説明

鉛電池用鉛基合金基板の製造方法

【課題】機械的強度、耐食性および耐グロス性に優れる鉛電池用鉛基合金基板の製造を目的とする。
【解決手段】カルシウムを0.06質量%以下含むPb−Ca−Sn系合金基板に熱処理を施す鉛電池用鉛基合金基板の製造方法において、前記熱処理前に、前記Pb−Ca系合金基板に2〜750時間の自然時効を施す鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。本発明では、Pb−Ca−Sn系鉛基合金基板に、熱処理前に自然時効を所定時間施し熱処理前に析出物の核となる前駆体を生成させ、その後熱処理により前駆体を析出物に成長させるので析出が微細に且つ迅速に進み、Caの含有量が0.06質量%以下と低いにも係わらず、高強度の基板が得られ、活物質塗布時の変形が防止できる。また本発明で用いるPb−Ca系合金はCaの含有量が少ないため耐食性および耐グロス性に優れ、長寿命である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の液式電池やシ−ル式電池、産業用のサイクルユ−ス用電池、スタンバイ用の液式電池やシ−ル式電池、捲回式の円筒型電池などの基板に適した、機械的強度、耐食性および耐グロス性に優れる鉛電池用鉛基合金基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用鉛電池は、装備の増加と無駄な空間の排除からますます高温になるエンジンルーム内に配置され、しかも常時過充電状態に置かれるため、他の鉛電池に較べて寿命が短かったが、さらにメンテナンスフリ−化を目的に、従来のPb−Sb系合金基板がPb−Ca系合金基板に置き換えられたため、正極格子が腐食やグロス(伸びによる変形)を起こし易くなり寿命が一層短くなった。
【0003】
前記腐食やグロスはPb−Ca系合金基板のCa量を減らすことで改善されるが、Ca量を減らすと、PbCaや(Pb,Sn)CaなどのCaを含む金属間化合物が減少して基板の強度が低下し、活物質ペ−ストを充填する際に基板が変形するなどの問題が生じた。
【0004】
そこで、Pb−Ca−Sn系合金のCa量を減らし(0.09質量%→0.060%→0.040%)、その代わりにBaやAgを添加して強度向上を図る試みがなされているが、十分な機械的強度が得られていない。
【0005】
またPb−0.02〜0.06%Ca−Sn−Ag合金に100℃で3時間の人工時効を施す方法が提案されたが(特許文献1)、この方法は機械的強度のバラツキが大きく、人工時効が有効な場合とそうでない場合があり、工場の安定操業の点に問題があった。
【0006】
【特許文献1】特表2004−527066
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このようなことから、本発明者等は、Ca量を減らしたPb−Ca−Sn系合金基板の機械的強度の向上を目的に、Pb−Ca−Sn系合金の指差走査熱量を測定し、これを精査して、従来公知のピ−クよりも低い温度域で発熱過程と思われる広範囲に亘るブロ−ドな領域が存在し、この領域は析出物の核となる前駆体の析出反応によるものであり、析出物はこの前駆体を核として成長するものと考えた。そしてこの考えに基づいて、所定の自然時効処理を施して前駆体の生成を促し、その後熱処理を施して析出物を成長させることを試み、その結果、低Ca量のPb−Ca系鉛基合金基板の機械的強度を高めることに成功した。
【0008】
前記前駆体はアルミ合金におけるGPゾ−ンや中間相析出物に相当するものと考えられるが、鉛合金ではこれらの存在を明確に示した報告は見当たらない。また人工時効(熱処理)は従来、鋳造後の冷却で過飽和固溶体となった母相から(Pb、Sn)Caなどの金属間化合物が徐々に析出する自然時効を温度加速したものと考えられていた。
【0009】
本発明は、機械的強度、耐食性および耐グロス性に優れる鉛電池用鉛基合金基板の製造を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1記載発明は、カルシウムを0.06質量%以下含むPb−Ca−Sn系合金基板に熱処理を施す鉛電池用鉛基合金基板の製造方法において、前記熱処理前に、前記Pb−Ca系合金基板に2〜750時間の自然時効を施すことを特徴とする鉛電池用鉛基合金基板の製造方法である。
【0011】
請求項2記載発明は、前記熱処理を90℃以上140℃以下、0.5時間以上10時間以下の条件で施すことを特徴とする請求項1記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法である。
【0012】
請求項3記載発明は、前記Pb−Ca−Sn系合金が、0.02質量%以上0.05質量%未満のカルシウム、0.4質量%以上2.5質量%以下の錫、0.005質量%以上0.04質量%以下のアルミニウム、0.002質量%以上0.014質量%以下のバリウムを含み、残部が鉛と不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法である。
【0013】
請求項4記載発明は、前記Pb−Ca−Sn系合金が、0.02質量%以上0.05質量%未満のカルシウム、0.4質量%以上2.5質量%以下の錫、0.005質量%以上0.04質量%以下のアルミニウム、0.002質量%以上0.014質量%以下のバリウムを含み、さらに0.005質量%以上0.070質量%以下の銀、0.01質量%以上0.10質量%以下のビスマス、0.001質量%以上0.050質量%以下のタリウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素を含み、残部が鉛と不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法である。
