雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システム
【課題】物体表面の着雪氷の防止や滑雪氷性の増加を図ると同時に、強固で耐久性のある現実的な使用環境により好適な物体を実現する。
【解決手段】雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体のその表面に無機系親水性塗装膜を形成する。望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えることを特徴とする。雪氷が付着する可能性がある表面にホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成し、雪氷の滑脱を促進する強制力を作用する環境に設置する。
【解決手段】雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体のその表面に無機系親水性塗装膜を形成する。望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えることを特徴とする。雪氷が付着する可能性がある表面にホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成し、雪氷の滑脱を促進する強制力を作用する環境に設置する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体の表面に無機系親水性塗装膜を形成することにより、その表面への雪氷の付着を困難にし、表面に付着した雪氷を滑脱し易くする技術に関する。ここで、本発明との関連において又はその説明の文脈上、次に掲げる各用語の定義は以下に定める通りとする。
(1)物体とは、着雪氷の防止又は滑雪氷性の増加が必要なすべての有形物をいい、具体的には、冷媒が通過する又は冷媒と接する配管、熱交換器及び容器、冷凍庫の構成部材、寒冷地で使用される又は低温に晒される看板、標識、屋根材、信号機、工作用治具、外壁パネル、水周り台所用品、製氷器、食器、船舶、海洋構造物、航空機類、車輌、送電鉄塔などがこれに該当し、含まれる。
(2)被膜とは、物体の外面上に配置し、その外面を覆い包む膜をいう。
(3)塗装膜とは、物体の塗装、即ち塗料の塗布と乾燥・硬化又は焼付けにより形成された被膜をいう。
(4)物体の表面又は物体表面とは、物体の外面をいい、その外面に被膜が形成されている場合は、別段の説明がある場合を除き、その被膜の外面をいう。
(5)雪氷とは、水が固体状態になったものであり、物体表面への付着挙動を示し得るものをいう。雪、氷、霜が雪氷の典型例であるが、雪氷を定義する場合、塊状、粒状、片状等の外観や形態、凝固、凝集、凝結、機械的粉砕等の生成プロセスは問わない。従って、水や水以外の溶媒に分散又は混合している状態(スラリー状態、フレーク状態、シャーベット状態を含む)であっても、水が固体状態になったものであり、物体表面への付着挙動を示し得るものであれば雪氷であり、液体の水や水以外の溶媒中の水を摂氏零度以下への冷却して凝固させ、氷にする場合、水分を含む気体の温度を冷媒又は冷却源との接触、断熱膨張等の手段により下げ、その気体中の水分を凝結させ、霜や雪にする場合、相対的に大きな氷塊に衝撃力、せん断力等の応力を印加して粉砕し、氷片にする場合において、それぞれ、氷、霜や雪、氷片は、雪氷に含まれる。
(6)着雪氷とは、積雪、氷結、降霜その他のプロセスにより起こる物体表面への雪氷の付着をいう。
(7)着雪氷性とは、物体の表面に雪氷が付着する場合における、その付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいい、雪氷が物体表面に再付着する場合における、その再付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度もこれに含まれる。着雪氷性は物体表面における雪氷の核の生成の起こり易さ又はその起こり易さの程度とは無関係に定義される。
(8)着雪氷の防止又は着雪氷防止とは、物体表面への着雪氷の抑制又は防止をいう。
(9)滑脱とは、物体の表面に付着した雪氷の当該表面から滑り落ちる、剥げ落ちる又は取り除かれることをいう。
(10)滑雪氷とは、滑脱のプロセスにより起こる物体表面からの雪氷の離脱をいう。滑雪氷の量が増えると、着雪氷の量が減り、滑雪氷の量が減ると、着雪氷の量が増える。
(11)滑雪氷性とは、物体の表面に付着した雪氷が当該表面から滑脱する場合における、その滑脱の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいう。滑雪氷性の増加は、着雪氷の防止の効果を奏し、滑雪氷性の減少は、着雪氷防止の効果の低下を招く。
(12)強制力、特に物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力とは、物体表面に付着した雪氷の滑脱が起こり易くなるように作用する力をいう。強制力は(A)雪氷の滑脱を目的として人為的に作り出された力、及び(B)(A)には該当しないが、直接的にではなく間接的に又は結果的に雪氷の滑脱の効果を奏する力に分けられ、特に後者(B)については、(B−1)人為的に作り出された力に該当するものと(B−2)人為的に作り出された力には該当しないものに分けられる。たとえば、物体表面とそこに付着している雪氷との間の滑雪氷を問題にしている場合、その雪氷に働く重力、自然風、海洋波のような自然の力は人為的に作り出された力ではないので(A)には該当せず、しかも直接的に雪氷の滑脱の効果を奏する力に相当するので(B)、特に(B−2)にも該当せず、よって強制力には当たらない。しかし、その雪氷が自然の力により滑脱した後、物体表面の別の場所に付着していた別の雪氷に衝突し、その際の衝撃により当該別の雪氷が滑脱した場合は、その衝撃の力は(A)には該当しないが(B−2)に該当し、よって強制力に相当する。また、水又は水溶液が入った容器内で旋回子を回転させて、容器外の冷媒と容器壁面を介して熱交換を行い、容器内で壁面において熱交換することで容器内で製氷する場合、旋回子が容器壁面を掻き取ることで氷を滑脱させるときの掻き取りの力(せん断力)や容器壁面を超音波振動させて氷の滑脱を促すときの振動の力は(A)に該当し、容器内で回転又は移動する水又は水溶液(滑脱した氷粒がスラリー化しているときはそのスラリーを含む)の粘性、容器壁面近傍で生じる乱流(配管内壁近傍で起こる乱流や表面の異形部分の下流で生じる乱流、液体の一時的な増量により生じる乱流を含む)、滑脱後の氷との衝突などにより容器壁面に付着又は生成若しくは成長した氷の滑脱が起こるときの当該氷に作用する力は(B−1)に該当する。
(13)親水性とは、「ある物質に関し、水との相互作用が大きく、親和性が大きい性質」(岩波理化学辞典第5版)をいう。被膜のぬれ性の程度(特に接触角)に従って又は光触媒効果などの特殊な性質を併せ持つことを理由にして「超親水性」という用語が定義される場合があるが、それも親水性に含まれる。
【背景技術】
【0002】
物体の表面への雪氷の付着は種々の問題の原因になる。そこで従来は、物体表面に撥水性被膜を形成することにより、着雪氷を防止し、或いは滑雪氷性を増加させていた。例えば、物体表面に撥水性塗装膜を形成することで着雪氷を防止するもの(特許文献1)、シラン化合物やフッ素含有化合物を塗布して物体表面に撥水性被膜を形成した領域を設け、その他の領域に親水性物質を分布させることにより、(ア)より大きな水素結合力、ファンデルワールス力等の差を発生させ、滑雪氷性を増加させるとともに、(イ)その親水性により物体表面に付着していた汚染物質を除去することで着雪氷防止の効果が低下することを防止するもの(特許文献2)、(ウ−1)降雪時の着雪氷防止効果に優れたものが必ずしも滑雪氷性に優れている訳ではなく、(ウ−2)着雪氷防止には雪氷と物体表面との付着力(着氷力)が小さい方が有利であるとの知見及び(エ)雪氷と物体のとの界面に水が存在すると水の粘性(潤滑作用)により雪氷が滑脱し易くなるとの推察に基づき、オルガノシリケートと疎水性化合物を含有する組成物を物体表面に塗布し、降雪時の着雪氷防止と昇温時の滑雪氷性の増加を両立させるもの(特許文献3)、オルガノシリケートと疎水性化合物を含有する組成物を物体表面に塗布した後に加熱処理を施すことで、着雪氷防止効果を持続させるもの(特許文献4)、製氷装置の配管にフッ素樹脂等のテープで被覆するもの(特許文献5)、がこれに該当する。
【0003】
【特許文献1】特開2000−26844号公報
【特許文献2】特開2002−88347号公報
【特許文献3】特開2002−256218号公報
【特許文献4】特開2002−370317号公報
【特許文献5】特開平5−296622号公報
【特許文献6】特開昭63−194162号公報
【特許文献7】特開平3−204578号公報
【特許文献8】特開2003−148841号公報
【特許文献9】実開平7−42475号公報
【特許文献10】特開平7−81772号公報
【特許文献11】特開平5−272106号公報
【特許文献12】特開2003−25511号公報
【特許文献13】特開2004−188397号公報
【特許文献14】特開平10−237837号公報
【特許文献15】特開平6−329949号公報
【特許文献16】特開平6−329950号公報
【特許文献17】特開2005−171658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の通り、従来は、物体表面に撥水性被膜を形成することを基本的前提として、着雪氷防止の効果や滑雪氷性の向上が検討されてきた。特許文献2では、物体表面に撥水性被膜を形成していない領域に親水性物質を分布させてはいるが、その役割は上記(ア)(イ)に止まっている。特許文献2は、親水性被膜により着雪氷を防止したり、滑雪氷性を向上させるというものではない。
【0005】
他方、物体表面に形成される被膜が、着雪氷防止や滑雪氷性の増加に寄与するとしても、その被膜の強度や耐久性が十分でなければ、その物体を設置できる環境が限られてしまう。例えば、雪氷が滑脱する場合、滑脱箇所とは別の箇所の物体表面にその雪氷が衝突し損傷を与えたり、擦り疵を残すことがある。また、物体が寒冷地で使用される屋根材、標識、外壁パネルの場合、軒下の氷柱がそこに落下したり、飛石が衝突することもある。物体が海洋構造物や船舶の場合には、漂流物や浮遊物(雪氷の塊を含む)が衝突することもある(以上、上記(B−2)の強制力が作用する場合に相当する)。水周り台所用品、製氷器、食器、工作用治具に付着した汚れを拭き掃除により除去する場合は、それらの物体の表面は摩擦力を受ける(上記(B−1)の強制力が作用する場合に相当する)。寒冷地や低温環境に設置される配管、機器等の保守管理では、作業員がハンマーで打撃するなどして機械的衝撃を故意に与え、これにより付着した雪氷を滑脱させることがあるが、そのような機械的打撃を物体表面が受けることもある。物体が製氷機の熱交換器の場合には、冷媒との熱交換により熱交換器の表面に成長した氷塊を引掻いて又は振動を加えて滑脱させる機構が採用される場合があり、この場合にも物体表面は衝撃を受ける(上記(A)の強制力が作用する場合に相当する)。これらの結果、物体表面にその雪氷が衝突し損傷を与えたり、擦り疵を残すことになる。当初は微小な損傷や擦り疵であっても長期間に亘る衝突等の繰り返しにより損傷や擦り疵が悪化したり、肉眼視によっても目立ってくる。大気などの環境に暴露することで発錆する場合にはなおさらである。よって、物体表面の滑雪氷性の増加のために被膜を形成する際には、その物体が現実の環境に設置され得ることを念頭に入れておく必要がある。
【0006】
しかし、従来は、シラン化合物やフッ素含有化合物に代表される有機物を主原料とする塗料(以下「有機物系塗料」という)により形成される撥水性塗装膜を物体表面に形成する際、物体が設置され得る現実の環境に好適な強度を有する塗装膜を採用することで着雪氷を防止し、滑雪氷性を改善するという取り組みが十分ではなかった。例えば特許文献4には、親水性塗装膜の強度の評価結果について、鉛筆硬度試験(JIS・K7125準拠)及び耐摩耗試験(JIS・K7125に示される摩擦係数測定用滑り片に#320と#400のサンドペーパを取り付けて100mm/分の速度で10回試料の塗装膜上を滑らせ、擦り傷の有無を目視する試験)により塗装膜の性能評価を行い、前者については「3H」程度の鉛筆硬度、後者については「擦り傷が認められない」との結論を得た旨の開示が認められる。ところが、上記試験結果の水準に止まる被膜の強度では物体が設置され得る現実の環境に好適とはいえない。今日、塗装膜の硬度として「3H」は格段高い硬度を指標するものとはいえず、「#320」と「#400」というサンドペーパの粒度も、物体表面を塗装する前に行う仕上げ(耐水性サンドペーパの場合には中仕上げ)の研磨に使用する程度のものである。そしてそのサンドペーパを「どの程度の力で試料の塗装膜に押し付けたのか」という重要な試験条件が不明なまま耐磨耗性の評価がなされている。この意味から、特許文献4において、物体が設置され得る現実の環境に好適な強度を有する被膜が採用されたとは言い難い。
【0007】
本発明は、以上に鑑みて、特に着雪氷の防止や滑雪氷性が要求される現実の環境についての洞察に基づきなされたものであり、従来のような有機物系塗料により物体表面に形成された撥水性被膜ではなく、無機物を主原料とする塗料(以下「無機物系塗料」という)により形成された親水性塗装膜(以下「無機系親水性塗装膜」という)を採用し、物体表面の着雪氷の防止や滑雪氷性の増加を図ることで、現実的な環境においてより好適な物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る物体の第1の態様は、雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体であって、その表面には無機系親水性塗装膜が形成されているものである。
【0009】
本発明に係る物体の第2の態様は、同物体の第1の態様において、無機系親水性塗装膜が、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものである。
【0010】
本発明に係る物体の第3の態様は、同物体の第1又は第2の態様において、無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されているものである。
【0011】
本発明に係る物体の第4の態様は、同物体の第1、第2又は第3の態様において、無機系親水性塗装膜が濃彩色をしているものである。
【0012】
本発明に係る物体の第5の態様は、同物体の第1、第2、第3又は第4の態様において、物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0013】
本発明に係る物体表面の処理方法の第1の態様は、雪氷が付着する可能性がある物体の表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておくものである。
【0014】
本発明に係る物体表面の処理方法の第2の態様は、雪氷が付着する可能性がある物体の表面に、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成しておくものである。
