鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料及びダイカストマシン用スリーブ
【課題】 安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性に加えて、特に、耐溶損性の向上を図る。
【解決手段】 C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2~1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施し、基地組織が焼戻しマルテンサイト,微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなり、硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にする。
【解決手段】 C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2~1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施し、基地組織が焼戻しマルテンサイト,微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなり、硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳込んだ後に熱処理を施して製造される鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料に関するとともに、アルミニウム,亜鉛等の非鉄金属やこれらの合金を鋳造するダイカストマシンに用いられるダイカストマシン用スリーブに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ダイカストマシン用スリーブは、筒状の壁部を備え、この壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるように構成されている。
このようなスリーブにおいては、従来から鋼の中では耐摩耗性に優れる、熱間用合金工具鋼(SKD材)が主に使用されてきた。しかしながら、本材料は、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性に劣るため、アルミニウム溶湯との接触で溶損し、耐久性が悪いという問題があった。そこで、最近は本製品の内面に、ガス拡散やイオン窒化などによる表面窒化処理を施す場合が多い。しかし、この場合も、被膜の厚みが数ミクロンと非常に薄いため、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性の大幅な効果は得られていない。さらに、SKD材の内面にサイアロンセラミックスや硼化物系サーメットをライニングしたスリーブも開発されている(例えば、特開2002−120056号公報参照)。しかしながら、いずれも耐溶損性および耐保温性には優れるものの、材料の強度と靭性に劣り、作業性に苦慮している。また、SKD材のスリーブに比較して価格が飛躍的に高くなる欠点がある。
【0003】
そこで、本願発明者らは、高寿命の鋳鉄材料に着目した。この種の鋳鉄材料としては、例えば、特開平11−286740号公報に掲載された技術が知られている。この鋳鉄材料は、C:1.4〜2.2wt%、Si:0.5〜1.5wt%、Mn:0.5〜1.5wt%、Cr:2.5〜6.0wt%、Mo:1.5〜8.0wt%、V:3.0〜6.0wt%、Co:0〜5.5wt%及び残部がFeと不可避不純物からなり、硬さHRC62以上、衝撃値5.0J/cm2 以上である。このような鋳鉄材料を使用することにより、硬さや靱性を増し、耐衝撃性に優れ比較的低価格で高寿命のスリーブとすることが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−120056号公報
【特許文献2】特開平11−286740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記従来の鋳鉄材料は、確かに、衝撃値,硬さや靱性を増すことはできるが、Cr,Mo,Vを比較的高濃度で含有しており、これらの成分は、高価でもあり、また、アルミニウムと結合しやすいことから、耐溶損性に劣るという欠点がある。
本発明は上記の点に鑑みて為されたもので、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性に加えて、特に、耐溶損性の向上を図った鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料及びダイカストマシン用スリーブを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的を達成するための本発明の鋳鉄材料の製造方法は、C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にする構成としている。
【0007】
本願発明者らは、特に、鋳鉄にコバルトを添加した合金においては、アルミニウム合金に対して溶損が極めて少ないことをつきとめた。鋳鉄はFCD450を基本成分として、Cr,Mo,Vをほとんど含まないようにして、コバルト量を適正なものにすることにより、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。コバルトが、6.0質量%に満たないと耐溶損性に劣り、15.0質量%を超えると、耐溶損性は低下しさらに、材料コストが高くなるという不具合がある。
好ましくは、C:2.5〜3.8質量%、Si:0.8〜3.0質量%、Mn:0.2〜0.8質量%、P:0.05質量%以下、Co:7.0〜12.0質量%、Mg:0.05質量%以下である。また、好ましくは、硬さがHRC45以上である。
【0008】
コバルトを添加した鋳鉄は、添加量によっては、鋳放しの状態でも組織中にマルテンサイトを含有する場合があり、非常に硬くなる。また、焼入れ、焼戻し等の熱処理を行うことによりその硬さや組織を変化させることができ、硬度をHRC45以上にすることができる。
即ち、必要に応じ、上記熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト,微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にする構成としている。
【0009】
