説明

電離放射線の被曝量測定方法

【課題】被曝した電離放射線から生体が受ける影響を直接的、且つ予め測定装置を準備していなくても測定することができる、電離放射線の被曝量測定方法を提供する。
【解決手段】(a)生体から採取した組織または血液からタンパク質を抽出し、(b)抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を測定する、電離放射線の被曝量測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物化学的反応を利用して、生体に対して照射された電離放射線や電磁波の生物的影響を直接的に知り得るようにした、電離放射線の被曝量測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電離放射線の被曝量を測定には、電離放射線による物理的反応を利用するのが一般的であり、具体的には、フィルムバッチ、熱ルミネセンス線量計、ポケット線量計等などが利用されている(非特許文献1)。
【0003】
ここで、フィルムバッチとは、写真乳剤を塗布した樹脂フィルムをケースに収容したものであり、写真乳剤が感光作用とともに被曝した放射線の線量に比例して黒化作用を示すことを利用して電離放射線の被曝量を計測する。また、熱ルミネセンス線量計は、放射線照射された結晶性物質を加熱したときに生ずるルミネセンス(蛍光)を利用した線量計であって、電子放射線を照射することによって結晶内で分離した電子や正孔が、熱刺激によって再結合するときに発光する原理を利用して電離放射線の被曝量を計測する。さらに、ポケット線量計は、電離箱内に封入されたガスが放射線量に応じて電離し、その際に流れる電流値から、電離放射線の被曝量を計測する。
【非特許文献1】日本アイソトープ協会 主任者のための放射線管理の実際 改訂2版 1992年 p140
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これら物理的な測定方法は、高い信頼性と安定性を備えており、低コストで誰でも簡単に扱うことができるものの、次に掲げるような問題点があった。
【0005】
まず、上記物理学的な測定方法は、照射された電離放射線の線量を各種測定機器が吸収した線量として測定する。しかし、この線量と生体の健康に直接影響する生体の吸収線量とが一致するか否かについては、特に低線量域では、疑問がもたれている。
【0006】
また、これと関連するが、上記の物理学的な測定方法では、生体の表面に照射された線量のみを測定しているので、生体内部に到達した放射線の線量を測定できない。例えば、透過性の低い32Pのガンマ線による被曝の場合、フィルムバッジは反応するものの、照射された放射線の多くは、衣服などの遮蔽物によって弱められてしまう。そのため、上記物理的な方法で測定した被曝線量は、生体が実際に被曝した線量を必ずしも正確に反映していないことになる。
【0007】
さらに、上記の物理学的な測定方法は、RBE(Radiation Biological Effectiveness:生物学的効果比)の異なる放射線の生体への影響を正確に反映できなかった。例えば、同じ1Gyであっても、中性子線の1GyとX線の1Gyでは、中性子線の生物学的な効果はX線の2倍から10倍あることが知られているが、上記物理学的な方法では同じ1Gyとしか表示されない。
【0008】
もちろん、上記物理学的な方法には、線質の違いを校正するために「実効線量」という概念があり、法律上も導入されている。しかし、「実効線量」に校正するためには、被曝した線質・組織などを特定したうえで被曝線量を計算しなければならない。例えば、一人の人間への影響を調べるためには、臓器別の「組織荷重係数」によって各組織別の被曝量を求め、各組織の被曝量の総和として被曝線量を表さなければならない。しかし、組織ごとの重量や「組織荷重係数」には微妙な個体差があるため、このようにして求めた実効線量が各個人に対しての影響を正確に示すかどうかについて疑問であった。
【0009】
加えて、上記物理学的な測定方法の場合、あらかじめフィルムバッジなどの測定装置を準備していなければ測定できない。そのため、例えば、原発事故のように、一般人が突発的に被曝した場合の線量は直接的に測定できず、間接的に推計せざるを得なかった。
【0010】
このように、上記物理的な測定方法においては、被曝した電離放射線が生体に与える影響については計算により間接的かつ不確実に推計するしかなく、被曝する可能性がある場合には、フィルムバッジなどの測定装置を予め準備しておかなければならなかった。
【0011】
そこで、この発明は、被曝した電離放射線から生体が受ける影響を直接的、且つ予め測定装置を準備していなくても測定することができる、電離放射線の被曝量測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
