説明

電離層遅延量推定システム

【課題】GNSSの誤差源である電離層遅延量を広域にわたり高精度に推定するシステムを提供する。
【解決手段】GNSS衛星1から送信されるデータを観測する観測局を地上局2に限らず海上に対しても海上局3を設置し、各地上局2および海上局3では、GNSS信号を受信すると、ジオメトリー・フリー信号および搬送波バイアス推定値を生成し、これらの信号を中央局6に高速通信回線4またはデータ中継衛星5を経由して送信し、中央局6では、これらのデータに基づいて電離層遅延量をリアルタイムで推定し、ユーザUに送信する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電離層遅延量推定システム、特に、GNSS(全世界航法衛星システム)の誤差源である電離層遅延量を広域にわたり高解像度かつ高精度に推定することが出来る電離層遅延量推定システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
全世界航法衛星システム(Global Navigation Satellite System)(以下、「GNSS」という。)は、航空機、船舶または自動車の航法測位に広く使われているが、その位置計測精度を高めるためには、GNSS信号に含まれる電離層遅延の誤差を補正する必要がある。ところで、地上局の受信機が2周波受信機の場合、電離層遅延誤差は除去可能であるが、地上局の受信機が1周波受信機の場合、電離層遅延誤差は除去することはできないので、観測時、観測場所、衛星位置をパラメータとするモデルを使用して電離層遅延誤差を計算している。電離層の活動が穏やかで、遅延誤差が小さく且つ変動が小さい場合にはこの方法でも実用的な精度が得られているが、航空機の進入着陸等、安全性が重要な分野では電離層をリアルタイムで観測して電離層遅延誤差およびその信頼度を推定し、ユーザに伝達する必要がある。そのため、航空分野では地上に複数のGNSS観測局を設置し、電離層遅延量を推定し、その推定結果を航空機に送信し、航空機の進入着陸機能を高めるシステムが研究開発され、米国ではWAAS( Wide Area Augmentation System )として初期運用段階に入っている。日本では運輸多目的衛星(MTSAT)を用いてWAASと同様のシステムMSAS(MTSAT Satellite-based Augmentation System)を構築しようとしている。
その一方で、電離層の最大変化率を時間、空間ともに監視し、監視結果に基づくGIVE値を的確に導出するというSBAS監視系の性能向上により、航空機の安全が損なわれる確率を低減し、システム全体の信頼性を向上させる衛星航法監視システムが知られている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0003】
【特許文献1】特開2003−18061号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
米国では、広い国土に万遍なく地上局が配置でき、WAASの性能は実用的レベルとされている。
しかし、日本周辺の上空は、電離層の活発が米国に比べて活発な上に、北東から南西に延びる地形の特異性ゆえに、電離層遅延の推定精度が空間的に一定でない。特に沿岸部では、地上局がユーザの片側にしかないため、電離層遅延誤差を高解像度・高精度に推定することが難しいという問題がある。
そこで、本発明は、上記実情に鑑み創案されたものであって、地上局が日本列島のように上空の電離層の活動が活発で細長い地形上に存在する場合であっても広範囲にわたり高解像度かつ高精度で電離層内の総電子量を計測し、GNSS信号に含まれる電離層遅延量を高精度に推定する電離層遅延量推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的を達成するために、請求項1に記載の電離層遅延量推定システムは、航法支援衛星からの測位信号を受信し信号処理を行う観測局と、前記観測局から送信される処理済み又は未処理信号を基にして電離層遅延量の推定データを生成する中央局とを有する電離層遅延量推定システムであって、前記観測局は地上に設置された地上局と海上滞留体を用いて海上に設置された海上局とから構成され、前記地上局と前記海上局とで上空を広範囲に覆う電離層内の総電子量を高解像度かつ高精度で計測し、前測位記信号に含まれる電離層遅延量を高精度に推定することができることを特徴とする。
上記電離層遅延量推定システムでは、観測局を陸上に限らず海上に対しても拡張して設置することにより、陸地面積が小さく且つ北東から南西に細長い日本列島の上空を広範囲にカバーする電離層内の総電子量に関する高解像度かつ高精度の電離層格子点(IGP)群(電離層マップ)を作成することができる。これにより、ユーザは、その範囲を通過して受信された航法支援衛星、例えばGNSS衛星からのGNSS信号に対する電離層遅延量を、これらの電離層格子点群の総電子量に関するデータを使用して高精度に推定することができるようになる。
