明したソルバーABAQUSは、このような非常に強い非線形な境界条件を取扱うことが可能である。さらに、非常に強い非線形な特性の熱伝達係数を有する熱伝導問題を解析可能な数値解析手段(数値解析ソフトであり、MARC等)も、本発明の用途に使用することができる。このような熱伝導問題を解析可能な数値解析手段として使用する場合には、電位と電流密度との関係として与えられる分極特性を、数値解析手段内で熱伝達係数が満たすべき境界条件に置き換えて適用すればよい。
【0036】
以下に、有限要素法を採用する場合の具体例を説明する。まず、この有限要素法を電気防食場に適応する場合の基本的な構成について説明する。電気防食場の電位Φはラプラス方程式に支配されるため、(8)式を満足する。
【0037】
【数8】

また、電気防食場が境界Γ1、Γ2、ΓaおよびΓcに囲まれているとすれば、各境界における境界条件は(9)〜(12)式で与えられる。
Γ1上:Φ=Φ0・・・(9)
Γ2上:q{≡−KδΦ/δn}=q0・・・(10)
Γa上:q=fa(Φ)・・・(11)
Γc上:q=fc(Φ)・・・(12)
ここで、
Γ1:電位Φの値がΦ0に指定された境界(電位一定の境界)
Γ2:電流密度qの値がq0に指定された境界(電流密度一定の境界)
Γa:アノード電極表面
Γc:被防食金属表面
K:場の電気伝導度
δ/δn:外向き法線方向の微分
fa(Φ):アノード電極の分極性を表す非線形の関数
fc(Φ):被防食金属の分極特性を表す非線形の関数
【0038】
fa(Φ)およびfc(Φ)は、実験によって求めることができ、(8)式を境界条件(9)〜(12)式のもとで解けば、表面近傍の電位および電流密度分布を求めることができる。この解法としては、有限要素法、境界要素法、差分法を使用することができるが、前述したように、電気抵抗率を細かく設定することのできる有限要素法が有効である。
有限要素法により次のようにシミュレーション解析を行う。
【0039】
まず、電位差法で損傷の位置および面積を求めた後、パイプライン周囲の環境の要素分割を行う。
さらに、外部電源方式(強制的に電源を用いて電流を流すこと)により電気防食を行い、アノードとカソードの自然浸漬電位を初期条件として入力する。なお、自然浸漬電位とは、電流の流出入の無い場合の電位から電圧分だけ卑側に移動させた電位である。
【0040】
アノードとカソードの間には電位差があるので、この二つの電極の間に電流が流れる。電流が流れると、アノード電位は貴な方向、カソード電位は卑な方向に移動する。この電位と電流との関係を分極曲線と呼び、境界条件として使用する。
【0041】
貴な方向に移動したアノード電位、卑な方向に移動したカソード電位をそれぞれの電極に入れて再度計算を行う。この作業を繰り返し、計算の前後の電位や電流の変化が小さくなってくると計算を終了する。
【0042】
計算の結果、各計算要素点の電位やアノード、カソードの電位・電流密度が分かる。電気防食では、電流密度(10μA/cm)や電位(−850mV vs CSE)など過去の実験などからの防食条件がある。電流密度がこの値よりも大きく、電位はこの値よりも卑(マイナス側に大きな値)であれば、防食が達成していると判断される。電流密度がこの値よりも小さく、電位はこの値よりも貴(プラス側に大きな値)であれば電気防食の効果が不十分であり、腐食が発生している可能性がある。そのため、電気防食の効果が十分であり補修を行わなくても良い欠陥と、電気防食の効果が不十分であり補修が必要な欠陥を判別する。
【0043】
このようにして、アノード電極および被防食金属を加味した数値解析モデルを構築し、アノード電極および被防食金属における電気化学条件を、それぞれ対応するモデル部位における境界条件として適切に与えることにより、境界条件を満たす定常解を得ることができる。しかしながら、本発明のように、アノード電極における分極特性を正確に取扱う場合には、更なる工夫が必要となる。すなわち、アノード電極として使用する電極は白金、白金めっきチタン、金、酸化鉄(Fe)、珪素鋳鉄、黒鉛、金属酸化物(MMO)などを使用する。これらの金属における境界条件は、予め求めているアノード電極の分極特性に対して、外部電源装置の出力電圧分だけ卑側にシフトすることにより設定される。防食対象の金属は、炭素鋼や低合金鋼、ステンレス鋼、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金などであるが、金属であれば特に制限は無い。
