説明

金属溶湯検知センサ

【課題】被膜剤を塗り直す適切なタイミングを知ることのできる金属溶湯検知センサを提供する。
【解決手段】金属溶湯検知センサは、接触することで金属溶湯の存在を検知する電極棒22を備える。電極棒の表面には、第1保護被膜26が形成されている。さらに第1保護被膜の表面には第1保護被膜とは色が異なる第2保護被膜28が形成されている。この電極棒は、繰り返し高温の溶湯に浸漬されると、第1保護被膜が徐々に消失する。第1保護被膜が消失し、第2保護被膜が露出すると、電極棒の表面色が変化する。電極棒の表面色が変化した時点が、第2保護被膜の被膜剤を塗布し直す好適なタイミングである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属溶湯検知センサに関する。この検知センサは、例えば、鋳造装置の溶湯供給装置に用いられる。
【背景技術】
【0002】
溶湯供給装置は、毎回一定量の金属溶湯を鋳造装置のキャビティ、あるいは、プランジャスリーブへ供給する。そのような溶湯供給装置では、金属溶湯検知センサが用いられる。例えばラドルで溶湯をすくうタイプの溶湯供給装置では、金属溶湯検知センサは、アームで移動させられるラドルの近傍に取り付けられ、ラドルと液面との相対距離を確認するのに用いられる。この場合、金属溶湯検知センサは、溶湯の液面の位置を検知するいわゆる液面レベルセンサとして機能する。また、溶湯タンク内の溶湯上部の空間に圧力を加えてタンク内の溶湯をプランジャスリーブへ押し出すタイプのいわゆる「ウエストマット」と呼ばれる溶湯供給装置では、金属溶湯検知センサは、プランジャスリーブへの溶湯供給路に取り付けられ、溶湯が流れているか否かのチェックに用いられる。
【0003】
金属溶湯検知センサの構造は極めてシンプルである。典型的な金属溶湯検知センサは、鉄(SKD材)やステンレスなどでできた電極棒を有する。電極棒の内部には熱電対が仕込まれている。電極棒が溶湯に触れて電極棒内の熱電対の一端が高温になると、熱電対を流れる電流(或いは抵抗)が変化し、この変化によって電極棒が溶湯に接していることが検知される。このタイプの金属溶湯検知センサは、熱電対センサの一種である。溶湯供給装置に使われる金属溶湯検知センサの例が、特許文献1や特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−88182号公報
【特許文献2】特開平8−261813号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高温の金属溶湯は、他の物質を侵食する作用が強い。例えば、アルミの溶湯は約700℃に達する。そのため、金属溶湯検知センサの電極棒も、何度も金属溶湯に接触するうちに侵食される(電極棒が溶損する)。電極棒の表面には、電極棒を溶損から保護するとともに、付着した溶湯(典型的にはアルミ)が落ち易いように、剥離剤からなる保護被膜が施されることがあるが(例えば特許文献1)、溶損によりいずれ保護被膜も消失する。保護被膜が消失して電極棒の地金が露出すると、地金の溶損が加速度的に進む。また、溶損により表面が粗くなるため、付着した溶湯が益々落ち難くなり、付着した溶湯がそのまま凝固する現象が起こり始め、最後には電極棒から溶湯が「つらら」のように垂れ下がってしまう虞すらある(特許文献1参照)。さらに、電極棒の溶損や溶湯の固着は、電極棒全体の熱伝導率の変化を生じさせ、これによって溶湯の検知精度が低下する虞もある。そこで、保護被膜が消失してしまった電極棒は交換するか、あるいは電極棒の地金が露出する前に被膜剤を塗り直してやる必要がある。被膜剤を塗り直す方が電極棒を交換するよりも経済的である。しかしここで、被膜剤を塗り直すタイミングを計るのが難しい。塗り直すタイミングが遅いと、電極棒の地金が露出してしまい、付着した溶湯が固着してしまう。塗り直すタイミングが早いと不経済である。また、塗り直すタイミングが早いと、即ち、まだ保護被膜が十分に残っているうちにさらに被膜剤を塗ると、被膜が厚くなってしまう。被膜剤を塗り直すタイミングを計るのにわざわざ電極棒表面を精査するのはコストが嵩む。
【0006】
