説明

電子捕獲型検出器

【課題】 検出セル内部の汚染等による経時変化を適切に補正し、常に正しい測定結果を出力できるようにする。
【解決手段】
検出セル12を洗浄した直後の状態で、所定の設定電流に対応するパルス周波数の値f00をメモリ21に記憶させておく。試料を分析する際は、各試料を検出セル12に導入する前に、まず、同じ設定電流に対応する周波数(測定前周波数)f0を同様にメモリ21に記憶させておく。試料を検出セル12に導入した後に測定される同周波数fの値からクロマトグラムを作成し又は試料の濃度を算出する際、周波数記憶手段に記憶された上記2種の周波数の値を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ装置等の検出器として用いられる電子捕獲形検出器(以下、ECD(=Electron Capture Detector)と呼ぶ)に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ装置の検出器としては種々のものが実用化されているが、その中で、ECDはハロゲン化合物やニトロ化合物等の親電子性化合物の測定に有用である。このため、有機水銀、農薬、PCB等の残留測定、或いは、ステロイドやアミノ酸等を親電子性の誘導体に変換しての極微量測定等に利用されている。
【0003】
ECDの動作原理は次の通りである。検出セル内に63Ni等の放射性同位元素を封入しておき、検出セルにキャリアガスを導入して、放射線によりキャリアガス分子をイオン化して電子(自由電子)を放出させる。検出セル内に配置された電極(陽極)に電圧を印加すると、定常状態では、この自由電子により電極に一定量の電流が流れる。
【0004】
ここで、電極に印加する電圧をパルス状とするとともに、このパルス電圧により電極に流れるパルス電流と所定の設定電流ISとの差を積分器に入力する。これにより、積分器の出力には、パルス電流の平均値(単位時間当たりのパルス電流)と設定電流ISとの差に応じた電圧が現われる。この積分器の出力を電圧/周波数(V/F)変換器に入力し、上記両電流の差に応じた周波数のパルス信号を出力させて、これに基づいて電極へのパルス電圧を生成する。これにより、定常状態で電極に印加されるパルス電圧の周波数fは、設定電流ISに応じた値となる。
【0005】
検出セル内に電子捕獲性物質の分子を入れると、その分子はキャリアガスから放出された自由電子を吸収して自由電子の密度を減少させる。自由電子を吸収した電子捕獲性物質の負イオンは自由電子よりも遙かに移動速度が低いため、自由電子の減少により電極に流れる電流は減少する。すると、積分器の出力電圧が大きくなり、V/F変換器の出力のパルス信号の周波数fは上昇する。すなわち、1個のパルス電圧で取り込まれる電子数の減少を補うべく、単位時間当たりに発生するパルス数が増加する。
【0006】
電子捕獲性物質の濃度aとパルス周波数fとは、次のような関係を有することが知られている(例えば、R.J.Maggs, et al., "The Electron Capture Detector−A New Mode of Operation", ANALYTICAL CHEMISTRY, VOL.43, NO.14, DECEMBER 1971, p.1967)。
K・f=(k1・a+KD) (K、k1、KD:定数) (1)
従って、a=0の状態、すなわち検出セルに電子捕獲性物質を導入しない状態、からのパルス周波数の変化Δfは、
Δf=f−f0=(k1・a+KD)/K−KD/K
=(k1/K)・a (2)
と、濃度aに比例する。すなわち、試料の濃度aは周波数fの変化Δfより、
a=Δf/(k1/K) (3)
と算出することができる。なお、(k1/K)の値は予め実験により求めておく。
【0007】
積分器の出力から取り出した検出電圧Vは、パルス周波数fの変化に応じたものとなるから、この検出電圧Vを時間経過に従って記録することにより、目的とする電子捕獲性物質の濃度に関するクロマトグラムが得られる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
