説明

電子源

【課題】
本発明は当技術分野で認識された上記技術的課題に鑑みてなされたものであり、(1)引出し電圧を大きくしなくても1.0mA/sr以上の高角電流密度動作ができることに加えて、(2)真空劣化を引き起こす余剰な電流を少なくする、という技術的要求をバランスよく実現することができる技術を提供することを課題とする。
【解決手段】
本発明によれば、タングステンの単結晶からなる陰極と、陰極の中腹部に設けられた拡散源とを有する電子源であって、前記陰極先端に形成された(100)面と(110)面との境界近傍から放出される電子が、前記陰極の軸と略平行に放出されるよう、前記陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が調整されてなる電子源によって達成できた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡、オージェ分光装置、電子線露光機、ウエハ検査装置などに用いられる電子源に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、熱陰極よりも長寿命でより高輝度の電子ビームを得るために、タングステン単結晶の針状電極にジルコニウムと酸素との被覆層を設けた陰極を用いた電子源(以下、ZrO/W電子源と記す)が用いられている(特許文献1参照)。
【0003】
ZrO/W電子源は、軸方位が<100>方位からなるタングステン単結晶の針状の陰極に、ジルコニウム及び酸素からなる被覆層(以下、ZrO被覆層という)が設けられる。この形状の陰極を真空装置内にて電界を印加すると、静電力が駆動力となって、先端方向に表面に沿って物質のマイグレーションが起こり、陰極先端に表面エネルギー的に安定な面方位(100)の結晶面が形成される。このZrO被覆層によってタングステン単結晶の(100)面の仕事関数は、4.5eVから約2.8eVに低下させられ、この陰極の先端部に形成された(100)面に相当する微小な結晶面のみが電子放出領域となるので、従来の熱陰極よりも高輝度の電子ビームが得られ、しかも長寿命であるという利点を有する。また冷電界放射電子源よりも安定で、低い真空度でも動作し、使い易いという利点を有している。
【0004】
ZrO/W電子源は、図2に示すように、絶縁碍子5に固定された導電端子4に設けられたタングステン製のフィラメント3の所定の位置に電子ビームを放射するタングステンの<100>方位の針状の陰極1が溶接等により固着されている。陰極1の一部には、ジルコニウムと酸素の供給源2が設けられている。なお、図示していないが陰極1の表面はZrO被覆層で覆われている。
【0005】
陰極1はフィラメント3により通電加熱されて一般に1800K程度の温度下で使用されるので、陰極1の表面のZrO被覆層は蒸発する。しかし、供給源2よりジルコニウム及び酸素が拡散することにより、陰極1の表面に連続的に供給されるので、結果的にZrO被覆層が維持される。
【0006】
ZrO/W電子源の陰極1の先端部はサプレッサー電極8と引き出し電極9の間に配置され使用される(図3参照)。陰極1には引き出し電極9に対して負の高電圧が印加され、更にサプレッサー電極8には陰極1に対して数百ボルト程度の負の電圧が印加され、フィラメント3からの熱電子を抑制する。
【0007】
ZrO/W電子源は低加速電圧で用いられる測長SEMやウェハ検査装置においては、プローブ電流が安定していて且つエネルギー幅の拡がりが抑えられるという理由で0.1〜0.2mA/srの角電流密度で動作される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平06−076731号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、電子線露光装置、オージェ分光装置及び、ウエハ検査装置等においては、スループットが重視されるために0.4mA/sr程度の高い角電流密度で動作される。このようなスループットを重視する用途では、更に高い角電流密度動作が望まれ、1.0mA/srもの高い角電流密度での動作が要求されることがある。
【0010】
ZrO/W電子源の陰極先端の曲率半径を通常の0.5μm程度から1.0μm程度に大きくし、(100)結晶面を大きく発達させることである程度の高角電流密度動作が可能である。しかしながら、(1)高々1.0mA/sr程度の角電流密度が上限である点、及び(2)この時、陰極と引き出し電極間に印加される引き出し電圧が5kV以上と大きく、また(100)結晶面端部に強い電界が加わることで、(100)結晶面端部からの不必要な余剰電流が増大する。陰極から放出されるトータル電流が増大すると、周辺部材からのガス放出による真空劣化が起こり、電流の不安定化や放電などが起きやすくなる。
