説明

陽極の設置方法

【課題】鉄筋コンクリート構造物の非消耗陽極方式を用いる電気防食において、陽極材を垂直設置した長溝内にセメント系硬化材料を確実に充填する陽極の設置方法を提供する。
【解決手段】鉄筋コンクリート構造物10の表面の切削すべき溝位置に長溝20を一定間隔で切削し、その長溝20内に、挟持部41,42と弾性湾曲部43とを有する樹脂製の陽極材保持部材40に装着した帯状の陽極材30を陽極材保持部材40と共に押し込んで固定し、陽極材30が固定された長溝20の表面を型枠材60およびシール材で密閉し、その長溝20内にセメント系硬化材料を注入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄筋コンクリート構造物の電気防食方法の一方式である非消耗陽極方式における陽極の設置方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、鉄筋コンクリート構造物の電気防食方法の一方式として非消耗帯状陽極方式が知られている。帯状陽極の設置にあたっては、コンクリート表面に一定間隔で溝を切削し、コンクリートドリル等を用いて溝底面に穴を形成し、この穴に嵌合する樹脂製のピン等を用いて陽極材をその溝内に固定した後に、陽極被覆材としてのセメントモルタル等のセメント系硬化材料を左官により溝内に充填して溝を修復する。この非消耗帯状陽極方式で用いられる陽極材は帯状形状を有する網目状のものであって、寸法は、幅が10mm程度〜20mm程度、厚さが0.5mm程度〜1.3mm程度で、電気防食の設計条件により使い分けられる。尚、この非消耗帯状陽極方式は非消耗線状陽極方式とも称されるが、本明細書中ではこの方式の名称を帯状陽極方式に統一して説明する。
【0003】
このような帯状陽極方式における陽極材の設置方法として、垂直設置方法や水平設置方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
陽極材を垂直設置するための溝(幅4mm程度〜10mm程度、深さ20mm程度〜25mm程度)は、コンクリート表面の切削すべき溝位置に、カッタを用いて、陽極材の幅より深い深さを有する長溝を切削することにより形成する。これに対して、陽極材を水平設置するための溝(幅20mm程度〜25mm程度、深さ15mm程度〜20mm程度)は、陽極材の幅より大きな幅を有する長溝であることから、まずコンクリート表面の切削すべき溝の両端位置をカッタで切削し、次にチッパー等を用いてカッタ目間のコンクリートをはつり取ることにより形成する。
【0005】
従って、コンクリート表面に溝を切削する費用は、水平設置方法よりも垂直設置方法の方が安価であるため、帯状陽極方式におけるコスト縮減のためには、陽極材を垂直設置することが好ましい。
【特許文献1】特開2002−371391号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、帯状の陽極材の幅より深い深さを有する、陽極材を垂直設置した長溝内に、網目状の陽極材を完全に覆うようにセメント系硬化材料を充填することは、陽極材を水平設置した幅広の長溝内にセメント系硬化材料を充填するよりも困難である。特に鉄筋コンクリート構造物の下面に形成された、陽極材を垂直設置した長溝内に、セメント系硬化材料を充填することは困難性がより一層高く、充填不良によって耐久性の低下や電気防食の誤作動を引き起こすおそれがある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑み、陽極材を垂直設置した長溝内にセメント系硬化材料を低コストで確実に充填する陽極の設置方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成する本発明の陽極の設置方法のうちの第1の設置方法は、鉄筋コンクリート構造物の表面に長溝を切削し、この長溝内に陽極材を挿入し、この長溝の表面を密閉し、この長溝内にセメント系硬化材料を注入することを特徴とする。
【0009】
本発明の陽極の設置方法のうちの第1の設置方法は、上記陽極材を挿入し表面を密閉した上記長溝内にセメント系硬化材料を注入する方法である。従って、この第1の設置方法によれば、その長溝が、鉄筋コンクリート構造物の上面に切削した溝であればもちろん、鉄筋コンクリート構造物の下面に切削した、セメント系硬化材料を充填する困難性の高い溝であっても、その長溝内にセメント系硬化材料を確実に充填して陽極材をセメント系硬化材料で完全に覆うことが低コストで実現され、上記陽極材を用いた電気防食の耐久性や正常な作動が確保される。
