青いバラに含まれる新規化合物
【課題】遺伝子組換えによりデルフィニジンを生産する能力が付与されたバラの色素である化合物の提供、並びに該色素を含むバラなどの植物およびその部分の提供。
【解決手段】下式の誘導体である特定式で表される青色色素の化合物および該化合物の1位にガロイル基が結合した赤色色素の化合物。
【解決手段】下式の誘導体である特定式で表される青色色素の化合物および該化合物の1位にガロイル基が結合した赤色色素の化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物、特に遺伝子組換えによりデルフィニジンを生産する能力が付与されたバラの色素である新規化合物、並びに該色素を含むバラなどの植物及びその部分に関する。また、本発明は、当該化合物を用いて、植物の花色を改変する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
バラは切り花として重要な植物であり、その色素は詳細に調べられている。例えば、アントシアニン系色素としては、シアニジン3,5−ジグルコシド、ペラルゴニジン3,5−ジグルコシド、シアニジン3−グルコシド、ペラルゴニジン3−グルコシド、ペオニジン3,5−ジグルコシド、ペオニジン3−グルコシドなどが知られている。これらの色素を含むアントシアニンの生合成経路は知られている。
【0003】
また、遺伝子組換えによりフラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現しているバラ(以下の特許文献1、特許文献2参照)は、デルフィン(以下、デルフィニジン3,5−ジグルコシドともいう。)を生産する。この場合、フラボノイドのB環の5’位の水酸化反応は、フラバノン又はジヒドロフラボノールの段階で起こると考えられる。この水酸化反応は、フラボノイド3’,5’−水酸化酵素が小胞体に存在するチトクロームP450の一種であることから、小胞体上で起こると考えられている。アントシアニン類の生合成反応を触媒する酵素、例えば、アントシアニジン糖転移酵素は、シグナルペプチドなどの配列を持たない上、可溶性の蛋白質であるため、細胞の細胞質中に存在する。アントシアニン類は、糖が付加された後、ポンプにより液胞に運ばれる。
【0004】
一方、少なくとも一部のバラには、化合物ロザシアニン類(図1参照)が存在することが報告され、ロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2などの構造も決定されている(例えば、以下の特許文献3又は非特許文献1参照)。
【0005】
ロザシアニンは、その構造の一部にシアニジン骨格を有することから、シアニジン、又はシアニジンと共通する前駆体、又はシアニジンの類縁体をもとに合成される可能性が考えられる。しかし、これは推測の域を出ず、実際に、どのような物質を前駆体とし、そのような経路を経て合成されるかは明らかにはされていない。
一方、前述のように遺伝子組み換えにより、フラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現させたバラにおいては、シアニジンの部分に代えてデルフィニジンが合成される。もし仮に、上記のようなロザシアニン合成経路についての仮説、すなわちシアニジンを前駆体としてロザシアニンが合成されるのではないかという仮説が正しいのであれば、前駆体となるシアニジンが殆ど存在しないこれら遺伝子組換えバラにおいては、ロザシアニン類は合成されないことになる。
発明者らは、ロザシアニン合成系についての知見を得るために、特許文献1又は特許文献2に記載されるシアニジンを殆ど含有しない、あるいは、宿主と比較してシアニジン含量が著しく低下した上記遺伝子組換えバラを用いて、解析を行ったところ、予想に反し、本来バラが有しているロザシアニン類とは明らかに化学構造の異なる新規化合物が存在することを見出した。さらに、この新規化合物は、遺伝子組換えによりフラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現させたバラに特異的に存在することが明らかになり、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2004/020637公報
【特許文献2】国際公開WO2005/017147公報
【特許文献3】特開2002−201372号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tetrahedron 62(2006)9661-9670
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、植物、特に遺伝子組換えによりデルフィニジンを生産する能力が付与されたバラの色素である新規化合物、並びに該色素を含むバラなどの植物及びその部分を提供することである。また、本発明が解決しようとする課題は、当該化合物を用いて、植物の花色を改変する方法を提供することでもある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の通りである。
[1]下記一般式(I):
【化1】
{式中、R1は、下記基:
【化2】
であり、かつ、R2は−OHであるか、又はR1とR2は一緒になって−O−を形成するか、又はR1は、下記基:
【化3】
であり、かつ、R2は−OHである。但し、R1中グルコースの1位の水酸基の配位(波線)はα体とβ体の互変異性であることを示す。}で表される化合物。
【0010】
[2]以下の式:
【化4】
で表される化合物。
【0011】
[3]以下の式:
【化5】
で表される化合物。
【0012】
[4]以下の式:
【化6】
で表される化合物。
【0013】
[5]前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物を含む植物。但し、該植物は天然には該化合物を含まない。
【0014】
[6]バラ科の植物である、前記[5]に記載の植物。
【0015】
[7]前記バラ科の植物が、バラ科バラ属の植物である、前記[6]に記載の植物。
【0016】
[8]前記バラ科バラ属の植物が、バラ科バラ属バラである、前記[7]に記載の植物。
【0017】
[9]前記[5]〜[8]のいずれかに記載の植物の部分。
【0018】
[10]切り花である、前記[9]に記載の植物の部分。
【0019】
[11]前記[10]に記載の切り花を用いた、切り花加工品。
【0020】
[12]前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物を用いて、植物の花の色を改変する方法。
【0021】
[13]前記植物が、バラ科の植物である、前記[12]に記載の方法。
【0022】
[14]前記バラ科の植物が、バラ科バラ属の植物である、前記[13]に記載の方法。
【0023】
[15]前記バラ科バラ属の植物が、バラ科バラ属バラである、前記[14]に記載の方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、青いバラの花弁中の新規色素が抽出、単離、精製され、その化学構造が解明された。これは、バラの色を遺伝子工学的に改変して新規なバラ科植物を作出する研究の基礎となる。また、本発明に係る新規色素は、例えば、バラなどの切花に吸収させることにより切花の色を改良するために使用されうるし、植物性天然色素として、例えば飲食物の加色などにも利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、シアニジン、デルフィニジン、ロザシアニンの化学構造式を示す。
【図2】図2は、藤色系バラ品種「ラバンデ」へ導入されたプラスミドpSPB919の構造を示す。
【図3】図3は、青色色素(1)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図4】図4は、青色色素(1)のHPLCにより分析した際のクロマトグラムであり、該化合物はグルコースの1位の水酸基がα体とβ体が互変異性を示すため2本のピークが認められる。
【図5】図5は、赤色色素(2)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図6】図6は、赤色色素(2)のHPLCにより分析した際のクロマトグラムである。
【図7】図7は、青色色素(3)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図8】図8は、青色色素(1)の化学構造式である。図中、グルコース水酸基の配位(波線)は、α体とβ体の互変異性体を示す。
【図9】図9は、赤色色素(2)の化学構造式である。
【図10】図10は、青色色素(3)の化学構造式である。
【図11】図11は、図8に示す青色色素(1)の1H NMRのスペクトル図である。
【図12】図12は、図8に示す青色色素(1)の13C NMRのスペクトル図である。
【図13】図13は、図9に示す赤色色素(2)の1H NMRのスペクトル図である。
【図14】図14は、藤色系バラ「WKS82」へ導入されたプラスミドpSPB130の構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に係る新規色素は、公知物質であるロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2(B環の水酸基の数は2個である)のB環に水酸基がさらに1個追加された構造を有する。換言すれば、本発明に係る新規青色色素は、青いバラ中に存在が確認されている公知物質である青色色素デルフィニジン部分構造(B環の水酸基の数は3個である)を有する新規化合物であるともいえる。