本発明は、上記の課題に鑑みて創作された。本発明は、被膜剤を塗り直すのに適切なタイミングを簡便に知ることのできる金属溶湯検知センサを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書が開示する金属溶湯溶検知センサは、電極棒の表面に2種類の異なる保護被膜が重ねられている。本明細書が開示する金属溶湯検知センサの好ましい一実施形態では、金属溶湯検知センサの電極棒の表面に第1保護被膜が形成されているとともに、第1保護被膜の表面に、第1保護被膜とは色が異なる第2保護被膜が形成されている。なお、保護膜は2層以上であってもよい。
【0008】
色の異なる少なくとも2種類の保護被膜を電極棒表面に重ねておくことによって、ユーザは、電極棒表面の色の変化で上の保護被膜(第2保護被膜)が消失したことを目視にて簡単に知ることができる。ユーザは、下層の保護被膜(第1保護被膜)の色を視認したら、第2保護被膜の被膜剤を塗布すればよい。即ち、電極棒表面の色が第2保護被膜(上層の保護被膜)の色から第1保護被膜(下層の保護被膜)の色に変化したタイミングが、第2保護被膜の被膜剤を塗り直す好適なタイミングである。なお、第2保護被膜が消失しても、第1保護被膜が残っているので電極棒本体は溶損から保護される。また、電極棒表面の色が変化した時点で、第2保護被膜は消失しているので、第2保護被膜を繰り返し塗り直しても、第2保護被膜の厚みが顕著に増加することもない。第1保護被膜の色が露わになる毎に第2保護被膜の被膜剤を塗り直すので、塗り直しを繰り返すうちに第2保護被膜の厚みが増してしまうということはない。(例えば、一定時間毎に第2保護被膜の被膜剤を塗り直すことを繰り返すと、残存する第2保護被膜が徐々に厚くなっていってしまう。)本明細書が開示する金属溶湯検知センサは、第2保護被膜の塗り直しに好適なタイミングを目視にて簡単に知ることができる。
【0009】
第1保護被膜として特に好適なのは浸硫窒化カーボンナノファイバを主成分とする保護被膜である。カーボンナノファイバは、熱伝導率が高く、熱電対を含む電極棒の機能を損なうことがない。また、浸硫窒化層は、電極棒そのものの耐溶損性を高める。さらに、浸硫窒化処理した電極棒表層にはカーボンナノファイバが強固に付着するので、第1保護被膜に高い耐溶損性が期待できる。なお、カーボンナノファイバは、浸硫窒化処理した電極棒表面に析出させる。そのような処理によって、電極棒表面からカーボンナノファイバが生えて伸びるような保護被膜を形成することができる(この状況については実施形態の欄にてさらに説明する)。また、カーボンナノファイバは、溶湯(アルミ)に対する濡れ性が低いので(金属溶湯との親和性が低いので)、溶湯の湯切れがよいという効果も第1保護被膜に期待できる。なお、カーボンナノファイバの第1保護被膜の色は真黒である。
【0010】
第2保護被膜として特に好適なのは、フラーレン、ボロンナイトライド(BN)、及び、酸化シリコン(SiO2)のうちの少なくとも1つを主成分とする保護被膜である。カーボンナノファイバの大きさは100nm(ナノメートル)のオーダであり、フラーレンの大きさは1nmのオーダである。第2保護被膜の被膜剤としてフラーレンを用いた場合、フラーレンはカーボンナノファイバの全体を覆うように付着する(付着の様子については実施例にてさらに説明する)。炭素と炭素であるから、フラーレンはカーボンナノファイバの隙間と上層に丈夫な保護被膜を形成する。即ち、カーボンナノファイバ上のフラーレンは耐溶損性の比較的高い第2保護被膜を形成する。なお、塗布前のフラーレンは濃いグレーあるいは濃い青である。カーボンナノファイバを主成分とする第1保護被膜(真黒)の上に、フラーレンを主成分とする第2保護被膜を形成すると、電極棒表面は濃いグレーに見える。この濃いグレーが第2保護被膜の色である。
【0011】
電極棒が高温の溶湯(例えば約700℃のアルミ溶湯)に繰り返し触れると、フラーレンの第2保護被膜は徐々に消失していく。第2保護被膜がほとんど消失すると、電極棒の色が濃いグレーから真黒(第1保護被膜の色)に変化する。電極棒の表面が真黒となったときが、第2保護被膜が消失し、第1保護被膜であるカーボンナノファイバが露出する時期に相当する。このタイミングで再び第2保護被膜の被膜剤(フラーレン)を塗布するとよい。そうすると、カーボンナノファイバの第1保護被膜の溶損がほとんどないうちに新たな第2保護被膜を形成することができる。電極棒を元の状態に戻せるので、電極棒の寿命が伸びる。
