説明

関節リウマチの検査方法、関節リウマチ診断薬、及びそれに用いられるプライマー

【課題】
関節リウマチの新たな検査方法を提供すること。
【解決手段】
ヒトB and T Lymphocyte Attenuator(以下「BTLA」という)遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定することを特徴とする関節リウマチの検査方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節リウマチの検査方法及び診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
関節リウマチの病因については、過去の疫学的観察からその背景に遺伝素因が存在することが明らかにされている。しかしこの遺伝的素因は単一遺伝子では説明できず、複数の遺伝子が関与するものと考えられていた。すなわち関節リウマチは、遺伝的素因を背景にして、性ホルモンの関与やウイルス感染等の環境からの発症因子がかかったときに発症する、いわゆる多因子病である。
【0003】
関節リウマチは臨床的には全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群等と共に膠原病と総称され、免疫学的には自己抗体等の免疫異常の存在から自己免疫疾患に分類される。関節リウマチは関節の慢性の疼痛やこわばり、腫脹が出現するのみならず、発病後に適切な治療がなされないと罹患関節の変形や機能障害を来たし、患者のQuality of Lifeは著しく低下する。現在、関節リウマチは全世界で多数の患者を悩ませているが、その早期の診断及び治療は極めて困難である。
【0004】
特に我が国では、関節リウマチは膠原病の中で最も高頻度で全人口の1%に見られ、その診断法及び治療法の確立が望まれている。従来、診断にはアメリカリウマチ学会(American College of Rheumatology、ACR)の関節リウマチの分類基準(1987年版)が利用されている。この分類基準によって関節リウマチと分類した症例が専門家から見て実際に関節リウマチだった率(感度)は91−94%と評価されているが、この分類基準による感度はどの時点で診断できたかを特定せずに算出されており、早期のリウマチではACR基準の診断感度は50%前後と見られ、十分満足できるものではない。
【0005】
また、最近の研究により、ヒトB and T Lymphocyte Attenuator(以下「BTLA」という)はリンパ球上に発現する抑制性レセプターであり、BTLA刺激によりT細胞の増殖やサイトカイン産生が抑制されること、BTLA欠損マウスでは活性化刺激に対しリンパ球の過剰反応や実験的自己免疫モデルの増悪が見られることから、生体内において免疫応答を負に制御しホメオスターシス(免疫寛容)を維持する機能を果たしていると考えられている(例えば下記非特許文献1参照)。
【0006】
【非特許文献1】N. Watanabe et al. Nature Immunol, vol.4, p.670−679 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
確かに、上記非特許文献1に記載の報告によると、BTLAの機能欠陥や低下により免疫応答が活性化しやすくなり免疫寛容の破綻すなわち自己免疫疾患の発症をきたす可能性を考えることができる。しかしながら、上記非特許文献1にはBTLA遺伝子の一塩基多型と関節リウマチとの関係に関してまで報告されておらず、関節リウマチの新たな検査方法まで考慮したものでもない。
【0008】
そこで本発明は、上記課題を鑑み関節リウマチの新たな検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、自己免疫疾患発症の候補遺伝子としてヒトBTLA遺伝子の一塩基多型に着目し、種々検討したところ、ヒトBTLA遺伝子の590番塩基の一塩基多型(以下、「SNP590」という)が、自己免疫疾患の中でも関節リウマチの発症、発症時の血中CRP, MMP−3およびRF値と高い相関性を有し、当該SNP590を同定すれば関節リウマチ、特に早期関節リウマチの診断および疾患重症度の予測に有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、ヒトBTLA遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定することを特徴とする関節リウマチの検査方法を提供するものである。
【0011】
また本発明は、ヒトBTLA遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定できる塩基長を有するポリヌクレオチドからなるプライマーを提供するものである。また本発明は、このプライマーを含有することを特徴とする関節リウマチ診断薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、日本人に多い関節リウマチ及びその発症リスクを的確に検査することができる。また、若年重症型関節リウマチの発症リスクも的確に診断できることから、その治療手段の選択も容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0014】
(関節リウマチの検査方法)
本発明の実施の一形態として関節リウマチの検査方法があり、ヒトBTLA遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定することを特徴の一つとする。ヒトBTLA遺伝子は、白人由来の細胞より本発明者(渡邊紀彦)らにより既にクローニングされており(上記非特許文献1参照)、その塩基配列も知られている(NCBI Accession No. NM_181780)。
【0015】
