説明

銅箔

【課題】 優れた耐屈曲特性を有する銅箔を提供する。
【解決手段】 銅箔であって、当該銅箔に300℃の加熱処理を施す前の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きBと、前記300℃の加熱処理を施した後の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きAとの比B/Aが、1.2以上3.0以下の銅箔である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばフレキシブルプリント配線板のような可撓性・耐屈曲特性が要求される電気・電子部の配線材料として用いられる銅箔に好適な、優れた耐屈曲特性を有する銅箔に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、銅箔は、例えば可撓性・耐屈曲特性が要求される電気・電子部の配線材料として用いられる。そのような部品の代表的な一例としては、フレキシブルプリント配線板(Flexible Printed Circuit、以下、FPCとも呼ぶ)がある。
FPCは、例えばポリイミド樹脂基板のような薄くて可撓性に優れた材質の絶縁性基板の表面に、40μm以下のように極めて薄い銅箔からなる配線を形成してなるもので、各種電子機器等への実装形態に適した電気的および機械的な特性を有するように設定される。現在では、例えば折り畳み式の携帯電話端末装置の折り曲げ部、デジタルカメラやプリンタヘッド等のような電子機械装置における可動部、HDD(Hard Disk Drive)やDV
D(Digital Versatile Disc)もしくはCD(Compact Disk)などのような各種電子機器の可動部等における配線用部品として、広く用いられている。
このようなFPCの配線材の導電体層としては、一般に、純銅箔または銅合金箔が用いられているが、以下、これらを総称して単に「銅箔」とも呼ぶ。
【0003】
FPCの主要な製造工程としては、まず、所定の銅箔を製造し、その銅箔を、例えばポリイミド樹脂からなる基材(ベースフィルム)の表面に張り合わせて接合させ、CCL(Copper Clad Laminate)基板を形成する。そしてそのCCL基板の表面の銅箔をエッチング等のプロセスによって加工(パターニング)して、いわゆる回路配線を形成する。その後、回路配線の保護のための表面処理を施す。このようにして、FPCの主要部が製造される。
上記のCCL工程としては、接着剤を介して銅箔と基材とを貼り合わせた後、加熱処理を施すことにより接着剤を硬化させて両者を密着させる方法(例えば3層CCL法)と、接着剤を介さずに銅箔を直接に絶縁性基板の表面に張り合わせた後、加熱・加圧により両者を密着・一体化させる方法(2層CCL法)との、主に2種類がある。
【0004】
また、FPCには耐屈曲性が求められるため、銅箔自体の耐屈曲特性を向上させることが試みられている(特許文献1)。
【0005】
【特許文献1】特開2001−58203号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の各種電子機器の小型化、高集積化(高密度実装化)等の進展に伴って、FPCの使用時における曲げ半径がさらに小さくなるため、FPCには、耐屈曲特性(繰り返し曲げに対する耐久性)を従来よりもさらに高いものとすることが、益々強く要請されるようになってきている。
このような要請に対応するためには、FPCの耐屈曲特性は実質的に銅箔のそれによって決まるので、銅箔それ自体の耐屈曲特性をさらに向上させることが益々重要な課題となってきている。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するために成されたもので、その目的は、優れた耐屈曲特性を有する銅箔を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、銅箔であって、当該銅箔に300℃の加熱処理を施す前の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きBと、前記300℃の加熱処理を施した後の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きAとの比B/Aが、1.2以上から3.0以下であることを特徴とする銅箔である。
【0009】
なお、上記銅箔の厚さとしては、8μm以上から40μm以下であることが好適である。但し、本発明の適用可能な銅箔の厚さは、この数値範囲のみには限定されないことは勿論である。
【0010】
