説明

銅箔の粗面化処理方法及び粗面化処理液

【課題】 短時間で、粗化粒子の脱落危険性のない、均一な粗化粒子が得られ、低粗度で、樹脂等との高い密着力を有し、厚さの薄い銅箔に対しても生産効率の良い粗面化処理方法、並びに、このような銅箔の粗面化処理方法にて使用される処理液を提供する。
【解決手段】 粗面化処理のための処理液として、分子中に下記の化学構造:
【化1】


を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物である粗面化添加物質の少なくとも1種を含有した硫酸酸性溶液を調製する工程Aと、前記硫酸酸性溶液を用いて銅箔の片面もしくは両面を限界電流密度以上で陰極処理し、前記銅箔表面に銅の突起状電着物を形成させる工程Bとを含むことを特徴とし、前記粗面化添加物質としては、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、かつ14以上の全安定度定数βを有する物質が使用され、フェナントロリン、ピリジル又はこれらの誘導体が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅箔の表面処理方法に関するものであり、更に詳しくは、低粗度でありながら、樹脂等との接着性を改善し、また、厚さの薄い銅箔に対し、効率よく生産するための粗面化処理方法に関するものである。又、本発明は、このような粗面化処理方法にて使用される粗面化処理液に関するものでもある。
【背景技術】
【0002】
銅箔は、プリント配線板用途や二次電池の集電材料として大量に使用され、製法によって、圧延銅箔と電解銅箔に大別される。
圧延銅箔は、銅インゴットから圧延機で目的の厚みまで圧延し、巻き取って製造されている。
一方、電解銅箔は、銅電解液から電着装置で目的の厚みの銅を電解析出させ、析出物を剥離し、巻き取って製造される。その際、銅電解液に適当な添加剤を加えることにより、用途に合った機械特性および表面形状を作り出すことが行われている。電解銅箔の場合、両面の表面特性が異なる場合が多く、電着ドラム側をS(Shiny)面、平滑面又は光沢面、反対側をM(Matte)面又は粗面と呼ぶ。
銅箔は、銅の単一組成からなる場合と、機械特性や電気特性を改善するために、微量の添加成分を制御し、合金箔としても供される。
これら銅箔、銅合金箔は当業者間において「未処理銅箔」と呼ばれており、通常はこの未処理銅箔のままで使用されることはなく、プリント配線板用銅箔を得る場合には、絶縁樹脂との接着性を向上させることを目的とした「粗面化処理」や化学的接着力、耐熱、耐薬品性及び防錆性を付与することを目的とした各種表面処理が施され、二次電池集電体用銅箔を得る場合には、活物質との密着力及び防錆性を付与することを目的とした各種表面処理が施される。
これら表面処理は、巻き取った未処理銅箔を複数の工程を持つ処理機内に通箔させ、連続的に特性付与が行われる。この際、各工程は数秒から数十秒以内で通過し、短時間ほど処理工程が短く、ロールパス数も少なくなり、くぼみ、押し傷やシワ等の発生要因が押さえられ、薄箔に対しては特に有効に寄与する。
【0003】
プリント配線板用銅箔の一般的な粗面化処理は次の形態で形成されている。
まず、硫酸酸性銅浴中で銅箔を陰極とし、処理面に対し不溶性陽極を対向させて配し、限界電流密度以上の電流で銅の樹枝状突起物を形成させる。この1段処理は「ヤケメッキ」とも呼ばれ、樹枝状であるが故に非常に粉落ちしやすく、このままでは、絶縁樹脂との接着力が乏しく、くぼみや押し傷の原因ともなっている。したがって、さらに硫酸酸性銅浴中で、限界電流密度以下でメッキし、樹枝状粉を安定化させることが行われる。この2段目の処理は「被覆メッキ」とも呼ばれる。
ヤケメッキと被覆メッキは、同じ硫酸酸性銅浴を使用するが、限界電流密度を電流のみで制御しているわけではなく、銅濃度も適した条件に調整し、また、ヤケメッキ浴に対しては、樹枝状粉の析出形態をコントロールするための添加剤を使用する場合がある。つまり、2段の処理に対し、2種類の溶液を使用している。
ヤケメッキは固着性に乏しいため、2段目の被覆メッキが十分にかかるまでは粉落ちに対する厳重な管理が必要とされ、通常は片面ずつの処理に制約される。
【0004】
また、一連の処理の陽極としては、通常不溶性陽極が使用される。可溶性陽極では、処理全面への均一な粗化粒子形成が期待できないことや、アノードスラッジの銅箔への影響が懸念され、さらには処理槽内で原料の出し入れを頻繁に行う必要が生じ、作業性が悪い上に、電極位置精度等も安定しないためである。
一方、二次電池集電体用銅箔としては、厚さ10マイクロメートル以下といった薄箔化の要求とともに、その表面に対しても、単位面積あたりの活物質保持量を向上させる要求などが高まってきている。
以上のように、銅箔の片面もしくは両面において種々の要望に答えるべく複雑な粗面化処理が開発されてきている。これまでの粗面化処理に関する技術として、以下の提案がなされている。
