説明

金属合金と繊維強化プラスチックの複合体及びその製造方法

【課題】金属合金と繊維強化プラスチックを1液性エポキシ系接着剤によって接合したときの接合力を向上させる。
【解決手段】A7075片にエッチングを施し、その表面にミクロンオーダーの粗度を生じさせ、且つ、40〜100nm径の凹部からなる超微細凹凸を形成させ、且つ、表層を酸化アルミニウムの薄層とする。その接着対象となるCFRPを3回硬化させた後、表面を粗面化し、洗浄する。(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材、(2)100nm以下の粒径の超微細無機充填材、及び(3)ポリエーテルスルホン樹脂の粉体をエポキシ系樹脂に充填した1液性エポキシ系接着剤を、A7075片及びCFRPに塗布して両者を固定し、硬化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動機械、電気機器、医療機器、一般機械、その他の製造分野一般に関する。具体的には、金属合金と繊維強化プラスチック(以下、「FRP(Fiber Reinforced Plasticsの略)」という)をエポキシ系接着剤にて強固に接着した複合体の製造技術に関する。特に、金属合金と炭素繊維強化プラスチック(以下、「CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plasticsの略)」という)を接着した複合体の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
金属合金と樹脂を一体化する技術は、航空機、自動車、家庭電化製品、産業機器等、あらゆる製造業で求められており、このために多くの接着剤が開発されている。この中には非常に優れた接着剤がある。例えば常温又は加熱により機能を発揮する接着剤は、金属合金と合成樹脂を一体化する接合に使用され、この方法は現在では一般的な接着技術である。
【0003】
一方、接着剤を使用しない接合方法も研究されてきた。マグネシウム、アルミニウムやその合金である軽金属類、又、ステンレスなど鉄合金類に対し、接着剤の介在なしで高強度の熱可塑性のエンジニアリング樹脂を一体化させる方法がある。例えば、射出等の方法で樹脂成形と同時に接合を為す方法(以下、「射出接合」という)として、アルミニウム合金に対し熱可塑性樹脂であるポリブチレンテレフタレート樹脂(以下「PBT」という)又はポリフェニレンサルファイド樹脂(以下「PPS」という)を射出接合させる製造技術が開発されている(例えば特許文献1、2参照)。加えて、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼等も同系統の樹脂を使用した射出接合が可能であることが実証されている(特許文献3、4、5、6参照)。
【0004】
特許文献1及び2における射出接合の原理を以下に示す。アルミニウム合金を水溶性アミン系化合物の希薄水溶液に浸漬させ、アルミニウム合金を水溶液の弱い塩基性によって微細エッチングする。この浸漬処理では、アルミニウム合金表面に超微細凹凸が形成されると共に、アルミニウム合金表面へのアミン系化合物分子の吸着が同時に起こる。この表面処理がなされたアルミニウム合金を射出成形金型にインサートし、溶融した熱可塑性樹脂を高圧で射出させる。このとき、熱可塑性樹脂と、アルミニウム合金表面に吸着していたアミン系化合物分子が遭遇することで化学反応する。この化学反応は、この熱可塑性樹脂が低温の金型温度に保たれたアルミニウム合金に接して急冷されて結晶化し固化せんとする物理反応を抑制する。その結果、樹脂は、結晶化や固化が遅れ、その間にアルミニウム合金表面の超微細凹凸に浸入する。このことにより、熱可塑性樹脂は外力を受けてもアルミニウム合金表面から剥がれ難くなる。即ち、アルミニウム合金と形成された樹脂成形物は強固に接合する。別の言い方で、化学反応と物理反応が競争反応の関係になり、この場合は化学反応が優先されるため強固な射出接合が生じると言える。実際、アミン系化合物と化学反応できるPBTやPPSがこのアルミニウム合金と射出接合ができることを確認している。この射出接合のメカニズムを発明者らは「NMT(Nano molding technologyの略)」理論と称した。
【0005】
また、本発明者らは、特許文献3、4、5、及び6に示すように、アミン系化合物の金属合金表面への化学吸着なしに、要するに特段の発熱反応や何らかの化学反応の助力を得ることなしに、射出接合が可能な条件を発見した。即ち、アルミニウム合金以外の金属合金についても、その金属合金と熱可塑性樹脂を射出接合によって強固に接合することができる条件を発見し、この条件に基づく射出接合のメカニズムを「新NMT(Nano molding technologyの略)」理論と称した。
【0006】
これらの発明は全て本発明者らによるが、これらは比較的単純な接合理論によっている。本発明者らは、アルミニウム合金に関する射出接合理論を「NMT(Nano molding technologyの略)」理論と称し、金属合金全般の射出接合理論に関しては、「新NMT」理論と称している。より広く使用できる「新NMT」理論の仮説は以下の通りである。即ち、強烈な接合力ある射出接合を得るために、金属合金側と射出樹脂側の双方に各々条件があり、まず金属側については以下に示す3条件が必要である。
【0007】
[新NMT理論での金属合金側の条件]
第1条件は、金属合金表面が、化学エッチング手法によって1〜10μm周期の凹凸で、その凹凸高低差がその周期の半分程度まで、即ち0.5〜5μmまでの粗い粗面になっていることである。ただし、実際には、前記粗面で正確に全表面を覆うことはバラツキがあり、一定しない化学反応では難しく、具体的には、粗度計で見た場合に0.2〜20μm範囲の不定期な周期の凹凸で、且つその最大高低差が0.2〜5μmの範囲である粗度曲線が描けること、又は、最新型のダイナミックモード型の走査型プローブ顕微鏡で走査して、JIS規格(JISB0601:2001)でいう平均周期、即ち山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmである粗度面であれば、前記で示した粗度条件を実質的に満たしたものと考えている。本発明者等は、理想とする粗面の凹凸周期が前記したように、ほぼ1〜10μmであるので、分かり易い言葉として「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と称した。
【0008】
第2の条件は、上記ミクロンオーダーの粗度を有する金属合金表面に、さらに5nm以上の超微細凹凸が形成されていることである。言い換えると、ミクロの目で見てザラザラ面であることを要する。当該条件を具備するために、上記金属合金表面に、微細エッチングや酸化処理、化成処理等を行い、前述のミクロンオーダーの粗度をなす凹部内壁面に5〜500nm、好ましくは10〜300nm、より好ましくは50〜100nm周期の超微細凹凸を形成する。
【0009】
この超微細凹凸について述べると、その凹凸周期が10nm以下の周期であると樹脂分の進入が明らかに難しくなる。また、この場合には通常、凹凸高低差も小さくなるので、樹脂側から見て円滑面に見える。その結果、スパイクの役目を為さなくなる。又、周期が300〜500nm程度又はこれよりよりも大きな周期なら(その場合、ミクロンオーダーの粗度をなす凹部の直径や周期は10μm近くになると推定される)、ミクロンオーダーの凹部内でのスパイクの数が激減するので効果が効き難くなる。よって、原則としては、超微細凹凸の周期が10〜300nmの範囲であることを要する。しかしながら、超微細凹凸の形状によっては、5nm〜10nm周期のものでも、樹脂がその間に侵入する場合がある。例えば、5〜10nm直径の棒状結晶が錯綜している場合等がこれに該当する。また、300nm〜500nm周期のものでも、超微細凹凸の形状がアンカー効果を生じやすい場合がある。例えば、高さ及び奥行きが数百〜500nmで、幅が数百〜数千nmの階段が無限に連続した形状がこれに該当する。このような場合も含め、要求される超微細凹凸の周期を5nm〜500nmと規定した。
【0010】
ここで、従来は上記第1の条件に関して、Rsmの範囲を1〜10μm、Rzの範囲を0.5〜5μmと規定していたが、Rsmが0.8〜1μm、Rzが0.2〜0.5μmの範囲であっても、超微細凹凸の凹凸周期が、特に好ましい範囲(概ね30〜100nm)に有れば、接合力が高く維持できる。それ故に、Rsmの範囲を小さい方にやや広げることとした。即ち、Rsmが0.8〜10μm、Rzが0.2〜5μmの範囲とした。
【0011】
さらに、第3の条件は、上記金属合金の表層がセラミック質であることである。具体的には、元来耐食性のある金属合金種に関しては、その表層が自然酸化層レベルかそれ以上の厚さの金属酸化物層であることを要し、耐食性が比較的低い金属合金種(例えばマグネシウム合金や一般鋼材等)では、その表層が化成処理等によって生成した金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であることが第3の条件となる。これらを模式的に図にすると図15のようになる。金属合金相40の表面にはミクロンオーダーの粗度を成している凹部(C)が形成され、さらにその凹部内壁には超微細凹凸(A)が形成され、表層はセラミック質層41となっており、この超微細凹凸に接着剤硬化物相42の一部が浸入している。このようにした金属合金表面に液状の樹脂組成物が侵入し、侵入後に硬化すると、金属合金と硬化した樹脂組成物は非常に強固に接合するという簡潔な考え方である。
【0012】
[新NMT理論での樹脂側の条件]
次に、樹脂側の条件を説明する。樹脂としては、硬質の高結晶性の熱可塑性樹脂であって、これに適切な別ポリマーをコンパウンドする等して、急冷時での結晶化速度を遅くした物が使用できる。実際には、結晶性の硬質樹脂であるPBTやPPSに適切な別ポリマー及びガラス繊維等をコンパウンドした樹脂組成物が使用できる。
【0013】
[新NMT理論に基づく射出接合]
上記金属合金及び樹脂を使用して、一般の射出成形機、射出成形金型によって射出接合できるが、この過程を前述の「新NMT」理論仮説に従って説明する。射出した溶融樹脂は、融点よりも150℃程度温度が低い金型内に導かれるが、この流路で冷やされ、融点以下の温度になっているとみられる。即ち、溶融した結晶性樹脂が急冷された場合、融点以下になったとしてもゼロ時間で結晶が生じ固体に変化することはない。要するに、融点以下ながら溶融している状態、即ち過冷却状態がごく短時間存在する。前述したように、PBTやPPSに特殊なコンパウンドを行うことによって、この過冷却時間を少し長くすることが可能である。これを利用して大量の微結晶が生じることによる粘度の急上昇が起こる前に、ミクロンオーダーの粗度を有する金属表面の凹部にその微結晶が侵入できるようにした。侵入後も冷え続けるので、これに伴い微結晶の数が急激に増えて粘度は急上昇する。しかし、凹部の奥底まで樹脂が到達できるか否かは凹部の大きさや形状にも依存する。
【0014】
本発明者等の実験結果では、金属種を選ばず、上記ミクロンオーダーの粗度に係る1〜10μm径の凹部であって、その深さが周期の半分程度までであれば、凹部の結構奥まで微結晶が侵入すると推測された。さらに、その凹部内壁面が、前述した第2条件のように、ミクロの目で見てザラザラ面であれば、超微細凹凸にも一部樹脂が侵入し、その結果、樹脂側に引き抜き力が付加されても引っかかって抜け難くなると推定される。そしてこのザラザラ面が、第3条件で示したように金属酸化物又は金属リン酸化物で覆われていれば、硬度が高く、樹脂と超微細凹凸に係る凹部との引っ掛かりが、スパイクの如く効果的になる。
【0015】
具体例を示す。例えば、マグネシウム合金の場合、自然酸化層で覆われたままのマグネシウム合金では耐食性が低いので、これを化成処理して表層を金属酸化物、金属炭酸化物、または金属リン酸化物にすることで、硬度の高いセラミックス質で覆われた表面とすることができる。このように表面処理されたマグネシウム合金を射出成形金型にインサートした場合、金型及びインサートしたマグネシウム合金は射出する樹脂の融点より100℃以上低い温度に保たれているので、射出された樹脂は金型内の流路に入った途端に急冷され、マグネシウム合金に接近した時点で融点以下になっている可能性が高い。
【0016】
マグネシウム合金表面の凹部の径が1〜10μm程度と比較的大きい場合、過冷却によって微結晶が生じる限られた時間内に樹脂は浸入し得る。また、生じた高分子微結晶群の数密度がまだ小さい場合も上記凹部なら樹脂は浸入し得る。それは微結晶、すなわち不規則に運動していた分子鎖から分子鎖に何らかの整列状態が生じたときの形を有する微結晶の大きさが、分子モデルから推定すると数nm〜10nmの大きさとみられるからである。それゆえ、微結晶は10nm径の超微細凹凸に対し簡単に侵入できるとは言い難いが、数十nm周期の超微細凹凸ならば、若干は樹脂流の先端が浸入する可能性がある。ただし、微結晶は同時発生的に無数に生じるので、射出樹脂の先端や金型金属面に接している箇所では樹脂流の粘度が急上昇する。化成処理をしたマグネシウム合金表面を電子顕微鏡で観察すると10〜50nm周期の超微細凹凸面が観察され、この程度の周期の超微細凹凸であれば、樹脂流の粘度が急上昇する前に頭を突っ込み得る。
【0017】
また、銅合金、チタン合金や鋼材等の金属合金表面を酸化させ、又は化成処理を施して、その表層を金属酸化物等のセラミック質の微結晶群又はアモルファス層とした場合、PPS樹脂(急冷時のPPS分子結晶化速度を低下させ得たPPS樹脂コンパウンド)を射出接合すると、相当強い接合力が生じた。
【0018】
ここで、接合自体は、樹脂成分と金属合金表面の問題であるが、樹脂組成物に強化繊維や無機フィラーが入っていると、樹脂全体の線膨張率を金属合金に近づけられるので接合後の接合力維持が容易になる。例えばマグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼等に、PBTやPPS系樹脂を射出接合して得た複合体は、せん断破断力で20〜30MPa(約200〜300kgf/cm2)以上、引っ張り破断力で30〜40MPa(約300〜400kgf/cm2)以上となり、強固な複合体であることが確認されている。
【0019】
[NAT理論(接着剤接合)]
本発明者らは、接着剤接合に関しても「新NMT」理論仮説が応用できると考え、類似理論による高強度の接着が可能であるかを確認した。そして、市販の汎用の1液性エポキシ系接着剤を使用し、金属合金の表面構造を工夫することで、より接着力の高い複合体を得ようと試みた。
【0020】
接着剤接合の実験手法に関する手順を以下に示す。前記「新NMT」理論に基づき、射出接合実験で使用したものと同じ表面の金属合金(即ち上記3条件を満たす金属合金)を作成した。そして、液状の1液性エポキシ系接着剤をその金属合金の所定範囲に塗布し、デシケータに入れて一旦真空下に置き、その後常圧に戻すという操作を繰り返すことによって金属合金表面の超微細凹凸面に接着剤を侵入させる。その後、前記所定範囲に被着材を貼り合わせ、加熱して硬化させる方法である。
【0021】
こうした場合、金属合金表面のミクロンオーダーの粗度に係る凹部(前記第1条件における凹凸の凹部)内に、多少の粘度あるエポキシ系接着剤も液体故に侵入可能である。そして侵入したエポキシ系接着剤は、その後の加熱でこの凹部内で硬化することになる。実際には、この凹部の内壁面には超微細凹凸がさらに形成されており(前記の第2条件)、且つこの超微細凹凸は、セラミック質の高硬度の薄膜(前記の第3条件)で覆われていることから、凹部内部に侵入して固化したエポキシ樹脂は、スパイクのような超微細凹凸に掴まって抜け難くなる。
【0022】
本発明者らは、「新NMT」理論を応用して、1液性エポキシ系接着剤によって、金属合金同士及び金属合金とCFRPとの高強度の接着が可能であることを実証した。一例として、A7075アルミニウム合金板同士を、市販の汎用エポキシ系接着剤のみからなる接着剤で接合した結果、70MPaもの強烈なせん断破断力、引っ張り破断力を示す接合体を得ることができた。
【0023】
実際、このような高強度の接着剤接合は、本発明者等によって、アルミニウム合金に次いで、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、一般鋼材、アルミ鍍金鋼板、亜鉛鍍金鋼板に於いて実証された(特許文献7、8、9、10、11、12、13、及び14参照)。いずれも金属合金表面の状態を制御することによって、各種金属合金を過去に例のない強さで接着することができた。具体的には、各種金属合金同士を市販の1液性エポキシ系接着剤を用いて接合した接合体で、概ね50〜70MPaのせん断破断力又は引っ張り破断力を示した。このような接着剤接合に関して「新NMT」理論を応用した前記技術を、本発明者らは「NAT(Nano adhesion technologyの略)」と称している。
【0024】
【特許文献1】WO 03/064150 A1(アルミニウム合金)
【特許文献2】WO 2004/041532 A1(アルミニウム合金)
【特許文献3】WO 2008/069252 A1(マグネシウム合金)
【特許文献4】WO 2008/047811 A1(銅合金)
【特許文献5】WO 2008/078714 A1(チタン合金)
【特許文献6】WO 2008/081933 A1(ステンレス鋼)
【特許文献7】PCT/JP2008/054539(アルミニウム合金)
【特許文献8】PCT/JP2008/057309(マグネシウム合金)
【特許文献9】PCT/JP2008/056820(銅合金)
【特許文献10】PCT/JP2008/057131(チタン合金)
【特許文献11】PCT/JP2008/057922(ステンレス鋼)
【特許文献12】PCT/JP2008/059783(一般鋼材)
【特許文献13】特願2007−336378号公報(アルミ鍍金鋼板)
【特許文献14】特願2008−67313号公報(亜鉛系鍍金鋼板)
【特許文献15】特願2007−325737号(CNT)
【特許文献16】特開2006―89711号(CNT、パーカー)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明者らは、前述したように市販の1液性エポキシ系接着剤を使用し、「NAT」理論に基づいて、金属合金同士又は金属合金とCFRPを接着接合する実験を行ったが、金属合金とCFRPの接着接合に関しては、金属合金同士の接着接合した場合と比較して、せん断破断力又は引っ張り破断力が低下する傾向にあった。金属合金とCFRPの強固な接合は、航空機や船舶等の様々な分野で待望されているが、市販の1液性エポキシ系接着剤では、本発明者らが期待していた金属合金同士の接着接合と同等の接合力を生じさせることはできなかった。また、金属合金とCFRPを接着接合した複合体は、せん断破断力又は引っ張り破断力の複合体間のばらつきが大きく、実用性に問題があった。接着剤を改良し、そのばらつきを小さくすることは可能であったが、これが達成される一方で、金属合金同士を接着接合した場合と比較した接合力の劣化が明確になった。
【0026】
本発明は、このような背景のもとになされたものであり、その目的は、金属合金と繊維強化プラスチックを1液性エポキシ系接着剤によって接合したときの接合力を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明者らは、当初、金属合金とCFRPとの接着接合に際しては、CFRPのマトリックス樹脂と接着剤を組成する樹脂を同時に硬化させる共硬化(以下「コキュア」という)を利用するのが最適であると考えた。即ち、CFRPプリプレグが熱硬化型エポキシ系樹脂組成物からなるマトリックス樹脂を使用しており、金属合金に塗布した接着剤も熱硬化型エポキシ樹脂を組成物としているから、同時硬化させることで強固な接合が達成されると推定した。CFRPプリプレグとエポキシ系接着剤の双方が共に一旦融解してそして共にゲル化、硬化することで最適な接着接合が達成されると考えたのである。それ故、接着剤を塗布した金属合金とCFRPプリプレグを強く抱き合わせ、その状態で加熱硬化を行い、上述した結果を得た。
【0028】
その結果は前述した様に金属合金同士の接合力には及ばなかった。破断面(アルミニウム合金とCFRPの複合体の破断面)を観察したところ、一定の傾向が見られた。せん断破断力が高かった複合体ではアルミニウム合金側の破断面に炭素繊維が必ず存在した。炭素繊維は黒色物であるから、目視で確認可能であった。また、せん断破断力が高い複合体ほど、アルミニウム合金側の破断面に炭素繊維が多く確認された。ここで、アルミニウム合金と接着接合させるのは量産品のCFRPプリプレグではあったが、プリプレグ表面から炭素繊維が浮き出している箇所が僅かに存在した可能性があったので、その場合、はみ出した炭素繊維がアルミニウム合金側に塗った接着剤に取り込まれて破断後にアルミニウム合金側に残り得ると考えていた。
【0029】
しかしながら、コキュアにより得られた金属合金とCFRPの複合体をせん断破断した場合の破断面は、接着剤硬化層とCFRPのマトリックス樹脂硬化層との境界面で生じるのではなく、CFRP自体の中に存在し、CFRP内部が起点となって連鎖破壊に至るという可能性もある。炭素繊維索や炭素繊維布は厳しく表面処理されてエポキシ樹脂との親和性や接着性を向上し、その上で、マトリックス樹脂シートで両面を挟んだシート状物とし、これを熱ロール等で融着一体化してCFRPプリプレグにされる。本発明者らが上記NAT理論を示す前は、金属合金とエポキシ系接着剤硬化層との接着力が60〜80MPaという高いものになることはなかった。故に、炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力の低さに起因する支障は生じなかった。しかし、上記の観察結果は炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力が、金属合金とエポキシ系接着剤との接着力より劣ることを示すものかもしれず、その金属合金と接着接合された炭素繊維とそのマトリックス樹脂の接着力の低さが複合体全体としてのせん断破断力又は引っ張り破断力を低下させる可能性を示すものでもあった。
【0030】
一方で、本発明者らの実験によって、金属合金片同士を接着接合した接合体のせん断破断力は、金属合金片の厚さによっても異なることが明らかであった。金属合金片の大きさをJIS接着剤試験で規定されたせん断破断力測定用の100mm×25mm×1mm厚の金属合金片ではなく、45mm×15mm×3mm厚、又は45mm×18mm×3mm厚の小片を使い、接着面積は0.6〜0.8cmにしてせん断破断力を測定した。このように、金属合金片をJISの規定よりも小片で且つ厚片にした理由は、JIS規定で想定されていた接着力よりも、NAT理論を適用した場合の接着力が遥かに強いからである。これ程の接着力で接合されている接合体をせん断破断する程度まで引っ張ると、破断前に引っ張りによる金属局部の伸びが生じ、曲げ変形が始まる。これが接着面端部で剥がれ破壊を生じ、剥がれ破壊が起点になって残部のせん断破断が一挙に起こり全破断に至る。このような局部への応力集中を緩和するためには曲げ強さを大きくする必要があるが、そのためには金属合金片の形状を厚くて小さい試験片とする必要がある。
【0031】
多種の金属合金について、各種金属合金毎に前述した表面処理を施し、同種金属合金同士の接着接合体について接着強度の試験を行った。ここで各種金属合金について3mm厚程度の板材を入手しようとしたが、実際に入手できたのは僅かであり、殆どの金属合金種で1mm厚の板材しか入手できなかった。銅合金では0.4〜0.7mm厚であり、鋼材は1.6mm厚であった。本来、合金種によって曲げ強さが異なる上に厚さまで異なってしまった。従って、このような金属合金に関しては、積層化することによって曲げ強度の補強を図った。
【0032】
一例として、厚さの薄いKFC銅合金片(0.7mm厚)に表面処理を施して、4枚をエポキシ接着剤で全面接着し、2.8mm厚の積層材とした。この2.8mm厚とした銅合金積層材同士を接着接合し、そのせん断破断力を測ると60〜65MPaとなった。これは積層化していない銅合金片(0.7mm厚)同士の接着接合体と比較して20MPa程度高い値であり、積層化によって接着接合が最適化されたことが明らかになった。これは3mm厚のA7075アルミニウム合金片同士の接着接合体が示したせん断破断力と同等である。同様の方法で薄い金属合金片を積層化して3mm厚程度にし、その積層材同士を市販の1液性エポキシ系接着剤で接着接合してせん断破断力を測定した結果、金属合金種に拘わらず60〜70MPaのせん断破断力を示した。本発明者等が示したNAT理論は、対象となる金属合金種を限定せず、強力な接合力は専らアンカー効果を根拠とするものであるから、せん断破断力の数値が特定範囲に収束すると考えられる。
【0033】
以上から、金属合金を45mm×15mm×3mm厚程度の小片とし、その端部0.6〜0.8cmで接着接合した場合、50MPa程度のせん断力がかかっても小片の曲がり変形はごく小さいことが分かる。一方、コキュアを利用して金属合金片とCFRP片を接着させた際に本発明者らが使用したCFRP片の形状は、上記形状と同じ45mm×15mm×3mm厚であった。この形状のCFRP片は剛性が強く、3mm厚のA7075アルミニウム合金片と同等以上の曲げ強さがあるとみられる。
