説明

電気光学素子用CdTe系化合物半導体単結晶

【課題】電圧検出器等の電気光学素子として有用なCdTe系化合物半導体単結晶を提供する。
【解決手段】インジウムをドープすることにより、吸収係数が小さく、かつ高抵抗のCdTe系化合物半導体単結晶を実現する。この場合、CdTe原料融液中に0.05〜1.0ppmwtのインジウムをドープし融液成長法により得られたCdTe系化合物半導体単結晶のうち、結晶の固化率が0.9以下の部分を電気光学素子用の材料とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、II−VI族化合物半導体単結晶に関し、特に、電圧検出器等に用いられる電気光学素子用の材料として有用なCdTe系化合物半導体単結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、II−VI族化合物半導体の一つであるCdTe系化合物半導体単結晶は、放射線検出器の用途として有用であることが知られている(例えば、特許文献1)。CdTe系化合物半導体単結晶を放射線検出器の基体として用いる場合、ノイズを低減して高エネルギー分解能を達成するために、使用する結晶は高抵抗(例えば、1.0×10Ω・cm以上)であることが望ましい。
【0003】
一般に、CdTe系化合物半導体単結晶を高抵抗化するためには、例えば塩素等のハロゲン元素を結晶中に添加する手法が用いられている。本発明者等は、特願2002−076313号において所定量の塩素をドープして1.0×10Ω・cm以上の抵抗としたCdTe単結晶を提案している。
【0004】
一方、CdTe系化合物半導体単結晶は、電圧を印加するとそれに比例して屈折率が変化する電気光学材料であることも知られている(例えば、非特許文献1)。このような性質を有する電気光学材料は、例えば電圧(電界)検出器等の電気光学素子として用いられる(例えば、特許文献2〜5)。
【0005】
以下に、電圧検出器の一例について図5を参照して説明する。図5は、一般的な電圧検出器の概略構成図である。
図5に示す電圧検出器100は大きく分けて、被測定物に近接または接触させる光プローブ(電気光学素子)10と、光源31から出射された光を光プローブ10へ導く光学手段30と、光源31からの参照光と光プローブ10の内部を進行して戻ってきた出射光とを比較する比較検出手段20と、光源で構成される。
【0006】
光プローブ10は、化合物半導体単結晶からなる電気光学材料11と、光学手段20からの光を電気光学材料11に導入する結合部12と、電気光学材料11の先端部に被着された金属薄膜13と、電気光学材料11の外周部に設けられた導電性電極14とで構成される。また、比較検出手段20は、検光子21と、光電変換素子22,23と、比較回路24と、出力端25とで構成され、光学手段30は、光源31と、偏光子32と、ビームスプリッタ33,34と、コリメータ35と、光ファイバ36とで構成される。
【0007】
光プローブ10はこれを被測定物に近接または接触させると適当な電位(例えば接地電位)を与えられた導電性電極14と金属薄膜11との間に電界が生じ、この電界により電気光学材料11の屈折率が変化する。そして、電気光学材料11中を進行する光はその偏光状態が電気光学材料11の屈折率変化に依存して変化する。
【0008】
このような電圧検出器100において、例えばレーザダイオード等の直流光源21から光を出力すると、偏光子32で所定の偏光成分を持つ光Lだけが抽出され、ビームスプリッタ33で光Lは参照光L1と入射光L2に分割される。
【0009】
入射光L2は、ビームスプリッタ34、コリメータ35、光ファイバ36を介して光プローブ10に導入され、結合部12を介して電気光学材料11に入射された後、電気光学材料11中を進行し、金属薄膜13で反射される。そして、反射された光は電気光学材料11中を進行し、結合部12、光ファイバ36、コリメータ35を逆行し、出射光L3としてビームスプリッタ34に入射される。次いで、出射光L3はビームスプリッタ34で反射されて検光子21に入射し、光電変換素子22で電気信号に変換される。一方、前記ビームスプリッタ33で分割された参照光L1は光電変換素子23に入射し電気信号に変換される。
【0010】
そして、光電変換素子22,23から出力された電気信号は、比較回路24で比較され両者の強度比信号が出力端25から得られる。つまり、電気光学材料11中を進行する光は電気光学材料11の屈折率変化に依存して偏光状態が変化し、これにともない出射光L3の強度も変化するので、出射光L3と参照光L1の強度を比較することで被測定物の所定部分の電圧を検出することができる。
【0011】