【0014】
請求項5記載発明は、前記鉛電池用鉛基合金基板を、重力鋳造方式、圧力鋳造方式、連続鋳造方式、圧延方式のいずれかの方式で製造することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、Pb−Ca−Sn系鉛基合金基板に、熱処理前に自然時効を所定時間施して析出物の核となる前駆体を生成させ、その後熱処理により前駆体を析出物に成長させるので析出が微細に且つ迅速に進み、Caの含有量が0.06質量%以下と低いにも係わらず、高強度の基板が得られ、活物質塗布時の変形が防止できる。また本発明で用いるPb−Ca系合金はCaの含有量が少ないため耐食性および耐グロス性に優れ、長寿命である。
【0016】
本発明はCa、Sn、Al、Baを適量含む鉛基合金基板、或いは前記鉛合金にさらにAg、Bi、Tlからなる群から選ばれた少なくとも1種を適量含む鉛基合金基板においてその効果が大きい。また本発明では、重力鋳造方式、圧力鋳造方式、連続鋳造方式、圧延方式などの従来の鉛基合金基板の製造方法が適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明において、Pb−Ca−Sn系合金基板のCa量を0.06質量%以下に規定する理由は、Ca量が0.06質量%を超えると基板の耐食性および耐グロス性が十分に得られないためである。Caの好ましい含有量は0.05質量%未満である。
【0018】
本発明において、熱処理前の自然時効処理時間を2時間以上750時間以下に規定する理由は、2時間未満では前駆体が十分に生成せず、750時間を超えると自然時効処理の効果が飽和すると共に、合金の耐食性が低下し腐食量が増加するためである。前記前駆体の生成挙動は指差走査熱量測定結果に裏付けられている。
【0019】
本発明において、熱処理温度を90℃以上140℃以下に規定する理由は、90℃未満では析出物の成長が遅く、140℃を超えると析出物が粗大化して、いずれの場合も十分な機械的強度が得られないためである。
【0020】
前記熱処理に要する時間は、0.5時間未満では析出物が十分成長せず、10時間を超えると析出物が粗大化していずれの場合も十分な機械的強度が得られない。従って0.5時間以上10時間以下が望ましい。
【0021】
本発明は、前記鉛基合金が、0.02質量%以上0.05質量%未満のカルシウム、0.4質量%以上2.5質量%以下の錫、0.005質量%以上0.04質量%以下のアルミニウム、0.002質量%以上0.014質量%以下のバリウムを含み、残部が鉛と不可避不純物からなる鉛基合金の場合において、その自然時効と熱処理による強度向上効果が、特に良好に発現する。
【0022】
前記鉛基合金において、Caは鉛基合金の機械的強度を高める。Ca量が0.02質量%未満ではその効果が十分に得られず、0.05質量%以上では、この組成の合金の場合、耐食性が損なわれる。この合金におけるCaのより好ましい含有量は0.03質量%以上0.045質量%以下である。
【0023】
Snは、鉛基合金の湯流れ性と機械的強度を向上させる。またSnが格子界面に溶出して腐食層にドープされると半導体効果が生じて基板の導電性が向上する。Snの含有量が0.4質量%未満ではその効果が十分に得られず、耐食性も低下する。2.5質量%を超えると鉛基合金の結晶が粗大化し、見掛けの腐食以上に粒界腐食が進行する虞がある。より好ましいSnの含有量は0.6質量%以上2.5質量%以下である。
【0024】
Alは、溶湯の酸化によるCaとBaの損失を抑制する。Alの含有量が0.005質量%未満ではその効果を十分に得られず、0.04質量%を超えるとドロスとして析出し易くなり湯流れ性が低下する。
【0025】
Baは、鉛基合金の機械的強度と耐食性を向上させる。Baの含有量が0.002質量%未満ではその効果が十分に得られず、0.014質量%を超えると耐食性が急激に低下する。より好ましいBaの含有量は0.002質量%以上0.010質量%以下である。
【0026】
前記鉛基合金にさらに、Ag、Bi、Tlの群のうちから選ばれた少なくとも1種を適量含有させることにより機械的強度或いは高温クリープ特性(耐グロス性)が向上する。
【0027】
Agは、機械的強度、特に高温クリープ特性を著しく高める。Agの含有量が0.005質量%未満ではその効果が十分に得られず、0.070質量%を超えると鋳造時クラックが発生する虞がある。より好ましい含有量は0.01質量%以上0.05質量%以下である。
【0028】
Biは、機械的強度向上に寄与する。その効果はAgより劣るが、Agに較べて低価格のため経済的である。Bi含有量が0.01質量%未満ではその効果が十分に得られず、0.10質量%を超えると耐食性が低下する。より好ましい含有量は0.03質量%以上0.05質量%以下である。
【0029】
Tlは、機械的強度向上に寄与する。Tlは低価格なため経済的である。Tl含有量が0.001質量%未満ではその効果が十分に得られず、0.050質量%を超えると耐食性が低下する。より好ましい含有量は0.005質量%以上0.050質量%以下である。
【0030】
本発明において、鉛基合金基板の製造には、重力鋳造、圧力鋳造、連続鋳造、圧延加工が好適であり、これらのどれを用いても機械的強度、耐食性、耐グロス性に優れる鉛基合金基板が得られる。なお、本発明は鉛基合金基板以外の鉛部品に適用しても同様の効果が得られる。
