鉄スクラップからのリサイクル圧延鋼材の粒界浸潤性の評価および抑制方法
【課題】リサイクル圧延鋼材の表面割れに影響を及ぼす粒界浸潤性の評価方法およびそれに基づく表面割れ防止方法を提供する。
【解決手段】鋼材の表面から深さ方間に埋込んだCu−B試片を深さ方向に沿って切り出し、この断面に沿ってCu−Fe界面に垂直方向から紫外レーザ光を線状に走査しながら照射し、ヘリウム雰囲気中でレーザーアブレーションを行なうことによってサンプリングしたホウ素を二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析計に導入することによって定量する。また、リサイクル工程において、スラブの表面をホウ素を含む組成物で覆った状態でスラブを熱間圧延することにより、組成物中のホウ素をスラブ表面間のCu−Fe界面近傍に移行させ、熱間圧延時のCuの粒界浸潤による鋼材の表面割れを抑止する。
【効果】インプラント試料Cu−Fe界面付近に局在する微量ホウ素の濃度を確実に定量することができる。
【解決手段】鋼材の表面から深さ方間に埋込んだCu−B試片を深さ方向に沿って切り出し、この断面に沿ってCu−Fe界面に垂直方向から紫外レーザ光を線状に走査しながら照射し、ヘリウム雰囲気中でレーザーアブレーションを行なうことによってサンプリングしたホウ素を二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析計に導入することによって定量する。また、リサイクル工程において、スラブの表面をホウ素を含む組成物で覆った状態でスラブを熱間圧延することにより、組成物中のホウ素をスラブ表面間のCu−Fe界面近傍に移行させ、熱間圧延時のCuの粒界浸潤による鋼材の表面割れを抑止する。
【効果】インプラント試料Cu−Fe界面付近に局在する微量ホウ素の濃度を確実に定量することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄スクラップからの圧延鋼材のリサイクル技術に係り、圧延鋼材の表面における粒界浸潤性の評価方法ならびにこれに基づくスクラップ鋼材の圧延処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スクラップ鋼材を溶製して得たスラブを熱間圧延してリサイクル鋼板を得る際にCuの粒界浸潤による表面赤熱脆性によって表面割れが生じる。この対策としてはホウ素の添加が有効なことが知られており、たとえば特開2002−180192(特許文献1)にはスクラップ鋼材から得られる溶鋼の組成にホウ素を含有させることが提案されている。
【0003】
ここで熱間圧延中の表面割れはたとえばスラブの表面側から100mm未満の表面局所領域で生じるものであり、この領域付近でのホウ素の濃度分布を迅速且つ的確に測定することが表面割れを抑制するためのホウ素の添加量や添加態様を定める際の基礎となる。
【0004】
特許文献1のように組成物全体にホウ素を添加した場合、そのどの程度の量が圧延素材のCu−Fe界面に存在して表面割れの抑制に作用するかは確認することができなかった。またこのような金属材料の表面近傍の局所領域における元素分析には、従来用いられている試料溶解処理を伴う湿式分析法は試料の正確なサンプリングや迅速な分析処理等の点で必ずしも適したものではなかった。
【0005】
本発明者等は鋼材にホウ素を添加することによる粒界浸潤の抑制の評価に関して鋼材試料のレーザーアブレーション(LA)およびICP質量分析(ICP)によりCu/Fe界面付近における濃度を定量することに着目し、その基礎的な研究の結果を報告している(材料とプロセス:非特許文献1)。
【0006】
LAは岩石、鉱物等に対して高感度で再現性の高い定量分析を可能にするが、その金属試料への適用については具体的な事例は知られておらず、本発明者等はその後の実験および研究の過程において前記LAーICPMSシステムにおいてホウ素濃度を分析する際の具体的なLaの照射条件、ICPMSの運転条件を最適化して実用化に資する本発明を完成するに到った。
【特許文献1】特開平2002−180192号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会講演論文集、「材料とプロセス」、Vol. 18, No. 3 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