【0015】
本発明に係る物体表面の処理方法の第3の態様は、同物体の第1又は第2の態様において、無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されているものである。
【0016】
本発明に係る物体表面の処理方法の第4の態様は、同処理方法の第1、第2又は第3の態様において、無機系親水性塗装膜が濃彩色をしているものである。
【0017】
本発明に係る物体表面の処理方法の第5の態様は、同処理方法の第1、第2、第3又は第4の態様において、物体が、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0018】
本発明に係る物体の処理システムは、本発明に係る物体のうち第1、第2、第3又は第4の態様のものと、その物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えるものである。この処理システムにより、本発明に係る物体及び物体表面の処理方法の各第5の態様のものが実現される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、物体の表面に無機系親水性塗装膜を形成することで着雪氷の防止や滑雪氷性の増加の効果を得ることができ、より高い強度と耐久性を有する被膜になるので、かかる効果を維持したまま広い用途で当該物体を使用することができる。
【0020】
特に、無機系親水性塗装膜がホウ素イオンを含有するガラス構造を備える場合には、強度と耐久性がより高くなる。
【0021】
また、特に無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されている場合には、塗料の乾燥・硬化の過程で溶媒が揮発せず、揮発物質が膜構造を崩す又は乱すことがないので、健全な塗装膜となり、強度と耐久性がより高くなる。
【0022】
無機系親水性塗装膜が形成された物体が屋外で使用されると否とに拘らず、その塗装膜が濃彩色であれば熱を吸収し易くなる。この結果、付着した雪氷が塗装膜上で融解し易くなり、また融解してできた水が塗装膜に広がり易いので、滑雪氷性が更に向上する。
【0023】
物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する場合には、物体表面に付着した雪氷の滑脱が促進され再付着も阻止されるので、着雪氷の防止の効果が高まり、滑雪氷性も向上する。この場合、物体表面に強制力が作用するので被膜の強度と耐久性に懸念が生じてくる。しかし、無機系親水性塗装膜、特にホウ素イオンを含有するガラス構造を備える被膜であれば、また、その塗装膜を形成する無機物系塗料の溶媒をアルコールのような揮発性溶媒でなく、水に代表される非揮発性溶媒にすれば、上記のような懸念は払拭される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明に係る実施例を説明する。まず、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料としては、例えば、(あ)アルカリ金属シリケートにホウ酸塩を添加し、無機充填材として微細な鱗片状の透明シリカを混合した組成物(特許文献14参照)、(い)アルカリ金属シリケートに、珪酸カルシウム又は燐酸亜鉛を添加し、無機充填材としてコレマナイトやウレキサイトを主成分とした天然ガラスを微細な鱗片状として混合した組成物(特許文献15、特許文献16等参照)がある。(あ)(い)のいずれの組成物にも、更に個別の要求仕様に応じて微量物質が配合されることがある。
【0025】
上記のような組成物を適当な溶媒に均質分散させて塗料にし、これを物体表面に塗布して焼き付ける。焼付けは、有機物系塗料の場合よりも高温で行われる。例えば、(い)の組成物を適当な溶媒を採用して塗料にし、これを20〜100ミクロンメートル程度の厚さに塗布し、ステンレス鋼板(SUS304)表面で焼き付ける場合には、まず摂氏100度で約5分間予備乾燥し、その後20〜25分かけて摂氏250度程度まで昇温させ、5〜10分間その温度を維持することで焼き付ける(その後は適当速度で冷却する)のが基本となる。なお、塗装膜の厚さは最終的には50ミクロンメートル以下が好ましい。これ以上の厚さになるように塗料を塗布し焼き付けると、塗装膜にクラックが入り易くなり、強固で健全な被膜になり難くなるからである。
【0026】
かくして出来上がる物体表面の断面を図1に模式的に示す。この図において、物体1の材質は、塗装膜形成が可能、特に高温焼付け温度に晒されても実害が生じないもの、例えばステンレス鋼、アルミニウム、銅、亜鉛めっき鋼、ガラス等の無機材料の中から選択できる。物体に塗布後高温で焼き付けることで形成される無機系親水性塗装膜2は、その名の通り親水性を呈するが、同時に強度も高くなる。特に、予備乾燥及び昇温後の維持温度を摂氏180度以上、好ましくは摂氏200度以上とする高温焼き付けによりホウ素イオンを含有するガラス構造を備える強固で耐久性のある無機系親水性塗装膜を形成することができる。しかも、水に代表される非揮発性溶媒を採用すれば、焼付け時に急激に溶媒が揮発せず、揮発物質が膜構造を崩す又は乱すことがないので、より強度と耐久性が高い、健全な塗装膜を形成することができる。
【0027】
なお、維持温度が摂氏180度未満であっても同100度以上であれば、ホウ素イオンを含有するガラス構造を実現できなくもないが、ガラス硬度が不十分であり、アルカリ金属シリケートに由来するアルカリ分が塗装膜外に溶出し易くなる結果、塗装膜の親水性や強度・耐久性が長時間維持できなくなる。よって、本発明においてより好適な無機系親水性塗装膜は、水又はその他の非揮発性液体を溶媒として採用した無機物系塗料を塗布し、摂氏180度以上、好ましくは摂氏200度以上に維持する高温焼き付けにより形成されたホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものといえる。以下の説明においては焼き付け温度については特に触れないが、維持温度は摂氏180度以上である。
【0028】
実際、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さでステンレス鋼板(SUS304)の基板(以下、簡便のため「SUS304基板」という)の表面に塗布し、焼き付けることで形成した無機系親水性塗装膜は、水との接触角は10度程度、鉛筆硬度試験(JIS・K7125準拠)によれば「9H」以上、適切な塗装条件を選択しない場合であっても(例えば、基本焼付け条件を充足しない焼付けを行うような場合は論外であるが)、「7H」を下回ることはなく、モースコードでは「3.5」以上となった。また、耐摩耗試験(JIS・K7125に示される摩擦係数測定用滑り片に#180のサンドペーパを取り付けて、その滑り片に250グラムの錘を載せて100mm/分の速度で20〜30回以上試料の塗装膜上を滑らせ、擦り傷の有無を目視する試験)の結果は「擦り傷が認められない」であった。日常品として市販されているスポンジタワシ(販売元:住友スリーエム株式会社、製品番号:S−21K)のスコッチ面(不織粗目面)で250グラムの錘を載せつつ8000回以上擦っても目視可能な擦り傷は認められなかった。更に、SUS304基板を無機系親水性塗装膜が形成されている面を上に向けて木製台座に置き、その面を金槌で強打することで形成される打撃痕部分を目視により観察したところ、塗装膜の剥離は認められず、基板とともに変形していることが確認された。
【0029】
他方、上記(い)の組成物をエタノール溶媒に均一分散させた塗料を、溶媒が異なるという点を除き非揮発性溶媒(水)の場合と同一の条件でSUS304基板に焼き付けた場合には、上記鉛筆硬度試験は「5H」程度、モースコードでは「2」以上に止まった。また、SUS304基板に市販のフッ素系樹脂塗料を用いて撥水性塗装膜を形成し、その塗装膜が形成されている面を上に向けて木製台座に置き、その面を金槌で強打することで形成される打撃痕部分を目視により観察したところ、明白な塗装膜の剥離が認められた。
【0030】
次に、着雪氷性と滑雪氷性の実験及びその結果をについて説明する。
【0031】
(水滴滴下実験) 一辺50センチメートル、厚さ5ミリメートルのアルミニウム平板を一組用意し、一方の平板の一面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の平板は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。無機系親水性塗装膜を形成した平板と対照用平板を水平台座に設置し、同量の水を滴下して冷凍庫に入れ、両平板上に氷面を形成した。その後、水平台座におき、一定高さから蒸留水を滴下し、氷の剥離の進捗を調べた。その結果、無機系親水性塗装膜を形成した平板の方が、付着した氷がより早期に、また一度により多くの氷が塊となって滑脱した。これにより、無機系親水性塗装膜の形成が氷の滑雪氷性の向上に寄与していることが分かる。液体としての水が物体表面に存在し得る環境である場合、寒冷地で使用される又は低温に晒される看板、標識、屋根材、信号機、工作用治具、外壁パネル、水周り台所用品、製氷器、食器、船舶、海洋構造物、航空機類、車輌、送電鉄塔などの物体の表面の処理方法として、無機系親水性塗装膜の形成が好適であるといえる。
【0032】
(着氷せん断力試験) いずれも厚さ0.8mmのステンレス鋼板(SUS304)及びアルミニウム板(市販品)を用意し、そこから切り出した基板表面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗布し焼き付ける。これにより形成された塗装膜の上に水滴を垂らして直径約30mm程度の一塊とし、冷却して氷塊とする。この氷塊を表面に備える基板を冷却環境から取り出し、衝撃を与えることなくゆっくり傾けてゆくと、幾つかの基板から氷塊が自重により滑脱した。また、水滴を氷塊(特に氷塊と基板表面との境目)に垂らすとすべての基板の表面上で氷塊の一部又は全部が滑脱した。
【0033】
また、上記のステンレス鋼板及びアルミニウム板から1辺100mmの正方形平板を試験片として切り出し、一組の試験片をもって塗装膜形成用と対照用とし、その組を相当数用意する。上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗装膜形成用試験片に塗布し焼き付ける。次に水道用硬質塩化ビニル管(外径38mm程度、内径31mmの市販品)から円筒環を切り出し、その円筒環の両端面を水平面上に置いたとき隙間ができないように平滑に研磨するとともに、高さを同一に揃えておく。また、同じ高さの位置にステンレスワイヤ9(後述)の端部が係合可能な部材13(後述)を取り付けておく。次に無機系親水性塗装膜が形成された試験片(以下「塗装膜試験片」という)と対照用試験片を水平面上に配置し、各表面の中央に円筒環を配置する。このとき、円筒環の端面が試験片(塗装膜試験片の場合は塗装膜が形成されている側)の表面に対向し密着するように円筒環を配置し、且つ、試験片と円筒環とが離隔しないように圧力を掛けながら、同一量の水を円筒環内に流し込み、塗装膜試験片と対照用試験片の組を冷却温度、冷却速度、過冷却度その他の冷却条件を同一にして冷却し、また冷却条件を変えて別の試験片の組を同様に冷却し、円筒環内の水を試験片表面上で凍らせ、氷にする。
【0034】
引き続き、図2に示す試験装置を用いて、塗装膜試験片31と対照用試験片32の組について着氷せん断力を測定した。この試験装置は、試験片3(31、32)を水平に載荷する水平台座4、試験片3を固定し、その水平方向の移動を阻害する固定治具5、6、試験片3上の円筒環11の上端部の極近傍に非接触且つ水平に配置し、円筒環11の垂直方向の移動を阻害する上部制限部材7、上部制限部材7を水平に支える垂直台座8、試験片3上の円筒環11の部材13との係合により、これに水平方向の引張力を印加するステンレスワイヤ9、ステンレスワイヤ9の水平移動をプーリ101、102で支持する水平支持台座10を備える。上部制限部材7の垂直方向の位置は座標調整手段(図示せず)により調整可能であり、プーリ101、102の垂直方向の位置、従ってステンレスワイヤ9の垂直方向の位置も別の座標調整手段(図示せず)により調整可能である。この装置に試験片3を設置しステンレスワイヤ9を用いて、試験片3の表面と平行な方向Hへ一定速度で引っ張り、部材13とは反対側のワイヤ9の端部に接続するロードセル(図示せず)で荷重変化を読み取る。試験片3上の円筒環11の内部には試験片3の表面に凍結した氷12が存在するので、ワイヤ9で円筒環11を引っ張るとその氷が試験片3の表面から滑脱するので、ロードセルで読み取った最大の荷重を着氷せん断力とする。なお、この試験装置により着氷せん断力を測定する際には、試験片を冷却雰囲気から取り出した後、速やかに水平台座に設置し、試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除し、その測定を行う。
【0035】
塗装膜試験片と対照用試験片の組について着氷せん断力を測定値し、各組において測定値の比を計算し、取りまとめたものが図3である。冷却条件を3通り設定し、各冷却条件について6点測定し、最大値及び最小値を除いた残り4点で評価した結果、無機系親水性塗装膜が形成されていた方が形成されていない場合に比べ、着氷せん断力が平均43%(最大61%、最小21%)減少することが分かった。6点から除いた最大値及び最小値は、いずれも1.0未満であった。
【0036】
なお、図2に示す試験装置を用いて着氷せん断力を測定する際に試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除すると、試験片の水平方向の極僅かな加速(又は慣性力)により、約27%の塗装膜試験片において、表面に付着していたはずの氷が円筒環とともに初期の設置位置から滑脱した。このことからも、塗装膜試験片に形成された無機系親水性塗装膜による滑雪氷性は相当に高く、着雪氷の防止又は抑制の効果が著しいことが分かる。
【0037】
次に、強制力が作用する環境における着雪氷性と滑雪氷性の実験及びその結果をについて説明する。
【0038】
(攪拌旋回試験) 図4に示す攪拌装置を用いて、攪拌手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この攪拌装置は、冷媒入出口161、162を備える容器16とその内側に配置する容器17で構成され、両容器の間の空間(少なくとも両容器の底面間の空間)に目標温度を摂氏マイナス8度に調節した冷媒が通流し、容器17に収容されている水又は水溶液が、容器17の壁面を熱交換面として冷媒により冷却され、容器17の底面に平行な回転面を有する2枚の攪拌翼18により攪拌される。攪拌翼18は、容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続し、容器17の底面に非接触な近接した位置(当該底面から1mmから数mmだけ離隔した位置)で回転する。モータ19は回転速度、回転トルクが可変であり、回転軸20は、容器16の上蓋21の中央付近を貫通するように配置している。上蓋21には透明板張りののぞき窓(図示せず)が付いている。冷媒の温度は摂氏0度未満であって、容器17の底面において水が凍り、氷が生成するに足る低温であればよい。容器16、17及び攪拌翼18はステンレス鋼製であり、容器16、17の底面は観察者の顔が不鮮明に映る程度の略鏡面状とする。