測定を繰り返すうちに電極及び検出セル内部が試料で汚れてくると、電流が流れにくくなり、周波数fが増加してくる。このため、同一試料で測定を行なっても測定結果が経時的に変化するという問題が生ずる。一方、ECDは上記の通り放射性同位元素を用いるため、検出セル内部の洗浄には専門の技術が必要であり、容易に洗浄を行なうことができないという制約がある。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、検出セル内部の汚染等による経時変化を適切に補正し、常に正しい測定結果を出力することのできるECDを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る電子捕獲型検出器は、a)検出セル内に導入されたキャリアガスをイオン化し、電子を放出させる電子放出手段と、b)所定の電流値を設定する電流値設定手段と、c)検出セル内に設けられた電極にパルス電圧を印加するとともに、上記電子による電流が前記所定電流値となるようにパルス電圧の周波数を制御するパルス制御手段と、d)検出セルの初期状態における上記周波数の値f00と、試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記周波数の値f0とを記憶する周波数記憶手段と、e)検出セルの初期状態における上記電流値Idと、試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記電流値Isとを記憶する電流値記憶手段と、f)検出セルに分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数f並びに前記両周波数の値f00及びf0、並びに前記両電流値Id及びIsを用いて分析試料の濃度を算出する濃度算出手段と、を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るECDでは、試料による汚染等で検出セルの状態が変化した場合にも、常に正しい濃度を検出することができる。また、周波数記憶手段に記憶されている周波数の値の変化により検出セルの汚れの程度を知ることができるため、洗浄の必要性を適切に判断し、警告することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
ECDの製造直後又は洗浄を行なった直後の、検出セルが清浄な状態(これらを初期状態と呼ぶ)において、まず、所定電流値に対応するパルス周波数f00を測定し、この値(初期周波数)を周波数記憶手段に記憶させておく。
【0013】
試料を分析する際、分析試料を注入する前のパルス周波数f0を測定し、この値(測定前周波数)も周波数記憶手段に記憶させる。周波数記憶手段に記憶させたこれらの値は、いくつかの使用方法がある。
【0014】
第1の使用方法は、検出セル内部の汚染等により経時的に変化する検出器の特性を自動的に補正して、常に正しい検出値を算出するために用いることができる。すなわち、分析試料を注入した後のパルス周波数fを用いて試料の濃度aを上記式(3)により算出する際、この値fの代わりに、周波数記憶手段に記憶されている値f00及びf0を用いて補正した値f1を用いる。具体的には、
f1=f・(f00/f0) (4)
と算出した値f1を用いて、濃度aを
a=Δf/k1=(f1−f0)/k1 (5)
と算出する。又は、f00、f0、fの値を用いて直接、
a={f・(f00/f0)−f0}/k1 (6)
と算出してもよい。
【0015】
このように補正(又は計算)できる理由は次の通りである。ECD内が汚れると、式(1)の定数KがK1に変化する。
K1・f=(k1・a+KD) (K1、k1、KD:定数) (1b)
a=0のときの周波数は、検出セルが清浄な状態(初期状態)では式(1)により
f00=KD/K
であるが、検出セルが汚れている時には式(1b)により
f0 =KD/K1
となる。従って、
f00/f0=K1/K (7)
となる。検出セルが汚れているとき、式(2)より
Δf'=f'−f0=(k1/K1)・a
=(f0/f00)・(k1/K)・a
=(f0/f00)・Δf (8)
となる。従って、式(5)、(6)で示したように、fの代わりにf1=f・(f0/f00)を用いることにより、常に同一の式で試料の濃度aを算出することができる。
【0016】
第2の使用方法は、上記のように感度変化2応じて検出値を補正するのではなく、逆に感度を一定とするようにする方法である。すなわち、測定前周波数f0が常に初期周波数f00に一致するように、設定電流値の方を変化させる。なお、このように検出値を補正する方法と設定電流値を変化させる方法とは、適宜切り替えられるようにしておくこともできる。
【0017】
第3の使用方法は、測定前周波数f0をその都度初期周波数f00と比較し、検出器の汚染度合いを判断することである。例えば、両値の差又は比が所定値以上になった場合に警報を出し、セルの交換を促すように構成することができる。
【実施例】
【0018】
本発明に係る電子捕獲形検出器(ECD)の一実施例を図1を参照して説明する。ガスクロマトグラフカラム11に接続された検出セル12は、キャリアガス導入口及び排出口が設けられた封止形となっており、内部には放射性同位元素63Ni等を担持したβ線源及び陽極13が設けられている。なお、検出セル12本体は接地されている。陽極13はトランス14の二次側のコイルに接続され、そのコイルを介して差分アンプ15に接続されている。差分アンプ15の出力電圧は電圧/周波数(V/F)変換器16に与えられ、V/F変換器16は入力電圧値に応じた周波数のパルス信号を出力する。パルス電圧発生回路17はV/F変換器16からのパルス信号を受け、その周波数の電圧をトランス14の一次側コイルに与える。