【0010】
また、上記本発明の陽極の設置方法のうちの第1の設置方法において、上記鉄筋コンクリート構造物におけるコンクリートかぶりをAmmとし、上記陽極材の幅をBmmとし、その鉄筋コンクリート構造物の表面からその陽極材までの被覆距離をammとし、その鉄筋コンクリート構造物の鋼材とその陽極材との絶縁が確保されるその鋼材からその陽極材までの垂直距離をbmmとしたとき、その鉄筋コンクリート構造物の表面に対する上記長溝の傾斜角度θが、
【0011】
【数1】

【0012】
の関係式を満たす傾斜角度とすれば好ましい。これは、コンクリートかぶりが少ない場合に、コンクリート表面に対して上記傾斜角度を設けることによって、設置する陽極材が鉄筋等の鋼材に接触することが低コストで回避され、その陽極材を用いた電気防食の正常な作動が確保されるからである。尚、上記被覆距離aおよび上記垂直距離bは、それぞれ5mm程度の距離とすることが望ましい。
【0013】
鉄筋コンクリート構造物における鉄筋のコンクリートかぶりは、設計通り確保されていないことがしばしばある。コンクリートかぶりが少ない鉄筋コンクリート構造物に陽極材を垂直設置するための長溝を形成すると、この長溝内に鉄筋等の鋼材が露出する可能性がある。鋼材が露出した際の、この鋼材と陽極材との短絡を防ぐための対策として、例えば、エポキシ樹脂等の絶縁体を溝内露出鉄筋や陽極材に塗布または巻き付ける対策が知られているものの、このような対策には余分な労力が必要とされる。
【0014】
また、上記目的を達成する本発明の陽極の設置方法のうちの第2の設置方法は、鉄筋コンクリート構造物の側面に、溝深さ方向が水平に対して斜め下方向に傾斜し開口がほぼ水平な長溝を切削し、この長溝内に陽極材を挿入し、この長溝内にセメント系硬化材料を充填することを特徴とする。
【0015】
本発明の陽極の設置方法のうちの第2の設置方法は、鉄筋コンクリート構造物の側面に切削した、溝深さ方向が水平に対して斜め下方向に傾斜し開口がほぼ水平な長溝内に、セメント系硬化材料を充填する方法である。従って、この第2の設置方法によれば、鉄筋コンクリート構造物の側面に切削した長溝に対しては、この長溝の溝深さ方向が水平に対して斜め下方向に傾斜しているために、長溝の表面を密閉したりセメント系硬化材料を注入するといったことを実施しなくても、その長溝内にセメント系硬化材料を低コストで確実に充填することができる。そのため、陽極材がセメント系硬化材料で完全に覆われ、陽極材を用いた電気防食の耐久性や正常な作動が確保される。
【0016】
ここで、上記本発明の陽極の設置方法のうちの第2の設置方法は、上記長溝内に流動性を有するセメント系硬化材料を流し込んだ後に、その上方に充填材を施工することにより、この長溝内にセメント系硬化材料を充填することが好ましい。
【0017】
ここで、本発明の充填材とは、堅めのモルタルなど、凹部に充填する材料をいう。
【0018】
例えば、上記長溝から溢れない程度に流動性を有するセメント系硬化材料をその長溝内に流し込んだ後に、その上方に充填材を施工すれば、その長溝内にセメント系硬化材料をより一層確実に充填することができる。
【0019】
また、上記本発明の陽極の設置方法のうちの第2の設置方法は、上記長溝の開口部の側部に堰型枠を設置し、この長溝内にセメント系硬化材料を充填することも好ましい形態である。
【0020】
このような好ましい形態によれば、上記長溝内に充填するセメント系硬化材料がその長溝から溢れ出ることが上記堰型枠によって防止され、その長溝内にセメント系硬化材料をより一層確実に充填することができる。
【0021】
さらに、上記本発明の陽極の設置方法のうちの第2の設置方法は、上記長溝内にセメント系硬化材料を充填した後に、上記鉄筋コンクリート構造物および上記陽極材に振動を与えることがさらに好ましい。
【0022】
ここで、一般に、上記陽極材は帯状形状を有する網目状の部材である。従って、このような振動を陽極材に与えることによって、この陽極材の網目がセメント系硬化材料で確実に埋められる。また、セメント系硬化材料を上記長溝内に充填する際に空気が混入するおそれがあるが、鉄筋コンクリート構造物および陽極材に振動を与えることによって、混入した空気が追い出され、その長溝内にセメント系硬化材料をより一層確実に充填することができる。
