説明

非極性分子の誘電測定法

【課題】 双極子能率を持たない非極性分子であっても広い周波数範囲で運動を検出することのできる、非極性分子の運動の電気的検出方法を提供する。
【解決手段】 非極性分子5の周囲に、90度ごとに第1の電極1,第2の電極2,第3の電極3,第4の電極4の4つの電極を順に配置し、第1の電極1と第3の電極3に同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を第2の電極2と第4の電極4に印加する。双極子能率を持たない非極性分子であっても広い周波数範囲で運動を検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非極性分子の運動の電気的検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、分子は対称中心を持たずに電気双極子能率を持つ極性分子と、対称中心を持つため電気双極子能率を持たない非極性分子に分類される。
【0003】
このうち、極性分子の運動の解析は、対向する2枚の平行電極が作り出す均一な電場を使用する誘電測定が広く使用されている。この方法は、双極子能率を持つ極性分子の運動に適しており、内部回転自由度を持つ極性分子を含む固体や液体の誘電率を周波数の関数として測定すると、図6に示すようなグラフが得られる。この図が示すように、分子の回転運動が交流電圧の時間変化に追随できなくなる周波数fで誘電損失がピークを示し誘電率が減少する。
【0004】
一方、双極子能率が反対方向に結合して双極子能率を持たない非極性分子の場合は、各双極子能率に働く力が相殺されるため、電場と分子方向の間の相互作用はない。したがって、一組の2枚電極が発生する均一電場を使用する誘電測定法では、非極性分子の運動を検出することは不可能である。
【0005】
そこで、従来、均一電場を用いる通常の誘電測定法を適用できない非極性分子の運動や緩和の測定には、ラマン散光などの光学的な方法や中性子非弾性散乱法が使用されてきた。しかし、光学的な方法は可視光(1014Hz)を使用するため、観測できる緩和現象が限られており、1011Hz以下の現象は測定が困難であった。また、非弾性中性子散乱も1012Hz程度の振動数の中性子を使用するため、1010Hzより遅い運動を捉えることはエネルギー分解能の関係で現在の技術では困難であった。
【非特許文献1】物質構造と誘電体入門 高重正明著 裳華房 2003年発行 46ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題点に鑑み、双極子能率を持たない非極性分子であっても広い周波数範囲で運動を検出することのできる、非極性分子の運動の電気的検出方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1記載の非極性分子の誘電測定法は、少なくとも4つの電極が発生させる電場勾配と、非極性分子の4重極能率との相互作用に基づいて、前記非極性分子の運動を検出することを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項2記載の非極性分子の誘電測定法は、請求項1において、前記非極性分子の周囲に90度ごとに第1の電極,第2の電極,第3の電極,第4の電極を順に配置し、前記第1の電極と前記第3の電極に同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を前記第2の電極と前記第4の電極に印加することを特徴とする。
【0009】
本発明の請求項3記載の非極性分子の誘電測定法は、請求項1において、少なくとも2行,2列に相互に平行かつ等間隔に線状の電極を配置し、隣接する電極が相互に逆位相になるように交流電圧を印加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の非極性分子の誘電測定法によれば、少なくとも4つの電極を用いることにより電場勾配を発生させることができ、双極子能率を持たない非極性分子であっても広い周波数範囲で運動を検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、添付する図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明において分子とは、広い意味で複数の原子から構成される原子集団を指す。
【0012】
はじめに、前提となる測定原理について説明する。図1に電場と極性分子の相互作用を模式的に示す。従来の誘電測定法は、この図1に示すように、2枚の平行電極が発生する均一な電場Eと、分子内の負電荷Bから正電荷Aへ向かう双極子能率との相互作用によって、分子軸方向が交番電場によって変化することを利用している。この方法は、双極子能率をもつ極性分子の運動の解析には非常に有効である。
【0013】
一方、図2に示すように、正電荷A,D、負電荷B,Cによる同じ大きさの2つの双極子能率AとCが反対向きに結合した非極性分子の場合、Bに働く電場EbaとCに働く電場Ecdが等しく、その作用が打ち消し合うため、分子の方向を変えることができない。したがって、2枚の平行電極が発生する均一な電場を用いる限り、非極性分子の運動を電気的に検出することは不可能である。
【0014】
しかし、図3に示すように、90度ごとに配置した4つの電極を使用し、180度に対向する2つの電極に同位相の交流電圧を印加し、これとは逆位相の交流電圧を隣の90度の位置にある2つの電極に印加することで、Bに働く電場EbaとCに働く電場Ecdを変化させることができる。そして、図3の左に示す電位配列から図3の左に示す電位配列に移行することによって、分子軸を回転させることが可能である。
【0015】
なお、ここで対象としている双極子能率が2つ反対方向に結合したものは、一般的に4重極能率と定義されている。また、図3に示す4つの電極が発生する不均一電場は、一般的に電場勾配を持つと定義されるが、上述のとおり4重極能率と相互作用を有する。
【0016】
つぎに、この方法の基本原理について、数式を用いて詳細に説明する。原点
【0017】
【数1】