なお、前記特許文献2〜5においては、電気光学材料としてタンタル酸リチウム(LiTaO),ニオブ酸リチウム(LiNbO)、KTP(KTiOPO)、砒化ガリウム(GaAs)等の化合物半導体単結晶を用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特公平7−96478号公報
【特許文献2】特公平6−95108号公報
【特許文献3】特開平5−267408号公報
【特許文献4】特許第2947288号公報
【特許文献5】特公平6−95110号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Journal of Nonlinear Optical Physics and Materials Vol.5, No.2(1996) P.247-268
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、CdTe系化合物半導体は電気光学材料であることが知られているが、上述したような電圧検出器の電気光学素子用の材料としては一般に用いられていない。すなわち、CdTe系化合物半導体単結晶を電気光学素子の用途として使用するためには高抵抗で透過率が高い(吸収係数が小さい)ことが要求されるが、そのような性質を有するCdTe系化合物半導体単結晶は明らかとされていない。
そこで、本発明は、電圧検出器等の電気光学素子として有用なCdTe系化合物半導体単結晶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、電圧検出器等の電気光学材料に利用できるCdTe系化合物半導体単結晶であり、結晶中の塩素濃度が0.1〜5.0ppmwtで、結晶内に2μm以上の析出物がないようにしたものである。
【0016】
このようなCdTe系化合物半導体単結晶は吸収係数が4cm−1以下であるため、内部を進行する光の強度が減衰するのを抑えることができる。また、室温での抵抗率が1.0×10Ω・cm以上となるので有効にノイズを抑えることができる。したがって、上述したCdTe系化合物半導体単結晶は電圧検出器等の電気光学素子の用途に有用であり、高感度の電圧測定が可能な電圧検出器を実現できる。
【0017】
また、インジウムをドープしたCdTe系化合物半導体単結晶も、吸収係数が小さく、かつ高抵抗であるので電気光学素子用の材料として有用である。特に、CdTe原料融液中に0.01〜1.0ppmwtのインジウムをドープし融液成長法により得られるCdTe系化合物半導体単結晶であって、固化率が0.9以下の部分は結晶内の析出物が2μm以下であり電気光学素子用の材料として適している。
ここで、固化率が0.9以下の部分とは、得られたCdTe系化合物半導体単結晶のうち成長開始から固化率が0.9に達するまでに成長された部分を意味する。
【0018】
以下に、本発明を完成するに至った経緯について説明する。
まず、本発明者等は、塩素のドープ量を変えて合成したCdTe多結晶を原料として、融液成長法によりClドープCdTe単結晶を成長させた。そして、得られたClドープCdTe単結晶を試料として透過率を測定し、結晶中の塩素濃度と透過率の関係を調べた。なお、透過率の測定に用いたCdTe単結晶の厚さは約1mmとした。
【0019】
測定結果を図1に示す。図1よりCdTe単結晶中の塩素濃度が増大するに伴い透過率は低下する傾向にあることが分かった。
さらに、図1の測定結果は、試料となるCdTe単結晶の厚さの影響、および試料の入射面、出射面における光の反射の影響が含まれるため、これらの影響を補正するために吸収係数αを算出して比較した。ここで、吸収係数αは下式を用いて算出した。
T=(1−R)2exp(−α×d)
T:透過率(%)
R:反射率(12%:文献値)
d:試料厚さ(mm)
【0020】
図2に塩素濃度と吸収係数の関係を示す。図2に示すように塩素濃度と吸収係数の相関関係が一層顕著となって表れている。これより、CdTe単結晶中の塩素濃度が例えば5ppmwt以下であれば吸収係数が4以下となり、電気光学素子用の材料として適するといえる。
【0021】
また、上記CdTe単結晶中の塩素濃度が5ppmwt以下であっても、吸収係数が非常に高くなる場合があった。そこで、赤外線顕微鏡にて結晶内を観察したところ、2μm以上の析出物が結晶内に観察された。すなわち、吸収係数と結晶内の析出物との間にも密接な関係があり、CdTe単結晶の吸収係数を小さくするためには析出物の発生を抑えることが重要であるとの知見を得た。
【0022】
上述した実験より、結晶中の塩素濃度が5ppmwt以下で、かつ2μm以上の析出物がないCdTe単結晶は吸収係数が小さく電気光学材料として適することが明らかとなった。また、結晶中の塩素濃度を0.1ppmwt以上とすることで、10Ω・cm以上の高抵抗を実現できた。
【0023】
