説明

金属イオン濃度応答性のDNA結合ポリペプチド

【課題】金属イオン濃度によりDNAの結合能が変化するポリペプチドを提供する
【解決手段】金属イオン応答性のDNA結合性を示す亜鉛フィンガーモチーフであって、亜鉛に結合するCysあるいはHis残基のうち一つが他のアミノ酸(Xaa)に置換された(Cys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)もしくはCys2-His1Xaa1型(CC(Xaa)H型)もしくはCys2-Xaa1His1型(CCH(Xaa)型)亜鉛フィンガーモチーフである、)改変型亜鉛フィンガーモチーフ

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属イオン濃度応答性のDNA結合ポリペプチドに関し、詳しくは金属イオンの濃度に応じてDNA結合能が変化するポリペプチドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞内ではセントラルドグマに従って遺伝子から各種機能を有するタンパク質が作られる。遺伝子の複雑な転写機構は、ほとんど全ての生命現象(発生、分化、発がん、細胞周期など)に大きく関わり、転写因子が各遺伝子プロモーター領域中のDNA配列に特異的に結合することによって調節される。
【0003】
C2H2型(CCHH型)亜鉛フィンガーは転写因子の代表的なDNA結合ドメインの一つである。2つのシステイン(Cys)残基と2つのヒスチジン(His)残基が亜鉛イオンに配位することで、安定なββα構造を形成し、DNAに塩基配列特異的に結合する。このDNA結合には、亜鉛フィンガータンパク質が亜鉛イオンに配位し、フィンガー構造を形成することが必須である。
【0004】
配位子置換に関し、非特許文献1はSp1亜鉛フィンガー(CCHH型)の配位子の2つのCysをHisに置換した(H4型:HHHH型)を開示している。このH4型亜鉛フィンガーは、亜鉛の配位により構造形成し、3つの連続する亜鉛フィンガーモチーフをすべてH4型にしてもDNA結合能を有するが、そのDNA結合能は天然型(CCHH型)に比べると20倍以上低下する。この結合力では、細胞内の効果は期待できない。
【0005】
非特許文献2は、Sp1亜鉛フィンガーのうちFinger 2ペプチドに関して、配位子(CCHH)を一つずつGlyもしくはAlaに置換(GCHH, CGHH, CCGH, CCHG, CCAH, CCHA)した置換体を開示する。これら置換体は全て亜鉛と結合し、1、2、4番目の置換体は、亜鉛の添加によって亜鉛フィンガー様二次構造が形成される。一方、3番目の配位子(His)を置換すると、亜鉛を添加してもヘリックスが誘起されなかった。非特許文献2は、亜鉛との結合親和性、DNA結合能に関しては検討していない。
【0006】
非特許文献3,4は、Sp1の配位子置換体(CHHH, HCHH, HHHH)は加水分解活性を有するが、3つのフィンガー全てを配位子置換体にしたものの結合親和性は、野生型(CCHH)に比べて30-300倍低下することを開示する。非特許文献3,4は、亜鉛との結合親和性および細胞内でのDNA結合能に関しては検討していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Artificial zinc finger peptide containing a novel His4 domain., Hori Y., Suzuki K, Okuno Y, Nagaoka M, Futaki S., and Sugiura Y.,J. Am. Chem. Soc., 122, 7648-7653 (2000)
【非特許文献2】Contribution of individual zinc ligands to metal binding and peptide folding of zinc finger peptides., Nomura A., and Sugiura Y.,Inorg. Chem., 15, 3693-3698 (2002)
【非特許文献3】Sequence-selective and hydrolytic cleavage of DNA by zinc finger mutants.,Nomura A., and Sugiura Y., J. Am. Chem. Soc. 126, 15374-15375 (2004)
