説明

電界電離型イオン源のエミッター、集束イオンビーム装置及び集束イオンビーム照射方法

【課題】試料に照射するイオンビーム電流量を増大させ、試料加工のスループットが高い集束イオンビーム装置を提供すること。
【解決手段】エミッター1にガスを供給し、エミッター1先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビーム7を放出する電界電離型イオン源のエミッターにおいて、エミッター1先端は、原子レベルの突起部1cと、突起部を有する球状部と、球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、球状部の曲率半径が110nm以上であり、かつ、傾斜角が、15°以下である電界電離型イオン源のエミッターを有する集束イオンビーム装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針状のビーム源からイオンビームを引き出し、試料に照射する集束イオンビーム装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
イオン源として液体金属ガリウムを用いた集束イオンビームにより、シリコンデバイスの配線変更、断面加工観察、TEM試料作製、フォトマスクの欠陥修正などが行われている。しかし、ガリウムはデバイスにとっては汚染源であるため、一度集束イオンビームを照射したシリコンウエーハを製造ラインに戻すことはデバイスの品質管理上困難であった。また、フォトマスクの欠陥修正においては、露光光源の短波長化に伴い、修正箇所に打ち込まれたガリウムによる透過率の低下が顕著となり技術的な課題であった。
【0003】
近年では、このような課題に対して、ガスイオン源を用いたイオンビームによりウエーハから所望部分を切り出し、ウエーハを製造ラインに戻す技術が知られている(特許文献1参照)。しかし、ガスイオン源は液体金属ガリウムのイオン源に比べてビームを小さく絞ることができない課題があった。
【0004】
このような課題に対して、微細なエミッターにイオン源ガスを供給して、エミッター先端に形成された強力な電界により、エミッターに吸着したイオン源ガス種をイオン化し、イオンビームを引き出す電界電離型イオン源を用いた集束イオンビーム装置が開発されている。これによれば、ビームをオングストロームオーダーまで小さく絞ることができる(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−342638号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tsu−Yi Fu,et al. :Physical Review B 64(2001)113401
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の電界電離型イオン源を用いた集束イオンビーム装置では、試料に照射するイオンビーム電流量が小さいため、試料の加工を行うスループットが低いことが課題であった。
【0008】
この発明は、このような事情を考慮してなされたもので、その目的は、試料に照射するイオンビーム電流量を増大させ、試料加工のスループットが高い集束イオンビーム装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、この発明は以下の手段を提供している。
本発明に係る電界電離型イオン源のエミッターは、エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出する電界電離型イオン源のエミッターであり、エミッター先端は、原子レベルの突起部と、突起部を有する球状部と、球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、球状部の曲率半径が110nm以上であり、かつ、傾斜角が、15°以下である。または、曲率半径が100nm以上であり、かつ、傾斜角が、6°以下である。または、曲率半径が90nm以上であり、かつ、傾斜角が、2°以下である。
【0010】
このような形状のエミッターを用いることで、エミッター先端のイオンビームを射出するイオン化領域に多くのガス分子を供給可能になる。よってイオンビームを多く照射することができる。
【0011】
また、本発明に係る電界電離型イオン源のエミッターは、エミッターの温度を90Kとし、ガスとしてヘリウムガスをガス圧力0.05Paで用いた場合の実効捕獲領域が0.25μm2以上である。このようなエミッターを用いることで、300pA以上のイオンビーム電流を照射することができる。
【0012】
また、本発明に係る集束イオンビーム装置は、上記の電界電離型イオン源のエミッターと、エミッターにガスを供給するガス供給部と、エミッターの表面に吸着した前記ガスをイオン化してイオンビームを引き出す引出電極と、エミッターと引出電極の間に電圧を印加する電圧供給部と、イオンビームを試料に集束させるレンズ系と、試料を載置する試料ステージと、を有する。
【0013】
