説明

長寿命の溶接電極及びその固定構造、溶接ヘッド並びに溶接方法

【課題】 溶接電極の耐久性を向上させ、溶接の作業効率の向上、交換時間の短縮をは図り、信頼性の高い溶接を長時間可能とする溶接電極の固定構造、溶接ヘッドを提供すること。
【解決手段】 溶接電極301を挿入するための挿入部304を有する固定台302の挿入部304に、熱伝導性材料303を介して溶接電極301の固定部305を挿入し、溶接電極301の固定部305の周面と固定台302とを均一に接触させて溶接電極301を固定台304に固定したことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長寿命の溶接電極及びその固定構造、溶接ヘッド並びに溶接方法に係る。
【背景技術】
【0002】
従来、溶接用電極は、先端の形状が鋭角なものと平坦なものとがあり、鋭角なものは形状の変化が著しく耐久性が悪く、平坦なものについては形状の耐久性は優れているがアーク放電特性の劣化が著しく両者とも交換頻度が高く作業効率が悪かった。
【0003】
また、図9(b)に示されるように従来の平坦な電極901では、溶接電極901と被溶接物910との間の距離が最も短くなる点(アーク着地点:○)が多数存在し、アーク放出がされる点(アーク放出点:●)がさまざまな点で発生するため、溶接時のアークがふらついてしまうという問題点があった。
【0004】
また、溶接電極は、等電位面の形状に沿って摩耗していくため先端が鋭角(30〜60°ぐらいの角度)のものでは摩耗が激しく長時間の安定な溶接は不可能であることが判明した。
【0005】
一方、溶接電極の耐久性を高めるために2重量%程度のThO2(トリア)を溶接電極母材(W)に添加する技術が試みられている。
【0006】
トリアを添加した場合には、確かに耐久性が向上する場合があるが、必ずしも耐久性が向上するとは限らない。すなわち、トリアの添加効果は一定していない。
【0007】
従来、溶接電極の固定方法はネジ止め式である。すなわち、図2に示すように、溶接電極201を、挿入部204を有する固定台202の挿入部204に挿入し、固定台202の側面に設けられたネジ穴から固定ネジ203を通すことにより溶接電極201を固定台202に固定していた。
しかし、従来のかかる固定構造では、溶接電極の劣化を招いていた。
【0008】
溶接ガスには主にアルゴンが用いられており、アルゴンは熱伝導度が悪く溶接に要する電流値が高くなっていたため溶接電極の温度上昇が起こり溶接電極の耐久性を悪くしていた。
【0009】
また、溶接ガスは溶接電源を介しており、電源内の配管は主に放出ガスの多い樹脂製の材料が用いられており、またガス供給系、溶接電源、溶接ヘッドをつなぐチューブも主に樹脂製の時の材料が用いられていたため、溶接時の雰囲気が悪くなり溶接電極の酸化が起こり、劣化が起こっていた(図6)。
【0010】
溶接電極の劣化に伴う電極交換には技術者を要し、従来の交換頻度の高い電極では多くの技術者が必要であり、また交換にかかる時間をかなり要するため作業効率が悪く信頼性の高い溶接が不可能であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、溶接電極の形状、溶接電極の材料また溶接雰囲気により溶接電極の耐久性を向上させ、溶接電極の交換頻度が激減し、交換に必要であった技術者の人数、時間を減らせるとともに溶接作業の効率を向上させ信頼性の高い溶接を長時間可能にする溶接用電極及びその固定構造、溶接ヘッド並びに溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)参考発明の溶接用電極は、先端部の形状が曲面をなしていることを特徴とする。特に、この曲面は、溶接電極と溶接される物質との間に発生する電気力線に対して、垂直な等電位面の形状であることが好ましい。
【0013】
かかる構成とした場合、図9(a)に示すように、アーク放出点は一定しており、溶接電極から発生する電流を均一に発生させることで電極の磨耗を抑えることができ、溶接電極の耐久性を向上させることが可能となる。
【0014】