この場合、上記熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にすることが有効である。
変態温度Ac1が、840℃に満たないと、基地組織がアルミニウムの溶湯温度で変態して、硬さが低下するという不具合がある。
【0010】
そして、必要に応じ、上記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する焼入れ工程を備えて構成している。
保持温度が、900℃に満たないと、組成によっては、基地組織が完全にオーステナイト組織に変態せず、焼入れ処理が行われないという不具合があり、1100℃を超えると、組織が成長し、合金強度が低下するという不具合がある。
【0011】
また、必要に応じ、上記焼入れ工程後に、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する焼戻し工程を備えて構成している。
これにより、焼戻しをするので、焼入れ処理によるひずみを軽減し、材料の衝撃特性を緩和させ、耐溶損性を向上させることができる。
この場合、保持温度が、300℃に満たないと十分にひずみを除去することが出来ず、衝撃特性も向上しないという不具合があり、500℃を超えると、硬さが著しく低下するという不具合がある。
【0012】
また、上記の目的を達成するための本発明の鋳鉄材料は、上記の鋳鉄材料の製造方法によって製造される鋳鉄材料にある。安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【0013】
更に、上記の目的を達成するための本発明のダイカストマシン用スリーブは、筒状の壁部を備え該壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、該注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるダイカストマシン用スリーブにおいて、上記の鋳鉄材料によって形成される構成としている。安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。鋳鉄にコバルトを上記の所要量添加した合金は、アルミニウム合金に対してほとんど溶損しないことが分かった。またSKD61相当の高硬度を得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Cr,Mo,Vをほとんど含まないようにして、コバルトを適正量含有させた鋳鉄材料にすることができ、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態に係る例に係るダイカストマシン用スリーブを示す断面図である。
【図2】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の化学組成を示す表図である。
【図3】本発明の実施例に係る鋳鉄材料において、焼入れ温度と硬さ(HRC)との関係を示す表図である。
【図4】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co)の焼入れ温度毎の組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の熱膨張試験で測定した変態温度Ac1の結果を示す表図である。
【図6】本発明の実施例に係る鋳鉄材料において、焼戻し温度と硬さ(HRC)との関係を示す表図である。
【図7】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co、900℃焼入れ)の焼戻し温度毎の組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の焼戻し温度500℃における組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図9】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co)の焼戻し温度毎の強度と伸びを示す表図である。
【図10】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損試験の為の試験装置を示す図である。
【図11】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損試験の結果を比較例とともに示す写真である。
【図12】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損率と硬さを示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面に基づいて、本発明の実施の形態に係る鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料及びダイカストマシン用スリーブについて詳細に説明する。
本発明の実施の形態に係る鋳鉄材料の製造方法は、C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にしている。
コバルトが、6.0質量%に満たないと耐溶損性に劣るという不具合があり、15.0質量%を超えると、耐溶損性は低下しさらに、材料コストが高くなるという不具合がある。
好ましくは、C:2.5〜3.8質量%、Si:0.8〜3.0質量%、Mn:0.2〜0.8質量%、P:0.05質量%以下、Co:7.0〜12.0質量%、Mg:0.05質量%以下である。また、好ましくは、硬さがHRC45以上である。
【0017】
コバルトを添加した鋳鉄は、添加量によっては、鋳放しの状態でも組織中にマルテンサイトを含有する場合があり、非常に硬くなる。また、焼入れ、焼戻し等の熱処理を行うことによりその硬さや組織を変化させることができ、硬度をHRC45以上にすることができる。
即ち、熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト、微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にする構成としている。
【0018】
そして、この熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にしている。変態温度が、840℃に満たないと、基地組織がアルミニウムの溶湯温度でオーステナイト変態して、硬さが低下するという不具合がある。
【0019】
