説明

金属加工用油剤組成物

【課題】30Dを超えるようなガンドリル加工において、従来の塩素系油剤および非塩素化油剤以上の切削性能を有する金属加工用油剤組成物を提供する。
【解決手段】鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、組成物全量基準で0.8質量%以上1.8質量%以下の硫黄分となる硫黄系極圧添加剤と、組成物全量基準で3質量%以上13質量%以下の過塩基性金属スルホネートと、を含有している、金属加工用油剤組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属加工用油剤組成物に関する。詳細には、塩素系極圧添加剤を含有しない金属加工用油剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の金属加工用油剤組成物は、鉱物油、油脂および合成潤滑油等の潤滑基油に、仕上げ面の向上や切削抵抗の低減を目的として、塩素系や硫黄系の極圧添加剤を添加した油剤組成物が使用されてきた。塩素系極圧添加剤は極圧効果の点では硫黄系極圧添加剤よりも優れるため、過酷な潤滑条件下では、塩素化パラフィンなどの塩素系極圧添加剤が多用されてきた。例えば、特許文献1には、塩素化パラフィンを使用した金属加工用油剤組成物が開示されている。
【0003】
しかしながら、近年、金属加工用油剤組成物においては、環境保護の問題から塩素系極圧添加剤の使用に対する懸念が増大している。また、代表的な塩素系極圧添加剤である塩素化パラフィンの短鎖パラフィン成分は、発がん性物質として現在は規制の対象になっている。そのため、人体に対する安全性を考慮して、塩素系極圧添加剤を使用しない非塩素化油剤が発明されている。
【0004】
例えば、特許文献2にはアルキルスルホン酸誘導体、アルカリ土類金属塩および硫黄系極圧添加剤を用いた組成物が開示されている。また、特許文献3には、硫黄系極圧添加剤、有機亜鉛および/または有機モリブデン化合物、イミド系添加剤を用いた組成物が開示されている。さらに、特許文献4には、炭化水素油に脂環式多価カルボン酸エステル化合物を用いた組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−204001号公報
【特許文献2】特開2000−351982号公報
【特許文献3】特開2002−155293号公報
【特許文献4】特開2006−249370号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、既存の非塩素化油剤は汎用的に使用されることを前提に設計、製造されている。そのため、塩素系油剤から非塩素系油剤に切り替えた場合、穴あけ加工のように中心と外周刃とでの切削速度が大きく異なり、且つアウトプットシャフトのような30Dを超えるガンドリル加工では、添加剤が有効に作用しない場合があり、切削性低下に起因すると思われる工具磨耗、欠損、主軸電流値の過負荷異常が発生し、生産阻害要因となる虞があった。
【0007】
そこで、本発明は、30Dを超えるようなガンドリル加工において、従来の塩素系油剤および非塩素化油剤以上の切削性能を有する金属加工用油剤組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、以下の発明を完成させた。
【0009】
本発明は、鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、組成物全量基準で0.8質量%以上1.8質量%以下の硫黄分となる硫黄系極圧添加剤と、組成物全量基準で3質量%以上13質量%以下の過塩基性金属スルホネートと、を含有している、金属加工用油剤組成物である。ここに、「組成物全量基準で0.8質量%以上1.8質量%以下の硫黄分となる硫黄系極圧添加剤」とは、金属加工用油剤組成物を構成するもののうち、硫黄系極圧添加剤以外の潤滑油基油などに含まれる硫黄分も考慮して、組成物全量基準で硫黄分を0.8質量%以上1.8質量%以下に調整できる量の硫黄系極圧添加剤を意味する。
【0010】
本発明の金属加工用油剤組成物は、30Dを超えるガンドリル加工に好適に用いることができる。本発明において「30Dを超える」とは、ガンドリル加工を行う際の加工深さLと切刃径Dとの比(L/D)が、30を超えることを意味する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金属加工用油剤組成物は、30Dを超えるようなガンドリル加工において、従来の塩素系油剤および非塩素化油剤以上の切削性能を有する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の上記した作用及び利得は、次に説明する発明を実施するための形態から明らかにされる。以下、本発明を実施形態に基づき説明する。
【0013】
<金属加工用油剤組成物>
