説明

電子銃、電子銃を用いた真空処理装置

【課題】カソードが高温になっても、ピンとカソード保持リングが融着しない電子銃を提供する。
【解決手段】電子銃10は筺体11を有しており、筺体11の内部には、カソード部材31と、発熱装置32と、アノード電極3が配置されている。カソード部材31は、カソード電極1と、三個以上(ここでは4個)のピン15と、保持部材5を有している。カソード電極1はタングステンであり、保持部材5の保持側孔70の内周面には、タングステンより融点が高いカーボン、グラファイト、又はタンタルカーバイトが露出されており、カソード電極1が発熱装置32により加熱されたときに輻射や熱伝導によって孔の内周面は融解せず、孔の内部に配置されたピン15は固着しない。また、ピン15と保持部材5が熱膨張したときに摩擦によるピンが抜けなくなる現象の発生が少なく、カソード電極1の位置ずれがおきない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高出力電子銃におけるカソード電極位置のズレ、カソード電極保持ピンの変形を防ぐことを目的としたカソード電極保持リングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子銃(電子ビーム銃)は、主に真空蒸着や金属の溶解精製に用いられている。
電子銃は、フィラメント、カソード電極、アノード電極により形成される。
電子銃は真空槽内で用いられ、カソード電極は、フィラメントによって加熱され、カソード電極から電子が放出される。放出された電子は、ウェネルト電極により狭められ、アノード電極とカソード電極の電位差により引き出され加速し、アノード電極の開口から放出され、真空槽内へ照射される。
【0003】
カソード電極は、ピンを介して保持リングによって保持されている。
従来は、カソード電極とピンはタングステンであり、保持リングには、モリブデン、又はタングステンが用いられている。
保持リングがモリブデンの場合は、電子銃を用いて複数回、真空処理を行うと、カソード電極からの熱伝導や輻射により保持リングのピンと接触する部分が固着する現象が起きる。また、保持リングがタングステンの場合は、真空処理を複数回行い、高温と低温を繰り返すと、ピンと保持リングが熱膨張により変形し、ピンが保持リングから抜けなくなる現象が起こる。更に加熱を行うことで、カソード電極の位置ずれが起こる。
そのためカソード電極やピンと共に保持リングも消耗品として使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−268177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
シリコン精製に使用される電子銃において、処理能力を上げることを目的として、カソード電極からの電子放出量を増加することが要求されている。カソード電極から必要な電子量を放出させる為には、フィラメントによるカソード電極加熱時の温度を上げることが必要となるが、カソード電極が高温になった際、輻射、熱伝導によってカソード電極を保持するための周辺構造物も高温にさらされることとなる。
【0006】
高温にさらされたピンはカソード電極、カソード電極保持リングと固着し、固着した部分はカソード電極ピンの変形に伴う、カソード電極の位置ズレ等の問題を引き起こす。
本発明は、上記固着を防ぐことで、高出力式電子銃、または高出力電子銃を搭載した装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、リング状の保持部材と、電子を放出するカソード電極と、前記カソード電極を加熱する加熱装置と、前記保持部材と前記カソード電極を電気的に接続する三個以上のピンとを有し、前記カソード電極は、前記ピンを介して、前記保持部材に保持される電子銃であって、前記保持部材の前記ピンと接触する保持側接触面には、炭素、又はタンタルカーバイトが露出された電子銃である。
また、本発明は、前記保持部材には保持側孔が三個以上設けられ、前記保持側孔の内周側面が前記保持側接触面にされ、前記保持側孔の前記ピンが前記保持側孔にそれぞれ嵌入されて前記カソード電極が前記保持部材に保持された電子銃である。
また、本発明は、前記保持部材は、炭素、又はタンタルカーバイトで構成された電子銃である。
また、本発明は、前記保持部材は、タンタルから成る芯材の少なくとも一部表面にタンタルカーバイト膜が形成され、前記タンタルカーバイト膜の表面が前記保持側接触面とされ、前記保持側接触面にはタンタルカーバイトが露出された電子銃である。
また、本発明は、前記ピンと前記カソード電極は、タングステンで形成された電子銃である。