詳しくは、実施の形態に係る熱処理は、焼入れ工程を備えている。焼入れ工程は、大気雰囲気の熱処理炉内において、鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する。焼入れして得られた鋳造物は、そのまま、本実施の形態に係る鋳鉄材料とすることができる。保持温度が、900℃に満たないと、組成によっては、基地組織が完全にオーステナイト組織に変態せず、焼入れ処理が行われないという不具合があり、1100℃を超えると、組織が成長し、合金強度が低下するという不具合がある。
【0020】
また、実施の形態に係る熱処理は、焼入れ工程を備えることができる。焼入れして得られた鋳造物を、そのまま製品とすることができるが、この鋳造物に対して、焼戻し処理をしても良い。焼戻し工程は、大気雰囲気の熱処理炉内において、該鋳鉄材料を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する。
これにより、焼戻しをするので、焼入れ処理によるひずみを軽減し、材料の衝撃特性を緩和させ、耐溶損性を向上させることができる。
この場合、保持温度が、300℃に満たないと十分にひずみを除去することが出来ず、衝撃特性も向上しないという不具合があり、500℃を超えると、硬さが著しく低下するという不具合がある。
【0021】
このようにして得られた実施の形態に係る鋳鉄材料は、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【0022】
また、本発明の実施の形態に係るダイカストマシン用スリーブは、上記の実施の形態に係る鋳鉄材料によって形成されている。図1に示すように、実施の形態に係るダイカストマシン用スリーブSは、筒状の壁部1を備え、壁部1の後側に溶湯が供給される注湯口2が形成され、この注湯口2から供給された溶湯を内部を摺動する図示外のチップにより前側の開口3から吐出させるものである。このダイカストマシン用スリーブSによれば、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例について、実験例とともに示す。
実施例として、コバルトの添加量を8,10,12質量%と変化させた球状黒鉛鋳鉄溶湯を試験用鋳型に鋳込んで鋳造物を得、その後、この鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にしたものを作成した。
図2には、実施例の化学組成を示す。実施例に係る鋳込み直後の鋳造物(分析用チル試験片)を用いて発光分光分析装置で測定した。
【0024】
次に、上記組成の鋳造物に対して、焼入れを行った。焼入れは、各組成のものに、850℃,900℃,950℃の各温度で30分保持後水冷した。図3に、各実施例の焼入れ温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。これによれば、いずれの組成の場合も、900℃で焼入れを行った試験片の硬さが高くなった。
【0025】
この実施例の内、Coが10質量%の鋳鉄材料(以下「10%Co」という)について、各焼入れ温度毎の組織写真を図4に示す。この組織写真において、850℃の焼入れ材には、白色のフェライトと微細パーライト相そして一部マルテンサイトが観察された。900℃では、白色のフェライト相が一部残留し、マルテンサイトが観察された。また、950℃では、基地部は、マルテンサイト相が多くなった。
【0026】
また、8%Co、10%Co、12%Coについて、熱膨張試験を行い、変態温度Ac1を測定した結果を図5に示す。
この結果から、8%Coにおいて、Ac1温度は843℃、10%Coにおいて、Ac1温度は858℃、12%Coにおいて、Ac1温度は859℃であった。したがって、図4の10%Coにおいて、フェライトと微細パーライトが多くなった理由は、加熱温度が850℃では、本合金は完全なオーステナイト相に十分に変態していないためと考えられる。
また、図4の焼入れ組織からすると、950℃焼入れ材はマルテンサイト相が多くなり、硬さも向上すると考えられる。しかし実際に測定すると900℃焼入れ材の方が硬さは高かった。この理由は、マルテンサイト相の炭素の含有量やマルテンサイト相の大きさなどの影響があったものと考えられる。
【0027】
次に、実施例として、上記焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、焼戻しを行った。焼戻しは、200℃,300℃,400℃,500℃で30分保持し、その後、空冷して行った。図6に、各実施例の焼戻し温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。
【0028】
この焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度が300℃,400℃,500℃のものについて、組織写真を図7に示す。300℃焼戻し材は、焼戻しマルテンサイトとなっている。また500℃焼戻し材は、微細パーライト組織となっている。400℃焼戻し材は300℃と500℃のちょうど中間の組織を呈した。
【0029】
図8には、焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、各鋳造物を500℃で焼戻したときの組織写真を示す。いずれの組織も微細パーライト組織となっており、コバルト添加量が増加するほど、セメンタイトの寸法は細かくなり、白色のフェライト相が多くなる傾向にあった。
【0030】
また、焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度による引張強さと伸びを測定した。結果を図9に示す。これによれば、温度が高いほど、引張強さは高くなり、伸びも若干であるが向上することが分かった。
【0031】
熱処理によるコバルト添加鋳鉄材料の機械的性質についてまとめると、焼入れ温度は850℃の温度ではオーステナイト相に完全に変態するまでに十分な時間を必要とするため、それぞれのAc1温度より、50〜70℃以上高くすることが望ましいと考えられる。また、焼戻し温度が高くなるほど、マルテンサイトは焼戻しマルテンサイト、微細パーライトと変化するため、硬さが低くなるが、いずれの組成でも500℃の焼戻し温度で硬さはHRC45以上となり、スリーブとしては十分利用可能な硬さとなることが分かった。これまでの結果で、スリーブとしてのコバルト添加量について考慮すると、引張強さは黒鉛粒径などによって変化するため、硬さを高くする場合は、10%Coを、また靭性を考慮すると8%Coとした方が望ましい。
【0032】