本発明の金属加工用油剤組成物は、鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、組成物全量基準で0.8質量%以上1.8質量%以下の硫黄分となる硫黄系極圧添加剤と、組成物全量基準で3質量%以上13質量%以下の過塩基性金属スルホネートと、を含有しており、塩素系の添加剤は含有していない。以下、各構成について説明する。
【0014】
(潤滑基油)
潤滑基油としては、一般に金属加工用の基油として用いられている、鉱油、合成油、またはこれらの混合物を用いることができる。より具体的には、40℃における動粘度が1mm/s以上100mm/s以下の範囲になるものが好ましく、3mm/s以上50mm/s以下の範囲になるものがより好ましい。動粘度が低すぎれば、引火点が低くなり、ミストによって作業環境を悪化させる虞がある。逆に動粘度が高すぎれば、油剤が被加工物に付着して持ち去られる量が多くなり、経済的でなくなる虞がある。また、この基油の低温流動性の指標である流動点については、特に制限はないが、−10℃以下であることが好ましい。
【0015】
本発明に用いることができる鉱油としては、種々のものを挙げることができる。例えば、パラフィン基系原油、中間基系原油、またはナフテン基系原油を常圧蒸留するか、あるいは常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られる留出油、またはこれを常法にしたがって精製することによって得られる精製油、例えば、溶剤精製油、水添精製油、脱ロウ処理油、白土処理油等を挙げることができる。
【0016】
一方、本発明に用いることができる合成油としては、例えば、炭素数8〜14のポリ−α−オレフィン、オレフィンコポリマー(例えば、エチレン−プロピレンコポリマーなど)、あるいはポリブテン、ポリプロピレン等の分岐オレフィンやこれらの水素化物、さらにはポリオールエステル(トリメチロールプロパンの脂肪酸エステル、ペンタエリスリトールの脂肪酸エステルなど)や二塩基酸エステル等のエステル系化合物、アルキルベンゼン等を挙げることができる。
【0017】
(硫黄系極圧添加剤)
硫黄系極圧添加剤としては、分子内に硫黄原子を有し、潤滑基油に溶解又は均一に分散して極圧効果を発揮しうるものを用いることができる。このような硫黄系極圧添加剤の具体例としては、硫化油脂、硫化脂肪酸、硫化エステル、硫化オレフィン、ポリサルファイド類、チオカーバメート類、硫化鉱油などを挙げることができる。
【0018】
ここで、硫化油脂は硫黄と油脂(ラード油、鯨油、植物油、魚油等)を反応させて得られるものである。その具体例としては、硫化ラード、硫化なたね油、硫化ひまし油、硫化大豆油などを挙げることができる。
【0019】
硫化脂肪酸の具体例としては、硫化オレイン酸などを挙げることができる。
【0020】
硫化エステルの具体例としては、硫化オレイン酸メチルや硫化米ぬか脂肪酸オクチルなどを挙げることができる。
【0021】
硫化オレフィンは、炭素数2〜15のオレフィン又はその2〜4量体を、硫黄、塩化硫黄等の硫化剤と反応させることによって得ることができる。
【0022】
ポリサルファイド類の具体例としては、ジベンジルポリサルファイド、ジ−tert−ノニルポリサルファイド、ジドデシルポリサルファイド、ジ−tert−ブチルポリサルファイド、ジオクチルポリサルファイド、ジフェニルポリサルファイド、ジシクロヘキシルポリサルファイドなどを挙げることができる。
【0023】
チオカーバメート類の具体例としては、ジンクジチオカーバメート、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネートなどを挙げることができる。
【0024】
硫化鉱油とは、鉱物油に単体硫黄を溶解させたものをいう。単体硫黄を溶解させる鉱物油は特に制限はないが、例えば、上記潤滑基油の説明において例示した鉱物油を使用することができる。
【0025】
本発明において、硫黄系極圧添加剤は一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、硫黄系極圧添加剤の含有量は、本発明の金属加工用油剤組成物全量基準で硫黄分として0.8質量%以上1.8質量%以下となる量であり、好ましくは1.0質量%以上1.6質量%以下の範囲となる量である。硫黄分の含有量が少なすぎると潤滑性能を維持できない場合があり、多すぎると配合量に見合う効果の向上が得られない。
【0026】
(過塩基性金属スルホネート)
過塩基性金属スルホネートとしては、塩基価(JIS K−2501過塩素酸法による)が100mgKOH/g以上、好ましくは200〜600mgKOH/gの範囲にある、カリウムスルホネート、ナトリウムスルホネート、カルシウムスルホネート、マグネシウムスルホネート、バリウムスルホネート等などが用いられる。該塩基価が100mgKOH/g未満では、使用中に劣化により発生する酸性物質に起因する被加工物の錆を充分に防止できない上、廃油の焼却の際には、腐食により炉の破損を生じる虞がある。