また、本発明に係る集束イオンビーム照射方法は、エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出させ、レンズ系で試料表面にイオンビームを集束させ照射する集束イオンビーム照射方法であり、エミッター先端は、原子レベルの突起部と、突起部を有する球状部と、球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、球状部の曲率半径が110nm以上であり、かつ、傾斜角が、15°以下である。または、曲率半径が100nm以上であり、かつ、傾斜角が、6°以下である。または曲率半径が90nm以上であり、かつ、傾斜角が、2°以下である。
【0014】
また、本発明に係る集束イオンビーム照射方法は、上記の集束イオンビーム照射方法でエミッターの温度を90K以下とする。
このような集束イオンビーム照射方法を用いることで、エミッター先端のイオンビームを射出するイオン化領域に多くのガス分子を供給可能になる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る集束イオンビーム装置によれば、多くのガス分子をイオン化可能な形状を有するエミッターを用いることで、試料加工のスループットが高くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るエミッターの模式図である。
【図2】本発明に係るエミッターの模式図である。
【図3】本発明に係るシミュレーション結果の図である。
【図4】本発明に係る実効捕獲面積のエミッター寸法依存性の図である。
【図5】本発明に係るイオンビーム電流のエミッター寸法依存性の図である。
【図6】本発明に係るTEM試料作製の説明図である。
【図7】本発明に係るエミッターのSEM像である。
【図8】本発明に係る集束イオンビーム装置の構成図である。
【図9】本発明に係るイオン銃部の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施形態について説明する。
電界電離型イオン源は、エミッターにイオン源用ガスを供給し、エミッターと引出電極との間に印加した電圧により強電界を形成し、イオンビームを放出する。図1に示すように、エミッター1周辺に供給されたガス分子4、5は、分極力によりエミッター1に引き寄せられる。ガス分子4、5は、エミッター1に引き寄せられ、エミッター1と接触し、エミッター1の先端に移動する。エミッター1の先端に到達したガス分子4、5はイオンビーム7として照射される。
【0018】
ガス分子は電界中で分極ポテンシャルエネルギー(Polarization Potential Energy)を持っている。
PPE=αF2/2
ここで、αはガスの分極率、Fは電界強度である。また、温度Tのガス分子の一次元熱平衡エネルギー(Thermal equilibrium Energy:ETEE)は、次の式で示すことができる。
TEE=kT/2
ここで、kはボルツマン定数である。ガスの速度はマクスウェル分布に従うため、EPPEとETEEは平均値として取り扱うことができる。エミッター1と引出電極との間に電圧を印加することで、エミッター1の周辺は強電界が形成されている。例えばヘリウムガスを用いる場合は、44V/nm、アルゴンガスを用いる場合は、22V/nmの電界を形成する。電界強度はエミッター先端部から離れるに従い、徐々に弱くなっている。EPPE<ETEEとなる領域では、ガス分子は熱運動によりランダム運動を行う。EPPE>ETEEとなる領域では、ガス分子は分極力によってエミッター1に引き寄せられる。EPPE>ETEEとなる領域を入射領域2とする。図1において、入射領域2内に供給されたガス分子4、5は、エミッター1に引き寄せられ、エミッター1の表面をバウンドするように接触を繰り返しながら先端部に移動する。ガス分子4、5は、エミッター1の表面と接触することで、冷却される。そして、エミッター1から離れたガス分子4、5は、電界により再びエミッター1の表面に接触する。この運動をホッピング運動と呼ぶ。ホッピング運動では、ガス分子4、5の温度が冷えると、ホッピング高さは低くなる。そして、ガス分子4、5は、エミッター1の先端部の強電界領域(イオン化領域6)内に移動する。イオン化領域6内に到達したガス分子4、5は、電界電離され、イオン化し、イオンビーム7として照射される。一方、入射領域2よりも外側のガス分子3は、エミッター1表面に接触後、エミッター1先端に向かってホッピング運動をすることなくエミッター1の先端とは異なる方向に放出される。
【0019】
ところで、入射領域2内に供給されたすべてのガス分子が、電界電離することはない。入射領域2内に供給されたガス分子のうち、一部のガス分子がイオン化領域6に到達し電界電離する。これらのガス分子は、ホッピング運動の間に運動エネルギーをエミッター1表面に移動させることによりクールダウンする。そして、エミッター1の先端部のイオン化領域6内に到達し、電界電離する。供給されたガス分子がホッピング運動過程を経てイオン化領域6内に到達する確率を、捕獲確率ΠCと定義する。捕獲確率ΠCはR.G.Forbes, in Handbook of Charged Particle Optics, 2nd ed. edited by J.Orloff (CRC, New York, 2009)によれば半経験式より、次のように示すことができる。