次に、実施例について、耐溶損性の試験を行った。図10に示すように、φ20×φ25×50mmの断付き丸棒試験片を用いて、アルミニウム合金溶湯(ADC12)に対する溶損試験を行った。溶損試験は、800℃のアルミニウム合金溶湯中に試験片を浸漬し、試験片を900rpmで回転させ60min後に取り出し、試験前後の減量から溶損率を求めた。
【0033】
先ず、10%Coのもので各温度で焼入れを行った鋳鉄材料について、試験を行った。比較例として、10%Coのもので900℃空冷の焼なまし処理を行った焼なまし材を用いた。図11に、試験片の写真を示す。本試験片は溶損試験後に、30%水酸化ナトリウム水溶液中で付着したアルミニウム合金を除去している。この写真から、焼なまし材の溶損(溶損率:42.3%)が最も多くなることが分かる。この試験片は、断付き丸棒であったが、最早段付形状になっておらず、試験片の回転方向に溶損し減耗した。焼なまし材の溶損が多い理由は、硬さがHRC16と低いためと考えられた。溶損が多いのは順に、850℃焼入れ材(溶損率:5.2%)、950℃焼入れ材が0.8%の溶損率となった。900℃焼入れ材は、溶損率0.3%で試験前の形をほぼそのまま保っていた。900℃焼入れ材の溶損率が最も少なかった理由は、図3の結果で焼入れ後の硬さが高かったためと考えられた。これより、硬さと溶損率では比例関係があると考えられた。
【0034】
次に、図12には、コバルト添加鋳鉄材料の焼入れ、焼戻し後の溶損率を示した。これより、8%Coの硬さは低いが、溶損率は少なくなることが分かった。図8の結果から、それぞれの焼戻し組織は微細パーライトとなっていることが分かっている。従って、同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く硬さが低い方が、溶損率は少なくなることが分かった。また、溶損率は各材料のAc1温度の影響も考えられる。図5の熱膨張試験温度の測定結果では、8%CoのAc1温度が843℃となっているため、オーステナイト変態が進行していないと考えられた。
溶損試験の結果より、溶損率は、硬さに依存するところも大きいが、合金中のフェライトやパーライト面積率なども影響することが分かった。また同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く、調質され組織的に安定している8%Coの溶損率が小さくなることが分かった。
【0035】
次にまた、本発明の実施例に係るダイカストマシン用スリーブを作成し、実際にダイカストマシンに組み込んで耐久試験を行った。
コバルト添加鋳鉄原料の溶解は、500kg高周波誘導炉を用いて鋼屑、加炭材、フェロマンガン、フェロシリコンそして電解コバルトなどを原料として350kg溶製した。溶解温度は1540℃とし、球状化処理を行った後、接種を行った。そして鋳型への鋳込み温度は約1480℃とした。
これにより、実施例に係るスリーブの組成は、8%Coとした。
【0036】
そして、鋳込み直後の350t用スリーブ、650t用スリーブを作成した。鋳造直後の製品は硬すぎて、切削加工が困難であった。そこでこれらの鋳造品から湯口等を切断除去した後、現場の電気炉にて900℃空冷の焼なまし処理を行った。この焼なまし処理を行ったスリーブは切削加工が可能であった。
次に、粗加工したスリーブの硬さの調整を行うために焼入れ、焼戻しの熱処理を行った。熱処理の条件は、930℃焼入れ、500℃焼戻しの条件で行った。焼入れは、水冷でなく油冷とした。焼戻し処理は、500℃で1hr保持した後空冷した。焼入れ焼戻し後の硬さはHRC48であった。
【0037】
試作したスリーブについて、数台の実機による評価を行った。350t用スリーブについては、約8000ショット、15000ショット使用し、その状態を見た。約8000ショットの使用で、熱衝撃による影響が僅かに見られたが、約15000ショット使用した後もほとんど変化無く、剥がれや溶損などによる損耗は全く観察されなかった。
更に、通常利用しているSKDスリーブとの比較も行った、SKDスリーブは約30000ショットでクラックが多く発生し、溶損と熱衝撃により一部剥がれ落ちる現象が生じていた。これに対して、実施例に係る650tスリーブでは、32000ショット使用してもクラックはほとんど生じず、外観の傷やカケも無く、操業上のトラブルも全く問題なく利用された。
【符号の説明】
【0038】
S ダイカストマシン用スリーブ
1 壁部
2 注湯口
3 開口
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳込んだ後に熱処理を施して製造される鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料に関するとともに、アルミニウム,亜鉛等の非鉄金属やこれらの合金を鋳造するダイカストマシンに用いられるダイカストマシン用スリーブに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ダイカストマシン用スリーブは、筒状の壁部を備え、この壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるように構成されている。
このようなスリーブにおいては、従来から鋼の中では耐摩耗性に優れる、熱間用合金工具鋼(SKD材)が主に使用されてきた。しかしながら、本材料は、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性に劣るため、アルミニウム溶湯との接触で溶損し、耐久性が悪いという問題があった。そこで、最近は本製品の内面に、ガス拡散やイオン窒化などによる表面窒化処理を施す場合が多い。しかし、この場合も、被膜の厚みが数ミクロンと非常に薄いため、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性の大幅な効果は得られていない。さらに、SKD材の内面にサイアロンセラミックスや硼化物系サーメットをライニングしたスリーブも開発されている(例えば、特開2002−120056号公報参照)。しかしながら、いずれも耐溶損性および耐保温性には優れるものの、材料の強度と靭性に劣り、作業性に苦慮している。また、SKD材のスリーブに比較して価格が飛躍的に高くなる欠点がある。
【0003】
そこで、本願発明者らは、高寿命の鋳鉄材料に着目した。この種の鋳鉄材料としては、例えば、特開平11−286740号公報に掲載された技術が知られている。この鋳鉄材料は、C:1.4〜2.2wt%、Si:0.5〜1.5wt%、Mn:0.5〜1.5wt%、Cr:2.5〜6.0wt%、Mo:1.5〜8.0wt%、V:3.0〜6.0wt%、Co:0〜5.5wt%及び残部がFeと不可避不純物からなり、硬さHRC62以上、衝撃値5.0J/cm2 以上である。このような鋳鉄材料を使用することにより、硬さや靱性を増し、耐衝撃性に優れ比較的低価格で高寿命のスリーブとすることが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−120056号公報