【0027】
過塩基性金属スルホネートの具体例としては、塩基価300mgKOH/gの石油スルホン酸カルシウムやスルホン酸ナトリウム、塩基価400mgKOH/gのジアルキルベンゼンスルホン酸カルシウムやスルホン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0028】
本発明において、過塩基性金属スルホネートは一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、過塩基性金属スルホネートの含有量は、本発明の金属加工用油剤組成物全量基準で3質量%以上13質量%以下であり、好ましくは5質量%以上11質量%以下である。過塩基性金属スルホネートの含有量が少なすぎれば上記硫黄系極圧添加剤との併用効果が充分に発揮されず、工具類の異常摩耗を引き起こす虞がある。逆に多すぎると、油剤の粘度上昇、貯蔵安定性の低下などの問題を生じる虞がある。
【0029】
(その他の添加剤)
本発明の金属加工用油剤組成物は、上記潤滑基油に上記硫黄分となる硫黄系極圧添加剤と上記過塩基性金属スルホネートとを添加することにより得られるが、金属加工用油剤組成物の基本的な性能を維持するために、本発明の目的を阻害しない範囲で各種公知の添加剤を適宜配合することができる。
【0030】
(用途)
本発明の金属加工用油剤組成物はガンドリル加工に用いることができ、30Dを超えるガンドリル加工にも好適に用いることができる。本発明の金属加工用油剤組成物をガンドリル加工に使用する場合、高圧に給油できるポンプや配管設備を用いて使用される。
【実施例】
【0031】
ガンドリル加工時の切削抵抗を低減できる金属加工用油剤組成物を得るため、以下に説明する評価方法によって、潤滑基油に含有させる添加剤の種類と添加量を検討した。
【0032】
<評価方法>
添加剤の種類と含有量が異なる金属加工用油剤組成物を用いて、SCM材を加工速度76m/minでガンドリル加工し、ガンドリル加工時の主軸電流値を切削抵抗の代用特性として評価した。当該評価に用いた設備、および評価条件を以下に示す。
工作機械:A55E 横形マシニングセンタ(牧野フライス製作所製)
切削速度:76m/分
送り:141mm/分(0.07mm/rev)
工具:φ12−L380ガンドリル(切刃:超硬K10種相当、三菱マテリアル製)
被削剤:SCM420H 形状:φ28mm×270mm
加工長:250mm/穴
加工数:50穴
油剤吐出圧:5MPa
【0033】
(実施例1)
40℃での粘度が9.3mm/sであるスピンドル油(以下、「鉱物油(1)」という。)87質量%と、ポリスルフィド(S量:40%、大日本インキ化学工業株式会社製、以下同じ。)3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート(TBN400、Witco社製、以下同じ。)10質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0034】
(実施例2)
鉱物油(1)86質量%と、ポリスルフィド3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%と、ジチオリン酸亜鉛(アフトンケミカル・ジャパン株式会社製、以下同じ。)1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0035】
(実施例3)
鉱物油(1)82質量%と、ポリスルフィド3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%と、ジチオリン酸亜鉛5質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0036】
(実施例4)
硫化鉱油88.2質量%と、ポリスルフィド1.8質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0037】
(実施例5)
硫化鉱油93.2質量%と、ポリスルフィド1.8質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート5質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0038】
(実施例6)
鉱物油(1)91質量%と、ポリスルフィド3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート5質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0039】
(実施例7)