検査対象者の検体から採取したBTLA遺伝子DNAを用いてSNPスクリーニングを行うと、翻訳領域内に10個のSNPを同定することができ(図1参照)、特にSNP590(ヒトBTLA遺伝子の翻訳領域の第590番塩基をいう。以下同じ)においては、A/A、A/C、又はC/Cの遺伝子型が存在することが分かった。そして、その中でもA/C又はC/Cの遺伝子型保持者は、A/A型遺伝子保持者に比べて有意に関節リウマチ発症リスクが高く、また発症年齢も若く、しかも発症時の血中CRP、MMP−3およびRF値が高いため、このSNP590を同定することにより、関節リウマチの検査を行うことができ、炎症反応の強い、すなわち機能障害発症リスクの高い関節リウマチであるか否かも検査できる。この詳細については後述の実施例にて明らかとなる。
【0016】
なお、ヒトBTLA伝令RNAには一部のエクソンを欠失するオルタネイティブスプライシングフォームが存在することが知られているが、本明細書でいうSNP590はこれまで知られているすべてのエクソンを含むヒトBTLA伝令RNAの翻訳領域(870塩基長)の最初の塩基(A)より数えて590番目の塩基に見られる単塩基多型を指す。配列番号1にSNP590A型の1〜870番の塩基配列を、配列番号2にSNP590C型の1〜870番の塩基配列を示す。後述のようにBTLAにはSNP800(T−C)も存在し、配列番号1および2には800Tのものを挙げたが800Cでももちろんかまわない。
【0017】
また、本形態に係る関節リウマチの検査方法に用いる検体としては、遺伝子含有体液又は組織であればよいが、血液、汗、尿、スワブ(口腔内、鼻腔内、咽喉内等)、毛髪、糞便等が挙げられ、特に血液が好ましい。
【0018】
SNP590の同定法としては、直接シーケンス法、プライマーエクステンション法、PCR法が挙げられる。PCR法としては、TaqMan PCR法、MALDI−TOF/MS法(matrix assisted laser desorption ionization time−of−flight/mass spectrometry)、RCA法(rolling−circle amplification)、ASO(allele−specific oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法、PCR−RFLP(PCR restriction fragment length polymorphism)等が挙げられるが、このうち特にゲノムDNAの当該SNP周辺配列をPCR反応で増幅する直接シーケンス法が好ましい。
【0019】
直接シーケンス法やPCR反応を用いるSNP590の同定に用いられるプライマーとしては、当該SNP590の上/下流2キロベース以内のgenomic DNAに結合し、当該SNP590を含むポリヌクレオチドが増幅されるような塩基長を有することが望ましく、例えば12塩基長以上、好ましくは12〜30塩基長のプライマーであればよいが、例えば下記の配列を有するプライマーセットが望ましい。
【0020】
(exon4S) 5’−TCCCTCCCCTTCCTTTTAGA−3’ (配列番号3)、
(exon4AS) 5’−AATAATGCCTGGCACATGGT−3’ (配列番号4)
【0021】
(関節リウマチの検査薬)
本発明の他の実施の一形態として、上記のプライマーを含む関節リウマチの検査薬が含まれる。なお、より具体的な態様としては上記プライマーを含むPCR用の緩衝液などを含んだ検査薬が含まれる。本検査薬は、検査対象者から採取した検体に作用させることにより上記SNP590の遺伝子型を同定し、関節リウマチの検査を行うことができる。
【実施例】
【0022】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0023】
A.方法(対象者)
アメリカリウマチ学会の関節リウマチ分類基準を満たす日本人関節リウマチ患者81名および自己免疫疾患の発症を見ない正常者71名からインフォームドコンセントを得て採血しDNAを抽出した。疾患コントロールとしてアメリカリウマチ学会の全身性エリテマトーデス分類基準を満たす日本人全身性エリテマトーデス患者64名、厚生省シェーグレン病調査研究班の診断基準(1999年版)を満たすシェーグレン症候群患者60例よりも検体を採取した。
【0024】
(SNPスクリーニング)
20名(正常10名、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群計10名)の日本人由来のDNAを利用しPCR産物の直接シーケンス法によりBTLA遺伝子の相補的DNA(cDNA)におけるSNPのスクリーニングを行った。
【0025】
(SNPタイピング)
同定したSNPについて関節リウマチ81名、全身性エリテマトーデス患者64名、シェーグレン症候群患者60名および正常者71名を対象にRT−PCR法またはgenomic PCR法により当該SNPを含む遺伝子領域をPCR法で増幅後、直接シーケンス法によって遺伝子型を決定した。直接シーケンス法はBigDyeTerminator(Applied Biosystem社製)を用い、PRISM 3100 Genetic Analyzer(Applied Biosystem社製)によって泳動・検出を行った。
【0026】
(臨床的検討)
関節リウマチ患者についてBTLAの590SNPのAアレル保持者とCアレル保持者における臨床症状、検査所見(発症時CRP、MMP−3、RF値)を解析した。
【0027】
(統計学的検討)
各SNPの遺伝子型あるいはアリル頻度についてχ2検定によって関節リウマチ群、全身性エリテマトーデス群、シェーグレン症候群群と正常群で差があるか検定を行った。
【0028】
B.結果
(1)BTLA遺伝子新規SNPの同定:
得られた日本人由来のBTLA遺伝子塩基配列をすでにインターネットデータベースに登録されているヒトBTLAの塩基配列(NM_181780)と比較する事により計10個のSNPを同定した(図1)。全てのSNPについてHardy−Weinberg平衡にあった。今回同定されたSNPは、次のとおりである。SNP313(A−G)、SNP412(G−A)、SNP442(G−A)、SNP513(G−T)、SNP590(A−C)、SNP591(T−C)、SNP615(C−T)、SNP667(G−A)、SNP728(G−A)、SNP800(T−C)。BTLA遺伝子におけるこれらの多型の存在部位を図1に示す。なお、このうちSNP590とSNP800を除く8個のSNPはすべての調査した日本人のBTLA遺伝子配列に認められ、日本人に共通のSNPと考えられた。またこれらの共通のSNPと自己免疫疾患の発症との関連はなかった。
【0029】
(2)BTLA遺伝子のSNP590およびSNP800と関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群との相関結果を表1、表2に示す。
【0030】
【表1】

【表2】

【0031】
新規に同定した10個のSNPのうちSNP590(p=0.041)に関節リウマチとの有意な相関を認めた。SNP590についてはA/C、C/C遺伝子型保持者はA/A遺伝子型保持者に比してそれぞれ相対危険度で2.19(95%信頼区間1.13−4.24)(表1)、アレルごとの頻度でみるとA遺伝子型保持者はC遺伝子型保持者に比して2.27(95%信頼区間1.14−4.56)と関節リウマチ発症リスクの有意な上昇を認めた(表2)。
【0032】
(3)BTLA遺伝子SNPと関節リウマチの症状との相関:
BTLAは免疫抑制分子であることから関節リウマチの発症時の症状、検査データとSNPとの関連を検討した。関節リウマチ発症リスクが上昇しているSNP590C遺伝子型保持者はA遺伝子型保持者に比して発症時のCRP、MMP−3、RFの指標が高値で発症年齢が若い傾向が見られた。(図2参照)。
【0033】
以上よりSNP590はBTLAの機能変化を介して自己反応性を惹起し関節リウマチの発症リスクを上昇させていると考えられた。SNP590は他のSNPに比べ特異的なマーカーとして利用することができることが臨床的に確認され、他の自己免疫疾患における頻度を比較した結果、特に関節リウマチの発症を検査するマーカーとして利用することができることも確認された。
【0034】
このSNP590は一般にコーディングSNPと呼ばれるカテゴリーに属し、遺伝子産物の発現量よりは遺伝子産物の活性を変化させる可能性があり、薬の治療効果などの個人差の一部を説明できることから、治療法の選択や予後判定にも有用であると考えられる。
【0035】
本発明は多数の日本人の遺伝子サンプルを使用した患者−対照関連解析により導きだされた。一方、欧米には複数の個人の遺伝子サンプルをソースにショットガンシークエンスを行い、SNPを収集したデータベース(米国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)のdbSNPなど)が存在する。これらのデータベースはSNP情報を疾患との関与とは関係なく網羅的に収集しているが、当該SNP590も収載されている。このことから日本人以外にもSNP590は存在し、他人種でもSNP590を利用した関節リウマチの診断または検査が有用であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によれば、日本人に多い関節リウマチ及びその発症リスクや発症した際の重症化リスク・治療反応性を診断又は検査することができる。また、若年重症型関節リウマチの発症リスクが的確に診断できることから、その治療手段の選択も容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】BTLA遺伝子の1塩基多型の存在位置を示す図である。上の行(sample)に発明者の発見した一塩基多型の含まれる配列を、下の行に最初に報告された遺伝子配列(origin)を示す。一塩基多型の部位を灰色の塗りつぶしと位置番号で示す。
【図2】SNP590遺伝子型と関節リウマチの症状、検査値との関連を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトB and T Lymphocyte Attenuator(以下「BTLA」という)遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定することを特徴とする関節リウマチの検査方法。
【請求項2】
検体として遺伝子含有体液又は組織由来の遺伝子を用いることを特徴とする請求項1記載の関節リウマチの検査方法。
【請求項3】
前記590番塩基の一塩基多型が、A/A、A/C又はC/Cのいずれかであることを同定することを特徴とする請求項1又は2記載の関節リウマチの検査方法。
【請求項4】
ヒトBTLA遺伝子の590番塩基の一塩基多型を同定できる塩基長を有するポリヌクレオチドからなるプライマー。
【請求項5】
前記塩基長は少なくとも12塩基以上であることを特徴とする請求項4記載のプライマー。
【請求項6】
前記590番塩基の一塩基多型が、A/A、A/C又はC/Cのいずれかであることを同定することを特徴とする請求項4又は5記載のプライマー。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか1項記載のプライマーを含有することを特徴とする関節リウマチ検査薬。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−304721(P2006−304721A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−133234(P2005−133234)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年11月5日 日本免疫学会発行の「日本免疫学会総会・学術集会記録 第34巻」に発表
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】