【0006】
請求項2に記載の電離層遅延量推定システムでは、前記海上局は、複数周波数の信号を受信することが可能なGNSS受信機によって取得した疑似距離データおよび搬送波データに基づいて、海上局の運動に依存しないジオメトリー・フリー信号を生成して前記中央局に送信し、又は同信号から搬送波バイアスを除去した搬送波ジオメトリー・フリー信号を生成して前記中央局に送信することとした。
上記電離層遅延量推定システムでは、海上局でも地上局と同様に、GNSS受信データから、海上局の運動に依存しない方式により、地上局と同等の精度で電離層内の総電子量の情報を含むジオメトリー・フリー信号又は搬送波ジオメトリー・フリー信号を生成することができる。
【0007】
請求項3に記載の電離層遅延量推定システムでは、前記中央局は、前記海上局および前記地上局から送信された前記ジオメトリー・フリー信号または前記搬送波ジオメトリー・フリー信号に基づいて電離層遅延量をリアルタイムで推定することとした。
上記電離層遅延量推定システムでは、中央局は自局、地上局および海上局から送信されるジオメトリー・フリー信号又は搬送波ジオメトリー・フリー信号を用いて、対象とする電離層内で有効な総電子量に関するデータ一式をリアルタイムで生成してユーザに提供することができる。一方、ユーザはその電離層内の任意の位置を通過して受信されたGNSS信号に対する電離層遅延量の推定値を計算し、その推定結果を航法測位に反映することができる。このように、電離層の総電子量が刻一刻と変動する場合であっても電離層を通過して受信されるGNSS信号に含まれる電離層遅延量を高精度に推定することができるようになる。
【0008】
請求項4に記載の電離層遅延量推定システムでは、前記中央局は前記電離層遅延量の情報、GNSS衛星のインテグリティ情報および航空機等の移動体の高精度航法に必要な情報を人工衛星もしくは高速通信回線またはその双方を介して提供することとした。
上記電離層遅延量推定システムでは、広範囲にわたり高解像度かつ高精度で電離層の活動が監視でき、そのため、広範囲にわたり高解像度かつ高精度で電離層遅延量を推定することができ、これらの電離層の総電子量および電離層遅延量に関する情報を人工衛星もしくは高速通信回線またはその双方を介して幅広く提供することにより、航空機の運航など安全性が重要な分野において情報提供の信頼度を向上させることができるようになる。
【発明の効果】
【0009】
従来は、地上局のみで受信したGNSS信号に基づいて日本列島上空の電離層内の総電子量を計測し、その計測結果に基づいて電離層遅延量を推定するシステムであったため、沿岸部や海上で受信したGNSS信号に対する電離層遅延量の推定精度は悪かったが、本発明の電離層遅延量推定システムによれば、観測局を陸上だけでなく海上に対しても設置してこれらの受信したデータ又はこれらによって処理されたデータに基づいて日本列島の上空を覆う広範囲の電離層内の総電子量を高解像度かつ高精度で計測することが出来るようになる。これにより、その電離層の領域を通過して受信されたGNSS信号に含まれる電離層遅延量を高精度に推定することが可能となり、航空機、船舶、自動車等の移動体に対する高精度電波航法システムの信頼性の向上に大きく寄与することとなる。
また、海上局に対する設置場所は陸上局に比べて自由度が大きく、観測点を広範囲にも高密度にもできる。従って、大域的かつ高解像度で電離層の活動が監視でき、異常検知も容易となり、航空機の運航など安全性が重要な分野において提供情報の信頼度を向上できる。
更に、大域的、高精度に電離層活動を観測することで地球環境科学・工学に対しても貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図に示す実施の形態により本発明をさらに詳細に説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
【0011】
図1は、本発明に係る電離層遅延量推定システム100を示す構成説明図である。
この電離層遅延量推定システム100は、GNSS信号を送信するGNSS衛星1と、そのGNSS信号を受信してジオメトリー・フリー信号を生成する観測局としての地上局2と、同海上局3と、地上局2および海上局3にて生成されたジオメトリー・フリー信号を搬送する高速通信回線4と、ジオメトリー・フリー信号を含む様々なデータを中継するデータ中継衛星5と、ジオメトリー・フリー信号を含むこれらのデータを基に電離層遅延量を推定する中央局6とを具備して構成されている。なお、海上局3の構成については、図2を参照しながら後述する。因みに、この電離層遅延量推定システム100では、観測局は中央局6を含む6つの地上局3と6つの海上局3とから構成されている。