【0034】
上記検討結果に基づいて、金属合金片と接着接合させる対象を、45mm×15mm×3mm厚程度の小さくて丈夫なCFRP片としておけば、金属合金片とCFRP片との接着が万全であれば、やはり60〜70MPaのせん断破断力を示すはずだと考えた。この考え方が正しいとして更に考えを進めると、コキュア法でこのせん断破断力が観察されず、且つ破断後の金属合金側に炭素繊維カスが付着する理由は明らかとなる。即ち、CFRP内の炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力が不十分であるということである。もし既に硬化したCFRP片を何らかの処理をして炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力を高めることができれば、A7075アルミニウム合金片同士の接着物と同様にNAT理論に基づく高い接着接合力を生じうると考えた。
【0035】
そこで未硬化のCFRPと接着剤を同時に硬化させるコキュアではなく、硬化後のCFRPと金属合金の間に接着剤を介在させた状態で、その接着剤を硬化させる所謂コボンドによって接合力の向上を図る実験を行った。ただしこの実験では一旦得たCFRP片を更に加熱処理してから使用した。追加の加熱処理をしたのは以下の推量をしたからである。即ち、プリプレグメーカーが推奨し、又はCFRPメーカーが実際に使用している硬化方法は、量産性や生産効率の点から合理化されたものと想定した。仮にプリプレグからCFRP材を得る加熱硬化時間をメーカー推奨時間の倍にしたとしても、マトリックス樹脂の硬化率が97%から98%に向上し、炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力も数%向上する程度とする。そのような場合、メーカーの生産技術者はコスト及び時間短縮のために加熱硬化時間を倍にすることはない。メーカー推奨の加熱硬化時間で製造したCFRP材が実用上で十分機能を果せば良いからである。即ち、一般的な使用環境下で炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力が十分であれば良いとして、60MPa程度又はそれ以上のせん断破断力を要するような条件下での使用は前提としていない。
【0036】
本発明者らは、メーカーの推奨条件よりも硬化温度を高くし又は硬化工程を繰り返す等の処置を施すことによってCFRP内の炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力の向上を図ろうとした。実際に、購入したCFRPプリプレグから通常(メーカー推奨)の硬化条件を適用して得られたCFRP片を、やや高めの温度で2回又は3回焼き直しするのが、コキュア法でもコボンド法でも結果的に高い接着力を与えた。
【0037】
上記の場合でも、当然だが接着剤硬化物とマトリックス樹脂硬化物間の接着力に問題のないことが求められる。その為には、CFRP材に適切な表面処理を与えて更に優れた被着材とする必要がある。本発明者らはCFRP片を優れた被着材とするための具体的方法の探索を行った。即ち、CFRP片を大量に作成し、これをJISR6252に規定する80番〜1000番の研磨紙でしっかり研磨して、炭素繊維が剥き出しにならぬ程度に粗面化し、各種水溶液や無機又は有機溶剤で洗浄する等の表面改質を試みた。更にCFRP片に接着剤を塗布した後、一旦減圧後に加圧する処理をして、その接着剤をCFRP片に染込ました。このCFRP片と上述したNAT理論に基づく表面処理を施したA7075アルミニウム合金片とを接着剤を用いて接合し、これを破壊してせん断破断力を測定し、その破断面を観察した。このようにして、せん断破断力が高くなるようなCFRP片の粗面化方法を探し出した。
【0038】
さらに本発明者等は、接着剤の性能の改良を図ることによって金属合金とCFRPの接合力の向上を図ろうとした。エポキシ樹脂の樹脂内組成は標準的なものとし、且つ、硬化剤もジシアンジアミドとその硬化助剤を一定量加えることで変化させず、充填材の種類や添加量だけを変え試験した。そして、常温と100℃におけるせん断破断力を測定し、常温〜100℃の常用温度範囲と思われる広い温度範囲で総合的に優れた性能を示す充填材組成を探索した。その結果、超微細無機充填材の添加だけで100℃における接着力を数十MPa向上することを可能とした。
【0039】
本発明は、金属合金に対しては、第1の条件〜第3の条件を満たすよう表面処理を施すと共に、その被着材となるCFRPについては、複数回の硬化及び粗面化を施し、かつ両者を充填材を添加した接着剤によって接着接合することにより、従来技術と比較して極めて大きな接合力を発揮するような複合体を提供するものである。以下、本発明を構成する全要素について順次詳細に説明する。
【0040】
〔接着剤の改良〕
金属合金とCFRPを接着接合するために用いる接着剤について、複合体の耐熱性を向上させるために適したものとするため、以下の要件を満たすものとした。
(1)無機充填材(タルク、クレー類)を含むこと。
(2)ヒュームドシリカ等の超微細無機充填材を加えること。
(3)非晶性熱可塑性樹脂、例えばポリエーテルスルホン(以下「PES」という)粉体を配合すること。
(4)エポキシ樹脂と全充填材とをサンドグラインドミルによって混合すること。
の4要件である。(3)に関しては、CFRPとの類似性確保を目的とし、CFRPマトリックス樹脂によく使用されているPES粉体を配合するようにした。また、本発明者らが、カーボンナノチューブの分散に最新型湿式粉砕機を用いることによって、良い分散結果を得たことから(4)の要件を追加した。なお、接着剤メーカーは、通常、無機充填材等の配合に自動乳鉢やニーダーを使用して接着剤を製造している。
【0041】
(2)の超微細無機充填材に関しては、単なる推測ではなく、破壊のメカニズムを推論した上で実験を行い、この要件を規定した。本発明者らは、前述した第1の条件〜第3の条件を具備するよう表面処理したA7075アルミニウム合金(「超々ジュラルミン」ともいう)片同士を接着接合した接合体のせん断破断力を測定した。この際、ジシアンジアミドを硬化剤とする市販の1液性エポキシ接着剤を使用して、常温におけるせん断破断力を測定したが、その値は65〜70MPaと非常に高かった。一方で、100℃、150℃という高温下でのせん断破断力は15〜20MPa及び6〜7MPaといずれも大幅に低下した。
【0042】
また、イミダゾール系化合物を硬化剤にした接着剤を用いた場合、常温におけるせん断破断力は50〜60MPaであったが、150℃におけるせん断破断力は15MPa程度であり、大幅に低下した。イミダゾール系化合物を硬化剤としたエポキシ接着剤は耐熱性接着剤と呼ばれ、ジシアンジアミド使用物を硬化剤とした場合よりも高温下で強い接着力を発揮することができるにもかかわらず、この程度のせん断破断力しか示さなかった。樹脂硬化物はガラス転移点(Tg)に近づくと急激に硬度が低下する。ジシアンジアミドやイミダゾール系化合物を硬化剤としたエポキシ樹脂硬化物のTgは100〜140℃であるから、100℃又は150℃において急激にせん断破断力が低下するのである。
【0043】
本発明者らは、高温でエポキシ樹脂硬化物の硬度が低下することで接着力が低下するメカニズムについて推論した。なお、上記したジシアンジアミドを硬化剤とする市販の1液性エポキシ接着剤とは「EP106NL(セメダイン社製)」であり、イミダゾール系化合物を硬化剤とする市販の1液性エポキシ接着剤とは「EP160(セメダイン社製)」である。
【0044】
そして推論の結果、高温下での破断の直接原因は、「金属合金表面のミクロンオーダーの粗度をなす凹部に浸入し、さらに、その凹部内壁面にある超微細凹凸にまで浸入した状態で硬化していた接着剤が、高温状態で軟化することによって、凹部及び超微細凹凸によるスパイク効果が生じなくなったこと」であるとした。これは、破断面を観察した際に、金属合金側に残存付着している樹脂量が、常温で破壊された場合より少なかったことを根拠としている。即ち、樹脂部が凹部入口付近で千切れるのではなく、単純に抜けたものが多いことを示すのである。
【0045】
この推論結果に基づいて、上記凹部内で硬化した樹脂部の中に無機充填材が含まれていると、その樹脂部が凹部から抜け難くなり、接着力の向上を図ることができる。さらには、上記凹部の中には蛸壺型凹部(内部径より入口径が小さい凹部)も存在するので、その凹部内の樹脂に無機充填材が多く含まれているとするならば、樹脂硬化物は凹部から容易に抜け出せない。ここで言う無機充填材とは、上記ミクロンオーダーの粗度をなす凹部に容易に浸入するものであり、粒子径は少なくとも0.1μm(100nm)以下の超微粒子でなくてはならない。従って、前記(2)に規定したように、無機超微細充填材を添加することとした。
【0046】
本発明者らは、ジシアンジアミドを硬化剤とした接着剤を用いてA7075片同士を接着した接合体のせん断破断力として、常温では60〜70MPa程度(現行の市販接着剤と同等)を目標値とし、100℃では40MPa以上(現行の市販接着剤では15〜25MPa程度)を目標値とした。また、A7075片とCFRP片を接着した複合体のせん断破断力として、常温では60MPa以上(現行の市販接着剤ではコキュア及びコボンドの何れの方法であっても30〜34MPa程度である)を目標値とした。これらの目標値に達すべく、材料組成の組成比を変更して接着剤を作製する試行錯誤を繰り返し、さらにCFRP片の粗面化方法、接着方法についても試行錯誤を繰り返した。その結果、上記目標値を超えるせん断破断力を示すに至った。
【0047】
〔金属合金〕
本発明でいう金属合金、即ち前述の「NAT」理論に基づく表面構造を具備する金属合金としては、理論上特にその種類に制限はない。全金属種としてもよいが、実際に意味を有しているのは硬質で実用的な金属種、合金種である。即ち、水銀は当然ながら液状だから本発明に関係しないが、鉛など軟質金属種も本発明者の考える金属種からは除外されている。当然であるが、化学的には存在するが大気中で活発に反応するアルカリ金属種、アルカリ土類金属種(マグネシウムを除いて)も基本的には除外の対象である。
【0048】
本発明者等は、実質的に「NAT」理論を適用可能な金属合金種として、アルミニウム、マグネシウム、銅、チタン、鉄を主成分とする合金種と考えている。以下、これらについて説明する。しかし、あくまでも「NAT」理論は、金属種を限定していないし、更に言えば金属であること自体も限定していない。非金属を「NAT」で条件とするミクロンオーダーの粗度や超微細凹凸面、且つ、高硬度の表面層とすることの3条件を同時に備えさせることは容易でない。要するに「NAT」は表面形状とその表面薄層硬度だけを規定してアンカー効果論で接着を論じているので、少なくとも下記した金属合金種に限定されるものではない。特許文献7にアルミニウム合金に関する記載をした。特許文献8にマグネシウム合金に関する記載をした。特許文献9に銅合金に関する記載をした。特許文献10にチタン合金に関する記載をした。特許文献11にステンレス鋼に関する記載をした。特許文献12に一般鋼材に関する記載をした。これら各種金属合金について詳細に説明する。
【0049】
(アルミニウム合金)
本発明で使用可能なアルミニウム合金は、アルミニウム合金であればいかなる種類を問わない。具体的には、日本工業規格(JIS)に規定されている展伸用アルミニウム合金のA1000番台〜7000番台(耐食アルミニウム合金、高力アルミニウム合金、耐熱アルミニウム合金等)等の全ての合金、及びADC1〜12種(ダイカスト用アルミニウム合金)等の鋳造用アルミニウム合金が使用できる。形状物としては、鋳造用合金等であれば、ダイキャスト法で形状化された部品、またそれを更に機械加工して形状を整えた部品が使用できる。又、展伸用合金では、中間材である板材その他、又それらを熱プレス加工などの機械加工を加えて形状化した部品も使用できる。
【0050】
(マグネシウム合金)
本発明に使用するマグネシウム合金は、国際標準機構(ISO)、日本工業規格(JIS)、米国材料試験協会(ASTM)等に規定される展伸用マグネシウム合金のAZ31B合金等、及びAZ91D等の鋳物用マグネシウム合金が使用できる。鋳物用マグネシウム合金であれば、ダイカスト、射出成形等の方法で形状化された部品、またそれを更に、切削、研削等の機械加工をして形状を整えた部品、構造体が使用できる。又、展伸用マグネシウム合金では、中間材である板材その他、又それらを温間プレス加工等の塑性加工を加えて形状化した部品、構造体が使用できる。
【0051】
(銅合金)
本発明に使用する銅、及び銅合金とは、銅、黄銅、りん青銅、洋泊、アルミニウム青銅等を指す。日本工業規格(JIS H 3000系)に規定されるC1020、C1100等の純銅系合金、C2600系の黄銅合金、C5600系の銅白系合金、その他のコネクター用の鉄系含む各種用途に開発された銅合金等、全ての銅合金等が対象である。これらの中間材である板材、条、管、棒、線等の塑性加工製品を、切削加工、プレス加工等の機械加工を加えて形状化した部品、及び鍛造加工した部品等が対象である。
【0052】
(チタン合金)
本発明に使用するチタン合金は、国際標準化機構(ISO)、日本工業規格(JIS)等で規定される純チタン系合金、α型チタン合金、β型チタン合金、α−β型チタン合金等、全てのチタン合金が対象である。このチタン合金の中間材である板材、棒材、管材等、又それらを切削・研削加工、プレス加工等の機械加工を加えて形状化したものが、各種機械、装置の部品、構造体に使用できる。
【0053】
(ステンレス鋼)
本発明でいうステンレス鋼とは、鉄にクロム(Cr)を加えたCr系ステンレス鋼、又ニッケル(Ni)をクロム(Cr)と組合せて添加した鋼であるCr−Ni系ステンレス鋼、その他のステンレス鋼と呼称される公知の耐食性鉄合金が対象である。国際標準機構(ISO)、日本工業規格(JIS)、米国材料試験協会(ASTM)等で、規格化されているSUS405、SUS429、SUS403等のCr系ステンレス鋼、SUS301、SUS304、SUS305、SUS316等のCr−Ni系ステンレス鋼である。
【0054】
(鉄鋼材)
本発明で用いる鉄鋼材は、一般構造用圧延鋼材等の炭素鋼(所謂一般鋼材)、高張力鋼(ハイテンション鋼)、低温用鋼、及び原子炉用鋼板等の鉄鋼材をいう。具体的には、冷間圧延鋼材(以下、「SPCC」という。)、熱間圧延鋼材(以下、「SPHC」という。)、自動車構造用熱間圧延鋼板材(以下、「SAPH」という。)、自動車加工用熱間圧延高張力鋼板材(以下、「SPFH」という。)、主に機械加工に使用される鋼材(以下「SS材」という。)等、各種機械の本体、部品等に使用されている構造用鉄鋼材が含まれる。これらの多くの鋼材は、プレス加工、切削加工が可能であるので、部品、本体として採用するとき、構造、形状も自由に選択できる。又、本発明でいう鉄鋼材は、上記鋼材に限らず、日本工業規格(JIS)、国際標準化機構(ISO)等で、規格化されたあらゆる鉄鋼材が含まれる。
【0055】
〔金属合金の化学エッチング〕
本発明における化学エッチングは、金属合金表面にミクロンオーダーの粗度を生じさせることを目的とする。腐食には全面腐食、孔食、疲労腐食など種類があるが、その金属合金に対して全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。文献記録(例えば「化学工学便覧(化学工学協会編集)」)によれば、アルミニウム合金は塩基性水溶液、マグネシウム合金は酸性水溶液、ステンレス鋼や一般鋼材全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、これらの塩、等の水溶液で全面腐食するとの記録がある。又、耐食性の強い銅合金は、強酸性とした過酸化水素などの酸化剤によって全面腐食させられるし、チタン合金は蓚酸や弗化水素酸系の特殊な酸で全面腐食させられることが専門書や特許文献から散見される。実際に市場で販売されている金属合金類は、純銅系銅合金や純チタン系チタン合金のように純度が99.9%以上で合金とは言い難い物もあるが、これらも本発明の金属合金に含まれる。実際に世間で使用されている物の大部分は特徴的な物性を求めて多種多用な他元素が混合されて純金属系の物は少なく、実質的にも合金である。
【0056】
即ち、純金属から合金化した目的の金属の殆どが、元々の金属物性を低下させることなく耐食性を上げることにあった。それ故、合金では、前記したように文献から参照して適用した酸塩基類や特定の化学物質を使っても、目標とする化学エッチングが出来ない場合もある。要するに、前記した酸塩基類、特定化学薬品の使用は基本であって、実際には使用する酸塩基水溶液の濃度、液温度、浸漬時間、場合によっては添加物を工夫しつつ試行錯誤して適正な化学エッチングを行うことになる。化学エッチング法について言えば、特許文献7にアルミニウム合金に関する記載、特許文献8にマグネシウム合金に関する記載、特許文献9に銅合金に関する記載、特許文献10にチタン合金に関する記載、特許文献11にステンレス鋼に関する記載、特許文献12に一般鋼材に関する記載、特許文献13にアルミ鍍金鋼板に関する記載、及び、特許文献14に亜鉛系鍍金鋼板に関する記載をした。
【0057】
実際に行う作業として全般的に共通する点を説明すると、金属合金形状物を得たら、まず各金属用の市販脱脂剤を溶かした水溶液に浸漬して脱脂し水洗する。この工程は、金属合金形状物を得る工程で付着した機械油や指脂の大部分を除けるので好ましく、常に行うべきである。次いで、薄く希釈した酸・塩基水溶液に浸漬して水洗するのが好ましい。これは本発明者等が予備酸洗浄や予備塩基洗浄と称している工程で、一般鋼材のように酸で腐食するような金属種では、塩基性水溶液に浸漬し水洗し、又、アルミニウム合金のように塩基性水溶液で特に腐食が早い金属種では、希薄酸水溶液に浸漬し水洗することである。これらは、化学エッチングに使用する水溶液と逆性のものを前もって金属合金に付着(吸着)させる工程であり、その後の化学エッチングが誘導期間なしに始まることになって処理の再現性が著しく向上する。それ故にこの予備酸洗浄、予備塩基洗浄工程は本質的なものではないが、実務上、採用することが好ましい。これらの工程の後に化学エッチング工程を入れる。
【0058】
〔微細エッチング・表面硬化処理〕
本発明における微細エッチングは、金属合金表面に超微細凹凸を形成することを目的とする。また本発明における表面硬化処理は、金属合金の表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とすることを目的とする。金属合金種によっては前記化学エッチングを行っただけで同時にナノオーダーの微細エッチングもなされ、超微細凹凸が形成される場合がある。さらに、金属合金種によっては表面の自然酸化層が元よりも厚くなって表面硬化処理も完了している場合もある。例えば、純チタン系のチタン合金は化学エッチングだけを行うことで、表面がミクロンオーダーの粗度を有し、且つ超微細凹凸も形成される。即ち、化学エッチングと併せて微細エッチングもなされる。しかし、多くは化学エッチングによりミクロンオーダーの大きな凹凸面を作った後で微細エッチングや表面硬化処理を行う必要がある。
【0059】
この時でも予測できない化学現象に見舞われることが多い。即ち、表面硬化処理や表面安定化処理を目的に化学エッチング後の金属合金に酸化剤等を反応させたり化成処理をしたとき、得られる表面に偶然ながら超微細凹凸が形成される場合がある。マグネシウム合金を過マンガン酸カリ系水溶液で化成処理した場合に生じた酸化マンガンとみられる表面層は10万倍電子顕微鏡でようやく判別つく5〜10nm直径の棒状結晶が錯綜したものである。この試料をXRD(X線回折計)で分析したが、酸化マンガン類由来の回折線は検出できなかった。表面が酸化マンガンで覆われていることはXPS分析で明らかである。XRDで検出できなかった理由は結晶が検出限界を超えた薄い層であったからとみている。要するに、マグネシウム合金では表面硬化処理としての化成処理を施したことで、微細エッチングも併せて完了していたことになった。銅合金でも同様で、塩基性下の酸化で表面を酸化第2銅に変化させる表面硬化処置を取ったところ、純銅系銅合金では、その表面は円形や円が歪んだ形の穴開口部が一面に生じ特有の超微細凹凸面になる。純銅系でない銅合金では凹部型でなく10〜150nm径の粒径物や不定多角形状物が連なり、一部融け合って積み重なった形の超微細凹凸形状になったりする。この場合でも表面の殆どは酸化第2銅で覆われており、表面の硬化と超微細凹凸の形成が同時に生じる。
【0060】
一般鋼材に関しては、更なる検証が必要ではあるものの、ミクロンオーダーの粗度を形成するための化学エッチングだけで超微細凹凸も併せて形成されていることが多く、元来表層(自然酸化層)が硬いこともあって、表面硬化処理や微細エッチングを改めて行わずとも、「NAT」理論を適用可能と考えられた。問題は自然酸化層の耐食性が十分でないために、接着工程までに腐食が始まってしまったり、接着後の環境如何では短時間で接着力が低下することであった。
【0061】
これらは化成処理によって防ぐことができるが、実際には接着物を温度衝撃試験にかける試験、一般環境下に放置する試験、塗装した物を塩水噴霧装置にかける試験等を行って、接着の耐久性を調べる必要がある。例を挙げると、化成処理をしていない鋼材(実際にはSPCC:冷間圧延鋼材)同士をフェノール樹脂系接着剤で接着した接合体に関しては、4週間という短期間で接着力が急減した。一方、化成処理をした一般鋼材(SPCC)同士をフェノール樹脂系接着剤で接着した接合体に関しては、同じ期間では当初の接着力から低下しなかった。
【0062】
また、本発明者らは、一般に、化成処理によって金属合金表面に形成された被膜(化成被膜)の膜厚が厚いと、接着力が低下することが多いことを確認している。前記のマグネシウム合金に付着した酸化マンガン薄層のように、XRDで回折線が検出されないような薄層である方が、強い接着力が得られる。化成被膜が厚い金属合金同士をエポキシ系接着剤で接着し、破壊試験した場合、破壊面は殆どが金属相と化成皮膜の間となる。本発明者らが行った実験では、厚い化成皮膜とエポキシ系接着剤硬化物との接合力は、その化成皮膜と内部金属合金相との接合力より常に強かった。即ち、一般鋼材でも、化成処理時間を更に長くして化成処理層を厚くすれば、接着物の永続性(即ち接着力の維持性)は向上するはずである。しかしながら化成皮膜を厚くすれば、接着力自体が低下する。従って、どの程度でバランスを取るかは、使用目的、用途等にもよる。以下各種金属合金の表面処理方法について詳述する。
【0063】
(アルミニウム合金の表面処理)
アルミニウム合金は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工等で付着した油剤や油脂を除去するのが好ましい。具体的には、本発明に特有な脱脂処理は必要ではなく、市販のアルミニウム合金用脱脂材を、その薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入した温水溶液を用意し、これに浸漬し水洗するのが好ましい。要するに、アルミニウム合金で行われている常法の脱脂処理で良い。脱脂材の製品によって異なるが、一般的な市販品では、濃度5〜10%として液温を50〜80℃とし5〜10分間浸漬する。
【0064】
これ以降の前処理工程は、アルミニウム合金に珪素が比較的多く含まれる合金と、これらの成分が少ない合金とでは処理方法が異なる。珪素分が少ない合金、即ち、A1050、A1100、A2014、A2024、A3003、A5052、A7075等の展伸用アルミニウム合金では、以下のような処理方法が好ましい。即ち、アルミニウム合金を、酸性水溶液に短時間浸漬して水洗し、アルミニウム合金の表層に酸成分を吸着させるのが、次のアルカリエッチングを再現性良く進める上で好ましい。この処理は、予備酸洗工程といってよいが、使用液は、硝酸、塩酸、硫酸等、安価な鉱酸の1%〜数%濃度の希薄水溶液が使用できる。次いで、強塩基性水溶液に浸漬して水洗し、エッチングを行う。
【0065】
このエッチングにより、アルミニウム合金表面に残っていた油脂や汚れがアルミニウム合金表層と共に剥がされる。この剥がれと同時に、この表面にはミクロンレベルの粗度を有するようになる。即ち、JIS規格(JIS B 0601:'01,ISO 4287:'97/ISO 1302:'02)で言えば、山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5.0μmの凹凸面とする。これらの数値は、昨今の走査型プローブ顕微鏡にかければ自動的に計算をして出力されるようになっている。ただし、細かい凹凸を自動出力で表記した場合の数値は、算出RSm値が実情を表さない場合もある。より正確な数値を得るには、この凹凸に関して走査型プローブ顕微鏡が出力する粗度曲線グラフを目視検査することにより、RSm値を再確認する必要がある。
【0066】