【実施例】
【0044】
実施例1
図5に、解析対象とするパイプラインおよび電位の測定箇所を概略的に示す。パイプラインは、ポリエチレン被覆パイプであり、径600AX1.6Kmであり、埋設深さは1.2mである。また、パイプラインに沿って約200m毎にターミナルボックスを設置し、プローブ(配管と同じ材質の小片)への流入電流を計測した。さらに、各ターミナルボックスにプローブと参照電極を接地し、電位と流入する電流密度を計測した。参照電極として、飽和硫酸銅電極を使用した。
各測定箇所の詳細図を図6に示す。
【0045】
被覆銅線を鋼管に接続し、被覆線の片端部をマンホールの内部に納めたものがターミナルボックスである。被覆線の片端部はビニールテープなどで被覆されており、測定時はこのビニールテープを剥離して電位測定用の参照電極や電流測定用のプローブを接続する。
【0046】
プローブはどこでも設置できる。ただし、プローブと環境との接触抵抗が小さい方が良いので、アスファルトではなく土壌と接触(先端を数cm程度埋めて)させて使用する。土壌抵抗率は、銅線の抵抗よりもはるかに小さいため、片端の位置はどこでも良いことになる。しかし、ターミナルボックスはおよそ200m毎に設置されているので、配線の取り回しが複雑になるため、接続したいターミナルボックスは、測定したい箇所の近くを使用する。ターミナルボックスは、アスファルトで被覆された道路上に設置されることが多い。マンホール内部はアスファルトで被覆されていないので、このマンホールを空けて、被覆銅線とプローブを接続し、マンホール内部の土壌とプローブを接触させて測定することも多い。
【0047】
土壌抵抗連続測定装置として、図3に示した装置を用いた。図7に、実際に測定して得られた土壌抵抗率の値を示す。土壌抵抗率は38.4〜51.8Ωmの範囲であった。
表2に、ターミナル部分における電位および電流密度の実測値と、図7の土壌抵抗率の値を用いて、有限要素法によりシミュレーション解析を行って得られた電位および電流密度の計算値を示す。
【0048】
【表2】

以下に、有限要素法によるシミュレーション解析の手順について述べる。
まず、外部電源方式で6Vの電圧でパイプラインの電気防食を行った。アノード電極として金属酸化物(MMO)を用いた。長さ1.6Km、幅500m、深さ500mを長さ方向に0.1m、幅方向に0.1m、深さ方向に0.1mごとに要素点を作り、実際のパイプラインをこの要素点に重ね合わせ、最も近い要素点を繋いでパイプラインと見なした。パイプラインはポリエチレンで被覆されているため、パイプライン表面を絶縁体とした。図7に示す土壌抵抗率を20m毎に入力し、200m毎に設置したプローブは0.1×0.1mとして計算した。なお、電流の流入するプローブ(配管と同じ材質の小片)は炭素鋼であるため、図8にシミュレーション解析に使用した対象物の境界条件である炭素鋼の分極曲線を示すとともに、アノード電極の境界条件として図9に示す分極曲線を用いた。この分極曲線は実測値であり、電位と電流密度の関係を示している。
【0049】
比較例1
表3に、実施例1において得られた土壌抵抗率の平均値42.3Ωmを用いて、有限要素法によりシミュレーション解析を行って得られた電位および電流密度の計算値を示す。
【0050】
【表3】

【0051】
表2および表3を基に、電源からの距離に対する電位について、実測値と計算値を比較したのが図10である。
図10より、実測値は、防食電源に近い測定点1が最も卑な電位を示している。測定点2、3と遠くに離れるに従って貴な電位になっている。それより遠くになれば電位はほぼ同じであった。
【0052】
各測定点の土壌抵抗率を考慮した実施例1の計算値は、実測値と同様に測定点1が最も卑な電位を示し、測定点2,3と遠くに離れるに従って貴な電位になり、それより遠くでは電位変化が小さくなっている。一方、土壌抵抗率の平均値を用いた比較例1の計算値は、電位勾配はほぼ一様であり、実測値のような電位変化が見られなかった。
【0053】
以上のことから、土壌抵抗率の平均値を用いた場合、電位の計算値に実際とは大きくかけ離れた結果を生じることがわかった。
【0054】
実施例2