【0011】
本発明は当技術分野で認識された上記技術的課題に鑑みてなされたものであり、(1)引出し電圧を大きくしなくても1.0mA/sr以上の高角電流密度動作ができることに加えて、(2)真空劣化を引き起こす余剰な電流を少なくする、という技術的要求をバランスよく実現することができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、タングステンの単結晶からなる陰極と、陰極の中腹部に設けられた拡散源とを有する電子源であって、前記陰極先端に形成された(100)面と(110)面との境界近傍から放出される電子が、前記陰極の軸と略平行に放出されるよう、前記陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が調整されてなる電子源が提供される。
【発明の効果】
【0013】
すなわち、陰極の軸方向と陰極の<100>方位とのなす角を調整することで、従来の技術では不要な余剰電流とされていた(100)結晶面端部からの強い電子線を、陰極の軸に略平行に放出させることができ、高角電流密度の電子電流を各種電子線装置に適用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の具体的な実施形態及び作用効果について、図2〜図4を参照しながら説明する。
【0015】
本実施形態では、走査型電子顕微鏡、オージェ電子分光、電子線露光機、ウェハ検査装置などの電子線応用機器に好適な電子源について説明する。
【0016】
本実施形態の電子源において、陰極先端に形成された(100)面と(110)面との境界近傍から放出される電子が、陰極の軸と略平行に放出されるよう、陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が調整されてなる電子源が提供される。
【0017】
図4に本実施形態の電子源の陰極先端の模式図を示す。陰極を真空装置内にて電界を印加すると、静電力が駆動力となって、表面に沿って先端方向の物質のマイグレーションが起こり、陰極先端に、表面エネルギー的に安定な(100)結晶面及び(110)結晶面が隣接して形成される。(100)面の仕事関数は、陰極の中腹部に設けられた拡散源から拡散して形成される被覆層によって低くなり、(100)面から電子が放出される。このとき、(100)面と(110)面とが角度を持って境界を形成するので、(100)面の平坦部よりも、境界部分での電界強度が大きくなり、境界部分から高角電流密度の電子が放出される。(100)面と(110)面の法線のなす角は45°であることから、境界部分では、各法線の二等分線の方向、すなわち、<100>法線に対して22.5°の方向に強く電子が放出される(図4参照)。
【0018】
従って、<100>方位に対して22.5°になるように陰極の軸を決めて切り出したタングステン単結晶を陰極材料とすることで、(100)面と(110)面との境界近傍から放出される電子が、前記陰極の軸と略平行に放出されるようなる。実際には、陰極の軸方向と<100>方位とのなす角度が22.5°±10°であれば本発明の効果が充分得られる。すなわち、<100>方位に対して陰極の軸が22.5°から多少角度ずれが生じても、陰極に正対する引出し電極によって電子が引っ張られることにより、ほぼ引き出し電極面に対して垂直に電子が通過する。従って、陰極の軸方向と<100>方位とのなす角度が22.5°±10°であれば、電気的あるいは機械的に電子軌道を外部から調整する機構を装置側に設けておくことにより、角度ずれは容易に補正することができる。
【0019】
陰極の軸方向と<100>方位とのなす角度が22.5°±10°であるタングステン単結晶として、<310>方位の単結晶タングステンを用いることが好ましい。図4に示されているように、<310>方位と<100>方位とのなす角は18.4°であり、22.5°±10°以内に入っているため、本発明の効果が得られると同時に、<310>方位の単結晶タングステンであれば、X線回折手法などにより、方位の確認や単結晶切り出し時の方位調整を行いやすいからである。
【0020】
<100>方位とのなす角度が22.5°±10°である軸方向切り出されたタングステン単結晶からなる陰極1は、絶縁碍子5にロウ付けされた導電端子4にタングステン製のフィラメント3を介して溶接により固定され、通電加熱できるようにした後、陰極1の先端部を電解研磨により尖鋭化する。
【0021】