前記粗度曲線グラフを目視検査して、0.2〜20μm範囲の不定期な周期で高低差が0.2〜5μm範囲の粗さ状況にあれば、実際は前記山谷平均間隔(RSm:0.8〜10μm)及び最大高さ粗さ(Rz:0.2〜5.0μm)とほぼ同じである。この目視検査法は、自動計算が信頼できないと判断した場合に、目視検査で判断が簡単にできるので好ましい。要するに、本発明で定義した技術用語で言えば、「ミクロンオーダーの粗度ある表面」にする。使用液は、1%〜数%濃度の苛性ソーダ水溶液を、30〜40℃にして数分浸漬するのが好ましい。次に、再度酸性水溶液に浸漬し、水洗することでナトリウムイオンを除き前処理を終えるのが好ましい。本発明者等はこれを中和工程と呼んでいる。この酸性水溶液として数%濃度の硝酸水溶液が特に好ましい。
【0067】
一方、ADC10、ADC12等の鋳造用アルミニウム合金では、以下の工程を経るのが好ましい。即ち、アルミニウム合金の表面から油脂類を除去する脱脂工程の後、前述した工程と同様に予備酸洗し、エッチングするのが好ましい。このエッチングにより、強塩基性下で溶解しない銅分や珪素分が微粒子の黒色スマット(以下、この汚れ状物を鍍金業界では「スマット」と呼ぶので、この表現に倣う。)となる。よって、このスマットを溶かし剥がすべく、次いで数%濃度の硝酸水溶液に浸漬するのが好ましい。硝酸水溶液への浸漬で、銅スマットは溶解され、且つ珪素スマットはアルミニウム合金表面から浮く。
【0068】
特に、使用した合金がADC12のように珪素分が多量に含まれた合金であると、硝酸水溶液に浸漬しただけでは、珪素スマットがアルミニウム合金基材の表面に付着し続け、これは剥がし切れない。それ故、次いで超音波をかけた水槽内に浸漬して、超音波洗浄し、珪素スマットを物理的に引き剥がすのが好ましい。これで全てのスマットが剥がれ落ちるわけではないが、実用上は十分である。これで前処理を終えても良いが、再度、希薄硝酸水溶液に短時間浸漬し水洗するのが好ましい。これで前処理を終えるが、前処理は酸性水溶液浸漬と水洗で終わっているのでナトリウムイオンが残ることはない。以下、ナトリウムイオンについて述べる。
【0069】
実験事実から言えば、エポキシ系接着剤を使用して、アルミニウム合金板同士を接着したときの接合強度は、ミクロンオーダーの粗度とその面のナノオーダーの超微細凹凸の形状特性によって殆ど決定される。実験事実から言えば、苛性ソーダ水溶液によるエッチングで、その浸漬条件等を探し出せば、前述した「NAT」理論でいう条件を偶然にしろ形状的に満たしていれば、意外に強い接着力が得られる。しかしながら、苛性ソーダによるエッチングのみの処理で、表面処理を終了させれば、その後に水洗を十々分に行ってもアルミニウム合金表層にナトリウムイオンが残存する。ナトリウムイオンは小粒径が故に移動し易く、塗装や接着が為された後であっても全体が濡れた状態になると、樹脂層を浸透する水分子に伴われて残存していたナトリウムイオンが、何故か金属/樹脂の境界面に集まって来て、アルミニウム表面の酸化を進める。
【0070】
即ち、アルミニウム合金表面の腐食が生じ、その結果、基材と塗膜や接着剤間の剥離を促進する。この様な事情から未だに接着前に行うアルミニウム合金前処理として、苛性ソーダ水溶液でのエッチングを行う理由はない。それ故、現在でも、重クロム酸カリ、無水クロム酸の6価クロム化合物の水溶液に、アルミニウム合金を浸漬してクロメート処理するか、又は陽極酸化して未封孔のまま使用するのが強い接着剤接合の標準的前処理法とされている。要するにエッチングによる接着力向上に注目する以前に、アルミニウム合金表面の腐食や変質を防止することに主眼があった。
【0071】
しかしながら、アルミニウム合金を苛性ソーダエッチングする方法が全く使用されていないわけではなく、塗装の為の前処理でよく使用されている。通常、塗装では極限的な接着力が求められるわけでもなく、風雨が当たる屋外使用用途でなければ水に浸ることもないとの判断による。加えて塗膜保証を10年とする等というような製品でなければ、この塗装前処理法も不合理ではない。ただし本発明は、このような安易な考え方を前提とせず、長期的な接合安定性を重要課題とした。それ故、ナトリウムイオンの排除は最重要事項なのである。
【0072】
アルミニウム合金に含有するナトリウム(Na)についても述べておく。アルミニウム金属の製法は、ボーキサイトを苛性ソーダ水溶液で溶解することで高純度のアルミニウム化合物を得、その電解還元によってアルミニウム地金を製造している。この製法上、アルミニウム地金にナトリウムが不純物として含まれることは避けられない。しかし現行の冶金技術は、アルミニウム合金中のナトリウム含量を極限まで抑えることが出来ている。それ故、酸塩基のミストがない通常環境において、昨今の市販アルミニウム合金では、直接的な濡れ(液体の水)が共存しないと腐食が進むことはない。実際、腐食が高速で進行するのは、濡れと潮風からの塩分(塩化ナトリウム)、及び陽光による加熱があるときである。即ち、市販のアルミニウム合金を、悪環境地域、例えば海岸近くに所在する都市で、潮風強く、かつ気温も高い地域の屋外で使用したとき、その腐食速度は速い。
【0073】
この腐食対策は、一般にはその全表面を塗料、接着剤等で被覆する。そのとき、その塗膜や接着層に割れヒビ等が生じないことで必要であり、この割れヒビ等から、塩分を含む水が、アルミニウム合金の表面に侵入しないようにすることが重要である。そのような対策が為された場合、必ずしもアルミニウム合金の表面処理としては一般的なクロメート処理による必要はなく、塗膜耐候性が良くて塗膜/基材間の接着が良好であれば、塗装のみでも悪環境下にても十分に長持ちする。特に、昨今は6価クロムの使用が世界中で拒絶されつつあり、クロメート処理は既に好ましいアルミニウム合金表面処理法と言えない。その一方、現在では、耐候性に優れた塗料、耐湿性や耐熱性に優れた接着剤が多く市販されている。このような中、本発明者等は、塗料や接着剤とアルミニウム合金基材間の強い接合が、長期に維持されるためにアルミニウム合金側に求められる条件の最適化とその理論化を図ろうとした。
【0074】
アルミニウム合金表面の好ましい粗度は、具体的には基本的に苛性ソーダ等の強塩基性水溶液によって得て、その後に酸性水溶液への浸漬と十分な水洗でナトリウムイオンを取り除く。ところが、電子顕微鏡で観察すると、苛性ソーダ水溶液でのエッチングで得られたアルミニウム合金表面の微細構造は、数十nm周期の超微細凹凸があり、硬化した接着剤が基材凹部から抜け難いとみられる面、即ち「NAT」仮説で求める好ましい超微細凹凸面であるに対し、そのアルミニウム合金を硝酸水溶液に浸漬水洗した後の表面は、超微細凹凸の品質レベル(凹凸の高低差)が低下していた。要するに、ナトリウムイオンを取り除く為の酸性水溶液へ浸漬操作が、一種の化学研磨になる。苛性ソーダ水溶液でのエッチング後のアルミニウム合金表面の電子顕微鏡写真を見た場合、感覚的な表現でいうと、ミクロの目で見た場合のザラザラ面となっており、このザラザラ面は酸性水溶液に浸漬した場合、化学研磨によりザラザラ度を低下せしめ、接着剤接合には逆効果になった。
【0075】
そこでこのザラザラ度を、以下に述べる微細エッチングで取り戻すようにしたものである。要するに、本発明者等が本発明をするに至った経緯、思考、理論は、数nmの高解像度が得られる高性能電子顕微鏡が容易に使用できるようになったことにもよっている。又、本発明において、アルミニウム合金の耐候性耐食性の獲得は、得られた最終的なアルミニウム合金表面を酸化アルミニウム表層とし、且つ、合金基材への接着剤の接合力を極限に高めることで達成しようという考え方である。
【0076】
前処理を終えたアルミニウム合金は、最終処理である以下のような表面処理、即ち微細エッチングを行う。前処理を終えたアルミニウム合金を、水和ヒドラジン、アンモニア、及び水溶性アミン化合物のいずれか1つ以上を含む水溶液に浸漬し、その後水洗し、70℃以下で乾燥するのが好ましい。これは、前処理の最終処理で行う脱ナトリウムイオン処理によって表面がやや変化し、粗度は保たれるがその表面がやや円滑になったことに対する粗面の復活策でもある。水和ヒドラジン水溶液等の弱塩基性水溶液に、短時間浸漬して微細エッチングし、表面に10〜100nm径で同等高さ、又は深さの凹部若しくは突起のある超微細凹凸面で覆うようにするものであり、細かく言えば、ミクロンオーダーの凹凸の凹部内壁面に、40〜50nm周期の超微細凹凸が多数を占めるように形成し、電子顕微鏡写真で見た感覚を視覚的に言えばザラザラ度の高い面に仕上げるのが好ましい。
【0077】
又、水洗後の乾燥温度を例えば100℃以上の高温にすると、仮に乾燥機内が密閉的であると、沸騰水とアルミニウム間で水酸化反応が生じ、表面が変化してベーマイト層が形成される。これは丈夫な表層と言えず好ましくない。乾燥機内の湿度状況は乾燥機の大きさや換気の様子だけでなく、投入するアルミニウム合金の量にも関係する。その意味で表面のベーマイト化を防ぐにはどの様な投入条件であれ、90℃以下、好ましくは70℃以下で温風乾燥するのが良好な結果を再現性良く得る上で好ましい。70℃以下で乾燥した場合、XPSによる表面元素分析でアルミニウムのピークからアルミニウム(3価)しか検出できず、市販のA5052、A7075アルミニウム合金板材等のXPS分析では検出できるアルミニウム(0価)は消える。
【0078】
XPS分析は、金属表面から1〜2nm深さまでに存在する元素が検出できるので、この結果から、水和ヒドラジンやアミン系化合物の水溶液に浸漬し、その後水洗して温風乾燥することで、アルミニウム合金が持っていた本来の自然酸化層(1nm厚さ程度の酸化アルミニウム薄層)が微細エッチングでより厚くなったことが分かった。少なくとも自然酸化層と異なって、2nm以上の厚さのあることが分かったので、それ以上解明しなかった。即ち、アルゴンイオンビーム等でエッチングしてからXPS分析をすれば、10〜100nm程度のより深い位置での分析が可能であるが、ビーム自体の影響で深層のアルミニウム原子の価数が変化する可能性もあるとのことで、現時点でこの解析が困難と考えて本発明者等はこの考察を止めた。
【0079】
他の表面処理方法によるアルミニウム合金表面の酸化アルミニウム層の形成について述べる。アルミニウム合金の耐候性向上のために行う表面処理法の一つに陽極酸化法がある。アルミニウム合金に陽極酸化を為した場合、数μm〜十数μm厚の酸化アルミニウム層が形成でき、耐候性は大きく向上する。陽極酸化処理直後の酸化アルミニウム層には、無数の20〜40nm径程度の穴の開口部が残されている。この状態、即ち未封孔アルマイト状態で接着剤の接合、又は塗料の塗布を行うと、接着剤、又は塗料が開口部から穴に若干入り込んで固化し、強いアンカー効果を発揮し、接着剤による接合では強い接合力を生むとされている。実際、航空機の組み立てでは、陽極酸化アルミニウム合金として、これに接着剤を塗布して異材質材等を接合することが知られている。
【0080】
しかしながら、本発明者等はこの説に疑問を持った。即ち、陽極酸化アルミニウム合金同士をエポキシ系接着剤で強固に接合した一体化物のせん断破断試験を行った場合、本発明者等の破断試験によると、40MPa(40N/mm)以上の強い力で破断したサンプルはなく、且つ破断面を見ると、接着剤が破断するのではなく、陽極酸化層(酸化アルミニウム層)がアルミニウム合金基材から剥がれているものが殆どであった。ここで本発明者等の考察を言えば、「強い接合に必要な金属側の表面は、金属酸化物等セラミック質の高硬度の層でなければならないがその厚さは厚すぎてはならない。」というものである。陽極酸化物の表層は酸化アルミニウムであって、基材アルミニウム自身の酸化物ではあるが、表層はセラミック質で基材は金属だから互いに異物同士である。
【0081】
セラミック質が厚ければ、必ず極限状態では物性の差異が現れて破断するはずである。それ故、金属酸化物層は薄い方が好ましく、且つ常識から、その金属酸化物はアモルファスか微結晶状態のセラミック質であると基材との接合が万全で好ましいはずと考えた。即ち、接着物のせん断破断力を強烈なものにするには、むやみに酸化金属層を厚くすべきでなく、陽極酸化を為した未封孔アルマイトの使用は好ましくないという結論である。
【0082】
以下、本発明でいう微細エッチングについて更に詳細に述べる。水和ヒドラジン、アンモニア、又は水溶性アミン等の水溶液で、PH9〜10の弱塩基性水溶液に適当な温度、適当な時間だけ浸漬すると、その表面は直径10〜100nmの超微細凹凸形状で全面が覆われたものとなる。数平均の直径で言えば50nm程度である。又、逆の言い方をすれば、表面に直径10〜100nmの超微細凹凸形状を得るためには、最適なPH、温度、時間を選択すると良いということである。本発明者等が予想している最も好ましい超微細凹凸の周期、又は超微細凹凸部の直径は50〜100nm、特に50〜70nm程度であろうと経験的に考えている。その理由は、10nm周期の凹凸なら、ザラザラ面というよりも凹凸具合が微細に過ぎて粘性ある接着剤にとっては円滑面であり、又、100nm以上であれば、ザラザラ面というには大まか過ぎて引っかかるイメージがない。なお、本発明でいう「数平均」とは、統計的に検証出来る程度の総和平均という程度ではない、20個以内のサンプルを抽出した程度の平均値をいう。
【0083】
上述した50〜70nmという範囲は、試行錯誤を行い、多数の実験結果から推定した数値である。しかし、単に50〜70nmの周期を目指すとしても、化学反応でそのような規律正しいものが出来るはずがなく、バラついたものになる。電子顕微鏡で撮影した写真を見て数値化するしかなく、その結果から言えば、直径10〜100nmで同等の深さの凹部、又は直径10〜100nmで同等の高さの凸部でほぼ全面が覆われた超微細凹凸形状であれば良い。実験結果では、直径10〜20nmの凹凸が表面の大部分を占める場合、又、逆に直径100nm以上の凹凸が多きを占めるような場合には接合力は劣ったものとなった。後述する例では、A7075材やA5052材を水和ヒドラジンの水溶液でエッチングした例を記す。
【0084】
即ち、このような大きさの凹部や凸部でアルミニウム合金を覆うようにするには、多数の実験で試行錯誤して浸漬条件を探索する必要がある。一水和ヒドラジンの3.5%濃度の60℃の水溶液で言うと、A5052、A7075材の浸漬では浸漬時間を2分間程度とするのが最適であり、この浸漬時間による表面は10〜100nm直径、数平均では直径40〜50nmの凹部で全面が覆われる。しかしながら、4分間浸漬した場合、凹部の直径が拡大して80〜200nmのものとなり、これらの凹部の直径の数平均値では100nm径を超えるように急拡大し、凹部の底部にも更に凹部が発生してその構造が複雑化する。更に、8分間浸漬すると、横穴状の侵食も進んでややスポンジ状になり、更に深い凹部が繋がって谷や峡谷状に変化する。16分浸漬すると、目視でもアルミニウム合金が元の金属色からやや褐色かかって可視光線の吸収具合が変化し始めたことが分かる。
【0085】
ちなみに前述した条件で浸漬時間が1分間のときは、電子顕微鏡写真で10〜40nm径の凹部が観察され、これらの数平均直径は25〜30nmの凹部であった。更に、0.5分間の浸漬であると、表面を覆う凹部の直径は10〜30nmであり、これらの数平均直径で言えば25nm程度で、浸漬時間1分の場合と大差がない。そして浸漬時間0.5分の物と、浸漬時間1分の物の電子顕微鏡写真をよく見比べてみると、凹部の深さは0.5分間浸漬したものが1分間浸漬したものより明らかに浅い様子であった。要するに、弱塩基性水溶液中のA5052、A7075では、何故か20〜25nm周期で侵食が始まり、まずこれが直径20nm程度の凹部を作り、この凹部の深さが直径と同レベルまで深くなったら、その後は凹部の縁が侵食されて凹部直径の拡大となり、凹部の内部の不定方向への侵食が始まることが分かった。そのように侵食された場合、最も接着剤接合に適した単純で且つ丈夫な侵食具合は、A7075、A5052を3〜5%一水和ヒドラジン水溶液(60℃)に浸漬した場合で、ほぼ2分間であった。
【0086】
例えば、温度23℃で粘度40Pa・秒の1液性高温硬化型エポキシ系接着剤「EP106(セメダイン株式会社(日本国東京都)製)」を使用した場合について説明する。実施例で示す接着実験の結果から言えば、前記条件で水和ヒドラジン水溶液に1分浸漬したA7075等のアルミニウム合金材の場合では、数平均で超微細凹部の直径が25nm程度と小さ過ぎてエポキシ樹脂がこの超微細凹部に侵入し難いようであり、浸漬時間を2分にした場合の接着力が最大になるようであった。前記条件でA7075等を2分間浸漬した場合、超微細凹部の直径は数平均の直径で40nm程度になったので、このエポキシ樹脂はこの程度以上の超微細凹部であれば、この超微細凹部内に頭を突っ込み得るのだろうと推定された。
【0087】
要するに、ミクロンオーダーの凹部の内面が数十nm周期の凹凸あるザラザラ面であると、接合力が高くなるのである。又、前述した浸漬時間が2分間以上、例えば4分間、8分間と長くなると凹部径が大きくなるだけでなく、凹部の中にまた凹部が出来、簡単に言えばスポンジ状になってきて、アルミニウム合金表面層自体の強度が弱くなるだけでなく、深く複雑な穴の奥まで接着剤が侵入できないのである。この結果、接合物の接合境界部に空隙部が増え、結果として接合力が最大値より低下する。要するに、前記のエポキシ系接着剤をA7075等のアルミニウム合金に使用する場合、その接合力を最高にするには、ミクロンオーダーの適当な粗度とするに加え、その表面を数平均値で40〜50nm直径の超微細凹部で覆うことが好ましく、この超微細凹部を作るための最適な浸漬時間の範囲は非常に狭いことが理解できる。前述した2分間前後(概ね1.5分〜3分)の浸漬時間の場合に、最善の接合結果が得られたからである。
【0088】
A5052のアルミニウム合金に対して同じエポキシ系接着剤を使用した場合、苛性ソーダ水溶液によるエッチング時の浸漬条件はA7075に対する場合と若干異なる。これは侵食具合や、その侵食された表面の物性が当然だが異なるからと考えられる。
【0089】
アンモニア水はヒドラジン水溶液よりもPHが低いし、水溶液を常温より高温にするとアンモニアの揮発が激しくなる。それ故に高濃度、低温での浸漬処理となり、25%濃度程度の最も濃いアンモニア水を常温で使用する場合も15〜20分の浸漬時間が必要となる。逆に水溶性アミン類の多くは、ヒドラジン水溶液よりも強い塩基性水溶液となるのでより短時間での処理となる。量産処理では浸漬時間が長過ぎても短きに過ぎても作業の安定性が失われる。その意味で最適浸漬時間を数分にできる水和ヒドラジンが実際の使用には適しているように思われる。
【0090】
何れの場合も、水和ヒドラジン、アンモニア、又は水溶性アミンの水溶液への浸漬の後で、数%濃度の過酸化水素水溶液に浸漬した場合に接合力が向上する合金種があった。表面の酸化金属層の厚さが厚くなっているのかもしれないが、厚さ2nm以上について分析が難しく理論的には解明出来なかった。
【0091】
(マグネシウム合金の表面処理)
マグネシウム合金は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤や指脂を除くのが好ましい。具体的には、市販のマグネシウム合金用脱脂材を、薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入して水溶液を用意し、これに浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。通常の市販品では、一般的には濃度5〜10%、液温を50〜80℃とし、これに5〜10分浸漬する。次に、マグネシウム合金を酸性水溶液に短時間浸漬する化学エッチングを行い、水洗する。脱脂工程で除き切れなかった汚れを含めマグネシウム合金表層が剥がされ、同時にミクロンオーダーの粗度、即ち、走査型プローブ顕微鏡観察測定によるJIS規格(JISB0601:2001(ISO 4287))で言えば、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、粗さ曲線の最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmの凹凸がある面にする。
【0092】
上記で行う化学エッチング用の使用液としては、1%〜数%濃度のカルボン酸や鉱酸の水溶液、特にクエン酸、マロン酸、酢酸、硝酸等の水溶液が好ましい。化学エッチングでは、通常マグネシウム合金に含まれるアルミニウムや亜鉛は、溶解せず黒色のスマットとしてマグネシウム合金表面に付着残存するから、次に弱塩基性水溶液に浸漬してアルミニウムスマットを溶解して除き、次に強塩基水溶液に浸漬して亜鉛スマットを溶解して除くのが好ましい。
【0093】
このようにしてスマットを溶解排除したマグネシウム合金を、所謂、化成処理する。即ち、マグネシウムは、イオン化傾向の非常に高い金属であるから空気中の湿気と酸素による酸化速度が他の金属に比べて速い。マグネシウム合金には、自然酸化膜があるが耐食性の点から見て十分強いものではなく、通常の環境下でも自然酸化膜を拡散した水分子や酸素で酸化腐食が進行する。それ故、通常のマグネシウム合金は、クロム酸や重クロム酸カリ等の水溶液に浸漬して酸化クロムの薄層で全面を覆う(クロメート処理と呼ばれる)か、又はリン酸を含むマンガン塩の水溶液に浸漬して、リン酸マンガン系化合物で全面を覆う処理を行って、腐食防止処置を行う。これらの処置をマグネシウム業界では化成処理と呼んでいる。
【0094】
要するに、マグネシウム合金に行う化成処理とは、金属塩を含む水溶液にマグネシウム合金を浸漬して、その表面を金属酸化物及び/又は金属リン酸化物の薄層で覆う処置を言う。現在では、6価のクロム化合物を使用するクロメート型の化成処理は環境汚染の観点から忌避されており、ノンクロメート処理と言われるクロム以外の金属塩を使用した化成処理、実際には、前記したリン酸マンガン系化成処理、又は珪素系化成処理が行われる。本発明ではこれらの方法と相違して、弱酸性とした過マンガン酸カリの水溶液を、化成処理用水溶液として使用するのが特に好ましい。この場合、表面を覆う皮膜(化成皮膜という)は、二酸化マンガンとなる。
【0095】
具体的な処理法としては、上述したようにスマットを溶融したマグネシウム合金を非常に希薄な酸性水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗し、表層の塩基性成分を除く。その後に化成処理用水溶液に浸漬して水洗し、乾燥する方法が好ましい。前記の希薄な酸性水溶液として、クエン酸やマロン酸の0.1〜0.3%の水溶液を使用するのが好ましく、常温付近で1分程度浸漬するのが好ましい。化成処理用水溶液としては、過マンガン酸カリを1.5〜3%、酢酸を1%前後、及び酢酸ナトリウムを0.5%前後含む水溶液を、温度40〜50℃で使用するのが好ましく、この水溶液では浸漬時間は1分程度が好ましい。これらの操作により、マグネシウム合金はニ酸化マンガンの化成皮膜で覆われたものとなり、その表面形状は、ミクロンオーダーの大きな粗度(粗さ面)を有し、且つ電子顕微鏡で観察するとナノオーダーの超微細凹凸あるものとなる。
【0096】
図3(a)及び(b)は、それぞれ10万倍の超微細凹凸形状の電子顕微鏡写真である。これらの超微細凹凸形状を、文章表現で表現するのは困難であるが、敢えて言えば、図3(a)の電子顕微鏡写真からは、5〜20nm径で20〜200nm長さの棒状、又は球状物のような無数に錯綜した凹凸で表面が覆われている超微細凹凸形状と言える。図3(b)の電子顕微鏡写真からは、この超微細凹凸形状は、5〜20nm径で10〜30nm長さの棒状、又は球状のような突起が無数に生えた直径80〜120nmの球状物が、不規則に積み重なったような形状の表面を呈している。約10nm径の棒状(針状)物質は、電子顕微鏡観察から言えば完全に結晶であると言うべきだが、X線回折装置(XRD)からはマンガン酸化物で見られる回折線は認められなかった。
【0097】
X線回折装置(XRD)は、結晶の量が少ないと検出できないので、今のところ学問的にこれらが結晶であると判断して良いか否かは、結晶学の学徒でない本発明者等には分からない。少なくとも、これらがアモルファス(非結晶)というには形が整い過ぎており、これがアモルファスとは言えない。なお、XPS分析からは、マンガン(イオンであり0価のマンガンではない)と酸素の大きなピークが認められ、表層はマンガン酸化物であることは間違いない。この表面は、色調が暗色であり、二酸化マンガンが少なくとも主体のマンガン酸化物である。
【0098】
又、前記と全く異なる微細表面形状であるが、直径20〜40nmの粒径物や不定多角形状物が積み重なった形状、言わば溶岩台地の斜面にあるようなデコボコ形状の地面のような超微細凹凸形状で、ほぼ全面が覆われている場合もある。要するに、5〜20nm直径の棒状物が認められない場合には、このような溶岩台地の表面のような形状になることが多く、組成的にはアルミニウム含量の多い場合である。
【0099】
(銅合金の表面処理)
銅合金は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤や指脂をその表面から除去するのが好ましい。具体的には、市販の銅合金用脱脂材を薬剤メーカーの指定通りの濃度で水に投入して水溶液を用意し、これに浸漬し水洗するのが好ましいが、市販の鉄用、ステンレス用、アルミ用等の脱脂剤、更には工業用、一般家庭用の中性洗剤を溶解した水溶液も使用できる。具体的には、市販脱脂剤や中性洗剤を数%〜5%濃度で水に溶解し、50〜70℃とし5〜10分浸漬し水洗するのが好ましい。
【0100】