電離放射線が生体に与える影響の一つとしてはアポトーシスが挙げられ、胸腺組織等においても、電離放射線の照射によりアポトーシスが生じることが古くから観察されている。このアポトーシスには、がん抑制遺伝子産物p53の働きが関与しており、アポトーシスの誘導には、ミトコンドリアを介するシグナル系の関与と、その下流因子であるタンパク質分解酵素カスペース群の活性化と、それに伴うDNA分解酵素が関係しており、アポトーシスによって細胞内の種々の分子の分断化や活性化が起こることが知られている。
【0013】
ところで、上記タンパク質分解酵素カスペース群によって分断されるタンパク質の一つとして、血液系細胞で高発現しているLyGDIタンパク質(GDI−D4、RhoGDI2、RhoGDIβとも呼ばれる分子で、RhoファミリーのGタンパク質からGDPが遊離されて活性型になる過程を抑制している因子)が知られている。配列番号1で表されるヒトLyGDIタンパク質は、図1及び図2に示すように、19番目アスパラギン酸(配列番号2で表されるマウスLyGDIタンパク質では18番目。)のC末端側に3型カスペースにより切断される部位があり、55番目アスパラギン酸(マウスLyGDIタンパク質では54番目。)のC末端側に1型カスペースにより切断される部位があることが知られている。
【0014】
本発明者は、LyGDIタンパク質と電離放射線との関係を鋭意研究した結果、電離放射線の照射により1型及び3型カスペースが活性化することを見い出している(Radiation Research, 162, pp. 287−295, 2004; Molecular Carcinogenesis, 39, pp. 206−220, 2004、等参照)。
本発明者は上記研究に基づきさらに研究を進めた結果、電離放射線の照射量によってLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の発現量が特有の変化を示すこと、また、組織及び血液によってそれらの発現パターンが異なることを見出し、これに基づき本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される:
(1)(a)生体から採取した組織または血液からタンパク質を抽出し、(b)抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を測定する、
ことを含んでなる電離放射線の被曝量測定方法、
(2)LyGDIタンパク質の1型カスペース分解物及び3型カスペース分解物の発現量を測定することを特徴とする上記(1)項に記載の電離放射線の被曝量測定方法、
(3)LyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の発現量を免疫ブロット法によって測定することを特徴とする上記(1)又は(2)項に記載の電離放射線の被曝量測定方法、
(4)タンパク質を、採取した胸腺組織、骨髄組織、脾臓組織、腸管上皮組織および血液のいずれかから抽出することを特徴とする上記(1)から(3)項の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法、
(5)タンパク質を、採取した胸腺組織から抽出することを特徴とする上記(1)から(3)項の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法、
(6)タンパク質を、採取した血液から抽出することを特徴とする上記(1)から(3)項の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法、及び
(7)電離放射線の被曝量測定用キットであって、生体から採取した組織または血液から抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を免疫ブロット法により測定するための抗体を含んでなる電離放射線の被曝量測定用キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、生体から採取したタンパク質の構造の変化から放射線の被曝線量を測定することができる。
具体的には、本発明にかかる電離放射線の被曝量測定方法によって、予め測定装置を携帯していなくても、被曝した電離放射線から生体が受ける影響を直接的に測定できる。また、被曝時にフィルムバッジなどを装着していなくともよいので、万一、核燃料製造事故、原子力発電所事故、核兵器などの突発的な核物質漏洩による被曝にあった場合でも電離放射線が生体に与える影響を、より正確に把握できる。