【0027】
特許文献1又は2に記載されるように、青色遺伝子(フラボノイド3’,5’−水酸化酵素)を機能させることにより、青いバラには、従来のバラ品種植物中には存在しない青色色素(B環に水酸基を3個もつ)が存在することになる。今般、このような青色色素として、公知物質であるロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2(B環の水酸基の数は2個である)のB環に水酸基がさらに1個追加された構造を有する化合物を、単離・精製し、TOF-MS及びNMRで同定し、その構造を決定した。
本発明の3種類の化合物は、それぞれ、図3、図4、図11、及び/又は図12に示すデータを与える化合物であるか、図5、図6、図9、及び/又は図13に示すデータを与える化合物であるか、あるいは図7に示すデータを与える化合物である。
【0028】
アントシアニン類、例えばシアニジンに比較して、分子量が大きいロザシアニン類では、そのB環に水酸基がさらに1個追加されて3個の水酸基を有することによる溶解度向上効果がより高められる結果、花弁細胞の液胞に輸送されて青色を発揮する上でより有効な色素であると考えられる。また、ロザシアニン類は、一般的な色素に比べて、植物体内で合成される点において優れた特徴がある。また、本発明は、図8〜10に示す化合物を含む植物を提供する。但し、該植物は天然には該化合物を含まないか又は該化合物は検知しうる量でその花弁中には存在しない。また、本発明は、図8〜図10に示す化合物を用いて、植物の花色を改変する方法を提供する。例えば、本発明に係る化合物は、本発明にかかる化合物の合成に関与する酵素の遺伝子を、対象となる植物に遺伝子工学的手法によって導入し、検知しうる所定量の該化合物を植物の花弁内で合成させることによって初めて取得することができる。あるいは、本発明にかかる化合物を直接植物に吸収させるような物理的方法によることもできるが、対象となる植物が該化合物を含む態様は、これらに限定されるものではない。
本発明の植物体は、図8〜図10に示す化合物を花弁内に含有する。植物体の花弁中のこれらの化合物の含有率は特に限定されないが、好ましくは花弁湿重量あたり、0.00001mg/g以上である。下限値は、より好ましくは0.0001mg/g以上、さらに好ましくは0.0007mg/g以上である。上限値は、好ましくは1mg/g以下、より好ましくは0.5mg/g以下、さらに好ましくは0.13mg/g以下である。
【0029】
対象となる植物の例としては、バラ、キク、カーネーション、キンギョソウ、シクラメン、ラン、トルコギキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ユリ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、ペチュニア、トレニア、チューリップ、イネ、オオムギ、コムギ、ナタネ、ポテト、トマト、ポプラ、バナナ、ユーカリ、サツマイモ、ダイズ、アルファルファ、ルーピン、トウモロコシ、カリフラワーなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
そのなかでも好ましくは、バラ科の植物であり、より好ましくはバラ科バラ属の植物であり、更に好ましくはRosa hybridaに代表されるバラ科バラ属バラである。 本発明は、前記した植物の部分、特に切り花、該切り花を用いた、切り花加工品にも関する。ここで、切り花加工品としては、当該切り花を用いた押し花、プリザーブドフラワー、ドライフラワー、樹脂封入品などを含むが、これに限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例1:色素化合物の単離、精製
青いバラを抽出源として、本発明の色素化合物を単離精製した。
プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデの作出
抽出源である青いバラを作出した。以下に示す方法により、プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデを作出した。
切花の青いアイリス花弁からRNAを得、さらにこれからpolyA+RNAを調製した。このpolyA+RNAからλZAPII(Stratagene社)をベクターとするcDNAライブラリーをcDNAライブラリー作製キット(Stratagene社)を用いて製造者が推奨する方法で作製した。アイリスのDFR遺伝子断片は、リンドウのDFR遺伝子断片を取得した報告と同様に行った(Tanaka et al.Plant Cell Physiol.37,711−716,1996)。
【0031】
得られた約400bpのDNA断片をジーンクリーンにより製造者の推奨する方法で回収し、pCR−TOPOにサブクローニングした。その塩基配列を決定したところバラDFR遺伝子に相同な配列が見られた。このDNA断片を用いてアイリスcDNAライブラリーをスクリーニングし、全長のアミノ酸配列を含むアイリスDFRcDNAを得た。そのうちpSPB906としたクローンに含まれるcDNAの全塩基配列を決定した(塩基配列とアミノ酸配列は、特許文献2の配列番号9と配列番号10を参照のこと)。
次にpSPB580をBamHIとXhoIで消化して得られる約3.9kbのDNA断片とpSPB906をBamHIとXhoIで消化して得られる約1.5kbのDNA断片を連結し得られたプラスミドをpSPB909とした。
【0032】
植物中でバラDFRcDNAの二本鎖RNAの転写は次のように行った。pCGP1364(Tanaka et al.Plant Cell Physiol.(1995)36 1023−1031)をPstIで部分消化して得られる約3.5kbのDNA断片(Mac1プロモーター、バラDFRcDNA,masターミネーターを含む)をpUC19(Yanisch−Perron C et al.,Gene 33:103−119,1985)のPstI部位に挿入することによって得られるプラスミドのうちpUC19のHindIII部位がMacIプロモーターに近接しているものをpCGP1394とした。
【0033】
次に、pCGP1394をHindIIIとSacIIで消化して得られる約1.4kbのDNA断片と、pCGP1394をPstIで消化した後平滑末端化しさらにSacIIで消化して得られる約1.9kbのDNA断片と、pBinPLUSをSacIで消化した後平滑末端化しさらにHindIIIで消化して得られるバイナリ−ベクター断片を連結しpSPB185を得た。pSPB185をXbaIで消化し、平滑末端化し、SalIリンカーとライゲーションすることにより、pSPB521を得た。pUE6をHindIIIとBamHIで消化して得られる約700bpのDNA断片と、pSPB521をHindIIIとSacIで消化して得られるバイナリ−ベクターDNA断片とpE2113をBamHIとSacIで消化して得られるGUS遺伝子DNA断片を連結することによりpSPB528を得た。
pSPB528はエンハンサーを有するカリフラワーモザイクウィルス35Sプロモーターとマノピンシンターゼターミネーターの間に構造遺伝子を挿入し植物で発現させることができるバイナリ−ベクターである。また、pCGP645に含まれるバラDFRcDNAの5’非翻訳領域配列を短くするためにpCGP645をSmaIとPvuIで消化した後平滑末端化し、ライゲーションして得られたpCGP645sを得た。
【0034】
バラDFRcDNAの5’側配列を、pCGP645sを鋳型にリバースプライマーと合成プライマーRDF310(特許文献2の配列番号19を参照のこと)をプライマーに用いてPCRにより増幅することにより取得し、pCRTOPOにクローニングした。DNAの塩基配列を決定しPCRによるエラーがないことを確認した。これをpSPB569とした。また長さの異なるバラDFRcDNAの5’側配列を、pCGP645sを鋳型にリバースプライマーと合成プライマーRDF830(特許文献2の配列番号20を参照のこと)をプライマーに用いてPCRにより増幅することにより取得し、pCRTOPOにクローニングした。DNAの塩基配列を決定しPCRによるエラーがないことを確認した。
【0035】
これをpSPB570とした。pSPB528をBamHIとSacIで消化して得られるバーナリーベクターのDNA断片と、pSPB569をSacIとXhoIで消化して得られる0.3kbのDNA断片とpSPB570をBamHIとSalIで消化して得られるDNA断片を連結しpSPB572を得た。本ベクターは植物中でバラDFRcDNAの二本鎖RNAを転写するようにデザインされている。
【0036】
pUE6をSacIで消化し、平滑末端化し、SalIリンカーを挿入しpUE8を得た。pUE8をHindIIIとEcoRIで消化して得られるDNA断片をpBinPLUSのHindIIIとEcoRI部位に導入し、pSPB189とした。pSPB189をBamHIとSalIで消化して得られる約3.7kbのDNA断片とpCGP1961をBamHIで完全消化しさらにXhoIで部分消化して得られる約1.8kbのDNA断片を連結しpSPB567を得た。pSPB572をPacI消化し、脱リン酸化処理を行った後、pSPB567をPacIで消化して得られる約2.8kbのDNA断片を連結し、nptII遺伝子とパンジー由来のF3’5’H#40が同じ向きに転写されるプラスミドを選択し、pSPB905とした。