また、本発明は、真空槽と真空ポンプと、上記いずれかの電子銃を有し、前記電子銃は、前記真空槽内部に電子を放出するように構成され、処理対象物の処理を前記真空槽内で行う真空処理装置である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、カソード電極を保持するためのピンとカソード電極保持リングの固着やピンとカソード電極保持リングとの接触部分の摩擦によりピンが抜けなくなる現象を防ぐことが可能となり、カソード電極温度の上昇に耐えることが可能となる。
また、カソード電極温度の上昇に伴い、カソード電極からの電流放出量を増加させて高出力電子銃として使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の電子銃を用いた真空処理装置を説明するための図
【図2】本発明の電子銃の断面図
【図3】(a):カソード電極の平面図(b):カソード電極のA−A’線截断断面図
【図4】(a):保持部材の平面図(b):保持部材の拡大斜視図
【図5】保持側接触面に膜が形成されて成る保持部材の拡大斜視図
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1の符号50は本発明の電子銃を用いる真空処理装置である。
真空処理装置50は真空槽25と電子銃10を有している。真空槽25には、真空ポンプ39が接続され、真空ポンプ39を動作させると真空槽25内を真空雰囲気にすることができる。
電子銃10は、真空槽25の側面に気密に挿通されている。
【0011】
真空槽25の底部には、蒸着材料35が、るつぼ36に入れられて配置され、基板30の表面と蒸発源の表面が向かい合って位置している。真空槽25とるつぼ36は接地電位に接続されている。
電子銃10の銃口は蒸着材料35に向けられている。
上記電子銃10を詳述する。図2は、電子銃の断面図である。
【0012】
電子銃10は筺体11を有しており、筺体11の内部には、カソード部材31と、発熱装置32と、アノード電極3が配置されている。
カソード部材31は、カソード電極1と、保持部材5とを有している。
カソード電極1は円柱状であり、その外周側面には、三個以上(ここでは四個)の電極側孔60が形成されている。
保持部材5はリング形状であり、そのリング形状の内周側面にも、電極側孔60と同数の保持側孔70が形成されている。
【0013】
カソード電極1の平面図を図3(a)に示し、カソード電極1のA−A’線截断断面図を図3(b)に示す。
保持部材5の平面図を図4(a)に示し、保持部材5の拡大斜視図を図4(b)に示す。
保持部材5の内周は、カソード電極1の外周よりも大きく形成されており、保持部材5とカソード電極1は、同一平面内で、保持部材5の内周よりも内側にカソード電極1を配置できるように構成されている。
【0014】
カソード電極1を保持部材5の中央に配置し、位置合わせをすると、電極側孔60と保持側孔70は互いに対面する位置にそれぞれ配置することができる。
カソード部材31は、電極側孔60の個数、及び、保持側孔70の個数と同数の直線状のピン15を有しており、ピン15の端部の形状・太さは、電極側孔60や保持側孔70に嵌り込む大きさになっている。
【0015】
電極側孔60と保持側孔70が互いに対面した状態で、ピン15の一端が電極側孔60に嵌り込み、他端が保持側孔70に嵌り込み、カソード電極1と保持部材5は、ピン15によって互いに固定されている。
筺体11の内部には、フィラメント2が配置されている。そのフィラメント2の側方には複数位置に、不図示の支持部が配置されている。
【0016】
保持部材5は、支持部上に乗せられ、互いに固定された保持部材5とカソード電極1は、支持部によって筺体11内で静止されている。この状態では、カソード電極1は、カソード電極1と保持部材5とが、直接接触しないようにピン15を介して保持部材5に保持されている。
フィラメント2は、カソード電極1と、ピン15と、保持部材5と非接触にされており、電子加速電源22が短絡電流を流さないようにしている。
【0017】
カソード電極1が保持部材5に保持された状態では、保持側孔70の内周面と、ピン15の一端部の外周面が互いに接触し、電極側孔60の内周面とピン15の他端部の外周面とが互いに接触するから、保持側孔70の内周面を保持側接触面と呼び、電極側孔60の内周面を電極側接触面と呼ぶと、保持側接触面には炭素又は、タンタルカーバイトのいずれかが露出されている。
【0018】
炭素が露出される場合、表面に炭素薄膜が形成されている場合と、保持部材5が炭素で形成されている場合とが含まれる。炭素には、グラファイト型、ダイヤモンド型等の結晶型や、無定型の非晶質型とが含まれる。
従って、ピン15は一端が炭素又はタンタルカーバイトのいずれかと接触しており、他端が電極側接触面に露出する材料に接触してカソード電極1が保持部材5に支持されていることになる。
【0019】