【0039】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、翼18の高速回転による攪拌を開始するとともに冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間が長くなった。更に長時間攪拌すると、多くの場合で攪拌翼18の回転が停止した。その間、容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。回転停止前に攪拌を停止し、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底面に広く氷が群状に形成され、後述の容器171の場合よりも厚みがあった。長時間攪拌し続けた場合には容器17の底部に同心円状の擦疵が確認された。攪拌翼18は容器17の底部と非接触に回転していたので、攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた氷(当該底面に発生した氷及び沖合いの水の中で発生、成長した氷を含む)が擦疵の原因と考えられる。
【0040】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、高速攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始めたが、容器172の場合に比べるとその発音頻度又は音量は遥かに小さく、長時間攪拌しても攪拌翼18の回転が停止することは無かった。しかし、容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。攪拌停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、容器17の底面を観察したところ、殆どの場合、(1)全く氷が形成されていない、(2)底面の局所に氷が群状に形成される、(3)底面の略全域にわたり薄く氷層が形成される、のいずれかであった。底面の特定箇所に氷が群状に形成される場合もあったが、容器172の場合に比べると、その氷の量は遥かに少なかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0041】
図4に示す装置において容器17の底面に付着した氷の滑脱を可能にした強制力は、主として上記(B)の強制力、より詳しくは攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた水や氷(当該底面に発生した氷及び沖合いの水の中で発生、成長した氷を含む)によるせん断力や衝撃力であると考えられる。その場合、当該強制力の発生手段は、狭義には攪拌翼18であり、より広義には翼18、モータ19及び回転軸20である。
【0042】
(掻出旋回試験) 図5に示す掻出装置を用いて、掻出手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この掻出装置は、図4に示す攪拌装置と基本的に同じ構成なので、図5において図4と同じ部分または相当する若しくは共通する部分には図4のそれと同じ符号を付し、一部の説明を省略する。他方、図5において特有なものは、掻出翼22であり、これは図4の攪拌翼18の先端の略全域にわたり硬質ゴム部材221を固着したものに相当する。この硬質ゴム部材221は、容器17の底面と一定の圧力をもって接触する。このため容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続する掻出翼22が回転すると、容器17の底面は硬質ゴム部材221により掻き出されるような摩擦を受け、容器17の底面に付着した氷と当該底面との間には両者を離隔させるようなせん断力、即ちその氷を滑脱させる強制力(主として上記(A)の強制力)が生じる。言うまでもなく、当該強制力の発生手段は、掻出翼22、特にその先端の硬質ゴム部材221であり、広義には翼22、モータ19及び回転軸20である。
【0043】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、掻き出しを開始するとともに冷媒の通流を開始した。翼22の回転速度は、翼22、特に部材221の破損を回避するため、攪拌翼18の場合よりは低速とした。暫くすると掻出翼22の旋回音(硬質ゴム部材221と容器17の底面との摩擦音を含む)に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間が長くなった。更に長時間攪拌すると、掻出翼22の回転が停止する場合もかなりあった。掻き出しの過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。掻き出し停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底部に氷が群状に形成されている場合があった。長時間掻き出しを行った殆どの場合、容器17の底部に同心円状又は同心円弧状の擦疵が確認された。この擦疵は、攪拌翼18による場合よりは遥かに早く発生した。容器17の底部表面に生成した氷粒や沖合いの水の中で発生し成長した大きめの氷粒が巻き込まれ、これに掻出翼22による強制力が加わったのが擦疵の原因であると考えられる。
【0044】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。掻出翼22の旋回音に混じって異音が発生する頻度はかなり低く、発生した場合であっても容器172の場合に比べるとその音量は遥かに小さく、長時間掻き出しを行っても掻出翼22の回転が停止することは無かった。しかし、容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。掻出停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、全く氷が形成されていなかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0045】
(圧接旋回試験) 図6に示す圧接装置を用いて、圧接手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この圧接装置は、図4に示す攪拌装置と基本的に同じ構成なので、図6において図4と同じ部分または相当する若しくは共通する部分には図4のそれと同じ符号を付し、一部の説明を省略する。他方、図6において特有なものは、圧接翼23であり、これは図4の攪拌翼18の先端の一部にドラム型ロール状の硬質ゴム部材231を設置したものに相当する。この硬質ゴム部材231は、容器17の底面と平行な回転軸の周りに転動自在なロールであり、図5の掻出翼22のゴム部材221よりも大きな圧力(未計測)で容器17の底面と接触し、硬質ゴム部材123以外の圧接翼23の部分は容器17の底面には接触しないものの、図4の場合よりも当該底面から離隔させ、翼23の回転面と容器17の底面との間に氷を巻き込み難くしてある。
【0046】
硬質ゴム部材231は、圧接翼23の回転に伴い容器17の底面を押圧移動する際、ロールの背面に発生する負圧により又はロールの弾性変形の開放による圧力により容器17の底面に付着した氷を剥離し易くさせる。かかる力は氷の滑脱を可能にするのは、図5の場合と同様、主として上記(A)の強制力であると考えられる。当該強制力の発生手段は、圧接翼23、特にその先端の硬質ゴム部材231であり、広義には翼23、モータ19及び回転軸20である。
【0047】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、圧接翼23を容器17内に設置し、旋回を開始するとともに冷媒の通流を開始した。翼23の回転速度は、翼23、特に部材231の破損を回避するため、掻出翼22の場合よりは低速とした。暫くすると圧接翼23の旋回音(硬質ゴム部材231と容器17の底面との摩擦音を含む)に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間も長くなった。ただし、長時間経過しても翼23の回転が停止することはなかった。部材231による押圧移動の過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。押圧移動を停止し、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底部のうち、部材231の軌道上には氷が殆ど形成されていなかったが、同心円状の擦疵が顕著に確認された。容器17の底部表面に生成した氷粒や沖合いの水の中で発生し成長した大きめの氷粒が巻き込まれ、これに圧接翼23によるかなり大きな強制力が加わったのが顕著な擦疵の原因であると考えられる。
【0048】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、圧接翼23を容器17内に設置し、旋回を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。圧接翼23の旋回音に混じって異音が発生する頻度はかなり低く、発生した場合であっても容器172の場合に比べるとその音量は相対的に小さかった。しかし、容器172の場合と同様に、長時間旋回させても翼23の回転が停止することはなく、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。旋回停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、少なくとも部材231の軌道上には全く氷が形成されておらず擦疵も確認できなかった。
【0049】
(試験結果のまとめ) 以上により、無機系親水性塗装膜の形成により、滑雪氷性が増加し、着雪氷性が抑制又は防止されるとともに、水のせん断力、氷粒の衝突に起因する衝撃力、硬質ゴム部材との接触に起因するせん断力、摩擦力その他の応力、即ち強制力が作用しても容器17底部の強度と耐久性が確保されることが分かる。なお、無機系親水性塗装膜を形成していない場合、容器17の底面には旋回軌道に対応する擦疵が目視できたが、図面の理解の便のため、図4乃至図6のいずれにおいてもその擦疵は描写していない。また、翼18、22、23の旋回を停止した後容器17の底部を観察する際、容器17から氷粒と残余の水を取り除く作業中、振動や加速度を極力与えないように容器17を取り扱っても底部に付着していた氷粒のうちかなりの量が滑脱してしまった。氷粒の自重による滑脱と考えられる。これらのことからも、無機系親水性塗装膜による滑雪氷性は相当に高く、着雪氷の防止又は抑制の効果が著しいことが分かる。
【0050】
(試験結果の現実的適用例) 図4、図5及び図6に示した装置は、それぞれ、特許文献6に開示されている製氷ドラムユニット、特許文献7に開示された製氷装置及び特許文献8に開示された製氷機への本発明の適用を模擬したものである。また、図4に示した装置は、特許文献9に開示されたオーガ式製氷機、氷片搬送用スクリューコンベア及び搬送案内管、過冷却水搬送用の配管(異形配管を含む)やこれに介接するバルブ装置、過冷却水の過冷却状態を解除するための衝突板やキャビテーション発生用回転プロペラへの本発明の適用を模擬したものでもある。これらの装置の分野において、高強度の無機系親水性塗装膜を形成することで着雪氷性を防止又は抑制するという技術的手法を採用した例は、発明者が知る限り、ない。
【0051】
図7に基づき特許文献6に開示されている製氷ドラムを概説する。これは、吊り部材(図示せず)により水槽(図示せず)内に吊り下げられ、水槽内の水を冷却することで氷粒又は氷スラリーを製造する装置の要部であり、円筒形のドラム717と、ドラム717の中心に設置され、モータ719(図示せず)により回転駆動する回転軸720と、回転軸720に取り付けられた旋回羽根状部材718と、ドラム717を構成する周面材料に設けられた多数の冷媒管路760を備える。冷媒管路760を通流する冷媒は冷媒往管761(図示せず)から管路760に入り、冷媒還管762(図示せず)から管路760外に出るが、その過程で少なくとも内表面717Sを冷却し、ドラム717の内側に存在する水を氷結させる。鉛直に設定された回転軸720は上下2つのカップリング730により遊嵌され、カップリング730とこのカップリング730から延びる支持杆740によって回転軸720とドラム717との相対距離が一定に保たれる。旋回羽根状部材718はドラムの内表面717Sと僅かなクリアランスをもって回転軸720を中心に周回し、これによりドラムの内表面717Sに生成する氷を掻き剥がし、その内表面717Sから沖合いの水中に向かって離隔させ、水中に浮遊させる。ドラム717及びその内表面717Sが容器17及びその底面に対応し、冷媒管路760及びそこを通流する冷媒が容器16と容器17との間の空間(特に容器17の底面の領域)及びそこを通流する冷媒、回転軸720が回転軸20、旋回羽根状部材718が攪拌翼18(狭義の強制力発生手段)にそれぞれ対応する。
【0052】
図8及び図9に基づき特許文献7に開示された製氷装置を概説する。これは、製氷用溶液を冷却して氷スラリを製造する装置であり、製氷用溶液を通流させる内管817と、製氷用溶液を冷却する冷却媒体を通流させる外管816と、内管817に内装され、内管の内面817Sと弾性的に接触する刃先831を備えるブレード830を複数個持った回転体820と、回転体820を回転軸821の周りで駆動するモータ819を備えた製氷装置である。回転体820は、ブレード830と、内管817の半径方向に沿ったブレード830の移動を可能にするブレードガイド870と、ブレードガイド870の内部に装填され、各ブレード830が備える刃先831が内管の内面817Sに常時均一の押圧力で接触するよう付勢するスプリング880とを備えるので、回転軸821の軸心が内管817に対し偏心してもブレード830による氷の掻取りが安定する。製氷用溶液が容器17に収容された水に、回転体820の回転軸821が回転軸22に対応し、外管816、内管817及び冷却媒体が容器16、容器17及び両容器の間の空間を通流する冷媒にそれぞれ対応する。ブレード830及びその刃先831が掻出翼22及び硬質ゴム部材221にそれぞれ対応し、各ブレードの刃先831が内管の内面817Sに弾性的に接触している状態が、硬質とはいえゴム製の部材221が容器17の底面に接触している状態に対応する。ブレード830、特にその先端部を構成する刃先831が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には回転体820、ブレードガイド870、スプリング880などもこれに含めて構わない。
【0053】
