鉄道車両用ブレーキディスク及びその締結構造
【課題】車輪に対しての締結に用いられるボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れた鉄道車両用ブレーキディスクを提供する。
【解決手段】ブレーキディスク1は、内周側から順に、締結部3と、表側面に摺動面2cを有する摺動部2とを備え、締結部3が裏側面を減肉され、軸方向での締結部3の厚みtcと摺動部2の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下を満たす。
【解決手段】ブレーキディスク1は、内周側から順に、締結部3と、表側面に摺動面2cを有する摺動部2とを備え、締結部3が裏側面を減肉され、軸方向での締結部3の厚みtcと摺動部2の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下を満たす。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両の制動装置の一部品である鉄道車両用ブレーキディスク、及び、鉄道車両の車軸に固定された車輪又はディスク体を総称するディスク部材と鉄道車両用ブレーキディスクとの締結構造に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鉄道車両や自動車や自動二輪車等の陸上輸送車両の制動装置としては、ディスクブレーキ、ブロックブレーキ、ドラムブレーキ等がある。近年では、車両の高速化や大型化に伴い、そのうちのディスクブレーキが多用される。
【0003】
ディスクブレーキは、ブレーキディスクとブレーキライニングとの摺動による摩擦により制動力を得る装置であり、通常、ボルトによって車軸又は車輪に取り付けたドーナツ形円盤状のブレーキディスクの摺動面に、ブレーキライニングを押し付けることにより制動力を得て、これにより車軸又は車輪の回転を制動して車両を減速更には停止させる。
【0004】
鉄道車両の制動に用いられるディスクブレーキは、鉄道車両用ブレーキディスク(以下、単に「ブレーキディスク」と記すことがある)が取り付けられる対象によって、側ディスク方式と軸マウントディスク方式とに大別される。側ディスク方式では、車輪の両側に、他方の軸マウントディスク方式では、圧入や嵌め合い等によって車軸に固定されたディスク体の両側に、ブレーキディスクがボルトによる締結によって取り付けられる。
【0005】
図1は、従来の鉄道車両用ブレーキディスクの構成を示す図であって、同図(a)は1/4円部分の表側面視での平面図、同図(b)は半円部分の断面図である。同図に示すように、従来のブレーキディスク1は、ドーナツ形の円盤状であって、その内周側から外周側へ順に、締結部3と摺動部2とを同心状に備えて成る。摺動部2は、その表側面2aが全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっていて、この面がブレーキライニング(不図示)を押し付けられる摺動面2cになる。
【0006】
締結部3は、その表側面3aと裏側面3bとが互いに軸方向に対して垂直な平坦な面となっていて、表側面3aから裏側面3bにかけて貫通するボルト穴3cが、同一円周上で所定間隔をあけて複数形成されている。ボルト穴3cは、車輪又はディスク体(いずれも不図示)に対してのブレーキディスク1の締結に用いられる。
【0007】
従来のブレーキディスク1では、摺動部2の表側面2aすなわち摺動面2cは、締結部3の表側面3aよりも僅かに高くなっている。ここでの締結部3の軸方向の厚みtcと、摺動部2の軸方向の最大厚みtmaxとは、概ね一致している。なお、図1には示していないが、摺動部2において、締結された車輪又はディスク体に対向して接触する裏側面2bには、放熱のためのフィンが設けられることが多い。
【0008】
図2は、従来の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造を示す要部断面図である。同図に示すように、車輪4の両側に、一対のブレーキディスク1が、各々の表側面を互いに外向きにして配置される。ブレーキディスク1は、締結部3のボルト穴3c、及び車輪4に形成されているボルト穴4bを貫通するボルト5とナット7との螺合により、締結部3が車輪4に強固に締結され、車軸(不図示)を含めた全体として回転可能に一体化される。ボルト5は、頭部5a、及びこの頭部5aから突出する幹部5bから構成され、幹部5bの先端には、くびれ部5dを経てねじ部5cが形成されている。
【0009】
一対のブレーキディスク1のそれぞれにおける摺動部2の表側面2a、すなわち摺動面2cの外側には、ブレーキライニング6が配設される。制動時には、ブレーキライニング6が互いに接近するように移動して、ブレーキディスク1の摺動面2cに接触しつつ押し付けられ、その摺動面2cでのブレーキライニング6とブレーキディスク1と摺動による摩擦力により、車輪4を介して車軸の回転を制動して車両を停止させることができる。
【0010】
ここで、新幹線等の高速鉄道車両では、ブレーキディスクの回転速度や慣性力が非常に大きいため、制動中のブレーキディスクの温度上昇は著しくなる。そのため、ブレーキディスクの熱変形に伴い、締結ボルトに過大な曲げ応力が発生したり、ブレーキディスクの摺動面に熱応力が発生したり、更に、ブレーキディスクのボルト穴周縁部に割れ、変形、陥没が発生するといった問題が生じる。
【0011】
このような問題を抑制するために、これまで多くの技術が提案されている。例えば、特許文献1では、ブレーキディスクの摺動面の熱応力発生を抑制し、ブレーキディスクの熱き裂や熱変形、締結ボルトの損傷を未然に防止することを目的として、ブレーキディスクについて、摩擦面と締結面の間に連絡部を設け、摩擦面と締結面と同士を軸方向にオフセットさせた形状としている。
【0012】
また、特許文献2では、特にアルミ複合材料のブレーキディスクを使用するにあたり、ボルト、ナット、座金等の締結部品に対してブレーキディスクが軟らかいと、締結部品がディスク締結面に食い込み、き裂が発生するため、これを防止することを目的として、ナットとディスク締結面との間に皿ばね等の弾性復元力を有する座金を介装したブレーキディスクの締結構造において、ボルトのねじ部と幹部との境界部に段差を設け、その段差によってナットの締め付け側への移動を制限した構造となっている。これにより、ボルトからディスク締結面に過度に大きな軸力が生じることを抑制することで、その目的の達成を図っている。
【0013】
また、特許文献3では、上記特許文献2と同様、特にアルミ複合材料のブレーキディスクを使用するにあたり、ブレーキディスクが高熱膨張率であるということに起因する、ブレーキディスクと車輪とのずれ、ブレーキディスクのボルト孔周縁部での高応力発生といった問題点を解決することを目的として、ブレーキディスクと車輪のボルト穴に挿入されてボルトを挿通させる筒状弾性部材について、車輪のボルト穴の内周面に対向する一部分に凹みを設けた構成とすることで、その目的の達成を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−258187号公報
【特許文献2】特開2006−177404号公報
【特許文献3】特開2006−329315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
近年、車両の一層の高速化に伴うブレーキ負荷の増大により、ブレーキディスクと車輪との締結に用いられるボルトに高応力が発生する。ボルトに発生する応力が高くなるのに伴い、ボルトに発生する疲労損傷の可能性を高めることとなり、ボルトを含めてブレーキディスクの締結部の疲労信頼性を向上させることが課題になる。
【0016】
このような課題に対し、これまでのところ、ボルト自体の材質や形状を改良して疲労強度を向上させること、及び、ブレーキディスクの締結部の構造を改良してボルトに発生する応力を低減させることを主体とする手法が考えられる。上記特許文献1〜3に提案されている技術では、いずれも後者の手法を採っている。
【0017】
しかし、上記特許文献1の技術では、ディスクの摺動部又は締結部が、車輪のリム部又はボス部から外側に大きくはみ出した状態になるため、ブレーキライニングを保持するキャリパー等の周辺部品を大型化せざるを得ず、車輪のボス部にボルト穴を設けることにより車輪と車軸間の圧入部において十分な把握トルクが得られなくなるおそれがある。
【0018】
また、上記特許文献2、3の技術では、アルミニウム複合材料のブレーキディスク特有の問題を解決するために、ボルトのねじ部と幹部との境界部に段差を設けて、ナットの締め付け側への移動を規制した構造とし、又は、ブレーキディスクと車輪のボルト穴に挿入する筒状弾性部材について、車輪のボルト穴の内周面に対向する部分に凹みを設けた構成としているが、ブレーキディスクの摺動時において、締結ボルトへの曲げ応力を低減させる効果は期待できない。
【0019】