【0023】
また、上記本発明の陽極の設置方法は、上記陽極材が、帯状形状を有する帯状陽極であって、上記長溝内にこの帯状陽極をその幅方向を溝深さ方向に一致させて挿入することが好ましい。
【0024】
ここで、本発明にいう帯状陽極とは、例えば、帯状形状を有する網目状の帯状陽極や、帯状形状を有する平板状の帯状陽極等をいう。
【0025】
本発明にいう陽極材は、上記帯状陽極に限らず、例えば棒状形状を有する陽極材等であってもよいが、その陽極材が帯状陽極であれば、棒状形状を有する陽極材よりも上記長溝内への陽極材の挿入が容易である。
【0026】
また、上記本発明の陽極の設置方法において、上記陽極材を挟み込んで保持可能な一対の挟持部と、この挟持部で挟持した陽極材との間に空隙を設けた状態でこの挟持部を挟み方向に付勢する弾性湾曲部とを有し、横断面幅寸法が上記長溝の溝幅よりも大きい樹脂製の陽極材保持部材を用い、この陽極材保持部材を上記陽極材に装着し、この陽極材保持部材をその陽極材と共に上記長溝内に押し込んでこの陽極材保持部材の横断面幅寸法を縮小させることによりこの陽極材保持部材の弾性湾曲部をその長溝内壁に圧接させると共にその陽極材を強固に保持させて、その長溝内に陽極材を設置することがさらに好ましい。
【0027】
一般に、陽極材は、コンクリートドリル等を用いて溝底面に形成した穴に嵌合する樹脂製のピン等を用いてその溝内に固定される。このような陽極材設置方法によると、削孔作業、樹脂製ピン打ち込み作業と作業工程が多く、工費が高騰することとなる。また、このような陽極材設置方法によると、陽極材のたるみが生じて電気防食の正常な作動に悪影響を与えるおそれがある。さらに、このような陽極材設置方法で陽極材を垂直設置する場合には、樹脂性ピンを打ち込むために10mm程度以上の溝幅を要する。このような溝を形成するには、陽極材を水平設置するための溝の形成と同様に、チッパー等を用いてカッタ目間のコンクリートをはつり取る作業が必要とされるため、コスト縮減のために陽極材を垂直設置するメリットが薄れることとなってしまう。
【0028】
ところが、このような好ましい形態によれば、上記陽極材保持部材を用いることによって、従来の樹脂製のピン等を用いて溝内に陽極材を固定するための削孔作業や樹脂製ピン打ち込み作業が不要となり、陽極材を垂直設置するための狭い溝幅内で樹脂性ピンを用いることなく陽極材を確実に固定することができるため、更なるコスト縮減が図られる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の陽極の設置方法によれば、鉄筋コンクリート構造物の表面に切削した長溝が、鉄筋コンクリート構造物の下面に切削した、セメント系硬化材料を充填する困難性の高い溝であっても、その長溝内にセメント系硬化材料を確実に充填して陽極材をセメント系硬化材料で完全に覆うことが低コストで実現され、上記陽極材を用いた電気防食の耐久性や正常な作動が確保されるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0031】
図1は、本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第1の工程を示す説明図である。
【0032】
まず、鉄筋コンクリート構造物10の表面の切削すべき溝位置に、図示しないカッタを用いて、長溝20を切削する。ここでは1つの長溝20を図示したが、図1に示す長溝20と同様の長溝を一定の相互間隔を空けて切削する。この長溝20は、帯状の陽極材30(図3参照)の幅に5mm程度を加えた深さを有するものとする。また、この長溝20は、鉄筋コンクリート構造物10の下面に切削した溝である。
【0033】
尚、切削する長溝20の幅は、充填するセメント系硬化材料の種類や陽極材の厚さ等にも依存するが、2mm程度以上10mm程度以下の範囲が可能である。しかし、陽極材30(図3参照)と鉄筋との短絡を発見するための溝内金属探査が可能で、セメント系硬化材料の充填性能(この充填性能に関しては後述する)を勘案し、コスト縮減および作業性の観点から、5mm程度の溝幅が最も好ましい。切削する長溝20の幅が5mm程度の溝幅であれば、チッパー等を用いてカッタ目間のコンクリートをはつり取る作業が不要で、コンクリート表面の切削すべき溝位置をカッタで切削する作業のみで長溝20を形成することができると共に、長溝20内にセメント系硬化材料を確実に充填することが容易である。