図10及び図11に基づき特許文献8に開示された製氷機について概説する。これは、二重円筒状容器の内筒917と外筒916との間の流路を介して冷熱(冷却媒体)を供給し、内筒917内に製氷用溶液を流入させ、内筒内面917Sに形成された伝熱面に氷晶を析出させるものであり、内筒の軸心を回転軸921として内筒内側を回転する回転枠922と、回転枠921に内筒母線に平行に設けた回転自在のローラ923と、スプリングその他の弾性機構を備え、ローラ923を内筒内面917Sに押圧しつつ転動させる押圧手段924とからなる氷層剥離手段920を備える。この構成により、転動によるローラ923の背面に内筒内面917Sとの間に負圧を発生させ、薄肉氷層を伝熱面から剥離させる。このような剥離はブレードによる掻取り操作によらないので、剥離に要する動力も小さくて済み、ブレードを構成する部材の磨耗の心配もなく、連続的に起こる剥離により氷層のブリッジングも抑制でき、スラリー氷の安定製造が可能になる。氷を介してブレードと内筒内面とが張り付く現象やその現象に起因する回転停止も回避できる。外筒916が容器16に、内筒917と外筒916との間の流路が容器16と容器17の間の溶媒通流空間に、内筒内面917S又は内筒内面917Sに形成された伝熱面が容器17の底面に対応する。回転枠922が圧接翼23に、ローラ923が部材231に、回転枠922の回転軸921が回転軸20に相当する。硬質ゴム部材231を図5の掻出翼22のゴム部材221よりも大きな圧力で容器17の底面と接触させるために必要な手段は図6には示されていないが、これが上記の押圧手段924に対応する。氷層剥離手段920、特にローラ923が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には回転枠922、押圧手段924などもこれに含めて構わない。
【0054】
特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917であって、それぞれ、内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるもの、又はそれらを組み込んだ構造物が本発明に係る物体に相当する。特許文献6の製氷ドラムユニット、特許文献7の製氷装置、特許文献8の製氷機であって、それぞれ、特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917の内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるも、又はそれらを組み込むことで予定される機能を発揮する設備、施設、仕組み等が本発明に係る物体の処理システムに相当する。また、特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917のそれぞれの内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものを形成しておくことが、本発明に係る物体表面の処理方法に相当する。特許文献6の製氷ドラムにおけるドラムの内表面717S、特許文献7の製氷装置における内管の内面817S、特許文献8に開示された製氷機における内筒内面917Sといった製氷面にこの塗装膜を形成することにより、製氷面の滑雪氷性が向上し、強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的に製氷を行うことが可能になる。
【0055】
図12に基づき特許文献9に開示されたオーガ式製氷機について概説する。これは、冷凍ケーシング617内に水を供給し、その外部から冷却することで内周面617Sに氷を生成させ、この氷をオーガ620により掻き取り、上方の押圧頭630に送って圧縮脱水することで連続的に製氷する装置であり、より詳しくは、上下方向に延びる円筒状の冷凍ケーシング617と、冷凍ケーシング617内に水を供給する製氷水供給パイプと、冷凍ケーシング617内から水を排水する排水パイプと、冷凍ケーシング617の外周面に巻き付けられ、製氷水供給パイプから供給された水を冷却することにより内周面617Sに氷を生成させる冷却パイプ660と、冷凍ケーシング617内に同軸的に設けられているモータ619により回転駆動され、冷凍ケーシング617の内周面617Sに形成された氷を掻きとって上方に送る螺旋状のスクリュー刃621を外周面に形成したオーガ620と、冷凍ケーシング617の上部に固定され、オーガ620の上部を回転自在に軸承すると共にオーガ620から送り込まれた氷を受け入れて圧縮脱水する氷通路を構成する押圧頭630とを備える装置である。オーガ620の上端部は押圧頭630から上方に突出しており、その上端部にはカッタ622が同軸的にネジ止め固定されている。冷凍ケーシング617の上端には、氷放出筒650がカッタ622を覆うように取り付けられており、氷放出筒650の他端は貯氷庫(図示せず)内に開口されている。冷凍ケーシング617及びその内周面617Sが容器17及びその底面に対応し、冷却パイプ660及びそこを通流する冷却媒体が容器16と容器17との間の空間(特に容器17の底面の領域)及びそこを通流する冷媒に対応し、モータ619がモータ19、オーガ620が攪拌翼18、螺旋状スクリュー刃621が容器17の底面に最近接した攪拌翼18の先端部、オーガ620の回転軸624が回転軸20にそれぞれ対応する(なお、螺旋状スクリュー刃621が冷凍ケーシングの内周面に殆ど接触していると認められる場合には、図5に示した装置が当該オーガ式製氷機を模擬したものというべきであり、その場合、オーガ620が掻出翼22、螺旋状スクリュー刃621が部材221に対応する)。オーガ620、特に螺旋状スクリュー刃621が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には、強制力の形成に寄与するという意味から押圧頭630、押圧頭630が備える氷通路などもこれに含めて構わない。
【0056】
上記のオーガ式製氷機において、その冷凍ケーシング617の内周面617Sに(必要に応じてオーガ表面にも)無機系親水性塗装膜を予め形成することにより、製氷面の滑雪氷性が向上し、また、オーガ620から送り込まれた氷を受け入れて圧縮脱水する押圧頭630の氷通路の内面を無機系親水性塗装膜を予め形成することにより、氷通路における氷の通り抜けを容易にすることができ、加えて強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的に製氷を行うことが可能になる。
【0057】
特許文献10に開示された氷片の貯留搬送装置は、チップ氷製造機で製造されたチップ氷をスクリューコンベアにより搬送する装置である。図13に例示するように、スクリューコンベア500は、所要方向に回転させるモータ519と連結し、チップ氷供給口501及びチップ氷排出口502と連通接続する搬送案内室503内に設置され、供給口501から供給されたチップ氷の群を排出口502に向けて搬送する装置である。スクリューコンベア500は製氷を目的とするものではないが、その使用環境は被搬送氷が氷の状態を維持できる条件(被搬送物が融解しないような低温条件)に設定されるのが普通である。そのような条件の下では、スクリューコンベア500、特にその回転軸521周りに旋回する旋回部材520やこれに近接した搬送案内管503の内壁面503Sなどの構成部材において氷結が起こり被搬送物が塊状化したり、付着した氷が障害になるなどして動作不良を起こす場合がある。そこで旋回部材520やこれに近接した搬送案内管503などの構成部材の表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておく。これにより氷との接触面の滑雪氷性が向上し、強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的にスクリューコンベアによるチップ氷を搬送することが可能になる。スクリューコンベア500、特に旋回部材520が(狭義の)強制力発生手段に相当する。
【0058】
更に、図4に示した装置は、過冷却水搬送装置に使用される過冷却水配管への本発明の適用を模擬したものでもある。過冷却水搬送装置は、過冷却器により冷却した過冷却水を、過冷却水配管を介して過冷却解除装置に搬送するものであり、過冷却水配管の内面への氷の付着を防止できれば過冷却水の長距離搬送が可能になる。そこで、この過冷却水配管の内面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておく。すると、過冷却水配管の内面に氷が付着しても、搬送されている過冷却水によるせん断力を受け、当該氷の滑脱が起こり易くなる。よって、過冷却水の長距離搬送が可能になる。
【0059】
その他にも、過冷却水を通流させる際に乱流が形成されやすい異形配管やバルブ装置の内面、過冷却水を衝突させて過冷却状態を解除するための衝突板の表面、過冷却水中でキャビテーションを発生させ、過冷却を解除する回転プロペラの表面なども、本発明の適用対象として好適である。これらの対象は、移動する過冷却水に起因するより大きなせん断力や衝撃力を受けるので、表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておくことにより、氷の付着の防止又は抑制の効果がより顕著になる。
【0060】
なお、上記の異形配管やバルブ装置の場合には、それらの内部構造そのものが強制力発生手段として機能しているといえる。また、上記の衝突板に衝突するに足る力を過冷却水に与える手段(例えばポンプ装置)及び過冷却水中でキャビテーションを発生させる上記の回転プロペラがそれぞれの場合の強制力発生手段に相当する。
【0061】
太陽光の照射を受ける物体については、効果的に融雪や凍結防止を図るために太陽光が有効利用される場合がある。特許文献11では、車輌が走行する路面と、その路面の幅方向の一方の側からこの路面の上方に向かって延びる傾斜面を備える道路において、傾斜面の表面を黒色塗装することで、太陽からの熱吸収を良くしている。特許文献12では、撥水性テープに黒色顔料等の着色顔料、より一般的には白色顔料のみからなるような配合以外の顔料を配合することで日光からの吸熱を良くし、付着した氷雪を融解、蒸発させている。この点に着目し、本発明の適用対象が日光に晒される物体である場合は、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、カーボンブラックや鉄黒等の黒色顔料、その他の着色顔料又はその他の適当な物質(例えば、輻射熱伝導率を上げる物質)を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜を黒色、灰色、濃茶色等の濃彩色とする。これにより、滑雪氷性をより高めることができる。
【0062】
尤も、本発明の適用対象が太陽光の照射を受けない物体(例えば、日光に晒されない環境に設置されてはいるものの、相対的に温度が高い側から低い側に向かって流れる熱を受ける物体)であっても、そこに形成される塗装膜に赤外線を吸収する性質を与えれば、滑雪氷性を高めることができる。この点に着目し、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、赤外線を吸収する適当な物質を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜に当該赤外線を吸収する性質を与える。これにより、滑雪氷性をより高めることができる。
【0063】
他方、表面層が親水性であれば、融雪により形成される水が物体表面とそこに形成された雪氷との間に広がり、結果として滑雪氷性が高まる。ここで遠赤外線放射性を有する物質を含む表面層を形成すると融雪性が高まることが知られている。例えば、特許文献13には、遠赤外線放射性を有する電気石(トルマリン)を混合して屋根瓦やコンクリートブロックの融雪機能を高める技術が開示されており、特許文献17には、遠赤外線放出性粉末を分散させた表層シートを物体表面に設けることにより、電気による加熱を必要としない融雪材が開示されている。遠赤外線放射性が高まる物質としては、遷移金属元素酸化物系のセラミックを始めとして種々知られているが、天然鉱石としては雲母、電気石(トルマリン)、オーラストン等、天然炭化物としては海藻を炭化し微粉末にしたものや備長炭に代表される炭類、カーボンブラック、カーボンファイバー等がある。そこで、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、遠赤外線放射性を有する適当な物質を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜に遠赤外線放射性を与えれば、物体表面における滑雪氷性をより高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものを採用することで、物体表面の着雪氷の防止や滑雪氷性の増加を図ると同時に、現実的な環境においてより好適な物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る物体の断面の要部を示す説明図である。
【図2】着氷せん断力の試験装置の概略構成を示す説明図である。
【図3】着氷せん断力の試験結果(着氷せん断力比)を取りまとめて示す説明図である。
【図4】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(攪拌装置)の概略構成を示す説明図である。
【図5】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(掻出装置)の概略構成を示す説明図である。
【図6】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(圧接装置)の概略構成を示す説明図である。
【図7】本発明に係る製氷ドラムユニットのドラム及び掻き羽根部分を説明するための前半身切り欠き斜視図である。
【図8】本発明に係る製氷装置の概略構成を示す説明図である。
【図9】本発明に係る製氷装置の縦断面図である。
【図10】本発明に係る製氷機の概略構成を示す説明図である。
【図11】本発明に係る製氷機の縦断面図である。
【図12】本発明に係るオーガ式製氷機の概略構成を示す説明図である。
【図13】本発明に係るスクリューポンプの概略構成を示す説明図である。
【符号の説明】
【0066】
1 物体
2 無機系親水性塗装膜
3 試験片
4 水平台座
9 ステンレスワイヤ
11 円筒環
17 容器
18 攪拌翼
19 モータ
20 回転軸
22 掻出翼
23 圧接翼
221 硬質ゴム部材
231 ドラム型ロール状硬質ゴム部材
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体の表面に無機系親水性塗装膜を形成することにより、その表面への雪氷の付着を困難にし、表面に付着した雪氷を滑脱し易くする技術に関する。ここで、本発明との関連において又はその説明の文脈上、次に掲げる各用語の定義は以下に定める通りとする。
(1)物体とは、着雪氷の防止又は滑雪氷性の増加が必要なすべての有形物をいい、具体的には、冷媒が通過する又は冷媒と接する配管、熱交換器及び容器、冷凍庫の構成部材、寒冷地で使用される又は低温に晒される看板、標識、屋根材、信号機、工作用治具、外壁パネル、水周り台所用品、製氷器、食器、船舶、海洋構造物、航空機類、車輌、送電鉄塔などがこれに該当し、含まれる。
(2)被膜とは、物体の外面上に配置し、その外面を覆い包む膜をいう。