前記曲面は、直径0.05mm以上0.3mm未満の円弧状の曲面であることが溶接電極の耐久性をより一層高める上から好ましい。
【0015】
(2)本発明の溶接電極は、電極用材料の母材にランタナ、イットリア及びセリアから選ばれる1種以上の酸化物を添加したことを特徴とする。
【0016】
本発明者は、溶接電極の寿命はどのように決定されるかを鋭意探求した。その結果、溶接電極の寿命は、半導体業界で用いられる配線寿命(τ)が適用でき、配線寿命(τ)の式は、
τ= (E0 /(ρJ2 ))exp(Ea/kT)
で表されことがわかった。
J:電流密度、ρ:配線抵抗率、E0:配線固有の定数、k:ボルツマン定数、T:配線温度、Ea:活性化エネルギーである。
【0017】
ここで、溶接電極材料を固定すると溶接電極の抵抗率:ρ、E0、Ea、kは不変であり、溶接電極と被溶接物間の距離を固定し、被溶接物の溶融面積を同一にし、溶接ガス種、溶接電流を変化させた時の溶接電極にかかる温度:Tを一定であると仮定すると溶接電極の寿命(τ)は、
τ=( 1/ J2 )A
ただし、A=( E0/ρ)exp(Ea /kT)
で表され、寿命は電流密度の2乗に反比例することが分かる。ここで、溶接電極の形状を例えば図1に示すような形状とすることにより同一なものにしておけば電流密度は、電流値と置き換えることが可能であり、また、後述する図3に示すように、溶接電極と被溶接物間の距離を固定し、被溶接物の溶融面積を同一にし、かつ溶接電極の形状を同一にすれば、溶接電極の寿命は、電流値のみによって決まる。
【0018】
また、溶接時の電流値は、熱伝導度の高いガス(主に水素やヘリウム)を添加することにより、サーマルピンチ効果によりアーク柱が絞られ被溶接物への電子密度が高まるため、溶接電流値が下げられる。
【0019】
このように溶接電流の寿命は電流密度により決まるが、電流密度が小さいほど寿命は長くなる。
【0020】
電流密度は、J=AT2exp(−Φ/kT)で示される。このとき、Jは電流密度で、Aは熱電子放出定数、Tは電極温度、kはBoltzman定数、Φは仕事関数である。従って、アーク放電時の熱電子放出特性を向上させるため、仕事関数値の小さい材料とすればよい。そのためには、溶接電極母材に仕事関数の小さな酸化物を添加すればよい。しかし、添加した酸化物の融点が低い場合には、溶接時に酸化物が蒸発してしまい、使用回数が増えるにつれ電極の劣化を招いてしまう。そこで、仕事関数が小さい値を持つとともに融点ないし沸点の高い酸化物を用いることにより電子放出特性を向上させるとともに繰り返し使用による蒸発を防止して溶接電極の耐久性を高める。
ここで、各材料の融点、沸点、仕事関数を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
前述したように、従来、トリアを添加することにより耐久性の向上を図ることが試みられていた。しかし、トリアの添加と耐久性の向上との上述したような関係は解明されていなかった。また、表1に示すようにトリアの仕事関数は幅が広い。これがトリアの添加効果が一定しない理由と考えられる。
【0023】
本発明では、仕事関数が低く、かつ、融点が高い酸化物を溶接母材に添加するものである。仕事関数がタングステンより小さく、かつ、融点が2000℃以上の酸化物が用いられる。具体的には、ランタナ、イットリア、ジルコニアを添加する。
【0024】
酸化物の添加量としては1重量%〜5重量%が好ましく、2重量%〜5重量%がより好ましい。1重量%以上において、電極の耐久性向上が一層顕著となる。5重量%を超えると、融点が母材であるタングステンより低いため電極自体が減ってしまうことがある。従って、2重量%〜5重量%が好ましい。
【0025】
酸化物を添加した場合には、溶接電極の寿命は溶接時の電流値と相関性があり、電流値を低減することで耐久性を向上させることが出来るため、溶接用ガスに熱伝導度の高いガスを添加しサーマルピンチ効果により、溶接時の電極にかかる電流値を低下させ、溶接電極の温度を低下させ溶接電極の耐久性を向上させる。
【0026】