また、本発明の銅箔は、フレキシブルプリント配線板の配線用の銅箔として好適なものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、銅箔に300℃の加熱処理を施す前の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きBと、前記300℃の加熱処理を施した後の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きAとの比B/Aを1.2以上3.0以下に設定することにより、耐屈曲特性の極めて良好な銅箔を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本実施の形態に係る銅箔について、図面を参照して説明する。
図1は、加熱処理の前後で計測される本実施の形態に係る銅箔の応力−歪み曲線およびその原点近傍における傾きΔσ/Δεの一例を示す図である。
【0013】
本実施の形態に係る銅箔は、耐屈曲特性を極めて良好なものとした銅箔である。
【0014】
この銅箔は、その主要な用途として、例えばフレキシブルプリント配線板の配線用の銅箔として用いられるが、純銅または各種プリント配線板用に設定された組成を有する銅合金からなる、厚さ8μm以上〜40μm以下の条材状のものを好適に用いることが可能である。さらに望ましくは8μm以上〜18μm以下である。但し、銅箔の厚さが40μmを超えるものや8μm未満のものや、板材状のものについても適用可能であることは勿論である。
【0015】
本実施の形態に係る銅箔は、300℃の温度で加熱処理を施される以前に計測される銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きBと、加熱処理を施した後に計測される応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きAとの比B/Aが1.2以上〜3.0以下となっている。
【0016】
このような本実施の形態に係る銅箔を用いることにより、この銅箔をポリイミドフィルム基板の表面にラミネートして作製されるフレキシブルプリント配線基板の耐屈曲特性を、例えば屈曲寿命回数900,000回以上のような極めて優れたものとすることができる。
【0017】
したがって、このような本実施の形態に係る銅箔自体を材料として形成される各種電子部品の屈曲特性のさらなる向上を達成することが可能である。
【0018】
本発明者らは、加熱処理によって生じる銅箔の柔軟性の変化(機械特性の変化)が重要
であると考えて詳細に検討した結果、本明細書で定義した「応力―歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾き」の変化率が特定の範囲内のとき、優れた屈曲性を発揮することが分かった。この傾きは、以下に述べるように学問的な弾性率という概念ではないので、絶対値は関係なく、あくまでも加熱処理前後の傾きの変化率(B/A)が特定の範囲になっていれば効果が発揮されるものである。
【0019】
図1に一例を示したような応力−歪み曲線における最初の立上がり部分の直線9の傾き(Δσ/Δε)10は、材料力学の分野では一般に弾性係数と呼ばれているものである。銅箔は、多結晶体材料であるので、基本的には、弾性係数の値は、加熱処理を施しても弾性領域の範囲が変化するだけで、その値は変化せず、材料固有の物性値である(因みに、銅は120GPa程度)。
【0020】
ところが、銅箔は、その厚さが8μm以上〜40μm以下と薄く、特に柔軟性の程度によって非常に弾性範囲が顕著に変化し、柔軟性が増すほど弾性範囲が小さくなり、その測定は困難になる。
従って、本発明で規定している前記B(加熱処理前の銅箔)とA(加熱処理後の銅箔)は、真の弾性係数の値ではないため、原点付近の直線的な部分での傾きと称している。つまり、本発明で規定している前記B(加熱処理前の銅箔)とA(加熱処理後の銅箔)は、特定の測定方法によって得られた単なる“直線部分の傾き”の値であり、弾性係数という学問的な概念ではない。
【0021】
このような本発明に係る実施の形態で規定している「応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きA、B」について、ここでさらに具体的に説明する。
図1では、縦軸を応力σとし横軸を歪みεとしたグラフで応力−歪み曲線8を表した一例を示しているが、このグラフの応力−歪み曲線8における、原点から直線9に沿ったほぼ直線的な部分の、原点付近でのΔσ/Δεで表される傾き10を、本実施の形態では「応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きA、B」と規定している。
【0022】