(3)塗装膜とは、物体の塗装、即ち塗料の塗布と乾燥・硬化又は焼付けにより形成された被膜をいう。
(4)物体の表面又は物体表面とは、物体の外面をいい、その外面に被膜が形成されている場合は、別段の説明がある場合を除き、その被膜の外面をいう。
(5)雪氷とは、水が固体状態になったものであり、物体表面への付着挙動を示し得るものをいう。雪、氷、霜が雪氷の典型例であるが、雪氷を定義する場合、塊状、粒状、片状等の外観や形態、凝固、凝集、凝結、機械的粉砕等の生成プロセスは問わない。従って、水や水以外の溶媒に分散又は混合している状態(スラリー状態、フレーク状態、シャーベット状態を含む)であっても、水が固体状態になったものであり、物体表面への付着挙動を示し得るものであれば雪氷であり、液体の水や水以外の溶媒中の水を摂氏零度以下への冷却して凝固させ、氷にする場合、水分を含む気体の温度を冷媒又は冷却源との接触、断熱膨張等の手段により下げ、その気体中の水分を凝結させ、霜や雪にする場合、相対的に大きな氷塊に衝撃力、せん断力等の応力を印加して粉砕し、氷片にする場合において、それぞれ、氷、霜や雪、氷片は、雪氷に含まれる。
(6)着雪氷とは、積雪、氷結、降霜その他のプロセスにより起こる物体表面への雪氷の付着をいう。
(7)着雪氷性とは、物体の表面に雪氷が付着する場合における、その付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいい、雪氷が物体表面に再付着する場合における、その再付着の起こり易さ又はその起こり易さの程度もこれに含まれる。着雪氷性は物体表面における雪氷の核の生成の起こり易さ又はその起こり易さの程度とは無関係に定義される。
(8)着雪氷の防止又は着雪氷防止とは、物体表面への着雪氷の抑制又は防止をいう。
(9)滑脱とは、物体の表面に付着した雪氷の当該表面から滑り落ちる、剥げ落ちる又は取り除かれることをいう。
(10)滑雪氷とは、滑脱のプロセスにより起こる物体表面からの雪氷の離脱をいう。滑雪氷の量が増えると、着雪氷の量が減り、滑雪氷の量が減ると、着雪氷の量が増える。
(11)滑雪氷性とは、物体の表面に付着した雪氷が当該表面から滑脱する場合における、その滑脱の起こり易さ又はその起こり易さの程度をいう。滑雪氷性の増加は、着雪氷の防止の効果を奏し、滑雪氷性の減少は、着雪氷防止の効果の低下を招く。
(12)強制力、特に物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力とは、物体表面に付着した雪氷の滑脱が起こり易くなるように作用する力をいう。強制力は(A)雪氷の滑脱を目的として人為的に作り出された力、及び(B)(A)には該当しないが、直接的にではなく間接的に又は結果的に雪氷の滑脱の効果を奏する力に分けられ、特に後者(B)については、(B−1)人為的に作り出された力に該当するものと(B−2)人為的に作り出された力には該当しないものに分けられる。たとえば、物体表面とそこに付着している雪氷との間の滑雪氷を問題にしている場合、その雪氷に働く重力、自然風、海洋波のような自然の力は人為的に作り出された力ではないので(A)には該当せず、しかも直接的に雪氷の滑脱の効果を奏する力に相当するので(B)、特に(B−2)にも該当せず、よって強制力には当たらない。しかし、その雪氷が自然の力により滑脱した後、物体表面の別の場所に付着していた別の雪氷に衝突し、その際の衝撃により当該別の雪氷が滑脱した場合は、その衝撃の力は(A)には該当しないが(B−2)に該当し、よって強制力に相当する。また、水又は水溶液が入った容器内で旋回子を回転させて、容器外の冷媒と容器壁面を介して熱交換を行い、容器内で壁面において熱交換することで容器内で製氷する場合、旋回子が容器壁面を掻き取ることで氷を滑脱させるときの掻き取りの力(せん断力)や容器壁面を超音波振動させて氷の滑脱を促すときの振動の力は(A)に該当し、容器内で回転又は移動する水又は水溶液(滑脱した氷粒がスラリー化しているときはそのスラリーを含む)の粘性、容器壁面近傍で生じる乱流(配管内壁近傍で起こる乱流や表面の異形部分の下流で生じる乱流、液体の一時的な増量により生じる乱流を含む)、滑脱後の氷との衝突などにより容器壁面に付着又は生成若しくは成長した氷の滑脱が起こるときの当該氷に作用する力は(B−1)に該当する。
(13)親水性とは、「ある物質に関し、水との相互作用が大きく、親和性が大きい性質」(岩波理化学辞典第5版)をいう。被膜のぬれ性の程度(特に接触角)に従って又は光触媒効果などの特殊な性質を併せ持つことを理由にして「超親水性」という用語が定義される場合があるが、それも親水性に含まれる。
【背景技術】
【0002】
物体の表面への雪氷の付着は種々の問題の原因になる。そこで従来は、物体表面に撥水性被膜を形成することにより、着雪氷を防止し、或いは滑雪氷性を増加させていた。例えば、物体表面に撥水性塗装膜を形成することで着雪氷を防止するもの(特許文献1)、シラン化合物やフッ素含有化合物を塗布して物体表面に撥水性被膜を形成した領域を設け、その他の領域に親水性物質を分布させることにより、(ア)より大きな水素結合力、ファンデルワールス力等の差を発生させ、滑雪氷性を増加させるとともに、(イ)その親水性により物体表面に付着していた汚染物質を除去することで着雪氷防止の効果が低下することを防止するもの(特許文献2)、(ウ−1)降雪時の着雪氷防止効果に優れたものが必ずしも滑雪氷性に優れている訳ではなく、(ウ−2)着雪氷防止には雪氷と物体表面との付着力(着氷力)が小さい方が有利であるとの知見及び(エ)雪氷と物体のとの界面に水が存在すると水の粘性(潤滑作用)により雪氷が滑脱し易くなるとの推察に基づき、オルガノシリケートと疎水性化合物を含有する組成物を物体表面に塗布し、降雪時の着雪氷防止と昇温時の滑雪氷性の増加を両立させるもの(特許文献3)、オルガノシリケートと疎水性化合物を含有する組成物を物体表面に塗布した後に加熱処理を施すことで、着雪氷防止効果を持続させるもの(特許文献4)、製氷装置の配管にフッ素樹脂等のテープで被覆するもの(特許文献5)、がこれに該当する。
【0003】
【特許文献1】特開2000−26844号公報
【特許文献2】特開2002−88347号公報
【特許文献3】特開2002−256218号公報
【特許文献4】特開2002−370317号公報
【特許文献5】特開平5−296622号公報
【特許文献6】特開昭63−194162号公報
【特許文献7】特開平3−204578号公報
【特許文献8】特開2003−148841号公報
【特許文献9】実開平7−42475号公報
【特許文献10】特開平7−81772号公報
【特許文献11】特開平5−272106号公報
【特許文献12】特開2003−25511号公報
【特許文献13】特開2004−188397号公報
【特許文献14】特開平10−237837号公報
【特許文献15】特開平6−329949号公報
【特許文献16】特開平6−329950号公報
【特許文献17】特開2005−171658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の通り、従来は、物体表面に撥水性被膜を形成することを基本的前提として、着雪氷防止の効果や滑雪氷性の向上が検討されてきた。特許文献2では、物体表面に撥水性被膜を形成していない領域に親水性物質を分布させてはいるが、その役割は上記(ア)(イ)に止まっている。特許文献2は、親水性被膜により着雪氷を防止したり、滑雪氷性を向上させるというものではない。
【0005】
他方、物体表面に形成される被膜が、着雪氷防止や滑雪氷性の増加に寄与するとしても、その被膜の強度や耐久性が十分でなければ、その物体を設置できる環境が限られてしまう。例えば、雪氷が滑脱する場合、滑脱箇所とは別の箇所の物体表面にその雪氷が衝突し損傷を与えたり、擦り疵を残すことがある。また、物体が寒冷地で使用される屋根材、標識、外壁パネルの場合、軒下の氷柱がそこに落下したり、飛石が衝突することもある。物体が海洋構造物や船舶の場合には、漂流物や浮遊物(雪氷の塊を含む)が衝突することもある(以上、上記(B−2)の強制力が作用する場合に相当する)。水周り台所用品、製氷器、食器、工作用治具に付着した汚れを拭き掃除により除去する場合は、それらの物体の表面は摩擦力を受ける(上記(B−1)の強制力が作用する場合に相当する)。寒冷地や低温環境に設置される配管、機器等の保守管理では、作業員がハンマーで打撃するなどして機械的衝撃を故意に与え、これにより付着した雪氷を滑脱させることがあるが、そのような機械的打撃を物体表面が受けることもある。物体が製氷機の熱交換器の場合には、冷媒との熱交換により熱交換器の表面に成長した氷塊を引掻いて又は振動を加えて滑脱させる機構が採用される場合があり、この場合にも物体表面は衝撃を受ける(上記(A)の強制力が作用する場合に相当する)。これらの結果、物体表面にその雪氷が衝突し損傷を与えたり、擦り疵を残すことになる。当初は微小な損傷や擦り疵であっても長期間に亘る衝突等の繰り返しにより損傷や擦り疵が悪化したり、肉眼視によっても目立ってくる。大気などの環境に暴露することで発錆する場合にはなおさらである。よって、物体表面の滑雪氷性の増加のために被膜を形成する際には、その物体が現実の環境に設置され得ることを念頭に入れておく必要がある。
【0006】
しかし、従来は、シラン化合物やフッ素含有化合物に代表される有機物を主原料とする塗料(以下「有機物系塗料」という)により形成される撥水性塗装膜を物体表面に形成する際、物体が設置され得る現実の環境に好適な強度を有する塗装膜を採用することで着雪氷を防止し、滑雪氷性を改善するという取り組みが十分ではなかった。例えば特許文献4には、親水性塗装膜の強度の評価結果について、鉛筆硬度試験(JIS・K7125準拠)及び耐摩耗試験(JIS・K7125に示される摩擦係数測定用滑り片に#320と#400のサンドペーパを取り付けて100mm/分の速度で10回試料の塗装膜上を滑らせ、擦り傷の有無を目視する試験)により塗装膜の性能評価を行い、前者については「3H」程度の鉛筆硬度、後者については「擦り傷が認められない」との結論を得た旨の開示が認められる。ところが、上記試験結果の水準に止まる被膜の強度では物体が設置され得る現実の環境に好適とはいえない。今日、塗装膜の硬度として「3H」は格段高い硬度を指標するものとはいえず、「#320」と「#400」というサンドペーパの粒度も、物体表面を塗装する前に行う仕上げ(耐水性サンドペーパの場合には中仕上げ)の研磨に使用する程度のものである。そしてそのサンドペーパを「どの程度の力で試料の塗装膜に押し付けたのか」という重要な試験条件が不明なまま耐磨耗性の評価がなされている。この意味から、特許文献4において、物体が設置され得る現実の環境に好適な強度を有する被膜が採用されたとは言い難い。
【0007】
本発明は、以上に鑑みて、特に着雪氷の防止や滑雪氷性が要求される現実の環境についての洞察に基づきなされたものであり、従来のような有機物系塗料により物体表面に形成された撥水性被膜ではなく、無機物を主原料とする塗料(以下「無機物系塗料」という)により形成された親水性塗装膜(以下「無機系親水性塗装膜」という)を採用し、物体表面の着雪氷の防止や滑雪氷性の増加を図ることで、現実的な環境においてより好適な物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る物体の第1の態様は、雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体であって、その表面には無機系親水性塗装膜が形成されているものである。
【0009】
本発明に係る物体の第2の態様は、同物体の第1の態様において、無機系親水性塗装膜が、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものである。
【0010】
本発明に係る物体の第3の態様は、同物体の第1又は第2の態様において、無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されているものである。
【0011】
本発明に係る物体の第4の態様は、同物体の第1、第2又は第3の態様において、無機系親水性塗装膜が濃彩色をしているものである。
【0012】
本発明に係る物体の第5の態様は、同物体の第1、第2、第3又は第4の態様において、物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0013】
本発明に係る物体表面の処理方法の第1の態様は、雪氷が付着する可能性がある物体の表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておくものである。
【0014】
本発明に係る物体表面の処理方法の第2の態様は、雪氷が付着する可能性がある物体の表面に、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成しておくものである。
【0015】
本発明に係る物体表面の処理方法の第3の態様は、同物体の第1又は第2の態様において、無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されているものである。
【0016】
本発明に係る物体表面の処理方法の第4の態様は、同処理方法の第1、第2又は第3の態様において、無機系親水性塗装膜が濃彩色をしているものである。
【0017】
本発明に係る物体表面の処理方法の第5の態様は、同処理方法の第1、第2、第3又は第4の態様において、物体が、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されるものである。
【0018】
本発明に係る物体の処理システムは、本発明に係る物体のうち第1、第2、第3又は第4の態様のものと、その物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えるものである。この処理システムにより、本発明に係る物体及び物体表面の処理方法の各第5の態様のものが実現される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、物体の表面に無機系親水性塗装膜を形成することで着雪氷の防止や滑雪氷性の増加の効果を得ることができ、より高い強度と耐久性を有する被膜になるので、かかる効果を維持したまま広い用途で当該物体を使用することができる。
【0020】
特に、無機系親水性塗装膜がホウ素イオンを含有するガラス構造を備える場合には、強度と耐久性がより高くなる。
【0021】
また、特に無機系親水性塗装膜が、非揮発性液体又は水を溶媒とする無機物系塗料から形成されている場合には、塗料の乾燥・硬化の過程で溶媒が揮発せず、揮発物質が膜構造を崩す又は乱すことがないので、健全な塗装膜となり、強度と耐久性がより高くなる。
【0022】
無機系親水性塗装膜が形成された物体が屋外で使用されると否とに拘らず、その塗装膜が濃彩色であれば熱を吸収し易くなる。この結果、付着した雪氷が塗装膜上で融解し易くなり、また融解してできた水が塗装膜に広がり易いので、滑雪氷性が更に向上する。
【0023】