このようなボルトを含めてブレーキディスクの締結部の疲労信頼性を向上させるという課題は、車輪にブレーキディスクが締結される側ディスク方式の制動装置についてのみならず、車輪とは別個に車軸に固定されたディスク体にブレーキディスクが締結される軸マウントディスク方式の制動装置についても同様に顕在する。すなわち、車軸に固定されたディスク部材にブレーキディスクが締結される制動装置にも同様の課題が顕在する。
【0020】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、車軸に固定されたディスク部材との締結に用いられるボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れた鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクのディスク部材に対しての締結構造を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記目的を達成するために、車軸に固定されたディスク部材と鉄道車両用ブレーキディスクとの締結構造について、ブレーキの繰返し負荷を想定した数値解析を行って鋭意検討を重ねた結果、下記の(A)及び(B)の知見を得た。
(A)ブレーキ作動時のボルトに発生する応力は、ブレーキディスクの締結部における軸方向での厚みを薄くすることにより低減できる。
(B)上記(A)の知見に加え、ボルト長さを短くすると、更にボルトに発生する曲げ応力を低減できる。
【0022】
このような知見に基づき、下記の(1)に示す鉄道車両用ブレーキディスク、及び(2)に示す鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造を完成させた。
【0023】
(1)内周側から順に、締結部と、表側面に摺動面を有する摺動部とを備える鉄道車両用ブレーキディスクであって、前記締結部が裏側面を減肉され、軸方向での前記締結部の厚みtcと前記摺動部の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下である鉄道車両用ブレーキディスク。
【0024】
(2)鉄道車両の車軸に固定されたディスク部材の両側に、一対の前記(1)に記載の鉄道車両用ブレーキディスクが各々の表側面を互いに外向きにして配置され、前記締結部及び前記ディスク部材を貫通するボルトと、このボルトに螺合するナットとにより、前記ディスク部材に対して前記鉄道車両用ブレーキディスクが締結されており、前記ディスク部材と前記鉄道車両用ブレーキディスクとの間に前記ボルトを挿通した筒状スペーサが介在している鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造。
【発明の効果】
【0025】
本発明の鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクとディスク部材との締結構造は、ブレーキディスクの締結部の板厚tcを低減させて、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルトに発生する応力を低減できるため、ボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れたものとなり、長期間に亘り安定した使用に耐えることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】従来の鉄道車両用ブレーキディスクの一部分を示す図であって、同図(a)は1/4円部分の表側面視での平面図、同図(b)は半円部分の断面図である。
【図2】従来の鉄道車両用ブレーキディスクの車輪に対しての締結構造を示す要部断面図である。
【図3】有限要素法による数値解析に用いたモデルを示す図であって、同図(a)はそのモデルの表側面視での斜視図、同図(b)はそのモデルの側面図である。
【図4】有限要素法による数値解析での結果を模式的に示す図である。
【図5】鉄道車両用ブレーキディスクにおいて有限要素法による数値解析での変数に対応する部分を示す図である。
【図6】鉄道車両用ブレーキディスクの締結部の板厚を薄肉化した状態での締結構造の一例を示す図であって、同図(a)は締結部の表側面を削って薄肉化した状態を示し、同図(b)は締結部の裏側面を削って薄肉化した状態を示す。
【図7】有限要素法による数値解析で得られた、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmax、及びボルトの応力範囲の関係を示す図である。
【図8】本発明の参考例として鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。
【図9】本発明の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。
【図10】有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルAのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図11】有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルBのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図12】有限要素法による数値解析で検証した本発明例としてのモデルCのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図13】有限要素法による数値解析で検証した比較例としてのモデルDのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明の鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造の実施形態について以下に詳述する。
【0028】
本発明者らは、本発明を完成するにあたり、先ず検討の初期段階において、ブレーキ時のボルトの発生応力を明らかにするために、前記図1、図2に示すような従来のブレーキディスク1がボルト5によって車輪4に締結された状態について、有限要素法(FEM)による数値解析を行った。
【0029】
図3は、有限要素法による数値解析に用いたモデルを示す図であって、同図(a)はそのモデルの表側面視での斜視図、同図(b)はそのモデルの側面図である。同図に示すモデルは、従来のブレーキディスク1がボルト5によって車輪4に締結された状態を想定したものであり、対称性を前提として、軸方向では、車輪4の中心を通る直交面でカットされ、円周方向では、ボルト5の中心を通る直交面と、隣接するボルト5同士の中心を通る直交面とでカットされた形状である。このようなブレーキディスク1、車輪4及びボルト5から成る締結体のモデルを用いて、FEM解析を行った。
【0030】
図4は、有限要素法による数値解析での結果を模式的に示す図である。同図に示すように、ブレーキによるブレーキディスク1の温度上昇時には、ブレーキディスク1が径方向の外周側及び軸方向の外側に向けて熱膨張する挙動を示し、この熱変形するブレーキディスク1を車輪4に強制的に押し付ける負荷が働くことから、ブレーキディスク1は、締結部3のボルト穴3cの位置が径方向の外周側にずれつつ、全体が軸方向の外側に凸状に変形することになる。その結果、ボルト5に曲げ応力が発生し、その曲げ応力は、前記図2に示すように、ボルト5の幹部5bに形成のくびれ部5dからねじ部5cにかけて、又はボルト5の頭部5aと幹部5bのつけ根において、ブレーキディスク1の外周寄りの部分に高応力が分布することが分かる。
【0031】
このようなボルト5に発生する曲げ応力を抑制するには、ブレーキディスク1の熱変形を小さくすること、及び、ブレーキディスク1の変形に対する剛性を低減することが有効と考えられる。前者の抑制対策には、ブレーキディスク1の摺動部2の軸方向の厚みを増加させることにより、摺動面2c付近の温度上昇を抑えることが有効であり、これまでも設計上の変数として用いられている。
【0032】
これに対して、本発明者らは、後者の抑制対策であるブレーキディスク1の変形に対する剛性を低減することに着目し、ブレーキディスク1の締結部3の軸方向の厚みを低減させるFEM解析を更に行って詳細に検討した。
【0033】
図5は、鉄道車両用ブレーキディスクにおいて有限要素法による数値解析での変数に対応する部分を示す図である。同図に示すように、締結部3の板厚tcと、摺動部2の最大板厚tmaxとを変数とし、その比tc/tmaxを種々変更してFEM解析を行った。ここで、締結部3の板厚tcとは、前記図2に示すように、ボルト5の頭部5a又はナット7の座面と、車輪4と、で挟まれた締結部3の軸方向の厚みのことであり、摺動部2の最大板厚tmaxとは、摺動部2のフィンも含んだ軸方向の最大厚みのことである。
【0034】