【0012】
上記電離層遅延量推定システム100では、GNSS衛星が送信するGNSS信号を受信する観測局を陸上に限らず海上まで拡張して海上局3を設置することにより、大域的かつ高解像度で日本列島上空の電離層の活動、例えば総電子量を監視することができ、日本列島上空の電離層を通過するGNSS信号に含まれる電離層遅延量を高精度で推定することができる。
【0013】
図2は、海上局3の構成を示す説明図である。
この海上局3は、GNSS衛星が送信するGNSS信号を受けて対応する電気信号に変換する第1受信アンテナ31と、その電気信号を受信するGNSS受信機32と、データ中継衛星5または他の地上局2もしくは海上局3からの信号を受けて対応する電気信号に変換する第2受信アンテナ33と、その電気信号を受信するデータ受信機34と、GNSS受信機32およびデータ受信機34からの信号に基づいてジオメトリー・フリー信号または搬送波バイアスを除去した搬送波ジオメトリー・フリー信号を生成するデータ処理機35と、これらのジオメトリー・フリー信号等を送信するデータ送信機36と、これらのジオメトリー・フリー信号等を空間に電磁波として放射する送信アンテナ37と、これらのジオメトリー・フリー信号等を搬送する高速通信回線38と、海上滞留体としてのブイ39とを具備して構成されている。なお、地上局3および中央局6の各構成についても海上局2と同様な構成である。
【0014】
GNSS受信機32は、複数周波数の信号、例えば2周波数の信号を受信することができる。
【0015】
データ受信機34は、データ中継衛星5経由、もしくは高速通信回線38、又はその両方を介して中央局6より送られたコマンドに従い局のシステムを制御する。
【0016】
データ処理機35は、GNSS受信機32から送信される疑似距離および搬送波に関するデータからジオメトリー・フリー信号を生成し、搬送波バイアスをリアルタイムで推定する。搬送波バイアスを除去した搬送波ジオメトリー・フリー信号、または疑似距離および搬送波の生データ、もしくはその両方はデータ送信機36へ送られ、さらにデータ中継衛星5経由で、もしくは高速通信回線38、又はその両方により中央局6へ送られる。なお、データ処理の流れについては、図3および図4を参照しながら後述する。
【0017】
中央局6では、自局で受信したGNSS信号、および地上局2、海上局3から送信されたデータを用いて、対象とする電離層の領域内を通過して受信されるGNSS信号に含まれる電離層遅延量をリアルタイムで推定する。更に、GNSS衛星のインテグリティ情報等、航空機、船舶、自動車等の高精度航法に必要な情報を生成し、電離層遅延量の情報とともに、データ中継衛星5または高速通信回線4、もしくはその両方を介してユーザに提供する。
【0018】
図3は、分散型のデータ処理の流れを示すフロー図である。
この分散型のデータ処理では、各海上局3(n=1,2,・・・,N)のGNSS受信機32において、受信した観測データOD(n=1,2,・・・,N)に基づいてジオメトリー・フリー信号および搬送波バイアス推定データが個別に生成され、そして、これらのジオメタリー・フリー信号および搬送波バイアス推定データは全て中央局6の電離層遅延量推定フィルターに送信される。そして、中央局6の電離層遅延量推定フィルターでは、これらのジオメタリー・フリー信号および搬送波バイアス推定データに基づいて電離層遅延量推定値DEが生成される。
【0019】
図4は、集中型のデータ処理の流れを示すフロー図である。
この集中型びデータ処理では、各各海上局3(n=1,2,・・・,N)のGNSS受信機32において、受信した観測データOD(n=1,2,・・・,N)は全て中央局6に送信され、中央局6においてこれらの観測データOD(n=1,2,・・・,N)に基づいてジオメトリー・フリー信号および搬送波バイアス推定データが生成され、これらジオメトリー・フリー信号および搬送波バイアス推定値は電離層遅延量推定フィルターに送信される。そして、電離層遅延量推定フィルターにおいて、このジオメトリー・フリー信号および搬送波バイアス推定値に基づいて電離層遅延量推定値DEが生成されることになる。
【実施例】
【0020】
図5は、中央局6を含め6局の地上局2(図上●)に加えて6局の海上局3(図上■)を配置した本発明の電離層遅延量推定システム100を使用して、日本とその周辺における電離層遅延量を推定した時の推定誤差を示している。なお、電離層を高度350kmの球面と仮定し、北緯25度から50度及び東経125度から150度に対応する球面の一部分上に対し緯度2.5度×経度2.5度の格子点を設け、各格子点における電離層遅延量を推定した。縦軸は、電離層遅延量推定誤差のある値を基準とした時の相対電離層遅延量推定誤差である。また、縦軸の値を色分布にして緯度経度平面L×Lに示した。従って、色の濃い部分は電離層遅延量の推定誤差が小さいことを示し、逆に色の薄い部分は電離層遅延量の推定誤差が大きいことを示している。他方、白い部分は推定できなかった領域である。