【特許文献2】特開平11−286740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記従来の鋳鉄材料は、確かに、衝撃値,硬さや靱性を増すことはできるが、Cr,Mo,Vを比較的高濃度で含有しており、これらの成分は、高価でもあり、また、アルミニウムと結合しやすいことから、耐溶損性に劣るという欠点がある。
本発明は上記の点に鑑みて為されたもので、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性に加えて、特に、耐溶損性の向上を図った鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料及びダイカストマシン用スリーブを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的を達成するための本発明の鋳鉄材料の製造方法は、C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にする構成としている。
【0007】
本願発明者らは、特に、鋳鉄にコバルトを添加した合金においては、アルミニウム合金に対して溶損が極めて少ないことをつきとめた。鋳鉄はFCD450を基本成分として、Cr,Mo,Vをほとんど含まないようにして、コバルト量を適正なものにすることにより、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。コバルトが、6.0質量%に満たないと耐溶損性に劣り、15.0質量%を超えると、耐溶損性は低下しさらに、材料コストが高くなるという不具合がある。
好ましくは、C:2.5〜3.8質量%、Si:0.8〜3.0質量%、Mn:0.2〜0.8質量%、P:0.05質量%以下、Co:7.0〜12.0質量%、Mg:0.05質量%以下である。また、好ましくは、硬さがHRC45以上である。
【0008】
コバルトを添加した鋳鉄は、添加量によっては、鋳放しの状態でも組織中にマルテンサイトを含有する場合があり、非常に硬くなる。また、焼入れ、焼戻し等の熱処理を行うことによりその硬さや組織を変化させることができ、硬度をHRC45以上にすることができる。
即ち、必要に応じ、上記熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト,微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にする構成としている。
【0009】
この場合、上記熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にすることが有効である。
変態温度Ac1が、840℃に満たないと、基地組織がアルミニウムの溶湯温度で変態して、硬さが低下するという不具合がある。
【0010】
そして、必要に応じ、上記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する焼入れ工程を備えて構成している。
保持温度が、900℃に満たないと、組成によっては、基地組織が完全にオーステナイト組織に変態せず、焼入れ処理が行われないという不具合があり、1100℃を超えると、組織が成長し、合金強度が低下するという不具合がある。
【0011】
また、必要に応じ、上記焼入れ工程後に、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する焼戻し工程を備えて構成している。
これにより、焼戻しをするので、焼入れ処理によるひずみを軽減し、材料の衝撃特性を緩和させ、耐溶損性を向上させることができる。
この場合、保持温度が、300℃に満たないと十分にひずみを除去することが出来ず、衝撃特性も向上しないという不具合があり、500℃を超えると、硬さが著しく低下するという不具合がある。
【0012】
また、上記の目的を達成するための本発明の鋳鉄材料は、上記の鋳鉄材料の製造方法によって製造される鋳鉄材料にある。安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【0013】
更に、上記の目的を達成するための本発明のダイカストマシン用スリーブは、筒状の壁部を備え該壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、該注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるダイカストマシン用スリーブにおいて、上記の鋳鉄材料によって形成される構成としている。安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。鋳鉄にコバルトを上記の所要量添加した合金は、アルミニウム合金に対してほとんど溶損しないことが分かった。またSKD61相当の高硬度を得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Cr,Mo,Vをほとんど含まないようにして、コバルトを適正量含有させた鋳鉄材料にすることができ、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態に係る例に係るダイカストマシン用スリーブを示す断面図である。
【図2】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の化学組成を示す表図である。
【図3】本発明の実施例に係る鋳鉄材料において、焼入れ温度と硬さ(HRC)との関係を示す表図である。
【図4】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co)の焼入れ温度毎の組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の熱膨張試験で測定した変態温度Ac1の結果を示す表図である。
【図6】本発明の実施例に係る鋳鉄材料において、焼戻し温度と硬さ(HRC)との関係を示す表図である。
【図7】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co、900℃焼入れ)の焼戻し温度毎の組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の焼戻し温度500℃における組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図9】本発明の実施例に係る鋳鉄材料(10%Co)の焼戻し温度毎の強度と伸びを示す表図である。