【0018】
近傍に、対象とする分子を置き、その電荷密度分布を
【0019】
【数2】

【0020】
とする。また、電極電荷の代わりとして、単位電荷を位置
【0021】
【数3】

【0022】
に置いたときのポテンシャルを
【0023】
【数4】

【0024】
とすると、
【0025】
【数5】

【0026】
と書ける。ここで
【0027】
【数6】

【0028】

【0029】
【数7】

【0030】

【0031】
【数8】

【0032】
との間の角度とすると
【0033】
【数9】

【0034】
と書ける。これを
【0035】
【数10】

【0036】
の冪乗で展開すると
【0037】
【数11】

【0038】
となり
【0039】
【数12】

【0040】
と置くと、
【0041】
【数13】

【0042】

【0043】
【数14】

【0044】
と定義されるルジャンドル関数で、最初の数項は
【0045】
【数15】

【0046】
【数16】

【0047】
【数17】

【0048】
【数18】

【0049】
と書き表される。
【0050】
静電ポテンシャルを原点
【0051】
【数19】

【0052】
のまわりで展開したときの展開の第0項、つまり
【0053】
【数20】

【0054】
として
【0055】
【数21】

【0056】
と置いたときの値
【0057】
【数22】

【0058】
は位置
【0059】
【数23】

【0060】
にある単位電荷と、全電荷
【0061】
【数24】

【0062】
との相互作用に対応する。
【0063】
展開の第1項、
【0064】
【数25】

【0065】
の項、
【0066】
【数26】

【0067】
は位置
【0068】
【数27】

【0069】
に置いた単位電荷によるポテンシャルの1次微分項(電場)
【0070】
【数28】

【0071】

【0072】
【数29】

【0073】
で表される分子の電荷の偏り(双極子能率)との相互作用を表す。
【0074】
展開の第2項、
【0075】
【数30】

【0076】
の項、
【0077】
【数31】

【0078】
は電場の位置に対する1次微分、つまりポテンシャルの2次微分
【0079】
【数32】

【0080】
と電荷分布が持つ4重極能率
【0081】
【数33】

【0082】
の積で表される相互作用のエネルギーである。
【0083】
2枚の平行平板による均一な電場を使用した従来の誘電測定法は、前記ポテンシャル展開の第1項、静電ポテンシャルの位置についての1次微分項、つまり電場と電荷の偏りの目安である双極子能率の相互作用を利用している。この展開の第1項を使う均一電場法では、双極子能率を持たない非極性分子の運動を電気的に検出することは不可能である。
【0084】
本発明での少なくとも4つの電極が生じさせる不均一電場を使う方法がその基礎とするのは、前記ポテンシャル展開の第2項、電場の位置に対する1次微分(電場勾配)と4重極能率の相互作用である。4重極能率とは、前記双極子能率が2個反対方向に結合したものを指す。この第2項は、極性分子の双極子能率と平行2電極による均一電場の組み合わせの場合と同様、電場勾配と非極性分子のもつ4重極能率の相互作用を使い、少なくとも4つの電極を介して電気エネルギーを分子運動へと変換することが可能であり、これを利用して非極性分子の運動を電気的に検出することができることを示している。
【0085】
このように、本発明の非極性分子の誘電測定法によれば、少なくとも4つの電極を用いることにより電場勾配を発生させることができ、これまでには得ることができなかった分子の新たな電気応答情報を得ることができ、双極子能率を持たない非極性分子であっても、電場勾配と非極性分子が持つ4重極能率の相互作用を通じて、広い周波数範囲で運動を検出することができる。そして、非極性分子を含む固体,液体及び気体など、物質中に含まれる非極性分子の回転振動数を系統的に調べることによって、分子間に働く力の大きさと分子の慣性モーメントを算出し、分子間の相互作用の原因を探ることができる。
【0086】