【0034】
図2は、本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第1の工程の他の実施形態を示す説明図である。
【0035】
電気防食施工前の事前調査でコンクリートかぶりが少ない場合には、図2に示すように、切削する長溝21をコンクリート構造物11の表面に対して所定の角度をもって切削する。また、長溝21の幅や深さや切削角度の施工精度を高めるために、例えば鋼製やアルミ製の案内部材(図示せず)を切削位置から一定の距離を隔ててアンカ(図示せず)等で固定し、その案内部材をガイドレールとして移動する溝切削機(図示せず)を用いて切削することが好ましい。
【0036】
切削された長溝21の鉄筋コンクリート構造物11の表面に対する傾斜角度θは、コンクリートかぶりをAmmとし、陽極材30の幅をBmmとし、鉄筋コンクリート構造物11の表面から陽極材30までの被覆距離をammとし、鉄筋コンクリート構造物11の鉄筋12と陽極材30との絶縁が確保される鉄筋12から陽極材30までの垂直距離をbmmとしたとき、
【0037】
【数2】

【0038】
の関係式を満たす傾斜角度である。尚、上記被覆距離aおよび上記垂直距離bは、それぞれ5mm程度の距離とすることが望ましい。
【0039】
このような傾斜角度θを設けることによって、設置する陽極材30が鉄筋12に接触することを避けることができ、電気防食の正常な作動が確保される。従って、例えばエポキシ樹脂等の絶縁体を溝内露出鉄筋や陽極材に塗布または巻き付ける従来の対策を施すことが不要となり、低コストの設置を達成することができる。
【0040】
図3は、本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第2の工程を示す説明図で、長溝20内に陽極材30を設置してセメント系硬化材料を充填する例である。また、図4は、図3に示す陽極材保持部材40の斜視図である。
【0041】
長溝20内に、帯状形状を有する網目状の陽極材30を、その幅方向を溝深さ方向に一致させて挿入する。
【0042】
陽極材30を長溝20内に挿入するにあたっては、図3,図4に示す陽極材保持部材40を使用する。
【0043】
この陽極材保持部材40は、陽極材30を挟み込んで保持可能な一対の挟持部41,42と、この挟持部41,42で挟持した陽極材30との間に空隙50を設けた状態でこの挟持部41,42を挟み方向に付勢する弾性湾曲部43とを有する。また、この陽極材保持部材40は、横断面幅寸法が長溝20の溝幅よりも1mm程度大きく、長さ寸法が10mm程度の樹脂製のものである。
【0044】
このような陽極材保持部材40を陽極材30に装着し、この陽極材保持部材40を陽極材30と共に長溝20内に押し込んでこの陽極材保持部材40の横断面幅寸法を縮小させる。これによって、陽極材保持部材40の弾性湾曲部43を長溝20の内壁20aに圧接させると共に陽極材30を強固に保持させて、長溝20内に陽極材30を固定する。
【0045】
このような陽極材保持部材40を使用して陽極材30を長溝20内に設置することによって、従来の樹脂製のピン等を用いて長溝内に陽極材を固定するための削孔作業や樹脂製ピン打ち込み作業が不要となり、陽極材30を垂直設置するための狭い溝幅内で樹脂性ピンを用いることなく陽極材30を確実に固定することができるため、コスト縮減が図られる。
【0046】
図5は、本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第3の工程を示す説明図であり、図6は、図5に示す型枠材60の斜視図であり、図7は、図6にブロックで示す圧力タンク90の斜視図である。
【0047】
陽極材30を固定した長溝20の表面を型枠材60で密閉し、その長溝20内にセメント系硬化材料を注入する。
【0048】
長溝20の表面を密閉するにあたっては、図6に示すように、2m程度の間隔で注入口61および排出口62を設けた型枠材60を取り付けて密閉し、取り付けた型枠材60の周辺部分をシール材70で密封する。この型枠材60は、例えば、木製、樹脂製、あるいは布製など、セメント系硬化材料を注入した時の圧力や浸透による漏れが生じない材料であればどのような材料であってもよい。