レーザーアブレーション法とは、測定対象とする固体試料の表面に紫外域〜近赤外域のレーザ光を照射し、レーザーからの光子エネルギーを試料に吸収させることによって局所領域の試料を瞬間的に気化させるサンプリング法である。本発明では、金属表面試料に紫外レーザーを照射して得た気化試料を二重収束型ICP質量分析装置に導入し、試料中の微量ホウ素を測定する。
【0008】
レーザーと試料との相互作用の詳細は現段階でも明らかになっていないが、レーザーから吸収された光子エネルギーが熱エネルギーに変換されることで物質は固体、液体を経て気化されると考えられる。またレーザー照射密度が高い場合は固体は直接気化される。これらのプロセスは処理時間がns、msと非常に短いため、熱拡散による周辺領域の気化は抑制され、よって照射された局所領域の元素のみを測定する手法として適当であると考えられる。
【0009】
しかし金属試料の場合は、レーザーのエネルギーを金属の自由電子が吸収して金属結晶の加熱に使われるため、表面から溶融物が液滴となって飛散し、プラズマ内で原子化・イオン化されない大粒子になるため、LAによる元素分析の適用が容易ではなかった。現在はレーザのパルス幅のより短いフェムト(10−15)秒を用いた研究が行われている所以である。しかしフェムト秒パルスレーザー自体が高価であって一般的ではなく研究開発の域を出ない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、普及しているナノ(10−9)秒パルス幅のレーザーを金属材料に適用して所定の目的を達成するために、アブレーション方式を点から線に変えて、金属結晶の局所加熱を抑制することで良好な分析値を得ることに成功した。さらに金属表面から試料をサンプリングする場合にはレーザー照射に先立って表面を平滑化しかつ水平化しておくことが正確なサンプリングのために必要であり、特に本願発明のようにCu/Feの界面を画像上で確認してレーザー照射位置を確定するためには予備処理としての研磨や予備アブレーションが必要となる。更にレーザーアブレーション時には不活性のキャリアガスとして一般的にはアルゴンが用いられているが本発明の場合には必ずしも正確な分析値が安定して得られなかった。本発明によれば鉄・鋼材料の微量のホウ素の定量にはアルゴンに代えてヘリウムを含む雰囲気を用いることが効果的であることを発見した。その理由は明らかではないがヘリウムのより高い熱伝導による発生熱の除去とアブレーション効率の向上によるものと考えられる。
【0011】
またホウ素のような軽元素の場合、原子番号が小さいため、EPMA(電子線マイクロアナライザ)などの電子線ビームを用いた局所分析法は感度が低く適用し難い。更にBは微量成分であることから、ICP質量分析法でも通常の四重極型ではなく、本発明で用いた二重収束型を用いることによる高分解能化・高感度化が鍵となった。二重収束型とは、イオン化した試料を磁場および電場セクタを通過させて、目的イオンのみを良好に分離した後に検出器に到達させる質量分離部を有する装置で、高周波による高速の質量分離を行う四重極型とは異なる原理を有する質量分析計である。
【0012】
尚このようなLAを利用した分析では共存物の干渉を避け分析精度を上げるために内部標準法が有効であることが知られているが、特に本発明の場合ではこれ以外の方法では分析が極めて困難であることが判明した。本発明では分析対象である鉄鋼のインプラント試料中の主要成分であるFe、Cuを内部標準物質として、B/CuおよびB/Feの比を用いて定量を行ない、かつ前記Cu/Fe界面を境としてこの比を切換えた。
【0013】
本発明では、鋼材に表面割れを生じさせるCu等のトランプエレメントを含むB合金を作成し、それを鋼材に埋め込んだ試料(インプラント)に対して1100oCで接触加熱処理を行い、Cu(B)-Feの界面を形成させた。その界面を含む断面を切り出した試料にレーザ光を断面と垂直に照射し、所定の間隔で走査することにより界面からの深さ方向でのホウ素濃度やその分布を測定する。前記レーザー照射方法とキャリアガスの改善さらに試料の予備処理などにより、ナノ秒幅レーザーを金属試料に適用する際の問題点が克服され、このSF-ICPMSによってインプラント試料Cu−Fe界面付近の微量ホウ素濃度を確実に定量することができる。また以上の結果から銅合金の微量成分として含まれていたホウ素が、接触状態の加熱によって銅相から鉄相へ移行したことが明らかになり、またこのインプラント試料についての後述する引張り試験によりホウ素の鉄側界面近傍への濃縮が粒界浸潤抑制と対応していることが明らかになった。
【0014】
