説明

金属ワイヤの製造方法及びソーワイヤ

【課題】 金属ワイヤの伸線加工性を向上させ、表面性状の良好な金属ワイヤを得ることができる金属ワイヤの製造方法及びソーワイヤを提供する。
【解決手段】 金属ワイヤ10を製造する場合には、まずCu及びZnを含むと共にシアンを含まない非シアンめっき浴によって、金属素線11の表面上にブラスめっき内層12aを形成し、引き続き非シアンめっき浴によって、ブラスめっき内層12a上にブラスめっき外層12bを形成する。このとき、ブラスめっき外層12bのCu含有比をブラスめっき内層12aのCu含有比よりも高くする。続いて、ブラスめっき層12を419℃±30℃の温度で加熱する。そして、ブラスめっき層12に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層12の表面に燐酸鉄皮膜13を形成した後、伸線加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属素線の表面にブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法及びソーワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ソーワイヤ等に用いられる金属ワイヤの製造方法としては、例えば特許文献1に記載されているように、鋼線に対してパテンティング処理及び酸洗を行った後、めっき処理を行って鋼線にブラスめっき層を形成し、その後伸線加工を行うようにしたものが知られている。
【特許文献1】特開2002−1419号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、めっき処理が施された金属ワイヤの伸線性は、金属ワイヤの表面に形成されためっきの組成に左右されることが多い。上記従来技術のように金属ワイヤの表面にブラスめっき層を形成する場合には、まず金属ワイヤの表面にCuめっきを形成し、続いてZnめっきを形成した後、熱拡散により合金化するのが通常である。このため、ブラスめっき層の表面部はZnリッチ(低Cu含有比)の状態になりやすく、高速伸線に向かないものとなる。従って、金属ワイヤの伸線加工性が低下し、金属ワイヤの表面性状の悪化につながってしまう。
【0004】
本発明の目的は、金属ワイヤの伸線加工性を向上させ、表面性状の良好な金属ワイヤを得ることができる金属ワイヤの製造方法及びソーワイヤを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、金属素線の表面にCu−Zn合金からなるブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法であって、Cu及びZnを含むと共にシアンを含まないめっき浴によって、金属素線の表面にブラスめっき層を形成する工程と、ブラスめっき層を加熱する工程とを有することを特徴とするものである。
【0006】
このような本発明においては、Cu含有比を高くするようなめっき浴を用いて、金属素線の表面にブラスめっき層を形成することにより、ブラスめっき層をCuリッチの状態とすることができる。この場合には、ブラスめっき層としては、比較的柔らかくて延性に富んだものとなる。また、上記のめっき浴を用いることにより、Cu含有比の勾配がつきやすい熱拡散法を採用する場合と異なり、ブラスめっき層内のCu含有比の均一性を高くすることができる。従って、金属ワイヤの伸線加工性を向上させることができ、金属ワイヤの表面性状を良好にすることが可能となる。
【0007】
また、シアンを含むめっき浴によりブラスめっき層を形成する場合には、ブラスめっき層の形成後の洗浄によってシアンが環境保全上問題となってしまう。本発明では、シアンを含まないめっき浴により金属素線の表面にブラスめっき層を形成することにより、シアンに起因した環境保全上の問題を避けることができる。
【0008】
好ましくは、ブラスめっき層を加熱する工程においては、ブラスめっき層を419℃±30℃の温度で加熱する。419℃は、Znの融点温度であり、Cuの融点温度よりも低い。このようなZnの融点温度に近い温度でブラスめっき層を加熱することで、ブラスめっき層の酸化等を起こすことは殆ど無く、各ブラスめっき層内のCu含有比の更なる均一化を図ることができる。
【0009】