次に、銅合金を40℃前後に保った数%濃度の苛性ソーダ水溶液に浸漬した後に水洗する予備塩基洗浄をするのが好ましい。更に、銅合金を過酸化水素と硫酸を含む水溶液に浸漬する化学エッチングを行い、水洗する。この化学エッチングは、20℃〜常温付近の、硫酸、過酸化水素の両方を共に数%含む水溶液が好ましい。このときの浸漬時間は、合金種によって異なるが、数分〜20分である。この化学エッチング工程で、殆どの銅合金でミクロンオーダーの好ましい粗度、即ち走査型プローブ顕微鏡で解析してJIS規格(JIS B 0601:2001(ISO4287))でいう粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜10μmである、粗さ面を有する銅合金となる。好ましくは、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmであると良い。
【0101】
しかしながら、特に純銅系の銅合金で言えることだが、前述した化学エッチングの結果で得られる粗面は、凹凸周期が10μm以上になることも多く、その平均値、RSmは純銅系以外の銅合金に比較して大きい。一方、そのRSmの大きい割りには凹凸高低差が小さい。特に、銅分が高純度であるC1020(無酸素銅)等、金属結晶粒径の大きいことが明らかなもので、前述したような周期の大きな粗さ曲線を与えることが明らかに多く、凹凸周期と金属結晶粒径の大きさに直接的な相関関係があると推定された。純銅系合金だけでなく、各種合金で行う化学エッチングでも、その多くは結晶粒界から侵食が始まることに起因するからであろうと推定される。何れにせよ、ミクロンオーダー周期の凹凸があっても、その周期の割に凹凸の高低差が小さいと、本発明の効果が発揮され難い。それ故、大きな凹凸の荒さがが不足していると感じたものについては、後記するがそれなりの処理法を実施するのが好ましい。
【0102】
上記化学エッチング工程を経た銅合金を酸化する。電子部品業界では黒化処理と呼ばれている方法が知られているが、本発明で実施する酸化は、その目的と酸化程度が異なるものの工程そのものは同じである。化学的に言えば、銅合金の表面層を強塩基性下で酸化剤によって酸化する。銅原子を酸化剤でイオン化した場合に、周りが強塩基性であると水溶液に溶解せず黒色の酸化第2銅になる。銅合金製部品をヒートシンクや発熱材部品として使用する場合、表面を黒色化して輻射熱の放熱や吸熱での効率を上げるために為されているが、この処理を、銅を使用する電子部品業界では黒化処理と呼んでいる。本発明の表面処理にもこの黒化処理法が利用できる。但し、この黒化処理の目的は、一定の粗さを有する銅合金の表面にナノオーダーの超微細凹凸を形成し 且つ表層を硬質とすることにある(即ち微細エッチング及び表面硬化処理を行うこと)であるから、文字通り黒色化することではない。
【0103】
市販の黒化剤を、市販メーカーの指示する濃度、温度で使用できるが、その場合の浸漬時間は所謂黒化時よりずっと短時間である。実際には得られた合金を、電子顕微鏡観察して浸漬時間を調整することになる。具体例としては、亜塩素酸ナトリウムを5%前後、苛性ソーダを5〜10%含む水溶液を、60〜70℃として使用するのが好ましく、その場合の浸漬時間は0.5〜1.0分程度が好ましい。これらの操作により、銅合金は酸化第2銅の薄層で覆われたものとなり、その表面には、ミクロンオーダーの粗さを有する粗面が形成され、且つ電子顕微鏡で観察すると、その粗面には直径が10〜150nmの円穴、又は長径ないし短径が10〜150nmの楕円状の穴が形成される。
【0104】
この円形状の穴、又は楕円状の穴である孔開口部が、30〜300nm周期で全表面に存在する超微細凹凸形状のものとなる(この例を図4の写真で示した)。要するに、この表面硬化処理を行うと、超微細凹凸形成と表面硬化層の双方が同時に得られることになる。又、前記の処理液への浸漬時間を2〜3分にするなど長くし、表面硬化処理をし過ぎることは結果的に分かったことであるが、返って接合力を弱くし、好ましくない。
【0105】
前述した純銅系銅合金のエッチングでは、観察結果から金属結晶粒界から銅の侵食が起こるのが確実な模様であり、前述したように結晶粒径の特に大きいもの、即ち、無酸素銅(C1020)では、前述した化学エッチングと表面硬化処理をしただけでは強い接合力を発揮できなかった。要するに、最も重要なサイズの凹部が予期したように出来上がっていないのである。
【0106】
本発明者等は、このような場合の処置法を発見した。結果は非常に単純な方法であるが、一旦表面硬化処理(黒化)を終えた後のものを、再度エッチング液に短時間浸漬して再エッチングし、その後に再度の黒化をする方法である。結果的に、ミクロンオーダーの粗さの周期は、10μm程度か、それ以下に近づけられて予期したようなものとなり、且つ、超微細凹凸の様子は電子顕微鏡観察によると繰り返し処理をしない場合と変わらない。
【0107】
(チタン合金の表面処理)
チタン合金は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤や指脂を取り除くのが好ましい。特殊なものは必要でなく、具体的には、市販の鉄用脱脂剤、ステンレス用脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂材、マグネシウム合金用脱脂剤等の一般的な脱脂剤を、その薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入して水溶液を用意し、これに浸漬し水洗するのが好ましい。更には、市販されている工業用中性洗剤で、数%濃度の水溶液を作成し、この温度を60℃前後にして浸漬した後、これを水洗するのも好ましい。次に、塩基性水溶液に浸漬して水洗し、予備塩基洗浄することが好ましい。
【0108】
次に、還元性の酸の水溶液に浸漬して化学エッチングするのが好ましい。具体的には、蓚酸、硫酸、弗化水素酸等が、チタン合金を全面腐食させ得る還元性酸と言え、これらを使用できる。効率から言えば、このうちエッチング速度が速いのは弗化水素酸である。ただし弗化水素酸は、万が一にも人間の肌に触れると侵入して骨に至り、奥深い痛みが数日続くことがある。要するに塩酸等と異なる問題があり、労働環境面からこの酸は使用を敬遠したほうが好ましい。
【0109】
好ましいのは、弗化水素酸より遥かに安全な扱いができる弗化水素酸の半中和物の1水素2弗化アンモニウムである。1水素2弗化アンモニウムの1%前後の水溶液を、温度50〜60℃として、これに数分浸漬した後、水洗する処理方法が好ましい。1水素2弗化アンモニウム水溶液による化学エッチングは、ミクロンオーダーの粗度(粗さ面)を得るために行ったが、電子顕微鏡観察や最新分析機器による観察では、化学エッチング後の水洗と乾燥によりチタン合金表面は、不思議な形状の超微細凹凸形状となり、且つ、表面は酸化チタン薄層で覆われたものとなることが分かった。要するに、特段の微細エッチング、表面硬化処理等の表面処理は、不要であり、行わなくても良いようであった。
【0110】
1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングし、水洗し、更にこれを乾燥したチタン合金の分析例を示す。まず走査型プローブ顕微鏡による走査解析結果を得た。ここでは20μm角の正方形面積内を走査して、粗さ曲線の平均長さ(輪郭曲線要素の平均長さ)RSmが、1.8μm、最大高さ粗さ(輪郭曲線の最大高さ)Rzは、0.9μが得られた。又、同じ処理をした物の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真の例を図8(a),(b)に示した。ここでは、高さ及び幅が10〜300nm、長さが10nm以上の山状又は連山(山脈)状凸部が10〜350nm周期で、全表面に存在する非常にユニークで不思議な超微細凹凸形状が示された。
【0111】
又、XPS分析によると、大きな酸素、チタンのピークが得られ表面の化合物は明らかに酸化チタンであることが分かった。ただ表面色調は暗褐色であり、チタン(3価)酸化物か、又はチタン(3価)とチタン(4価)の混合酸化物の薄膜とみられた。即ち、エッチング前は金属色であり、この表面はチタンの自然酸化層であるが、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングした後は、自然酸化層でない暗色の酸化チタン層に変化した。この酸化チタン層をアルゴンイオンビームで十〜数十nmエッチングし、エッチング後の面をXPS分析した。このXPS分析で、チタン酸化物層の厚さが判明したが、この厚さは明らかに自然酸化層の厚さより厚く、1水素2弗化アンモニウム水溶液による純チタン系のチタン合金エッチング品では50nm以上とみられた。
【0112】
しかも表面から内部に向かってチタンイオンの価数が減少しており、表面の4価又は3価と4価の混合状態から内部に向かって2価が増え、更に2価が減って0価の金属に至ることが分かった。要するに、チタン酸化物である酸化膜は単純なチタン酸化物層でなく、チタン価数が表面から連続的に減ってゼロ価に達したような連続変化層であり、別の表現では、まるで酸素が表面から染み込んだように、表面は濃く内部に向かって薄くなる興味ある連続変化層であることが分かる。このような金属酸化膜では金属相との間にはっきりした境がないため、酸化膜層と金属基材間の接合力は非常に強力で、その耐引き剥がし破壊(応力)力に関しては何ら心配することのないことが予期できる。
【0113】
純チタン系合金以外のチタン合金の具体的な処理法は、前述した処理法と同様であるが、還元性の強酸水溶液によるエッチング時に生じる発生期の水素ガスによって、少量添加物として含まれている他金属が還元されて不溶物、いわゆるスマットを生じることがある。スマットの多くは、その後に数%濃度の硝酸水溶液に浸漬することで溶解除去することができる。但し、合金によっては硝酸水溶液に溶解せぬスマットも生じ、その様な場合はその水洗時に超音波をかけて洗浄するのが好ましい。
【0114】
純チタン系チタン合金以外の合金を、一水素2弗化アンモニウムでエッチングしスマット除去したものの表面形状は、前述した図8の写真に比較し、その表面形状を言語表現することが難しい表面形状になる。アルミニウムを含有するα−β型チタン合金の例を、図9の写真に示す。ここにはチタン合金らしい(図8に似た)超微細凹凸がない綺麗な山か丘の斜面状部分も観察されるが、植物の枯葉のような形状の不思議な形状が観察された。この表面全体は、前述した第2の条件として好ましい10〜300nm周期の超微細凹凸で覆われているというものではなく、より周期の大きいもの(「微細凹凸」と呼ぶ)が観察され、この微細凹凸自体が滑らかであった。
【0115】
しかしながら、この表面中の、円滑なドーム状部分は別として、枯葉形状部は薄くて湾曲しており、これに硬度があれば強力なスパイク形状となる。α−β型チタン合金表面は、前述したNAT理論における第2の条件(5nm〜500nm周期の超微細凹凸)に合致しない部分が殆どだが、このスパイク形状によって第2の条件で求めている超微細凹凸の役割を果たしうると考えられる。この表面のスパイク形状は大きいため、むしろNATで求めている第1の条件で要求するミクロンオーダーの粗度(表面粗さ)にも関係してくる。このスパイク形状によって、走査型プローブ顕微鏡で見て、第1の条件(山谷平均間隔(RSm):0.8〜10μm,最大高さ粗さ(Rz):0.2〜5μm)を満たす粗度面が形成されている。なお、第2の条件からやや外れて凹凸周期が大きいので、10万倍の電子顕微鏡写真では表面の全体像を掴むことができない。表面観察は、1万倍以下の倍率写真を撮って観察した。即ち、図9(a)のように1万倍の電子顕微鏡で見て、少なくとも10μm角以上の面積を見ることである。そうすれば、円滑なドーム形状と湾曲した枯葉形状の双方が存在する微細凹凸形状が観察される。
【0116】
(ステンレス鋼の表面処理)
各種ステンレス鋼は、耐食性を向上すべく開発されたものであるから耐薬品性は明確に記録されている。腐食には全面腐食、孔食、疲労腐食等の種類があるが全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。文献の記録(例えば「化学工学便覧」、第6版、化学工学会編、丸善 (1999))によれば、ステンレス鋼全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、ハロゲン化金属塩等の水溶液で、全面腐食するとの記録がある。多くの薬剤に耐食性があるステンレス鋼の残された弱点は、ハロゲン化物に腐食されることであるが、炭素含有量を減らしたステンレス鋼、モリブデンを添加したステンレス鋼等ではその弱点が小さくなっている。
【0117】
しかし、基本的には前述した水溶液で、全面腐食を起こすのでステンレス鋼の種類によって、その浸漬条件を変化させればよい。更には、焼き鈍し等で硬度を下げ、構造的に言えば金属結晶粒径を大きくした物は結晶粒界が少なくなっており、全面腐食させてミクロンオーダーの凹凸を得るのが困難である。このような場合、浸漬条件を変えて腐食が進行するような条件にするだけでは、エッチングが意図したレベルまで中々進まず、何らかの添加剤を加えるなどの工夫が必要である。何れにせよ、ミクロンオーダーの粗度面が大部分を占めるようにすることを目的として化学エッチングする。
【0118】
具体的に言えば、特殊な脱脂剤は必要ではなく、市販されている一般的なステンレス鋼用の脱脂剤、鉄用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、又は市販の一般向け中性洗剤を入手し、これらの脱脂剤メーカーの説明書に記載された指示通りの水溶液の濃度、又は数%濃度で、温度40〜70℃の水溶液にして、処理したいステンレス鋼を5〜10分浸漬し水洗する。これは言わば脱脂工程である。次に、このステンレス鋼を数%濃度の苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後に、これを水洗して、この表面に塩基性イオンを吸着させるのが好ましい。この操作で、次の化学エッチングが再現性よく進むからである。これは言わば予備塩基洗浄工程である。次にエッチング工程に入る。
【0119】
SUS304であれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として、これに数分間浸漬する方法が好ましく、この処理方法により、本発明で要求するミクロンオーダーの粗度が得られる。又、SUS316では、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として5〜10分間浸漬するのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液もエッチングに適しているが、この水溶液を高温化すると酸の一部が揮発し、周囲の鉄製構造物を腐食する恐れがあるほか、局所排気しても排気ガスに何らかの処理が必要になる。その意味で硫酸水溶液の使用がコスト面で好ましい。ただし、鋼材によっては、硫酸単独の水溶液では全面腐食の進行が遅すぎる場合がある。このような場合、硫酸水溶液にハロゲン化水素酸を添加してエッチングすることは効果的である。
【0120】
前記の化学エッチングの後に、十分水洗することでステンレス鋼の表面は自然酸化し腐食に耐える表層に再度戻るため特に硬化処理は行う必要がない。しかし、ステンレス鋼表面の金属酸化物層を厚く、強固なものにするべく、酸化性の酸、例えば硝酸等の酸化剤、即ち、硝酸、過酸化水素、過マンガン酸カリ、塩素酸ナトリウム等、の水溶液に浸漬した後、これを水洗するのも好ましい。
【0121】
エポキシ系接着剤接合試験にかけて接合力の高い物を選び、その上で同じ物を電子顕微鏡観察し超微細凹凸形状が存在すること、その形状を確認するのが好ましい。勿論、先に電子顕微鏡観察をしてから射出接合試験にかけてもよい。何れにせよ、数十nm〜百nm周期の超微細凹凸、好ましくは50nm程度の周期の超微細凹凸形状が、確実に存在する微細構造表面を有するステンレス鋼では、高い射出接合力を有するはずである。これらは、前述したように、本発明者等は既にマグネシウム合金、アルミニウム合金、銅合金、チタン合金で確認している。
【0122】
実際に、ステンレス鋼を硫酸水溶液で化学エッチングした例を示す。適切なエッチングにより前記したような粗度面(表面粗さ面)が得られ、この粗度面は粗度計(表面粗さ計)、走査型プローブ顕微鏡等を用いた観察で確認できるが、更に表面を電子顕微鏡観察すると非常に興味ある超微細凹凸形状を有した面で覆われていることが分かる。要するに、ステンレス鋼では、上記のような化学エッチングだけで微細エッチングも同時に達成される。この表面を電子顕微鏡写真で説明する。図10では、直径20〜70nmの粒径物、不定多角形状物等が積み重なった形状が認められ、この1万倍写真(図10(a))、及び10万倍写真(図10(b))の観察写真も、まるで火山周辺で溶岩が流れて形成される溶岩台地の斜面のガラ場に酷似していた。
【0123】
又、エッチング面である超微細凹凸形状で覆われたステンレス鋼をXPS分析すると、酸素、鉄の大きなピークと、ニッケル、クロム、炭素、モリブデンの小さなピークが認められた。要するに、表面は通常のステンレス鋼と全く同じ組成の金属の酸化物であり、同様の耐食面で覆われているとみられた。なお、ここで化学エッチング手法を取ることの重要性について述べておく。どのような手法であっても、予期した前述した表面形状になればよいのであるが、何故化学エッチングかということである。昨今の、光化学レジストを塗布し可視光線、本発明での紫外線等を使って行うような高度の超微細加工法を使用すれば、設計した超微細凹凸形状面が実現可能になると考えられるからである。
【0124】
しかし化学エッチングは、操作が簡単であるという以外に、射出接合に特に好ましい理由がある。即ち、化学エッチングを適切な条件で行うと、適当な凹凸周期、適当な凹部の深さが得られるだけでなく、得られる凹部の微細形状は単純形状とはならず、凹部の多くはアンダー構造になるからである。本発明でいうこのアンダー構造とは、凹部をその垂直面上から見た場合に見えない面があることであり、凹部の底からミクロの目で見たと仮定した場合に、オーバーハング箇所が見えるということである。アンダー構造が射出接合に必要なことは容易に理解できよう。
【0125】
又、前記還元性酸水溶液によるエッチングの後、硝酸水溶液、過酸化水素水溶液等に浸漬して、金属酸化物層をしっかり作るべく追加処理も行ったが、電子顕微鏡写真で見た場合も接着剤により接合したときの接合力も、この追加処理の付加によって明確な差異はなかった。長期の耐候性試験をすれば、接合力に差が出てくるかもしれない。
【0126】
(鉄鋼材の表面処理)
鉄鋼材の腐食には、全面腐食、孔食、疲労腐食等の種類が知られているが、全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。各種文献の記録(例えば、「化学工学便覧(化学工学協会編集)」)によれば、鉄鋼材全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、これらの塩、等の水溶液で全面腐食するとの記載がある。炭素、クロム、バナジウム、モリブデン、その他の少量添加物の添加量次第で、その腐食速度や腐食形態は変化するが、基本的には前述した水溶液で全面腐食を起こす。従って、基本的には鉄鋼材の種類によって、その浸漬条件を変化させればよい。
【0127】
具体的に言えば、まずSPCC、SPHC、SAPH、SPFH、SS材等のように市販され、かつよく使用される鉄鋼材では、この鉄鋼材用として市販されている脱脂剤、ステンレス鋼用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、更には、市販の一般向け中性洗剤を入手し、これらの脱脂剤メーカーの説明書に記載された指示通りの水溶液の濃度、又は数%濃度の水溶液にして、この温度を40〜70℃として5〜10分浸漬した後、これを水洗する(脱脂工程)。次に、エッチングを再現性よくするために希薄な苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。この処理工程は、言わば予備塩基洗浄工程である。
【0128】
次に、SPCCであれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を50℃として、これに数分間浸漬してエッチングするのが好ましい。これは、ミクロンオーダーの粗度を得るためのエッチング工程である。SPHC、SAPH、SPFH、SS材では、前者より硫酸水溶液の温度を10〜20℃上げて実施するのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液もエッチングに適しているが、この水溶液を使用すると、酸の一部が揮発し周囲の鉄製構造物を腐食する恐れがあるほか、局所排気しても排気ガスに何らかの処理が必要になる。その意味で硫酸水溶液の使用がコスト面で好ましい。
【0129】
[表面処理方法I:水洗して強制乾燥する方法]
前述した化学エッチングの後に水洗して乾燥し、電子顕微鏡写真で観察すると、高さ及び奥行きが50〜500nmで、幅が数百〜数千nmの階段が無限段に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが多い。これは鋼材が一般に有するパーライト構造が露出したものとみられる。具体的には、前記の化学エッチング工程で硫酸水溶液を適当な条件で使用したとき、大きなうねりに相当する凹凸面が得られると同時に、微細で不思議な階段状の超微細凹凸形状を有する表面も同時に形成されることが多い。このようにミクロンオーダーの粗度と、超微細凹凸形状の作成が一挙に為される場合、前記エッチング後の水洗は特に十分行ってから水を切り、温度90〜100℃以上の高温で急速乾燥させたものは、そのまま使用できる。表面に変色した錆は出ず、綺麗な自然酸化層となる。
【0130】
但し、自然酸化層のみでは一般環境下、特に日本国内のように高湿度、温暖環境下では、耐食性は不十分と思われる。おそらく、乾燥下に保管して接着工程にかけることが必要である上に、接着された複合体も経時的に十分な時間、接合力(接着力)を維持できるか疑問である。実際、屋根付きだが実質的に屋外に近い箇所に1ヶ月放置した後(日本国群馬県太田市末広町、2006年12月〜2007年1月)、破断試験をしたところ、やや接合力が低下していた。やはり実用的には、明確な表面安定化処理が必要のようである。
【0131】
[表面処理方法II:アミン系分子の吸着を利用する方法]
前述の化学エッチングの後で水洗し、引き続いてアンモニア、ヒドラジン、又は水溶性アミン系化合物の水溶液に浸漬し、水洗し、乾燥する。アンモニア等の広義のアミン系物質は、前記エッチング工程後の鋼材に残存することが分かっている。正確に言えば、乾燥後の鋼材をXPSで分析すると窒素原子が確認される。それ故に、アンモニアやヒドラジンを含む広義のアミン類が、鋼材表面に化学吸着しているものだと理解したが、10万倍電子顕微鏡観察の結果で言えば、表面に薄い膜状の異物質が付着しているように見えるので、鉄のアミン系錯体が生じているのかもしれない。
【0132】
更に具体的に言えば、アンモニア水に浸漬して得た鋼材と、ヒドラジン水溶液に浸漬して得た鋼材の10万倍の電子顕微鏡写真は、階段上に付着した薄皮状物質の形が異なるように見える。何れにせよ、これらアミン類の吸着又は反応は、水分子の吸着や鉄の水酸化物生成反応より優先しているようである。その意味で、少なくともエポキシ系接着剤との接合操作を行うまでの数日〜数週間は、水分の吸着とその反応による錆の発生を抑えられる。加えて、接着後の接着力の維持も前述した「表面処理方法I」より優れているものと予想している。少なくとも接合物を4週間放置したものでは接合力の低下はなかった。
【0133】
使用するアンモニア水、ヒドラジン水溶液、又は水溶性アミンの水溶液の濃度や温度は、厳密な条件設定が殆ど必要ない。具体的には、0.5〜数%濃度の水溶液を常温下で用い、0.5〜数分浸漬し、水洗し、乾燥することで効果が得られる。工業的には、若干臭気があるが安価な1%程度濃度のアンモニア水か、臭気が小さく効果が安定的な水和ヒドラジンの1%〜数%の水溶液が好ましい。
【0134】
[表面処理方法III:化成処理による方法]
前述した化学エッチングの後で水洗し、引き続いて6価クロム化合物、過マンガン酸塩、又はリン酸亜鉛系化合物等を含む酸や塩の水溶液に浸漬して水洗することで、鋼材表面がクロム酸化物、マンガン酸化物、亜鉛リン酸化物等の金属酸化物や金属リン酸化物で覆われて耐食性が向上することが知られている。これは、鉄合金、鋼材の耐食性向上の方法としてよく知られている方法であり、この方法も利用できる。ただ、真の目的は、実用上で完全と言えるような耐食性の確保ではなく、接着工程までに少なくとも支障を生じることがなく、接着後も一体化物に対してそれなりの耐食処理、例えば塗装等をしておけば、接着部分に経時的な支障を生じ難いレベルにすることである。要するに、化成皮膜を厚くした場合には、耐食性の観点からは好ましいだろうが、接合力で言えば好ましくないのである。化成皮膜は必要であるが、厚過ぎると接合力は逆に弱くなる、というのが本発明者等の見解である。
【0135】