スクラップ鋼材からの熱間圧延用素材としてのスラブの熱間圧延時の表面割れを抑制するためには、その表面の局所領域にホウ素を選択的に存在させることが望ましい。本発明においては、このようなスラブを模擬した鋼材ブロック(微量元素組成;0.05C−0.3Mn−0.3Cu−0.04S)をホウ素を含むセラミック等の被覆基材の粉末で覆って加熱することにより、ブロックの表面近くの局所領域にホウ素が移行することを確認した。すなわち、鋼材表面にホウ素を局在させるためには表面をホウ素で覆った状態で加熱すれ良く、例えばスクラップ鋼材からのスラブを熱間圧延する場合には、熱間圧延工程の前にスラブ表面をホウ素含有基材で被覆してから熱間圧延の加熱条件下におけば良いことになる。
【0015】
この方法によれば、表面割れ抑制のための微量元素であるホウ素を、それが機能するCu−Fe界面の近傍にのみ選択的に存在させることが可能で、ホウ素の使用量の低減に貢献する。またホウ素含有基材及びCu−Fe界面に移行したホウ素の一部は熱間圧延製品鋼のスケールの除去工程で除かれるので、スクラップの最終廃棄時に環境規制物質であるホウ素を回収する負担も減少する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(実施例1)
インプラント試料の作成方法
図1に示すように円柱状に加工した鋼材の壁面に内径4mmφの穴を開けて、銅合金棒を挿入した。1100oCで加熱して銅を溶解し、固体の鉄と一定時間(0.5〜2.0時間)接触させた後、水中に落下させることにより急冷して常温に戻した。試験片は円柱の同心円方向に切断し、表面を研磨(#1500までエメリー研磨した後、粒度1μmのダイヤモンドで仕上げ研磨)して銅−鉄界面を露出させ、試料に供した。
【0017】
インプラント試料に対するレーザーアブレーション(LA)の実施
前記インプラント試料を用いてLAおよび質量分析によりCu−Fe界面付近のホウ素濃度を測定した。図2にLA−ICPMSシステムの原理図を示す(河口広司・中原武利編:プラズマイオン源質量分析、学会出版センター(1994)より引用)。
【0018】
LAの照射ステップ
Cu-Fe界面から銅相および鉄相それぞれに界面に平行に線アブレーションを行った。600 mm
の長さの往復走査を200 mm間隔で繰り返して行い、ホウ素濃度を定量した。図3に照射のマッピング図を示す。
【0019】
LAの照射条件
○レーザーの種類;Nd:YAGレーザー
○レーザー波長;213 nm
○ビーム径 ;150 mm
○周波数;10Hz
○実効出力;約1 mJ
○アブレーション方式;線アブレーション(50 mms-1で往復走査しながら600 mmを照射)(予備アブレーション)
○キャリアーガス; He(アブレーションセル内)、Arと混合してICPに導入
○キャリアーガス流量;He 1.08 lmin-1、Ar 1.23 lmin-1
前述の、試料表面の加熱抑制効果に加えて、照射部のアスペクト比の上昇によるビームのアウトフォーカス現象を抑制する目的で、照射は点ではなく線のアブレーションとし、50μms−1の速度でデータ所得中往復走査を繰り返した。予備的なアブレーションを2回(1往復)行った後、測定のためのアブレーションを12回(6往復)に設定して、アブレーション開始後30秒で質量分析計測のデータ取得を開始させた。予備アブレーションの際はガスラインが自動的にバイパスに切り替わり、噴出物はICPに導入されずに排出される。
【0020】
SF-ICPMSの運転条件
○測定核種;11B
○質量分解能;300(低分解モード)
○電場スキャンにより、約5s/durationで15回繰り返し測定
○定量手法;11B/65Cu, 11B/57Feによる内部標準法;Cu(B)/Fe界面で前記比を切換え
○検量線用標準試料濃度;ICP発光分析(ICP-AES)にてバルク分析して決定
なお、LAとSF-ICPMSの接続には、SF-ICPMSに装着されている溶液試料導入用器具(同軸ネブライザ−Scottチャンバ)は取り外し、ボールジョイントでLAからのガスラインとICPトーチを直結した。
【0021】
基確実験
インプラント試料に対してLA−SF-ICPMSを行った結果を図5〜図9に示す。図4〜図5より、鉄相側でホウ素が高濃度に分布していることがわかる。また界面近傍においてその濃度は高く、界面から離れるに連れて減少すること、加熱時間が2時間になると、0.04%では分布が概ね均一化していることが読み取れる。一方銅相側では、図6〜図8に示す如く濃度は著しく減少した。また界面近傍で若干高く、中央部で低い凹面的分布を示したが、何れもその濃度は加熱前の初期濃度と比較すると非常に低いことがわかる。なお図6においては、界面より3.2 mmで反対側の界面の近傍になったため(図3参照)、凹面的分布が形成されている。