【図10】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損試験の為の試験装置を示す図である。
【図11】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損試験の結果を比較例とともに示す写真である。
【図12】本発明の実施例に係る鋳鉄材料の溶損率と硬さを示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面に基づいて、本発明の実施の形態に係る鋳鉄材料の製造方法,鋳鉄材料及びダイカストマシン用スリーブについて詳細に説明する。
本発明の実施の形態に係る鋳鉄材料の製造方法は、C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にしている。
コバルトが、6.0質量%に満たないと耐溶損性に劣るという不具合があり、15.0質量%を超えると、耐溶損性は低下しさらに、材料コストが高くなるという不具合がある。
好ましくは、C:2.5〜3.8質量%、Si:0.8〜3.0質量%、Mn:0.2〜0.8質量%、P:0.05質量%以下、Co:7.0〜12.0質量%、Mg:0.05質量%以下である。また、好ましくは、硬さがHRC45以上である。
【0017】
コバルトを添加した鋳鉄は、添加量によっては、鋳放しの状態でも組織中にマルテンサイトを含有する場合があり、非常に硬くなる。また、焼入れ、焼戻し等の熱処理を行うことによりその硬さや組織を変化させることができ、硬度をHRC45以上にすることができる。
即ち、熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト、微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にする構成としている。
【0018】
そして、この熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にしている。変態温度が、840℃に満たないと、基地組織がアルミニウムの溶湯温度でオーステナイト変態して、硬さが低下するという不具合がある。
【0019】
詳しくは、実施の形態に係る熱処理は、焼入れ工程を備えている。焼入れ工程は、大気雰囲気の熱処理炉内において、鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する。焼入れして得られた鋳造物は、そのまま、本実施の形態に係る鋳鉄材料とすることができる。保持温度が、900℃に満たないと、組成によっては、基地組織が完全にオーステナイト組織に変態せず、焼入れ処理が行われないという不具合があり、1100℃を超えると、組織が成長し、合金強度が低下するという不具合がある。
【0020】
また、実施の形態に係る熱処理は、焼入れ工程を備えることができる。焼入れして得られた鋳造物を、そのまま製品とすることができるが、この鋳造物に対して、焼戻し処理をしても良い。焼戻し工程は、大気雰囲気の熱処理炉内において、該鋳鉄材料を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する。
これにより、焼戻しをするので、焼入れ処理によるひずみを軽減し、材料の衝撃特性を緩和させ、耐溶損性を向上させることができる。
この場合、保持温度が、300℃に満たないと十分にひずみを除去することが出来ず、衝撃特性も向上しないという不具合があり、500℃を超えると、硬さが著しく低下するという不具合がある。
【0021】
このようにして得られた実施の形態に係る鋳鉄材料は、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【0022】
また、本発明の実施の形態に係るダイカストマシン用スリーブは、上記の実施の形態に係る鋳鉄材料によって形成されている。図1に示すように、実施の形態に係るダイカストマシン用スリーブSは、筒状の壁部1を備え、壁部1の後側に溶湯が供給される注湯口2が形成され、この注湯口2から供給された溶湯を内部を摺動する図示外のチップにより前側の開口3から吐出させるものである。このダイカストマシン用スリーブSによれば、安価で、強度と靭性に優れ、耐摩耗性を向上させることができるとともに、特に、耐溶損性を向上させることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例について、実験例とともに示す。
実施例として、コバルトの添加量を8,10,12質量%と変化させた球状黒鉛鋳鉄溶湯を試験用鋳型に鋳込んで鋳造物を得、その後、この鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にしたものを作成した。
図2には、実施例の化学組成を示す。実施例に係る鋳込み直後の鋳造物(分析用チル試験片)を用いて発光分光分析装置で測定した。
【0024】
次に、上記組成の鋳造物に対して、焼入れを行った。焼入れは、各組成のものに、850℃,900℃,950℃の各温度で30分保持後水冷した。図3に、各実施例の焼入れ温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。これによれば、いずれの組成の場合も、900℃で焼入れを行った試験片の硬さが高くなった。
【0025】
この実施例の内、Coが10質量%の鋳鉄材料(以下「10%Co」という)について、各焼入れ温度毎の組織写真を図4に示す。この組織写真において、850℃の焼入れ材には、白色のフェライトと微細パーライト相そして一部マルテンサイトが観察された。900℃では、白色のフェライト相が一部残留し、マルテンサイトが観察された。また、950℃では、基地部は、マルテンサイト相が多くなった。
【0026】
また、8%Co、10%Co、12%Coについて、熱膨張試験を行い、変態温度Ac1を測定した結果を図5に示す。
この結果から、8%Coにおいて、Ac1温度は843℃、10%Coにおいて、Ac1温度は858℃、12%Coにおいて、Ac1温度は859℃であった。したがって、図4の10%Coにおいて、フェライトと微細パーライトが多くなった理由は、加熱温度が850℃では、本合金は完全なオーステナイト相に十分に変態していないためと考えられる。