【非特許文献4】Creation and characteristics of unnatural CysHis(3)-type zinc finger protein., Negi S., Itazu M.,Imanishi M., Nomura A., and Sugiura Y., Biochem. Biophys.Res. Commun. 325, 421-425 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、金属イオン濃度によりDNAの結合能が変化するポリペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らはDNA結合には、亜鉛フィンガータンパク質が亜鉛イオンに配位し、フィンガー構造を形成することが必須である点に着目し、フィンガータンパク質内の配位子を変換する戦略をとった。具体的には、WT(野生型)の亜鉛フィンガーでは亜鉛との結合性が強く、その結合を制御することは難しいが、金属に配位するアミノ酸をCysから他のアミノ酸に変換することで外部からの亜鉛イオン刺激によってON, OFFが可能な「転写スイッチ」を実現できることを見出した。
【0010】
本発明は、以下の改変型亜鉛フィンガーモチーフ、該モチーフを含むポリペプチド、遺伝子発現制御剤、金属イオン濃度応答性のDNA結合ポリペプチドとしての使用を提供するものである。
項1. 金属イオン応答性のDNA結合性を示す亜鉛フィンガーモチーフであって、亜鉛に結合するCysあるいはHis残基のうち一つが他のアミノ酸(Xaa)に置換されたCys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)もしくはCys2-His1Xaa1型(CCH(Xaa)型)もしくはCys2-Xaa1His1型(CC(Xaa)H型)亜鉛フィンガーモチーフである、改変型亜鉛フィンガーモチーフ。
項2. 金属イオン応答性のDNA結合性を示す改変型亜鉛フィンガーモチーフであって、前記亜鉛フィンガーモチーフは、亜鉛に結合するCys残基が他のアミノ酸(Xaa)に置換されたCys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)亜鉛フィンガーモチーフである、項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフ。
項3. 2重鎖DNAの特定の標的塩基配列に特異的に結合する2個以上の亜鉛フィンガーモチーフを有するポリペプチドであって、前記ポリペプチドが少なくとも1つのCCHH型亜鉛フィンガーモチーフと少なくとも1つの項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフを有し、項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフは、CCHH型亜鉛フィンガーモチーフと隣接することを特徴とする、ポリペプチド。
項4. 前記ポリペプチドのN末端側又はC末端側にさらに転写調節部及び核移行シグナルからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、項3に記載のポリペプチド。
項5. 項1〜3のいずれかに記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフに含まれる任意のアミノ酸(Xaa)は、Asp, Glu, Asn、Gln、Ser、Lys、His、Thrからなる群から選ばれるいずれかのアミノ酸である、項3に記載のポリペプチド。
項6. 項3〜5のいずれかのポリペプチドを含む遺伝子発現制御剤。
項7. 項3〜5のいずれかのポリペプチドを含む金属イオン濃度応答性のDNA結合ポリペプチドとしての使用。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、金属イオン濃度によりDNAの結合能が変化するポリペプチドを得ることができる。このポリペプチドを細胞内に導入すると、金属イオン濃度にしたがってDNAに対する結合能が変化するので、金属イオンセンサーとして機能する。また、DNAに結合することにより、遺伝子の転写効率に影響するので、DNAの転写調節剤としても応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】DNA結合タンパク質の配位子置換による亜鉛応答性制御。