また、好ましくは、ブラスめっき層を形成する工程においては、最外層のブラスめっき層のCu含有比が他のブラスめっき層のCu含有比よりも高くなるように、めっき浴により金属素線の表面にブラスめっき層を複数層形成する。金属ワイヤの伸線加工性は、ブラスめっき層の表面部の組成状態に特に影響されやすい。このため、金属素線の表面に複数層のブラスめっき層を形成する場合には、最外層のブラスめっき層のCu含有比を他のブラスめっき層のCu含有比よりも高くすることにより、金属ワイヤの伸線加工性を確実に向上させることができる。また、最外層を除く他のブラスめっき層については、Cu含有比を相対的に低くするようなめっき浴を用いて形成することで、利便性(使い勝手、特性等)を考慮しためっき層にすることができる。この場合には、伸線加工後の金属ワイヤの耐食性を高くすることができる。
【0010】
このとき、ブラスめっき層を形成する工程においては、最外層のブラスめっき層のCu含有比を67.5〜85.0質量%にすることが好ましい。最外層のブラスめっき層のCu含有比を67.5質量%以上にすることにより、最外層のブラスめっき層の延性が十分高くなるため、金属ワイヤの伸線加工性を更に向上させることができる。また、最外層のブラスめっき層のCu含有比を85.0質量%以下にすることにより、金属ワイヤの最表面において必要最低限の耐食性を維持することができる。
【0011】
また、ブラスめっき層を形成する工程においては、最外層のブラスめっき層の厚みを0.08〜0.50μmにすることが好ましい。最外層のブラスめっき層の厚みを0.50μm以下とすることにより、金属ワイヤの顕著な伸線加工性低下を防止することができる。また、最外層のブラスめっき層の厚みを0.08μm以上とすることにより、ブラスめっき層の必要最低限の耐食性を確実に維持することができる。このとき、ブラスめっき層のトータル厚みに制限がある場合には、最外層のブラスめっき層の厚みを可能な限り0.08μmに近い値とし、その分だけ耐食性の高い他のブラスめっき層の厚みを増やすのが好適である。
【0012】
また、ブラスめっき層を形成する工程においては、他のブラスめっき層のCu含有比を60〜75質量%にすることが好ましい。最外層を除く他のブラスめっき層のCu含有比を60質量%以上にすることにより、比較的柔らかくて延性を有するブラスめっき層がより確実に得られるため、金属ワイヤの伸線加工性の向上に寄与させることができる。また、最外層を除く他のブラスめっき層のCu含有比を75質量%以下、より好ましくは70質量%以下にすることにより、ブラスめっき層の耐食性が十分維持されるようになる。
【0013】
さらに、好ましくは、金属素線の表面にブラスめっき層を形成した後、ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成する工程を更に有する。これにより、ブラスめっき層を燐酸塩化溶液中に浸漬させて燐酸塩皮膜を形成する、いわゆる非電解による化成皮膜処理を施した場合と異なり、ブラスめっき層の表面には燐酸塩皮膜が均一に形成されるようになる。従って、金属ワイヤの伸線加工を行うときに、ダイスに損傷等が生じにくくなるので、金属ワイヤの伸線加工性を更に向上させることができる。
【0014】
このとき、燐酸塩皮膜を形成する工程においては、ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成することが好ましい。線表面残留物を嫌う高品位被切削母材では、伸線用潤滑剤として湿式(液体)の潤滑剤が多用されている。また、燐酸塩皮膜としては燐酸亜鉛が一般的であるが、この燐酸亜鉛は、湿式潤滑剤との相性が悪い。このため、ブラスめっき層の表面に燐酸亜鉛皮膜を形成すると、かえって金属ワイヤの伸線加工性を悪化させる可能性がある。これに対し燐酸鉄は、湿式の伸線用潤滑剤との親和力があり、また皮膜の形成に支障をきたすことも殆ど無い。従って、燐酸塩皮膜として燐酸鉄皮膜を形成するのが最も好適である。
【0015】
また、燐酸塩皮膜を形成する工程においては、燐酸鉄皮膜の付着量が5〜40mg/mとなるように、ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことが好ましい。この場合には、燐酸鉄皮膜の付着量が少な過ぎることが無いので、金属ワイヤの伸線加工時に生じる金属ワイヤとダイスとの摩擦抵抗の増加が十分抑えられる。これにより、金属ワイヤの焼付きや断線を引き起こすことが確実に防止される。また、燐酸鉄皮膜の付着量が多過ぎることも無いので、伸線加工後に金属ワイヤの表面に燐酸鉄皮膜が残存しにくくなる。これにより、更に表面性状の良好な金属ワイヤを得ることができる。
【0016】
また、本発明のソーワイヤは、上記の金属ワイヤの製造方法により製造された金属ワイヤを用いて成ることを特徴とするものである。
【0017】