【0012】
なお、電極棒表面が真黒に変化した後そのまま電極棒を使っていると、表面は次に茶色に変化する。さらに使っていると薄いグレーに変化する。茶色は、第1保護被膜のカーボンナノファイバが燃えて変色したことを示している。薄いグレーは、電極棒母材(SKD或いはステンレス)の色が透けて見えてきたことを示している。従って、電極棒の色が当初の濃いグレーから変化し、真黒から茶色の間に(好ましくは茶色に変化する前に)第2保護被膜の被膜剤を塗り直せば、電極棒本体の溶損を招く前に第2保護被膜を修復できる。
【0013】
ボロンナイトライド(BN)、或いは酸化シリコン(SiO2)は、フラーレン同様に粒子径が細かく、またフラーレン同様に炭素と結合し易いので、フラーレンと同様の効果が見込まれる。ボロンナイトライド(BN)や酸化シリコン(SiO2)は、塗布前は白であるが、真黒の第1保護被膜上に塗布するとグレーに見える。即ち、グレーが第2保護被膜の色である。
【0014】
本明細書が開示する技術は、金属溶湯検知センサのメンテナンス方法に具現化することもできる。その方法が対象とする金属溶湯検知センサは、上述したとおり、表面に第1保護被膜が形成されているとともに、第1保護被膜の表面に第1保護被膜とは色が異なる第2保護被膜が形成されている電極棒を有する。このメンテナンス方法は、電極棒が第2保護被膜の色から第1保護被膜の色に変化したら第2保護被膜の被膜剤を塗布することを特徴とする。上述したように、このメンテナンス方法によれば、第2保護被膜は消失したが第1保護被膜が残っているうちに第2保護被膜の被膜剤を塗布するので、電極棒が溶損する前に第2保護被膜を補修できる。また、電極棒表面の色が変化した時点で、第2保護被膜は消失しているので、第2保護被膜を繰り返し塗り直しても、第2保護被膜の厚みが顕著に増加することもない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】金属容易検知センサを含む溶湯供給装置の模式図である。
【図2】電極棒の模式的断面図である。
【図3】図2において符号IIIで囲った部分の模式的な微視断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、図1を参照して、金属溶湯検知センサの利用形態の一例を説明する。図1は、金属溶湯検知センサ22を含む溶湯供給装置2の模式図である。溶湯供給装置2は、ウエストマットタイプであり、加圧ポンプ4によって溶湯タンク6内のガス圧を上昇させて溶湯Wを押し出す。溶湯タンク6から鋳造装置のスリーブ30までは、溶湯案内管7が通じており、その途中に金属溶湯検知センサ22が配置されている。金属溶湯検知センサ22の出力はコントローラ21に通じている。コントローラ21は、金属溶湯検知センサ22によって、溶湯案内管7を溶湯が通っているか否かを判断する。コントローラ21は、予め定められた量の溶湯が溶湯案内管7を通過したら、加圧ポンプ4を逆転させてタンク内の圧力を下げ、溶湯の供給を停止する。ここで、コントローラ21は、金属溶湯検知センサ22の出力に基づき、溶湯案内管7を通過する溶湯量を計測する。
【0017】
金属溶湯検知センサ22はSKD材製の棒状部材であり、その内部に熱電対が仕込まれている。熱電対の一方の端部(2種類の金属線材の接合点)が、棒状部材の内部下端に位置している。高温の溶湯(アルミの場合溶湯の温度は約700℃)に触れることによって金属溶湯検知センサ22の下端の温度が上昇すると、2種類の金属線材の特性の相違に応じて熱電対に電流が流れる(あるいは電気抵抗が変化する)。コントローラ21は、この電流変化(抵抗変化)によって、溶湯案内管7を溶湯が通過していることを検知する。別言すれば、金属溶湯検知センサ22は、接触することで金属溶湯の存在を検知するセンサである。以下、簡単のため、金属溶湯検知センサ22を電極棒22と称する。
【0018】