このような応力−歪み曲線8を得るための計測手法それ自体については、一般的な引張試験装置を用いると共に、銅箔に変位計を設置し、銅箔に加える引張荷重を漸次変化させて行ったときに、それに対応して変化する銅箔の変位(歪み)量を測定してグラフにする、といった手法を用いることなどが可能である。あるいはその他にも、応力に対する歪み量の変化の原点付近における精確な計測が可能な手法であれば、種々の手法を用いることが可能である。
【0023】
ここで、B/A比の好適な数値範囲としては、1.2≦B/A≦3.0としたが、その理由は、まず下限値について、加熱処理の前後における変化率であるB/A比が1.2未満のように小さくなり過ぎると、加熱による耐屈曲特性の向上の十分な効果が得られなくなる傾向にあるからである。また、上限値については、本発明者らはこれまでに下記の実施例でさらに具体的に説明するような実験を含む、耐屈曲特性を向上させるための多様な実験を行ったが、その全ての場合で、B/A>3.0となったことはなかった。これは、別の観点からすると、もしもB/A>3.0のものができた場合には、他の何らかの因子が含まれており、それが耐屈曲性向上への悪影響を及ぼす虞もあり得ると解することもできる。このため、このような上限値を設けることが、より望ましいものとした。
【0024】
また、本実施の形態で説明した銅箔は、上記のようなフレキシブル配線板に用いられる銅箔への適用のみには限定されず、良好な可撓性や耐屈曲特性を要求される他の種類のプリント配線板や配線基板全般に適用可能である。あるいは、そのような配線板に限らず、良好な導電性および高い耐屈曲特性が必要とされる、各種電気・電子部品用の配線部品、スイッチ用バネ材、コネクタ部品などにも適用可能である。
【0025】
また、上記のような本実施の形態に係る加熱処理の前後でのB/A比に基づいて、耐屈曲特性試験評価を、例えば1〜5日間のような長い時間をかけて実施しなくても、短時間
で銅箔の品質状態を知ることができ、品質管理等の観点からも、本発明の効果は大きい。
【実施例】
【0026】
上記の実施の形態で説明したような配線部品用の銅箔の実施例について説明する。
図2(a)、(b)は、実施例1の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線8b、加熱処理後における応力−歪み曲線8aをそれぞれ示す図、図3(a)、(b)は、実施例2の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線8b、加熱処理後における応力−歪み曲線8aをそれぞれ示す図、図4(a)、(b)は、実施例3の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線8b、加熱処理後における応力−歪み曲線8aをそれぞれ示す図、図5(a)、(b)は、比較例の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線8b、加熱処理後における応力−歪み曲線8aをそれぞれ示す図である。また、表1は、実施例1、2、3およ
び比較例の各銅箔についての、Bの値、Aの値、およびB/Aを、それぞれ示すものであり、表2は、実施例1、2、3および比較例の各銅箔についての、屈曲寿命回数を比較しやすいように纏めて示すものである。
【0027】
銅箔としては、圧延条件・アニール条件等を変えて製造した厚さ18μmの銅箔を数種類用意した。これらを、長さ200mm・幅15mmの寸法の長方形に切り出して引張試験用の試験片とした。また、別にそれら銅箔から耐屈曲特性試験用に長さ220mm・幅12.5mmの長方形に切り出し試験片とした。表1、表2には、実施例1、2、3および比較例の、合計4種類のものについての各数値を纏めて示している。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
これらの試験片の銅箔それぞれについて、その加熱処理前の応力−歪み曲線8bにおける原点付近での傾きB(=Δσ/Δε)を測定したところ、それら各銅箔についての傾きBの値は表1の「加熱処理前B」の欄に纏めて示したようなものとなった。
また、300℃で5分間の加熱処理を施した後の応力−歪み曲線8aにおける原点付近での傾きA(=Δσ/Δε)を測定したところ、それら各銅箔についての傾きAの値は表1の「加熱処理後A」の欄に示したようなものとなった。いずれも単位はGPaである。
これらの傾きA、Bの計測は、JIS Z 2241の引張強度試験方法にほぼ準拠して、万能試験機(株式会社島津製作所製・型式;AG−I)を用いると共に、変位計(株式会社島津製作所製・型式;SG50−10、Serial No.620051−04、評点距離5mm)を用いて行った。
そして、それら各実施例1、2、3および比較例のそれぞれについてのB/A比を算出したところ、表1のB/Aの欄に纏めて示したように、実施例1の銅箔では1.63、実施例2の銅箔では1.40、実施例3の銅箔では2.60となり、いずれも上記の実施の形態で好適な数値範囲として規定した1.2≦B/A≦3.0の範囲内に収まるものとなった。他方、比較例の銅箔では1.12となり、好適な数値範囲の下限である1.2を下回るものとなった。