次に、本発明者等は、微量のドープ量で高抵抗化できるInドープのCdTe単結晶について検討を行った。特開昭63−185898号公報では、結晶成長時に1ppmwt以下のInをドープすることで、10Ω・cm以上の高抵抗を実現している。このようなInドープCdTe単結晶は、Inドープ量が極めて少ないので透過率が高いと考えられる。
【0024】
そこで、本発明者等は結晶中のIn濃度が0.05ppmwt(分析装置の測定下限値)以下であるInドープCdTe単結晶を試料として、上述したClドープCdTe単結晶と同様に透過率を測定し吸収係数を算出した。ここで、前記InドープCdTe単結晶は、0.03ppmwtのインジウムをドープしながら融液成長法により成長させた。
このようにして得られたInドープCdTe単結晶は、結晶中のIn濃度を正確に測定することは困難なので、結晶成長時の固化率と算出された吸収係数の関係を調べた(図3参照)。図3より、固化率が低い部分の方が吸収係数は小さくなることが分かった。
【0025】
これより、結晶の固化率に応じて結晶中のIn濃度も変化し、固化率が高くなるに伴いIn濃度が大きくなるために吸収係数が大きくなることが推測できる。また、InドープCdTe単結晶においては、成長結晶の中でも固化率が0.9以下の部分が特に吸収係数は小さく電気光学素子用の材料として適しているといえる。
また、これらのInドープCdTe単結晶の抵抗率は、結晶成長時の固化率に関わらず109Ω・cm程度であり極めて高抵抗であることが確認できた(図4参照)。
【0026】
以上のことから、本発明者等は、塩素ドープの場合は結晶中の塩素濃度および結晶内の析出物により規定し、インジウムドープの場合は結晶成長時の固化率により規定することで、電気光学素子の用途に適したCdTe化合物半導体単結晶が得られるとの知見を得て本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、電気光学素子用CdTe系化合物半導体単結晶において、結晶中の塩素濃度が0.1〜5.0ppmwtで、結晶内に2μm以上の析出物がないようにしたので、CdTe系化合物半導体単結晶の吸収係数を4cm−1以下とし、室温での抵抗率を1.0×10Ω・cm以上とすることができ、当該CdTe系化合物半導体単結晶を電気光学素子の材料として用いることで、高感度で低雑音特性の電圧検出器等を実現できるという効果を奏する。
【0028】
また、CdTe原料融液中に0.05〜1.0ppmwtのインジウムをドープし融液成長法により得られるCdTe系化合物半導体単結晶のうち結晶の固化率が0.9以下の部分を電気光学素子の材料として用いることで、上記塩素ドープCdTe系化合物半導体単結晶と同様に、高感度で低雑音特性の電圧検出器等を実現できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】ClドープCdTe単結晶の塩素濃度と透過率の関係を示す説明図である。
【図2】ClドープCdTe単結晶の塩素濃度と吸収係数の関係を示す説明図である。
【図3】InドープCdTe単結晶の結晶成長時の固化率と吸収係数の関係を示す説明図である。
【図4】InドープCdTe単結晶の結晶成長時の固化率と透過率の関係を示す説明図である。
【図5】一般的な電圧検出器の概略構成図である。
【図6】本実施形態の結晶成長に用いる結晶成長装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の好適な実施形態を図面に基づいて説明する。
図6は、本発明に係るCdTe単結晶をVGF法により成長させる結晶成長装置の概略構成図である。
図6中、符号200は高圧容器であり、この高圧容器200の中心にはリザーバ部201aを有する石英アンプル201が配置されている。また、石英アンプル201内にはpBN性ルツボ203が配置され、石英アンプル201を包囲するようにヒータ202が設けられている。なお、ヒータ202の構成は特に制限されないが、例えば、図6に示すようにルツボ203に対応する部分とリザーバ部201aに対応する部分とを別々の温度に加熱でき、かつ高圧容器200内の温度分布を細かく制御できる3段の多段型構造とするのが望ましい。
【0031】
以下に、上述した結晶成長装置を用いて、ClドープCdTe単結晶を結晶成長させる場合について説明する。
まず、石英アンプル201のリザーバ部201aに易揮発性元素であるCd単体204を約10g入れるとともに、CdTe原料205をpBN製ルツボ203に約15g入れて石英アンプル201内に配置した後、石英アンプル201を真空封止した。このとき、CdTe原料205には、100ppmwtの塩素をドープして合成したCdTe多結晶をブロック状に分割したものを用いた。
【0032】
そして、ヒータ202で加熱昇温してルツボ203内のCdTe原料205を融解した後、ヒータ202でリザーバ部201aを所定温度、例えば780℃に加熱して蒸気圧制御を行うとともに、ルツボ203を加熱した。