図6は、鉄道車両用ブレーキディスクの締結部の板厚を薄肉化した状態での締結構造の一例を示す図であって、同図(a)は締結部の表側面を削って薄肉化した状態を示し、同図(b)は締結部の裏側面を削って薄肉化した状態を示す。同図(a)に示すブレーキディスク1は、締結部3が、軸方向で外向きとなる表側面3a、すなわち車輪4に対向しない面を減肉され、その表側面3aは全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっている。一方、同図(b)に示すブレーキディスク1は、締結部3が、軸方向で内向きとなる裏側面3b、すなわち車輪4に対向する面を減肉され、その裏側面3bは全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっている。
【0035】
特に、図6(a)に示す締結構造では、従来の締結構造と比較して、締結部3の表側面3aが減肉されることから、ボルト5の長さが短くなる。一方、図6(b)に示す締結構造では、従来の締結構造と比較して、ボルト5の長さは変わらないが、締結部3の裏側面3bが減肉されることによって車輪4と締結部3との間に生じる隙間に、ボルト5を挿通した筒状スペーサ9が介在される。このようにブレーキディスク1の締結部3の板厚tcが薄肉化された締結構造に準じたモデルについて、FEM解析を行った。
【0036】
図7は、有限要素法による数値解析で得られた、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmax、及びボルトの応力範囲の関係を示す図である。ここで、ボルト応力範囲とは、前記図6に示すように、ボルト5の幹部5bに形成されたくびれ部5dからねじ部5cにおける、ブレーキディスク1の外周寄りの部分において、ブレーキ作動中の軸方向の応力値の変化量を指す。また、同図中、前記図6(a)に示す締結構造に準じたモデルの結果を実線(図7中、「反車輪側減肉+ボルト長さ減」と表記)で示し、前記図6(b)に示す締結構造に準じたモデルの結果を破線(図7中、「車輪側減肉」と表記)で示している。なお、図7中、前記図2に示す従来の締結構造に準じたモデルの結果をダイヤ印(図7中、「従来形状」と表記)で示している。
【0037】
図7に示すように、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxが小さくなるに従って、ボルトの応力範囲が小さくなることが分かる。すなわち、図7中の実線及び破線で示すように、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄くすると、ボルト5に発生する応力が低下する。特に、図7中の実線で示すように、更にボルト5の長さを短くすれば、ボルト5に発生する応力がより一層低下する。これは、ボルト5を短くすることで、曲げモーメントが低減し、結果として曲げ応力が低減することを示している。なお、ボルト5の頭部5aと幹部5bのつけ根においても、ボルトの応力範囲は同様の傾向で生じる。
【0038】
このように、ボルト5に発生する応力を低減するには、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを低減させて比tc/tmaxを低減させることが効果的である。更にボルト5の長さを短くすることがより一層の効果をもたらす。このようなブレーキディスク1を採用した締結構造の具体例を以下に示す。
【0039】
図8は、本発明の参考例として鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。同図に示すブレーキディスク1は、前記図6(a)に示すように、締結部3の表側面3aが減肉されてその板厚tcが低減されたものである。
【0040】
同図に示すように、車輪4の両側に、一対のブレーキディスク1が、各々の表側面を互いに外向きにして、言い換えれば、各々の裏側面を車輪4と対向するように互いに内向きにして配置される。ボルト5が、一方のブレーキディスク1における締結部3のボルト穴3cから、車輪4のボス部4aの径方向外方に形成されているボルト穴4bを通じ、他方のブレーキディスク1における締結部3のボルト穴3cまで挿入されてこれらを貫通し、このボルト5に平座金8を介在してナット7が螺合される。このボルト5とナット7との螺合により、ブレーキディスク1は、締結部3が車輪4に強固に締結され、車軸(不図示)を含めた全体として回転可能に一体化される。ボルト5は、頭部5a、及びこの頭部5aから突出する幹部5bから構成され、幹部5bの先端には、くびれ部5dを経てねじ部5cが形成されている。
【0041】
図8に示す締結構造では、締結部3の表側面3aの減肉部に、ボルト5の頭部5a及びナット7が収容されており、そのボルト5の頭部5a及びナット7が、摺動部2の摺動面2cより軸方向の外側に突出しない。また、ボルト5の長さが従来よりも短い。
【0042】
一対のブレーキディスク1のそれぞれにおける摺動部2の表側面2a、すなわち摺動面2cの外側には、摺動面2cと僅かな隙間を設けて対向するように、ブレーキライニング6が配設される。ブレーキライニング6は、互いに同期して接近したり離間したりするように軸方向に移動が可能である。制動時には、ブレーキライニング6が互いに接近するように移動して、ブレーキディスク1の摺動面2cに接触しつつ押し付けられ、車輪4を両側から強く狭圧する。その摺動面2cでのブレーキライニング6とブレーキディスク1と摺動による摩擦力により、車輪4を介して車軸の回転を制動して車両を停止させることができる。
【0043】
このような締結構造によれば、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄肉化させて、締結部3の板厚tcと摺動部2の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルト5に発生する応力を低減することができ、その結果として、ボルト5を含むブレーキディスク1の締結部3の疲労信頼性を向上させることができる。従って、本発明の締結構造は、長期間に亘り安定した使用に耐えることが可能であり、疲労信頼性に優れたものと言える。
【0044】
しかも、本発明の締結構造は、ボルト5の長さを短くさせると、ボルト5に発生する応力を一層低減でき、疲労信頼性が一層向上する。また、本発明の締結構造は、ボルト5の頭部5a及びナット7を、摺動部2の摺動面2cより軸方向の外側に突出させないため、ボルト5及びナット7の抜け止め処理を施す自由度が増し、安全面からの信頼性も向上する。
【0045】
図9は、本発明の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。同図に示すブレーキディスク1は、前記図6(b)に示すように、締結部3の裏側面3bが減肉されてその板厚tcが低減されたものである。
【0046】
同図に示すように、前記図8に示す締結構造と同様に、車輪4の両側に配置された一対のブレーキディスク1が、ボルト5とナット7との螺合により、車輪4に対して締結部3で強固に締結され、摺動部2の摺動面2cの外側に、ブレーキライニング6が配設される。
【0047】
図9に示す締結構造では、ボルト5の長さが従来と変わらない。そのため、車輪4と締結部3の裏側面3bの減肉部との間に隙間が生じる状況になるが、その隙間に筒状スペーサ9を介在させ、この筒状スペーサ9内にボルト5を挿通させることにより、車輪4と締結部3の隙間を埋めている。
【0048】
このような締結構造によっても、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄肉化させて、比tc/tmaxを低減させることにより、ボルト5を含むブレーキディスク1の締結部3の疲労信頼性を向上させることができる。
【0049】
ここで、本発明のブレーキディスク、及びこれを含む締結構造において、前記図7に示す締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを限定する範囲を説明する。従来形状のブレーキディスク(前記図1〜図3参照)では、比tc/tmaxは0.78でボルトの応力範囲は343MPaであり、この従来形状のブレーキディスクに対し、ボルトの応力範囲を少なくとも20%低減するには、比tc/tmaxを0.5以下にする必要がある。ボルトの応力範囲を20%低減すると、別途行ったボルトの疲労試験結果によれば、3倍以上の寿命を確保することが可能となり、ボルトの疲労信頼性向上の面で設計上の優位性を見出すことができる。従って、本発明で有効な比tc/tmaxの上限を0.5とする必要がある。
【0050】
一方、比tc/tmaxを下げていくと、ブレーキディスクの締結部は薄肉化され、ボルトの応力は低減されるものの、その締結部に発生する応力が高くなるおそれがある。特にブレーキディスクの回転に伴う遠心力は、ブレーキディスクの径方向に作用するため、締結部と摺動部との境界部に高応力を発生させる。そのため、比tc/tmaxの下限は、ブレーキディスクが使用される車両の速度、ブレーキディスクの材質的な強度、及び摺動部の質量を勘案して、適宜設定すればよい。この場合に、遠心力に対する疲労安全性の観点から、比tc/tmaxは0.1以上であることが望ましい。