また、本発明によれば、白血球の数や変形から被曝線量を測定するこれまでの方法に比べ、精度よく電離放射線の被曝量を測定することができる。さらに、本発明によれば、血液検査により、白血球の変化では把握できなかった微量の被曝線量も測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、生体が電離放射線に被曝した場合、その被曝線量に応じて前記LyGDIタンパク質の1型及び3型カスペースによる分解物の出現パターンが変化することに基づき、生体が被曝した電離放射線の線量を測定することを特徴とする。
【0018】
具体的には、本発明に係る電離放射線の被曝量測定方法は、(a)生体から採取した組織または血液からタンパク質を抽出し、(b)抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を測定する、ことを含んでいる。そこで、以下に関連する事項について詳説する。
【0019】
(測定対象)
この電離放射線の被曝量測定方法により、被曝した電離放射線量を測定する対象としては、LyGDIタンパク質を構成的に発現している組織及び血液であれば特に限定することなく測定できるが、カスペース分解反応の起こり易さを考慮すれば、胸腺組織、骨髄組織、脾臓組織、腸管上皮組織又は血液が好ましく、なかでも胸腺組織が好ましいが、血液でも十分に測定することができる。なお、上記血液は、胸腺系細胞(T細胞)を含有する末梢血を含んでいる。また、これらの組織または血液を採取する生体としては、マウス、犬、猫、豚、牛などの哺乳動物が挙げられるが、血液であればヒトから採取してもよく、遺体であれば組織をヒトから採取してもよい。血液のうち、末梢血は採取が容易であるため、本発明の放射線被曝量の測定方法に用いられる血液としては、末梢血が好ましい。
【0020】
(組織または血液の採取及びタンパク質の抽出)
生体からの組織または血液の採取は、通常の方法、具体的には、組織であればメスなどを使用する外科的な方法、血液であれば注射器による吸引及び遠心分離機による血球細胞の沈殿、により行うことができる。また、タンパク質の抽出も通常の方法、具体的には緩衝液に組織または血球細胞を懸濁し、ホモジナイザーやフレンチプレスなどにより組織または細胞を破砕することにより行う。なお、必要に応じて、緩衝液に変性剤や抗酸化剤などを加えてもよく、細胞破砕液に含まれるDNA等の核酸や細胞膜などに含まれる脂肪を除去してもよい。
【0021】
(測定方法)
1型又は3型カスペース分解物(本明細書において、それぞれ、Δ55−LyGDI、Δ19−LyGDIともいう)の発現量(出現量ともいう)を測定するため方法としては、あるタンパク質の発現量を特異的に測定できる方法であれば特に限定することなく使用することができるが、なかでも抗原抗体反応を利用する方法、具体的には免疫ブロット法(ウェスタンブロット法)、ELISA法が使用できる。なお、抗体としては、LyGDIタンパク質に対する抗LyGDI抗体、1型又は3型カスペース分解物に対する抗体などを使用することができる。
【0022】
ここで、LyGDIタンパク質およびカスペース分解物について説明する。
ヒト及びマウス由来のLyGDIタンパク質を例として説明する。これらタンパク質のアミノ酸配列は図2、配列番号1及び2によって表される。
LyGDIタンパク質の3型カスペース切断部位は、ヒトの場合19番目のアスパラギン酸のC末端側にあり、マウスの場合18番目のアスパラギン酸のC末端側にある。また、LyGDIタンパク質の1型カスペース切断部位は、ヒトの場合55番目のアスパラギン酸のC末端側にあり、マウスの場合54番目のアスパラギン酸のC末端側にある。
従って、ヒトLyGDIタンパク質の3型カスペース分解物のアミノ酸配列は配列番号3で表され、マウスLyGDIタンパク質の3型カスペース分解物のアミノ酸配列は配列番号4で表され、ヒトLyGDIタンパク質の1型カスペース分解物のアミノ酸配列は配列番号5で表され、マウスLyGDIタンパク質の1型カスペース分解物のアミノ酸配列は配列番号6で表される。
なお、本明細書において、1型または3型カスペース分解物は、例えば、配列番号3〜6で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、1型または3型カスペースにより切断されたタンパク質を含む。
【0023】
免疫ブロット法により1型又は3型カスペース分解物の発現量を測定する場合は、公知の免疫ブロット法を使用することができる。具体的には、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等の変性剤を加えた緩衝液を使用してタンパク質を抽出したのち、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行う。電気泳動が完了したのち、ゲル上のタンパク質をPVDF膜やニトロセルロース膜等に転写し、抗LyGDIタンパク質抗体等を使用して可視化することによって、1型又は3型カスペース分解物の発現量を測定する。