ΠC〜c0Φ1/2 (Φ≦Φ1
ΠC=1 (Φ>Φ1
ここで、c0=0.46a01/4であり、a0はaccommodation coefficient for the atom−surface collisionである。また、
Φ=(0.5αF2)/(kT)
Φ1=1/c02
である。すなわち、ΦがΦ1よりも小さい場合、捕獲確率ΠCは電界強度Fに比例する関係がある。そして、電界強度Fはエミッター1周辺の電界強度分布であるからエミッター1の形状(寸法)に依存する。よって、捕獲確率ΠCはエミッター1の寸法の影響を受ける。また、イオンビーム電流は、実効捕獲領域Acとガス流束密度と電荷の積で表すことができる。従って、エミッター1からイオンビームを多く照射するためには、捕獲確率ΠCが大きいことと、入射領域2が大きいことが望ましい。ここで、入射領域×捕獲確率ΠCを実効捕獲領域Acと定義し、エミッター寸法と実効捕獲領域Acとイオンビーム電流の関係についてシミュレーション(境界要素法による電界計算)を実施した。
【0020】
図2はシミュレーションに用いたエミッター1である。図2(a)はエミッター1の寸法で、針部1aから先端部1bに向かって徐々にエミッター径が細くなっている。ここで、寸法の単位はμmである。図2(b)は先端部1bの模式図であり先端の曲率半径22をr、傾斜角21をθとする。図2(c)は、先端部1bの拡大図であり、先端に原子レベルの突起部1cを有している。このように、エミッター1は、原子レベルの突起部と、突起部を有する球状部分とそれに続く傾斜角を有する円柱部分からなる先端部1bと、先端方向に向かって徐々に径が細くなる針部1aと、円柱状の付け根部分とからなる。ここで傾斜角の角度は、エミッター1の中心線とエミッター1の表面とがなす角度である。
【0021】
ところで、エミッター1の温度を低くすることで、イオンビーム電流量は増加する。特にエミッター1の温度を70K以下にすることでイオンビーム電流量は大きく増加する。しかし、エミッター1の温度を70K以下にするためには高性能な冷凍機が必要である。液体窒素による冷却であれば容易で安価に実施することができる。そこで、液体窒素による冷却で到達可能な90Kをエミッター1の温度としてシミュレーションを実施した。
【0022】
図3は、シミュレーション結果である。エミッター温度を90K、イオン源用ガスとしてヘリウムガスを用いたときのエミッター1の先端部1b周辺の入射領域31の拡がりを示している。パラーメータとして、曲率半径rを50nm、100nm、150nm、傾斜角θを2°、6°、15°とした。図3の視野は1平方ミクロンメートルである。シミュレーション結果によると、曲率半径rが大きいほうが入射領域は大きくなった。また、傾斜角θが小さい方が入射領域は大きくなった。
【0023】
図4は、実効捕獲領域(面積)Acのエミッター寸法依存性のシミュレーション結果である。実効捕獲領域Acは、曲率半径rが大きく、傾斜角θが小さい方が大きくなった。
【0024】
図5は、イオンビーム電流のエミッター寸法依存性のシミュレーション結果である。ガス圧力を0.05Paとした。イオンビーム電流は曲率半径rが大きく、傾斜角θが小さい方が大きくなった。また、実効捕獲領域とイオンビーム電流の関係は、実効捕獲領域が0.25μm2以上でイオンビーム電流は300pA以上になった。
【0025】
上記のシミュレーションによりイオンビーム電流量を大きくするためには、エミッター寸法で曲率半径rを大きく、傾斜角θを小さくすることが有効であることがわかった。
<実施例>
電界電離型イオン源を用いた集束イオンビーム装置を用いて、試料の加工を行う実施例について説明する。
【0026】
(1)試料加工スループット
スループットが高い加工するためには、試料表面に300pA以上のイオンビーム電流照射が必要である。例えば、集束イオンビームでTEM試料作製を行う場合について図6を用いて説明する。図6は試料112の表面図で、試料112から10箇所のTEM試料片62を切り出す。TEM試料片62は2つの加工溝61を形成し、それに挟まれ残された薄片部分である。このTEM試料片62を試料112から取り出してTEM装置でTEM像観察を行う。加工溝61はアルゴンイオンを用いた集束イオンビームで形成する。加工溝61の寸法は、縦6μm、横5μm、深さ2μmである。エネルギー30keVのアルゴンイオンビームのエッチングレートは0.15μm3/nCである。従来の電界電離型イオン源を用いた集束イオンビーム装置で照射可能なイオンビーム電流は10pA程度であり、加工溝61を20箇所加工するのにかかる時間は222時間である。しかし、現在要求されているスループットは、TEM試料10個を8時間以内で作製しなければならない。この要求を満たすスループットの高い加工には、従来の30倍の300pA以上のイオンビーム電流量が必要である。