保持部材5は負電圧電源20の出力端子に電気的に接続されている。カソード電極1とピン15と保持部材5は導電性の材質であり、ピン15の一端と保持側接触面が接触してピン15と保持部材5が電気的に接続され、ピン15の他端と電極側接触面が接触し、ピン15とカソード電極1が電気的に接続されて、負電圧電源20を起動し出力端子から負電圧を出力すると保持部材5とピン15とを介してカソード電極1に負電圧が印加されるように構成されている。
【0020】
カソード電極1の表面に、窪みから成る凹部16が形成されている。
カソード電極1の裏面には、その裏面から離間した下方位置にフィラメント2が配置されている。
フィラメント2には、加熱電源21が接続されている。加熱電源21は、フィラメント2に電流を流し、フィラメント2を所定の温度に発熱させるように構成されており、フィラメント2は、真空中で通電されると、カソード電極1を加熱すると共に、電子を放出する。
【0021】
フィラメント2には、さらに電子加速電源22が接続されており、電子加速電源22を動作させると、フィラメント2には、フィラメント2の電圧がカソード電極1の電圧よりも低くなるように、負の電子加速電圧が印加される。ここでは、フィラメント2には、カソード電極1の電圧より最大1.5kV低くなるように電圧が印加される。
【0022】
その状態でフィラメント2から電子が放出されると、電子はカソード電極1へ向かって加速され、カソード電極1に衝突する。この電子のカソード電極1への衝突と、カソード電極1に流れる電流によってカソード電極1が加熱され、昇温する。
カソード電極1の表面には、その表面から離間した上方位置にアノード電極3が配置されている。
【0023】
アノード電極3は筒状であり、アノード電極3の一方の開口(カソード側開口18)は、カソード電極1の凹部16に向けられている。
アノード電極3の他方の開口は、真空槽25の内部に向けられており、その開口を介して真空槽25の内部とアノード電極3の内部が接続されている。
アノード電極3は、筺体11に接続されており、接地電位となっている。
【0024】
上記電子銃10を用いた蒸着のプロセスを詳述する。
真空槽25には、不図示の搬入室と搬出室とが真空バルブを介して接続されている。
真空槽25と搬入室と搬出室は、真空ポンプにそれぞれ接続されており、真空槽25内部は真空槽25に接続された真空ポンプ39により真空排気され、真空雰囲気に置かれており、真空バルブを開閉し、真空槽25の真空雰囲気を維持したまま、搬入室を介して基板30を真空槽25内に搬入し、基板ホルダ29に保持させる。
【0025】
発熱装置32を起動してカソード電極1を所定の温度(ここでは2850K程度)まで加熱し、カソード電極1を加熱する。所定の温度に加熱後に負電圧電源20を起動し、アノード電極3とカソード電極1間に電圧を印加すると、アノード電極3とカソード電極1の電位差(ここでは40kV)によって、加熱された電子は、カソード電極1の表面から引き出される。
【0026】
カソード電極1の上方には、リング状のウェネルト電極4が配置されている。
ウェネルト電極4には、負電圧電源20が接続され、カソード電極1と等電圧が印加されている。
カソード電極1の形状は、円柱であり、表面の中央に外周が円形の窪みから成る凹部16が形成されている。凹部16の表面は凹レンズ状である。
【0027】
ウェネルト電極4は、カソード電極1から放出された電子を収束させ、アノード電極3とカソード電極1の電位差で電子を引き出し、真空槽25へ放出する。
凹部16から引き出された電子は、凹部16表面の形状により筒状のアノード電極3内部で収束するように構成されており、ウェネルト電極4に狭められた電子は、アノード電極3内で収束した後、アノード電極3内を進行し、アノード電極3の真空槽25側の開口から真空槽25内へ放出される。
【0028】
真空槽25内へ放出された電子は、蒸着材料35上に照射され、蒸着材料35を加熱し蒸発させる。蒸発した蒸着材料35の蒸気は、基板30の表面に到達し、基板30の表面に蒸着材料35からなる薄膜が形成される。基板30の表面に所定膜厚の薄膜が形成されたら、負電圧電源20と加熱電源21の電源を切り、薄膜が形成された基板30を真空槽25から搬出室を介して大気雰囲気中へ取出し、一回のプロセスを終える。
【0029】
保持部材5は、カーボン、グラファイト、又はタンタルカーバイトのいずれか一種で構成され、カソード電極1とピン15は、タングステンで構成されている。カーボン、グラファイト、とタンタルカーバイトのそれぞれの融点はタングステンの融点より高いので、上記プロセスを行いカソード電極1が所定の温度に加熱され、カソード電極1からの輻射やカソード電極1からピン15を介した熱伝導によって保持側接触面がタングステンの融点程度の温度に昇温しても溶融されず、ピン15は固着されない。
【0030】