【0037】
pSPB905をAscIで消化し、脱リン酸化処理を行った後、pSPB909をAscIで消化して得られる約2.5kbのDNA断片を連結し、nptII遺伝子と同じ方向にアイリスDFR遺伝子が転写されるプラスミドを得、pSPB919(図2参照)とした。本プラスミドはバラにおいてはアイリス由来のDFR遺伝子とパンジー由来のF3’5’H#40遺伝子を転写し、バラのDFR遺伝子の発現を二本鎖RNAの転写により抑制することが期待される。このプラスミドをAgrobacterium tumefaciens Agl0株に導入した。
当該アグロバクテリウムに感染させることで、藤色系バラ品種「ラバンデ」へpSPB919(図2参照)を導入して、形質転換体を得た。形質転換細胞を再分化させ、組換え植物体である青いバラ(プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデ)を得て、それを開花させた。
【0038】
色素化合物の抽出、単離、精製、同定
上記のようにして得られた青いバラ(プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデ)の花弁230gから以下の方法で色素化合物を精製した。
花弁230gを、ホモジナイザーを用いて液体窒素中で凍結粉砕し、1Lの0.5%TFAを含む50%アセトニトリルを加え一晩浸漬した。珪藻土ろ過したろ液をロータリーエバポレーターで約2/5の体積まで濃縮した。
この濃縮した抽出液を吸着樹脂HP-20(三菱化成(株))400mlに負荷した。800mlの水洗後、1Lの0.1%TFAを含む20%アセトニトリル、0.1%TFAを含む60%アセトニトリルでステップワイズに溶出した。60%画分に青色色素を含む画分が溶出した。
【0039】
当該画分を、以下の分取HPLCで精製した。カラムはDevelosil-ODS-UG(野村化学社製)5cmφ*50cm、移動相はA:水、B:50%アセトニトリル0.5%TFAを用い、流速32ml/minで、B30%(30min保持)B30→B100%のリニアグラジエント(50min)、B100%を20分間保持した。検出はA260nmで行った。67-82minに溶出した青色色素を含む画分を集め凍結乾燥した。クロマトは2回繰り返した。
当該凍結乾燥品1.2gを50%アセトニトリルで平衡化したSephadexLH-20カラム(ファルマシア)(1.2L)に負荷した。50%アセトニトリル2.5L溶出後、さらに50%アセトニトリル2.5Lで溶出した青色色素を含む画分を集め、凍結乾燥した。
【0040】
得られた凍結乾燥品を分取HPLCで再度クロマトグラムを行った。
カラムはYMC pack PolymerC18 (ワイエムシー株式会社、2cmφ*30cm)、移動相はA: 0.5%TFA/水、B: 0.5%TFA/ 50%アセトニトリル、6ml/min、以下のグラジエントで行った。B65%(30min保持)B65→B90%のリニアグラジエント(20min)、B90%を30分間保持し、検出はA260nmで行った。50-52minに溶出した赤色色素(2)、及び60-65minに溶出した青色色素(1)、及び65-73minに溶出した青色色素(3)を集め凍結乾燥した。クロマトは計3回繰り返した。
【0041】
このようにして得られた凍結乾燥品、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について目視で色調を観察した。その結果、それぞれ、濃い青、濃い赤、及び濃い青を呈していた。
このうち、青色色素(1)について、花弁中の含有量を測定したところ、その含有量は、花弁湿重量当り0.0007mg/g〜0.13mg/gの範囲であった。
【0042】
実施例2:色素化合物の機器分析による構造解析
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)について、必要により再度精製した試料を用いて各種機器分析を行った。
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)をHPLCで分析し、Photodiode array 検出器で、30%アセトニトリル、0.5%TFA中での650-250nmの吸収スペクトルを測定した(図3、図5、図7参照)。
HPLCはカラムにShodex-Asahipak-ODP50(昭和電工社製)4.6mmφ*25cmを用い、移動相は0.6ml/minの30%アセトニトリル、0.5%TFAのアイソクラティック溶出を行った。検出はPhotodiode array 検出器(SPD-M10Avp、(株)島津製作所製)で650-250nmの吸収スペクトルを測定しA560nmのクロマトグラムをモニターした。
【0043】
結果を以下に要約する(保持時間(R.T.)については、図4と6を参照のこと)。
青色色素(1) λmax 593nm R.T. 14.6分及び18.5分*
赤色色素(2) λmax 535nm R.T. 8.9分
青色色素(3) λmax 594nm R.T. 21.6分
*青色色素(1)はグルコースの1位の水酸基がα体とβ体が互変異性を示すため2本のピークを示す。
【0044】
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)のTOF−MS測定を行った。
MSは、Q−TOF Premier(Micromass社製、英国)でイオン源にZスプレーイオンソースをつけたESIを用い、ポジティブ、Vモードで測定した。Cone volt.:60V、Capillary voltage:3KV、ロックスプレーによる質量補正を行い、リファレンスにはロイシンエンケファリン(m/z556.2771[M+H]+)を用いた。
【0045】
その結果、青色色素(1)は、m/z1221.1352[M]+の分子イオン、赤色色素(2)は、m/z435.0380[M]+の分子イオン、青色色素(2)は、m/z1373.1442[M]+の分子イオンを与え、それぞれ分子式C56H37O32(err.:+6.9ppm)、C22H11O10(err.:+6.4ppm)、C63H41O36(err.:+4.6ppm)とよく一致した。
【0046】
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の0.5%TFAを含む30%アセトニトリル中での吸収スペクトルを、それぞれ、図3、図5、及び図7に示す。
青色色素(1)及び青色色素(3)の可視部の吸収極大は593nmで、特許文献3の実施例1に記載された式(II)の化合物の吸収極大よりもやや長波長にシフトしていた。
特許文献3に記載の式(II)の化合物は、特許文献3に記載されているように青色を呈する。しかし、今回得られた青色色素(1)、青色色素(3)の吸収極大は、特許文献3に記載の式(II)の化合物の吸収極大よりも更に長波長側であったことから、式(II)の化合物よりも一段と青い色を呈する。よって、本発明で新たに見出した青色色素(1)、青色色素(3)は、植物の色を更に青くする効果があることが明らかとなった。青色色素(1)の分子量をTOF-MSで測定したところ、m/z 1221.13[M]+であり、これは、特許文献3の実施例1に記載された式(II)の化合物の分子量1205よりも、16マスユニット大きかった。これは、特許文献2に記載されたプラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデには、特許文献3から公知の前記色素化合物よりも分子量が16大きい色素化合物が含まれていることを示す。フラボノイド3’,5’−水酸化酵素による水酸化反応による分子量の増加は、酸素原子1個の付加による16の増加であることから、青色色素(1)は、特許文献3の実施例1に記載された式(II)で表される化合物よりも酸素原子が1つだけ多いと考えられた。フラボノイド3’,5’−水酸化酵素はフラボノイドのB環を特異的に水酸化することから、今般、同定された化合物は、非特許文献1に記載されたロザシアニンA1配糖体ではなく、B環に水酸基を3個有するデルフィニジン部分構造を有する化合物であると判断された。すなわち、青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の構造は、それぞれ、図8、図9、及び図10に示す構造であると判断した。
【0047】
また、各化合物についてNMRによる測定を行った。1% DCl(重塩酸)を含むDMSO-d6(((CD3)2SO)ジメチルスルフォキサイド)に溶解し、1Hと13Cの残存ピークδ2.50、δ39.43を内部標準とした。測定項目は1H NMR、13C NMR、1H{13C}-HSQC、1H{13C}-HMBC、TOCSY、DQF-COSY及びROEをDMX-750 spectrometer (BRUKER BIOSPIN, Germany)で測定した。その結果、青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の構造は、それぞれ、図8、図9、及び図10に示す構造であると決定した。
青色色素(1)の1H NMRの解析結果を図11に、そして13C NMRの解析結果を、図12に示す。