溶接電極の表面はRmaxで3μm以上10μm以下が好ましい。溶接電極の表面を滑らかにした場合、溶接電極からの放出ガスを抑制し、電極の劣化を防止し電極の耐久性を向上させることが可能となる。そのためには10μm以下が好ましい。また、10μmを超えると凸部からアークが飛んでしまいアークがふらつくという欠点が生じてしまが、10μm以下とすることにより溶接時のアークを安定させることができる。なお、Rmaxで3μm以下としても効果は飽和し、逆にコストを高めてしまう。
【0027】
(3)本発明の溶接電極の固定構造は、溶接電極を挿入するための挿入部を有する固定台の該挿入部に、熱伝導性材料を介して溶接電極の固定部を挿入し、溶接電極の該固定部の周面と固定台とを均一に接触させて溶接電極を固定台に固定したことを特徴とする。
【0028】
図2に示すように、従来、溶接電極201は固定台202にネジ止め式で止めていたが、かかる止め方では溶接電極201の劣化が生じていたことは前述したとおりである。
【0029】
本発明者はその原因を鋭意探求したところ、その原因は溶接電極201と固定台202との間の100μm程度の隙間が存在し、その隙間が溶接電極の劣化の原因であることを見いだした。すなわち、この隙間が溶接電極201からの放熱を妨げており、そのために劣化を招いていることを見いだした。
【0030】
そして、本発明では、図3に示すように、溶接電極301を挿入するための挿入部304を有する固定台302の挿入部304に、熱伝導性材料303を溶接電極301と固定台302との間に介在せしめることにより、溶接電極301と固定台302との接触面積を大きくし、溶接により発生する熱の放熱を容易たらしめ溶接電極301の温度上昇を抑制し、電極の形状変化を防止し、電極の劣化を防止する。これにより、溶接電極の耐久性の向上が可能となる。
【0031】
熱伝導性材料としては、例えば、Cu,Au,Ag,Ptなどが用いられる。 熱伝導性材料を介在せしめるためには、溶接電極と固定台との隙間に、有機溶媒に溶かした粉末状の熱伝導性材料を溶接電極と固定台との間に流し込んだ後乾燥することにより行えばよい。
【0032】
(4)本発明の溶接電極の固定構造は、固定台が分割されており、溶接電極の固定部を該分割固定台で挟み込んで溶接電極を固定台に固定したことを特徴とする。
【0033】
本発明では固定台を分割構造として、分割した固定台で溶接電極を挟み込んで固定している。そのため溶接電極と固定台とは隙間なく接触接触しており、溶接電極からの放熱特性は向上する。すなわち、溶接により発生する熱の放熱を容易たらしめ溶接電極の温度上昇を抑制し、電極の形状変化を防止し、電極の劣化を防止する。これにより、溶接電極の耐久性の向上が可能となる。
【0034】
なお、この場合においても溶接電極と固定台との間に熱伝導性材料を介在せしめることが好ましい。熱伝導性材料を介在せしめる方法は、例えば、有機溶媒に溶かした粉末状の熱伝導性材料を溶接電極と固定台との間に塗布しておきその後乾燥することにより行えばよい。
【0035】
(5)本発明の溶接方法は、(1)アルゴンとヘリウムとの混合ガス、(2)ヘリウムと水素との混合ガス、又は、(3)アルゴンとヘリウムと水素との混合ガスからなる溶接ガスを用いて溶接を行うことを特徴とする。
【0036】
ここで、混合ガス中におけるヘリウムの含有量は1〜90%とすることが好ましい。
【0037】
本発明では、熱伝導度の高い水素あるいはヘリウムの添加、あるいは水素とヘリウムの添加により溶接電流の低下を可能にし、溶接電極の耐久性の向上が可能となる。また、水素は還元性のガスであるため溶接電極の酸化を防止するため溶接電極の劣化を防ぐ。
【0038】
ヘリウムとしては、1〜90%が好ましく、1〜20%がより好ましく、0.5〜10%がさらに好ましい。
【0039】
溶接電極のタングステンは酸化されやすく酸化タングステンはアーク放出特性を劣化させる。
【0040】