【0051】
以上説明した鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造に関し、以下の実施例からその有効性を明らかにした。
【実施例】
【0052】
図10は、有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルAのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。同様に、図11は、本発明の参考例としてのモデルBのブレーキディスクを、図12は、本発明例としてのモデルCのブレーキディスクを、図13は、比較例としてのモデルDのブレーキディスクをそれぞれ示している。
【0053】
図10〜図13に示すように、モデルA〜Dのブレーキディスク1は、いずれも前記図3と同様に、円周方向では、ボルト5すなわちボルト穴3cの中心を通る直交面と、隣接するボルト5すなわちボルト穴3c同士の中心を通る直交面とでカットされたものである。
【0054】
図10に示すモデルAのブレーキディスク1は、前記図6(a)及び図8に示すように締結部3の表側面3aを全域に亘って平坦に減肉したものである。図11に示すモデルBのブレーキディスク1は、そのモデルAから更にボルト穴3cの周囲を減肉したものである。図12に示すモデルCのブレーキディスク1は、モデルA及びBとは逆に、前記図6(b)及び図9に示すように締結部3の裏側面3bを全域に亘って平坦に減肉したものである。図13に示すモデルDのブレーキディスク1は、前記図1〜図3に示すように従来形状のものであり、締結部3は一切減肉されていない。
【0055】
表1に、上記モデルA〜Dの詳細事項をまとめる。
【0056】
【表1】
【0057】
モデルA、Bはそれぞれ前記図10、図11に対応する本発明の参考例であり、モデルCは前記図12に対応する本発明例であり、モデルDは前記図13に対応する比較例である。ブレーキディスク1の摺動部2の形状は全て同じであり、ブレーキディスク1の外径も全て725mmである。また、ブレーキディスク1の締結部3については、ボルト穴3cの中心線を結んで描かれる円の直径は385mmで全て同じであるが、その板厚tcを変化させている。
【0058】
モデルAでは、ブレーキディスク1の締結部3における表側面3aすなわち反車輪側の面を減肉して、比tc/tmaxを0.45とし、これに伴いボルト5の長さを従来よりも31mm短くしている。モデルBでは、モデルAよりも更に締結部3における表側面3aを減肉して、比tc/tmaxを0.28とし、これに伴いボルト5の長さを従来よりも47mm短くしている。モデルCでは、締結部3における裏側面3bすなわち車輪側の面を減肉して、比tc/tmaxを0.25とし、ボルト5の長さは筒状スペーサ9を介在して従来と同じにしている。モデルDでは、従来形状と変わらず、比tc/tmaxを0.78とし、ボルト5の長さも変わらない。
【0059】
なお、実際のFEM解析で用いるボルト長さに関しては、ボルト5が軸方向に対して車輪4の中心を通る直交面でカットされているため、表1中で表記したボルト長さの変化量の半分を採用してFEM解析を行った。また、表1中で表記したボルト長さの変化量については、従来と比較して短くなった状態を「−」(マイナス)で表記した。
【0060】
FEM解析では、解析の入力データであるブレーキディスク1、ボルト5、及び車輪4それぞれの物性と強度特性には、従来品に使われている鉄鋼材料の測定値を用いた。そして、ボルト5に1本あたり150kNに相当する軸力を与え、その後摺動面2c上に初速275km/hからブレーキをかけた時の運動エネルギーに相当する熱量を与えて得た温度分布とその変化を基に、熱応力を解析した。
【0061】
表2に、モデルA〜DのFEM解析で得られたボルトの応力範囲及び締結部の応力を示した。
【0062】
【表2】
【0063】
モデルA〜Cでは、比較例であるモデルDと比較して、ボルト5の応力範囲が顕著に低減してボルト発生応力が20%以上低減される。その中でも、反車輪側を減肉してボルト長さを短くし、比tc/tmaxが最も小さいモデルBが、最もボルト発生応力が低く、次いでモデルBと同様な形状で比tc/tmaxが若干大きいモデルA、そして車輪側を減肉してボルト長さを変えていないモデルCの順番でボルト発生応力が大きくなる。ここで、ボルト応力範囲とは、ボルトの幹部に形成されたくびれ部からねじ部における、ブレーキディスク1の外周寄りの部分において、ブレーキ作動中の軸方向の応力値の変化量を指す。ブレーキディスク1の外周寄りの部分を評価の対象として採用したのは、ブレーキでボルト5に発生する曲げ応力が、外周寄りで高応力となるためである。
【0064】
また、ブレーキディスク1の締結部3の発生応力として、ブレーキ中の最大主応力のピーク値について評価した。表2中には、比較例であるモデルDを100として締結部応力を指数で表記した。
【0065】
モデルA〜Cでは、比較例であるモデルDと比較して、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcが薄くなったにもかかわらず、当該部の応力はほぼ同等である。これは、この最大主応力が円周方向の応力が主体であり、締結部3の板厚tcよりも、締結部3と摺動部2との円周方向の熱膨張差に支配されているためである。締結部3で大きくなると予想される半径方向の応力は、上記した最大主応力のピーク値よりも低いレベルであった。
【0066】
以上の実施例より、本発明のブレーキディスク及びこれを含む締結構造は、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを低減して、締結部3の板厚tcと摺動部2の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを0.5以下とすることにより、ボルト発生応力の低減を実現でき、ボルト5を含む締結部3の疲労信頼性の向上を実現できる。更にボルト5の長さを短くすることがより一層の効果をもたらす。
【0067】
その他本発明は上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。例えば、上記実施形態ではブレーキディスク1の材料を鉄鋼材料としたが、アルミ複合材料といった他の材料から成るブレーキディスクにも本発明を適用できる。また、上記実施形態では、ボルト5によってブレーキディスク1が締結される対象を、車輪4としたが、車軸に固定されたディスク部材である限り、車輪4とは別個に車軸に固定されたディスク体とすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によれば、ブレーキディスクの締結部の板厚tcを低減させて、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルトに発生する応力を低減することができ、車軸に固定されたディスク部材との締結に用いられるボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れた鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクのディスク部材に対しての締結構造を得ることができる。よって、本発明は、鉄道車両の制動装置に極めて有用である。
【符号の説明】
【0069】
1:鉄道車両用ブレーキディスク、
2:摺動部、 2a:摺動部の表側面、 2b:摺動部の裏側面、
2c:摺動部の摺動面、
3:締結部、 3a:締結部の表側面、 3b:締結部の裏側面、
3c:締結部のボルト穴、
4:車輪、 4a:車輪のボス部、 4b:車輪のボルト穴、
5:ボルト、 5a:ボルトの頭部、 5b:ボルトの幹部、
5c:ボルトのねじ部、 5d:ボルトのくびれ部、
6:ブレーキライニング、 7:ナット、 8:平座金、
9:筒状スペーサ、
tc:締結部の軸方向の厚み、 tmax:摺動部の軸方向の最大厚み
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両の制動装置の一部品である鉄道車両用ブレーキディスク、及び、鉄道車両の車軸に固定された車輪又はディスク体を総称するディスク部材と鉄道車両用ブレーキディスクとの締結構造に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鉄道車両や自動車や自動二輪車等の陸上輸送車両の制動装置としては、ディスクブレーキ、ブロックブレーキ、ドラムブレーキ等がある。近年では、車両の高速化や大型化に伴い、そのうちのディスクブレーキが多用される。
【0003】