電極棒22の下端断面を図2に示す。なお、図2(及び図3)では、電極棒22内部に挿通された熱電対の図示は省略する。電極棒22の下端であって溶湯に触れることが予想されている端部領域の表面は2種類の保護被膜で覆われている。電極棒22の母材の表面は浸硫窒化カーボンナノファイバを主成分とする第1保護被膜26で覆われている。第1保護被膜26の表面には、フラーレンを主成分とする第2保護被膜28が形成されている。
【0019】
図3に、電極棒22の表層付近の様子を示す。図3は、図2において符号IIIで囲った部分の微視的断面を模式的に示した図である。第1保護被膜26は、例えば次のように形成される。浸硫窒化処理を行って電極棒22の表面に浸硫窒化層22aを形成したのち、窒化雰囲気内で炭素含有ガス(例えばアセチレンガス)とともに電極棒22を加熱する。そうすると、アセチレンガスに含まれる炭素がカーボンナノファイバとなり、浸硫窒化層22aの表面22bから生え伸びるように析出する。なお、ここで析出とは、ガス化した炭素が液相を経由せずに浸硫窒化層22aの表面22bで固体化し、さらに繊維状に成長していくことを意味する。図3の符号26aが示すひげのような曲線が、表面22bから生えるカーボンナノファイバを模式的に示している。表面222bから生え伸びるカーボンナノファイバ26aで形成される層が、第1保護被膜26に相当する。なお、アセチレンガスは、ナノカーボンの原料として良く用いられる。
【0020】
金属表面へのカーボンナノファイバの析出形成については、例えば特開2010−137155号公報、特開2010−036194号公報に開示があるのでそちらを参照されたい。また、浸硫窒化処理とは、鉄やステンレスの材料を400℃〜600℃に加熱しつつ、その表面に、窒素を主体とし、炭素、硫黄などを拡散させ、材料の表面に窒化層(浸硫窒化層)を形成する処理である。なお、図3において符号22aで示した網掛け領域が、浸硫窒化層を模式的に示している。この浸硫窒化層は、材料の硬度を向上させ、耐摩耗性(耐溶損性)や耐焼き付き性を向上させる。浸硫窒化処理は、金属の耐摩耗性(耐溶損性)等を向上させる処理として良く知られているので、これ以上の詳しい説明は省略する。
【0021】
第2保護被膜(の被膜剤)は、典型的にはフラーレンがよい。フラーレンの粒径は1nm(ナノメートル)程度である。これに対してカーボンナノファイバは、100nm程度の大きさを有する。上記したカーボンナノファイバの第1保護被膜26の上にフラーレンを塗布すると、それらの大きさの比率から理解されるように、模式的には図3に示すように、カーボンナノファイバの繊維の表面全体にフラーレンが付着する。図3の符号28aが示す多数の丸が、フラーレンを模式的に表している。カーボンナノファイバとフラーレンの炭素同士は、ファンデルワールス結合の働きで相互に引き合うので互いに強固に結び付く。多数のフラーレンが形成する層が、第2保護被膜28に相当する。図3に示すように、カーボンナノファイバの周囲にフラーレンが付着するので、第1保護被膜26の表層と第2保護被膜28の下層は一部が重複することになる。このようにフラーレンはカーボンナノファイバの繊維の間に入り込み、また、両者はファンデルワールス結合により強固に結び付くので、フラーレンを主成分とする第2保護被膜も高い耐溶損性が期待できる。
【0022】
第1保護被膜26はカーボンナノファイバを主成分とすればよく、他に添加物等が混在してもよい。同様に、第2保護被膜28はフラーレンが主成分であればよく、他に添加物等が混在してもよい。
【0023】
カーボンナノファイバを主成分とする第1保護被膜26が形成された電極棒22の表面の色は真黒となる。その上にフラーレンを主成分とする第2保護被膜28を形成すると、電極棒22の表面の色は濃いグレーとなる。以上の処理により、色の異なる2種類の保護被膜(第1保護被膜26と第2保護被膜28)が重畳している電極棒22が完成する。
【実施例】
【0024】
2重の保護被膜の効果を確かめる実験を行った。模擬電極棒として、SKD鋼材の棒材を用意した。この模擬電極棒にカーボンナノファイバを析出形成した後、フラーレンを塗布した。この2層の保護被膜を形成した模擬電極棒の表面は初期状態で濃いグレーであった。この模擬電極棒を700℃のアルミ溶湯に浸漬後、その表面の色を目視にて確かめる2種類の実験を行った。
【0025】