電極の酸化を防止するため溶接用ガスに不純物(主に水分)を含まないように溶接用ガスの供給管に放出ガス多い樹脂を使用せず全て金属(ステンレス)で構成されたガス供給系を用いて溶接電極の耐久性の向上が可能となる。特に、最表面にクロム酸化物からなる不働態が形成されたステンレスは放出ガスが極めて少ないため、かかるステンレスを用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、溶接電極の耐久性が向上し、溶接の作業効率が向上し、今まで必要であった交換時間、技術者の削減ができ、信頼性の高い溶接が長時間可能になる。
【実施例】
【0042】
以下、図面を参照して本発明にかかる溶接電極と溶接ヘッドおよび溶接用ガス供給系の説明をするが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
本実施例は、Astro Arc.Co.社の溶接電源(SPB-100-T4)及び溶接機(K8752T)を用いて行った。
【0044】
(実施例1)
本例では、直径1.6mmの溶接電極の先端部を図1に示すような等電位面に類似した形状、詳しくは直径0.12mmの半球状に作成した。
【0045】
溶接電極の形状が変化し、溶接開始から溶接電極と被溶接部との距離が変化し、溶接不可能になったときの回数を比較した結果を表2に示す。
ただし、電極材料は2重量%ThO2添加タングステン電極を使用し、溶接条 件は比較電極それぞれすべて同条件で溶接を行った。
【0046】
【表2】

【0047】
表2から、等電位面形状とした溶接電極は、従来の先端部が鋭角のもの、あるいは平坦なものと比較すると電極の耐久性が著しく向上していることが明らかである。
【0048】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引っ張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【0049】
(実施例2)
本例は、電子放出特性および耐久性を向上させるため、接電極中に融点が高くかつ仕事関数値の低い酸化物La23を2重量%添加した。
【0050】
評価方法は、実施例1と同じにし、結果を表3に示す。
ただし、電極の形状は等電位面に類似した形状、詳しくは直径0.12mmの半球状のものを使用し、溶接条件はそれぞれ同条件とした。
【0051】
【表3】

【0052】
表2から、ThO2を添加した溶接電極よりも、高融点で低仕事関数値を持つLa23を添加した溶接電極の方が溶接電極の劣化が少なく耐久性が向上していることが明らかになった。
【0053】
本実施例では、La23を使用したが、高融点で低仕事関数値を持つY23などでも耐久性が向上する。
【0054】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【0055】
(実施例2−2)
電極材料中に含まれる酸化物が、溶接電極に.どのような効果をもたらしているかを調査するため、様々な酸化物を添加させ、YOKOGAWA社製LR4110 Recorder MODElL371136を用いて、溶接時の電圧−電流特性を調べた。
尚、溶接には、Astro Arc社製溶接電源(SPB-10O-T4)、溶接機(K8752T)を用いた。
【0056】
溶接時には、溶接電極のアーク放電時の電子放出特性を向上させるため、仕事関数値の低い材料で、かつ溶接の際に溶接時の温度により物性的に変化しないように融点の高い酸化物を添加することが望ましく、今回は、トリア、ランタナ、セリア、イットリア、ジルコニアを添加した電極を用いた。
【0057】
結果を、図10、図11、及び図12に示す。
図10は、それぞれの電極を用いたときの、電圧−電流特性を示しており、電流値が増加するとともに電圧の減少が確認される。
【0058】
電極の寿命(τ)は、τ=(E0/(ρJ2))exp(Ea/kT)と定義され、このときのJは電流密度であり、溶接電極の形状を同一にすれば電流値と置き換えることが可能で、電流値を固定した時、そのときにかかる電圧が低い方が、電極寿命は長くなることが分かる。
【0059】
通常溶接時における30アンぺア付近での電圧値を比較すると、ジルコニアの電圧が突出して高いことが分かり、ジルコニアは電極添加材料に適していないことが分かる。
【0060】