【0005】
例えば下記の特許文献1には、酸性銅電解液中で、銅箔表面に限界電流密度以上の電流密度で陰極処理を施し樹枝状粉末を析出させることによる粗面化処理方法が報告されている。
その後、樹脂状粉単一の処理(ヤケメッキ)では、固着性が乏しく容易に脱落することから、このような欠点を改良する方法として、銅箔表面に形成した樹枝状粉末の上に、さらに被覆メッキ(カプセルメッキ)を施し樹枝状粉末を安定的に固着させる2段粗面化処理方法が、例えば以下の特許文献2及び3に報告されている。
しかし、硫酸銅単純浴からの粗化粒子は、不均一で粗度が高く、エッチング後の基板への残留銅を生じやすい欠点があった。
【特許文献1】特公昭40−15327号公報
【特許文献2】特開昭48−24929号公報
【特許文献3】米国特許3293109号
【0006】
そこで、これらの方法の欠点を補う技術として、ヒ素、ビスマス、アンチモンを含む酸性銅電解浴から粗面を形成する方法(例えば下記の特許文献4)や、セレン、テルル、ヒ素、アンチモン、ビスマスを含む酸性銅電解浴中で限界電流密度前後で電解する方法(例えば下記の特許文献5)が報告されているが、ヒ素、セレン、テルルのような人体に有害な物質を使用することは環境問題上使用が制限されてきており、再利用あるいは産業廃棄物の観点でも銅箔に含まれる有害成分の蓄積が懸念される。
【特許文献4】特公昭49−28815号公報
【特許文献5】特公昭54−38053号公報
【0007】
また、限界電流密度以上であっても固着性を有する粉末形成粗面化処理方法としては、モリブデン、タングステン、ヒ素、ならびに塩素イオン、硝酸イオンを含む、硫酸銅電解浴から粗面を形成する方法(例えば下記の特許文献6)が報告されているが、硝酸含有浴は、そのミスト等により処理装置を著しく腐食し、ランニングコストを損なうという欠点を有している。
【特許文献6】特開平7−202367号公報
【0008】
更に、上記欠点を補う技術として、モリブデンを含む酸性銅電解浴から粗面を形成する方法(例えば下記の特許文献7)や、クロム、タングステンを含む突起状銅電着物からなる粗面形成方法(例えば下記の特許文献8)が報告されているが、下記の特許文献7〜8に記載されるいずれの粗面化処理も、ヤケメッキの均一性は幾分向上するものの、単一の処理(1段処理)では、固着性が満足出来ないばかりか、粉落ちが発生しやすく、被覆メッキを施し樹枝状粉末を安定的に固着させる2段目の処理が必要であった。
【特許文献7】特開昭57−184295号公報
【特許文献8】特開平6−169169号公報
【0009】
その他の粗面化手段としては、鉱酸の単浴を用いて、圧延銅箔の表面を直流又は交流によって電気化学的にエッチングし、粗面化処理する方法(例えば下記の特許文献9)や、ヤケメッキをパルス電解で行い、粗面化処理する方法(例えば下記の特許文献10)も報告されているが、これら鉱酸の単浴のエッチングや交流電解では、単に銅箔の表面が荒らされるだけであり、近年の高密度プリント配線板用の銅箔として、十分な接着力が得られなかった。また、パルス電解は、特殊な電源が必要であるとともに、被覆メッキを施し樹枝状粉末を安定的に固着させる2段目の処理が必要であった。
【特許文献9】特開昭59−9050号公報
【特許文献10】特開昭63−17597号公報
【0010】
更に、下記の特許文献11には、レーザー光による金属箔の粗面化方法が報告されているが、レーザー処理による粗面化処理は処理時間が長く、また、飛沫物が後の積層工程に影響することが懸念され、工業的ではない。
【特許文献11】特開2003−258182号公報
【0011】
又、下記の特許文献12には、高分子凝集剤を含む酸性銅電解浴から粗面を形成する方法が報告されているが、単一の処理(1段処理)では、固着性が満足出来ないばかりか、粉落ちが発生しやすく、被覆メッキを施し樹枝状粉末を安定的に固着させる2段目の処理が必要であった。
【特許文献12】特開昭55−29128号公報
【0012】
更に、下記の特許文献13には、スルホベンズイミドナトリウム、ベンゾキノリン類、メラミン類、アミノ安息香酸類を含む硫酸酸性銅電解浴から粗面を形成する方法が報告されているが、このうち、ベンゾキノリン類を除く添加剤では、単一の処理(1段処理)では、固着性が満足出来ないばかりか、粉落ちが発生しやすく、被覆メッキを施し樹枝状粉末を安定的に固着させる2段目の処理が必要であった。
ベンゾキノリン類に関しては、その他の公知文献を以下に挙げると、例えば下記の特許文献14には、両面のRzが1〜3μmの銅箔の両面に、長さ0.6〜1.0μmで最大径0.2μm〜0.8μmの逆涙滴状の微細なこぶが設けられているプリント配線板用銅箔が開示され、この粗面化粒子を形成するために、硫酸酸性浴中にα-ナフトキノリンを50mg/l添加し、10A/dm2で10秒間の電解処理が実施例として報告されている。しかし、この特許文献17記載の処理においては被覆メッキが施されており、この条件では粉落ちの危険性を有していることが読みとれる。