【0024】
また、ELISA法により1型又は3型カスペース分解物の発現量を測定する場合にも、公知のELISA法を使用することができる。具体的には、ポリスチレンなどの固相に抗LyGDIタンパク質抗体等を結合させ、そこにタンパク質抽出液を添加し、酵素標識抗体を反応させて可視化することにより、固相に結合した1型又は3型カスペース分解物の発現量を測定する。
【0025】
なお、電離放射線被曝時の線量に依存する生体反応は、LyGDIタンパク質の分断化の観点から、二相性に分類される。
ひとつは、1Gy以上の線量域で観察される、3型カスペースの活性化を伴いΔ19−LyGDIの出現してくるアポトーシス誘導シグナルが細胞内でオンになる相である。他方は、それ以下の線量域で、アポトーシス誘導シグナルはオンになっていることが検出できませんが、替わりに、Δ55−LyGDIの出現が消失する相である。
以上のように、1型及び3型カスペース分解物の発現パターンはそれぞれ異なるので、微量の電離放射線を被曝した場合、その被曝量を正確に測定するためには、ふたつの指標、すなわちLyGDIタンパク質の1型カスペース分解物及び3型カスペース分解物の両方の発現量を測定することが好ましい。
【0026】
実施例1−4及び1−5に示すように、組織及び血液によっては、1型および3型カスペース分解物のいずれかが全く発現しない場合がある。また、実施例1−4で示すように、電離放射線の被曝量の上昇に伴い、抽出したタンパク質中のΔ19−LyGDIの発現量が上昇することはなく、全長LyGDI及びΔ19−LyGDIの発現量の減少が観察される場合がある。
従って、より正確に電離放射線の被曝量を測定するために、場合によっては、抽出したタンパク質中の1型または3型カスペース分解物の発現量の測定の他に、全長LyGDIの発現量を測定することが好ましい。
なお、本明細書において、全長LyGDIは、例えば、配列番号1または2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、1型または3型カスペースにより切断される部位を含むタンパク質を含む。
【0027】
本発明において、電離放射線の被曝量の測定は以下の方法により行うことができる。
まず、図4のような電離放射線の被曝量に対する1型または3型カスペース分解物の発現量の変化の模式図を作成する。そして、生体から採取した組織または血液に含まれる1型または3型カスペース分解物の発現量をウエスタン・ブロット法などにより測定し、模式図から電離放射線の被曝量を測定する。
また、本発明の好ましい態様として、電離放射線の被曝量を測定使用とするサンプルが大量にある場合、一次スクリーニングをELISA法により行い、電離放射線の被曝が疑われるサンプルについてはウエスタン・ブロット法により1型または3型カスペース分解物の発現量を測定し、電離放射線の被曝量を測定する方法がある。
本発明においては、電離放射線非被曝時と被曝後の抽出タンパク質中の1型または3型カスペース分解物の発現量を測定することが好ましい。しかし、電離放射線非被曝時の1型または3型カスペース分解物の発現量を測定することができない場合であっても、分解物の発現量の変動が大きければ、電離放射線の被曝後の発現量を測定するだけで、電離放射線の被曝を疑うことができる。
【0028】
本発明の電離放射線の被曝量測定用キットには、LyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を免疫ブロット法により測定するための抗体を含む。該抗体は、免疫ブロット法に用いられ、かつLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つに対する抗体であれば、特に限定はされない。
【0029】
以下、本発明を実施例に基いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
実施例1 マウス個体レベルでの試験
実施例1−1
(X線全身照射)
7週齢のオスのマウス(C57BL/6NCrj(商品名)、日本チャールズリバー)を8〜9週齢まで通常の環境で飼育したのち、X線発生装置(島津製作所製 Shin−ai号(商品名)、200kVp、25mA)により、X線(電離放射線)を照射線量率0.6Gyで全身に照射した。なお、照射量(被曝量)は照射時間によって調節した。
【0031】
(組織の採取と胸腺タンパク質の抽出)
放射線照射後、マウスを解剖して胸腺組織を採取し、採取した組織をメスでミンチにし、SDS−sample bufferに可溶化して可溶化サンプルとした。なお、SDS−sample bufferの組成は、5% glycerol、25mM TrisHCl(pH6.8)、1% SDSである。