【0022】
以上のことから、銅合金中に微量成分として含まれていたホウ素が、接触状態の加熱によって銅相から鉄相へ移行したことが明らかになった。ちなみに使用した鋼材中のホウ素の濃度は1.2 mg g-1と低いレベルであった。
【0023】
粒界浸潤の抑制効果
銅液体と鉄固体の接触によりホウ素が銅相から鉄相に移行し、特に界面近傍に濃縮することが明らかになったが、これらの分布挙動が、ホウ素添加による粒界浸潤性抑制挙動と対応しているか否かを確かめた。図9に実験条件及び結果を示す。インプラント試験において、引張開始前に1100oCで所定の時間保持した後に引張を開始したところ、Cu-0.01%B合金の系では保持時間の増加に伴って破断ひずみは減少した。
【0024】
以上より、ホウ素の鉄側界面近傍への濃縮が粒界浸潤抑制と対応していることが明らかになった。
【0025】
(実施例2)
ホウ素添加による鋼材の表面割れ抑制
実用面での検討の一環として、CuとSnを含む、スクラップ鋼と類似組成の鋼材表面へのホウ素の添加実験を行った。ホウ素を含むセラミックパウダーの中にブロック状鋼材を埋め込み、加熱して鋼材の表面にホウ素が侵入するか否かを調べた。図10に実験の模式図を示す。図の中央が磁性るつぼでその中にセラミックパウダーを入れて、鋼材を埋没させた状態で加熱した。試料組成および加熱条件は以下の通りである。
鋼:0.05C−0.3Mn−0.3Cu−0.04Sn
セラミックパウダ: 39%SiO2−9%Al2O3−42%CaO−8%B4C−2%Na2CO3
加熱温度及び時間:1373 K, 30 min
【0026】
セラミックパウダーを用いた鋼材表面へのホウ素添加を試みた結果、光学顕微鏡によりホウ素侵入層の存在が確認出来た(図11)。その存在をビッカース表面硬さで評価したところ、図12に示す如く明らかに硬い表面層が存在することがわかった。
【0027】
被覆基材としては、上記のセラミックや含ホウ素鋼(フェロボロン)などが考えられる。被覆方法としては、たとえば粉末散布を鋼材表面に適用することが最も一般的であるが、バインダを用いたコーティング膜の形成による添加なども検討に値する。
【0028】
レーザーアブレーションと二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析を融合させた本評価方法によって、熱間圧延鋼板の表面割れの抑制のために存在させるホウ素の表面局所領域中の濃度(分布)を測定することが可能となった。またその鉄側界面近傍への濃縮度合が粒界浸潤抑制と対応していることを実験的に明らかにした。
【0029】
リサイクル由来のスラブ鋼を利用した熱間圧延鋼板の製造プロセスを模して、表面割れ抑制のためにホウ素を鋼材表面に添加することによりホウ素が表面領域に移行し鋼材の表面割れを抑止する侵入層を形成することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】インプラント試料の作成方法である。
【図2】LA-ICPMSシステムの装置構成図である。
【図3】レーザーアブレーションのマッピング図である。
【図4】界面から鉄側のホウ素の濃度分布(1)を示す図である。
【図5】界面から鉄側のホウ素の濃度分布(2)を示す図である。
【図6】界面から銅側のホウ素の濃度分布(1)を示す図である。
【図7】界面から銅側のホウ素の濃度分布(2)を示す図である。
【図8】界面から銅側のホウ素の濃度分布(3)を示す図である。
【図9】インプラント試験における高温保持時間と応力―ひずみ曲線の関係を示す図である。
【図10】セラミックパウダーによるホウ素添加実験の模式図である。
【図11】ホウ素添加実験の後の鋼表面の光学顕微鏡画像である。
【図12】セラミックパウダーを用いてホウ素を添加した鋼の表面硬さの深さ依存性を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄スクラップからの圧延鋼材のリサイクル技術に係り、圧延鋼材の表面における粒界浸潤性の評価方法ならびにこれに基づくスクラップ鋼材の圧延処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スクラップ鋼材を溶製して得たスラブを熱間圧延してリサイクル鋼板を得る際にCuの粒界浸潤による表面赤熱脆性によって表面割れが生じる。この対策としてはホウ素の添加が有効なことが知られており、たとえば特開2002−180192(特許文献1)にはスクラップ鋼材から得られる溶鋼の組成にホウ素を含有させることが提案されている。
【0003】