【0027】
(2)エミッター形状
図7は参考例のエミッターのSEM像である。図7(a)は曲率半径rが49nm、傾斜角θが5.0°のタングステンエミッターであり、図7(b)はその先端部である。また、図7(c)は曲率半径rが57nm、傾斜角θが1.5°のタングステンエミッターであり、図7(d)はその先端部である。エミッターの針状に加工された部分は、先端部と反対側から徐々に径が細くなるようになっている。
【0028】
そして、実施例のエミッター1は、原子レベルの突起部と、突起部を有する球状部分とそれに続く傾斜角を有する円柱部分からなる先端部1bと、先端方向に向かって徐々に径が細くなる針部1aと、円柱状の付け根部分とからなる。シミュレーション結果より、イオンビーム電流量300pA以上を照射するエミッター形状として、先端に突起部を有する球状部分の曲率半径が110nm以上であり、かつ、球状部分に続く傾斜角を有する円柱部分の傾斜角が、15°以下であることが好ましい。または、曲率半径が100nm以上であり、かつ、傾斜角が、6°以下であることが好ましい。または、曲率半径が90nm以上であり、かつ、傾斜角が、2°以下であることが好ましい。
【0029】
(3)集束イオンビーム装置
本実施形態の集束イオンビーム装置は、図8に示すように、イオン源用ガス供給源130からイオン源用ガスを供給し、イオンビーム7を放出するイオン銃部119と、イオンビーム7を試料112に向けて加速させるカソード電極105を備えている。そして、イオン銃部119から放出されたイオンビーム7を試料112に集束させる集束レンズ電極106と対物レンズ電極108からなるレンズ系を備えている。また、これによりイオン銃部119から放出されたイオンビーム7を集束レンズ電極106および対物レンズ電極108の中心を通すように偏向するアライメント電極102、109を備えている。また、イオン銃部119から放出されたイオンビーム7を集束レンズ電極106と対物レンズ電極108の間に開口部107aを有するアパーチャ107を備えている。また、アパーチャ7は開口径の異なる開口部を備えている(図示せず)。異なる大きさの開口径を選択し、ビーム軸上に設置することで、通過するイオンビーム7のビーム量を調整することができる。そして、イオン銃部119を装置の外側からレンズ系に対して相対的に移動可能な調整機構120を備える。
【0030】
試料室101の内部は真空状態になっており、試料112を載置し移動可能な試料ステージ113と試料112にデポジションやエッチングガスを供給するガス銃111と、試料112から発生する二次荷電粒子121を検出する検出器114を備えている。ここで、図示していないが、試料室101とイオン銃部119の真空を仕切るバルブを備えている。また、集束イオンビーム装置を制御する制御部118を備え、検出器114で検出した検出信号とイオンビームの走査信号より観察像を形成する画像形成部116を有しており、形成した観察像を表示部117に表示する。
【0031】
(4)電界電離型イオン源
電界電離型イオン源は、図9に示すように、イオン銃部119内に、エミッター1と、引出電極104と、冷却装置124とを備えている。またエミッター1を支持するフィラメント(図示せず)に電流を流すことにより加熱する機構を備えている。
【0032】
イオン銃部119の壁部に冷却装置124が配設されており、冷却装置124のイオン銃部119に臨む面にエミッター1が装着されている。冷却装置124は、内部に収容された液体窒素、液体ヘリウム等の冷媒によってエミッター1を冷却するものである。また冷却装置124としてGM型、パルスチューブ型等のクローズドサイクル式冷凍機、ガスフロー型の冷凍機を使用しても良い。さらに温調機能を備えてイオン種に応じて最適な温度に調整可能とする。そして、イオン銃部119の開口端近傍に、エミッター1の先端1bと対向する位置に開口部を有する引出電極104が配設されている。
【0033】
イオン銃部119は、図示略の排気装置を用いて内部が所望の高真空状態に保持されるようになっている。図示していないが、試料室101とイオン銃部119の真空度の差を作るためのオリフィスを複数個備えている。このオリフィスにより、試料室へのイオン化ガスの流入、また試料室に導入するガスのイオン銃部119への流入を防いでいる。イオン銃部119には、ガス供給部としてイオン源用ガスノズル131を介してイオン源用ガス供給源130が接続されており、イオン銃部119内に微量のガス分子125(例えば、Arガス)を供給するようになっている。
【0034】
なお、イオン源用ガス供給源130から供給されるガスは、Arガスに限られるものではなく、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、水素(H2)、酸素(O2)、窒素(N2)等のガスであってもよい。また、イオン源用ガス供給源130から複数種のガスを供給可能に構成し、用途に応じてガス種を切り替えたり、1種類以上を混合したりすることができるようにしてもよい。
【0035】