このように上述した金属ワイヤの製造方法を採用することにより、金属ワイヤの伸線加工性を向上させることができ、金属ワイヤの表面性状を良好にすることが可能となる。そのような表面性状の良好な金属ワイヤを用いて成るソーワイヤを使って、半導体インゴット等を切断する場合には、優れた切断性能を発揮させることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、金属ワイヤの伸線加工性を向上させ、表面性状の良好な金属ワイヤを得ることができる。これにより、ソーワイヤ等に適用される金属ワイヤの細径化及び高強度化の要求に十分対処することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係る金属ワイヤの製造方法及びソーワイヤの好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0020】
図1は、本発明に係るソーワイヤの一実施形態が適用されるワイヤソー装置を示す概略図である。同図において、ワイヤソー装置1は、半導体ウェハ用インゴット2をソーワイヤ3で切断するための装置である。
【0021】
ワイヤソー装置1は、ソーワイヤ3が巻回されたワイヤ供給リール4と、このワイヤ供給リール4から繰り出されたソーワイヤ3を巻き取るワイヤ巻取リール5と、ワイヤ供給リール4とワイヤ巻取リール5との間でソーワイヤ3が巻き掛けられる3本のガイドローラ6とを有している。各ガイドローラ6には、ソーワイヤ3が挿入されるガイド溝(図示せず)が形成されている。
【0022】
このようなワイヤソー装置1において、インゴット2の切断を行う場合には、各ガイドローラ6に巻き掛けられたソーワイヤ3に所定の張力を与えた状態で、ワイヤ供給リール4から繰り出されたソーワイヤ3が順次ワイヤ巻取リール5で巻き取られるようにする。そして、インゴット2をガイドローラ6に向けて徐々に下降させていき、ワイヤ供給リール4からワイヤ巻取リール5に移動中のソーワイヤ3にインゴット2を接触させることで、インゴット2をスライス状に切断し、複数枚の半導体ウェハを得る。このとき、ソーワイヤ3とインゴット2との接触部分に、ダイヤモンド粉等の砥粒やオイル等が混合されたスラリー液7を連続的に供給しながら、インゴット2の切断を行う。
【0023】
ソーワイヤ3は、図2に示すような金属ワイヤ10から成るものである。金属ワイヤ10は、高炭素綱等の鋼線材からなる金属素線11と、この金属素線11の表面に形成され、Cu(銅)−Zn(亜鉛)合金からなるブラスめっき層12とを有している。
【0024】
ブラスめっき層12は、金属素線11の表面上に形成されたブラスめっき内層12aと、このブラスめっき内層12a上に形成されたブラスめっき外層12bとからなっている。ブラスめっき外層12bのCu含有比は、ブラスめっき内層12aのCu含有比よりも高くなっている。具体的には、ブラスめっき内層12aのCu含有比は、好ましくは60〜75質量%であり、ブラスめっき外層12bのCu含有比は、好ましくは67.5〜85.0質量%である。
【0025】
また、ブラスめっき外層12bの厚さは、ブラスめっき内層12aの厚さよりも小さくなっている。ブラスめっき外層12bの厚さは、好ましくは0.08〜0.50μmである。例えば、ブラスめっき内層12aの厚さは0.48μm程度であり、ブラスめっき外層12bの厚さは0.34μm程度である。
【0026】
次に、上記の金属ワイヤ10(ソーワイヤ3)を製造する方法について、図3及び図4により説明する。
【0027】
まず、金属素線11を非シアンめっき浴に浸漬させて、金属素線11の表面上にブラスめっき内層12aを形成する(図3の工程101)。そして、このブラスめっき内層12aが形成された金属素線11を同様に非シアンめっき浴に浸漬させて、ブラスめっき内層12a上にブラスめっき外層12bを形成する(図3の工程102)。これにより、金属素線11の表面には、2層構造のブラスめっき層12が形成されることとなる。
【0028】
非シアンめっき浴は、Cu及びZnを含むと共にシアンを含まないめっき浴である。このような非シアンめっき浴としては、例えば銅、亜鉛、糖蜜、カオリン粉末、ポテトデンプン、小麦麦芽粉末を含む非シアンめっき浴が使用される。また、これ以外にも、例えば銅塩、亜鉛塩、ピロリン酸のアルカリ金属塩及びポリリン酸のアルカリ金属塩の少なくとも1種、オキシカルボン酸及びその塩の少なくとも1種、アミノ酸及びその塩の少なくとも1種を含む非シアンめっき浴を使用することもできる。
【0029】
このとき、ブラスめっき外層12bのCu含有比がブラスめっき内層12aのCu含有比よりも高くなるようにブラスめっき層12を形成する。ブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bのCu含有比の設定は、例えば非シアンめっき浴に含まれるCu及びZnの濃度(含有量)を随時調整することで比較的容易に行うことができる。