【0049】
注入口61および排出口62の設置間隔は、注入するセメント系硬化材料の流動性や注入する圧力に依存するものの、2m程度とすることで、短時間でセメント系硬化材料を注入することができると共に、セメント系硬化材料の注入時に型枠材60が剥がれる危険性を抑制することができる。
【0050】
長溝20内にセメント系硬化材料を注入するにあたっては、型枠材60の注入口61とビニルホース80等で連結された圧力タンク90(図6,図7)内にセメントモルタル等のセメント系硬化材料を充填し、圧力タンク90内に圧力を加えて、セメント系硬化材料を長溝20内に圧入する。ここで、陽極材30は、陽極材保持部材40の弾性湾曲部43とこの陽極材30との間に空隙50を設けた状態で長溝20内に固定されているため、注入されたセメント系硬化材料が充填されやすく、陽極材30の細かい網目がセメント系硬化材料で完全に覆われる。尚、圧力タンク90に圧力を加える方法は、空気や荷重など圧力を付加できるものであればどのような方法であってもよい。
【0051】
尚、使用するセメント系硬化材料は、材料の安定性や陽極材30の網目を完全に覆うように細かい骨材を有したものが好ましい。また、左官ではなく圧力タンク90を使用して長溝20内にセメント系硬化材料を確実に充填するためには流動性の高いセメント系硬化材料が好ましい。
【0052】
図8は、本発明の一実施形態である陽極材設置方法における他の実施形態を示す説明図であり、図9は、図8に示す型枠材63の斜視図である。
【0053】
電気防食施工前の事前調査でコンクリートかぶりが少ないときに、上述した傾斜角度θを設けることなく長溝20を鉄筋コンクリート構造物10の表面に切削する場合には、鉄筋12を傷付けない深さで切削する。その結果、図8に示すように、陽極材保持部材40を使用して陽極材30を長溝20内に設置した陽極材30の一端が鉄筋コンクリート構造物10の表面から突出する場合がある。
【0054】
このような場合、図8,図9に示す、その陽極材30の一端を被覆するとともに長溝20の表面を密閉する形状を有する、2m程度の間隔で注入口61および排出口62を設けた型枠材63を使用する。
【0055】
このような型枠材63を取り付けて密閉し、取り付けた型枠材63の周辺部分をシール材71で密封した後、型枠材63の注入口61とビニルホース80等で連結された圧力タンク90内に圧力を加えて、鉄筋コンクリート構造物10の表面から突出した陽極材30の一端の周辺空間22および長溝20内にセメント系硬化材料を圧入する。これによって、その周辺空間22および長溝20内にセメント系硬化材料が注入され充填される。
【0056】
図10は、図8,図9に示す型枠材63を使用してセメント系硬化材料を注入してなる仕上がり形状の外観斜視図である。また、図11は、図10の線A−Aに沿った断面図であり、図12は、図10の線B−Bに沿った断面図である。
【0057】
図10,図11に示す、電気防食施工前の事前調査でコンクリートかぶりが多い箇所はもちろん、図10,図12に示す、電気防食施工前の事前調査でコンクリートかぶりが少ない箇所においても、設置した陽極材30が鉄筋に接触することが回避されるとともに、その陽極材30がセメント系硬化材料100で完全に覆われ、その陽極材30を用いた電気防食の正常な作動が確保される。
【0058】
図13は、セメント系硬化材料のフロー値と注入速度の違いによる長溝20の溝幅と注入評価グレードの関係を示すグラフである。縦軸は注入評価グレード(I〜VI)を示し、横軸は長溝20の溝幅(mm)を示す。
【0059】
この図13に示すグラフは、実験結果の一例を示したものであって、溝幅3mm〜6mm、溝深さを20mmとなるように透明のアクリル型枠材を用いて注入試験を行ったものである。
【0060】
尚、縦軸の注入評価グレードとしては、気泡や空隙の有無により6段階の注入評価グレードを設け、「I」は完全に注入されたことを示し、「II」は小さな気泡が少し存在することを示し、「III」は小さな気泡が数多く存在することを示し、「IV」は大きな空隙が少し存在することを示し、「V」は大きな空隙が数多く存在することを示し、「VI」は注入不可能を示している。これら6段階の注入評価グレードの内の「V」および「VI」は、電気防食の正常な作動に悪影響を与えると推定される。
【0061】