青色色素(1)は、1H NMRにおいてδ3.67 (1H, d12, Glc-6α)、δ4.48 (1H, dd2,9, Glc-5α)、δ4.84(1H, t9, Glc-4α)、δ4.94 (1H, dd2,9, Glc-2α)、δ4.99 (1H, dd2,12, Glc-6α)、δ5.30 (1H, d2, Glc-1α)、δ5.64 (1H, t9, Glc-3α)、δ6.22 (1H, s, HHDP) 、δ6.27 (1H, s, HHDP)、δ6.77 (2H, s, gallate-2,6)、δ6.79 (1H, s, D-3”)、δ6.83 (1H d2, A-6)、δ6.85(2H, s, gallate-2,6)、δ7.03 (1H, d2, A-8)、δ7.87 (2H, s, B-2’,6’)のシグナルが認められた。HHDPはhexahydroxy diphenoyl基の略号である。この他、糖の1位の水酸基がβタイプのグルコースのシグナルもマイナーシグナルとして観察された。
赤色色素(2)の1H NMRの解析結果を図13に示す。
赤色色素(2)は、1H NMRにおいてδ7.32 (1H, d1.5, A-6)、δ7.40 (1H, d1.5, A-8)、δ7.68 (2H, s, B-2’,6’)、δ7.92 (1H, s, D-3”) のシグナルが認められた。
【0048】
実施例3:別の品種の青いバラにおける色素化合物の確認
実施例1とは異なる品種の青いバラについて、本発明の化合物の存在を確認した。
プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」の作出
以下の方法でプラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」を作出した。
アントシアニンを芳香族アシル基により修飾することによりアントシアニンを安定化させ、かつその色を青くすることができる(例えば、WO96/25500)。アシル化したデルフィニジン型アントシアニンの生産を目指して以下の実験を行った。
トレニア品種サマーウェーブ花弁からRNAを得、さらにこれからpolyA+RNAを調製した。このpolyA+RNAからλZAPII(Stratagene社)をベクターとするcDNAライブラリーをdirectional cDNAライブラリー作製キット(Stratagene社)を用いて製造者が推奨する方法で作製した。トレニアの主要アントシアニンはその5位のグルコースが芳香族アシル基により修飾されている(Suzuki et al.Molecular Breeding 2000 6,239−246)ので、トレニア花弁においてはアントシアニンアシル基転移酵素が発現している。
【0049】
アントシアニンアシル基転移酵素は特定のアミノ酸配列が保存されており、これに対応する合成DNAをプライマーとして用いることによりアントシアニンアシル基転移酵素遺伝子を取得することができる(WO96/25500)。具体的には、トレニアcDNAライブラリー作製の際に合成した1本鎖cDNA10ngを鋳型とし、100ngのATCプライマー(特許文献2の配列番号17参照)、100ngのオリゴdTプライマー(特許文献2の配列番号18参照)をプライマーとし、Taqポリメラーゼ(タカラ、日本)を用いて製造者の推奨する条件でPCRを行った。
【0050】
PCRは、95℃にて1分間、55℃にて1分間、及び72℃にて1分間を1サイクルとする反応を25サイクル行った。得られた約400bpのDNA断片をGene Clean II(BIO,101.Inc.)により製造者の推奨する方法で回収し、pCR−TOPOにサブクローニングした。その塩基配列を決定したところリンドウのアシル基転移酵素遺伝子(Fujiwara et al.(1998)Plant J.16 421−431)に相同な配列が見られた。なお塩基配列はダイプライマー法(アプライドバイオシステムズ社)を用い、シークエンサー310又は377(いずれもアプライドバイオシステムズ社)を用いて決定した。
【0051】
このDNA断片を、DIG標識検出キット(日本ロッシュ)を用いてDIGにより標識し、製造者が推奨する方法でトレニアのcDNAライブラリーをプラークハイブリダイゼーション法によりスクリーニングした。得られたポジティブシグナルをもたらしたクローンを無作為に12選択し、そこからプラスミドを回収し、塩基配列を決定した。これらはアントシアニンアシル基転移酵素によい相同性を示した。これらのクローンのうちpTAT7としたクローンに含まれるcDNAの全塩基配列を決定した(塩基配列については、特許文献2の配列番号7を、そしてアミノ酸配列については、特許文献2の配列番号8を参照のこと)。
【0052】
pBE2113−GUS(Mitsuhara et al.Plant Vell Physiol.37,45−59 1996)をSacIで消化した後、平滑末端化し、8bpのXhoIリンカー(タカラ)を挿入した。このプラスミドのBamHIとXhoI部位にpTAT7をBamHIとXhoIで消化して得られる約1.7kbのDNAを挿入し、pSPB120を得た。pSPB120をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpSPB120’を得た。一方、パンジー由来のF3’5’H#40 cDNAを含むプラスミドpCGP1961をBamHIで完全消化し、さらにXhoIで部分消化し得られる約1.8kbのDNA断片を回収し、これとBamHIとXhoIで消化したpUE5Hとライゲーションし得られたプラスミドをpUEBP40とした。
【0053】
pUEBP40をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpUEBP40’を得た。pUEBP40’をHindIIIで部分消化し得られる約2.7kbのDNA断片を回収し、pSPB120’をHindIIIで部分消化したDNA断片と連結した。得られたプラスミドのうち、バイナリ−ベクター上でライトボーダー側から、ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子、パンジー由来F3’5’H#40遺伝子、トレニア由来5AT遺伝子の順にそれぞれが同方向に連結されたバイナリ−ベクターをpSPB130(図14参照)とした。本プラスミドは植物においてはパンジー由来F3’5’H#40遺伝子とトレニア由来5AT遺伝子構成的に発現し、遺伝子を花弁特異的に転写するように工夫されている。このプラスミドをアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)Ag10株に導入した。当該アグロバクテリウムに感染させることで、藤色系バラ「WKS82」へpSPB130(図14)を導入して、形質転換体を得た。形質転換細胞を再分化させ、組換え植物体である青いバラ(プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」)を得て、それを開花させた。
【0054】
色素化合物の抽出、単離、精製、同定
上記のようにして得られた青いバラ(プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」)の花弁230gから、実施例1と同様の方法で、抽出、単離、および精製を行い、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)を得た。
得られた青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について目視で色調を観察した。その結果、それぞれ、濃い青、濃い赤および濃い青を呈していた。
また、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について、LC-TOF-MSを用いて、実施例1で同定した色素成分とそれぞれ同一の化合物であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により、青いバラの花弁中の新規色素が抽出、単離、精製され、その化学構造が解明された。本発明で新たに見出した化合物は、従来藤色系のバラに存在することが知られていたロザシアニン類と比べて、青い色を呈するものである。よって、本発明で見出した上記化合物を用いて、植物の花の色を改変することができる。あるいは、また、この化合物を植物性色素として用いることにより、例えば、飲食物の着色などにも利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物、特に遺伝子組換えによりデルフィニジンを生産する能力が付与されたバラの色素である新規化合物、並びに該色素を含むバラなどの植物及びその部分に関する。また、本発明は、当該化合物を用いて、植物の花色を改変する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
バラは切り花として重要な植物であり、その色素は詳細に調べられている。例えば、アントシアニン系色素としては、シアニジン3,5−ジグルコシド、ペラルゴニジン3,5−ジグルコシド、シアニジン3−グルコシド、ペラルゴニジン3−グルコシド、ペオニジン3,5−ジグルコシド、ペオニジン3−グルコシドなどが知られている。これらの色素を含むアントシアニンの生合成経路は知られている。
【0003】
また、遺伝子組換えによりフラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現しているバラ(以下の特許文献1、特許文献2参照)は、デルフィン(以下、デルフィニジン3,5−ジグルコシドともいう。)を生産する。この場合、フラボノイドのB環の5’位の水酸化反応は、フラバノン又はジヒドロフラボノールの段階で起こると考えられる。この水酸化反応は、フラボノイド3’,5’−水酸化酵素が小胞体に存在するチトクロームP450の一種であることから、小胞体上で起こると考えられている。アントシアニン類の生合成反応を触媒する酵素、例えば、アントシアニジン糖転移酵素は、シグナルペプチドなどの配列を持たない上、可溶性の蛋白質であるため、細胞の細胞質中に存在する。アントシアニン類は、糖が付加された後、ポンプにより液胞に運ばれる。