鉱物油(1)93質量%と、ポリスルフィド3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート3質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0040】
(比較例1)
鉱物油(1)78.6質量%と、40℃での粘度が46mm/sであるマシン油(以下、「鉱物油(2)」という。)15質量%と、ポリスルフィド1.4質量%と、塩素化パラフィン5質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0041】
(比較例2)
鉱物油(1)92.2質量%と、ポリスルフィド7.8質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0042】
(比較例3)
硫化鉱油90質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0043】
(比較例4)
鉱物油(1)90質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0044】
(比較例5)
鉱物油(1)93質量%と、ポリスルフィド1質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート5質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0045】
(比較例6)
鉱物油(1)88質量%と、ポリスルフィド1質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート10質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0046】
(比較例7)
鉱物油(1)93質量%と、ポリスルフィド5質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート1質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0047】
(比較例8)
鉱物油(1)95質量%と、ポリスルフィド3質量%と、過塩基性カルシウムスルホネート1質量%と、ジチオリン酸亜鉛1質量%とを含む金属加工用油剤組成物。
【0048】
<評価結果>
上記実施例1〜5および比較例1〜10の金属加工用油剤組成物について、その配合割合、硫黄分、塩素分、および上記評価方法による主軸電流値(最大電流値および平均電流値)を表1に示す。なお、比較例4については、全く加工することができなかったため、主軸電流値を示していない。
【0049】
【表1】

【0050】
表1に示したように、鉱物油(1)にポリスルフィドのみを添加した比較例2や、硫化鉱油に過塩基性カルシウムスルホネートのみを添加した比較例3は、比較例1よりも主軸電流値が明らかに高くなり、鉱物油(1)に過塩基性カルシウムスルホネートのみを添加した比較例4では全く加工できなかった。また、ポリスルフィド、過塩基性カルシウムスルホネート、ジチオリン酸亜鉛を組み合わせて鉱物油(1)に添加した比較例5〜8では、比較例2に比べて主軸電流値が低かったものの、比較例1には及ばなかった。これらに対してポリスルフィドと過塩基性カルシウムスルホネートを鉱物油(1)に所定量添加した実施例6、7では塩素系極圧添加剤を含有する比較例1と同等であり、塩素系油剤と同等の効果を得られた。さらに、実施例1〜3や、ポリスルフィドと過塩基性カルシウムスルホネートを硫化鉱油に所定量添加した実施例4、実施例5は、比較例1よりも主軸電流値が低かった。特に実施例1、実施例4では、比較例1に対して10%以上低減していた。また,工具磨耗も小さくなっていた。なお、実施例1〜3の結果より、本評価方法では、ジチオリン酸亜鉛を添加しても主軸電流値を低下させることはできなかった。
【0051】
以上、現時点において最も実践的であり、かつ好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う金属加工用油剤組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、組成物全量基準で0.8質量%以上1.8質量%以下の硫黄分となる硫黄系極圧添加剤と、組成物全量基準で3質量%以上13質量%以下の過塩基性金属スルホネートと、を含有している、金属加工用油剤組成物。
【請求項2】
30Dを超えるガンドリル加工に用いる、請求項1に記載の金属加工用油剤組成物。

【公開番号】特開2011−1516(P2011−1516A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−147591(P2009−147591)
【出願日】平成21年6月22日(2009.6.22)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】