【0032】
(電気泳動)
12%のポリアクリルアミドゲル(分離ゲル)を作製し、そこに4%のポリアクリルアミドゲル(濃縮ゲル)を重層し、上記の可溶化サンプルを1レーンあたり20μgとなるようにアプライして電気泳動(泳動条件は以下のとおりである。濃縮ゲルにおける泳動電流は20mA、分離ゲルにおける泳動電流は40mAであり、running bufferにはTris‐glycine bufferを使用した。))を行った。電気泳動終了後、濃縮ゲルを切り離し、分離ゲルをtransfer bufferにより5分間平衡化(2回)した。
【0033】
なお、分離ゲルは、40% アクリルアミドストック溶液 3mL、Lower gel buffer(1.5M TrisHCl(pH8.8)、0.4% SDS)2.5mL、滅菌ミリQ水 4.5mL、10%過硫酸アンモニウム水溶液 50μL、N,N,N’,N’‐テトラメチルエチレンジアミン 10μLを混合して作製した。
【0034】
また、濃縮ゲルは、40%アクリルアミドストック溶液 0.5mL、Upper gel buffer(0.5M TrisHCl(pH6.8)、0.4%SDS)1.25mL、滅菌ミリQ水 3.25mL、10% 過硫酸アンモニウム水溶液 30μL、N,N,N’,N’‐テトラメチルエチレンジアミン 8μLを混合して作製した。
【0035】
さらに、Tris‐glycine bufferの組成は25mM Tris、192mM グリシン、0.1% SDSであり、transfer bufferの組成は25mM Tris、192mM グリシン、10% メタノールである。
【0036】
(免疫ブロッティング)
平衡化したゲルをセミドライ法によりtransfer buffer中でポリビニリデンジフルオライド膜(PVDF:日本エイドー(株)製)に転写した(100mA、3時間)。転写終了後、PVDF膜を5%スキムミルク含有PBSTで1時間ブロッキングした。
【0037】
ブロッキング終了後、LyGDIタンパク質のC末端認識抗体(Santa Cruz社製、カタログNo.Sc−604)を1時間結合させ、PBSTを用いて5分間、2回洗浄した。次いでアルカリフォスファターゼ標識抗マウスIgG(H+L)(プロメガ(株)製)を1時間結合させ、PBSTを用いて5分間、3回洗浄した。0.1M Tris(pH9.5)水溶液を用いて5分間リンスしたのち、CDP‐Star(登録商標)Western Blot Chemiluminescence Reagent(NEN Life Science Products, Inc.製)を用いて5分間室温でインキュベートした。インキュベート後、フィルム(アマシャム バイオサイエンス(株)製)に露光した。
【0038】
(結果)
その結果を図3に示す。図3(a)に示すように、1型カスペース分解物(17kDa)は低い被曝線量域(〜0.1Gy)で一度消失するが、0.5Gy以上で再度発現することが分かった。また、3型カスペース分解物(21kDa)は、全身照射量が5Gy以上になると顕著に発現すること分かった。さらに、図3(b)に示すように、4mGyという低い線量の照射によっても、1型カスペース分解物(17kDa)の発現の減少が観察された。
【0039】
そこで上記の結果から、被曝線量に対する1型又は3型カスペース分解物の発現量の変化を図4に模式的に示す。この図から明らかなように、被曝線量と1型及び3型カスペース分解物の発現パターンの間には一定の関係があり、これらカスペース分解物の発現量をそれぞれ定量することによって、その個体が被曝した電離放射線量を推計することができる。
【0040】
なお、フィルム上の21kDaのバンドが3型カスペース分解物であることは、3型カスペース切断点を認識する抗体(切断後の長鎖のN末端側を認識する抗体、KLHコンジュゲーション:アミノ酸配列SKLNYKPPPQKC(配列番号7)のオリゴペプチドを抗原とするモノクローナル抗体)により、同じPVDF膜を免疫ブロットすることによって確認した(データは示さない。)。また、同じPVDF膜をLyGDIタンパク質のN末認識抗体(Phamingen社製、カタログNo.66456E)によって免疫ブロットすることにより、それぞれのカスペースで切断されてできたと思われるN末端側断片が出現していることも確認した(データは示さない。)。そして、これらの情報により、17kDaのバンドが1型カスペース分解物、21kDaのバンドが3型カスペース分解物であることを確認した。
【0041】
実施例1−2
(骨髄組織による測定)