図13に示す白四角(□)は、セメント系硬化材料Aを、フロー値(J14)5.5秒、注入速度1リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。この条件における溝幅は約3.8mm以上が好ましい。
【0062】
また、図13に示す白三角(△)は、セメント系硬化材料Aを、フロー値(J14)5.5秒、注入速度2リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。この条件における溝幅は6mm以上が好ましい。
【0063】
また、図13に示す白ひし形(◇)は、セメント系硬化材料Aを、フロー値(J14)5.5秒、注入速度3リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。また、図13に示す白丸(○)は、セメント系硬化材料Aを、フロー値(J14)10秒、注入速度1リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。これら条件では、溝幅が6mm以上であっても電気防食の正常な作動に悪影響を与えると推定される。
【0064】
また、図13に示す黒丸(●)は、セメント系硬化材料Bを、フロー値(J14)3.5秒、注入速度2リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。この条件における溝幅は約3.4mm以上が好ましい。
【0065】
また、図13に示す黒四角(■)は、セメント系硬化材料Bを、フロー値(J14)3.5秒、注入速度3リットル/分で注入したデータをプロットしたものである。この条件における溝幅は6mm以上が好ましい。
【0066】
尚、セメント系硬化材料を注入する圧力を高くすることにより注入時間を短くすることができるものの、実験によると、高圧力で注入した場合には、セメント系硬化材料に空気を巻き込みながら充填することとなるため、充填されたセメント系硬化材料に空隙が生じ、電気防食の正常な作動や耐久性に悪影響を与えるおそれがある。また、セメント系硬化材料を高圧力で注入した場合には、長溝20を密閉する型枠材60を高圧力にも耐え得る頑丈なものとし、さらには、型枠材60をコンクリート表面に対して高圧力にも耐え得るように頑丈に固定する必要があり、コストが高騰することとなってしまう。このような問題点は、実験によると、1MPa以下の圧力でセメント系硬化材料を注入することによって解消され、セメント系硬化材料を効率良く、かつ電気防食の正常な作動や耐久性に悪影響を与えることなく注入することができる。
【0067】
以上説明したように、鉄筋コンクリート構造物10の表面に切削した長溝20が、鉄筋コンクリート構造物10の下面に切削した、セメント系硬化材料を充填する困難性の高い溝であっても、その長溝20内にセメント系硬化材料を確実に充填して陽極材30の細かい網目をセメント系硬化材料で完全に覆うことが低コストで実現され、陽極材30を用いた電気防食の耐久性や正常な作動を容易に確保することが可能となった。
【0068】
尚、上述した各実施形態では、本発明にいう長溝が、鉄筋コンクリート構造物の下面に切削した溝である例について説明したが、本発明にいう長溝は、これに限られるものではなく、鉄筋コンクリート構造物の上面や側面に切削した溝であってもよい。
【0069】
次に、本発明の陽極の設置方法の別の実施形態を説明する。尚、以下説明する別の実施形態は、鉄筋コンクリート構造物の側面に長溝を切削するものである。
【0070】
尚、以下説明する別の実施形態は、上述した各実施形態との相違点に注目し、同じ要素については同じ符号を付して説明を省略する。
【0071】
図14は、別の実施形態における長溝22内へのセメント系硬化材料充填行程を示す説明図であり、図15は、別の実施形態における長溝22内への充填材充填行程を示す説明図である。
【0072】
まず、鉄筋コンクリート構造物10の側面の切削すべき溝位置に、図示しないカッタを用いて、長溝22を切削する。この長溝22は、溝深さ方向が水平に対して30度〜45度程度斜め下方向に傾斜し開口がほぼ水平な長溝である。
【0073】
次に、長溝22内に陽極材30をその幅方向を溝深さ方向に一致させて挿入する。尚、陽極材30を長溝22内に挿入するにあたっては、図4に示す陽極材保持部材40を使用してもよい。
【0074】
