説明

電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材およびその製造方法

【課題】エッチング特性がアルミニウム箔材の製造直後に比べ、経時的に劣化するのを防止し得るとともに、製造直後においても優れたエッチング特性が得られる電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材とその製造方法を提供する。
【解決手段】平均純度99.9%以上のアルミニウム箔材であって、厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中に、Si:1%以上、Ca:0.1%以上が含有されていることを特徴とし、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させた後、焼鈍することにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材およびその製造方法、特にアルミニウム箔材のエッチング特性がアルミニウム箔材の製造直後に比べ、経時的に劣化するのを防止し得るとともに、製造直後すなわち初期においても優れたエッチング特性が得られる電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材においては、製造後長時間保管したのち、エッチング処理を行った場合、特に気温と湿度が高い夏期においては、直流エッチング時のトンネルピット発生が不均一となり、拡面率が低下することが経験されている。
【0003】
このようなエッチング特性の低下を防止するために、箔圧延終了後のアルミニウム箔表面を、アルミニウムに対して吸着性の高いケイ酸、リン酸などの酸またはその化合物を含有する水溶液に接触させる吸着処理を施した後、焼鈍を行う手法が提案されている(特許文献1参照)。この手法は、箔表面に酸またはその化合物のイオンを含む皮膜を形成し、その後の箔表面の水分や酸素との反応を抑制することにより、エッチング特性が経時的に劣化するのを防止しようとするものである。
【0004】
また、インジウムなどを含有させたアルミニウム合金箔の表面をけい素系化合物やリン系化合物溶液で処理した後、焼鈍する手法も提案されている(特許文献2参照)。この手法は、インジウムなどによる箔表面の腐食促進を抑制して、長期間経過後のエッチング特性の低下を防止しようとするものである。
【0005】
しかしながら、上記の手法によっても、特に気温と湿度が高い夏期においては、直流エッチング時のトンネルピット発生が不均一となって、拡面率が低下し易く、この問題を必ずしも十分に解決することはできていない。
【特許文献1】特開昭63−86878
【特許文献2】特開平1−214108
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らは、アルミニウム箔材のエッチング特性の経時的な劣化現象を解明するために種々検討を行った結果、この現象は、アルミニウム箔材表面と空気中の水分とが反応し、水和皮膜を形成することによって、直流エッチング時のトンネルピット発生が阻害されることによるものであり、製造過程や焼鈍後の巻き直し工程などでアルミニウム箔材表面の酸化皮膜にできた欠陥部で生じ易いことを見出した。
【0007】
アルミニウム箔材表面と水分との反応を抑制するために、前記特許文献1に記載されるケイ酸、リン酸などの酸またはその化合物を含有する水溶液に接触させる手法をベースとして、さらに試験、検討を重ねた結果、例えば、ケイ酸ナトリウム水溶液を選択し、この薬液でアルミニウム箔材を表面処理すると、AlOとSiOの皮膜形成反応時に、通常であれば電気的に不安定なサイトが生じるが、Caイオンを液中に添加しておくと、そのサイトが電気的に中性に保たれ、皮膜形成がより均一に促進されて均一な皮膜を形成でき、エッチング特性の経時的劣化が抑えられることを見出した。
【0008】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、その目的は、エッチング特性がアルミニウム箔材の製造直後に比べ、経時的に劣化するのを防止し得るとともに、製造直後すなわち初期においても優れたエッチング特性が得られる電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するための請求項1による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材は、平均純度99.9%以上のアルミニウム箔材であって、厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中に、Si:1%以上、Ca:0.1%以上が含有されていることを特徴とする。表層とは、アルミニウム表面に形成されるバリアー酸化皮膜とポーラスな酸化皮膜を含むアルミニウム箔材の厚さ方向に表面から深さ50nm以内の層をいう。
【0010】
請求項2による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材は、請求項1において、前記バリアー酸化皮膜の厚さが1〜4nmであることを特徴とする。
【0011】
請求項3による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法は、請求項1または2記載の電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材を製造する方法であって、純度99.9%以上のアルミニウム箔材を、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させた後、焼鈍することを特徴とする。
【0012】