【図2】亜鉛濃度によるC2H2型(CCHH型)と配位子置換型亜鉛フィンガーの標的DNAに対する親和性変化の差異。
【図3】配位子置換型亜鉛フィンガーの亜鉛濃度に依存した転写活性化。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のポリペプチドは、1つの亜鉛フィンガーモチーフが3塩基(トリプレット)からなる2重鎖DNAの特定の標的塩基配列には認識・結合する。
【0014】
以下、図面を参照して、本発明に用いられるCys2His2型(C2H2型もしくはCCHH型)の亜鉛フィンガーモチーフもしくは改変型の亜鉛フィンガーモチーフについて説明する。
【0015】
亜鉛フィンガーモチーフはDNAへの結合に関して次のような特徴がある。
(1) 単量体成分として、また非対称にDNAに結合する、
(2) 各亜鉛フィンガーモチーフは独立してDNAに結合する、
(3) 各亜鉛フィンガードメインのへリックス開始点から数えて-1、2、3、6番目の残基にあるアミノ酸残基が特異的にDNAの塩基配列を認識する。
【0016】
C2H2型亜鉛フィンガーモチーフについては、Design and selection of novel Cys2His2 zinc finger proteins., Pabo C.O., PeisachE., and Grant R.A., Annual Review of Biochemistry, 70, 313-340 (2001)に記載されている。
【0017】
本発明において、C2H2型(野生型)あるいは改変型の亜鉛フィンガーモチーフは、下記の繰り返し構造を少なくとも1つ有するポリペプチドである。
C2H2型: X2-C-X2,4-C-X12-H-X3-5-H
(Xaa)CHH型: X2-Xaa-X2,4-C-X12-H-X3-5-H
C(Xaa)HH型: X2-C-X2,4-Xaa-X12-H-X3-5-H
CC(Xaa)H型: X2-C-X2,4-C-X12-Xaa-X3-5-H
CCH(Xaa)型: X2-C-X2,4-C-X12-H-X3-5-Xaa
(式中、Xは任意のアミノ酸、Xaaは亜鉛と配位するCysまたはHisが置換された任意のアミノ酸、下付きの数字はXにより表される残基の数を示す。Cはシステインの一文字表記、Hはヒスチジンの一文字表記である。)
【0018】
本発明の改変型、すなわちCys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)もしくはCys2-His1Xaa1型(CCH(Xaa)型)もしくはCys2-Xaa1His1型(CC(Xaa)H型)亜鉛フィンガーモチーフは、亜鉛の濃度によりDNA結合能が変化する。亜鉛フィンガーモチーフと亜鉛イオンのみが存在する場合には、亜鉛フィンガーモチーフに対し当量の亜鉛イオンが存在すれば、ほぼ1:1の錯体を形成し、DNA結合能を有する。一方、生体内もしくは細胞内ではこのような理想的な状態ではなく、亜鉛イオンとの錯形成能が様々である多数の物質(タンパク質、ペプチド、アミノ酸、核酸、多価カルボン酸、ポリアミンなど)が存在し、亜鉛イオンの競合が生じているため、種々の条件により亜鉛と錯体を形成するときの濃度が変化し得る。
【0019】
XまたはXaaで表されるアミノ酸としては、任意のアミノ酸が挙げられ、R,Sのいずれの立体配置を持つものであってもよく、一方の立体配置の割合が多い混合物であってもよく、ラセミ体であってもよい。具体的には、Cys、Met、Ala、Gly、Leu、Ile、Val、Phe、Tyr、Glu、Asp、Gln、Asn、Lys、Arg、His、Trp、Thr、Ser、Proなどのタンパク質を構成するアミノ酸、オルニチン、シトルリン、ホモシステイン、ホモセリン、β-アラニン、システイン酸、ノルロイシン、ノルバリン、5-ヒドロキシリシン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン、サルコシン、2-アミノアジピン酸、3-アミノアジピン酸、2-アミノブタン酸、2,4-ジアミノブタン酸、2-アミノヘキサン酸、6-アミノヘキサン酸、2-アミノペンタン酸、2,3-ジアミノプロパン酸、2-アミノピメリン酸、2,6-ジアミノピメリン酸、2,4-ジアミノブタン酸、4-カルボキシグルタミン酸、アロヒドロキシリシン、アロイソロイシン、アロトレオニンなどが挙げられる。