図11は、それぞれの電極を用いて1回目の溶接と100回目の溶接時の電圧を測定した結果を示している。
【0061】
酸化物の融点が低ければ、溶接時の温度により電極中から蒸発し、電極中の酸化物の濃度が低下し、電子放出特性の劣化につながる。逆に、酸化物の融点が高く溶接時に蒸発せず、電極中に保持されていれば回数を重ねて溶接を行っても、電圧のばらつきが少ないと推測される。
【0062】
トリア、ランタナについては、1回目、100回目ともに電圧値に変化は見られないが、セリア、イットリアに関しては、電圧値に変化が見られ、ともに100回目の方が電圧値が高くなっている。これは溶接時に、アークの温度により酸化物が蒸発し、酸化物濃度が低下し電子放出特性が劣化しているためだと推測される。
【0063】
図12は、トリア、ランタナ添加の電極を用いた溶接時の電圧を測定した結果を示している。
【0064】
トリアについては、100回目から200回目にかけて電圧が上昇しているのに対し、ランタナ入りでは、600回から800回にかけて電圧が上昇している。これは、酸化物が溶接時に蒸発し、従来の熱電子放出特性の向上が得られずに電圧が上昇するためであり、融点の高いランタナの方がこの試験では優れていることが明らかになった。
【0065】
以上の結果より、電極に添加する酸化物は、ランタナが最適であると考えられる。
【0066】
また、溶接を数回行うことにより、電圧が上昇することが判明し、この電圧上昇と溶接電極の寿命との相関性が明らかになったので、溶接時のアーク放出における電圧を監視することにより、電極の寿命が確認でき、信頼性の高い溶接が行えることが可能となった。
【0067】
(実施例2−3)
溶接電極の寿命に大きく影響する溶接時の電極温度を測定した。
【0068】
電極材料中に含まれる酸化物及び溶接電極の保持方法が溶接電極にどのような効果をもたらしているか調査した。溶接には、Astro Arc社製溶接電源(SPBー100-T4)、溶接機(K8752T)を用いた溶接電極の温度測定は光ファイバ型の放射温度計(チノー製 IR-FBWS)で検出し、オシロスコープ(IWATU-LeCroy 9362)にて測定を行った。
【0069】
溶接電極からの熱電子放出特性はRichardson-Dashmanの式で表わされ、J=AT2exp(−Φ/kT)で示される。このとき、Jは電流密度で、Aは熱電子放出定数、Tは電極温度、kはBoltzman定数、Φは仕事関数である。従って、アーク放電時の熱電子放出特性を向上させるため、仕事関数値の小さい材料で、溶接電極の温度が高い方望ましい。しかしながら、溶接時の温度上昇により電極先端からの添加酸化物の蒸発を抑えるために、電極温度を低くし、融点の高い酸化物を添加することが、長寿命化電極として望ましいと考えられる。
【0070】
今回の実験では、双曲関数型の形状をした、トリア、ランタナ、セリア、イットリアを添加した溶接電極の温度を測定した。尚、アークシールドガスは10%H2/Arで流した。
【0071】
結果を、図13及び図14に示す。
図13は、溶接電極の温度測定に用いた装置の概略図を示している。ステンレス製の密閉容器内に溶接ホルダーを差し込み、ステンレス製の板材上にアーク放電を起こした時の溶接電極の温度を光ファイバ式の放射型温度計で測定している。光ファイバはXYZ軸ステージに固定し、溶接電極先端の各ポイントについて計測可能である。
【0072】
図14はトリア、ランタナ、セリア、イッ卜リアを添加したタングステン溶接電極の溶接時の先端温度の結果である。溶接時の電流値は30アンぺアとし、2秒間アーク放電した時の溶接電極の温度を示している。この図から、溶接電極の先端ほど温度が高く、また、溶接電極の材質によって明らかに電極温度は異なり、イットリア、卜リア、ランタナ、セリアの順で電極先端の温度は低くなっていることが分かる。これは、溶接時の電流電圧特性の結果と一致しており、仕事関数の大きい材質ほど溶接時の電流値が大きくなり、これに伴って溶接電極の温度が上昇すると考えられる。
【0073】
トリア、イットリアでは、溶接電極の温度上昇が激しいため、溶接時の温度により添加酸化物が溶接電極中から蒸発し、溶接電極中の酸化物の濃度が低下し、電子放出特性の劣化につながっていると考えられる。