(第1実験)初期状態の模擬電極棒を700℃のアルミ溶湯に1分間浸漬した後、引き上げた。このとき、模擬電極棒の表面は茶色に変化していた。その後、表面が茶色となった模擬電極棒を再度、700℃のアルミ溶湯に1分間浸漬し、引き上げた。このとき、模擬電極棒の表面は薄いグレーに変化していた。第1実験では合計で2分間、模擬電極棒を700℃のアルミ溶湯に浸したことになる。
【0026】
(第2実験)初期状態の模擬電極棒(表面は濃いグレー)を700℃のアルミ溶湯に30秒浸漬した後、引き上げた。表面の色は真黒に変化していた。次いでその表面にフラーレンを再塗布した。再塗布後、表面の色は濃いグレーに変わっていた。次いでフラーレン再塗布後の模擬電極棒を、700℃のアルミ溶湯に30秒浸漬し、引き上げた。模擬電極棒の表面は真黒に変化していた。次いでその表面にフラーレンを再々塗布した。再々塗布後、表面の色は濃いグレーに変わっていた。次いでフラーレン再々塗布後の模擬電極棒を700℃のアルミ溶湯に30秒浸漬し、引き上げた。このときのも表面は真黒に変化していた。さらにその表面にフラーレンを再々々塗布した。再々々塗布後の表面は濃いグレーに変わっていた。次いでフラーレン再々々塗布後の模擬電極棒を700℃のアルミ溶湯に30秒浸漬し、引き上げた。その表面は真黒に変化していた。ここまでで合計2分間700℃のアルミ溶湯に浸漬したことになる。さらにその後、4回に亘って模擬電極を30秒ずつ700℃のアルミ溶湯に浸漬した。30秒間の浸漬の合間にはフラーレンの塗布は行わなかった。フラーレンの再々々塗布から2分間、初期状態から合計で4分間700℃のアルミ溶湯に浸漬した後は、模擬電極の表面は薄いグレーだった。
【0027】
(実験の考察)第1実験にて1分間の浸漬後の茶色への変化は、第2保護被膜のフラーレンがほぼ消失し、700℃のアルミ溶湯に直接に接触した第1保護被膜(カーボンナノファイバ)が焼け付いたことによって生じたものである。また、第1実験にて合計2分間の浸漬後の薄いグレーは、第1保護被膜もほとんど消失してしまい、模擬電極棒(SKD材)の地金の色が見えているものである。第2実験では、フラーレンを繰り返し塗布することにより、合計2分の溶湯への浸漬後も元の状態(濃いグレー)を保つことができる。前述したように、第1保護被膜形成後は真黒であり、第2保護被膜形成後は濃いグレーである。溶湯への浸漬を繰り返す間、電極棒の表面色が濃いグレーから真黒に変化したときがフラーレンを再塗布する好適なタイミングである。なお、表面が真黒に変色した直後ではなくとも、真黒になってから茶色になるまでの間が、フラーレン(被膜剤)を再塗布するのに適した期間である。表面が茶色になるまでは、第1保護被膜が残っているから、電極棒そのものが溶損することはない。なお、できれば茶色に変化する前、即ち、電極棒の表面が真黒のうちに第2保護被膜の被膜剤を再塗布するのが好ましい。
【0028】
第2実験のように、電極棒の表面が第2保護被膜の色から第1保護被膜の色に変化したら第2保護被膜の被膜剤を再塗布する電極棒(金属溶湯検知センサ)のメンテナンス方法は、電極棒の溶損が始まる前に再塗布ができ、しかも再塗布を繰り返しても膜厚が増大しないという利点がある。
【0029】
本明細書が開示した技術についての留意事項を述べる。カーボンナノファイバの第1保護被膜を形成する際、浸硫窒化処理を行って電極棒の表面に浸硫窒化層を形成する。浸硫窒化層は、それ自体の耐溶損性(耐摩耗性)が高いというだけでなく、浸硫窒化層にはカーボンナノファイバが固着し易いという利点がある。即ち、第2保護被膜層にも高い耐溶損性が期待できる。さらに、そのカーボンナノファイバの隙間に第2保護被膜のフラーレンが入り込み、ファンデルワールス力にフラーレンが強固に固着するので、第2保護被膜にも高い耐溶損性が期待できる。
【0030】
また、カーボンナノファイバもフラーレンも共にカーボンであり熱伝導率が高い。それゆえ、それらを主成分とする保護被膜は、電極棒自体の伝熱特性に与える影響が小さい。従ってカーボンを主成分とする保護被膜は、内部に熱電対が仕込まれた電極棒の被膜剤として好適である。
【0031】
第2保護被膜の主成分として、フラーレンに代えてボロンナイトライド(BN)又は酸化シリコン(SiO2)を用いてもよい。ボロンナイトライド(BN)や酸化シリコン(SiO2)はフラーレンと同様にその粒径が小さく、また炭素元素と結合し易いのでフラーレンと同様の効果が期待できる。