物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する場合には、物体表面に付着した雪氷の滑脱が促進され再付着も阻止されるので、着雪氷の防止の効果が高まり、滑雪氷性も向上する。この場合、物体表面に強制力が作用するので被膜の強度と耐久性に懸念が生じてくる。しかし、無機系親水性塗装膜、特にホウ素イオンを含有するガラス構造を備える被膜であれば、また、その塗装膜を形成する無機物系塗料の溶媒をアルコールのような揮発性溶媒でなく、水に代表される非揮発性溶媒にすれば、上記のような懸念は払拭される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明に係る実施例を説明する。まず、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料としては、例えば、(あ)アルカリ金属シリケートにホウ酸塩を添加し、無機充填材として微細な鱗片状の透明シリカを混合した組成物(特許文献14参照)、(い)アルカリ金属シリケートに、珪酸カルシウム又は燐酸亜鉛を添加し、無機充填材としてコレマナイトやウレキサイトを主成分とした天然ガラスを微細な鱗片状として混合した組成物(特許文献15、特許文献16等参照)がある。(あ)(い)のいずれの組成物にも、更に個別の要求仕様に応じて微量物質が配合されることがある。
【0025】
上記のような組成物を適当な溶媒に均質分散させて塗料にし、これを物体表面に塗布して焼き付ける。焼付けは、有機物系塗料の場合よりも高温で行われる。例えば、(い)の組成物を適当な溶媒を採用して塗料にし、これを20〜100ミクロンメートル程度の厚さに塗布し、ステンレス鋼板(SUS304)表面で焼き付ける場合には、まず摂氏100度で約5分間予備乾燥し、その後20〜25分かけて摂氏250度程度まで昇温させ、5〜10分間その温度を維持することで焼き付ける(その後は適当速度で冷却する)のが基本となる。なお、塗装膜の厚さは最終的には50ミクロンメートル以下が好ましい。これ以上の厚さになるように塗料を塗布し焼き付けると、塗装膜にクラックが入り易くなり、強固で健全な被膜になり難くなるからである。
【0026】
かくして出来上がる物体表面の断面を図1に模式的に示す。この図において、物体1の材質は、塗装膜形成が可能、特に高温焼付け温度に晒されても実害が生じないもの、例えばステンレス鋼、アルミニウム、銅、亜鉛めっき鋼、ガラス等の無機材料の中から選択できる。物体に塗布後高温で焼き付けることで形成される無機系親水性塗装膜2は、その名の通り親水性を呈するが、同時に強度も高くなる。特に、予備乾燥及び昇温後の維持温度を摂氏180度以上、好ましくは摂氏200度以上とする高温焼き付けによりホウ素イオンを含有するガラス構造を備える強固で耐久性のある無機系親水性塗装膜を形成することができる。しかも、水に代表される非揮発性溶媒を採用すれば、焼付け時に急激に溶媒が揮発せず、揮発物質が膜構造を崩す又は乱すことがないので、より強度と耐久性が高い、健全な塗装膜を形成することができる。
【0027】
なお、維持温度が摂氏180度未満であっても同100度以上であれば、ホウ素イオンを含有するガラス構造を実現できなくもないが、ガラス硬度が不十分であり、アルカリ金属シリケートに由来するアルカリ分が塗装膜外に溶出し易くなる結果、塗装膜の親水性や強度・耐久性が長時間維持できなくなる。よって、本発明においてより好適な無機系親水性塗装膜は、水又はその他の非揮発性液体を溶媒として採用した無機物系塗料を塗布し、摂氏180度以上、好ましくは摂氏200度以上に維持する高温焼き付けにより形成されたホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものといえる。以下の説明においては焼き付け温度については特に触れないが、維持温度は摂氏180度以上である。
【0028】
実際、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さでステンレス鋼板(SUS304)の基板(以下、簡便のため「SUS304基板」という)の表面に塗布し、焼き付けることで形成した無機系親水性塗装膜は、水との接触角は10度程度、鉛筆硬度試験(JIS・K7125準拠)によれば「9H」以上、適切な塗装条件を選択しない場合であっても(例えば、基本焼付け条件を充足しない焼付けを行うような場合は論外であるが)、「7H」を下回ることはなく、モースコードでは「3.5」以上となった。また、耐摩耗試験(JIS・K7125に示される摩擦係数測定用滑り片に#180のサンドペーパを取り付けて、その滑り片に250グラムの錘を載せて100mm/分の速度で20〜30回以上試料の塗装膜上を滑らせ、擦り傷の有無を目視する試験)の結果は「擦り傷が認められない」であった。日常品として市販されているスポンジタワシ(販売元:住友スリーエム株式会社、製品番号:S−21K)のスコッチ面(不織粗目面)で250グラムの錘を載せつつ8000回以上擦っても目視可能な擦り傷は認められなかった。更に、SUS304基板を無機系親水性塗装膜が形成されている面を上に向けて木製台座に置き、その面を金槌で強打することで形成される打撃痕部分を目視により観察したところ、塗装膜の剥離は認められず、基板とともに変形していることが確認された。
【0029】
他方、上記(い)の組成物をエタノール溶媒に均一分散させた塗料を、溶媒が異なるという点を除き非揮発性溶媒(水)の場合と同一の条件でSUS304基板に焼き付けた場合には、上記鉛筆硬度試験は「5H」程度、モースコードでは「2」以上に止まった。また、SUS304基板に市販のフッ素系樹脂塗料を用いて撥水性塗装膜を形成し、その塗装膜が形成されている面を上に向けて木製台座に置き、その面を金槌で強打することで形成される打撃痕部分を目視により観察したところ、明白な塗装膜の剥離が認められた。
【0030】
次に、着雪氷性と滑雪氷性の実験及びその結果をについて説明する。
【0031】
(水滴滴下実験) 一辺50センチメートル、厚さ5ミリメートルのアルミニウム平板を一組用意し、一方の平板の一面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の平板は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。無機系親水性塗装膜を形成した平板と対照用平板を水平台座に設置し、同量の水を滴下して冷凍庫に入れ、両平板上に氷面を形成した。その後、水平台座におき、一定高さから蒸留水を滴下し、氷の剥離の進捗を調べた。その結果、無機系親水性塗装膜を形成した平板の方が、付着した氷がより早期に、また一度により多くの氷が塊となって滑脱した。これにより、無機系親水性塗装膜の形成が氷の滑雪氷性の向上に寄与していることが分かる。液体としての水が物体表面に存在し得る環境である場合、寒冷地で使用される又は低温に晒される看板、標識、屋根材、信号機、工作用治具、外壁パネル、水周り台所用品、製氷器、食器、船舶、海洋構造物、航空機類、車輌、送電鉄塔などの物体の表面の処理方法として、無機系親水性塗装膜の形成が好適であるといえる。
【0032】
(着氷せん断力試験) いずれも厚さ0.8mmのステンレス鋼板(SUS304)及びアルミニウム板(市販品)を用意し、そこから切り出した基板表面に上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗布し焼き付ける。これにより形成された塗装膜の上に水滴を垂らして直径約30mm程度の一塊とし、冷却して氷塊とする。この氷塊を表面に備える基板を冷却環境から取り出し、衝撃を与えることなくゆっくり傾けてゆくと、幾つかの基板から氷塊が自重により滑脱した。また、水滴を氷塊(特に氷塊と基板表面との境目)に垂らすとすべての基板の表面上で氷塊の一部又は全部が滑脱した。
【0033】
また、上記のステンレス鋼板及びアルミニウム板から1辺100mmの正方形平板を試験片として切り出し、一組の試験片をもって塗装膜形成用と対照用とし、その組を相当数用意する。上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30〜40ミクロンメートル程度の厚さで塗装膜形成用試験片に塗布し焼き付ける。次に水道用硬質塩化ビニル管(外径38mm程度、内径31mmの市販品)から円筒環を切り出し、その円筒環の両端面を水平面上に置いたとき隙間ができないように平滑に研磨するとともに、高さを同一に揃えておく。また、同じ高さの位置にステンレスワイヤ9(後述)の端部が係合可能な部材13(後述)を取り付けておく。次に無機系親水性塗装膜が形成された試験片(以下「塗装膜試験片」という)と対照用試験片を水平面上に配置し、各表面の中央に円筒環を配置する。このとき、円筒環の端面が試験片(塗装膜試験片の場合は塗装膜が形成されている側)の表面に対向し密着するように円筒環を配置し、且つ、試験片と円筒環とが離隔しないように圧力を掛けながら、同一量の水を円筒環内に流し込み、塗装膜試験片と対照用試験片の組を冷却温度、冷却速度、過冷却度その他の冷却条件を同一にして冷却し、また冷却条件を変えて別の試験片の組を同様に冷却し、円筒環内の水を試験片表面上で凍らせ、氷にする。
【0034】
引き続き、図2に示す試験装置を用いて、塗装膜試験片31と対照用試験片32の組について着氷せん断力を測定した。この試験装置は、試験片3(31、32)を水平に載荷する水平台座4、試験片3を固定し、その水平方向の移動を阻害する固定治具5、6、試験片3上の円筒環11の上端部の極近傍に非接触且つ水平に配置し、円筒環11の垂直方向の移動を阻害する上部制限部材7、上部制限部材7を水平に支える垂直台座8、試験片3上の円筒環11の部材13との係合により、これに水平方向の引張力を印加するステンレスワイヤ9、ステンレスワイヤ9の水平移動をプーリ101、102で支持する水平支持台座10を備える。上部制限部材7の垂直方向の位置は座標調整手段(図示せず)により調整可能であり、プーリ101、102の垂直方向の位置、従ってステンレスワイヤ9の垂直方向の位置も別の座標調整手段(図示せず)により調整可能である。この装置に試験片3を設置しステンレスワイヤ9を用いて、試験片3の表面と平行な方向Hへ一定速度で引っ張り、部材13とは反対側のワイヤ9の端部に接続するロードセル(図示せず)で荷重変化を読み取る。試験片3上の円筒環11の内部には試験片3の表面に凍結した氷12が存在するので、ワイヤ9で円筒環11を引っ張るとその氷が試験片3の表面から滑脱するので、ロードセルで読み取った最大の荷重を着氷せん断力とする。なお、この試験装置により着氷せん断力を測定する際には、試験片を冷却雰囲気から取り出した後、速やかに水平台座に設置し、試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除し、その測定を行う。
【0035】
塗装膜試験片と対照用試験片の組について着氷せん断力を測定値し、各組において測定値の比を計算し、取りまとめたものが図3である。冷却条件を3通り設定し、各冷却条件について6点測定し、最大値及び最小値を除いた残り4点で評価した結果、無機系親水性塗装膜が形成されていた方が形成されていない場合に比べ、着氷せん断力が平均43%(最大61%、最小21%)減少することが分かった。6点から除いた最大値及び最小値は、いずれも1.0未満であった。
【0036】
なお、図2に示す試験装置を用いて着氷せん断力を測定する際に試験片と円筒環とが離隔しないように印加していた圧力を解除すると、試験片の水平方向の極僅かな加速(又は慣性力)により、約27%の塗装膜試験片において、表面に付着していたはずの氷が円筒環とともに初期の設置位置から滑脱した。このことからも、塗装膜試験片に形成された無機系親水性塗装膜による滑雪氷性は相当に高く、着雪氷の防止又は抑制の効果が著しいことが分かる。
【0037】
次に、強制力が作用する環境における着雪氷性と滑雪氷性の実験及びその結果をについて説明する。
【0038】
(攪拌旋回試験) 図4に示す攪拌装置を用いて、攪拌手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この攪拌装置は、冷媒入出口161、162を備える容器16とその内側に配置する容器17で構成され、両容器の間の空間(少なくとも両容器の底面間の空間)に目標温度を摂氏マイナス8度に調節した冷媒が通流し、容器17に収容されている水又は水溶液が、容器17の壁面を熱交換面として冷媒により冷却され、容器17の底面に平行な回転面を有する2枚の攪拌翼18により攪拌される。攪拌翼18は、容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続し、容器17の底面に非接触な近接した位置(当該底面から1mmから数mmだけ離隔した位置)で回転する。モータ19は回転速度、回転トルクが可変であり、回転軸20は、容器16の上蓋21の中央付近を貫通するように配置している。上蓋21には透明板張りののぞき窓(図示せず)が付いている。冷媒の温度は摂氏0度未満であって、容器17の底面において水が凍り、氷が生成するに足る低温であればよい。容器16、17及び攪拌翼18はステンレス鋼製であり、容器16、17の底面は観察者の顔が不鮮明に映る程度の略鏡面状とする。
【0039】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、翼18の高速回転による攪拌を開始するとともに冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間が長くなった。更に長時間攪拌すると、多くの場合で攪拌翼18の回転が停止した。その間、容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。回転停止前に攪拌を停止し、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底面に広く氷が群状に形成され、後述の容器171の場合よりも厚みがあった。長時間攪拌し続けた場合には容器17の底部に同心円状の擦疵が確認された。攪拌翼18は容器17の底部と非接触に回転していたので、攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた氷(当該底面に発生した氷及び沖合いの水の中で発生、成長した氷を含む)が擦疵の原因と考えられる。
【0040】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、攪拌翼18を容器17内に設置し、高速攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。暫くすると攪拌翼18の旋回音に混じって異音が突発的に発生し始めたが、容器172の場合に比べるとその発音頻度又は音量は遥かに小さく、長時間攪拌しても攪拌翼18の回転が停止することは無かった。しかし、容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。攪拌停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、容器17の底面を観察したところ、殆どの場合、(1)全く氷が形成されていない、(2)底面の局所に氷が群状に形成される、(3)底面の略全域にわたり薄く氷層が形成される、のいずれかであった。底面の特定箇所に氷が群状に形成される場合もあったが、容器172の場合に比べると、その氷の量は遥かに少なかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0041】