【0030】
このように非シアンめっき浴を用いて金属素線11の表面にブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bを順次形成することにより、ブラスめっき層の厚み方向に対してCu含有比の勾配ができる熱拡散法(後述)を採用する場合と比べて、ブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bの層内Cu含有比をそれぞれ均一にすることができる。また、シアンを含むめっき浴を用いてブラスめっき層を形成する場合と異なり、ブラスめっき層12の形成後の洗浄においてシアンが排出されることが無いため、シアンに起因した環境保全上の問題が発生することは無い。
【0031】
このようにして金属素線11の表面にブラスめっき層12を形成した後、そのブラスめっき層12を好ましくは419℃(Znの融点温度)±30℃の温度で加熱する(図3の工程103)。このようにZnの融点温度近傍といった比較的低い温度でブラスめっき層12を加熱することにより、例えばブラスめっき層12の酸化を引き起こすことが防止される。従って、ブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bの層内Cu含有比の均一性を更に向上させることができる。
【0032】
続いて、ブラスめっき層12に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層12の表面に燐酸鉄皮膜13を形成する(図3の工程104)。具体的には、例えば鉄イオン、燐酸イオン及び硝酸イオンを所定量ずつ含有する燐酸塩皮膜形成用の溶液を電解液として使用し、金属素線11を陰極にして電流を流すことにより、燐酸鉄皮膜13を形成する。このような電解方式による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層12の表面に燐酸鉄皮膜13を均一に安定して形成することができる。
【0033】
続いて、電解による化成皮膜処理によって得られた金属ワイヤ10に対して伸線加工を施す(図3の工程105)。具体的には、図5に示すように、化成皮膜処理により得られた金属ワイヤ10を複数段のダイス14(図5では1つのみ図示)に通して引き抜くことにより、金属ワイヤ10の径を順次細くしていく。このとき、ダイス14に対する金属ワイヤ10の滑り性を良くするために、金属ワイヤ10の表面に伸線用潤滑剤を付着させた状態で伸線加工を行う。伸線用潤滑剤としては、湿式(液体)の潤滑剤が使用される。
【0034】
以上により、ブラスめっき層12が形成されてなる所望径の金属ワイヤ10(ソーワイヤ3)が得られる。なお、金属ワイヤ10の最表面に形成された燐酸鉄皮膜13は伸線加工によって逐次脱落するため、伸線加工後には、金属ワイヤ10の表面に燐酸鉄皮膜13が殆ど存在しない状態となる。
【0035】
ところで、近年では、半導体ウェハ用インゴット等の被切断母材の歩留まり向上及び切削時間の短縮のために、ソーワイヤに付加される張力が大きくなる傾向にあることから、ソーワイヤの細径化及び高強度化の要求が強くなってきている。
【0036】
一方、代表的なブラスめっき層の形成法としては、ピロリン酸銅浴もしくは硫酸銅浴から電着によりCuめっきを施し、引き続き硫酸亜鉛浴もしくは塩化亜鉛浴から電着によりZnめっきを施した後、熱拡散処理により合金化する拡散法が主流となっている。この熱拡散法により形成されるブラスめっき層では、めっき表層部がZnリッチ(低Cu比)の状態となるため、結晶組織としては硬くて脆いβ相あるいはγ相になりやすい。細径かつ高強度のソーワイヤを作る場合には、苛酷な伸線加工が強いられるため、ブラスめっき層が硬くて脆いと、高速伸線加工を行うことは困難であり、たとえ伸線できたとしてもソーワイヤの表面性状の悪化は避けられない。また、熱拡散法を用いてブラスめっき層を形成した場合には、Cu含有比の勾配がついてしまい、ブラスめっき層の層内Cu含有比がばらつくため、伸線加工中にソーワイヤの線径変動が起きやすくなる。そのようなソーワイヤを用いて硬いインゴットの切断を行うと、例えばインゴットの切断面が凸凹状になってしまう等、インゴットをきれいに切断することができない。
【0037】
これに対し本実施形態では、非シアンめっき浴を用いて、金属素線11の表面上にブラスめっき内層12aを形成し、更にブラスめっき内層12a上にブラスめっき外層12bを形成することにより、金属素線11の表面に2層構造のブラスめっき層12を形成する。このとき、ブラスめっき外層12bのCu含有比をブラスめっき内層12aのCu含有比よりも高くする。
【0038】