【0004】
一方、少なくとも一部のバラには、化合物ロザシアニン類(図1参照)が存在することが報告され、ロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2などの構造も決定されている(例えば、以下の特許文献3又は非特許文献1参照)。
【0005】
ロザシアニンは、その構造の一部にシアニジン骨格を有することから、シアニジン、又はシアニジンと共通する前駆体、又はシアニジンの類縁体をもとに合成される可能性が考えられる。しかし、これは推測の域を出ず、実際に、どのような物質を前駆体とし、そのような経路を経て合成されるかは明らかにはされていない。
一方、前述のように遺伝子組み換えにより、フラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現させたバラにおいては、シアニジンの部分に代えてデルフィニジンが合成される。もし仮に、上記のようなロザシアニン合成経路についての仮説、すなわちシアニジンを前駆体としてロザシアニンが合成されるのではないかという仮説が正しいのであれば、前駆体となるシアニジンが殆ど存在しないこれら遺伝子組換えバラにおいては、ロザシアニン類は合成されないことになる。
発明者らは、ロザシアニン合成系についての知見を得るために、特許文献1又は特許文献2に記載されるシアニジンを殆ど含有しない、あるいは、宿主と比較してシアニジン含量が著しく低下した上記遺伝子組換えバラを用いて、解析を行ったところ、予想に反し、本来バラが有しているロザシアニン類とは明らかに化学構造の異なる新規化合物が存在することを見出した。さらに、この新規化合物は、遺伝子組換えによりフラボノイド3’,5’−水酸化酵素遺伝子を発現させたバラに特異的に存在することが明らかになり、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2004/020637公報
【特許文献2】国際公開WO2005/017147公報
【特許文献3】特開2002−201372号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tetrahedron 62(2006)9661-9670
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、植物、特に遺伝子組換えによりデルフィニジンを生産する能力が付与されたバラの色素である新規化合物、並びに該色素を含むバラなどの植物及びその部分を提供することである。また、本発明が解決しようとする課題は、当該化合物を用いて、植物の花色を改変する方法を提供することでもある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の通りである。
[1]下記一般式(I):
【化1】
{式中、R1は、下記基:
【化2】
であり、かつ、R2は−OHであるか、又はR1とR2は一緒になって−O−を形成するか、又はR1は、下記基:
【化3】
であり、かつ、R2は−OHである。但し、R1中グルコースの1位の水酸基の配位(波線)はα体とβ体の互変異性であることを示す。}で表される化合物。
【0010】
[2]以下の式:
【化4】
で表される化合物。
【0011】
[3]以下の式:
【化5】
で表される化合物。
【0012】
[4]以下の式:
【化6】
で表される化合物。
【0013】
[5]前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物を含む植物。但し、該植物は天然には該化合物を含まない。
【0014】
[6]バラ科の植物である、前記[5]に記載の植物。
【0015】
[7]前記バラ科の植物が、バラ科バラ属の植物である、前記[6]に記載の植物。
【0016】
[8]前記バラ科バラ属の植物が、バラ科バラ属バラである、前記[7]に記載の植物。
【0017】
[9]前記[5]〜[8]のいずれかに記載の植物の部分。
【0018】
[10]切り花である、前記[9]に記載の植物の部分。
【0019】
[11]前記[10]に記載の切り花を用いた、切り花加工品。
【0020】
[12]前記[1]〜[4]のいずれかに記載の化合物を用いて、植物の花の色を改変する方法。
【0021】
[13]前記植物が、バラ科の植物である、前記[12]に記載の方法。
【0022】
[14]前記バラ科の植物が、バラ科バラ属の植物である、前記[13]に記載の方法。
【0023】
[15]前記バラ科バラ属の植物が、バラ科バラ属バラである、前記[14]に記載の方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、青いバラの花弁中の新規色素が抽出、単離、精製され、その化学構造が解明された。これは、バラの色を遺伝子工学的に改変して新規なバラ科植物を作出する研究の基礎となる。また、本発明に係る新規色素は、例えば、バラなどの切花に吸収させることにより切花の色を改良するために使用されうるし、植物性天然色素として、例えば飲食物の加色などにも利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、シアニジン、デルフィニジン、ロザシアニンの化学構造式を示す。
【図2】図2は、藤色系バラ品種「ラバンデ」へ導入されたプラスミドpSPB919の構造を示す。
【図3】図3は、青色色素(1)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図4】図4は、青色色素(1)のHPLCにより分析した際のクロマトグラムであり、該化合物はグルコースの1位の水酸基がα体とβ体が互変異性を示すため2本のピークが認められる。
【図5】図5は、赤色色素(2)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図6】図6は、赤色色素(2)のHPLCにより分析した際のクロマトグラムである。
【図7】図7は、青色色素(3)の30%アセトニトリル、0.5%TFA中での可視〜紫外吸収スペクトル図である。
【図8】図8は、青色色素(1)の化学構造式である。図中、グルコース水酸基の配位(波線)は、α体とβ体の互変異性体を示す。
【図9】図9は、赤色色素(2)の化学構造式である。
【図10】図10は、青色色素(3)の化学構造式である。
【図11】図11は、図8に示す青色色素(1)の1H NMRのスペクトル図である。
【図12】図12は、図8に示す青色色素(1)の13C NMRのスペクトル図である。
【図13】図13は、図9に示す赤色色素(2)の1H NMRのスペクトル図である。
【図14】図14は、藤色系バラ「WKS82」へ導入されたプラスミドpSPB130の構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に係る新規色素は、公知物質であるロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2(B環の水酸基の数は2個である)のB環に水酸基がさらに1個追加された構造を有する。換言すれば、本発明に係る新規青色色素は、青いバラ中に存在が確認されている公知物質である青色色素デルフィニジン部分構造(B環の水酸基の数は3個である)を有する新規化合物であるともいえる。
【0027】
特許文献1又は2に記載されるように、青色遺伝子(フラボノイド3’,5’−水酸化酵素)を機能させることにより、青いバラには、従来のバラ品種植物中には存在しない青色色素(B環に水酸基を3個もつ)が存在することになる。今般、このような青色色素として、公知物質であるロザシアニンA1、ロザシアニンB及びロザシアニンA2(B環の水酸基の数は2個である)のB環に水酸基がさらに1個追加された構造を有する化合物を、単離・精製し、TOF-MS及びNMRで同定し、その構造を決定した。
本発明の3種類の化合物は、それぞれ、図3、図4、図11、及び/又は図12に示すデータを与える化合物であるか、図5、図6、図9、及び/又は図13に示すデータを与える化合物であるか、あるいは図7に示すデータを与える化合物である。
【0028】
アントシアニン類、例えばシアニジンに比較して、分子量が大きいロザシアニン類では、そのB環に水酸基がさらに1個追加されて3個の水酸基を有することによる溶解度向上効果がより高められる結果、花弁細胞の液胞に輸送されて青色を発揮する上でより有効な色素であると考えられる。また、ロザシアニン類は、一般的な色素に比べて、植物体内で合成される点において優れた特徴がある。また、本発明は、図8〜10に示す化合物を含む植物を提供する。但し、該植物は天然には該化合物を含まないか又は該化合物は検知しうる量でその花弁中には存在しない。また、本発明は、図8〜図10に示す化合物を用いて、植物の花色を改変する方法を提供する。例えば、本発明に係る化合物は、本発明にかかる化合物の合成に関与する酵素の遺伝子を、対象となる植物に遺伝子工学的手法によって導入し、検知しうる所定量の該化合物を植物の花弁内で合成させることによって初めて取得することができる。あるいは、本発明にかかる化合物を直接植物に吸収させるような物理的方法によることもできるが、対象となる植物が該化合物を含む態様は、これらに限定されるものではない。