請求項4による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法は、請求項3において、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させる前に、アルミニウム箔材を洗浄することを特徴とする。
【0013】
請求項5による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法は、請求項3または4において、前記焼鈍を不活性雰囲気中で行った後、酸化雰囲気中で熱処理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、エッチング特性がアルミニウム箔材の製造直後に比べ、経時的に劣化するのを防止し得るとともに、製造直後すなわち初期においても優れたエッチング特性が得られる電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材およびその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明による電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材は、平均純度99.9%以上のアルミニウム箔材であり、厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中に、Si:1%以上、Ca:0.1%以上が含有されていることを特徴とする。アルミニウム箔材の表層には、アルミニウム表面に緻密なバリアー酸化皮膜を介してポーラスな酸化皮膜が形成されており、表層とは、アルミニウム表面に形成されるバリアー酸化皮膜とポーラスな酸化皮膜を含むアルミニウム箔材の厚さ方向に表面から深さ50nm以内の層をいう。
【0016】
アルミニウム箔材の純度が99.9%未満では、不純物が多くなりすぎ、高い静電容量を得ることが難しくなる。アルミニウム箔材のさらに好ましい純度は99.96%以上である。
【0017】
厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中のSi量は1%以上とするのが好ましく、1%未満では、酸化皮膜AlOをSiOが補強し、水和の起点となる欠陥が少ない網目構造を十分に形成させることが難しくなる。さらに好ましいSi量は5%以上である。また、Si量が50%以上では、エッチング時にピットの形成を阻害するため、50%以下とするのが好ましい。
【0018】
厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中のCa量は0.1%以上とするのが好ましく、0.1%未満では、表面処理時の皮膜形成反応時に、電気的中性をもたらす働きが不十分となる。さらに好ましいCa量は0.5%以上である。また、Ca量が10%以上では、むしろ不純物として皮膜中の欠陥を増加してしまうため、10%以下とするのが好ましい。
【0019】
アルミニウム箔材の表層において、ポーラスな酸化皮膜の下層として形成されるバリアー酸化皮膜の厚さは1〜4nmが望ましく、バリアー酸化皮膜の厚さが4nm未満では、初期の静電容量が低くなる。
【0020】
上記の形態をそなえた電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材は、純度99.9%以上のアルミニウム箔を、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させた後、焼鈍する工程を実施することにより得ることができる。ケイ酸塩としては、メタケイ酸ナトリウムを使用することが好ましく、Caはこの水溶液に塩化カルシウムを添加して調整するのが好ましい。
【0021】
ケイ酸塩水溶液の濃度は、SiO換算で0.02〜5%とするのが処理の安定性、処理効率の観点で好ましく、Ca濃度は、処理の安定性、処理効率の観点から、0.5ppm〜20ppmであることが好ましい。
【0022】
処理液の温度は、40〜80℃とするのが、安定した処理効果を得る上で好ましく、処理方法としては、浸漬処理、スプレー処理が好適である。また、処理時間は1〜60秒で十分な効果を得ることができる。
【0023】
上記の表面処理工程において、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させる表面処理を行う前に、洗浄することが望ましい。表面処理前の洗浄は、不均一な皮膜、圧延後の残油、その他不純物を除去し、アルミニウム箔の表面に新生面を形成させ、表面処理時の反応性を高めることができる。
【0024】
洗浄条件は特に限定されないが、ケイ酸塩とアルミニウム表面との反応を妨げる皮膜が生成するのを避けるため、炭酸ナトリウム系や水酸化ナトリウム系アルカリ洗浄薬剤、塩酸、硫酸等を含む酸性系の洗浄薬剤等を用いるのが好ましい。
【0025】
焼鈍は、立方体方位集合組織の形成や、ピットの起点となる元素(Mg、Pbなど)を表面濃化させることの他に、皮膜の脱水化反応を促進させ、欠陥が少ないAlOとSiOの網目構造の皮膜を形成させるもので、上記表面処理後のアルミニウム箔材を、不活性雰囲気中、500〜580℃の温度で0.5時間以上保持することが好ましい。
【0026】
上記の不活性雰囲気中での焼鈍後、酸化雰囲気中で焼鈍を行うことにより、より緻密で且つ欠陥の少ない皮膜を形成することができる。処理条件としては、酸化雰囲気中で100〜400℃の温度で3秒以上保持することが望ましく、処理方法としては、不活性雰囲気中での焼鈍後、酸化雰囲気中で連続焼鈍を行うか、あるいは、不活性雰囲気中での焼鈍後、コイルとして巻き直したのちに、酸化雰囲気中でバッチ焼鈍を行う。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して説明する。なお、この実施例は、本発明の一実施形態を示すものであり、本発明はこれらに限定されない。