【0020】
1つの好ましい実施形態において本発明のポリペプチドは、C2H2型亜鉛フィンガーモチーフと改変型亜鉛フィンガーモチーフを両方とも含むものである。さらに好ましい実施形態では、改変型亜鉛フィンガーモチーフは、2つの隣接するC2H2型亜鉛フィンガーモチーフに挟まれたものである。本発明のポリペプチドは、改変型亜鉛フィンガーモチーフを1〜3個、好ましくは1又は2個含み、C2H2型(野生型)亜鉛フィンガーモチーフを1〜10個、好ましくは2〜8個、より好ましくは2〜5個含むものである。C2H2型亜鉛フィンガーモチーフ(C2H2)と改変型亜鉛フィンガーモチーフ(CXaaH2)の好ましい配列の例を以下に示す。ここで、「野生型」はC2H2型亜鉛フィンガーモチーフであり、「改変型」は、Cys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)もしくはCys2- His1Xaa1型(CCH(Xaa)型)もしくはCys2-Xaa1His1型(CC(Xaa)H型)亜鉛フィンガーモチーフを意味する。
(野生型)−(改変型)−(野生型) ;(a=0〜5、b=0〜5、a+b=1〜10)
(野生型)−(改変型)−(野生型)−(改変型)−(野生型);(a=0〜4、b=0〜4、c=0〜4、a+b+c=1〜10)
【0021】
なお、上記の野生型、改変型で表される亜鉛フィンガーモチーフは、完全に同一の配列を有するものであってもよく、野生型または改変型の範囲で異なるアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0022】
本発明のポリペプチドが結合できる金属イオンとしては、例えば亜鉛イオン、鉄イオンなどの2価あるいは3価の重金属イオンが挙げられ、好ましくは亜鉛イオンが挙げられる。
【0023】
本発明のポリペプチドは、転写調節部、核移行シグナルなどがさらに結合していてもよい。
【0024】
転写調節部としては、p65やVP16などの転写活性化ドメインおよびその改変体もしくは、KRABなどの転写抑制ドメインおよびその改変体などが挙げられる。
【0025】
核移行シグナル(NLS)としては、SV40 NLSなどが挙げられる。
【0026】
本発明において、各亜鉛フィンガーモチーフは、他の亜鉛フィンガーモチーフ、転写調節部、核移行シグナルなどと直接結合していてもよいが、任意のペプチドリンカーによって連結されていてもよい。
【0027】
本発明に用いる、亜鉛フィンガーモチーフを含むポリペプチドは、化学合成法、ベクターによる発現等任意のいかなる方法によって調製してもよい。
【0028】
次に、本発明の機能性原子団含有ポリペプチド化合物が認識・結合する二重鎖DNAについて説明する。
【0029】
本発明において2個以上の亜鉛フィンガーモチーフが用いられる場合、各亜鉛フィンガーモチーフが認識・結合するDNAトリプレットは異なるのが好ましく、特に隣接する亜鉛フィンガーモチーフは、連続する塩基を認識するように設計されるのが好ましい。
本発明のポリペプチドは、6個から30個、好ましくは9から2 7個、より好ましくは9から18個の連続するDNAを認識するのがよく、この場合、亜鉛フィンガーモチーフは2から10個、好ましくは3から9個、より好ましくは3から6個が必要に応じてリンカーを介して連結される。
【0030】
本発明のポリペプチドは、、例えばTet-ON、Tet-OFFシステム、或いはIPTG誘導システムとは異なる遺伝子発現スイッチとして利用することができる。
【0031】
これらのシステムでは、薬剤応答タンパク質(Tetリプレッサー, Lacリプレッサーなど)の標的DNA配列が固定されているため、制御対象遺伝子配列を薬剤制御プロモーター下流に挿入したベクターを作製する必要がある。また、薬剤応答タンパク質発現ベクターと共に2種類のベクターを細胞内へトランスフェクションする必要がある。一方、本システムでは、ゲノム中の標的配列に対応した亜鉛フィンガーを用いることができるため、配位子置換型亜鉛フィンガー発現ベクターのみを細胞内へ導入するだけでよく、ゲノム中にコードされる遺伝子の発現を制御することが可能である。
【0032】
また、これらの薬剤誘導システムの場合、薬剤非存在時に制御対象遺伝子のリーク発現が生じることが多い。一方、本システムでは通常の細胞内の亜鉛イオン濃度では、極めて低いバックグラウンドが実現できる。
【0033】