【0074】
セリアは溶接電極の温度は低いものの、セリア自体の融点が低いため、トリア、イットリア同様に溶接時に酸化物が蒸着し、電子放出特性の劣化がランタナの場合よりも大きくなっていると考えられる。
【0075】
これに対し、ランタナに関しては、仕事関数が小さく、溶接電極の温度上昇が比較的低く、また、ランタナ自体の沸点も高いため、溶接時の温度上昇に伴う酸化物の蒸発が他のものに比べ少なく、溶接電極中の酸化物濃度が低くなりにくいと考えられる。従って、長寿命化溶接電極としてはランタナ電極が最もふさわしいと考えられる。
【0076】
(実施例3)
本例は、溶接電極の放熱特性を向上させるため、従来は図2に示されるように溶接電極201と固定台202とをネジ203で固定する方法ではなく、図3に示すような溶接電極301と固定台302の間に熱伝導率の良い銀303を埋め込むことで、溶接時の電極の温度を短時間で逃がし、電極の温度による劣化を低減させた。
【0077】
評価方法は、実施例1および2と同じにし、結果を表4に示す。ただし、電極の材料は2重量%Th23添加タングステン電極で形状は先端を鋭角にしたものを使用し、溶接条件はそれぞれ同条件とした。
【0078】
【表4】

【0079】
表4から、従来の固定方法より、放熱効果の高い銀を挿入した固定方法の方が電極の耐久性が向上していることが明らかになった。
【0080】
本実施例では、溶接電極301と固定台302の間に銀303を挿入したが、熱伝導度の高い材料であれば銀と同等の結果が得られ、また溶接電極301と固定台302の間の接触面積を増大させることによっても同様の結果が得られる。
【0081】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引っ張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【0082】
(実施例3−2)
図15は、溶接電極の保持方法を変化させた時の溶接電極温度を示している。 すなわち、本例では、図3に示すように、溶接電極301を挿入するための挿入部304を有する固定台302の該挿入部304に、熱伝導性材料303を介して溶接電極301の固定部305を挿入し、溶接電極301の該固定部305の周面と固定台302とを均一に接触させて溶接電極301を固定台302に固定した。
【0083】
本例では、溶接電極301と固定台302との間の約100μmの隙間に、有機溶媒に溶かした粉末状の銀を溶接電極301と固定台302との間に流し込んだ後乾燥した。
【0084】
溶接電極の形状は、図1に示すような等電位面形状とした。
かかる固定構造を用い実施例2−2と同様に方法で電極温度の測定を行った。なお、比較のため図2に示す固定構造を用いた場合の電極温度の測定も行った。その結果を図15に示す。
【0085】
図15において、□が実施例であり、●が比較例である。
図15に示すように、溶接電極部(距離が0)における電極温度は、実施例の場合は比較例の場合に比べ約500℃低くなっている。これは、熱伝導率の高い銀ペーストで固定することによって、溶接電極と固定台間の接触面積が増大し、アーク放電時に発生する熱を溶接電極先端から逃しているため考えられる。
【0086】
(実施例3−3)
本例では、図8に示す溶接電極の固定構造を用いた。
すなわち、 固定台が802a,802bに分割されており、溶接電極801の固定部を該分割固定台802a,802bで挟み込んで溶接電極801を固定台802a,802bに固定した固定構造である。
【0087】
本例でも実施例2−4と同様の実験を行った。
本例では、溶接電極部(距離が0)における電極温度は、実施例の場合は比較例の場合に比べ約400℃低くなっていた。これは、溶接電極と固定台間の接触面積が増大し、アーク放電時に発生する熱を溶接電極先端から逃しているためと考えられる。
【0088】
(実施例4)
本例は、溶接ガス(アルゴン)中にヘリウムを添加させることにより、溶接時の電流値を低下させた。
【0089】