陰極1には、電子放射面の仕事関数を低下させる効果のある金属と酸素からなる供給源が設けられる。ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、ハフニウム(Hf)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイド系列元素、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、カルシウム(Ca)の群から選ばれた元素を含有する金属酸化物からなる供給源を有する電子源が、熱陰極電界放出型電子源のための電子源として好ましく適用できる。とりわけ、酸化ジルコニウムを含有する供給源を用いることで、動作温度1800Kにおいて安定な電子放射が可能となり、好ましい。
【0022】
酸化ジルコニウムを例にとると、水素化ジルコニウムを粉砕して有機溶剤と混合しペースト状にしたものを陰極の一部に塗布して、3×10−6Torr(4×10−4Pa)程度の酸素雰囲気中で陰極を加熱してZrHを熱分解し、更に酸化してジルコニウムと酸素の供給源を形成する。
【0023】
この陰極を引き出し電極7とサプレッサー電極6の間に配置して、引き出し電極7に対して陰極1に数キロボルトの負の高電圧を印加する。サプレッサー電極6には陰極1に対して数百ボルトの負の電圧を印加すると共に陰極1を1500〜1900K に加熱することにより、陰極先端に表面エネルギー的に安定な(100)結晶面及び(110)結晶面が隣接して形成される。そして、(100)面と(110)面との境界近傍から陰極の軸と略平行に放出されることで、1mA/sr以上の高い角電流密度の電子線が得られるとともに、真空劣化を引き起こす余剰な電流を少なくすることが可能となる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
<実施例>
以下、実施例1について、図1〜図4を参照して説明する。
図2に示す絶縁碍子5にロウ付けされた一対の導電端子4の間に直径0.125mmのタングステン製ワイヤをV字のごとく曲げたフィラメント3をスポット溶接により固定した。<310>方位の単結晶タングステン陰極1をフィラメント3にスポット溶接により取り付けた。次に陰極1の先端部を電解研磨により先端曲率半径0.5μmに尖鋭化した。
【0026】
図2に示す拡散源2をタングステン単結晶陰極1の中央付近に配置させる。水素化ジルコニウムを粉砕して酢酸イソアミルと混合しペースト状にしたものを陰極1の一部に塗布した。そして、酢酸イソアミルが蒸発した後、超高真空装置に導入した。続いて装置内を3×10−10Torr(4×10−8Pa)の超高真空中としてフィラメント3に通電して単結晶ロッド1を1800Kに加熱し、水素化ジルコニウムを熱分解して金属ジルコニウムとする。続いて酸素ガスを導入して装置内を3×10−6Torr(4×10−4Pa)として金属ジルコニウムを酸化し、酸化ジルコニウムからなるジルコニウムと酸素の拡散源2を形成した。
【0027】
図3に示す真空装置のように、得られた陰極1の先端をサプレッサー電極6と引き出し電極7との間に配置した。なお、陰極1の先端とサプレッサー電極6の距離は0.25mm、サプレッサー電極6と引き出し電極7の距離は0.6mm、引き出し電極7の孔径は0.6mm、サプレッサー電極6の孔径は0.4mmとした。さらに、フィラメント3の両端にフィラメント加熱電源12に接続するとともに、高圧電源14 に接続した。また、サプレッサー電極6をバイアス電源13に接続した。
【0028】
測定装置内を3×10−10Torr(4×10−8Pa)の超高真空中として、電子放射開始時の陰極温度を1800Kになるように放射温度計で計測しながらフィラメント電流を調整した。陰極1に対してサプレッサー電極6にバイアス電圧Vb=−300Vを印加した。これによりフィラメント3からの放射熱電子を遮る。続いて、引き出し電極7に対して負の高電圧、即ち引き出し電圧Vexを陰極1に印加した。陰極1の先端から放射した電子ビーム15は引き出し電極7の孔を通過して、蛍光板8に到達する。蛍光板8の中央にはアパーチャー9(小孔)が有り、通過してカップ状電極10に到達したプローブ電流Ipは微小電流計11により測定される。なおアパーチャー9と陰極1の先端との距離とアパーチャー9の内径から算出される立体角をωとすると角電流密度はIp/ωとなる。また、アパーチャー9とカップ状電極10は真空系外から動かせられるようになっており、角電流密度分布を測定することができる。
【0029】
数時間保持し、放出電流が安定したところで、アパーチャー9を動かしたときのプローブ電流Ipの変化を測定し、角電流密度分布を求めた。引き出し電極7に引き出し電圧Vex=4.00kV及びVex=3.82kVを印加したときの角電流密度分布の測定結果を図5に示す。また、中心軸上の角電流密度が1mA/srになるときの引出し電圧と、そのとき陰極1から放出される全電流(トータル電流)を表1に示す。さらに、試験後の実施例の電子源の陰極先端の電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0030】