また、本発明のポリペプチドは、核内受容体リガンド結合ドメインを用いたリガンド誘導システムとは異なるリガンド誘導システムにも利用することができる。
【0034】
リガンド結合ドメインとDNA結合ドメインとは独立しているため、リガンドの添加によって、直接DNA結合を制御できるわけではなく、高いバックグラウンド発現を示す欠点がある。一方、本システムでは通常の細胞内の亜鉛イオン濃度では、極めて低いバックグラウンドが実現できる利点がある。
【0035】
本発明のポリペプチドは、金属イオンセンサー、好ましくは亜鉛センサーとして利用できる。
【0036】
亜鉛イオンセンサーとしては、以下の文献(1. Genetically encoded FRET sensors to monitor intracellular Zn2+ homeostasis., Vinkenborg J. L., Nicolson T. J. Bellomo E. A., KoayM. S., Rutter G. A., and MerkxM., Nature Methods, 6. 737-740 (2009)
2. Zinc binding to a regulatory zinc-sensing domain monitored in vivo by using FRET., Qiao W., Mooney M., Bird A. J., Wings D. R., and Eide D. J., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 8674-8679 (2006))に報告されたように、蛍光蛋白質、発光タンパク質などと連結したFRETを用いて計測することができる。本発明のポリペプチドは、転写活性化を指標として、金属イオン濃度(特に亜鉛イオン濃度)を計測することができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実験項】
【0038】
新規亜鉛結合タンパク質を用いた遺伝情報制御法
実施例1. 配位子置換体の亜鉛配位能に関する実験 (資料Fig.2)
A. 材料と方法
(1)ペプチド合成(野生型および配位子置換型シングルフィンガー)
野生型:YPFQCRICMRNFSRSDHLTTHIRTHTGE-amide
置換型:YPFQCRIDMRNFSRSDHLTTHIRTHTGE-amide
上記のペプチドをFmoc 固相合成法により化学合成した。脱保護、凍結乾燥後、COSMOSIL 5C4-AR-300カラム(ナカライテスク)を用い、逆相HPLCで精製した。凍結乾燥後、MALDI-TOFMSにより分子量を測定した。
【0039】
(2)野生型および配位子置換体の亜鉛結合親和性の検討
野生型はタンパク濃度30 μM、EDTA(logKa=16.5)300 μMを用い、置換型はタンパク濃度30 μM、EGTA(logKa=14.5)600 μMを用いてZn(II)の滴定を行い、波長222 nmのCDスペクトルを測定した。遊離の亜鉛濃度[Zn(II)]を求め、全タンパク質に対するZn(II)の結合率をφとし、φ = KA[Zn(II)]/(1+KA[Zn(II)])を理論式として、Kaleida Graph (Synergy Software)を用いて非線形最小二乗法によりカーブフィットすることによってKAを算出した。
【0040】
CDスペクトルは、JASCO J820L spectro-polarimeterにより、光路長1 mmのセル、温度20 ℃、測定試料の緩衝液(10 mM Tris-HCl(pH7.5)、100 mM NaCl)をアルゴン置換したものを用いて測定した。温度コントローラーは、JASCO PTC-423Lを使用した。測定はパラフィルムでセルに封をし、20 ℃においてセル室内で10分間インキュベートしたのちに行った。
【0041】
B. 結果
結果を表1に示す。結合定数は、野生型では4.36×1013 (M-1)、配位子置換型では9.82×1010 (M-1)であった。野生型と比べて配位子置換型では亜鉛との親和性が約500倍低下するものの、細胞内で機能し得る十分な親和性であると考えられる。
【0042】
【表1】

【0043】
実施例2. 配位子置換型3フィンガー体亜鉛フィンガータンパク質のDNA結合実験
A. 材料と方法
(1)クローニング
野生型3フィンガー体ZF3アミノ酸配列
