説明

非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法

【課題】 溶接コストを低減することができる非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供すること。
【解決手段】
タングステン電極(または酸化物入りタングステン電極)1の軸線周りに内側ノズル2を配置すると共にこの内側ノズル2の周りに外側ノズル3を配置しておき、タングステン電極1の内側ノズル2先端からの電極突き出し長さLを0〜4mmとして、内側ノズル2に有効単位断面積当りの流量が0.2l/min・mm以上の不活性ガスまたは不活性ガスを主成分とするプラズマガス6を流すとともに、内側ノズル2と外側ノズル3との間に炭酸ガスまたは炭酸ガスを主成分とする活性ガス7を流しながら、溶接をする

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材質がタングステンまたは酸化物入りタングステンである電極(以下、両者をまとめて「タングステン電極」という。)を用いて溶接をする非消耗式ガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非消耗式ガスシールドアーク溶接の代表例であるティグ溶接の場合、通常、シールドガスとして不活性ガス(アルゴンまたはヘリウム)が使用されているが、例えば、溶込み深さを増大させるため、活性ガスである酸素あるいは炭酸ガスを不活性ガス中に微量添加する場合もある(特許文献1、特許文献2および非特許文献1)。
【0003】
また、タングステン電極の周囲に二重構造のガス流路を設け、それぞれの流路に組成が異なる2種類の不活性ガスを流出させることにより、アークの集中性向と、亜鉛めっき鋼板溶接時におけるタングステン電極の異常消耗の抑制を図っている(例えば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2003−19561号公報(第1図)
【特許文献2】特開2003−311414号公報(第2図および第3図)
【特許文献3】特許第3437630号公報(第1図)
【非特許文献1】oShanping Lu他著「Relationship between GTA Weld Shape and O2 Content in Argon Shielding Gas」溶接学会全国大会講演概要・第72集、2003年4月、p.96−97
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、消耗電極式ガスシールドアーク溶接の場合、比較的安価な炭酸ガスをシールドガスとして採用することにより溶接コストを低減するようにしているが、タングステン電極を用いる非消耗電極式ガスシールドアーク溶接の場合、炭酸ガスをシールドガスとして採用することは大幅に制限されている。
【0005】
すなわち、活性ガスである炭酸ガスは高温下でCOとOに乖離するため、容易にタングステン酸化物が生成される。タングステン電極の融点は4,000K程度であるが、タングステン酸化物の融点は2,000K程度である。このため、活性ガス中で電極として使用されたタングステン電極は短時間で摩耗し、非消耗電極としての役割を果たせなくなるためである。このため非消耗電極式ガスシールドアーク溶接の場合、シールドガス中に添加される炭酸ガスなどの活性ガスの混合比率はせいぜい数%に制限されている。
【0006】
また、組成の異なる2種類のガスをシールドガスとする特許文献3の場合も、シールドガスとして採用されているのは、アルゴンやアルゴン/水素混合ガスなどの不活性ガスに限られている。
【0007】
本発明の目的は、溶接コストを低減することができる非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、活性ガスである炭酸ガスがCOとOに乖離する際に乖離熱を必要とすること、換言すると、炭酸ガスがCOとOに乖離する際、周囲は熱を奪われて温度が下がることに着目した。
【0009】
すなわち、タングステン電極の周囲に不活性ガスを流すと共に不活性ガスの外側を炭酸ガスで覆うようにした場合、炭酸ガスがCOとOに乖離する結果、アークは冷却されて収縮し、入熱密度が増大する。
【0010】
以上の考察に基づき、上記した課題を解決するため、本発明は、非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法として、材質がタングステンまたは酸化物入りタングステンである電極の軸線周りに内側ノズルを配置すると共にこの内側ノズルの周りに外側ノズルを配置しておき、前記電極の前記内側ノズル先端からの突き出し長さを0〜4mmとして、前記内側ノズルと前記電極との間に形成される空間に、単位断面積当りの流量が0.2l/min・mm以上の不活性ガスまたは不活性ガスを主成分とするガスを流すとともに、前記内側ノズルと前記外側ノズルとの間に形成される空間に炭酸ガスまたは炭酸ガスを主成分とする活性ガスを流しながら、溶接をすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
シールドガスとして比較的安価な炭酸ガスを使用し、かつタングステン電極の消耗量を増加させないので、溶接コストを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、本発明を適用するのに好適な溶接トーチ先端部の断面図である。
【0013】
タングステン電極1の外周には、第1のシールドガス(以下、「プラズマガス」という。)6を流すための内側ノズル2が配置されている。内側ノズル2の内径はDである。内側ノズル2の外周には、第2のシールドガス7(以下、「シールドガス」という。)を流すための外側ノズル3が配置されている。溶接をする際には、タングステン電極1の周りにプラズマガス6を流すと共に、内側ノズル2と外側ノズル3との間にシールドガス7を流し、タングステン電極1と母材5との間にアーク4を発生させる。なお、タングステン電極1の先端と母材5との距離がアーク長になる。