【特許文献13】特開昭55−30818号公報
【特許文献14】特開平7−231152号公報
【0013】
又、下記の特許文献15には、電解銅箔の光沢面側(S面側)にコブ付け処理(粗面化処理)がなされ、粗面側(M面側)は針状またはコブ状の微小電着突起物を形成して微細で均一なコブ付け処理がなされた高密度多層プリント回路内層用銅箔が開示され、このM面側の処理として硫酸酸性浴中にα-ナフトキノリンを50mg/l添加し、10A/dm2で10秒間の電解処理が実施例として報告されている。この条件では、被覆メッキが無い状態での評価がなされており、ベンゾキノリン類については、比較例を交え詳細に検討を行った。
更に、下記の特許文献16には、チオン酸、チオ硫酸塩、チオン酸塩を含む硫酸酸性銅電解浴から粗面を形成する方法が報告されているが、硫黄含有光沢メッキ剤やチオ無機化合物に対して不溶性陽極を適応すると、陽極からの酸素発泡により、添加物の消耗速度が非常に速く、浴が安定せず、さらに分解生成物を連続的に除去する必要もあった。
その他、弱酸性銅浴からの粗面化処も数多く提案されているが、可溶性陽極が必要である場合が多く、また、限界電流付近の電流をかけた場合、液の組成安定性に欠け、長尺箔を処理する場合、前後で特性がばらつき、安定させるための特別な機構が必要であるとの欠点があった。
【特許文献15】特開平8−222857号公報
【特許文献16】特開2002−69691号公報
【0014】
この他、下記の特許文献17に代表される酸化銅の針状粒子を形成する処理(黒化処理)は、プリント配線板用途であっても、その後の化学的接着力、耐熱、耐薬品性及び防錆性を付与することを目的とした多くの電解表面処理が適応できない。
【特許文献17】特公昭32−137号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
プリント配線板の基板材料において、ハロゲン元素やアンチモンを使用しない、環境性を重視した基板材料や、鉛フリーはんだ対応の高耐熱基板材料が着目されるようになったが、これら樹脂に対する、銅箔の密着力は十分でなかった。また、モバイル電子機器の高機能化に伴い、高周波特性や配線の高密度化を満足させるため、銅箔の厚さを薄く、銅箔表面を低粗度で均一に粗面化することが求められているが、従来の粗面化処理工程では、処理時間が長く、複数段必要であったため、薄箔に対する通箔性が悪く、また、粗化粒子が不均一なため粗度が高く、さらに工程途中で粗化粒子脱落の危険性もあり、粗面特性に加え、生産性及び歩留まりの改善が求められていた。
また、二次電池集電体用銅箔としては、厚さ10マイクロメートル以下といった薄箔化の要求とともに、その表面に対しても、単位面積あたりの活物質保持量を向上させる要求などが高まってきている。
【0016】
そこで、本発明は、短時間で、粗化粒子の脱落危険性のない、均一な粗化粒子が得られ、低粗度で、高い密着力を有し、薄箔に対する通箔性を向上させた銅箔を製造するのに適した表面処理方法(粗面化処理方法)を提供することを目的とする。又、本発明の目的は、このような粗面化処理を実施するのに適した粗面化処理液を提供することでもある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
銅箔の表面を粗面化処理するための本発明の粗面化処理方法は、
工程A:粗面化処理のための処理液として、分子中に下記の化学構造:
【0018】
【化1】

【0019】
を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物である粗面化添加物質の少なくとも1種を含有した硫酸酸性溶液を調製する工程、及び
工程B:前記硫酸酸性溶液を用いて銅箔の片面もしくは両面を限界電流密度以上で陰極処理し、前記銅箔表面に銅の突起状電着物を形成させる工程
を含むことを特徴とする。
【0020】
又、本発明は、上記の粗面化処理方法において、前記粗面化添加物質が、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、かつ14以上の全安定度定数βを有する物質であることを特徴とするものでもある。
更に、本発明の粗面化処理方法は、使用される前記粗面化添加物質が、フェナントロリン、ピリジル、又はこれらの誘導体であることを特徴とするものでもあり、前記粗面化添加物質が、1,10-フェナントロリン、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、4,7-ジヒドロキシ-1,10-フェナントロリン、2,2'-ビピリジル及びテルピリジンから成るグループより選ばれたものであることを特徴とするものでもある。これら化合物の化学構造は、下記に示すとおりである。