次に、図14に示すように、長溝22内に、この長溝22から溢れない程度に流動性を有するセメント系硬化材料110を流し込む。これにより、長溝22内に挿入された陽極材30がセメント系硬化材料110で完全に覆われる。
【0075】
長溝22内にセメント系硬化材料110を流し込んだ後に、鉄筋コンクリート構造物10を図示しないハンマ等を用いて叩いたり陽極材30を揺することによってこれらに振動を与える。
【0076】
次に、図15に示すように、この長溝22内の、流動性を有するセメント系硬化材料110が流し込まれた上方に、図示しないコテ等を用いて、堅めのモルタルなどといった充填材120を充填する。
【0077】
以上説明したように、別の実施形態によれば、鉄筋コンクリート構造物10の側面に切削した長溝22に対しては、この長溝22の溝深さ方向が水平に対して斜め下方向に傾斜しているために、長溝22の表面を型枠材で密閉したり圧力タンクを用いてセメント系硬化材料を注入するといったことを実施しなくても、その長溝22内にセメント系硬化材料110を低コストで確実に充填することができる。そのため、陽極材30がセメント系硬化材料110で完全に覆われ、陽極材30を用いた電気防食の耐久性や正常な作動が確保される。
【0078】
また、陽極材30に振動を与えることによって、この陽極材30の網目がセメント系硬化材料110で確実に埋められる。さらに、セメント系硬化材料110を長溝22内に流し込む際に空気が混入するおそれがあるが、鉄筋コンクリート構造物10および陽極材30に振動を与えることによって、混入した空気が追い出され、その長溝22内にセメント系硬化材料110をより一層確実に充填することができる。
【0079】
次に、本発明の陽極の設置方法のさらに別の実施形態を説明する。尚、以下説明するさらに別の実施形態は、鉄筋コンクリート構造物の側面に長溝を切削するものである。
【0080】
尚、以下説明するさらに別の実施形態は、上述した各実施形態との相違点に注目し、同じ要素については同じ符号を付して説明を省略する。
【0081】
図16は、さらに別の実施形態における長溝22内へのセメント系硬化材料充填行程を示す説明図である。
【0082】
まず、鉄筋コンクリート構造物10の側面の切削すべき溝位置に、図示しないカッタを用いて、溝深さ方向が水平に対して30度〜45度程度斜め下方向に傾斜し開口がほぼ水平な長溝22を切削する。
【0083】
次に、長溝22内に陽極材30をその幅方向を溝深さ方向に一致させて挿入する。
【0084】
次に、図16に示すように、長溝22の開口部の側部に堰型枠200を設置する。
【0085】
次に、長溝22内にセメント系硬化材料130を充填する。
【0086】
次に、堰型枠200を撤去する。また、必要に応じて、鉄筋コンクリート構造物10の表面から突出したセメント系硬化材料130をはつってもよい。尚、セメント系硬化材料130をはつる際は、このセメント系硬化材料130が完全に硬化する前にはつることが好ましい。
【0087】
以上説明したように、さらに別の実施形態によれば、長溝22内に充填するセメント系硬化材料130がその長溝22から溢れ出ることが堰型枠200によって防止され、その長溝22内にセメント系硬化材料130をより一層確実に充填することができる。
【0088】
尚、上述した各実施形態では、本発明にいう陽極材が、帯状形状を有する網目状の帯状陽極である例について説明したが、本発明にいう陽極材は、これに限られるものではなく、例えば、帯状形状を有する平板状の帯状陽極や、棒状形状を有する陽極材等であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第1の工程を示す説明図である。
【図2】本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第1の工程の他の実施形態を示す説明図である。
【図3】本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第2の工程を示す説明図で、長溝内に陽極材を設置してセメント系硬化材料を充填する例である。
【図4】図3に示す陽極材保持部材の斜視図である。
【図5】本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第3の工程を示す説明図である。
【図6】図5に示す型枠材の斜視図である。
【図7】図6にブロックで示す圧力タンクの斜視図である。