【0019】
差分アンプ15の出力電圧はまた、A/D変換器18によりデジタル信号に変換され、このデジタル信号は電流設定部19及び演算制御部20に送られる。演算制御部20には、メモリ21、キー入力部22及びデータ処理装置23が接続されている。
【0020】
本ECDの動作は次の通りである。検出セル12にキャリヤガスを流すと、キャリヤガスはβ線源によりイオン化され、運動エネルギの低い電子(自由電子)を放出する。上記構成により、陽極13にはトランス14の二次側コイルから正のパルス電圧が印加されているため、電圧が印加されている期間だけ、自由電子により陽極13には電流が流れる。従って、パルス電圧の周波数fを上昇すると、パルス周期よりも長い所定期間内の陽極13の平均電流(陽極電流)IDは増加し、周波数fを減少すると陽極電流IDは減少する。
【0021】
操作者がキー入力部22から設定電流ISの値を入力すると、演算制御部20はそれに対応する設定電流信号を電流設定部19に送り、電流設定部19はそれに応じた設定電流ISを出力する。しかし、陽極電流IDの値は上記の通りパルス周波数fにより規定されるため、それと設定電流ISとの差分i(=ID−IS)は差分アンプ15から与えられる。差分アンプ15はこの差電流iに応じた電圧を出力し、V/F変換器16に与える。上述の通り、V/F変換器16はその入力電圧値に応じた周波数のパルス信号を出力し、パルス電圧発生回路17はその周波数の電圧をトランス14の一次側コイルに与える。V/F変換器16は、差電流iが所定値(例えばゼロ)よりも大きいときはパルス周波数fを増加するように設定されているため、このループ制御により差電流iが所定値となるように周波数fが制御される。検出セル12内を流れるキャリヤガスが定常状態であり、差電流iが所定値に制御されているときのパルス周波数fをゼロ周波数と呼ぶ。
【0022】
本実施例のECDでは、検出セル12を洗浄した後、操作者がキー入力部22を操作することにより、ゼロ周波数f00をメモリ21に記憶させる。これが上記初期周波数である。なお、現在日本ではユーザーがECDの検出セル12を洗浄することはできないので、このような操作を行なうのはメーカーの技術者又はサービスマンとなる。
【0023】
ユーザーがこのECDを用いて試料を分析する際、試料を検出セル12に導入する前に、キー入力部22を操作することによりゼロ周波数f0をメモリ21に記憶させる。これが上記測定前周波数である。測定前周波数の測定は、検出セル12を洗浄した後、既に何度か検出セル12を使用した後にも、試料分析前には必ず行なう。この間、検出セル12の内部は試料により徐々に汚染され、陽極電流IDが流れにくくなっているため、測定前周波数f0は一般に徐々に大きくなる。
【0024】
その後、カラム11から送出される試料を検出セル12に導入する。導入された試料は検出セル12内の自由電子を捕獲し、陽極電流IDを減少させる。これにともない、差電流iを所定値とするためのパルス周波数の値が増加し、f1となる。
【0025】
演算制御部は、この値f1と、メモリに記憶されている初期周波数f00及び測定前周波数f0を用いて、試料の濃度aを前記式(4)及び(5)、又は(6)により算出する。
【0026】
なお、上記のように操作者のキー操作により初期周波数f00や測定前周波数f0を手動でメモリ21に記憶させるのではなく、この記憶を所定のタイミングで自動的に行なうようにしてもよい。例えば、多くの場合、分析の際に検出セル12を加熱するが、検出セル12の温度が所定値に達した時点でのゼロ周波数f00、f0をメモリ21に記憶させるという方法をとることができる。また、検出セル12洗浄後、ゼロ周波数がこうして自動的に逐次メモリに記憶されてゆく場合、最も古い時期に記憶されたゼロ周波数を初期周波数f00とし、最も新しい時期に記憶されたゼロ周波数を測定前周波数f0とすることができる。
【0027】
次に、上記とは別の算出方法を示す。式(8)より
Δf'=(f0/f00)・Δf
であるが、ここでf0/f00=cとして、
Δf'=c・Δf (9)
とする。検出セル12を洗浄後、予め検出セル12を実験的に徐々に汚してゆき、各汚れの段階でf0を求めてf0/f00によりcを算出し、メモリ21に記憶しておく。試料分析時に測定前周波数f0を求め、それに対応するcをメモリ21から読み出して式(9)及び(5)により濃度aを算出する。
【0028】
上記実施例では、分析時の設定電流の値ISと検出セル洗浄後のf0記憶時の設定電流の値ISが等しくなければならない。設定電流値ISは一般に分析試料により異なるため、各種試料を分析しようとするときは、それぞれの設定電流値ISに対して初期周波数f00及び測定前周波数f0をメモリ21に記憶しておかなければならない。それを簡略化する方法を次に示す。