骨髄組織を使用して実施例1−1と同様の手順により、1型及び3型スペース分解物の発現量を調べた。その結果を図5に示す。この図に示すように、骨髄組織では極少量の1型カスペース分解物(17kDa)が非照射時に恒常的に発現していたが、1Gy以上の線量域で消失した。また、0.5Gy以上の線量域で、全長LyGDIタンパク質の量が減少傾向にあり、それと反比例して13kDa付近にLyGDIタンパク質のC末端認識マウス抗体と特異的に反応するタンパク質の増加が観察された。
【0042】
実施例1−3
(脾臓組織による測定)
脾臓組織を使用して実施例1−1と同様の手順により、1型及び3型スペース分解物の発現量を調べた。その結果を図6に示す。この図に示すように、脾臓組織では、恒常的に1型カスペース分解物(17kDa)が観察された。また、極少量の3型カスペース分解物(21kDa)の生成が1Gy以上の線量域で観察された。
【0043】
実施例1−4
(腸管上皮組織による測定)
腸管上皮組織を使用して実施例1−1と同様の手順により、1型及び3型スペース分解物の発現量を調べた。その結果を図7に示す。この図に示すように、腸管上皮組織では、非照射の状態(0Gy)で恒常的に3型カスペース分解物(21kDa)が産生されていた。一方、5Gy以上で、全長LyGDIタンパク質の発現が観察されなくなり、12Gy以上で3型カスペース分解物も観察されなくなった。また、1型カスペース分解物はほとんど発現していなかった。これは、放射線照射により、小腸上皮細胞が脱落することによると思われる。
【0044】
実施例1−5
(血液による測定)
血液を使用して実施例1−1とほぼ同様の手順により、1型及び3型カスペース分解物の発現量を調べた。その結果を図8に示す。この図に示すように、12Gy以上の高被曝線量域で1型カスペース分解物(17kDa)が観察された。また、3型カスペース分解物はほとんど発現していなかった。
【0045】
実施例1−1〜1−5の結果から、マウスから採取した組織及び血液において、電離放射線の被曝量により1型及び3型分解物の発現パターンが変化していること、逆にいえば、1型及び3型分解物の発現パターンを調べることによって、電離放射線の被曝量を測定できることが確認できた。
【0046】
実施例2 ヒトのレベルでの試験
実施例2−1
(電離放射線の照射)
被験者(成人男子、49歳)に対して、歯科用パノラマX線撮影装置(商品名:auto 1000ex、朝日レントゲン社製)を用いて、通常パノラマ撮影を顎部に1回行った(放射線量:約20mGy)。なお、撮影時には、鉛エプロンを着用した。
【0047】
(血液採取とサンプルの調製)
X線照射前と照射後6時間後に血液(末梢血)を採取し、白血球を分離後、SDS−sample bufferで溶解しタンパク質量を定量した。
【0048】
(電気泳動とウエスタン・ブロット)
SDS−PAGEによりタンパク質を分離後、次の4種類の抗体を用いてウエスタン・ブロットを行った。
抗体1:sc−6047G(商品名、SantaCruz社製、LyGDIのC末領域をエピトープとする山羊ポリクロナル抗体)
抗体2:66586E(商品名、Pharmingen社製、全長LyGDIを抗原として作成され、エピトープマッピングされていないウサギポリクロナル抗体)
抗体3:71−6300(商品名、Zymed社製、LyGDIの中央部分をエピトープとするウサギポリクロナル抗体)
抗体4:97A1015(商品名、Active Motif社製、Δ19−LyGDIのN末端を認識するマウスモノクロナル抗体)
【0049】
(結果)
その結果を図9に示す。図9(a)、(b)および(c)に示すように、Δ55−LyGDIの発現量は、非照射時と比較して、照射後に減少した。これに対し、図9(d)に示すように、Δ19−LyGDIの発現量は非照射時と照射後で変化はなかった。
【0050】
実施例2−2
(電離放射線の照射)
被験者(担癌患者、成人男子、67歳)に対して、癌治療用リニアック照射装置(商品名:メバトロン67−6300、シーメンス社製)を用いて腹部に電離放射線を照射した(放射線量:約2Gy)。
【0051】
(血液採取とサンプルの調製)
放射線照射前と照射後6時間後に血液(末梢血)を採取し、白血球を分離後、SDS−sample bufferで溶解しタンパク質量を定量した。
【0052】
(電気泳動とウエスタン・ブロット)
SDS−PAGEによりタンパク質を分離後、次の3種類の抗体を用いてウエスタン・ブロットを行った。
抗体1:sc−6047G(商品名、SantaCruz社製)
抗体2:66586E(商品名、Pharmingen社製)
抗体4:97A1015(商品名、Active Motif社製)
【0053】
(結果)
その結果を図10に示す。図10(a)、(b)および(c)に示すように、Δ55−LyGDI及びΔ19−LyGDIの発現量はともに、非照射時と比較して、照射後に増加した。
【0054】