【0014】
図2は、本発明を適用し、内側ノズルの内径を4mmかつタングステン電極1先端の内側ノズル2先端からの距離(以下、「突出し長さ」という。)Lを3mmに設定した場合および内側ノズルの内径を5mmかつ突出し長さLを1mmに設定した場合の電極消耗量を示す図である。
【0015】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0016】
(1)溶接電流:直流100A
(2)アーク長:5mm
(3)プラズマガス:アルゴン
(4)シールドガスの種類、流量:炭酸ガス(CO2ガス)、10l/分
(5)溶接時間:30分
なお、この試験条件は、JIS Z 3233に規定する試験条件に準じて定めたものである。
【0017】
同図に示されているように、プラズマガス流量の増加とともに電極消耗量は減少し、プラズマガス流量を4l/分以上にすると電極消耗量はごく僅かになる。プラズマガス流量2l/分の場合は、電極消耗量がやや増加するが、それでも10mg以下であり、実用には十分耐えうる水準である。
【0018】
なお、プラズマガスとして流出させるアルゴンが電極消耗の抑制に大きく寄与するため、ノズル先端からの電極の突出し長さが長くなるとその効果が低減され、突出し長さが長くなるにつれて電極消耗量はやや増大する傾向を示す。
【0019】
以上から、本発明によればシールドガスとして不活性ガスに比べて十分安価な活性ガスである炭酸ガスを用いることができるので、溶接コストを低減することができる。
【0020】
また、アーク熱による炭酸ガスの乖離に伴って生じる吸熱反応によって、アークは熱的ピンチ作用を受けて緊縮し、母材を溶融する入熱密度を増大させるといつた効果も得ることができる。
【0021】
以下、さらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0022】
図3は、本発明を適用した場合の電極消耗量を段階別に区分して示す図であり、横軸は突出し長さL、縦軸は有効断面積(プラズマガス6が実際に流れる断面積、すなわち、内側ノズル2の断面積からタングステン電極の断面積を引いた断面積)に対する単位面積あたりの流量である。
【0023】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0024】
(1)タングステン電極1の直径、種類:外径2.4mm、2%酸化ランタン入り
(2)溶接電流:直流100A
(3)アーク長:5mm
(4)プラズマガスの種類:アルゴン
(5)シールドガスの種類、流量:CO2ガス、10l/分
(6)溶接時間:30分
また、図中の評価記号は、それぞれ以下に示す電極消耗量に対応させてある。
【0025】
評価記号(二重丸):電極消耗量0.1mg以下
評価記号(丸):電極消耗量0.1〜1mg以下
評価記号(三角):電極消耗量1〜10mg以下
評価記号(黒四角):電極消耗量10mg超
上記したように、評価記号(三角)以上の電極消耗量であれば、実用上問題になることはない。すなわち、評価記号(二重丸、丸)の場合は電極消耗量が極めて少ないことを示している。
【0026】
同図に示されているように、タングステン電極の突出し長さLを4mm以下、プラズマガス流量を0.2l/min・mm以上とすることにより、シールドガスに炭酸ガスを用いても電極の異常消耗が発生せず、良好な溶接が可能である。
【0027】
図4は溶接終了時のタングステン電極先端の形状を示す図であり、(a)〜(d)はそれぞれ上記評価記号二重丸、丸、三角、黒四角に対応している。
【実施例2】
【0028】
図5は、本発明を適用し、溶接電流を変化させた場合の電極消耗量の測定結果を示す図である。
【0029】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0030】
(1)タングステン電極1の直径、種類:外径2.4mm、2%酸化ランタン入り
(2)電極の突出し長さL:3mm
(3)アーク長:5mm
(4)プラズマガスの種類、流量:アルゴン、0.65l/min・mm
(5)シールドガスの種類、流量:CO2ガス、10l/分
(6)溶接時間:30分
同図に示されているように、溶接電流が増加すると電極消耗量も増加するが、溶接電流150Aにおいても電極消耗量は1mg以下であり、シールドガスに炭酸ガスを用いても電極の異常消耗が発生せず、良好な溶接が可能である。
【実施例3】
【0031】
図6は、本発明を適用し、プラズマガスの組成を変えた場合の電極消耗量の測定結果を示す図である。
【0032】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0033】
(1)タングステン電極1の直径、種類:外径2.4mm、2%酸化ランタン入り
(2)溶接電流:直流100A
(3)電極の突出し長さL:3mm
(4)アーク長:5mm
(5)プラズマガスの種類、流量:アルゴン+10%水素、0.65l/min・mm
(6)シールドガスの種類、流量:CO2ガス、10l/分
(7)溶接時間:30分
同図に示されているように、電極消耗量は0.05mg以下であり、プラズマガスにアルゴンと水素の混合ガスを用いると、電極消耗量が非常に少なく、良好な溶接が可能である。
【0034】
なお、プラズマガスとしてアルゴン/水素混合ガスを用いると、水素の乖離に伴う吸熱作用によりアークの緊縮度が一段と向上するので、溶け込みが深くなる。また、乖離した水素がシールドガスとして用いるCO2の乖離によって発生する酸素と結合するため、溶接ビード表面の酸化が抑制される結果、美麗なビード外観が得られるという効果もある。
【実施例4】
【0035】