【0021】
【化2】

【0022】
又、銅箔の表面を粗面化処理する際に使用される本発明の粗面化処理液は、分子中に下記の化学構造:
【0023】
【化3】

【0024】
を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物である粗面化添加物質の少なくとも1種を含有した硫酸酸性溶液であることを特徴とする。
更に、本発明は、上記の粗面化処理液中に含有される粗面化添加物質が、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、かつ14以上の全安定度定数βを有する物質であることを特徴とするものでもある。
【発明の効果】
【0025】
本発明では、銅箔の粗面化処理に関し、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14以上である物質を少なくとも1種以上含む硫酸酸性溶液を用い、限界電流密度以上で陰極処理することにより、短時間で、粗化粒子の脱落危険性のない、密着力の高い、低粗度で均一な粗化粒子が得られ、薄箔に対する生産性を向上させることが可能となる。
又、本発明の粗面化処理方法の場合、カバーメッキの必要がないために、カバーメッキ工程を含む従来の方法に比べて工程が減り、粗面化粒子形成の総工程時間を短縮化することが可能である。更に、本発明の方法では、くぼみや押し傷の原因となる粉落ちに対する厳重な管理の必要がなく、銅箔の両面を同時に粗面化することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の粗面化処理方法を具体的に記すと、未処理銅箔に対して、圧延銅箔である場合は脱脂処理し、酸洗浄し、硫酸酸性電解浴中にて、限界電流密度以上で陰極電解し、表面に固着性の高い突起状電着物を形成する。この後、NiやCo、Zn、単体/合金などの無機被膜形成処理、クロメート処理、アゾール類等の有機皮膜形成処理及びシランカップリング剤による処理の内少なくとも1つの防錆処理・密着性向上処理・耐熱・耐薬品処理が施される。
前記硫酸酸性電解浴中に含まれる錯形成添加物、すなわち、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14以上である物質は、「化学便覧(基礎編)日本化学会」や、「L.G.Sillen, A.E.Martell, "Stability Constants of Metal Ion Complexes" 1964,The Chem.Soc.」、「Stability constants of metal-ion complexes, Erik Hogfeldt, Oxford; NewYork: Pergamon Press」等で、錯体の安定度定数(生成定数)の項目で知ることが出来る。
【0027】
本発明の粗面化処理方法において使用される硫酸酸性溶液(粗面化処理液)中に含有される粗面化添加物質は、分子中に前記〔化1〕の化学構造を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物であるが、さらには、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14以上である物質で、この物質は有機配位子であり、さらには、窒素塩基配位子であって、フェナントロリン、ピリジル、又はこれらの誘導体から選ばれることが好ましい。
本発明の粗面化処理液中に含有される具体的な粗面化添加物質としては、1,10-フェナントロリン、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(バソフェナントロリン)、2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン(ネオクプロイン)、2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(バソクプロイン)、4,7-ジヒドロキシ-1,10-フェナントロリン、2,2'-ビピリジル、テルピリジンが挙げられる。
下記の実施例および比較例の一部に用いた物質の全安定度定数βの値を以下に示す。
1,10-フェナントロリン β=15.82
2,2'-ビピリジル β=14.35
ヒスチジン β=6.20
この他、これまでに良く知られているCu(I)錯体の有機配位子としては、1,2-フェニレンジアミン、ジメチルグリオキシム等が挙げられるが、全安定度定数βが14未満である化合物を用いても本発明の効果は得られない。
【0028】
尚、本発明の粗面化処理方法における工程Bの陰極電解条件は、電解浴濃度、時間、温度、必要粗面化処理量によって変化するため、特に限定されないが、処理時間1〜10秒、浴温度15〜50℃、電流密度10〜100A/dm2で、電気量としては20〜500coul./dm2が適当である。