【0031】
このような各実施例1、2、3および比較例の銅箔それぞれについての耐屈曲特性を直接計測的に確認するために、繰り返し屈曲試験を行った。この屈曲試験としては、IPC規格(アメリカプリント回路工業会;Institute for Interconnecting and Packing Electronics Circuits)に準拠し、高速FPC用摺動屈曲試験機(信越エンジニアリング製・型式;SEK−31B2S)を用いて、曲げ半径2.5mm、振幅ストローク10mm、振幅速度1500回/分で行い、その繰り返し屈曲に因る破断が生じるまでの回数を屈曲寿命回数とした。
その結果、表2に示したように、各実施例1、2、3の銅箔では、屈曲寿命回数はそれぞれ、3,306,000回、992,600回、2,011,000回となり、いずれも90万回以上(あるいは約100万回以上)の繰り返し屈曲に耐えうる耐屈曲特性を達成していることが確認できた。
他方、比較例の銅箔では、屈曲寿命回数は210,300回となり、実施例のなかでは最も低い寿命回数であった実施例2の場合の992,600回と比較しても、その約1/5程度と顕著に低い(短い)屈曲寿命しか達成できなかった。
【0032】
さらに、図示は省略するが、上記の他に、厚さを12μm、35μmとした試験片の銅箔を用意し、そのそれぞれについても上記と同様の屈曲試験を行ったところ、Bの値、Aの値、屈曲寿命回数の値の、個々の数値自体(絶対値)は上記とは異なるものとなったが、B/A比が上記同様に1.2≦B/A≦3.0という好適な数値範囲内に収まる各実施例の銅箔については、いずれもその屈曲寿命回数が、比較例に係る銅箔の5倍以上となり、長寿命が達成されることが確認された。
【0033】
このような本実施例に係る実験からも、銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線の傾きBと加熱処理後における応力−歪み曲線の傾きAとの比=B/Aに基づいて、その銅箔の屈曲寿命回数によって確認される耐屈曲特性を正確に評価することが可能であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施の形態に係る銅箔の応力−歪み曲線およびその原点近傍における傾きΔσ/Δεの一例を示す図である。
【図2】実施例1の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線(a)および加熱処理後における応力−歪み曲線(b)を示す図である。
【図3】実施例2の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線(a)および加熱処理後における応力−歪み曲線(b)を示す図である。
【図4】実施例3の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線(a)および加熱処理後における応力−歪み曲線(b)を示す図である。
【図5】比較例の銅箔の加熱処理前における応力−歪み曲線(a)および加熱処理後における応力−歪み曲線(b)を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
8 応力−歪み曲線
9 応力−歪み曲線の直線的部分
10 応力−歪み曲線の傾きΔσ/Δε

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅箔であって、当該銅箔に300℃の加熱処理を施す前の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きBと、前記300℃の加熱処理を施した後の状態において測定した当該銅箔の応力−歪み曲線における原点付近の直線的な部分での傾きAとの比B/Aが、1.2以上から3.0以下であることを特徴とする銅箔。
【請求項2】
前記銅箔の厚さが、8μm以上から40μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の銅箔。
【請求項3】
前記銅箔は、フレキシブル配線板の配線として用いられる銅箔であることを特徴とする請求項1または2に記載の銅箔。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−158382(P2009−158382A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−337538(P2007−337538)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】