400AX2.8Km、埋設深さ1.2mのパイプラインを測定した。距離ゼロの地点は、外部電源があり、通常使用している電源を切り離し、電位差法の計測に用いるM系列の電源を繋ぎ、ここから信号となる電圧を印加した。電位差法により、欠陥の検出および大きさの測定を行った。測定後、通常の外部電源を接続した。外部電源の電圧を4.8Vに設定し、欠陥照合電極(銅/硫酸銅電極)を設置し、欠陥の電位を計測した(測定値)。欠陥部分を被覆している土壌まで掘削すれば、再度埋設した際に土壌と欠陥の接触が変わるため、欠陥のあった箇所は欠陥が露出しない程度に掘削した。
【0055】
実施例1と同様の土壌抵抗連続測定装置を用いて、土壌抵抗率を57点計測した結果、図11に示したように90.5〜252.2Ωmの範囲であった。実施例ではこの土壌抵抗の測定値をそのまま用いて計算した。
電位差法により、欠陥の位置と大きさの測定を行った結果、図12に示したように、欠陥の個数は3つであり、距離ゼロの地点から800、1000、2400mの地点に存在した。それぞれの大きさは、2.6、3.1、7.7cmであった。
【0056】
境界要素法を用いて、通常使用している外部電源接続時の50m毎の地表面から深さ1.2mの位置(パイプラインの位置)の電位の計算を行った結果を図12に示した。
欠陥部分は電気の流入の無い他の部分と比較して貴側の電位になる。欠陥1や欠陥2は、実施例でも測定値でも防食電位(−850mV vs CSE)よりも卑側になっており、防食の効果が得られる。しかし、欠陥3は、実施例でも測定値でも防食電位よりも貴で十分な防食効果が得られない。これは、遠方で土壌抵抗が大きくなっていたためである。
【0057】
比較例2
パイプライン周囲の土壌が均一と仮定し、距離ゼロの地点の土壌抵抗率(108.8Ωm)を代表値として用いて、実施例と同じように境界要素法で50m毎の地表面から深さ1.2mの位置の電位の計算を行った結果を図12に示した。
比較例では、土壌抵抗率の57点の平均値を用いたため、欠陥3の電位は防食電位(−850mV vs CSE)よりも卑になっており、電気防食の効果が得られることを示している。しかし、測定値は防食電位に到達していない。
【0058】
実施例のように、土壌抵抗率を細かく測定し、その値を用いて計算を行うと、測定値とほぼ欠陥一致する。しかし、土壌抵抗率の平均値やどこか一点の値を用いて計算すると、その、計算結果は測定値と大きく異なってしまう。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、電気抵抗率が大きく異なる土壌、コンクリート、モルタルなどに囲まれた環境において、電気防食が施された金属被覆に発生した損傷を診断する方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0060】
10 送受信台車
11 駆動輪
12 通電電源部
14 ハンドル
15 座席
20 データ表示部
21 水タンク
22 電流電位計測・演算部
23a、23b 通電用車輪電極
23c、23d 計測用車輪電極
24 基台
25 導電性ゴム
26 散水ヘッダ
27 パイプ
28 止水コック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気防食が施されている伝導体中の金属を覆う被覆に発生した損傷を診断する方法において、金属被覆に発生した損傷の位置および面積を測定し、伝導体の電気抵抗率を測定し、これらの情報を元に電気的解析モデルを作成し、アノード電極および金属表面の電位ならびに電流密度の解析を行うことを特徴とする金属の腐食診断方法。
【請求項2】
前記金属被覆に発生した損傷の位置および面積の測定と、伝導体の電気抵抗率の測定とを、金属被覆に強制的にM系列信号または交流電流を流すことで同時に行うことを特徴とする請求項1記載の金属の腐食診断方法。
【請求項3】
前記金属被覆に発生した損傷の位置および面積の測定を、金属被覆に電位法または磁界法を用いて電流を流すことで行うことを特徴とする請求項1または2記載の金属の腐食診断方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2010−266342(P2010−266342A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118291(P2009−118291)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】