また、粗面化処理液中の粗面化添加物質の濃度は、その種類によって最適範囲が異なるが、1,10-フェナントロリン1水和物を例に取れば、10mg/lから溶解限界の3g/lが好ましい。粗化粒子の形状は球形に近く、その粒子径は、添加濃度によって変化し、添加濃度が低い側では、粒子径は約1μmであるのに対し、濃度が高い領域では、さらに粒子径は小さくなる。また、粒子径は素地の粗度にも影響され、平滑性の高い素地に対しては、粒子径が小さくなる傾向がある。
つまり、本発明の粗面化添加物質(錯形成添加物)は、その濃度によって、形成できる粗化粒子の径を変化させることが可能で、低濃度側(例えば10mg/l)の場合は、プリント配線板用では、ハロゲンフリー基板材料や高耐熱基板材料などの従来ピールの出にくい基板材料に対して有効で、二次電池用電極用としても有用である。逆に、高濃度側(例えば3g/l)の場合は、プリント配線板用では銅箔表面の平滑性が追求される高周波基板材料に特に有効であり、既に粗面化処理された表面にさらに表面積を大きくする処理としても有効である。
【0029】
また、前記粗面化添加物質に併用して、遷移金属元素を少なくとも1種以上添加することによって、粒径0.5μm程度かそれ以下のさらに微細な粗面化粒子が得られる。
遷移金属元素として、好適にはタングステン、モリブデン、チタンが挙げられる。
以下、本発明の好ましい実施形態について実施例および比較例に基づいて説明する。
【実施例】
【0030】
以下の実施例および比較例で行った表面処理工程は、表1に示す未処理銅箔を、表2に示す(A)から(D)までの各工程に水洗浄を挟みながら行った。また、最後に温風による乾燥を行った。
表3には、実施例および比較例で用いた未処理銅箔種類、および本発明に関わる粗面化処理の詳細な条件を示す。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
実施例1〜8は、分子中に前記〔化1〕の化学構造を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物であって、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14以上である物質を用いた場合を示し、これに対して、比較例1および2は、添加剤を全く加えない場合、比較例3〜7は、ベンゾキノリン類を添加した場合、比較例8は、1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14未満である物質を添加した場合を示す。尚、表3に示す添加剤はいずれも、東京化成工業製の試薬を用いた。
以下の表4に、表面特性を比較した結果を示す。
【0035】
【表4】

【0036】
上記表4において、粉落ち性の評価は、JIS H8504規格15.1テープ試験方法を参考にした。試験用テープは15.1.2に記載のテープを使用し、固定された試料の粗面化処理面に対し、15.1.4の(1)〜(3)に記載の方法によった。判定は、引き剥がしたテープの粘着面に粗化粒子の付着が著しい場合を「×」、軽微な場合を「△」、無ければ「○」とした。
粉落ち性が「×」以外の場合の表面粗度を粗度Rzとして併記した。粗度Rzは、JIS B0601規格に準拠し、小坂研究所製サーフコーダーSE1700αを用いて測定した。
代表的な粗化処理粒子の形状を図1において写真で示す。尚、粗化処理粒子の形状はいずれも、電子顕微鏡によって斜め40度の方向から撮影した。
図1の実施例1の写真では、本発明における粗面化添加物質の効果によって球状粒子が形成されているが、無添加の比較例1の場合には、樹枝状粉末の析出が認められた。また、図1の実施例8では、球状の微細粒子が均一に形成されている様子が観察された一方、ベンゾキノリン類を添加した場合(比較例4)には、粉落ちしやすい、高さ方向へ伸びた樹枝状の針状に近い成長が観察され、不均一な粗化粒子も観察された。更に、全安定度定数βが14未満であるヒスチジンを添加した場合には、幾分成長を抑えられた感もあるが樹枝状の不均一形状であった。
【0037】
さらに、基材との密着性を、従来の2段処理を例にとり、比較例1で得られた銅箔と比較した。
表2の(B)粗面化処理工程を、以下の条件で行ったこと以外、実施例1と同様の未処理銅箔および工程とした。得られた粗面Rzは、10.2μmであった。
・従来例の粗面化処理工程
(1段目)ヤケメッキ
銅濃度13g/L、酸濃度100g/L、塩素濃度10ppm、温度30℃、電流密度50ASD、時間3秒
(2段目)カバーメッキ
銅濃度65g/L、酸濃度100g/L、塩素濃度40ppm、温度30℃、電流密度10ASD、時間27秒
密着強度の評価は、高耐熱多層用基板材料に積層し、IPC-TM-650規格2.4.8.5に準拠し、引き剥がし密着強度を測定した。