さらに、高圧容器200内に所望の温度分布が生じるように各ヒータへの供給電力量を制御装置(図示しない)で制御しながら加熱炉内の温度を0.1℃/hrの降温速度で徐々に下げて、約200時間かけて原料融液の表面から下方に向かってCdTe単結晶を成長させた。
【0033】
その後、CdTe結晶部を950℃に、Cdリザーバ部201aを700℃に保持したまま約20時間放置して、直径78mm、長さ60mmのClドープCdTe単結晶インゴットを得た。
得られたCdTe単結晶を赤外線顕微鏡で観察したところ、結晶内に2μm以上の析出物は観察されず、その抵抗率は1×10Ω・cm以上であった。また、このCdTe単結晶の透過率を測定した結果概ね55%以上であり、この値に基づいて吸収係数を算出したところ吸収係数は4cm−1以下であった。
【0034】
次に、上述した結晶成長装置を用いて、InドープCdTe単結晶を結晶成長させる場合について説明する。
まず、石英アンプル201のリザーバ部201aに易揮発性元素であるCd単体204を約10g入れるとともに、CdTe原料205をpBN製ルツボ203に約15g入れて石英アンプル201内に配置した後、石英アンプル201を真空封止した。このとき、CdTe原料205と一緒にInをいれて、0.03ppmwtでInをドープした。
【0035】
そして、ヒータ202で加熱昇温してルツボ203内のCdTe原料205を融解した後、ヒータ202でリザーバ部201aを所定温度、例えば780℃に加熱して蒸気圧制御を行うとともに、ルツボ203を加熱した。
さらに、高圧容器200内に所望の温度分布が生じるように各ヒータへの供給電力量を制御装置(図示しない)で制御しながら加熱炉内の温度を0.1℃/hrの降温速度で徐々に下げて、約200時間かけて原料融液の表面から下方に向かってCdTe単結晶を成長させた。
【0036】
その後、CdTe結晶部を950℃に、Cdリザーバ部201aを700℃に保持したまま約20時間放置して、直径78mm、長さ60mmのClドープCdTe単結晶インゴットを得た。
このようにして得られたInドープCdTe単結晶のうち固化率が0.9以下の部分を赤外線顕微鏡で観察したところ、結晶内に2μm以上の析出物は観察されず、その部分の抵抗率は約1×10Ω・cmであった。また、この部分の透過率を測定した結果概ね70%以上であり、この値に基づいて吸収係数を算出したところ吸収係数は2cm−1以下であった。
【0037】
本実施形態により得られたClドープCdTe単結晶およびInドープCdTe単結晶は、1×10Ω・cm以上の抵抗率を有し、その吸収係数は4cm−1以下と極めて小さいので、電気光学素子(例えば電圧検出器の光プローブ等)用の材料として有用である。
【0038】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づいて具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
例えば、上記実施形態では、VGF法を利用してCdTe単結晶を成長する方法について説明したが、水平グラジェントフリージング法、垂直ブリッジマン法、水平ブリッジマン法、および液体封止チョクラルスキー法によっても同様に高抵抗で吸収係数の小さいCdTe単結晶を生産性よく製造することができる。
【符号の説明】
【0039】
10 光プローブ(電気光学素子)
11 電気光学材料(化合物半導体単結晶)
12 結合部
13 金属薄膜
14 導電性電極
20 比較検出手段
30 光学手段
100 電圧検出器
200 高圧容器
201 石英アンプル
201a リザーバ部
202 ヒータ
203 ルツボ
204 Cd原料
205 CdTe多結晶原料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CdTe原料融液中に0.01〜1.0ppmwtのインジウムをドープして融液成長法により得られるCdTe系化合物半導体単結晶であって、固化率が0.9以下の部分であることを特徴とする電気光学素子用CdTe系化合物半導体単結晶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−150138(P2010−150138A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65615(P2010−65615)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【分割の表示】特願2003−30639(P2003−30639)の分割
【原出願日】平成15年2月7日(2003.2.7)
【出願人】(591007860)日鉱金属株式会社 (545)
【Fターム(参考)】