このようにすることで、ブラスめっき外層12bはブラスめっき内層12aに比べてCuリッチの状態となるため、柔らかくて延性に富んだブラスめっき外層12bを得ることができる。このとき、ブラスめっき外層12bのCu含有比を67.5〜85.0質量%とすることにより、ブラスめっき外層12bの結晶組織としてはα相になりやすくなるため、ブラスめっき外層12bの延性が十分高くなると共に、Cuに対するブラスめっき外層12bの最低限の耐食性を維持することができる。また、非シアンめっき浴を使用するので、ブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bの層内Cu含有比を均一にすることができる。また、ブラスめっき外層12bの厚みを0.08〜0.50μmと薄くすることにより、金属ワイヤ10の顕著な伸線加工性低下を防止すると共に、ブラスめっき層12の必要最低限の耐食性を確実に維持することができる。以上により、金属ワイヤ10の伸線加工性が向上し、伸線後の表面性状が良好であり且つ線径が一定な金属ワイヤ10を得ることができる。
【0039】
また、ブラスめっき内層12aはブラスめっき外層12bに比べてZnリッチの状態となるため、Cuに対するブラスめっき内層12aの耐食性が高くなる。このとき、ブラスめっき内層12aのCu含有比を60〜75質量%にすることにより、ブラスめっき内層12aとしても最低限の延性が確保されるため、金属ワイヤ10の伸線加工性の向上に寄与すると共に、ブラスめっき層12の耐食性も満たすことができる。
【0040】
さらに、本実施形態では、電解方式による化成皮膜処理を用いて、ブラスめっき層12の表面に燐酸鉄皮膜13を均一に安定して形成することができる。従って、そのような燐酸鉄皮膜13が形成された金属ワイヤ10をダイス14に通して伸線加工を行うときに、金属ワイヤ10とダイス14との摩擦抵抗が低くなるため、ダイス14に与える影響が軽減され、ダイス14の寿命が長くなる。また、金属ワイヤ10の伸線加工性が一層向上し、伸線後の金属ワイヤ10の表面性状が更に良好になると共に、金属ワイヤ10の断線を防止することができる。
【0041】
また、ブラスめっき層12に形成する燐酸塩皮膜を燐酸鉄皮膜13とするのは以下の通りである。即ち、金属ワイヤ10の伸線加工においては、上述したように湿式の伸線用潤滑剤が使用されるが、この湿式の伸線用潤滑剤に含まれる金属イオン(Cu、Zn等)が一定量を超えると、伸線用潤滑剤は劣化してしまう。燐酸塩皮膜を燐酸亜鉛皮膜とした場合には、伸線加工時に燐酸亜鉛皮膜に含まれるZnが脱落してイオン化することがあるため、伸線用潤滑剤の劣化を早めることになり、かえって金属ワイヤの伸線加工性を損ねてしまう。また、燐酸塩皮膜を燐酸マンガン皮膜や燐酸コバルト皮膜等とすることも考えられるが、燐酸マンガンや燐酸コバルト等は皮膜されにくいため、所望の皮膜量を得るにはコストアップとなる。一方、燐酸鉄は、湿式の伸線用潤滑剤との親和性が良好であり、皮膜形成にも殆ど支障をきたさないので、ブラスめっき層12に形成する燐酸塩皮膜として効果的である。
【0042】
このとき、化成皮膜処理後の燐酸鉄皮膜13の付着量が5〜40mg/mとなるように、電解方式による化成皮膜処理を行うのが好ましい。これにより、金属ワイヤ10の伸線加工時に、金属ワイヤ10とダイス14との摩擦抵抗が増大して金属ワイヤ10の焼付けや断線を起こすことを確実に防止できるだけでなく、金属ワイヤ10の伸線加工後には、ブラスめっき層12の表面に形成された燐酸鉄皮膜13が殆ど無くなるため、金属ワイヤ10の表面性状を更に良好にすることができる。
【0043】
以上のように本実施形態によれば、金属ワイヤ10の伸線加工性が向上するので、伸線後の表面性状の優れたソーワイヤ3を得ることができる。従って、そのようなソーワイヤ3を用れば、硬いインゴット2であっても優れた切断性能を発揮させることができる。例えば、インゴット2の切断面がきれいになるようにインゴット2をスムーズに切断することが可能となる。
【0044】
次に、本発明に係る金属ワイヤの製造方法についての実施例を以下に述べる。まず、表1に記載されているような複数種類のサンプルを製造した。
【表1】

【0045】
表1において、比較例1〜4のサンプルは、金属素線の表面にCuめっき層及びZnめっき層を積層した後、これらを490℃の温度で3.5秒間熱拡散させてブラスめっき層を形成したものである。実施例1〜8のサンプルは、非シアンめっき浴によって、金属素線の表面にブラスめっき内層及びブラスめっき外層を積層した後、これらを445℃の温度で3.5秒間加熱したものである。非シアンめっき浴としては、例えば銅、亜鉛、糖蜜、カオリン粉末、ポテトデンプン、小麦麦芽粉末からなるものを使用した。実施例3〜8のサンプルでは、電解方式による化成皮膜処理を用いて、ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成してある。なお、金属素線としては、JIS規格SWRS 82A相当の炭素鋼を使用した。