本発明の植物体は、図8〜図10に示す化合物を花弁内に含有する。植物体の花弁中のこれらの化合物の含有率は特に限定されないが、好ましくは花弁湿重量あたり、0.00001mg/g以上である。下限値は、より好ましくは0.0001mg/g以上、さらに好ましくは0.0007mg/g以上である。上限値は、好ましくは1mg/g以下、より好ましくは0.5mg/g以下、さらに好ましくは0.13mg/g以下である。
【0029】
対象となる植物の例としては、バラ、キク、カーネーション、キンギョソウ、シクラメン、ラン、トルコギキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ユリ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、ペチュニア、トレニア、チューリップ、イネ、オオムギ、コムギ、ナタネ、ポテト、トマト、ポプラ、バナナ、ユーカリ、サツマイモ、ダイズ、アルファルファ、ルーピン、トウモロコシ、カリフラワーなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
そのなかでも好ましくは、バラ科の植物であり、より好ましくはバラ科バラ属の植物であり、更に好ましくはRosa hybridaに代表されるバラ科バラ属バラである。 本発明は、前記した植物の部分、特に切り花、該切り花を用いた、切り花加工品にも関する。ここで、切り花加工品としては、当該切り花を用いた押し花、プリザーブドフラワー、ドライフラワー、樹脂封入品などを含むが、これに限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例1:色素化合物の単離、精製
青いバラを抽出源として、本発明の色素化合物を単離精製した。
プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデの作出
抽出源である青いバラを作出した。以下に示す方法により、プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデを作出した。
切花の青いアイリス花弁からRNAを得、さらにこれからpolyA+RNAを調製した。このpolyA+RNAからλZAPII(Stratagene社)をベクターとするcDNAライブラリーをcDNAライブラリー作製キット(Stratagene社)を用いて製造者が推奨する方法で作製した。アイリスのDFR遺伝子断片は、リンドウのDFR遺伝子断片を取得した報告と同様に行った(Tanaka et al.Plant Cell Physiol.37,711−716,1996)。
【0031】
得られた約400bpのDNA断片をジーンクリーンにより製造者の推奨する方法で回収し、pCR−TOPOにサブクローニングした。その塩基配列を決定したところバラDFR遺伝子に相同な配列が見られた。このDNA断片を用いてアイリスcDNAライブラリーをスクリーニングし、全長のアミノ酸配列を含むアイリスDFRcDNAを得た。そのうちpSPB906としたクローンに含まれるcDNAの全塩基配列を決定した(塩基配列とアミノ酸配列は、特許文献2の配列番号9と配列番号10を参照のこと)。
次にpSPB580をBamHIとXhoIで消化して得られる約3.9kbのDNA断片とpSPB906をBamHIとXhoIで消化して得られる約1.5kbのDNA断片を連結し得られたプラスミドをpSPB909とした。
【0032】
植物中でバラDFRcDNAの二本鎖RNAの転写は次のように行った。pCGP1364(Tanaka et al.Plant Cell Physiol.(1995)36 1023−1031)をPstIで部分消化して得られる約3.5kbのDNA断片(Mac1プロモーター、バラDFRcDNA,masターミネーターを含む)をpUC19(Yanisch−Perron C et al.,Gene 33:103−119,1985)のPstI部位に挿入することによって得られるプラスミドのうちpUC19のHindIII部位がMacIプロモーターに近接しているものをpCGP1394とした。
【0033】
次に、pCGP1394をHindIIIとSacIIで消化して得られる約1.4kbのDNA断片と、pCGP1394をPstIで消化した後平滑末端化しさらにSacIIで消化して得られる約1.9kbのDNA断片と、pBinPLUSをSacIで消化した後平滑末端化しさらにHindIIIで消化して得られるバイナリ−ベクター断片を連結しpSPB185を得た。pSPB185をXbaIで消化し、平滑末端化し、SalIリンカーとライゲーションすることにより、pSPB521を得た。pUE6をHindIIIとBamHIで消化して得られる約700bpのDNA断片と、pSPB521をHindIIIとSacIで消化して得られるバイナリ−ベクターDNA断片とpE2113をBamHIとSacIで消化して得られるGUS遺伝子DNA断片を連結することによりpSPB528を得た。
pSPB528はエンハンサーを有するカリフラワーモザイクウィルス35Sプロモーターとマノピンシンターゼターミネーターの間に構造遺伝子を挿入し植物で発現させることができるバイナリ−ベクターである。また、pCGP645に含まれるバラDFRcDNAの5’非翻訳領域配列を短くするためにpCGP645をSmaIとPvuIで消化した後平滑末端化し、ライゲーションして得られたpCGP645sを得た。
【0034】
バラDFRcDNAの5’側配列を、pCGP645sを鋳型にリバースプライマーと合成プライマーRDF310(特許文献2の配列番号19を参照のこと)をプライマーに用いてPCRにより増幅することにより取得し、pCRTOPOにクローニングした。DNAの塩基配列を決定しPCRによるエラーがないことを確認した。これをpSPB569とした。また長さの異なるバラDFRcDNAの5’側配列を、pCGP645sを鋳型にリバースプライマーと合成プライマーRDF830(特許文献2の配列番号20を参照のこと)をプライマーに用いてPCRにより増幅することにより取得し、pCRTOPOにクローニングした。DNAの塩基配列を決定しPCRによるエラーがないことを確認した。
【0035】
これをpSPB570とした。pSPB528をBamHIとSacIで消化して得られるバーナリーベクターのDNA断片と、pSPB569をSacIとXhoIで消化して得られる0.3kbのDNA断片とpSPB570をBamHIとSalIで消化して得られるDNA断片を連結しpSPB572を得た。本ベクターは植物中でバラDFRcDNAの二本鎖RNAを転写するようにデザインされている。
【0036】
pUE6をSacIで消化し、平滑末端化し、SalIリンカーを挿入しpUE8を得た。pUE8をHindIIIとEcoRIで消化して得られるDNA断片をpBinPLUSのHindIIIとEcoRI部位に導入し、pSPB189とした。pSPB189をBamHIとSalIで消化して得られる約3.7kbのDNA断片とpCGP1961をBamHIで完全消化しさらにXhoIで部分消化して得られる約1.8kbのDNA断片を連結しpSPB567を得た。pSPB572をPacI消化し、脱リン酸化処理を行った後、pSPB567をPacIで消化して得られる約2.8kbのDNA断片を連結し、nptII遺伝子とパンジー由来のF3’5’H#40が同じ向きに転写されるプラスミドを選択し、pSPB905とした。
【0037】
pSPB905をAscIで消化し、脱リン酸化処理を行った後、pSPB909をAscIで消化して得られる約2.5kbのDNA断片を連結し、nptII遺伝子と同じ方向にアイリスDFR遺伝子が転写されるプラスミドを得、pSPB919(図2参照)とした。本プラスミドはバラにおいてはアイリス由来のDFR遺伝子とパンジー由来のF3’5’H#40遺伝子を転写し、バラのDFR遺伝子の発現を二本鎖RNAの転写により抑制することが期待される。このプラスミドをAgrobacterium tumefaciens Agl0株に導入した。
当該アグロバクテリウムに感染させることで、藤色系バラ品種「ラバンデ」へpSPB919(図2参照)を導入して、形質転換体を得た。形質転換細胞を再分化させ、組換え植物体である青いバラ(プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデ)を得て、それを開花させた。
【0038】
色素化合物の抽出、単離、精製、同定
上記のようにして得られた青いバラ(プラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデ)の花弁230gから以下の方法で色素化合物を精製した。
花弁230gを、ホモジナイザーを用いて液体窒素中で凍結粉砕し、1Lの0.5%TFAを含む50%アセトニトリルを加え一晩浸漬した。珪藻土ろ過したろ液をロータリーエバポレーターで約2/5の体積まで濃縮した。
この濃縮した抽出液を吸着樹脂HP-20(三菱化成(株))400mlに負荷した。800mlの水洗後、1Lの0.1%TFAを含む20%アセトニトリル、0.1%TFAを含む60%アセトニトリルでステップワイズに溶出した。60%画分に青色色素を含む画分が溶出した。
【0039】
当該画分を、以下の分取HPLCで精製した。カラムはDevelosil-ODS-UG(野村化学社製)5cmφ*50cm、移動相はA:水、B:50%アセトニトリル0.5%TFAを用い、流速32ml/minで、B30%(30min保持)B30→B100%のリニアグラジエント(50min)、B100%を20分間保持した。検出はA260nmで行った。67-82minに溶出した青色色素を含む画分を集め凍結乾燥した。クロマトは2回繰り返した。