図7は、本発明を適用し、電極の突出し長さLを1〜3mmの間で変化させた場合の電極消耗量を示す図である。
【0036】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0037】
(1)タングステン電極1の直径、種類:外径1.6mm、2%酸化ランタン入および
外径2.4mm、2%酸化ランタン入
(2)溶接電流:直流100A
(3)アーク長:5mm
(4)プラズマガスの種類、流量:アルゴン、0.60l/min・mm
(5)シールドガスの種類、流量:CO2ガス、10l/分
(6)溶接時間:30分
同図に示されているように、電極径が1.6mmの場合、電極径が2.4mmの場合に比べて電気抵抗が増加するので、抵抗発熱量が増大し、また体積が小さいことに起因する熱容量の低下により、電極消耗量はかなり増加する。しかし、電極消耗量は10mgを相当下回っており、実用性は十分である。
【0038】
以上説明したように、本発明によれば、シールドガスとして活性ガスを用いても電極の異常消耗を抑制できるので、溶接コストを低減することができる。
【実施例5】
【0039】
図8は本発明を適用した溶接結果の断面図を示す図であり、図9は本発明を適用した溶接結果の外観を示す図である。なお、比較のため、ティグ溶接結果を並べて示している。
【0040】
なお、溶接条件は以下の通りである。
【0041】
(A)共通条件
(1)タングステン電極1の直径、種類:外径2.4mm、2%酸化ランタン入
(2)溶接電流:直流120A
(3)アーク長:3mm
(4)溶接速度:90および200mm/min
(5)母材の材質、板厚:SUS304(硫黄含有量10ppm)、10mm
(6)電極突き出し長さ:3mm
(B)個別条件
(7)本発明のシールドガスの種類、流量:CO2ガス、10l/分
(8)本発明のプラズマガスの種類、流量:アルゴン、10l/min・mm
アルゴン+10%H、10l/min・mm
なお、内側ノズルの内径は5mm
(9)ティグ溶接のシールドガスの種類、流量:アルゴン、10l/分
図8から明らかなように、本発明によれば、いずれの溶接速度においてもティグ溶接よりも相当深いとけ込み形状が得られており、プラズマガスをアルゴン+10%Hとする方がより深い溶け込みになることが分かる。
【0042】
また、図9から明らかなように、プラズマガスの種類がアルゴンのみの場合には、シールドガスであるCO2ガスの影響でビード表面が酸化されているが、プラズマガスをアルゴン+10%Hとした場合は、ほとんど酸化されないことが分かる。
【0043】
なお、上記実施例のいずれにおいてもシールドガスの組成を100%COとしたが、COを主成分とし、アルゴンなどを加えた混合ガスを用いても同様の効果が得られる。
【0044】
また、プラズマガスとしてアルゴンまたはアルゴン+水素混合ガスとしたが、ヘリウム、アルゴンとヘリウムの混合ガス、あるいはアルゴンとヘリウムと水素の混合ガスなどを用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明を適用するのに好適な溶接トーチ先端部の断面図である。
【図2】本発明における電極消耗量を示す図である。
【図3】本発明を適用した場合の電極消耗量を段階別に区分して示す図である。
【図4】図3の場合における溶接終了時のタングステン電極先端の形状を示す図である。
【図5】本発明を適用し、溶接電流を変化させた場合の電極消耗量の測定結果を示す図である。
【図6】本発明を適用し、プラズマガスの組成を変えた場合の電極消耗量の測定結果を示す図である。
【図7】本発明を適用し、突出し長さLを1〜3mmの間で変化させた場合の電極消耗量を示す図である。
【図8】本発明を適用した溶接結果の断面図を示す図である。
【図9】本発明を適用した溶接結果の外観を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
1 タングステン電極
2 内側ノズル
3 外側ノズル
6 プラズマガス
7 シールドガス
L 突き出し長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
材質がタングステンまたは酸化物入りタングステンである電極の軸線周りに内側ノズルを配置すると共にこの内側ノズルの周りに外側ノズルを配置しておき、
前記電極の前記内側ノズル先端からの突き出し長さを0〜4mmとして、前記内側ノズルと前記電極との間に形成される空間に、単位断面積当りの流量が0.2l/min・mm以上の不活性ガスを流すとともに、前記内側ノズルと前記外側ノズルとの間に形成される空間に炭酸ガスまたは炭酸ガスを主成分とする活性ガスを流しながら、溶接をすることを特徴とする非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
前記不活性ガスに代えて不活性ガスを主成分としたことを特徴とする請求項1記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記不活性ガスがアルゴンであることを特徴とする請求項1記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記アルゴンガスに代えてアルゴンと水素の混合ガスとしたことを特徴とする請求項3記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−26644(P2006−26644A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−204614(P2004−204614)
【出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【出願人】(000233332)日立ビアメカニクス株式会社 (237)
【出願人】(593206399)
【出願人】(501270933)
【Fターム(参考)】