これに対し、図6は、比較例として中央局6を含め6局の地上局(図上●)のみを配置した従来の電離層遅延量推定システムを使用して、日本とその周辺における電離層遅延量を推定した時の推定誤差を示している。
【0021】
図5および図6の結果から、本発明の電離層遅延量推定システム100は従来の同システムに比べ、電離層遅延量推定可能領域が広く、太平洋あるいは日本海上空における電離層遅延量の推定精度が従来の同システムに比べ向上しているのが判る。
【0022】
上記電離層遅延量推定システム100によれば、電離層遅延量推定可能領域が拡大すると共に、高精度に電離層遅延量を推定することが出来るようになる。なお、上記実施例では、地上局2は6局で且つ海上局3は6局であったが、これらの観測局の局数が増えるに従って、電離層遅延量推定可能領域が更に拡大し、且つ電離層遅延量の推定精度が更に向上するようになる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の電離層遅延量推定システムは、航空機等の移動体の電波航法に対して適用することができる。特に、日本で運用が準備中のMSASは、電離層遅延量の推定精度が悪く、特に電離層の活動が活発な時にはその利用が制限されると予想されている。従って、本発明のように海上観測局を利用して広い領域でデータを取得することで、高精度かつ高信頼度で電離層遅延量が推定でき、MSASの利用性を更に向上させることが出来るようになる。
また、電離層の活動に影響を受けるラジオ放送や人工衛星による通信・放送の分野で、電離層監視のために活用され得ると考えられる。
更に、高精度、高解像度の電離層の電子密度データが得られるので地球環境科学・工学の分野でも活用され得ると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る電離層遅延量推定システムを示す構成説明図である。
【図2】海上局の構成を示す説明図である。
【図3】分散型のデータ処理の流れを示すフロー図である。
【図4】集中型のデータ処理の流れを示すフロー図である。
【図5】中央局を含め6局の地上局に加えて6局の海上局を配置した本発明の電離層遅延量推定システムを使用して、日本とその周辺における電離層遅延量を推定した時の推定誤差を示す三次元マップである。
【図6】比較例として中央局を含め6局の地上局のみを配置した従来の電離層遅延量推定システムを使用して、日本とその周辺における電離層遅延量を推定した時の推定誤差を示す三次元マップである。
【符号の説明】
【0025】
1 GNSS衛星
2 地上局
3 海上局
4 高速通信回線
5 データ中継衛星
6 中央局
100 電離層遅延量推定システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
航法支援衛星からの測位信号を受信し信号処理を行う観測局と、前記観測局から送信される処理済み又は未処理信号を基にして電離層遅延量の推定データを生成する中央局とを有する電離層遅延量推定システムであって、前記観測局は地上に設置された地上局と海上滞留体を用いて海上に設置された海上局とから構成され、前記地上局と前記海上局とで上空を広範囲に覆う電離層内の総電子量を高解像度かつ高精度で計測し、前測位記信号に含まれる電離層遅延量を高精度に推定することができることを特徴とする電離層遅延量推定システム。
【請求項2】
前記海上局は、複数周波数の信号を受信することが可能なGNSS受信機によって取得した疑似距離データおよび搬送波データに基づいて、海上局の運動に依存しないジオメトリー・フリー信号を生成して前記中央局に送信し、又は同信号から搬送波バイアスを除去した搬送波ジオメトリー・フリー信号を生成して前記中央局に送信する請求項1に記載の電離層遅延量推定システム。
【請求項3】
前記中央局は、前記海上局および前記地上局から送信された前記ジオメトリー・フリー信号または前記搬送波ジオメトリー・フリー信号に基づいて電離層遅延量をリアルタイムで推定する請求項1又は2に記載の電離層遅延量推定システム。
【請求項4】
前記中央局は前記電離層遅延量の情報、GNSS衛星のインテグリティ情報および航空機等の移動体の高精度航法に必要な情報を人工衛星もしくは高速通信回線またはその双方を介して提供する請求項1から3のいずれかに記載の電離層遅延量推定システム。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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