具体的な耐食の実施方法について延べる。化成処理液に三酸化クロムの希薄水溶液に浸漬して水洗、乾燥した場合、表面は酸化クロム(III)で覆われるとみられる。その表面は均一な膜状物で覆われるのではなく、10〜30nm径で同等高さの突起状物もほぼ100nm程度の距離を置いて生じていた。又、弱酸性に調整した数%濃度の過マンガン酸カリの水溶液も好ましく使用できた。
【0136】
又、SPCCを、リン酸亜鉛系の水溶液に浸漬する化成処理をした表面の電子顕微鏡写真を撮った。階段状の角部付近に主に異物が付着したような形状であり、且つ階段の平らな部分にも密度は低いが10〜30nm径の小さな突起が点在した形であった。いずれも水溶液を温度45〜60℃にして、前記SPCCを0.5〜数分浸漬し、水洗し、乾燥するのが高い接合力を得るには好ましく、それ故に化成皮膜は薄い。前記した化成処理剤による変化も、倍率の低い1万倍電子顕微鏡写真では確認出来るようなものではなかった。
【0137】
[表面処理方法IV:シランカップリング剤]
耐食性、耐候性を鋼材に与えるために為す処理法として、多数の発明がなされ提案されており、その中にシランカップリング剤を吸着させる方法が知られている。シランカップリング剤は、親水性基と撥水性基を分子内に持たせた化合物であり、その希薄な水溶液に鋼材を浸漬し、水洗して乾燥させると、親水性のある鋼材表面にシランカップリング剤の親水性基側が吸着し、その結果として鋼材全体をシランカップリング剤の撥水基側が覆う形となる。シランカップリング剤が吸着したままエポキシ系接着剤を作用させた場合、硬化した接着剤と鋼材表面が作る数十nmレベルのごく薄い間隙内に、水分子が浸入して来た場合でも、鋼材を覆うシランカップリング剤の撥水基群により、水分子が鋼材に近づくことが抑制される可能性がある。
【0138】
これらについては、前述した表面処理方法II、及び表面処理方法IIIと同様に、表面処理方法Iより耐食性に優れていると予期できるが、そのことを実証するには長期試験が必要である。本発明者等が行った短時間の耐久性実験では、前述した表面処理方法I、表面処理方法II、表面処理方法III、及び表面処理方法IVの方法のどれを使用しようと、少なくとも接着剤を接合後に、約1週間(平成2007年1月:日本国群馬県太田市の屋根付き建屋内)後の破壊データ(せん断破断データ)は、初期とほぼ同等の強度だったが、4週間後では前記表面処理Iのものは悪化した。もっと長期間の放置試験を行えば、どの方法が最も実用的なのか判明できると思われる。ただ、実用面で言えば、鋼材は塗装して使用されるのが一般的であり、非塗装物試験にて候補を選び、更に塗装しての長期環境試験が必要であろう。
【0139】
〔1液性エポキシ系接着剤〕
NAT理論に基づく接合においては、1液性熱硬化型接着剤を使用することが望ましい。これは、塗布やその後の染込まし処理など硬化前操作で接着剤分子のゲル化が進まず、金属合金表面のミクロンオーダーの粗度をなしている凹凸に接着剤分子が十分浸入し、さらには超微細凹凸にも接着剤分子がある程度侵入できるからである。即ち、侵入時には接着剤がゲル化していないことが求められるからである。常温でのゲル化の進行はないが高温にすることでゲル化、固化が進行し、接着剤としての役目を果してくれるのが1液性熱硬化型接着剤であり、エポキシ系接着剤が1液性熱硬化型接着剤として機能するのは硬化剤に脂肪族アミン類以外の物を使用した場合である。具体的には、広義のアミン系化合物に含まれるジシアンジアミド、イミダゾール類、及び芳香族ジアミン類があり、フェノール樹脂、酸無水物も硬化能力がある。ただし、酸無水物は常温でのゲル化速度は遅いもののゼロではなく、通常は2液性として分類されている。
【0140】
2液性熱硬化型接着剤であっても、本発明に従う表面処理をした金属合金を使用すると接合力が向上するが、多くの場合、1液性熱硬化型接着剤を用いた場合と比較して接合力が大きく劣る。2液性熱硬化型接着剤では、主液に硬化剤成分を加えて混合した瞬間からゲル化が始まるものがほとんどであり、ゲル化が速く進行することで超微細凹凸への樹脂成分の侵入が少なくなる若しくは無くなる。
【0141】
要するに、2液性熱硬化型接着剤を使用した場合は、硬化剤を混合した後の経過時間によって接着力が変化することが多く、安定性や再現性に劣ることがある。ただし、酸無水物を硬化剤とするエポキシ系接着剤のように、一般的には2液性熱硬化型接着剤とされているものであっても、ゲル化が始まるまでの時間が長く、手際よく作業を進めると高い接着力が得られた。このように、通常は2液性とされる硬化剤に酸無水物を使用したエポキシ系接着剤であっても、同様に2液性とされる脂環族ポリアミン類を硬化剤とするエポキシ系接着剤であっても、エポキシ樹脂に添加混合した後の、常温下におけるゲル化速度がかなり遅い類もある。これらは、常温下の硬化速度はゼロにならず、1液性熱硬化型接着剤として市販できないから2液性に分類はされているにすぎない。しかし、本発明では、硬化剤混合後の数時間以内に表面処理を施した金属合金に塗布し、その後の染込まし処理までの間に、接着剤分子が超微細凹凸に浸入すれば良いので、これに支障が無い程度の低速のゲル化であれば許容されるのである。即ち、一般的には2液性と区分されている接着剤であっても、ゲル化速度を遅くできるものであれば、本発明では1液性と同じ扱いが可能であり、実質的には1液性熱硬化型接着剤として機能する。
【0142】
(1液性エポキシ系接着剤の組成)
エポキシ系接着剤について概要を述べる。エポキシ系接着剤は、エポキシ樹脂、硬化剤、及び無機充填材からなる。接着剤自体も市販品があるが、その原料は容易に市中から入手できる。エポキシ樹脂としては、市販されているビスフェノール型エポキシ樹脂、多官能ポリフェノール型エポキシ樹脂、脂環型エポキシ樹脂等が市販されている。また、エポキシ基が多官能の化合物(例えば複数の水酸基やアミノ基を有する多官能化合物やオリゴマー等)と結合した多官能エポキシ樹脂も多種市販されている。通常、これらを適当に混ぜ合わせて使用する。通常の市販接着剤では、全エポキシ樹脂中の過半を占めるのは液状で粘度の低いビスフェノールA型エポキシ樹脂単量体型である。これに迅性を与えるべく分子量の大きいビスフェノール型エポキシ樹脂の多量体型を加え、耐熱性を与えるべくフェノール型エポキシ樹脂を加え、強度を獲得すべくエポキシ基が多官能型の化合物を加えて混合するのが普通である。本発明でも、この基本的な組成に基づいてエポキシ樹脂を作成した。
【0143】
(無機充填材)
充填材について述べる。接着剤は無機充填材を含むのが通常であり、この無機充填材は重要な役目を果たす。すなわち、現在の破壊理論に従えば、物体が破壊に至る前段には応力集中域の中の微少部分や応力集中域近辺の強度の弱い部分で局所破壊が先ず起こり、この局所破壊が周辺の微小部分の応力集中を高めて局所破壊の連鎖に進むと考える。この局所破壊の連鎖は拡大し、破壊部の大きさは微小でなくなり、大きなヒビとなり遂にはそれが完全破壊、即ち剥がれに至る。実際、接着剤硬化物の強度は全体として一様ではなく、必ず強弱がある。従って、仮に破壊が連鎖し易ければ、局所破壊は殆ど完全破壊に至り、完全破壊はミクロ的に強度の弱い部分での強度値だけで決まることになる。それゆえ、最も弱い微小部分の局所破壊が起こっても、これが連鎖せぬようにすれば次に弱い微小部分にて局所破壊が起こるまで事件は起こらず、結果的に接着力は向上する。局所破壊が生じてもそれを局所で止める上で数μm〜数十μm径の無機充填材の存在が非常に有効というのが現行の破壊理論である。
【0144】
それゆえに、構造用接着剤には無機充填材が必ず含まれる。市販エポキシ系接着剤には粒径数μm〜数十μmのシリカ、クレー(粘土、カオリン)、タルク、アルミナ、等の粉体が通常数%以上含まれている。添加する無機充填材の詳細は接着剤性能を左右するので接着剤メーカー通常は開示しておらず、本発明者らは、市中から微粉が購入できるクレー、タルクを使用した。
【0145】
前述したエポキシ樹脂混合物に充填材を添加してよく混合分散させ、次いで硬化剤成分を更に加えて混練するのがエポキシ系接着剤の製造方法である。本発明では特に充填材に特徴がある。充填材として必要な成分は、(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材である。具体的には、タルク、クレー(粘土、カオリン)、炭酸カルシウム、シリカ、ガラス等の粉体を分級した物である。これらの無機充填材は構造用接着剤に通常使用されており、接着剤硬化物の早期の微小ヒビ発生を連鎖的破壊に繋がらぬようにする働きがある。
【0146】
(超微細無機充填材)
また、本発明においては(2)粒径が100nm以下の超微細無機充填材の添加が必要である。この添加は、接着剤の耐熱性を向上させるのに有効である。具体的にはヒュームドシリカの使用が好ましく、使用量は接着剤の0.3〜3.0質量%とするのが好ましい。これを添加すると金属合金上のミクロンオーダーの粗度に係る凹部内にも侵入し、高温下に置かれて接着剤硬化物中の樹脂分の硬度が低下した場合、即ち前記凹部内のスパイク効果が低下した場合に、その凹部内の接着剤硬化物の形状を保って簡単に接着剤硬化物が抜け出せないようにする効果がある。この理由により常温下の使用では効果は認められない。よって高温下で使用しない場合、又は高温下で接着力が低下しても製品として実害がない場合は添加する意味はあまりないが、実用品に於いては80〜100℃まで昇温する可能性は常に考えておくべきであるから、超微細無機充填材の添加は非常に重要な役割を果たす。以下、超微細無機充填材を添加する根拠について詳細に説明する。
【0147】
本発明に係る接着剤に関して、超微細無機充填材の添加は極めて重要である。ミクロンオーダーの凹部内の接着剤硬化物が高温で柔らかくなり、スパイクのグリップが緩んで抜けかけると、この微小界面での滑りが界面に沿って連鎖的に進めばスパイク効果はなくなり、この凹部が有したアンカー効果はゼロになる。そうなるとその凹部周辺にある凹部群への応力集中度が高まり、次はその周辺凹部で同じことが生じる。結局はミクロンオーダー凹部から接着剤硬化物が抜けて浮くことになり破断に繋がる。しかし、NAT理論に基づく表面処理を施した金属合金表面に存在するミクロンオーダーの粗度を成している凹部には、粒径が数μm以上の大きさの既存の無機充填材はほとんど入れ込めず、界面における接着力の向上に寄与しない。それゆえ、界面における接着力向上に寄与する充填材は、1μm程度の凹部にも進入し得る超微細充填材であり、具体的には粒径0.1μm(100nm)以下のものである。特に、100℃下では超微細無機充填材を含まない接着剤に比較して10〜30MPaも接着力が向上し得る。
【0148】
スパイクに接している接着剤硬化物の硬度強度を維持しようとしても、高温下では樹脂硬度が下がるので充填材に頼るしかない。しかしながら、超微細凹凸の周期は、通常は数十nmレベルなので数nm径の超微細な充填材が要ることになる。しかし、現状では数nm径の超微細粉末は入手することが困難であり、例え入手できたとしても接着剤内に均一分散させるのは至難だろう。そこでスパイク周辺で滑りが連鎖して進み、スパイクの効きがなくなってミクロンオーダー凹部の中の接着剤硬化物凸部がすでに数十nm程度浮いた状態になった場合を仮定する。この様子の模式図を図16に示す。
【0149】
この場合、その周囲のミクロンオーダー凹部にその連鎖が伝わらないようにするには、浮いた距離が数十nm以上にならず、一定範囲で止まることである。その条件としては、凹部形状がアンダー形状であって内部径よりも開口部が狭まっていること、又は金属合金側凹部に収まっている接着剤硬化物が全体として崩れず形状が維持されることである。NAT理論に基づく表面処理がなされたことにより金属合金表面に形成された凹部は、単純な半球形状やV字溝状でないもの、すなわち内部より開口部が狭い蛸壺状の凹部や凹部開口方向が垂直方向ではなく斜め方向となったような、所謂アンダー形状の凹部が一定の確率で存在する。そのようなアンダー形状の凹部内に粒径数十〜数百nmの超微細充填材が分散している接着剤が侵入し固化した場合、これら凹部の中に存在する接着剤硬化物は簡単には粉々に壊れない。
【0150】
例えば強烈な垂直方向の剥がし力がかかった場合、高温下では接着剤中の硬化ポリマーもやや軟化しており、スパイクの効き目が落ちている。それ故、応力集中箇所付近で最も強い力がかかったミクロンオーダー凹部では、その内壁面スパイクに接しているポリマー部が滑ってスパイクの効きがなくなる。そのような凹部が上記したアンダー形状であればその凹部内の接着剤硬化物は固定が外れ、数十nmだけ浮く。すなわち、凹部がアンダー構造をしていれば、凹部内の接着剤硬化物の中心部が大きく破壊されない限り、浮くだけで抜けずに止まる。
【0151】
図16は破断寸前の接合面をイメージし模式的に示したものであり、50は金属合金相、51はセラミック質相、52は接着剤硬化物相、53は剥がれて生じた空間を示すが、並んだ5個のミクロンオーダー凹部の内の中央部3個の凹部だけがアンカーの効かない状況となり数十nm浮いた形となっている。しかし、接着剤硬化物全体は高温で軟化しているのでやや弾性があり、図中の端部の凹部2個は中央3個に引きずられて浮き上がることはない。すなわち、スパイクの効き目がなくなって3個の凹部で破壊現象が生じても、このレベルの破壊で一旦止まれば連鎖破壊へは進み難いと考えるのが本発明者らの仮説である。
【0152】
別の言い方をすれば、無数あるミクロンオーダーの凹部群の内の最も弱い箇所でアンカー効果が失われても、数十nm程度が浮いた状態で収められ、次に弱い箇所が局所破壊に至るまで接着が保てるという考え方でもある。この仮説に従って追加すべき充填材を100nm以下の超微細な無機充填材とした。これらがミクロンオーダー凹部内に入ってくれればその部分での硬度が保たれてスパイク機能が多少低下しても簡単には凹部から抜けることはないとの考えに依る。100nm以下の粒径を有する超微細無機充填材として容易に入手可能な物にはヒュームドシリカがある。
【0153】
これらの超微細無機粉末は本発明に不可欠な充填材となる。ヒュームドシリカには2種あり、一つはシリカ(酸化珪素)砂を原料にして還元し金属珪素を得る還元工程の排気ガスから回収された超微細な溶融シリカであって欧州の企業が供給しており、もう一つは、四塩化珪素を気化させ燃焼して超微細溶融シリカとしたもので、「アエロジル」商標で市販されているものである。アエロジルには表面処理されたものも市販されており、本発明者らは疎水性処理をしたものを使用した。燃焼処理で得られたヒュームドシリカは親水性が強いというわけではないが、疎水性処理したものの方がエポキシ樹脂との親和性が好ましいと考えた。
【0154】
通常、ミクロンオーダーより小さい粒径の粉末は凝集しており、アエロジルも実態は凝集品である。凝集力は粉体が超微粉になるほど強く、接着剤に投入して自動乳鉢で混練したくらいでは凝集は解けず本発明で想定する分散状態にならない。それゆえ、エポキシ樹脂への添加後に分散機にかける必要がある。これについては後述する。実験結果から、超微細無機充填材の充填率は0.3質量%以上が好ましく、特に0.3〜3.0質量%が好ましい。3.0質量%を超えて添加した場合、粘度が高くなって使用し難いだけでなく、使用した場合には、接着力は横ばいか又は低下した。
【0155】
(熱可塑性樹脂の粉体)
本発明では充填材としてエラストマー成分を加えるのが好ましい。各種加硫ゴム、各種加硫ゴムの表面を変性した粉末ゴム、各種生ゴム、各種生ゴムを変性した変性ゴム、塩化ビニル樹脂(以下「PVC」)、酢酸ビニル樹脂(以下「PVA」)、ポリビニルホルマール樹脂(以下「PVF」)、エチレン酢酸ビニル樹脂(以下「EVA」)、ポリオレフィン樹脂類、ポリエチレンテレフタレート樹脂(以下「PET」)、各種ポリアミド樹脂(以下「PA類」)、ポリエーテルスルホン樹脂(以下「PES」)、ポリウレタン樹脂、熱可塑性ポリエステルエラストマー(以下「TPEE」)、熱可塑性ポリウレタンエラストマー(以下「TPU」)、熱可塑性ポリアミドエラストマー(以下「TPA」)、熱可塑性ポリオレフィン系エラストマー(以下「TPO」)等が本発明で言うエラストマー成分である。
【0156】
これらの中には通常はエラストマーとされないものが含まれているが、硬化したエポキシ樹脂は硬質であり、これからすれば熱可塑性樹脂は軟質である。これらは硬化物の靭性をその軟質ゆえに高めてくれる。好ましいのは、これらを粒径5〜25μmの微粉として配合すること、さらに、これら表面を親エポキシ樹脂型に改良したものである。高温下にてエポキシ樹脂と反応するのはアミノ基や水酸基であるからエラストマー端部等にこれらを持たせるのも有効な変性処理である。また、本発明は常温下だけでなくやや高温下でも強い接着力を示す接着剤を求めているので柔らか過ぎる物はあまり好ましくない。それらを勘案して入手が容易なものを列記すると、水酸基ができ易いPVF、端部に水酸基のあるウレタン樹脂、アミノ基が無数にあるPA類、さらには意図的に水酸基を付けたPES等がある。
【0157】
本発明者らは試行錯誤によって、(3)熱可塑性樹脂の粉体、特に粒径分布の中心が5〜25μmの粉体を充填材として添加することが効果的であるとの結論に達した。3次元結合が出来ているエポキシ樹脂硬化物と比較すれば軟質であり変形も容易であるから、接着剤自体を弾性化できる。金属合金側も被着材側も剛性の高い物同士であれば、この添加も必要性が薄いが、接着力が強い系であるので強い外力がかかった場合には応力集中で金属合金又は被着材自体が変形する。そのような場合、接着剤層が弾性的であると破壊に至る外力レベルが向上する。具体的には、硬質加硫ゴムの粉体が充填材として向いていると考えられるが、そのような物で10μm程度の粒径物は入手が困難である。熱可塑性樹脂ではこのレベルの微粉で生産可能な物もあるので、その群から選んで使用すればよい。電子部品や弾性塗料用としてSBR、NBR(ニトリルゴム)、ウレタン樹脂、その他の軟質の熱可塑性樹脂(熱可塑性エラストマーを含む)が市販されており、常温付近での接着剤の弾性化には、これらが適している。また、金属合金とCFRPの接着複合体の主な用途としては、移動機械の構造体であるから、100〜150℃程度の高温下で過度に軟化しないレベルの弾性を有する熱可塑性樹脂が適している。この点から、軟化点の高いポリエーテルスルホン樹脂(「PES」)が好ましい。PESは耐熱弾性塗料としての用途があり、微粉砕が工業的に為されているので、粒径分布の中心が10〜20μmの物が容易に入手できる。熱可塑性樹脂粉体の好ましい添加量は2〜5質量%である。
【0158】
(カーボンナノチューブの添加)
さらに、(4)カーボンナノチューブ(以下「CNT」という)を充填材として添加するのも効果がある。特許文献15に示すように、これは常温下での接着力を高める効果があり、高温下ではその添加効果は不明瞭になる。金属合金表面のミクロンオーダーの粗度に係る凹部の開口部付近に分散した繊維状のCNTが、強い外力でその凹部の開口部付近の接着剤硬化物が引き千切られようとした場合に、引き千切りを抑制すると考えられる。CNTを前記凹部の入口付近に存在させるためには、そのCNTが直径100nm以下の繊維状物であり、かつ接着剤中に分散していることが必要である。言い換えるならば、分散可能な直径100nmの繊維状物として、CNTは最適であると言える。
【0159】
上記理由から、CNTは、その直径が100nm程度以下であれば、十分効果が期待できるはずであり、単層物、2層物、3層物からMCNTまでの全てのCNTで効果が期待できる。ここで、層数が少ない細いCNT、例えば直径10nm以下の物は、凹部内壁面にある超微細凹凸面の凹部をも通過することが可能である。それ故に、超微細凹凸部の凹部を通過しない場合と比較して、何らかの効果があるかもしれないと推定される。しかしながら、接合理論にて接着剤の接着強度に関して最も影響が大きいのは、ミクロンオーダーの粗度に係る凹部の開口部付近の破壊強度であり、超微細凹凸の凹部にまでCNTが侵入することが、必ずしも接合力を向上する上で役立つという考えまでは至っていない。
【0160】
本発明者らは、平均直径が、約80nm、約50nm、約3nmのCNTについいて、分散実験を試みた。その結果、エポキシ系接着剤への破壊分散に成功したのは平均直径が80nm及び50nmの場合のみであった。平均直径が3nmのCNTは、後述するように、本発明者らが行った破壊分散法では充分な分散に至らず、接着実験を行うことができなかった。また、平均直径が80nmのCNTをエポキシ系接着剤に0.05〜0.06重量%添加して、充分に分散した場合、添加しない場合と比べてせん断破断力が向上し、CNTの添加による確かな効果が認められた。平均直径が50nmの場合も同様の効果が認められた。それらの効果は、ほぼ同等といえる範囲であったが、僅かながら細いCNT(即ち平均直径が50nmのもの)に、より優れた効果が認められた。
【0161】
平均直径50nm及び80nmのCNTが添加された一液性エポキシ接着剤実験による結果によれば、CNT含有量が0.1重量%以上であると、効果が無いか又は却って接着力が低下した。CNTの含有量が多い場合、CNTは繊維形状であるためにミクロンオーダーの粗度に係る凹部の開口部付近で重なりあってろ過紙のようになり、凹部内部に侵入する数量が却って減少するのか、又は凹部開口部付近で重なりあって濾紙のようになり、その部分では局所的にCNT密度が高くなり、引っ張り試験時の破壊拠点になることが予想される。そのような面を考慮した場合、CNTは超微細な繊維状物であるので、0.1重量%未満の含有量で効果が出易いようである。
【0162】
ここでまとめると、本発明において、CNTのエポキシ系接着剤への配合は、ミクロンオーダー凹凸の凹部にCNTが十分に侵入し、固化することを狙ったものである。別の言い方をすれば、1液性エポキシ系接着剤に添加する強化繊維分については、1μm以下の微細な範囲においても接着剤中に均一に分散させることを要する。これにより、微細部分の機械物性と全体の機械物性の一致を狙ったものともいえる。
【0163】
(カーボンナノチューブの分散法)
上述したCNT添加による接着力の強化は、CNTが接着剤内に上手く分散できたことが前提になっているが、実際にはその分散が困難であるという事情がある。CNTの分散法については既に多くの技術が紹介されている。これら分散方法のうち多くは、CNT、特殊溶剤、及び特殊分散剤をボールミル等に投入してCNTを溶剤中に破壊分散させる手段を採用している。これは、製造直後のCNTは細かく絡み合っていることが発見され、分散させるには、これをある程度破壊しなければならないことによる。
【0164】
但し、この手法ではCNT分散に適した溶剤や分散剤が選ばれており、接着剤組成物と分散CNTを混合した後において、その溶剤等を完全除去することができない。即ち、接着剤組成物に新たに加わったその溶剤成分が、接着剤性能を低下させる可能性がある。実際に、本発明者らもこの手法に使用されている溶剤数種と分散安定剤数種を入手し、各々を1液性エポキシ系接着剤に混入させて実験を行った。その結果、全てで接着力は低下した。
【0165】
しかし昨今、新たなCNTの破壊分散方法が提案されている。これは、高速せん断型分散機と高性能粉砕分散機であるメディアミルを直列型に使用した物理的な手法であり、エポキシ系接着剤とCNTのみを投入して、CNTの破壊分散物が得られる可能性があった(特許文献16)。そこで、本発明者らも溶剤や分散剤を用いることなくCNTを分散させようとするこの発明を参考にせんとした。
【0166】
ただし、本発明では高速せん断型分散機(ホモジナイザー)を使用しなかった。前記の発明でCNTの破壊分散に最も寄与したのは、最新型のメデイアミル、具体的には最新型の湿式粉砕機であるサンドグラインドミルを使用したことであると本発明者らは判断した。そして直径の異なる数種のCNT類の破壊分散を溶剤中やエポキシ樹脂中で実験したところ、破壊分散が可能なのは平均直径が数十nmの多層型CNT(以下「MCNT」)であり、細い数nm直径のCNTの破壊分散は不可能であることが分かった。このようなCNTは、細くて柔軟性があるために、これら最新式湿式粉砕機を使用しても折れて切れず、絡まりを解けないものと考えられた。
【0167】
CNTの添加に関してまとめる。接着力の向上に用いることができるCNTは多層型CNTであり、直径が数十nmの物であった。現在、CNTメーカーから供給されるCNT自体は、絡まり凝集した状態の物であるから、エポキシ樹脂に添加して混練しても繊維状に分散させることは出来ない。本発明者らは最新型の湿式粉砕機を使用して破砕分散させた。但し、この手法を用いても、数nm直径の細いCNTはその柔軟性故か破砕分散できず、前記の多層型CNTのみが分散可能だった。充填量は0.02〜0.2質量%が好ましい。これより少ないと効果が明確でなく、これよりも多ければ、却って接着力が低下した。
【0168】
(湿式粉砕機に関して)
前述した(1)(2)(3)(4)を分散するに際しては、硬化剤を入れていない状態のエポキシ樹脂を母材とし、湿式粉砕機を用いるのが好ましい。(4)CNTの分散には最新型の湿式粉砕機の使用が必要条件であるが、その他(1)(2)(3)の分散は湿式粉砕機の使用が必要条件ではない。本発明者らは充填材の分散を全て最新型のサンドグラインドミルで行った。通常の接着剤製造で使用する自動乳鉢やニーダーで行ってどのような性能がでるのかは調査していない。しかし、サンドグラインドミルを使用しても充填材は既に数十μm径以下の微粉であり、更に粉砕される可能性は少ない。このサンドグラインドミルは、大きな微粉については分散を促進し、超微細な粉体についてはその凝集を解いて分散させる。それ故、CNTを除いては、湿式粉砕機を使用しなければならないということはないが、少なくとも(1)(2)(3)を分散させる際に、湿式粉砕機を使用した場合、確実に良分散が出来る。