図4に示す装置において容器17の底面に付着した氷の滑脱を可能にした強制力は、主として上記(B)の強制力、より詳しくは攪拌翼18の回転面と容器17の底面との間に巻き込まれた水や氷(当該底面に発生した氷及び沖合いの水の中で発生、成長した氷を含む)によるせん断力や衝撃力であると考えられる。その場合、当該強制力の発生手段は、狭義には攪拌翼18であり、より広義には翼18、モータ19及び回転軸20である。
【0042】
(掻出旋回試験) 図5に示す掻出装置を用いて、掻出手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この掻出装置は、図4に示す攪拌装置と基本的に同じ構成なので、図5において図4と同じ部分または相当する若しくは共通する部分には図4のそれと同じ符号を付し、一部の説明を省略する。他方、図5において特有なものは、掻出翼22であり、これは図4の攪拌翼18の先端の略全域にわたり硬質ゴム部材221を固着したものに相当する。この硬質ゴム部材221は、容器17の底面と一定の圧力をもって接触する。このため容器16外部のモータ19と回転軸20を介して接続する掻出翼22が回転すると、容器17の底面は硬質ゴム部材221により掻き出されるような摩擦を受け、容器17の底面に付着した氷と当該底面との間には両者を離隔させるようなせん断力、即ちその氷を滑脱させる強制力(主として上記(A)の強制力)が生じる。言うまでもなく、当該強制力の発生手段は、掻出翼22、特にその先端の硬質ゴム部材221であり、広義には翼22、モータ19及び回転軸20である。
【0043】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、掻き出しを開始するとともに冷媒の通流を開始した。翼22の回転速度は、翼22、特に部材221の破損を回避するため、攪拌翼18の場合よりは低速とした。暫くすると掻出翼22の旋回音(硬質ゴム部材221と容器17の底面との摩擦音を含む)に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間が長くなった。更に長時間攪拌すると、掻出翼22の回転が停止する場合もかなりあった。掻き出しの過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。掻き出し停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底部に氷が群状に形成されている場合があった。長時間掻き出しを行った殆どの場合、容器17の底部に同心円状又は同心円弧状の擦疵が確認された。この擦疵は、攪拌翼18による場合よりは遥かに早く発生した。容器17の底部表面に生成した氷粒や沖合いの水の中で発生し成長した大きめの氷粒が巻き込まれ、これに掻出翼22による強制力が加わったのが擦疵の原因であると考えられる。
【0044】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、掻出翼22を容器17内に設置し、攪拌を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。掻出翼22の旋回音に混じって異音が発生する頻度はかなり低く、発生した場合であっても容器172の場合に比べるとその音量は遥かに小さく、長時間掻き出しを行っても掻出翼22の回転が停止することは無かった。しかし、容器172の場合と同様に、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。掻出停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、全く氷が形成されていなかった。長時間攪拌し続けても容器17の底部に擦疵は確認できなかった。
【0045】
(圧接旋回試験) 図6に示す圧接装置を用いて、圧接手段の旋回により直接又は間接的に働く強制力の効果について検討した。この圧接装置は、図4に示す攪拌装置と基本的に同じ構成なので、図6において図4と同じ部分または相当する若しくは共通する部分には図4のそれと同じ符号を付し、一部の説明を省略する。他方、図6において特有なものは、圧接翼23であり、これは図4の攪拌翼18の先端の一部にドラム型ロール状の硬質ゴム部材231を設置したものに相当する。この硬質ゴム部材231は、容器17の底面と平行な回転軸の周りに転動自在なロールであり、図5の掻出翼22のゴム部材221よりも大きな圧力(未計測)で容器17の底面と接触し、硬質ゴム部材123以外の圧接翼23の部分は容器17の底面には接触しないものの、図4の場合よりも当該底面から離隔させ、翼23の回転面と容器17の底面との間に氷を巻き込み難くしてある。
【0046】
硬質ゴム部材231は、圧接翼23の回転に伴い容器17の底面を押圧移動する際、ロールの背面に発生する負圧により又はロールの弾性変形の開放による圧力により容器17の底面に付着した氷を剥離し易くさせる。かかる力は氷の滑脱を可能にするのは、図5の場合と同様、主として上記(A)の強制力であると考えられる。当該強制力の発生手段は、圧接翼23、特にその先端の硬質ゴム部材231であり、広義には翼23、モータ19及び回転軸20である。
【0047】
冷却対象を水とし、同一寸法、同一材質の容器17(171、172)を一組用意し、一方の容器171の底面に、上記(い)の組成物を水に均一分散させた塗料を30ミクロンメートルの厚さで塗布し、焼き付けることで無機系親水性塗装膜を形成した。他方の容器は対照用であり、底面に塗装膜を形成することなく無垢のままとした。まず、対照用容器172に水を入れ、容器16内に設置し、圧接翼23を容器17内に設置し、旋回を開始するとともに冷媒の通流を開始した。翼23の回転速度は、翼23、特に部材231の破損を回避するため、掻出翼22の場合よりは低速とした。暫くすると圧接翼23の旋回音(硬質ゴム部材231と容器17の底面との摩擦音を含む)に混じって異音が突発的に発生し始め、時間の経過とともに音量が増すか、発音時間も長くなった。ただし、長時間経過しても翼23の回転が停止することはなかった。部材231による押圧移動の過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認され、スラリー状態になった。押圧移動を停止し、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、容器17の底部のうち、部材231の軌道上には氷が殆ど形成されていなかったが、同心円状の擦疵が顕著に確認された。容器17の底部表面に生成した氷粒や沖合いの水の中で発生し成長した大きめの氷粒が巻き込まれ、これに圧接翼23によるかなり大きな強制力が加わったのが顕著な擦疵の原因であると考えられる。
【0048】
次に、容器171に同種、同量の水を入れ、容器16内に設置し、圧接翼23を容器17内に設置し、旋回を開始するとともに、容器172の場合と同一の冷却条件になるように冷媒の通流を開始した。圧接翼23の旋回音に混じって異音が発生する頻度はかなり低く、発生した場合であっても容器172の場合に比べるとその音量は相対的に小さかった。しかし、容器172の場合と同様に、長時間旋回させても翼23の回転が停止することはなく、冷却過程で容器17内の水は徐々に白濁し、氷粒の発生と増加が確認された。旋回停止後、速やかに上蓋21を外し、容器17から氷粒と残余の水を取り除き、底部を観察したところ、少なくとも部材231の軌道上には全く氷が形成されておらず擦疵も確認できなかった。
【0049】
(試験結果のまとめ) 以上により、無機系親水性塗装膜の形成により、滑雪氷性が増加し、着雪氷性が抑制又は防止されるとともに、水のせん断力、氷粒の衝突に起因する衝撃力、硬質ゴム部材との接触に起因するせん断力、摩擦力その他の応力、即ち強制力が作用しても容器17底部の強度と耐久性が確保されることが分かる。なお、無機系親水性塗装膜を形成していない場合、容器17の底面には旋回軌道に対応する擦疵が目視できたが、図面の理解の便のため、図4乃至図6のいずれにおいてもその擦疵は描写していない。また、翼18、22、23の旋回を停止した後容器17の底部を観察する際、容器17から氷粒と残余の水を取り除く作業中、振動や加速度を極力与えないように容器17を取り扱っても底部に付着していた氷粒のうちかなりの量が滑脱してしまった。氷粒の自重による滑脱と考えられる。これらのことからも、無機系親水性塗装膜による滑雪氷性は相当に高く、着雪氷の防止又は抑制の効果が著しいことが分かる。
【0050】
(試験結果の現実的適用例) 図4、図5及び図6に示した装置は、それぞれ、特許文献6に開示されている製氷ドラムユニット、特許文献7に開示された製氷装置及び特許文献8に開示された製氷機への本発明の適用を模擬したものである。また、図4に示した装置は、特許文献9に開示されたオーガ式製氷機、氷片搬送用スクリューコンベア及び搬送案内管、過冷却水搬送用の配管(異形配管を含む)やこれに介接するバルブ装置、過冷却水の過冷却状態を解除するための衝突板やキャビテーション発生用回転プロペラへの本発明の適用を模擬したものでもある。これらの装置の分野において、高強度の無機系親水性塗装膜を形成することで着雪氷性を防止又は抑制するという技術的手法を採用した例は、発明者が知る限り、ない。
【0051】
図7に基づき特許文献6に開示されている製氷ドラムを概説する。これは、吊り部材(図示せず)により水槽(図示せず)内に吊り下げられ、水槽内の水を冷却することで氷粒又は氷スラリーを製造する装置の要部であり、円筒形のドラム717と、ドラム717の中心に設置され、モータ719(図示せず)により回転駆動する回転軸720と、回転軸720に取り付けられた旋回羽根状部材718と、ドラム717を構成する周面材料に設けられた多数の冷媒管路760を備える。冷媒管路760を通流する冷媒は冷媒往管761(図示せず)から管路760に入り、冷媒還管762(図示せず)から管路760外に出るが、その過程で少なくとも内表面717Sを冷却し、ドラム717の内側に存在する水を氷結させる。鉛直に設定された回転軸720は上下2つのカップリング730により遊嵌され、カップリング730とこのカップリング730から延びる支持杆740によって回転軸720とドラム717との相対距離が一定に保たれる。旋回羽根状部材718はドラムの内表面717Sと僅かなクリアランスをもって回転軸720を中心に周回し、これによりドラムの内表面717Sに生成する氷を掻き剥がし、その内表面717Sから沖合いの水中に向かって離隔させ、水中に浮遊させる。ドラム717及びその内表面717Sが容器17及びその底面に対応し、冷媒管路760及びそこを通流する冷媒が容器16と容器17との間の空間(特に容器17の底面の領域)及びそこを通流する冷媒、回転軸720が回転軸20、旋回羽根状部材718が攪拌翼18(狭義の強制力発生手段)にそれぞれ対応する。
【0052】
図8及び図9に基づき特許文献7に開示された製氷装置を概説する。これは、製氷用溶液を冷却して氷スラリを製造する装置であり、製氷用溶液を通流させる内管817と、製氷用溶液を冷却する冷却媒体を通流させる外管816と、内管817に内装され、内管の内面817Sと弾性的に接触する刃先831を備えるブレード830を複数個持った回転体820と、回転体820を回転軸821の周りで駆動するモータ819を備えた製氷装置である。回転体820は、ブレード830と、内管817の半径方向に沿ったブレード830の移動を可能にするブレードガイド870と、ブレードガイド870の内部に装填され、各ブレード830が備える刃先831が内管の内面817Sに常時均一の押圧力で接触するよう付勢するスプリング880とを備えるので、回転軸821の軸心が内管817に対し偏心してもブレード830による氷の掻取りが安定する。製氷用溶液が容器17に収容された水に、回転体820の回転軸821が回転軸22に対応し、外管816、内管817及び冷却媒体が容器16、容器17及び両容器の間の空間を通流する冷媒にそれぞれ対応する。ブレード830及びその刃先831が掻出翼22及び硬質ゴム部材221にそれぞれ対応し、各ブレードの刃先831が内管の内面817Sに弾性的に接触している状態が、硬質とはいえゴム製の部材221が容器17の底面に接触している状態に対応する。ブレード830、特にその先端部を構成する刃先831が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には回転体820、ブレードガイド870、スプリング880などもこれに含めて構わない。
【0053】
図10及び図11に基づき特許文献8に開示された製氷機について概説する。これは、二重円筒状容器の内筒917と外筒916との間の流路を介して冷熱(冷却媒体)を供給し、内筒917内に製氷用溶液を流入させ、内筒内面917Sに形成された伝熱面に氷晶を析出させるものであり、内筒の軸心を回転軸921として内筒内側を回転する回転枠922と、回転枠921に内筒母線に平行に設けた回転自在のローラ923と、スプリングその他の弾性機構を備え、ローラ923を内筒内面917Sに押圧しつつ転動させる押圧手段924とからなる氷層剥離手段920を備える。この構成により、転動によるローラ923の背面に内筒内面917Sとの間に負圧を発生させ、薄肉氷層を伝熱面から剥離させる。このような剥離はブレードによる掻取り操作によらないので、剥離に要する動力も小さくて済み、ブレードを構成する部材の磨耗の心配もなく、連続的に起こる剥離により氷層のブリッジングも抑制でき、スラリー氷の安定製造が可能になる。氷を介してブレードと内筒内面とが張り付く現象やその現象に起因する回転停止も回避できる。外筒916が容器16に、内筒917と外筒916との間の流路が容器16と容器17の間の溶媒通流空間に、内筒内面917S又は内筒内面917Sに形成された伝熱面が容器17の底面に対応する。回転枠922が圧接翼23に、ローラ923が部材231に、回転枠922の回転軸921が回転軸20に相当する。硬質ゴム部材231を図5の掻出翼22のゴム部材221よりも大きな圧力で容器17の底面と接触させるために必要な手段は図6には示されていないが、これが上記の押圧手段924に対応する。氷層剥離手段920、特にローラ923が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には回転枠922、押圧手段924などもこれに含めて構わない。
【0054】