溶接電極の寿命と電極にかかる電流値とは相関性があり、電流値を低下させることにより、長寿命化が可能となる。本例では、YOKOGAWA LR4110のレコーダー を使用し、電流値を測定した。
【0090】
ただし、電極の材料は2重量%Th23添加タングステン電極で形状は先端を鋭角にしたものを使用した。
【0091】
結果を図4に示す。図4より、ヘリウムを添加することでサーマルピンチ効果により電極にかかる電流値の低下が得られ、電極の耐久性が向上することが明らかになった。
【0092】
本実施例ではヘリウムを添加したが、さらに添加ガスとして水素などの熱伝導率の高いガスを加えることにより電流値の低下が望めるのでさらに向上する。特に水素を添加した場合には、水素の還元作用により電極の酸化が防止され、電極の耐久性が向上する。
【0093】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引っ張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【0094】
(実施例5)
本例は、溶接ガス自体をアルゴンからヘリウムに変え、さらに水素を添加させることにより、溶接時の電流値を低下させた。評価方法は実施例4と同じにした。ただし、電極の材料は2重量%Th23添加タングステン電極で形状は先端を鋭角にしたものを使用した。
【0095】
結果を図5に示す。図5より、アルゴンより熱伝導度の高いヘリウムを用いることにより、実施例4で得られた電流値より水素を添加しなくても低電流の溶接が可能で、さらに実施例4と同様に水素を添加することでサーマルピンチ効果により電極にかかる電流値の低下が得られ、水素の還元作用により電極の酸化ば防止され電極の耐久性が向上することが明らかになった。
【0096】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引っ張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【0097】
(実施例6)
本例は、溶接時の雰囲気の不純物(酸素、水分)の除去目的のため図6に示すように、従来は、溶接電源601を介し、放出ガスの多い樹脂製のチューブ602を用いて溶接ヘッド603に供給されていたものを、図7に示すような、溶接電源701を介さずに供給系に樹脂等放出ガスが多い材料を使用せず、全て金属(ステンレス)で構成されたガス供給系702、チューブ703を使用し、溶接ヘッド704に供給し、溶接雰囲気の向上を図った。
【0098】
不純物濃度の比較を表5に示す。
【0099】
【表5】

【0100】
表5より、電源を介さず樹脂等の放出ガスの多い材料を使用しないガス供給系では明らかに違いが分かった。
【0101】
このガス供給系を使用し、溶接を行った結果を表6に示す。
評価方法は、実施例1、2および3と同じである。
【0102】
ただし、電極の材料は2重量%Th23添加タングステン電極で形状は先端を鋭角にしたものを使用し、溶接条件はそれぞれ同条件とした。
【0103】
【表6】

【0104】
表6から、従来のガス供給系より、不純物濃度の低いガス供給系の方が電極の耐久性が向上していることが明らかになった。
【0105】
本実施例では、ガス供給系にSUS316L材の電解研磨品を用いているが、放出ガス特性に優れている酸化クロム不働態処理品を用いても同様の結果が得られる。
【0106】
なお、本実施例において被溶接物の表面焼けは生じていなかった。
また、溶接部の引っ張り強度、曲げ強度等の機械的特性は従来例に比べ遜色なかった。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】参考発明にかかる溶接電極の形状の一例を示す模式的な図面である。
【図2】従来の溶接電極と固定台とを固定する構造の一例を示し、(a)は模式的な側断面図、(b)上面図である。
【図3】本発明にかかる溶接電極と固定台とを固定する構造の一例を示し、(a)は模式的な側断面図、(b)上面図である。
【図4】本発明にかかる溶接ガス(アルゴン)中にヘリウムを添加したときのヘリウム濃度と溶接電流値の関係を示すグラフである。