<比較例>
実施例において、陰極1に<100>方位の単結晶タングステンを用いたこと、及び陰極先端部を電解研磨により先端曲率半径1.0μmに尖鋭化したこと以外は、実施例と同じ製造方法で作製した電子源を、実施例と同様の方法で角電流密度分布を求めた。引き出し電極7に引き出し電圧Vex=6.94kVを印加したときの角電流密度分布の測定結果を図6に示す。また、中心軸上の角電流密度が1mA/srになるときの引出し電圧と、そのとき陰極1から放出される全電流(トータル電流)を表1に示す。さらに、試験後の実施例の電子源の陰極先端の電子顕微鏡写真を図7に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
<実施例及び比較例の結果の考察>
図1および図7にそれぞれ示された実施例および比較例の陰極先端の電子顕微鏡写真から、(100)結晶面および(110)結晶面の形成が明確に確認された。比較例の(100)結晶面の法線が陰極の軸にほぼ平行であるのに対し、実施例の(100)結晶面の法線と陰極の軸とのなす角度が約20°であることが確認できる。図5に示された実施例の角電流密度分布から、角電流密度の極大点が2箇所存在しており、それぞれ(100)結晶面の両端部に強い電界が加わることにより強調された電子放射に対応している。角電流密度の極大点の一方は、ほぼ中心軸上に位置しており、電子線装置において、この角電流密度の最大になる部分を有効に使うことができる。これは、陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が調整された効果によるものである。また、5kVより低い引出し電圧Vex=4.0kVで1.5mA/srの高角電流密度動作が可能であることが分かる。
【0033】
一方、図6に示された比較例の角電流密度分布から、実施例と同様、角電流密度の極大点が2箇所存在しているが、2箇所とも中心軸から約0.2ラジアン角度をもって電子が放射されており、電子線装置においてこの極大部分を有効に使うことはできない。また、中心軸上の角電流密度が1mA/srのときの引出し電圧は、5kVより高いVex=6.94kVになってしまう。
【0034】
また、表1に示す、中心軸上の角電流密度分布の最大値が1mA/srになる引出し電圧のときの陰極1から放出される全電流(トータル電流)の比較において、比較例では636μAであるのに対し、実施例では192μAと低く、周辺部材からのガス放出による真空劣化さらには放電が起こりにくくなり、より安定な電子線を得ることが可能になったのである。
【0035】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例の陰極先端の電子顕微鏡写真である。
【図2】ZrO/W電子源の構造図である。
【図3】電子放射特性の評価装置の構成図である。
【図4】実施例の陰極の先端の模式図である。
【図5】実施例における角電流密度分布を示すグラフである。
【図6】比較例における角電流密度分布を示すグラフである。
【図7】比較例の陰極先端の電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0037】
1:陰極
2:供給源
3:フィラメント
4:導電端子
5:絶縁碍子
6:サプレッサー電極
7:引き出し電極
8:蛍光板
9:アパーチャー
10:カップ状電極
11:プローブ電流測定用微小電流計
12:フィラメント加熱電源
13:バイアス電源
14:高圧電源
15:放射電子線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンの単結晶からなる陰極と、陰極の中腹部に設けられた拡散源とを有する電子源であって、前記陰極先端に形成された(100)面と(110)面との境界近傍から放出される電子が、前記陰極の軸と略平行に放出されるよう、前記陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が調整されるなることを特徴とする電子源。
【請求項2】
前記陰極の軸方向と前期陰極の<100>方位とのなす角度が22.5±10°であることを特徴とする請求項1記載の電子源。
【請求項3】
前記陰極の軸方向の結晶方位が<310>方位であることを特徴とする請求項2記載の電子源。
【請求項4】
前記拡散源が、少なくとも酸化ジルコニウムを含有していることを特徴とする請求項1乃至3記載の電子源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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