4重極能率から派生する電気応答情報は、新しい機能を持つ電気材料の探索に有効である。また、一般的な熱分析法の1つである示差熱分析法などと併用して本発明の測定法を用いれば、物質内分子がもつ内部自由度に関係する相転移、或いは固体中で起きる4重極整列相転移などを捉えることができ、材料科学分野での新たな分析技術としての発展も期待される。
【0087】
つぎに、本発明の各実施例に基づいて具体的に説明する。
【実施例1】
【0088】
本実施例では、図4に示すように、4つの電極として、90度ごとに順に配置した第1の電極1,第2の電極2,第3の電極3,第4の電極4を用いている。これらの電極は、円筒形を4分の1に切断した円弧状に金属平板を曲げて形成され、円弧の外曲面を中心方向に向けて配置されている。このような形状、配置とすることによって4つの電極1,2,3,4に囲まれた中央部で比較的一様な電場勾配を得ることができるが、これに限らず、電極1,2,3,4を円柱状、又は平板状としてもよい。そして、これらの電極1,2,3,4に囲まれた中央部に被測定対象となる非極性分子5を含む固体単結晶,固体粉末,液体又は気体などの測定試料が挟み込まれるようになっている。
【0089】
180度に対向する第1の電極1と第3の電極3は、共通のリード線6aと交流インピーダンス測定機能を有する交流電源7に接続している。また、第1の電極1と第3の電極3の隣の90度の位置にある第2の電極2と第4の電極4は、別の共通のリード線6bと交流インピーダンス測定機能を有する交流電源7に接続している。なお、交流インピーダンス測定機能を有するLCRメーターもこの測定に使用可能である。
【0090】
測定を行う場合には、被測定対象となる非極性分子5を含む固体単結晶,固体粉末,液体又は気体などの測定試料を、4つの電極1,2,3,4に囲まれた中央部に設置する。そして、第1の電極1と第3の電極3に共通のリード線6aを介して同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を別の共通のリード線6bを介して第2の電極2と第4の電極4に印加すると、4つの電極1,2,3,4に囲まれた中央部に不均一電場、すなわち電場勾配が発生する。この状態で非極性分子5の複素誘電率を測定する。このようにして得られた誘電率と誘電損失の周波数依存性から、非極性分子5の回転運動の緩和を電気的に検出する。
【0091】
以上のように、本実施例は、4つの電極1,2,3,4が発生させる電場勾配と、非極性分子5の4重極能率との相互作用に基づいて、前記非極性分子5の運動を検出するものであり、前記非極性分子5の周囲に90度ごとに第1の電極1,第2の電極2,第3の電極3,第4の電極4を順に配置し、前記第1の電極1と前記第3の電極3に同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を前記第2の電極2と前記第4の電極4に印加するものである。
【0092】
本実施例によれば、非極性分子5の方向を電気的に変化させることができる。つまり、4つの電極1,2,3,4を介して、電気エネルギーを非極性分子5の回転エネルギーに変換し、このエネルギーの流れを複素インピーダンス或いは誘電損失の変化として電気的に検出することが可能となる。なお、誘電率や誘電損失などの交流インピーダンスの周波数依存性から分子の回転の限界周波数を探るやり方は、極性分子に均一電場を用いる従来の方法と同じである。
【0093】
また、これまで非極性分子のモード解析の一般的な方法として使用されてきたラマン散乱方で捉えられる運動のタイムスケールが10−11秒以下であるのに対して、本実施例によれば通常の誘電測定装置が使用できるため、10秒から10−10秒の広範なタイムスケールでの緩和現象の観測が可能である。
【実施例2】
【0094】
本実施例では、図5に示すように、4行,4列に相互に平行かつ等間隔に配置した線状の電極8a,8bを用いている。電極8aと電極8bは、行方向、列方向ともに交互に、それぞれ2つずつ配列されている。そして、これらの電極8a,8bに囲まれた領域に被測定対象となる非極性分子を含む固体単結晶,固体粉末,液体又は気体などの測定試料(図示せず)が配置されるようになっている。
【0095】