MPGERPYACPVESCDRRFSRSDELTRHIRIH TGQKPFQCRICMRNFSRSDHLTTHIRTH
TGEKPFACDICGRKFARSDERKRHTKIHTGEKEF
置換型3フィンガー体mtZF3アミノ酸配列
MPGERPYACPVESCDRRFSRSDELTRHIRIH TGQKPFQCRIDMRNFSRSDHLTTHIRTH
TGEKPFACDICGRKFARSDERKRHTKIHTGEKEF
野生型3フィンガー体ZF3は既に構築されているpEV-ZF3 (Morisaki et. al. Biochemistry (2008) 47, 10171-10177)を用いた。
置換型3フィンガー体mtZF3をコードするDNAフラグメントは、Cys→Asp変異導入用のプライマーを用い、pEV-ZF3をテンプレートとしてPCRで作製し、大腸菌発現ベクターpEV-3bにクローニングした。
【0044】
(2)タンパク質の調製
上記2種のタンパク質のそれぞれをBL21(DE3)大腸菌株(Novagen)を用いて発現させた。上記大腸菌を37 ℃で培養し、OD600の値が0.6になったときに0.1 mMIPTGおよび0.1 mM ZnCl2を加えて、タンパク質発現を誘導した。20 ℃で約16時間培養後大腸菌を集菌して超音波破砕し、HighSカートリッジ陽イオン交換樹脂カラム(Bio-Rad)、ResourseS陽イオン交換樹脂カラム(GE healthcare)および、Superdex75 30/300ゲル濾過カラム(GE healthcare)を用いて発現タンパク質を精製した。得られたタンパク質の純度はSDS-PAGEによる分析で95%以上であった。各タンパク質の濃度は、280 nmにおける吸収により決定した。
【0045】
(3)標的DNAの作製
野生型3フィンガー体の認識配列5’-GCGTGGGCGT-3’ を有する二重鎖DNAを含む5’末端FITCラベル化オリゴヌクレオチドとその相補鎖をアニーリングした。
【0046】
(4)配位子置換型3フィンガー体のDNA結合実験
(a) 亜鉛イオン存在下でのDNA結合能
10 mM Tris-HCl (pH 8.0), 50 mM NaCl, 1 mM Dithiothreitol, 0.05% Nonidet P-40, 20 ng/μL calf thymus DNA, 40 ng/μL bovine serum albumin, 5% glycerol, 10 μM ZnSO4, 2.5 nM ラベル化標的DNAフラグメントを含む反応溶液中で、680 pMから1.5 μMの亜鉛フィンガータンパク質を加え、20 ℃で3時間反応させた。反応終了後、反応液6 μLを8%ポリアクリルアミドゲル(89 mM Tris-Brate buffer)電気泳動により解析した。電気泳動は、89 mM Tris-borate bufferを泳動バッファーとして用いた。
(b) EDTA添加条件下(低亜鉛濃度条件)でのDNA結合能
10 mM Tris-HCl (pH 8.0), 50 mM NaCl, 1 mMDithiothreitol, 0.05% NonidetP-40, 20 ng/μL calf thymus DNA, 40 ng/μL bovine serum albumin, 5% glycerol, 10 μM ZnSO4, 100 μM EDTA, 2.5 nM ラベル化標的DNAフラグメントを含む反応溶液中で、680 pMから1.5 μMの亜鉛フィンガータンパク質を加え、20 ℃で3時間反応させた。反応終了後、反応液6 μLを8%ポリアクリルアミドゲル(89 mM Tris-borate buffer)電気泳動により解析した。電気泳動は、89 mM Tris-borate bufferを泳動バッファーとして用いた。
(c) 種々の金属イオン存在下でのDNA結合能
10 mM Tris-HCl (pH 8.0), 50 mM NaCl, 1 mMDithiothreitol, 0.05% NonidetP-40, 20 ng/μL calf thymus DNA, 40 ng/μL bovine serum albumin, 5% glycerol, 10 μM EDTA, 2.5 nM ラベル化標的DNAフラグメントに、以下に示す種々の30 μM金属イオン、FeSO4(NH4)2SO4・6H2O、NiCl2・6H2O、CoCl2・6H2O、CuSO4・6H2O、MnCl2・6H2O をそれぞれ加えた反応溶液中で、680 pMから1.5 μMの亜鉛フィンガータンパク質を加え、20 ℃で3時間反応させた。反応終了後、反応液6 μLを8%ポリアクリルアミドゲル(89 mM Tris-Brate buffer)電気泳動により解析した。電気泳動は、89 mM Tris-borate bufferを泳動バッファーとして用いた。