【実施例1】
【0031】
表1に示す鉛基合金A〜Fの溶湯をブックモ−ルド法により重力鋳造して長さ200mm、幅15mm、厚み1.5mmの短冊サンプルを毎分15枚の速度で作製し、得られたサンプルに自然時効処理を4〜750時間(鋳造終了後熱処理開始までの室温保持時間)施し、次いで熱処理を90〜140℃の温度範囲で0.5〜10時間施して鉛電池用鉛基合金基板を製造した。
【0032】
得られた各々の鉛基合金基板について、機械的強度、耐食性および高温クリープ特性を調べた。
機械的強度は、硬さをマイクロビッカ−ス圧子により、荷重25gf、荷重保持時間15秒の条件で測定した。硬さが12以上のものを機械的強度に優れると評価した。
耐食性は、サンプルを比重1.280(20℃)、温度60℃の希硫酸水溶液中で720時間、1350mV(vs、Hg/HgSO)の定電位で陽極酸化させた後、サンプルの単位面積あたりの腐食減量を測定した。腐食減量が20mg/cm以下を耐食性が優れる(○)と評価した。
高温クリープ特性は、サンプルに16.5MPaの荷重を掛けた後100℃に昇温して破断するまでの時間を測定した。前記破断までの時間が25時間以上を高温クリープ特性(耐グロス性)が優れる(○)と評価した。
【0033】
[比較例1]
自然時効処理を本発明規定値外の条件で施した他は、実施例1と同じ方法により鉛電池用鉛基合金基板を製造し、実施例1と同じ調査および評価を行った。
【0034】
[比較例2]
表1に示すCaを0.070含む鉛基合金Gを用いた他は、実施例1と同じ方法により鉛電池用鉛基合金基板を製造し、実施例1と同じ調査および評価を行った。
実施例1および比較例1、2の調査(評価)結果を表2に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
表2から明らかなように、本発明例のNo.1〜27は、いずれも硬さが12以上で機械的強度が優れた。これは自然時効処理および熱処理を適正な条件で施したためCaを含む析出物の前駆体が良好に生成し、これが析出物として良好に成長したためである。Caの効果(例えばNo.2とNo.16比較)Baの効果(例えばNo.2とNo.9比較)、Ag、Bi、Tlの効果(例えばNo.9とNo.23、25、27比較)が明瞭に認められる。また耐食性および高温クリープ特性も優れた。なお、表中には記載しないが、自然時効処理時間を1000時間とした場合は耐食性が低下し、上記した耐食性の試験において、腐食減量が20mg/cm以上となること確認した。
【0038】
また表2のNo.1〜5、8〜12、15〜19から、自然時効時間は7時間までは硬さが増加するが、それ以上の時間では飽和することが判る。合金D、E、Fについても同様の傾向が認められた。
【0039】
一方、比較例1のNo.28〜33は自然時効処理時間が1時間と短かったため機械的強度(硬さ)が低かった。これは前駆体が十分に生成しなかったためである。また比較例2のNo.34〜36はCa量が多いため耐食性および高温クリープ特性(耐グロス性)が劣った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムを0.06質量%以下含むPb−Ca−Sn系合金基板に熱処理を施す鉛電池用鉛基合金基板の製造方法において、前記熱処理前に、前記Pb−Ca系合金基板に2〜750時間の自然時効を施すことを特徴とする鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理を90℃以上140℃以下、0.5時間以上10時間以下の条件で施すことを特徴とする請求項1記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。
【請求項3】
前記Pb−Ca−Sn系合金が、0.02質量%以上0.05質量%未満のカルシウム、0.4質量%以上2.5質量%以下の錫、0.005質量%以上0.04質量%以下のアルミニウム、0.002質量%以上0.014質量%以下のバリウムを含み、残部が鉛と不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。
【請求項4】
前記Pb−Ca−Sn系合金が、0.02質量%以上0.05質量%未満のカルシウム、0.4質量%以上2.5質量%以下の錫、0.005質量%以上0.04質量%以下のアルミニウム、0.002質量%以上0.014質量%以下のバリウムを含み、さらに0.005質量%以上0.070質量%以下の銀、0.01質量%以上0.10質量%以下のビスマス、0.001質量%以上0.050質量%以下のタリウムからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素を含み、残部が鉛と不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。
【請求項5】
前記鉛電池用鉛基合金基板を、重力鋳造方式、圧力鋳造方式、連続鋳造方式、圧延方式のいずれかの方式で製造することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の鉛電池用鉛基合金基板の製造方法。

【公開番号】特開2009−117102(P2009−117102A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−287120(P2007−287120)
【出願日】平成19年11月5日(2007.11.5)
【出願人】(000005382)古河電池株式会社 (314)
【Fターム(参考)】