【図5】本発明にかかる溶接ガス(ヘリウム)中に水素を添加したときの水素濃度と電流値の関係を示すグラフである。
【図6】従来の溶接用ガス供給系の一例を示す模式図である。
【図7】本発明の溶接用ガス供給系の一例を示す模式図である。
【図8】本実施例にかかる溶接電極と固定台とを固定する構造の一例を示す上面図である。
【図9】アーク放出点とアーク着地点とを示す概念図であり、(a)は従来例を示し、(b)は参考発明を示す。
【図10】実施例2−2の電圧−電流特性を示すグラフである。
【図11】実施例2−2の溶接の1回目と100回目とを比較したときの電圧測定結果を示すグラフである。
【図12】実施例2−2に係るトリア、ランタナを添加した溶接電極を用いた溶接時の電圧都回数の関係を示すグラフである。
【図13】実施例2−3に係る溶接電極の温度測定に用いた装置の概略図である。
【図14】実施例2−3に係るそれぞれの電極材質の電極先端からの距離と温度分布の関係を示すグラフである。
【図15】実施例3−2に係る固定構造における電極先端からの距離と温度分布の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0108】
201、301 電極、
202、302 固定台、
203 固定ネジ、
303 電極と固定台とを固定する銀、
601、701 溶接電源、
602 樹脂チューブ、
603、704 溶接ヘッド、
604 溶接用ボンベ、
702 溶接用ガス供給系、
703 ステンレスチューブ、
705 溶接用ボンベ、
706 電気ケーブル。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極用材料の母材にランタナ、イットリア及びセリアから選ばれる1種以上の酸化物を添加したことを特徴とする長寿命の溶接電極。
【請求項2】
前記酸化物の添加量は1重量%〜5重量%であることを特徴とする請求項1記載の長寿命の溶接電極。
【請求項3】
溶接電極を挿入するための挿入部を有する固定台の該挿入部に、熱伝導性材料を介して溶接電極の固定部を挿入し、溶接電極の該固定部の周面と固定台とを均一に接触させて溶接電極を固定台に固定したことを特徴とする溶接電極の固定構造。
【請求項4】
溶接電極は、請求項1又は2記載の溶接電極であることを特徴とする請求項3記載の溶接電極の固定構造。
【請求項5】
固定台が分割されており、溶接電極の固定部を該分割固定台で挟み込んで溶接電極を固定台に固定したことを特徴とする溶接電極の固定構造。
【請求項6】
溶接電極と固定台との間に熱伝導性材料を介在せしめることを特徴とする請求項5記載の溶接電極の固定構造。
【請求項7】
溶接電極は、請求項1又は2記載の溶接電極であることを特徴とする請求項5または6記載の溶接電極の固定構造。
【請求項8】
請求項3ないし7のいずれか1項記載の溶接電極の固定構造を有することを特徴とする溶接ヘッド。
【請求項9】
(1)アルゴンとヘリウムとの混合ガス、(2)ヘリウムと水素との混合ガス、又は、(3)アルゴンとヘリウムと水素との混合ガスからなる溶接ガスを用いて溶接を行うことを特徴とする溶接方法。
【請求項10】
溶接ガスの供給は酸化クロム不働態化処理を施した供給管により行うことを特徴とする請求項9記載の溶接方法。
【請求項11】
混合ガス中におけるヘリウムの含有量は1〜90%とすることを特徴とする請求項10記載の溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2007−56371(P2007−56371A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280984(P2006−280984)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【分割の表示】特願平10−72597の分割
【原出願日】平成10年3月20日(1998.3.20)
【出願人】(000205041)
【出願人】(390033857)株式会社フジキン (148)
【Fターム(参考)】