当該凍結乾燥品1.2gを50%アセトニトリルで平衡化したSephadexLH-20カラム(ファルマシア)(1.2L)に負荷した。50%アセトニトリル2.5L溶出後、さらに50%アセトニトリル2.5Lで溶出した青色色素を含む画分を集め、凍結乾燥した。
【0040】
得られた凍結乾燥品を分取HPLCで再度クロマトグラムを行った。
カラムはYMC pack PolymerC18 (ワイエムシー株式会社、2cmφ*30cm)、移動相はA: 0.5%TFA/水、B: 0.5%TFA/ 50%アセトニトリル、6ml/min、以下のグラジエントで行った。B65%(30min保持)B65→B90%のリニアグラジエント(20min)、B90%を30分間保持し、検出はA260nmで行った。50-52minに溶出した赤色色素(2)、及び60-65minに溶出した青色色素(1)、及び65-73minに溶出した青色色素(3)を集め凍結乾燥した。クロマトは計3回繰り返した。
【0041】
このようにして得られた凍結乾燥品、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について目視で色調を観察した。その結果、それぞれ、濃い青、濃い赤、及び濃い青を呈していた。
このうち、青色色素(1)について、花弁中の含有量を測定したところ、その含有量は、花弁湿重量当り0.0007mg/g〜0.13mg/gの範囲であった。
【0042】
実施例2:色素化合物の機器分析による構造解析
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)について、必要により再度精製した試料を用いて各種機器分析を行った。
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)をHPLCで分析し、Photodiode array 検出器で、30%アセトニトリル、0.5%TFA中での650-250nmの吸収スペクトルを測定した(図3、図5、図7参照)。
HPLCはカラムにShodex-Asahipak-ODP50(昭和電工社製)4.6mmφ*25cmを用い、移動相は0.6ml/minの30%アセトニトリル、0.5%TFAのアイソクラティック溶出を行った。検出はPhotodiode array 検出器(SPD-M10Avp、(株)島津製作所製)で650-250nmの吸収スペクトルを測定しA560nmのクロマトグラムをモニターした。
【0043】
結果を以下に要約する(保持時間(R.T.)については、図4と6を参照のこと)。
青色色素(1) λmax 593nm R.T. 14.6分及び18.5分*
赤色色素(2) λmax 535nm R.T. 8.9分
青色色素(3) λmax 594nm R.T. 21.6分
*青色色素(1)はグルコースの1位の水酸基がα体とβ体が互変異性を示すため2本のピークを示す。
【0044】
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)のTOF−MS測定を行った。
MSは、Q−TOF Premier(Micromass社製、英国)でイオン源にZスプレーイオンソースをつけたESIを用い、ポジティブ、Vモードで測定した。Cone volt.:60V、Capillary voltage:3KV、ロックスプレーによる質量補正を行い、リファレンスにはロイシンエンケファリン(m/z556.2771[M+H]+)を用いた。
【0045】
その結果、青色色素(1)は、m/z1221.1352[M]+の分子イオン、赤色色素(2)は、m/z435.0380[M]+の分子イオン、青色色素(2)は、m/z1373.1442[M]+の分子イオンを与え、それぞれ分子式C56H37O32(err.:+6.9ppm)、C22H11O10(err.:+6.4ppm)、C63H41O36(err.:+4.6ppm)とよく一致した。
【0046】
青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の0.5%TFAを含む30%アセトニトリル中での吸収スペクトルを、それぞれ、図3、図5、及び図7に示す。
青色色素(1)及び青色色素(3)の可視部の吸収極大は593nmで、特許文献3の実施例1に記載された式(II)の化合物の吸収極大よりもやや長波長にシフトしていた。
特許文献3に記載の式(II)の化合物は、特許文献3に記載されているように青色を呈する。しかし、今回得られた青色色素(1)、青色色素(3)の吸収極大は、特許文献3に記載の式(II)の化合物の吸収極大よりも更に長波長側であったことから、式(II)の化合物よりも一段と青い色を呈する。よって、本発明で新たに見出した青色色素(1)、青色色素(3)は、植物の色を更に青くする効果があることが明らかとなった。青色色素(1)の分子量をTOF-MSで測定したところ、m/z 1221.13[M]+であり、これは、特許文献3の実施例1に記載された式(II)の化合物の分子量1205よりも、16マスユニット大きかった。これは、特許文献2に記載されたプラスミドpSPB919を導入した品種ラバンデには、特許文献3から公知の前記色素化合物よりも分子量が16大きい色素化合物が含まれていることを示す。フラボノイド3’,5’−水酸化酵素による水酸化反応による分子量の増加は、酸素原子1個の付加による16の増加であることから、青色色素(1)は、特許文献3の実施例1に記載された式(II)で表される化合物よりも酸素原子が1つだけ多いと考えられた。フラボノイド3’,5’−水酸化酵素はフラボノイドのB環を特異的に水酸化することから、今般、同定された化合物は、非特許文献1に記載されたロザシアニンA1配糖体ではなく、B環に水酸基を3個有するデルフィニジン部分構造を有する化合物であると判断された。すなわち、青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の構造は、それぞれ、図8、図9、及び図10に示す構造であると判断した。
【0047】
また、各化合物についてNMRによる測定を行った。1% DCl(重塩酸)を含むDMSO-d6(((CD3)2SO)ジメチルスルフォキサイド)に溶解し、1Hと13Cの残存ピークδ2.50、δ39.43を内部標準とした。測定項目は1H NMR、13C NMR、1H{13C}-HSQC、1H{13C}-HMBC、TOCSY、DQF-COSY及びROEをDMX-750 spectrometer (BRUKER BIOSPIN, Germany)で測定した。その結果、青色色素(1)、赤色色素(2)、及び青色色素(3)の構造は、それぞれ、図8、図9、及び図10に示す構造であると決定した。
青色色素(1)の1H NMRの解析結果を図11に、そして13C NMRの解析結果を、図12に示す。
青色色素(1)は、1H NMRにおいてδ3.67 (1H, d12, Glc-6α)、δ4.48 (1H, dd2,9, Glc-5α)、δ4.84(1H, t9, Glc-4α)、δ4.94 (1H, dd2,9, Glc-2α)、δ4.99 (1H, dd2,12, Glc-6α)、δ5.30 (1H, d2, Glc-1α)、δ5.64 (1H, t9, Glc-3α)、δ6.22 (1H, s, HHDP) 、δ6.27 (1H, s, HHDP)、δ6.77 (2H, s, gallate-2,6)、δ6.79 (1H, s, D-3”)、δ6.83 (1H d2, A-6)、δ6.85(2H, s, gallate-2,6)、δ7.03 (1H, d2, A-8)、δ7.87 (2H, s, B-2’,6’)のシグナルが認められた。HHDPはhexahydroxy diphenoyl基の略号である。この他、糖の1位の水酸基がβタイプのグルコースのシグナルもマイナーシグナルとして観察された。
赤色色素(2)の1H NMRの解析結果を図13に示す。
赤色色素(2)は、1H NMRにおいてδ7.32 (1H, d1.5, A-6)、δ7.40 (1H, d1.5, A-8)、δ7.68 (2H, s, B-2’,6’)、δ7.92 (1H, s, D-3”) のシグナルが認められた。
【0048】
実施例3:別の品種の青いバラにおける色素化合物の確認
実施例1とは異なる品種の青いバラについて、本発明の化合物の存在を確認した。
プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」の作出
以下の方法でプラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」を作出した。
アントシアニンを芳香族アシル基により修飾することによりアントシアニンを安定化させ、かつその色を青くすることができる(例えば、WO96/25500)。アシル化したデルフィニジン型アントシアニンの生産を目指して以下の実験を行った。
トレニア品種サマーウェーブ花弁からRNAを得、さらにこれからpolyA+RNAを調製した。このpolyA+RNAからλZAPII(Stratagene社)をベクターとするcDNAライブラリーをdirectional cDNAライブラリー作製キット(Stratagene社)を用いて製造者が推奨する方法で作製した。トレニアの主要アントシアニンはその5位のグルコースが芳香族アシル基により修飾されている(Suzuki et al.Molecular Breeding 2000 6,239−246)ので、トレニア花弁においてはアントシアニンアシル基転移酵素が発現している。