以上の結果から、X線パノラマ撮影時のような低い線量域の放射線を照射した場合、Δ55−LyGDIの発現量の減少が電離放射線の照射後6時間後に観察された。また、マウスの場合とは異なり、ヒトではΔ19−LyGDIは恒常的に末梢血中の白血球で発現していたが、X線パノラマ撮影によりその発現量が変化することはなかった。
一方、癌治療放射線照射のような比較的高い線量域の放射線を照射した場合、照射から6時間後、Δ55−LyGDIの発現量の増加と共に、Δ19−LyGDIの発現量も増加していた。
これらの結果から、マウスの場合と同様に、ヒトにおいても、Δ55−LyGDI、Δ19−LyGDI等の変様LyGDIの発現量の変動が、電離放射線によって被曝したこと、及び被曝量を調べる生体マーカーとなることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】図1は、ヒトLyGDIタンパク質の構造を模式的に示す図である。
【図2】図2は、ヒトLyGDIタンパク質及びマウスLyGDIタンパク質のアミノ酸配列と、1型カスペース及び3型カスペースによる切断部位を示す図である。
【図3】図3は、マウスの胸腺組織から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図4】図4は、マウスの胸腺組織の被曝線量と1型又は3型カスペース分解物の発現量変化を模式的に示す。
【図5】図5は、マウスの骨髄組織から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図6】図6は、マウスの脾臓組織から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図7】図7は、マウスの腸管上皮組織から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図8】図8は、マウスの血液から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図9】図9は、ヒト末梢血中の白血球から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。
【図10】図10は、ヒト末梢血中の白血球から抽出したタンパク質を免疫ブロットした結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)生体から採取した組織または血液からタンパク質を抽出し、
(b)抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を測定する、
ことを含んでなる電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項2】
LyGDIタンパク質の1型カスペース分解物及び3型カスペース分解物の発現量を測定することを特徴とする請求項1に記載の電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項3】
LyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の発現量を免疫ブロット法によって測定することを特徴とする請求項1又は2に記載の電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項4】
タンパク質を、採取した胸腺組織、骨髄組織、脾臓組織、腸管上皮組織および血液のいずれかから抽出することを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項5】
タンパク質を、採取した胸腺組織から抽出することを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項6】
タンパク質を、採取した血液から抽出することを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の電離放射線の被曝量測定方法。
【請求項7】
電離放射線の被曝量測定用キットであって、生体から採取した組織または血液から抽出したタンパク質に含まれるLyGDIタンパク質の1型及び3型カスペース分解物の少なくとも一つの発現量を免疫ブロット法により測定するための抗体を含んでなる電離放射線の被曝量測定用キット。

【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−47147(P2007−47147A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50937(P2006−50937)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(503328193)株式会社ツーセル (24)
【Fターム(参考)】