ディスクブレーキは、ブレーキディスクとブレーキライニングとの摺動による摩擦により制動力を得る装置であり、通常、ボルトによって車軸又は車輪に取り付けたドーナツ形円盤状のブレーキディスクの摺動面に、ブレーキライニングを押し付けることにより制動力を得て、これにより車軸又は車輪の回転を制動して車両を減速更には停止させる。
【0004】
鉄道車両の制動に用いられるディスクブレーキは、鉄道車両用ブレーキディスク(以下、単に「ブレーキディスク」と記すことがある)が取り付けられる対象によって、側ディスク方式と軸マウントディスク方式とに大別される。側ディスク方式では、車輪の両側に、他方の軸マウントディスク方式では、圧入や嵌め合い等によって車軸に固定されたディスク体の両側に、ブレーキディスクがボルトによる締結によって取り付けられる。
【0005】
図1は、従来の鉄道車両用ブレーキディスクの構成を示す図であって、同図(a)は1/4円部分の表側面視での平面図、同図(b)は半円部分の断面図である。同図に示すように、従来のブレーキディスク1は、ドーナツ形の円盤状であって、その内周側から外周側へ順に、締結部3と摺動部2とを同心状に備えて成る。摺動部2は、その表側面2aが全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっていて、この面がブレーキライニング(不図示)を押し付けられる摺動面2cになる。
【0006】
締結部3は、その表側面3aと裏側面3bとが互いに軸方向に対して垂直な平坦な面となっていて、表側面3aから裏側面3bにかけて貫通するボルト穴3cが、同一円周上で所定間隔をあけて複数形成されている。ボルト穴3cは、車輪又はディスク体(いずれも不図示)に対してのブレーキディスク1の締結に用いられる。
【0007】
従来のブレーキディスク1では、摺動部2の表側面2aすなわち摺動面2cは、締結部3の表側面3aよりも僅かに高くなっている。ここでの締結部3の軸方向の厚みtcと、摺動部2の軸方向の最大厚みtmaxとは、概ね一致している。なお、図1には示していないが、摺動部2において、締結された車輪又はディスク体に対向して接触する裏側面2bには、放熱のためのフィンが設けられることが多い。
【0008】
図2は、従来の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造を示す要部断面図である。同図に示すように、車輪4の両側に、一対のブレーキディスク1が、各々の表側面を互いに外向きにして配置される。ブレーキディスク1は、締結部3のボルト穴3c、及び車輪4に形成されているボルト穴4bを貫通するボルト5とナット7との螺合により、締結部3が車輪4に強固に締結され、車軸(不図示)を含めた全体として回転可能に一体化される。ボルト5は、頭部5a、及びこの頭部5aから突出する幹部5bから構成され、幹部5bの先端には、くびれ部5dを経てねじ部5cが形成されている。
【0009】
一対のブレーキディスク1のそれぞれにおける摺動部2の表側面2a、すなわち摺動面2cの外側には、ブレーキライニング6が配設される。制動時には、ブレーキライニング6が互いに接近するように移動して、ブレーキディスク1の摺動面2cに接触しつつ押し付けられ、その摺動面2cでのブレーキライニング6とブレーキディスク1と摺動による摩擦力により、車輪4を介して車軸の回転を制動して車両を停止させることができる。
【0010】
ここで、新幹線等の高速鉄道車両では、ブレーキディスクの回転速度や慣性力が非常に大きいため、制動中のブレーキディスクの温度上昇は著しくなる。そのため、ブレーキディスクの熱変形に伴い、締結ボルトに過大な曲げ応力が発生したり、ブレーキディスクの摺動面に熱応力が発生したり、更に、ブレーキディスクのボルト穴周縁部に割れ、変形、陥没が発生するといった問題が生じる。
【0011】
このような問題を抑制するために、これまで多くの技術が提案されている。例えば、特許文献1では、ブレーキディスクの摺動面の熱応力発生を抑制し、ブレーキディスクの熱き裂や熱変形、締結ボルトの損傷を未然に防止することを目的として、ブレーキディスクについて、摩擦面と締結面の間に連絡部を設け、摩擦面と締結面と同士を軸方向にオフセットさせた形状としている。
【0012】
また、特許文献2では、特にアルミ複合材料のブレーキディスクを使用するにあたり、ボルト、ナット、座金等の締結部品に対してブレーキディスクが軟らかいと、締結部品がディスク締結面に食い込み、き裂が発生するため、これを防止することを目的として、ナットとディスク締結面との間に皿ばね等の弾性復元力を有する座金を介装したブレーキディスクの締結構造において、ボルトのねじ部と幹部との境界部に段差を設け、その段差によってナットの締め付け側への移動を制限した構造となっている。これにより、ボルトからディスク締結面に過度に大きな軸力が生じることを抑制することで、その目的の達成を図っている。
【0013】
また、特許文献3では、上記特許文献2と同様、特にアルミ複合材料のブレーキディスクを使用するにあたり、ブレーキディスクが高熱膨張率であるということに起因する、ブレーキディスクと車輪とのずれ、ブレーキディスクのボルト孔周縁部での高応力発生といった問題点を解決することを目的として、ブレーキディスクと車輪のボルト穴に挿入されてボルトを挿通させる筒状弾性部材について、車輪のボルト穴の内周面に対向する一部分に凹みを設けた構成とすることで、その目的の達成を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−258187号公報
【特許文献2】特開2006−177404号公報
【特許文献3】特開2006−329315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
近年、車両の一層の高速化に伴うブレーキ負荷の増大により、ブレーキディスクと車輪との締結に用いられるボルトに高応力が発生する。ボルトに発生する応力が高くなるのに伴い、ボルトに発生する疲労損傷の可能性を高めることとなり、ボルトを含めてブレーキディスクの締結部の疲労信頼性を向上させることが課題になる。
【0016】
このような課題に対し、これまでのところ、ボルト自体の材質や形状を改良して疲労強度を向上させること、及び、ブレーキディスクの締結部の構造を改良してボルトに発生する応力を低減させることを主体とする手法が考えられる。上記特許文献1〜3に提案されている技術では、いずれも後者の手法を採っている。
【0017】
しかし、上記特許文献1の技術では、ディスクの摺動部又は締結部が、車輪のリム部又はボス部から外側に大きくはみ出した状態になるため、ブレーキライニングを保持するキャリパー等の周辺部品を大型化せざるを得ず、車輪のボス部にボルト穴を設けることにより車輪と車軸間の圧入部において十分な把握トルクが得られなくなるおそれがある。
【0018】
また、上記特許文献2、3の技術では、アルミニウム複合材料のブレーキディスク特有の問題を解決するために、ボルトのねじ部と幹部との境界部に段差を設けて、ナットの締め付け側への移動を規制した構造とし、又は、ブレーキディスクと車輪のボルト穴に挿入する筒状弾性部材について、車輪のボルト穴の内周面に対向する部分に凹みを設けた構成としているが、ブレーキディスクの摺動時において、締結ボルトへの曲げ応力を低減させる効果は期待できない。
【0019】
このようなボルトを含めてブレーキディスクの締結部の疲労信頼性を向上させるという課題は、車輪にブレーキディスクが締結される側ディスク方式の制動装置についてのみならず、車輪とは別個に車軸に固定されたディスク体にブレーキディスクが締結される軸マウントディスク方式の制動装置についても同様に顕在する。すなわち、車軸に固定されたディスク部材にブレーキディスクが締結される制動装置にも同様の課題が顕在する。
【0020】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、車軸に固定されたディスク部材との締結に用いられるボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れた鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクのディスク部材に対しての締結構造を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記目的を達成するために、車軸に固定されたディスク部材と鉄道車両用ブレーキディスクとの締結構造について、ブレーキの繰返し負荷を想定した数値解析を行って鋭意検討を重ねた結果、下記の(A)及び(B)の知見を得た。
(A)ブレーキ作動時のボルトに発生する応力は、ブレーキディスクの締結部における軸方向での厚みを薄くすることにより低減できる。
(B)上記(A)の知見に加え、ボルト長さを短くすると、更にボルトに発生する曲げ応力を低減できる。
【0022】
このような知見に基づき、下記の(1)に示す鉄道車両用ブレーキディスク、及び(2)に示す鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造を完成させた。
【0023】