【0049】
アントシアニンアシル基転移酵素は特定のアミノ酸配列が保存されており、これに対応する合成DNAをプライマーとして用いることによりアントシアニンアシル基転移酵素遺伝子を取得することができる(WO96/25500)。具体的には、トレニアcDNAライブラリー作製の際に合成した1本鎖cDNA10ngを鋳型とし、100ngのATCプライマー(特許文献2の配列番号17参照)、100ngのオリゴdTプライマー(特許文献2の配列番号18参照)をプライマーとし、Taqポリメラーゼ(タカラ、日本)を用いて製造者の推奨する条件でPCRを行った。
【0050】
PCRは、95℃にて1分間、55℃にて1分間、及び72℃にて1分間を1サイクルとする反応を25サイクル行った。得られた約400bpのDNA断片をGene Clean II(BIO,101.Inc.)により製造者の推奨する方法で回収し、pCR−TOPOにサブクローニングした。その塩基配列を決定したところリンドウのアシル基転移酵素遺伝子(Fujiwara et al.(1998)Plant J.16 421−431)に相同な配列が見られた。なお塩基配列はダイプライマー法(アプライドバイオシステムズ社)を用い、シークエンサー310又は377(いずれもアプライドバイオシステムズ社)を用いて決定した。
【0051】
このDNA断片を、DIG標識検出キット(日本ロッシュ)を用いてDIGにより標識し、製造者が推奨する方法でトレニアのcDNAライブラリーをプラークハイブリダイゼーション法によりスクリーニングした。得られたポジティブシグナルをもたらしたクローンを無作為に12選択し、そこからプラスミドを回収し、塩基配列を決定した。これらはアントシアニンアシル基転移酵素によい相同性を示した。これらのクローンのうちpTAT7としたクローンに含まれるcDNAの全塩基配列を決定した(塩基配列については、特許文献2の配列番号7を、そしてアミノ酸配列については、特許文献2の配列番号8を参照のこと)。
【0052】
pBE2113−GUS(Mitsuhara et al.Plant Vell Physiol.37,45−59 1996)をSacIで消化した後、平滑末端化し、8bpのXhoIリンカー(タカラ)を挿入した。このプラスミドのBamHIとXhoI部位にpTAT7をBamHIとXhoIで消化して得られる約1.7kbのDNAを挿入し、pSPB120を得た。pSPB120をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpSPB120’を得た。一方、パンジー由来のF3’5’H#40 cDNAを含むプラスミドpCGP1961をBamHIで完全消化し、さらにXhoIで部分消化し得られる約1.8kbのDNA断片を回収し、これとBamHIとXhoIで消化したpUE5Hとライゲーションし得られたプラスミドをpUEBP40とした。
【0053】
pUEBP40をSnaBIとBamHIで消化した後平滑末端化しライゲーションすることによりpUEBP40’を得た。pUEBP40’をHindIIIで部分消化し得られる約2.7kbのDNA断片を回収し、pSPB120’をHindIIIで部分消化したDNA断片と連結した。得られたプラスミドのうち、バイナリ−ベクター上でライトボーダー側から、ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子、パンジー由来F3’5’H#40遺伝子、トレニア由来5AT遺伝子の順にそれぞれが同方向に連結されたバイナリ−ベクターをpSPB130(図14参照)とした。本プラスミドは植物においてはパンジー由来F3’5’H#40遺伝子とトレニア由来5AT遺伝子構成的に発現し、遺伝子を花弁特異的に転写するように工夫されている。このプラスミドをアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)Ag10株に導入した。当該アグロバクテリウムに感染させることで、藤色系バラ「WKS82」へpSPB130(図14)を導入して、形質転換体を得た。形質転換細胞を再分化させ、組換え植物体である青いバラ(プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」)を得て、それを開花させた。
【0054】
色素化合物の抽出、単離、精製、同定
上記のようにして得られた青いバラ(プラスミドpSPB130を導入した品種「WKS82」)の花弁230gから、実施例1と同様の方法で、抽出、単離、および精製を行い、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)を得た。
得られた青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について目視で色調を観察した。その結果、それぞれ、濃い青、濃い赤および濃い青を呈していた。
また、青色色素(1)、赤色色素(2)及び青色色素(3)について、LC-TOF-MSを用いて、実施例1で同定した色素成分とそれぞれ同一の化合物であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により、青いバラの花弁中の新規色素が抽出、単離、精製され、その化学構造が解明された。本発明で新たに見出した化合物は、従来藤色系のバラに存在することが知られていたロザシアニン類と比べて、青い色を呈するものである。よって、本発明で見出した上記化合物を用いて、植物の花の色を改変することができる。あるいは、また、この化合物を植物性色素として用いることにより、例えば、飲食物の着色などにも利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】
{式中、R1は、下記基:
【化2】
であり、かつ、R2は−OHであるか、又はR1とR2は一緒になって−O−を形成するか、又はR1は、下記基:
【化3】
であり、かつ、R2は−OHである。但し、R1中グルコースの1位の水酸基の配位(波線)はα体とβ体の互変異性であることを示す。}で表される化合物。
【請求項2】
以下の式:
【化4】
で表される化合物。
【請求項3】
以下の式:
【化5】
で表される化合物。
【請求項4】
以下の式:
【化6】
で表される化合物。
【請求項5】
フラボノイド3’、5’−水酸化酵素遺伝子を遺伝子組み換え技術により導入したバラ科の植物の花弁内で、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を生成することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を、花弁湿重量あたり0.00001mg/g以上1mg/g以下の範囲で含有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を含有するバラ科植物。
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】
{式中、R1は、下記基:
【化2】
であり、かつ、R2は−OHであるか、又はR1とR2は一緒になって−O−を形成するか、又はR1は、下記基:
【化3】
であり、かつ、R2は−OHである。但し、R1中グルコースの1位の水酸基の配位(波線)はα体とβ体の互変異性であることを示す。}で表される化合物。
【請求項2】
以下の式:
【化4】
で表される化合物。
【請求項3】
以下の式:
【化5】
で表される化合物。
【請求項4】
以下の式:
【化6】
で表される化合物。
【請求項5】
フラボノイド3’、5’−水酸化酵素遺伝子を遺伝子組み換え技術により導入したバラ科の植物の花弁内で、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を生成することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を、花弁湿重量あたり0.00001mg/g以上1mg/g以下の範囲で含有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の化合物を含有するバラ科植物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−14589(P2013−14589A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−172153(P2012−172153)
【出願日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【分割の表示】特願2011−506120(P2011−506120)の分割
【原出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(599093731)インターナショナル フラワー ディベロプメンツ プロプライアタリー リミティド (5)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【分割の表示】特願2011−506120(P2011−506120)の分割
【原出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(599093731)インターナショナル フラワー ディベロプメンツ プロプライアタリー リミティド (5)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]