そして、電極8aは、共通のリード線9aと交流インピーダンス測定機能を有する交流電源10に接続しており、残りの電極8bは、別の共通のリード線8bと交流インピーダンス測定機能を有する交流電源10に接続している。
【0096】
測定を行う場合には、被測定対象となる非極性分子を含む固体単結晶,固体粉末,液体又は気体などの測定試料を、電極8a,8bに囲まれた領域に設置する。そして、電極8aに共通のリード線9aを介して同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を別の共通のリード線9bを介して電極9bに印加する。すなわち、隣接する電極が相互に逆位相になるように交流電圧を印加する。このようにすると、上記実施例1と同様に、電極8a,8bに囲まれた領域に不均一電場、すなわち電場勾配が発生し、この状態で非極性分子の複素誘電率の変化により分子の回転運動を電気的に検出する。
【0097】
以上のように、本実施例は、4行,4列に相互に平行かつ等間隔に線状の電極8a,8bを配置し、隣接する電極が相互に逆位相になるように交流電圧を印加するものであり、上記実施例1と同様に、双極子能率を持たない非極性分子であっても広い周波数範囲で運動を検出することができる。
【0098】
なお、本発明は上記各実施例に限定されるものではなく、本発明の思想を逸脱しない範囲で種々の変形実施が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0099】
現在、誘電測定は固体や液体(凝縮体)中の物性評価や分析方法の1つとして広範囲に使用されている。本発明はこの方法での検出分子を極性分子から非極性分子に広げるものであり、基本的な固体及び液体の分析方法として有効である。例えば、プラスチック中での高分子の配向秩序はその強度や電気的な特性を決める大きな因子の1つであり、従来技術としての誘電測定は極性分子の物理解析法として広く使用され効果を上げている。本発明による非極性分子の解析法への拡張は、プラスチック材料の開発にも寄与するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】均一電場と極性分子の相互作用を示す模式図である。
【図2】均一電場と非極性分子の相互作用を示す模式図である。
【図3】本発明の非極性分子の誘電測定法の原理を示す模式図である。
【図4】本発明の非極性分子の誘電測定法の実施例1を示す模式図である。
【図5】本発明の非極性分子の誘電測定法の実施例2を示す模式図である
【図6】従来技術における極性分子の誘電率と周波数の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0101】
1 第1の電極(電極)
2 第2の電極(電極)
3 第3の電極(電極)
4 第4の電極(電極)
5 非極性分子
8a,8b 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも4つの電極が発生させる電場勾配と、非極性分子の4重極能率との相互作用に基づいて、前記非極性分子の運動を検出することを特徴とする非極性分子の誘電測定法。
【請求項2】
前記非極性分子の周囲に90度ごとに第1の電極,第2の電極,第3の電極,第4の電極を順に配置し、前記第1の電極と前記第3の電極に同位相の交流電圧を印加し、この交流電圧とは逆位相の交流電圧を前記第2の電極と前記第4の電極に印加することを特徴とする請求項1記載の非極性分子の誘電測定法。
【請求項3】
少なくとも2行,2列に相互に平行かつ等間隔に線状の電極を配置し、隣接する電極が相互に逆位相になるように交流電圧を印加することを特徴とする請求項1記載の非極性分子の誘電測定法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−33219(P2007−33219A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−216556(P2005−216556)
【出願日】平成17年7月26日(2005.7.26)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】