【0046】
そして、20〜22段のダイスを有する湿式伸線機により各サンプルの伸線加工を行った。伸線加工前の金属ワイヤの線径は1.0mmであり、伸線加工後の最終的な金属ワイヤの線径(仕上径)は0.16mmである。各サンプルにおいて、めっき層のCu含有比や厚み、燐酸鉄皮膜の皮膜量は、表1に示す通りである。
【0047】
なお、実施例1〜8のサンプルにおいて、ブラスめっき内層の組成の分析測定は、ブラスめっき外層の形成後に行うことは困難であるため、事前にダミー線でブラスめっき内層の組成を分析測定し、その測定結果を表1に掲載している。ブラスめっき外層の組成の分析測定も、同様の方法により行っている。ただし、ブラスめっき外層の極表面Cu含有比については、ブラスめっき外層を形成して加熱した後に、X線回折装置により測定した。
【0048】
比較例1〜4及び実施例1〜8について、湿式伸線機による伸線速度を600m/min、800m/min、1000m/min、1200m/minとして、評価用金属ワイヤの伸線加工を行った時の金属ワイヤの表面性状を確認した。その結果は、表1に示す通りである。なお、金属ワイヤの表面性状の評価基準を下記に示す。
○:金属ワイヤの表面に縦筋等が認められず平滑である(正常)
△:金属ワイヤの表面に縦筋等が認められる(異常)
×:伸線中に、金属ワイヤの断線発生。金属ワイヤの表面にかなりの縦筋等が認められる(異常)
【0049】
比較例1〜3では、ブラスめっき層の平均Cu含有比が72%以上であっても、伸線速度1000m/minで伸線加工を行うと、金属ワイヤの断線が発生している。これに対し実施例1〜8では、ブラスめっき層の平均Cu含有比と極表面Cu含有比との差が殆ど無いことから、比較例1〜3の場合に比べて金属ワイヤの表面性状が良くなっている。具体的には、伸線速度1000m/minで伸線加工を行っても、金属ワイヤの表面に縦筋等が発生していない。
【0050】
このような実験結果から、ブラスめっき外層のCu含有比をある程度高くすることに加えて、非シアンめっき浴を用いてブラスめっき層を形成することで、ブラスめっき外層の層内Cu含有比がほぼ均一になるため、金属ワイヤの伸線加工性が向上し、金属ワイヤの表面性状が良くなると考えられる。
【0051】
また、比較例1〜4及び実施例1〜8について、伸線後における金属ワイヤの耐食性を確認した。具体的には、温度30℃、湿度80%という梅雨時期を想定した条件下で、評価用金属ワイヤを放置し、発錆が認められる迄の時間を確認した。その結果は、表1に示す通りである。なお、金属ワイヤの耐食性の評価基準を下記に示す。
○:120時間以上
△:80時間以上120時間未満
×:80時間未満
【0052】
比較例1〜3では、発錆が認められるのが放置し始めてから80〜120時間であったが、比較例4では、ブラスめっき層の平均Cu含有比が86%と極めて高いため、放置し始めてから80時間未満で発錆が認められた。これに対し実施例1,2では、発錆が認められるのが放置し始めてから80〜120時間であったものの、実施例3〜8では、発錆が認められるのが放置し始めてから120時間以上であった。
【0053】
このような実験結果から、ブラスめっき層をブラスめっき内層及びブラスめっき外層からなる2重構造とし、ブラスめっき内層のCu含有比をブラスめっき外層のCu含有比よりも低くすることで、金属ワイヤの伸線加工性を確実に向上させつつ、金属ワイヤの耐食性を十分確保することができると考えられる。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば上記実施形態は、金属ワイヤ10のブラスめっき層12をブラスめっき内層12a及びブラスめっき外層12bからなる2層構造としたが、図6に示すようにブラスめっき層12は単層であっても良い。この場合には、ブラスめっき層12のCu含有比を67.5〜85.0質量%とするのが好ましい。これにより、比較的柔らかくて延性に富むと共にCu含有比の均一性の高いブラスめっき層12が得られるため、金属ワイヤ10の伸線加工性を向上させることができる。
【0055】
また、ブラスめっき層12は3層以上であっても良い。この場合には、最外層のブラスめっき層のCu含有比が他のブラスめっき層のCu含有比よりも低くなるように、複数層のブラスめっき層12を形成すれば良い。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係るソーワイヤの一実施形態が適用されるワイヤソー装置を示す概略図である。
