説明

鋼の凝固組織検出方法

【課題】鋼中の溶質元素濃度が低く、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出する方法を提供する。
【解決手段】鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料1の研磨面2以外の面を電気絶縁処理して電気絶縁処理面3とし、研磨面2を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法である。試料の研磨面(腐食面)以外の面を電気絶縁処理することにより、研磨面のみで腐食を進行させることにより、従来は凝固組織の顕出が困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、凝固組織を顕出できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の凝固組織検出方法に関するものであり、特に炭素含有量が0.01質量%以下の低炭素鋼においても凝固組織を顕出することのできる鋼の凝固組織検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の製造工程において、鋳造後の鋼材である鋳片の凝固組織を検出することは、鋳片の割れ発生状況や中心偏析などのマクロ偏析等の内部欠陥を評価し後工程への品質保証を行う上で重要である。また、鋳片におけるこれらの内部欠陥の発生状況から、鋳造工程及び鋳造装置の異常の有無を判断し、適正な状態に修正、整備し、内部欠陥の発生を未然に防止する上でも重要である。さらに、デンドライトと呼ばれている樹枝状組織の傾きや間隔から凝固中の内部溶鋼の流動状況や鋳片の冷却速度を推定することは、操業条件の適正化を行う上で重要である。
【0003】
鋳片の凝固組織は、鋳片の試料断面を研磨した上で、研磨面を腐食液に接触させ、凝固組織を顕出させることによって観察可能となる。腐食による鋼材組織の顕在化は、原理上二つに大別される。第1は、試料中の各位置による溶質濃度差に起因する電位差を利用した電気化学的腐食法である。第2は、化学ポテンシャルの異なる相や表面の結晶方位による結晶粒の化学ポテンシャル差を利用した化学的腐食方法である。第1の電気化学的腐食方法は、例えば、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差を利用して樹枝状組織や内部割れ、中心偏析の検出に用いられている。第2の化学的腐食方法には、Fe3Cとフェライトとの化学的ポテンシャル差を利用したパーライト組織の観察や粗大フェライト粒の表面方位による化学ポテンシャル差を利用したマクロ腐食等がある。従って、鋳片の凝固組織を腐食によって顕在化し検出するためには、上記第2の化学的腐食を抑制し、第1の電気化学的腐食を生じさせる必要がある。
【0004】
鋳片の凝固組織を顕出する方法として、ピクリン酸を主成分とする腐食液等を用いて、試料表面を腐食する方法が一般に実施されている(非特許文献1)。また、顕出された凝固組織を記録する方法として、エッチプリント法が提案されている(特許文献1〜4)。エッチプリント法とは、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。腐食孔中に埋め込まれた研磨粉がテープに転写され、テープを台紙上に貼りつけることによって凝固組織が台紙上に顕出される。
【0005】
【特許文献1】特公昭64−2212号公報
【特許文献2】特開昭61−170581号公報
【特許文献3】特開平1−227943号公報
【特許文献4】特開平7−198565号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会編、第3版鉄鋼便覧I基礎編、第205頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の、ピクリン酸を主成分とする腐食液を用いて鋳片の凝固組織を顕出する方法については、鋼中の溶質元素濃度がさほど低くない品種であれば、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が小さくないので、明瞭な凝固組織を顕出することができる。それに対し、鋼中の溶質元素濃度が低く、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼においては、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差も小さくなるので、明瞭に凝固組織を顕出させることが困難であることがわかった。
【0007】
本発明は、鋼中の溶質元素濃度が低く、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
従来、凝固組織を顕出するために試料の研磨面を腐食するに際しては、試料の全体を腐食液中に浸漬することが行われていた。そのため、腐食を顕出させる研磨面のみならず、試料のそれ以外の面についても腐食が進行することとなる。それに対し、試料の研磨面(腐食面)以外の面を電気絶縁処理することにより、研磨面のみで腐食を進行させることにより、従来は凝固組織の顕出が困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、凝固組織を顕出できることが明らかになった。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
(1)鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料の研磨面以外の面を電気絶縁処理し、研磨面を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