カーボン、グラファイト、とタンタルカーバイトのそれぞれとタングステンとの摩擦係数は、タングステンとモリブデンとの摩擦係数やタングステン同士の摩擦係数と比べて小さい。従って、上記プロセスを複数回行い、カソード部材31が高温と低温に繰り返し成ってピン15と保持部材5が熱膨張したときに、ピン15と保持部材5の膨張量の違いによって保持側接触面と接触するピン15が擦れても、ピン15が保持部材5から抜けなくなる現象は起こらず、カソード電極1の位置は、ずれない。
【0031】
上記では、保持部材5は、カーボン、グラファイト、又はタンタルカーバイトのいずれか一種で構成されたが、タンタルから成る芯材の少なくとも一部表面にタンタルカーバイト膜を形成し、タンタルカーバイト膜の表面を保持側接触面として保持部材5を形成し、保持側接触面以外は芯材が露出していてもよい。
【0032】
図5に、タングステン又はタンタルから成る芯材の表面に保持側孔70が形成され、保持側孔70の内周面にカーボン膜、グラファイト膜、又はタンタルカーバイト膜のいずれか一種の膜、又は二種以上の膜71が形成され、保持側孔70以外は芯材が露出している保持部材5の拡大斜視図を示す。
また、タンタルから成る芯材の全表面にタンタルカーバイト膜を形成し、タンタルカーバイト膜の表面を保持側接触面として保持部材5を形成してもよい。
【0033】
保持側接触面にタンタルカーバイトを露出させるには、浸炭と呼ばれる方法で製作する。浸炭では、固体炭素の粉末の中にタンタルから成る保持側孔70が形成された芯材の全表面を露出させて埋め込む状態で加熱して保持側孔70の内周面を含む保持部材5の全表面をタンタルカーバイト化する。
上述した保持側孔70と電極側孔60は、貫通孔でも有底孔でもよい。
【0034】
なお、上記実施例の説明では、フィラメント2を鉛直下方、カソード電極1を鉛直上方に配置して説明したが、ピン15の両端は、電極側孔60と保持側孔70にそれぞれ嵌入されており、保持部材5は不図示の支持部に固定されているから、上下逆や、斜傾して配置される場合でも、カソード電極1が保持部材5から脱落しないようになっている。
【0035】
但し、本発明はピン15の両端が電極側孔60と保持側孔70内に嵌入されている場合に限定されず、重力に対する電子銃の上下位置が決まっており、落下しないように配置できる場合は、保持側孔70に替えて保持部材5に溝を設け、ピン15の一端を、溝底面に乗せるようにしてもよい。
この場合は、溝内周面が保持側接触面となり、炭素又はタンタルカーバイトを露出させることができる。
【符号の説明】
【0036】
1……カソード電極
2……フィラメント
3……アノード電極
5……保持部材
10……電子銃
15……ピン
25……真空槽
31……カソード部材
32……発熱装置
35……蒸着材料
39……真空ポンプ
50……真空処理装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リング状の保持部材と、電子を放出するカソード電極と、前記カソード電極を加熱する加熱装置と、前記保持部材と前記カソード電極を電気的に接続する三個以上のピンとを有し、前記カソード電極は、前記ピンを介して、前記保持部材に保持される電子銃であって、
前記保持部材の前記ピンと接触する保持側接触面には、炭素、又はタンタルカーバイトが露出された電子銃。
【請求項2】
前記保持部材には保持側孔が三個以上設けられ、前記保持側孔の内周側面が前記保持側接触面にされ、前記保持側孔の前記ピンが前記保持側孔にそれぞれ嵌入されて前記カソード電極が前記保持部材に保持された請求項1記載の電子銃。
【請求項3】
前記保持部材は、炭素、又はタンタルカーバイトで構成された請求項1又は2のいずれか1項記載の電子銃。
【請求項4】
前記保持部材は、タンタルから成る芯材の少なくとも一部表面にタンタルカーバイト膜が形成され、前記タンタルカーバイト膜の表面が前記保持側接触面とされ、前記保持側接触面にはタンタルカーバイトが露出された請求項1又は2のいずれか1項記載の電子銃。
【請求項5】
前記ピンと前記カソード電極は、タングステンで形成された請求項1乃至請求項4のいずれか1項記載の電子銃。
【請求項6】
真空槽と真空ポンプと、請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の電子銃を有し、
前記電子銃は、前記真空槽内部に電子を放出するように構成され、
処理対象物の処理を前記真空槽内で行う真空処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−40291(P2011−40291A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187181(P2009−187181)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】