【0169】
このようにしてエポキシ樹脂に充填材を添加し分散させた後で、硬化剤を添加し、混練するのが好ましい。その理由は、充填材の添加分散をサンドグラインドミルで行った場合に粉砕室での発熱が激しいことである。冷却水を粉砕室外套に循環させて冷却しても、硬化剤入りのエポキシ樹脂を使用して充填材の添加分散を行うと、僅かな冷却遅れでホットスポットが出来てその箇所でゲル化が始まり、益々発熱して粉砕室内がサンド諸共硬化してしまう。これにより高価なサンドグラインドミルを使用不能にする危険があるからである。
【0170】
〔CFRP形状物の粗面化〕
強化繊維が炭素繊維であるFRPはCFRPであり、ガラス繊維を使用した物はGFRP(Glass-Fiber Reinforced Plasticsの略)であり、アラミド繊維を使用した物はAFRP(Aramid-Fiber Reinforced Plasticsの略)やKFRP(Kevlar-Fiber Reinforced Plasticsの略)と呼ばれる。FRPはこれらの総称でもある。本発明はエポキシ樹脂をマトリックス樹脂とするFRPについて論じているが、エポキシ樹脂をマトリックス樹脂とするFRPとしてはCFRPが一般的なので以下はCFRP形状物について述べる。
【0171】
形状化されたCFRPは、多層のCFRPプリプレグが重なり治具等で圧縮されながら加熱硬化した物であるのが一般的である。特に高強度のCFRP製造法としてプリプレグ利用法が標準的であり、これについて述べる。過去のCFRPプリプレグはマトリックス樹脂に現接着剤と似た粘着液状の熱硬化型エポキシ樹脂を使用していた。それ故、ベタついたシート状物でありポリエチレンフィルム等で挟んだシートとして供給され、使用時はそのまま切断し、その後にポリエチレンフィルムを剥がして使用したのである。しかし現行のプリプレグは、硬化剤に芳香族ジアミン類を多く使用して硬化物の耐熱性を上げていることもあり、粘着性のないシートである。その厚さも0.2mm程度のものが多く、標準化されており使用し易くなっている。
【0172】
CFRP形状物の製造工程は、コンピュータ制御された自動切断機でプリプレグを1枚づつ形状を変化させつつ切断し、その切断した物を積層すれば立体形状が予期した物になるように自動化されている。積層物を治具に収めて形状が保てるようにした上でボルトやバネで締め付けてプリプレグシート間に圧力がかかるようにし、全体を密閉バッグやオートクレーブに入れて封じ、真空にする。真空にしたまま昇温すると一旦溶融し、それからゲル化、硬化が始まる。溶融後は逆に高圧にするとプリプレグ間から抜けた空気が存在していた隙間が潰されて一体化が進む。硬化が終了したら放冷し、治具等を外してCFRP形状物が完成する。
【0173】
CFRP形状物の表面はマトリックス樹脂の硬化物が覆っているので、CFRP形状物自体は、その表面からみるとエポキシ樹脂硬化物と言える。これにエポキシ系接着剤を塗布して使用しても接着できるが被着材は既に十分硬化した安定な物質であるから、CFRP形状物表面とエポキシ接着剤との化学的な親和力を期待するには少し無理がある。そこで物理的な方法で粗面化し、出来上がった凹凸面にエポキシ系接着剤を侵入させて接着力を上げる方法を採用することを検討したものである。CFRP形状物表面を、前述した第1の条件〜第3の条件を満たす金属合金表面の様に物理的に理想的な被着材形状物にするのは困難であるから、物理的に粗面化しても金属合金同士を接着した場合と同等の高強度の接着を期待することはできない。それ故、接着力を金属合金同士の接合体と同等にしようとすれば、何らかの化学的な効果を期待するしかない。
【0174】
そこでマトリックス樹脂に着目した。マトリックス樹脂はアミン系化合物(硬化剤)とエポキシ樹脂の反応硬化物であるが、安定した性能を得るために硬化剤を過剰にして調合作成されているのが通常である。よって硬化物には過剰分のアミン類が残存している。要するに、CFRP形状物の粗面化による物理的効果に加え、粗面化した表面にはアミン系分子、又はポリマーに繋がった1級アミノ基が露出していることが確実であり、これを利用できるのである。この推論に基づき、本発明者らは、先ず80番〜240番の目の粗い研磨紙でCFRP形状物表面を削り取った。削り取った後は、削り屑や汚れを取り除き、純水や有機溶剤で洗浄し乾燥した。その表面に、エポキシ系接着剤を単純に塗布した。使用する接着剤の硬化系も広義のアミン系化合物(ジシアンジアミド、イミダゾール類や芳香族ジアミン類)であるから、CFRP形状物表面から露出しているアミノ基と全く同類である。それ故、CFRP形状物表面を更新し、洗浄すれば問題なく接着すると推測した。塗布後の染込まし処理等は必要だが、CFRP形状物の粗面に、新たな化学的処置を加える必要はない。
【0175】
以上の考え方に基づいて試行錯誤を行い、以下の結論に達した。下記した方法に拘る必要は無く、粗面化し汚れを取り去って乾燥し、接着剤を塗布し、染込まし処理をすることに沿う方法であれば使用できる。本発明者らが行った具体的な方法としては、80番〜240番程度の粗めの研磨紙でしっかり削り取り、中性又は弱塩基性の界面活性剤水溶液で洗浄し、十分水洗した後で80〜100℃にて乾燥した。次いで後述する接着剤塗布/染込まし処理を行ったものである。試行錯誤として有機溶剤で汚れ取りや洗浄する実験も行ったが前者に比較して特に良効果もなく、これらは安全上やコスト上からも採用すべきでないと思われた。
【0176】
更に、大型のCFRP形状物について、接着すべき面を粗面化した後の工程を容易にすべく、水槽等に浸漬せずに済む方法を検討した。この場合、界面活性剤を溶解した水溶液を高圧水として粗面にぶつける方法が有効であった。勿論、その後に水洗する必要がある。更には、水道水(群馬県太田市、PH5.8〜6.1)をかなり高圧の高速噴水流として1分間以上吹き付けると殆ど水槽等に浸漬した場合と同じ効果のあることが分かった。
【0177】
〔接着剤塗布及び染込まし処理〕
表面処理を施した金属合金片及び上記粗面化したCFRP形状物の所定箇所に、それぞれ前述したエポキシ系接着剤を塗布する。筆塗りでもヘラ塗りでもよい。その後、両方を40〜50℃に予め加熱しておいた減圧容器又は圧力容器に入れ、数分置いてから数十mmHg程度まで減圧して数秒置き、その後空気を入れて常圧に戻すか数気圧や数十気圧の圧力下にするのが好ましい。塗布物を暖めるのは、接着剤の粘度を十数Pa秒以下にするためである。この温度が高いほど粘度は下がるが、高きに過ぎるとゲル化速度が高まり接着力確保に不利になる。この点は、その接着剤のゲル化温度をどう予測するかで変わってくる。次いで減圧と昇圧のサイクルを繰り返すのが好ましい。減圧下で接着剤と金属合金間の空気が抜け、常圧戻しで接着剤が金属合金表面面上の超微細凹部に侵入し易くなる。
【0178】
実際の量産に当たっては、圧力容器を使用して高圧空気を使用するのは設備上も経費上もコストアップに繋がるので、それよりは気密性の高い袋や減圧容器を使用して減圧/常圧戻しを数回行うのが経済的である。容器や袋から取り出し、常温以下の温度とした保管場所に置き短時間内に次工程に入るのが好ましい。CFRP形状物が大型品であり、これを収納する大型の容器がない場合、半球型で周辺部をゴムパッド状物とした治具を作成し、これをCFRP形状物表面に吸い付けて使用する。即ち、半球の頂点に通気口とバルブをつけて真空ポンプに繋げばよい。昇温が必要な場合、接着剤の塗布前にヘヤードライヤーで暖めておくと良い。
【0179】
〔接着工程〕
上記工程でエポキシ系接着剤を塗布した金属合金片とCFRP形状物が得られる。これらを抱き合わせてクリップ等で留める。クリップで固定できない場合には、接着面に圧力がかかる様にした治具を作って固定する。クリップを使用しないで治具等に収納して固定する場合、押さえ付けの力は重力やバネ、又はクランプ等を利用することになる。そして固定をした状態で熱風乾燥機に入れて加熱硬化させる。最初は90℃前後に15〜30分置いて温度に均し、次に120〜135℃に上げて40〜60分加熱し、更に165℃に上げて30〜60分加熱した。この温度条件は、硬化剤がジシアンジアミドかイミダゾール類であるときは十分硬化が進む条件である。
【0180】
硬化速度の遅い脂環族ポリアミンを硬化剤とする2液性エポキシ系接着剤を使用する場合、硬化剤を添加混合した後の塗布、染込まし処理を手際よく進めて出来れば1時間以内、遅れても数時間以内に染込まし処理を終える必要がある。その後にゲル化が多少進んでも金属合金とCFRP形状物を接着接合して固定する処理は可能である。固定まで順調に進めることが出来れば後の操作は容易である。これら接着剤の完全硬化は80〜100℃として5〜2時間で可能である。この程度の高温であればホットブラスターやバンドヒーターによる局所的加熱が可能であるから大型のオートクレーブや熱風乾燥機は必ずしも必要ない。
【0181】
〔接着力の測定例〕
後述する実験例で使用した金属合金とCFRPの複合体の接着力測定法を説明する。図14は金属合金片31とCFRP形状物の一例であるCFRP片32の接着複合体の形状を示したものである。金属合金片とCFRP片とをエポキシ系接着剤で接合して得た接着強度測定用の試験片30を現している。図中の斜線部分は接着範囲33でる。この試験片の両端を引っ張り試験機にて引っ張り破断し、得られた破断力を接着面積で除してせん断破断力(Kgf/cm2、MPa)を測定した。
【発明の効果】
【0182】
本発明者に係る金属合金とFRPの接着技術は、多分野に適用可能な基礎技術となりうるものである。本発明によって、金属合金とCFRPを従来になく強力に接着することが可能となる。CFRPは超軽量で鋼並みの強度を示す先端材料であり、部品の主構造をCFRPとし、その端部にのみ金属合金を接着接合することも可能である。即ち、全体として極めて軽量であり、且つ剛性が要求される部分は金属合金で構成することができる。このような部品は、金属合金部をネジ止め又はボルトナット等で他の部品と結合することで容易に組み立てが可能である。さらに、共通部品化が可能となり、安価な大量生産が可能になる。
【0183】
また、本発明に係る金属合金とCFRPの複合体は、高温域において強力な接合力が発揮される。即ち、耐熱性に優れているといえる。本発明を適用することで、超々ジュラルミン等の高強度アルミニウム合金やチタン合金をCFRPと一体化し、非常に軽量で耐熱性に優れた構造部材を製造できる。航空機や自動車等の移動機械に用いた場合、大幅な軽量化も可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0184】
以下、本発明の実施の形態を実験例によって説明する。
なお、測定等に使用した機器類は以下に示したものである。
(a)X線表面観察(XPS観察)
数μm径の表面を深さ1〜2nmまでの範囲で構成元素を観察する形式のESCA「AXIS−Nova(クレイトス(米国)/株式会社 島津製作所(日本国京都府)製)」を使用した。
(b)電子顕微鏡観察
SEM型の電子顕微鏡「S−4800(株式会社 日立製作所製)」及び「JSM−6700F(日本電子株式会社(日本国東京都)製)」を使用し1〜2KVにて観察した。
(c)走査型プローブ顕微鏡観察
ダイナミックフォース型の走査型プローブ顕微鏡「SPM−9600(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(d)X線回折分析(XRD分析)
「XRD−6100(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(e)複合体の接合強度の測定
引っ張り試験機「AG−10kNX(株式会社 島津製作所製)」を使用し、引っ張り速度10mm/分でせん断破断力を測定した。
(f)充填材の分散(湿式粉砕機の使用)
直径0.1〜0.5mmのジルコニアビーズをサンドとするサンドグラインドミル「ミニツエア(アシザワ・ファインテック株式会社製)」を使用した。
次に金属合金の表面処理について説明する。
【0185】
[実験例1](アルミニウム合金の表面処理)
市販の厚さ3mmのアルミニウム合金板材「A7075」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のA7075片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス株式会社(日本国東京都)製)」を投入して濃度7.5%の水溶液(60℃)とした。これに前記A7075片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の塩酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を4分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記A7075片を2分浸漬し、水洗した。次いで5%濃度の過酸化水素水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を5分浸漬し、水洗した。次いで前記A7075片を、67℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0186】
乾燥後、前記A7075片を電子顕微鏡観察したところ、40〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図1に示した。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによると山谷平均間隔(RSm)は3〜4μm、最大高さ(Rz)は1〜2μmであった。
【0187】
[実験例2](アルミニウム合金の表面処理)
市販の厚さ1.6mmのアルミニウム合金板材「A5052」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のA5052片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を投入して濃度7.5%の水溶液(60℃)とした。これに前記A5052片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の塩酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬し、水洗した。次いで前記A5052片を、67℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0188】
乾燥後、前記A5052片を電子顕微鏡観察したところ、30〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図2に示した。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによると山谷平均間隔(RSm)は2.0〜3.4μm、最大高さ(Rz)は0.2〜0.5μmであった。
【0189】
[実験例3](マグネシウム合金の表面処理)
市販の厚さ1mmのマグネシウム合金板材「AZ31B」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のAZ31B片を多数作成した。槽の水に市販のマグネシウム合金用脱脂剤「クリーナー160(メルテックス株式会社製)」を投入して濃度7.5%の水溶液(65℃)とした。これに前記AZ31B片を5分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の水和クエン酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記AZ31B片を6分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1%濃度の炭酸ナトリウムと1%濃度の炭酸水素ナトリウムを含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に15%濃度の苛性ソーダ水溶液(65℃)を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に0.25%濃度の水和クエン酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬して水洗した。次いで過マンガン酸カリを2%、酢酸を1%、水和酢酸ナトリウムを0.5%含む水溶液(45℃)を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬し、15秒水洗した。次いで前記AZ31B片を、90℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0190】
乾燥後、前記AZ31B片を電子顕微鏡観察したところ、5〜20nm径の棒状結晶が複雑に絡み合って100nm径程度の塊となり、その塊が面を作っている超微細凹凸形状で覆われている箇所があった。電子顕微鏡を10万倍として観察したときの写真を図3(a)及び(b)に示した。又、走査型プローブ顕微鏡で走査して粗度観測を行ったところ山谷平均間隔、即ち凹凸周期の平均値(RSm)が2〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)が1〜1.5μmであった。
【0191】
[実験例4](銅合金の表面処理)
市販の厚さ1mmの純銅系銅合金であるタフピッチ銅板材「C1100」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のC1100片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記C1100片を5分浸漬して水洗した。次いで1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)に前記C1100片を1分浸漬して水洗することで予備塩基洗浄した。次いで銅合金用エッチング材「CB−5002(メック株式会社(日本国兵庫県)製)」を20%、30%過酸化水素を18%含む水溶液(25℃)をエッチング用水溶液として用意し、これに前記C1100片をを10分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記C1100片を1分浸漬してよく水洗した。次いで、前記C1100片を再び前記エッチング用水溶液に1分浸漬して水洗した後、前記酸化用水溶液に1分浸漬し、よく水洗した。その後、前記C1100片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0192】
乾燥後、前記C1100片を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、山谷平均間隔(RSm)は3〜7μm、最大高さ粗さ(Rz)は3〜5μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図4に示した。10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜150nmの孔開口部又は凹部が30〜300nmの非定期な間隔で全面に存在する超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていた。
【0193】
[実験例5](銅合金の表面処理)
市販の厚さ0.8mmのリン青銅板材「C5191」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のC5191片を多数作成した。槽に市販のアルミ合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記C5191片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。続いて別の槽に銅合金用エッチング材「CB−5002」を20%分、30%過酸化水素水を18%分だけ含む水溶液(25℃)をエッチング用水溶液として用意し、これに前記C5191片を15分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記C5191片を1分浸漬してよく水洗した。次いで、前記C5191片を再び前記エッチング用水溶液に1分浸漬して水洗した後、前記酸化用水溶液に1分浸漬し、水洗した。その後、前記C5191片を、90℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0194】
乾燥後、前記C5191片を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、山谷平均間隔(RSm)は1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.3〜0.4μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図5に示した。10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在する超微細凹凸形状であり、純銅系であるタフピッチ銅の微細構造とは全く異なった形状であった。
【0195】
[実験例6](銅合金の表面処理)
市販の厚さ0.7mmの鉄含有銅合金板材「KFC(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のKFC片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KFC片を5分浸漬し、水洗した。次いで1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)に前記KFC片を1分浸漬して水洗することで予備塩基洗浄した。次いで銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%分、30%過酸化水素水を18%分含む水溶液(25℃)をエッチング用水溶液として用意し、これに前記KFC片を8分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記KFC片を1分浸漬してよく水洗した。次いで、前記KFC片を再び前記エッチング用水溶液に1分浸漬して水洗した後、前記酸化用水溶液に1分浸漬してよく水洗した。その後、前記KFC片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0196】
乾燥後、前記KFC片を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、山谷平均間隔(RSm)は1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.3〜0.5μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図6に示した。10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在する超微細凹凸形状で全面が覆われていた。
【0197】
[実験例7](銅合金の表面処理)
市販の厚さ0.7mmの特殊銅合金板材「KLF5(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のKLF5片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KLF5片を5分浸漬し、水洗した。次いで1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)に前記KLF5片を1分浸漬して水洗することで予備塩基洗浄した。次いで銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%分、30%過酸化水素水を18%分含む水溶液(25℃)をエッチング用水溶液として用意し、これに前記KLF5片を8分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記KLF5片を1分浸漬してよく水洗した。次いで、前記KLF5片を再び前記エッチング用水溶液に1分浸漬して水洗した後、前記酸化用水溶液に1分浸漬してよく水洗した。その後、前記KLF5片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0198】
乾燥後、前記KLF5片を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、山谷平均間隔(RSm)は1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.3〜0.5μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図7に示した。10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径10〜20nmの粒径物及び50〜150nm径の不定多角形状物が混ざり合って積み重なった形状、言わば溶岩台地斜面ガラ場状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていた。