(2)試料の研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを台紙上に貼りつけることを特徴とする請求項1に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(3)鋼鋳片の炭素含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料の研磨面以外の面を電気絶縁処理し、研磨面のみを腐食することにより、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
凝固組織を検出しようとする鋳片から試料を切り出す。次いで、試料のうち凝固組織を検出したい断面について研磨を行う。研磨条件は、研磨する断面を平削、粗研磨した後、♯240〜♯1000程度の仕上げ面とするとよい。試料の大きさは、研磨して腐食させる面(腐食面)を高さ200〜500mm、幅300〜2100mm程度とし、厚みを50〜200mmの範囲とすると良い。このような大きさとすることにより、試料の取り扱いが容易な範囲内であって、なおかつ広い面を腐食面として凝固組織を顕出することが可能となる。
【0012】
本発明においては、図1(a)(b)に示すように、鋼鋳片の試料1の断面であって腐食させる面を研磨し、研磨面2とした後、試料の研磨面2以外の面を電気絶縁処理して電気絶縁処理面3とする。電気絶縁処理は、試料の面に樹脂製の電気絶縁塗料を塗布することにより行うことができる。樹脂製の電気絶縁塗料として例えば、市販のエポキシ樹脂系絶縁ラッカー又は絶縁ワニスなどを用いることができる。
【0013】
鋼の凝固組織を顕出する腐食液として、例えばピクリン酸を20g/リットル、塩化第II銅を5g/リットル、界面活性剤を20g/リットル含有する水溶液を用いることができる。界面活性剤としては、例えば商品名ライポンFの市販品を用いることができる。
【0014】
上記のように、研磨面以外の面を電気絶縁処理した試料を、図1(c)に示すように腐食液槽5中の腐食液4に浸漬する。研磨面2以外の面は腐食が進行せず、研磨面2のみにおいて腐食が進行する。これにより、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出することができる。
【0015】
上記のように試料の研磨面以外の面を電気絶縁処理して腐食液に浸漬し、研磨面(腐食面2)を腐食することで、腐食面2に優先して電流ループが形成されるので、凝固組織の明瞭度が向上したものと考えられる。
【0016】
本発明が対象とする鋼の凝固組織検出方法においては、試料中の各位置による溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食が効率的に促進される。その理由は、凝固組織検出に有効な電気化学的腐食は、試料中の各位置による溶質濃度差による電位差を利用した腐食であり、溶質濃度の高い部分と低い部分で電流ループを形成するような局部的な電池反応が生じると濃淡のはっきりした凝固組織が顕出される。
【0017】
このとき、従来のように試料の研磨面以外の面を電気絶縁処理せずに試料を腐食液に浸漬する場合には、凝固組織を顕出させたい面(腐食面)以外も導通状態にあると腐食面以外にも電流が流れるため、肝心の腐食面において凝固組織の濃淡がぼやけることになる。
一方、本発明の鋼の凝固組織検出方法においては、主に凝固組織を顕出させたい面のみを腐食液と直接接触させ、凝固組織を顕出させたい面のみでの局部電池反応すなわち電気化学的腐食を効率的に促進するため、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種とくに炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼のように、従来凝固組織の顕出が困難であった鋼種でも明瞭な凝固組織を顕出させ得ることになる。
【0018】
腐食面に凝固組織を顕出させた後、凝固組織を記録する。腐食によって凝固組織を顕出させた腐食面を直接写真撮影することとしても良い。より好ましくは、エッチプリント法を用いることができる。この方法は、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。腐食孔中に埋め込まれた研磨粉がテープに転写され、テープを台紙上に貼りつけることによって、テープに転写された研磨粉の濃淡が凝固組織に対応することとなり、その結果凝固組織が台紙上に顕出される。
【0019】
本発明の鋼の凝固組織の検出方法は、広い範囲の鋼成分について適用し、凝固組織を顕出させることができる。特に、従来の方法では凝固組織を顕出させることが困難であった成分系、即ち炭素含有量が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、本発明を用いて凝固組織の検出を行うことができるので好ましい。
【0020】
本発明の重要な構成要件である凝固組織検出面以外の面の電気絶縁処理については、絶縁テープで囲う等の方法で行っても前記絶縁塗料を塗布と同様の効果が得られる。絶縁テープとして例えば、市販のビニール絶縁テープ又はポリエステル基材製絶縁テープを用いることができる。また、腐食液の組成についても、前記組成に限定されるものでなく試料中の各位置による溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食液として作用する腐食液であれば同様の効果が得られる。
【実施例】
【0021】