特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917であって、それぞれ、内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるもの、又はそれらを組み込んだ構造物が本発明に係る物体に相当する。特許文献6の製氷ドラムユニット、特許文献7の製氷装置、特許文献8の製氷機であって、それぞれ、特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917の内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるも、又はそれらを組み込むことで予定される機能を発揮する設備、施設、仕組み等が本発明に係る物体の処理システムに相当する。また、特許文献6のドラム717、特許文献7の内管817、特許文献8の内筒917のそれぞれの内表面(717S、817S、917S)に予め無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものを形成しておくことが、本発明に係る物体表面の処理方法に相当する。特許文献6の製氷ドラムにおけるドラムの内表面717S、特許文献7の製氷装置における内管の内面817S、特許文献8に開示された製氷機における内筒内面917Sといった製氷面にこの塗装膜を形成することにより、製氷面の滑雪氷性が向上し、強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的に製氷を行うことが可能になる。
【0055】
図12に基づき特許文献9に開示されたオーガ式製氷機について概説する。これは、冷凍ケーシング617内に水を供給し、その外部から冷却することで内周面617Sに氷を生成させ、この氷をオーガ620により掻き取り、上方の押圧頭630に送って圧縮脱水することで連続的に製氷する装置であり、より詳しくは、上下方向に延びる円筒状の冷凍ケーシング617と、冷凍ケーシング617内に水を供給する製氷水供給パイプと、冷凍ケーシング617内から水を排水する排水パイプと、冷凍ケーシング617の外周面に巻き付けられ、製氷水供給パイプから供給された水を冷却することにより内周面617Sに氷を生成させる冷却パイプ660と、冷凍ケーシング617内に同軸的に設けられているモータ619により回転駆動され、冷凍ケーシング617の内周面617Sに形成された氷を掻きとって上方に送る螺旋状のスクリュー刃621を外周面に形成したオーガ620と、冷凍ケーシング617の上部に固定され、オーガ620の上部を回転自在に軸承すると共にオーガ620から送り込まれた氷を受け入れて圧縮脱水する氷通路を構成する押圧頭630とを備える装置である。オーガ620の上端部は押圧頭630から上方に突出しており、その上端部にはカッタ622が同軸的にネジ止め固定されている。冷凍ケーシング617の上端には、氷放出筒650がカッタ622を覆うように取り付けられており、氷放出筒650の他端は貯氷庫(図示せず)内に開口されている。冷凍ケーシング617及びその内周面617Sが容器17及びその底面に対応し、冷却パイプ660及びそこを通流する冷却媒体が容器16と容器17との間の空間(特に容器17の底面の領域)及びそこを通流する冷媒に対応し、モータ619がモータ19、オーガ620が攪拌翼18、螺旋状スクリュー刃621が容器17の底面に最近接した攪拌翼18の先端部、オーガ620の回転軸624が回転軸20にそれぞれ対応する(なお、螺旋状スクリュー刃621が冷凍ケーシングの内周面に殆ど接触していると認められる場合には、図5に示した装置が当該オーガ式製氷機を模擬したものというべきであり、その場合、オーガ620が掻出翼22、螺旋状スクリュー刃621が部材221に対応する)。オーガ620、特に螺旋状スクリュー刃621が(狭義の)強制力発生手段に相当するが、より広義には、強制力の形成に寄与するという意味から押圧頭630、押圧頭630が備える氷通路などもこれに含めて構わない。
【0056】
上記のオーガ式製氷機において、その冷凍ケーシング617の内周面617Sに(必要に応じてオーガ表面にも)無機系親水性塗装膜を予め形成することにより、製氷面の滑雪氷性が向上し、また、オーガ620から送り込まれた氷を受け入れて圧縮脱水する押圧頭630の氷通路の内面を無機系親水性塗装膜を予め形成することにより、氷通路における氷の通り抜けを容易にすることができ、加えて強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的に製氷を行うことが可能になる。
【0057】
特許文献10に開示された氷片の貯留搬送装置は、チップ氷製造機で製造されたチップ氷をスクリューコンベアにより搬送する装置である。図13に例示するように、スクリューコンベア500は、所要方向に回転させるモータ519と連結し、チップ氷供給口501及びチップ氷排出口502と連通接続する搬送案内室503内に設置され、供給口501から供給されたチップ氷の群を排出口502に向けて搬送する装置である。スクリューコンベア500は製氷を目的とするものではないが、その使用環境は被搬送氷が氷の状態を維持できる条件(被搬送物が融解しないような低温条件)に設定されるのが普通である。そのような条件の下では、スクリューコンベア500、特にその回転軸521周りに旋回する旋回部材520やこれに近接した搬送案内管503の内壁面503Sなどの構成部材において氷結が起こり被搬送物が塊状化したり、付着した氷が障害になるなどして動作不良を起こす場合がある。そこで旋回部材520やこれに近接した搬送案内管503などの構成部材の表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておく。これにより氷との接触面の滑雪氷性が向上し、強度と耐久性が高まり、よって長時間安定的にスクリューコンベアによるチップ氷を搬送することが可能になる。スクリューコンベア500、特に旋回部材520が(狭義の)強制力発生手段に相当する。
【0058】
更に、図4に示した装置は、過冷却水搬送装置に使用される過冷却水配管への本発明の適用を模擬したものでもある。過冷却水搬送装置は、過冷却器により冷却した過冷却水を、過冷却水配管を介して過冷却解除装置に搬送するものであり、過冷却水配管の内面への氷の付着を防止できれば過冷却水の長距離搬送が可能になる。そこで、この過冷却水配管の内面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておく。すると、過冷却水配管の内面に氷が付着しても、搬送されている過冷却水によるせん断力を受け、当該氷の滑脱が起こり易くなる。よって、過冷却水の長距離搬送が可能になる。
【0059】
その他にも、過冷却水を通流させる際に乱流が形成されやすい異形配管やバルブ装置の内面、過冷却水を衝突させて過冷却状態を解除するための衝突板の表面、過冷却水中でキャビテーションを発生させ、過冷却を解除する回転プロペラの表面なども、本発明の適用対象として好適である。これらの対象は、移動する過冷却水に起因するより大きなせん断力や衝撃力を受けるので、表面に無機系親水性塗装膜を予め形成しておくことにより、氷の付着の防止又は抑制の効果がより顕著になる。
【0060】
なお、上記の異形配管やバルブ装置の場合には、それらの内部構造そのものが強制力発生手段として機能しているといえる。また、上記の衝突板に衝突するに足る力を過冷却水に与える手段(例えばポンプ装置)及び過冷却水中でキャビテーションを発生させる上記の回転プロペラがそれぞれの場合の強制力発生手段に相当する。
【0061】
太陽光の照射を受ける物体については、効果的に融雪や凍結防止を図るために太陽光が有効利用される場合がある。特許文献11では、車輌が走行する路面と、その路面の幅方向の一方の側からこの路面の上方に向かって延びる傾斜面を備える道路において、傾斜面の表面を黒色塗装することで、太陽からの熱吸収を良くしている。特許文献12では、撥水性テープに黒色顔料等の着色顔料、より一般的には白色顔料のみからなるような配合以外の顔料を配合することで日光からの吸熱を良くし、付着した氷雪を融解、蒸発させている。この点に着目し、本発明の適用対象が日光に晒される物体である場合は、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、カーボンブラックや鉄黒等の黒色顔料、その他の着色顔料又はその他の適当な物質(例えば、輻射熱伝導率を上げる物質)を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜を黒色、灰色、濃茶色等の濃彩色とする。これにより、滑雪氷性をより高めることができる。
【0062】
尤も、本発明の適用対象が太陽光の照射を受けない物体(例えば、日光に晒されない環境に設置されてはいるものの、相対的に温度が高い側から低い側に向かって流れる熱を受ける物体)であっても、そこに形成される塗装膜に赤外線を吸収する性質を与えれば、滑雪氷性を高めることができる。この点に着目し、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、赤外線を吸収する適当な物質を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜に当該赤外線を吸収する性質を与える。これにより、滑雪氷性をより高めることができる。
【0063】
他方、表面層が親水性であれば、融雪により形成される水が物体表面とそこに形成された雪氷との間に広がり、結果として滑雪氷性が高まる。ここで遠赤外線放射性を有する物質を含む表面層を形成すると融雪性が高まることが知られている。例えば、特許文献13には、遠赤外線放射性を有する電気石(トルマリン)を混合して屋根瓦やコンクリートブロックの融雪機能を高める技術が開示されており、特許文献17には、遠赤外線放出性粉末を分散させた表層シートを物体表面に設けることにより、電気による加熱を必要としない融雪材が開示されている。遠赤外線放射性が高まる物質としては、遷移金属元素酸化物系のセラミックを始めとして種々知られているが、天然鉱石としては雲母、電気石(トルマリン)、オーラストン等、天然炭化物としては海藻を炭化し微粉末にしたものや備長炭に代表される炭類、カーボンブラック、カーボンファイバー等がある。そこで、本発明における無機系親水性塗装膜を形成する無機物系塗料に、その無機系親水性塗装膜の性質が維持できる範囲内で、遠赤外線放射性を有する適当な物質を配合し、最終的に無機系親水性塗装膜に遠赤外線放射性を与えれば、物体表面における滑雪氷性をより高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、無機系親水性塗装膜、望ましくはホウ素イオンを含有するガラス構造を備えるものを採用することで、物体表面の着雪氷の防止や滑雪氷性の増加を図ると同時に、現実的な環境においてより好適な物体、物体表面の処理方法及び物体の処理システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る物体の断面の要部を示す説明図である。
【図2】着氷せん断力の試験装置の概略構成を示す説明図である。
【図3】着氷せん断力の試験結果(着氷せん断力比)を取りまとめて示す説明図である。
【図4】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(攪拌装置)の概略構成を示す説明図である。
【図5】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(掻出装置)の概略構成を示す説明図である。
【図6】強制力が作用する場合の着雪氷性又は滑雪氷性の試験装置(圧接装置)の概略構成を示す説明図である。
【図7】本発明に係る製氷ドラムユニットのドラム及び掻き羽根部分を説明するための前半身切り欠き斜視図である。
【図8】本発明に係る製氷装置の概略構成を示す説明図である。
【図9】本発明に係る製氷装置の縦断面図である。
【図10】本発明に係る製氷機の概略構成を示す説明図である。
【図11】本発明に係る製氷機の縦断面図である。
【図12】本発明に係るオーガ式製氷機の概略構成を示す説明図である。
【図13】本発明に係るスクリューポンプの概略構成を示す説明図である。
【符号の説明】
【0066】
1 物体
2 無機系親水性塗装膜
3 試験片
4 水平台座
9 ステンレスワイヤ
11 円筒環
17 容器
18 攪拌翼
19 モータ
20 回転軸
22 掻出翼
23 圧接翼
221 硬質ゴム部材
231 ドラム型ロール状硬質ゴム部材
【特許請求の範囲】
【請求項1】
雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体であって、その表面には無機系親水性塗装膜が形成されていることを特徴とする物体。
【請求項2】
前記無機系親水性塗装膜は、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えることを特徴とする請求項1記載の物体。
【請求項3】
前記物体は、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項1又は2記載の物体。
【請求項4】
雪氷が付着する可能性がある物体の表面に、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成しておくことを特徴とする物体表面の処理方法。
【請求項5】
前記物体は、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項4記載の物体表面の処理方法。
【請求項6】
請求項1又は2記載の物体と、その物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えることを特徴とする物体の処理システム。
【請求項1】
雪氷が付着する可能性がある表面を備える物体であって、その表面には無機系親水性塗装膜が形成されていることを特徴とする物体。
【請求項2】
前記無機系親水性塗装膜は、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備えることを特徴とする請求項1記載の物体。
【請求項3】
前記物体は、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項1又は2記載の物体。
【請求項4】
雪氷が付着する可能性がある物体の表面に、ホウ素イオンを含有するガラス構造を備える無機系親水性塗装膜を予め形成しておくことを特徴とする物体表面の処理方法。
【請求項5】
前記物体は、その表面に付着した雪氷の滑脱を促進する強制力が作用する環境に設置されることを特徴とする請求項4記載の物体表面の処理方法。
【請求項6】
請求項1又は2記載の物体と、その物体の表面に付着した雪氷の滑脱を促進するように作用する強制力を発生させる強制力発生手段とを備えることを特徴とする物体の処理システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−38410(P2007−38410A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−207666(P2005−207666)
【出願日】平成17年7月15日(2005.7.15)
【出願人】(505229184)株式会社五合 (1)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年7月15日(2005.7.15)
【出願人】(505229184)株式会社五合 (1)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】
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