また、図4の焼入れ組織からすると、950℃焼入れ材はマルテンサイト相が多くなり、硬さも向上すると考えられる。しかし実際に測定すると900℃焼入れ材の方が硬さは高かった。この理由は、マルテンサイト相の炭素の含有量やマルテンサイト相の大きさなどの影響があったものと考えられる。
【0027】
次に、実施例として、上記焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、焼戻しを行った。焼戻しは、200℃,300℃,400℃,500℃で30分保持し、その後、空冷して行った。図6に、各実施例の焼戻し温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。
【0028】
この焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度が300℃,400℃,500℃のものについて、組織写真を図7に示す。300℃焼戻し材は、焼戻しマルテンサイトとなっている。また500℃焼戻し材は、微細パーライト組織となっている。400℃焼戻し材は300℃と500℃のちょうど中間の組織を呈した。
【0029】
図8には、焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、各鋳造物を500℃で焼戻したときの組織写真を示す。いずれの組織も微細パーライト組織となっており、コバルト添加量が増加するほど、セメンタイトの寸法は細かくなり、白色のフェライト相が多くなる傾向にあった。
【0030】
また、焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度による引張強さと伸びを測定した。結果を図9に示す。これによれば、温度が高いほど、引張強さは高くなり、伸びも若干であるが向上することが分かった。
【0031】
熱処理によるコバルト添加鋳鉄材料の機械的性質についてまとめると、焼入れ温度は850℃の温度ではオーステナイト相に完全に変態するまでに十分な時間を必要とするため、それぞれのAc1温度より、50〜70℃以上高くすることが望ましいと考えられる。また、焼戻し温度が高くなるほど、マルテンサイトは焼戻しマルテンサイト、微細パーライトと変化するため、硬さが低くなるが、いずれの組成でも500℃の焼戻し温度で硬さはHRC45以上となり、スリーブとしては十分利用可能な硬さとなることが分かった。これまでの結果で、スリーブとしてのコバルト添加量について考慮すると、引張強さは黒鉛粒径などによって変化するため、硬さを高くする場合は、10%Coを、また靭性を考慮すると8%Coとした方が望ましい。
【0032】
次に、実施例について、耐溶損性の試験を行った。図10に示すように、φ20×φ25×50mmの断付き丸棒試験片を用いて、アルミニウム合金溶湯(ADC12)に対する溶損試験を行った。溶損試験は、800℃のアルミニウム合金溶湯中に試験片を浸漬し、試験片を900rpmで回転させ60min後に取り出し、試験前後の減量から溶損率を求めた。
【0033】
先ず、10%Coのもので各温度で焼入れを行った鋳鉄材料について、試験を行った。比較例として、10%Coのもので900℃空冷の焼なまし処理を行った焼なまし材を用いた。図11に、試験片の写真を示す。本試験片は溶損試験後に、30%水酸化ナトリウム水溶液中で付着したアルミニウム合金を除去している。この写真から、焼なまし材の溶損(溶損率:42.3%)が最も多くなることが分かる。この試験片は、断付き丸棒であったが、最早段付形状になっておらず、試験片の回転方向に溶損し減耗した。焼なまし材の溶損が多い理由は、硬さがHRC16と低いためと考えられた。溶損が多いのは順に、850℃焼入れ材(溶損率:5.2%)、950℃焼入れ材が0.8%の溶損率となった。900℃焼入れ材は、溶損率0.3%で試験前の形をほぼそのまま保っていた。900℃焼入れ材の溶損率が最も少なかった理由は、図3の結果で焼入れ後の硬さが高かったためと考えられた。これより、硬さと溶損率では比例関係があると考えられた。
【0034】
次に、図12には、コバルト添加鋳鉄材料の焼入れ、焼戻し後の溶損率を示した。これより、8%Coの硬さは低いが、溶損率は少なくなることが分かった。図8の結果から、それぞれの焼戻し組織は微細パーライトとなっていることが分かっている。従って、同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く硬さが低い方が、溶損率は少なくなることが分かった。また、溶損率は各材料のAc1温度の影響も考えられる。図5の熱膨張試験温度の測定結果では、8%CoのAc1温度が843℃となっているため、オーステナイト変態が進行していないと考えられた。
溶損試験の結果より、溶損率は、硬さに依存するところも大きいが、合金中のフェライトやパーライト面積率なども影響することが分かった。また同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く、調質され組織的に安定している8%Coの溶損率が小さくなることが分かった。
【0035】
次にまた、本発明の実施例に係るダイカストマシン用スリーブを作成し、実際にダイカストマシンに組み込んで耐久試験を行った。
コバルト添加鋳鉄原料の溶解は、500kg高周波誘導炉を用いて鋼屑、加炭材、フェロマンガン、フェロシリコンそして電解コバルトなどを原料として350kg溶製した。溶解温度は1540℃とし、球状化処理を行った後、接種を行った。そして鋳型への鋳込み温度は約1480℃とした。
これにより、実施例に係るスリーブの組成は、8%Coとした。
【0036】
そして、鋳込み直後の350t用スリーブ、650t用スリーブを作成した。鋳造直後の製品は硬すぎて、切削加工が困難であった。そこでこれらの鋳造品から湯口等を切断除去した後、現場の電気炉にて900℃空冷の焼なまし処理を行った。この焼なまし処理を行ったスリーブは切削加工が可能であった。
次に、粗加工したスリーブの硬さの調整を行うために焼入れ、焼戻しの熱処理を行った。熱処理の条件は、930℃焼入れ、500℃焼戻しの条件で行った。焼入れは、水冷でなく油冷とした。焼戻し処理は、500℃で1hr保持した後空冷した。焼入れ焼戻し後の硬さはHRC48であった。
【0037】
試作したスリーブについて、数台の実機による評価を行った。350t用スリーブについては、約8000ショット、15000ショット使用し、その状態を見た。約8000ショットの使用で、熱衝撃による影響が僅かに見られたが、約15000ショット使用した後もほとんど変化無く、剥がれや溶損などによる損耗は全く観察されなかった。