【0047】
B. 結果
結果を図2に示す。
【0048】
亜鉛イオン10 μM存在下でのDNA結合解離定数は、野生型ZF3では0.5 nM、置換型mtZF3では2.1 nMであり、配位子置換によってもDNA結合親和性の低下は約4倍だけであった。
【0049】
100 μM EDTA存在条件下でのDNA結合解離定数は、野生型ZF3では0.7 nMであり、亜鉛イオン存在条件下での結合定数とほとんど変化なかった。一方、置換型mtZF3では、タンパク質濃度1.5 μMでも結合バンドが検出されず、少なくとも1000倍以上のDNA結合親和性の低下が生じた。
【0050】
また、置換型mtZF3のDNA結合における金属選択性に関して検討した結果、Zn(II)存在下でのDNA結合親和性が最も高いことが明らかとなった。Fe(II)存在下でもZn(II)に比べ約2〜3倍の親和性の低下が見られるものの、nMオーダーの高い結合親和性でDNAに結合することが明らかになった。しかしながら、Mn(II)、Ni(II)、Co(II)、Cu(II)ではZn(II)への結合定数と比較して、約50〜2000倍の結合親和性の低下がみとめられた。
【0051】
実施例3. 亜鉛濃度依存的な細胞内での転写スイッチ能に関する実験(図3)
A. 材料と方法
(1)亜鉛フィンガー型転写因子発現ベクターのクローニング
置換型3-フィンガーをコードするDNA配列を含むpEV-3bプラスミドをNdeI/XmaIで切り出し、pCMV-ZF3-NLS-AD (Morisaki et. al. Biochemistry (2008) 47, 10171-10177)のNdeI/XmaIサイトにクローニングした。
(2)細胞内での転写活性化実験
トランスフェクション前日にHeLa細胞を80,000細胞ずつ24ウエルプレートに播種した。lipofectamine2000 (Invitrogen)を用い、55 ngの発現ベクター、385 ngのレポーターベクター pGL3-TA/4xZBS-I (Morisaki et. al. Biochemistry (2008) 47, 10171-10177)、5.5 ngのコントロールベクターpRL-TK (Promega)をトランスフェクションした。トランスフェクションから24時間後に、亜鉛ピリチオンおよび各濃度(1, 2.5, 5, 7.5 μM)のZnSO4を含む培地に交換し、9時間インキュベートした。その後、細胞を回収し、Dual Luciferase Reporter Assay System (Promega)を用いて、転写活性化量を調べた(図3)。
【0052】
B. 結果
細胞培養液へのZn(II)非添加時に比べ、Zn(II)の添加量に依存して転写が活性化されることが明らかになった。配位子置換型亜鉛フィンガーをDNA結合ドメインとする人工転写因子は、Zn(II)濃度に応答して細胞内で標的配列へ結合し、その結果、標的遺伝子が活性化されたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のポリペプチドの亜鉛フィンガーモチーフのDNA結合部は金属イオンの濃度に応答してDNA結合能を獲得し、DNA結合部は、金属非存在下で標的DNAに結合しない。本発明のポリペプチドが転写調節部を持つ場合、転写調節部が転写活性化ドメインか転写抑制ドメインのいずれかを用いることにより、金属イオン濃度に応じた転写活性化または転写抑制を行うことができる。
【0054】
本発明のポリペプチドを細胞内に導入した場合、培地中に金属イオンを添加し細胞内の金属イオン濃度を高めることで転写活性化能を発揮することができる(転写スイッチON)。あるいは細胞内の金属イオン濃度を低下させる(培地中の金属イオンを除去する)ことによって、転写活性化をOFFできる。
【0055】
なお、金属イオンは細胞外から加えても細胞に内在する金属でも可能である。
標的遺伝子の種類に関し、他の亜鉛フィンガータンパク質を改変することによって、様々な遺伝子の転写を亜鉛によりコントロールできる可能性がある。
【0056】
他の亜鉛フィンガータンパク質には、