(1)内周側から順に、締結部と、表側面に摺動面を有する摺動部とを備える鉄道車両用ブレーキディスクであって、前記締結部が裏側面を減肉され、軸方向での前記締結部の厚みtcと前記摺動部の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下である鉄道車両用ブレーキディスク。
【0024】
(2)鉄道車両の車軸に固定されたディスク部材の両側に、一対の前記(1)に記載の鉄道車両用ブレーキディスクが各々の表側面を互いに外向きにして配置され、前記締結部及び前記ディスク部材を貫通するボルトと、このボルトに螺合するナットとにより、前記ディスク部材に対して前記鉄道車両用ブレーキディスクが締結されており、前記ディスク部材と前記鉄道車両用ブレーキディスクとの間に前記ボルトを挿通した筒状スペーサが介在している鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造。
【発明の効果】
【0025】
本発明の鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクとディスク部材との締結構造は、ブレーキディスクの締結部の板厚tcを低減させて、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルトに発生する応力を低減できるため、ボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れたものとなり、長期間に亘り安定した使用に耐えることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】従来の鉄道車両用ブレーキディスクの一部分を示す図であって、同図(a)は1/4円部分の表側面視での平面図、同図(b)は半円部分の断面図である。
【図2】従来の鉄道車両用ブレーキディスクの車輪に対しての締結構造を示す要部断面図である。
【図3】有限要素法による数値解析に用いたモデルを示す図であって、同図(a)はそのモデルの表側面視での斜視図、同図(b)はそのモデルの側面図である。
【図4】有限要素法による数値解析での結果を模式的に示す図である。
【図5】鉄道車両用ブレーキディスクにおいて有限要素法による数値解析での変数に対応する部分を示す図である。
【図6】鉄道車両用ブレーキディスクの締結部の板厚を薄肉化した状態での締結構造の一例を示す図であって、同図(a)は締結部の表側面を削って薄肉化した状態を示し、同図(b)は締結部の裏側面を削って薄肉化した状態を示す。
【図7】有限要素法による数値解析で得られた、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmax、及びボルトの応力範囲の関係を示す図である。
【図8】本発明の参考例として鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。
【図9】本発明の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。
【図10】有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルAのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図11】有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルBのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図12】有限要素法による数値解析で検証した本発明例としてのモデルCのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【図13】有限要素法による数値解析で検証した比較例としてのモデルDのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明の鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造の実施形態について以下に詳述する。
【0028】
本発明者らは、本発明を完成するにあたり、先ず検討の初期段階において、ブレーキ時のボルトの発生応力を明らかにするために、前記図1、図2に示すような従来のブレーキディスク1がボルト5によって車輪4に締結された状態について、有限要素法(FEM)による数値解析を行った。
【0029】
図3は、有限要素法による数値解析に用いたモデルを示す図であって、同図(a)はそのモデルの表側面視での斜視図、同図(b)はそのモデルの側面図である。同図に示すモデルは、従来のブレーキディスク1がボルト5によって車輪4に締結された状態を想定したものであり、対称性を前提として、軸方向では、車輪4の中心を通る直交面でカットされ、円周方向では、ボルト5の中心を通る直交面と、隣接するボルト5同士の中心を通る直交面とでカットされた形状である。このようなブレーキディスク1、車輪4及びボルト5から成る締結体のモデルを用いて、FEM解析を行った。
【0030】
図4は、有限要素法による数値解析での結果を模式的に示す図である。同図に示すように、ブレーキによるブレーキディスク1の温度上昇時には、ブレーキディスク1が径方向の外周側及び軸方向の外側に向けて熱膨張する挙動を示し、この熱変形するブレーキディスク1を車輪4に強制的に押し付ける負荷が働くことから、ブレーキディスク1は、締結部3のボルト穴3cの位置が径方向の外周側にずれつつ、全体が軸方向の外側に凸状に変形することになる。その結果、ボルト5に曲げ応力が発生し、その曲げ応力は、前記図2に示すように、ボルト5の幹部5bに形成のくびれ部5dからねじ部5cにかけて、又はボルト5の頭部5aと幹部5bのつけ根において、ブレーキディスク1の外周寄りの部分に高応力が分布することが分かる。
【0031】
このようなボルト5に発生する曲げ応力を抑制するには、ブレーキディスク1の熱変形を小さくすること、及び、ブレーキディスク1の変形に対する剛性を低減することが有効と考えられる。前者の抑制対策には、ブレーキディスク1の摺動部2の軸方向の厚みを増加させることにより、摺動面2c付近の温度上昇を抑えることが有効であり、これまでも設計上の変数として用いられている。
【0032】
これに対して、本発明者らは、後者の抑制対策であるブレーキディスク1の変形に対する剛性を低減することに着目し、ブレーキディスク1の締結部3の軸方向の厚みを低減させるFEM解析を更に行って詳細に検討した。
【0033】
図5は、鉄道車両用ブレーキディスクにおいて有限要素法による数値解析での変数に対応する部分を示す図である。同図に示すように、締結部3の板厚tcと、摺動部2の最大板厚tmaxとを変数とし、その比tc/tmaxを種々変更してFEM解析を行った。ここで、締結部3の板厚tcとは、前記図2に示すように、ボルト5の頭部5a又はナット7の座面と、車輪4と、で挟まれた締結部3の軸方向の厚みのことであり、摺動部2の最大板厚tmaxとは、摺動部2のフィンも含んだ軸方向の最大厚みのことである。
【0034】
図6は、鉄道車両用ブレーキディスクの締結部の板厚を薄肉化した状態での締結構造の一例を示す図であって、同図(a)は締結部の表側面を削って薄肉化した状態を示し、同図(b)は締結部の裏側面を削って薄肉化した状態を示す。同図(a)に示すブレーキディスク1は、締結部3が、軸方向で外向きとなる表側面3a、すなわち車輪4に対向しない面を減肉され、その表側面3aは全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっている。一方、同図(b)に示すブレーキディスク1は、締結部3が、軸方向で内向きとなる裏側面3b、すなわち車輪4に対向する面を減肉され、その裏側面3bは全域に亘り軸方向に対して垂直な平坦な面となっている。
【0035】
特に、図6(a)に示す締結構造では、従来の締結構造と比較して、締結部3の表側面3aが減肉されることから、ボルト5の長さが短くなる。一方、図6(b)に示す締結構造では、従来の締結構造と比較して、ボルト5の長さは変わらないが、締結部3の裏側面3bが減肉されることによって車輪4と締結部3との間に生じる隙間に、ボルト5を挿通した筒状スペーサ9が介在される。このようにブレーキディスク1の締結部3の板厚tcが薄肉化された締結構造に準じたモデルについて、FEM解析を行った。
【0036】
図7は、有限要素法による数値解析で得られた、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmax、及びボルトの応力範囲の関係を示す図である。ここで、ボルト応力範囲とは、前記図6に示すように、ボルト5の幹部5bに形成されたくびれ部5dからねじ部5cにおける、ブレーキディスク1の外周寄りの部分において、ブレーキ作動中の軸方向の応力値の変化量を指す。また、同図中、前記図6(a)に示す締結構造に準じたモデルの結果を実線(図7中、「反車輪側減肉+ボルト長さ減」と表記)で示し、前記図6(b)に示す締結構造に準じたモデルの結果を破線(図7中、「車輪側減肉」と表記)で示している。なお、図7中、前記図2に示す従来の締結構造に準じたモデルの結果をダイヤ印(図7中、「従来形状」と表記)で示している。