更に、通常利用しているSKDスリーブとの比較も行った、SKDスリーブは約30000ショットでクラックが多く発生し、溶損と熱衝撃により一部剥がれ落ちる現象が生じていた。これに対して、実施例に係る650tスリーブでは、32000ショット使用してもクラックはほとんど生じず、外観の傷やカケも無く、操業上のトラブルも全く問題なく利用された。
【符号の説明】
【0038】
S ダイカストマシン用スリーブ
1 壁部
2 注湯口
3 開口
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にすることを特徴とする鋳鉄材料の製造方法。
【請求項2】
上記熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト、微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にすることを特徴とする請求項1記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項3】
上記熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にすることを特徴とする請求項2記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項4】
上記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する焼入れ工程を備えて構成したことを特徴とする請求項3記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項5】
上記焼入れ工程後に、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する焼戻し工程を備えて構成したことを特徴とする請求項4記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項6】
上記請求項1乃至5何れかに記載の鋳鉄材料の製造方法によって製造されることを特徴とする鋳鉄材料。
【請求項7】
筒状の壁部を備え該壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、該注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるダイカストマシン用スリーブにおいて、
上記請求項6記載の鋳鉄材料によって形成されることを特徴とするダイカストマシン用スリーブ。
【請求項1】
C:2.0〜4.5質量%、Si:0.5〜3.0質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、P:0.1質量%以下、Co:6.0〜15.0質量%、Mg:0.1質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の溶湯を鋳込んで鋳造物を得、その後、該鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にすることを特徴とする鋳鉄材料の製造方法。
【請求項2】
上記熱処理により、基地組織が焼戻しマルテンサイト、微細パーライトの少なくともいずれかの組織からなる鋳鉄材料にすることを特徴とする請求項1記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項3】
上記熱処理により、変態温度Ac1が、840℃以上である鋳鉄材料にすることを特徴とする請求項2記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項4】
上記熱処理は、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を900〜1100℃の温度範囲で1〜20時間保持し、その後、水冷又は油冷する焼入れ工程を備えて構成したことを特徴とする請求項3記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項5】
上記焼入れ工程後に、大気雰囲気の熱処理炉内において、上記鋳造物を300〜500℃の温度範囲において1〜20時間保持し、その後、空冷又は炉冷する焼戻し工程を備えて構成したことを特徴とする請求項4記載の鋳鉄材料の製造方法。
【請求項6】
上記請求項1乃至5何れかに記載の鋳鉄材料の製造方法によって製造されることを特徴とする鋳鉄材料。
【請求項7】
筒状の壁部を備え該壁部の後側に溶湯が供給される注湯口が形成され、該注湯口から供給された溶湯を内部を摺動するチップにより前側の開口から吐出させるダイカストマシン用スリーブにおいて、
上記請求項6記載の鋳鉄材料によって形成されることを特徴とするダイカストマシン用スリーブ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図9】
【図12】
【図4】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図9】
【図12】
【図4】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−219340(P2012−219340A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87327(P2011−87327)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、全国中小企業団体中央会(経済産業省所管)、ものづくり中小企業製品開発等支援事業のうち試作開発等事業に係る補助金に関する試作開発、産業技術力強化法第17条及び同法18条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306017014)地方独立行政法人 岩手県工業技術センター (61)
【出願人】(599079470)株式会社小西鋳造 (2)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、全国中小企業団体中央会(経済産業省所管)、ものづくり中小企業製品開発等支援事業のうち試作開発等事業に係る補助金に関する試作開発、産業技術力強化法第17条及び同法18条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306017014)地方独立行政法人 岩手県工業技術センター (61)
【出願人】(599079470)株式会社小西鋳造 (2)
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