ここで熱間圧延中の表面割れはたとえばスラブの表面側から100mm未満の表面局所領域で生じるものであり、この領域付近でのホウ素の濃度分布を迅速且つ的確に測定することが表面割れを抑制するためのホウ素の添加量や添加態様を定める際の基礎となる。
【0004】
特許文献1のように組成物全体にホウ素を添加した場合、そのどの程度の量が圧延素材のCu−Fe界面に存在して表面割れの抑制に作用するかは確認することができなかった。またこのような金属材料の表面近傍の局所領域における元素分析には、従来用いられている試料溶解処理を伴う湿式分析法は試料の正確なサンプリングや迅速な分析処理等の点で必ずしも適したものではなかった。
【0005】
本発明者等は鋼材にホウ素を添加することによる粒界浸潤の抑制の評価に関して鋼材試料のレーザーアブレーション(LA)およびICP質量分析(ICP)によりCu/Fe界面付近における濃度を定量することに着目し、その基礎的な研究の結果を報告している(材料とプロセス:非特許文献1)。
【0006】
LAは岩石、鉱物等に対して高感度で再現性の高い定量分析を可能にするが、その金属試料への適用については具体的な事例は知られておらず、本発明者等はその後の実験および研究の過程において前記LAーICPMSシステムにおいてホウ素濃度を分析する際の具体的なLaの照射条件、ICPMSの運転条件を最適化して実用化に資する本発明を完成するに到った。
【特許文献1】特開平2002−180192号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会講演論文集、「材料とプロセス」、Vol. 18, No. 3 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
レーザーアブレーション法とは、測定対象とする固体試料の表面に紫外域〜近赤外域のレーザ光を照射し、レーザーからの光子エネルギーを試料に吸収させることによって局所領域の試料を瞬間的に気化させるサンプリング法である。本発明では、金属表面試料に紫外レーザーを照射して得た気化試料を二重収束型ICP質量分析装置に導入し、試料中の微量ホウ素を測定する。
【0008】
レーザーと試料との相互作用の詳細は現段階でも明らかになっていないが、レーザーから吸収された光子エネルギーが熱エネルギーに変換されることで物質は固体、液体を経て気化されると考えられる。またレーザー照射密度が高い場合は固体は直接気化される。これらのプロセスは処理時間がns、msと非常に短いため、熱拡散による周辺領域の気化は抑制され、よって照射された局所領域の元素のみを測定する手法として適当であると考えられる。
【0009】
しかし金属試料の場合は、レーザーのエネルギーを金属の自由電子が吸収して金属結晶の加熱に使われるため、表面から溶融物が液滴となって飛散し、プラズマ内で原子化・イオン化されない大粒子になるため、LAによる元素分析の適用が容易ではなかった。現在はレーザのパルス幅のより短いフェムト(10−15)秒を用いた研究が行われている所以である。しかしフェムト秒パルスレーザー自体が高価であって一般的ではなく研究開発の域を出ない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、普及しているナノ(10−9)秒パルス幅のレーザーを金属材料に適用して所定の目的を達成するために、アブレーション方式を点から線に変えて、金属結晶の局所加熱を抑制することで良好な分析値を得ることに成功した。さらに金属表面から試料をサンプリングする場合にはレーザー照射に先立って表面を平滑化しかつ水平化しておくことが正確なサンプリングのために必要であり、特に本願発明のようにCu/Feの界面を画像上で確認してレーザー照射位置を確定するためには予備処理としての研磨や予備アブレーションが必要となる。更にレーザーアブレーション時には不活性のキャリアガスとして一般的にはアルゴンが用いられているが本発明の場合には必ずしも正確な分析値が安定して得られなかった。本発明によれば鉄・鋼材料の微量のホウ素の定量にはアルゴンに代えてヘリウムを含む雰囲気を用いることが効果的であることを発見した。その理由は明らかではないがヘリウムのより高い熱伝導による発生熱の除去とアブレーション効率の向上によるものと考えられる。
【0011】
またホウ素のような軽元素の場合、原子番号が小さいため、EPMA(電子線マイクロアナライザ)などの電子線ビームを用いた局所分析法は感度が低く適用し難い。更にBは微量成分であることから、ICP質量分析法でも通常の四重極型ではなく、本発明で用いた二重収束型を用いることによる高分解能化・高感度化が鍵となった。二重収束型とは、イオン化した試料を磁場および電場セクタを通過させて、目的イオンのみを良好に分離した後に検出器に到達させる質量分離部を有する装置で、高周波による高速の質量分離を行う四重極型とは異なる原理を有する質量分析計である。