エミッター1は、タングステンやモリブデンからなる針状の基材に、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、金等の貴金属を被覆したものからなる部材であり、その先端部1bは原子レベルで尖鋭化されたピラミッド状になっている。別にエミッター1は、タングステンやモリブデンからなる針状の基材を図示しない窒素ガスや酸素ガスを導入することにより、その先端1bを原子レベルで尖鋭化したものを使用しても良い。またエミッター1は、イオン源の動作時には冷却装置124によって100K程度以下の低温に保持される。エミッター1と引出電極104との間には、電圧供給部127によって引き出し電圧が印加されるようになっている。先端部1bでイオン化したイオンは正電位に保持されているエミッター1と反発して引出電極104側へ飛び出し、引出電極104の開口部からレンズ系へイオンビーム7として射出される。ここで、引出電極104とエミッター1の先端の中心位置は10ミクロンメートル以内であることが好ましい。またエミッター1と引出電極104の間に、エミッター1に対して負電位を与える抑制電極を設けても良い。
【0036】
エミッター1の先端部1bは極めて尖鋭な形状であり、ガスイオンはこの先端部1bの限られた領域でイオン化されるため、イオンビーム7のエネルギー分布幅は極めて狭く、例えば、プラズマ型ガスイオン源や液体金属イオン源と比較して、ビーム径が小さくかつ高輝度のイオンビームを得ることができる。
【0037】
なお、エミッター1への印加電圧が大きすぎると、ガスイオンとともにエミッター1の構成元素(タングステンや白金)が引出電極104側へ飛散するため、動作時(イオンビーム放射時)にエミッター1に印加する電圧は、エミッター1自身の構成元素が飛び出さない程度の電圧に維持される。
【0038】
一方、このようにエミッター1の構成元素を操作できることを利用して、先端部1bの形状を調整することができる。例えば、先端部1bの最先端に位置する元素を故意に取り除いてガスをイオン化する領域を広げ、イオンビーム径を大きくすることができる。
【0039】
またエミッター1は、加熱することで表面の貴金属元素を飛び出させることなく再配置させることができるため、使用により鈍った先端部1bの尖鋭形状を回復することもできる。
【0040】
また、図8に示すように、集束イオンビーム装置は、イオン銃部119から射出したイオンビーム7を試料112に向けて加速させるカソード電極105を備えている。そして、イオン銃部119とカソード電極105は調整機構120と接続されている。調整機構120は真空外部からイオン銃部119をレンズ系に対して相対的に移動する。これによりレンズ系に入射するイオンビーム7の位置を調整することができる。
【0041】
レンズ系は、エミッター1側から試料112側に向けて順に、イオンビーム7を集束する集束レンズ電極106と、イオンビーム7の光軸を調整するアライメント電極102と、イオンビーム7を絞り込むアパーチャ107と、イオンビーム7の非点を調整するスティグマ電極(図示せず)と、イオンビーム7を試料112に対して集束する対物レンズ電極108と、試料上でイオンビーム7を走査する走査電極(図示せず)とを備えて構成される。
【0042】
このような構成の集束イオンビーム装置では、ソースサイズ1nm以下、イオンビームのエネルギー広がりも1eV以下にできるため、ビーム径を1nm以下に絞ることができる。図示していないがイオン種を選別するためのExB等のマスフィルターを備えていても良い。
【0043】
ガス銃111は、試料112表面にデポジション膜の原料ガス(例えば、フェナントレン、ナフタレンなどのカーボン系ガス、プラチナやタングステンなどの金属を含有する金属化合物ガスなど)を原料容器115からバルブ115aを制御して供給する構成になっている。
【0044】
また、エッチング加工を行う場合は、エッチングガス(例えば、フッ化キセノン、塩素、ヨウ素、三フッ化塩素、一酸化フッ素、水など)を原料容器から供給することができる。
【0045】
(5)TEM試料作製
図6の試料112から10箇所のTEM試料片62を作製する。エミッター先端でエミッター1の中心線とエミッター1の表面とがなす傾斜角が6°であり、曲率半径が100nmであるエミッター1を用いる。90Kにエミッター1にアルゴンガスをガス圧力0.05Pa(イオン銃部119内のガス圧力)で供給し、イオンビーム7を照射した。アパーチャ7を用いて試料112に照射されるイオンビーム7の電流量が300pAになるように調整する。調整したイオンビーム7を走査照射して加工溝61を10箇所形成する。加工時間は7.4時間であった。上記の形状のエミッター1を用いることでスループットの高い加工を実現した。
【符号の説明】
【0046】
1…エミッター
2…入射領域
3、4、5…ガス分子
6…イオン化領域
7…イオンビーム
21…傾斜角
22…曲率半径
31…実効捕獲領域
61…加工溝
62…TEM試料片
101…試料室
102…アライメント電極
104…引出電極
105…カソード電極
106…集束レンズ電極