【図2】図1に示すソーワイヤ(金属ワイヤ)の断面図である。
【図3】図2に示すソーワイヤ(金属ワイヤ)を製造する手順を示すフローチャートである。
【図4】図3に示す金属素線にブラスめっき層及び燐酸鉄皮膜を順次形成する工程を示す断面図である。
【図5】図4に示す金属ワイヤを伸線加工する方法を示す断面図である。
【図6】図2に示すソーワイヤ(金属ワイヤ)の変形例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0057】
3…ソーワイヤ、10…金属ワイヤ、11…金属素線、12…ブラスめっき層、12a…ブラスめっき内層、12b…ブラスめっき外層、13…燐酸鉄皮膜(燐酸塩皮膜)。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属素線の表面にCu−Zn合金からなるブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法であって、
Cu及びZnを含むと共にシアンを含まないめっき浴によって、前記金属素線の表面に前記ブラスめっき層を形成する工程と、
前記ブラスめっき層を加熱する工程とを有することを特徴とする金属ワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記ブラスめっき層を加熱する工程においては、前記ブラスめっき層を419℃±30℃の温度で加熱することを特徴とする請求項1記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記ブラスめっき層を形成する工程においては、最外層のブラスめっき層のCu含有比が他のブラスめっき層のCu含有比よりも高くなるように、前記めっき浴により前記金属素線の表面に前記ブラスめっき層を複数層形成することを特徴とする請求項1または2記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項4】
前記ブラスめっき層を形成する工程においては、前記最外層のブラスめっき層のCu含有比を67.5〜85.0質量%にすることを特徴とする請求項3記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項5】
前記ブラスめっき層を形成する工程においては、前記最外層のブラスめっき層の厚みを0.08〜0.50μmにすることを特徴とする請求項3または4記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項6】
前記ブラスめっき層を形成する工程においては、前記他のブラスめっき層のCu含有比を60〜75質量%にすることを特徴とする請求項4または5記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項7】
前記金属素線の表面に前記ブラスめっき層を形成した後、前記ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、前記ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成する工程を更に有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項8】
前記燐酸塩皮膜を形成する工程においては、前記ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成することを特徴とする請求項7記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項9】
前記燐酸塩皮膜を形成する工程においては、前記燐酸鉄皮膜の付着量が5〜40mg/mとなるように、前記ブラスめっき層に対して前記電解による化成皮膜処理を施すことを特徴とする請求項8記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項記載の金属ワイヤの製造方法により製造された金属ワイヤを用いて成ることを特徴とするソーワイヤ。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−270347(P2007−270347A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−41013(P2007−41013)
【出願日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【出願人】(504211429)栃木住友電工株式会社 (50)
【Fターム(参考)】