【0037】
図7に示すように、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxが小さくなるに従って、ボルトの応力範囲が小さくなることが分かる。すなわち、図7中の実線及び破線で示すように、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄くすると、ボルト5に発生する応力が低下する。特に、図7中の実線で示すように、更にボルト5の長さを短くすれば、ボルト5に発生する応力がより一層低下する。これは、ボルト5を短くすることで、曲げモーメントが低減し、結果として曲げ応力が低減することを示している。なお、ボルト5の頭部5aと幹部5bのつけ根においても、ボルトの応力範囲は同様の傾向で生じる。
【0038】
このように、ボルト5に発生する応力を低減するには、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを低減させて比tc/tmaxを低減させることが効果的である。更にボルト5の長さを短くすることがより一層の効果をもたらす。このようなブレーキディスク1を採用した締結構造の具体例を以下に示す。
【0039】
図8は、本発明の参考例として鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。同図に示すブレーキディスク1は、前記図6(a)に示すように、締結部3の表側面3aが減肉されてその板厚tcが低減されたものである。
【0040】
同図に示すように、車輪4の両側に、一対のブレーキディスク1が、各々の表側面を互いに外向きにして、言い換えれば、各々の裏側面を車輪4と対向するように互いに内向きにして配置される。ボルト5が、一方のブレーキディスク1における締結部3のボルト穴3cから、車輪4のボス部4aの径方向外方に形成されているボルト穴4bを通じ、他方のブレーキディスク1における締結部3のボルト穴3cまで挿入されてこれらを貫通し、このボルト5に平座金8を介在してナット7が螺合される。このボルト5とナット7との螺合により、ブレーキディスク1は、締結部3が車輪4に強固に締結され、車軸(不図示)を含めた全体として回転可能に一体化される。ボルト5は、頭部5a、及びこの頭部5aから突出する幹部5bから構成され、幹部5bの先端には、くびれ部5dを経てねじ部5cが形成されている。
【0041】
図8に示す締結構造では、締結部3の表側面3aの減肉部に、ボルト5の頭部5a及びナット7が収容されており、そのボルト5の頭部5a及びナット7が、摺動部2の摺動面2cより軸方向の外側に突出しない。また、ボルト5の長さが従来よりも短い。
【0042】
一対のブレーキディスク1のそれぞれにおける摺動部2の表側面2a、すなわち摺動面2cの外側には、摺動面2cと僅かな隙間を設けて対向するように、ブレーキライニング6が配設される。ブレーキライニング6は、互いに同期して接近したり離間したりするように軸方向に移動が可能である。制動時には、ブレーキライニング6が互いに接近するように移動して、ブレーキディスク1の摺動面2cに接触しつつ押し付けられ、車輪4を両側から強く狭圧する。その摺動面2cでのブレーキライニング6とブレーキディスク1と摺動による摩擦力により、車輪4を介して車軸の回転を制動して車両を停止させることができる。
【0043】
このような締結構造によれば、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄肉化させて、締結部3の板厚tcと摺動部2の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルト5に発生する応力を低減することができ、その結果として、ボルト5を含むブレーキディスク1の締結部3の疲労信頼性を向上させることができる。従って、本発明の締結構造は、長期間に亘り安定した使用に耐えることが可能であり、疲労信頼性に優れたものと言える。
【0044】
しかも、本発明の締結構造は、ボルト5の長さを短くさせると、ボルト5に発生する応力を一層低減でき、疲労信頼性が一層向上する。また、本発明の締結構造は、ボルト5の頭部5a及びナット7を、摺動部2の摺動面2cより軸方向の外側に突出させないため、ボルト5及びナット7の抜け止め処理を施す自由度が増し、安全面からの信頼性も向上する。
【0045】
図9は、本発明の鉄道車両用ブレーキディスクと車輪との締結構造の一例を示す要部断面図である。同図に示すブレーキディスク1は、前記図6(b)に示すように、締結部3の裏側面3bが減肉されてその板厚tcが低減されたものである。
【0046】
同図に示すように、前記図8に示す締結構造と同様に、車輪4の両側に配置された一対のブレーキディスク1が、ボルト5とナット7との螺合により、車輪4に対して締結部3で強固に締結され、摺動部2の摺動面2cの外側に、ブレーキライニング6が配設される。
【0047】
図9に示す締結構造では、ボルト5の長さが従来と変わらない。そのため、車輪4と締結部3の裏側面3bの減肉部との間に隙間が生じる状況になるが、その隙間に筒状スペーサ9を介在させ、この筒状スペーサ9内にボルト5を挿通させることにより、車輪4と締結部3の隙間を埋めている。
【0048】
このような締結構造によっても、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを薄肉化させて、比tc/tmaxを低減させることにより、ボルト5を含むブレーキディスク1の締結部3の疲労信頼性を向上させることができる。
【0049】
ここで、本発明のブレーキディスク、及びこれを含む締結構造において、前記図7に示す締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを限定する範囲を説明する。従来形状のブレーキディスク(前記図1〜図3参照)では、比tc/tmaxは0.78でボルトの応力範囲は343MPaであり、この従来形状のブレーキディスクに対し、ボルトの応力範囲を少なくとも20%低減するには、比tc/tmaxを0.5以下にする必要がある。ボルトの応力範囲を20%低減すると、別途行ったボルトの疲労試験結果によれば、3倍以上の寿命を確保することが可能となり、ボルトの疲労信頼性向上の面で設計上の優位性を見出すことができる。従って、本発明で有効な比tc/tmaxの上限を0.5とする必要がある。
【0050】
一方、比tc/tmaxを下げていくと、ブレーキディスクの締結部は薄肉化され、ボルトの応力は低減されるものの、その締結部に発生する応力が高くなるおそれがある。特にブレーキディスクの回転に伴う遠心力は、ブレーキディスクの径方向に作用するため、締結部と摺動部との境界部に高応力を発生させる。そのため、比tc/tmaxの下限は、ブレーキディスクが使用される車両の速度、ブレーキディスクの材質的な強度、及び摺動部の質量を勘案して、適宜設定すればよい。この場合に、遠心力に対する疲労安全性の観点から、比tc/tmaxは0.1以上であることが望ましい。
【0051】
以上説明した鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造に関し、以下の実施例からその有効性を明らかにした。
【実施例】
【0052】
図10は、有限要素法による数値解析で検証した本発明の参考例としてのモデルAのブレーキディスクを示す図であって、同図(a)は表側面視での斜視図を示し、同図(b)は裏側面視での斜視図を示している。同様に、図11は、本発明の参考例としてのモデルBのブレーキディスクを、図12は、本発明例としてのモデルCのブレーキディスクを、図13は、比較例としてのモデルDのブレーキディスクをそれぞれ示している。
【0053】
図10〜図13に示すように、モデルA〜Dのブレーキディスク1は、いずれも前記図3と同様に、円周方向では、ボルト5すなわちボルト穴3cの中心を通る直交面と、隣接するボルト5すなわちボルト穴3c同士の中心を通る直交面とでカットされたものである。
【0054】
図10に示すモデルAのブレーキディスク1は、前記図6(a)及び図8に示すように締結部3の表側面3aを全域に亘って平坦に減肉したものである。図11に示すモデルBのブレーキディスク1は、そのモデルAから更にボルト穴3cの周囲を減肉したものである。図12に示すモデルCのブレーキディスク1は、モデルA及びBとは逆に、前記図6(b)及び図9に示すように締結部3の裏側面3bを全域に亘って平坦に減肉したものである。図13に示すモデルDのブレーキディスク1は、前記図1〜図3に示すように従来形状のものであり、締結部3は一切減肉されていない。
【0055】
表1に、上記モデルA〜Dの詳細事項をまとめる。