【0012】
尚このようなLAを利用した分析では共存物の干渉を避け分析精度を上げるために内部標準法が有効であることが知られているが、特に本発明の場合ではこれ以外の方法では分析が極めて困難であることが判明した。本発明では分析対象である鉄鋼のインプラント試料中の主要成分であるFe、Cuを内部標準物質として、B/CuおよびB/Feの比を用いて定量を行ない、かつ前記Cu/Fe界面を境としてこの比を切換えた。
【0013】
本発明では、鋼材に表面割れを生じさせるCu等のトランプエレメントを含むB合金を作成し、それを鋼材に埋め込んだ試料(インプラント)に対して1100oCで接触加熱処理を行い、Cu(B)-Feの界面を形成させた。その界面を含む断面を切り出した試料にレーザ光を断面と垂直に照射し、所定の間隔で走査することにより界面からの深さ方向でのホウ素濃度やその分布を測定する。前記レーザー照射方法とキャリアガスの改善さらに試料の予備処理などにより、ナノ秒幅レーザーを金属試料に適用する際の問題点が克服され、このSF-ICPMSによってインプラント試料Cu−Fe界面付近の微量ホウ素濃度を確実に定量することができる。また以上の結果から銅合金の微量成分として含まれていたホウ素が、接触状態の加熱によって銅相から鉄相へ移行したことが明らかになり、またこのインプラント試料についての後述する引張り試験によりホウ素の鉄側界面近傍への濃縮が粒界浸潤抑制と対応していることが明らかになった。
【0014】
スクラップ鋼材からの熱間圧延用素材としてのスラブの熱間圧延時の表面割れを抑制するためには、その表面の局所領域にホウ素を選択的に存在させることが望ましい。本発明においては、このようなスラブを模擬した鋼材ブロック(微量元素組成;0.05C−0.3Mn−0.3Cu−0.04S)をホウ素を含むセラミック等の被覆基材の粉末で覆って加熱することにより、ブロックの表面近くの局所領域にホウ素が移行することを確認した。すなわち、鋼材表面にホウ素を局在させるためには表面をホウ素で覆った状態で加熱すれ良く、例えばスクラップ鋼材からのスラブを熱間圧延する場合には、熱間圧延工程の前にスラブ表面をホウ素含有基材で被覆してから熱間圧延の加熱条件下におけば良いことになる。
【0015】
この方法によれば、表面割れ抑制のための微量元素であるホウ素を、それが機能するCu−Fe界面の近傍にのみ選択的に存在させることが可能で、ホウ素の使用量の低減に貢献する。またホウ素含有基材及びCu−Fe界面に移行したホウ素の一部は熱間圧延製品鋼のスケールの除去工程で除かれるので、スクラップの最終廃棄時に環境規制物質であるホウ素を回収する負担も減少する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(実施例1)
インプラント試料の作成方法
図1に示すように円柱状に加工した鋼材の壁面に内径4mmφの穴を開けて、銅合金棒を挿入した。1100oCで加熱して銅を溶解し、固体の鉄と一定時間(0.5〜2.0時間)接触させた後、水中に落下させることにより急冷して常温に戻した。試験片は円柱の同心円方向に切断し、表面を研磨(#1500までエメリー研磨した後、粒度1μmのダイヤモンドで仕上げ研磨)して銅−鉄界面を露出させ、試料に供した。
【0017】
インプラント試料に対するレーザーアブレーション(LA)の実施
前記インプラント試料を用いてLAおよび質量分析によりCu−Fe界面付近のホウ素濃度を測定した。図2にLA−ICPMSシステムの原理図を示す(河口広司・中原武利編:プラズマイオン源質量分析、学会出版センター(1994)より引用)。
【0018】
LAの照射ステップ
Cu-Fe界面から銅相および鉄相それぞれに界面に平行に線アブレーションを行った。600 mm
の長さの往復走査を200 mm間隔で繰り返して行い、ホウ素濃度を定量した。図3に照射のマッピング図を示す。
【0019】
LAの照射条件
○レーザーの種類;Nd:YAGレーザー
○レーザー波長;213 nm
○ビーム径 ;150 mm
○周波数;10Hz
○実効出力;約1 mJ
○アブレーション方式;線アブレーション(50 mms-1で往復走査しながら600 mmを照射)(予備アブレーション)
○キャリアーガス; He(アブレーションセル内)、Arと混合してICPに導入
○キャリアーガス流量;He 1.08 lmin-1、Ar 1.23 lmin-1