【0032】
従来、電極棒などの金属物をアルミ溶湯の熱による溶損から保護するための被膜剤としては、セラミック系の微粒子(例えば酸化チタンTiO)に粘結剤を混合したものがよく用いられた。また、黒鉛も被膜剤として用いられることも知られている。それら従来の被膜剤を用いた場合、カーボンナノファイバを主成分とする第1保護被膜+フラーレン(あるいはボロンナイトライド、酸化シリコン)を主成分とする第2保護被膜の組み合わせほどの効果を上げることは期待できない。例えば、第1保護被膜としてセラミック系を主成分とする被膜剤を用い、第2保護被膜として黒鉛を塗布する組み合わせでは、黒鉛を塗布する際に両者が混ざることがある。また、この組み合わせでは、黒鉛による第2保護被膜はカーボンナノファイバ+フラーレンの組み合わせよりも剥がれやすい。
【0033】
また、例えばカーボンナノファイバを主成分とする第1保護被膜の上に黒鉛を塗布した場合、カーボンナノファイバが黒鉛の下で先に酸化する可能性がある。これは、黒鉛はフラーレンより粒径が大きいので。黒鉛の粒子はカーボンナノファイバの隙間に入り込まず、カーボンナノファイバを覆うだけとなってしまい、その結果、蒸し焼き状態が生じてしまうからであると推測される。
【0034】
フラーレンを主成分とする第2保護被膜を塗布した後は、電極棒の表面は濃いグレーである。第2保護被膜が消失し、カーボンナノファイバの第1保護被膜が露出すると、その表面は真黒となる。このように、「色の異なる2種類の保護被膜」という場合、本明細書では、濃いグレーと薄いグレー、あるいは真黒など、濃度が相違する場合も、「色が異なる」という表現に含まれることに留意されたい。
【0035】
実施例では金属溶湯検知センサを用いるウエストマットタイプの溶湯供給装置を例とした。本明細書が開示する金属溶湯検知センサは、ラドルを用いるタイプの溶湯供給装置に用いることもできる。その場合、金属溶湯検知センサは、ラドル、あるいはラドルの付近に設置され、ラドルに対する相対的な溶湯表面(液面)の高さ検知するセンサとして用いられる。
【0036】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0037】
2:溶湯供給装置
4:加圧ポンプ
6:溶湯タンク
7:溶湯案内管
21:コントローラ
22:金属溶湯検知センサ(電極棒)
26:第1保護被膜
28:第2保護被膜
30:スリーブ
W:溶湯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接触することで金属溶湯の存在を検知する電極棒を備える金属溶湯検知センサであり、
電極棒の表面に第1保護被膜が形成されているとともに、第1保護被膜の表面に第1保護被膜とは色が異なる第2保護被膜が形成されていることを特徴とする金属溶湯検知センサ。
【請求項2】
第1保護被膜は浸硫窒化カーボンナノファイバを主成分とすることを特徴とする請求項1に記載の金属溶湯検知センサ。
【請求項3】
第2保護被膜は、フラーレン、ボロンナイトライド、及び、酸化シリコンのうちの少なくとも1つを主成分とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属溶湯検知センサ。
【請求項4】
表面に第1保護被膜が形成されているとともに、第1保護被膜の表面に第1保護被膜とは色が異なる第2保護被膜が形成されている電極棒を有する金属溶湯検知センサのメンテナンス方法であり、
電極棒が第2保護被膜の色から第1保護被膜の色に変化したら第2保護被膜を塗布することを特徴とするメンテナンス方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−19735(P2013−19735A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152540(P2011−152540)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000207791)大豊工業株式会社 (152)
【Fターム(参考)】