炭素濃度が0.001質量%の自動車用極低炭素鋼、0.01質量%の冷延用低炭素鋼板および0.1質量%の厚板用中炭素鋼板を用い、本発明を適用した。鋳片から切り出す試料の大きさは、鋳片の高さ方向全高さと、幅方向は半幅とし、厚さを100mmとした。その結果、腐食面が高さ250mm、幅600mmとなった。
【0022】
試料の腐食面を研磨し、本発明例については、腐食面以外の面については電気絶縁塗料を塗布し、あるいは電気絶縁テープで囲うことにより、電気絶縁処理した。電気絶縁塗料として市販のエポキシ樹脂系絶縁ラッカーを用いた。また電気絶縁テープとして市販のビニール絶縁テープを用いた。腐食面以外の面を電気絶縁処理しない比較例も準備した。
【0023】
腐食液として、ピクリン酸を20g/リットル、塩化第II銅を5g/リットル、界面活性剤を20g/リットル含有する水溶液を用いた。界面活性剤としては、商品名ライポンFの市販品を用いた。腐食液の温度は25℃とした。この腐食液中に準備した試料を腐食面(研磨面)を上にして浸漬し、腐食を行った。腐食時間は60分とした。
【0024】
腐食後の凝固組織の記録方法として、エッチプリント法を用いた。この方法は、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。
【0025】
試験条件、評価結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
凝固組織を検出するに際し、中心偏析、内部割れ、樹枝状組織について検出を行った。各々、◎:極めて明瞭、○:明瞭、△:存在は確認できるが不明瞭、×:存在自体識別不可として評価した。凝固組織の検出程度は、中心偏析→内部割れ→樹枝状組織の順に難しくなる。
【0028】
腐食面以外の電気絶縁処理を行わなかった比較例1〜3では凝固組織は不明瞭であった。炭素濃度が0.1質量%の比較例3では、凝固偏析による溶質濃度差が比較的大きいため、中心偏析はある程度明瞭に検出できたが、内部割れや樹枝状組織の傾きや間隔の存在は確認できるが不明瞭であった。また、炭素濃度が0.001質量%の比較例1および炭素濃度が0.01質量%の比較例2では、凝固偏析による溶質濃度差が比較的小さいため、樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れ、中心偏析とも存在自体を識別できなかった。
【0029】
一方、腐食面以外に絶縁塗料を塗り、あるいは、絶縁テープを貼って電気絶縁処理面とした本発明例1〜6ではいずれも凝固組織の明瞭度が大きく向上し、0.01%C鋼や0.1%C鋼では、本発明例2,3,5,6に示すように樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れ、中心偏析を明瞭に識別できるようになった。また、最も凝固組織が出にくい0.001%C鋼でも本発明例1,4に示すように、樹枝状組織の傾きや間隔はやや不明瞭であるが内部割れや中心偏析は明瞭に判別できるレベルまで改善された。
【0030】
本発明は、前記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能であり、例えば、前記したそれぞれの実施の形態や変形例の一部又は全部を組み合わせて本発明の鋼の凝固組織の検出方法を構成する場合も本発明の権利範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
以上述べたように、本発明は、簡単な処理で、凝固組織の検出が困難であった凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種とくに炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼の凝固組織を明瞭に検出できるため、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の鋼の凝固組織検出方法の一例を示す図であり、(a)は電気絶縁処理面を形成した試料を研磨面側から見た図、(b)は同じく電気絶縁処理面を形成した試料を研磨面の反対側から見た図であり、(c)は電気絶縁処理面を形成した試料を腐食液に浸漬する状況を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 試料
2 研磨面(腐食面)
3 電気絶縁処理面
4 腐食液
5 腐食液槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料の研磨面以外の面を電気絶縁処理し、研磨面を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
【請求項2】
試料の研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを台紙上に貼りつけることを特徴とする請求項1に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項3】
鋼鋳片の炭素含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼の凝固組織検出方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−138436(P2010−138436A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−314720(P2008−314720)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000233734)株式会社アステック入江 (25)
【Fターム(参考)】