【図8】本発明の一実施形態である陽極材設置方法における第3の工程の他の実施形態を示す説明図である。
【図9】図8に示す型枠材の斜視図である。
【図10】図8,図9に示す型枠材を使用してセメント系硬化材料を注入してなる仕上がり形状の外観斜視図である。
【図11】図10の線A−Aに沿った断面図である。
【図12】図10の線B−Bに沿った断面図である。
【図13】セメント系硬化材料のフロー値と注入速度の違いによる長溝の溝幅と注入評価グレードの関係を示すグラフである。
【図14】別の実施形態における長溝内へのセメント系硬化材料充填行程を示す説明図である。
【図15】別の実施形態における長溝内への充填材充填行程を示す説明図である。
【図16】さらに別の実施形態における長溝内へのセメント系硬化材料充填行程を示す説明図である。
【符号の説明】
【0090】
10,11 鉄筋コンクリート構造物
12 鉄筋
20,21,22 長溝
20a 内壁
22 周辺空間
30 陽極材
40 陽極材保持部材
41,42 挟持部
43 弾性湾曲部
50 空隙
60,63 型枠材
61 注入口
62 排出口
70,71 シール材
80 ビニルホース
90 圧力タンク
100,110,130 セメント系硬化材料
120 充填材
200 堰型枠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄筋コンクリート構造物の表面に長溝を切削し、該長溝内に陽極材を挿入し、該長溝の表面を密閉し、該長溝内にセメント系硬化材料を注入することを特徴とする陽極の設置方法。
【請求項2】
前記鉄筋コンクリート構造物におけるコンクリートかぶりをAmmとし、前記陽極材の幅をBmmとし、該鉄筋コンクリート構造物の表面から該陽極材までの被覆距離をammとし、該鉄筋コンクリート構造物の鋼材と該陽極材との絶縁が確保される該鋼材から該陽極材までの垂直距離をbmmとしたとき、該鉄筋コンクリート構造物の表面に対する前記長溝の傾斜角度θが、
【数1】

の関係式を満たす傾斜角度であることを特徴とする請求項1記載の陽極の設置方法。
【請求項3】
鉄筋コンクリート構造物の側面に、溝深さ方向が水平に対して斜め下方向に傾斜し開口がほぼ水平な長溝を切削し、該長溝内に陽極材を挿入し、該長溝内にセメント系硬化材料を充填することを特徴とする陽極の設置方法。
【請求項4】
前記長溝内に流動性を有するセメント系硬化材料を流し込んだ後に、その上方に充填材を施工することにより、該長溝内にセメント系硬化材料を充填することを特徴とする請求項3記載の陽極の設置方法。
【請求項5】
前記長溝の開口部の側部に堰型枠を設置し、該長溝内にセメント系硬化材料を充填することを特徴とする請求項3記載の陽極の設置方法。
【請求項6】
前記長溝内にセメント系硬化材料を充填した後に、前記鉄筋コンクリート構造物および前記陽極材に振動を与えることを特徴とする請求項3から5のうちいずれか1項記載の陽極の設置方法。
【請求項7】
前記陽極材が、帯状形状を有する帯状陽極であって、前記長溝内に該帯状陽極をその幅方向を溝深さ方向に一致させて挿入することを特徴とする請求項1から6のうちいずれか1項記載の陽極の設置方法。
【請求項8】
前記陽極材を挟み込んで保持可能な一対の挟持部と、該挟持部で挟持した陽極材との間に空隙を設けた状態で該挟持部を挟み方向に付勢する弾性湾曲部とを有し、横断面幅寸法が前記長溝の溝幅よりも大きい樹脂製の陽極材保持部材を用い、該陽極材保持部材を前記陽極材に装着し、該陽極材保持部材を該陽極材と共に前記長溝内に押し込んで該陽極材保持部材の横断面幅寸法を縮小させることにより該陽極材保持部材の弾性湾曲部を該長溝内壁に圧接させると共に該陽極材を強固に保持させて、該長溝内に陽極材を設置することを特徴とする請求項1から7のうちいずれか1項記載の陽極の設置方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2008−169462(P2008−169462A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−104235(P2007−104235)
【出願日】平成19年4月11日(2007.4.11)
【出願人】(000112196)株式会社ピーエス三菱 (181)
【出願人】(505398952)中日本高速道路株式会社 (94)
【Fターム(参考)】