【0056】
【表1】
【0057】
モデルA、Bはそれぞれ前記図10、図11に対応する本発明の参考例であり、モデルCは前記図12に対応する本発明例であり、モデルDは前記図13に対応する比較例である。ブレーキディスク1の摺動部2の形状は全て同じであり、ブレーキディスク1の外径も全て725mmである。また、ブレーキディスク1の締結部3については、ボルト穴3cの中心線を結んで描かれる円の直径は385mmで全て同じであるが、その板厚tcを変化させている。
【0058】
モデルAでは、ブレーキディスク1の締結部3における表側面3aすなわち反車輪側の面を減肉して、比tc/tmaxを0.45とし、これに伴いボルト5の長さを従来よりも31mm短くしている。モデルBでは、モデルAよりも更に締結部3における表側面3aを減肉して、比tc/tmaxを0.28とし、これに伴いボルト5の長さを従来よりも47mm短くしている。モデルCでは、締結部3における裏側面3bすなわち車輪側の面を減肉して、比tc/tmaxを0.25とし、ボルト5の長さは筒状スペーサ9を介在して従来と同じにしている。モデルDでは、従来形状と変わらず、比tc/tmaxを0.78とし、ボルト5の長さも変わらない。
【0059】
なお、実際のFEM解析で用いるボルト長さに関しては、ボルト5が軸方向に対して車輪4の中心を通る直交面でカットされているため、表1中で表記したボルト長さの変化量の半分を採用してFEM解析を行った。また、表1中で表記したボルト長さの変化量については、従来と比較して短くなった状態を「−」(マイナス)で表記した。
【0060】
FEM解析では、解析の入力データであるブレーキディスク1、ボルト5、及び車輪4それぞれの物性と強度特性には、従来品に使われている鉄鋼材料の測定値を用いた。そして、ボルト5に1本あたり150kNに相当する軸力を与え、その後摺動面2c上に初速275km/hからブレーキをかけた時の運動エネルギーに相当する熱量を与えて得た温度分布とその変化を基に、熱応力を解析した。
【0061】
表2に、モデルA〜DのFEM解析で得られたボルトの応力範囲及び締結部の応力を示した。
【0062】
【表2】
【0063】
モデルA〜Cでは、比較例であるモデルDと比較して、ボルト5の応力範囲が顕著に低減してボルト発生応力が20%以上低減される。その中でも、反車輪側を減肉してボルト長さを短くし、比tc/tmaxが最も小さいモデルBが、最もボルト発生応力が低く、次いでモデルBと同様な形状で比tc/tmaxが若干大きいモデルA、そして車輪側を減肉してボルト長さを変えていないモデルCの順番でボルト発生応力が大きくなる。ここで、ボルト応力範囲とは、ボルトの幹部に形成されたくびれ部からねじ部における、ブレーキディスク1の外周寄りの部分において、ブレーキ作動中の軸方向の応力値の変化量を指す。ブレーキディスク1の外周寄りの部分を評価の対象として採用したのは、ブレーキでボルト5に発生する曲げ応力が、外周寄りで高応力となるためである。
【0064】
また、ブレーキディスク1の締結部3の発生応力として、ブレーキ中の最大主応力のピーク値について評価した。表2中には、比較例であるモデルDを100として締結部応力を指数で表記した。
【0065】
モデルA〜Cでは、比較例であるモデルDと比較して、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcが薄くなったにもかかわらず、当該部の応力はほぼ同等である。これは、この最大主応力が円周方向の応力が主体であり、締結部3の板厚tcよりも、締結部3と摺動部2との円周方向の熱膨張差に支配されているためである。締結部3で大きくなると予想される半径方向の応力は、上記した最大主応力のピーク値よりも低いレベルであった。
【0066】
以上の実施例より、本発明のブレーキディスク及びこれを含む締結構造は、ブレーキディスク1の締結部3の板厚tcを低減して、締結部3の板厚tcと摺動部2の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを0.5以下とすることにより、ボルト発生応力の低減を実現でき、ボルト5を含む締結部3の疲労信頼性の向上を実現できる。更にボルト5の長さを短くすることがより一層の効果をもたらす。
【0067】
その他本発明は上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。例えば、上記実施形態ではブレーキディスク1の材料を鉄鋼材料としたが、アルミ複合材料といった他の材料から成るブレーキディスクにも本発明を適用できる。また、上記実施形態では、ボルト5によってブレーキディスク1が締結される対象を、車輪4としたが、車軸に固定されたディスク部材である限り、車輪4とは別個に車軸に固定されたディスク体とすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によれば、ブレーキディスクの締結部の板厚tcを低減させて、締結部の板厚tcと摺動部の最大板厚tmaxとの比tc/tmaxを低減させることにより、制動時、特にボルトに発生する応力を低減することができ、車軸に固定されたディスク部材との締結に用いられるボルトを含めて締結部の疲労信頼性に優れた鉄道車両用ブレーキディスク、及びその鉄道車両用ブレーキディスクのディスク部材に対しての締結構造を得ることができる。よって、本発明は、鉄道車両の制動装置に極めて有用である。
【符号の説明】
【0069】
1:鉄道車両用ブレーキディスク、
2:摺動部、 2a:摺動部の表側面、 2b:摺動部の裏側面、
2c:摺動部の摺動面、
3:締結部、 3a:締結部の表側面、 3b:締結部の裏側面、
3c:締結部のボルト穴、
4:車輪、 4a:車輪のボス部、 4b:車輪のボルト穴、
5:ボルト、 5a:ボルトの頭部、 5b:ボルトの幹部、
5c:ボルトのねじ部、 5d:ボルトのくびれ部、
6:ブレーキライニング、 7:ナット、 8:平座金、
9:筒状スペーサ、
tc:締結部の軸方向の厚み、 tmax:摺動部の軸方向の最大厚み
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周側から順に、締結部と、表側面に摺動面を有する摺動部とを備える鉄道車両用ブレーキディスクであって、
前記締結部が裏側面を減肉され、軸方向での前記締結部の厚みtcと前記摺動部の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下であることを特徴とする鉄道車両用ブレーキディスク。
【請求項2】
鉄道車両の車軸に固定されたディスク部材の両側に、一対の請求項1に記載の鉄道車両用ブレーキディスクが各々の表側面を互いに外向きにして配置され、前記締結部及び前記ディスク部材を貫通するボルトと、このボルトに螺合するナットとにより、前記ディスク部材に対して前記鉄道車両用ブレーキディスクが締結されており、前記ディスク部材と前記鉄道車両用ブレーキディスクとの間に前記ボルトを挿通した筒状スペーサが介在していることを特徴とする鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造。
【請求項1】
内周側から順に、締結部と、表側面に摺動面を有する摺動部とを備える鉄道車両用ブレーキディスクであって、
前記締結部が裏側面を減肉され、軸方向での前記締結部の厚みtcと前記摺動部の最大厚みtmaxとの比tc/tmaxが0.5以下であることを特徴とする鉄道車両用ブレーキディスク。
【請求項2】
鉄道車両の車軸に固定されたディスク部材の両側に、一対の請求項1に記載の鉄道車両用ブレーキディスクが各々の表側面を互いに外向きにして配置され、前記締結部及び前記ディスク部材を貫通するボルトと、このボルトに螺合するナットとにより、前記ディスク部材に対して前記鉄道車両用ブレーキディスクが締結されており、前記ディスク部材と前記鉄道車両用ブレーキディスクとの間に前記ボルトを挿通した筒状スペーサが介在していることを特徴とする鉄道車両用ブレーキディスクの締結構造。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−72913(P2012−72913A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−269994(P2011−269994)
【出願日】平成23年12月9日(2011.12.9)
【分割の表示】特願2007−151957(P2007−151957)の分割
【原出願日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年12月9日(2011.12.9)
【分割の表示】特願2007−151957(P2007−151957)の分割
【原出願日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
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