【0028】
実施例、比較例
SiO換算で1%のメタケイ酸ナトリウム溶液に塩化カルシウムを添加し、カルシウムイオン濃度が1ppm、2ppm、5ppmの処理液を調製した。この処理液に、下記の条件でアルカリ洗浄した純度99.98%、厚さ100μmのアルミニウム箔材を浸漬して表面処理した後、不活性雰囲気中で、550℃の温度で5h焼鈍処理し、試験材とした。また、試験材の一部については、焼鈍後、空気雰囲気中で200〜400℃の温度で12時間焼鈍処理した。表面処理条件を表1に示す。
【0029】
(アルカリ洗浄条件)
液種:炭酸ナトリウム系アルカリ洗浄薬剤
液温:65℃(±15℃)
処理時間:1〜20秒
液濃度:0.5〜3%
【0030】
各試験材の表面処理後における表層中のSi量、Ca量を以下の方法により測定した。SPECTRUMA Analytik GmbH製高周波グロー放電発光分光分析器(GD−OES)を用いて、厚さ方向に表面から深さ50nmまでの表層中のSi量、Ca量をGD−OES測定データの積分値から求めた。厚さ方向に表面から深さ50nmまでの表層中のSi量、Ca量を表1に示す。
【0031】
バリアー酸化皮膜の厚さについては、ハンターホールアノード分極測定法(M.S.Hunter and P.Fowle:J.Electrochem.Soc.,101(1954),481)を用いて評価した。本法は、流出電流測定によって皮膜の厚さを測定する方法であり、3%酒石酸アンモニウム水溶液(pH:5.5)中でアノード分極させて得られる(電位(飽和甘こう電極基準)−電流)曲線において、急激に電流が増加するようになる電位までの分極電位差(ΔV)がバリアー酸化皮膜の厚みに比例することから、その厚さを求めるものであり、本発明においては、ハンターホールアノード分極測定法により求めた自然電位から電流の立ち上がり電位までの電位差に、1.4nm/Vを乗じた値で評価した。
【0032】
また、試験材を、1N塩酸溶液(温度75℃)中で、電流密度0.25A/cm、30sの直流エッチング処理を行った後、3.5N硫酸溶液(温度85℃)中で、電流密度0.2A/cm、200sの直流エッチング処理を行い、325V化成後の初期静電容量、および恒温恒湿槽内で50℃の温度、90%の湿度で24時間保持した後(経時劣化後)の静電容量を測定した。本発明の表面処理を行わずに不活性雰囲気中で焼鈍処理した試験材No.14の初期静電容量を100%とした場合の静電容量を表3に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
表2にみられるように、本発明に従う試験材1〜7はいずれも、初期静電容量が高く、経時劣化条件を模擬した、恒温恒湿槽内で50℃の温度、90%の湿度で24時間保持するという経時劣化試験後(表2では経時劣化後)の静電容量も、初期静電容量と比べて大きく変化することなく、高い値に保持されていた。
【0036】
これに対して、試験材8はバリアー酸化皮膜が厚過ぎるため、初期静電容量が低くなった。試験材9は表層中のCa濃度が低いため、経時劣化後の静電容量が低くなった。試験材10は表面処理時の浸漬時間が短いため、表層中のSi含有量が少なく、また、表層中のCa濃度が低く、経時劣化後の静電容量が顕著に低くなった。試験材11、12は表面処理時の浸漬時間も短いため、表層中のSi含有量が少なく、経時劣化後の静電容量が低くなった。
【0037】
試験材13は表面処理を行わなかったものであり、バリアー酸化皮膜厚さを調整したが、表層中のSi、Caの含有量が共に少なく、経時劣化後の静電容量が顕著に低くなった。試験材14も表面処理を行わなかったものであり、表層中のSi、Caの含有量が共に少なく、経時劣化後の静電容量が顕著に低くなった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均純度99.9%(質量%、以下同じ)以上のアルミニウム箔材であって、厚さ方向に表面から深さ50nm以内の表層中に、Si:1%以上、Ca:0.1%以上が含有されていることを特徴とする電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材。表層とは、アルミニウム表面に形成されるバリアー酸化皮膜とポーラスな酸化皮膜を含むアルミニウム箔材の厚さ方向に表面から深さ50nm以内の層をいう。
【請求項2】
前記バリアー酸化皮膜の厚さが1〜4nmであることを特徴とする請求項1記載の電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材。
【請求項3】
純度99.9%以上のアルミニウム箔材を、Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させた後、焼鈍することを特徴とする請求項1または2記載の電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法。
【請求項4】
前記Caイオンを含有するケイ酸塩水溶液に接触させる前に、アルミニウム箔材を洗浄することを特徴とする請求項3記載の電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍を不活性雰囲気中で行った後、酸化雰囲気中で熱処理することを特徴とする請求項3または4記載の電解コンデンサ陽極用アルミニウム箔材の製造方法。

【公開番号】特開2009−41100(P2009−41100A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−14763(P2008−14763)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000002277)住友軽金属工業株式会社 (552)
【Fターム(参考)】