【0199】
[実験例8](チタン合金の表面処理)
市販の厚さ1mmの純チタン型チタン合金板材「KS40(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のKS40片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KS40片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に1水素2弗化アンモニウムを40%含む万能エッチング材「KA−3(株式会社 金属化工技術研究所(日本国東京都)製)」を2%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KS40片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで前記KS40片を3%濃度の硝酸水溶液に1分浸漬し、水洗した。その後、前記KS40片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0200】
乾燥後、前記KS40片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。その結果、山谷平均間隔(RSm)は1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.8〜1.5μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図8に示した。電子顕微鏡での観察から、幅と高さが10〜数百nmで長さが数百〜数μmの湾曲した連山状突起が間隔周期10〜数百nmで面上に林立している超微細凹凸形状であることが分かった。さらに、XPSによる分析から、表面には酸素とチタンが大量に観察され、少量の炭素が観察された。これらから表層は酸化チタンが主成分であることが分かり、しかも暗色であることから3価のチタンの酸化物と推定された。
【0201】
[実験例9](チタン合金の表面処理)
市販の厚さ1mmのα−β型チタン合金板材「KSTi−9(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のKSTi−9片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KSTi−9片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダ1.5%濃度の水溶液(40℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に、市販汎用エッチング試薬「KA−3」を2重量%溶解した水溶液(60℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。このKSTi−9片には黒色のスマットが付着していたので、3%濃度の硝酸水溶液(40℃)に3分浸漬し、次いで超音波を効かしたイオン交換水に5分浸漬してスマットを落とし、再び3%硝酸水溶液に0.5分浸漬し、水洗した。次いで前記KSTi−9片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。乾燥後のKSTi−9片に金属光沢はなく暗褐色であった。
【0202】
乾燥後、前記KSTi−9片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると山谷平均間隔(RSm)は4〜6μm、最大高さ粗さ(Rz)は1〜2μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図9に示した。その様子は実験例8の図8に酷似した部分に加え、表現が難しい枯葉状の部分が多く見られた。
【0203】
[実験例10](ステンレス鋼の表面処理)
市販の厚さ1mmのステンレス鋼板材「SUS304」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のSUS304片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記SUS304片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。続いて別の槽に1水素2弗化アンモニウムを1%と98%硫酸を5%含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記SUS304片を4分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで、前記SUS304片を、3%濃度の硝酸水溶液(40℃)に3分浸漬して水洗した。次いで前記SUS304片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0204】
乾燥後、前記SUS304片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると、山谷平均間隔(RSm)は1〜2μmであり、最大高さ粗さ(Rz)は0.3〜0.4μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図10に示した。電子顕微鏡による観察から、表面が直径20〜70nmの粒径物や不定多角形状物が積み重なった形状、言わば溶岩台地斜面ガラ場状の超微細凹凸形状で覆われていた。更に別の1個をXPS分析にかけた。このXPS分析から、表面には酸素と鉄が大量に、又、少量のニッケル、クロム、炭素、ごく少量のモリブデン、珪素が観察された。これらから表層は金属酸化物が主成分であることが分かった。この分析パターンはエッチング前のSUS304と殆ど同じであった。
【0205】
〔実験例11〕(一般鋼材の表面処理)
市販の厚さ1.6mmの冷間圧延鋼板材「SPCC」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のSPCC片を多数作成した。槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SPCC片を5分浸漬して水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に1.5%苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記SPCC片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に98%硫酸を10%含む水溶液(50℃)を用意し、これに前記SPCC片を6分浸漬し、イオン交換水で十分に水洗した。次いで前記SPCC片を、1%濃度のアンモニア水(25℃)に1分浸漬して水洗した。次いで前記SPCC片を、2%濃度の過マンガン酸カリ、1%濃度の酢酸、及び0.5%濃度の水和酢酸ナトリウムを含む水溶液(45℃)に1分浸漬して十分に水洗した。その後、前記SPCC片を、90℃とした温風乾燥機内に15分入れて乾燥した。
【0206】
乾燥後、前記SPCC片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると、山谷平均間隔(RSm)が1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.3〜1.0μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図11に示した。10万倍電子顕微鏡による観察結果から、高さ及び奥行きが80〜200nmで幅が数百〜数千nmの階段が無限に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが分かる。パーライト構造が剥き出しになった様子であり化成処理層はごく薄いことが分かる。
【0207】
〔実験例12〕(一般鋼材の表面処理)
市販の厚さ1.6mmの熱間圧延鋼材「SPHC」を入手し、切断して45mm×15mmの長方形のSPHC片を多数作成した。槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SPHC片を5分浸漬して水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に1.5%苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記SPHC片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に98%硫酸を10%と1水素2弗化アンモニウム1%を含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記SPHC片を2分浸漬し、イオン交換水で十分に水洗した。次いで前記SPHC片を、1%濃度のアンモニア水(25℃)に1分浸漬して水洗した。次いで前記SPHC片を、80%正リン酸を1.5%、亜鉛華を0.21%、珪弗化ナトリウムを0.16%、塩基性炭酸ニッケルを0.23%含む水溶液(55℃)に1分浸漬して十分に水洗した。その後、前記SPHC片を、90℃とした温風乾燥機内に15分入れて乾燥した。
【0208】
乾燥後、前記SPHC片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると、山谷平均間隔(RSm)が1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.3〜1.0μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図12に示した。10万倍電子顕微鏡による観察結果から、高さ及び奥行きが80〜500nmで幅が数百〜数万nmの階段が無限に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが分かり、これもパーライト構造であった。
【0209】
[実験例13](接着剤(1)の作成)
ビスフェノール型エポキシ樹脂の単量体型が主成分の分子量約370のエポキシ樹脂「JER828(ジャパンエポキシレジン株式会社(日本国東京都)製)」、固体である分子量約1300の多量体型のビスフェノール型エポキシ樹脂「JER1003(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、多官能型のフェノールノボラック型エポキシ樹脂「JER154(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、アニリン型の3官能エポキシ樹脂「JER630(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、平均粒径が10μm程度のPES粉体「PES4100MP(住友化学株式会社(日本国)製)」、直径が約50nmの多層型カーボンナノチューブ「MCNT(ナノカーボンテクノロジーズ株式会社(日本国東京都)製)」、平均粒径が16〜20nmとされる疎水性処理したヒュームドシリカ「アエロジルR805(日本アエロジル株式会社(日本国東京都)製)」、平均粒径が8〜12μmの微粉タルク「ハイミクロンHE5(竹原化学工業株式会社(日本国兵庫県)製)」、平均粒径が10〜15μmの焼成したカオリン型クレー「サテントン5(竹原化学工業株式会社製)」、エポキシ樹脂の硬化剤である微粉型ジシアンジアミド「DICY7(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、及び、同硬化助剤となる3−(3,4−ジクロルフェニル)−1,1−ジメチル尿素「DCMU99(保土谷化学工業株式会社(日本国東京都)製)」を入手した。
【0210】
「JER828」を60部、「JER1003」を20部、「JER154」を10部、「JER630」10部をビーカーに取り、130℃とした熱風乾燥機内に放置して加熱し、固体型「JER1003」を溶融すると同時に撹拌し全体を均一化した。その後、放冷しエポキシ樹脂液として保管した。直径0.3mmのジルコニアビーズを粉砕室容量の80%充填したサンドグラインドミル「ミニツエア」を用意し、その入口側に循環ポンプと撹拌機付きのオープンタンクを繋いだ。一方、サンドグラインドミルの出口はオープンタンクに開放した。上記のエポキシ樹脂液を60℃に再加熱して粘度を下げ、350gをオープンタンクに投入し、循環ポンプで粉砕室も完全に満たしてからミルを運転開始した。ミルには水冷ラインがあるので通水を調整して粉砕室内が50〜60℃になるようにした。ミル回転子の周速は11〜12m/秒とした。その後、オープンタンクに「ハイミクロンHE5」を10g徐々に入れて循環粉砕を進め、次いで「アエロジルR805」を1.6g同様に加えた。これで5分ほど循環粉砕を進め、次いで「PES4100MP」16gを徐々に加えた後、40分間、湿式粉砕(実質は分散操作)を続けた。ミルの出口をオープンタンクからポリエチ瓶に向くようにし、全エポキシ樹脂100部に対して「PES4100MP」を4.5部、「ハイミクロンHE5」を2.9部、「アエロジルR805」を0.5部含む混合物をポリエチ瓶に得た。次いで前記混合物108部に対し、硬化剤「DICY7」5部を加えてガラス棒でよく混練し、次いで硬化助剤「DCMU99」3部を加えて再度よく混練した。次いでビーカーにアルミ箔で蓋をして常温下に50時間放置することで一種の熟成を行い、ポリ瓶に取り直して5℃とした冷蔵庫に保管した。このようにして得た接着剤を、接着剤(1)とした。
【0211】
[実験例14](接着剤(2)の作成)
実験例13と同様にして接着剤を作成したが、以下の点を異ならせた。ミルを運転開始した後でオープンタンクに投入したのは、「PES4100MP」16g、「ハイミクロンHE5」10g、「アエロジルR805」2g、さらに、これに加えてCNT「MCNT」0.3gだった。その結果、ミルから全エポキシ樹脂100部に対して「PES4100MP」を4.5部、「ハイミクロンHE5」を2.9部、「アエロジルR805」を0.5部、「MCNT」を0.07部含む混合物を得た。この混合物108部に対し、実験例13と同様の処理を行った後、5℃とした冷蔵庫に保管した。このようにして得た接着剤を、接着剤(2)とした。
【0212】
[実験例15](接着剤(3)の作成)
実験例13と同様にして接着剤を作成したが、「アエロジルR805」を加えなかった点が異なる。即ち、硬化剤「DICY7」等を加える前の混合物には、全エポキシ樹脂100部に対して、「PES4100MP」が4.5部、「ハイミクロンHE5」が2.9部含まれている。このようにして得た接着剤を、接着剤(3)とした。
【0213】
[実験例16](接着剤(4)の作成)
実験例13と同様にして接着剤を作成したが、「PES4100MP」を加えなかった点が異なる。即ち、硬化剤「DICY7」等を加える前の混合物には、全エポキシ樹脂100部に対して、「ハイミクロンHE5」が2.9部、「アエロジルR805」が0.5部含まれている。このようにして得た接着剤を、接着剤(4)とした。
【0214】
[実験例17](接着剤(5)の作成)
実験例13と同様にして接着剤を作成したが、「PES4100MP」及び「アエロジルR805」を加えなかった点が異なる。即ち、硬化剤「DICY7」等を加える前の混合物には、全エポキシ樹脂100部に対して、「ハイミクロンHE5」が2.9部含まれている。このようにして得た接着剤を、接着剤(5)とした。
【0215】
[実験例18](CFRP片の作成)
本実験例では、前述したCFRP形状物の一例として、CFRP片を作成する。このCFRP片は複数のCFRPプリプレグの小片が積層されることにより構成されている。CFRPプリプレグ「パイロフィルTR3110(三菱レイヨン株式会社製)」を入手し、45mm×15mmの小片を多数切り出した。図13に示す焼成治具1を用いて長方体状のCFRP片を作成する。金型本体2及び金型底板5を組み合わせると、金型本体2の側壁と金型底板5の上面によって金型凹部3が形成される。この金型凹部3を覆うように、0.05mm厚の離型用フィルム17を敷いた。この離型用フィルム17の上にポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下、「PTFE」という。)製のスペーサ11及び16を設置した。これらスペーサ11及び16の上面に、切断しておいた45mm×15mmのCFRPプリプレグの小片を3mm厚分積層した(積層物は図13中では12として示されており、成形後にCFRP片12となる)。この積層物と金型本体2の側壁の空隙を埋めるためにPTFE製のスペーサ13を設置し、これらを覆うように離型用フィルム14を敷いた。
【0216】
離型用フィルム14の上にPTFE製のブロック15を乗せ、熱風乾燥機に入れた。さらにブロック15の上に鉄製の5Kgの錘18を乗せて乾燥機に通電した。90℃まで昇温して30分置き、次いで120℃まで昇温して30分置き、次いで135℃まで昇温して30分置き、次いで165℃に昇温して30分置き、更に180℃まで上げて30分置いた後、通電を止めて扉を閉めたまま放冷した。翌日、錘18、ブロック15、及び台座8を外して金型本体2を床に押し付けると、金型本体2の金型貫通孔4から金型底面7の下方に突出していた底板突起部6が、接している金型底板5を上方に押し出す。これにより、離型用フィルム14及び17によって覆われている成形物であるCFRP片12が焼成治具1から取り出せる。この作業を繰り返し、CFRP片12を多数得た。このようにして得られたCFRP片12を1回焼き品と称す。
【0217】
3日後に、上記のようにして得たCFRP片12を再び熱風乾燥機に入れ、90℃で30分置き、次いで135℃まで昇温して30分置き、次いで165℃に昇温して30分置き、さらに190℃まで上げて30分置き放冷した。このようにして得られたCFRP片12を2回焼き品と称す。この2回焼き品を、3日後に同じ条件でもう一度焼いた。このようにして得られたCFRP片12を3回焼き品と称す。
【0218】
CFPR片12の3回焼き品の端部を120番の研磨紙でしっかり数回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、純水でよく水洗し、90℃で15分乾燥した。以下の実験例19−1〜19−6、及び実験例22〜32に使用するCFRP片は、これらの処理を施したCFRP片12の3回焼き品である。
【0219】
[実験例19−1](A7075/CFRP複合体(1))
実験例1の表面処理を施したA7075片を6個用意した。又、実験例18で作成したCFRP片を6個用意した。これらA7075片、CFRP片の各々の端部に、実験例13で作成した接着剤(1)を塗布した。これらを、予め60℃にセットした熱風乾燥機内に長時間入れて暖めておいた大型のデシケータに入れた。デシケータの蓋をして真空ポンプで減圧し、15mmHg以下に数分置いた。その後、常圧に戻した後、直ぐに減圧した。このような減圧/常圧戻し操作のサイクルを3回行い、蓋を開いてA7075片、CFRP片を出した。
【0220】
デシケータから出したA7075片とCFRP片の接着剤塗布部分同士を接着させ、試験片(図14)の形状とし、両片をクリップで固定して熱風乾燥機内に移した。その熱風乾燥機を90℃にセットし、90℃になったら15分保持し、次いで135℃に上げて1時間保持し、更に165℃まで上げて30分保持してから放冷した。翌日、クリップを外して、6組のA7075/CFRP複合体(1)を得た。
【0221】
[実験例19−2](A7075/CFRP複合体(2))
実験例19−1と同様の方法で6組のA7075/CFRP複合体(2)を得た。但し、本実験例では接着剤(1)ではなく接着剤(2)を用いた。
【0222】
[実験例19−3](A7075/CFRP複合体(3))
実験例19−1と同様の方法で6組のA7075/CFRP複合体(3)を得た。但し、本実験例では接着剤(1)ではなく接着剤(3)を用いた。
【0223】
[実験例19−4](A7075/CFRP複合体(4))
実験例19−1と同様の方法で6組のA7075/CFRP複合体(4)を得た。但し、本実験例では接着剤(1)ではなく接着剤(4)を用いた。
【0224】
[実験例19−5](A7075/CFRP複合体(5))
実験例19−1と同様の方法で6組のA7075/CFRP複合体(5)を得た。但し、本実験例では接着剤(1)ではなく接着剤(5)を用いた。
【0225】
[実験例19−6](A7075/CFRP複合体(6))
実験例19−1と同様の方法で6組のA7075/CFRP複合体(6)を得た。但し、本実験例では接着剤(1)ではなく、市販のジシアンジアミドを硬化剤とする無機充填材入りのエポキシ系接着剤「EP106」を用いた。
【0226】
上記実験例19−1〜19−6に示した方法で、6種6組のA7075/CFRP複合体を得た。各種複合体(A7075/CFRP複合体(1)〜(6))について、それぞれ3組は常温で引っ張り破断試験を行い、残りの3組は100℃下で引っ張り破断試験を行った。せん断破断力を接着面積で除して、各3組のせん断破断力を算出し、平均値を出した。その結果を表1に示す。表1によると、常温下では、いずれの接着剤を用いた場合であっても70MPa前後の高いせん断破断力を示していた。しかしながら、100℃におけるせん断破断力は、アエロジルR805を充填した接着剤(1)、(2)、又は(4)を用いた複合体(実験例19−1、19−2、19−4)で明らかに高かった。
【0227】
【表1】

【0228】
(CFRP片の1回焼き品,2回焼き品について)
ここで、実験例19−1においては、A7075片の接着対象がCFRP片の3回焼き品であり、常温におけるせん断破断力は表1に示すように68.5MPaであった。本発明者等は、この3回焼き品に代えて、CFRP片の1回焼き品を実験例19−1と同様の方法でA7075片と接着させ、得られたA7075/CFRP(1回焼き品)複合体のせん断破断力を常温で測定した。その結果、3組の平均値は、58.0MPaであった。また、本発明者等は、3回焼き品に代えて、CFRP片の2回焼き品を実験例19−1と同様の方法でA7075片と接着させ、得られたA7075/CFRP(2回焼き品)複合体のせん断破断力を常温で測定した。その結果、3組の平均値は、64.4MPaであった。これは、前述したように、CFRP片を焼き直すことにより、炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力が向上することが理由と考えられる。特に、3回焼き品ではせん断破断力の最高値の物は71.8MPaあった。そしてせん断破断力の平均値も70MPa付近であり、A7075アルミニウム合金片同士の接着接合体のせん断破断力と同等となった。
【0229】
[実験例20−1](粗面化方法(1))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。CFRP片の端部を120番の研磨紙でしっかり3〜5回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、常温の水道水(群馬県太田市)でよく水洗して90℃で15分乾燥した。
【0230】
[実験例20−2](粗面化方法(2))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。CFRP片の端部を80番の研磨紙でしっかり3〜5回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、メチルエチルケトン(以下「MEK」という)に1分浸漬した後、純水でよく水洗して90℃で15分乾燥した。
【0231】
[実験例20−3](粗面化方法(3))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。CFRP片の端部を240番の研磨紙でしっかり3〜5回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、常温の水道水(群馬県太田市)でよく水洗して90℃で15分乾燥した。
【0232】
[実験例20−4](粗面化方法(4))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。CFRP片の端部を800番の研磨紙でしっかり3〜5回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、常温の水道水(群馬県太田市)でよく水洗して90℃で15分乾燥した。
【0233】
[実験例20−5](粗面化方法(5))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。CFRP片の端部を1000番の研磨紙でしっかり3〜5回擦って粗面化した。その後、実験例1で使用したものと同じ60℃とした脱脂槽に5分浸漬した。この脱脂槽には超音波をかけた。その後、常温の水道水(群馬県太田市)でよく水洗して90℃で15分乾燥した。
【0234】