【0029】
式(1)の定数Kは、
K=b・q・{1−exp[−(k1・a+KD)/f]}/ID
(b:定数、q:電子の電荷、ID:設定電流値)で表わされる(前記文献)。ここで、
K=k/ID
とすると、ゼロ周波数f0(初期周波数f00及び測定前周波数f0を含む)は、
f0/ID=KD/k
となる。或る設定電流値IDにおけるf0/IDの値をメモリ21に記憶しておくことにより、任意の設定電流値ISでのゼロ周波数f0Sは、
f0S=(f0/ID)・IS
と算出される。従って、これと式(8)、(9)を用いて、
Δf'=(IS/ID)・c・Δf
によりΔf'を算出し、これに基づいて試料の濃度aを求めることができる。
【0030】
以上説明した通り、本実施例のECDでは、検出セル12が汚れても常に正しい濃度を検出することができる。また、メモリ21には現在のゼロ周波数の値f0が記憶されているが、この値は検出セル12の汚れ具合に応じたものである。従って、この値が所定の閾値を超えたときに検出セル12の洗浄を促すような警報又はメッセージをデータ処理装置23等に出力することができる。更に、メモリ21には洗浄直後のゼロ周波数が記憶されているので、この値と現在のゼロ周波数との値とを比較し、その比又は差について予め閾値を設けておくことにより(例えば、f00/f0=0.5)、同様に検出セル12の汚れの警報又はメッセージを出力することもできる。
【0031】
なお、演算制御部20の機能を更に強化し、V/F変換器16の機能を演算制御部20に実行させるようにしてもよい。例えば図2に示すように、差分アンプ15の出力はA/D変換器18を介して演算制御部20に入れ、演算制御部20がその値に基づいてパルス信号を生成してパルス電圧発生回路17に与えるようにする。これにより、あらゆる操作が演算制御部20のキー入力部22等で行なうことができるようになるため、操作性が大幅に向上する。また、上記第2の使用方法を用いる場合は、検出された測定前周波数f0に基づいて対応する設定電流を演算制御部20で算出し、電流設定信号を電流設定部19へ送るという制御を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施例である電子捕獲型検出器(ECD)の概略構成回路図。
【図2】本発明の他の実施例であるECDの概略構成回路図。
【符号の説明】
【0033】
11...クロマトグラフカラム
12...検出セル
13...陽極
14...トランス
15...差分アンプ
16...電圧/周波数(V/F)変換器
17...パルス電圧発生回路
18...A/D変換器
19...電流設定部
20...演算制御部
21...メモリ
22...キー入力部
23...データ処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 検出セル内に導入されたキャリアガスをイオン化し、電子を放出させる電子放出手段と、
b) 所定の電流値を設定する電流値設定手段と、
c) 検出セル内に設けられた電極にパルス電圧を印加するとともに、上記電子による電流が前記所定電流値となるようにパルス電圧の周波数を制御するパルス制御手段と、
d) 検出セルの初期状態における上記周波数の値f00と、試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記周波数の値f0とを記憶する周波数記憶手段と、
e) 検出セルの初期状態における上記電流値Idと、試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記電流値Isとを記憶する電流値記憶手段と、
f) 検出セルに分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数f並びに前記両周波数の値f00及びf0、並びに前記両電流値Id及びIsを用いて分析試料の濃度を算出する濃度算出手段と
を備えることを特徴とする電子捕獲型検出器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−292786(P2007−292786A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−208892(P2007−208892)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【分割の表示】特願平9−287946の分割
【原出願日】平成9年10月3日(1997.10.3)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】