(i)生体内に存在するCCHH型亜鉛フィンガー型転写因子
(ii)様々な3塩基対へ結合可能であるよう設計された人工亜鉛フィンガーモチーフの連結体 が含まれる。
【0057】
上記(i)の場合の標的遺伝子は、その内在性の転写因子が標的とする遺伝子が挙げられる。
【0058】
上記(ii)の場合は、どのような遺伝子に対しても適応可能であり、標的遺伝子のプロモーターに結合できるよう設計した亜鉛フィンガーを用いることができる。
【0059】
内在性のCCHH型亜鉛フィンガー型転写因子の亜鉛フィンガー領域改変体単体(転写調節領域は含まない)を用いることで、金属の添加によって天然配列(天然転写因子の機能)をブロックできる可能性がある。
【0060】
さらに、標的遺伝子の制御配列中に亜鉛フィンガー結合配列を挿入したベクターをコトランスフェクションすることもできる。
【0061】
その他、GFPやルシフェラーゼなどのレポーター遺伝子を用いることにより、転写活性化量から、細胞内での金属イオン濃度をセンシングできる可能性がある。また、転写調節ドメインのかわりに、他の種々の機能性ドメイン(DNA切断ドメインやメチル化ドメイン、組換え酵素など)との融合タンパク質とすることにより、金属イオン応答性の遺伝子配列特異的機能性タンパク質として機能できる可能性がある。
【0062】
また、細胞外でDNA結合能の評価もしくはin vitro転写系を利用したバッファー中の金属イオン濃度センシングなどにも利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イオン応答性のDNA結合性を示す亜鉛フィンガーモチーフであって、亜鉛に結合するCysあるいはHis残基のうち一つが他のアミノ酸(Xaa)に置換されたCys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)もしくはCys2-His1Xaa1型(CCH(Xaa)型)もしくはCys2-Xaa1His1型(CC(Xaa)H型)亜鉛フィンガーモチーフである、改変型亜鉛フィンガーモチーフ。
【請求項2】
金属イオン応答性のDNA結合性を示す改変型亜鉛フィンガーモチーフであって、前記亜鉛フィンガーモチーフは、亜鉛に結合するCys残基が他のアミノ酸(Xaa)に置換されたCys1Xaa1-His2型(C(Xaa)HH型)もしくはXaa1Cys1-His2型((Xaa)CHH型)亜鉛フィンガーモチーフである、請求項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフ。
【請求項3】
2重鎖DNAの特定の標的塩基配列に特異的に結合する2個以上の亜鉛フィンガーモチーフを有するポリペプチドであって、前記ポリペプチドが少なくとも1つのCCHH型亜鉛フィンガーモチーフと少なくとも1つの請求項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフを有し、請求項1に記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフは、CCHH型亜鉛フィンガーモチーフと隣接することを特徴とする、ポリペプチド。
【請求項4】
前記ポリペプチドのN末端側又はC末端側にさらに転写調節部及び核移行シグナルからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の改変型亜鉛フィンガーモチーフに含まれる任意のアミノ酸(Xaa)は、Asp, Glu, Asn、Gln、Ser、Lys、His、Thrからなる群から選ばれるいずれかのアミノ酸である、請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかのポリペプチドを含む遺伝子発現制御剤。
【請求項7】
請求項3〜5のいずれかのポリペプチドを含む金属イオン濃度応答性のDNA結合ポリペプチドとしての使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−178714(P2011−178714A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−44245(P2010−44245)
【出願日】平成22年3月1日(2010.3.1)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】