上記実験例20−1〜20−5の粗面化を施したCFRP片を、それぞれ実験例19−1と同様の方法で、接着剤(1)を用いてA7075片と接着接合し、A7075/CFRP複合体を得た。各複合体について常温及び100℃の各温度で引っ張り破断試験を行って、せん断破断力を測定した。その結果を表2に示す。80番の研磨紙で研磨した場合、中間液である有機溶剤MEKに1分浸漬したとしても、常温、100℃のいずれにおいてもせん断破断力は向上せず、むしろ低下するという結果に終わった。従って、敢えて中間液である有機溶剤に浸漬する必要はないと判断した。又、使用した水道水はPH5.8〜6.5の弱酸性水だったが純水(イオン交換水)での洗浄と差異は認められなかった。更に、研磨紙の目が細かくなるにつれて(240番、800番、1000番)、せん断破断力が低下する傾向が見られ、特に1000番の場合には、80番〜240番の場合と比較してせん断破断力が顕著に低下した。
【0235】
【表2】

【0236】
CFRPを粗面化する際の力の入れ加減も影響するが、基本的にはJISR6252に規定される80番〜240番程度の目の粗い研磨紙で研磨する方法が好ましいといえる。当然、研磨部材は研磨紙に限られるものではなく、この範囲の粗さに相当する粗さを有する研磨布等、他の研磨部材を用いても良い。
【0237】
[実験例21−1](水洗方法(1))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。各CFRP片の端部を120番の研磨紙でしっかり3回擦って粗面化した。100cc注射器に一般用液体洗濯洗剤「アタック(花王株式会社製)」の200倍水溶液を入れて、CFRP片の粗面化された部分に針を付けないようにして一挙にかけた。その数分後、前記CFRP片に水道水をホースで15秒かけて水洗し、24時間風乾し、次いで80℃とした熱風乾燥機に5分いれて追乾燥した。
【0238】
[実験例21−2](水洗方法(2))
実験例18と同様の方法でCFRP片の3回焼き品を得た。但し、実験例18と異なり、粗面化以降の処理は以下のようにした。各CFRP片の端部を120番の研磨紙でしっかり3回擦って粗面化した。先をしぼった噴出口付きの耐圧ホースから、2気圧(ゲージ圧)にした水道水を強い棒流で30秒流してCFRP片の粗面化された範囲を水洗した。その後24時間風乾し、次いで80℃とした熱風乾燥機に5分いれて追乾燥した。
【0239】
上記実験例21−1及び21−2の水洗を施したCFRP片を、それぞれ実験例19−1と同様の方法で、接着剤(1)を用いてA7075片と接着接合し、A7075/CFRP複合体を得た。各複合体について常温及び100℃の各温度で引っ張り破断試験を行って、せん断破断力を測定した。その結果を表3に示す。この結果から、粗面化された範囲の洗浄には界面活性剤を使用する必要は無く、高圧の水道水でやや長く洗浄することで実験例19−1と同等の結果が得られることが分かった。
【0240】
【表3】

【0241】
[実験例22](A5052/CFRP複合体)
実験例2の表面処理を施したA5052片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、A5052/CFRP複合体を得た。
【0242】
[実験例23](AZ31B/CFRP複合体)
実験例3の表面処理を施したAZ31B片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、AZ31B/CFRP複合体を得た。
【0243】
[実験例24](C1100/CFRP複合体)
実験例4の表面処理を施したC1100片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、C1100/CFRP複合体を得た。
【0244】
[実験例25](C5191/CFRP複合体)
実験例5の表面処理を施したC5191片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、C5191/CFRP複合体を得た。
【0245】
[実験例26](KFC/CFRP複合体)
実験例6の表面処理を施したKFC片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、KFC/CFRP複合体を得た。
【0246】
[実験例27](KLF5/CFRP複合体)
実験例7の表面処理を施したKLF5片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、KLF5/CFRP複合体を得た。
【0247】
[実験例28](KS40/CFRP複合体)
実験例8の表面処理を施したKS40片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、KS40/CFRP複合体を得た。
【0248】
[実験例29](KSTi−9/CFRP複合体)
実験例9の表面処理を施したKSTi−9片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、KSTi−9/CFRP複合体を得た。
【0249】
[実験例30](SUS304/CFRP複合体)
実験例10の表面処理を施したSUS304片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、SUS304/CFRP複合体を得た。
【0250】
[実験例31](SPCC/CFRP複合体)
実験例11の表面処理を施したSPCC片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、SPCC/CFRP複合体を得た。
【0251】
[実験例32](SPHC/CFRP複合体)
実験例12の表面処理を施したSPHC片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(1)を用いて実験例19−1と同様の方法で接着接合し、SPHC/CFRP複合体を得た。
【0252】
上記実験例22〜32で得られた複合体について、常温及び100℃の各温度で3個ずつ引っ張り破断試験を行って、せん断破断力を測定し、その平均値を計算した。その結果を表4に示す。いずれの金属合金についても、高温下において従来になく高いせん断破断力を示す結果となった。
【0253】
【表4】

【0254】
[実験例33](A7075/CFRP複合体(クレー充填材))
実験例13と同様の方法で接着剤を作成した。但し、無機充填材として、微粉タルク「ハイミクロンHE5」を使用せず、代わりに焼成カオリンクレーの「サテントン5」を使用した。この接着剤を接着剤(6)とした。実験例1の表面処理を施したA7075片と実験例18で得たCFRP片とを、接着剤(6)を用いて実験例19−1と同様の方法(但し接着剤(1)に代えて接着剤(6)を使用)で接着接合し、A7075/CFRP複合体を得た。接合後7日目に引っ張り破断試験を行った。常温下でのせん断破断力は平均で66.2MPaであり、100℃下のせん断破断力は52.3MPaであった。この結果は実験例19−1に近かった。
【図面の簡単な説明】
【0255】
【図1】図1は、A7075アルミニウム合金を苛性ソーダ水溶液で化学エッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図2】図2は、A5052アルミニウム合金を苛性ソーダ水溶液で化学エッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図3】図3は、AZ31Bマグネシウム合金をクエン酸水溶液で化学エッチングし、過マンガン酸カリ水溶液で化成処理した表面の10万倍電子顕微鏡写真((a)(b)いずれも10万倍)である。
【図4】図4は、C1100銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図5】図5は、C5191リン青銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図6】図6は、KFC銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図7】図7は、KLF5銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図8】図8は、KS40純チタン系チタン合金を1水素2弗化アンモニウム水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図9】図9は、KSTi−9α−β系チタン合金を1水素2弗化アンモニウム水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図10】図10は、SUS304ステンレス鋼を硫酸水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図11】図11は、SPCC冷間圧延鋼材を硫酸水溶液でエッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図12】図12は、SPHC熱間圧延鋼材を硫酸水溶液でエッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図13】図13は、CFRPプリプレグを重ね合せ、熱風乾燥機内で硬化させてCFRP片を作成するための焼成治具の断面図である。
【図14】図14は、本発明の表面処理を施した金属合金片とCFRPが1液性エポキシ系接着剤により接着された複合体である。
【図15】図15は、本発明の表面処理を施した金属合金と1液性エポキシ系接着剤の表面構造を示す断面図である。
【図16】図16は、本発明の表面処理を施した金属合金と1液性エポキシ系接着剤の接合面が破断寸前になったときの断面図である。
【符号の説明】
【0256】
1…焼成治具
2…金型本体
3…金型凹部
4…金型貫通孔
5…金型底板
6…底板突起部
7…金型底面
8…台座
11…スペーサ
12…CFRP片
13…スペーサ
14…離型用フィルム
15…ブロック
16…スペーサ
17…離型用フィルム
18…錘
30…試験片
31…金属合金片
32…CFRP片
33…接着範囲
40…金属合金相
41…セラミック質層
42…接着剤硬化物相
50…金属合金相
51…セラミック質層
52…接着剤硬化物相
53…剥がれて生じた空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記金属合金の表面は、エッチングが施されることにより、山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、その粗度を有する面内には、5〜500nm周期の超微細凹凸が形成され、且つ、表層が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であり、
前記繊維強化プラスチックはエポキシ樹脂をマトリックス樹脂とし、且つ、その表面は粗面化された物であって、
前記金属合金の表面と、前記繊維強化プラスチックの表面とが、(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材、(2)100nm以下の粒径の超微細無機充填材、及び(3)熱可塑性樹脂の粉体を充填した1液性エポキシ系接着剤を介して接着されていることを特徴とする前記複合体。
【請求項2】
請求項1に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記金属合金はアルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、及び鉄鋼材から選択されるいずれか1種であることを特徴とする前記複合体。
【請求項3】
金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記金属合金はα−β型チタン合金であって、
前記α−β型チタン合金の表面は、エッチングが施されることにより、山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、10μm角の面積内に円滑なドーム形状と湾曲した枯葉形状の双方が存在する微細凹凸形状であり、且つ、表層が、主としてチタンとアルミニウムを含む金属酸化物の薄層であり、
前記繊維強化プラスチックはエポキシ樹脂をマトリックス樹脂とし、且つ、その表面は粗面化された物であって、
前記α−β型チタン合金の表面と、前記繊維強化プラスチックの表面とが、(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材、(2)100nm以下の粒径の超微細無機充填材、及び(3)熱可塑性樹脂の粉体を充填した1液性エポキシ系接着剤を介して接着されていることを特徴とする前記複合体。
【請求項4】
請求項1ないし3から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記超微細無機充填材はヒュームドシリカであり、前記1液性エポキシ系接着剤に0.3〜3.0質量%含まれていることを特徴とする前記複合体。
【請求項5】
請求項1ないし4から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記熱可塑性樹脂はポリエーテルスルホン樹脂であることを特徴とする前記複合体。
【請求項6】
請求項5に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体であって、
前記ポリエーテルスルホン樹脂の粉体は、粒径分布の中心が5〜25μmであり、前記1液性エポキシ系接着剤に2〜5質量%含まれていることを特徴とする前記複合体。
【請求項7】
金属合金の表面を、山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、その粗度を有する面内には、5〜500nm周期の超微細凹凸が形成され、且つ、表層が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理工程と、
エポキシ樹脂をマトリックス樹脂とする繊維強化プラスチックを硬化させる硬化工程と、
前記硬化工程を経た繊維強化プラスチックの表面を粗面化する粗面化工程と、
(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材、(2)100nm以下の粒径の超微細無機充填材、及び(3)熱可塑性樹脂の粉体をエポキシ系樹脂に充填した1液性エポキシ系接着剤を作成する接着剤作成工程と、
前記表面処理工程を経た金属合金の表面及び前記粗面化工程を経た繊維強化プラスチックの表面に、前記1液性エポキシ系接着剤を塗布する塗布工程と、
前記塗布工程を経た金属合金及び繊維強化プラスチックの、前記1液性エポキシ系接着剤を塗布した範囲同士を押し付けて固定した状態で両者を加熱し、その1液性エポキシ系接着剤を硬化させる接着工程と、
を含むことを特徴とする金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金はアルミニウム合金であって、
前記表面処理工程は、前記アルミニウム合金を強塩基性水溶液に浸漬する化学エッチング工程と、その化学エッチング工程後に、前記アルミニウム合金を酸性水溶液に浸漬する中和工程と、その中和工程後に、前記アルミニウム合金を水和ヒドラジン、アンモニア、及び水溶性アミン化合物から選択される1種以上を含む水溶液に浸漬する微細エッチング工程と、を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記表面処理工程は、前記微細エッチング工程後に、前記アルミニウム合金を過酸化水素水溶液に浸漬する酸化工程をさらに含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項10】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金はマグネシウム合金であって、
前記表面処理工程は、前記マグネシウム合金を酸性水溶液に浸漬する化学エッチング工程と、その化学エッチング工程後に、前記マグネシウム合金を過マンガン酸塩水溶液に浸漬する化成処理工程と、を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項11】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金は銅合金であって、
前記表面処理工程は、前記銅合金を酸化剤を含む酸性水溶液に浸漬する化学エッチング工程と、その化学エッチング工程後に、前記銅合金を酸化剤を含む強塩基性水溶液に浸漬する表面硬化工程と、を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記銅合金は純銅系の銅合金であって、
前記表面処理工程において、前記化学エッチング工程及び前記表面硬化工程を経た銅合金に対して、再度、前記化学エッチング工程及び前記表面硬化工程を行うことを特徴とする前記製造方法。
【請求項13】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金は純チタン系のチタン合金であって、
前記表面処理工程において、前記チタン合金を、1水素2弗化アンモニウムを含む水溶液に浸漬する化学エッチング工程を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項14】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金はステンレス鋼であって、
前記表面処理工程において、前記ステンレス鋼を硫酸水溶液に浸漬する化学エッチング工程を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項15】
請求項7に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記金属合金は鉄鋼材であって、
前記表面処理工程において、前記鉄鋼材を硫酸水溶液に浸漬する化学エッチング工程を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項16】
請求項15に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記表面処理工程は、前記化学エッチング工程を経た前記鉄鋼材を、6価クロム化合物、過マンガン酸塩、リン酸亜鉛系化合物、アンモニア、ヒドラジン、及び水溶性アミン系化合物から選択される1種を含む水溶液に浸漬処理する工程をさらに含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項17】
α−β型チタン合金の表面を、山谷平均間隔(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有するものとし、且つ、10μm角の面積内に円滑なドーム形状と湾曲した枯葉形状の双方が存在する微細凹凸形状とし、且つ、表層を、主としてチタンとアルミニウムを含む金属酸化物の薄層とするための表面処理工程と、
エポキシ樹脂をマトリックス樹脂とする繊維強化プラスチックを硬化させる硬化工程と、
前記硬化工程を経た繊維強化プラスチックの表面を粗面化する粗面化工程と、
(1)粒径分布の中心が5〜20μmの無機充填材、(2)100nm以下の粒径の超微細無機充填材、及び(3)熱可塑性樹脂の粉体をエポキシ系樹脂に充填した1液性エポキシ系接着剤を作成する接着剤作成工程と、
前記表面処理工程を経たα−β型チタン合金の表面及び前記粗面化工程を経た繊維強化プラスチックの表面に、前記1液性エポキシ系接着剤を塗布する塗布工程と、
前記塗布工程を経たα−β型チタン合金及び繊維強化プラスチックの、前記1液性エポキシ系接着剤を塗布した範囲同士を押し付けて固定した状態で両者を加熱し、その1液性エポキシ系接着剤を硬化させる接着工程と、
を含むことを特徴とする金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法。
【請求項18】
請求項7ないし17から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記接着工程前に、前記塗布工程を経た前記金属合金及び前記繊維強化プラスチックを密閉容器に入れて、その容器内を減圧した後、加圧し、前記1液性エポキシ系接着剤を前記金属合金及び前記繊維強化プラスチックの表面に染み込ませることを特徴とする前記製造方法。
【請求項19】
請求項7ないし18から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記超微細無機充填材はヒュームドシリカであり、前記1液性エポキシ系接着剤に0.3〜3.0質量%含まれていることを特徴とする前記製造方法。
【請求項20】
請求項7ないし19から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記熱可塑性樹脂はポリエーテルスルホン樹脂であることを特徴とする前記製造方法。
【請求項21】
請求項20に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記ポリエーテルスルホン樹脂の粉体は、粒径分布の中心が5〜25μmであり、前記1液性エポキシ系接着剤に2〜5質量%含まれていることを特徴とする前記製造方法。
【請求項22】
請求項7ないし21から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記接着剤作成工程において、(1)前記無機充填材、(2)前記超微細無機充填材、及び(3)前記熱可塑性樹脂の粉体が、前記エポキシ系樹脂に充填された後、サンドグラインドミル型湿式粉砕機で分散されることにより前記1液性エポキシ系接着剤が作成されることを特徴とする前記製造方法。
【請求項23】
請求項7ないし22から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記繊維強化プラスチックが炭素繊維強化プラスチック(CFRP)であることを特徴とする前記製造方法。
【請求項24】
請求項23に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記硬化工程において、前記炭素繊維強化プラスチックの硬化を複数回行うことを特徴とする前記製造方法。
【請求項25】
請求項24に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記硬化工程において、前記炭素繊維強化プラスチックの硬化を3回行うことを特徴とする前記製造方法。
【請求項26】
請求項23ないし25から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記粗面化工程において、JISR6252に規定される研磨紙80番〜240番に相当する粗さの研磨部材を用いて前記炭素繊維強化プラスチックの表面を研磨することを特徴とする前記製造方法。
【請求項27】
請求項23ないし26から選択される1項に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記塗布工程前に、前記粗面化工程を経た炭素繊維強化プラスチックを、有機溶剤を用いずに洗浄し、次いで乾燥する洗浄工程を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項28】
請求項27に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記洗浄工程において、前記炭素繊維強化プラスチックを、界面活性剤の水溶液に浸漬しつつ超音波洗浄し、次いで水洗し、次いで乾燥することを特徴とする前記製造方法。
【請求項29】
請求項27に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記洗浄工程において、前記炭素繊維強化プラスチックの前記粗面化が施されている範囲に対して界面活性剤の水溶液を吹きつけ、次いで水洗し、次いで乾燥することを特徴とする前記製造方法。
【請求項30】
請求項27に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記洗浄工程において、前記炭素繊維強化プラスチックを水洗し、次いで乾燥することを特徴とする前記製造方法。
【請求項31】
請求項27に記載した金属合金と繊維強化プラスチックの複合体の製造方法であって、
前記洗浄工程において、前記炭素繊維強化プラスチックの前記粗面化が施されている範囲に対して水を高圧で吹きつけ、次いで乾燥することを特徴とする前記製造方法。

【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−131888(P2010−131888A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−310700(P2008−310700)
【出願日】平成20年12月5日(2008.12.5)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】