前述の、試料表面の加熱抑制効果に加えて、照射部のアスペクト比の上昇によるビームのアウトフォーカス現象を抑制する目的で、照射は点ではなく線のアブレーションとし、50μms−1の速度でデータ所得中往復走査を繰り返した。予備的なアブレーションを2回(1往復)行った後、測定のためのアブレーションを12回(6往復)に設定して、アブレーション開始後30秒で質量分析計測のデータ取得を開始させた。予備アブレーションの際はガスラインが自動的にバイパスに切り替わり、噴出物はICPに導入されずに排出される。
【0020】
SF-ICPMSの運転条件
○測定核種;11B
○質量分解能;300(低分解モード)
○電場スキャンにより、約5s/durationで15回繰り返し測定
○定量手法;11B/65Cu, 11B/57Feによる内部標準法;Cu(B)/Fe界面で前記比を切換え
○検量線用標準試料濃度;ICP発光分析(ICP-AES)にてバルク分析して決定
なお、LAとSF-ICPMSの接続には、SF-ICPMSに装着されている溶液試料導入用器具(同軸ネブライザ−Scottチャンバ)は取り外し、ボールジョイントでLAからのガスラインとICPトーチを直結した。
【0021】
基確実験
インプラント試料に対してLA−SF-ICPMSを行った結果を図5〜図9に示す。図4〜図5より、鉄相側でホウ素が高濃度に分布していることがわかる。また界面近傍においてその濃度は高く、界面から離れるに連れて減少すること、加熱時間が2時間になると、0.04%では分布が概ね均一化していることが読み取れる。一方銅相側では、図6〜図8に示す如く濃度は著しく減少した。また界面近傍で若干高く、中央部で低い凹面的分布を示したが、何れもその濃度は加熱前の初期濃度と比較すると非常に低いことがわかる。なお図6においては、界面より3.2 mmで反対側の界面の近傍になったため(図3参照)、凹面的分布が形成されている。
【0022】
以上のことから、銅合金中に微量成分として含まれていたホウ素が、接触状態の加熱によって銅相から鉄相へ移行したことが明らかになった。ちなみに使用した鋼材中のホウ素の濃度は1.2 mg g-1と低いレベルであった。
【0023】
粒界浸潤の抑制効果
銅液体と鉄固体の接触によりホウ素が銅相から鉄相に移行し、特に界面近傍に濃縮することが明らかになったが、これらの分布挙動が、ホウ素添加による粒界浸潤性抑制挙動と対応しているか否かを確かめた。図9に実験条件及び結果を示す。インプラント試験において、引張開始前に1100oCで所定の時間保持した後に引張を開始したところ、Cu-0.01%B合金の系では保持時間の増加に伴って破断ひずみは減少した。
【0024】
以上より、ホウ素の鉄側界面近傍への濃縮が粒界浸潤抑制と対応していることが明らかになった。
【0025】
(実施例2)
ホウ素添加による鋼材の表面割れ抑制
実用面での検討の一環として、CuとSnを含む、スクラップ鋼と類似組成の鋼材表面へのホウ素の添加実験を行った。ホウ素を含むセラミックパウダーの中にブロック状鋼材を埋め込み、加熱して鋼材の表面にホウ素が侵入するか否かを調べた。図10に実験の模式図を示す。図の中央が磁性るつぼでその中にセラミックパウダーを入れて、鋼材を埋没させた状態で加熱した。試料組成および加熱条件は以下の通りである。
鋼:0.05C−0.3Mn−0.3Cu−0.04Sn
セラミックパウダ: 39%SiO2−9%Al2O3−42%CaO−8%B4C−2%Na2CO3
加熱温度及び時間:1373 K, 30 min
【0026】
セラミックパウダーを用いた鋼材表面へのホウ素添加を試みた結果、光学顕微鏡によりホウ素侵入層の存在が確認出来た(図11)。その存在をビッカース表面硬さで評価したところ、図12に示す如く明らかに硬い表面層が存在することがわかった。
【0027】
被覆基材としては、上記のセラミックや含ホウ素鋼(フェロボロン)などが考えられる。被覆方法としては、たとえば粉末散布を鋼材表面に適用することが最も一般的であるが、バインダを用いたコーティング膜の形成による添加なども検討に値する。
【0028】
レーザーアブレーションと二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析を融合させた本評価方法によって、熱間圧延鋼板の表面割れの抑制のために存在させるホウ素の表面局所領域中の濃度(分布)を測定することが可能となった。またその鉄側界面近傍への濃縮度合が粒界浸潤抑制と対応していることを実験的に明らかにした。
【0029】