107…アパーチャ
108…対物レンズ電極
109…アライメント電極
111…ガス銃
112…試料
113…試料ステージ
114…検出器
115…原料容器
116…画像形成部
117…表示部
118…制御部
119…イオン銃部
120…調整機構
121…二次荷電粒子
124…冷却装置
125…ガス分子
127…電圧供給部
130…イオン源用ガス供給源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出する電界電離型イオン源のエミッターにおいて、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が110nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、15°以下である電界電離型イオン源のエミッター。
【請求項2】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出する電界電離型イオン源のエミッターにおいて、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が100nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、6°以下である電界電離型イオン源のエミッター。
【請求項3】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出する電界電離型イオン源のエミッターにおいて、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が90nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、2°以下である電界電離型イオン源のエミッター。
【請求項4】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出する電界電離型イオン源のエミッターにおいて、
前記エミッターの温度を90Kとし、前記ガスとしてヘリウムガスをガス圧力0.05Paで用いた場合の実効捕獲領域が0.25μm2以上である電界電離型イオン源のエミッター。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一つに記載の電界電離型イオン源のエミッターと、
前記エミッターにガスを供給するガス供給部と、
前記エミッターの表面に吸着した前記ガスをイオン化してイオンビームを引き出す引出電極と、
前記エミッターと前記引出電極の間に電圧を印加する電圧供給部と、
前記イオンビームを試料に集束させるレンズ系と、
前記試料を載置する試料ステージと、
を有する集束イオンビーム装置。
【請求項6】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出させ、レンズ系で試料表面にイオンビームを集束させ照射する集束イオンビーム照射方法において、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が110nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、15°以下である集束イオンビーム照射方法。
【請求項7】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出させ、レンズ系で試料表面にイオンビームを集束させ照射する集束イオンビーム照射方法において、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が100nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、6°以下である集束イオンビーム照射方法。
【請求項8】
エミッターにガスを供給し、エミッター先端に電界を形成し、供給したガスを電界電離させイオンビームを放出させ、レンズ系で試料表面にイオンビームを集束させ照射する集束イオンビーム照射方法において、
前記エミッター先端は、原子レベルの突起部と、
前記突起部を有する球状部と、
前記球状部に続く傾斜角を有する円柱部と、からなり、
前記球状部の曲率半径が90nm以上であり、かつ、前記傾斜角が、2°以下である集束イオンビーム照射方法。
【請求項9】
前記エミッターの温度を90K以下とする請求項6から8のいずれか一つに記載の集束イオンビーム照射方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図3】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−233509(P2011−233509A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44290(P2011−44290)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】