その結果、従来例では引き剥がし密着強度が0.97kN/mであったが、実施例1の銅箔の場合には1.25kN/mであった。
【0038】
以上の結果より、ベンゾキノリン類を用いた場合、電気量が小さい(粗化粒子の形成量が少ない)場合、1段処理であっても確かに固着性は無添加状態よりは改善されていたが、粉落ちは認められ、さらに接着強度も低く、近年のプリント配線板用途としては満足できるレベルではなかった。電気量を上げ(粗化粒子の形成量を上げ)、接着強度の向上を図った場合は、粉落ちが激しくなり、到底1段処理で使用できるレベルではなかった。
又、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14未満である物質を添加した場合は、効果が浅く、全安定度定数βが14以上必要であることが示された。
このようにして、分子中に前記〔化1〕の化学構造を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物であって、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、その全安定度定数βが14以上である物質を少なくとも1種以上含む硫酸酸性溶液を用い、銅箔の片面もしくは両面を限界電流密度以上で陰極処理し、銅の突起状電着物を形成することによって、プリント配線板用途や二次電池電極用途として、非常に有用な銅箔を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の粗面化処理方法及び粗面化処理液を用いることにより、短時間で、粗化粒子の脱落危険性のない、密着力の高い、低粗度で均一な粗化粒子が得られ、薄箔に対する生産性を向上させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例及び比較例で得られた代表的な粗面化処理粒子の形状を示す写真であり、いずれも、電子顕微鏡によって斜め40度の方向から撮影したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅箔の表面を粗面化処理するための方法であって、当該方法が、
工程A:粗面化処理のための処理液として、分子中に下記の化学構造:
【化1】


を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物である粗面化添加物質の少なくとも1種を含有した硫酸酸性溶液を調製する工程、及び
工程B:前記硫酸酸性溶液を用いて銅箔の片面もしくは両面を限界電流密度以上で陰極処理し、前記銅箔表面に銅の突起状電着物を形成させる工程
を含むことを特徴とする銅箔の粗面化処理方法。
【請求項2】
前記粗面化添加物質が、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、かつ14以上の全安定度定数βを有する物質であることを特徴とする請求項1に記載の銅箔の粗面化処理方法。
【請求項3】
前記粗面化添加物質が、フェナントロリン、ピリジル、又はこれらの誘導体であることを特徴とする請求項1又は2に記載の銅箔の粗面化処理方法。
【請求項4】
前記粗面化添加物質が、1,10-フェナントロリン、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン、2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン、4,7-ジヒドロキシ-1,10-フェナントロリン、2,2'-ビピリジル及びテルピリジンから成るグループより選ばれたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の銅箔の粗面化処理方法。
【請求項5】
銅箔の表面を粗面化処理する際に使用される粗面化処理液であって、当該粗面化処理液が、分子中に下記の化学構造:
【化2】


を含み、かつ2つ以上の環式構造を有する複素環式化合物である粗面化添加物質の少なくとも1種を含有した硫酸酸性溶液であることを特徴とする銅箔の粗面化処理液。
【請求項6】
前記粗面化添加物質が、水溶液中で1価の銅イオンと錯形成し、かつ14以上の全安定度定数βを有する物質であることを特徴とする請求項5に記載の銅箔の粗面化処理液。

【図1】
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【公開番号】特開2006−299291(P2006−299291A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−117990(P2005−117990)
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【出願人】(000239426)福田金属箔粉工業株式会社 (83)
【Fターム(参考)】