リサイクル由来のスラブ鋼を利用した熱間圧延鋼板の製造プロセスを模して、表面割れ抑制のためにホウ素を鋼材表面に添加することによりホウ素が表面領域に移行し鋼材の表面割れを抑止する侵入層を形成することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】インプラント試料の作成方法である。
【図2】LA-ICPMSシステムの装置構成図である。
【図3】レーザーアブレーションのマッピング図である。
【図4】界面から鉄側のホウ素の濃度分布(1)を示す図である。
【図5】界面から鉄側のホウ素の濃度分布(2)を示す図である。
【図6】界面から銅側のホウ素の濃度分布(1)を示す図である。
【図7】界面から銅側のホウ素の濃度分布(2)を示す図である。
【図8】界面から銅側のホウ素の濃度分布(3)を示す図である。
【図9】インプラント試験における高温保持時間と応力―ひずみ曲線の関係を示す図である。
【図10】セラミックパウダーによるホウ素添加実験の模式図である。
【図11】ホウ素添加実験の後の鋼表面の光学顕微鏡画像である。
【図12】セラミックパウダーを用いてホウ素を添加した鋼の表面硬さの深さ依存性を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間圧延鋼板の表面割れの抑制のために存在させるホウ素の表面局所領域中の濃度(分布)を測定する方法において、前記鋼材の表面から深さ方間に埋込んだCu−B試片を深さ方向に沿って切り出し、この断面に沿ってCu−Fe界面に垂直方向から紫外レーザ光を線状に走査しながら照射し、ヘリウム雰囲気中でアブレーション(掻き取り)を行なうことによってサンプリングしたホウ素を二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析計(SF-ICPMS)に導入することによって定量することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記Cu−B試片のレーザー光の被照射面を平滑かつ水平に研磨仕上げする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記質量分析計におけるホウ素濃度を内部標準法によってB/Cu、B/Feの比を用いて定量し、前記Cu/Feの界面でこの比を切換える請求項1記載の方法。
【請求項4】
スクラップ鋼材を溶製して熱間圧延鋼板とするリサイクル工程において、圧延素材とするスラブの表面をホウ素を含む組成物によって覆い、この状態でスラブを熱間圧延することにより前記組成物中のホウ素をスラブ表面側のCu−Fe界面近傍に移行させ、熱間圧延時のCuの粒界浸潤による鋼材の表面割れを抑止する方法。
【請求項1】
熱間圧延鋼板の表面割れの抑制のために存在させるホウ素の表面局所領域中の濃度(分布)を測定する方法において、前記鋼材の表面から深さ方間に埋込んだCu−B試片を深さ方向に沿って切り出し、この断面に沿ってCu−Fe界面に垂直方向から紫外レーザ光を線状に走査しながら照射し、ヘリウム雰囲気中でアブレーション(掻き取り)を行なうことによってサンプリングしたホウ素を二重収束型高周波誘導結合プラズマ質量分析計(SF-ICPMS)に導入することによって定量することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記Cu−B試片のレーザー光の被照射面を平滑かつ水平に研磨仕上げする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記質量分析計におけるホウ素濃度を内部標準法によってB/Cu、B/Feの比を用いて定量し、前記Cu/Feの界面でこの比を切換える請求項1記載の方法。
【請求項4】
スクラップ鋼材を溶製して熱間圧延鋼板とするリサイクル工程において、圧延素材とするスラブの表面をホウ素を含む組成物によって覆い、この状態でスラブを熱間圧延することにより前記組成物中のホウ素をスラブ表面側のCu−Fe界面近傍に移行させ、熱間圧延時のCuの粒界浸潤による鋼材の表面割れを抑止する方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−248254(P2007−248254A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−71794(P2006−71794)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】
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